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2018-06-17

デス日記やばい

日記をつけようと思ってやってたんだけど、たいていその日にあった印象深い出来事を書くのが普通

特に印象がない場合普通のひとは飯がうまいとかゲーム面白かったとか書くんだろう

自分場合はどうやら恨みがすごくて、毎日かに言われた面白くないことを記録することになった

何もない日も細かいイラつくことがびっしり書かれた

それを読み返すたび、憎悪鬼のよう燃え上がり、はらわたが煮えくり返るくらいそのときのいらだちが思い返される

普通の人はそれを忘れるためにうまい飯をくったり、酒を飲んだり、高いものかったりして気分転換するんだろう

自分場合はそういうはけ口がなく、毎日読み返しては恨みを増幅させていた

さらにはコイツにこう言われたときにはこう言い返してやろうとか、やられたときにはこういう告発書を書こうとかそういうところに気が向いていた

最近ぬいぐるみをかってそれを引き裂くようになっていた

日記やばいマジでそういうやつはイラっとすることは忘れるべきだ、この日記は悪い

悪い書物

アイツ

2018-06-09

子育てする親の最大の敵は他の子育てする親

本日、数少ない休日を使って2歳の息子が最近ハマっているアンパンマンショーを観に行った。

アンパンマンショーは人気だという事前情報と、外で働いている父親の俺は貴重な親子の触れ合いのため、息子がいつ起きても良いように朝5時から起きて朝食を作り、着替えからオムツ熱中症対策の水分などを用意し準備万端で迎えた。

今回は父と息子の2人だけの日だ。男同士の楽しい1日が始まるのだ。

妻は今日1日お母さんをお休みしてもらうのだ。

アンパンマンショーの開始は午前10時半、会場に到着したのは9時で、会場入りすると既に会場が用意した最前列が埋まっているというアンパンマンへの熱意に驚きつつ、最前列から1つ後ろの2列目を確保という、なかなか良い結果を得られたと満足していた。

ステージ

―――――――

○○○○ ←会場が用意した最前列

○○○○ ←会場が用意した2列目(この列の1席を確保)

○○○○ ←会場が用意した3列目(以降、列が続く)

開始まで1時間半もあるが、アンパンマンショーに喜ぶであろう息子を想像しつつ、アンパンマンの歌を歌いながら、時には持参したアンパンマンぬいぐるみあやしつつ、三十路男は久々に父親らしいことができると笑顔で待っていた。

アンパンマンショー開始30分前に俺には到底理解できないことが起き始める。

俺は目の前で起きていることが本当に信じられなかった。会場が用意した最前列の前にレジャーシートを敷き、先に会場入りしていた最前列の方々よりも前で席取りする連中が現れ始めたのだ。

ステージ

―――――――

□□□□ ←最前列よりも前でレジャーシートで席取り 

○○○○ ←会場が用意した最前列

○○○○ ←会場が用意した2列目(この列の1席を確保)

○○○○ ←会場が用意した3列目(以降、列が続く)

歌って踊れるというアンパンマンショーのテーマもあって、比較的に席同士の間隔は広い。狭かったら踊れないしな会場の設営は正しい。

だけど何故あの連中は踊るためのスペースで席取りしてるんだろうか?しかも先に会場入りしている方々を差し置いて当たり前のようにレジャーシートを敷いているんだ?

あれよあれよと言う間にレジャーシートを敷く輩は増えていく。

アンパンマンショー開始15分前にもなればレジャーシートで会場は一杯になった。

ステージ

―――――――

□□□□ ←最前列よりも前でレジャーシートで席取り 

○○○○ ←会場が用意した最前列

□□□□ ←レジャーシート

○○○○ ←会場が用意した2列目(この列の1席を確保)

□□□□ ←レジャーシート

○○○○ ←会場が用意した3列目(以降、列が続く)

俺か確保した前にもレジャーシートは敷かれ始め、絶句していたところ、息子の前にベビーカーが鎮座する。

今日の俺は父親で、まだ2歳の小さな息子を連れている。穏便に指摘しなくてはとニッコリ「大変申し訳ありませんが、息子はまだ小さくベビーカーで息子はステージを見ることが出来ません。畳むか、そちらの方に移動をお願いできますでしょうか?」と話しかけた。

すると父母娘3人の5人家族は「一番小さな子がまだ歩くのが下手なので無理です」と返してきた。

この父母が俺の前に居るのはまだ良い。別にアンパンマン固執する年齢でもないかステージが見えないのは全く問題がない。俺が興味あるのはアンパンマンショーを楽しむ息子であってアンパンマンショーじゃない。

こんなイベントなのに無駄に5センチ以上は靴底あるだろうサンダル(?)に頭の上へ大きなお団子を作って背を高くし、周囲の小さな子の視界を遮る母親ファッションセンス理解不能だが、返ってきた言葉に俺の思考は一瞬思考を停止せざる得なかった。

俺はハッと気付いて事を荒立てないように「ハハハ、奥さん、ご主人そりゃ無いでしょう。ボクたち会場が用意した席へ先に早く来て座ってるんですよ?お願いしますよぉ」と言った。

すると「は?なんで?ウチの1番下の子よりもそっちの子は大きいでしょ考えてよ」と更に理解不能な返事が。

おかしいな、俺は息子が十分にアンパンマンショーを楽しめるように早起きして準備をする努力をしたはずだ。後から来た輩が何故こんなにも態度が大きいんだ?

レジャーシートを敷く前にも「前にレジャーシート敷いてもよろしいですか?」の一言もなく、ベビーカーを指摘したら俺が常識無いように言われている。

俺はどこから間違ってたんだ?

今日は任せとけ!」と言って息子と一緒に妻へバイバイし家を出たときまさかこんな沸々とした心持ちになるとは一切思わなかった。

俺は何のために努力してたんだ?この目の前にいる親子のために努力してたんだろうか?

俺はこのレジャーシートを敷いている理解不能な連中を眺めるためにアンパンマンショーへ来たんだろうか?

おい、今日はな?数少ない息子との休日なんだよ。

子育て本にも、ネットにも、俺の両親や、保健師先生、先に親になった兄弟と友人そして先輩上司、色んなところで言われたよ「子育て助け合い」だとな。

それは嘘じゃねえと思うし、道を譲ってくれる自動車ドライバーや、オマケを付けて頂いた商店の方々、親切にして頂いた近所の方々も居る。

でもその好意に甘え過ぎちゃいけねえとも思ってコッチは考えてんだよ。できれば同じように子育てする親を応援しようとも考えてる。

何だお前ら、本当に同じ親か?

息子が居なかったら本当にステージに上がって罵倒の限りを尽くしてやりたかったわ。

だが俺は小さな息子を抱える父親からココに書くだけで留めておく。

息子はあまりアンパンマンショーを観ることができなかったんだよ・・・本当に悔しい。

追記(2018/06/11/10:12)

これが会場が用意した2列目の視界

https://i.imgur.com/Yv0L4En.jpg

anond:20180609192453

実物がかわいすぎて、どんなよくできた猫のぬいぐるみ見ても「本物の方が・・・」って思っちゃう

2018-06-08

過去の母が憎い

最近子供の頃の、母親との辛い思い出がフラッシュバックする。

事前情報として。

私は三人姉妹の長女で、割と大人には気に入られやす子供だった。いわゆる「いい子」。先生からも信頼され、友達の親からも行儀の良さを褒められることが多かった。友達は多くもなく、少なくもなく。父は仕事で忙しいながらも休日はしっかり子供にかまい、平日母に負担をかけてるからと、家にいる日には率先して家事もこなしていた。専業主婦の母は優しくてきれいなお母さんと評判だった。妹たちは年が近いせいで喧嘩も多かったけど、仲良くしていた方だと思う。成人した今でも、一緒に出かけたりする。普通に大学卒業して、普通に就職して、普通に結婚した。

本題に入る。

一年半前に子供が産まれた。

日々子供と接する時間の中で度々自分の子供の頃の辛い思い出が蘇る。

その一部が以下の通り。

=====================

幼稚園

・毎昼のお弁当冷凍食品だらけだった。友達のお弁当が美味しそうで羨ましかった。その事を母に話すと、母は「妹たちの世話でこんなにも忙しいのに」と不機嫌になるので、まずい冷凍食品我慢して、息を止めて食べていた。(昔の冷凍食品はまずかった)

真冬寒い日、ストーブ1つを母と子供達で使って過ごしていたが、母がど真ん中に陣取って、昼寝をしていた。母に触れて起こしてしまわないよう、端の方からそっとストーブに手を当てて暖をとった。

・妹がテレビを観ながらご飯を食べていたので、椅子から突き落とされ、外に追い出された。妹を助けることはできなかった。

・母が怒ると謝っても許してもらえないし、無視される。なぜ怒られているのか分からない時も、ひたすら謝り続けるしかなかった。「なんで怒られているのかわかってる?」と聞かれるのが怖かった。その点妹は賢く、母を笑わせる事で事なきを得ていて、羨ましかった。

小学校中学校

・体調が悪くて小学校休みたいと訴えると、母は不機嫌になった。ある日「やっぱり今日給食が美味しそうだから学校行こうかな」と言ってみると母が喜んだ。それからは体調が悪い日には母から「でも、今日給食美味しそうだよ」と振ってきて、そう言われた日には頑張って学校へ行った。(38度くらい熱が出たら流石に休めたし、優しくしてもらえた。高熱が出るのが嬉しかった)

小学校高学年で転校して、なかなか学校に馴染めず、誰もいない部屋の隅でぬいぐるみを抱えて泣いた。その泣き声を聞いた母が部屋に入ってきて、「泣いたって何にも解決しないんだからね!」と叱られた。メソメソしているのが、鬱陶しいのだなと思ったが、泣き止めなかった。

友達と遊ぶ約束がないと、ため息をつかれた。友達が少ない自分は母の理想の子供ではないと、頑張って友達を作り、約束を入れた。

他人から私や妹たちが勉強について褒められると、「勉強しなさいなんて言ったことないんですよ」と言っていた。確かに勉強しなさい」とは言われなかった。でも「勉強しなかったら、将来苦労するよ」等、明らかに勉強する事を望む言葉を聞かされていた。他人から「優しいお母さんでいいね」と言われると心がざわついた。

・私を恥ずかしがらせることが好きだった。好きな人や小さな失敗を囃し立てて、顔が赤くなるのを見ては「かわいい」と喜んでいた。

男性芸能人偉人に憧れると、その人の悪い面を教えたり、「面食いなんだねぇ、私はイケメンって苦手」と肯定することはなかった。憧れるという気持ちがかなり希薄になった。(最近ようやくイケメンに対するあこがれを罪悪感なく持てるようになった。楽しい。)

・色気があると褒められたと伝えると、「全然ないよ」と否定される。これは何度もあった。私は、自分には魅力がないと理解するようになり、異性から誘われても、自分のどこに価値を感じているのだろうと邪推するようになった。

(父は単身赴任の多い仕事で、長いと年単位で他県や国外に赴任し、家族と離れている時間が多かった。そのため母と子供達だけの期間がかなりあったのだが、その期間は特に母のアタリが強かったように思う。父が家に帰ってくる日は母が優しいし、怒っても父が宥めてくれるので本当に嬉しかった。)

=====================

私は、私は母の望むような自分でないと価値がないと思うようになり、自分自身への自信をなくしていった。そして、子供が産まれるまで母は普通の親だと思っていた。むしろ、難しい子供だった自分を育ててくれてありがとうと、感謝の念でいっぱいだった。

でも子供を育てている今、必ずしもそうではないと思い始めた。

ニュース報道なんかを見ていると、自分全然まれている方だと思うし、母も1人で3人の子供を育てるのは大変だったと思う。私の経験は、誰でも経験する、小さな出来事なのかもしれない。でも、私にとっては辛い経験で、小学校高学年〜高校あたりまではうつ病の気があったのではと思う。毎日家のベランダ学校テラスに出て、飛び降りたら死ねるかな、楽になるかな、と考えていた。

昔の思い出を伝えて、母を責め立てたい。

しかし、現在の母を責めることは私にとって難しい。

数年前妹が摂食障害発症し、親子共々カウンセリングを受けた結果、母は変わったからだ。

摂食障害は親子間の問題から発症することがあるらしく、その問題を追及していった結果、母は自らが間違っていたと、自分を変える努力をし、その結果かなり寛容な人間になった。今の母のことは好きだ。

でも、子供と過ごしているとふとあの頃の辛い思い出が蘇る。もっと優しくして欲しかった。私のことどういう気持ちで育てたのと、ひたすら辛い。

子供のことは好きだ。だから私と同じような経験はさせたくなくて、子育て本を読み漁っている。すると、私の知る子育てとは真逆のあたたか子育てを知り、またあの頃の辛い思い出にフラッシュバックする。

夫には話を聞いてもらっているし、親身になってくれる。その瞬間は気持ちが楽になるし、本当に感謝している。

ただフラッシュバックは日々起こり、その度に気持ちが落ち込むし、母を憎く思ってしまう。

子どもが産まれから過去の母が憎くてたまらない。

2018-06-05

正しいことを何かすれば国際暴落しない前提が間違い

時間問題だろ

燃料がなくて操縦席にぬいぐるみが置かれてる状態ではどうもこうもそのうち不時着だ

2018-06-03

ポケットからひこにゃん出し首相「工夫もある」

滋賀には延暦寺もあれば三井寺もあり、彦根城も人気」と語るとポケットから彦根市の人気キャラクターひこにゃんぬいぐるみを取り出して披露。聴衆の笑いを誘った後、「(彦根は)ただ人気があるだけでなく、工夫もされている。ひこにゃんに会えるという、そこでしかできない体験アイデアを出していくことが大切」と力を込めた。

この人は、ひこねのよいにゃんこ騒動なんて知らないんだろうなぁ。

あれこそ日本利権問題のものなのに。

2018-06-02

ユニクロドラえもんぬいぐるみ

けっこう高値転売されてるな

朝見かけたときに買っとけばよかった

もう売り切れとるやろな

2018-06-01

ストーリー

前作から2年後。ウェイド・ウィルソンデッドプール)は麻薬カルテルマフィア構成員を成敗するヒーローとして活動しながら、ガールフレンドのヴァネッサと共に生活している。ある日カルテルボス構成員数人が、二人の住むアパートを襲撃しヴァネッサが犠牲となる。ウェイドはカルテルを全滅させるが、ヴァネッサを死なせてしまたことへの自責の念からガソリンアパートごと爆破して自殺を図る。バラバラになったウェイドの身体はコロッサスによって回収され、ウェイドはXマンションで完全に治癒する。コロッサスは再度ウェイドをX-MEN勧誘する。ウェイドはしぶしぶ承諾する。

14歳ミュータント孤児ラッセルコリンズファイヤーフィスト)が収容施設の外で暴れている現場に、ウェイド、コロッサス、ネガソニックティーンエイジ・ウォーヘッドが駆けつける。ウェイドはラッセルを説得しようとするが、その過程で彼が収容所の所長と職員から日常的に虐待を受けていることに気付く。激情したウェイドはその場で職員らに向け発砲し数人を殺害する。ウェイドとラッセルは拘束され、ミュータント専用の刑務所アイスボックス」に連行される。そこに機械の腕を持つ傭兵ケーブルが現れラッセルの命を狙う。ウェイドはラッセルかばケーブルと戦い、騒動にまぎれて刑務所から脱出する。ラッセル刑務所内に残る。

ケーブルからラッセルを守ることを決めたウェイドは、味方ヒーローを集めグループを結成する。ウェイドの新グループ「X-フォース」は、ラッセルと他の受刑者を載せた護送トラック飛行機で追跡する。X-フォースメンバー護送トラックに向けてパラシュートで降下するが、一般人ピーター含むほとんどが無残な形で死亡する。生き残ったドミノとウェイドは、トラックにたどり着くが、そこにケーブルも現れウェイドと戦う。ラッセルは、巨大ミュータントジャガーノートの拘束を解いてトラック破壊させ道路も大破する。ジャガーノート登場に興奮するウェイドだったが、身体を引きちぎられ戦闘不能となる。ラッセルジャガーノートとともに逃げる。

ウェイドは身体再生させる間ブラインド・アルの家に居候する。そこにケーブルが現れ、ラッセルが将来猟奇的殺人ミュータントに成長し最終的にはケーブル家族殺害するという結末を説明する。ラッセル最初殺人となる、収容施設所長への復讐を止めるため、ケーブル過去タイムトラベルしてきたという。ウェイド、ケーブルドミノ運転手のドーピンダのタクシー収容施設に向かう。ラッセルジャガーノートを従え収容施設に現れ、ウェイドの説得を無視して所長を殺すために施設内に入っていく。コロッサス、ネガソニック、ユキオが到着し、ジャガーノートと戦う。ウェイドとケーブルラッセルを追って彼を説得しようとするが、しびれを切らしたケーブルラッセルに向けて発砲する。ウェイドが弾丸の前に飛び出し、ラッセルを救う。その行動を見たラッセルは、所長への復讐を思いとどまる。ケーブルは娘のぬいぐるみが元通りになったことで、未来家族が無事であることを知る。

ネガソニックとユキオは残エネルギーがなくなったケーブルタイムマシンを修理しウェイドに渡す。ウェイドは過去に戻り、ヴァネッサ、ピーターを救う。ウェイドは更に違う時間を訪れ、俳優ライアン・レイノルズ過去を変える等する。

anond:20180531234322

水が黒くなるのか。

お母さんが俺のお気に入りぬいぐるみをお風呂で洗ったらドブみたいになったって言ってたけど、本当だったのかもしれないと思い始めた。

2018-05-30

anond:20180530085329

ぬいぐるみ生命が宿っていないにしても嫌だな。

くれよんしんちゃん思い出すな。

anond:20180530085133

知り合いのおばさんがうさぎぬいぐるみ天井からぶら下げておいてイライラしたときにそのうさぎをぶちのめしていた。

2018-05-29

怖かったよおおお!

にこにこしてベビーカー見ながら歩いてる若い女の人いて、自転車ですれちがうとき何とはなしにちらって見たらベビーカーに何もいなかった…本当にあるんだこういうの…

だってぬいぐるみすら乗ってなかった…誰か見間違いだと言って…

追記

そ…そうだよな!?ただ運んでた思い出し笑いだよな…!

その近所にも来た方向にも行く方向にも託児所系ないけど多分祖父母の家とかに預けてたんだと思うことにする…

2018-05-28

anond:20180528102246

だよね、自分もそうだった

ハンマーカンマーとかなんか文字にできない鳴き声みたいなのとか

なんだこの人、頭がおかしいのか?って

ドキュメンタル5で最初部屋に入ってきたとき

あーザコシショウかーつまんねえなあ…とか思った

 

でも始まってみたらザコシショウで一番笑ってた

何が?どこが?と聞かれると難しいんだけど、

とにかく仕掛けてくるもんで気づいたら笑ってたんだよ

特にヤバかったのは、音声を繰り返してくれるサルぬいぐるみの所

2018-05-24

ぬいぐるみ食べたい

食べたいくらいかわいい大好き

食べれるぬいぐるみ作ったら売れるかな?

2018-05-21

anond:20180521214255

あらまあ。

うちの息子は大好きなぬいぐるみを1個2個って言っててなんか違うナアと思ってる

2018-05-15

葬送

元彼に新しい彼女ができた、と人づてに聞いた。

別れてから数ヶ月、1人でもそれなりに楽しく生きていたつもりが、話を聞いてから丸1日はそのことしか考えられなくて、自分の中で彼とのことを消化できていないことに気づいた。それは本件について誰にも本音を吐き出せていないからかもしれない。彼に大切な人ができた今なら、私が何を語っても大丈夫だろうし、今まで何かが怖くて言語化してこなかった自分気持ち文字にすれば、これまた何かを供養できるんじゃないかと思い立ったので筆を執ることにした。

4年間という短くない期間を共にしたので、長文になるだろう。でも、文章にしてしまえばとても陳腐な話なのかな。書き終わる頃には少し楽になれてるといい。

一目惚れだった。内定先の会社で開かれた先輩社員との飲み会で隣の席になり、仲良くなれる気配を感じてSNSアカウントを交換したのが始まり

当時大学生の私にとって、たった2歳上でも社会人ものすごく大人に見えて。そのバイアスも多分に含まれていたとは思うけど、落ち着いた雰囲気ながらもユーモラスな彼はとにかくかっこよかった。ルックスも好みで、特に目元がゾウさんみたいにぱっちりでマツゲが長いところは、ずっと眺めていたいほど。背も高くて、大きな手が魅力的だった。

その飲み会では、彼に彼女がいるということを聞いて(周りの先輩達がわざわざその場で言ってくれるくらいには、私の好き好きオーラバレバレだった)、ものすごく残念に思ったけど、私にも彼氏がいたので飲み会後は「入社が楽しみだな」という気持ちで帰った。

でもせっかく連絡先を交換したので、飲み会の後から頻繁に連絡を取り合うようになる。ライン上での会話のテンポ言葉遊び感覚が非常に合って、話ははずんだ最初は先輩後輩としての会話だったものが、だんだんプライベートな話までするようになっていき、私の好意はもちろん伝わっていただろうし、向こうもまんざらでないように思えた。

そして2ヶ月後には彼が大阪まで遊びにきてくれるという進展っぷり(私は当時大阪在住、内定先および彼は東京だった)。一緒に大阪観光名所を遊び回って、電車の乗り間違えなんていう些細なことでも笑いが止まらないほどだった。この旅行での胸の高鳴りは今も忘れていない。

大阪旅行を経て、私は彼の恋人になりたい気持ちが強まった。当時の彼氏に別れ話をして、彼と付き合えるように準備を進めた(私が悪いので当然だが、別れ話はもめにもめた)。そんな中、彼からは決定的な言葉はなくて、まだ彼女とも別れていないようだった。スカイプでのテレビ通話中に不安を伝えると、無言になって部屋の中で何かを投げ始めて、びっくりした。どうやらイラついたらしい。そのような感情表現をとる人を見たことがなかったので本当に驚いた。これが最初違和感。そのほか、お互いの恋愛観についてもいろいろと話をする中で「とにかく楽しいほうに流れたい。現状を変えるのは面倒」といった旨の意見を聞いて、このあたりにも少し不安を覚えたけど、恋は盲目からそっと記憶の端に追いやった。

数ヶ月後、晴れて彼も彼女と別れ、私が正式恋人となることができた。幸せだった。遠距離は寂しかったけれど、名古屋で会ったり彼の家に泊まりにいったりして、私が入社のために東京に引っ越すまでに5回ほど一緒に過ごしたのではないだろうか。私は時間を、彼はお金をお互いのために割いた。卒論は彼の家で書いた。

大学卒業して、ようやく社会人になった私は極力彼の近くにいるようになった。彼の住む駅と同じ場所アパートを借り、ほぼ私の家で一緒に過ごしていた。6畳のせまい家だけど、大好きな彼とやっと一緒にいられる楽しさで全然苦ではなく、べたべたとくっつく毎日

けれど、頭の隅に追いやったはずの不安が少しずつ顔を出す。発端は彼が家事をあまりやらないこと。ありがちかよという感じだが、気になったのはそこではなくその後の対応である家事負担に対して私が不満気にしていた日、彼は「(私)が不機嫌みたいだから」と出て行こうとした。話をするのではなく去ろうとした。違和感その2である。私もただ不機嫌なのはよくないなと思い、家事の分担について話すと「俺のほうが疲れてる」「昔は文句言わなかったのに」と的外れかつ見下した返事をする。結局その後チャットでもう一度話して分担を決められたけど、この時のそこはかとない不安感覚は鮮明に覚えてる。

それから、忘れられないのがその年の私の誕生日。彼はほぼ常に誰かしらの女の子と連絡を取り合っている人であったが、その時期特にはまっている相手がいて、私の誕生日にも目の前でスマホばかり見ていてかなり辛かった。出かけていたけど、悲しくなってすぐに帰ってきた。彼にとっては私の嫉妬がうざったかったようだが、それならそれでもう少し上手くやってほしいと願う。彼へのいくつかの不信感はこの後どんどん増大していく。

なんだかいきなり悪いことばかり書いてしまったけど、基本的にはすごく楽しい日々だったし、彼のことも尊敬している。私が配属先のことで悩んでいた時、彼の的確なアドバイス希望通りに進んだことは感謝のしようがない。常に向上心を抱いていて、努力努力と思わずストイックに進み続ける人。でも私にはどろどろに甘くて、一緒に歩く時は手をつないだり腕を組んだり、駅の階段を上る時は体力のない私を押してくれたり、そんな何げないシーンに幸せを感じていた、確かに愛されていた。1人では何もできなくなるんじゃないかと思うくらい甘やかしてくれた。シングルベッドと壁の間にぬいぐるみが挟まって爆笑したり、旅行して写真を撮ったり…このあたりの時期に撮ってもらった2ショットはその後3年間ずっと部屋に飾るほどの宝物だ。ここまで書いてやっと1年。ちょっと飛ばそう。

やはり6畳では手狭に感じてきたので、私が社会人2年目になる頃には広い部屋を借りて同棲を始めることに。さすがに同棲をするのに親に内緒というわけにはいかず、私の親に電話あいさつをしてもらった。2~3年後には結婚を考えていると電話口で言っていて、常套句ながら口元が緩んでしまったのを覚えている。

新しい1DKの部屋で、私は世界一幸せだった。夜、眠くなったら優しく寝かしつけをしてくれて、朝は私から行ってきますキスをして、毎日ハグして、一緒にゲームして、くっついて寝て。手をつないでふらっとコンビニに行った。テレビを見てやいやい意見を言い合ったり、ばかみたいに妖怪ウォッチダンスを踊ったりして笑顔が絶えない日々だった。ご飯を食べる時は、小食な私の食べ残しを彼が食べてくれることに強烈な愛情を感じていた。うれしくて、別にそこまでお腹いっぱいじゃなくても彼にパスしちゃってたな。私のドジで笑ってくれるのが愛しかたから、いっぱいドジした。大柄な彼の上にのしかかるのが好きだった。お互いの寝言について笑った。関西弁を使ってくれるのが嬉しかった。2人にしかからない符号がたくさん生まれた。彼の好きなものを真似して、私にも好きなものが増えて、世界が広がった。彼の脱いだTシャツですらいとおしかった。彼に愛され続けるように、見た目も中身も、かわいくいようと努力した。

そんな幸せ日常の一方で、なるべく直視しないようにしていたものの、不安なことはいくつかあった。まず、お出かけを一緒に楽しめなくなっていたこと。倦怠期と言われればそれまでだけど、付き合いはじめの頃はどこに行くか、何を食べるか一緒に決めて楽しんでいたのが、だんだん彼が私についてくるだけになった。ついてくるというのは、本当に後ろをついてくるだけ。何食べる?と聞いても「どうする?」と言うだけ。目的地でも興味を示さずぼーっとスマホをいじっていて、それならむしろ1人で出かけたほうが気楽だからとそう言っても、ついてこようとはしてくれる。店員さんを呼ぶのも、席を探すのも、地図を見るのも私。前に出るのは苦手だったからかなり苦痛だった。友達とたくさん遊んでいる彼は、絶対友達の前ではそんな感じじゃないはずなのにね。甘えられてたのかもしれないけど、一緒に楽しもうとしてくれない人と出かけてもしんどいだけになってきたから、だんだんデートに誘わなくなった。最後年の瀬カレンダーを買いに行くと言ったらついてきてくれたけど、やっぱりずっとスマホをいじってるだけだったね。連れまわして機嫌が悪くなっても困るから、早く済まそうとして最初に入ったお店で全然趣味じゃないカレンダーを買ったときの虚無感は忘れられない。

不安なことの2つめは、彼が不機嫌になった時のこと。機嫌を損ねると無言になって話ができず、物にあたり、こちらを無視してどこかへ行ってしまうという癖があった。これは付き合う前に感じていた違和感その1と2で、どんどん膨れ上がっていた。もちろん私も黙って我慢していただけではなくて、話し合いをしたいときは、どういう話の持って行き方をすればいいのかを調べて試行錯誤したし、直接、無視するのはやめてほしいと伝えたこともあった。でも性格簡単に直らないし、私の心もなかなか強くはならない。本当にもう無理と感じたのは、彼がケガの療養中に、少し出かけてみるというから一緒に行ったら、ケガが痛いようでみるみるうちに不機嫌になっていった日のこと。「帰ろう」と言っても「うるさい」と一蹴され、どうすることもできず黙って着いて行った。みじめだった。極めつけは、後になって「ごめんね。でもケガしたらわかるよ」と言われたこと。例えば私が生理痛あなたに当たり散らしたことが一度でもあっただろうか? ケガのせいではない、この人の性根がそうなだけだ。この人と、将来、何か問題が起きたときにうまく支えあっていけるのだろうか? 不機嫌をまきちらすこの人と。私はいつの間にか、彼の顔色を伺いながら無理におどけるようになっていて、どうにも元気が出ない日も、ドアの前で深呼吸をして笑顔を作ってから帰宅していた。できるだけ彼の機嫌が悪くならないように。そうすれば楽しい毎日が送れていたから。何度も傷ついて、もうあの空気になるのが耐えられなかった臆病者。

不安なこと3つめは、女性関係。前述の通り、彼は常に誰かしらの女の子と連絡をとっていて、時々会ってもいた。私が嫉妬するからと隠そうとしてくれるのはいいが、全然隠せていないから、結果として最悪な形で私に「女の子と会う」と伝えていることになっていた。男女入り混じったグループで遊ぶことはもちろんあるだろうが、2人でデートしたり、合コンに行ったり、ドライブしたり…これで嫉妬するほうが悪いというなら、恋人を作らないほうがいいのではないかと思う。愛されているという自覚はあったけど、彼が何を考えていたのかわからない。仕事のためだと言うこともあったけど、本当だとしたらどれだけ効率の悪いリクルーティングだろう。でも嫉妬しすぎて彼が不機嫌になったら大変だから、1人の時に泣いて消化していた。この家で不機嫌になっていいのは彼だけだから。それでもどうしても我慢できないことがあった。それは旅行。私とは満足にお出かけもせず、何にも誘わないのに、ほかの女の子とは自分で車を借りてホテルを予約して旅行するんだ。その扱いの差に耐えられなかった。出発の日には目の前で泣いてしまった。帰ってくるま毎日涙が止まらなかったし体調も崩した。彼が帰宅後、我慢できずに口からこぼれてしまった日、彼は心底めんどくさそうにして、私と別れると決めたようだった。女の子と会うことよりも悲しかったのは「私が嫌だと感じていることを意に介さない」こと。例えば、本当に仕事なのであればそう説明するか、友達なら紹介してもらうとか、何かしら2人の間で納得できる解決策を見つけようとすることがなかったのが辛い。また思い出して泣けてきた。痛い。私の価値観が低次元とかそういうことではなく、歩み寄ろうとしてくれないことが何より悲しかったんだ。

でも彼のことは、心に顔が浮かぶだけで泣きたくなるくらい大好きだった。3年目にはもう頭の中はぐちゃぐちゃで、彼と結婚してずっと一緒にいたいという強い思いと、上記不安がないまぜになって、自分でもどうしたいのかわからなくなる。彼は結婚というものに興味がなさそうだったので、私から結婚するのであれば子供不安なく産めるうちに、と逆算した結果を提示し、これくらいの時期に籍を入れたい、という話をしていた。彼も了承していた。でもその時期になっても彼は何も言わない。私たちより後に付き合い始めた友達カップル結婚した。彼は何も言わない。彼は結婚してまで私と一緒にはいたくなかったのだろうか。うちの実家には来てくれたけど、その気がなくなったのかな。わからない。

結婚したい、してくれない、でもこの人と将来ずっと生きていけるのか、そんなことばかり毎日ぐるぐると考えているとき旅行騒動があったから、私の心はポッキリ折れてしまった。このままじゃ彼のことも自分のことも嫌いになって、笑顔でいられなくなりそう。自分の心を守りたかった。でもまだ寝顔ですら愛しいと思う気持ちは変わってなくて、「別れたい」という言葉は絞り出すように口にした。

そこからは早かった。「別れたい」「わかった」というやりとりをした1か月後には引っ越して、あっさりと同棲は終了。最後に会った彼は、あの飲み会で初めて会った時と同じ顔をしていた。

今私は初めてのちゃんとした一人暮らしをしている。彼氏はいない。4年間というのはとても大きくて、生活のそこかしこに彼のおもかげを感じてしまう。彼が好きなテレビ番組、食べ物スポーツ、手をつないで乗った電車の中、駅のエスカレーター。彼に似た人が歩いているとつい目で追ってしまう。

彼には新しい彼女ができたらしい。

私には、親から見合いの打診があった。

高校卒業からずっと彼氏を切らさないようにしていたが、独り身になった途端これだ。きっと逆らえずに結婚するのだろう。私の人生は親の言うとおりだから。思えば、就職先だけは自分で決めた。そこで出会った彼に恋をして、4年間幸せに生きた。途中は恨み言ばかり書いたようになってしまったけど、上京就職という精神的に不安定になりがちな時期を支えてくれて心の底から感謝しているし、夢のように幸せ時間だった。彼の腕の中で安心して眠った日のことを思い出して、この先強く生きていけるはず。今はまだ泣いてるけど。大丈夫。1人で階段も登れるようになる。

これを書いて、匿名ではあれ公開して、誰になんて言ってほしいのかわからない。別れてよかった、別れないほうがよかった? もし彼が見たらどうしよう、見てほしい?

まり不義理な感じだったから、上手くいっていないなんて誰にも言えなくて。自分から別れを切り出したのに、何で悲しんでいるんだと思われそうで。「何で別れたの?」って聞かれても一言では答えられなくて。でもここで吐き出せたら少しだけ気持ちが楽になる気がする。まだまだ書き足りない思い出も気持ちもあるけど、心の中でぐるぐる回っていたものをやっと少し言葉にできてすがすがしい。

面倒くさがりな彼がこの先、とんでもなく面倒な「結婚」ということをしてまで一緒にいたいと思う人を見つけたら、ちょっと悔しい。

でも、いつ死に別れても後悔しないように、私にできる精一杯で、全力で愛したと胸を張って言えるから、その結果がこれなら仕方がないかな。

2018-05-09

幸せ

ぬいぐるみ絵本を読んであげる長女、風呂上がりに全裸で走り回る長男ちょっと疲れた感じでスーツを脱ぐ夫、幸せを感じる午後9時

幸せな瞬間は非常に恐ろしく、いつかこ幸せはなくなってしまうのだろう、と考えてしま

私なんかがこの場にいるのはおかしいと

私はこの幸せを守り続ける力を持っていないと

大切な人たちのため何でもしたいと思うのに、体は動かず何もできない

ぼんやりスマホを眺めているうちにこんな時間

怖い、なにもかもが

最近よくいるオタクぬいぐるみ好きが心底気持ち悪い

変な俵みたいな形のをくっつけて盛ってるの見た時は目を疑った

ちゅっちゅだのバックだの見てるだのじゃねーよキチガイ

2018-05-04

anond:20180504203805

両家の親族だけでスイスで挙式してきた友人夫婦いるけど、

新婚旅行カリフォルニア ディズニーランドの大きなミッキーぬいぐるみ

見せてもらいながら、ハネムーン後の友達の新居でみんなでごはんしたけど楽しかったよ!

手巻き寿司パーティしたんだった。もちろんみんなで作った)

しっかりしてるなーって思ったよ。新婦は同い年の職場の先輩だったけど。

なんでこんなこと書いてるかというと、意見だけで実例がないと、

もし彼女さんに話すときに。こういう実例があるようだよって具体的に話せるからです。

もちろん地元の近所の神社でも挙式は出来るし、2人で誓って、写真スタジオで撮ってもよさそう。

LIVEハウス披露宴した子もいたよ。

彼女が若くて、もっと派手にとかゼクシィとか持ってたらまた話は変わりそうだけど。

幸せにね。

2018-05-03

anond:20180503174103

各人に好みはある。が柔らかい感触を好むことが比較的多い

子供場合お気に入りぬいぐるみや毛布を手放さない例がよく知られている

2018-05-02

anond:20180502000337

子供の見守りっておちではないんでしょうか?





ファンからプレゼントされるぬいぐるみなどにも、仕込んであるとか聞いたことかありますね。盗聴器。

怖い。

2018-04-28

[]2018/04/27

ゲームに実際に入ってプレイするやつやってた

あるダンジョンでいっしょにいた人がワッと中に入った部屋に自分も入った

そこは10年前くらいのデパートだった

UFOキャッチャーの景品は今みたいなフィギュアとかの萌え系じゃなくてアンパンマンぬいぐるみだけ

ブラキオン?を持ち上げて落とすともらえるっていう詐欺みたいなやつもあった

プラモコーナーを見たけどあんまり古い感じしなかった

すぐそばに服売り場があって一緒にいた川島がこれ買おうみたいに持っていこうとしてたけど、

いやここ過去からそういうのできないって言ってやめさせた

また直ぐ側に本屋、というか図書館みたいなスペースがあった

壁の本棚に、梨木香歩の一つの扉みたいなタイトルの本があった

ゲーム重要キーアイテムと同じタイトルだった

そばに小さな女の子がいてそれ何ときいてきたので、

ある家の中にだれも開けたことのない扉がひとつあって、そこをあけると異世界につながってたんだよ

みたいに話すと目を輝かせて聞いていた

本をパラパラとめくると5章構成くらいになってて、章の頭に年表がついてた

めっちゃくわしい年表

でも出てる年代と内容がおかし

1998年 のびたがなんちゃらかんちゃら

みたいな

変な本棚と思ってると後ろが騒がしくなった

振り向くとたてこもり事件みたいなのが起きててみんな立ってホールドアップしてた

犯人は老女で拳銃持ってた

一人ずつ身体検査をして、自分より身長が高い人間がいないかを見ている、というのがわかった

俺も背が低いか大丈夫だろうと思ったけどこれはやばいと思って老女にしがみついた

拳銃もった手を必死で押さえつけたけどかなり力が強い

このすきにみんな逃げて!と言うとみんながわーきゃーいいながら逃げ出した

自分がこんなことをやるなんて全然向いてない、むしろこっそり逃げ出すくらいの人間だと思ってたのに意外だった

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