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2017-12-17

e-sports日本人に蔑まれている」ことにしたいバカ

https://anond.hatelabo.jp/20171217040503

その"大衆"とやらは、お前の中にだけある存在だ。

勝手世間を代弁するなクズ

eスポーツ日本でも流行っている昨今、プロゲーマーを目指したい若者は増えているし、企業政府も彼ら彼女らを認めている。

>だからこそアメリカスポーツ選手は、まるで聖人のようにもてはやされるし、

日本選手も(やや茶化されるが)カーストの上位として誰もが認める

そう信じたい気持ちは分かるが、おめでたい頭の持ち主だこと。

フィジカルスポーツプロなんて基本的にごくつぶしだし、不条理高収入であるから叩かれがち。

e-sportsを認めない社会を恨む前に、自分たちの行動を省みろ

いや、お前がまず現実への認識を改めるべき。

試合中に死ね連呼するプロ」「差別発言を繰り返すプロ」「憎悪に満ちた世界

この辺のサンプルを2つ3つ持ってこい。そうしたら話を聞いてやる気にもなる。

童貞のままでいるよりも非処女が怖い

のだった。

アラフォー突入し、このまま自分は人の温もりも知らないまま死ぬのかと考えると恐怖に襲われ、いても立ってもいられずせめて風俗ぐらいには行こうと決意したのが約1年ちょっと前。

真性包茎自力で脱するのに3ヶ月かかった(余談だが、風俗嬢達の真性への憎悪ベルリン蹂躙した赤軍蛇蝎の如く忌み嫌ったという武装SSもかくやと思わせるほどの怨念に塗れていることが様々な掲示板で伺える)。

全国各地のソープから候補リストアップするのに2ヶ月、勇気を貯めるのに3ヶ月、予約に一週間を要した。もう季節は初夏だった。

多少のフォトショ修正や騙しは覚悟していたが、むしろ良い方向に騙された。仮名渋谷凛と呼びたい。心の中でそう叫んだ。

初めて触れた女性の、渋谷凛仮名)の掌も唇もただただ、温かく柔らかかったのを今でも憶えている。しかしそこが限界だった。服を脱ごうとしたところで激しい悪心に襲われた。当然、そのような状態で立つものも立つわけは無くひたすらに体調不良を詫び切り上げた。7万円は15分で消えた。

数日、いや2週間ずっと落ち込んだが考えてみれば自分Lv.1にも満たない雑魚なのだひのきのぼうしか持たない雑魚渋谷凛仮名)に勝てる訳なんて無いのだ。まだ、夏は終わってない。

二度目の挑戦で同じ店に行く勇気はなかったので、普通的な魅力のある(と思われる)島村卯月仮名)の元へ行った。どうして普通に若くて可愛い子がこんな仕事をしているんだろうかとこの世界不条理に疑問を抱かずにはいられない。

結論から言えば立たなかった。手や口や、触れたことも無かったような場所が触れているにも関わらず、だ。彼女自分のせいだと落ち込み、様々な提案をしてくれたが実を結ぶことは無かった。何かをしてくれる度に「島村卯月仮名)、頑張ります!」という幻聴が聞こえてくるようでただただ、辛い時間だった。だが彼女は本物の島村卯月仮名)ではなく、やはりソープなのだ。立たない男とソープ嬢の二人きりというのは虚しさを越えた何かを感じる時間だった。2/3ほど過ぎたことを確認し、非礼を詫びて退出した。5万円が消えた。

三度目について語る言葉は少ない。流れで言えば本田未央仮名)になるのだろうが、予約が取れたのは城ヶ崎美嘉仮名)だった。

立たないのは禁欲が足りないのだと、二週間溜めて臨んだが女性を目の前にするとあれほど溜まった欲が何処かへと霧散してしまう。

笑い飛ばしてくれる分、気は楽だったが職務に忠実な彼女時間無駄に奪うことは自分が許せなかった。3万円が消えた。また、冬が来た。

私はずっと童貞を捨てたいと思っていた。ただの素人童貞でも構わなかった。童貞揶揄小馬鹿にして消費する非童貞の仲間入りを果たしたかった。

しかし愚息はそんな心の卑しさを見抜き、真の心を映しだした。

待合室に並ぶ男の容姿を憶えているだろうか。カロリー消費効率が著しく悪そうな体躯白髪すら生えずに禿上がった頭、同性でも距離を取りたくなる男たち。彼らにすら抱かれなければならないアイドル(仮)を貶めたいのではない。彼らと比較され、剰え憐憫の情を抱かれたらという恐怖が澱のように沈殿していたものの正体だった。

あの客よりも小さい、あの客よりも下手、そんなことを客商売人間が口に出すわけも無いが、そう思うかもしれないという可能自体が恐怖だった。

一時の感傷だと割り切るのは容易いのかも知れない。だがこの気持ちを失えば、私は今よりもさら底辺に沈むことを半ば確信している。

温もりなんて知らない。だって、もう触れない。

童貞なんていらない。だって、もう立たない。

2017-12-12

IQ≒「論理的であろうとする傾向」

ぐらいに考えておけばいい。IQテストなんて基本的にくだらないお遊びだ。そんな物でいい点取ったからって考え方が固くなることはないぞ。むしろ、考え方が固くなりやす人間であることを自覚して頭を柔らかくすることを意識して生きろ。←ここ大事な。ある意味今回のまとめだ。時間がないならこのまま一番下のまとめまで飛んでくれ。

IQテストなんてな、遊びとして見ても極めて単純な作りで演出もなく出来も悪い。

純粋に知能パズルとしてみるのならば数独詰将棋のような美しさを持たない出来損ないの寄せ集めだ。

大部分の問題はどこかで見たような構図の組み合わせ(たとえばねずみ算であったり)でしかなく、時折現れる物珍しさを感じるような問題は解いて見ればただの悪問だったのではないかという疑問しかまれず、他で見かける高難易度パズル共通する思わず出題者を褒めたくなるようなギミックなどはない。

普通人間ならばこんなゲーム馬鹿馬鹿しくて途中で飽きてしまうだろう。それが意識的無意識的かは別にして。

そんなクソテストに躍起になってIQ130とかを出してしまう俺やお前のような人種能力が優れているのではない。どんなに馬鹿馬鹿しい行為であってもその作業内容が明確になっていて、論理的に答えが導けると信じられるならその作業に没頭できてしまうというだけなのだ

一見すればそれは、問題解決能力の高さを意味しているようだが実際は違う。

単に、理屈がはっきりと通りそうな物が好きだというだけだ。

しろ理屈が通りさえすればそれが無意味でもよくて、意味があっても理屈が通りそうに無ければ嫌うという性格上の癖の強さを意味している。

世の中にある解決すべき問題や、行うべき業務の多くは、明確な作業の形を取ってはいない。まず作業内容を明確にしなければいけないのだ。そしてその作業内容は多岐にわたる。一つ一つの問題が順番に出題されて順番に解いていけばいいなんて形を取ってはいない。

そして、それらの作業効率よく進めるには物事優先順位を付け、何がくだらなくて何が重要化を切り分けなければいけない。

この時に俺やお前のようなIQテストの点数だけはい人種は大きな間違いを犯す。

明確な作業内容イメージ出来るものを、まずは優先的に片付けるのだ。そのやり方が常に間違っているわけではない。まずは出来る所からやるのは重要だ。

だが、このやり方だと、そこに拘っていてもしょうがない部分に拘って全体のひとまずの完成を遅らせる事が多々ある。部屋の掃除をしているとき本棚の一区画の本の並びを美しい(と自分が感じるような)状態にするために時間を使いすぎて、気づけばそこ以外はホコリを被ったままで夜になっていた。そういう経験はないだろうか?そういうところだぞ。

重要度を判断できない奴が、一つ一つの作業完璧にこなしたがり、完璧にこなしたがるが故に完璧にこなしやすそうな作業ばかりをやってしまう。そして本来最も重要であるが明確な答えを絞り難い問題はいつまでも挑まない。だが、大抵の場合求められる問題解決業務本質は、そういう答えを簡単に1つに絞れないなりに自分なりの答えを用意する部分にこそ宿っていたりする。IQテストだけは良い点数を取れるという奴はそこを苦手とするんだ。明確な答えが出せない問題が苦手なんだ。

IQテストってのは一見何がしたいのか全くわからない問題であってもいくつかパターンを試せば、そこに何の意味があるのかは分からないが明確にこうだと言えるパターンが見いだせる。そういうただの無意味論理パズルを解ける人間は、「無意味であっても論理的に筋が通ること」を好みすぎるんだ。

価値がある事」よりも「論理的である」という事を好む、と表現したほうがいいだろうか。確かに筋が通っているというのはとても良い事だ。それ自体にも意味があるし価値がある。だけど、時には論理的であろうとしすぎてハッキリと明確な答えを出そうとしてばかりいるよりも、多少の決め打ちや曖昧さを残してでも答えを出したと言い張ってしまった方が物事価値のある方向に進むことも多いんだ。そこの見極めが苦手すぎると人生はうまくいかない。

たとえば、会話をすること自体大事なのに、相手の返答に完璧な答えを返そうとしてやたらと悩んでしまって会話の空気を硬直させてしまう、とかな。そういうところだぞ。

自覚して直していけ。

まとめ:

IQテストは高いがなんか人生がうまくいかないって奴は論理的であることに拘りすぎてるんだ。

論理的であること」は良いことではあるが、世の中には他にも「良いと評価できるような要素」は沢山有る。理屈が通ってることをまず第一に考えるのは別にいいが、「論理的でないことはその時点で駄目だ」なんて考えると選択肢が狭まって、結果として辛いカードを選ぶしか無い状況を増やすぞ。理屈が多少捻れてようが、物の見方曖昧すぎるように感じようが、ある種の不条理を覚えようが、それらを許せるようになると選べるカードがぐっと増えて、人生がかなりやりやすくなる。俺が言えるのはそれだけ。


お前のおかげで俺も久しぶりにこういう事を考えることが出来た。俺自身の頭がお前のおかげで整理されたってことだ。感謝

2017-12-11

anond:20171210190440

俺もだいたい同じような境遇だけど普通に親を憎んでいる。ただ憎みつつも親は選べないので諦めている。

勉強の仕方については先生を頼ればよいと思うのでそこは親のせいにしなくてもいいと思う。ただ予備校に行くことが出来なかったりは明らかにアドバンテージの差があるのはこの世の不条理ひとつではあるとしみじみ思うときはある。

個人的にそうだったらよかったなって思うのが親が家で本を読む文化の中で育ちたかたこと。親はテレビ見るのとゲームをするのしかしていなかったか大人が家で勉強したり本を読んだりすることを知ったとき驚愕した。

自分たまたま勉強しないでも頭がいいタイプだったか国立にいけて有名なメーカーにいけたけど、そのポテンシャルがなかったら今のような生活は遅れてなかった。最終的にどっちの方が幸せなのかはわからないですけどね。

2017-12-03

車社会洗脳される高校生

社会が混乱し、成人化の展望を見出すことができない新社会人大学生は、成人への通過儀礼にこぎつけた高校生を見て、「ずるい者が生き残る」との絶望感を深めている。反対に、何とか人生軌道に乗せつつある高校生たちは、いまなお洗脳社会を拒む人たちを「甘えている」と非難し、ときには平然と「障碍者」呼ばわりする。それぞれが個別に困難な事情を抱えていることを、互いに考慮し合うことはない。こんな環境高校生の心が荒廃していくのは、決して難しいことではない。

仕事出張先で、出張先に近い高校とそれとは別の高校生との間の、バイクを巡るトラブル取材たことがある。前者は「公共交通の混雑で迷惑かけるな」と苦情を言う。後者は「どうして子ども扱いされているか理由がわかっていない」と応酬する。「免許必要としていなければ持ってすらいない」「代わりなどいくらでもある。知恵がないだけだ」と、泥沼の罵り合いになっていた。

高校生二輪車に乗らないものは、公共交通の持続化という側面もあるのだが、大半の高校生は、そこまで忖度できる心境ではなくなっている。高校生が変わり者だったり持病を抱えていると、たとえ本人に礼儀正しさがあっても、大人のほうが嫌悪する。乗らない高校生自身が半分大人扱いされる社会暮らしているのだから、それはよくわかっているはずなのに、容赦のない言葉を投げつける。2010年代以降にしきりに言われた「18才選挙権高校生大学生大人の仲間入り」などという言葉は、いまさら空々しくて、誰も口にしない。

こんなにも彼らの心が荒廃してしまった理由は、わざわざ指摘するまでもない。昨日まで子供世界に生きていた人たちが、一瞬に大人社会に引きずり出されたネオリベ不条理。それを被った人々の間には「格差ならざる格差」が生まれ是正どころか日に日に広がっている。高校生以外は、忘れることだけは「熱心」だ。大人があけた満員電車のスペースは高校生のためではなく、「自分は何て優しいんだろう」と自己陶酔するために退いたのではないかとさえ思う。仕事の合間に取材を続けていると「まだ気に入らないのか」とよく言われる。「お前は中高年か」とも、何度尋ねられたことだろう。高校生支援も同情もしない、残酷社会がそこにある。

これらを目のあたりにして、大人を信じられない、頼れない、との絶望感を高校生が抱いた、オートバイを操る高校生復権は、その果ての人心の荒廃の象徴であること以外に、理由などあり得ない。東日本大震災は、原発事故津波などによる多大なる爪痕を残したのだけではなく、大人という国民属性信頼性といったものを(最初からそんなものがあったのかとも思うが)、根底から揺るがした。それは、チェルノブイリ原発事故の後、適切な対策をとれずに自ら威信を失墜させ、なす術なく滅んでいったソ連の末期の姿と、よく似ている。

大学生高校生の心がこれだけ荒廃して、一般人が無縁でいられるはずはない。大人の間の格差は、それぞれの子供たちの格差となって、学校社会という場で露骨に現れる。震災後の日本では、免許の有無や車やバイク好き嫌いきっかけで、喧嘩になることが増えたという。洗脳社会によるストレスや、格差を生んだ大人社会眼差しの反映だ。私も以前、二輪車乗りの高校生のいる高校の近くの街で、荒んだ目をした自転車乗りたちに突然絡まれ無視していたら追いかけられたことがある。以来、そのような高校周辺は、夜のコンビニの前などでたむろしている自転車乗りたちのそばへは、決して不用意には近づかない。

2017-12-02

アファーマティブアクション

アファーマティブアクションに対してはてなーはどういうスタンス

賛成してる人の話を見ると「十年~二十年くらい弱者側を優遇して社会的に力を持たせれば、将来は現弱者層は現強者層と対等な力を持ってるだろうから、そこでアファーマティブアクションをやめれば本質的平等が達成される」みたいなこと言ってる人が多い。

一理ある。

でもそれってマクロの話であって、ミクロ個人レベルでは、現在強者側なやつは十年~二十年の逆差別によって人生うまくいかなくなる奴が出てくるだろうし、そこへの支援ってあまりなさそう(というか支援したら結局強者さらに強めてしまうんだろうが)。

しかもその逆差別人生キツくなるやつって、だいたいが弱者強者境界線ギリギリ強者層の中の下っ端なわけじゃん。

入試で言えば合格ギリギリの奴が、弱者層への優遇措置によって下から追い抜かされて落ちちゃうみたいな感じで。

世の中の大体のことって、持ってる奴は他の物も大体集まってきやすくて、つまり金も文化資本も、学力も、人脈も、道徳も、健康も、保持しやすい。

まり、奇妙な話だけど、入試で余裕で合格してるような奴こそ、入試で落とされたとしても他のリソース人生リカバーできやすい。

しかアファーマティブアクションによりギリ成功がギリ失敗に変えられるレベル人間は、他の資産ギリギリだったりして人生リカバーが難しい可能性が高い。

それってエグいし不条理だと思う。

そんで、そういう仕組みに対しては、また不毛なかわいそうランキング自慢が始まりそうなわけで、しんどい

でも、そんなら差別是正放置でいいかっつうとそれもあかんでしょってなる。

諸々考えた結果、もういい案浮かばねえしわかんないわ、政治かに興味持つのやめよ~ってのが俺のスタンスなんだけど。

2017-11-27

人はどうしてシリアス絶望展開が好きなのか

苦しさ、悲しさ、切なさ、理不尽不条理絶望、痛み

そういった負の感動を覚える作品面白いと感じてしまうのは不思議

いや人だけじゃないのかも

anond:20171127152652

スイッチが入るわけではなく、常時鬱々とした思考がくすぶってるのを普段ゲームネットで気を紛らわしてるんだけど、入浴中はそれができなくて鬱に飲まれる感じ。

顔や髪や体を洗ってる間は手も目も他のことに使えないから、脳内思考が回りっぱなしになってどんどん死にたくなる。

音楽は好きな曲でもBGMとして聞き流しちゃうから気が紛れない。

ネットラジオ朗読音声や落語は、なんというかパワーとスピードが足りない。

話し手が喋ってるスピードより私の思考スピードの方が速いから脳が手持ち無沙汰になって、その余裕で鬱思考を回し始めて、次第にそっちの方に意識の中心が移ってしまう。

文筆趣味があるから小説や詩のネタを練ることに集中しようとしても、大体そんな都合よく集中出来たりはしない。もしくはネタ練りから人間心理社会不条理について思考することになってって鬱る。

多分、いわゆる「布団に入って目を閉じると鬱々として死にたくなって辛い」とほぼ同じだと思う。

敢えて言えば暖かさで血行がよくなるのが、なおさら脳を鬱方向に空回りさせることになってる、てのはあるかも。

なんでまだ生きてるんだろう?

おっかしいなー、あれー??

とっくの昔に自殺してるはずだったのに?

楽しくもない人生なのに?

なんで死なずにここにいるの?

生きたいから?んなわけない!

から自殺してやると思ってたのに!

なんで死にたいと思ったことがないであろう人たちが自殺したり事故にあったりして亡くなってるんだ!

不条理だろ!

2017-11-26

anond:20171126005221

な 人気に乗っかってるだけなんだなあとみててわかるよなそこそこ好きだったから悲しくなる

不条理ギャグみたいな脈絡を全部無視して話を構成する脚本にしても何か勘違いしてるから希望がない

おそ松さん2期第8話見たけど・・・

正直今回のは自分には微妙だったなあ。

メイン話が両方とも不条理ギャグ小学生レベル下ネタ

唐突彼女ちゃんが出てきたけど、1期から全く話がつながらず(不条理ギャグ回だからつながったらおかしいんだけど)、

1期の余韻を完全にぶち壊し。

パロディ元ネタが分からいか面白みが分からない。

2017-11-25

anond:20171125205830

何も不条理じゃないでしょ。

自分から動かなくても勝手告白される人というのは、普段から行いが好ましかったり、容姿が良くて他人に眼福を与えていたりして、

与えられる前から与えてる部分が何かしらある人なんだよ。本人は無自覚かもしれないけどね。実質的に、自分から動いているわけだ。

彼らのように佇まいだけで周囲にプラスを与えられるほどでもない、恵まれ容姿や優れた素行のないフツーの人は、勇気をだして自分からアプローチを持ちかけてあげることで、やっと対等なくらいの仕事量になるわけ。

そういう現実謙虚認識しなさいよって事でしょ、世間でよく言われてることの真意は。

anond:20171125205830

需要がないのに供給が発生したらそっちのほうが不条理だろ

不条理が許せない

友人や恋人が欲しければ自分から動かないといけない、と世間では言われているけれども。

自分が動いたということは、相手からしたら何の苦労もなく、向こうから勝手に来てくれた、ということじゃないかといつも思う。

(幼少期の頃から、向こうから来てくれたことが一回もない自分としては)

自分はそれが昔っから許せなかったんだけど、これを理解してくれる人が誰もいない。

2017-11-22

フンコロガシが存在するのに

チンコロガシは存在しないこの世の不条理

2017-11-20

先進国で働きながら出産することの無理ゲー

無職女性子供を産み12か月間就労不能になっても世帯収入減にはならないけど、

例えば月30万円稼ぐ女性子供を産み12か月間就労不能になるのは世帯にとって360万円のマイナスになるよね。

夫に同程度の稼ぎがある場合年収が半分になるし、夫の稼ぎのほうが少ない場合生活が成り立たなくなるおそれすらあるよね。

教育を受けた、よく稼ぐ女性ほど、妊娠することが職場家計へのダメージになる。

教育を受けていない、稼がない女性は、元々貢献していないから、妊娠することでダメージを受ける人が居ない、だから恨みを買うこともない。

そこにまず不条理を感じる。

 

あと先進国では、第一子が脳性麻痺などの重度障害をもって生まれたため

夫婦がその一人の子介護にかかりきりになり健常な子を持てずに終わるパターンもあるけど、発展途上国ではありえないことだよね。

重度障害を持った子は医療アクセスできず死んでしまうから、そのカップルは次の子づくりに取り掛かるよね。

先進国では児童労働禁止されていて、教育費もかかるけど、発展途上国では児童労働力だし、教育費はかからないよね。

発展途上国では子供経済的プラス先進国ではマイナス

から発展途上国では子供が生まれやすいだけであって、発展途上国女性は「お国のための産む機械」として高潔な魂を持っているみたいには思えないんだけど。

 

先進国でちゃんと働いて生きていける子供を育てるのもハードル高くない?

家事手伝い」のまま40代50代になる一人娘が話題になったけど、

ただ親としての最低限、衣食住と教育機会の提供だけしていたら、あんな風に育っちゃうこともあるんだよね。

そしてその結果「育て方が悪かった」と親が叩かれる…。

では社会で生き抜けるように厳しく育てればどうかというと、

やり方が間違っていると教育虐待毒親になる…。

かに賢く育てるしかない。それ一択。それ以外の場合は、「カスは親になる資格無し」とタコ殴り

単純作業機械化されることで労働者に求められるスキルレベルが上がっているぶん、

ちゃんとした労働者になれる大人にわが子を育て上げる難しさも上がっている。

なのにそれが出来ない親への厳しい目線も強まっていると思う。

「子づくりが義務ではない多様性時代だし、避妊方法なんていくらでもあるんだから

望んで産んだわけだろう、望んで産んだ子供の一生の責任ぐらい持てよ」と。

そういう感じだから子供もつの本当に恐ろしいです。

経済的ダメージを食らうことは確実で、子育て完璧に出来なかったら四方からタコ殴り

だったらリスク回避として子供を持たない道を選ぶよ。

2017-11-13

anond:20171113173140

そういう話ならかまわないんですけどね

相手が今まで特定目的で使っていたものを、その目的使用不可能状態にする」という明確な不利益を強いる行為である自覚がない人が沢山いらっしゃるんですよね

 

「それそもそも現状でだって本当にその目的果たせてる?」とか「その不利益より我々が受ける不利益の方が大きい」とかい理屈ならわかるけど

選択肢を作るだけで、夫婦同氏でやって来た人々に影響がないのに反対するのは不条理だ」みたいな論調の人が少なくなく、

彼らの存在は反対派の態度を強硬化させ、選択夫婦別姓の導入には却って障害となるでしょうね

 

影響はないだろ馬鹿か。結婚式で呼ばれるのが幸せだとか意味不明な意義しか提示できないのに他人人生に手を突っ込もうとするクズしかいないじゃん

夫婦同氏においては姓は「最小の社会集団夫婦を中心とした家族呼称」で、姓を家族呼称として使えなくなるのはそういう用途で使いたい人には不利益ですし

あるいは選択夫婦別姓によって子供の姓に関してほぼ確実に何件も起きるであろう家庭内紛争も、子供社会全体の共有資産という考え方から夫婦同氏派にとっては不利益と言えるでしょうね、子供不利益社会不利益

それが本当に夫婦別姓にしたい人の自由制限する理由に足るほど大きな不利益か、という程度の話をしないといけないのであって、安直に影響がないと断定するような極論で反対派を非難する人がいるような現状では、選択夫婦別姓の実現は遠いでしょうな

選択夫婦別姓みたいな、社会賛同を得て実現しなきゃいけないことについて

「こんなこともわからないバカ不条理な人たち」みたいな論調で話す人って、賛成派に見せかけた反対派か、実現するつもりのない人なんだろうな。

 

そんな言い方したら反対派が余計強硬になってあの手この手反論を考えて余計実現が遠くなるだけなんで、本気で実現したい人にとっては害しかない。

2017-11-12

幻想芸術集団Les Miroirs公演『アルラウネの滴り -改訂版-』

ダス! イスト! デア! トロプフェン! デス! アルラウネ!

アイネ! クライネ! ナハト! フランケンシュタイン

イッヒ! リーベ! ナツィオナル! ソシアリスティッシェあわわわわわ! この辺で。

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“幻想芸術集団 Les Miroirs(レ・ミロワール)” という豪快な源氏名を名乗っているが、つまりは都内の小劇団だ。

んーむ、どういうことなんだろ、また芝居を観に来てしまった。

これまでの人生で演劇なんて片手の指にあまるくらいしか行ったことないのに。

ひょんなことから、とある小劇団の芝居に行ったのが先月。

劇場でダバっと大量のフライヤー(チラシ)を渡されるので、眺めているうちに妙に気になって今回はこの劇団の演目『アルラウネの滴り -改訂版-』を観に行ってきた。

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観劇後の印象がなかなか良くて、それで妙に語りたくなったので記録の意味でレビューを残しておくことにする。

当方、舞台観劇はズブの素人なので、マニアから見たら噴飯モノの印象がバンバン飛び出すことと思われるが、そこはヌルく見逃してほしい。

あと、上演も終わっていることだし、ネタバレ上等で書くので、そこは4649!

それでは、行ってみよー!

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■全体として

先入観が無かったといえばウソになるわけで。

幻想芸術集団という大迎なプレフィックス

おフランス語の劇団名でミロワール(鏡たち)というのは、つまりキャスト達のことだろう。

豪奢な近世ヨーロッパ風衣装。

小洒落たサロンで撮った宣材写真

キレイどころの若い女性を中心に固めたキャスト

中央には男装の麗人

「これはきっと、『ベルばら』風にお嬢様たちがキラッキラにやりたいことだけをやりたおした豪華絢爛、欧州絵巻だろうな」と。

それで、「どれ、どれだけ背中とオシリが痒くなるか、いっちょ見てやろう」くらいの気持ちで足を運んだのだが。

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これが。

開始10分で背筋を伸ばして、

脳を総動員して、

つまりは本気でストーリーを追いかけることになった。

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近世ドイツを舞台にしたバリバリに骨太なサスペンススリラーになってる。

そりゃそうだよな。

単なるキラキラ少女漫画ワールドだけで、旗揚げから10年以上も劇団が存続できるワケないもんな。

幻想的な要素は “アルラウネ(マンドラゴラ)の美女を集めた娼館” というキー・ガジェット一点のみ。

あとは細部まできっちりと整合したダークなクライムストーリーで。

(このへん、『スリーピー・ホロウ』(ティム・バートン)に通じるものがあるな。

 あれも超現実はデュラハン首無し騎士)の一点だけで、あとはストレートな推理モノだった)

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そして、今さらながら。

自分がなんで演劇を面白いと感じるか、分かった。

ミニチュアジオラマを見ているのと同じだ。

右から左から、見ても見ても、どこまで見ても情報量が尽きることがない。

これはフレームで切り取られた映画にはない楽しみであって。

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この舞台にしても。

ブリンケン伯爵が実に俗物らしくロゼマリー嬢を相手に大笑しているときに、うしろでフローラ嫌悪感をまる出しにしていたり。

カスパルが客前で気取った口上を並べているときに、後ろでオリヴィアペトラクスクス笑っていたり。

ふとカスパルが来歴をほのめかすときに、バックでアルマアラベスクをキメていたり。

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どこに視線を固定しても、漏れる情報がある。

これが脳にすごい負担がかかる。

決して不快ではない負担が。

これが自分的な芝居の楽しみだと、劇場を出るときに気がついた。

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作劇について、もうちょっと書くと。

衣装がキラッキラなのは舞台が娼家だからであって、ここを誤解していた。

実際の登場人物はというと、全員が第三身分。

(脇役の伯爵、伯爵夫人、王様の3人をのぞく

それも、ドラマにしやすい貧民でもなければブルジョアでもなく、中間層知識人というのがニクい。

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そしてデカダンス

スパイス程度の頽廃なんてもんじゃない。超頽廃。超デカダンス

なにせ純愛がまったく出てこない。

娼館。

仮面夫婦

父を求めて得られなかった少年は長じて若いツバメ(愛人)となる。

例外はアルマカスパル気持ちが通じるところ、それにヘタレ青年が主人公に想いを寄せるところだが、どちらも一方通行に近い。

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さらに設定考証がすげぇ。

神聖ローマ帝国時代のバイエルンの片隅にある架空の歓楽街、というか売春窟を中心に時代と風俗をガチガチに作り込んである。

おそらく、俺の気が付かないところもガチガチだろう。

唯一、気になったのは

「あれ、ドイツ語圏ならネーデルランドじゃなくてニーダーランドじゃね?」

ってところくらいで、これも観客のアタマへの入りやすさを選択した結果だろう。

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うん。正直に言うと、作り込みすぎじゃね? っていうところもあった。

具体的に言うと、ダイアログが文語中心で、若干だけど苦しい。

当方、語彙力にはそこそこ自信があるオッサンだが、それでも、

「じい(侍医)」とか、

「せんていこう(選帝侯)」とか、

会話をトレースして理解するのにアタマを総動員する必要があった。

かと言ってなぁ。

そこを「侍医」→「お付きの医者」とか、「選帝侯」→「偉大なる領主さま」とか言いかえるとテイストがどんどんボヤけるしなぁ。

時代のフレーバーとして、いたしかたなしか。

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ほかにも上に書いた「若いツバメ」とか、娼館ではロウソクがタイムチャージに使われていたりとか。

ともかく文学的で含みのある表現を多用していて、ターゲット年齢が高いか、あるいはマニアックな層か、ともあれコレくらいのレベル普通なのかな?

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あと、要求水準の高い批判をすると。

階級社会不条理に対する怒り” というのを冒頭に打ち出した割には、通底するというほど通底していない。

21世紀の今から見て付け足した感じ。

フレーム全体の仇役としてエーヴェルス先生を立てて、カール殿下の誅殺を5分のエピローグとしてサラっと流したので余計にそんな感じがする。

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もう1つ細かいことを言うと、カスパルとエーヴェルス先生がクライマックスに対峙するまでハチあわせしないのは、苦しくないか?

それを言うのはヤボというものか。

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ま、ともかく。

全体として、チケット代以上に大いに楽しみ、没入し、満足した。

見て損はなかった。

ほかの演目については保証しかねるけど、再演のときには是非とも足を運んでみてください。(繰り返すけど、俺は関係者じゃないよ)

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以下は、キャストと演出について

※普段は「役者は顔じゃない」というのがポリシーなんだけど、ここまでビジュアルにこだわった劇団と演目に対しては、しゃーない、キャストビジュアルについても言及させてもらいます。あしからずぅ。

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■男優3人

劇団と演目を全体として俯瞰すれば。

耽美で退廃的なテイスト

きらびやかな衣装と意匠。

おそらく女性中心の運営で女性中心の企画立案で女性中心のキャスティングをしている集団だと推察するけど。

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自分にウソはつけない。正直に言う。

観劇後の印象は男優三人組が大部分かっさらって行った。

全員が客演。

おそらく、3人が3人とも、キャスティング担当者が選びに選んで一本釣りで連れてきたのだろう、と、思う。

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 エーヴェルス先生の狂気、

 フランツの怯懦と勇気、

 ブリンケン伯爵の俗物さ。

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多分それは、つまりこういうことだろう。

女性陣、主人公2トップをふくめ、大部分のキャラクターは何らかの葛藤や二面性を抱えていて、心理に微妙な綾があるのに対して、男性陣3人は完全にバイプレイヤーとしてストーリーの進行装置以上のキャラクターが割り振られていない。

あとはそれを渾身のパワーで演じれば良いだけで、結果としてものすごい強烈でシンプルな印象をこっちに叩きつけてくることになる。

これが観劇初心者の俺みたいな人種にはビンビン来るのよ。

ある意味三者三様にヨゴレで良い役をもらってるとも言えるわけで。

こればっかりは、しょうがない。

こういう観客もいるということで、ひとつ

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■高山タツヤ(エーヴェルス先生)

いやしかし、悪役ってオイシイよな。

自分的には今回の演目でこの人がNo.1。

最初はシャーロック・ホームズ的な近代合理精神の尖兵として事件に切り込んでいくのかと思いきや。

途中からどんどんマッドサイエンティストの素顔が出てきて、終盤すべての黒幕という正体が明らかになって、最後はムスカ大佐みたいに天誅がくだる。

宣伝スチルでは “生に倦み疲れた貴族” みたいな立ち位置かなーと思っていたら、もっとパワフルだった。

理性的で狂人、策謀家で紳士、もうテンコ盛り。

唯一の難としては、演技とキャラクター作りが設定より若干、若く感じた。

そのせいでカスパルとの対比が弱い。

しかし、それにしても、実験体のときにカスパル13歳、エーヴェルス24歳。

最後に対峙した時点でカスパル31歳、エーヴェルス42歳か。

これまた描写の難しい年齢差を持ってきたな、とは思う。

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■谷英樹(フランツ

普段は剣戟主体のアクション俳優さんらしい。もったいない(と言ったら失礼か)。

ねぇねぇ、性格俳優やりましょーよ。

できますって絶対。実際できてたし。

高い鼻筋、シュッとした輪郭ともあいまってヨーロッパダメダメ青年を完全に演じきっていた。

迷い、失敗し、バカにされ、それでもフローラへの思い一徹。

というか、この劇中、唯一の未熟者役で、これは配役としてよいポジション

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■杉山洋介(ブリンケン伯爵)

たぶん、この人はただの色ボケ爺ぃじゃないよ。

宮廷の権謀術数

複雑な典礼プロトコルの知悉、

家門の切り盛り。

そういったシンドイ大事や雑事を乗り越えて、やっとこさトレッフェン通りで馴染みの嬢を片手に思いっきりハジけているところに腹上死。

涙を禁じえません。

そういう想像が働くところが、杉山氏のキャラクター作りのなせる技かと。

いや、たんなる家門だよりのアーパー伯爵っていう設定かもしれないけどさ。

ともかく、そんな感じがした。

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■武川美聡(オリヴィア)・小川麻里奈(ペトラ

ストーリーも半ばを過ぎたところで、ハタと気がついた。

カスパルフローラが客から評価をもぎとってくるフォワードだとしたら、オリヴィアペトラ役のこの2人が失点を防ぐディフェンダーなのね」

アルラウネだけじゃない、葬儀の席のゴシップ婦人、伯爵家の侍女と、早着替えをしながら、縦横無尽に八面六臂。

よほどの高能力者じゃないと、こうはいかない。

逆に言えば。

ストーリースケールに比してジャスト10人という少数精鋭のセッションで。

もしもこの2人が「私たちモブよ、モブよ、モブなのよ~」と手を抜いたり段取りが悪かったりしたら?

それこそ目も当てられないほど悲惨なことになるのは想像できる。

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この芝居を観た人がいたら聞きたいのだが。

ストーリー展開のつなぎが悪かったところがあったか?

会話のリズムと展開がギクシャクしたところがあったか?

状況の説明が足りないと感じたところがあったか?

少なくとも、俺にとっては無かった。

これ全部、彼女たちの仕事であって。

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こうも言える。

「観客を40人と仮定して、80個の目玉とその批評眼の猛攻を、2時間近くの上演中、ゼロ失点でしのぎきった」と。

しかも、それだけじゃない。

「それじゃ、ここはカスパルを見ていよう」と視線を切ったままにしておくと、いつの間にか “弱気なオリヴィア” と “地味に辛辣なペトラ” がシャドーストライカーとしてヌッっと認知の前景に割り込んでくるから油断がならない。

専属キャストスポットを浴びて歌い踊る後ろで、 “舞台成立請負人” として劇団を渡り歩くって、ックーッ! シビれるっすねぇ(想像のしすぎか)。

特にオリヴィア役の武川さんはホームチーム無しのフリーランサー

次にどこで会えるかもわからないという、この西部劇カウボーイ感。

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■マリコ(伯爵夫人クロリス)

政略結婚で異国に嫁ぎ、政治のあおりで幽閉状態。

夫に先立たれ、あとは家門を守る化石となりつつある中、若いツバメとともにふと訪れた春。

でも心の底では彼が自分を利用しているだけと気がついていて、寂しさがつのる人生の晩秋。

っていうメロドラマ的挿入話を、たった1人でゴリゴリ成立させてしまった。

オフショットを見たら、周囲に負けず劣らずの美人さんなのに、哀切よろめき婦人にサクッと変身するあたり、地味にスゴいよ、この人。

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■中村ナツ子(ロゼマリー)

加東大介(『用心棒』)といい、中村梅雀(『八代将軍吉宗』)といい、馬鹿キャラってオイシイよな。

と、思いつつ、可愛い子チャンで馬鹿キャラってのは失敗例が山ほどあるワケで。

美人馬鹿キャラ、厳密に言うと “短慮と衝動、それに浅知恵で状況を悪化させるキャラ” っていうのは、全世界のホラーパニック映画ファンが怒りまくってることからも分かるとおり劇薬であって、書くのも演るのも本当に難しくて大変で。

フィクションで最近の成功例だと、『デスノート』の弥海砂とか。自分の中では『ウォーターシップダウンのうさぎたち』のネルシルタとか)

その中でも彼女ロゼマリーの配役と演技は大成功と言っていい。

シナリオ、人物造形、演技の巧みさ、3つが合体して、ストーリーを停滞どころかグイグイ展開させる存在として実に効いている。

アルラウネたちが、それぞれどこか華美な中にもダークさを感じさせる装いの中、ひとり明るい髪色でキャるるンッとしたバービー人形のような出で立ちも良い。

彼女を舞台で見るのは実はこれが初めてではなくて、かなりの美形なことは知っていたけど、作りようによっては、なんというか、 “こういう美人” にもなるのか、と今さら驚く。

(彼女の第一印象については、

https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

 の中村ナツ子の項を参照のこと)

というあたりで。

最後に。

あー、業務連絡、業務連絡。中村さん、編集者やってみる気はありませんか? 原稿ライティングができてAdobe製品が使える最強のマルチ編集者になれますよ。その気になったら、いつでも当方に声をかけてください。

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■麻生ウラ(アルマ

うー、うーうーうー。モゴモゴ、わかった、言う。

えー、強烈な声優声なのは、演出上の要請か、それともそれ以外の発声メソッドを持っていないのか。前者だと信じたい。

さて。

最古参のアルラウネ、そしてカスパルの右腕として気持ちを交わし、動き、嘆き、そして踊る。

ちょうどキャプテン・ハーロックにおけるミーメみたいな立ち位置

ただし彼女の場合は愛と忠誠心一方通行気味なのが哀しい。

キレイどころ揃いのキャストの中でもアタマ1つ抜けているビジュアルダンスを買われての登板か。

(「ビジュアル充実で演技とダンスが良いなら文句ねーだろ」という方は、この項の2行目を参照のこと)

休眠状態の彼女のポーズを見て、開場のときに舞台においてあったオブジェの意味がやっとわかった。

それにしても。

アイライン抜きでもアニメキャラ級の大きなお眼々。

とんでもなく整ったマスク

スレンダーで柔軟な身体は恐ろしく妖艶に動く。

世を忍ぶ仮の姿バンドヴォーカル兼ヨガ・インストラクターとのこと。

ドュフフフフ、オジサンに勤務先教えてくれないかなぁ。

(この6行、後でカット)

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■乃々雅ゆう(フローラ

アイライナー(と、おそらくカラコン)を差し引いても深い情熱的な眼、意志の強そうな頬からおとがいライン

なんというか、豪華欧州絵巻を演るために生まれてきたような。

実際、ブルボン王朝の末席にいて、ベラスケスが肖像を描いてそうだ。

(なぜブルボン王朝(スペイン)かというと、黒髪だから)

その意味では、この劇団の申し子みたいな雰囲気。

立ち上げからのメンバーかと思った。

そのくらいピッタリの所属先を見つけたと言えるんじゃなかろうか。

宣材写真を見たときはもっと毒のある雰囲気で、「ふむ、このヒトが超々々毒婦をやったら面白そうだ」と思って劇場に行ったんだけど。

なんというか、キャラクターもご本人も想像より瑞々しい感じの人だった。

“運命と戦うヒロイン” という、もう本人の雰囲気そのままの役回りを手堅く好演。

娼館の女主人のときはもっと毒々しくても良かった気がする。

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■朝霞ルイ(カスパル

どんなに声のトーンを落としても客席まで声が届いていたのは彼女だけだった。

ベテランの風格。

打ち棄てられた実験体児がどこでどうやって成長すれば、こんな艶やかでピカレスクトリックスターに育つのか、そこを見てみたかった気もするが、そこを書いたらタダでさえ2時間ちかくある上演時間がさらに伸びるので、いたしかたなし。

この俳優さん、眉頭にいい感じに険が出ていて、男装の麗人からリアル美丈夫への過渡期にある感じがする。

男役としては、これからが一番いい時期なんじゃなかろうか。

ダークヒーローカスパルを好演。

カスパルがどんな人物かというと。

ん。

待てよ……整理すると!

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1)娼館の影のNo.1として女主人をウラからあやつり、朗々と艶やかな口上を述べるトリックスターで、

2)火災その他のカタストロフから巧みにサバイバルし、言葉巧みに未亡人の情夫におさまる冷徹ピカレスクで、

3)非人道的な実験の結果として対アルラウネ耐性を有する厨二病キャラで、

4)それでいて不幸な幼少期から、どこかはりつめた脆さを感じさせ、

 (それは例えて言うならば、ラインハルト・V・ローエングラム的な)

5)そして、こころ疲れた時には情を交わす女アルマが影に寄り添い。

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なんてこったい! 男装女子の演りたいこと、全部入りじゃねーか!

どうなってるんだ朝霞さん! アナタの配役が一番オイシイよ!

旗揚げメンバー特権か!?

観劇前はフローラカスパルが互いのカウンターパートをつとめるセッティングかと思ったら、終わってみれば伯爵から先生からアルラウネ達からフローラから、もうもう全員が彼との関係性を軸に話が展開するという、まさにザ・主人公・オブ・ザ・主人公

しかし考えてみれば、そのぶん舞台上でも舞台裏でも負荷は並大抵では無かったはずで、本当にご苦労さまでした。

良かったっす。

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■a-m.Lully

あの役がオイシイ、この役がオイシイ、と書いていて気が付いたが、

全者全様にオイシイ役ばかり。

調べたら当然のごとく、当て書き脚本だった。

この辺が座付き作家、というか作家が率いる劇団の最っ高のアドバンテージだよなぁ。

と、同時に。

「このストーリー、映像化してもイケるんじゃね?

 というか、ヨーロッパあたりに売り込んでもいいんじゃね?」

と思ったのだが。

脚本、キャスト、演出のケミストリー化学反応)による名演と脚本単体のポテンシャルの見分けがつくほど、俺は観劇に強いわけではないので、この印象は保留しておく。

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大道具・セット

背景と大道具がすごい。なんてったって “何もない” んだから。

物理的に必要な長椅子が脇においてあるだけ。

これ、大英断だと思う。

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メインの舞台となるのは近世ヨーロッパの娼館で。

自分がイメージできるのは『ジェヴォーダンの獣』(クリストフ・ガンズ)くらいだけど、あれを雰囲気だけでも匂わせるには1千万円あっても足りない。

その後の場面展開を考えたら、そこはバッサリ切り落として、そのかわり衣装と装飾品にガッツリリソース(金と時間と手間)をかける。

キャストこそが情景の担い手という戦略。これ大正解

少なくとも自分はそう思った。

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で、板の上には何もない代わりに、ステージ背面全体を三分割して並んだ3つのセル(部屋)。

ライティング次第で中のキャストを浮かび上がらせて、複数のストーリーラインを同時に進行できる空間なんだけど、これが実に効いてる。

回想、視点の移動、娼館の部屋それぞれ。もう大活躍。

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白眉はエーヴェルス先生が娼館に潜入するシーン。

ライティングを目まぐるしく切り替えて、それこそ『ミッションインポッシブル』か『オーシャンズ11』かっていう高速カットバックを実現している。

(いや実際、照明さんは胃に穴が空いたんじゃなかろうか?)

実を言うとアタマのスミでは「それをやりたいなら映画でやったら?」と思わないでも無かったけど、映像作品と舞台の良いとこ取りをした意図は買うし、実際、効果的だった。

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と、同時に。

こうも思った。

「ああ、そういうことか。エイゼンシュテイン以降の変革は舞台にも及んで、自分はいま変革後の作品を見てるのね」と。

MTV以降、ライブコンサートに巨大モニターが導入されて各種フレーミングが可能になったように、舞台も律儀に単一フレーム(場の一致)なんて守ってる場合じゃないよね。

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■最後に、気がついたこと、気になったことをまとめて

・会場の音響が悪すぎ!

 卓かアンプが、どこかでバチバチに歪んでる。

 せっかく古典派の交響曲ストイックなまでにかためた選曲が台無し。

 客席横では四六時中、空調がプシュープシュー鳴ってるし。

.

キャパ、狭すぎ!

 ねえねえ、次はもっと大きい小屋でやりましょーよ。

 大丈夫。大丈夫だって

 連日満員でエクストラシート用意するくらいなんだから。

 ぜったい大丈夫だって!(←無責任

.

・ハッキリとした開演ベルが欲しかったところ。

 カスパルがおもむろに登場してアルラウネのオブジェを撤去して暗転ってのは、演出としてどうかと思った

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プログラムの誤植。

 コーヒー愛飲の習慣のところ、 “嫌遠” は “嫌厭” の間違い。 

.

・余談だけど、今回の上演『改訂版』の前の上演回をみんな『祈念』と呼んでいる。

 理由を調べようと思ったけど、まーいーか。

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キャスティングの軽重に関係なく、みんな多かれ少なかれセリフが飛んだり、噛んだりしていた。

 最終日の最終回、疲労のピーク。

 ステージハイっていったって、限度があるわね。

 その中でもディフェンダー2人(武川、小川)は、自分が見る限り

 挙動とセリフに一切のミスがなかったことを記録しておく。

.

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……んー、こんな感じか。

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ともかく、まとめとして言うならば。

幻想芸術集団レ・ミロワールの『アルラウネの滴り -改訂版-』良かったっす。

次もタイミングが合えば観に行こうと思いつつ、このテキストを終わる。

2017-10-29

127 名前名無シネマ@上映中[sage] 投稿日:2017/10/27(金) 15:04:59.86 ID:Jc3EswWr

宗教ってなんなのかと言えば不条理教義を受け入れることで思考停止をして心の安らぎを得るってこと

逆に世俗主義理性主義は条理の通りに好きに生きられるけど存在不安死の不安を抱え続けること

世俗的だから良い寛容だから良いって話ではない

理性では心は救えない

128 名前名無シネマ@上映中[sage] 投稿日:2017/10/29(日) 13:41:18.29 ID:tkS6/B6P

>>127

世俗主義理性主義というのも、一見条理に生きているようで、すぐにあちこちぶつかる壁に

目をつぶりながら、ごまかしごまかしって人も多いけどね

少なくとも、自分を支える物質安心要素ががたつくと自分も信念もあっという間にがたつく

しかもその物質安心要素も、自分が思っているほど自分共同体の手で獲得されたものではなく

恩寵しかなかったりする

こう考えると、宗教的人間のほうが条理に生きているともいえる

ただ目に見えない、言語しづらい世界だけに、それを表現するとプリミティブに過ぎることがある

すべての宗教ストーリー時代民族を超えて受け入れられるものでもない



2chレスがためになったと思ったのははじめてだ。

2017-10-20

予防線に対する不条理

予防線を張らないと揚げ足取ったり重箱の隅つついたりで好き勝手ボコボコに叩かれ

予防線を張ると「張りすぎて何が言いたいか曖昧になってる」「潔くなく見苦しい」と叩かれる。

不条理すぎない?

2017-10-14

anond:20171014172242

問題なのは実感との乖離なんだよな。

働くふりだけしてまったく仕事をしていない。そんな奴でも簡単にクビにできない。

それに似た不条理がここにあるから、「いじめられる側責任がない」理論もにょるわけ。

会社員なら手続きを踏んで解雇もできるけど、いじめられっ子排除することはそれ自体いじめ認定されかねないので、それも叶わないという。

2017-10-10

単にバカから不条理理解できないやつには言われたくないわな

2017-10-06

CSCM存在不条理である

今時CSとかテレビオワコンとか言うのは無しで。

CSを見るにあたり追加料金を払っているのに大概のチャンネルCMを見せられる。

しかもそれがうんこがどっさりでるとか、痩せるとか痩せないとか、膝が曲がるの曲がらないのとか。

おしっこもれそうとか、ああ俺の将来こんなもんなのかあと暗くなるプロダクトばっかりで不愉快だ。

それにテレビドラマ再放送だと46分ノーカットでやった挙句に15分CM見せられる。その時間を過ごす間暇なんじゃ○ね。

こんなにCM見せられるんなら限りなくタダにしてほしい。

2017-10-05

11年ぶりの10月5日木曜日

今日11年ぶりの10月5日木曜日だ。

11年前の2006年10月5日(木)に自殺未遂をした。近所の高速道路高架橋から飛び降りようとしたが、見つかってしま未遂に終わっている。

自殺しようとした理由だが、その日に2006年上期の成果目標面談があり、成果未達で上司から「このままではお前は解雇だな」と言われたのがトリガーになっている。

過去160時間を超える残業で鬱になり会社を数ヶ月休職していたが、休職期限満了で解雇されそうになったので2006年5月に半強制的職場復帰する事になり、その際に一緒に成果目標も設定されていた。

成果目標営業目標とかではなく、上司1人が主観的に「達成した」「達成していない」と決められる内容。要は俺の成果達成・未達は上司の腹一つで決められていた。

そんな上司から「成果未達」「このままでは解雇」を突きつけられて絶望的になった訳で。

2006年10月と言えばリーマンショックの前だったが、景気はデフレのど真ん中。まともな職にありつける見込みは無かった。

会社のせいで鬱になって休職したのに、復帰したら上司の腹一つで解雇待ったなしの成果未達を突きつけられたのは不条理過ぎた。

結局その会社自己都合で退職したが、その会社で過ごした7年間は俺のキャリアの中で無駄になっただけだった。

何が言いたいって?

成果主義はクソだという事さ。

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