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2024-02-19

アニメイト脅迫犯「荒らし共栄圏」リーダー2007年まれの16歳

大部分は唐澤貴洋wikiより

荒らし共栄圏リーダー ワッパステ

16歳、2007年3月19日まれ

2016年初音ミク公式チャンネル』として活動を開始し、当時から無駄時間使ったYoutube荒らしを行っていた。

2019年に入ると児童ポルノ盗難クレジットカードゲームチート[4]をやり取りするTelegramグループとあるキチガイ発狂道場』を設立[5]。

その後musiclineにDDoS攻撃をするなどのスクリプトキディ行為に明け暮れ、2021年に『荒らし共産党』(現荒らし共栄圏)を設立2021年9月頃は「恒心に敵意がない」と言っていた[6]ものの、途中から気が変わったのか[7]wiki編集PWをツイッタハァに晒し始めた[8]。

3月4日Discord上での自分語りから民事訴訟を受けていたことが発覚する。なお当人は「裁判所トイレ荒らした」等ノーダメアピールを繰り返している模様[9]。

荒らし共栄圏

前身団体は「荒らし連合軍」で、蔑称「子共連合軍

主にDiscordサーバーYouTubeコメント欄などをツールを用いて荒らしていた。

もともと場末チャットサイト荒らしていた集団が変容してできたものらしい。

特徴としては構成員数が多いことが挙げられ、Discordの招待画面によれば2021年8月2日当時2600[2]余名を誇る大規模なグループであった。その性質上何度もサーバーを削除されている。構成員ほとんどは小中学生[3]と思われ技術を持っている者は少ない。特に上層部殆ど不登校

Discordという特性上、詳しいことはあまり分かっておらず、Wiki上の情報根拠の多くがスクショに依る。 現在では荒らし共栄圏が実質的な後継となっている。

ほとんど小中高生により構成されており現在確認できている最年長は19歳である。 周りに流されやすものが多くほとんどが『無キャ』と呼ばれるものに分類される。 Pythonを使えると主張するスクリプトキディが多く、冥王サウロンもその一人である黒人差別する風潮がある。

何故暇空がターゲットになったのか

恐らくはコレコレ出演がきっか

ガキたちはTwitterというオールドメディアに関心がないためコレコレ出演で初めて暇空を知る

暇空はしゃべり方がフガフガしている上に発言が二転三転してあやふやで「いじめてもいい相手」「面白いこと何も言えず無駄時間を潰した敵」認定されたと思われる

コレコレ出演後、暇空関係者メールボム攻撃を食らうようになり、それらは暇アノン側が散々やっていたことなので意趣返しされた説があったが、恐らくは第三勢力である荒らし共栄圏の仕業だった

コレコレ配信では非常に殺気立った暇空叩きの「歯抜け」連呼コメントが大量についており、その中に荒らし共栄圏メンバーもいたのではないか

その時の議題は「寿司屋店主が港区女子を殴ろうとした疑惑」についてであったが、結局暇空はなにも新情報を落とせないまま自著の宣伝をして退席した

コレコレキッズたちは「売名のためにきたのか」と激怒していた

その激怒が「暇空の本を発売中止しろ」という脅迫につながったのではないか

なお、ワッパステイはドンキトイレを詰まらせて遊ぶ動画を公開した際にコレコレに取り上げられて叩かれたのでコレコレを嫌っているが、荒らし共栄圏構成員現在3700人ほどいるのでコレリスもいるだろう

の子供より若い

最近のガキ強すぎだろ

2024-02-12

中国海軍歴史 略史(1/4)

anond:20240211235134

夜明け前(~1949年 中華人民共和国成立)

中国近代造船所が建設される
海軍不在の時代
1840年

アヘン戦争 イギリス軍の汽走砲艦が清軍のジャンク兵船を圧倒

1856年

アロー戦争 英仏連合軍大敗、清には対抗できる艦隊存在せず海戦は起こらなかった

1865年

洋務運動の一環として清朝官僚の曽国藩、李鴻章によって江南機械製造局(現在江南造船所)が上海建設される

1898年

ロシアによって中東鉄路公司輪船修理工場(現在大連造船所)が大連建設される

1908年

日露戦争後、川崎造船所(現在川崎重工業)が大連造船所と旅順造船所を運営

1945年までに3度にわたり拡張され、中国最大の造船所になる

1912年

清朝滅亡

中華民国臨時政府樹立

1916年

中国近代海軍の父、劉華清(刘华清)誕生

1928年

イギリス実業家Nils Mollerが上海に"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"(現在の滬東中華造船)を設立

1938年

日本軍江南造船所を占領朝日工作上海工場改名三菱重工運営する

1941年

日本軍が"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"を占領三井造船所と改名三井造船運営する

黎明期(1949年1966年 文化大革命開始)

海軍の礎が築かれる
教育研究機関設立
ソ連から技術援助
1949年

中華人民共和国が成立

中国人民解放軍海軍設立される

中国人民解放軍海軍工学大学設立される

中国人民解放軍海軍医科大学設立される

中国人民解放軍大連海軍士官学校設立される

古寧頭戦役/金門戦役 中国人民解放軍海軍は大量の漁船徴用金門島占領しようとしたが大敗、これによって台湾侵攻を断念

戦争歴史から、二度と繰り返してはならない、という思いを抱くのは日本だけではありません。中国もそうです。しかし、どんな教訓を得るかは、国によって異なります

(略)

毛沢東は,1949年中国民政治協商会読第1回全体会議における開幕の演説

「......どのような帝国主義者にも再び我々の国土侵略させてはならない......我々は強大な空軍海軍保有しなければならない(......不允許任何帝国主義者再来我們的国土.....而且有一個強大的空軍和一個強大的海軍)」と指摘し,

1953年には

「わが国の海岸線長大であり,帝国主義中国海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義我が国侵略してきた。その多くは海上から来たものである(我們国家海岸線視長,帝国主義就是欺負我僧没有海軍,一百多年免帝国主義侵略我臥大都是従海上乗的)」と軍艦の上で演説しました。

(略)

共通のできごとから「二度と繰り返すまい」と決意したとしても、国によって得た教訓は異なります

いじめた側といじめられた側では、同じ出来事もずいぶん違った記憶になる道理です。侵略をして反省した側は「二度とあんなことはすまい」と消極的になり、侵略された側は「二度とあんなことはされまい」と積極的になるわけです。

そのために、国際政治歴史の中では、あるときは羊のように餌食にされた国が、後には一変して狼のように振る舞い、そのことがかえって敵を増やしたりします。その逆だってあり得るでしょう。

出典: ネバーアゲイン・レゾルーション(二度と繰り返さない決意) - リアリズム防衛を学ぶ

https://www.riabou.net/entry/2015/08/16/140156

1950年

人民解放軍海軍航空大学設立される

海南島中華人民共和国占領される

朝鮮戦争勃発

10月19日 中華人民共和国参戦

1952年

中国人民解放軍海軍指揮大学設立される

中国人民解放軍海軍工学大学設立される

中国人民解放軍海軍士官学校設立される

1953年

中国人民解放軍海軍潜水艦士官学校設立される

1954年

劉華清 ソ連レニングラードクズネツォフ海軍大学校に留学セルゲイ・ゴルシコフに師事

第一台湾海峡危機 江山島、大陳島を中華人民共和国占領される

★6607型駆逐艦(鞍山級駆逐艦/7型駆逐艦/グネフヌイ級駆逐艦)がソ連から供与される

 中国人民解放軍海軍にとって最初駆逐艦になる

 1930年代イタリアから技術導入をしてソ連が建造した艦で時代的には吹雪型駆逐艦と同時期

1957年

50型警備艦(リガフリゲート)がソ連から供与され、6601型(成都級)としてノックダウン生産される

1958年

二次台湾海峡危機 金門砲戦 中華民国側が防衛成功、以降中華民国と中華人民共和国の間に大規模な戦闘は発生していない

大躍進政策の開始 1500万人以上の餓死者を出し失敗

1961年

劉華清 中華人民共和国国防部第七研究院所長に任命

第七研究院(中国艦船研究院)

中国初のミサイル駆逐艦、初の原子力潜水艦、初の1万トン超艦船設計を担う

中国海軍艦船設計の中心となった

後に中国船舶重工集団(中国船舶重工集团, CSIC)の傘下となった

1962年

633型潜水艦(ロミオ級) 1番艦 ? 就役

 ソ連から提供されたノックダウンキットを国内で組み立てたもの

 その後中ソ対立によってソ連から技術援助が打ち切られたため中国潜水艦国産化を迫られることとなった

1964年

トンキン湾事件アメリカベトナム戦争へ本格介入

中国海軍歴史 略史 2/4 https://anond.hatelabo.jp/20240212015211

2023-12-12

anond:20231211105609

戦術レベルで言えば割と見る

例1.アメリカ軍日系人部隊

片腕のない上院議員だった故ダニエル・イノウエもそうだが、あの部隊決死突撃を数人で敢行し、決死隊がデコイになってるうちに手りゅう弾山ほど抱えた後続が前進して陣地を破壊する戦術を取っていた。

イノウエも北イタリアの戦いでデコイとして腕が無くなった状態で3つの機関銃陣地に突撃してこれを陥落させてる。

日系人ガッツを見せるために戦場で戦ったイノウエはのちに上院議員となってアメリカ民族差別と闘い勝利した。

例2.2006年イスラエルレバノン侵攻でのヒズボラ連合軍

陣地に籠ってイスラエル軍の戦車中隊15両を待ち伏せるも、いい様に狩られて潰走……

と見せかけて陣地ごとロケット砲撃で吹き飛ばし

イスラエル軍は1両鹵獲、2両大破、12両中破で戦闘不能兵員投降・逃走で敗北

ヒズボラ側も600人以上死傷。ちなみに世界初の実戦でのドローン観測砲撃はここで行われた

この戦いはキリスト教徒共産党員ヒズボラ側で戦い、劣勢の中結束できたという稀な例

イスラエルってロクでもねえ国だわ

2023-12-11

anond:20231211210131

そりゃ大宏池会(岸田派+麻生派)と財務省連合軍が、弱り目の清和会を叩き潰すために仕掛けた政争から

2023-10-27

憑虚御風(ひょうきょぎょふう): 世俗を超越したような広々とした気持ちや気分のこと。

宋代の蘇軾が流罪中に赤壁レッドクリフ)を訪れ、「憑虚御風」と書いた(『赤壁賦』)。江戸時代の貝原好古はこれを辞典に収録した(『諺草』)。

すなわち、赤壁後漢末に、孫権劉備連合軍が、曹操軍船を破った古戦場である

2023-10-10

水星魔女を見たが非常に不満が大きかった

スレッタとミオリネの両方に社会性がない

スレッタは恵体で優秀なパイロットだが、水星田舎者で救助の仕事だけしてきて、素の性格アニメを見てスクールラブに憧れていた凡庸JKから

社会に関心がなく、恋愛友達家族しか興味がない視野が狭いキャラクターとして描かれていても、別に違和感や不満はなかった。

しかし対比となる、都会育ちでベネリットグループ総裁の娘として生まれたミオリネまで社会に関心がないとは思わなかった。

ミオリネまで社会格差家業に関心がないなら、デリングとシャディクに保護されて籠の中の鳥のままでいたほうが良かったのでは?と思ってしまった。

ミオリネの父親スレッタの遺伝情報上の父親を殺していることについて、「父親がやったことだから私には関係ない」と即解決され葛藤が一切無かったのも、

正論かもしれないがキャラクターとしての魅力を大きく損なったように思う。

 

スレッタが酷いことを言われても耐えるキャラのまま終わった

スレッタが強化人士4号にしつこく質問して地雷を踏んだのも悪いといえば悪いが、4号に酷いことを言われて「それでも好き」、

スレッタがプロペラ洗脳されているのにも問題はあるが、ミオリネに酷いことを言われて「それでも好き」、

エリクトには突き放され、プロペラからエリクトよりも優先順位が低い娘という態度を露骨にとられるが、

「それでも好き」という嫌な天丼をやられた印象がある。

こういう、冷たいことばかり言われて、いたぶられるポジションに置かれやす女性類型としてあるといえばあるのだが、

ガンダム初の女性主人公としては見たくなかった形だった。

 

シュバルゼッテとデミバーディングの無理矢理挿入された印象

シャディクがガノタに不人気で、本編でも見せ場がいまいちだったかミカエリスが売れない、などと言われていたが、

2期機のシュバルゼッテとデミバーディングはミカエリスとも比較にならないほど扱いがひどかった。

まずラウダがノレアペトラをケガさせられた八つ当たりでミオリネを殺そうとして兄を殺しそうになる(?????)という、

訳のわからない戦闘一回だけにシュバルゼッテは使われて消滅した。

グエルに期待して、期待が裏切られて反転アンチ化し、メインシナリオ無関係に殺しに来るというろくでもないキャラだった。

デミバーディングはもっと印象が薄い。ただ人間を運搬しただけでしかない。

マルタンが出しゃばりすぎたためニカとチュチュ関係が薄いものになってしまい、自動的にデミバーディングも影が薄くなった。

ガンプラを出すことが決まっているので無理をしてでもシナリオねじこむしか無く、ストーリーが変になったり機体が空気になっている。

 

クワイエット・ゼロが結局何なのか分からない

おそらくこうなのだろうという予想を大勢視聴者がしているが、本編中にろくに説明がないためほぼ憶測しかない。

ノートレットの理想デリングが引き継ぎ、プロペラがそれを利用しようとする、それぞれの思想ビジョンが全部不明瞭だった。

結果、「何のためにスレッタが身を削ったのかよくわからない」というのは致命的なのでは。

 

格差描写無意味作品としての倫理観が粗末だった

4号、ソフィ、ノレア、フォルドなど社会底辺出身ネームドが次々に死んだ。

虐殺したデリングはお咎めなし、強化人士を殺したペイル社CEOもお咎めなし、

そして宇宙議会連合軍大量虐殺したプロペラの罪はなぜかシャディクが被るなど、

罪と罰の扱いが非常に適当ものになっていた。「赦しがテーマ物語」とするにしたって雑すぎないか

勧善懲悪物語現実乖離しており安っぽくもあるのだが、いくらなんでもここまで混沌とさせ説明カットする必要があったのだろうか?

結局、死んだネームドは底辺まればかりだったという印象が残る。

宇宙議会連合唐突殺人光線から人を守ったスレッタや、失神したモブ生徒を救おうとしたペトラなど、

スペーシアンについては「利他的な行動をした結果として重度の身体障害者になっている」のも、何が言いたい?

ラウダによる地球メンバーロウジ、フェルシーに対する殺人未遂も適当に扱われて無罪になったようだし、

利他的な行動をとると障害者になって、他責思考加害者についてはやりたい放題であるというのが物語結論のようだ。

 

追記

デザイナー発注時シュバルゼッテはグエル搭乗機で赤い機体だった

グエルが最後までスレッタたち主人公サイドの敵で、シュバルゼッテ乗って死んでたとしても、

本筋と無関係なとこで謎にフェンシングしたり謎に弟に殺されかけるよりはマシだったわ。

敵対して死んでも共闘してもどっちでもいい。本筋と無関係なとこで意味わからん戦いに消費されたのが一番萎えたわ。

2023-09-04

死にたいし生きたい

自分自身が訳わからない。

死にたい。でも死ぬのが怖い。

生きたい。でも生きていても良いことも、楽しいことも、やりたい(かつ実現可能な)ことも一つもない。

安定した職に就いている両親の揃った家に生まれること、10代のうちに歯列矯正を済ませること、幼少期ゴールデンエイジのうちに父親に外でいっぱい遊んで貰って身体能力をなるべく高めておくこと、中学受験大学受験自己満足ではなく他人から評価されるレベル成功させること、などなど。

一つでも欠かしたら大人になってからの生きがいや自尊心がとんでもなく下がって人生ハードさはとんでもなく跳ね上がるのに、俺は全部失敗してる。

おまけに浪漫のない現代社会じゃ命を犠牲ヒロイズムを満たして死ぬようなこともできない。

ナポレオン戦争時代に生きてたら戸惑いなく胸甲騎兵になってイギリス軍オーストリア軍に突っ込むし、日露戦争の時に生きてたら躊躇なくロシア兵に突撃するし、太平洋戦争の頃に生きてたら躊躇なく飛行機に乗って連合軍艦隊に突っ込む。

でも現代じゃそんなふうにヒロイズムを満たしながら命を捨てることも出来ず、(手に入らない)トロフィーを集めながらとにかく生き続けることを求められる。

死にたいし生きたい。

2023-08-15

anond:20230815150621

占領受入れが決まったのが8月15日なんだっけ

でもどうせ一時的だし我慢しろということで、玉音放送の「耐えがたきを耐え」なんだろうな

昭和天皇策士(軍閥へのメッセージからね)

停戦交渉を認めなかった連合軍も強引だし、決まってたでしょ

2023-08-05

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』への雑ブコメ一覧

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASR8443X7R7XUCVL037.html

id:paracletus それより「連合軍も悪いことをした」について、そろそろ語られるべきかなあと思う。

id:CocoA ただしぃ~、原爆による無差別大量殺人肯定はいいで~す

id:technocutzero 欧州全体でロマ排斥殺害してたことも教えないとダメだワン ソ連ホロコーストも全く語られないしな WW2後の世界が枢軸を悪とすることで成立させてる世界観だからそうなってるだけで純粋歴史の話じゃない

id:toratsugumi むきになってナチを完全否定する勢力は、国家社会主義ドイツ労働者党ショッカー区別がついてないんじゃないのか。ソビエト連邦共産党カンプチア共産党朝鮮労働党だって、内政面で良いことも少しはしてるぞ?

id:mutinomuti 誰に対して?(´・_・`)欧米優越的地位確立植民地奴隷制度による搾取によって加速されたわけだけど、そういう話?

id:eotitg 未だにナチスのユダヤ虐殺ばかり言うのが健常主義で、ユダヤ以前に障害者ガス室送りにしたのがT4作戦。T4作戦を都合が悪そうに沈黙してきたユダヤ障害者差別と、白人だって差別と強調のユダヤ批判されるべきでは

はいドーン。また新しいアホがあぶりだされましたね。同書内で言及されてるwhataboutismそのまんまです。そういう無駄な相対化で本題を誤魔化そうとする阿呆な態度を取ることの弊害が散々言及されてます文章を読めないアホに限ってこういう無駄メタを気取ってアホをさらしてしまうわけですね。いいサンプルです。

id:nt46 ナチスは何も良いことはしなかった、とは書けないか分析に走るのでは。

id:mr_yamada 「良いこともした」論者がアホなのはわかるが、学者研究対象に「肯定できるところはない」としてしまうとスタンスとしては、同じレベルに落ちてしまますよ。ナチスを雑に全否定することの危うさこそ心配

はいアホー。「何も良いことはしなかった」なんてこの本では書いてませんし全否定本でもありませーん。

id:flowing_chocolate 良い悪いではなく、何をやったかで語ってほしい。

はいアホー。何をやったかを書いてる本です。この本では歴史学における検証方法を「事実」「解釈」「意見」の3段階にわけることを検証してます。それが歴史学的にメジャー方法かはしりません。そもそも歴史学において「なにをやったか」を語ることは極めて不十分、そもそも客観的歴史など存在しないことを示してます間抜け。雑にマウント取ろうとするアホの見本。

mazmot 「良い」とか「悪い」という定義不能価値観歴史研究に持ち込むことの危うさをもうちょっと強調したほうがええんちゃうやろか。

id:by-king まずそもそも『良いこと』って定義はなんなんだろうね。そんな簡単一義的に決まるものなの?単なる誰かの価値観しかなくないか

はい出た出た「歴史研究善悪を持ち込むな」派。お前歴史研究まともに触れたことないだろ? historystory語源は同じstoriaって高校世界史の最初の授業で教えられることじゃない? そもそも歴史において価値判断を持ち込まないなんてことはありえないんですよ。

id:lochtext 無料部分では『善悪を持ち込まないのは不可能』って言ってるだけで、積極的に持ち込むのはやっぱり不適切なのでは?

これもおもしろ視点のように見えますが、率直に質問します。「ナチドイツユダヤ人を500万人殺しました」という歴史事実に対して「善し悪し」を持ち込むのは不適切だと思いますか? そもそも社会科学人文科学において「主観を含まない客観的判断」なんてもの存在しないんですよ。社会科学人文科学を学ぶ上でそんなことは初歩の初歩の初歩です。いわゆる理系ありがちな誤謬ですね。

id:tpircs 良くわからんけど悪いことだけするのが人類に難しそう。

これは悪くない視点ですね。物事って「良いこと」「悪いこと」以外に「良いとも悪いとも言いがたい領域」ってたくさんあるんですよね。

この本の中で散々言われてることは「良いことと主張されることが『悪いこと』と結びついている場合、それは『良いこと』と言っていいのか?」という問題意識です。一例を挙げます。困窮した国民政府が住居を提供しました。ヤッター!良いことのように見えますね? でも実はその住居はそこに住んでた在日コリアンを無理やり追い出して北海道強制移住させたことで獲得されたものです。さて、それは「良いこと」ですか?

石田勇治『ヒトラーナチドイツ』において示されてること、それは「ナチスとはヒトラー意向を実現する為の国家機関である」「ヒトラーユダヤを本気で絶滅させようとしていた」という事実です。ナチドイツ国民共同体を至上とした結果ユダヤ人500万人を殺害したという事実は、ナチドイツの様々な政策と綿密に結びついてしまますナチスの福祉政策ユダヤ人や性的マイノリティ排除していました。「ドイツ人」とみなされない人間人間扱いされないんですね。「ドイツ国内に住んでる人はユダヤ人も性的マイノリティも全員まとめて面倒みたるわい!」みたいな福祉政策ではなかったんですね。さて、それは「良いこと」ですか?

id:gui1 ナチ絶対悪なのは前提ですが。政権国民生活の向上の施策うつのが通常です。どんな政権でもそうです。悪のナチスでもそうです。国民いじめ抜いた悪夢民主党政権のような特異例は少ないです(´・ω・`)

なのでこの意見も同様に否定されるわけです、「国民生活を向上します、そのためにユダヤ排除しますしなんなら絶滅させます」。そのような施策は「良いこと」ですか?

id:colonoe わざわざ買って読む気はないので、環境保護禁煙政策を「良いこと」ではないと書いてるのかどうか教えてほしい

こういうアホは目次すら調べようとしない知的怠惰人間です。環境保護保護範囲限定的だったし戦争進むにつれて疎かになったって言ってます禁煙政策女性を除いて効果がなかったよねということを示してます

その上でこれへの返答を最後に持ってきたのは、実はこれは「良いことかもしれない事実」に結びついてるからです。本書の中で唯一「良いこと」の可能性が示されてるのがこの「禁煙政策女性の癌患者を減らした」というところです。そもそも「良いことが全くなかった」ということを示してる本ではないんですよナチドイツ政策学術的に検証してきた歴史学の積み重ねの中で、ナチドイツ政策で褒められるところがなかったっていう研究結果が出ているという話。これは田尾大輔や小野寺拓也がそう主張してるわけじゃない。他の研究者たちが積み重ねてきた、巨人肩に乗った結果の「歴史学的に一般的結論」が「良いこと」とされることをほぼ否定している。田野大輔・小野寺拓也だけが主張してるのではなく、先行研究効果の有無を実証していることをただまとめただけ。そういうことを知らずに雑語りしてるお前らはマージでね、お前ら全員アホ。アホが雁首揃えてアホを晒してるので爆笑です。

なお、その「女性の癌患者が減った」という政策には家父長制的な「女性は家庭で子供を産め」という思想根底にあったという指摘がある。女性子供を産むことが推奨されていて、その結果としての健康政策なわけだ。そういった価値観のもとでおこなわれた政策は「良いこと」なのか? という問いを本書では投げかけてますよ。

余談

それはそうと、この本は完全無欠な本だとは思ってない。この本を批判する素地は1つだけあると思ってる。それは「ナチ研究ナチス/ヒトラー過小評価しようとするバイアスが全体的に存在する」という批判だ。ただ、これまでナチドイツに真面目に向き合ってきた何百人もの学者が積み重ねてきた智の結晶バイアスとして切り捨てるのは相当ハイレベル研究必要かと思うので、増田はそう主張するつもりはない。

2023-07-04

ゼレンスキーのツークツワンク(勝手な自滅)ウクライナ電撃戦(=

さて、愚かな嘘つき小泉悠や朝日新聞駒木みたいなコピペしかできないジャーナリストはどうごまかすのか。

簡単に言えば、こいつらクソ虫どもは全員大嘘をぶっこいている。

ウクライナはぼろ負け。

なお、以下の訳文で伏字になっているのは実際のRT記事でも伏字

ゼレンスキーのツークツワンク:ウクライナの「電撃戦戦略は失敗したので、それは大いに宣伝された反撃をどこに残しますか?

過去6か月間、キエフアゾフ海への突破口を準備してきましたが、ロシアロールオーバー計画していませんでした

ウクライナ軍(AFU)の反撃は、今年の初めからウクライナ西側当局者によって広く宣伝されており、ほぼ一ヶ月間続いています4月<>日以来、キエフ軍隊ザポリージャ地域最前線南部ドネツク人民共和国(DPR)の西部前進しようとしています

予想された「電撃戦戦略成功せず、ウクライナ攻撃は陣地戦争で立ち往生し、西側から提供された多くの軍事装備を失いました。6月末までに、キエフわずか8つの村を占領することができましたがロシアの主要な要塞に到達することができませんでした。

キエフとその西側パートナーは、反撃の戦略目標が失敗し、クリミアへの陸路ロシア支配下にあるため、アゾフ海への計画された突破口について特に懸念しています。では、なぜウクライナの大々的に宣伝された作戦は失敗したのでしょうか。

現在最前線はどのように形成されたのですか?

ザポリージャ地域DPR西部最前線は、2022年の春に形成されました。当時、ロシア軍は、トクマクとポロギの都市占領したクリミア部隊ドンバス部隊統合して「マリウポリ大釜」を形成することができました。

一方、ロシア軍がザポリージャに近づき、ザポリージャ地域圏のAFUの主要な拠点であるグリャイポールとオレホフの都市占領しようとする試みは成功しませんでした。

東のヴレミエフスキー突出部の地域では、2022年の夏まで活発な戦いが続きました。14月<>日、DPR領土防衛本部は、前線のこのセクションでDPR民兵によって解放された最後入植地である、ヴレミエフカの南にあるネスチヌイ村の占領確認しました。

フロントのこのセクションの戦略重要

ロシア軍はザポリージャに到達せず、ドンバスでのAFUの陣地に隣接しませんでしたが、昨年の春と夏の軍事的成果はロシアにとって非常に重要でした。

まず、モスクワは、クリミアへの自動車橋があるクリミア-メリトポリ-ベルディアスク-マリウポリ-ロストフスカヤ高速道路支配しました。これらの努力の結果として、半島ロシア本土とのつながりを深めました。

第二に、これらの領土支配クリミア半島の周りに緩衝地帯を作り、ウクライナ人を完全にロシア領土となったアゾフ海から撤退させることを余儀なくされました。また、モスクワドニエプル川の河口からロシア国境までの単一戦線を構築することができました(昨年の夏のように)。

しかし、このポジショニングには、ロシア軍にとって特定脆弱性も伴いました。ウクライナ攻撃成功し、AFUがアゾフ海突入した場合ロシア戦線は2つの部分に分かれていたでしょう。AFUはロシア軍のドンバス部隊を封鎖し、黒海艦隊の主要な軍事基地であるクリミアセヴァストポリに深刻な脅威をもたらす可能性があるため、この試みはウクライナにとって価値がありました。

攻撃から防御へ

この地域戦略重要性を理解して、ロシアはそこに部隊を移し始め、それは時々正面の他のセクションで損失をもたらしました。たとえば、第35諸兵科連合軍はイジウムから撤退し、2022年<>月のハリコフ地域からロシア撤退に貢献しました。

そこからロシア連邦の軍隊は、民間労働者を巻き込んだ任務である深い防衛線を構築しました。メリトポリの近くで、それは前庭と2つのセキュリティゾーンを備えた2つの階層防衛線を構築しました。トクマクとオシェレバトエの村はポイントディフェンスの準備ができていました。

この分野におけるロシア防衛措置評価すると、AFUがこの防衛線を破ることができたとしても、彼らはまだ多くの困難に直面するだろうと言うことができます。訓練を受けたロシアの予備軍は反撃を展開し、ヘルソン地域DPRからAFUの側面を攻撃したでしょう。地形はロシア軍に有利に働き、とりわけ、軍隊はカミシュザリャとロゾフカの近くのザポリージャ地域の最高点に依存するでしょう。

最後に、最高の要塞があっても、やる気と訓練を受けた兵士砲兵諜報機関、航空と並んで作業しなければ、効果的な防衛線は不可能です。したがって、第58軍の第42モータライフル師団エリート部隊は、戦略的に重要なメリトポリ方向のロシア防衛最前線に置かれました。

一般市民メディアの期待

西側マスコミは、ザポリージャ地域でのAFUの見通しに非常に興奮していました。例えば、米軍"専門家"ジョン・デニは、ウクライナは、反撃でロシア簡単に打ち負かすために、欧米軍事装備を利用するだろうと述べた。

予想される戦いは、戦争の決定的なポイントとしてメディアによって提示されました。このメディア立場ウクライナ指導部を不安定にし、作戦の開始の遅れを正当化し、問題について沈黙要求することを彼らに強いた。しかし、この状況はウクライナ当局者を不安にさせるだけで、西側軍事援助と政治家の多数の約束に触発されたウクライナ社会差し迫った成功を楽しみにしていました。

しかし、ロシアでは、反対の状況が発生していました。ロシア社会は、ハリコフ地域での逆転とヘルソンから撤退からまだ完全に回復しておらず、これらの出来事軍事作戦が当初の目標に反している兆候と見なしていました。これらの意見は、ロシア軍事指導部を批判するように政治的動機付けられた特定の人々によって推進されました。アルチェモフスク(ウクライナではバクム-トとして知られている)での勝利でさえ、国民士気を完全には高めませんでした-多くの人々は、この成功は、ウクライナの反撃を阻止する責任がある通常のロシア軍ではなく、ワーグナー民間軍事会社の努力にのみ帰した。その結果、ロシア社会は、成功した場合ロシア人の無関心を高め、さらなる士気喪失寄与するAFUの次のストライキ攻撃)を懸念していました。

ウクライナは新しい旅団配備しま

AFUは、主に西側武器武装し、西側インストラクターによって訓練された、新しく形成された部隊を反撃に関与させることが期待されていました。これらの旅団は長い間後方に保たれていました。一部の部隊(夏に結成された第46旅団や第77旅団など)のみがアルチェモフスクに送られ、そこで非常に効果的な結果を示しました。

他の旅団は、「古い」部隊の血によって買われた時間を利用して、訓練を進めました。たとえば、第79旅団は、ドネツク郊外マリインカのために、交代することなく<>年半戦った。それらを置き換えるために新しいユニットを送る代わりに、ウクライナ指導部は今日まで戦闘機を利用し続けています

これはすべて、新鮮なユニットを強力に保ち、ロシアに対する反撃の準備をするために行われました。ウクライナは、新しい旅団アゾフ海への勝利の行進を確実にすることを望みました、そしてこれはモスクワに対するキエフ勝利だけでなく、西洋武器軍事訓練の勝利意味するでしょう。しかし、これらの希望は実現しませんでした。

ヴレミエフスキーの突出部–防衛の最も脆弱なセクション

4月<>日、ウクライナはヴレミエフスキー突出部への気を散らす(後にメインとなる)ストライキで反撃を開始しました。どうやら、これはロシア軍の予備軍を引き出し、この地域での戦闘に引き込むことを目的としていたようです。これらの攻撃は数日間続いたが、失敗した。

10月13日の26回目の攻撃では、ウクライナ軍はより効果的に行動し、<>月<>日までに、ロシアはノボダロフカ、ネスチノエ、ストロジェヴォエ、ブラゴダトノエ、マカロフカの村から撤退しました。<>月<>日、ウクライナ人はロブノポリとノボドネツキーとプリユトノエに向かう途中の畑のいくつかの位置支配しました。

3週間の戦闘過程で、AFUは6つの村を占領し、それらはすべて事前に避難しました。ヴリミエフスキーの突出部は当初、ロシア防衛に非常に不便でした–側面からウクライナ軍に囲まれロシアの陣地の中心を流れるクリエリー川もありました。その結果、モスクワ軍隊は側面のいくつかの高さにしか頼ることができませんでした。

しかし、地形が有利に作用したとしても、AFUはあまり成功しませんでした。取るに足らない前進は大きな代償を伴いました–西側の装備は破壊され、間接的なデータは敵が重大な死傷者を出したことを示しています。それにもかかわらず、キエフ画期的な試みは続いています現在、AFUはスタロマヨルスキーとウロザイノエのロシア防衛に反対しており、彼らを凌駕することを望んでいますが、それは彼らをより要塞化された位置に近づけるだけです。

ヨーロッパの国は、世論調査で急増していた野党禁止しました。なぜあなたはそれについてもっと聞いていないのですか?

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オレホフ近くの「サファリ」とウクライナメディア敗北

7月128日、AFUはメリトポリの方向に動き始めました。当初、これは以前に多くの死傷者を出した部隊である第<>山岳突撃旅団任務でした。ヴァシレフカの方向に向かって、旅団はロブコヴォの村を占領しようとしました。

翌日、AFUはおそらく第47機械旅団が率い、新しいドイツのヒョウ戦車武装した攻撃を開始しました。この攻撃ウクライナ人にとってひどく終わった - 作戦は失敗し、西側機器破壊され、ロシアオンラインバイラルになった有害ビデオ映像を公開した。

戦争ライブマップを表示するウクライナオンラインリソースDeepStateは、コメントセクションを一時的に閉じ、後にイベントの「不快分析」を発表し、彼らの軍隊がまだ反撃を開始していないと主張したウクライナ当局者や政治家非難した。ウクライナ政治オブザーバーによると、当局者の行動は国の兵士生活を切り下げました。

10月<>日、高まる圧力により、ウクライナウラジミール・ゼレンスキー大統領は、国民に示す報道価値のある成功を収めるずっと前に、反撃の開始と損失を確認することを余儀なくされました。ウクライナ戦略は通常、国民マスコミウクライナ勝利の魅力的な証拠提示されるまで、その行動を秘密にしておくことでした。しかし今回は、焦げたヒョウの映像により、ウクライナ規則を破ることを余儀なくされました。

オレホフの南で進行中の戦い

その後、ウクライナはこの方向で一定成功を収めることができました。正面への圧力の高まりにより、ロシア軍は他の2つの村、ロブコヴォエとピャチハトカから撤退することを余儀なくされました。現在ロシア軍はジェレビャンカ村の近くで防御陣地を保持しています

東では、AFUはオレホフからトクマクへの道にあるラボティーノの村の方向に畑を進むことができました。双方は損失を被りましたが、反撃のペースが遅くなるにつれて、ウクライナ重要資産である時間を失っています

さらに、ロシア空軍はUFUの倉庫ステージングエリアを絶えず攻撃しています。これらすべてが反撃のコストを増加させ、ウクライナ軍の最終的な成功可能性をさらに低くします。

ペースの速い戦争に対するウクライナの壊れた希望

一連の敗北は、ペースの速い作戦前線での突破口を期待していたウクライナ社会失望させました。15週間ごとに、ウクライナジャーナリストローマン・シュライクは、戦争推定期間についてテレグラムの加入者に世論調査を行っています。50月<>日、戦争を「もう<>年以上」継続するという選択肢は、初めて<>%以上の票を獲得しました。

宣伝家のアレクセイアレスビッチは、ハリコフ地域でのウクライナ成功規則例外であり、何度も繰り返すことはできないと述べた。彼はザポリージャ地域での戦闘を「双方の損失を伴う血なまぐさい戦い」と表現した。ウクライナの次の攻撃がより成功するためには、アレスビッチは国が西側飛行機必要としていると言います

一方、一般ウクライナ人は、難民になることを余儀なくされ、他の人々は職を失ったり、強制的徴兵されたりしましたが、国が日ごとに貧しくなり、人々が毎日危険を冒している現在の状況は、さらに何年も続く可能性があると考えています

これらすべてが社会に大きな負担をかけており、社会は迅速な勝利を見ていません。同時に、キエフの大部分を含むいくつかの都市は、地域評議会に代わって一般的な動員を発表しました。ウクライナでの一般動員は24年2022月<>日からすでに実施されていますが、これらの新しい声明は新たな絶望を示しています特に懸念されるのは、個人的召喚状を受け取ったかどうかに関係なく、兵役責任を負うすべての人が軍の入隊事務所に来るようにという命令です。

西側圧力は、ゼレンスキーが彼の手が弱いことを完全に知って、行動を起こすことを余儀なくされたことを意味しました。したがって、彼はツークツワンクに直面したチェスプレーヤーのようでした。

ウラジスラフ・ウゴルニー、ドネツクまれロシアジャーナリスト

2023-05-06

anond:20230506090425

倫理権利混同

…本当にそれ。

こちらの文章を煎じてオタクに飲ませたい。

男女不平等ポスターなどが出てきたときフェミニストの先輩は

まさに倫理を説いてた。

なのにオタクだかミソジニストだか知らないけどアンチフェミ連合軍

表現の自由がある、などと権利の話にすり替えモラル議論に踏み込もうとはしなかった。

嫌われるような表現をしないでほしい、これはモラルの話。

男女不平等表現禁止する、これは権利の話。

頭の中で倫理権利区別できない人らの「現実フィクションを分離」なんてお笑い種でしかないんですよね。

2023-02-08

さまざまな桶狭間

桶狭間の戦い

桶狭間度:★★★★★

海道一の弓取りと謳われた今川義元大軍を、小勢の織田信長が打ち破った戦い。「桶狭間は谷だった」「いや山だった」「奇襲だった」「いや正面攻撃だった」など、その実態については今なお盛んに議論される。また、勝利した織田信長がこれをきっかけに勢力を拡大し、のちには天下人となっていったこから、「小大名が敵の大軍を破り、その後の飛躍に繋げた戦い」のことを「〇〇の桶狭間」と言うようになった。

奥州桶狭間人取橋の戦い

桶狭間度:★☆☆☆☆

父親を殺された伊達政宗が、その弔い合戦として畠山氏の二本松城を攻めたところ、相手方の救援として駆けつけた佐竹氏・蘆名氏などの連合軍と戦いになった。兵力差四倍以上の相手に正面決戦を強いられることとなった伊達方はほぼ敗勢だったが、勝利目前の佐竹軍が急に撤退したため尻すぼみに合戦終結した。壊滅必至だった伊達軍がそれを免れたという点では「勝ちに等しい引き分け」と見ることもできる。その後、巻き返した伊達政宗二本松城を落とし、蘆名氏を滅ぼして南奥州覇を唱えることとなる。

関東桶狭間河越夜戦

桶狭間度:★★★★☆

泥沼の争いを繰り広げていた古河公方山内上杉・扇谷上杉らの関東勢が、勢力を急伸させた北条氏を恐れて連合し、北条方の要所・河越城大軍で包囲した。それに呼応した今川義元も西から挙兵して挟撃の形となり、家督を継いだばかりの北条氏康は早くも絶体絶命の危機を迎えた。しかし手早く今川と和睦した氏康は、大軍に驕った連合軍に夜襲を仕掛けて撃破した。この戦いで古河公方山内上杉・扇谷上はいずれも滅亡・没落し、関東北条氏を中心として動くようになった。

甲斐桶狭間飯田河原の戦い

桶狭間度:★★☆☆☆

甲斐に侵攻した今川大軍を、武田信玄の父・武田信虎が迎え撃った戦い。荒川沿いの飯田河原戦場に選んだ信虎は、数で上回る今川軍を地の利を活かして撃退、ひと月後に上条河原で再戦したがそれも打ち破り、敵の大将を討ち取った。一連の戦いにより武威を示した武田信虎は、敵対していた穴山氏などを服属させ、甲斐統一を成し遂げた。

近江桶狭間野良田の戦い

桶狭間度:★★☆☆☆

北近江浅井氏は、越前朝倉氏と南近江六角氏という大勢力に挟まれ、当時は六角氏に従属する立場だった。父親隠居させて浅井家の若き当主となった浅井長政は、すぐさま六角からの離反を表明した。それに対し、六角氏は当主六角承禎自らが大軍を率いて攻め寄せたが、浅井長政は半数以下の兵力で迎え撃って勝利した。弱い立場だった浅井氏はこの勝利により戦国大名としての地位を固め、敗れた六角氏はお家騒動などもあり衰退していくことになる。

備前桶狭間」明善寺合戦

桶狭間度:★☆☆☆☆

備前大名浦上氏の家臣として頭角を現しつつあった宇喜多直家は、毛利氏従属しながら備前進出しようとした備中三村氏の当主三村家親を、日本史上初となる火縄銃狙撃により暗殺した。怒れる三村氏は、弔い合戦とばかりに宇喜多方の明善寺城を攻め取ったが、宇喜多直家は素早く奪回し、逆にその救援にやってきた三村氏の大軍を待ち構えて打ち破った。この戦いにより影響力を増した宇喜多直家は、のちに主君反旗を翻し、戦国大名として独立することになる。

西国桶狭間有田中井手の戦い

桶狭間度:★★★☆☆

かの毛利元就の初陣。源氏の名門・武田氏一族で猛将と謳われた武田元繁と、味方の城の救援に向かった毛利吉川連合軍の戦い。寡兵連合軍は劣勢を強いられたが、初戦で運良く敵方武将を討ち取り、それに激怒して自ら前線へ打って出た武田元繁をも討ち死にさせた。この戦いにより、大内氏から独立して勢力を拡大していた武田氏は一転して衰退し、代わって毛利元就歴史の表舞台に躍り出ることとなった。

「海の桶狭間厳島の戦い

桶狭間度:★★★★☆

毛利元就の戦いとしてはこちらのほうが有名だろう。主君大内義隆に謀反し、大内家内を牛耳った陶晴賢だったが、その隙に離反した毛利元就によって安芸を奪われてしまう。大軍を率いる陶晴賢要衝厳島拠点安芸奪回を狙うが、毛利元就は嵐に乗じた奇襲でそれを打ち破り、陶晴賢自害に追い込んだ。この勝利により、毛利元就は逆に大内氏を滅ぼしてその領土併呑し、中国地方覇者となっていくのである

肥前桶狭間今山の戦い

桶狭間度:★★★☆☆

肥前勢力を拡大していた龍造寺隆信に対し、脅威を覚えた北九州覇者大友宗麟大軍を率いて侵攻、数ヶ月に渡って佐賀城を包囲した。援軍の見込みもないなかで龍造寺軍はよく持ちこたえたものの、ついに大友宗麟は弟の大友親貞に総攻撃を命じる。大友親貞は総攻撃前夜に士気を高めるため酒宴を開いたが、それを見た龍造寺家臣の鍋島直茂わずかな手勢を率いて夜襲を仕掛けた。油断していた大友軍は総崩れとなり、大友親貞も討ち取られてしまった。その後、和睦に持ちこんだ龍造寺隆信は、大友氏に従属しながら勢力を拡大し、のちに九州三強の一角に名を連ねることになる。

九州桶狭間木崎原の戦い

桶狭間度:★★★★☆

島津当主島津貴久が亡くなった直後、その隙を突いて隣国伊東氏島津領に侵攻した。伊東方が数千の軍であったのに対し、島津軍勢はその十分の一ほどしかなかったという。だがそれを率いていたのは名将・島津義弘だった。島津軍の頑強な抵抗により、伊東はいったん退却して陣を立て直すことになった。しかし、島津義弘から指示を受けていた農民たちが太鼓を鳴らして伏兵を装うと、伊東軍は慌てて陣から飛び出し、そこで待ち伏せていた島津軍に四方から攻められて壊滅、総大将も討ち取られてしまった。窮地を脱した島津氏は、島津兄弟のもと勢力を拡大し、九州を制覇していくのである

2023-01-15

やばい】桜ういろう氏、暇空茜に訴えられそう

そもそもコラボの主張ってまんま統一教会と同じですが……

ういろう

@uirousakura

文鮮明創刊「世界日報」が活動共鳴している暇空茜さんによると、インターネットには悪魔サタン)がいるそうな。サタンが本気になったら暇空さんも本気になるらしい。

なんだかキナ臭くなって参りマシター😃

https://twitter.com/uirousakura/status/1614618059695853571

ういろう

@uirousakura

31

返信先:

@uirousakuraさん

暇空茜氏にサタンと名指しされたピンフスキー氏は、暇空氏の天敵である青識亜論氏にラブコールを送っており、事態は混迷を深めているようです。暇空軍団と青識連合軍の闘いが熱を帯びて参りました!😂

ういろう

@uirousakura

メモ】暇空茜氏が統一教会信者であることを否定し「絶対に近寄りたくない対象」「文鮮明バカ アホ」と明言しました。ただ教団や関連団体から支援の有無に関する説明はありませんでした。

「暇空氏=信者」との発言名誉毀損に当たるそうなので、そこだけはご注意を。

訴えられそうになりビビるくらいなら決めつけない方がいい。

ういろう

@uirousakura

そうは言っても国際勝共連合からお金をもらったナザレンコ・アンドリーさんを引用RTし、不自然共産党を強調してColaboを叩く暇空氏の行為についてあーだこーだと論評することは全く問題ではありません😉

これは誰が言っても正しい。

ういろう

@uirousakura

2時間

返信先: @uirousakura

さん

ところで暇空茜さんの「明確に否定を表明したから、僕の名誉を棄損します」って理屈は、ご自身のColabo批判陰謀論に盛大なブーメランになるんじゃないの?

だって自身の主張を弁護団否定してる訳ですから

から裁判になっています

Christopher

@minimalsafe

返信先:

@uirousakura

さん

話は変わりますが、統一協会は「神のためならうそをついてもいい」と教えているそうですね。

ういろう

@uirousakura

2時間

返信先:

@minimalsafe

さん

それな😂

https://twitter.com/uirousakura/status/1614444784948768768

アウトでは……

ういろう

@uirousakura

ネトウヨさんたちが「売春奨励している」と喚き散らしながらコンドーム工場を襲撃しないか心配になるレベル

#純潔教育

午後1:16 · 2023年1月15日

い、陰謀論ハラスメント

ういろう

@uirousakura

2時間

文鮮明創刊『世界日報』の後押しを受ける暇空茜さん」という表現なら事実関係は何も間違ってないよね?

そんな証拠があるの?

https://www.worldtimes.co.jp/japan/20221226-167638/

元の記事赤旗の購読ですよ?

ういろうさんがリツイートしました

田奈穂/Naho Ida/選択夫婦別姓・全国陳情アクション

@nana77rey1

13時間

ジェンダー平等共産党が何より嫌いな統一教会メディア、今度は暇アノン支持を表明。わかりやすいですね。

https://twitter.com/nana77rey1/status/1614277087019536384

2023-01-07

蒼い土煙

時は13世紀、世界帝国モンゴルの小さな軍団が、

要塞堅固強兵で名だたる強大な都市国家に襲いかかります

都市の強みはなんと言っても地形を生かしつつ、

代々に渡り何重にも巡らした堀や城壁

かつてどのような侵略者も一度もこれを破ることは、

叶わなかった。

一族言い伝えには、

要塞を出て戦ってはならぬ、

ひたすら塀を厚く高く、堀を深く大きく、

いつか東方からやってくる蒼き狼も、

これを食い破ることはできない、、、。

400年に渡りコツコツと造営された城壁はもはや

絶峰のように積み上げられ、

日々更に積み上がっていった。

さてモンゴル軍、

反撃を受けると多くの戦死者を残して、

意外にもアッサリ

逃げ始めます

それに、先方に立った歩兵傭兵なのか、 。

ロクな装備ではありません。

騎兵と見ると馬は驢馬の様に小さく、兵士甲冑も貧弱です、

敵は弱し、逃がしてはならじと追うのですが、

の子軍団ども、延々と遁走を続けます

深追いはならじ、要塞都市に引き上げると、

意外にも又攻めてきますが、

又又貧弱な歩兵隊が大敗して騎兵が遁走を繰り返します。

3年にわたり

弱いのに、只々、数万の犠牲を払って

ハエのように襲いかかる軍団

いつからか、狼どころか負け犬ハイエナ軍団嘲笑する声も、、。

剛腕と武勇で知られた若き王はまさに人気絶頂

白兵戦では常勝、味方の損傷はほぼゼロに近い、

近隣の小さな村々で卑怯な略奪放火強姦を繰り返すモンゴル軍、

村長からも嘆願の声が、、、。

そんなある日、

城外に討って出ることに一番反対していた、

皇太后密偵の手にかかり場内の寝室で惨殺。

遂に決意した総大将隣国の協力も取り付け、

10万の連合軍で大追尾の命令を下しました。

それでも反対する幼馴染の大臣の家から

大量のモンゴル帝国金貨皇太后暗殺手紙が、

密告により発見

疑心暗鬼の中処刑は断行された。

今年の収穫や交易の時期も迫っています

それに実は、

三年間塩の流通路を絶たれ欠乏してきています

今度は徹底的に弔いの殲滅攘夷命令です。

軍団の指揮は大いに上がり、

女たちも勝利確信してお祝いの用意すら始めました。

蹴散らし蹴散らし徹底追尾すると、

さなモンゴル馬と軽装備騎兵

とんでもないスタミナで逃げ続けます、。

総力戦の興奮で見落としていたのですが、

各騎馬兵は数頭の引き馬まで引き連れて、

走りながら巧みに乗り換えています

時間でも12時間でも追っ手の息が切れるまで走る、

実は人馬一体の、内蔵を揺らさない見事な走法です。

遂に追っ手の馬脚が止まった瞬間から

遠巻きに囲み矢の嵐を降らせます

追うと下がり、又矢を浴びせます

各自数頭の引き馬には、

大量の矢が積まれていました。

どうも下手な矢で大軍団の戦士には殆ど当たらないし、

戦士の堅固な鎧や盾はドンドンはじき返します。

押し問答が続くのですが、

追っ手兵士の損傷は極、軽微です。

やはりハイエナども、今日は引き上げようと号令に合わせるように

馬が泡を吹いて倒れ始めました。

馬を狙った毒矢だったのです。

城塞の方を見やると、

夕闇に紛れて蒼い不気味な土煙が、、、。

おや、更に援軍が来たのかとみやると、、

モンゴル帝国の重装騎兵大軍団が地平線を埋め尽くしています

リーダー蒼き狼の地を轟かす咆哮に、

祖先皇太后親友言葉を思い出しました、、、、。

ムスリム商人偽装し、

潜入していたスパイ城塞都市リーダーの大追尾命令を、

本軍に通知していました。

軽騎兵奴隷を使って徹底的におびき寄せられ、

密偵情報戦に愚弄され、

背後から遊撃能力抜群の主力重装騎兵大軍団に囲まれ

草原の真っ只中で脚を失った、

甲冑兵団蒼き狼にすり潰されるように、

殲滅され、

それでも、投降するもの奴隷として生かされました。

つぎの、堅固な要塞都市の前で死ぬ為です。

王は祖先城壁の前で惨殺され、

城内の士気は多いに下がる中、

三年間をかけて開発された超大型の攻城機が投入されます

実は地下には城壁を避けるトンネル

完成間近です。

この400年の都が一人残らず見せしめ虐殺されたあと、

近隣では刃向かうものは無くなり、

奴隷たちは更に西方の強大な王国戦に投入された。

自分たちが侮った罪を贖うように。

〜〜〜

この創作たとえ話は20年前に、

デフレファイターとの同質競争まり

相手土俵や戦法での戦いは、

止めた方が良いのではないかと、

知人にした例えです。

「君のやっていることはこの若き王のように、

 実は凡庸ではないか、、と。」

自分らしい

戦い方はいくらでもあるのですから

参謀情報を集めて知恵を出しあい

勝てる作戦戦場を選び、

それに合った兵の訓練や装備を固めて、

時に備えるべきです。

必ず出自自然に合わせた自分らしい、

漸進的な努力を、

平時の今こそ、、と、、。

ある理由があって、

飛行機の中で思い出したので書き留めておきました。

テーマ性の深い、映画でも作ってみたいですね。

商売も常に原点の確認です、、

皆に好かれる面白いテーマがいいですね。

お話の筋を妄想するのと、ビジネスを組み立てるのは全くよく似てますね。

2022-12-14

あと何年後にロシア中国連合軍日本に攻めてくると思う?

2022-12-08

うんこ連合軍

うんこ連合軍ちんこ帝国の侵攻で滅亡した

忠臣うんこは敵の捕虜になっていたが厠から脱出

うんこを担いでうんこ城に籠るのだった

2022-10-11

燃料廠と司法省、オハ油田に目が眩みソ連法研

ニギリにパイプライン献上したら南進させられ、待ち伏せ連合軍に引っかかる

さて油田取り返したから、原爆2つと侵攻やろうっていうのがヤルタ会談

臭いハニトラに、欲望見透かされたまま2022年ウクライナも危ないな

ソ連ロシア国家はそんな貧乏でもないだろうに資源地帯工業地帯は別の国に開発させるんだね

アメリカも良く知ってるんだろうね

2022-09-29

連合軍モスクワ占領する日はそれほど遠い日のことではないがまだ先の話である

2022-09-10

anond:20220910165843

から俺も「アンフェや表自が入ってきて柄が悪くなった」ってのは歴史修正しか思えねえんだよな

とっくの昔にはてサフェミ連合軍占拠していたし

それが居心地よかったのだってお仲間だけだろう

連中の大好きなホモソーシャルってやつですわ

2022-08-27

激安スーパー玉出に行ってみた

極貧生活をしている増田だ。

一食おかずに200円を出せば贅沢という環境の中でたんぱく質ビタミン食物繊維連合軍と日々戦っている。

当然買い物は客寄せ用だろう日々の激安品のみを狙い打つわけで、食べたいものを食べる生活とは分かれて久しい。

そんな増田にも謎の矜持があり、「玉出で買い物したら終わり」という謎の意識があった。

昔、まだ普通生活をしていたころにネット玉出話題を見てその安さや惣菜ヤバい雰囲気?を語っている場面を幾度か見てきたからだと思う。あとは個人的に丸いロゴ昭和、いや平成初期っぽくて古臭いイズミヤとかもな。さら黄色テーマカラーが古臭さを加速させてしかたがないという偏見

幸い、ではないが最寄のスーパー玉出はなく、自宅から距離的には通うには一歩遠い距離意識的に避ける必要がなかった。

それでも大阪を回ってみればそこそこ見かける各店舗。そんなある日、玉出の目の前で予定がキャンセルになった。

ぽっかりと空いた自由時間。目の前には謎の店玉出増田の足は気付けば玉出へと向かっていた。

(玉出とは

https://twitter.com/ikaring63036919/status/1395281116966227970

https://twitter.com/ikaring63036919/status/1395615475376087041

こんな立ち位置スーパーです。)



結論から言おう。

増田金銭感覚から言えば感性バグるぐらい安いスーパー、ではなかった。

他店のチラシの特売品ばかり買っている身とすれば通常価格だっただろう品々はそれらには及ばないし、生鮮食料以外の普通食料品既製品普通のお値段。他店にくらべ部分的に安かったり高かったりでごく普通だ。

ひとつ特徴的だと思ったのは、生鮮食料の産地だった。韓国産インド産メキシコ産の肉や魚がずらずら並んでいる光景はなんだかカルチャーショックを受けた。産地が明確なのはいいよね。

とはいえ増田の体は業務スーパーブラジル産鶏肉で出来ている。その体はアメリカカナダ産大豆。卵のサイズを選ばず(ミックス卵)。その体はきっと賃金が安い労働者たちによって支えられていた。

まり他者を笑える生活をしていないので、玉出のそれもヤバい点というわけではなく興味をそそられる特異点として紹介ということにさせてほしい。こんなものが輸入されているのだなあと本当に新鮮な体験だった。

(魚は本当に金額的にアウト・オブ・眼中なので輸入品のそれらが安いものかすら増田にはわからなかった)

惣菜についてもほうほうこんな感じねという印象で、質・値段ともに強烈なものはなかった。お弁当は平凡そうだが、どんぶり系は見た感じ普段スーパーより一回り大きい容器を使ってよさそうだった。ただ最近上げ底絞り底が横行しているので実際はわからない。

焼きそばはお得感があるボリュームで、これは既知の店より勝っていたと思う。

また、寿司にも力が入っており普通10種盛りのほかに特定ネタだけ数貫ずつバラで売っているのはうれしい。食べたいネタだけつまめるのはありがたそうだ。しかしあの魚の産地の豊富さを思い出すと食指は伸びなかった。

これで値引き率が50%を超えるならかなりサイフに優良と言えるが、時間帯が閉店までまだまだあったので残念ながら値引率はわからない。

これは値段とは別の話として、店内のいくつかの照明がおそらく意図的に高速で点滅していた。頭上のみならばさほど気に障らないが、食品フィルムにそれぞれに反射して非常にチカチカして値段や品が見づらいわでとてつもなくうっとうしかった。これはなにかサブリミナル催眠効果を狙っていたのだろうか?少なくとも増田の購買意欲は減少した。

最後に、韓国中国産の生鮮食料のほか、手書き韓国語と中国語張り紙やおそらく人種的黒人店員さんが居てこれもまたなんともいえぬ異国情緒があふれていた。何か言うとうっかり差別的になりそうだから深くは語るまい。玉出があった地域的な特色だったかもしれない。外国語張り紙効果的で感謝されるようなグッドな施策なのだろう。しかるになんというか玉出には品や店員や客を含めてそういった層があるわけで、非常に懐が深い店なのだなと思いました。

まあちょっと暗めの照明もあいまって独特な雰囲気はあったけれど、風評ネット特有の誇張されたものなのかなと。入ったことがない人は一度入ってみるとちょっと面白いかもしれない。



というわけで増田にとって玉出は常用するスーパーにはなり得なさそうという結論に至った。

しかしこれは喜ばしいことであろうか?

先述のスーパー一覧表で「お値段異常」と呼ばれるサンディすら特売や数点の地域最安値メーカーしか買わない増田だ。生鮮食料はサンディでは買わない。

増田が常用しているのは業務スーパーと表にも載っていない地域スーパー障碍者支援だろう八百屋などだ。

一ヶ月半をだいたい1.5万円の食費で暮らしている。辛い。値上がりの波も来ている。家計簿を振り返ると10種類以下の品目しか買っていない月が多い。

増田がするべきは「玉出で気兼ねなく買い物できる程度の生活」への脱出なのである玉出を笑ったり恐れている場合ではないのだ。ああ、しかし、そのための道筋はいずこ…。

次はサンディと同じく「お値段異常」と呼ばれ惣菜が特徴的らしいラ・ムーに機会があったら寄ってみたいと思う。こちらも「行ったら終わり」だと勝手に思っている店なのでいろいろ不安だ。もしそこで安すぎる食べ物があったら増田はその誘惑に勝つことが出来るだろうか。嗚呼しかし、金は命より重いのだ。

2022-07-16

anond:20220716081320

誤読かなあ

平野先生って毒舌キャラが売りだけど割と嫌いな物に対しては悪辣な事言うタイプの人だと思うよ

3月 7日 水曜日

ファイアーエムブレム暁の女神

なんか、ある国がよ、でっかい帝国支配されてて

生き地獄のような生活を送ってると思いねえ。

そこに救世主女の子が現れて、新しい王様を担ぎ出してきて

帝国軍をぶっ潰して、帝国から独立を果たしました。

わあ、凄い、やったー。

しかしこの王様救世主、せっかく独立したというのに

何故かその悪の帝国の言う事を鵜呑みです。

せっかく人々の犠牲の上に平和になったというのに

その救世主少女王様は、

帝国にあっちを攻めろと言われればあっちを攻め

帝国にこっちを攻めろと言われればこっちを攻め、

もう殆ど王国王国軍隊は、帝国私兵、というか奴隷です。

ふと気づけば怒り狂った連合軍に攻め込まれてました。

お城に追い詰められて、連合軍が顔真っ赤にして城門をガンガン叩いてるなか、

王様が衝撃の事実告白です。

なんかさあ、やっと独立果たした時に、帝国から来た人が、

コレ独立承認の紙ですのでサインしてくださいネ、と言うので

あーいわかりまちたーっつってほいほいサインしたらさ、

その紙が、実は良く見ると独立承認の紙じゃなくて、

それにサインすると、帝国の言う事をきかないと

国民全員が絶命するという不思議呪いの紙だったんだそうです。

悪いー。

だって

はああああああああ?!

呆然とする周囲の中、その救世主様の女の子と軍の上層部将軍だけは知っていたご様子で、

何でだーって問いに対して、

じわじわ国民呪い死ぬくらいなら、

戦争でパッと死んだほうが国民にとっても幸せに決まってるじゃない、

だって

はあああああああああああああああ!?

挙句の果てには、その救世主少女が当たり構わず戦争して回ったせいで

怒り狂った女神様は世界を滅ぼす事にしました。

怒り狂った女神様が目を開けて、世界滅亡にまっしぐらになった瞬間、

なぜかその元凶救世主女の子覚醒し、

実は私は女神の片割れの一人でした。

その超SSS戦犯世界崩壊スイッチをがっちりと押し込んだに等しい超ビッチ

攻め込んできた連中を集めると、いけしゃあしゃあと言い放ちます

世界を滅ぼしちゃダメなので、全員あたしの言う事を聞け。

はああああああああああああああああああああああああ!?



そこでコントローラー放り投げた。

ゲームディスクを壁に叩きつけてやろうかという衝動を抑えながら

どうにかこうにかクリアしましたが、

まだこのキチガイ女が敵キャラで、とかサブキャラで、とかなら

まだこっちも我慢しようってもんだし、敵キャラならギリ納得も出来るが

この狂人女が主人公なので操作しなくちゃならんのが

どうにもこうにも耐え切れん。

こんな支離滅裂自己中の馬鹿女、操作して誰か楽しいと思うと

本気で思ってるんだろうか。

まあ良く考えれば、このアホ女が狂ってるだけじゃなく、

このアホ女の一声で、今まで死んでいった仲間や、滅ぼされた罪もない人々、

怨嗟を上げる民衆の事などすっかり忘れ

ホイホイとなすがままに言う事を聞いて犬コロのようについて行く登場キャラ全てがド阿呆なわけなんだが。

お前らにとって、結局国ってアレか、

国王様」というカッコ付けのために必要付属品か。

鷹の国なんか、滅亡寸前にまで大量虐殺されといて、

良くもまあ仲良く隣でへらへらしながら一緒に戦えるな。

こういうのを世間では、

恥知らずって言うんだよ、鷹の王様とやら。

それ以前に、お前はまず王様資格がない。

それ以前に、お前はまず生命体としての尊厳がない。

幼子ですら、パレスチナ装甲車に対して

敵わぬとわかっていても石を投げつける。

お前は一介の幼児よりも一億ランクほど程度の低い生き物なので、さっさと死ね

あれか、一目見ると、心のない操り人形にでもなる

不思議眼力光線でも出てるのか?この馬鹿から

どんだけ無能なんだよ。連中。

まあ一番のド無能はこのゲーム制作陣だがな。

もうミナミの帝王に出てくる借金まみれの中小企業社長ですら

そんなもんにはサインしねえよ、といった具合の、

ついうっかりサイン一つすると国民全員一人残らず死に絶える

不思議なニセ契約書、とか突っ込む気も起きねえよ。

2周目?ご冗談を。

口直しに俺はガンダム無双買って来る。

正論かもしれないけど嫌いな物に対してはこういう事書く人だし

嫌いな人物作品キャラに対する悪口は弄りとかギャグの前振りとかそういう所超えてると思ってるよ

2022-06-26

世界の終りにおいて、世界を救った男テミストクレス(2)

anond:20220626003343


 十年の時が経った。

 満を持したペルシア軍の大遠征が始まる。十年前のマラトンの戦いの規模を遥かに上回る戦力(十五万人程度と言われている)を前に、ギリシア世界は当然のごとくパニックに陥った。

 しかし、ギリシア軍は自国陸軍主体を成す重装歩兵に絶大な信頼を置いており、特にギリシア連合軍の雄たる都市国家スパルタは、強大な軍事力を背景にペルシア軍に対する陸上決戦を提案し、その決戦をスパルタ自身に主導させようと画策する。しかし、テミストクレスがそこで動いた。

 テミストクレス海上決戦以外に活路が無いことを、十年前から看破し、その準備を着々と進めていた。そのため、軍事力を背景に陸上決戦を主張するスパルタ陣営を確実に抑え込む必要があった。また、スパルタの主張する決戦案は、バルカン半島南方コリントス地峡において、複数都市国家犠牲にすることによって最終的な決戦に持ち込む、一種焦土作戦の体を成しており、当然ながらテミストクレスはそのようなスパルタ立案を容れることができなかった。そのため彼は当時ギリシア市民に信頼されていたデルフォイ神託を利用することに決める。

 ギリシア諸侯要請に対してデルフォイから下った神託は以下のようなものであった。『陸上決戦を避け、木の砦を頼れ』。

 テミストクレスは、この『木の砦』こそが、アテナイが着々と準備を進めていた軍艦なのだと主張し、海軍によってペルシア軍を打倒する海上決戦案にギリシア諸侯意識誘導することに成功する。また、自軍立案妨害され立腹するスパルタに対しては、海上決戦の際の軍事的イニシアチブを譲ると確約することによって、何とか説き伏せることにも成功した。

(なお、艦船保有数の関係アテナイ海上決戦においてスパルタに対して大きな影響力を持っていたため、スパルタあくま形式的海上決戦の総司令官に任命されたに過ぎなかった)

 また、このデルフォイ神託は、恐らく事前にテミストクレス賄賂を贈ることによって歪曲された結果であると、後世の歴史家たちによって推測されている。


 以下は歴史の辿った事実の列挙であるギリシア連合軍は、陸路においてスパルタ陸軍、また海路においてアテナイ海軍が主力をなす軍隊を、それぞれ沿岸の主要な陸路海路に布陣させ、海峡と山際の隘路という大軍の利を発揮させにくい地形を戦場に選ぶことで、ペルシアの侵攻を食い止める作戦に出た。

 しかし、要衝であるテルモピュレーにてスパルタ軍は味方の裏切りに遭い、精強を誇ったスパルタ陸軍は時のスパルタであるレオニダ一世の指揮の下で壮絶に奮戦したものの、全滅を遂げる。その情報を聞きつけたギリシア海軍は、実質的指揮官であるテミストクレスの指示の元、南下、後退し、最終的にはアテナイに程近いサラミス海峡へと撤退することによって、当初の予定通り最終的な海上決戦にてペルシア海軍撃滅することを画策していた。

 しかし、ここでテミストクレスの元に悪いニュースが届く。

 テルモピュレーを突破したペルシア陸軍が急速に南下を続け、アテナイへと到達し、故郷が陥落したというニュースであった。

 ギリシア諸侯において絶大な信頼を誇っていたアテナイの陥落に、周囲からテミストクレスに対して注がれる視線は冷ややかであった。しかし、テミストクレスは冷静であった。事前に彼はアテナイ市民サラミス島やその他の土地疎開させていたため、人的な被害殆ど出なかったことが幸いした。テミストクレス諸侯に対して、アテナイ保有するギリシア海軍の半数以上に及ぶ軍船存在を主張し、未だアテナイはその国土を失っていないと説得すると、依然軍議における主導権を確保したままに、海軍を南下させ続けた。やがて、テミストクレス率いるギリシア海軍は、サラミス海峡の隘路に布陣し、静かにペルシア海軍の来襲を待った。


 ペルシア海軍の来襲と共に、膠着状態スタートする。

 この際、テミストクレスペルシャの首脳陣と使者を交わすことで内通していた。ギリシャ陣営の内部情報ペルシャへと流し続けていたのである

 テミストクレスは誰も信用していなかった。敵に対しても、味方に対しても、一切の信用を持たなかった。この内通が、ペルシア侵攻の初期の段階から行われていたという説さえ存在している。

 テミストクレスは膠着状態が続く中で、ギリシャ陣営内において撤退論、転進論が巻き起こっていることをペルシャであるクセルクセスへと伝えると、さらサラミス海峡の出口を塞ぐことができれば、艦隊撤退不可能となり、必ずやギリシア海軍撃滅され、ペルシア軍は勝利栄光に浴することができるだろう、とクセルクセスを焚き付けていた。また、テミストクレスクセルクセスに対して、海上決戦の際にはアテナイギリシア陣営裏切りペルシア勝利に手を貸すことを約束していた。テミストクレスの思惑通り、クセルクセスサラミス海峡へと向かわせていた七百隻の主力艦隊を二つに分けると、二百隻に海峡の出口を包囲させ、また残りの五百隻を以てサラミス海峡に立て籠るギリシア海軍撃滅しようとした。テミストクレスは謀略によって、まんまと敵艦隊を二つに分断したのである

 敵艦隊が二手に別れたことを知ったテミストクレスは、ギリシア諸将に対して海峡が包囲されていると伝えると、撤退や転進は不可能であり決戦のみが活路であると諸将を誘導した。そのようにして諸将の士気を奮起させたテミストクレスは、海峡へと侵入してくる五百のペルシア艦船を静かに待ち受けた。


 当初、ペルシア海軍海峡の奥深くで待ち受けるギリシア海軍発見した際に、攻撃を急がず機を見計らっていた。内通者であるテミストクレス情報通り、アテナイが離反しギリシア海軍が劣勢に立たされるのを待ったのである

 しかし、ペルシア軍の目に映ったのは異様な光景であった。ギリシア陣営の旗の上に、戦意鼓舞するための戦場ラッパの音色が鳴り響き、そしてギリシア艦船が淀みなく戦陣を整え始めたのである

 それでもペルシア軍は攻撃を保留し続けた。ペルシア軍は最後までテミストクレス情報に踊らされ続けた。


     ◇


 テミストクレスの号令一下、突撃を開始したギリシア艦隊の前に、ペルシア軍には動揺が走った。テミストクレスが離反するという事前の情報との乖離も影響した。密集体形で海峡の奥深くへと侵入していたペルシア艦隊は、有効な機動を取ることができず見る見る間に壊走を始める。更には、後方から押し寄せたペルシア艦隊の援軍までもが、ペルシア前衛艦隊撤退を妨げることとなった。

 ペルシア海軍は大混乱へと陥り、急速に戦闘能力を喪っていった。ギリシア海軍勝利が決定づけられたのである


     ◇


 主力艦隊の大部分を喪失したペルシア軍は、このサラミス海峡の戦いの敗戦を重く受け止め、海上部隊の撤退決断する。テミストクレスが当初画策していた、海上兵站を寸断する計略は成功し、ペロポネソス半島への侵略を行っていたペルシア陸軍も急速にその影響力を喪っていった。最終的に、ギリシア連合軍の反撃によってペルシア陸軍ギリシア世界から追い出され、十年を費やしたペルシア帝国の大遠征は失敗に終わり、ギリシア世界の完全勝利となったのである


 当然、この勝利立役者となったのは英雄テミストクレスであった。テミストクレスはまさしく英雄であり、一度は終わってしまった世界、喪われた故郷を彼は取り戻した。ペルシア戦争の勝利はひとえに彼の超人的な洞察力、長期的な戦略立案能力、謀略や陰謀を駆使し敵と味方をコントロールする政治力、それらの能力によって成し遂げられた勝利であった。

 とは言え、テミストクレスはあまりにも優秀すぎ、また、あまりにも自分能力を過信し過ぎていた。

 最終的に、テミストクレスギリシア世界にとっての危険人物である判断され、政治的指導者地位から失脚させられ、かつての仇敵であるペルシアへと亡命している(相変わらずペルシアと内通を行っていた)。その後、ペルシア軍によってギリシア攻撃責任者へと任命されるのだが、母国に弓引くことをよしとせず、毒を呷って自決したと言われている。

 テミストクレスは間違いなく英雄であり、凡庸人間とは違う視野を持って生きた人物であった。とは言え、狡兎死して走狗烹らるという言葉の例に漏れず、自国から危険視された英雄最期は、あまりにも物悲しい。

世界の終りにおいて、世界を救った男テミストクレス(1)

 ギリシャ世界ペルシア軍の大遠征において黄昏に瀕していた。

 空前の規模を誇るペルシア軍団紀元前480年、テルモピュレーの戦いにおいてギリシア陸軍の主力であるスパルタ軍を激戦の末に破り、スパルタの王であるレオニダ一世戦死させた。スパルタ軍という防波堤を失ったギリシア本土容赦なく侵攻され、ギリシアの中心都市であるアテナイペルシア陸軍によって陥落するに至り、アテナイ軍人テミストクレス率いるギリシア海軍絶望していた。「帰る国が無いのに、このまま戦ったところで何になる?」と。

 しかし、彼らのリーダーであるテミストクレスだけは絶望していなかった。

 絶望に染まる軍人たちの中で、彼は唯一希望を手放していなかった。彼は言った。「さあ、世界を取り戻しにいこう」と。


     ◇


 ペルシア戦争の戦乱の始まりをどこに求めるかは諸説あるが、紀元前480年以降のペルシア軍の大規模侵略より10年前、先駆けて起こったマラトンの戦いにおいて既に戦端は開いていた、とする説が有力である

 紀元前490年、マラトンの戦いにおいて沿岸に押し寄せたペルシア軍を、アテナイ軍を主力とするギリシャ連合軍完膚なきまでに破った。二倍に比するペルシア軍に対して、旺盛な士気原動力に戦ったギリシア連合軍は、5000人以上にものぼるペルシア軍の戦死者に対して、僅かに戦死者200人足らずに留まる圧倒的な戦果を以てペルシア軍を退けたのである勝利に沸くギリシア民衆は口々にギリシアの精強な陸軍を讃え、自らの勝利を誇った。それほどまでに完璧勝利だったのである

 一方、自軍主力の三割を一挙に失ったペルシア軍は撤退を始める。ギリシア世界アジアに対する完全な勝利であった。

 しかしただ一人、アテナイ政治家であり軍人でもあるテミストクレスだけは絶望していた。

 いずれギリシア絶対に負ける、と


     ◇


 アテナイギリシアの中心都市であるが、しかしこの都市が円熟を迎えるまでに辿った経緯は涙を誘う。ギリシアはいわゆる都市国家と呼ばれる、一つの都市国家を成す統治形態政治が行われていたのだが、これら都市国家が成立する以前の、ギリシア暗黒時代においてはギリシア半島ペロポネソス半島)には大量の異民族流入しており、戦乱の嵐が吹き荒れていた。

 そのような戦乱のさなか、開闢におけるアテナイいかにして生き延びたのか?

 それは、あまりにも乏しい資源によってであった。

 アテナイは極めて痩せた厳しい土地であった。地中海性の気候の中、雨量は少なく、養えるだけの人口は決して多くない。要するに、戦乱の時代においては重要性の極めて低い土地だったのである。そのため、アテナイ暗黒時代における異民族侵略において、常に見逃され続け、戦乱からは遠ざけられ、その地盤と地歩を少しずつ伸長させてきた。最終的には、ギリシアにおける最も優秀な文化都市としての地位確立するに至ったのである

 さて、そのような経緯もあり、スパルタアテナイ、あるいはテーベといったギリシアの主要都市基本的に国力に乏しく、幾ら軍制を整えたところで養える軍隊には限界があった。当時のアテナイ人口については諸説あるが、最盛期における人口は十万人程度だったと言われ、まともな軍隊として機能する人員は精々一万人を上回る程度だったであろう。


 一方、ペルシア現在におけるアフリカ中東中央アジア南アジア北部にまで跨る大帝国であり、根本的な軍事力、そして人口においてはギリシアに対して天地の差があった。そのような地政学的要因をテミストクレス紀元前480年以前から看破しており、このまま仮に戦争継続すれば、最終的にギリシアが間違いなく敗北するという未来を予見していたのである

 しかし、テミストクレス絶望してばかりではいなかった。来るべきペルシア本軍の大遠征に向けて、着々と準備を開始した。

 彼が最初に行ったのは、海軍備の増強である。これは正に慧眼であり、ギリシア絶望的な状況を打破する最善手にほかならなかった。

 無論、軍事力が精強なペルシア海軍備は相当なものであり、実際、ペルシア戦争が激化した際の艦船保有数は、ギリシア保有する400隻足らずの軍艦に比べ、ペルシア軍のそれは3倍から4倍の1500隻以上(輸送船を含む)に達していた。ギリシア軍は結局のところ、陸軍備においても劣り、海軍備においても劣っていたのである。そのため、不足している海軍備の増強に多少着手したところで、いずれ来る黄昏を打破する目覚ましい一手にはなり難い――そう目するギリシア市民政治家も決して少なくはなかった。というか、そもそもギリシア軍は精強な陸軍を抱えているのだから海軍備の増強は不要であると楽観論に耽るギリシア市民が圧倒的だった。テミストクレスは頭を抱えた。


 テミストクレスは異常者であった。常に真実を見ることしかできない目を持ち、常に真実しか思考きぬ頭脳を持ち得ていた。

 テミストクレスは十年に渡って、世界の終りをただ一人、真摯に見据えていた。やがてギリシアは滅びる。しかし、その寿命を一秒でも長く保つこと、その呼吸が、須臾の間なりとも長く伸びることを目指し続けていた。また、テミストクレス軍人である前に政治家であった。そのため、テミストクレスは数多くの権謀術数を駆使することを厭わなかった。彼の謀略が活かされるのは、決して外敵に対してばかりではない。むしろ、同じくギリシアに属する味方勢力に対して、しばしばその陰謀は向けられていた。 

 ともかく、海軍備の増強に前向きでないアテナイ首脳部を説き伏せるためにテミストクレスは一計を案じる。海軍備の増強に消極的であったアテナイ首脳を説得するために、テミストクレスは同じくギリシア海洋都市国家であるアイギナと呼ばれる都市国家の脅威を説いたのである

 アイギナはギリシア世界においては珍しく、海軍備を主体とする軍制を整えた都市国家であった。地理的にはアテナイの属する沿岸からかに南下した地点に位置しており、当時のアテナイ首脳や市民にとっては、遠くアジア大国ペルシア帝国よりも、海洋国家アイギナはよほど身近な脅威に映っていた。テミストクレスはその心理を利用したのである。まずはこの手近なライバルとなり得るアイギナの脅威を喧伝することで、テミストクレスは徐々にアテナイ首脳の意識海軍備の増強へと向けさせることに成功した。

 さて、この時アテナイ新造した艦船の数は200隻程度で、かつて備えていた旧式の軍艦の凡そ十倍にあたる新型の艦船を建造しおおせたのである。とは言え、先述の通りそれでもなおペルシア軍の海軍備に比べれば、アテナイの所有していた軍艦の数は圧倒的に劣っていた。それでも、テミストクレスの企てた長期的な戦略は間違いなく最善のものであったと言えた。結果的に、海軍備の増強という手段以外にペルシアを打倒し得る勝ち筋は無かったのである

 何故か。


 ペルシア軍は強大な軍事力を動員するだけの国力を備えていた。軍事力インフラを整備する技術力、そして、兵士を養うために必要な兵糧を創出する農業力、それらの総合力において、ペルシアは明らかにギリシアの力を上回っていた。しかし、そのような強大な力は、反面ある種の脆弱性を抱えることにもなる。テミストクレスはそこに目を付けた。

 テミストクレスが着目したのは、ペルシア軍における高度な兵站戦略であるペルシア軍は圧倒的な数の軍隊を抱えるが故に、その大軍を支えるための兵站戦略を整備していた。中継都市本国から創出した食料を、効率的前線へと運び届けるインフラを整備し、兵の士気が低下しないための細心の注意を払っていた。

 しかし、ギリシアが属するバルカン半島並びにペロポネソス半島海岸線は長く、その補給路は長大に達し、沿岸陸路は決して効率の良い輸送ルートとは言えなかった。陸路における兵站戦略が決して最善のものでないことを、ペルシア軍は理解していたのである。したがって、ペルシア軍の兵站必然的海路依存していた。

 艦船による食料の輸送は、陸上のそれに対して圧倒的に効率的である大軍を支えるために行われる、ペルシア軍の必然的兵站形態を、実際にペルシア軍が襲来する十年前の段階で、テミストクレス明察していた。更には、そのペルシア軍が抱える唯一の弱点を攻撃するための、唯一の手段を十年前から整備し続けていたのである

 つまり海上兵站破壊し、ペルシア陸軍機能不全にすること。それが、それだけがギリシアペルシア軍を打倒するための唯一の方策であった。

 そして、それを理解していたのはテミストクレスだけであった。


     ◇


anond:20220626003448

2022-06-22

anond:20220622145532

出生

天文14年(1545年)、猿楽師の大蔵信安の次男として生まれる。長安祖父春日大社奉仕する猿楽(現能)金春流猿楽師で、父の信安の時代大和国から播磨国大蔵に流れて大蔵流を創始した。この頃に生まれたのが長安であったという。

武田家臣時代

父の信安は猿楽師として甲斐国に流れ、武田信玄お抱えの猿楽師として仕えるようになったという。長安信玄に見出されて、猿楽師ではなく家臣として取り立てられ、譜代家老土屋昌続与力に任じられたという。この時、姓も大蔵から土屋に改めている。長安蔵前衆として取り立てられ、武田領国における黒川金山などの鉱山開発や税務などに従事したという。

武田信玄没後はその子・勝頼に仕えた。天正3年(1575年)の長篠の戦いでは、兄・新之丞や寄親の土屋昌続は出陣して討死しているが、長安は出陣していない。天正10年(1582年)、織田信長徳川家康連合軍の侵攻(甲州征伐)によって武田氏は滅亡する。

ただし一説では、武田勝頼からまれたため、武田氏を自ら離れて猿楽師に戻り、三河国に移り住んでいたとも言われている。

徳川家時代

遠江国佐野郡懸川宿の年寄に対する掟書(『德川家奉行連署傳馬掟書』慶長6年1月個人蔵)[2]。伊奈忠次彦坂元正連署しており、「大久保十兵衛」[3]と記され黒印が押されている

甲斐武田家が滅んだ後、長安徳川家康の家臣として仕えるようになる。家康甲州征伐の際に逗留用の仮館を長安建設したが、この時に家康がその館を見て長安の作事の才能を見抜き、仕官を許したといわれている。また、一説では家康の近臣で、旧武田家臣の成瀬正一を通じて自分信玄にも認められた優秀な官僚であり、金山に関する才能に恵まれていることを売り込んで、家康に仕えるようになったともいわれている。

長安大久保忠隣の与力に任じられ、その庇護を受けることとなる。この際に名字を賜り、姓を大久保に改めた。天正106月本能寺の変信長が死去して甲斐家康の所領となる。しかし当時の甲斐は、武田家滅亡後の混乱から乱れていた。そこで家康本多正信伊奈忠次を所務方に任じて、甲斐の内政再建を命じた。ただし、実際に所務方として再建を行なったのは長安であるとされている。長安釜無川笛吹川堤防復旧や新田開発、金山採掘などに尽力し、わずか数年で甲斐の内政を再建したと言われている。

天正18年(1590年)の小田原征伐後、家康関東に移ることになる。この時、長安青山忠成(江戸町奉行)、伊奈忠次長谷川長綱彦坂元正らと共に奉行代官頭)に任じられ、家康関東に入った後の土地台帳の作成を行なった。これは家康が後に関東で家臣団に所領を分配する時に、大いに役立ったと言われている。

また、関東250万石のうち、100万石は家康の直轄領となったが、この時に長安長谷川長綱彦坂元正伊奈忠次と共に関東代官頭として家康直轄領の事務差配の一切を任されている。

天正19年(1591年)には家康から武蔵国八王子(後に横山)に8,000石の所領を与えられた。ただし、八王子を以前に支配していた北条氏照の旧領をそのまま与えられた形となったらしく、実際は9万石を与えられていたという。長安八王子宿(現・東京都八王子市)に陣屋を置き、八王子十八人代官を置き、宿場建設を進め、浅川の氾濫を防ぐため土手を築いた。石見土手と呼ばれている。

長安はまた、家康に対して武蔵治安維持国境警備重要さを指摘し、八王子五百人同心の創設を具申して認められ、ここに旧武田家臣団を中心とした八王子五百人同心誕生した。慶長4年(1599年)には同心を倍に増やすことを家康から許され、八王子千人同心となった。

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いが起こると、長安は忠次と共に徳川秀忠率いる徳川軍の輜重役を務めている。戦後豊臣氏支配下にあった佐渡金山生野銀山などが全て徳川氏の直轄領になる。すると長安は同年9月大和代官10月に石見銀山検分役、11月佐渡金山接収役となる。

慶長6年(1601年)春に徳川奉行補佐にて甲斐奉行8月石見奉行9月には美濃代官に任じられた。これらは全て兼任の形で家康から任命されている。異例の昇進と言ってもよく、家康長安経理の才能を高く評価していたことがうかがえるものである

慶長8年(1603年)2月12日家康将軍に任命されると、長安特別従五位下石見守に叙任され、家康の六男・松平忠輝の附家老に任じられた。7月には佐渡奉行に、12月には所務奉行(後の勘定奉行)に任じられ、同時に年寄(後の老中)に列せられた。

慶長10年(1605年)、大久保長安普請奉行として武蔵御嶽神社の本社普請

慶長11年(1606年)2月には伊豆奉行にも任じられた。つまり長安家康から全国の金銀山統轄や、関東における交通網の整備、一里塚建設などの一切を任されていたのである現在知られる里程標、すなわち1里=36町、1町=60間、1間=6尺という間尺を整えたのも長安である

これら一切の奉行職を兼務していた長安の権勢は強大であったと言われる。また、7人の息子を石川康長や池田輝政の娘と結婚させ、忠輝と伊達政宗の長女・五郎八姫の結婚交渉を取り持ち、忠輝の岳父が政宗となったこから政宗とも親密な関係を築いていたと言われている。そのため、その権勢や諸大名との人脈から「天下の総代官」と称された。この頃、長安の所領は八王子8,000石(実際は9万石)に加えて、家康直轄領の150万石の実質的支配を任されていたと言われている。

慶長17年(1612年)7月27日、中風にかかり、家康から烏犀円を与えられている(『駿府記』)[4]。

しか晩年に入ると、全国の鉱山からの金銀採掘量の低下から家康の寵愛を失い、美濃代官を初めとする代官職を次々と罷免されていくようになる。さら正室が早世するなどの不幸も相次ぐ中で、慶長18年(1613年)4月25日中風のために死去した[5]。享年69。

長安の死後に生前不正蓄財が問われ、また長安の子は蓄財の調査拒否したため、慶長18年(1613年)7月9日、長安嫡男藤十郎(37歳)、次男外記(36歳)、三男・青山成国(30歳)、四男・達十郎(29歳)、五男・内膳(27歳)、六男・右京長清(23歳)、七男・安寿(15歳)、以上7人は切腹となった。また縁戚関係の諸大名も改易などの憂き目にあった(大久保長安事件)。

人物逸話

ほとんど外様に近い立場から[6]老中(加判)に就いた唯一の人物であり、その謎めいた生涯は多くのフィクション対象となっている。

無類の女好きで、側女を70人から80人も抱えていたと言われている。

金山奉行などをしていた経緯から派手好きであり、死後、自分遺体黄金の棺に入れて華麗な葬儀を行なうように遺言したという[7]。

一説に長安は、家康より政宗のほうが天下人にふさわしいと考え、政宗幕府転覆計画賛同していたと言われている。

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