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はてなキーワード: サイレンとは

2017-12-14

平成の終わり


青白く冴え渡った寒空の中を、ただ”それ”だけが神々しく閃光を放ちながら駆け抜けていった。

大地を裂くような破裂音が町中に響く。平成が終わった今日は朝からサイレンが鳴りやまない。

救いの時が来たのだ。僕はその時、美しい賛美歌でも聞いているような気持ちに包まれた。神は居たのだ。

2017-12-05

トートロジー

夜は夜更け過ぎに〜♪

夜へと変わるだろ〜♪

サイレンナイ〜♪

ホリーナイ〜♪

2017-12-04

ジジイババアに席を譲るのが趣味

誰でも、人に言うと気持ち悪がられる趣味の一つや二つくらいあると思う。

俺の場合は、優先席譲りがそれに当たる。

率先して優先席に座っては、善人のロールプレイをするのだ。

インターゲットは、もちろんジジイババアたちだ。

世の中にはいろんなタイプジジイババアがいるため、いろんな攻略方法を試しつつ、

最終的にジジイババアを座らせられたら、俺の勝ちということにしている。

個々のジジイババアに対しては何の感情移入もしていない。

ただのジジイババアの一個体だと思っている。ノーリスペクト

不本意ながら妊婦や怪我人に席を譲ることもあるが、次回ジジイババア攻略するための経験値稼ぎだと割り切っている。

ゲームルール


よくエンカウントするタイプ別攻略方法

金持ち上品ババア

身なりが良く上品な表情をしているババアは、簡単高得点を得られるので、日々の得点稼ぎにモッテコイだ。

目を見て「座ります?」と言うだけで、だいたい「笑顔」「ありがとう」ボーナスポイントを取れる。

返し次第では会話ボーナスタイムに入りやすく、継続率も高いため、どちらかが降りるまで無尽蔵に加点されやすい。

成金下品ババア

パッと見、金持ち上品ババアによく似ているが、座りたくてしょうがない気持ちが、貧乏臭い下品な顔に出ている。

これも「座ります?」と言うだけでフライング気味に腰を下ろそうとしてくるが、素直さに欠ける分、「ありがとう」の配点が50倍になっている。

そんなに年取ってないですババア

初心者は間違って上記2ババアと同じ攻略をしがちだが、逆に嫌味な言葉撃退されてしまうので注意が必要だ。

まず立ち上がって「どうぞ」と言うことで、ババアであることを認識させつつ、逃げ道をなくすのが吉。

貧乏シワシワババア

貧乏そうで、見るから生きる力に乏しいババアは、大幅加点のチャンスを潜在させている。

一度は気弱に遠慮してみせるが、押しに弱いので、うまくやれば「こんなに親切にされたの初めて!」ボーナスを狙える。

精魂尽きましたジジイ

成金下品ババアとセットになっていることが多い。

枯れ木のような出で立ちで、耳が遠いこともあるので、無言のジェスチャーサイレンボーナスを狙おう。

団塊ジジイ

プライドが異常に高く、年少者は無条件で自分を敬うべきと言う妄想に取り憑かれている。

ベロベロに泥酔していたとしても、酔ってないと言い張る天邪鬼

立ち上がった上で「どうぞ」と声をかけて、座るまで無言で見つめることで根負けボーナスをゲットできる。

2017-11-27

anond:20171127204253

分かってて渡る人もそりゃいるとは思うけど、気付かずに渡る人も多いと思う

田舎に住んでた頃は救急車が来たってだけで村中で話題になるくらいだったけど、都内だと毎日のようにサイレンが聞こえるから麻痺ちゃうんだよ

あのサイレンに気付かない

2017-11-24

私の息子が産まれときの話~嫁side

※元の日記では「胎児」「赤ちゃん」はすべて名前です

09:30

今朝起きたらまた鮮血のおしるしが出ていた。

前駆陣痛も続いていたから、「がんばっていたんだね。残りはお母さんやみんなでサポートするからね」という気持ちで家を出発。

快晴でとてもいい日。

10:00

到着後の内診でかなり子宮口を強くかき回して刺激され、その刺激で破水

周りのスタッフさんが若干わたわたする中当人は「ああ、これが破水なんだ……」と思っていた。

そこから、部屋に移動して促進剤投与を始めた。

促進剤は、それによって産まれる、という効能ではなく、子宮を柔らかくして子宮口を緩めてそこから陣痛を呼び込むためのものだそうで、20からstart、120まで上げても進まない人もいるよー、と。

とにかく無事に産まれられれば、と、「何でもいいからお産に繋がりますように」という気持ちでどんどん追加されていく促進剤の値を見ながら過ごしていた。

11:00

胎児心拍が落ちることが何度かあり、酸素マスクをつけて深呼吸をする時はさすがに緊張した。

でもまた数値が戻ったのを見て安心して「私がリラックスしなきゃ子宮も柔らかくならない」と過ごしていた。

15:00

100あたりまでは前駆陣痛の痛みとあまり変わらなかったけど、そこからは前駆陣痛は越えた痛みが始まった。

でも120まで投与しても本陣痛は来ず。

17:00

看護師さんに「今日は一旦終わりにして様子を見て明日またやって、経過によっては帝王切開で産んであげることになるかもね」と言われて投与は一旦stopした。

投与してもあまり変わらず、「私が堅いことで子宮口が開かないんだ」「私がリラックスできないか入院の日が増えてお金をかけさせてしまうんだ」と「私のせいだ」の思考が一時止まらなくなって涙が出た。

胎児心拍が落ちること、胎便が羊水にかなり混じっていること、心拍が急に上がること、陣痛がこないこと、いろんな焦りや不安に対して「母の私が◯◯しないからだ」という思考が出てしまったけど、そんな中でも夫が一緒にいて笑ってくれていることに本当に救われて、いろんな不安もあったけれど1日過ごすことができた。

20:00

母が夫を迎えにきて帰宅。体勢変えたりしながら、落ち着いてから21時過ぎに寝る体勢に。

21:08

寝につこうといい姿勢を探して動いていた時に胎児心拍低下。

何人も看護師さんが入ってきて再度酸素マスクをつけ、内診をしてもらい、「もう赤ちゃん負担が大きい」ということで、クリニックの先生にも診てもらった上で、緊急帝王切開をして胎児を出してあげることに。

21:32

酸素マスクをつけて深呼吸をして「帝王切開になります、急いでパパを呼んで」と言われ、さすがに焦りすぐさま夫に電話をして来てもらい。

色々なリスク説明も受けたが、もう皆どうでもよくて、ただただ「無事に産まれられればそれ以外は私の子宮やら体やら命やらどうなってもいいから」という気持ちで、早く外に出してあげてほしくて、急ぎ足でope室に入って横になった。

22:00

何かの数値に対して先生スタッフの方々が緊張した面持ちで観察して指示を出したり動いたりしていたが、あれはなんだったんだろう。

から考えると胎児心拍だろうか。

バタバタが続いてすぐには開始しないことに不安を感じつつ、その間に落ち着いて来て「もうすぐ会えるんだ」「やっと会える、がんばろうね、大丈夫だよ」と幸せ気持ちが高まり、ope開始後も私はずっと笑顔で耳を澄ませ。

麻酔が効いてくると血圧の変化によるのか、頭もぼーっとしてきた。目を瞑ることに吸い込まれるような。

コッヘル、クーパー、などの機械出しの指示でなんとなく何を切開しているのか把握しつつ、足から胸にかけての感覚はもうないのに何か自分の中を弄られているような感触に奇怪な感じを抱きつつ。

22:57

胎児を取り出す時になると胴体を中から大きく揺さぶられ(感覚はないけど子宮を直接揺らされているのはすごくわかった)、少し泣き声が聞こえたのと同時に「おめでとうございます〜!男の子ですよ!」と。

その瞬間ザーッと涙が出そうになったものの、最初の一瞬の後に全く泣き声が続かないので瞬時に不安感に襲われ、産まれた喜びを味わいつつもそれだけの気持ちは束の間、取り上げられてもしばらく泣かない赤ちゃん心配で気が気でなくなった。

自分からは布で隠れて見えないけど、向こう側で明らかにスタッフさんたちが焦って赤ちゃん背中を叩いて刺激していたり懸命に気管内の吸引をしていたりしている。

先生も、取り上げた後はすぐに私の縫合に取り掛かりつつも、赤ちゃんを見て緊迫した声色と口調で指示を続ける。

「サチュレーション反応しません」「小さい方に切り替えて」「小さい方反応ありました」「こっちはどう!?」「◯◯じゃないよ、そっちを◯◯して」「◯◯さんこっちきて!」と何人ものスタッフさんが赤ちゃんの方から私の頭上まで動き回る。その間も赤ちゃんは泣き声ほとんどなく、たまに「ふぇっ」と聞こえるか聞こえないかくらい。

赤ちゃんが泣かない。泣かない=呼吸ができない。呼吸ができない=酸素いかない。酸素いかない=死んでしまう。

一瞬でそんな考えが脳内を駆け巡り、「私はお腹開いた母でも放っておいていいからみんな赤ちゃんを早く助けて下さい!」と叫びたい気持ちを抑えながらこわくて仕方がなくて、「赤ちゃん大丈夫ですか」と何度か聞いた以外ただただその場を見守っていた。

そのうちになんだか意識が遠のいていくような感覚から強い吐き気が出て何度か嘔吐し、そこからは遠目に赤ちゃんの様子を見つつぼーっと手術の終わりを待つしかなかった。

私の腹部縫合中、赤ちゃんの泣き声が聞こえない時間。きっと数十分あったかなかったかくらいだったろうけれど、この時間がこの1日の中で一番長く感じられた。私には何時間も縫合されているように感じられた。

23:10

私の腹部縫合が全て終わり、ope室を出る時にスタッフさんがぱっと赤ちゃんのお顔を私の方に向けて見せてくれた。

むちむちでまあるくて髪がフサフサでかわいい。濃い顔じゃなくて私似?なんて思いながらope室を離れる。

23:20

外では夫と母が待っていたけど、熱発もあったからかとにかく頭がぼーっとして「目を閉じたい、でも赤ちゃんが気がかりだ、でも目を開けていられない」というぼやけた意識で過ごしていた。

時系列はきちんと記憶できてないが、部屋に戻ってから夫と母が荷物を運びつつ座っていてくれて、赤ちゃんの顔の話などをした気がする。

自分で何を話したかよくて思い出せないけど、夫が深く呼吸して緊張していたことはすごく覚えている。

今思うと、私は赤ちゃんのことも考えつつ意識がぼやけていたので、その場を冷静に見れていた夫は本当に不安だっただろう。

24:10

術後は姿勢不快さが強く、度々左右に体位交換をしてもらった。

赤ちゃん救急搬送することに決まったと先生から話を受け、夫たちは救急車より早く出て向かってあちらで対応すると。

お腹を切った身と言えど、この状況で動けず何もできずに横になっているのが悔しかった。

無駄だとは分かりながらも、麻酔で動かない・司令の伝わらない脚先を動かそうと何度もやってみたけど全く足は動かなかった。私の分まで夫に託して手を握ってお願いした。

夫と母を見送ったら一気に意識が遠のいて来て、そのあとまた夫が来たような来なかったような……

そんな中、救急車赤ちゃんを乗せる直前に助産師さん(看護師さん?)が赤ちゃんを抱っこして私に会わせに来てくれた。

移動前に目の前で会えるなんて思ってもいなかったか歓喜して一瞬で意識が戻り、赤ちゃんをぎゅっとしてちゅーして「がんばろうね!」とほっぺを撫でて送り出した。

涙が止まらなかった。

24:30

救急車が中々出発しないこと、その後の救急車サイレン音。

サイレンの音の位置赤ちゃんと私の距離を表しているから、サイレンが遠のいていくと赤ちゃんとの距離を感じて、ただただ「がんばれ!お父さんもお母さんもいるからね」と祈ることしかできなかった。

25:00

その後また意識がぼーっとして、何度か看護師さんが巡回に来てくれたのもあまり覚えていない……

2時台にiPhoneが遠くに移されたのでLINE確認できずそわそわ。

体位交換をお願いしたりしながらいつの間にか寝ていた。2時間ほど寝ただろうか。

28:20

起きてからからLINE気づき赤ちゃんが無事なことを確認して本当にほっとした。

こんなに遅くまで夫と母が対応してくれているとは。本当におつかれさま、ありがとう、それしか出て来なかった。

から送られて来た赤ちゃん写真がかわいすぎて、うるうるしながらしばらくずっと見ていた。

かわいすぎていくら見ても見飽きない。早速待ち受け画面に設定した。

夫がもう帰路にあると分かって安心して私もまた休憩。

でも頭が冴えてしまってもう眠れず……

29:00

巡回夜勤看護師さん&助産師さん達が検温や創部の観察をしに来つつ何度も話しかけてくれて、明るく笑わせてくれて元気付けてくれた。

看護師さんたちと笑えたのがこの時本当にありがたかった。

もう麻酔は切れていたので、「どんどん回復して赤ちゃん会いに行こう!」と勝手にベッド上でリハビリ開始。足の指先から体幹から、痛み・貧血血圧を観察しながら進めた。

外が明るくなって落ち着いて来ると、赤ちゃんが無事に産まれてきたことの安堵感、今生きているのかどうかという不安感が一気に現実味を帯びて心に流れて来て、赤ちゃん写真を見ながら唇を噛み締めて泣いていた。

それに気づいた看護師さんが私のそばに寄り添ってくれ、スタッフのみなさんが赤ちゃんをその後も気にかけてくれていたこと、その方もお子さんが苦しい状態で産まれて来たこと、昨夜赤ちゃんの直後にもう一人赤ちゃん病院で産まれて、そのあと陣痛の人が来て不思議とお産が重なったことなどを明るく優しく温かく話してくれた。

「泣きたい時は泣いていいんだから心配だよね、泣いていいんだよ。」と言ってくれて一気に号泣して、話をして落ち着いた。

日勤に交代する時間帯、夜勤助産師さんが何人か来てくれて赤ちゃん写真を見て「母そっくりよね!」「かわいい〜❤️」「がんばるしかいね赤ちゃんくん!」と声をかけてくれた。それと一緒に絶対安心する温かい言葉もかけてくれる。その度にうるんでしまった。

私は術後あまり痛みを感じず動くのが得意なようで、夜中に自分でクッションを動かして体位交換したり足を動かす練習を始めたりしているのを褒められた。

どんどん動いて行くぞ。

赤ちゃんもがんばっているんだ。私も明るくがんばるしかない。


https://anond.hatelabo.jp/20171121162134増田です。

嫁も出産当日(大半は思い起こしながら翌日)に日記を残していたとのことで。

本人の希望もあってここに記そうと思います

ちなみに嫁は上の2日後にリハビリ急ピッチで終え、大型病院への通院/息子との対面を果たしました。

NICUでの初対面の光景は今でも忘れません。

2017-10-23

増田さんの気象観測近畿の南の方~

1週間雨が降り続けている。金曜日は一瞬晴れたがすぐ雨が降った。

金曜夜。予報通り雨が本格化した。

土曜日。大雨。しかしまぁ風は弱いので買い物へ。なおびしょびしょになった。

日曜日。大雨。もうなんもやる気が無い。低気圧で頭が痛い。ラーメンを食べる。

2017/10/23 日曜日

17時ごろ。台風がきたなと誰でも分かる天気になる。突風が吹いた。

18時。風が吹き付ける。うるせぇ。

18時半。魔法使いの嫁を見る。空を飛ぶってこんなに綺麗なものなんだね。外の風うるせぇな。今ちょっと泣きそうなんだ。

19時。鉄腕ダッシュ過去台風の話をする。大事なのは今なので、今のダッシュ島を昔みたいにリアルタイムで見せろと文句を言う。

20時。池上彰

20時半。外がなんかやばい気がする。池上彰を見てて良いのかと池上彰が居たNHKに変える。なにもしてないか大丈夫なのだろうか。

21時。選挙結果でえへんやん。気象ニュースはせえへんのか。

22時。サイレンが鳴る。どうしたんや。

23時。ニュース、天気やれ。天気が知りたいんや。なんでちちんぷいぷいハゲ政治好きばっかなんや

0時。もーやばいってー風やばいってー怖いってー雷光ってるってーなんか色んなもん飛んでるってー

1時。た、竜巻おきんかったか!?ていうか1時から1時8分の間に2回サイレンきてるで大丈夫か。

現在、怖い。

2017-10-22

anond:20171022184356

町内放送用の受信機の存在を初めて知った

車かサイレンみたいなのでやるんじゃないの

2017-10-19

aiueo700が復活していたがやっぱり頭おかしかった

aiueo700って何?

Youtuberとして活動している統合失調症の人

https://www.youtube.com/user/aiueo700

アップする動画説明すると

淫夢厨との遭遇。そして妄想から現実へ…

こんな面白いネタ(失礼)をネット暴走族として悪名高い淫夢厨が放っておくはずがなく、ニコニコ転載された動画からその存在が一気に広まる。

住所も顔も名前もあっという間にばれて、ハセカラから派生してたのであろう凸する連中も現れる。その様子をaiueo700が撮影しアップする。それを見て面白がる。

彼が妄想で戦っていた集団ストーカー現実存在になってしまった。

激闘、そして引退

自転車を壊される、扉に罠を仕掛けられる、設置した監視カメラエアガンレーザーで壊される、夜中に花火攻撃される、クラクションを鳴らされるといった集団ストーカーから嫌がらせ統合失調症悪化していくaiueo700。

母親もさすがにまずいと判断したのか「病院に行くか、ネットを断つか」の二択を迫る。結局ネットを断つことを選択し、チャンネルは残したまま引退することになる。

こうしてaiueo700ブームは過ぎ去り、過去の人になるかと思われた。

復活の「aiueo700」

そして昨日18日。7ヶ月の沈黙を破り突然の復活。

平成29年9月19日 母が玄関の前で倒れ偶然家の前を通りかかったという男に発見され警察が来て私が母を殴って殺したといわれ警察署に連れていかれて午後3時15分ごろ解放されて家に帰ったら通帳と印鑑がなくな - YouTube

しかも復活第一号の動画がいきなりとんでもない内容だった。

説明すると

aiueo700はどうなるの?

警察に連れて行かれたaiueo700だったが、集団ストーカー対策監視カメラが役に立ったのか無実と判明。親族が迎えに来て解放される。家に帰ったら生活費、通帳、印鑑が無くなっていたらしいが親族が持っていったのだろうか。

母親という抑止力が無くなったaiueo700がまず最初に取った行動がネット回線の再契約。撮り溜めていた集団ストーカー映像を次々とアップしている。

そんなことをする前にやることがあるだろと言いたいが無駄か。運良くこういう人出会えば病院まで連れていけるだろうが。

良くてこれまで通り凸してくる集団ストーカーと戦いながらの生活保護暮らし。最悪詐欺に会うか、近所の小学校に乗り込んでまたまた逮捕か。

働く気が無いならいっそ本業Youtuberになればいいのに。こいつはなぜか動画広告を付けていない。そこらの底辺youtuberよりよっぽど数値を持っているのにもったいない(チャンネル登録者 21,204 人 • 視聴回数 8,986,210 回)。

本人は集団ストーカーから被害報告のつもりでアップしていて、これで金を稼ぐつもりは無いのだろうと推測されている。

増田集団ストーカーに襲われてまーす!」

試しに集団ストーカーキーワード検索したら増田にもそういう系の人がわりといて吹いた。

安倍bot低能先生もそれ系の人だよね。

2017-09-09

人生において生産性だとか淘汰だとか。

中学生の頃、というか、昔から変わったことと言えば外見だけだと思っていて、それでも、周りには中身も変わったなんて言われたりする。

丸くなっただとか、話しやすくなっただとか…。

けれど、自分はそう思ってなんてなくて、これからどこに進むのかわからない、秋の入口。

夜空を見上げると、夏の星座はとっくに姿を消していて、こうやって季節は巡るのかと実感させられていく。

焦りもありつつ、でもどこか変わることを恐れて、踏み出せないままじたばたと足踏みをしている。

私の季節は、まだ夏の中だ。

夜の秋の風は、確かに私を包んでいく。

少し遠くに聞こえる電車の音は季節が変わっても相変わらずで、少しホッとする。あの電車の向かう先は何となく分かっているけれど、私は分からないふりをしている。

ぼうっと、温かなオレンジ色に変えられたデスクライトに照らされる白い壁は時間を忘れさせる雰囲気を持っている。この時間がこのまま続けば、迷うことも悩むことも落ち込むことも、いつまでも立ち止まっていることさえも、罪悪感に苛まれことなんてないのに。

そんな淡い願いを、携帯や録画機の時計表示が消し去っていく。今日ももうこんな時間で、そろそろ大半の人がまた明日のために眠りにつく時間。そんな時間にも関わらず、毎日毎日寝るわけでもなく、私はネットの海を徘徊していく。

別に、こんなこと、心の底から楽しいと思ってやっているわけではない。

真夏に比べて涼しくなった外の空気を開けた窓から吸い込みながら、遠くで聞こえるパトカーサイレンに耳を傾ける。

私がこうやって、なんの生産性もない時間を進めている最中でも、世界では生産的な行動を繰り返す人々で溢れている。この、私がどうしようもない時間を生きている間にも、ああやって仕事をして世界を回す人達がいる。

かつては、私もあちら側の人間だったかのように思う。少なくとも、高校卒業するまでは勉学とアルバイトの両立でまあまあ忙しく、今より人間らしい生活をしていたように思う。

私は、今でも私自身に少しというか、かなり期待をしている。

しかしたら、何かのきっかけがあれば、その過去の私よりも輝けるようになるのではないか…とか。

私はあまり好きなものを作れない。何にもハマれない事が多い。ハマったとしてもまあ、1年、2年くらいですぐに投げ出してしまう。だから何かを好きだと思っても、それは一時の感情にすぎないのだと思う。

でも、そんなことを言うと、私の周りの人は決まって言うことがある。

『でも、絵を描いているじゃない』

…絵なんて、ただ物心付いた頃から知らず知らずに描いていた、ただの習慣に過ぎない。別に暇だったら描くし、やれと言われればやるものだ。

働くことや勉強することと、絵を比べたら、絵のほうが百万倍マシだと私は思っている。

まあ確かに、働くことも勉強することも大切だし、それによって自分視野が広がるなんて、ありきたりだがままあることだ。

からといってそれを進んでやるのかと言われればまたそれは違う。

第一、私は自分が絵が得意だとか思ってもいないし、こうして文章を頭のなかで組み立てるのも人より長けているかと問われればそれはまた違うと思っている。上には上がいるのが世の中だ。

その世の中で戦おうなんて考えるほど、私は野蛮な人間ではない。競争社会なんて、生きづらくて息が詰まる。まるで、水の中というか、宇宙空間に何も装備せずに放り出された気分だ。宇宙なんて行ったことあるわけないけど。

普段の私が、何をして過ごしているかなんて結構たかが知れていて、午前中に起床することは最近はほぼないに等しい。気づいたらもう夕方差し掛かる15時っていうパターンが多い。

起床してからPCに向かうか、スマホを覗き込んでいつも通りソーシャルネットの海に飛び込むか、そんなもんだ。

PCを起動させてからは、当たり前のようにここでもネットを開き、アニメを見るか、ある言語勉強する。それか、絵描きソフトを立ち上げる。そして時々、PCメモ帳を立ち上げて物語文字に起こす。

そんなことをしながら過ごしているとあっという間に夜に差し掛かる。

ほとんど外に出ることのない私は、実は夜や夜中、散歩がてら涼しくなった外を歩くことが好きだ。しかし、最近はそんなことをしていない。心配性の人が心配してしまうから

別に心配されることをウザイだとか、面倒だとかは特に思わない。むしろ母親にそんな感情を向けられたことがないに等しい私はそれが心地よかったりもする。

世界中の人が表面上、幸せ暮らしているように思わせていても、その中には必ず陰があると私は思っている。

道行く、笑いあっている家族や友人同士、夫婦カップルでさえも、自分人生全てを相手に伝えることは困難だろうし、自分がこんなことで辛かったことがあるだとか、今こんなことで少し悩んでるんだ、なんて素直に言えるのはきっとごく僅かだから

陰が強ければ強いほど、光はその分、陰からは眩しく見える。

今、私は、世界が、全てが眩しくて、くらくらする

本当はわかっていることだ。内に篭っているばかりではなく、何らかの形で外に出る勇気を持つことだとか、人と心の底から笑い合うだとか…。

普通はみんな、そんなこととうの昔にやっていて、子供の頃になんの違和感もなくやっていて、私はそれに遅れているだけ。

別に恨んだりはしていない。今は。そりゃ昔は誰に対してかもわからない怒りを持つことは多かったと思う。それでもなかなか表立って何かアクションを起こすこともなかったかのように思う。

世の中には、こんな空っぽの私を素敵だと言ってくれる人もいる。その全てがお世辞だと分かっていながらも、私はちゃんと笑顔ありがとうを伝える。このやり取りに一体どんな生産性があるのだろうとか考えながら。

私は生産性というものにこだわりを持ちすぎているようにも思う。それは多分確信だ。思い過ごしなんかじゃない。

消費するだけの人間はいつか必ず淘汰される。この世から淘汰されることを望みながら、なのにその淘汰を恐れているのが紛れもなく私なのだ

私は決して頭がいい方でもないし、かといってスポーツ万能ってわけでも、芸術に特化しているわけでもない。

平凡から外れた単なる落ちこぼれだと思っている。こんなことを言っていても、周りはやっぱり、そんなことないよ、と笑う。私はまたそれに、そうかな。ありがとう。と笑う。また、これに意味があるのかと考えながら。

ふと、頭のなかで文章が浮かんでくる瞬間がある。なんとなくスマホメモ帳に書き留めて、それをどこに発表するでもなく、結局はメモ帳を埋めていくだけのただの文字列と化す。

勿体無い。

そんな言葉が頭の端っこで揺れながら、同じように何にも代わり栄えしない、消費しかしない日々を過ごす。

いっその事、みんな私のことをこの能無しだとか、ゴミだとか、罵ってくれたら楽なんじゃないかとも考える。それでも、実際にそんな場面になったらと思うと、また怖くなってそういった淘汰を恐れる。

結局のところ、私は何になりたいのかわからずに蹲ったまま、また今日を迎える。

何者にもなれない私は、何者かになれている人々を羨むだけなのだ

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170830182252

んー、書こうと思ったんだがたいしたアイデア思いつかなかったんだな

ただそれにしても現状のサイレン鳴らすだけのシステムじゃ、どうしようもないよな

2017-08-15

韓国ソウル路線バス少女像設置ニュースはてサコメントwww

概ねドン引きしてた。

それでもあの先生も含めてちゃんと日本が悪いという方々もいて流石。

バスはアレやけど、慰霊碑普通に日本でも建てるからぬ。それに大使館の前でなければどこでもいいとか言ってたのは右翼の皆さんでは?」

8月14日慰安婦記念日からね。時期を区切って設置するなら啓発活動としては普通だと思うが、発狂する日本人は多そうだ。原爆記念日サイレンみたいなもんなんだけどね。」

「結局この事態を招いたのは日本側の無関心(無責任さ)であり、早期に加害性を認め慰安所被害者名誉回復真摯に努めていれば“蒸し返され”る事も無かった訳で。」

もはや名言の域。すばらしい。

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808144157

「アアアアアアーーーー」(試合開始時のサイレンモノマネ)はやっぱベタ過ぎてダメですかね

2017-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20170726101030

車の盗難防止サイレンだってちょくちょく誤動作しているけれども、それでもそれなりに普及しているじゃないか

そりゃたびたび誤動作するようじゃ困るけど、盗難防止サイレンの現行品と同程度の精度で良いのだ。それならそこまで高くはならない。

https://anond.hatelabo.jp/20170725165053

1000円くらいで売ってるアイリスオーヤマの人感センサーつきのLED電球があるわけだから

室温計と人感センサー盗難防止サイレンを繋げば、大したコストをかけずに実現できそうな気もするね。

2017-07-22

熱中症らしき症状で救急車を呼んだ

金曜日15:40分頃、アパートにて起床。だが、おかしい。

体がだるいし、目が開けられない。私の寝起きには良くあることだが、今回は一段と重い。

何とか体を起こして立ち上がるが、どうもふらふらするしかも動悸と吐き気がする。いつものように首筋に寝汗をかいていない。なんだこれは?

温度計を見ると30度とある熱中症や脱水症状に思い至り、冷蔵庫を開けてお茶を飲み、また横になる。リモコン扇風機を付けた。冷房は壊れている。

少し経ってもいずれの症状も治まらない。お茶では足りないのか。

どうにか起きてコップに水を入れ、塩を溶かして二口ほど飲む。まずいが仕方がない。

再度横になって様子を見る。

16:00分頃、周期的にこみ上げる吐き気と動悸は一向に回復する様子はない。悪化している?

意識はしっかりしているつもりだが、一人暮らしなので、もし失神でもしたら恐らくアウトだ。

私は緊急社会システムアクセスすることにした。即ち119への電話である

自己判断死ぬよりはいくらかましだ。

電話口の相手には救急であること、住所、アパート名、名前、症状を伝えた。

あなたご本人ですか?」「はい

熱中症とおっしゃいます思い当たる節があるんですか?」「30度の部屋で寝すぎました」

「わかりました。今救急車が向かっています。ドアの鍵を開けてお待ちください」

大体このようなやり取りで電話は終了し、私はベッドに倒れる。その後体感で5分程度でサイレンの音が聞こえてきた。

インターフォンが鳴らされたので出る。もう何も考えたくない状態になっており、救急隊員とのやり取りは覚えていないが、症状を説明して歩けるかどうか確認され、身分証が入っている鞄を持って戸締りをしたことは記憶に残っている。そういえば隊員の方に顔が真っ白と言われた。

寝巻きのまま自力で歩いて救急車まで行き、中のベッドに横になる。

そして指や腹部に何やら得体の知れないものを付けられる。どうやら指に付いたもので脈を取るらしい。

次いで血圧と体温をはかる。体温37度らしい。平熱34~35度の私にとっては発熱状態と言えそうだ。風邪でもないのにこんな体温になるとは。

搬送先の病院を見つけて頂く間、ライトで目の確認、痺れや神経の確認などをされる。

3名の隊員に来て頂いているが、常に1人は私の横にいて見張ってくれるようだ。大変失礼だがこの方の目は怖かった。口調は丁寧そのものであるのに。

「お名前言えますか?」「生年月日は?」「年齢は?」「今日の日付は?」「ご実家電話番号は?もしかしたらご家族に来てほしいということがあるかもしれません」「今の症状はいかがですか?」「ご職業は?」

質問には全て答えられたが、いかんせん体がだるい。喋るのも億劫だったが否やもない。

他には、今まで似たような症状を経験たかどうか、過去に何か大きな病気にかかったか、持病はあるか、普段何か薬を飲んでいるか、などだった。それ以外にもあったかもしれないが覚えていない。一週間前まで夏風邪にかかっていたことを確かここで話したか

質問最中には別の隊員の方が私の状況を年齢性別と共に病院に伝えてくれているのが聞こえてくる。2、3回、この病院はかかった事があるかと聞かれるが、全て初診の病院である。金曜午後4時とあってなかなか搬送先が見つからないようだ。付近で行った事のある病院を聞かれたので、以前風邪とき見てもらった個人のクリニックの診察券を見せるが、すでに診療時間外であった。

今思えばこの質問攻めとも言えるものは、必要情報を得ると同時に意識を失わせないようにするためのものだったのだろうか。

この間に動悸は治まりめまいも軽減したようだ。何も考えたくない状態は変わらないが、症状としては吐き気のみになっている。救急車の中の温度が功を奏したのだろう。

やがて搬送先が見つかり、移動開始。車内はゆれるので何かあったら伝えてほしいと言われる。

10分ほど揺られて病院に着いた。体に付いた器具は到着直前に全て外される。

どこにある何という名前病院なのかもわからなかったが、どうでも良いことだった。ベッドごと救急車から降ろされ、救急室へ運ばれる。

移動中、看護師さんらしき方が「大丈夫ですよ~病院に着きましたからね~」と声をかけてくれる。

救急室に入室。時計をチラッと見てみると、16:28分ごろだった。

救急車のベッドから救急室のベッドへ体を移動する。「ゆっくりで良いですよ」と優しい。

そして胸部腹部に器具を付けられる。心電図か。指にも脈を取るための何かを付けられる。たちまち救急車の中とほぼ同じような状態になった。

症状とそうなった経緯を聞かれたので説明する。もともとロングスリーパーで、前日の22時から寝ていたと言うと驚かれた。

ここで気付いたが、やたらと女性が多い。医師の方も女性であり、経緯と症状を説明している救急隊の方以外に男性がいない。

救急室で何をされたか、おぼろげにしか覚えていない。時系列がぐちゃぐちゃだが思い出してみる。

思考停止状態の私はなされるがままぼーっと目の前にある特徴的なライトを見ていたと思う。手術室にありそうなUFOのごときあれである

確か、もう一度目にライトを当てられる。首を左右に振られる、などだ。眩暈はしない。

採血しますよ。その後点滴打ちますからね」なんと。この状況で血を抜かれるのか。まあ、もう任せておこう。「アルコールはかぶれませんか?」かぶれたことはない。大丈夫だ。

じゃあ3本などと聞こえた気がするが、見ていないのでどれだけ採られたのかは定かではない。

点滴の後、それから看護師の方に心臓部に何やらローラーを当てられてぐりぐりと動かされる。なかなか終わらない。鈍痛的刺激である。私の体のせいか、どうやら目的を達しづらかったようだ。医師の方に交代するが、それでも時間がかかっていた。体を左に傾けるように指示される。よくわからないが、これで成功したようだ。

喫煙飲酒確認をされる。煙草は吸わないし酒は2週間に一度ぐらいだ。

あとは、目の前に指を出され、目で追ってくださいと言われる。問題なくできた。

めがねのような物をつけて天井を見るようにと言われる。とてもぼやけるレンズで、まともに外界を見ることが出来ない。気持ち悪くなったりしないかと言われるが、大丈夫だった。

「私の指先と自分の額を指で往復してください」これもできた。

親指に何かを打たれ、出血したときにその血を器具で調べるということもされた。結構痛くて指が震えてしまった。チラッと顔を確認される。「痛かったですか?」「はい少し」などと会話して気恥ずかしくなった私は目をそらす。

おおよそ処置が終了したようで、救急室にいる人数も少なくなってきたか

点滴が効いたのか、この頃になると吐き気もほぼなくなっていた。

実家電話して頂いたようだが、出なかったのだろう。連絡の付く時間を聞かれるが、今いないのなら深夜でないと連絡不能である。我が両親は忙しい。

迎えのための連絡先を聞き出される。

しかし、連絡先が入っているスマートフォンは持ってきていない(これがまずかった)し、普段の連絡はメールであるデジタルネイティブである私は両親の携帯の番号など全く覚えていない。「おじいちゃんおばあちゃんは?」実家にいるが、祖父はすでになく祖母は離れにいる。電話したとしても聞こえない。「他に近くに知り合いはいいか」いない。

いよいよ困らせてしまったようで、鞄の中のファイルに閉じられた紙に書いてある電話番号を見せられる。「ここは?」「それは職場人間の番号です」「よくわからないな~」申し訳ない。

そうこうしている間に別の患者が来たようで、私は車椅子で別室に移される。何かあったらナースコールをお願いしますと言われ、カーテンを閉められる。

ここでもぼーっと寝ていた。点滴を見る。かなり速いペースで滴が落ちていて、少し経ったら終わった。まさか25歳で救急車のお世話になるとは思わなかった。天井を見ながら、そういえばネットでふぐの毒にあたった人がこのような光景写真をアップしていたな、いやあれはただのネタだったか、などと考える。余裕が出てきたのか。

その後、先ほどの看護師の方がやってきた。曰く、連絡が付かないなら無理に付けなくて良い。血液検査の結果が出て問題なければ帰宅。と先生がおっしゃっていたということだった。

またしばらくして先ほどと同じ方がやってくる。「救急車で来た方は、病院荷物を預かったことになるんです。今回は靴と鞄です。お受け取りのサインをして下さい」なるほど。いつの間にか私の鞄も右に置いてある。気付かなかった。

さらに少し経って医師の方が血液検査の結果を持ってやってきた。2項目ほど異常値だが比較的きれいであり、問題は見受けられない。めまいには二つあって、脳か耳が原因だが、前者は考え辛く、後者をチェックするために耳鼻科受診お勧めする。それから、ご家族には今日救急車で運ばれたことを伝えるように。それから暑いので、クーラーを付けないなら窓を開けて寝ること。脱水は正直わからないが、水を2リットルほど飲んだほうが良いことを伝えられる。

次に医師ともう1人の方が水を持ってきた。「体を起こして、飲めますか」問題なく一口飲む。「込みあがってきたりしませんか」大丈夫だった。

最後確認として、点滴スタンドの取っ手を杖代わりにして立つことを指示される。立てるし、眩暈はない。そして、靴を履いて歩く。歩ける。綱渡りをするように、前に出ている足のつま先に後ろの足のかかとを持ってくる歩き方でまっすぐ歩けるか。できた。

大丈夫そうだ。医師も同じ判断らしく、帰宅の準備に入る。「お帰りはどうしますか?」「どうしましょうね……」「お金があればタクシーが良いですね」なるほど。

点滴を外され、消毒したガーゼを当てられるので、自分で押さえておく。太い針だったようで、少し待つ必要があった。その後テープで固定される。

荷物を持って靴を履く。会計場所説明されたので、医師の方に今回のお礼を言って移動する。

そういえばめがねをかけていない。視力が悪いので少し視界がぼやけているが、目を細めながら会計に到着し、救急で来たことを伝える。診断書を書いて提出して待つ。この間に時計を見やると、18:40分ごろだった。少し経つと名前を呼ばれる。

この病院の診察券を発行して頂いたようなので受け取って精算する。合計8000円と少しらしい。持ち合わせの現金では足りなかったが、クレジットカードが使えて助かった。会計後、タクシー駐輪場所を聞いてそこへ向かう。ちょっと迷った。

最初は寝巻きのまま外を出歩くのに違和感があったが、状況が状況である。気にしたところでどうしようもない。会計では、タクシー駐輪場所にいなかったら自分で呼ぶようにと電話番号を書いた紙を貰っているが、電話がないのでいないと困る。しかし、運良く一台のタクシーがとまっていた。

手を挙げて乗る意思を伝え、自宅アパートの住所を伝える。タクシー代は1700円と少し。現金で支払った。

帰宅後、何はともあれ水分補給をする。そして熱中症で運ばれたことを家族と友人に伝える。だが、ここで部屋の温度と湿度に気付く。間抜けな!この環境から事が起こったんだろう。

すぐに窓を開け、付けたままになっていた扇風機の風力を上げる。これで涼しくなる。

時間か休んだのち、着替えて近所のスーパーへ向かう。ポカリスエットと水とカロリーメイト、そして食料を買った。

ところで私が運ばれた病院はなんという病院なのか?診察券を見てみると……なるほど、女性が多かったのはそのせいか

なんとも稀有体験をした一日だった。直接お礼が言えたのは医師の方のみだったが、今回119の電話を受けて下さった方、私を運んでくれた救急隊員の方、処置をしてくれた医師及び看護師の方には心よりお礼を申し上げたい。


反省

・初期の対処

扇風機を付けただけでは足りなかった。すぐに窓を開けるべきだった。

・部屋の冷房が壊れたまま

早く直さなければならない。

病院に両親の連絡先を伝えられなかった

必ずスマホを持っていく。緊急時であればあるほど重要

めがねを忘れる

持って行く。

追記

暖かい言葉を頂いてとてもうれしい。私の部屋も暖かいぐらいの温度だったら良かったのだが。

こんなことで救急車呼ぶなと言われるのも覚悟していたが、全くの杞憂だったようだ。

30度でもここまでの症状になるのか。体質にもよるんだろうけど。

素人の推測だが、長時間睡眠で水分が取れなかったためだろう。目が覚めて良かった。

冷房使わなかった頃は2Lのペットボトルを凍らせてバスタオルに包んで寝てたな。500MLのPBでもタオルでくるんで脇の下、首筋、太もものいずれか(動脈のある部分)に充てるだけでも体内の温度を下げる効果がある。

発想がすごい。これはやってみよう。

じゃなかったオチだと思って最後まで読んじゃったけど熱中症だったのか?

あなた熱中症ですとははっきり言われなかったので真相はわからない。

重症だと意識障害や手足の痙攣などが起こるらしいので、私の場合熱中症だとしても比較的軽いものだったのだろう。

ロングスリーパーはい睡眠時間の長さが異常。別の病気も疑ったほうがいいような気がする。

まれ持った体質と思って諦めているが、確かに少し調べてみても良いかも知れない。

興味深かったが何故そうしたのかよくわからない箇所でぼかした記述が入ってる。増田肥満体型で搬送されたのは産婦人科だったのだろうか?

診察券のくだりだと思うが、女性が多かったことを説明するためにはこの病院名前を一部書く必要がある。

だが試しにそれをググッたら、一部と言えどもあっという間に特定できそうだったので一文字も書けなかった。

2017-07-15

https://anond.hatelabo.jp/20170715142623

バテレン追放って、映画サイレンスのキリシタン弾圧になった法だっけか?信仰心を持ってたらパライソにいけると教えられてるから死が怖くないんやで。ただ、逆に捨てるとインヘルノに落ちる。絵を踏まなかったのは、パライソへの道が断たれてインヘルノに落ちてまうからやろな。まあ、言ってみれば地獄に落ちたくないか神様信じて善行をつむってことだ。そういう信仰心が、凶悪犯罪を踏みとどまらせてるって結構ありそうでないかい?

2017-07-13

通勤途中に泣き喚く小学生に声をかけた

方向性ないちょっとした愚痴

今日も爽やかな夏晴れ、ジョギングも終わったし出勤準備もオッケー。

さて今日会社に行くかと家を出たすぐの道路で、見たことのないかなり太めの小学生男児が泣いていた。

(私は毎朝8時半というやや遅めの時間に家を出るためか、近所の小学生とあまりすれ違わない。)

最初はなんかまあ家で叱られたのかなと思ってスルーしようとしたけど、一度泣き止んではまたウッウッウッ、ウァーーーーと泣き出す。

とにかく尋常でない泣き方だったので「家庭内虐待か、それとも学校いじめか?」と思って、声をかけることにした。

大丈夫?」

大丈夫じゃない!(ヒステリック気味) 学校行きたくない!!」

「なんで?」

「ぃなんぐんれん!!!ウァーーーー!!!!」

なんのこっちゃ。

よくよく話を聞くと、今日学校避難訓練があるらしく、そのサイレンの音が嫌いで朝から学校行きたくないということだった。

正直拍子抜けした。

避難訓練行きたくない要因の一つに過ぎないのかもしれないけど、小6男児がウァウァ泣くほどのことなのかーとか、避難訓練必要性認識&周りと協調しないで自分の主張を通そうとするのかーとか悶々としてきた。おまえ、ハンターハンターゴンなんて12歳でハンターライセンス取ってるし、13歳に至ってはゴンさんになってんだぞ?おまえ来年ゴンさんになれるのか?

「いぎだぐないいぎだぐないいぎだくない!!!

しかし小6男児ヒス泣き声は続く。なんでこんな爽やかな朝から見知らぬ男児八つ当たりをされないといけないのだろうか。

仕方なく小学校電話しようと思ったけど会社遅刻しそうだったから、集会所にいる母のところに連れて行き、事情を話してバトンタッチした。

母や周囲のおばさんたちも多少驚いていたようだけど、「ああ了解しました。小学校に連絡しておきます。」、少年には「きみ、とりあえず集会所で休んで行きなさい」に続いて私には「もしかしたら特殊学級のお子さんかもね。」と小声で言ってくれた。

ここまでの流れで、正直モヤモヤとしていた。

母の小6の子への優遇に「私が小6時代に仮に"避難訓練サイレンがうるさいか学校行きたくない"とワァワァヒステリックに喚いていたら叱ってたのでは?」なんて思ったのである。(もちろん私の場合避難訓練の日は授業が潰れる嬉しさに泣かずに喜ぶだろうけど)

もちろん時代も違うし、母も私も年を重ねた。母に関してはよそのお子様という視点もあるけど、私の子時代・親を含めた周囲の大人たちの私に対する扱いと、今のお子様の扱いってこんなに違うんだなあなんて、羨ましいとか嫉妬とかそういう次元ではない別の感情で考えてしまった。

帰宅してことの成り行きを尋ねたところ、やはり軽度の特殊学級の子だったので、学校先生が迎えに来たとのことで安堵した。

ただそれでも、自分にとても厳しかった母が他人の子には丁寧に接する姿と、私や母の対応をさも当たり前かのように受け取る小6男児に対して、どうしようもないそこはかとない苛立ちを感じた。

特殊学級の子差別する気はないけど、事実として自分はいわゆる健常児・普通学級で育ち、そこの扱いに対して文句を言うのもお門違いだと思っている。ただ、自分に厳しかった人が他人に優しく接し、自分が気に入らないことに対して泣き喚いて感情を爆発させる小6男児を目の当たりにして、疲れたのかもしれない。

要するに余裕がないなあ、なんてしみじみ思い知らされたんだけど、こういう心持ちはどうすればいいんだろうか。

2017-05-26

ラジオから国民保護サイレンが流れた!?

ファミスタの間の抜けたファールフライのような音がクーラー爆音が響く事務所で流れた。ラジオからだ。

ブォーーーーーーーーーーーーーーーン

まさか、北の将軍さまのミサイルが飛んできたか気持ち悪い音だ。

国民保護サイレンが鳴ってますよ。」

「まじかよ」

ミサイルが飛んでくるなら携帯からサイレンが鳴らない?」

「そうかも」

クーラー爆音が響く中の聞き違いだったのかもしれない。

きっと日常が壊れるときは一瞬なんだろうな。

2017-05-13

成田エクスプレスの警告音(?)って

いっちょ突っ込んでみっか!って気分になる音だから事故が絶えないんじゃないかと思ってる。

ドップラー効果がかかった救急車サイレンがもう少し攻撃的になった感じ。

「昔追い詰められてた時に聞いたら危なかった」ですらなくて、だいぶ持ち直した今ですらそんな妙な気分になる

2017-05-09

今日信号に進入する救急車を二度見かけたが

そのタイミング交差点横断したら救急車の通行の妨げになるの一目瞭然なのに、止まることも急ぐこともなく渡る人をそれぞれで見かけた。

どちらも若い女性だった。救急車サイレンが聞こえないってことはないはず。

ただの横着なのかな。それともこれが空間認識能力が低いというやつなのかな。気になる。

2017-05-08

bs洋楽グラフィティ

最近見るようになったけど、これいいな

最近の曲よりもきいてて落ち着くし、きいたことあるのもあるから楽しい

年取ってあっさり和食が好きになるのと似てる気がする

しかしいい曲多いなー

ついこないだのは60sのやつで、ビートルズもどきが多すぎてワロタ

stop in the name of loveってカバーしかしらなかったけど、オリジナルはこんなにまったりしてムーディーな感じの曲だったんだねえ

サウンドオブサイレンスはyoutubeで年取ったあとに演奏してるのはみたことあったけど若いころのは見たことなかったから新鮮だったけど、年取ってからのほうがいい感じに演奏歌唱も力ぬけてて歌本来のよさが出てたような気がしたなあ

helloのころの福山まさはるヒャダインに似てる人がいたから後でメモしとこう

BTTFのマーティ、この時代バリバリロックンロールもっていったらそりゃドン引きされるわwww

2017-04-29

消防団別にいいのでは」で済まない本当の理由

別にいいのでは」で済まない本当の理由

話題消防団活動の帰りに消防車で店によって怒られた問題があり、それに

https://www.buzzfeed.com/kensukeseya/udon-fire-brigade?utm_term=.yc11231M73#.drv0p70le7

こんな記事が付いているわけだが、これに「別にいいのでは」と言うブコメがたくさん付いている。

結論からしては、別にいいのでは、と言う感じです。

うちの消防団では問題ない行為です。

ただ本当に別にいい、で済まない場合があるので、ちょっとだけ便乗するよ。

ただし地域差がかなり大きいと思うので気をつけてください。

また、ここでは消防団運用する緊急車両という意味消防車と呼ぶよ。

領域外に出る場合

これはおそらくどこの消防団でも共通だと思うけど、消防車を何らかの理由自分たちの持ち場の外に出す場合基本的申請して許可必要です。

勝手に出るとすげえ怒られます別にいいのではでは済みません。

ただこれがあるのは希にある広域出動、地域をまたいでの訓練や、消防車の修理点検などでまぁこれを破る奴はいません。

また動かせる範囲許可必要レベルが違っており、私の所は、消防団の下に部があり、部の中に分団があり、その下に各車両ごとに機関長という自動車責任者がいます

分団ごとに車庫(詰め所)があって複数消防車があり、分団ごとに受け持ちの領域が決まっている形になっています

それぞれの領域の外に出るには、それぞれの責任者許可必要と言うことになっていて、分団の持ち場の外に出るには分団長、部の範囲の外に出るには部長、団の外(つまり市町村の枠を超える)場合には消防本部文書での許可必要です。

が、逆に言えば持ち場の中だと機関長判断運行ができます

そこで次のルール

責任者なしで運行してはならな

消防車ごとには機関長と副機関長というのが決まっており、このどちらかが乗っていない場合は、分団長以上の役職者の許可が無ければ動かしてはいけない、と言うことになっています。この時、分団長許可が出るというのは基本的緊急時の話なので、通常は許可が出ません。

逆に言えば、機関長または副機関長が乗ってれば問題がないということになります

ただし、当然ながら次の規制があります

消防団活動以外で動かしてはならないが、消防団活動の時には必ず消防車を連れていくこと

さて、消防団活動とは?と言うことになりますが、うちの消防団場合、分団長がみとめて届け出をすれば消防団活動だ、と言うことになります

届け出が居るのは保険関係ですので必須です。勝手にやると怒られますが、申請すれば拒否されることはまずありません。

ただこれは消防団活動にあっているものでなければ駄目なので、勝手にやっては駄目ですが、ここには設備点検のあとにバーベキュー、とかも普通に行われ、肉や飲み物を買い出しに行くとき消防車が使われることもわりと普通です。

ただし、みんな目立つのであまりやりたがりませんから、このためだけに車両を出す事はなく、訓練や予防活動の後についでによる場合、ぐらいでしかないですが。

訓練などで消防車を出すときは、団員の誰かの自動車を一緒につけて移動するため(これは一台の消防車に割り当てられている団員は消防車の乗員より多いため、全員乗り切れないという話の他、訓練中に何かする必要があったときは当然消防車は動かせないなどの理由から随伴させた自動車では足りない時についでによる、と言う感じです。

そして、逆に領域の中の消防団活動なのに消防車を連れていかないのも逆に駄目です。緊急事態にはそのまま出動できる様にしておかなければならないためです。一度車をとりにいくというのはあり得ないと言うわけですね。

今回の場合、逆にうちの消防団場合、一度車庫に消防車を戻して消防車を連れて行かず、消防団員が固まって飯を食いに行っていた最中火災があり、出動が遅れた、等と言うことになったら、逆にそっちの方が問題になるかも知れません。

どこに居るのか分からないと問題になるのでは?

このように運用されていると、車両がどこにいるかからないと問題になるのでは?と言うことがありますが、これについてはウチの消防団場合無線設備されているので、呼び出せば済むだけの話ではあります

また、どこかに行く場合は、必ず黒板に行き先を記載しておくことになっていますまぁこれは当然か。

別にいいのではで済まない場合

まとめると

はたぶん別にいいのではでは済まないと思われますが、こういうことはたぶんありません。

しろ苦情としては

と言うのが圧倒的に多いです。このため、本来は合同訓練の時はサイレンをならすことが許可されていますが、サイレンを使わずに訓練が行われる事が多いです。

次に、法被(うちの消防団では正装と言う扱い)を着たまま飲みに行く馬鹿の話は毎年必ず出ます。これは苦情という事にはなりませんが問題になります

消防団に求められる役割とは

消防団に求められる役割で、消防署と明確に違う所があります

それは地域の兄ちゃんがひとかたまりになってやっていると言う姿を見せること。これによって地域全体の防災力を周知する役割があるわけですね。

からまりかい事は言われない一方で、できるだけまとまりをもって、更に地元の人に顔を見せると言うことを重視されるようです。

これによって災害の時には批難困難者を助ける、と言ったきめ細かい対応を期待されているようです。ここで常備消防規則が違うのも当然ということのようです。

ただし…昔はもっと緩かったらしいです。例えば消防団旅行(と言っても近隣の県の温泉に行く程度)に消防車を使った、等と言う話もあったぐらい。流石に今はこれは駄目ですが。

と言うことでいろいろな面で一宮の件は、文化が違うなぁ、と思いました。

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