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はてなキーワード: 当意即妙とは

2017-07-07

ダジャレや親父ギャグって屁をこき回ってるに等しい

ユーモアって相手があって成り立つもの

相手との関係性とかその場の呼吸なんかが不可欠


相手を想定せずにストックしておいた自分だけしかいない浅い思い付きを

その場の呼吸を読まずに1人よがりに垂れ流すダジャレなんてもの

ユーモアでもなんでもないわけ

屁とかウンコに等しい


プロ漫才コント落語は出来合いのネタが用意してあるけど

あれだってその日その日の観客の息の入り方やロケやらいろんなことを肌で感じて

繊細な微調整をしながらやるからプロなのであって

そういう意味で同じ舞台は二度とないわけ


ウンコを出来ただけで褒めてもらえるのは幼児だけで

それを褒めてくれるのはお母さんだけ

から面白くないダジャレを突然発表するいわゆる「オヤジギャグ」というのは

前頭葉などの退化に留まらず、根っこの人格のだらしなさをあらわにしてるわけ


オヤジギャグ使いってだいたい若い女の子とかを狙って披露するでしょ

あれは上下関係によってつまらないダジャレリアクションをとってもらおうという計算がある上に

独りよがりなつまらないダジャレを褒めて貰うというシチュエーションはつまり

「単なる排泄を見せ付けて褒めてもらえる」という幼児期体験を反芻したいという欲求があるわけ

中年社員立場下の若い女性社員に「ママー」ってやってるわけ


死んだ方がいいでしょ?

ダジャレオヤジギャグってそういう意味パワハラセクハラをあわせて内包してるから

もっと社会で取り締まった方がいいし、繰り返してる中年社会的生命を奪った方がいい


ユーモアとしてダジャレしか思いつかないような人間

まりユーモアを放つような脳の性能がないってこと

相手タイミングでどんどん変化する当意即妙ちょっとしたフックがはなてないということなんだから

真面目に人に迷惑掛けないように生きていけばいいの



ダジャレギャグだとかユーモアだと思ってる奴は死ぬべきだし

(´・ω・`)←この気持ち悪い顔文字にも甘ったれた了見が見えるよね

この顔文字が表すきょとんとした表情で甘えを表明していくニュアンス醜悪

こんなん使っても許されるのって小学生までだと思うよ


つまんないのにユーモアトライしようとするやつも

そんな屁をこきまわって他人に構って貰おうとするやつも

急いで性格を叩き直すかもしくは死ね

https://anond.hatelabo.jp/20170707171841

2017-03-23

就活面接うんこをチェックする企業

 サークルの先輩に聞いた話だが、就活生に面接室でうんこをさせて、その外観・芳香品格等によって選考をなす企業があるらしい。嘘みたいな話だが、これが本当なのだ。そもそもなぜ学生うんこをさせるのかというと、そこには創業者の信念がある。その創業者は幼少時代学校ボットン便所内に転落したことがあった。助けを呼ぼうと思ったが強烈な悪臭のため口を開けることができない。そうこうしているうちに同級生たちがやってくる。呑気に排便する同級生を頭上に望むこと十数分、彼は気づいた。良識あり頭脳明晰なる学友の便が美しい光沢を持ちまっすぐ決然と落下していくのに対し、最低にしておよそ褒めるべきところがない学友の便は表面が醜く爛れ、便槽に着地すると不愉快な音をたてる。そう、うんこ人間性は比例するのである。この大発見によって彼は陰謀渦巻く実業界中において成功を手にし、全学生の憧れるホワイト企業創業者となったのである。以上は創業者自伝による。

 つまりうんこによって当人の人柄はもちろん将来における成功ありやなしやまでをも判定することができる、というのがこの企業の言い分なのだ。これによって苦労するのが就活であることは言うまでもない。なにしろ面接会場で当意即妙うんこ放出しなければならないのだ。うんこ面接学生の間で知られるにつれ、いろいろ対策がとられるようになった。就活生はまず自己分析の一環として自らの排便を見つめ直さねばならない。ワークシートに排便日時・場所・形状等を記録し、それを元に企業の求めるうんこを練ってゆく。そして、面接数日前からコーラックビオフェルミン等によって排便を調節し、万全の態勢で本番に臨むのである

 このような方法論が積み重ねられれば、じきに内定へのセオリーが出来上がるのは当然といえよう。就活セミナーでは、理想的なうんこを出すための薬品使用法はもちろんのこと、排便に先立つ下着の脱ぎ方や、はては息むときにはどのような声を出すと好印象かといった問題までも詳細に指導されるようになった。こうして、就活生は志のある者ならば誰でも、面接室でバナナ形のほどよく光沢のある社会人として恥ずかしくない排便をなすことができるようになったのである

 しかし、誰もが似たようなうんこをしてくるようになったので、人事担当者辟易した。なにしろ面接日となれば朝から晩まで皆一様にバナナ形でほどよく光沢のあるうんこアピールしてくるのである。時々は向こうを張ってあえて下痢便を大噴射させてみたり、肛門まわりの剛毛を剃らぬままやってきたりする者が現われたが、そういう人間はむしろ不評で、結局は光沢バナナ形の中からわずかな差、たとえば尻のほくろがキュートだったとかうんこコーンが混じっていたとか、そういう些細な差によって内定者が選ばれることの方が多かった。そういう現状を嫌い、ためしに細いうんこ出してみてよ、などと無理な要求をなす面接官まで最近はいるようだ。

 こういう旧態依然とした面接に対しては、社内でもしばしば批判されている。うんこ面接はもう限界なのではないか、そもそも東大卒うんこ理想的でも働かせてみると無能だったりするではないか、と主張する重役もいる。しかうんこ面接を支持する声は根強い。言葉はいくらでも誤魔化すことができるが、うんこだけは当人人間性を証するものとして否定しがたい説得力を持っている。就活を通じて自分うんこを見つめ直せるならばそれもまた成果ではないか。というのがうんこ面接支持派の挙げる主たる理由であるしかし本当のところは違う。自分過酷なうんこ面接をくぐり抜けて入社してきた、それが今の自分に繋がっている、という社員の思いが、うんこ面接否定を避けさせているのである

 こういうわけで、うんこ面接がすぐに無くなるということはないであろう。就活は恐ろしい世界だ。

2016-12-27

今年投稿した増田ブクマランキング2016

1位 お焼き屋で隣の女子高生が言っていたこと 733ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20160520221713

2位 昔くのいちを助けたことがある 547ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20161013184229

3位 はま寿司にて 380ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20160908231225

4位 海鮮丼問題 312ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20160104222245

5位 携帯電話CMってどうしてああなっちゃったの? 309ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20160212235259

6位 黒柳徹子が書いた「桜」279ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20161203220850

7位 SFファンの友人が言っていたこと 216ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20160115003658

8位 せめぎあう感情 198ブクマ

http://anond.hatelabo.jp/20160115000640

9位 昔の統合失調症 194ブクマ

URL割愛

10位 40年後増田はどうなっていると思いますか? 104ブクマ

URL割愛

 おわりに

今年もたくさんのブクマ、意を汲んだ当意即妙ブコメありがとうございました。また来年増田で。

ちなみに去年は

http://anond.hatelabo.jp/20151125184644

ID:Re-KAmさん、URLの間違いのご指摘ありがとうございました(というかいつもブクマありがとうございます)。一年もかかってしまいましたが修正しておきました。

2016-02-28

死霊術師井上

死霊術師としてのすべては、今は亡き祖母から伝習した。大学では文学部に進学した。これはもともと歴史学に興味があったことと、死霊術師としていつか遭遇するかも知ない事態に備えるためだった。

大学3年生の終わりころ、死霊術師としていよいよその事態を迎えることになった。

ある日テレビを見ていると、旅番組のようなものがやっていて、滋賀県西部の山林地帯をいつも見る芸能人が歩いていた。何の変哲もない番組だった。しかし、テレビを介しても充分過ぎるほどに、死者が放つ霊の波動が伝わってきた。もちろん、普段生活していてもその種の死者の波動を感じることはある。霊波は一般に、腐ったり火葬したりして身体が失われると弱まる。またたとえ身体があっても、時間経過によっても霊の波動は弱まる。人間やその他の生き物は、その場にとどまろうという意志を長くはもちえないのだ。恨みだとか、一般に強そうと言われる意志ですらそうだ。こういうのは仏教的に言うと成仏していくってことなんだろう。魂は残らない。めったには。

テレビで知った、滋賀県の霊波は別次元と言えるほど古く、そして強力だった。おそらく、亡骸がある程度そのままの、古い死体があるのだろう。そして、強靭意志21世紀でも保っている。

死体と強い意志。これが重要だ。死者蘇生の用件を満たしている。そしてかなり古い。

腕試しにはちょうどいい。見つけてしまったらもう止められない。死霊術の行使者として、その興味関心を止めることはできない。

祖母から習った作法で、霊波の質から霊が生きた(死んだ?)時代のおおよその年代を感じとった。520年+-30年前くらい? 手元の『日本史辞典』を紐解く。室町後期? 手が震える。研究室で『国史辞典』にかぶりついた。

その頃の近江一般に長享・延徳の乱と呼ばれる動乱期にあった。守護六角氏討伐のために将軍足利義尚が長く近江に陣を設けていた。どうやら死体はこの時期のものらしい。

私は大学研究室院生の先輩に聴いてその時期の文献を学んだ。また隣りの言語学研究室国文学研究室に行って、室町時代言語やその発音について質問した。かなり難しい。筆談の方がいいかもしれない、と祖母アドバイスを実感をもって思い出した。まさか室町期の死体に会えるなんて。せいぜい行って天保期くらいだと思っていた。古い死体なんてもの時代を遡るにつれて加速度的に少なくなる。祖母明治4年に死んだ男の死体蘇生したことがあると言う。これでもだいぶん古い方だ。室町期の死体なんて、祖母からもきいたことがない。後で聞けば、先輩方は私が卒論室町時代後期を扱うから一生懸命調べていると勘違いしていたそうだ。


春休み近江に旅した。大きなスーツケースを持って。蓬莱なんてお誂えむけの地名だ。山の方に入っていく。山は静かだった。ほどなくして現場に到着した。霊波は強い耳鳴りのような形で私の身体に具現する。こんな古くて強い霊波、他の死霊術師が気付かなかったのはちょっと不思議だ。まぁ波長が合う、合わない、はかなり厳密だから。私にもってこいのチャンスなのだ。私は女ながらオリエンテーリング部で体を鍛えていたから山歩きは結構得意なのだオリエンテーリングなんて全然興味が無かったんだけど、新人歓迎コンパで迎えてくれた先輩方の雰囲気がすごく良かった。サークルでは、大学生なりだけど、人との付き合い方、間の取り方を学べたと思う。高校生の時にはあまり意識できなかった、人間(じんかん)の距離感や発話。

山道から沢に下りる。死体が残った理由が、何となくわかった。日本では死体はすぐ腐って亡くなってしまう。しかし沢下にはぽっかりと、知られざる洞窟が顔をのぞかせていた。多分ここに死体がある。相違ないだろう。もしかしたら近年はずっと埋まっていて、最近になって地震などで再び穴が地表に現れたのかもしれない。だから今まで波動に誰も気づかなかったのかも? 洞窟は沢が近く低温が保たれ死体が保存されたのかも。あるいは永久凍土なんかがあって風穴で涼しいのかも。ま、これを考えても詮無い。とにかく、死体があるのは明らかなのだから

ひんやりした洞窟に足を踏み入れる。かなり急だ。いよいよだ。震えるほどだ。周囲には驚かれるけれど、死霊術の技術は、実は私にとってはとても簡単なものだ。血も継いでいるし、祖母と言う佳き師もあったから。祖母もいっていたことだが、基本的死霊術師は技術的な部分はそんなに問題にならない。むしろ重要なのは、死者と会い、契約する時の対話の仕方だ。死者が生きた時代言語常識を、こちらが把握してしっかり対話せねばならない。そうしないと蘇生に応じないこともあるだろうし、蘇生したい旨すら伝えられないこともあるだろう。死霊を怒らせてしまっては、あるいは成仏させてしまっては元も子もない。死霊術師の実力はここで決まる。このことを上手くやるために、私は大学では文学部へ行ったのだ。もし死霊術師に生まれなかったら、稲の光合成研究をしに理学部農学部へ行きたかった。

洞窟の奥にややひらけた場所があり、その壁によりかかるように木製の箱型の人工物が見える。…ああ、かなり古い牛車だ。小八葉の牛車? 公家が移動手段として用いていたもの。八葉の大きさ、小さい? 大きい? これで身分が大体分かるのだが…肝腎の大きさが、大きいのか小さいのかわからない。そんなの文献に載ってない。牛車なんて初めて見るんだ。そもそも近江に牛車。やや不可解? 足利義尚近江出陣の際には公家近江まで出向いたというから牛車できてたのか? それにしたって牛車で近江まで行くの? なにもかも自信が無くなってくる。

これではだめだ。祖母の言によれば、まずはその人をそのまま、そのままに感じるのだ。先入主観は退けるのだ。牛車の文様が大八葉だろうが小八葉だろうが、なかに居る主こそを見るべきなのだ

精神を澄ませる。霊とは頭の中で会話する。結局、『太平記』のテキストをメインに準備を進めていた。『太平記』は南北朝時代を描いた軍記物で、室町後期には往来物として身分を問わず人々に広まっていた。死体教養がいかほどであっても『太平記』の語調なら大丈夫ではないか、と考えた。とうぜんテキスト変わっているんだろうけど…。

太平記』の文法で私は語りかける。

「私はあなたよりも後世を生きる人間で、その間に人間が語る言葉も変わってしまった。この言葉あなたにどの程度通じるか私にはわからないが、どうか話を聞いてほしい」。ここまでテンプレ国文学研究室富田先輩ありがとう

…牛車がガタガタと動く。御簾が超自然的な動きを示し、内の暗闇をあらわにする。お化けが怖い人はびっくりするんだろうけどもちろん私はそんなことはない。打掛の裾が見える。小袖が二重? そして茶色く干からびた手のひらが…暗くてよく見えない…が、死者に話しかけた段階で幽界との淡いが生起し、この世ならざる強烈なイメージ五感以外から五感を経由し認知される。死体は髪の長い公家女性が見える。平安時代のオカメ十二単イメージがあるけど、それより軽装だ。でも相当めかしこんでいる。この時代人間は小さいしガリガリだな。さぁ、いよいよだ。頑張って蘇生素体になってくれるよう語りかけよう。

「…私の寂滅からどれくらいの時間が経過しまたか?」むむ、なんとかこれくらいなら聴き取れる。うほっ、「太平記読み」専攻の坂田先輩ありがとう! 高校非常勤やりながら大変でしょうけど博論頑張ってください。

「五百有余年でございます。『太平記』を読んであなた時代言葉を学びました」「…私も『源氏物語』で古の言葉の遣いに触れました。」「実は、…今日あなたお話しがあって武蔵国から参ったのです」いよいよ本題だ。

あなたは強い心をお持ちで五百有余年をお過ごしになられました。そして幸いにしてお体も崩れず残されております。私はあなた精神と身体とを結び付かせ、再び現し世に復することができます。再び洞窟の外に出て暮らしてみるのはいかがでしょうか」

「たしかに私はまだ黄泉の食物を口にしておりませんね」さすが公家の娘だけある。当意即妙にこたえねば。「私なら黄泉比良坂をあなたを連れて戻ることができます。」「どうして私を選ぶのです」「あなたのように長らく意識と身体とを保つ例はめったにないことなのです。」実はこれはあまり理由になっていない。死霊術師の衝動説明するには、私には言葉が足りない。彼女が尋ねる。

「当時(筆者注:ここでは現在の事を指す)は死者を供養する作法は未だ仏式を用いますか?」意外な質問だ。自らの供養を望んでいるのか? 「ええ、大分形はかわっておりますが仏の教えは今でも通用しております」「ならば既に死んだ者を私なりのやり方で供養して、意味があるということですね」…あやうく意味を取り損ねるところだった。ちょっと不可解な質問だ。彼女は何を考えているのか。彼女の事を深く知った今になって考えると、これは彼女なりにかなり考え抜かれた、ある種の哲学のようなものだった。彼女の培った供養の作法。そのルールがもし現代で途絶えていたら。つまり仏教現代に伝わらなくて、もし私たちが何か違う祈りの作法で死者を弔っていたら。きっと彼女蘇生に応じなかっただろう。彼女の知っているルール現代でも供養ができる。これが彼女にとって重要だったのだ。

「私は京都六角富小路邸宅がある公家(筆者注:ここでは「こうけ」って読んでね!)に生まれました。大乱(筆者注:ここでは応仁の乱を指す)の後の騒擾の世でありますから、私は近江根拠にする武家の御仁に嫁ぐことになりました。いよいよ渡嫁のとき、牛車が谷に落ちて私は命を落としたのです。嫁ぐことが決まってから武家奉公人生活が如何様であるか、主人が如何なる稟性を持つのか。和歌は読めるのか古典は存じているのか。いつも想像していました。」死霊術師の常識から考えれば、それだけでここまで精神は保てない。私はほとんど確信をもって尋ねた。「もちろんそれだけで想いを保つことはできなかったでしょう。どうして。」

彼女はここで初めて表情を私に感じさせた。「実は洛中で一度彼の人をお見かけ申上げたことがあるのです。私の生家は上って四位の家柄ですから、ふらふらと外にでてもあまり咎められることは有りませんでした。ある日京師が物騒になり武家の人が20騎ばかり邸宅の前を過ぎりました。颯爽と武者を連れていたのが、後々判ったことですが我が主人となる方でありました」え? それだけ。うーん恋愛感情ってわからないけど、そんな単純な感情で何百年も持つのかな? 単純だからこそ長持ちする? わからんね。すると彼女が続ける。

「死んだあとはずっと新しい生活の事を考えていました。武家生活。今まで見知った知識や噂話全てからひとつひとつ、未だ来ぬ時の先をずっと、ひとつひとつ限りなく。一日の起きてから寝るまで衣服の糸先から世情に至るまで。とにかくひとつひとつ。世に現れるであろう現象をすべて想像しうる限り、ひとつひとつ。彼や周囲の人間との交わされたであろう会話をひとつひとつ。彼の人とのありうべき時と出来ごとの全てをひとつひとつ想像していたのです。そうしたら、ええと、五百有余年過ぎ去っていたというわけです。」そうして彼女は莞爾した。私は一発でこの女性を好ましいと思ってしまった。こんな偏執的で叮嚀な思考回路を持った人があるだろうか。この人なら。彼女21世紀平成の世の中で夫となるはずだった人の菩提を弔わせたり、あるいは彼の一族についてその後どうなったか調べさせたりすることは、彼女の心性をおそらく負に傾けることはないだろう。ひとつひとつ彼女には想像したことの自分なりの答え合わせをしてもらえたら。私がそのお手伝いができたら。ちょっと勝手か。とにかく、この人なら大丈夫だ。

好奇心イマジネーションとを併せ持って、平成の世まで意識を有した五条顕子姫の死体は、その意識と共に、こうして私の赤羽マンションにやってきた。

2015-10-11

NHKSONGSゲスの極み乙女特集をやってるわけだが

結成秘話を語る際に、もともと彼らが所属していたバンドのことがバッサリと捨象されていた。

ボーカル絵音休日課長インディゴラエンド。いこかはマイクロコズム。

ちゃんまりしらねーが、彼らの生い立ちをバッサリきっちゃったんだよ。

これはやっちゃいけねーと思うと同時に、悲しくなった。彼らのこの番組への構成への認識に、悲しくなった。

ゲスの極み乙女というコンセプトはこの21世紀も十数年が経過したこのJPOPの地平に本当に当意即妙に馴染んだ。

馴染んだ。馴染んだんだ。それはいいのだが、それまでには曲折が絶対にあって、それがインディゴラエンドでありマイクロコズムであり、そこで彼らが演出していたキャラクターなりイメージなりだったはずだ。その積み重ねの先にゲスに極み乙女があったはずだ。なのに、それはもう捨て去ってしまって、いまNHKSONGSをやっている。それが悲しい。ことさらに悲しい。

公平を期すために(?)、私の年齢を書いておくと今年30になる。ゲスの極み乙女に注目するにはいささか年を取り過ぎている。でも彼らがそれぞれ元いた環境でやっていたことが、面白い具合にコラボレーションしてキラーボールという曲が生まれて、それを聴いた時、私はそれに感動したのだ。平成の初めくらからバンドを聴いてヒットチャートを追って、インディーズにそれなりにそれなりに目を向けて年を取ってきた私が面白いと思ったのだ。それはとっても嬉しいことだった。

それが今見たら、その歴史性というか時の経過がばっさり捨象されてしまい、そこには「今」しかなくボーカル絵音が何か知らんが若い人に何か言っていた。これほど空虚なことはない。彼らはそうした過去を塗りつぶしてゲスの極み多めというスタイルを表出しているが葛藤は無いのだろうか。いや絶対にあるのだろうが、それを乗り越える選択をしたからこのようにNHKで振る舞っているわけだ。蓋をして頑張って、若い人になんか言ってるわけだ。もちろんこの選択に是非を問いたいわけではない。ただこの様態が悲しい。ただそれだけだ。

2015-09-16

診断したら自閉症スペクトラムだった

自分でいうのも何だが、昔から学校勉強はできた方だが、コミュスキル的にはうまくいく時とそうでない時の差があった。例えば、クラス担任ベテラン同級生たまたま気の合うメンバーが数人いる場合は、学級委員をやったりしたりもするが、周りとうまくやれない年の場合友達が本当にいなくて休み時間もボッチで、机に突っ伏して寝たふりしてるみたいな。何となく大学院に行き、ものにならなくて、拾ってもらえたところに就職した。就職先で相手も見つけて子供にも恵まれた。でも、なんか変わってるよねということを、自分出身大学に絡めて揶揄されることも多く、まあ自分としても俺リア充じゃないですから、ぐらいの認識ではあった。

この前、ふと思い立ってネットで簡易的な自閉症診断をしてみたら、自閉症スペクトラムだという結果だった。自閉症スペクトラム、すなわちアスペルガー傾向の人間だとわかった訳だからサラリーマンをする上ではいくつか気をつけていることがある。

会議には極力1人で行かないようにしている。会議の場での発言から、各参加者が不満に思ってることを空気として感じ取ってフォローする、みたいな事がうまくない。また、うちの会社会議議事が悪いのが原因でもあるのだが、何が決定して何が決定しなかったのかもよく分からない。コミュスキルが高くて出世している同僚はそこら辺がうまいのだが、自分にはできないので、他の人に助けてもらうようにしてる。

資料作りやプレゼンの時はくどくなり過ぎないように気をつける。参加者理解度に合わせずに長々とやり過ぎてしまわないように、粗筋を決めた時点で、同僚に見てもらっている。たぶん、回りくどいやつ、ではなく、丁寧なやつ、という評価を貰ってるとおもう。

何か言われた時の想定問答やシナリオを用意するようにしている。当意即妙な受けごたえというのが苦手なので、予測できる範囲で極力受け身の準備をしておく。大抵できなくて、アワワってなるけど。

会話の途中で何かを言いたくなった時には気をつける。ブワッと語り出す痛い人にならないようにする。これはなかなかうまくいかなくて、夜寝る前に思い出してアチャーってなる。

残念だが広い付き合いは諦めている。人をいらっとさせる事が多いようで、親しくなりかけの時にスーッと周りから人がいなくなることがある。自分ではなんとかしたいと強く思っているが、実は対処法が見つからない。少数の長く付き合えている友人を大事にしようと意識している。

2015-08-19

この前、就活最後面接だった。

これで決まると思うと緊張したけど、質問にも当意即妙に答えて良い感じな気がしてた。

そんな中、おじいちゃんと言うのがふさわしいくらいの白髪おっちゃんがおもむろに一言




「キミさ、エントリーシート資格欄に普通自動車運転免許MT限定]って書いてるけど、限定なのってATじゃない?」






やっちまったぜ!



「あっ…えっ…あっ…………そうですね……今気が付きました…………」







小笑い頂きました。

2014-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20140518182143

こういう教養ある返し方がすぐにできる(当意即妙?)になりたいです。

2014-04-29

左翼愛国イメージしにくいことについて

私は中学三年生の男子です。釣りっぽいですかね。

ネット増田をやるくらいにはほどほどにブラウジングしています

ネットでよく言われる左翼的イメージの中に、愛国心イメージしづらい点について増田質問します。

左翼 反日 理由」などで検索してもあまり要を得なかったのでここで解りやすい説明に出会えたら、と勝手に思ってます

どうして左翼反日イメージが定着しているのでしょうか。

これはネットの中だけなのでしょうか。

フランス革命のことを授業で習ったとき先生が言っていた右翼左翼意味が、何百年も後の現在日本にそのままあてはまらないのはわかります

でもどちらも国がどうあるべきか捉える道筋であるのは変わらないと思います

この辺り、よくわからないのです。

子供受験に向けて黙って勉強してろ、と思うかもしれませんが、当意即妙な答えがある方は、是非教えてください。

2014-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20140319104909

日本史学専攻の私に言わせれば、旧かな遣いクラスタ文章表現はだいたいダメ

単純に漢字正字に改めたり、昔風の表現にしたり、「ゐ」とかを使っていれば昔の日本語表現になるかと言えばそうではない。

江戸明治大正昭和戦前期と旧かな遣いも段々と変化しているし多分地域的な部分でも違いがある。

新聞表現小説表現、その他公文書表現など色々あるだろう。

他に中世公家日記に特徴的な日本漢文とか、本当の漢文似て非なる文章表現(だからこそ本当に日本なのだが)とかもあるけど

これらの妙をどこまで感じとれているか

旧かな遣いクラスタはここんところ全然ダメで、自分バーチャル過去への憧憬のみを担保として文章を書いている。

ほとんどの旧かな遣いクラスタがそうだ。いわば言語オナニーだ。

特定時代文章表現に通暁して、当意即妙にそれを21世紀現代活用できる人間は本当に一握りだ。

しっかり勉強して書かないと、それを少しでも勉強した人から見たら「変な文章書いてるなプゲラ」と思われてしまますよ、という話だ。

2013-12-23

高橋愛ちゃんのこと(追記あり)

id:Beaufortといいます

普段日記を書いていないのでこちらに。


「小娘のつれづれ」さんの、

「やっぱ1回だけはっきり書くよ、高橋愛の結婚報告は悲しかった」 - 小娘のつれづれ

およびその記事に対するブコメを見た感想です。


この記事は少なくとも、一部のブコメにあるような、

アイドル結婚のもの、すなわち、疑似恋愛というフィクションを壊された、と批判するような意図はないでしょう。


それは冒頭の


恋愛しててもよかった、

結婚する事自体だって別にそれはよかったんです。

ただ事実として、10年もアイドル生業としてきた一人の大人として、

この件に関する彼女のファンへの対応は、あまりにも不誠実だった。」


というところから明らかです。


そもそも愛ちゃん結婚について結婚のものにショックを受けている人はそれほど多くない気がします。

批判の対象は、結婚相手の選び方やこの記事のように情報公開の仕方にあるでしょう。


愛ちゃん結婚のものを批判する人が少ないと予想する理由は、27歳という年齢もあるのですが、

娘。の現役時代からアイドルとして扱われることをあまり是としていなかったことがあります

ブログアイドル風ではないですし、服装も男性受けするものではない。

一つ一つの発言からしても、疑似恋愛幻想を懐きにくい。

疑似恋愛の対象としてのアイドル、という点で見れば、愛ちゃんは有能だったとは言いがたいと思います


それでは高橋愛の才能が何かといえば、ステージ上でかっこいいモーニング娘。を見せる、というその一点につきます

彼女が歌とダンスクオリティが飛躍的に向上した「プラチナ期のパフォーマンス」を牽引したのでした。


もっと愛ちゃんステージ以外のことに無頓着でした。

少なくとも当時私からはそう見えました。

とりわけ、バラエティでの当意即妙な受け答えは望むべくもなく、

その結果、ファンは

「これだけのパフォーマンスをしているのだからテレビなどで活躍する必要はない」と考えると同時に、

もっとテレビ活躍すればこのすさまじいパフォーマンスが世に知れ渡るのに」、

という忸怩たる思いを抱えていたように思います

パフォーマンスが向上すればするだけこの内心の矛盾は大きくなってゆく。

(それと同時に事務所レベルでなんとか出来る問題では無いのかという疑念もあって、

ファンはアップフロント敬愛といらだちを込めて「糞事務所様」と呼ぶのです)


愛ちゃん結婚についてのこの微温的な反応は、

おそらくこの延長線上にあり、

どん底の時期からパフォーマンス集団としてのモーニング娘。再生させた高橋愛の偉大さと、

それにしても公表の仕方は他にあったんじゃないかという情報戦術のまずさとがないまぜになって、

いろいろなものが(自分も含めて)心のなかでぷすぷすしているということだろうと思います

(追記)

b:id:JuliusCaesar さん

「それよりお笑い芸人を見下しているのではないかという疑いがあって、私はお笑いファンとしてそこに敏感になるのだ。」


しかにそこは同意で、しかし、逆にそれもなんだかいじりにくい感じから来ているきがするのです。

愛ちゃんの選んだ人だから」と必要以上に「良識的」であろうとするためになんとなく貯めこむものが増えている気がする。

ヤンタンさんまさんのごとくいじり倒せる方が敬意は表せるんでないかと思います

もっともそれは芸人さんに対してテレビの向こうの「一般人」がどういう態度を取るべきかというまた厄介な問題が介在するので確信は持てないけれど)


おいあべこうじあべこうじの分際で愛ちゃん結婚するとは何たることか

愛ちゃんの好きになった人だから許してやるが、

愛ちゃんを泣かせたら許さないぞ。

あと、愛ちゃん仕事の足手まといになるなよ。


愛ちゃん、本当におめでとう。

2013-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20130822103843

本当、はてなー頭でっかち世間からずれてるなあ

吉本芸人が言ってるからみんな真似してるだけだよ

会話が当意即妙で、一緒に話してて楽しいから相方なんだよ

そこはまず踏まえないと議論が始まらないでしょ?

頭でっかちの皆さんにおかれましては、まずそこを認識して下さい

低学歴TVタレントの真似してる、と捉えてもいいから、理解して下さい

その上で、ボケツッコミキャラ付けによるコミュニケーションで規定される若者のロールプレイ人間関係、とか難しいこと言い出すのは別にいいんだけどさ

最初からクィア理論とやらで切りに行くフェミニズムはいい加減にして下さいよ

きちがいさん

2013-05-31

社会人2年目。自分を変えたい。

社会人2年目。

年度末の繁忙期を何とか乗り越え、ひと段落

6月を迎えようとしている今。

仕事へ行くのがつらい。

夜中何度も目が覚め、寝付けない。

ぐっすり眠れないから疲れがとれず、仕事ミスが増える。

週末は引きこもり、ほぼ寝たきり。

そんな状況を親に救い出された。

完治しかけていたうつが悪化したとの診断で、SSRIの量が一気に増え、導入剤も飲むようになったおかげで、なんとか休まず出勤している。

でも、覇気がない。

部屋はぐちゃぐちゃ。

週末は人に会うのがつらく、風呂に入るのさえ面倒でずっとベッドにもぐって寝ている。

職場病気相談できる人は誰もいない。

隠し通すしかない。

近頃、ガチ孤立しはじめて焦っている。

飲み会に誘われない。

雑談の輪に加われない。

ランチはだいたい一人。

仕事終われば直帰。

いつからこんな毎日になったんだろう。

こんなはずじゃなかったのに。

入ったころは大好きな職場だった。と思う。

いつから歯車が狂っってしまったのか。

周りの2年目たちは、仕事に慣れ、職場にも慣れ、同期・同僚同士でどんどん仲良くなっている中、

ひとり取り残されている自分

焦る。

でもどうしたらいいのかわからない。

自分の中の「二年目のジンクス

新しい環境になって2年目からおかしくなる。

中学も高校も大学も、全部そうだった。

新しい環境になるたび、今度こそと思って頑張るのだけど、

やっぱり2年目には思うようにいかなくなる。

今度こそ、うまくいくはずだった。

社会人1年目のスタートは、良すぎる程良かった。

係長はいつも私に声をかけてくれ、先輩たちも手取り足取り。

専属トレーナーさんもついていて、とても心強かった。

私の唯一の長所は、人見知りをしないところ。

なので、最初からがんがん飛ばしていけた。

200人近い同期にも積極的に話しかけた。

係にもすんなり溶け込めたように思っていた。

同期の誰よりも組織に馴染めているような錯覚さえしていた。

一方、同じ係に一緒に配属された年下同期は、かなりの人見知りで、最初は私以外とはほとんど話せない位だった。

いまではまるで逆転だ。

あれほど人見知りだった彼女が、いまでは係のアイドルである

彼女の周りには係長も先輩もみんな集まる。

私の周りには、人がこない。

彼女がいると輪に入れてありがたいなんて、本当に情けないけど事実からしょうがない。

仕事以外で、上司や先輩からしかけられることはほとんどない。

同期とはかろうじて話す程度だ。

別に仕事に支障はそれほどない。と思う。

あいさつ・報連相・お礼といった当然の行動派きちんとしている。

いやがらせをされたり、いじめられたりしているわけでは勿論ない。

表面上は和気藹々としているように見えるかもしれない。

でも、周りとくらべて私に対する態度はみな少し、とげがあって冷淡だ。

小さなミスでもここぞとばかりに注意される。

仕事最後まできちんと教えてもらえない。

新しい仕事はまったくさせてくれない。

そもそも話しかけられない、これが一番つらい。

仕事が多い日はいい。

余計なことを考えずに、ただ目の前の仕事をこなすだけでいいからだ。

から繁忙期はまだ良かった。

これから秋まで、毎日、針の筵かと思うと絶望する。

雑談は小さいこから苦手だった。

相手の言葉自分なりの反応を返すのだが、「?」という顔をされることが多い。

感覚がずれているという自覚はある。

集中すると自分しか見えなくなることも多い。

自己なのだろう、と思う。

でも人の話は積極的に聞くようにしているし、

笑ったり、うなづいたり、笑顔あいづちもうっている。

ウマが合わないだけじゃないか?とも思った。

特に、定年間近の大先輩♂とはことごとくうまくいかないので、これはもう

相性だから仕方ないかな、と。

けれど、うまくいかない相手が明らかに多すぎる。

特に、50代の♂先輩方と、うまくコミュニケートできない。

嫌われはしていないにしても、好かれてもいない。間違いなく。

係長課長部長といった、組織の実権を握る彼ら世代に、

嫌われはしないまでも、「好かれにくい」体質の私は本当に損。

なんとかならんものか。

横柄な態度なのか?

自分がどう思われているのかまったくわからない。

仕事プライベートを割り切れば、それは楽だと思う。

でも、そこまでドライにはなりきれず。

もっと好かれたい。

もっと周りとの距離を縮めたい。

職場の人たちに会えるのを楽しみに、毎日仕事にいけたらどれだけ素敵だろう。

そうなるはずだったのに。

原因は自分にある。

会話、というか、トピックがとびとびに移り変わり当意即妙な返答が要求される雑談が私は本当に苦手なのだ

いつもこのパターンを繰り返してきた。

内気で一人が好きな自分のすべてを根元から変えることは、多分できない。

でももう少し楽になりたい。

雑談への苦手意識

・壁を作らない

・ずれた感覚ごまかそうとしない(どうぜばれる)

ひとりランチさびしくてしかたないのに、平気なふりをしない

光を求めて、

自分の小さな箱から脱出する方法」を読んでいる。

認知の歪みを治す、認知行動療法の本も。

すぐ死にたがるくせに、あきらめきれない往生際の悪さ。

今が正念場。

もう少しでいいから楽に生きたい。

 
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