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はてなキーワード: カテゴリとは

2019-05-20

ガチ恋言葉呪詛自己陶酔が楽しくてもそれはファン活動ですら

ガチ恋勢はファンですらない───とまでいってしまうのは厳しすぎるしアイドルでも芸能人でもお水のお姉さんでも何でもいいけど、応援活動を続けているうちに"本物"の恋愛感情に至ってしまうことってあると思うしそれは生理的現象だ。

私見だがファン定義するなら応援活動をしている人のこと。さらに補足すると外に開いた応援活動をしている人のことだと思ってる。「ファン」とは言葉意味では「好きだ」という意識だけでも成立するみたいだけど、例えばお金を落とすだとか素晴らしさを発信するとか外に開いた応援でなければ推しに対して意味がないというか還元されないと思う。在宅や自己満足で完結していることが悪とは言わないが、推し活躍幸せを望むのならどれだけ間接的にせよ何らかの形で世界に対して発信していくべきだ。いつまでもいると思うな親と推し。好きを発信してけ。

だけど───ガチ恋イキリだけはするんじゃねえ。

そもそも芸能人など特別カテゴリ内にいる人とそれを囲む人たちの接点はその人の"活動"を通してでしか得られないものだ。"仕事"といった方が分かりやすいかもしれないがそれは絶望的な言葉の響きだな。

例えばSNS上や接近イベント等においてそういう距離感を超えた領域でのやり取りや、私信を与えられてしまったと勘違いしてしまった時にこそガチ恋に"至って"しまうのだと思うけど、それはどうしようもなく"活動"の一環に過ぎない、システムの一環に過ぎない。推しが一ファンに対して"本物"の愛を与えてくれたとしてもそれはファンとしてのあなたに対するものなので、それを享受する限りあなたファン領域から脱することは出来ない。

芸能人ファンに対して私人としてのやりとりをすることは前提としてあり得ないにも関わらず、個人的私信に躍起になってしまったファン応援活動破綻していく。ガチ恋が行き着くのは推しが売れること・人気者になることよりも自分だけのものになることに固執することに他ならない。自己顕示欲に溺れていく君は推しにとってどんな存在だ?

ガチ恋自体が駄目なわけじゃないしそれは生理現象だと冒頭で書いた。要は周りの人や本人にまで届く勢いでガチ恋をイキることが醜悪自己陶酔であり呪詛なのだもっと対象を広めて言うと、コンテンツ等に対して自分の好き度合いや知識量・愛の重さでマウントをとりたがる奴らはもれなくガチ恋同様の危うさを兼ね備えているよ。

ガチ恋をそっと胸の内に秘めさせたり身内でちょっとふざけてイキるくらいは人生の彩りになると思うけど、その重さを本人や周りの人間押し付けイキり散らすようになったらそれはもう呪いだ。相手気持ちより自己気持ちを優先する自己陶酔だ。推しが羽ばたいていくことより重さで縛り付けることを選ぶのか。冒頭で述べた応援活動とは対極的な内に閉じていく活動だ。

ガチ恋豪語しイキっているお前が好きなのは例えば"アイドル"であってもその人そのもではない。アイドルを愛したつもりになっているのかもしれないがその人自身を愛する以前にその人そのものを目にする機会すら存在しないのだ。そういう奴こそ推しの全てが好き、全てを受け入れられるとか抜かすのだろけどそんなもの人間の営みではない。神か??いやいやいやいやまてまてまてまて控えめに言ってウンコだ、聖母マリアの乳でもしゃぶってろ。まず人間になるところからはじめよう。猿は人間になり文明を発展させてからはじめて偶像を崇拝するのだ。

ガチ恋オタク他界する時の呪詛言葉は「裏切られた、理想と違った」だ。

理想と違う所があった?当たり前だそれが人間だ、それが人生だ、お前が好きだったのは理想偶像しかなくはじめから人間など見てはいなかった、理想を抱いて溺死しろ

そんなガチ恋呪詛イキりのオタクが日々生まれタタリ神に落ちる現実が恐い。黙れ小僧、お前に人を愛せるか。人を愛せないお前が主人公になれるわけないだろ。「もののけ姫」でいう遠くから石を投げてるだけの猩々(チンパンみたいなヤツ)ポジションだ。ファンなら慎ましく推しを輝かせ、導け。俺たちはこだまだ。サンがどれだけ魅力的で可愛くても俺たちはアシタカにはなれない。自分が100分の1、10000000万分の1の存在であることを認めろ。スクリーン越しの映像から自分の手元に視線を戻さない限り自分物語ははじまらねぇぞ。将棋指してる場合じゃねえ。

推し結婚した時はファン一同でおめでとうを伝えればいいと思う、そしてそっと泣くべきなんだ。個人名義では出したくないな、その重さは呪いになる。

2019-05-19

一応、クルマ安全性についての相談

最近ブレーキアクセルの踏み間違え事故世間は大騒ぎである

そもそもクルマは無条件で運転させることは到底不可能な程度に危険ものであり、免許を設けることでなんとか社会で受容できるレベル事故率を下げてきたという、歴史的事実を痛感させられる。


そんなクルマ世界だが、公道を走るクルマとは別次元危険なのはレーシングカー世界である

特にフォーミュラカーあるいはオープンホイールと呼ばれる競技専用車は、割と最近まで文字通りドライバーの血で染まった歴史だった。

たとえば1970年代F1なんて、

という有様で、参戦ドライバー25人中、毎年平均して2人が亡くなるという、職業としてみた場合もはやブラックなんてレベルじゃない状態で、それこそ命よりも大事な何かがある人か、それくらいしか能力適性がない可哀想な人以外には、とてもオススメ出来なかった。


そんな時期から気がつけば半世紀近く経ち、現在ではかなり死亡リスクは軽減された。

特にF1については1981年に初めてカーボンモノコック製の車体が登場してからの進展はめざましく、死亡事故も数年~十数年に一度くらいに激減した。

しかし、依然として危険はある。しかフォーミュラカーアイデンティティというか、本質的危険性が未だに解決されていない。


ちなみにフォーミュラカー定義は大雑把に言うと

  1. コクピット露出している
  2. タイヤ露出している

以上の点を満たす、舗装されたコース専用の競技車両ということになる。

というか、これに当てはまらないものフォーミュラカーではないと言い切れるくらい、本質的な部分だ。

そして、この点が依然として重大事故のリスクとなっている現実がある。

すなわち、それぞれ

  1. ドライバーの頭部を守るものヘルメット以外存在しないので、衝突時の危険はもちろん、飛来物に当たるだけで重大な受傷事故に直結する
  2. 走行中、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけで、後続車が宙を舞う大事故に直結する

このうちコクピット危険性については、最近Haloと呼ばれる、コクピットを環状にバーで囲む防護装置(バーチタンもしくは鉄製)の装着が義務付けられる流れになっており、これでかなり解決しそうである

しろ過去には、自身クラッシュで飛んだ破片が頭に刺さって亡くなったアイルトン・セナや、更には宙を舞ったマシンが真っ逆さまのままガードレールの真上に落ち、ドライバーガードレールに切り裂かれて真っ二つになったとか、ガードレール真下マシンが潜り込み、ガードレールによって文字通り首を刎ねられたとか、インディカーでは宙を飛んだマシンコクピットから金網に突っ込みドライバーもみじおろしになった事例もあるのだ。

どれも頭部を防護する仕組みが車両側にあれば…と思わずにいられない。


というわけで、残るは「タイヤ露出しているため、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけでマシンが宙を舞う」問題だ。

というか上述の例だけでなくかなりの数の死亡事故が、オープンコクピット危険性にオープンホイール本質的特性が合わさったケースだったりする。

もちろんそこはプロドライバーレーシングカートの時代からタイヤ同士の接触危険性を叩き込まれて育ってきた事もあってか、ドライバーの工夫によって滅多に起きない事例である

しかしひとたび起きれば、入門カテゴリレーシングカートでさえ死亡事故の原因になるのだ。

これ、物理特性絶対回避できないのだろうか。

何か防ぐ手立てがあるのか、とても気になる。

2019-05-17

anond:20190516233552

制作側の意図したターゲットではないし、制作からみたら迫害側とかマジョリティとか、そういうカテゴリに属してる引け目かなと思う。

黙ってお金払ってコンテンツ楽しんでいる内はきっと黙認してくれる。

2019-05-14

ロリペドってのは異性愛者、同性愛者、両性愛者のそれぞれに含まれるサブカテゴリ―ってのが分かってないやつが多いな

2019-05-07

私は薄情なんだろうか

人生何も楽しいことがないと嘆く旦那がウザくてしょうがない。

私はとても多趣味で、世の中に存在するありとあらゆる「趣味」と呼ばれるカテゴリ行為をだいたい一通り楽しんでしまう。

普段フルタイムで働いてるので就業後のお楽しみだが、ゴールデンウィークともなれば、普段出来ないような時間がかかる趣味や下調べが必要趣味趣味友達との交流で忙しく、家事ももちろんこなしつつ日中趣味時間たっぷり取ってリフレッシュした…はずだった。

なぜか、旦那がキレだすまでは。

掃除洗濯炊事全部完璧にこなして迎えているというのに、自分がいる時間スマホを弄ってるのが許せない。自分ゴールデンウィーク返上で働いてるのに休み満喫していていいですね…と嫌味不満の連続

上手く息抜きできてないのかな?とここ二日間は旦那と一緒にゆっくり過ごし、たまにはストレス発散にとカラオケに連れて行った。でもそこで、採点ゲームに対して点数が低すぎる、機械バカにされたとキレ始め、自分人生は何も楽しいことなんてない、そもそも自分を満足させてくれるコンテンツが少なすぎる、何やっても一緒、つまんない、楽しくないとすね始めて、私もさすがにイライラしてしまった。

旦那は、絵に描いたような無趣味人間だ。旅行も嫌い、外食も嫌い、アミューズメントの類はだいたい嫌い。好きなことは女と遊ぶことだけ。(結婚前はこんなことおくびにも出さずいきなり豹変した。デート我慢連続だったらしい)

私と常に一緒にいたい、一緒の趣味を共有したいと言うが、旅行カラオケ外食も全部全部文句しかわず、家ではおもに独身友達叩きと仕事愚痴いか自分無能かを嘆いては慰められたがってる究極のかまってちゃんだ。

なお、趣味は一回やってちょっとでも上手くいかないと恥ずかしくなってもう二度とやりたくなくなるらしい。プライドもクソ高い。

なぜ私が一緒にいるかというと、私はクソブス性格不良債権でこの旦那を逃したら一生一人物確定&生活の質を大幅に下げる以外は酒もギャンブルもやらなくて家事全般も好きな、仕事も真面目に行く特に悪いところがない旦那からという理由なのだが、今日はさすがにもう離婚の二文字が頭をよぎった。

こんなことで別れないだろうけど本当にどうしたらいいかからなくて今旦那と顔合わせたくなくてリビングでウダウダしてるんだけど明日旅行の予定(一人旅)なので早めに寝たい…どうしよう…と思ったのでここで愚痴を書いてスッキリ忘れようと思う。

こういう無趣味な人があっと驚く人生が変わるような体験ってなにかないのかなー。見つけてあげたい。

2019-05-06

はてな貧困は、見るコンテンツ所得上昇に関係しなかったのか

ある程度から上については、職場が儲かっているか都内に近い所にいるかなどに影響を受ける。

気になったのは、底上げが出来ていないのかということ。

毎日たくさんのコンテンツを見ていても、自身所得を上げるためになっていないのであれば、情報を取得する手段を持っていたとしても貧困から抜け出せないということになる。

カテゴリけが悪いのだろうか。それともそもそも長文や難解な構造文章を読めなくなったことによるのだろうか。



蛇足

昔であれば、貧困をなくすのが大事だとなっていたのだろうが、貧困が見えた時点で中間層より上は逃げる。

統計世界的に貧困がなくなっているという記事をサムズアップしつつ、自身貧困とか関わりたくはないのだ。

anond:20190506040204

いわゆるゾンビものを期待して来る人はがっかりしそうだと思う

あとアナル突入噴射少年裸体は大人向けアニメカテゴリとして処置されてると思うので問題ない

ネトフリは(必要なので)おっぱい揉むシーンのあるアニメとか(必要なので)セックスするシーンのあるアニメとかそのへんにあるからむしさらざんまいはネトフリ向け

ばーーかと言いたい話

ラインで友人の訃報を聞いた。

いきなりすぎて今でも信じられない。

その事実を受け入れた瞬間、すべてが過去になるから受け入れられない、みたいな屁理屈をこねている。

だってもう死ぬまで会えないとか全然信じられない。こーやってぐちゃぐちゃ言ってたら、おーごめん、そんなに心配かけた?とか平気でメッセージ送ってきそう。

だってついさっきまでそこにいたし。ちょっと長い旅に出てるだけで。携帯水没させたとかなんかで連絡取れないだけで。

ふだんべつにいつもその人のことを考えたりしてない。むしろまったく。(ごめん)

たまに会う時、連絡する時、フェイスブックで見かける時とかそのくらい。

からこんなに考えてる今が、おかしい。

でも、他のことも全然考えるし普通に笑えるしごはんも食べれるし夜も寝れる。テレビ面白いラインだって返せる。

私の日常にはほとんどなんの支障もない。

から。考えるだけ考えて、悼んだら忘れちゃう。それが嫌だから認めて過去のことにしたくない。

過去のことだいたい覚えてられないもん。もう会えなくなる君のことをいつまでもちゃんと覚えてられないと思う、私のちっぽけな脳みそと心じゃ。だってそういう冷たい人間だもん。薄情な友人でごめん。

でも勝手だけどいきなりいなくなった君に責任があると思ってる。いなくならないで欲しかった。おじさんになってお腹出てハゲたりしていくのを見るもんだと思ってた。結婚してこどもの話とかしたりさ。たまーに会って仕事愚痴とか言って、俺はこう思うよとかさ、まじめに言ってくれたり。バカなことして周りを笑かしたりしてるのを、しょーもないなって笑いながら見てるはずだった。

ずっとそこにいると思ってたから、ただただわがまま言ったり愚痴言ったり振り回したりとかしかしてない。

思い出すのはいつも私が自分勝手なことしてるときそばにいてくれたこと。

不安な時自己嫌悪に陥りまくってる時、無理すんなよとか頑張れ!とか俺は信じてるよ、とかいつもどストレートに言ってくれた。私はただただ自分のことしか考えてなかったけど。そんで、照れ隠しで、いつもまともに受け止めることすらできなかったけど。ありがとう、とか、どれだけ助けてもらったか、嬉しかたかとかちゃんと伝えたこと一度でもあっただろうか。

結局今もなんでかわからない、全然理由も聞かなかったけど、いつも気にかけてくれていたと思う。

適当なやつに見えて、めちゃめちゃ懐が深くて、人に優しくて。案外かなり面倒見が良くて。どんな人でも、なんだかんだまっすぐ向き合ってて。結構いいやつだった、一本筋が通ってて結構かっこよかったの、本当は知ってたのに。面と向かったときは、からかうようなことしか言えなかった気がする。

付き合わない?って言われた時、なんか意味不明理屈をつけて、ばっさり断ったことがある。

あの時私はそれがお互いのためだと思った。

自分に向けられる好意に戸惑って、調子に乗って、自分が良いように利用する姿しか思いつかなかった。付き合ったりしたら自分が嫌な人間になると思った。好きかどうかわかんなかったけど気になる人もいた。

今でもたぶん出す結論は変わらないけど、それを言ってくれた彼にそもそもちゃんと向き合えてはいなかったんじゃないかと今は思う。自分の恥ずかしさいたたまれなさとか謎のプライドが勝ってて、真正から気持ちを聞けてなかったんじゃないか。そのあとも、ずっと気づかないふりしたり、向けられてる優しさも誤魔化してはぐらかしたり乱暴な言い方したり。

ずいぶん前のことだから今は付き合ってる人とか好きな人がいたかもしれない。そのあと、付き合っている人がいたのは聞いたし。

でもだからと言って切り捨てたり、気にかかるのをやめたりはしてなかったんじゃないかな。自意識過剰上等。

そう考えてみると、ほんと、実は甘えまくってるよな、としか思えない。

なにひとつ返せてないよ。そもそも返すつもりも、こんなことになるまでなかったけど。

なんかよかったところしか思い出せないのも癪にさわる。

べつに聖人君子でもなんでもなく、普通の生身のただの男の子だったのに。

もっとダメなとこ迷惑かけられたこと思い出すでしょ、ふつう、生きてる人間なら。美化してしまってるとしたら、もう会えないことを認めてるからなんじゃないのか。

恋愛的な意味で好きだったわけではないと思う。でも別に好きな人とか友人とかそういうカテゴリ以前に、君の場所にいれるのは君しかいなかった。しいて言うなら、めちゃくちゃしても最後まで味方してくれる戦友、感情表現が苦手な私が下手くそに甘えられる人、というか。本当、都合のいいことばっかり言ってて自分が嫌になるけど。

あーー生きててお互いもっといろいろあって、そんな過去ことなんてうわーそんなことあったよな、なんでそんなこと言ったかもはや思い出せないわとか言えるくらい風化してどうでもいいことになっててほしかった。むしろお前そんなん気にしてたのかよ、意識しすぎ、今俺めちゃめちゃ好きな人いるし、くらい上から目線で言われるくらいでよかった。

こうやって整理することですっきりなんかしたくない。穴を埋めたりなんかしたくない。

でも吐き出さないとこの複雑な気持ちごと忘れてしまいそうだ。ほんと、薄情な人間すぎるな。

ばーーーか。

早く帰ってこいよ。聞きたいこと話したいことたくさんあったのに。良い話なんかにしたくないんだこっちは。

2019-05-05

先生と私

20歳以上も年上の先生に、心を奪われた。

私は、それなりに不真面目な大学生だ。人の中で生きるのが下手なまま、自分でもどうにかなる道を人に流されながら生きてきた。そんな中、一年前に先生出会った。

最初は興味など毛ほどもなく、大教室で受けた先生の授業はあまり聞く気が起きなかった。何より私は目が悪く、遠くにあるプロジェクターに映された映像や、先生の顔を見ることができなかった。見ようとも思わなかった。眼鏡コンタクトレンズ越しに世界を見ることが勿体無いことのように感じていたので、意地でも眼鏡をかけなかった。私は授業をろくに聞かず、期末テスト適当に受けた。元々その授業の科目に詳しかった私は最高評価の成績を頂き、ああ楽だったなと思った。それだけだった。

そんな中、隣の席で私より真剣に授業を受けていた友人が、こう言った。

「あの先生、すごくかっこよかったよ。」

そんなバカな、と思った。私は似たカテゴリの授業を当時もう一つ受けていたのだが、その先生が厳しい口調で険しい顔の人だったので、どうせ同じような人だろうと内心勝手に決めつけていたのだ。私は友人に先生写真を見せてもらった。先生は、知的美少年をそのまま大人にしたような、ミステリアス紳士のような顔をしていた。特別私は面食いではなかったので、へえ、かっこいいんだなあと思って、本当にそれだけだった。相変わらずそこまで興味は湧かなかった。

それから一年が経った履修登録の時期、友人はまだその先生のことを気に入っていたようだった。私もよく友人から話を聞いていたので、ほとんど関わりのない先生の印象が、なんとなく面白い人という風に固まっていた。そんな中、その先生の別の授業を見つけたのだ。目の保養になるだろう、なんてことを考えながら、私は友人と軽い気持ちでその授業を履修した。

最初は、ああ想像通りの人だなと思った。物腰が柔らかく、自分の好きなものの話を嬉しそうにする、少し抜けたところのある先生だった。特別嫌な授業じゃなくてよかった、そんな気持ちで授業を受け続けていた。

だがある日、それはなんのきっかけもなかった。何もない普段通りの授業の日、私は授業を受けながら罪悪感のようなものを感じていた。先生が足を動かして、その手で黒板に文字を書いて、優しく言葉を紡ぐたびに胸がざわざわした。私は授業を受けにきている、この場に学びに来ているだけなのに、この人に褒められて、甘やかされて、抱きしめられたいと思った。その気持ちと後ろめたさで、モヤモヤした気持ちのまま授業を終えた。

私は小さい頃から父親と過ごす時間が多くはなかった。父親が家にいても、よく母を怒鳴っていた。もちろんものすごくお世話になっているし、ここまで育ててもらって大学にも通わせてもらっている。そのことに感謝はしているが、理不尽に怒鳴ったり、人を馬鹿にして人格否定をしたり、母には厳しいのに私には君が悪いくらい甘いところがあるのがどうにも受け入れ難く、いつから父親との接触を避けていた。

父親が苦手な女性母子家庭で育った女性は、父親から愛情を受け取れなかったため、父親と近い年齢の男性にそれを求めることがあると聞いたことがある。要するに、そういう環境で育った人は、うんと年上の人を好きになりやすいのだ。私は先生父親の代わりにしたいのだろうと勝手に思っている。先生は優しい声で、とても丁寧に喋ってくれる。人を怒鳴ることもないし、大きな音を立てることもない。立ち振る舞いは上品で、私たち身体を無遠慮に触ることもない。嬉しそうに微笑む先生を見て、私は胸が切なくなったし、同時にこの人がお父さんだったら、そう思った。

私はなんとなく、これが恋愛感情に近いものだと感じている。同時に、先生自分を甘やかしてくれるような父性を求めている。同年代恋人父性を求める人はいると思うが、先生は私よりずっと年上の人だ。私は本来、父にこういうものを求めていたのだろうか。そう考えると、自分気持ち悪くて仕方がない。この気持ちが、恋であってほしくない。ただ仕事上私に接してくれているだけの人にこんなことを求めるなんて、自分は本当に勝手だと思うし、向こうは思わせぶりなことをした訳でもない。ただ優しい人であるだけだ。こんなよくわからない気持ちを向けられても困るだけだろう。私は自分が受け入れられない。

先生言葉を交わしたことは、ほとんどない。先生にとって私は有象無象の一つだろうから、もし万が一お付き合いしても年齢がだの責任がだの周りの目がだの、そんな心配は要らないものなのだろう。だがそんな妄想一喜一憂しながら、これが恋なのかそうでないのか考えあぐねている。

私がどうするべきかはわからないが、ただこれが恋だとしたら、実らない方が幸せになれるのだろうなと思った。

2019-05-02

anond:20190502134556

短編読みたい作家ってカテゴリが訳わから

長編エピソードの「これが短編で完結にまとめられてたら面白いのに」ってなら分かるが

2019-05-01

anond:20190501094909

たこ焼きとかもだけど単純な料理から適当に買ってそれがまずかったらそのカテゴリ全体の問題と決め付けられがち

2019-04-28

LGBT疲れ

この10連休は、LGBTプライドウィークになっていて、今日代々木公園プライドパレードもあるらしい。

何年か前までは、自分(もしくは誰か)の環境を変える一助になればと思ってパレードも歩いたし、募金とかもしてたんだけど、ある時から急に行かなくなってしまった。

1番の原因は、LGBTムーブメントに近い場所にいると心底疲れる、ってことだったと思う。

同性愛者やトランスの人、結婚したい人、過激派の人、活動家の人、ゲイやオネエなどのコンテンツとして捉えてる人、真剣セクシャリティについて悩んでる人、ファッションセクマイの人、性に奔放な人、アライの人、新宿二丁目(などのゲイタウン)で飲むのが好きな人...。

いろんな人がいて、そんな、いろんな人たちを理解したり、存在を認めたり、場合によってはスルーしたりする事でより良く共存しようね、みたいな感じがあったかくて嬉しかった時期もあったけど、気が付いたら全方位に過剰な気遣いが強いられていて、コミュニティでパワーを持ってる人にペコペコして、繊細すぎてすぐに暴れちゃうような人にヒヤヒヤしていた。

より良く共存するためには、ヒステリックに怒り散らす人に過剰に気遣いしないと輪に入れない雰囲気になっていて息苦しかった。

自分カテゴリを示すために、パワーのある人や発言力のある人、顔の広い人気のある人、人脈のある人に嫌われないかヒヤヒヤしながらコミュニケーションを取り続けなければならなかった。

LGBTコミュニティに顔を出していた時期もあったから、生きにくさを感じている人も沢山見てきたし、そんな友人達にとって生きやす世界をつくる活動(署名とか、募金とか、居るということを拒絶しない姿勢を示すとか)をやってきたけど、その「変えたい気持ち」を、LGBTコミュニティ内での"生きづらさ"が上回ってしまった。

差別発言をした人に対する激しい暴言とか、バイセクシャルストレートに戻る論とか、いつ何時も色恋に目をギラつかせている人とかにも晒され過ぎて疲れちゃった。

状況がより良くなったり、選択肢が増えることは望んでいるし、セクシャルマイノリティに限らないマイノリティ(障害者とか)も少数派だからと虐げられることのないようになればいいとは思っているけど、そう思う気持ちがこれ以上削がれるような不快な場面に直面したくなくて、離れることを選択した。

今日はよく晴れていて、暑すぎず、いいパレード日和だと思う。

私みたいに疲れてしまって、気持ちよくハッピープライド!と言えなくなってしまう人が増えないといいな、と思う。

2019-04-26

はてブけもフレ2に対する反応キモイ

まあ、狂信者キモくて詳しくもないのにその反対側の勢力に回るっていうの

ネトウヨキモくてポジションを左に置いてるような奴が多いはてブ政治経済暮らし・世の中)っぽくて理解はできるんだけど

 

2期始まる前までは、確かにどっちに非があったのか不明だったし

不明なのに決めつけで騒ぐ1信者が目立ってうざかったのはわかる

それで、アニメカテゴリですら7割以上が「1信者キモい≒2側」で、世の中カテゴリでは10割そっちだった

 

でも、同じ側に居たはずの2の制作陣が喧嘩を買ってしまってから

旗色が悪いと感じたのかアニメカテゴリではニュートラルポジションの人が多くなったと思う

なのに世の中カテゴリの方では未だに「1信者キモい、2側擁護」が3割以上いるようで

あーこいつら経緯ほとんど知らずにノリと感情適当に言ってるんだろうなってのが見え見えでキモ

 

2スタッフあくまで1信者に対してはスルーか、被害者立場でなければならなかった

喧嘩を買ったり攻撃したらもうそれは社会人としてアウトもアウト

百歩譲って組織や身内を守るために反論するならわかるが、感情的になってるのでそりゃ組織からNG突きつけられて当然でしょう

から「まあしょうがないよね」という空気が出てるのに、未だ戦ってる気分な人が居るのがはてブ

そういうところきらい

2019-04-25

anond:20190425114719

それなりに見せる技術が普及して

ブサイクって言われたような人でもそこそこかわいいくらいのポジションはいけるようになったんだと思う

今本当にブサイクな人はグロ画像みたいなタイプ障害者と同じカテゴリに入れられていじっちゃいけない人みたいな扱いで不可視化されてる

2019-04-24

ヤバイ

はてブの全カテゴリ見終わってしまった

あと2時間ヒマを潰さないといけないのに

2019-04-23

anond:20190423141351

それは詭弁だろ

殆ど人間母親は居るけどそれを「女性と深く付き合った経験」に含めるならこの人の言ってるカテゴリに入るのは親の顔も知らない孤児かなんかだけになる

肉親との関係をこの場合の「深く付き合った」に入れてないのは発言者の論旨からだけでも自明と思うが

そういう詭弁挽回を図る時点で語るに落ちてると言える

anond:20190423004817

マジレスだけど、ナンパ避けではないかも。

四六時中誰かと一緒じゃなくちゃ嫌、一人行動は嫌という女友達がいるんだけど、増田の文読んですごく似てるなと思った。

の子はとにかく誰でも呼ぶ。人見知りしないから顔も広いけど、知り合いが多い分一人一人への対応は雑と捉えられることもある。

この映画はあの人が好きそうだからあの人を呼ぼう、この劇にはあの役者が出るからの子声かけよう、ってその時々で人を使い分けるんだよね。

から増田彼女の中で「ポケモンGOをやってる人たち」のカテゴリにただ入っていただけなんじゃないかと思う。

一人で居たくないだけで特に何も考えず人を呼ぶタイプだと、コメントで言われてるような「ナンパ避けなら予めそう言えや」っていうのは通じないし、あえて増田を呼ぶ理由説明するなら「一人は嫌だから」ということになる。それはそれで誤解を招きそうだけど。

まあそれ以前に、相手がどういう人間なのかある程度増田も察していたようだから、その相手とどういった付き合い方をするのか考えるのは増田が選ぶべきで、そのくらいはできたんじゃないかなぁと思うけどね。

2019-04-21

インターネットゾーニングの話

くそ長い話なので注意

最近TwitterロリキャラのR18イラストを描くアカウントへの規制が厳しくなってきたらしい。

そういったアカウントの凍結は前からあったが、最近特に見つかり次第凍結されている印象だ。

ぶっちゃけしまうと私はそういうイラストが好きなので、個人的には少し残念な状況ではある。

ただ、だからといって「表現の自由を守れ!」なんてTwitter社にケチをつけたいとは全く思わない。

みんな知ってる通り、日本という国はロリエロ絵に対する規制がかなり緩いが、世界的に見れば法律NGとしている国も少なくないし、国際的な流れは完全に規制寄りだ。

そんな状況では、いくら日本ユーザーが多いTwitter社でもロリエロ絵を看過できなくなって当然だと思う。

さて、それではそもそもロリエロ絵がTwitterなどのSNS上で投稿拡散されることの問題とはなんだろう。

ロリコンが増えることも社会的にはマイナスではあるが、これについては言論思想の自由で見逃されていい範囲だと思う。社会的プラス思想のみ肯定する世界になったら、それは単なるディストピアだ。

なので、間違いなく一番問題なのは「見たくない人の目に触れてしまう」ことだと思う。

すこし前に話題になった「お父さん、あれ気持ち悪い」発言だって、見たくないのに目に入ってしまうのが原因だし、他の既出問題もたいていここが原因だろう。

これの対策一見すると簡単で、「見たくない人が見ないところで投稿拡散すればいい」という「自主ゾーニングなのだけど、私の知っている限りこの試みは何度も失敗している。

これまで何度も、ロリエロ絵のイラストレーター達は「Twitterではやってられない! Pawoo(Pixiv運営するMastodonインスタンスTwitterに似ている)に移住しよう!」と発言しているのだが、まあ十中八九失敗している。

なぜかと言えば、Pawooはユーザーが圧倒的に少なく、絵を多くの人に見てもらえないからだ。

クリエイターにとって知名度こそ全てだ。知名度だけ高ければいいわけでもないが、知名度がなければ何もできない。そして、それはロリエロのイラストレーターも例外ではない。

というわけで、結局彼らは絵に修正を入れたりリンクを貼ったりして、だましだましTwitter活動し続けている。

とまあ、ここまで書くと「そんなもん描くやつ勝手にくたばればいいだろ」と思う人が多数派だろう。

まあその通りなんだけれど、ちょっとだけ待ってほしい。

上で書いたとおり、ロリエロ絵の最大の問題は「見たくない人の目に入る」ことで、それさえ無ければ被害者はいなくなる。

からゾーニングさえ上手くできれば(ほぼ)問題はないのだ。

ではロリエロに限らずweb上で、「見たい人にはちゃんと届くように」「見たくない人には届かないように」上手くゾーニングするにはどうすればいいんだろう。

私は「webブラウザ検索エンジン提供する企業が、最初ユーザーに見たくないもの選択させ」、「Twitterなどのサービス提供者が連携する機構を作り」、「投稿者がきちんとカテゴリ選択して投稿する」ことでしか解決できないと思っている。

例えば、Google Chromeブラウザ)のインストール時、ユーザーに「ポルノ」「暴力」など見たくないもの選択させる。

Twitterはそれに対応するカテゴリ選択肢を作り、投稿時などに選択できるようにする。

そして投稿者が「ポルノ」にチェックをつけて投稿すれば、ポルノを見たくない人には届かないといった寸法だ。

そして、これらのルールを破ったユーザーサービス提供者には即座にペナルティを課すようにする。

大仰なやり方ではあるが、web上のゾーニングロリエロだけでなく大きな問題なのでこれくらいやってもいいんじゃないかと思っている。

そして、この仕組みを作れるのは世界中のwebを席巻しているGoogleくらいじゃないだろうか。

…というわけで、Googleさん、そろそろ(誰も不幸にならない形で)ゾーニングに本気出してください。

お願いします。

はい

これが言いたかっただけ。

若い人の政策をまとめる・議論できるWebサービスは作れるのか

ブログでの議論は散々言及されてきたとは思うのだけど、それ以降、きちんとした議論ができる仕組みが出てきていない。

UI/UX研究している人に期待したいところなのだけど、有名人けが発信しSNSでバズらせるか競争する以外の道を選ぼうとしている人がいるのか。


パソコンで長文を読むというのはなくなっていき、スマフォSNSに移り、いつ次の通知が来るかわからないので100文字でも長くなりスタンプに移っていく。

共感時代というが、読む人に取って既に体験したことか、わかりやすいことか、過激なこと、有名人がいっていることに分類されていく。


若い人の政策をまとめるとしても、動員まではできそうだが、その先はどうするのか。

知識の量を競うか、カテゴリ分けして罵倒し合うか…。そういったのを避けていくのにはどうすればいいのか。

2019-04-20

anond:20190420184316

うん、菅野完とかと同じカテゴリ山師みたいなもんだと思ってる

2019-04-17

anond:20190417223126

ロジカルマッチョ世界に目覚めたいと常々思ってる。

経営戦略コンサルの道に進んでみたい気持ちがあって、最近経営勉強をしてるけど、いかんせん実績がない(カテゴリとしては現在技術職)。

経験歓迎みたいなところで経歴を作ったらその道に移れないかな。

ハイコンテキスト時代。または、人間失格

ブクマにあったんだけどコレ

https://togetter.com/li/1338676

一瞬で、ワンピースだとわかった。でもなんのシーンかは知らない。ワンピース読んでないから。

そして、このまとめは、共感できるまとめで、これに共感できる人達が寄り集まってる。

それ自体は、問題ない。

でも、これがなんで共感できるかの理解の糸口もなにもなくて、この心情に傍観しながらも想像もできない。

ワンピースを読めばいい。のは、わかる。でも、ワンピースを読むとなれば、相当の時間を用意しないといけないので、

いまは、無理。

これを理解して共感するには、このハイコンテキストを知っていないと、楽しめない。

そこが、つらい。

これが、一部のマニアコミュニティ話題ですよ。なら、残念、自分カテゴリじゃないんだな。と諦められる。

でも、

ブクマだとか、なにかのランキングみたいなところにあると、それ、一般常識なのか!?

ついていけないことに気が付いて、人間失格を感じる。

2019-04-16

http://b.hatena.ne.jp/ の一覧で特定サイト記事がずっと表示されているのを消したいのだけど何か方法はないのだろうか。

毎日はあちゅうかい名前みるのが苦痛

 

ブログ日記人気エントリー」の記事更新(?)がされないので

このカテゴリ自体が表示されなくてもいい。

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