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はてなキーワード: 無宗教とは

2017-09-21

ヤンキーの改心におけるキリスト教の影響

よく、改心したヤンキーを褒める言説を揶揄して、「いや、元から真面目な奴の方が偉いに決まってるだろう。」という批判が入る。

ヤンキーイジメられた怨恨か、ネットでも良く盛り上がる。

こち亀がよく引用される奴だ。

この事について最近気づいたんだが、ヤンキー側を褒めるものにはキリスト教の影響が感じられるということだ。

イエスは我々の罪のために死んだ。

悔い改めよ。という奴。

キリスト教においては、元から真面目に生きている者よりも、

過去自分の罪に気づいて悔い改める者が尊いとされる。

何故なら人間は全て罪人だから

そのとおり、キリスト教においては改心したヤンキーの方が偉いのだ。

日本でこういった話が度々美談として語られるのは、

それを言うもの受け止めるものが、ある程度こういったキリスト教的考え方を消化してるからでは無いかと思った。

日本人無宗教と言っておきながら凄く宗教的なところがあるとも言われるが、

こういった形で、日本人精神性の中に知らず知らず入っているものが有るのかも知れない。

また、人間を生まれながらに罪人にする思想は、簡単に言ってしまえばトンデモで、

ニーチェなんかはこれを奴隷根性として痛烈に批判しているし、

日本人にとって本当に有益なのかは考えなければいけないところではある。

2017-09-14

墓参りへの疑問

父は無宗教である。母は葬式仏教を支持している。

夏になると墓参りに連れていかれる。父方の祖父への墓参りを強いられている。

私は祖父が好きではなかった。たばこを好むし、朝から酒を飲むし、人を非難して笑うのが癖だった。後から聞いたけど、不倫もしていたようだ。

父は「父(私の祖父)から愛情を貰った記憶がない、だから子どもの愛し方が分からない」と言っている。

墓参りとは「宗教様式を通して、亡くなった人を思うこと」だろう。

今回の場合、亡くなった人を思っても嫌な記憶しかない。そもそも顔を会わした回数も少ない。意味があるのだろうか。不愉快だ。

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これとは関係ないが、墓参りをしなくても本当に愛すべき人が亡くなったら「亡くなった人を思う」はずだ。

信仰心のない人にとって、墓参りである必要はあるのか? 思いだすなら形見でも可能ではないか? 目をつむればできるだろう。

母方では祖父母の人柄が好きなので墓参りに付き合っている。けれど知らない人だし、やる必要はないと考えている。

2017-08-15

ネット右翼をはじめとするネオナショナリストはとても進歩的な人たち

日本国民の「右傾化」が叫ばれて久しい。現政権は「保守政権」と自称している。

なるほど、保守。たしかにそのネオナショナリズム過去に立ち戻るような考え方のように映る。

しかしながら私はこの保守、あるいはネオナショナリストこそ日本国において最も急進的で未来希望を託している人種なのでは無いかと思えてならない。

現代日本さながらラピュタのようだ。我々の足元には確たる基盤がなく、ゆらゆらと宙に浮いている。それには様々な原因があるだろうが、今回は三つの思想的敗北によるということで話を進めていく。

まず、第二次世界大戦敗戦がある。明治以来国民支配してきた全体主義国粋主義が間違いであったことを身を以て知った我々は頼るべきイデオロギーを失った。1回目の敗北である

次に我々が依拠せんとしたのは共産主義であるソ連や他の共産国秘密主義のためにその惨状を知らない日本人共産主義桃源郷に夢を馳せた。東大闘争に始まったこの熱は日本中をのぼせ上らせたが、セクト間争い、連合赤軍、そしてソ連崩壊と暗黒面が目につき、我々は夢から醒めた。

バブル崩壊アメリカ式資本主義敗戦からずっと生き残り続けた。奇跡復興宗主国アメリカのど真ん中の大きなビルを買えるくらい、日本資本主義化において成功を収める。しかしそれは文字通り膨らんで行く泡であり、遂には弾け、資本主義さえも信じられなくなった。

主義無思想無宗教日本に残されたものは、敗戦国という烙印と無機質なハコモノだけであった。今までならば誇るべき別の点のお陰でさほど気にしないで入られた「戦後レジーム」が今更になって癪に触る。

こうしたアイデンティティ喪失によって創り上げられたのがネオナショナリズムである

先に「ネオナショナリズム過去に立ち戻るような考え方のように映る」と書いた。しか歴史上どこに立ち戻るべき過去があるというのか?日本帝国政治体制が戦禍を巻き起こし(彼らが全てアメリカの陰謀であると主張したところで同じことである米国にまんまとしてやられ冷静さを失う体制のどこが間違っていないというのか)、華々しい経済も泡沫と消えた。立ち戻るべき場所本来どこにも無い。では彼らはどうするか?

過去を作り出せ」ばいいのである

美しい日本日本帝国真実書店に立ち寄れば過去を美化している本が並んでいる。しかし彼らの言葉の指す「かつての日本」は過去ベースとしたファンタジーなのである

かの有名な江戸しぐさを思い出して欲しい。教科書にも掲載されたデマであるが、あれは全く過去ベースとしたファンタジーである。いわばベイマックスフランシストーキョーや銀魂大江戸のような「そうであったかもしれない日本」の姿であり、それは過去存在していない以上幻想以外の何者でも無い。

当たり前の話だが、戦前日本を知るものはもはや生きていない。戦争の怖さは子供にもわかるだろうが、怖い社会を感ずるためにはある程度の年齢が必要から誰も知らない、ということは現在の我々が過去を思う時、そのほとんどは幻想に頼るしかないということであるモニターの奥の二次元世界となんら変わらない。現在過去との間には次元を隔てる障害があり、こちからあちらへは干渉できない。

しかアニメネオ日本は格好がいい。しかしそれを現実で語ればアニメ脳、ゲーム脳と言われるのがオチだろう。同じようなことをやっているのがまさにネオナショナリスト達なのである

ネオナショナリストは現時点での閉塞感を解消するためにカッコいい幻想過去投影した。そして「これに戻るのだ」と主張しながら未来を作ろうとする。

結果、彼らは前しか向いていない。過去を省みてはいないではないか。これがいわゆる保守こそが進歩的な人たちだという理由である

私は右傾化否定肯定もしない。戦後から不安定さの解決のために右往左往してきた日本人を思えば、当然の帰結だろうと思う。お粗末な思想、主張だが、日本国民がそれを望むのであれば、それも良かろうと思っている。なに、高い授業料になったって構いやしない。

ただ、一つだけ加えておきたいことがある。私は先程からネオナショナリスト思想根本幻想ファンタジーアニメ的だと主張してきた。幻想現実ではない、ありえないものなのである。つまりは霊的なもの、神的なもの呪い的なもの、それらと変わりないオカルティズムだ。オカルトによって国が動くのだとしたら、あなたは怖いと思うだろうか、素晴らしいと思うのだろうか、それを尋ねてこの紙片にピリオドを打ちたい。

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811032014

労働力については若い世代に今と変わらず働いてほしいってのと遊べるって主張が矛盾してるような?

遊ぶというのは働かないで遊ぶのではなく、今遊ぶために働く社会にしたいということです。

いまは割りと老後の為に働いてるひとが多いですよね・・・

嫌な仕事を頑張るのも老後のためと思うと、それは違うのではないかな?

というのがこの話のスタートです。

選ばなかった老人も肩身が狭く生きづらいし、本当は望んでいないのに殺されるケースも増えそうです。

死ぬ人はあくまでも自分のために死ぬのであって社会のために死ぬわけではなく、

死ぬ人がそれなりにいれば今よりも社会保障費は減っているはずですので、

生きている人にたいする批判も少ないと思いますね。

多分今の年金制度はなくなっていて、老後は誰でも生活保護を受けられるという感じになるのかな。

まあ、生活保護で生き続けたいという人が多い場合破綻しますね。

(これは私個人感覚ではそうではないのですけど・・・

精神の話は、老後自死を選んでいたとしてもいざ精神がどうにかなった時に(精神というとアレですがそのことを忘れたりとかすると思います)受け入れられない場合にどうしましょう?ということです。

死ぬと思って何の準備もしなかったけど、やっぱり生きたい。

だけど準備が足りてないどうしよう?ということでしょうか。

年金制度が無く生活保護制度であれば最低限は生きていはいけるかな。

人口が減れば住む場所はいくらでもありそうだし。

日本なら・・・というのは、日本人はわりと無宗教なのでという意味があります

深夜4時に考える内容ではない気もしますね。

お付き合い頂きありがとうございます

そろそろ寝ます

老後は要らない

やりたくもない仕事精神健康をすり減らしながら一体何の為に頑張ってるのかと考える。

退職金年金で老後が安泰になる?

家族が人並みの生活を営める?

老後までやりたい事や好きな事をするのは我慢するの?

その時に身体精神健康かな?

健康で体力や気力のある時期を仕事家族に捧げるの?

若い時に自由に生きて、老後なんか無くても良くない?

老人になったら若者迷惑を掛けながらゆっくりと死んでいくだけだよ。

どう考えても早く死んだ方が社会プラスだよね。

老人になったら好きなタイミング人生を終わらせる自由をくれたら最高だと思う。

その制度があれば色々解決するんしゃないかな。

人生が短くなる分、何かにチャレンジする人も増える。

老後に備えて貯金しなくても良いし。

無宗教な人が多い日本なら実現出来そうな制度だと思う。

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170601140206

結局無宗教からこういう議論に決着がつかなくなっちゃうんだよね。

キリスト教ならシンプルで、「自殺ダメだけど殺してくれと願うのはOK」っていう線引きがされてる。自殺ダメなのは、①神の計画に反するから、②辛い人生を不幸と考えないから、の2つ。単純明快

これが無宗教なっちゃうと依るべき基準が何もない。「自分の命をどう扱おうが俺の勝手だろ」「どうして辛い人生をわざわざ生きなきゃいけないの?」と問われたら反論は非常に困難になってしまう。

無宗教はいいとこもあるけど、こういうところはやっぱ弱いと思うわ。

日本人無宗教ではなく儒教徒である

日本の最大宗教儒教で、それは江戸時代から変わっていない。

武家は、統治のために中国儒教に倣ったからで、そしてそもそも儒教社会構造を維持するための宗教だ。日本史教科書には儒学とか朱子学とかさらっとしか書かれていないけれど、徳川治世は政教一致で、儒教社会本質を担う物凄く重要ものだった。

そして例えば、長幼の序年功序列)とか、男尊女卑とか、御先祖様がどうだとか、上座下座とか、家父長制(天皇制典型)とか、未だにある。そしてそれは道徳と称され、確信的に(加害者に悪の自覚が無く)差別が行われている。

さらにそれがとりわけタチが悪いことに、儒教教義を信奉している当人儒教徒であることの自覚が無い。それで、「日本人無宗教」という言説が定説になっている。

日中戦争太平洋戦争をした原因にも、儒教がある。儒教身分差別階級差別宗教なので、どちらが親分か、どちらが兄貴か、優劣(序列)がある。そうして、他者を蔑んだり、権威にひれ伏したりする。「大東亜共栄圏」という概念は、日本東アジア盟主親分)たらんとしたものだ。

日本では、少なくとも戦時中までは公然アイヌ人や沖縄人(「沖縄県民」)を差別してきたし、韓国人中国人は未だに事実上差別を受けている。戦前政府日本社会システム押し付けて、創氏改名を行わせた。それは韓国人に対してだけではなく、アイヌ人にも行われた。侵略され植民地化されたからには、日本論理を受け入れるしかなく、多くのアイヌ人は和人同化せざるをえなくなった。

国家神道」とかいうけれど、それも、神道の皮をかぶった儒教だ。天皇を家父長にした、身分差別階級差別宗教だ。

日本人は、正しい歴史認識をしていないし、戦争反省もしていない。なにせ、儒教徒である自覚が無いのだから戦争の原因を認識していない。だから謝罪をしても反省はしていない。しかも困ったことに、中国人韓国人儒教徒から問題本質解決する可能性がない。

正しい歴史教育だとか正しい歴史教育だとかいう以前に、日本人和人)は自分自身を知らない。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518030116

キリストの教えを信じるのが、キリスト教

仏の教えを信じるのが、仏教

無宗の教えを信じるのが、無宗教

非宗の教えを信じるのが、非宗教


人は常に何かを信じずにはいられない。

宗教は?

無宗教どころか、

宗教全否定という事で、

宗教です。

2017-04-30

飲み会敬語スーツサービス残業

ジャップランドには信仰がある。

この国は無宗教と語る人もいるがそれは違う。

この国には伝承がある。

沢山酒が飲めて、接待ゴルフが上手くて、スーツぴしっと決めて、敬語完璧に使えて、サービス残業バリバリやって、何を言われてもイエスと答える人間こそが、理想社会人であるという教えがある。

これは立派な宗教だ。

この宗教の中で、階層を生み出すためのマクガフィンの集まりによって、この国のビジネス構成されている。

そしてこの国の日常もまた、ビジネスマナー教の戒律により侵食されきっているのだ。

民明書房中世におけるジャップランド宗教観」より

2017-04-21

信仰とは何なのか

私は特定宗教信仰していない。

教会結婚式を挙げ、子供七五三には神社祈祷をしてもらい、多分死んだらお寺でお経を読まれるであろう、ある意味典型的日本人だ。

今日とある宗教団体若者達と話をする機会があった。彼らの身分学生で、あと何年かすれば社会に旅立って行く子達だ。

彼らに会いに行ったのは仕事の付き合いで、正直気乗りするものではなかった。私の仕事について講義をし、簡単ディスカッションを行うといった内容だ。

仕事柄、こういった講義の依頼は大学専門学校などから年に何度か受けているのだが、今日講義ディスカッションを受けた学生の質は、非常に高かった。そして私が感じた率直な思いは、「こういった形で出逢わなければうちの会社に欲しいところだ」というものだった。

彼らの団体に対する依頼を受けた事で、彼らは私をその宗教理解のある人、つまり味方であると捉えている。私に対しては自分信仰さらけ出してもいいのだと信頼をしている。しか申し訳無いが、私は別にその宗教に対する理解者では無いのだ。ただ信仰を持っている人達だという理由で避けたり差別すべきで無いという精一杯の倫理観で引き受けたにすぎない。

結果今、私はひとり思い悩んでいる。

素直で、熱意を持って私の話に耳を傾けてくれる優秀な彼らを心から信頼し、受け入れる事が出来ない自分に。

頭のすみに「得体の知れないもの」という一抹の不安が引っかかり続けている自分について。

私の会社にはクリスチャンがいる。しかし私を含め誰一人、その事で不安になるものは居ない。よく行くカレー屋のインド人ネパール人かも知れない)はヒンズー教人かも知れないが、だからどうしたといった感じだ。優秀なプログラマであればヒンズー教人のインド人を雇う事に躊躇はしないだろうし、親戚の婆ちゃんが頻繁にお寺にお参りに行く事を微笑ましくさえ感じている。

しかしこれが新興宗教となると気持ちが一変する。私の中の警告アラームが鳴り出し、倫理観で抑えようにも抑えきれずにいる。そしてこれは私だけの感覚で無いと確信さえしている。

仮に今日会った彼らの事を社員説明し、将来彼らを雇うと言ったら反対する者が一定数いるだろう。反対を押し切って入社させれば、「退職します」と言いだす者も出てくるかもしれない。

この差は何なのだ。なぜ受け入れられる信仰と、受け入れられない信仰が、無宗教である私の中に既に形成されているのだろうか。

そんな事を考え続けいるのだが一向に答えが出ない。

2017-04-02

まれの良し悪しに運を持ち込む考え

世の人々が、文化民族を問わずに広範囲で考えることだと思いますが、ふと考えてみると、

この発想そのものが、あの世とか、輪廻とか、そういったものに関わる宗教的な発想ではないか

もしそういったことを意識しないのであれば、生まれには運もへったくれもないはずだ。

無宗教を謳う人間でも、多かれ少なかれ、このような想像をしたことはあるのでは。

特に結論はないのだが、そんなことを、ふと思った。

2017-03-19

なぜ私は無宗教に生まれ育ってしまったのか

無宗教の人って、何か達観した気にでもなっていて、信仰を持っている人たちに対して冷笑的であることすらあるけれど、

何も信ずるもの無く死んでいかなきゃならないって、それこそ地獄だろう。

人間皆すぐに等しく死ぬのだから、神と死後の世界を信じて自ら殉教できるくらいに強い信仰を持った人のほうが、よほど幸せに違いない。

まぁ、今更、何も信じる気になどならないが・・・

2017-03-05

無宗教だけど御神体が欲しい

おれの御神体として何がふさわしいだろうか

右手側にUCCのブラックコーヒーペットボトルがあるので

とりあえずこれを最初のおれの御神体にするか

でもゆくゆくは

由緒ある感じのもの

とにかく長い年月存在しているようなもの

風格のあるもの

やわらかいのに刃物銃弾でも貫けないもの

かざすと変身魔法を発動するもの

暗いところでは見えるけど明るいところでは逆に見えないもの

常に広範囲バリアを発動してるので妖魔を近寄せないもの

などなどにどんどん乗り換えていきたいと思う

2017-02-19

日本キリスト教原理主義共産主義革命するしかない…好きな方選べ

家族カルト宗教洗脳されたせいで家庭が崩壊した

父親単身赴任 母親毎日カルト

毎日地獄だった

いつも異常な母親に怒鳴られていた

金も騙し取られていたと思う

それもこれも何もかも日本神道大乗仏教クズ共が悪い

こいつらが異教徒や多宗派に寛容なせいでカルト日本蔓延した

本当に許せない

教徒弾圧してきた歴史があるヨーロッパカルトは少ない

今なら宗教は毒と言った毛沢東さんの気持ちがわかる

宗教多神教ゴミ

こんなものを讃えるのはクズ偽善者

日本一神教無宗教の国になって欲しい

はっきり言ってやる

教徒弾圧しない宗教なんて弾圧されるべきだ

芸能人カルト洗脳されるニュースを観るたびに身体を引き裂かれるように苦しくなる

カルトだけは絶対に許せないし

カルトに寛容な宗教すらも許さん

2017-02-16

どうやら日本人は「宗教」が「社会」の下に含まれものと考えているようだけども

人類はいわば物心がつくとともに原子的な宗教を持ったといえるし

世界中どこの民族部族を見ても殆ど社会において宗教存在する

宗教人間社会のつながりはそれだけ密接である

本邦においても天皇を祀り仏教のやり方で人を弔うのだから、十分に宗教社会が融合している

社会宗教関係は、社会宗教宗教社会と言ってもいいほどのもの

日本人宗教嫌いだとか無宗教だというのは、その実とても排他的自分たち宗教を持っているということにすぎないのである

2017-02-15

無宗教信仰こそ盲信しやす

宗教が悪いんじゃなくて、宗教排他性とか盲信することとか、そこからくる暴力性や無理解がいけないんだと自分は思う

から無宗教な人こそ、宗教は悪だとか、自分は真に理性的人間だとかといいたがる人が多い気がする

でも自称無宗教宗教が悪だと唱える人は、それこそ無宗教信仰に取り込まれてるんじゃないか

自分が考えていることこそが真実だと盲信してるその姿こそ、宗教狂信者と似ているんじゃないだろうか

大切なのは自分が何を信じ、正しいと思っているか自覚し、そのうえで他人のそれを許容することなんじゃないか

それは無宗教だと考えている人でも、何らかの宗教に属していると思っている人でも同じだと思う

もちろん、無宗教でも宗教を信じている人でも、それができている人は既にたくさんいるんだろうけど。

そもそも日本に住んでいる時点で儒教やら仏教やら神道やらがごった煮になった常識や慣習のような何かを信仰してる気がする

宗教って難しいね。こういう話しをすると特大ブーメランな気もしてきてしまうし。

でも宗教が悪いんじゃなくて、それを盲信して人に迷惑をかけるのがいけないんだと俺は思うわけですよ。

反対にいえば迷惑かけなければ何信じてても、本人が幸せならいいんだよきっと。

2017-02-09

仕事」って宗教だということに気づいた

仕事を休んでいて心身ともにリフレッシュしてたら、ふと「仕事って宗教じゃね」ということに気づいた。

辛いことでも頑張らなきゃならないって社会的容認されているのもどこか宗教での修行みたいだし、飲み会で芸とかやるのも宗教儀式っぽいなあ、と。

なんとなくのイメージだけど欧米では仕事プライベートが分かれてるってのも、キリスト教とかの宗教が根強いから、逆にそういう雰囲気容認されているんじゃないかと思う。日本みたいに(自称無宗教者が多いと、仕事自分宗教にしちゃって、その教えから外れると厳しい処分が下るってところがまさに宗教裁判みたいだなあって。

宗派がいろいろあるから一概には言えないのだけれども、日本では「働け!」という価値観が当たり前のように共有されていると思う。もちろん資本主義社会からそうってのも分かるし、読んだことないけれどもプロテスタンティズムとかが背景にあるのだろうとは思うのだけれども、そういう学術的な背景とは裏腹に、普通に働く社会人たちの宗教心って「仕事」教みたいなところにはないだろうか。

仕事」をしていれば御利益に預かれるとか(これは普通か)、「仕事」できつい目に遭わされてもきっと報われるとか、「仕事」の教祖社長とか上司とか)に自分の人間性を無視しても従わなければならないとか、家族より「仕事」が大事とか、「仕事」のために人を殺すとか、はたまた「仕事」に殉じるとか、いろいろと言いようはあると思う。

今の社会にはこのいろんな宗派がある「仕事」教にだんだんと染まらない人たちが出てきて、でも「仕事」教の教徒もまだたくさんいるからいろんな軋轢があるんだと思う。

食っていかなくちゃならないか仕事をしなければならないんだけど、「仕事」教からは逃れたいなあと思った。

2017-02-01

葬式の話でこれだけ盛り上がるの、なんだかんだ日本人でも信心深い人が多いのかね。無宗教言いつつ心の底に色々あったり。

とは言えあれだけの情報で「サイコパス」とか書けちゃう人は怖いというか心配だな。診察受けた方がいいかもね。

[] #14-1「生活教」

「やあ、マスダ」

「あ、センセイ。どうも」

俺が通学でよく利用するバスで乗り合わせる人で、何度か見かける内に話すようになった。

センセイといっているが俺が勝手にそう呼んでいるだけで、この人が実際は何をやっているかは知らない。

バスに乗っている時だけ話す間柄だし、必要以上の詮索は無用からだ。

新聞を読んでいるんですか」

「ああ、地方新聞だね。このテの媒体は前時代的という見方をされているが、日々の情報を消費していくものとしては案外まだまだ現役だよ」

そう言われて、俺も気になって横から覗いてみる。

すると、その中に気になる話が載っていた。

新興宗教……」

「ああ、『生活教』ですか。この町を中心に最近よく耳にしますね」

最近にわかに注目されている「生活教」。

その教えは、例えば「外界には悪魔がいて取り付いてくるので、帰ったら手洗いうがいをして浄化しよう」だの大したことじゃない。

だが、この宗教が徐々に広まっていき、なぜか信者の数も増えていっているのである

「いずれ何かやらかすんじゃないか不安になりますよ」

「マスダ、何の根拠もなしに批判することはいただけないな」

「俺は無宗教ですし」

「神も信じない?」

「俺にとっての神というものは、突然の下痢に見舞われたときトイレに無事たどり着くまでの間だけ信じるものです」

「なるほど、まあ私も似たようなものだが」

その時、バス停アナウンスが入った。

いつもセンセイが降りている場所だ。

「まあ、この『生活教』が現状これといった問題事件が起きていないなら、ひとまず静観しておくといい」

センセイはおもむろに立ち上がるとドア近くまで歩いていく。

バスが停まると、そのまま降りていった。

つの間にか支払いは終えていたらしい。

「キミも自分が何に属しているか関係なく、宗教の在り方や意義というものを一度は考えてみるといいかもしれない」

そう言うとセンセイは手をヒラヒラさせ、そのまま振り返ることもなく歩いていった。

宗教の有り方や意義……」

センセイにとってそれが何かは知らないが、それはまた次の機会に聞こうと思った。

から胡散臭すぎて距離をとっているつもりだったが、センセイもああいっていることだし静観しておくことにしよう。

だが、俺がそうであっても、“他”がそうだとは限らないことは薄々分かっていた。

(#14-2へ続く)

2017-01-27

やっぱジャップってとことんジャップなんだな

http://anond.hatelabo.jp/20170122155908

これの反応が「それこそ少数派だ」「うまくいくわけない」みたいな反応だらけ、たとえそうであっても「そういう流れになればいいな」みたいな反応はなし。

マジでジャップセロトニン足りなさすぎだろ、少しはポジティブになれや、メキシコ人みたいにまでならなくてもいいからさ、なんでジャップはわざわざ現実を厳しくしたがるわけ?しか無宗教のくせに。

どうせそれが頭のよさやモラルにつながってるとかいうんだろ、その代替自殺大国という結果じゃ意味ねーだろうが。

ああ、こんなネガ全開の日記書く俺も十分ジャップだな。

2017-01-12

天皇制なんてなくたって別に問題は生じないだろう

香港とかシンガポールとか台湾とか、それらしいものアイデンティティを支えていない国はたくさんあるだろ

付け加えるとヨーロッパ先進国は大抵の人が無宗教だし。

そういえば韓国だって韓民族」ってだけだよね。宗教キリスト教だけど。

2017-01-11

カルト新興宗教にハマったら後から別の宗教を上書きしないと治らない

代表的カルト、何とか協会とか何とか会。

一度教義を信じると、頭で違うとわかっても心の底では信じてしまっているので抜けられない。

抜けるために監禁する業者もあるがボッタくりだし効果はない。

仏教キリスト教の中に専門で抜けるための説教してくれるところがあるのでそこに頼む。

頼んだ先がカルト可能性もあるのであくまで古くからある主流派のところにお願いする。

カルトにハマる前の日本人特有のフワっとした自称無宗教状態には戻れない。

カルトから抜けた後は、敬虔仏教徒キリスト教徒として生きてください。

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