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2017-05-28

安倍自民党 国連人権理事会特別報告者に「お前は国連じゃない」と逆ギレ

安倍自民党 国連に「お前は国連じゃない」と逆ギレ

国連人権理事会特別報告者であるジョセフ・ケナタッチ氏(マルタ大学教授)が、

共謀罪法案について「プライバシー表現の自由を不当に制約する恐れがある」と指摘する書簡を、

5月18日付で直接、安倍首相宛てに送付した。

ケナタッチ氏は、マルタ出身IT法の専門家

一昨年より国連人権理事会によりプライバシー権に関する特別報告者に任命されている。

国連特別報告者が、直々に日本首相書簡を送った意味は非常に重い。

というのも、安倍首相は「国内法を整備し、国際組織犯罪防止条約を締結できなければ、

東京五輪を開催できない」などと言って、共謀罪理由国連条約締結のために必須である説明してきたが、

これが真っ赤なウソであることが、他ならぬ国連特別報告者に暴露されたからだ。

ところが安倍自民党は「国連意思ではない」「不適切な(書簡)」などと意味不明逆ギレを展開している。

2017-05-23

[]国連特別報告者ケナタッチ氏の批判に関する日本の質疑と英国での質疑の違いよ

国会ウォッチャーです。

 衆院本会議で、共謀罪法案が通過する予定です。これについては、もうどうしようもないけれど、明日の参院法務委員会での審議入りは、阻止しないといけません。何度も言いますが、基本的に反対派にはノーチャンスなので、できるだけ先延ばしして、情勢の変化を待つしかないわけです。大体審議入り時点で30時間とか抜かしてたのに、審議入りに同意したことが一番の失策だったなと思うので、山井和則さんは反省して欲しい。審議入り時点が一番抵抗しやすかったわけでね。参院農林委員会桜井充議員のもあとで起こすかもしれませんが、まずは法務委員会から。

参院法務委員会の仁比聡平議員質疑

 仁比さん、めちゃくちゃ怒ってましたね。普段は温厚な方ですが。

仁比

「略)ジョセフ・ケナタッチ国連特別報告者が、安倍総理大臣に送付した書簡がありますが、大問題になっていますが、大臣としては、どのように検討されたのですか」

金田勝年

5月18日、先週金曜日ですが、国連人権理事会プライバシー権利特別報告者が、日本政府に対する書簡におきまして、えープライバシー権利特別報告者が、日本政府に対する書簡におきまして、現在国会で審議中のテロ等準備罪法案につきまして、懸念を表明されたことは承知をしておりますしかしながら、書簡の中で記載されております、懸念や指摘事項の多くは、本法案の内容や、国際的組織犯罪防止条約の義務等につきまして、必ずしも十分な理解の無い中で、記載されていると見受けられると理解しております。えー(菅とと共通カンペを読み出して急にスムーズになる)、直接説明する機会が得られる無く、公開書簡一方的に発出されたこと、そして同書簡の内容が著しくバランスを欠き、不適切な内容であることにつきましては、外務当局において、強く抗議をしたものと承知しておりますそもそも国連は、国連安保理決議や同種の会議において、繰り返し表明しておりますとおり、わが国を含む、残された数少ない未締結国に対しまして、国際組織犯罪防止条約の一刻も早い締結を求めている、プライバシーの、プライバシー権利特別報告者は、独立した個人資格で、人権状況の調査、報告を行う立場にあり、その勧告等は国連の立場を反映するものではないものと考えております。申し上げるまでも無く、テロ等準備罪は国際的組織犯罪防止条約を締結するに伴って、必要なものとして新設するものであるところ、二つございます。一つは、対象となる団体を明文で組織的犯罪集団に限定することにより、一般会社団体労働組合などが適用対象とならない、そう明確にした点、それからもう一つの点は、したがって、こういう考えのものと、本法案は、プライバシー権利を含め、およそ人権を不当に制約するものではないことは明らかである、と関係省庁と調整しておりますし、同時に外務当局において強く抗議をしたものと承知をしております。以上であります。」

仁比

「なるほど、と自民党は言ってますが、驚くべき国際社会に対する不遜な態度じゃないですか。このケナタッチさんは個人、ということを、官房長官もえらく強調されていましたが、人権理事会の決議に基づいて、プライバシーに関する権利に関する特別報告者としての任務に基づく照会でしょ。これ、さまざまな、国際人権国際法に関して、こうしたやりとりが行われることありますけども、この4項目情報提供を求められていますが、情報提供をするべきものではないんですか」

金田

「ご質問の、プライバシーに関する特別報告者の指摘に関しては、その書簡の中身を精査をいたしまして、外交ルートを通じて、しかるべき回答をするものと承知をしております。」

仁比

しかるべき回答って、求められている情報提供をするのが、日本政府の務めであって、法務省はそこに関わって、実際にさっき大臣少しおっしゃりはじめたけども。だから私は国際社会について、国連にそれを言ったらどうですかといってるんです。情報提供をしっかりやるというのが政府の立場でしょ、それをね、書簡が届いた、いきなり不適切だ、抗議するっていう、国連人権理事会に対して極めて不誠実な態度だと私は思うんですが、大臣そういう認識は無いんですか。」

金田

「(国連対応は外務省だけど、聞かれたからあえて答弁しただけだもん、とおっしゃる)」

仁比

特別報告者から、わが国官房長官に対する反論が出ております大臣ご存知なのかどうか知りませんけども、

”私が日本政府から受け取った強い抗議は、ただ怒りの言葉が並べられているだけで、まったく中身のあるものではありませんでした。その抗議は、私の書簡実質的な内容について、ひとつの点においても反論するものではありませんでした。私は安倍晋三内閣総理大臣にあてた書簡に書いた、すべての単語ピリオドコンマに至るまで、維持し続けます日本政府がこのような手段で行動し、これだけ拙速に、深刻な欠陥のある法案を、押し通すことを正当化することは絶対にできません。今こそ日本政府は、立ち止まって内省を深め、よりよい方法で物事をなすことができることに気づくべきなのです。私が書簡にてアウトラインをお示ししたすべての保護措置を導入するために、必要な時間をかけて、世界基準民主主義国家としての道に、歩を進めるべきときです(つまり今は世界基準民主主義国家ではないと)”

 このような反論が出されるほど、今の日本政府の対応は極めて不誠実。言い方を変えますと、国内で、異論反論を、数の力で封殺する、国際社会の、人道法にのっとった、指摘に対しても、こうやていわば感情的に反発する、これ異論を封じて、何がなんでもって言う安倍政権に対する、この書簡は痛烈な批判だと思うんですけども、大臣いかがですか。」

金田

「ただいまご指摘の報道があることは承知しております日本政府として正式反論を受けたわけではないことから、コメント差し控えさせていただく。いずれにしても先ほどから申しておりますように、特別報告者からの指摘に対しては、外交ルートを通じまして、しかるべく回答をしていくものと承知をしております。」

仁比

「(この批判をうけている法案の責任者あんたで、あんたの答弁の内容がダメだって言われてんだぜという仁比議員)」

外交はうまくやっている安倍政権はさすがだにゃあ。

ケナタッチ氏は日本だけに意見をしているわけじゃない(イギリスの例)

 twitterとかはてぶとかを眺めていると、内政干渉だ、日本だけ甘く見やがってまた国連は、みたいな痛い主張をされている方がたがおられますが、国連人権理事会は、日本も批准している国際人権規約に基づき定められた組織です。また条約は国内法に優越ますので、当然日本の国内法に関して意見、勧告をする立場です。ケナタッチ氏は2015年国連人権理事会において初めて任命されたプライバシー担当の特別報告者です。特別報告者は、独立した個人資格とされていますが、この意味は、国連無関係の人、ということではなく、人権理事会の指示を受けずに行動できる、という意味です。特別報告者には国連人権理事会だけでなく、総会にもレポートを提出する権限があります。彼はもともとデジタルプライバシー専門家のようで、EUで活動していたため。就任早々イギリスインターネット監視法(Investigatory Powers Bill)に対して意見を出しています。これはほんとうにクソみたいな法律ですが、イギリスマンチェスターのテロのような事態が頻発していますので、昨年12月に、2年近い議論の末、成立したものです。これは、端から端までクソみたいな法律だと私は思いますが、以下のリンクにあるような意見を提示しています。まぁ簡単に言うと、くそみそに言ってるわけです。ガーディアンインタビューには、オーウェルよりもひどいとか、冗談想像するよりもはるかに上を行っていて驚愕したみたいなことを言っています

http://www.ohchr.org/EN/Issues/Privacy/SR/Pages/AnnualReports.aspx

 当初案の概要を言うと、イギリス国内で行われるインターネット通信の全てを監視する権限警察に与える、警察監視する組織は無い。また英国内で活動するコミュニティプロバイダーのEnd to End encryption (E2EE)を禁止する、という法律でした。修正してもクソみたいな法律ですが、一応修正案では、警察活動が適正であるかどうかを監視する独立のコミッティーが設けられること、E2EEの禁止はしないが、英国内のサービスプロバイダーは復号する技術を確保すること、英国外の会社はこの義務を負わない、というところまでは修正されました。この修正を主導したのは、労働党と第4会派の自由民主党です。普通の国では、一応数で決まるにしても、絶対原案通り通さなければならないなんていうこだわりはなく、ごくごく当たり前に野党の指摘事項に対して、与党協議して法案を修正していくのです。昔元民主党の嶋聡さんがカナダだかドイツだかの議員と話したときに、「えっ野党なのに法案修正に参加するんですか」と驚いて聞いたところ、「国会議員が法案の修正をしないなら何をするんだい?」といわれたというエピソードを話されていましたが、まぁそういうことでしょう。(委員会質疑を通して公開で修正していく議会と、非公開の党同士の協議だけで修正して、委員会疑義に答えないわが国の議会の違いがわからない方がいらっしゃるようです。)

 そしてイギリス議会ディベートとりまめにも、ケナタッチ氏の指摘事項は取り上げられています

http://services.parliament.uk/bills/2015-16/investigatorypowers/documents.html

https://www.publications.parliament.uk/pa/cm201516/cmpublic/investigatorypowers/Memo/IPB36.htm

https://www.publications.parliament.uk/pa/cm201516/cmpublic/investigatorypowers/160324/am/160324s01.htm

 またこの法案に関しては、プライバシー担当だけでなく、表現の自由担当などからも同様のSerious concernsが示されていますが、英国が「極めて不適切だ!」なんて怒ったりはしてないですよ。

以下は英国下院での質疑です。質疑者はジョアンナ・チェリースコットランド国民党議員です。答弁者はデヴィッドアンダーソン、この法案に関する政府の専門委員です。

チェリー

「三番目に、法案の合法性についてお聞きします国連特別報告者が、この法案に懸念を表明し、この法案には、EU法、または英国に課されているEU人権に関する条約のオブリゲーションにこたえていないのではないかとしています。彼は特に、このような権限が、一見して、欧州司法裁判所のSchremsの判例に、または欧州人権裁判所のザカロフの判例が示したベンチマークに反していると提言しています。このレポートをご覧になりましたか。」

アンダーソン

「見ました」

チェリー

「彼の指摘にあなたはどのような見解をお持ちですか」

アンダーソン

「彼はヨーロッパ法あるいは国際法が要求しうる一つの側面についての見解をかなり拡大しておられると思いました。私は、それが唯一の見解であるとは思っておりませんし、250人の優秀な弁護士サインを添えて、ガーディアンにも送ったところです。(このコメントはまず第一にガーディアンの一面インタビューで示されて、そののち年次報告書で挙げられた。)

 例をお示ししてよろしいでしょうか。ハンガリー事件で1月に示された欧州人権裁判所判例では、”大規模なコミュニケーション監視は、差し迫った事件兆候に対しては容認されうる”としております。これは(議論が)進んでいるところであると思います。また、このような権限に対しては、適切な法的なセーフガードが必要であることを示唆しているだけであろうことは、賢明な方には同意していただけると思います

 私は欧州裁判所の中でも現在つの見解があるものと承知しています。私はその点で、特別報告者に同意しないわけでありまして、また250人の弁護士の方も、この法案に賛成する立場を明らかにされております。もちろん、もっと判例クリアになっていくと思われますが、夏ごろまでに、ルクセンブルグデービスワトソンの件が結審すると思われますので、それを待ちたいと思います現在のところ、私はこのような例(大量監視)に対する判例は明確になっていないものと考えております。」

チェリー

「ではあなたの見解では、司法判断は、拮抗した二つの潜在的な議論の方向性があって、我々はそのシチュエーションを詳しくは存じませんが、デービスワトソンの司法判断が今年後半に出れば、よりよい方向性が示されるかもしれないということでしょうか」

アンダーソン

「またストラスブールビッグブラザーウォッチアンドリバティの件もございます。この件は結審がいつかは私は知りませんが、少なくとも、基本的に二つの見解があるということでございます。(この、反対意見がある、ということを認められないのがわが国の与党)一つは、大規模なコンテンツへのアクセスは、たとえ機械によるものであっても間違っていて、非常に強力な規律に従った場合でも、人々のプライベート生活に実際に、最小限の介入することも許されない、という見解。またもう一つは、より実践的な、これは程度の問題であって、どうしても必要な場合には、その場合に応じて必要な程度のプライベートへの介入をすることは仕方ない、とする見解です。」

チェリー

個人的情報について簡単に伺いたいと思います。それが可能であれ、不可能であれ、医療に関する情報のような英国市民が一人ひとりもっている情報についても、大量監視によって収集される危険性はありますか。」

アンダーソン

「私は法的にはそれは排除されていないと考えています。どちらにせよ、それが正当化されるかどうかは、第一に、国務大臣サインをしたかという点、第二に裁判所がそれを認めたかどうかという点に依存すると考えております。(一般人監視対象にはならないわけであります。と安倍、金田ならいうところですね)」

チェリー

現在の法案で、この大量監視対象には、子供も含まれ可能性があるという理解でよろしいですか」

アンダーソン

「くりかえしますが、法的にはその可能性は排除されておりません。(わが国でしたら、子供監視対象になることは考えられないわけでありますというところだね)」

チェリー

「では、このような内国安全テロリズムに関する調査が、子供対象にして行われるなどということは到底正当化できないということには同意していただけますか」

アンダーソン

データセットの対象の件に関しては、私の所掌するところではないので、お答えは差し控えさせていただきます個人情報用途につきましては、私が知る限り、情報局コミッショナーのほうで数年間保管され、そのレビューを受けることとなっていると承知しております。彼に聞くのが適切であると思います。」

んで、いちおうケナタッチ氏も、2017年報告書で、とてもではないが、完璧ではないが、監視委員会の設置など、最低限の修正がされたことは歓迎したい、というような報告をしていますよ。おそらく、次回の報告書で、日本は名指しで批判されると思いますが、わが国の官房長官はじめの面々はカエルの面にしょんべんで、いっさい気にされないと思いますがね。

 あと、大事な点ですが、日本を除いた全ての先進国は、個人通報制度留保していないので、共謀罪に限らず、国の法律により、国際人権規約に反する扱いを受けた場合には、国連に直接、個人通報することができます。日本が各国が持っている共謀罪を導入するとされている今回の法案に対して、ケナタッチ氏は、裁判所ほとんどチェック機能果たしていないという現在の司法制度の問題点を指摘していましたが、人権理事会そもそも個人通報制度の窓口ですから、この点についても日本には厳しく当たってくると思いますよ。

追記:これによって、イギリスの野党はすごいって言いたいわけではないので、そこはもにょるわけですが。特に、この法案に対する労働党の腰砕けっぷりはひどいもんで、テロが頻発する内情を勘案して、おおっぴらに反対することができずに、アンディ・バーナムあたりが、労働党のクセに、積極的に法案通過に協力してるのはもうなんだか終わってるなぁとは思っているわけです。

 ちなみにこの法律の成立によって、英国で行われる全てのインターネット通信の記録が残されることになり、イギリス事業者大臣裁判所の求めに応じて全ての暗号を復号する義務を負うようになります。つまり、ある個人のAさんがインターネットで何を買ったか、何を検索したか、どんなSNS発信をしたか、全てのログを取って、必要に応じて解析する、という立て付けの法律ですので、まぁオーウェルよりひどい、という意見も当然でしょうが、ここで言いたかったのはあくまで、国連特別報告者にコメントされたからって英国政府は抗議なんてしてないってことと、最低限英国政府は、法案が何をするのかについてはごまかさずに正面から示している、という、この2点です。労働党が「確かな野党」的ポジションにいる、ということが言いたいわけではないわけ。まぁ本当に最低限の修正だけはしたんだろうけどね。

2017-05-19

ルジャンドルフランスウラン(Oullins)に生まれランス大学およびパリ大学に学んだ[1]。父親のJean-François Legendre-Héralは人物像を得意とした古典主義彫刻家エコール・デ・ボザールの教師[2]。24歳のときニューヨークの著名な弁護士の娘であったクララヴィクトリア・ミュロックブリュッセル結婚した。結婚後すぐに米国移住し、帰化した。

南北戦争[編集]

1861年に南北戦争が勃発すると、ルジャンドルは第51ニューヨーク志願兵歩兵連隊兵士募集に協力し、1861年10月29日に同連隊少佐に任官した。その後ノースカロライナでの戦闘従事し、1862年のロアノーク島の戦いにも参加した。しかしながら、1862年3月14日、ニューバーンの戦いで重傷を負った。

負傷にもかかわらず、ルジャンドルは軍を離れず、同年9月20日には中佐に進級。1863年には第9軍に配属され、多くの戦闘に参加した。1863年3月14日には大佐に進級。ヴァージニア荒野の戦いではユリシーズ・グラント将軍の指揮下にあったが、その最中の1864年5月6日ルジャンドルは再び重症を負った。今回は顔面を撃たれ、左目と鼻を失った。アナポリス病院入院したが、その間にも南軍最後攻撃から街を防衛するための準備を手伝った。その後ニューヨーク移送され、そこで第9軍の兵士募集を手伝った。1864年10月4日名誉除隊したが、1865年3月13日には准将名誉進級した。

中国[編集]

1866年7月13日ルジャンドル厦門米国領事に任命された。7月ニューヨークリバプールに向けて出港し、その後ヨーロッパアジア大陸旅行12月厦門に到着した。領事として、ルジャンドルは5つの条約港、すなわち厦門基隆台北、淡水および高雄責任を持った。そこでは、年季奉公人の不正取引抑制に尽力した。

1867年3月12日米国ローバー号が台湾遭難し、その乗員が台湾原住民殺害されるローバー事件(en)が発生した。ルジャンドルは福州へ赴き、台湾中国側当局問題解決圧力をけるように、福建・浙江総督を説得した。福建総督は自ら行動は起こさなかったが、ルジャンドル台湾に行く許可を与え、台湾知事が協力するように紹介状を書いた。

ルジャンドルは、遭難現場訪問のために米国船アシュロット号を雇い、台湾当局に行動させようとした(これは失敗した)。その後アメリカ合衆国海軍ヘンリーベル少将懲罰作戦実施したが、これも失敗した。さら情報を集めるため、ルジャンドルは再び台湾に出向いた(このときは、紹介状は無しであった)。

中国へ戻ったルジャンドルは、南台湾に軍隊派遣するよう福州の総督を説得し、ようやくこれに成功した。ルジャンドルは400〜500人の規模を希望したが、これよりはかなり小さな遠征隊が、1867年7月25日台湾に送られた。ルジャンドル砲艦派遣ベル提督要請したが、これは拒否された。このため、武装商船ボランティア号が雇われた。ルジャンドル9月4日台湾上陸したが、上司に対しては全くの傍観者として行動したと報告している。

ルジャンドル直ちに本来任務を開始した。南台湾の険しい山岳地帯を通りぬけ、原住民酋長と難破した欧米の船員の安全保証するための条約協議した。

1871年9月6日琉球宮古島)の船が台湾沖で遭難したが、ローバー事件と同様に、多数の船員が殺害された(宮古島島民遭難事件)[3]。1872年2月29日ルジャンドルは先に結んだ条約日本人船員にも適用するよう拡大するため、台湾に出向いた。任務は不成功に終わり、またルジャンドル北京駐在米国公使フレデリックロウ(en)とも不仲になってしまった。

日本[編集]

1872年厦門から米国へ戻る途中、ルジャンドル日本に立ち寄り、明治政府台湾問題武力解決提唱した。これは副島種臣外務卿意見とも一致しており、ルジャンドル米国領事の職を辞し、1872年12月12日外交および軍事顧問として明治政府雇用された[1]。1873年2月、副島は2年前に台湾で起きた宮古島殺害事件の処理交渉特命全権公使外務大臣として北京派遣されたが、ルジャンドルもこれに参加した。この交渉部分的には成功であったが、引き続きルジャンドル1874年台湾出兵の準備を手伝った。台湾問題に関して、ルジャンドル駐日米国公使チャールズ・デロングの支援を受けており、また個人資格でこの遠征に参加するつもりであった[4][5]。加えて、2名のアメリカ軍人が雇用された。ところが、デロングの後任の米国公使ジョン・ビンガムは、ルジャンドルを支持せず、1874年4月19日台湾出兵は一旦延期とされた。ルジャンドルらは長崎で出征準備を整えていたため、大久保利通長崎に向かった。結局遠征部隊5月18日長崎を出港したが、ルジャンドル大久保と共に東京に戻った。その後、ルジャンドル交渉のため福州に派遣されることとなったが、アメリカ総領事職場放棄の罪に問われ、短期間ではあるが上海収監されてしまったため、遠征には参加できなかった。1875年には日本政府から勲二等旭日重光章を授与されたが、これは外国人としては最初のものであった[1]。その年の末には顧問を辞任した。

ルジャンドル1890年まで日本滞在し、大隈重信個人的顧問を務めた。

韓国[編集]

1890年3月ルジャンドル日本を離れ、朝鮮王高宗顧問となった。1899年9月1日漢城(現 ソウル)で卒中により死亡するまで、その職を務めていた[6]。

2017-05-18

菅義偉怪文書とした加計学園文書田崎史郎安倍擁護しようとし逆にペラる。「これ本物。発言知る人は一部のみ。僕も知っていた」

菅義偉怪文書とした加計学園文書

田崎史郎安倍擁護しようとし逆にペラる。「これ本物。発言知る人は一部のみ。僕も知っていた」

http://hitomi.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1495067094/

田崎史郎

「これは本物。総理がこういった発言をしているのを知っている人は限られている。

僕も前から知っていた。出所も判明している。

リークした人は問題起こし処分された人で逆恨みではないか

文章は本物

とくダネ 2017年5月18日

https://youtu.be/bqlF6PPsNu4?t=3498

田崎スシロー文書は本物 前から知っていた」

実はこの田崎の発言は、朝日の続報が出るのを知った官邸姑息作戦変更を反映したものらしい。

「昨日夕方くらいまでは『捏造文書』と言い切っていた安倍官邸ですが、どんどん新しい証拠が出てくるので、本物と認めざるをえなくなった。

そこで、今度は『文書出所天下り問題で“依願退職”した元文科省事務次官前川平氏だ』と言いふらし始めたんです。

まり天下り問題でクビを切られた前川氏が政権への“恨み”を晴らすためにばらまいたシロモノだ、と主張しているんです」(大手新聞社記者

 しかし、この「官邸情報」は、逆に今回の文書信憑性を高めるものだ。前川氏は、この文書作成された昨年9月10月事務次官という

文科省において官僚トップの座に就いていた人物事務次官がこの文書を持っていたとすれば、それこそ文書信頼度は増すというものだ。

http://a.excite.co.jp/News/column_g/20170518/Litera_3166.html

2017-04-20

BUZZFEED一橋大の同性愛自殺事件記事https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/hitotsubashi-outing-this-is-how-it-happened?utm_term=.xpAgJv0rxY#.abowKlOv73)を読み返してたんだけどさ、

・「授業までに来なかったら起こして」と頼んだ。

4月22日、評判のいい12個の中堅法律事務所URLLINEで送った。

・口頭やLINEで、食事に誘った。

5月中旬、他の友人と一緒にハイキングに行こうと誘った。

5月18日、友人とラーメン屋に行こうと話していたら、誘ってもいないのについてきた。

・友人と司法試験予備校講演会に参加しようという話をしていたら、Aくんも行くと言いだした。

5月下旬以降、学校ラウンジで話しかけてきた。「うん」「そう」と返事をしていたところ、頭を抱えて「うあー」と声を出した。腕の付近に触れてきたので、「触るな」と告げた。

・「今日香水いかな」と言ってきた。

これやっぱり振った振られたの関係って考えるとキツイ。これをもし振られた男が振った女に同じことしたら非難轟轟になると思う。

それを

大学の友人であれば、どれもごく普通にありそうな話だ。

って記者主観でまとめちゃうのどうなの。

2016-08-21

やっぱりサヨクかよ

http://anond.hatelabo.jp/20160821140818

自称貧困JKに都合いいとこしか見てないもんな

こんなに金使いまくってる女子高生のどこが貧困

いかげんにしろ

5月1日 鎌倉東京(交通費1000) 7800円の舞台

5月5日 鎌倉東京(交通費1000) 親子で東京ワンピースタワー(3000円×2名)を満喫

    麦わらストアでワンピグッズお買い上げ(1000と仮定)

    ワンピースレストランラティエでお食事(1500と仮定)

5月8日 鎌倉新宿(交通費1000) 映画 劇場版遊戯王 鑑賞(舞台挨拶)2000円

5月18日 映画 劇場版遊戯王 鑑賞(1500と仮定)

6月19日 映画 少女椿 鑑賞(1500と仮定)

7月4日 ワンピグッズ6点お買い上げ(6000と仮定)

7月13日 映画 猫なんかよんでもこない。 鑑賞(1500と仮定)

7月23日 ワンピ映画鑑賞1回目 109シネマズ湘南1400円

7月25日 ワンピ映画鑑賞2回目 109シネマズ湘南1400円

7月26日 ワンピ映画鑑賞3回目 イオンシネマみなとみらい 4DX上映2700

7月31日 ワンピ映画鑑賞4回目(1500と仮定)

8月11日 鎌倉お台場(交通費1000) お台場大陸イベント(2000円)を満喫

    ワンピースレストランラティエでランチ(1500と仮定)

    ジャンプショップにてワンピグッズ10点以上お買い上げ(10000と仮定)

8月14日 鎌倉新宿 ワンピ映画鑑賞 5回目 (舞台挨拶)(2000と仮定)

推定総額およそ55000

交通費食費その他もろもろを考えるともっといってると思われる

2016-05-19

二大スター競演

1.原価計算

らくからちゃ ‏@lacucaracha 5月17日

からさまな敵意をぶつけられてくると、色々と疲れるなあ・・・。まあ、仕事では慣れっこだけれども。

@Knewtonsくんのは、若干自業自得感あるでw

2.コメダホチキスマン

にゅーとん ‏@Knewtons 5月17日

まあそうなんですけれどもw

3.原価計算

らくからちゃ ‏@lacucaracha 5月17日

兄さん、完全に炎上芸人やと思われてまっせw

4.コメダホチキスマン

にゅーとん ‏@Knewtons 5月17日

本気で炎上させようと思ったらもっと辛辣にかけるんですけどね…。納得がいかなかったことを書きたかっただけなんですよ僕は
5.コメダホチキスマン

にゅーとん ‏@Knewtons 5月18日

にゅーとんのラジオPCからキャス配信中 -

ブックマーカーバカばかり

バカどもにいちいち説明してる暇はない

・5分程度で書いた記事に何熱くなってんの?

ブログときに熱中してる奴らは馬鹿

・今月PV31万で収益PS4数台分余裕

・ヒトデのオフ会メリットになりそうな奴がいなきゃすぐ帰る

・大した奴いなかったら適当に抜ける

6.コメダホチキスマン

にゅーとん ‏@Knewtons 5月18日

アホにからまれる機会が増えてきた。

2015-05-30

鈴木煉獄丸の現在について

5月18日ツイートが途切れているアルファツイッタラー鈴木煉獄丸氏(@suzuki_buffalo)ですが、現在労働基準局から彼の勤務先の会社行政指導が降りている最中のようです。さらに、その指導の途中で彼のアカウントがバレてしまい、彼のアカウントの取り扱いについて今後どうするかで相当モメているようです。

2014-07-11

粛正されないためのスケジュール管理タスク管理進捗管理

よく悪役のナンバー2あたりが焦りながら「under control!」って言って粛清される場面があると思うけど、

管理って、「ある状態にする」って意味がある。

大抵の場合それは、「自分が思う状態にする」だったりするので、

施設管理部って部署は、施設を常に使える状態においたり、どういう状況か把握しておく所だったりする。

(だから「俺はこの状態を管理できてます!」って叫んで、できてねーよって粛清されるわけだ)

スケジュール管理

では、スケジュール管理とはなんだろうか。粛清されないためには管理下におかねば!

日本語にすると、日程管理とかになるだろう。

Aの更新期限は7/5まで、

Bの申し込みは9~16日まで、

C資格試験は18日で、

Dの書類は7/15〜8/20必着で、

Eに今週中に電話する(x曜日は定休日)……

みたいに多くの予定が重なってると今日は何をするのかわからなくなる。

Aが忙しいから、Eの電話を来週にしよう!みたいに「日程を変更する事ができるもの」が、管理だ。

C資格試験の日程は、元増田が変更できないだろう?それを「under control」って言うと粛清される。

そうすると、スケジュール管理的にはこうなる。

まり、Cは管理下に置けない。「YOU can't control」だ。

しかし、限定的ながらも日程変更ができるものが4つもある。

じゃあ、どうやって日程を決めれば良いのか?

それはタスク管理することによって決められる。

タスク管理

では、タスク管理とはなんだろうか。粛清されないためには管理下におかねば!

日本語にすると、作業管理とかになるだろう。

18日のC資格試験勉強しなきゃと思ってたらAの手続き忘れてたとかしょっちゅうやってしまう。

これはまずい。粛清対象だ。つまり元増田は、タスク管理ができていない。

この場合、A~Eの5つのタスク(作業)がある。

そうすると、タスク管理的にはこうなる。

  • 可能:Aの更新期限は7/5まで、
  • 可能:Bの申し込みは9~16日まで、
  • 可能:C資格試験は18日で、
  • 可能:Dの書類は7/15〜8/20必着で、
  • 限定:Eに今週中に電話する(x曜日は定休日)……

電話に誰もでんわ、みたいな状態があるので、Eは実は限定的管理だ。

じゃあ、「可能」とはどういう意味だろうか?

それは進捗を管理することによって決められる。

進捗管理

では、進捗管理とはなんだろうか。粛清されないためには管理下におかねば!

英語にすると、progress controlとかになるだろう。

手続き忘れるというか、Aの更新期限今月だっけ〜と思って確認したらもうとっくに過ぎてて絶望した。

もう絶望だ。間違いなく粛清される。

さて、さっき英語で「ぶろぐれす こんとろーる」と言ったが、プログレスバーって聞いたことないだろうか。

Windowsコピーしてて、8割ぐらい埋まってて残り10秒ってなってるのが、突如30秒に増えたりするアレだ。

増えるとイラっとするだろう。元増田イラっとされるとまずい。粛清される。

進捗どうですか?」というナンバーワンからの問いかけは、

「今どの駅にいますか?」というメールと同じだ。今、品川を過ぎたのでもうすぐ降ります

まり、Aというタスク進捗管理とは、路線を敷き、駅を立て、どこを走っているか管理下に置くことだ。

少なくとも元増田は、タスクに気が付くだけの能力がある。だからナンバー2にはなれる。

しかし、それを管理できない。粛正される。なぜか?

そして最初スケジュール管理に戻る

Aのタスクに気が付いた時点で、路線を敷いて、駅を建てないからだ。粛正されないためには管理下におかねば!

  1. まず、Aが完了するという終着駅を作る。Aの更新手続き完了だ。
  2. 次に、Aを開始するという始発駅を作る。Aの更新手続きがいつまでか調べることだ。
  3. そして、Aの更新手続きを、中間駅として建てていく。

これはつまり限定的な日程決定を、タスクが可能な間に、進捗駅を立てて、列車運行を管理すると言うことだ。

日付に駅を建てる。これが、スケジュール管理になる。

タスク(作業)の駅を建てていこう

例えば5月の間に「あー、Aの更新しないとな。まだだよな」と気が付いたとする。

この時点で、とりあえず終着駅と始発駅を作る。

例えば、「流石に12月じゃなかったはずだ。じゃあ終着駅11月30日、始発駅5月18日にしよう」

カレンダーに、そう書き込もう。

書いてあれば5月18日に「ああ、Aの更新手続きは7/5までか、終着駅を7/5に変更だ。中間駅を7/1にしよう」とできる。

そして、7月1日には、更新手続きを行える。完了してしまえば、7/5の終着駅は消せる。

例えば、7/1にB~Eに気が付いたとする。(ナンバー2にしては遅すぎるが)

  • Bの申し込みは9~16日だ。じゃあ7/9が始発駅で、16が終着駅。中間駅を7/12に。
  • C資格試験は18日が終着駅で、始発は7/1だ。中間駅は、7/8と7/15にしよう。
  • Dの書類は7/15〜7/20(8/20じゃないよな?)必着なら、7/13始発駅で、7/18が終着駅。中間駅を7/15。
  • Eは7/7〜7/13に電話する。土日が定休日から、始発は7/7, 終着駅は7/11中間駅を7/9に。
こうしてカレンダーに書き込んでいくと、きっとこんな並びになる。

こうすると、その日に書いてあることをやれば良い。

7月10日ナンバーから「C試験進捗どうですか?」と聞かれても、

「(7月8日に1/3進んでなければ)進捗駄目です!7/11に再確認して報告します!」と答えられる。

簡単なまとめ

管理とは、自分で自由に変更できるモノを言う。

スケジュール管理とは、カレンダーに進捗駅を書き込むことを言う。

進捗駅とは、タスク毎に始発駅、中間駅、終着駅を作ることを言う。

人によって、タスクストックしておいて、毎月路線を敷いたり、毎週路線を敷いたりする。

でも、忘れっぽい人は、とりあえずで良いから路線を敷いて、駅を建てることをオススメする。

タスクノートと、タスクカレンダーを準備しよう。

タスクをもれなくノートに書いて、カレンダーに駅を建てていく。

そして、ノートを見ながら何本の列車が走っているか見て、カレンダーを見ながら電車が今どこにいるか見る。

これが「under control!」だ。管理下に置いていれば、粛正はされない。

スケジュール管理苦手な人向けライフハックとかアプリ紹介お願いします。

http://anond.hatelabo.jp/20140709162424

2014-05-21

ジョブセンスリクナビ検索圏外!グーグルというドS企業www

もうかれこれ半年くらい前に就活という検索をしたらリクナビが出てこなかった。

リクナビといえば就活生の間では有名でむかしからずっと就活検索すると一位表示されていた。

それが今や1000位にも入っていない。いやいや、ざまあみろなんて思っていないですよ^^

そして5月18日に再びグーグルが動いた。

今度はパンダアップデート4.0というアルゴリズムが発動した。

この変動でなんとあのジョブセンスペナルティを喰らった。

これまでアルバイト検索すると一ページ目に表示されていたのに

いまや1000位圏外。

えげつないイメージリクルートだろうが、

クリーンイメージジョブセンスだろうが、

グーグルの手にかかればひとたまりもない。

事業ポートフォリオが少ないリブセンスはクオーター業績にもかなり影響が出るだろうな。

リクナビはカネに物を言わせて力づくで上位表示させてたからざまあって感じだけど

リブセンスはコツコツとSEOスパムを積み上げてきた会社からどっちも南無阿弥陀仏乙って感じ

ちなみに今回の変動でジゲンのサイトペナルティ解除されたのか

のきなみ検索順位が上昇している。(しかし、上場前ほどの上位表示は出来ていない)

2014-05-11

2014-05-11 アタック25実況liveanb側集計結果

きせいさんは鐘を鳴らすだけで十分だ

みなさんおつです

・01 オードリー・ヘップバーン (40): (-@∀@) ◆ABC6H3G1B2

・02 新緑 (63): ◆RbdsL/2C4E

・03 アンナ・カレーニナ (75): ID:AoBzUdh8

・04 武蔵丸 (81): ID:2spCWPOQ

・05 2(番 (97): ID:vw9CQQHQ

・06 村上海賊の娘 (124): ID:AoBzUdh8

・07 キジ (129): ID:AoBzUdh8

・08 赤いスイートピー (148): ID:AoBzUdh8

・09 犬養毅 いぬかいつよし (181): ID:LqB1JAWV

10 ニョロニョロ (199): ID:XFTEjDWD

11 忌野清志郎 いまわのきよしろう (219): ID:AoBzUdh8

12 目 (228): ID:2spCWPOQ

・13 桑田真澄 (244): ID:AoBzUdh8

・14 キャッツ[CATS] (261): ◆RbdsL/2C4E

・15 蒸す (275): ID:DwAfvZh/

・16 鹿《か》の子(絞り (294): ID:AoBzUdh8

17 ガンジス川 (305): ID:AoBzUdh8

・18 40にして惑わず[不惑だけど] (319): (♂・∀・)♂ ◆VVVF/4gFB.

・19 1(番 (344): ID:XFTEjDWD

20 小樽(市 (366): ◆SO1.YhfArk

・21 コートジボワール (391): ID:bui8iC1D

・22 ツツジ (400): ID:wjQi61yB

23 バイオリン (405): ID:AoBzUdh8

24 3(時間 (428): ID:leynAXmh

・25 第 3 日曜日 (458): ID:uKJSRpzS

・26 およそ 67 パーセント ID:-----

・27 なんという豆:そらまめ (495): ID:bheBySP0

28 萩原朔太郎 はぎわらたくたろう (507): ID:AoBzUdh8

・29 3(人 (514): ID:AoBzUdh8

・30 スウェーデン (544): ID:2spCWPOQ

・31 8(倍 (560): ID:AoBzUdh8

・32 ニクソン (675): ID:T41ODrdQ

33 熊川哲也 (695): ◆RbdsL/2C4E

・xx 岩合光昭 いわごうみつあき (845): ID:B85CB1aw

・yy (1)オアフ(島 (934): ID:uKJSRpzS

12pts. ID:AoBzUdh8

3pts*2 ID:2spCWPOQ ◆RbdsL/2C4E

2pt ID:XFTEjDWD

1pt*13 (♂・∀・)♂ ◆VVVF/4gFB. ID:----- ID:DwAfvZh/ ID:LqB1JAWV ID:T41ODrdQ

ID:bheBySP0 ID:bui8iC1D ID:leynAXmh ID:uKJSRpzS ID:vw9CQQHQ

ID:wjQi61yB (-@∀@) ◆ABC6H3G1B2 ◆SO1.YhfArk

携帯サイト 今月 2452名中 累計 44717名中

-----

追記:5月18日・25日以降も書けなかったらこっちに書きそう

http://anond.hatelabo.jp/20140511132839

2013-10-28

静岡ダービーと悲願の清水エスパルス

磐田リーグ通算対戦成績16勝5分22敗で迎えた第30節ジュビロ磐田vs清水エスパルス

この試合は1/34ではない特別な1戦、静岡ダービーだった。

ジュビロ磐田ヴァンフォーレ甲府静岡ダービー試合結果によっては今節で降格が決まる。

清水エスパルスサポーターにとっては今までの屈辱を晴らす一戦でもあった。

実際には試合開始前にはヴァンフォーレの引き分けは確定しており今節で降格は免れていたが…

ここからは私が知る(調べた)静岡ダービー歴史を記す。

Jリーグ黎明期

Wikipediaより

磐田サポーターの間では、Jリーグ設立時に磐田の前身であったヤマハ発動機JSL一部(当時)屈指の強豪であったにもかかわらず、「市民球団」を標榜する清水に参加権をさらわれた、という意識が未だに根強く、清水戦を特別視する人も多い。一方、清水サポーターサッカー王国清水としてサッカー文化根付き各年代代表選手を送り込み“サッカー王国”といわれる静岡を牽引してきたのは清水という自負がありJリーグ参加チームで唯一“サッカー王国静岡清水”という名前のみで参戦できたことを誇りに思っている多くのサポーターがいる。

Jリーグ加盟に際して、ヤマハサッカー部も当初は初年度からの加盟を目指そうとした。しかし、清水市(現・静岡市から市民組織クラブチーム清水FCエスパルス母体)が結成され、Jリーグ加盟を目標に立てていた。

だが全国大会の出場歴が全くなく、資金や選手補強などの面で劣る清水FCに対し日本サッカー協会プロ検討会は経営資金力強化、並びに当時は静岡県に複数のチームを加盟するのは時期尚早ということでヤマハサッカー部とのチーム統合を提案するが、ヤマハはあくまでも単独チームでのJリーグ参加を目指すとしてこれを拒否。

またヤマハ自体もプロチーム設立へ向けた法人化手続きや、ホームスタジアムの整備などの準備面で清水に遅れをとったのが災いし、結局初年度参加メンバーから落選することになる。ヤマハはこの後1992年地元企業マスコミ団体などとの協力によりプロ化を念頭に置いた「株式会社ヤマハフットボールクラブ」を設立し、1993年ジャパンフットボールリーグからJリーグ昇格の権利(2位以内)が与えられる準会員制度適用第1号(他日立柏レイソルフジタ湘南ベルマーレ)となり、その年のリーグで準優勝してJリーグ昇格を決めた。

この時点においては清水エスパルスサポーター側にはジュビロ磐田に対する対抗意識はなかった。

しかジュビロ磐田側にとってはJリーグ加盟を奪われたと思われていた。

経営面や施設面で不備があったにもかかわらず…。

1998年

1994年4月6日初めての静岡ダービーが行われる。この試合清水エスパルスが勝利した。

しかし、5月18日から1996年4月27日まで8連敗を喫する。

さらに、1997年にはジュビロ磐田清水エスパルスよりも先にリーグ優勝をした。

このあたりから清水エスパルスサポーターに対抗意識が芽生えてきたようだ。

ちなみに初めて「蛍の光」を清水エスパルスに歌ったのが1994年5月18日。以後ことあることに歌うようになる。

1999年

年間チャンピョンを決めるチャンピオンシップにて清水エスパルスジュビロ磐田に負け初の年間優勝を逃す。

2005年

清水エスパルス降格の危機の際ジュビロ磐田サポーター

「俺達は清水が滅ぶまで戦い続ける磐田を見て死ね」の横断幕を掲出する。

「A name of kingdom IWATA と 今までの獲得タイトル」を記した大型フラッグを掲出する。

「A shame of kingdom SHIMIZU と Empty?」を記した大型フラッグを掲出する。

ジュビロ磐田清水エスパルスエンブレムを天秤に載せた」大型フラッグを掲出する。

ゲーフラでは「J2 死水」や「ROAD TO J2」などと掲出

蛍の光」を合唱する。

2011年

「ゴトビへ核兵器作るのやめろ」の大型フラッグを掲出する。

この事件により清水エスパルスジュビロ磐田のコアサポ間で行われていた交流がなくなる。

2013年

ジュビロ磐田降格の危機の際清水エスパルスサポーター

「降格?嘘だよね?バーカアホメガネジュビロくんの絵」の大型フラッグを掲出する。

ジュビロ磐田フラッグに穴をあけJ2」と記したフラッグを掲出する。

「J2 チャレンジ 一年生」「格下」「A Shame of Kingdom?(笑)」「片道切符の島流し」などとゲーフラを掲出する。

「勝利は続くよどこまでも」を合唱する。

おわりに

Yahooニュースコメント欄にいろいろ書かれていたので増田してみました。

今回の出来事について当然賛否があることでしょう。

ただ、こういった歴史があったうえでのことなのです。

しかしたらこれも静岡サッカー文化なのかもしれません。

歴史は続いているのです過去があって今があり未来があるのです。

2013-06-22

乙武氏、後釣り宣言騒動に関するメモ

流れ

2ch民が乙武氏のインタビュー記事発見

http://www.cinematoday.jp/page/A0003643


レストラン騒動に対する後釣り宣言(煽り)内容だとしてVIPにてスレ立て

http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1371818332/


2chまとめブログ(カメ速)がスレ内容をまとめ公開

http://kamesokuhou.com/archives/29621291.html


SNSなどで拡散されSNS民が乙武氏を批判中

http://togetter.com/li/522107

http://b.hatena.ne.jp/entry/kamesokuhou.com/archives/29621291.html


釣りではないという指摘

乙武洋匡は「わざとレストラン炎上させたからw」なんて言ってない

http://d.hatena.ne.jp/muteit/20130622/1371864210

そもそも、この記事で話題になっている『だいじょうぶ3組』という映画、いつ公開なのかというと2013年3月だ。そんな時期の映画に関するインタビューを、6月中旬の今になって載せるものなのか?

そこでシネマトゥデイサイトアクセスして軽く調べてみると、記事のリリース日があっさり分かった。


2013年3月28日。言うまでもないことだけれど、乙武洋匡レストランと一悶着を起こしたのは2013年5月18日。記事が公開されてからずっと後の話だ。


上記ブログ記事への個人的な意見

http://d.hatena.ne.jp/muteit/20130622/1371864210

しかし、カメ速の編集内容は、明確に「レストラン炎上を起こした乙武洋匡が、後出しジャンケンでみっともない事を言っている」という印象を読者に与えんとするものであり、まったくもってアンフェアであり、極めて悪質だ。乙武洋匡の例のレストラン騒動について、彼の言動には当然非があるし、みっともなさもあった。しかし、だからと言って、発言の時間軸を入れ替えてまで「みっともない言い訳を展開する乙武洋匡」の姿を捏造する事に妥当性はない。

・記事にて指摘されている”発言の時間軸の入れ替え”については2chスレに元々記載されているものであり、まとめブログ故意編集し行ったものではない

問題スレ過去ログ

http://www.logsoku.com/r/news4vip/1371818332/


・ただしまとめブログタイトルレストラン騒動に対する発言に見えるよう改変し、煽っている事実はある

【元スレ乙武ツイッター炎上は わ ざ と w 皆ご苦労様w」

まとめブログ乙武「このあいだのTwitter炎上はわざとだからwww皆ご苦労様www」

ここで一句

ネット民 重箱の隅 つつきあう つついた隅から 炎が漏れ出す

2013-05-18

意味が分からない

御飯の美味しくなる要素が何処に……

2012-05-26

studygift自分用まとめ1

文字数が多くなったようで切れた http://anond.hatelabo.jp/20120528111505

人物

連続起業家。悪ふざけをしながらリアルネットわずカフェwebサービスなど遊び場を創りまくってますJASDAQ最年少上場社長。30社程のベンチャー投資も。@paperboy創業者/@partycompanyinc代表/クラウドファンディング @campfirejp代表/ロリポップ/ブクログ/オンザコーナー/etc/

会社員クリエーター。速報ニュースや発見した面白ネタを一日5回くらいつぶやきますWEBサイト僕の見た秩序。」を作ったり、ネット文化専門家として少しTVに出たりしますお仕事http://j.mp/dfntwk メルマガhttp://j.mp/yoshimag FB→ http://j.mp/yoshifb

  • 坂口綾優(@sakaguchiaya)

夕焼け写真を撮ったりしてます

早稲田 · http://facebook.com/sakaguchiaya

@sakaguchiaya (Aya Sakaguchi) 's Instagram photos | Webstagram - the best Instagram viewer

Aya Sakaguchi - Google+

ねとぽよ第1号 | ねっとぽよくはへいわしゅぎをひょーぼーします

NASTREAM : 電子書籍の同人誌「ねとぽよ」がコストパフォーマンス高い件

Wi-catch

投資業務とコンテンツ開発が仕事のメイン。独立してから16年目、法人設立12年目になりました。次男も生まれて、仕事と家庭を両立させること、無心で人生に取り組むことをテーマに一歩一歩歩いてゆきます

東京都港区 · http://kirik.tea-nifty.com/

nanapiをやっている会社の社長です。

· http://nanapi.jp/

IT戦士ゆかたんこと岡田有花です。ネットで記事を書いたり、雑誌電子書籍に文章を書いたり、同人誌を作ったり、クリスマスに1人で過ごす芸を披露したりしています。KANが好き。九谷女子、カニトピクルス同人。わたしのつぶやき受信専用Androidアプリゆかたんタイムライン」があるよ!

おもに東京ときどき関西 ·

作家・ジャーナリスト。ITやメディアについて論じています

TOKYO, JAPAN · http://www.pressa.jp/

時系列

http://studygift.net/report.php

私の学籍について、既にお昼にStartupDatingさまで記事になっている通りですが、

わかりにくいというご指摘をたくさん頂きましたので、ここで改めてご説明させていただきたいと思います

私の奨学金が止まる際、学部事務所に休学の相談をしましたが、授業料が納入できず『退学』という扱いになっています

同時に「学費の目処が立ち次第、学校には復学できる」ということも、学部事務所からは伺っていました。

今回は、その記述がわかりくかったため、今からサイトの文章を一部書き換える作業を行わせていただき、よりわかりやすい説明をできればと思います

特別スポンサー様のお問い合わせは非常にたくさんいただいていますが、現在まだ1通もお返事が書けていません。

こちらは、なるべく早く私から対応させていただきますので、お待ちいただければと思います

よろしくお願いします

坂口綾優

現在までに20件の特別スポンサーのお問い合わせをいただいていますが、システム上の不具合で一部メールアドレスの取得が出来ていないことがわかりました。

迷惑をおかけして申し訳ありません。

facebookなど、メールアドレス以外のご連絡先が記入されていた方はそちらからご連絡させて頂きます

特別スポンサーの協賛金額が反映されていないというお問い合わせも頂いておりますが、こちらは振込みの確認後システムに反映させて頂く予定ですので、今しばらくお待ちください。

坂口綾優

本日2時38分、175人の方にご支援いただき、サービス開始からわずか55時間で目標を達成することができました。

また、これらは全て個人サポーターからのご支援であり、現時点で20社の企業スポンサー様と交渉中です。(順次メールを送らせていただいておりますのでお待ちいただければ幸いです)

ご支援くださったみなさま、拡散してくださったみなさま、本当にありがとうございます

今後とも応援よろしくお願いいたします

坂口綾優

studygiftの今後について 2012.05.28

まず初めに、この度の坂口綾優さんへの支援につきまして、

ご支援を頂いた方々はもとより、studygiftに関心を持って頂いた多くの方々に対して、

多大な混乱を招いてしまったことを、心よりお詫び申し上げます

studygiftは新しい形で学費支援を行うことを目指して

従来の “どんな人にいくら渡るのか解りにくい寄付” では無く “この人に共感するから支援” を実現すべく

オープンした学費支援プラットフォームです。

しかし多くの方にご指摘頂きました通り、坂口さんの現状説明において、

スタッフによる確認不足や、誤解を招く様な表現がございました。

またそれらに対し、ユーザー様へのご説明に不足する部分が多々ありましたことも、紛れも無い事実です。

我々は今回の事態を厳粛に受け止め、至らない点を改善していく所存です。

今後の動きに関しては、弁護士などの専門家や皆様にご相談しながら協議させて頂き、

決定次第サイトで告知させて頂きます

studygiftの活動再開時期は未定となっておりますが、私たち学生を救いたいという気持ちは

変わっておりません。

何卒宜しくお願い致します

坂口さんへの支援返金について

この様な混乱の最中にありながら、坂口さんへのご支援を表明して下さった多くの方々に

坂口さん本人はもとより、我々スタッフからも改めて心より感謝申し上げます

しかし、今回、坂口さんご自身より返金を希望する申し出がございましたこと、

また我々としても坂口さんの将来を第一に考えた結果、

今回のご支援金を一旦返金させて頂く方向で、支援者の皆様と真摯にお話をすすめさせて頂くことが

最善であるという結論に達しました。

方法につきましては支援者の皆様に追ってご連絡させて頂きます

何卒深いご理解を賜ります様、宜しくお願い申し上げます

studygiftスタッフ

この度は私が事実確認を怠ったことで、サポーターの皆様、

サイトをご覧の皆様にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。

いろいろ考えた結果、サポーターの皆様にご理解いただけましたら、

全額を返金させていただきたいというのが、今の私の意思です。

このような状況の中で、195人の方と26社の皆様から応援していただけたということが、私にとって大きな財産です。

今回ご支援、ご意見くださった皆様の気持ちを裏切らないよう、

これからも頑張っていきますので、よろしくお願いいたします

坂口 綾優

リンク
坂口綾優の学年がおかし

2011年11月時点で3年

早稲田大学社会科学部3年生の坂口綾優(さかぐちあや)さん。坂口さんの投稿をチェックしている人(被サークル数)は2万9000人以上(11年11月21日時点)おり、9月下旬からずっと、国内1位をキープしている。

筋金入りの写真嫌いで、食事中に料理写真を撮る人すら嫌いだった。そんな彼女が、就活で“語れる”ことを作るため、iPhoneで本格的に撮り始めたのは今年3月のこと。iPhone写真共有SNS「Instagram」(インスタグラム)に、食事や大学の校舎、空の写真などをアップし始めた。

就職先はまだ、決めていない。「一緒に起業しないかと誘われたり、企業の方からソーシャルメディア関連の仕事を依頼されるようになり、一般的な就活に限らない選択肢も考えてみようと思っています

 1987年生まれ。福岡県出身早稲田大学社会科学部3年。

 iPhone撮影した写真が人気を集め、写真SNS「Instagram」では

 国内最高のLike数を記録。Google+フォロワー数が日本一になる

 など、ソーシャルメディアを中心に活動している。

増田が本当だと、nanapiの記事が嘘だらけってことになる。

そんなこと、あるわけない。

だって彼女は「就職活動の為にGoogle+始めて」、「日本一になって」、「ゆかタンにインタビュー受けたり」、「「Google+で1位の人ということで、企業の人とか、学生起業家の方など、いろんな人が会ってくれるようになり楽しいです。ソーシャルメディアを使って就職活動をしようとしている企業からも、やり方について相談を受けたり」って言ってたり」する子だよ。

Webでキラキラ輝く企業に勤めている人が「坂口さんも僕らもこれが出来ればもっと多くの学生が救える、とただそれだけの想いでやっただけなんだ。合宿もしたし徹夜もしたし。見返りなく」って言っちゃうような、そんな素敵な彼女が、

一年半以上もかけてバイトで学費稼ぐでもなしぷらぷらしていているわけない。

まるでクズなボクみたいに(いや四年留年してます社会人です)

暇に飽かせてSNSやってるのを、「就職活動の準備の為にSNSやって日本一になりました☆SNS怖いです」みたいに記者にしゃべるわけない。(自分場合ゲームだったけど。)

「SNS頑張って成績下がる→奨学金下がる→バイトをして成績が下がる→奨学金下がる→学費寄付してくれ(今ここ) 」って2chとかで出回っているみたいだけどさ、そうじゃなくて、「なんかしらんが成績さがる→奨学金さがる→バイトをして成績がさがる→奨学金なくなる→SNSやる→来年分の学費を今募集する(今ココ)」みたいな話になるじゃない。

そんなのありえないよね。

それに、そんな話なら、来年度に再入学してさらにその後三年大学に行くことになるんだよ?

けがからないよ。

そんなだったら、あと三年分も支援して貰わなきゃいけないのに。

それに、彼女を知る人が、そんな形でこのサイトトップを飾る人を選んだら、続かなくなるじゃない。

有名な記事普通の女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのかは2011年11月21日に行われている。早大生としてインタビューにこたえている。

しかし、11月21日より前の、7月1日9月20日には彼女は退学となっているので、早大生を名乗るのは、学歴詐称に該当してしまいます

家入一真、ヨシナガ、切込隊長の反応(一部)

https://twitter.com/kirik/status/205601157769469952

他人から承認など無くとも、己の信念に基づいて心の中に神殿を築く人もいることを忘れないで下さい。 RT @hbkr もっと目立ちたい、有名になりたい、女にもてたい、そんな感じが滲み出てるところが、えがちゃんの好きなところ。人にもよるけど、そういったこんにゃろ精神ベンチャーには必

https://twitter.com/hbkr/status/205395760886464512

#studygift における坂口さんの立場が不明確であった為に、支援対象学生でもある坂口さんに批判が集中してしまった事は本当に申し訳なく思っています。また、事実はさて置きスタッフプライベートな話題までもがネット上に書かれてしまった事について胸を痛めています。僕の責任です。

https://twitter.com/kirik/status/205601969514094592

本来はプライベートな話題は問題にならんのです。ただ、今回は寄付行為である以上、退学の事実や交際関係の有無はとても重要なのです。同棲であるという証言まで出たのでは、そもそもの活動の意義まで踏み込まないといけません。 RT @hbkr #studygift における坂口

https://twitter.com/hbkr/status/205381451447926785

#studygiftについて、誤解を招く表記がありました事、確認不足による事実誤認がありました事を深くお詫び申し上げます

https://twitter.com/kirik/status/205602565885399041

「ない」と信じたいですが、吉永さんとああい女性の男女関係、同棲の有無の事実関係はとても重要です。一連の話が、寄付のあり方の問題か、内縁の男女が寄付名目に詐取した問題かの分かれ道だからです。 RT @hbkr #studygift について、誤解を招く表記がありました事、確認不

https://twitter.com/kirik/status/205603442302001153

Livertyは家入さんのオーナーシップではなく民間団体、任意組合です。家入さんが謝罪して済む性質ではなく、集団全体の責任、問題です。家入さんの理想は良く分かりますが、コトは寄付を装った詐取の可能性にまで発展するをご理解ください。 RT @hbkr #studygift におけ

https://twitter.com/kirik/status/205603998689001473

昨日、スタッフの方から率直なお問い合わせをいただきましたが、結局のところ、問題認識事実関係もチームの中では必ずしも周知していなかったように見受けられます。あれでは善意でLivertyに協力した人が可哀想ですよね。 RT @hbkr #studygift におけ

https://twitter.com/kirik/status/205604573925224450

「総括」という言葉は好きではありませんが、希望者に対する返金ではなく、寄付者全員に対する返金と、サービスの再出発を前提にした一時停止をご考慮いただけないでしょうか。一端リセットする以外、解決の方法は思いつきません。ご一考ください。 RT @hbkr #studygift におけ

https://twitter.com/kirik/status/205604989744324608

昨夜、吉永さんには「同棲事実が無いのであれば、無いとはっきり公言してください」と相談しましたが、回答はありませんでした。私の言い方が悪かったのかも知れませんが、非常に重要ポイントになってしまったことはご理解ください。 RT @hbkr #studygift におけ

https://twitter.com/hbkr/status/205678547761774592

ここであえて申したいのは、結局の所個々の意見の相違はあれど、インターネット界隈の方々は裏でみんな繋がってるという事でありますマッチポンプとまでは言いませんが、要するに一言で言うと「嘘を嘘と(ry」であり、盲信するのも情報の一面だけを見て批判するのも危険だって事を言いたい訳です。


https://twitter.com/hbkr/status/206271384316420096

#studygift の今後について、今回言及していただいた識者の方にお会いして、ご意見をお聞きしようと思っています。やまもとさん @kirik 佐々木さん @sasakitoshinao 他にご存知でしたらみなさん教えてください。

https://twitter.com/dfnt/status/206291666129264640

よろしくお願いします!RT @hbkr: #studygift の今後について、今回言及していただいた識者の方にお会いして、ご意見をお聞きしようと思っています。やまもとさん @kirik 佐々木さん @sasakitoshinao 他にご存知でしたらみなさん教えてください。

https://twitter.com/kirik/status/206296920694595584

その前に、吉永さんとああい女性とのご関係について、公式にご説明ください。公式に否定でも何でもしていただかないと話が進まないと思います。 RT @dfnt よろしくお願いします!RT @hbkr: #studygift の今後について、今回言  @sasakitoshinao

nanapiけんすうIT戦士岡田有花)の反応

https://twitter.com/JAPONIUM/status/205581725387075585

ん、さっき読み返した記事(普通の女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのか http://j.mp/KRXeTN )って去年の11月21日なんだな。もっと昔かと思ってたが、って事は此の時既に退学だった可能性有るじゃん。是書いたIT戦士岡田有花ヤバスwww

https://twitter.com/JAPONIUM/status/205920481105281024

nanapi坂口の経歴は詐称確定みたいに云われてるが違うよね。少なくとも炎上は知ってるし共犯で無ければこんな悪質な成り済まし放置出来んし記者岡田有花媒体である早稲田出身けんすう古川健介)も撤回為るだろうし早稲田大側も其れ求めるでしょ?其れともステマ自体に加担してた??

https://twitter.com/JAPONIUM/status/205974271032434689

そんな訳の分からん事言ってないでいいから、岡田有花が書いたnanapiの取材記事は精査し直した?無問題故の放置か共犯故のスルーか知らんけど違うなら率先して確認に動かんと坂口の退学日が記事より前だったと発覚してからバタバタと火消しに動いたんでは後の祭りだよ。

https://twitter.com/kensuu/status/205980575176212480

そして、よくこの件把握していないんですが、インタビューの内容に間違いが含まれていたということでしょうか。記事より前に退学していたというのがあるのであれば、本人に確認の上修正はしたほうがいいので、してみます

https://twitter.com/kensuu/status/205981754400579584

まあ、このあたり、本人が女子大生です、といっていて、単位の話しとか、大学生活の話しもしていたので、それを疑わなかった、という感じですね・・・事実と違うのであれば、記事は修正したいと思っているので、問い合わせ中です。

https://twitter.com/JAPONIUM/status/205999083712815104

了解です。此の辺をハッキリ解決為れば最初に質問された私の考察について等単なる相関関係に過ぎず取るに足らん事です。尤も記事が修正だけで済むのか甚だ怪しいですが。と謂うのもG+のフォロー集めに関して詳しく突っ込んでないでしょ?是も炎上の火種に成ってます

https://twitter.com/kensuu/status/206020945197019136

大学卒業あたりは本人に聞いてみます。フォロー集めのあたりは全然知らないのでアレですが。

https://twitter.com/JAPONIUM/status/206036105764671488

了解です。でしたらフォローの件も伝えておきますが、フォローを大量に仕掛け大量に外すを繰り返す手法フォロワーを集めた挙げ句Googleからペナルティを受けターゲット海外アカに移したって話が当時から有り、現在少なくともG+を始めた切っ掛けはヨシナガと確定してます

https://twitter.com/kensuu/status/206076075963457536

情報ありがとうございます。元々、はじめたきっかけはTwitterで見てなんとなく、と聞いていたので、ヨシナガさんきっかけだった、というところで認識している事実と違うという感じなので、確認中です。

https://twitter.com/yukatan/status/205915880973025282

詐欺に当たるかどうかまで踏み込んだ記事:studygiftはなぜ暴走たか 「説明不足」では済まされない疑念、その中身 - ねとらぼ http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/12

2012-01-03

訳してみた。

http://www.youtube.com/watch?v=Xxh-sS8Qoco&feature=player_embedded

1911年12月14日 ロアール・アムンセン、南極点に到着。

1912年4月14日 タイタニック号沈没

1913年 フォード、流れ作業方式を導入

1914年6月28日 サラエボ暗殺事件から第一次世界大戦勃発

1915年4月22日~1915年5月25日 初めて毒ガス使用

1916年2月16日1916年12月20日 ベルダンの戦い

1917年11月7日 ロシアで10月革命

1918年11月11日 第一次世界大戦終結

1918年11月9日 ヴァイマル共和制の樹立を宣言

1919年1月5日~10日 スペイン風邪の流行が頂点

1920年12月16日 寧夏、海原地震

1921年11月9日 アルベルト・アインシュタイン ノーベル物理学賞受賞

1922年10月27日~31日 ベニート・ムッソリーニローマ進軍

1923年 ドイツでハイパーインフレ

1924年1月21日 レーニン死去

1925年1月~2月 ノーム犬ぞりバルト)疾走

1926年 アル・カポネが権力の頂点に

1927年3月20~21日 チャールズ・リンドバーグがパリへ向け飛行

1928年11月18日 蒸気船ウィリー初演(ミッキーマウス初登場)

1929年10月29日 1929年のウォール街大暴落「暗黒の木曜日

1930年3月12日 ガンジー、「塩の行進」

1930年6月30日 第一回サッカーワールドカップウルグアイにて)

1931年5月1日 エンパイアーステートビル開業

1932年 ワイマール共和国崩壊

1933年1月30日 ヒトラー内閣発足

1934年10月27日 毛沢東の長征

1935年9月15日 ニュルンベルグ法制定

1936年6月~1936年4月 スペイン内戦

1937年5月6日 ヒンデンブルク号爆発事故

1938年3月12日 オーストリア併合

1939年9月1日 第二次世界大戦勃発

1940年6月14日 パリ占領

1940年 ヒトラー権力の頂点へ

1941年6月22日 ドイツ、ソ連へ侵攻

1941年12月7日 真珠湾攻撃

1942年9月13日1943年2月2日 スターリングラード(現ボルゴグラード)の戦い

1943年2月13日 「全面戦争するか?」演説

1944年6月6日 ノルマンディー上陸作戦オペレーションオーバーロード)決行

1945年5月8日 第二次大戦ヨーロッパでの戦い終結

1945年8月6日 広島に原爆投下 同9日 長崎に原爆投下

1945年11月20日~1946年10月1日 ニュルンベルク裁判

1947年8月15日 インド独立

1948年6月24日~1949年5月12日 ベルリン封鎖

1949年10月1日 毛沢東、中華人民共和国の樹立宣言

1950年6月25日1953年7月27日 朝鮮戦争

1951年 朝鮮の人口?

1952年10月31日 初めて水素爆弾が炸裂

1953年6月17日 東ベルリン暴動

1954年6月4日 西ドイツワールドカップ西ドイツが優勝「ベルンの奇跡」

1955年5月14日 ワルシャワ条約制定

1956年10月29日1957年3月 スエズ危機(第二次中東戦争

1957年10月4日 スプートニク・ショック

1958年10月19日 中国で大飢饉の始まり

1959年1月1日 キューバ革命の勝利

1960年 モハメド・アリ ローマ金メダル

1961年8月13日 ベルリンの壁構築

1961年10月27日 チェックポイントチャーリーでの対峙(ベルリン危機)

1962年10月14日~28日 キューバ危機

1963年6月26日 「私はベルリン市民である」演説

1963年11月22日 J・F・ケネディ暗殺

1964年8月2~4日 ベトナムアメリカ爆撃される(トンキン湾事件)

1965年 ベトナム戦争拡大 地上戦力投入

1967年6月5日~10日 六日戦争(第三次中東戦争

1968年1月30日9月23日 テト攻勢

1969年7月20日 初めて月に着陸

1970年4月 カンボジア侵攻

1970年4月29日 ワルシャワ礼拝?

1971年10月14日 グリーンピース設立

1972年9月5日 ミュンヘンオリンピック事件

1973年10月6日~26日 ヨム・キプル戦争(第四次中東戦争

1974年8月8日 ウォーターゲート事件

1975年4月30日 ベトナム戦争終結

1975年4月17日 クメール・ルージュ プノンペン制圧

1976年6月16日 ソヴェト蜂起

1977年3月27日 テネリフェの惨事(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

1978年10月16日 法王パウロ二世 パウロ一世を嗣ぐ

1979年9月8日 「暗黒の金曜日」 イスラム革命頂点

1980年5月18日 セント・ヘレンズ山噴火

1981年3月30日 ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件勃発

1982年4月2日6月20日 フォークランド紛争

1983年4月18日 アメリカ大使館爆破事件(ベイルート

1984年12月3日 ボパール化学工場事故(インド

1985年3月11日 ミハエルゴルバチョフ氏、ソビエト共産党書記長に就任

1986年1月28日 チャレンジャー事故

1986年4月26日 チェルノブイリ事故

1987年6月12日 「この壁を壊せ!」演説

1988年12月21日 ロッカビー事件(パンナム機爆破事件)

1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊

1990年10月3日 東西ドイツ統一

1990年8月2日1991年5月5日 「砂漠の嵐」作戦(第1次湾岸戦争

1992年4月1日~1995年12月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争

1993年10月3~4日 モガディシュの戦闘

1994年4月6日7月15日 ルワンダ虐殺

1995年4月19日 オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

1996年1月21日 フランス、最後の核実験

1997年7月4日 マーズ・ローバー(火星探査車) 火星に着陸

1998年8月 モニカ・ルインスキー 不倫スキャンダル

1999年5月3日~6日 オクラホマ州で竜巻被害

2000年1月1日 ミレニアム

2001年9月11日 911攻撃(アメリカ同時多発テロ事件

2002年1月1日 ヨーロッパユーロ発行

2003年3月20日 イラク戦争勃発

2004年12月26日 インド洋大地震と津波

2005年8月29日 ハリケーンカトリーナ ニューオリンズを破壊

2006年6月12日8月14日 レバノン侵攻

2007年6月 ヨーロッパ熱波

2008年10月 金融危機

2009年1月20日 バラク・オバマ大統領就任

2010年1月12日 ハイチ大地震

2010年4月20日 メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故

2011年 アラブの春

2011年3月11日 東日本大震災と津波

2011年3月 福島第一原発事故

2012 ?

10分どころか、6時間くらいかかったorz

それに、作ったの多分アメリカ人だから、日本にとっての重大事件(オウムとか)は入ってないんだよね。ハイチ地震があるのに、阪神・淡路大震災がないのも明らかに片手落ちでしょう。

(調べてみたら、どちらもM7クラス

2011-05-25

Reengo使える?使っている?

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110525-00000001-diamond-sci

インターネットを介した音声データの送受信サービス――いわゆる「VoIP技術は、長くニーズの見込まれる分野として注目を集めてきたと言える。

 たとえば、マイクロソフトが先頃インターネット電話サービスSkype」を85億ドルで買収すると発表したことは、記憶に新しい

 そんななか、Facebookを活用した和製「VoIPサービスリリースされた。これまで数々のウェブサービスの開発を手がけてきた「面白法人カヤック」による「Reengoリンゴー)」である

 使い方は、いたって簡単。iPhoneユーザーであれば、専用アプリダウンロードし、Facebookアカウントログインするだけでいい。アプリには自分友達リストが一覧表示され、「Reengo」を使用している友人の横には電話マークが示される。それをタッチすれば、通常の携帯電話のように通話をすることができる。

「もともと、Facebook向けにこだわって開発したというわけではないんですです最近、連絡手段として、メールよりもFacebookメッセージ機能を使うことが多くなってきた。そこでいっそ、電話もできれば便利だろうと考えたのが、開発のきっかです」(面白法人カヤック広報

 たしかに、Facebookメッセージ機能やチャット機能は使いやすい。ほぼリアルコミュニケーションを、簡便に実現することができるからだ。最近では、ちょっとした仕事の打ち合わせなどをFacebook上で行なってしまうという向きも多いのではないだろうか。

 だが、メッセージチャットでは伝えきれないニュアンスもある。とはいえ、相手の携帯にいきなり電話をかけるというのは、案外と億劫だ。そもそも、相手の電話番号を知らないということもあるだろう。

 そんなときに「Reengo」は、威力を発揮する。Facebookアカウントさえ知っていればいいというシンプルさは、ことのほか便利だ。従来の「VoIPサービスを利用する場合、専用クライアントソフトインストールした後、自分のIDを相手に伝えなければならなかった。だが「Reengo」は、Facebook既存ネットワークをそのまま活用することができるので、いちからネットワークを作り直す必要がない。

 もちろん、海外からも通話可能Wi-Fi環境があれば、電話料金を気にすることなく、どこからでも気軽に電話をかけることができる(3G回線を利用する際は、別途パケット通信はかかる)。あるいは、Facebookで久しぶりに再会した級友と、すぐに音声通話を楽しむという使い方もあるだろう。

 また、アプリを立ち上げていなくても着信を受けることができるという点も嬉しい位置情報の取得なども行なっていないため、バッテリーの消費電力も気にすることはないという。

 Facebookという世界的なSNSバックグラウンドとして活用できるだけに、「Reengo」を使ったコミュニケーションは、様々な用途が考えられる。それだけにユーザー期待値も高く、「5月18日時点で約6万ダウンロード」(同社 広報)を記録したという。

 今後は、Androidアプリリリースや、iPhone版の世界展開も視野に入れているという「Reengo」。日本発の「VoIPサービス活躍に期待したいところだ。

中島 駆)

2011-05-16

[]公共施設特に鉄道)での黒人分離は人種差別に当たらない。

プレッシー対ファーガソン裁判 - Wikipedia

「分離すれど平等」の主義のもと、公共施設特に鉄道)での黒人分離は人種差別に当たらないとし、これを合憲としたアメリカ合衆国裁判

法学上、画期的アメリカ合衆国最高裁判所判決となった。

最高裁判決1896年5月18日に下された。

7対1の賛成多数によって判決は下された。

アメリカ市民になることを可能としない、私たちと非常に異なる人種がいる。

それに属する人は、わずかの例外をのぞけば、我が国から絶対に締め出される。

私はそれを、中国人黄色人種)と示唆する



Electronic Journal: ●人種差別を容認するプレッシー判決(EJ第2194号)

アフリカ系アメリカ人公民権運動 - Wikipedia

2010-08-26

http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51534087.html

忘れもしない今年の5月18日

武蔵野赤十字病院循環器科医師から次のような宣告を受けた。

膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年

妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽運命だった。

普段から心底思ってはいた。

「いつ死んでも仕方ない」

とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、

改善されることはなく、MRIPET-CTなどの精密機器検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。

気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

はてな村民はこれも叩く(というか、惜しむ)のだろうか。皮肉ではなく、純粋に気になる。

2010-08-25

2010年8月25日水曜日) 「さようなら

忘れもしない今年の5月18日武蔵野赤十字病院循環器科医師から次のような宣告を受けた。「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽運命だった。普段から心底思ってはいた。「いつ死んでも仕方ない」とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIPET-CTなどの精密機器検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、「ちゃんと死ぬための用意」にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書最後サインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。「はぁ…やっと死ねる」なにしろ、その二日前に救急武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。私は自宅で死にたい。周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。「死ぬってのも悪くないかもな」理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。ただ、一つだけどうしても気に入らない。「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。「やれやれカレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。死の世界シーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。死ぬのもツライよ。断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。私が暮らしているあの家へ。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。自分自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。ところが。肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。ありゃ?ある意味、こう思った。「死にそびれたか(笑)」その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師看護師ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。実はガンのことはごくごく身の回り人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメ世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。それに、骨への転移への影響で下半身麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏わがままも理解してやっていただきたい。だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。自分の生きた世界を愛している。そう思えることそのものが幸せだ。

私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。いま死について思うのはこういうこと。「残念としかいいようがないな」本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。両親とマッドハウス丸山さんだ。今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。「すいません、こんな姿になってしまいました…」丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいになった。怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画夢みる機械」のことだ。映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。何せ今 敏原作脚本キャラクター世界観設定、絵コンテ音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。もちろん、作画監督美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。けれど少しは理解もしてやって欲しい。だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、「大丈夫。なんとでもするから心配ない」とのこと。泣けた。もう号泣。これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。今回も同じだ。私も進歩がない。丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。今 敏アニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。一大決心をして親に会うことにした。両親だって会いたがっていた。しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。私は本当に幸せだった。ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。本当にありがとうございました

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。「私、最後までちゃんと伴走するからね」その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。「私の妻はすごいぞ」今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。深く深く感謝いたしております。

そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。何から何まで、本当に世話になった。で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

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http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565

無断転載しました。ごめんなさい。

2010-05-19

口蹄疫被害に対する義援金を募集しているらしい

ここ最近はてなの人気記事に選ばれることが多い口蹄疫

農学出身の自分としては、やはり初動が遅かったのと、一部のお偉いさんの危機感が足りなかったんだろうなぁ・・・と思う。

非常に残念で憤りを感じる。

とは言っても、時間は戻せないし、今できることをしなければならないと思う。

って訳で、個人でできることはないかなーと探していて出てきたのがこちら。

口蹄疫被害に対する義援金を募集します(2010年5月18日 宮崎県HP

http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/fukushi/shakai_fukushi/html00165.html

横峰さくら氏みたいに大きな金額は寄付できないけど、少しでも力になりたいから、明日寄付してくるよ。(微々たるものだけど)

とりあえず、口蹄疫募金詐欺には引っかからないように注意しよう。

2010-05-18

再掲

2010年5月18日 読売新聞朝刊 P20 「就活ON!」コーナーにて、11年度卒新卒採用内々定者のインタビューが掲載されている。

以下、内々定者の学歴リクナビでのエントリー社数の合計、内々定企業業界、心がけたことなど抜粋

 慶応大学法学部政治学科4年

 リクナビエントリー社数169社、商社ばかりになってしまったので、本に書いてある企業に手当たり次第エントリー

 複数の総合商社、大手証券会社から内々定

 最初就活本を利用したが、社会人から読みにくいと指摘され、修正。

 いかに面接官の立場に立つかを考えた。笑顔でハキハキ喋るようにし、面接前はひたすら顎のマッサージをしていた

  • 瀬尾 充也(せお しゅうや)

 法政大学デザイン工学部4年

 リクナビエントリー社数約80社

 総合情報サイト運営会社システム開発会社から内々定

 一文字もムダにしないようにし、結論→エピソード→結論を徹底した。

 話すということより、伝えることを意識した。

  • 青木 孝輔(あおき こうすけ)

 筑波大学院体育学専攻修士2年

 大手人材紹介会社から内々定

 リクナビエントリー社数30社、OB訪問中心で、リクナビはおまけ

 就活本は一切見ていない。個性が出ずに埋もれると判断し、社会人に見せるのを大切にした

 他社の選考状況を聞かれたときは試されていると思った

  • 中山 真彩子(なかやま まさこ)

 東京女子大学現代文化学部4年

 リクナビエントリー社数63社、企業HPに直接アクセスしていることも多かった

 複数の大手鉄道会社から内々定

 自由記入の場合レイアウト意識した。真ん中に「現状に満足しないチャレンジャー」というキャッチコピーを据えた

 社会人メールして「ES自分を売る場だ」と助言してもらった

 会話のキャッチボールをすることを心がけた

大手電機メーカー自動車業界も堅調に回復する中、

10卒の無い内定さんはこれからもいないものとして扱われそうですね^^

http://www.fukeiki.com/2010/04/recruit-kyujin-bairitsu.html

2009-05-15

婚約しようと言ったらメールでさよならかよ。

俺は27歳。大阪相手は27歳 東京

4年前ふとした事から彼女とつきあい、2年間同性。2年間遠距離

俺は彼女を愛し、そして結婚する物だと思った。しかし、彼女メール

私はあなたの付属物じゃないオマケじゃない。

ここまで尽くしてくれる貴方感謝できない女になりたくない。

私は貴方にはふさわしくないの!もっと良い相手がいるでしょ!

私は貴方の愛に応えられない!

と言ってきた。正直、意味がわからない。

尽くすという事に関して俺は海外旅行に年3回は必ず行った。

正月GW、盆 俺が全て費用を持ち、彼女が行きたいところに行った。

かなり良いところばかり行き、ホテル最上級 全て俺が相手の先回りをし、そして彼女を心配し、

二人で楽しんだ。

彼女が好きな事、興味ある事にも進んで学びそしてお互い笑顔が絶える事は無かった。

俺は自営業なので週1のみの休みで金を稼ぎ、自分で言うのはなんだが、裕福層だとおもう。

1200万以上は年収がある。俺は常に彼女がしたい事をするようにしてきた

そして、常に彼女アドバイスをした。彼女もとても私に頼ってきた。

先日のGWに6泊の海外旅行に行ったバリ島に行き、誰もがうらやましがる様な

すてきなディナーに連れて行った。100本のろうそくに照らされる様な中でのディナー。

旅行3日目に 婚約しないか?と言ったが、うやむやになった。

喧嘩旅行中すべきではない考えなのでこみいった話はしなかった。

4.5.6日は非常に素晴らしかった。

バスでの長距離移動の際、彼女は車の中で私の膝を枕にして寝た。幸せそうだった。

彼女は今結婚したくないだろうな。でも、この寝顔を見る限り

待てるな と思い。空港にて抱擁し、それぞれの帰路についた。

しかし、その後3日音信不通。そのあとに上記最初に書いたメールが飛んできた。

4年間、なんだったのだろうか?男として婚約しようと言った責任を取った俺はただのバカだったのだろうか。

目の前で 嫌いなの。分かれましょう。それすら言われない俺はなんなんだろうか。

4年間もつきあってそれすらしてもらえてないだぜ。

唖然とし、怒りでもない、悲しみでもない、不思議感覚におそわれている。

彼女付属物・オマケ?何言ってるんだ。 

俺が付属物で

お前がメインだろと。
<h3&gt;o- **</h3&gt;

5月18日に追加でちょこっと書きました。

それにしてもはてな記法わかんない。

2008-11-05

日本は侵略国家であったのか」を読む 補遺

http://anond.hatelabo.jp/20081101232814

 こんにちは元増田です。

 その後、台湾外交部からも抗議声明が出されたようです。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20081102-OYT1T00492.htm

 しかし、田母神氏ご本人は、「誤っているとは思わない」「(論文の内容について)今でも間違っていない」、

http://www.asahi.com/national/update/1103/TKY200811030159.html

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081103-OYT1T00526.htm

とおっしゃっておられるようであり、

近現代史の一面的な見方を見直そうという動きが各方面から起きていたが、その象徴的論文

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081103/plc0811031834005-n1.htm

という新聞もあるので、ネット上にある反論ソースをあげておくのも意味ないことではないと思い、対中外交について落ち穂拾いをしてみます。今回もネット上にあるものだけを参照しており、私はこの時代の一次史料を読んでいませんので、「ちらしのうら」であることに変わりはないですが、根拠を何も示さない所論よりはましだと思っています。

日本は・・・(中略)・・・相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない」のか

見出し引用の出所は、田母神俊雄日本は侵略国家であったのか」2008年

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

それでは、公開されている次の論文を紹介する形で反論します。

古屋哲夫「対中国政策の構造をめぐって」『近代日本における東アジア問題』古屋哲夫山室信一編、吉川弘文館2001年、をPDFHTML化したもの(単行本にはあたっていないことをおことわりしておきます)。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/pdf/75.PDF

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 まず、日露戦争後の日本中国権益についてみてみましょう。そもそも初期条件は清の関与できない日露両国の話し合いで設定されました。

日露講和条約によって日本が獲得した在満権益とは、ロシア権益の残りの期間を、「清国政府ノ承諾」を条件として、譲り受けたものであり、具体的には 1923年大正12)に満期となる(露清原条約の期限が25年)遼東半島租借権と、運転開始から36年後の1939年昭和14)年に中国側に買戻権が生ずる南満洲鉄道経営権を中心とするものであった。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 清の事後的同意が必要とされたこと、租借権と経営権には期限が設けられていたことは留意されるべきでしょう。

 後の関東軍へとつながる駐兵権の話も、この段階で出てきます。

それは清国の了解なしに、その主権を侵害する鉄道守備兵駐兵権を設定したものであった。それは現に軍隊存在しているという既成事実を権益に転化させようとするものであり、日露両国は清国の主権侵害の共犯者となったことを意味し、また、以後の満洲支配についての日露共同行動の可能性をしめしたものでもあった。ところで講和条約ロシアから日本への権益の移転譲渡は、「清国政府ノ承諾」を条件とするとしており、それにもとづいて、1905年11??12月にそのための北京交渉が開かれたが、そこで清国側がもっとも強い反発をしめしたのは、この鉄道守備隊の問題であった。・・・(中略)・・・結局この問題は日本側が、ロシアが撤兵を承諾したときには、日本も同様に撤兵するという条件を付けただけで押し切ってしまうが、小村寿太郎全権は、ロシアの撤兵など起こりえず、したがって日本の撤兵もありえないものと考えていた(5)。この鉄道守備兵が、租借地守備兵とともに、後の関東軍を構成することとなる。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 先に既成事実があって後に法的に問題を確定させようとしていることは留意されるべきでしょう。

このようなやり方が、相手側に不満を生じさせ、後の紛争の種となるのも当然でしょう。

日露講和後の清国に対する交渉において、もっとも紛糾したのは、前述の駐兵権問題についで鉄道権益をめぐる問題であった。・・・(中略)・・・その結果、1905年12月に調印された、「満洲ニ関スル日清条約」(実質的内容は附属協定)では、吉長線も新奉線も協定附属の取極に譲らざるをえず、前者は清国の自主建設により、資金の不足分を日本からの借款による、後者日本から清国に売渡し、その改築のための費用を日本より借り入れる、という譲歩をよぎなくされている。結局協定本文には、安奉線が残されただけとなったが、これも軍用軽便鉄道商工業用に改良することは認めるが、18年後には清国に売り渡すべきことが規定されていた。それは安奉線についての日本の権利が、長春旅順間の鉄道とは全く異なるものとして協定されたことを意味していたが、日本側、とくに現地の実権を握る陸軍は、条約には目もくれず、安奉線を駐兵権や附属地を持つ満鉄の支線とすることを 実力で押し切ろうとしていた。

 実際に、満洲よりの日露両軍の撤兵期限である1907年明治40)4月になると、遂に、安奉線上の本渓湖の市街に新たに日本軍が進出し、同時に日本警察官出張所が設置されたとして、清国側からの抗議が提出された。これは前年8月陸軍が主導して在満権益を管轄するために設立された関東都督府(都督は陸軍大将または中将、初代は 大島義昌大将)が、既成事実を作り出しはじめたことを意味した。そして外務当局もこれを追認する態度を示している。日本側のやり方を条約違反とする清国の抗議に対して、同年5月18日林董外相は、安奉線は満鉄の支線であり、守備隊の駐屯や警察官派遣の権利も満鉄と同様だとの態度をとるよう奉天総領事に指示している(7)。それは条約よりも既成事実押し通せ、ということであり、対満洲政策の一つの性格が早くも形作られつつあったことを示している。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 上記のような「条約よりも既成事実押し通せ」という態度は、国際法にのっとった正当なものと言えるでしょうか。

軍と外務当局との関係については、一致することも異なることもあったでしょうが、ここでは両者ともに既成事実化をはかっています。

軍だけに責任を負わせることはできません。

安奉線が朝鮮半島満洲を直結するものとして重視されたことはいうまでもないが、日本側は他面では、韓国北東部に隣接し多数の韓国人が居住する間島地方に、領事館及分館を設立して、韓国人に対する領事裁判権を行使することで、日本の勢力を浸透させることを企図していた。そして清国側が容易に実行しないことを予期しながらも、日本希望を記録しておく意味で、前記「間島ニ関スル協約」に、清国が吉林から間島を経て韓国北部の会寧に達する鉄道建設する際には、吉長線と同一の弁法によることという一項を押し込んでいる。しかし中国側は辛亥革命後も、一貫してこの吉会線構想を拒否しており、満洲事変以前には交渉が成立する見込みさえも立たなかった。

 つまり、日露戦後の対中国政策は、その基礎に、「交渉」によっては解決しえない部分を抱えこむ形で出発しているのであり、この時点においてすでに、中国との平穏な交渉によって、利権拡張を図ることは不可能になっていたと言える。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 ここまであげてきた行為から、相手国の了承などどこ吹く風といった態度があったことは明らかではないでしょうか。

 つづいて、中華民国期に入ります。

ところで日本が主導しえなかったこうした〔引用者注辛亥革命以後の〕経過の中でも、日本の対中国政策のなかに、様々な特徴が蓄積されてくる点に注目しておかなくてはならない。その第一は、中国全体の情勢を制しえないならば、むしろ分裂を促進して日本が操作しうる地域を造りだそうという発想が生まれてきたという点である。たとえば、在清国公使伊集院彦吉は、1911年10月18日の時点で、清朝にもはや中国全土を統治する力はないとして、「中清ト南清ニ尠クトモ独立ノ二ケ国ヲ起シ、而シテ北清ハ現朝廷ヲ以テ之カ統治ヲ継続セシムヘシ」「何レノ途北清ノー角二清朝ヲ存シ、永ク漢人ト対峙セシムルハ帝国ノ為得策ナリト思考ス(10)」 との意見外相におくり、さらに11月19日になると、清朝の情勢がより困難となりこの三分案の見込みもうすれたとし、第二案として清朝をして「十八省以外満蒙等ノ地域」に国を保持させる、それも駄目で清朝滅亡の際には第三策として新共和国首都を武昌など中国中央に置かしめ「満蒙ノ地域ヲ遠ク辺外二置キ漸ク閑却セシムル(11)」との意見を具申している。それは親日地域の確保のための中国分割という発想に行き着くことになろう。さらに翌12年2月になると、いわゆる大陸浪人川島浪速らが、参謀本部関東都督府と連絡しつつ、北京より脱出させた清朝親王を擁し、蒙古の王公らをも参加させて、満蒙独立国を造り出そうとする画策が実際に行われるに至っている。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

ここでは、一外交官、一大陸浪人の例しかあげられていませんが、後にみるように、国の分裂を促進させようというのは国の政策となっていくのであり、その萌芽がみられることは留意しておくべきでしょう。また、ここでも軍のかかわりがみられるようです。もちろん、他国を分裂させようというのは、相手の了承を得た、国家間の条約を尊重する態度とは言えないでしょう。

この間〔引用者注革命後、1910年代前半の中国情勢の混乱〕に付加された対中国政策における第二の特徴として、中国現地において日本軍人が侮辱されたと日本側が解釈した場合には、「原因の如何にかかわらず」、中国側に責任者の処罰と謝罪を行わせて、日本軍威信を守るという方式が打ち出されてきたことに注目しておかなくてはならない。いわゆる第二革命の 時期に、日本人が被害を受けたとする、漢口・エン州・南京の三事件がおこっている・・・(後略)・・・

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 漢口事件について、古屋論文に基づき、要約します。

 まず、陸軍少尉中国軍の制止を無視して戒厳地区に進入し、一時抑留されました。

 軍からの報告は、「無抵抗の西村少尉らが、理由もなく暴行を受け、軍服をぬがされるなどの侮辱を受けた」というものでしたが、日本の総領事は「これを信用せず、自ら調査して西村らの横暴と暴行について牧野伸顯外相(第一次山本内閣)に報告」しました。しかし、「陸軍中央部は、現地の調査も行わずに、「日本将校凌辱事件」として」、謝罪と賠償利権を要求し、結果として中国側に処罰・謝罪させたものです。

 古屋論文は、このような事例が満洲では蓄積されていたであろうことを指摘し、「このような先例の蓄積は、「日本軍威信」の確保を第一義とするという条件によって、日本の対中国政策が実質的に拘束されるようになってゆくことを意味していた。そしてその翌年の第一次大戦への参戦は、対中国政策にさらに決定的な影響を及ぼすこととなった」と評価しています。

 交渉ごとにおいて、譲歩できないものを必要以上に多くすることは、カードの手札を事前に少なくしているのと同じではないでしょうか。

 つづいて、第一次大戦下の部分をみていきましょう。

第一次大戦下で目に付くのは、前述した鉄道付属経営権や、軍の威信を確保する事件解決方式など、条約面に現れない既得権の高圧的行使や、軍を背景とし、あるいは軍に依拠した陰謀的行動の横行であった。とくに袁世凱が自派による帝政運動組織し、1916年1月1日帝位について洪憲元年と称したのに対して、反対派が第三革命に立ち上がるという事態に対応して、大隈内閣が反袁運動支援の方針を決定したことは、こうした傾向を著しく促進することになった・・・(中略)・・・この〔引用者注内閣の〕方針は具体的には「適当ナル機会ヲ俟テ南軍ヲ交戦団体ト承認スルコト」などをあげているが、実際には山東に居座った日本軍(侵攻以来ワシントン会議後 まで7年以上駐留)や、満鉄守備隊を含む関東都督府の現地軍が関与あるいは支援したことが、最も重要であったと見られる・・・(中略)・・・大隈内閣の反袁政策は、結局のところ、現地日本軍と其の周辺の日本人の横暴への反感を広めただけに終わったようにおもわれる・・・(中略)・・・第一次大戦下の日本の対中国政策は、侵略性の膨張として特徴づけることができるが、列強のすべてが参戦し、中国に手を出すいとまがないという条件のもとで、初めて実現したものであり、従って戦争の終結とともに転換を迫られることは必至であった・・・(中略)・・・日本軍は、青島を攻撃・占領する以前に、ドイツ兵に守られているわけでもない中独合弁の私立会社経営する山東鉄道を占領(26)しているのであり、日本の参戦がたんにドイツ軍事力の打破のみでなく、新たな権益の獲得を目指していることは明らかと見られた。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 ここでは、中国の内部分裂を促進させる政策を内閣採用しています。政治が、権謀術数やパワーゲームというのはその通りなのかも知れませんが、これに対する中国の、その民衆の反発は至極まっとうなものでしょう。ベルサイユ講和会議における中国の要求が退けられたことから、五四運動へとつながります(中国ベルサイユ条約への調印を拒否しました)。周りにいくら根回しをしても、当事者同士に納得が得られなければ物事は進みません。

 そして、アジアの国際秩序について話しあわれたワシントン会議では九か国条約が結ばれます。

中国政策全体は、領土保全・門戸開放・機会均等というアメリカの主張を柱とする九か国条約規制されることになり、そこには勢力範囲政策を排除することも明文化されていた。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html


 このような流れのなか、詳細は省きますが、古屋論文では、「国際的に通用しなくなって」きた「特殊権益」、「勢力範囲」にかわり、「満蒙治安維持」という、関東軍の謀略による満洲事変につながっていく「政策理念」が出てくるとされます。

しかしそれ〔引用者注:満蒙治安維持〕は、他国の一部を自国の利益に従属させるという点では、勢力範囲と同じことであり、中国との対等の関係確立するためには、破棄しなければならない要求であった。しかしそのことは、幣原外交においても、ほとんど意識されることはなかったように思われる。

 それは幣原外交もまた、国民の対中国意識のあり方に規制されていたということであろうか。第一次大戦中に強められ広められた中国に対する侮蔑を基礎とする優越感は、大正デモクラシーによっても解体されることはなかったし、さらにその基底では、満蒙を20万の将兵の血と20億の巨費であがなわれた明治天皇の遺産とみる天皇制意識が形成され、大衆呪縛していたことであろう。現地軍における統帥権独立と、国内における大衆中国侮蔑感とは、対中国政策の構造的改造を困難にするものであった。そしてその大衆意識は、満洲事変への共鳴板として鳴りはじめ、状況を一挙に転換させることになるのであった。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 ここまでみてきたような、日露戦争から満洲事変にいたる流れをおさえてなお、「相手国の了承を得」た、「条約に基づいた」と表現することが妥当なのでしょうか。ご覧の通り、日本大陸政策に対する軍の関与は明白ですが、まさか防衛大を卒業された方がこの程度の知識をご存知ないとは思いませんので、あの「論文」の内容とどのように整合性をとられているのか興味深いところです。

 さて、このように、一つの論文をみて、「論文」の一部の所説を検討するだけでも結構な手間がかかります。歴史勉強はそれほど甘くはありません。粗雑な「論」を示して誤りはないと言われても困ります。また、「事実小説より奇なり」ということもありますし、歴史学においては、「神は細部に宿る」こともあるので、個人の感覚からおかしいと言うだけでは有効な批判にはなりません。また、学問においては、勉強が足りずに事実認識が間違っているのは、明らかに勉強が足りないことに非があります。今は勉強不足で根拠が示せないというのであれば、その主張は根拠がないゆえに認めれらないのです。いつか証明されるのかもしれませんが、そのときが来るまでその主張に強度はありません。

 ところで、古屋論文の最後に、「国内における大衆中国侮蔑感」の問題が出てきました。今もまた、中国に対する偏見百害あって一利なしであり、中国の実態を虚心にみつめ、評価しなければならない、と私は考えています。

 その意味で、中国の民衆運動について、興味深い論文をみつけたので最後に紹介します。

しかし,中国民衆のナショナリズムとは,つねにそうした「暴力」をともなうものとしてしか実現されなかったのであろうか。そこには多くの場合,「暴力」の受け手の側からするバイアスがかかってはいないだろうか。一昨年の,「反日デモ」についての日本マスコミ報道が,デモの「被害」を強調し,一面的な批判に終始したことも想起される。「歴史」と「現在」を同時に射程に入れねばならない現代史研究者にとって,そして,民衆の運動対象であったわれわれ外国研究者にとって,必要なのはこうしたバイアスを克服し,実証的に中国の民衆のナショナリズムの実態を注視することではないか

江田憲治「民衆運動ナショナリズム1925年の五・三〇事件を手がかりとして―」『現代中国研究』21、2007年、27-28ページ。http://modernchina.rwx.jp/magazine/21/eda.pdf

 私はこの問題意識に全面的に賛同し、実証的な近現代史の議論が進められることを希望するものです。

またしても、このような長文をお読みになってくださった方に感謝します。

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