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2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624152649

自民党→「ゴキブリ駆除業者

野党→「ゴキブリ

と言う物の例えを本当にしたのだとしたら、その人達「バカ」だと思いますよ。今の社会で最低限必要政治社会に対する教養が、完全に欠落してる。

いくらいい大学に行けたとしても、いい大学に行ってて将来社会の上の方に行くエリート予備軍だからこそ、必要教養が欠けてる状態エリートになる(たぶん、そういう無教養な人じゃないとエリートになれないような制度になってる)というのが、日本社会オワコンぶりを象徴しすぎてると思います。まる。

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170622220827

他の人からも色々意見があると思うし、人それぞれ合うスタイル合わないスタイルがあるからあくまで俺自身のケースでいうのだが、高校時代は全く勉強せずに遊んでいて、本当に正解だったと思う。

 

いま38歳なんだけど、振り返ってみると、「高校大学で好き放題遊んだ思い出」ってのは、自分人生に対する満足感を長きにわたってもたらしてくれるものだ。「俺は不幸な人生を送っている人間ではない」という漠然とした自信みたいなものは、仕事やら恋愛やらで辛いことがあったときの、回復力の基礎にもなっていると思う。

ちなみに俺は、遊びまくっていたと言っても、彼女がいなかったから、遊び人として不完全ではあった。イケメンではないし性格が変わってるほうなので、初めて彼女ができたのは大学に入ってからだ。

 

高校は、東大京大に行くやつもチラホラいる程度のそれなりの進学校だったんだけど、校風自由だったこともあり、俺を含めて一部の生徒は「勉強を頑張ろうと思ったことは一度もない」という感じで3年間を過ごしていた。

学校はけっこう好きだったので欠席はあまりしていないのだが、授業は嫌いなので年間200回ぐらいは遅刻していて、午後からどっかに行ってしまうこともあった。

 

勉強せずに何をしていたのかはイマイチ詳しくは思い出せないんだけど(彼女いなかったし)、似たようなタイプ友達が何人かいたので、そいつらとブラブラしていたという感じだ。バイトしまくりでカネが割とあったのと、土日は毎週競馬場に行っていたことは覚えている。

 

当時それが楽しかったのかというと、高揚するような楽しさはなかった(彼女いなかったし)と思う。色々難しい年頃だから漠然とした倦怠感や鬱屈もけっこうあったと思う。

だけど何かの義務に縛られて過ごすのではなく、けだるさの中で自由にできていたというのは、今から振り返ると「あの頃があってよかった」と思える記憶になっている。

 

当然、勉強してないから俺の高校の奴らが受けるレベル大学には受からないわけなんだけど、ありがたいことに親の経済力には余裕があったので、一浪してそこそこの国立大に進んだ。

 

で、ここからが言いたいことなんだが、その当時の周りの勉強とかもみていて分かったのは、大学受験必要な「集中して勉強する期間」は、だいたい1年から2年の間だってことだ。3年間頑張って勉強しても上積みはあまりないし、半年とかだと分量的に受験の最低限の範囲カバーできないことが多い。

1年頑張るか2年頑張るかで、行ける大学の幅が多少は変わるが、2年やって受からない大学に、3年やって受かるのかは疑問だ。

 

ということは、現役で大学に進む前提で、かつ勉強期間を2年確保するとしても、高校1年の間は遊びまくってて全く問題がないという結論になる。浪人まで覚悟し、かつ1年で行ける大学でいいやと割り切れば、高3まで遊んでいても問題はない。

ちなみに浪人の1年間は、現役の1年間の1.5倍ぐらいの効率勉強できるから、高3の4月から勉強を頑張って現役で進学した奴よりもいい大学に行ける可能性がある。

ざっくり言えば、「高2の夏休みぐらいか気合いれて勉強して、現役で受かる大学」=「浪人してから気合い入れて1浪で受かる大学」=「自分能力の上限レベル」という理解でいいと思う。

 

なお、就活などを経るとわかるのだが、だいたい3浪の年齢ぐらいまでは差別されないことが多く(新卒採用で25歳までのところはチラホラあったが、それ以下は見たことがない)、浪人はべつに人生のハンデにはならない。

というわけで、今はひたすら遊んでいて何の問題もないと思えばいいと思う。

 

あと一つ言いたいことがあって、高校卒業してから人生の進み方なんて、本当に予測不可能

はいま、色々あって世間的にはトップ校に数えられる大学教員になってしまったんだけど、高校生の時点ではこんなことになるとは思ってもみなかった。

色々な偶然の出会いによって、自分も色々と変わっていく。俺は大学に入ってから大学単位を取るための勉強高校以上にサボりまくったから、卒業がやばかったんだけど、一部関心を持てる分野があって、そこについてはべつに苦労することもなく気づいたら知見が蓄積されていて、修士まで出たあといったん企業就職し、その後博士課程に戻って博士号を取り、研究職にまでなってしまった。いい先生と偶然出会えたのも大きい。

 

勉強量がある程度モノを言う職に就いてしまった今でも、「高校の時にもっと勉強しとけばよかった」とはべつに思わない。もちろん、中高生の頃から真面目に勉強しまくってた先生も周りにはけっこういて(逆に遊びまくってた先生も意外といる)、かなわんなと思うけど、別にはいいやって感じ。

俺は東大には入れなかったけど、浪人1年の労力ではいれる大学で十分だったと思うし、なにより自由に過ごした(彼女はいなかったけど)数年間が俺の人生にあったという記憶は、今の俺のさまざまな気力・精神力を支える一つのベースになっていると思う。

2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170622140312

同じ考えを持って退学という形にとったものからの助言だ。

やめない方がいい。

俺はやめた瞬間、一つ何かが崩れた記憶がある。

数か月後に気が付いたのだが、結局大学所属している自分というものしかなくて、

やめたら何も残ってないんだなってなった。

そこから就活もうまくいかず、一念発起して専門行って、そこそこでかい会社に入って仕事している。

もとの大学では入れない会社かもしれない、同期の学歴を見ていると・・・

そんなわけ合って今の会社を辞めたくてもあのころに戻りたくないという思いで今踏みとどまっている。

大学は出ておいた方がいいぞ。今思えばもっといい大学行っていい学歴がほしかった。

学生の頃は部活に夢中でわからなかったけど。

2017-06-14

なぜ私は彼女ではないのだろう?

※この増田創作です。

私には憧れの女性がいる。彼女仕事が出来て、学があり、身なりもきちんとしている、ものすごく立派なキャリアウーマンだ。

一方の私は、仕事普通で、学もなく、身なりは気をつけているけれどもブランド物の服は持っていない。

時々思う。なぜ、私は彼女ではないのだろう?と。

私は貧しい家に生まれた。うちは貧乏なんだから我慢しなさい、と物心ついた頃からいつも口すっぱく言われていた。

ご飯は少なく、着るものも誰かのお古で、本を買ってもらうのは絵空事しかなかった。

そんな私だけれど、小さなからとある夢を持っていた。

それは、都会の大きなビルバリバリ働く女性になって、一生仕事を続けるんだ、という夢だ。

田舎に生まれた私にとって、大きなビル摩天楼、そこで働く人は天上人のようだったのだ。

けれども、そんな夢を叶えるには何が必要なのか、私にはわかっていなかった。

私の学校の成績は悪かった。両親から勉強しろと言われたことはなかった。そのまま勉強せず、中学同級生ほとんどが進学する地元の不良高校に進学した。

高校では中学からの持ち上がりの友人たちとバカやって楽しく過ごした。

そして就職用の進路指導が始まり先生にどんな仕事がしたいのか訊かれた。

そこで私は、子供の頃からの夢を語った。都会に出て、大きなビルバリバリ働ける仕事がいい、と。

私はその夢を非現実的ものだとは思っていなかった。高校卒業したら働くというのは私にとっての現実だったし、ならば都会のビルキャリアウーマンになるのがいいと思っていた。

しかし、先生の反応はいものではなかった。

お前の成績で大学に行くのは無理だ、と言われて混乱した。

私は大学に行きたいんじゃなくて働きたいのに、なぜ大学のことを言われるのかわからなかった。

そう言ったら先生は、なんだか可哀想ものを見るような目でこちらを見て来た。

そしてこう言ったのだ。

「都会の大きなビルキャリアウーマンになりたいんだったら、勉強をしていい大学に行かないと無理なんだよ」

と。

私はその言葉ものすごくショックを受けた。そんなこと、誰も教えてくれなかった。

私の夢は働くことで、そりゃお医者さんや先生になるには勉強をしなくちゃいけないけど、そういう特別仕事以外は普通にしていれば成れるものだと思っていた。就職をする段階で、普通に都会の大きなビル会社を選べばいいだけだと思っていたのだ。

家に帰ってから、そのショックを素直に両親に話した。そうしたら両親はこう言った。大学に行かせるようなお金はない、働くなら都会の大きなビルじゃなくてもいいじゃないか、と。

一旦はその言葉に納得して布団に入った。けれども、どんどん納得しきれない思いが生まれて来た。小さなからの夢がこんなことで叶わなくなってしまうのは許せない、そう思った。

誰も教えてくれなかった、誰も学歴必要だなんて教えてくれなかった、学歴なんて意味がないという言葉は嘘だった。

からその翌日から、私は大学を目指すことにした。

幸い高校に入ってからバイトして貯めたお金がそこそこあったから、入学代にはなりそうだった。後の学費バイト奨学金でなんとかすればいい。

そして猛勉強を始めた。進路指導先生は親切で、今まで勉強をしてこなかったバカ自分に、たくさん勉強を教えてくれた。どのくらいの大学に入れたら大きな会社に入れるかの相談にも乗ってもらった。その大学に入るには、何を勉強するのが効率がいいのかも教えてもらって、私は言われたことをひたすら勉強した。

その猛勉強甲斐があってか、奇跡的に現役で大学に受かった。うちの高校では、このくらいの大学に入るのは数十年ぶりのことらしかった。

とにかく嬉しかった。あとは無事に大学卒業すればいいだけのはずだった。

両親が言っていた、大学に行かせるようなお金はない、というのは本当のことだった。だから奨学金に申し込み、バイトをいくつか掛け持ちして、なんとか大学に通っていた。

でも、大学に入ってとてもびっくりしたのは、周りの人がとてもお金持ちばかりに見えることだった。

身なりがきちんとしていて、親から仕送りをもらって、学費も払ってもらってる。

子供の頃、親に「うちは貧乏だ」と言い含められてもどこか信じていなかったが、大学同級生達を見ると、その言葉が本当だったのだと思い知らされた。

特に学祭ミスコンに出ていた同級生はとてもキラキラして見えた。

私はこんなに苦労しているのに、この差は一体なんなんだろう?そう思うと勉強もあまり手につかず、私はどんどんひがんでいった。

そんなある日、事件が起こった。バイト結構大きな怪我をしてしまったのだ。大学は休学せざるを得なくなった。

それだけで詰んだ

大学は休学するのであっても学費の納入が必要だ。でも、怪我のせいでバイトはいけない。奨学金も休学中には出ない。

から、退学せざるを得なかった。

後には、奨学金という名の借金と、叶わなくなった夢のカケラけが残った。

怪我が治っても、私は無気力だった。今まで一体なんのために、そんな思いが心を支配していた。

けれども、奨学金の返済日という現実は毎月やってくる。

から、とりあえず誰にでもできそうな仕事適当に見つけた。そして毎日仕事と、毎月の返済日には虚しくなるのを繰り返していた。

しかしそんな仕事も、運悪く会社経営的に傾き、解雇された。

次の仕事は、配送関係仕事だ。

大きなビルメール室を回って、荷物の授受をするのが仕事になった。

子供の頃に憧れた都会の大きなビルに足を踏み入れる機会をついに持った、と思いはしたが、それを無邪気には喜べないくらい私は消耗していた。

それに実際仕事を始めて見ると、配送屋というのは大きなビルの裏口から出入りさせられるのだ。

でもある日、私は再会してしまった。

大きな封筒を持って慌ててメール室に飛び込んできた女性は、大学時代ミスコンに出ていた同級生だったのだ。

彼女は、もう帰ろうとしていた私に、これもお願いします、と大きな封筒差し出してきた。

私の顔は覚えていなかったらしく、それだけで去って行った。

私は思わず、私はその会社メール室の人に、今の〇〇さんですよね?と訊いていた。

メール室の人は、よく知ってるね、優秀なので有名な人だよ、と答えてくれた。

どこで知ったの?と訊き返されたけれど、昔遊びに行った学祭ミスコンに出てて綺麗だったから覚えてた、とだけ答えた。

同じ大学にいたんだ、とは、なぜか言えなかった。

ビルから出るとき普段はしないけれども正面口にちょっと回って、ガラス張りの高いビルを見上げた。

これは子供の頃に夢見ていていた大きなビルのものだ。そこで彼女はどんなふうに働いているのだろう?私が夢見た通りに働いているのだろうか?

そして考える。なぜ私は彼女ではないのだろう?と。

最初から何もかも違っていたとは思う。それでもいっとき肩を並べたはずなのに、またこうして何もかも違ってしまった。

でも、最初から何もかも違っていたのはただの運の問題ではないのか?

私が彼女で、彼女が私という世界もきっとあったはずなんだ。

けれどもそうはならなかった。そうはならなかったんだよ。

2017-06-11

地方大の偏差値と都会の大学偏差値意味が違う

都会から出たことない人、地方出身でも都会に出られる環境の人にはわからないと思うので解説

地方ではそこから出られない人もいる

となると、地元国立たまたま運悪く落ちちゃったような人が行くような私大地方には存在している


だけど、受験偏差値って、表に書かれている数字最下位の子数字

この偏差値あれば受かりますって意味なので、平均や上を示すものじゃない

なので、定員100人で、90人国立落ちの偏差値50以上が入ってても、残り10カスをとって、最下位偏差値が40ならば、偏差値40の大学って言われることになる

地方大学経営するなら、裾野を広くして、規模を大きくして、できる限り誰でも受け入れていかないと厳しい面があるので、底もある程度拾わなきゃいけないから、地方私大偏差値はどうしても低くなる

なので、地方大学偏差値ってこういう感じで、学生の実情や大学の実力に比べて低めになっている

偏差値表見てみると、中国四国九州で、偏差値50超えている私大なんて5つもない

それに対して、都会は大学を選べるので、都会の偏差値40の大学には、偏差値40のやつしかいない

35も50もいない

地方私大偏差値40にいい大学はあるけど、都会の偏差値40の大学はい大学があるかと言われると、ちょっと悩む

もうちょっとわかりやすく言おうか

単純に偏差値55の次の大学が40の地域だと、偏差値54の学生偏差値40の大学に行く

偏差値55,50,45,40と5きざみで同様学部のある大学がある地域なら、偏差値40の大学トップ学生は44の子

単純化した極端な一例だけどな


その辺の事情も知らず、偏差値低い地方大を、都会と同じ感覚偏差値評価するのってどうなのかなと思う

大学は中身や入ってから重要ってみんなわかっているはずなのにね

もちろん、東大に入れるようなやつはその地方国立に受かっているから、地方私大を過剰に優秀と言うつもりはない

しかし、その地方国立に入ってても全然おかしくないようなやつらが、上1、2割はいるってことは知っておいて欲しい

同時に、どうしようもない底も、下1,2割いるってことなんだけどね

幅が広くて、教員としては指導が難しいっす

2017-06-09

高専奨学金でなんとか高学歴?になって、感じた・思ったこととか

社会人3年目が終わったので、どうやってここまで来たのか書いてみることにする


一応ほぼ自分の金? で高等教育?の高専大学大学院までは卒業したので

金がなくて大学とかどうしよって思っている人とか

金がなくて子供学校にやれねーなと思っている親とかが見てくれればと思う



まず最初自分の家庭環境とか進学時の経済状況とかだけど

中学高校を選ぶときにまず、私立にはとてもじゃないけどやれないと言われた

まあ兄弟が5人いてその長男から仕方ない感じはあった

よくもまあこのご時世に5人も作ったって話ではあるんだけど

で進学先は公立国立しか選べんかった

国立高校近畿の某大都市までいかないとなかったし

公立高校県内だと最高70くらいの偏差値場所しかなかったか

対して偏差値も変わらなくてお得な工業高等専門学校とやらに行くことにした

からしたら早く働いて欲しかったみたいだからそこを進められたってのはあったんだろうけど


この『高等専門学校』略して『高専』は工業高校短大を組み合わせた?みたいな感じの学校

だいたい全国の都道府県には1つづつ(ないとこやいっぱいあるとこもある)あって

基本的工学系の学科電気電子機械情報建築物質化学なんて種類がある

五年間勉強して、そっから就職か進学することになる


卒業できれば工業高校とか工学部と同じくらいに就職はしやす

どのくらいしやすいかて言えば面接一回で受けた次の日に内定が決まるとか

学生一人あたりへの求人件数が30~100倍とかそんな感じ

基本的大企業(メーカインフラ)の現場職として就職する

でこれが就職の話で次に進学の話



高専からの進学は基本的国立大学工学部への3年次編入になる

難易度的には普通にセンター試験?(私は受けたことがないのでわからない)で入るよりも簡単らしい

それと高専学費自体普通高校よりも高いんだけど

大学4年間と高専の4・5年+大学3・4年だと高専大学の方が安くなる

高校大学高専大学でみても後者の方が安い

(具体的な額とかはだんだん変わるだろうから調べてください)

あと高専には専攻科っていうのがあって

高専+2年間、高専勉強することで大学相当資格を貰える

ぶっちゃけ難易度お金の面で言えば専攻科+大学院の方が簡単で安い

ただ、人や金の面で言えばあんまり専攻科はお勧めはしない

しょぼい国立大学でも専攻科よりはましだと思うので




で、高専5年間で感じたことを書いていきます

まず自分には工学自分で選んだ学科がクソほどつまらなかった

交流とか電磁気とかやるわけなんだけど

とにかくつまらん、数学もつまらない

歴史とか語学講義もないことはないんだけど

高専カリキュラムではそういう講義二の次三の次

ぶっちゃけ中学の時点で道を狭めたことは後悔したし

そもそもあってないことを続けるというのはかなりの苦痛だった

もし高専に進もうとか考えている中学生とか

高専に行かせようとか考えている親御さんがいらっしゃるのなら

この先40年近くそういうことと付き合うことになるということを考えてから進学して欲しい


とにかくつまらんかった

高専先生が良く言うのが君たちは技術者になるんだっていうこと

この技術者ってのが私にはすごくつまらなく聞こえた

高専を出て、キャリアを積むこともできずにこのままつまらない技術者になるのは嫌だった

(技術者の人には申し訳ありません)

かといって研究者になろうとか起業しようとかそういう考えがあったわけじゃないけどとりあえず進学することにした






さっき高専大学はお得っていいました

でも、親は当然大学お金なんてだしてくれません

それどころか高専4・5年のお金自分でなんとかしろって言われました

さて学生の私はどんな手を使ってお金を集めればよいのか?

から金がでない場合

奨学金

授業料免除

アルバイト

この辺が妥当だと思う

ということで奨学金を借りてアルバイトして授業料免除申請しま

これが割と辛い

まず肉体労働して勉強するのは想像以上に辛い

夜中のバイト生活リズムが崩れて講義中辛いし

割のいい肉体労働(引越し配達仕訳)なんかは肉体的に辛い

勉強面では

授業料免除しようとおもったらまあクラス5番以内には入っておきたい

奨学金一種(利子無し)を貰おうとすると10番以内には入っておきたい

さて、肉体労働も頑張って、成績でも頑張って

自分に残るのは?

奨学金で膨らんだ借金だけです

親にははよ働いて欲しいといわれて

いくらバイトしても金は残んなくて

周りのみんなはバイト代バイク買ったり

スキーやらスノボに行き初めます

マジで辛い

私も車の免許みんなと合宿で取りに行きたかったし

バススノボに行きたかった

でけえバイクにも乗りたかった

携帯も新しくしたかった

なのに残るのは借金いくら万円なわけです

とういことで自分の金で大学に行くというのは中々辛い

高専からルートなので高校からルートよりは楽だと思いますがいやあ辛かった

なのでもし自分の金で大学に行きたい人とか

金がないのに大学に行かせたい親とかがいたら

まあ覚悟して頑張って下さい

さて、ここまでは高専の話です

次は大学編入のお話です

高専から大学編入は正直私には難しくありませんでした

自分で金を稼いで高専に行っていた二年間の間の勉強で十分大学には入れました

ちなみに基本的大学編入は3年次編入なのですが

某T大学とK大学高専生には『教養』が足りないとうことなので

2年次編入になります

自分は2年次は嫌だったので別の大学しましたが

あと、高専生が良く行く大学技術科学大学があります

愛知県豊橋新潟県長岡にあるのですが

この二つの大学高専時代の席次が3番以内だと入学料・授業料全額免除特待生になれる可能性があります

自分も割と迷って結局いきませんでしたが、お金に困っている場合はかなりアリな選択だと思います

ちなみに編入試験は国立大学でも試験日程さえ被らなければいくらでも併願可能です

そのため、ぶっちゃけ余程勉強していないような同級生でも

国立大学バンバン編入していたので国立大に入りたいだけなら高専コスパがいいと言えると思います

普通高校からだと大学受験時に予備校や塾に行くのが普通だと聞いているので

そういう場所に全く行かない高専生は大学に行かしたい親から見れば凄くお得な教育機関だと言えます




では晴れて、高専かい監獄を抜け出して

工学部とは言えなんとか歴史ある国立総合大学様に編入できたわけですが

まあ工学部隔離されてましたので

はいねえし、高専生を少しお上品にしたみたいなやつらでいっぱいでした

サークルってやつにも3年生ながらに参加させて貰って楽しかった

ただ、高専とは別の意味で色々辛いことがありました


まず研究室です

理系学部の人はだいたい4年次、早ければ3年次に研究室に入ることになります

研究室によって辛さは変わります

まあ電気とか機械とかこの辺はだいたい辛いです

就職のしやすさと研究室の辛さはだいたい比例です

とにかくコアタイムとか辛いし

週報とか辛いし

実験はつらいし

論文はつらいし

学会とかつらいし

講義でて、バイトして、研究して、なんとかサークルして・・・

からだがいくつあっても足りません

正直就職したら楽になったって人の方が多いです

なんで自分金工面して理系でやっていくというのはマジのマジで辛いと思います

(文系とか工学系以外はやったことないので比べようがないですけど)




次に世界の違いです

高専はまあ偏差値自体はそれほど低くもないのでいうほどアレな人はいません

私は高専の中でも割と貧乏でしたが、高専の連中とは割と話とかは合いました

しかし、まあ大学で会う多くの連中は『違う』気がしました

そりゃあ私と同じく奨学金を借りて、授業料免除を受けて大学に通ってるやつもいます

でも大多数の人間基本的に割と裕福な人が多いです

そして努力もするし、自分投資しま

なぜなら彼らはそれが帰ってくることを知っているからです

それが価値あることだと思い知っているからです

私の地元中学同級生には彼らのように勉学にお金努力を賭ける人はあまりいません

そんなことするくらいならヴェルファイアでも買っていると思います

私の地元同級生と何が違うのか

なんで、頭のいい大学生がそういう風な考え方でやっていけるのか考えれば

やっぱり親とか友達とか周りの皆がそのように考えて

彼らがやったことを褒めて価値を認めるからだと思います

そんな下地がある上に個人個人能力も高いのです

から私はすごく視点が違う場所に来たと感じました

そして、私はそれを凄く羨ましいと感じました

それで自分と彼らを比べてスゴク辛くなってきます

私もそんな環境ならもっと上にいけたんじゃないかとか情けないことを考えてしまます

彼らは普通のことをやっているだけなのに環境や考えの違いを思い知らされます

彼らは私と普通に接しで普通に喋っているだけなのに

その結果、家賃携帯代を学費を食費を『自分時間』を払っていることにやるせさなや怒りを感じて

まあ中々辛いです

色々思い知らされて

そんなこんなで大学卒業しました

それでまあ工学自体は嫌いでしたが結局大学院までいくことになりました






大学院までいくころにはもう親はあんまり何も言わなくなりました

からすれば大学院なんてもう聞いたこともないような世界だとかなんとか

自分の金で行ってるんだから勝手しろとのことでした

さて、大学院基本的研究をする場所です

高専のころに言われた『技術者から離れて

技術者の『マネージャー』とか『研究者』になることが現実的になってきます

また、学会海外に行ったり

海外雑誌論文投稿して自分名前を載せることができたり

ついに勉強してきたことと実際の世界がしっかりとリンクしていることを感じることができます

やっとこさ高専のころのクソ詰まんなかった電磁気イオンの動きやなんやかんやがついに意味を帯びてきます

まあつまんないことに変わりはなかったんですけども

ただ大学院研究成果は奨学金免除に直接影響しま

英語論文2本出しとけば修士の分の奨学金は全額免除くらいは行けるでしょう

なんで貧乏場合は割と大学院は楽です

研究成果も出しやすくなっていますので

ただ、研究自体さらにきつくなります

正直、バイトよりも奨学金借りるだけ借りて研究して

免除を狙った方がコスパがいい気がしま

就活です

正直言って、工学部なら就活は余裕です

工学部には学校推薦制度があってかなりの確率内々定を貰うことができます

大手でも推薦一本でも十分行けます

ただ、私は工学あんま好きじゃなかったので自由でいろんな企業を受けてたら

夜行バス学割在来線を使っても交通費10マンくらいかかってしまいました

あとスーツとかカバンとか靴とか色々高いです

ただなんだかんだ言って高いモノかっても安いモノかっても就活には影響しないのかなという感じです

私は某巨大スーパースーツに某ブラックで有名なチェーンのシャツニット帽で有名なチェーンのネクタイとかで

就活してましたがなんだかんだ大手5社くらいから早々に内定者はもらえました

でまああとは研究頑張って修論書いて終わりです

修論は無茶クソ辛いです

就活の百倍辛かった



こんな感じですね

就職してから三年たってやっとこさ奨学金を返し切りました

だいたいアクアが二台くらいですかね?

そのくらいの金額でした

やっとこさ同期のみんなと同じスタート地点に立った感じです

高専の同期は結婚したり、でかい車かったり、下手をすれば家を建ててます

大学大学院の4年間と奨学金を返し切る3年間で高専の同期とどれだけの差が開いてしまったのか

大学院の同期に三年間でどれだけおいて行かれてしまったのかわかりません

でも高専から現場技術者になってもそもそもなにか違うという考えがずっとよぎっていたのではと感じます

原チャ廊下を走り回っている中学ちょっと頭のいい高専、頭のいい大学とたどってきたおかげで

いろんなことを考えることができたと思います

学歴がなくても生きていけますけど学歴がないと見えない世界もあります

逆に学歴があると見えなくなる世界

からもし、貧乏だけど大学にいくとか、今勉強してることがなにか違うと感じてるとか

そういう人に見てもらえればと思って書きました

2017-05-30

(昨日見た夢)六月の月

六月。陽が紫陽花色の残滓を残し沈んだ直後、入れ替わりに空へ現れた低く大きな月と、

明滅する黄ばんだ街灯に照らされる薄暗がりの中、セーラー服を着た少女が廃品工場敷地に積みあがった錆びたガラクタの山を睨み付けていた。

帰宅途中、自転車で通りかかってその様子を見つけ、なんとなく立ち止まって彼女を眺めている私に気付いたのか、

彼女は一度、背後に停めてある彼女の銀の自転車越しに私の方を振り向いたが、すぐに興味を失ったように視線ガラクタの山へと戻した。

肩までかかるまっすぐな黒髪と、やや度の強い眼鏡をかけた彼女について、名前はわからなかったが、私は自分彼女同級生だという事をなぜか知っていた。

私は、人気のない工場入り口自転車に跨ったまま、声をかけるでもなく、しばらく彼女の背を眺めていた。

「ねえ。」

不意に彼女が口を開いた。

その言葉が私に向けられたものなのか確かめる間もなく、聞いていようがいまいが関係ない一方的な様子で、彼女は続けた。

「ユキのこと、覚えてる?」

ユキという名前には聞き覚えがあった。タニムラユキ。緩くパーマのかかった、明るい栗色の髪が印象的な少女

タニムラさんは、私と彼女の前年度の同級生で、明るく活発で誰にでも分け隔てなく接するタイプの、少し勉強が苦手な子だった。

成績が良く控えめな性格の目の前で背を向けている彼女とは好対照性格ながら、傍から見ても二人は特に仲の良い友人関係だったように見受けられた。

タニムラさんは、五ヶ月前、ちょうど冬休みが明ける頃に亡くなった。

朝、ご家族が起こしに行くと自室で首を吊って亡くなっていたそうだ。

遺書のなかった彼女の死は、二年生への進級を控え、進路や勉強についての悩みが原因の突発的な自殺として片づけられた。

私も通夜に参列し、学校では命の大切さを説く授業が行われ、現在も一部の生徒にはカウンセラーによる面談継続的実施されているはずだ。

もちろん覚えている、と私が口を開きかけた途端、彼女が先に口を開いた。

「ユキ、自殺する前日に『明日先輩に告白する』って言ってたんだ。」

「先輩?」

間抜けな私が、今夜初めて声を発して聞き返した。タニムラさんの死は、実は失恋によるものだったのか。

聞き返されたことが不快だとでも言いたげに少しの間を置いて、彼女は続けた。

「……シュート先輩。サッカー部の。このことは多分……ユキのご両親も知らないと思う。」

シュート先輩について、名前を聞いても顔が思い浮かぶほどの接点はなかったが、

私はその名前が、スポーツがとても得意で容姿の整った、女子生徒から人気のある一学年上の男子生徒だという断片的な情報は持ち合わせていた。

「ユキが死んだ少し後、私、シュート先輩のところに話を聞きに行ったの。

 少しでも、亡くなる前のユキの様子を聞きたくて。

 そしたら、部室の中から『マワしたのがバレるかと思って焦った』『まさか死ぬとは』って……。アイツら、笑ってた。」

その言葉を聞いて、私は言葉を失った。

ごくありふれた、思春期精神的な揺らぎに勢いが付きすぎて死んでしまったのだとばかり思っていたタニムラさんが、

彼女気持ちを踏みにじる、俄かには信じがたいような乱暴を受けたことを苦にして亡くなっていた、ということか。

「許せないって思った。絶対に、絶対にこいつらに復讐して、ユキの仇を取ってやるんだって……。」

絞り出すようにそう言うと、彼女は手に持っていた、どこかのご当地ものらしいキャラクターマスコットを、潰れるほど強く握りしめた。

マスコットを歪め、ガラクタの山の頂上を睨み付けたまま、彼女さらに語る。

「その後、シュート先輩やサッカー部の事を調べたら、結構いろんな噂があった。

 サッカー部の連中は、みんな共犯みたいだった。

 だから、アイツらに近づいて、油断させて、証拠タップリ掴んで、

 卒業まであと少しの……そう、ユキの一周忌秘密を全部バラ撒いて、あいつらの人生グッチャグチャにしてやろうと思った。」

「……そのために私は、都合のいい女になろうと思った。

 無条件に愛して、尽くして、学校でも街でも家でも、いつでも呼び出せて、身体を使わせる、そんな女……。

 男って面白いのね、最初は皆に使わせていたのに、何度も繰り返して、それでも私が離れないとわかると

 段々情がわいてきたみたいに、逆に独占したがって、優しくするようになるの。」

シュート先輩のその行為はとても認められるものではなかったが、その心情がどこか理解できるような気もしてしまった後ろめたさを、私は沈黙で隠した。

「それで、これからは、部活引退して、私が勉強サポートして、いい大学入学を決めて……その後、その後全部台無しにしてやるつもりだったのに……!」

彼女の語気が強くなり、嗚咽が混じり始める。不意に振りかぶるように上げられた右手に握られたマスコットが、更に変形した。

「なのに……なんであっさり死ぬのよ!なによ、遠征帰りのバス事故って!!」

「なんで、遠征先で私に、プレゼントなんか買ってんのよ……!!!

事故サッカー部バスが?そんな話を、私はまだ聞いていなかった。

しかし言われてみれば、昼間救急車が妙にたくさん走っていて、学校教師陣の様子が慌ただしかったような気がする。

驚き、展開を吞み込めないでいる私を置き去りにするように、彼女は続けた。

夕方病院で先輩のお母さんに会って渡されたの、この人形。『あの子が、あなたに。いつもありがとう。』って。」

「何よそれ!!ざまあみろ!自業自得だ!死んで当然だ!因果応報だって

 私が!ユキのために!言って……!笑って……!こんなもの、投げ捨ててやらなきゃいけないのに!!」

腕を振り上げたまま髪を振り乱す彼女の声は、最早完全に泣き叫んでいた。

「どうして、捨てられないのよ……!こんな……ものが……!!」

きじゃくり、肩を震わせながら、力なく彼女右手が降ろされていく。歪んだマスコットを握りしめたまま。

「どうして……」

なだれ、小刻みに震える彼女の背と、同年代人物から発せられたあまりに強烈な感情を前にして、

己の幼稚さが急に恥ずかしくなり、かける言葉も見つけられずただただ見つめるばかりの私を、

先ほどよりも濃さを増した夜と、少し高くなった月が見降ろしていた。


昨日風邪をひいて20時間ぐらい寝ていたら色々な夢を見たのだけれど、その中でも印象に残っているもの文章におこしてみた。

でも頭の中の映像ではもっと迫力あったんだよなー。うーん。やはり夢の話はしょうもないか。

実はシュート先輩の乗ったバス事故は、独自真実を突き止めた(学生が噂を拾えるくらいだし)

タニムラパパあたりが起こしてたりするのかなーとか、起きてから想像してゾワっとなりました。

2017-05-29

どうして俺じゃないんだ

から自分に対するだめな事の基準が多すぎた

自分をいつも批判していた。

親に愛されたかたか自分性格強制した。

自分性向を受け入れてくれる環境余地もなかったので

自分を嫌いになるしか無かった。

自分を認められないか体験をして失敗をしてしまう事が

イコール自分がクソである事を証明している事になって

しまうので行動できず、いまでも成功体験を積めず、

人に嫉妬し、孤独自分嫌いで人生が辛い。

毎日死にたいと思っている。

http://blog.tinect.jp/?p=40073

リンクの子供は愛されていて、

こんな風に子供の事をちゃんと

考えながら教育をしている親に

育てられた人間が羨ましい。きっと自分

好きなまま育っていい大学にいっていい就職

について、幸せな家庭を築いて生きていくのだろう。

羨ましい。

なんで俺じゃなくておまえなんだ。

2017-05-26

父親よ、無差別テロに遭って死んでくれ

21歳、女、ただの愚痴を吐きだします。

うちの父親クズです。

いい大学を出てそこそこ稼いで家族に何不自由させていないか世間一般から見たらクズではないかもしれないが、私からしたらウルトラスーパードクズです。

そして対照的ママウルトラスーパー聖母です。

なんでこんなドクズ高校生の頃から一緒にいるんだろうと不思議に思って仕方がないくらい、本当に素敵で料理も上手で家事完璧な優しいママです。

そしてそんな父親紆余曲折あって現在ニートであり(もう50を超えているのでニートとは言い難いが)ママ寄生しているようにしか見えない。

ママ専業主婦だけど実家お金持ち&不労所得があるので生活水準には何の変化もない。

が、とにかく父親がずっと家にいるのが私は嫌で嫌で仕方がない。

ニートならニートらしく家事手伝いでもすればいいのに、自室でパソコンしたりずーっとリビングソファ映画を観ていたり。

全然ママの手伝いをしない。しろクズ挙句の果てにママ料理文句を言ったり。ママ料理世界で1番美味しいし手も凝っているのに本当にあり得ない。食うな。お前にママ手料理を食べる資格はない。

それでいて私に偉そうな態度をとってくる。は?って感じ。正直言って私はママに対する感謝ならしきれないほどあるが、父親に関しては1㎜もない。

だって子育てされた覚えがないし。

仕事で忙しかたからかもだけど、それにしても何もされなかったし。上から目線馬鹿にされたり怒鳴られた記憶しかない。

学費やら生活費やらの手前、一応は礼儀を見せているが(しかしそうすると他人行儀なのが気に入らないようで文句を言ってくる)早く死んでくれと常々思っている。

私が男で、筋力に自信があったら間違いなく馬乗りになって撲殺と絞殺コンボをキメていた。ちなみに父親も私のことが嫌いだが(完全なる同族嫌悪。悲しいことに、私は父親性格がそっくりなのだ…)一度そのことが原因でママが泣いてしまったことがあり、それ以来は休戦・ママが気づかない内に解決してる。

恐らく向こうも、私の性別が男だったら殴りかかっていただろう。あぁ~~女に生まれて良かった!

でもでも、困ったことにママはパパが好きなのだ。もうあり得ない、なんで、どうして。あんクズ

地黒で鼻が低いママは(でも十分可愛いんだよ。50過ぎてるけど本当に可愛い)色白で鼻が高い人と結婚したいと常々思っており、そんな見た目のパパと高校生の頃に出会って告白した(らしい)。大学時代学校が別々なこともあり一回別れたっぽいけど、結局同棲して結婚した。

あれかな、お嬢様ヤンキーに惚れる典型。うちの父親中学生の頃から喫煙して雀荘に入り浸っていた元ヤンです。ママと同棲してから禁煙したしギャンブルもしてないけど(ママと暮らすんだからそれくらいは当たり前である

私は本当に物心いたこからパパが嫌いで、本当に大っ嫌いで、パパ似のやたら色白の肌も大っ嫌いで、ずっと離婚して欲しいと思っていたのにママはパパが好き。はぁ?

私はこんなにもママが好きなのになーーーーーーー!

結局ママはパパが好きなんだなぁーーーー!

恋は盲目ってか!!!!!目を覚まして!

確かに色白で鼻は高いし、同年代おっさんに比べたらカッコいいかもしれないけどあいつ禿げてるじゃん!

私が小学校低学年の頃にはもうだいぶ死んでたよね、毛根が!!!!!

性格も最悪!母の日ママに何かしたことある?!

プレゼントとか、感謝言葉とか、全然なくない?!

それとも私が知らないところでしてるの?!しょっちゅう二人で旅行するけど、その時に色々してあげてるの?!

うげぇ腹立ってきた!

というわけで、父親死なないかな~~。

無差別テロとかに巻き込まれれば私は手を汚さずに済むし、その他大勢に奴の死も紛れるからGOODな気がするぞ。

ママの悲しみも「うんうん、しょうがなかったね。運が悪かったよ」みたいな感じで慰められるし。ママの残りの人生を私が貰うことができる。

お兄ちゃんっていう競争相手がいるけれど、そこは努力で頑張りたい。


よし、吐き出せたのでスッキリしました。

無差別テロ等を生業にしている方がもし見ていたら、ぜひ、うちの父親を巻き込んで下さいよろしくお願いします!

追記:初めてはてな投稿したのでトラックバック?の使い方が変かもですごめんなさい

2017-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20170525132355

まあ、おれも地方出身だし、そういう親御さんがいるのは薄々分かってるけど、それにしても、始めから大学が応募できないようなキツイ条件で公募かけることは無かったろ

というか、獣医師には、優秀な人になってもらわないと困るんじゃないか

特に四国の人が欲しいって言ってる、畜産に携わる獣医師なんて、失敗したら農家さんの大損害に直結じゃん

ここにいい大学を作っちゃいかんという訳がない

もっと言うと、地方にも優秀な子供っていて、いい大学が他地方しかいから都会へ出て行くパターンって結構あると思うぞ?

東大獣医学部の、地方出身者の割合まで調べてから言ってるわけじゃないから、曖昧な主張で申し訳ないけどさ

そういう子供を手放したくない親からしたら、地元いい大学が出来るってのは助かる、とも言える

http://anond.hatelabo.jp/20170525123920

それにこういうのは書類には書けない、大っぴらに言えない事項だし。

じゃあ、プレゼンの場では、そう言ったのかも知れないな

定員割れだけはしなさそうかなというのは分かったよ

それでも、一学年160名ってのは、結構な数だとは思うけどな

これが関関同立クラス大学が出てきたら話は違うんだけど。

そうだなー、四国の人や、学生さんのためを思うと、そういう大学の分校っていうのまで見据えて、広く公募を募ったほうが良かったんじゃないか、と思ってるよ

熊本地震被災しちゃったけど、東海大阿蘇キャンパスみたいなやつが出来ても、それはそれでよさそうじゃん

関関同立クラス大学競争相手潜在的にいたほうが、よりいい大学が出来そうだしさ

2017-05-12

自称弱者はさ

過労死の大半が正社員なのをスルーして正社員特権階級だの

家事労働やる気もないくせに弱者俺様私様を養えだの

どうして「恵まれステータスの維持に伴う努力」を強者一言で片付けられるんだ?

やったこともないしやる気もないから?

70年代で脳ミソの止まった左翼に甘やかされてきたから?

いい大学入ればいい会社に入れて、いい会社に入れば一生潰れる心配しなくて済むような時代じゃないことくらい

今時小学生でも知ってるぞ?

再分配は否定しないしBIは俺が鬱になるかクビになった時のためにも賛成だが

高齢者への資産課税以外でお前らと協調する気は一切ないからな

2017-05-07

ちょっとイラッとした

mixiデビュー!(0)

今日は僕の誕生日です!(0)

みなさんはどう思いますか?(0)

あけましておめでとう!!(0)

マイミクの皆さ~ん!お知恵拝借!(0)

mixiプレミアム入っちゃいました!!(0)

皆様にアンケートです(0)

最近めちゃくちゃ落ち込んでいます…(0)

首切りました…(0)

家にある睡眠薬全部飲みました…(1)

ありがとう…(1)

我はメシア明日この世界粛清する。(54687)

メサイアコンプレックス」という言葉がある。

実際はモラルハラスメントなどに通じる考え方であるが、ここではちょっとネット向けにアレンジした理解として、「個人問題や悩みを解決するために、わざわざ社会を変えなければならないと考え、それを呼びかける人」のことを指すこととする。「スラクティビズム」という言葉親和性持たせる感じね。

例えば、自分オタクとして十分なアイデンティティの充足が得られない人が、「今のオタクは間違っている。正しいあり方に直さねばならない。私が主導する」といい出したり、例えば、左翼リベラルとして十分なアイデンティティの充足が得られなかった人が、活動の場を求めて、他に誰も問題視していないことを大げさに騒ぎ立てて自分存在感アピールしたりtogetterまとめなどを使って拡散しようとしたりする事案などがそれに当てはまる。

そういう人たちが、自分問題社会問題を「リンク」はさせつつも「別の問題」として扱えるのであれば問題はない。当然のようにつながりはあるが、それでも自分問題自分問題社会問題社会問題として、それぞれの課題を分離できるならいいのだ。

だが、大抵の人はこの2つを混同してしまう。というか、そうでもなければ、わざわざ社会問題なんて考えようという人はそうそういないだろう。

だけど、これはわざわざ難しい事をやって、わざわざ行き詰まるように自分を追い込んでいる。セルフハンディキャップよりタチの悪い、約束された失敗に向かって飛び込む破滅願望のようなものだ。自分に酔っているだけで何の役にも立たない。

いわゆる「心の贅肉」というやつだ。

そういう贅肉がある人は羨ましい限りだ

それにしても学歴が高い人に有りがちな「自分のことだけ考えていてはいけない」という強迫観念があるのかもしれない。

最近はそうでもないと言われるが、やはり良い大学に行った人や、

本人はそうでなくとも親が良い大学に行っていたり医者だったりする人は、

多かれ少なかれエリート意識と言うのはまだ残っている人が多い。

そして、エリート意識というのは、正しく扱わないとその人間を蝕む毒になる。

数十年前の学生運動というのは当初、東大京大などの人間が真面目に考えすぎた結果、こじらせてしまったところが出発点だった。

せっかくいい大学に通わせてもらったののに、他人より恵まれ立場にいたはずなのに、自分は何をやっているのだろう、自分だけ幸せになっていいのか、社会はこのままでいいのだろうかと余計なことを考えて、ふわふわした感覚のまま社会を変えなければならないという気持ちけが先行してああいうことになった。

彼ら彼女らはとにかくクソ真面目なのだ。クソ真面目すぎて、背負う必要もない責任を抱え込んで、それをどう扱っていいのかわからないまま混乱してしまったのだ。

最近はてなブログでこれに近い、クソ真面目な人が混乱しながら書いたんだろうな、という記事を読んだ。

東大に次ぐ日本で二番目に難しい文系大学を出たあとニートになったりすれば、その鬱屈した感情は非常に強いことだろう。

ああ、エリート意識を持て余し、メサイアコンプレックスに取り憑かれているなと感じる。

だが、タイトル革命、のような言葉をつけているわりに記事の内容は幼稚としか言いようがない。

自分に酔っているなとすぐわかる。

大学卒業したての人間が、雇われずに生きていくと言っているのと近い。

願望を述べるのは良いが、具体性が足りない。そこに本気を感じない。

この人はシャドウ・ワークという言葉を知らないのだろうか。 良い大学を出ていても、あまり勉強してこなかったように思われる。

自分問題社会問題混同している。

自分問題から逃げるために社会問題を論じているだけのようにしか感じない。

自分現実から逃避するために適当に論じている人を見ると少し腹が立つ。

そういう人間が、私は社会問題をちゃんと考えてます、というツラをされると私としては大いに腹が立つ。

しかに私は社会問題については考えていないかもしれない。

だが、今の社会を維持するために少なから努力はしている。

今の社会はそりゃ間違っているかもしれないが、それでもとりあえずギリギリ成り立っている。

それを支えるために結構な労力を費やしているわけだ。

ブラック企業を支持する奴隷と言われるかもしれないが、すくなくともこの社会において

多少なりとも世界価値を生み出しているつもりだ。

別に私でなければ回らないようなオンリーワン仕事なんかしてないが、

与えられた仕事毎日踏ん張って、自分だけでなくて家族を養って生きてるのだ。

そのことに多少はプライドというものがある。

他人から見たらつまらない人間に違いないだろうが、そういうことを蔑ろにされたくない。

そういうことすらろくに出来ないやつが、社会の変革みたいな大げさな話をしても鼻ホジでしかない。

ままごとがやりたいだけならマストドンでやっていればいいのだ。

社会革命とか考えなくていいからまずは自分気持ちよく生きること考えたほうが良いとしか思わない。

2017-05-05

[]

自分の現状について親と話した。正直に言ってずっと親とまともな会話はなかった。ずっと止まった時間

自分の将来について考えたことのなかった、ずっとニートを続けたかった私。

両親はどんな大学でもどんな学部でもいいから、入って卒業しておけという。

いい大学に入りたかったのは私だった。いい大学に行かなければ道は開けないと思い込む自分

大学受験するならいい大学に入らなければならない、たくさん勉強しなければならない。

今も固くそう信じて、それでいて勉強に手がつかなく、焦ってしまって、こんな時間に目が覚める。

勉強時間はめっきり減ってしまった。強い不安自分精神の病だったらどうしようという不安

自由に外に出れる。嘔吐をするわけでもない。ほんの少しの寒気と早くに目が覚めてしまうだけ。

気に悩む時間は全くの無駄。悩んだところで何もない。生産的な努力を積み重ねるしかない。

そう言い聞かせても体が動きにくい。人はロボットではなかった。

客観的に見ればさんざん遊んできたニートがやっと自分の将来を考えて嘆いているだけだ。滑稽なことこの上ない。

両親はほかの選択肢否定的だ。中卒の人生は考えられないという。本当にそうか。

必ず道は開けるから、年齢のことは考えないで、目の前のことに集中しろという。希望はあるのか。

からでも予備校に通わせてくれるという。でも歪な進度な私が予備校で学ぶのが合理的か。

通えず挫折経験が増えるだけじゃないのか。解説を聞く時間が勿体ないと予備校却下した自分はどこに行った。

両親はいくらでもサポートしてくれる。自分は一人ではない。でも孤独すぎる。

人生おとぎ話ではない。サクセスストーリーはない。最初日記で、起承転結おしまいなのは外野の話。

私は努力を続けなければならないのに。あきらめてニートを続けていいと思っているのか。

2017-05-02

[]ニートが夢から覚めたとき

私は数か月で高校中退してからバイト歴もなく家にいるニートで、もう三十路目前です。

不登校になるきっかけは、今思えば些細な事の積み重ねでした。

人間関係が築けず孤立したこと、慣れない運動部疲弊したこと、私の珍解答を晒し教師への反感、

ちょっとした病気になって学校を休んだこと、成績が悪化したこと、それで通えなくなりました。

私の小中学校時代の唯一のとりえが学力でした。塾に通っていたのと少しだけ早熟だったおかげでしょう。

コミュニケーション能力が低くとも、どんくさくても、友達が少なくても、性格が少し歪んでいようとも、

学級委員立候補すれば自分場所を確保できました。将来は学問仕事にできればと思っていました。

アイデンティティをなくした当時の私は家で勉強に専念することを考えていました。

すぐに高卒認定をとって、大学受験参考書を揃えましたが、自分継続して勉強することは難しい。

知り合いに会うのが恐ろしくて、制服姿の学生を見るのがあまりにつらくて引きこもります

親と衝突して将来どうするのかと問われても何も答えられません。

昼夜逆転して気がふさぐばかりの私に、そのうち親があきらめたのか静かになり、何もない平穏な日々がやってきました。

このあたりで専門家支援を受けていれば何か変わったでしょうか。

弟の受験邪魔をするわけにはいかないとか適当理由を並び立てて引きこもり続けます

弟は苦労したものの立派に受験をやり終えて大学で学んでいます。家に邪魔者がいても文句の一つも言わないよくできた弟でした。

なにもうまくいかない、自分で決めたことが何もできない、そんな無力感の日々が延々と続きました。

最近日記をつけ始めました。3年間日記を書き続けています。はじめはぼんやりした字で頭がよく回ってないことがわかります

大学へ行くんだというアリバイ作りのためかセンター試験と受かるはずのない二次試験に3回行きました。

願書を出しても勉強せず、数日前でも勉強せず、まったく意味のない、義務的な、自罰的な行動でした。

2年ほど前から運動の習慣をつけています。はじめは家で筋トレをし、それを日記に記録するだけでしたが

そのうち週に何回か外を走れるようになりました。まったく生産性のない生活の中唯一の充実した時間です。

走れる距離スピード面白いように伸びていき、自信をつけました。

一か月前、突然勉強時間が伸びました。インターバルタイマーをつかって時間管理することで

一日2-3時間が8時間勉強できるようになりました。自分努力できるんだと最高の気分でした。


すべては夢でした。一週間前ほど、私の人生にはもはや明るい未来存在しないことを確信しました。

このまま勉強を続ければ有名大学に入れるだろう、どの学部にしようかなどと調べ物をした時のことです。

ひきこもってすぐにはもう、浪人留年は+2年までだという定説を知っていたはずでした。

すでにどの大学でどの学部で何の勉強をしようともそれを生かせる職業につけるはずはありません。

医学部薬学部くらいでしょうがハードルが高すぎて絶望しかありません。

今まではい大学に入ればなんとかなると妄信していました。それを唯一の希望として生活していたのです。

その先の未来のこと、働かなければならないということについて真剣に考えたことはありませんでした。

コンピュータを扱う仕事がいいなと漠然と思っていました。引きこもる前後趣味だったのです。

ひきこもれば時の流れを忘れます。何も起こらない生活は何の記憶にも残りません。

日記を書く前の自分が何を考えていたのか、何をしようとしていたのか、まったくわかりません。

今更大学に行ったって何にもいいことがない、無駄に年を食うだけで、ほかにやることがあるのではないか

そもそも卒業できるかどうかもわからない。大学勉強社会には役立たない。卒業できても中卒の看板大卒に替えるだけ。

職業訓練専門学校に行ったほうがいいのかもしれない、でも大学受験には未練があります

まったく自信を無くし、食欲がなくなり、悪寒と冷や汗、夜は眠れず朝は早く目が覚めます

無意味かもしれないと思いながら机に向かいます不安で真っ黒の頭は計算ミスを繰り返すばかり。

こみあげる吐き気と闘いながら机に向かいます。今すぐにできそうなことは他に見当たりません。

外に出てアルバイトを探すべきなのか、車の免許を取るべきなのか、ぐるぐる問答しながら問題集を解きます

中卒引きこもりという最底辺仕事を探すのは死ぬほどつらそうでした。どこでもいいか大学を出ていればよかった。

怠惰自分に戻らないように勉強を続けます学力が伸びる保証も、今の勉強が続く保証もありません。

そもそも私に仕事が続けられるでしょうか。学校に通い続けられるでしょうか。

継続できない人間に居場所はありません。私は社会で働いているすべての人々を尊敬します。

今年の受験シーズンはまだ始まったばかりです。しか学力を伸ばすには短すぎ、神経を衰弱させながら続けるには長すぎる。

今気づいたのはよかった、そう自分に言い聞かせますがもう分水嶺を越えてしまっているようです。

大学中退という勲章を一つつけるために勉強をしているようなものです。泣きたくなっては外を走ります

気分の浮き沈みが激しいです。この文章を書き始めたときは死にそうでしたが少し楽になりました。


これを早朝に書いてから数学参考書に手を付けたのですが難問を前に気持ち悪くなってしまいました。

タイマー時間がいつまでたっても進みません。難しいことを考えるのを頭が拒否しているようです。早めの昼寝をして今パソコンの前にいます

勉強から逃げているだけでしょうか。つらいことと向き合い続けるのが人生なのに。

受験勉強を本格的にしていると胸を張れるのはたった一か月だけです。なんて甘ったれなんでしょう。

なんらかの支援を受けて今の生活から脱したほうがいいかもと考え始めます

そういうところにいる人たちを私は蔑視していました。今は将来に向け頑張ってる前向きな人たちと思えてきます

私はちょっと休んでいただけで、まともで、自力人生を切り開けるんだと、そういう無根拠な自信がなくなってしまいました。

両親と相談する勇気すらありません。両親は大学へ進めば何とかなると、私はやればできる子だと、そう応援してくれます

ほかの選択肢について真剣に話したことは一度もありませんし、考えたこともありませんでした。

から覚める前までは楽しく勉強していたのに、昨日までは何とか机にかじりついていたのに、嘘みたいです。

中学生のうちに取った英検二級、去年のセンター7割、何の意味もありません。

日曜日には模擬試験を申し込んであるのに、行かない理由ばかり探してしまます

インターネット無限時間を吸い取る悪魔ですが、ほかに相談する相手がいません。


追記 5/2 20:50

少し楽になりました。今は大学を目指してもいいのかなと少し前向きになれました。

放送大学や夜間は全く考えていませんでした。さっさと仕事を見つけろということですよね。

どんな仕事があって、どんなふうに仕事を探して、どうやって住むところを見つけて移動手段を確保すればいいか、恐ろしくてたまりません。

こんな人生になってしまったんだから泥水をすすらなければならないのはわかっています。今まではその覚悟がありませんでした。

何とかもがいてみようと思います。何かあったらまたよろしくお願いします。


追記2 5/3 10:25

明日から心を入れかえようと決意したものの、夜はやはりつらくて、身の丈に合わない努力は無理なのかなあと思いました。

運動部練習についていけなかった時のように、急に受験生のまねごとをして疲れてしまいました。

死ぬ気で努力したら何とかなる、の美談の裏には死人がたくさんいて、自分もそちらのほうに入っているようです。

人の何倍も努力することはできず、十年取り返すことは不可能で、自分なりのささやか幸せをみつけなければいけない。

朝起きたらコメントが増えていて驚きました。

対人スキルが全くないのはその通りで、弟と母親しかまともなコミュニケーションがないまま十年です。

この十年かつての同級生と会ったことはただの一度もありませんが、実際にはこの田舎地方都市)で立派な社会人をやってる人も多いはずです。

今すぐに仕事を探そうと考えられないのは彼らに会ってしまうのではないかという恐怖からだと思います

プライドが高すぎるのもその通りです。大変な仕事をやっているひとたちを蔑む感情自分にはできないと卑下する感情とがあります

文章がそれなりに見えるとしたら推敲時間をかけているせいでしょう。

気づいたのだから今すぐ動かなければならない、でも何をすればいいのかと途方に暮れる。

昨日から自分文章と皆さんのコメントを何度も読んで廊下をうろうろしていて、無駄時間を使っていると焦りを募らせる。

勉強をしていても受験生はこれを一年二年の間にやっているんだろうとか、もっと難しい問題集を解いているんだろうとか焦ってばかりでした。

私は世の中にどんな仕事があるのか、どんな能力が求められているのかも知りません。

大学を調べて思ったのは、いろんな学部いろんな学科があって、それを自分選択しなければならないけど、

どれがどんな職業につながるのか、あるいはつながらないのかが全くわからないということでした。

新卒なら何を学ぼうとポテンシャル採用されるのでしょうが高齢では直接仕事につながるスキル資格を得なければ。

それでもどの道にもつながっていないような気がして絶望したところです。

前までは漠然いい大学に進もう、ほかに道はない、高校勉強をしないで大学に入って何になる、そんなことを考えていました。

今すぐに働くなら受験はあきらめるのか、それでいいのか、決断を後回しにすれば全部失うとわかっていて、それでいて動けずにいます

行政相談窓口は今日はやっていないようでがっかりしてしまいました。

やっていそうなところがあったので今からちょっと行ってみますプリントアウトして持っていけばいいでしょうか。


追記3 5/3 12:50

ついて初めてゴールデンウィークだったか気づきました。これだからニートはいけない。

それでも気分がよくなって人間は日の光と休憩が必要なんだと実感します。

何も解決せず進んでいないけど心が晴れてきました。


追記4 5/3 20:10

どういう風の吹き回しか今日は母と焼き鳥屋へ行きました。酒の席は生まれて初めてのことです。

酒が入って口が軽くなったので腹を割っていろいろ話しました。今までこのように話したことはありませんでした。

私はずっと何も言わない家族を、腫れ物に触わるような扱いをされているのだと疎外感を感じていました。

干渉すれば反発してやる気を失うと思ってずっと見守ってくれていたそうです。

試験直前になって勉強しているのかと聞いてくる父親が嫌いでした。直前までずっと我慢していたそうです。

急に外を走り出した事について何も言われた記憶はありませんが、好ましく思っていたそうです。

この一か月の勉強も私が孤独だと思い込んでいただけでした。

親の心子知らず、親を非難するわけではありませんが機能不全家族という言葉が思い浮かびます

しか一般論として、子供ひきこもりになったときにどういう対処をすべきなのかは当事者の私にもわかりません。

いまは生きる活力があるからこそ将来を悲観しているわけですが、今までは生ける屍で諦めてしまっていました。

やっと勉強ができるようになったのだから続けてほしいというのが母の希望です。

今日はぐっすり眠れそうです。まったく勉強しなかったけれどいい一日でした。

2017-04-23

25歳で脱童貞したイキりオタクの話

下ネタ注意】

25歳にしてやっと脱童貞できた。

どこで読んだ話か忘れたが、年齢を重ねれば重ねるほど脱童貞できる確率は小さくなるらしい。

25歳で負のスパイラルから脱出できた俺は運のいい方なのだろう。

自身大学生の時は「早く脱童貞しなければ!」という焦りがあった。

色々あって一度職を失って以来、そういう焦りも消えたのだが。

焦れば焦るほどうまくいかないのはなんでだろうな。

必死さは人を遠ざける。

さて行為全体を俯瞰すると、てんでダメな出来だったと思う。

うまく入らなくてグダったし、入ったら入ったですぐ限界来たし。

相手あんまり経験ある方ではなく、スムーズいかないのは当然の結果だった。

それなのに。

それなのにだ。

翌日を迎えた俺の全身には妙な達成感があった。

男は肉体的な快楽を求める生き物らしい。

それは否定できるものではない。

だが今の自分感覚、この四肢に行き渡る充足感が性欲の残滓であるとは到底思えない。

性欲と呼ぶにはあまりに柔らかく、滑らかな感触だった。

俺は長年異性に対してコンプレックスがあった。

今でもコンプレックスじみたモヤモヤは消えていない。

一応これまでも彼女ができたことは何度かあるが、長続きしたことがない。

自分を受け入れてもらえる自信もなく、肉体関係を結ぼうと試みたことすらなかった。

今回はどうして勇気を出せたか、というと単に俺が歳を重ねたからだろう。

中身は相変わらずクソガキだけれど、クソガキなりに成長した部分もあるってところか。

ぎこちない俺の所作を受け入れてくれる相手に恵まれたのも一つ。

彼女身体は固いんだか柔らかいんだかよくわからなかった。

あとなんで女性行為に入るとあんなに表情が変わるんだろう。

昼間無邪気にサンドイッチを俺に押し付けてきた女性とは別人のような笑みだった。

25歳で脱童貞できることもあるよ!

お前らも希望を捨てるなよ!

とか言いたいわけではない。

そんな無責任なことは言えない。

誰にでも等しくチャンスが来るとは思えないしな。

女性関係についての経験値爬虫類以下の俺だが、そこそこいい大学を出て恥ずかしくない仕事にも就いている。

容姿全然優れていないが、どうすれば楽しくおしゃべりできるかは色々と研究した。

努力せずにここまで漕ぎ着けたわけでもない。

努力方向性を間違えたことも一度や二度ではない。

それでもその度軌道修正してきた。

大事みたいに書いてきたが、彼女ができないとか行為する相手がいないとかで死ぬほど思いつめる必要はないんじゃないかと思う。

気持ちはわかるけどさ。

自分にできる努力を最大限した後は、焦らずのんびり構えてりゃいい。

チャンスは向こうから寄ってくるものだ。たぶん。

童貞して大きく世界が変わったかと言えばそんなことはない。

相変わらず俺は自分を好きになれずにいるし、名前も知らない他人の舌打ちに怯える日々だ。

仕事には行きたくないし、リア充オーラを放つ人間は怖い。

相変わらず家族仲はボロボロから実家には帰りたくないし、6畳の部屋が広くなったわけでもない。

それでもまあ、前よりは生きやすくなったような気がする。

気のせいかもしれないが。

2017-04-19

学歴社会

日本において学歴就職活動では大事です。

学歴関係ない。本人次第」なんて言える人間は本当の天才かドアホぐらいで、企業学歴を重視する。

それはなぜかというと、人を計る上で一番簡単単位から

底辺大学から天才を見つけるのは至難の業だ。なぜなら天才は頭がいいのでもっといい大学に行けるし実際行っているからだ。

では東大から天才を見つけるのは?難しいことではあるが底辺大学から天才を探すよりはずっと簡単だ。

それは確率論の話で、ゴミから金を発掘するより金山から金を発掘した方が早いという話だ。

それを理解もせずに自分努力してるだの、社会理解してくれないだの、甘えことを抜かしているやつはさっさと現実を見ろ。

企業もアホの相手をしている暇はないんだ。面接をすればその時間給料が発生するし、面接をした相手がそんなこともわからない低能ならその給料無駄になる。

それでも納得がいかないなら今すぐ学歴フィルターに弾かれないだけの大学に行けばいい話。それだけの頭脳があるなら簡単な話だろう?

ま、そんな戯言を抜かしてるようなドアホは真っ当なところに就職できないだろうけどな。私のように。

2017-04-18

誰が安倍首相を操っているのか

このところ自民党政府のやりたい放題で胸が痛い。

今更なのだが、安部首相父親や他の政治家比較してあまりいい大学を出ていない。

まり、彼らと比較してそれほど頭が良くないか東大早稲田慶應に入るべく努力して勉強をする気が無かったかのどちらかなのである

また、妻の昭恵氏に至っては大学すら出ていない。

オバマ元大統領夫妻などが素晴らしい学歴をもっていたのとは非常に対照的である

となると誰か頭の切れる人物がこの夫妻を、ひいてはこの国を裏で操っていると考えるのが自然であろう。

それは誰なのだろう。

それとも安倍首相は自らの資質でもってこの国を率いてるのだろうか。

それはそれでやばくないか

2017-04-15

家庭もって子ども育てることのハードル

どんなかわからないって独身の頃は思ってた。そりゃそうだ。誰だってからないよね。自分の子ども?どんなだろう。育てたらどんな大人になるんだろう。

運よく家庭向きの相手を見つけた。結婚した。夫婦だっていい。

結婚3年目で子どもできた。妊娠10か月から仕事辞めた。勤めてたのが弱小なところだから産休とかそういう選択肢はなかった。それに、保育園とかに預けずに子ども育ててみたかった。それは、無知ゆえの選択肢でもあったんだけど、理想じゃん。赤ちゃんとお母さん。ずっと一緒に、ゆったりと子育て。そんな漠然としたイメージに期待して。

子どもまれた。育児が始まった。全部初めてのことだらけ。全く予想外の反応をするふにゃふにゃした小さな生きものに、戸惑いながら子育て

でもやっぱり想像してたのよりはるかに大変だった。ちょっと慣れてきて一番最初に強く感じたのは「なんて不自由なんだろう」

都心に住んでたこともあり、出かけることのハードルの高さが想像してたのよりずっと高かった。電車が怖すぎる。荷物が多すぎる。祖父母は両方とも遠くに住んでいた。頼れない。子ども病気になったら?自分病気になったら?初めて親の近くに住んでたらよかったと思った。旦那は割と融通がきく仕事だったからそれ頼み。それさえなかったらと思うとぞっとする。追いつめられるしかなかっただろう。

そんな子育て環境にも少しずつ慣れ、二人目もでき、幼稚園に入り、上の子小学校入学した。

そのへんで今度は頭を悩ませられるのがお金問題保育園?入れて働こうとしたら無理って、調べてみて問い合わせてみてわかった。うちはまだ、そこまで経済的に窮してはいなかったので、子どもがもうちょっと大きくなったら働こうと思った。

でも最近は、上の子小学校中学年になってきて、この先どうしていこうって思う。何かにとかかるのはお金子育てで一番必要なのはお金公立のみでよい教育が受けられる環境もごく一部の優秀な子どもにはあるかもしれない。でもそれは一部の優秀な子にだけ。

それなりに頑張ってきた。図書館に通って本もたくさん読ませてきた。習い事もできるだけさせてきた。でもこの先に、テンプレ通りな日本の子どもを目指していくならこの先いい大学、いい会社に入って立派な社会人になるコースを歩ませるという道にそって、多かれ少なかれやっていくしかないんだろう。そしてそれは受験戦争いかにして勝つかというところに集約されていくんだろう。そしてそれもやっぱりお金必要だよね。ごく一部のものすごく優秀な子どもを持つ親以外に選択肢は、お金をたくさん、めちゃくちゃたくさん、かけて自分教育を受けさせろってことだよね。

それってすごくハードル高くない。育児の悩み事、子ども周りの人間関係の悩み事、その他に教育などのお金の悩み事。子どもがいなかったらそういう悩みもないのかと思う。

自分のことはなりふり構わずに、家庭を維持するのに精いっぱいでここまでひた走ってきたけど、核家族母親役としてよく感じるのは

もうちょっと楽にお母さんが働ける社会があったら

もうちょっと受験戦争対応した教育が等しく受けられる環境があったら

ということです。

http://anond.hatelabo.jp/20170415012742

受験とか大学進学とかはもろ家庭環境が影響するのは事実から

頭いいやつが全員いい大学にいけるわけじゃない

あと、頭がいいってのは周囲の空気が読めたり、気遣いができたり、正確にちょっと先を予測して対策しておくなんかの行動も含まれ

あとは創造性とかもね

論理性や情報処理能力だけじゃない

しかし、大学受験論理性と情報処理能力記憶力で突破できる

そういう意味では、本当の意味で頭がいいやつじゃなくてもいい大学に入れるのも事実

情報処理能力記憶力が低いと入れないけどね



結局、当たり前だけど、いい大学出てても中卒でも、頭いいやつも悪いやつもいる

ただ、いい大学出てた方が頭いいやつは多いし、低学歴は頭悪いやつが多い

単純な話

勉強ができるのと頭が良いのは別」理論を振りかざしてくる高卒ベンチャーおじさんへ

最近、正確に言えばここ一年説教クソ社会人にクソバ理論(「勉強できる奴って、社会に出たら使えないことが多いんだよな〜笑」)を食らうことが異常に多いんですよね。

だいたい高卒あるいはFランおじさんで、ベンチャー率が高い。

しかに私は、早稲田大学に通いながら、将来選択に迷って留年をして、現在5年生です。

きっと自分の軸を持って将来選択をし、キャリア信仰し、明確な目標を持って「社会人」を勤め上げてきた貴方たちは、私に「教えてあげたいこと」が山ほどあるのでしょう。

私は実際、学生の身ですから反論できることなど何ひとつありません。

そこで、

これは早稲田大学に通う22歳からの、社会に対する切実な啓蒙ですが、

やめてもらえませんか?

高卒あるいはFランおじさんが学歴のある学生に偉そうにするの、やめてもらえませんか?

勉強すらできない大人が、勉強のできる学生に対して「勉強ができても笑」などといった謎の経験則を振りかざすの、やめてもらえませんか?

受験という、誰もが平等に実力を試される時期に適切な努力をしてこなかった人が、他人の「適切な努力」を馬鹿にするの、やめてもらえませんか?

勉強ができる奴は」とか「いい大学出たって勉強ができるのと頭が良いのはまったく別」みたいな100万回言われてきたクリシェを1時間かけて説くのは、せめて、自分会社新入社員にしてもらえませんか?

学生相手に、「社会に出ないとわからない」ことを説いて強者のツラをするのは、さすがに暴力的ではないですか?

勉強なんかできなくても大丈夫」などと言うのは、持たざる者の哀しき遠吠えではないですか?

英語も、お金も、教養も、学歴も、「そんなのなくても大丈夫!そんなのがすべてじゃない」と言うのは、いつだって持たざる者ではないですか?

私は、持っている者が「持ってなくても大丈夫!」と言うのを聞いたことはありません。

少なくとも私は、学歴はあってよかったと思うし、教養のない人生など想像ができない。

からこそ、英語だってできるようになりたいし、お金だってあったほうがいいのだと思う。

人が経てきた努力を、学歴という成果をバカにするな。

勉強ができることを悪みたいに言うな。

勉強ができる奴は打たれ弱い、指示待ち人間だ、融通が利かない、などのクソみてえな経験則を捨てろ。

飲みの場で高卒が熱弁を振るう中、勉強ができる側の人間はあえてそれを論破しようなどと思わないでしょう。

持たざる者には持たざる者人生があり、持っていたかもしれない人生など、想像もできないでしょう。

もも高卒だったら「勉強のできる人間は」などとほざいていたかもしれないけれど、学歴があるので、「もし高卒だったら」などと想像することもできません。

語りえぬことについては、沈黙すべきなのです。

沈黙してください。

学歴がないというハンデ(自業自得です)を背負いながら、人並み以上の努力をして、正社員として人並みの生活を手に入れたかもしれません。

からといって、受験期に人並みの以上の努力をして学歴を手に入れて、人並みの努力でそのまま社会に漕ぎ出そうという学生を、どうして見下せるのでしょう?

私は高卒でないので、想像もできません。

とにかく、やめてください、と言うほかないのです。

高卒のおじさん、学歴の話をするのをやめてください。

だいたい学歴の話をするのは、低いほうです。

「どこ大?」「早稲田です」「おお〜頭いいねえ、俺なんか高卒Fラン)だからさあ」

から始まる会話が苦痛すぎて、私たちは神経をすり減らしているのです。

誰も幸せにならない会話です。

高卒あるいはFランは二度と学歴の話をしないでください。

そして、学歴自虐から始まる努力話あるいは説教をやめてください。

これは切実なお願いです。

学歴で人を判断するのは、だいたい持たざる者の側なのです。

卑屈になるのは勝手ですが、こっちの肩身を狭くするのをやめてください。

語りえぬことについては、お互い沈黙しましょう。





学生しか説教できねえ大人クソダセエな、これ以上恥を振りまく前にさっさと声帯とるか死ぬしろクソカスどもが

2017-04-10

ADHDわたしと親


勉強よりも日常的なことができないと大人になって困る、勉強は基本放任・なによりも日常生活を、というのが両親の方針だった。まともだ。

幼い頃からちょっと理屈っぽく、勉強が好きで得意な子供だった。だから色々な人に頭が良くてしっかりしてて偉いね、と良く褒められた。

親とは仲が良かったけれど、褒められたことはほとんどなかった。遅刻癖、忘れ物が多い、部屋が片付けられない。やる気に波があって、何かにのめり込み込むと周りが見えなくなる。こんな有様だったので、勉強できても大人になってこれじゃ困ると怒られらことが多かった。

中学テストで1番をとったときも「良かったね、でも朝起きれなきゃ。いくらいい大学出ても就職してから困るよ。」と言われてなんだか嫌になってしまった。親は真っ当なことを言っているんだけど、でも褒められたかった。

だんだん勉強が好きじゃなくなって、高校適当に入った。後にやっぱり色々上手くいかなくなって、アイドル馬鹿みたいにのめり込んだり、犯罪に手を染めかけたりして(これは100%自分が悪いんだけれど)、高校は辞めた。

しばらくしてADHDなんじゃないかと親に相談した。「自分意識問題。みんな自分解決してるよ。甘えじゃない?」と言われた。なんかよくわかんないけど涙が出た。

別の用件でカウンセリングを受けた時に思い切って相談をして、検査を受けることになった。結果はADHDということだった。複雑な気持ちになった。

なんて昔話。

お互い嫌いじゃなくても親子でも合わないってあるんだよなぁ。難しいね

2017-04-01

「女叩きは非モテ底辺」では済まされない

「女叩きは非モテ底辺」と言うと女叩き側から怒涛の嘲笑罵倒が返ってくる

「女はクソだから本当に嫌われてるのに自分価値を高く見過ぎ!非モテ底辺ってことにして安心したいんだろ!モテても地位が高くても女叩きしてる!これだから女は!」

挙句自分達は真剣男性差別に反対してるのにモテないと揶揄される被害者だ!と喚き出す

残念ながらこれは事実

旦那彼氏が女叩きにハマり出した」というまとめを見るし、ツイッターじゃ高学歴(東大生とか)の女叩きを見る。あのレイプした東大生だって被害者女性を「頭が悪いから」と見下してレイプしたではないか

前「12人の怒れる男に、身近の黒人は立派だと言う人種差別者がいた」というコメントを見たが、彼女持ち、既婚者の女叩き厨も似たようなものだろう

性差別者は負け犬、という研究結果は出てはいる。が、それはあくまで傾向にすぎないし、今の日本インターネットでは地位の高い低い、モテるモテないに関わらず女叩きに染まる、というのが現実だろう。

同じくニート底辺というイメージがあったネトウヨも、むしろ高学歴というデータがあったような気がする

底辺ということにしたい、非モテということにしたい、だがそうとは限らないから厄介だ。

もう一つ厄介なのは若い人が多いということ。若い新時代性差別者たちがいい大学を出てこれから日本の根幹を担う。それが怖い

2017-03-29

自己否定拗らせたメンヘラは最終的に彼氏をフるって話

要するにただの自分語り

高校一年とき、ある男と知り合った。

2つとなりのクラス学級委員長をやっている、見るからにまともではなさそうな男だった。

聞けば1年生になって少しして、すぐバスケ部をやめて少し噂になっていた男らしい。

そいつちょっとしたきっかけで夏に連絡先を交換して、1ヶ月くらいして告白されて付き合い始めた。

そいつにも私にもメンヘラの気があったのもあり、そりゃもう頭の悪そうなカップルになっていたと思う。

けれど私にとっては人生で一番幸福時間だった。

放課後に人目の少ない道を選んでは手を繋いで帰ったし、休日はだいたい彼の家に行って遊んだセックスしたりしていた。

行事ごとのたびに贈り物もしていたし、毎晩のように電話をしながら値落ちしていた。

もちろんメンヘラ同士であるのですぐぶつかり合った。私も彼も気持ちを伝えるのが壊滅的に下手くそだったし、自虐的物事を捉えるのが上手かった。

彼が自虐的に物を捉えて悲観するたびに私は彼に「あなたは素晴らしいひとだから自信を持ってくれ」と言い続けていた。

彼が私の言葉で元気を取り戻してくれるのが何よりも幸福だった。

彼は私の書いたひどい絵をLINEアイコンにしてくれた。

私の知らないところでも私のことばかり話していたそうだ。

私達が付き合い始めたあと、彼は学年全体でも20位くらいの成績だったのがメキメキと伸びはじめ、模試があるたび毎回のように1位を取るようになっていた。

2年生の前半までは私もそれなりだったので、彼と一緒に1位と2位を抑えることもしょっちゅうだった。

本当に楽しかったし、幸福だった。

彼は、彼の自虐癖に対して少しずつ改善兆しを見せていたし、友達がいなかった筈がいつの間にか友人達と良く話すようになっていた。

けれど私の自虐癖は治らなかった。

高校二年の後半に差し掛かるにつれて、彼と私の実力差は目に見えるようになっていた。

別にそれは全然構わなかったしむしろかなり嬉しかったのだけれど、彼は国立大を目指していた。

それも理系結構レベルの高い、いわゆる宮廷と呼ばれる大学だった。

私も最初の頃は彼と似たような大学を目指していたが、ある日ふっと私の学力じゃ努力しても行けないなと気づいてしまった。

私は行けない。そもそも学問にそこまで熱中できる人間じゃないし、おそらく地方ほとんどF欄みたいな国公立に行くことになるだろう。この学校で上位を取れていたのもこの学校が基本バカ高校からだ。

対して彼は本当に頭がいい男だ。このまま努力すれば絶対第一志望くらい余裕で行けるだろう。理学に対する情熱だってある、だってあんなに楽しそうに数学を教えてくれるんだから

じゃあ私はきっと彼の足を引っ張ることになるんだろう。そう思った。

そんな思考半年ぐらい突き落とされて、結局3年生の5月に、適当理由でっち上げて彼をフった。

その半年あいだ、彼と心中してやろう妊娠してやろうとこっそりゴムを捨ててセックスしようとしたり、自殺することで彼の足枷にならないように、かつ彼の心に大きな爪痕を残せるようにしてやろうとしたりもした。

でも結局無理で、いい大学にちゃんと行くべきである彼が合格できるようにするためには私を忘れてもらうしかないとフった。

その後卒業するまで、ちょこちょこ彼から連絡が来た。

でも秋の私の誕生日電話が来たときに、私はひどい態度でそれすらも拒絶した。

その結果、彼は無事に大学に受かったらしい。

噂で聞いた話ではあるが、まず間違いなく受かっていると思う。かくして私の気付きは正しかったらしい。

対して私は受験した大学に全て落ちた。

浪人もやめた。就活こそしているが、4月になれば正式ニートだ。

なんで落ちたかって、彼と別れて一年、ずっとべそべそ泣き続けていたからだ。好きあらば自己嫌悪に溺れて布団の中で一日を過ごした。起き上がることもできなかった。前だったら悲しくなったら彼に電話をかければたちまちに元気になれたのに、ねだればいくらでも撫でてもらえたのに、という具合で。

その生活は未だに続いている。

私の判断絶対に正しかった、でもその代わり私は二度と彼に顔向けできない。

彼は今後の人生でまた恋人を作り、妻を貰い、子を育てることになるのだろう。

私には絶対に無理だ、どんな男に対しても遊びとしてしか付き合いを持てなくなった。

からもう私はこれから死ぬまで、彼のくれた贈り物や写真をたまに眺めては罪悪感と喪失感でべそべそ泣いて生きるのだと思う。

今も、彼のLINEアイコンが、なぜか私が書いたあのひどい絵に戻っているのに気がついて、ぐずぐずに泣いている。

あんなフりかたしかできなくてごめん。ごめんなさい。

お願いだから忘れて、希望をもたせるようなことしないで。ごめんなさい。

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