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はてなキーワード: 公正世界仮説とは

2022-06-28

anond:20220628161702

そういう人は自らの首を絞めるだろうっていうのは願望に過ぎないんですよね

実際運のいい人はたくさんいて逃げ切ってる

そして「自分成功してるのは自分人格能力が高いからだ」と考えるようになる

公正世界仮説ってやつ

2022-06-19

anond:20220619160540

正反対じゃなくてただ同じ意味を言い換えているようにしか見えない

  という捉え方が既におかしいのだが…

公正世界仮説などと言うヤツがいたから、わかりやすパラフレーズして解説してやっているわけで、パラフレーズしている以上当然ながら意味するところは同じなわけだよ。

その上で、「どう解釈すればこれが公正世界仮説に見えるんだ。違うだろ。自己責任論だよ。」と諭しているわけなのだが….

anond:20220619124511

まさに公正世界仮説なんだけど

  ← 逆だよ。正反対。むしろ自己責任論なの。

普通にアプローチしていたら告ハラ認定なんてされない」は、言い換えると「お前はその普通アプローチすらできないダメなヤツなんだ」という意味であって、「脈無しから脈有りに持って行く事が可能である」というのは「可能ではあるが誰にでも出来るとは言ってないので、お前には無理かも」という意味

たとえば、「人類は泳ぐ事ができる」という言明は全く正しいのだが、お前さんが泳げるかどうかは全く別問題。中にはカナヅチもいるからね。

https://anond.hatelabo.jp/20220618222047

普通にアプローチしていたら告ハラ認定なんてされない」

「脈無しから脈有りに持って行く事が可能である

という前提で論破しようとしてくる人達、まさに公正世界仮説なんだけどその自覚がなさそう

他の話題だと自己責任論や公正世界仮説には否定的人達に限って

どうして恋愛になるとこうなのか

2022-05-23

anond:20220523010036

単なる事実の指摘です

『それは罰が当たったんだ』って、公正世界仮説・公正世界信念の世界観そのものですよ

現実は公正ではありません

anond:20220523004815

草 無自覚なんだなぁ

 

人は他人成功について、その人の特別能力によるものだと考える傾向にあります。一方で不幸な出来事についてもその人の行動が悪いからだととらえてしまうことがあります。これは「公正世界仮説」という心理的な要因が影響しています。今回は、心の安定にもつながる「公正世界仮説」のメカニズム解説します。

 

公正世界仮説とは

良いことをした人には良い結果が、悪いことをした人には悪い結果がもたらされると考えてしま心理的バイアス公正世界仮説といいますバイアスとは物事認識する際に、これまでの経験固定観念から合理的でない考え方をしてしまうことです。

公正世界仮説は、1960年代社会心理学研究を行っていたメルビンラーナーによって提唱されました。不透明未来への恐怖心を克服するための仮説です。人間の行いに対する公正な結果を信じることで、人間必要以上の警戒をせずに生きることができる、という考え方です。将来や未来についてのポジティブイメージを抱き、未来に期待を寄せることができるようになるといった心理的効果があるとされています

 

一例をあげます

新型コロナウィルス感染者を責める風潮が報道などでも取り上げられています個人企業感染対策を徹底していても、感染してしまうことは往々にあります

こうした背景には感染者を攻撃することで、不安から目を背けようとする心理が働いているのかもしれません。「感染者は感染するような行動をしたから」と思い込むことにより、自分の中で起きた不安を解消しているのです。

https://heisei-ikai.or.jp/column/just-world-hypothesis/

anond:20220523004603

きっちり否定しておきます

増田他罰的で公正世界仮説の人です

これ、ご自分の事ではないですか?

anond:20220523004256

こういう思考他罰的とか公正世界仮説の人だと思っていないのなら認識を改めた方がいいです

増田他罰的で公正世界仮説の人です

2022-05-16

anond:20220516180710

公正世界仮説信者は、男の寿命が短いのは男のせいにしたがるんだよ。

2022-04-25

anond:20220424235634

無視

公正世界仮説めいた薄っぺら理想論で納得した気になって

無理解の上に胡坐かいてるのは元増田の方じゃないか

相手にも歪んでいるなりの正義なり信念なり譲れないものがあるだろうに

そういった心情に碌に肉薄もしないまま「他人のことを考えて~」みたいな

今時中学生でも言わないような無邪気な認識で本気でどうにかなると思っているなら

そちらの想像力貧困さも相当なもんだね

こういう意識の高いことを言っちゃう人間比較経済的精神的余裕のある

層なんだろうけど、この程度の認識人間多数派のうちは断絶は埋まらないだろうね

2022-04-02

おっちゃんは今日2回も良い事したんだから大吉引いたのも当然だよね

と、今年の正月、2人で行った初詣の帰り道に小5の甥っ子が言った。


甥の言う「良い事」とは、初詣中に車椅子の手助けをしたことだ。

親娘のように見える80代くらいの車椅子に座ったおばあさんと、60台くらいのおばさんが自分達の前にいた。

神社敷地に入る所に段差があり、中々上がらないようで、「良かったら押しましょうか?」と声をかけ、

手伝って押し上げた事。もう一度、今度は拝殿前にある階段、あがるのは娘さんに支えられ自分の足で上がりはったが、

車椅子階段の下のままだったので、今度も声をかけてから車椅子を上に運んだ。

参拝の後に引いたおみくじ、甥っ子は小吉で俺は大吉だった。


甥の言葉公正世界仮説とか、因果応報とかそういうものの表れなんだろう。

俺は因果応報公正世界仮説も信じないし、おみくじも信じない。

から大吉引こうが大凶引こうがふーんて感じだし、一人ならおみくじ引かない。

そもそも初詣だって行かない。


俺は甥に嘘付いた酷い人間なのかな?と逆にそんな事を考えてしまう。

そもそも、今のご時世だから、参拝も1組ずつってことで、神社入り口の外までずらーっと並んでた。

車道邪魔にならない様に道なりに折れて並んでたのに、車椅子の親娘は俺と甥が目に入らなかったのか、

俺達の前に並びやがったんだよね。「ワレなに横入りさらしてくれとんねん、どこに目ェつけとんのや!」って

心の中で一瞬沸騰したけど、直ぐに「まぁ急いでないし別にええか」となって上記のお手伝いしたんだけど。

まぁ普通それくらいはするよね。



心の中で悪態付いた因果はどういう応報として帰ってきたのだろうか……まぁ応報なんて無いんだけどね。

甥っ子はいつどうやって因果応報的な考えを身に着けたのかなぁ?と正月から暫く考えてたんだけど、

基本そういうお話おおいし、子どもが触れるコンテンツ特にそうだから、そう考えるのは自然なのかなぁという結論に至った。

甥っ子は喋り始めるのが結構遅くて、ちょっと鈍くさい所も多いのだが、親の教育がいいのか心根はまっすぐでいい子に育ってると思う。

2022-03-31

修了しました

どうしてこんなことになったんだろう。ここ数年で何度も思ったことだ。

これは奇妙な巡り合わせで出会った私にそっくりの友人が大学卒業時に書いた文章の書き出しである。この鏡合わせの彼が書いた文章を何度も自分事のように反芻してきた私は今年大学院を出る。修了という立場に際して、私も少し自分語りをしてみようと思う。他人自分語りなど興味の無いという方もたくさんいるだろうから、そういう方はこの時点で引き返してほしい。思うままに書き殴っているので読みづらいし長いと思うが、それに我慢できる人だけ読んでもらえればと思う。

・生い立ち

私はごく普通環境で育ったと思っている。地方在住で金持ちでも貧乏でもない家で、両親は優しくて、友達もいた。小中学生のころの自分一言でいうと優等生気質だった。学校勉強はそこまで苦にしなかったし、危ないこともしなかった。先生の言うことには従っていたし、学級委員を務めたりするタイプ人間だった。強いて言えば両親が少し頑固だったくらいだ。

小学校では初めに陸上クラブに入った。運動は苦手かつ嫌いだったし、何よりブラスバンドのようなクラブがありそちらに入りたかった。父が無理にでも私を陸上クラブに入れたのは運動の楽しさを知ってほしかったのだと思っている。運動神経のいい父にしてみれば運動は娯楽だったのかもしれないが、運動神経が壊滅的な私にとっては純粋身体能力を問われる陸上は苦しかった。そのため5年生からブラスバンドやらせてくれと懇願した。タダで許してくれるはずもないので中学では運動部に入ると交換条件を付けた。5年生から始めたトランペットは本当に楽しくて練習した。6年生の途中からは1stトランペットを担うこともできた。

中学では周りの部員吹奏楽部に行くのを横目に約束通り運動部に入った。誤解のないように言っておくと別に部活動自体は楽しかった。ただ音楽から聞こえてくる音を聞くたびに自分もこの中にいたらどうだったろうと思うことは度々あった。中学では同学年内でいじめもあって、被害者ではなかったものの学年中を巻き込みつつも教師黙殺しているそれに優等生気取りの私は心を痛めたものだった。その頃の私はもっぱら公正世界仮説(当時この言葉は知らなかったが)の敬虔信者であり、親や先生にほめられている優等生自分はいつか報われるし、逆にいじめなんぞ加担している人間はその人間からどこかで破綻すると思っていた。

 高校は少し離れた進学校に入った。近隣の学校に行く人が多かったが、いじめの件もあり彼らと距離を置きたい気持ちも大きかった。流石にレベルの高い授業でもあったが、モラル教養を持った人が多く非常に楽しい生活を送った。高校部活軽音部と兼任しようかなと考えていたが、他方の顧問専任希望するような言い方をしたので諦めた。別に悪い人ではないと思うが、他人に機嫌を取らせるタイプ人間だった。高校では成績をぐんぐん落とした。周囲のレベルの高さもそうだが、私には2点の欠陥が見え始めていた。1つは努力中学生まであまり勉学に苦労しなかった私は勉強に労力をかける癖がなかったし。加えて苦手な運動は一向にできなかったし、好きな人アプローチしても付き合えなかったし、理論武装して親に頼み込んだことも結局許されなかったり、努力してできた経験と言えば自転車の補助輪を外すときくらいのものであったように思う。努力の数と成功体験の数なんて鶏と卵かもしれないが、努力をした経験もおそらく人よりは少なく、努力が実った経験もっと少ない人間だったように思う。もう1つは先天的能力限界である。これまでの自分は「丁寧に教えてもらえば理解ができる」という能力を有していたと思っている。中学生までの自分が苦労しなかったのもこれが原因だと思っている。しか高校3年生になると少しそれに陰りが見えているのを人知れず自覚していた。周囲の人間には見えていないようで、親や先生は褒めてくれるし、同級生から勉強ができるという認識をされていた。

 3年生になると嫌でも受験を考えなければならなくなる。私はどこに行って何をするのだろう。勉強は好きではない。高校では文芸部の本に部外から投稿してすごく評判が良かったし、文化祭の劇の脚本演出担当して最優秀賞を取れた。そのあたりの活動は楽しかったしクリエイティブなことがしたいかな、あと音楽。それとなく親に専門学校の打診してみたけど、4年制大学に行けといわれた。「いい大学に行けばいい企業に行けるからね」と言われてきていたし、親心としてはそんなもんだよねと理解した。自分としてもレールを外れることに恐怖はあったし、レールに従うことで周りと同じように大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、今の家族のような生活が送れるならそれでいいと思っていたのでじゃあ普通大学に行くねとなった。

 問題になるのは何がやりたいかである。私がやりたいことって何だったんだろう。結局見つからなかった。そこで親がアドバイスをくれた。

「まだやりたいことが見つかっていないなら、ここに行けばいいんじゃない?」

親が指し示した大学は、入学時に専攻を決めなくてよいという特殊制度もつ大学だった。みなさん名前ぐらいはご存じの都内大学である。幸か不幸か、私にはそこを目指せるだけの能力はあった。

長くなったが、これが地獄の幕開けである

大学という場所

1浪しなんとか2年目で合格して大学1年目。はじめに学んだ格言がある。

大学では勉強サークル恋愛バイトのうち2つしかできない」

勉強は好きではないので、サークルバイトをやるんだろう、恋愛もあるのかななどと入学後の私は胸を躍らせていた。憧れのバンドサークルにも入った。周りは経験者なので食らいつこうと頑張った。大学から帰って仮眠を取り深夜の安いパック料金で明け方までスタジオ個人練、シャワーを浴びて大学へ。その生活をしていたら資金ショートした。親にバイト禁止されていたため練習交流のためのお金が足りず、実力もつかず人脈もできずにフェードアウトした。

 大学の授業はひどく不親切であった。大学レベルも相まって何をやっているのか理解できなかった。高校の時に疑問を持っていた内容が解決されるかと期待していたが、それらは大体1,2回目の講義解決してしまものか、もしくは深くがっつり専攻しないと理解できないようなもののどちらかで、学ぶモチベーションにはつながらなかった。教える側も教科書も「説明してはいる」「書いてはある」という感じで、高校までのようにわかやすくとはいかなかったから、「丁寧に教えてもらえば理解できる」タイプの私では太刀打ちできなかった。つまらないし時間無駄に思えて次第に講義休みがちになった。

 それでも、とりあえず大学を出れば何とかなると思っていた。ここで耐えている自分はきっと報われると思っていた。好きなもの大学で見つかればいいし、そうでなかったら高校までの勉強ができるから教師になればいい。これが1年目の私であった。

崩壊

 初めてショックを受けたのは成人式のことだった。新成人代表として何人かの陽キャ集団が壇上にあがった。式の前後に彼らと会ったがある人はバツが悪そうに私から目をそらし、ある人は肩を組んで話しかけてきた。どちらもいい気はしなかった。彼らはいじめの関係者である。なんで彼らの方が人生謳歌しているんだろうか。その時にふと思った。「結局彼らは世渡りがうまかったんだ」と。くだらない正義なんて捨ててその場で空気を読んで得なほうに回るっていうのが正解で、黙殺していた奴らもそうだったんだ、なんて自分は愚かだったのかと。そう考えてみると社会に明確な悪役はいなくて、したがって明確な正義存在しない。正義道徳立脚した自尊心のなんと脆いことかと思い知らされた。

 そして、もう一つ。親や教師というのもまた所詮人間だとこの年になって気づいた。この中の何人かが数年のうちに教師になって、親になる。はっきり言って話の通じない人だっているが、そんな人も年さえ取ればいつかは親や教師になりうる。だから黙殺した教師も、話の出来ない親もおかしくはない。じゃあ私が優等生してきた、私が正しさの根拠としてきたものは何だったんだろう。優等生であることを数字で示してくれるものは成績くらいしかない。世渡りが下手で運動などの技能も持たず、それでも私が公正世界仮説を信じてこれたのは、案外「勉強ができること」に依存していたのかもしれない。勉強しかできないやつだけど勉強ができるから何とかなる、そんな風に自分無能さを騙して生きていたのかもしれない。

 さらに拠り所の勉学さえ崩れ落ちた。留年が確定したのだ。受験でも足を引っ張った物理がとことん苦手で何も理解できなかった。2年目は学費負担を減らすべくバイトをさせてもらった。サークル活動事実上全部やめ、バイト勉強の日々が始まった。バイト先は学生が割と多かったため、みんなと仲良くなれた半面、繁忙期が重なった。私は試験前はむしろシフトが増加し、結果的に致命的な必修単位だけ落としてしまった。2留である。親に電話して事情説明した。単位くらい取れとストレートに怒られるかと思った。代わってあげる優しさを評価しつつもやりすぎだと注意されるかもとも思った。

あんた人にいいように使われてるだけでしょうが

人にやさしく優等生してきた自分生き方への批判自分が仲良くしている人たちへの非難ダブルパンチで頭に血が上った。怒りで何も言葉が出ずに何秒か無言の後電話を切って、壁を殴った。

数日すると気分が落ち込んできた。親はそれを「単位を落としたから」と解釈したようであるが、全く違う。私は他の人が当たり前のようにサークルバイト恋愛を掛け持ちして進級している中で、バイトしながら進級できなかった。私は当たり前のことすら満足にできない無能であると、薄々感じていた自分無能が隠せなくなってしまったのである

 3年目は再びバイト禁止した。クラスでの試験対策仕事もやり、その科目の勉強をしなければいけない状況を作った。サークルとしては冒頭の彼の紹介で新しいサークルに入った。サークルでできた友人とは本当に仲が良く、勉強を助けてもらったり、サークル関係なしに遊んだ大学での生活の基盤になった。助けてもらえる人も増え、自分学習するようになり、この年の上半期では単位の取得ができた。しかし、私が感じていたことは決してポジティブなことではなかった。私がこの年の経験でわかったことは「お前はやればできるが、環境サポートがあって自分勉強してもちゃんとできるのは2単位」ということである。私は2年で70単位以上取得する想定のカリキュラムを、半年で2単位しか取れない脳みそでやっている。無能すぎてもはや卒業が無理なのではないかと思った。

公正世界仮説評価軸としてきた大人たちへの信頼、自身の実力への評価の3つが音を立てて崩れて、この時私は確かに一度死んでしまった。このことに気づく前の自分に戻れなくなってしまった。中学いじめがらみで「死にたいけど死ぬ勇気もない」って言ったときに「死ぬのなんて勇気って言わねえ」って怒鳴りつけてくれた友人がいた。

・専攻決定

4年目にして2年生。この年は諸々の事情クラスから孤立した。喧嘩別れのようなものである。私としても仲良くする気はなかったので1人でどこまでできるかやってみようと思った。結果は惨敗だった。単位取得こそぎりぎりできたものの私はこの大学では人に寄生しないとやっていけないと気づかされた。

そして、4年前に選択先延ばしにしたツケの返済期限が来ていた。専攻の決定である。結局4年間でやりたいことは見つからなかった。勉強面白くないし、勉強以外の何かを思い切って始める余裕もなかった。教員になろうかとも思ったが、それもかなわないと思った。教職卒業単位には含まれないため、追加でいくつも講義を取る必要がある。通常のカリキュラムすらまともにできない私にそれは無理だろう。ちなみに私と同じく成績の芳しくなかった冒頭の彼は教職を志して単位を取得しに行ったが、弊学では満足に教職まで取り切れなかった。教職を目指した世界線の私もきっとこんなものだろうと思ってしまった。

理系科目はわからなかったので、唯一興味がわいた心理学を専攻しようと思った。しかし、成績が足りなくて進むことが絶望的だった。ここで初めて間違いに気が付いた。この大学システムは何をやりたいか不明瞭な人間を救済するシステムではなく、やりたいことや才能が複数ある人間選択肢を与えるシステムなのだと。私などがこの大学には来てはいけなかったんだと激しく後悔した。

このシステムでは通常、成績が足りなければ次の年に再挑戦することができる。しかし、私は4年目であったがために在学年限が迫っており、この年で専攻を決定しなければならなかった。そのため、当時人気の低かった化学を選んだ。化学は苦手で高校化学すらわからないが「とりあえず大学を出れば何とかなる」のであれば、と苦渋の選択をした。

実験異変

5年目、3年生。1限からの授業と週3回の実験があり、9時-18時のような生活になる。実験には予習とレポートがあるため、実際の拘束時間はこれより長い。何とか4月を乗り切ったところで、レポートを1つ残してしまった。GWに入ってレポートをやらなければと思って毎日机に向かおうとした。いや、向かったこともあった。だが、ペンを持っても何も書けない。そのまま時間が過ぎてごはん時になり席を外してご飯を食べる。そんな日が続いてGWの最終日、床にへたり込んで泣いた。書かなきゃいけないと思いつつも1文字も書けなかった。

 3年生の必修は実験だけだったので、他の単位犠牲にしてでも取ろうと考えた。1時間だけ講義を休んで...その1時間を何も書けずに終えた。これを繰り返してほぼ全ての講義を欠席した。次第にいろいろおかしくなっていった。頭痛もちでもないのに頭が痛みだした。文字が読めなくなり、教科書はおろかネットニュースくらいの簡単文章でも字が滑るようになった。1日にできることがゴミ出しと洗濯くらいになり、起きて寝る以外に食事、入浴、ソシャゲの周回くらいしかしてない生活になった。

 溜まりに溜まったレポート夏休み前に呼び出しを食らったことで、無理やり夏休みを使って消化した。歯を食いしばりながら全部消化したことは覚えているが、歯を食いしばればできたことがなぜここまでできなかったのかこの時は疑問だった。

 4年生になり、大学院へ進学することになったが、大学院の手続き入試勉強、足りなかった単位試験勉強などでタスクが溜まった瞬間、この症状は再発した。友人の勧めを受けて学生相談所に通うことになった。

能力環境

学生相談所のカウンセラーはいい人だった。いろいろお話をして気持ちは和らいだ。専門的なこととしてはWAISの検査を受けた。結果は処理速度だけが異様にへこんでいる格好になった。別に数値は低くないので大丈夫と言われたが、「問題の有無は環境によって決まりませんか?能力の高い人が集まる環境ではそれなりの能力要求されますよね?」という質問には満足のいく回答は得られなかった。

 親にも何度か愚痴を言ったことがある。そのたびに「あなた世間一般には優秀だから大丈夫」と返されるのである。何が大丈夫なんだろうか。”今の環境”が辛いと言っているのに”世間一般”という別の集団を持ち出して何の救いになるんだろうか。これ自体も言ってみたことがあるが「なんでそんなこと言うの」と言わんばかりの困惑した顔をするだけだったのでやめた。別に親以外でも同様のことを言う人はいる。世間一般評価邪魔をして、まともに助けを求めることすらままならない。内部の人間から見て無能で、外部の人間から見て有能な私は、共感を得られる対象がとても限られていて苦しかった。大学ブランドという呪いにかけられて苦しかった。

 やりたいことをやれていればよかったのだろうか。サークル作曲体験させてもらう機会があった。でも続かなかった。結局忙しいとかいろいろ言ってインプットから逃げている自分がいる。クリエイターにはなれなかっただろうなと思った。好きなことも頑張れない自分に「自分が勉学を頑張れなかったのは勉強が嫌いだからじゃない、努力が嫌いなんだ」という事実を突きつけられてまた悲しくなった。あれほどに信じてきた公正世界仮説は「お前が苦しいのはお前が間違ってきたからだ」と自分に牙をむき始めていた。

・進学と私

大学院へ進学することにした私だが、実は私は望んでいなかった。学部時代夜遅くまで研究に勤しむ先輩たちを見ていて「私にこれは無理だ」と実感していたかである研究への熱意はおろか、化学への意欲も知識もないのである。ただでさえ病む人が多く出る大学院という環境にこんな人間が行くのは自殺行為に他ならない。そのため、私は就職を強く希望した。しかし、親にそれを伝えると「今のお前に就職はできない」と言われた。就活を終えた今だから言えるが、これは正しかったように思う。議論は「就職はできないから進学しろ」「院でやっていけないか就職させろ」の平行線で、就職も進学もろくにできない無能をぼこぼこにリンチするだけで生産性はなく、結局「とりあえず進学はするがいつでも辞めてよい」という落としどころになった。

 私は院試に落ちるのが最適解だと思った。学力もないので真面目に受けても受からないだろう。院試を受けたけど落ちましたというのが親にも研究室にも一番角が立たない。しかし、筆記試験が思ったより点数が低かったのか通ってしまった。面接をすっぽかすことも考えたが、会場に研究室の先生方がいるかもしれないことを考えると気が引けた。面接では辞退の意思を伝えるつもりだった。面接官と私だけの秘密である。私は院試を受けて落ちたのだと周りに言えばよい。

 Permalink | 記事への反応(0) | 23:43

2022-03-25

anond:20220324074139

公正世界仮説に染まってるのではないかと思う

人はなぜ被害者を責めるのか?(公正世界仮説がもたらすもの

https://psychmuseum.jp/show_room/just_world/

公正世界仮説を信じる人は、「被害者に落ち度がある」と考える傾向にある

善良であっても理不尽な目に合えば「世の中は公正である」とは言えなくなってしまうから

公正世界仮説を維持するために「被害者が善良ではなかった」ことにするらしい

2022-03-19

anond:20220319090925

たとえば「被害者にはこれから良いことが起きるに違いない」とかも公正世界仮説一種だろ。

それは「理不尽被害がある」という前提があるから、「良いこと、悪いことは常に行動の結果である」という公正世界仮説とは違うのでは?

人生幸運の総量が決まっている、みたいなまた別の思想っぽい。近い感じだけどね。

被害者を責める」と「被害者の行動を分析して犯罪の原因を探る」も別の話だし。

そんな話してないけど突然どうしたの?

あと解像度が低いとかい意味不明の謎ワード使うのやめたほうが良いよ。自分意味わかってないでしょ。

anond:20220319082648

言うほど公正世界仮説の反対になってるか?

公正世界仮説の捉え方が一面的すぎるのでは?

たとえば「被害者にはこれから良いことが起きるに違いない」とかも公正世界仮説一種だろ。

被害者を責める」と「被害者の行動を分析して犯罪の原因を探る」も別の話だし。

解像度が低すぎるのでは?

公正世界仮説の反対ってなに?

被害者に何か落ち度があったはず、と思うのが公正世界仮説なら、

被害者は何しても良い、批判してはいけない、という考え方には何か名前ついてないの?

どちらも同じ程度によく見るし、どちらも同じ程度に害悪だと思うのだけれど。

2022-03-09

anond:20220309193904

公正世界仮説じゃないかって言ってる人見て、それはあるだろうなと思った

2022-02-24

時々ブコメ正常性バイアス認知の歪みが起きている、みたいな指摘がある。

今回のロシアによるウクライナ侵攻は多くの人にとって正常性バイアスにより誤った予想をしていたように思う。

ロシアの侵攻を予想していた人もいるし、海外だとさらに悲観的なもの危惧している人も珍しくないらしい。

ちなみに韓国には北朝鮮が威勢のいい事を言うとガチビビる層が一定いるそうな。日本だと黒電話がまた言ってる、程度だけど。

今回の件とは全く関係なく、ブコメ正常性バイアスとか公正世界仮説などの誤謬を指摘しているけれども、認知バイアスは認知バイアスだと気が付かないからこそ認知バイアス足り得るわけで、それをもって非難するのはどうなのかなと考えている。

特に公正世界仮説を挙げる人は非難というよりも侮蔑的に使っているように読めるものを見かけることが多く、まるで「私は認知バイアスに陥ることはない」と言っているように思えてしまう。

2021-12-11

anond:20211211115147

公正世界仮説でないと狂ってしまうクソブクマカにクソと言ってなにが悪いのかクソ

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