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2019-07-11

[] ビハインド・ザ・シート

Behind the Sheetは「現代産婦人科学の父」と呼ばれ米国医師会長も務めた婦人科医、ジェームズマリオン・シムズに関する実話を

基にしたオフブロードウェイ舞台脚本シャーリー・エボン・シンプソン。

  

シムズは出産で膣に穴が開く膀胱腟瘻(フィスチュラ)の治療法を確立した。

しかし、南北戦争前、奴隷貿易の中心地であるアラバマ州モンゴメリー開業していたシムズは、奴隷アフリカ系(黒人)女性の体を

治療法の実験に使っていた。近代的な麻酔技術は開発されたばかりで、使われなかった。

現在でもシムズの功績には賛否両論がある。

http://www.theaterscene.net/plays/offbway-plays/behind-the-sheet/mark-dundas-wood/

https://gigazine.net/news/20180713-absolutely-evil-medical-experiments/

https://en.wikipedia.org/wiki/J._Marion_Sims

2019-05-19

『何という行き方!』(1964)

『何という行き方!』(1964)。豪華キャスト恋愛コメディ。『映画たちよ! 』(1990年)を

読むと橋本治(1948―2019)の「偏愛映画らしい。加藤賢崇(1962―)氏のオールタイムBEST1。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=16773

https://www.imdb.com/title/tt0058743/

https://www.amazon.co.jp/dp/B005HGCQAY/

予告A(1分45秒)と予告B(2分55秒)

https://www.youtube.com/watch?v=27LLk9Yu9a4

https://www.youtube.com/watch?v=NI55fRkOYeQ

4度結婚し4度とも「大金持ちになった夫」と死に別れた薄幸の若き未亡人(シャーリー

マクレーン)は、「国税局大金寄付しようとする」メンヘラ女と思われ強制的心理療法

受けさせられながら波乱の結婚生活を回想する…。映画の序盤はセンス的に古くてタルかった。

2番目の夫となるパリ在住の売れない前衛画家(ポール・ニューマン)との出会いあたり

から面白くなる、というか個人的にはこの「2番目の夫」のエピソードいちばん良かった。

水着姿のS・マクレーンを観て、こんなにスタイルが良かったのか、と驚く。↓予告。足が長い!

4番目の夫は「安酒場で踊って生計を立てている冴えないオッサン」で、誰かは知らなかった

けど観終わって確認したら有名な「ジーン・ケリー(52歳)」だった。初めて観ましたが、やはり

優雅ダンス披露してくれる。映画全体では「古臭い」部分はあるがモダン?で楽しい部分も

あり、後味は良好。ソローの『森の生活』(※私は未読)を理想暮らしとする女性が、自らの

「望まないアゲマ能力」に苦労するというロマンティック?コメディもう一歩で(※人によっては

充分に)「カルト映画」。「古臭さ+モダン?な楽しさ」は京マチ子の『黒蜥蜴』(1962)に通じる。>>352

2019-04-15

コードギアス 復活のルルーシュについて(ネタバレあり)

結論から言うと、ルルーシュに生きていて欲しいという、視聴者(集合無意識)の願い(ギアス)に、世界(スタッフ)がかかった結果が、復活のルルーシュだと思う。

まず、復活のルルーシュTVアニメ版の続編ではない。新しく編成された劇場版の続編である

なので、TVアニメ版の反逆のルルーシュは、もうあれから続編はなく視聴者想像をまかせて終わりというは、復活のルルーシュが放映された後でも変わらないと思う。

TVアニメ版と劇場版の大きな違いはシャーリーが生きているか生きていないか、他にも多分細かいところはあるけど、それだけでまったく違う物語であることが分かる。

自分はそれを、あえて変化させたと思っていて、当初はルルーシュ生存するためのファクターであって、そこが分岐点になるのかなーと思っていたけども、あまり明示的にそういうことは復活のルルーシュでは語らなかった。

しろシャーリーほとんど出てきておらず、シャーリーキーファクターではないことをあえて語ってるように受け取った。

復活のルルーシュを見ていたとき、この違和感はかなり大きく感じた。正直、復活のルルーシュは単体の作品としてはあまり綺麗ではないと感じたし、そもそも立ち向かう敵が弱すぎる。というかルルーシュ陣営が強すぎ、どういう相手が立ち向かっても恐らく物語にならなかったのだと思う。

から映画を見ているとき、なんでこんな物語が出来たのかを考えていた。

考えた結果が、一番始めに書いた結論であるコードギアス物語で、ルルーシュがあわよくば生きていないかという考察や、それに期待したりわくわくしたりする声は多かったのではないかと思う。個人的にも物語としてはルルーシュが死んで終わりというのが、綺麗ではあるがそれとは別にルルーシュには幸せに生きて欲しい。頑張った結果が報われて欲しいという思いがあった。そういう願いが実際に制作陣を動かし、ルルーシュが生きて幸せになる物語が生まれたのではないか。だから、全編撮り直しをしたし、だから若干の変化を仕込み、ルルーシュが生きていて幸せになっていい世界を作ったのだと思う。多分、シャーリーが死んでいたらルルーシュは再度やり直すことができなかったんだと思う。しょうがない…。

なんか、ルルーシュがC.C.に策を預けた理由とか、どうやってあのギアス攻略たかとか、ラクシャータの妹たち可愛すぎてたまらないとか書こうとしたけど、満足したので終わり。まぁみんなわかってるしいいよね。

2019-03-20

anond:20190319235433

シュトヘル! って言おうと思ったら出てた。あれはいいよな。

まだ出てない作品だと、皆川博子「蝶」に入ってる「幻灯」っていう短編長編なら「倒立する塔の殺人」(どちらも戦時中なので、近代寄りだけども)。

あとちょっと違うかもしれないけど、シャーリー・ジャクスンの「ずっとお城で暮らしてる」あたりも。

2019-03-01

一介のスト魔女ファンとして自衛隊ポスターに思うこと

1期から見てる古参ファンとして、例の自衛隊の『ストライクウィッチーズ』のキャラを使ったポスターについて思うこと。

前提として、スト魔女ガルパン艦これと同じく(※)、第二次世界大戦期の日本軍にまつわるキャラクタや設定が多く登場する。

なので、旧軍スッパリ縁を切っているはずの自衛隊さんが、これらの作品広報に使うのはあまり望ましくないと思う。

ファンとしては「ちょっと~ただでさえ危ない元ネタを扱ってるんだからそういう火種を作るようなコラボはやめてよ~」と思うし、

改憲派としては「大丈夫? ちゃん旧軍のこと反省してる? そういうの反省してないムーブに見えるからやめた方がいいよ?」と思う。

もちろんそういう判断とは別に「ぼくの好きな作品コラボした! ポスターになった! うれしい!」というのもあるので、複雑な心境。

で、露出度については、別におかしいとは思わなかった。ファンなのでもう感覚麻痺してるのかもしれない。

公式絵の中にはそもそもズボンすら履いてないとかそういうのもあるし、逆にもっと露出の少ない絵もあるけど(和服着てるイラストとかあったよね。あれソシャゲだっけ?)、まあ作中の標準的服装がアレなので特に違和感はない。

でもあれ見えてるのはパンツじゃなくて水着だよね……そこをちゃん説明した方がよくない? 下着はアウトにしても、水着ポスターなら許容される余地はあるんじゃないの?

正直好きな作品がこういう論争の的になっているのはつらいのだけれど、公的組織広報である以上は露出が多すぎとかそういう意見にまったく理がないわけでもないので、反対する人らの話を聞くだけ聞いてみてもいいんじゃないかな……と思っていた。『京都新聞』に載ってた識者のコメントを読むまでは。

表現の自由とは関係なく、公的組織国際的には児童ポルノとみなされ得るようなもの肯定することになる。」

児童ポルノって、国際的にはどんどん法規制しようって流れになってるやつだよね? まりこれ、最終的には法規制しろって言ってるんだよね。

だって国際的児童ポルノってそういう意味でしょ? 違う?

ちょっと露出多すぎ」とかそういう苦情なら、じゃあどのくらいまでならOKか話し合いましょうか、とか思えるよ。でも法規制しろって言われたら全面戦争しかないじゃん。

国際的には児童ポルノ発言が識者のものとして新聞掲載された段階で、自衛隊はこのポスターを取り下げるべきじゃなくなった。なぜなら、今このポスターを取り下げることは、法規制を持ち出して脅せばちょっと露出が多い程度のポスターでも取り下げさせることができる、という成功体験規制派に与えることを意味するからだ。そして、ちょっと脚の露出が多い程度のポスターを「児童ポルノ」呼ばわりする行為正当性を与えることになるからだ。

乳首が浮いてたりスジが出ているならばともかく、単に太もも露出が多い程度で「児童ポルノ」呼ばわりされてはたまらない。「太もも出しすぎ」だけなら話を聞く余地はあったけど、「国際的児童ポルノ」なんて言い出す人とはそもそも話し合いの土俵に乗るべきではない。その意味自衛隊が抗議を突っぱねたのは正しい。

表現の自由服装自由をともに支持する者として、清教徒たちの言い分を支持することはできないし、清教徒の言い分が通ってしまったという前例を作るべきではない。

なので、今回の抗議は全ツッパ、以後一切無視、ということでよろしいのではないでしょうか。もちろん抗議する自由はあるけど、聞いてさしあげる義理はないよね。

ところで個人的にはニパくんが好きだから次はニパくんのコラボポスターとか作ってほしいんだけどどうかな? 大使館! 大使館さん! 特定某国大使館さん! 待ってますよ!

ガルパン艦これスト魔女の違いは、設定上はスト魔女はWW2とはなんら関係がないことだろう。ガルパンはWW2期の戦車を使っていると明言しているし、艦娘たちはあからさまに旧軍艦艇だと名乗っているわけだが、スト魔女場合あくまで「現実世界とよく似た異世界現実エースパイロットとよく似たお名前女の子たちが活躍します」であって、旧軍との繋がりは――現実には制作陣もファンも当然のものと看做しているわけだが――「設定上は」存在しない(だから旧軍戦車艦艇がモロに出てくるガルパン艦これが出てきたときは「あ、それやっていいんだ……」とちょっとビックリした。あと『SHIROBAKO』の第三飛行少女隊の設定にも割とビックリした。イスラエル出していいんだ……パレスチナ支持なのであれは正直残念だった)

追記

とか言ってたら結局取り下げちゃいましたね……残念です。あんな不当な圧力に屈するべきではなかった。

取り敢えず公的場所もっとスト魔女グッズを身に着けたり使っていったりすることで連中への抗議としたいですね(エイラーニャのクリアファイルを鞄にしまいながら)

あと批判の中には「女性自衛官もいるんだぞ」というのがあり、現状の自衛隊女性自衛官が幅広く活躍するようになっていることを思えばもっともな指摘だと思うので(女性艦長さんとかもいるよね)、美少女が出てくるポスターイケメンが出てくるポスターの2種類を用意するか美少女イケメン共存させたポスター作ればいいと思います

自分メルカバ大好きだからっていう理由もあるけど、国家とそこに住む個人とは分けて考えたい派です(もっというと国の中にもいろいろ考え方があるので、あの国は良い、悪いと行った一面的見方は控えたい)

善良なイスラエル人が出てくるっていうだけなら問題だとは思わないけど、あれモロにイスラエル軍人だよね……現状イスラエル軍人はほぼ全員がパレスチナ占領に加担してしまっているわけで(もちろん徴兵制から個々の軍人さんをあんまり非難するのは気の毒だと思うけれども)、そういう立ち位置の人をああい政治色薄めの作品で出されるとモヤッとするというか、えーっそれがどういう意味を持つかわかってやってます? って聞きたくなる。今話題魔法少女アニメみたいに露悪的な作品ならそれでもいいのかもしれないけど、SHIROBAKOはそういう作品じゃないし……

別に中国人可愛い女の子が出てくる分には一向に構わない(むしろ嬉しい)けどその子新疆チベット駐留してた軍人or警官ですとかいキャラ付けされたら、あれ? これってそういう作品だったんだ? ってなるよね。そんな感じ。

追記

水着ポスターあかん、というブコメ想像以上に多くてビックリ

別に私も積極的水着ポスター見たいわけじゃないけど、あったとしても特に問題だとは思わないので、そんなに拒否反応あるのがふしぎ。

海パンのおにーちゃんビキニのおねーちゃんがそこらに飾られてる世界でも何も問題ないと思うんだけど、世の中には保守的価値観の人が多いんだな~と思いました。

(たとえばちょっと前に渋谷駅デカデカと『Free!』の広告が飾ってあったことがあって、もちろん水着姿だったわけだけど、特に文句言う人いなかったよね? それとも観測範囲問題? 私は公的機関が『Free!』とコラボして水着姿のポスターを堂々と掲示できる世界の方が水着姿が抑圧される世界よりも好きなんだけど、そういう世界はあまりまれてないのかな? 自由主義者としては悲しい)

というか、ギョッとするかしないかと言われたら飾られてる場所と大きさによってはギョッとすることはあるかもしれないと思うけれど、水着以外にも人をギョッとさせるような広告はそこらじゅうにありふれてると思うし、それをいちいち自分価値基準推し量って咎め立てする方がおかしくないです? いやもちろん文句を言う自由保障されるべきだけど、文句をつける方が当然と言わんばかりの態度はちょっと理解できないっすね……

まあでもそれ以前に、何回でも繰り返すけど萌えミリ作品既存軍隊との結びつきはなるべく漂白してくれた方が無邪気に楽しめるマンなので、自衛隊さんとのコラボはどんな服装だろうが避けていただけると萌えミリ好きとしてはありがたい。萌え絵を使いたいっていうならオリジナルの絵で広報した方が色んな意味でいいと思う。自衛隊オリジナル萌えポスターは既にたくさんあるみたいなので、そっちを応援していきたいですね、はい

全然関係ない追記

全然関係ないけどさ、

結婚式Tシャツズボンで来た人に小言を言うと「スネ毛丸出しが駄目なら肩出ししてる女のドレスはどうなんだ?逆に上下ジャージなら良いか?お前の"お気持ち"なんて知るかよ」と返ってくるダルさ、考えてみて欲しい

結婚式ドレスコードむっちゃうざったくない? 私はもうてけとーなYシャツにてけとーなベルトでもいいじゃんって思ったら家族めっちゃ叱られてさ、ちゃんとしたお高いYシャツちゃんとしたお高いスーツ着て行ったわけだけど、正直友達人生の大切な日をお祝いしたいという気持ちがなかったら途中でうんざりして「やっぱ欠席します」って言ってたと思う。別にスウェットで行こうとしたわけじゃなくて一応スーツネクタイで行こうとしたんだけどこのシャツじゃダメなんだってさ。襟付きシャツにノーネクタイジャケット結婚パーティーかにしてくれ~~~~~~と心から思う。

私が前にとある外国のそれなりに社会的地位の高い人を訪ねたときはもちろんアポ取って行ったわけだけどTシャツジーンズで現れてしかもさっきまで会議中だったとかそんな感じだったから「いいなあ」と思ったよ。まあ私は私で人前に出るときもたいてい襟が付いてりゃそれでいいんでしょって感じの服装してるし、緩い業界なんでそれで特に何かを言われたこともないから、よほどのことがない限りこれで通すつもり。厳しいドレスコードって窮屈だと思うんだよな~。タクシーバスの運ちゃん私服な国はあるんだから私服でいいでしょって思う。外国私服タクシー使って困ったことないしね。その国ではすね毛剥き出し半ズボンで高級ホテルカフェとか入ってたけど周りもそんな服装から誰も何も言わなかった。まあ、日本別にそういう服装であっても案外文句言われなかったりするんだけどね。日本、だらしない服装ダメと言われる割にだらしない服装をしていても(清潔でさえあれば)排除されることはまずないのでなんだかんだで良い国だと思う。あれ? なんの話だっけ? まあいいや。

から全然関係ない話だって言ったのに

自衛隊が太もも丸出しの水着姿で何か活動することってあるんだっけ。ほんとに麻痺してんだな。それなりの地位の人がYシャツホットパンツで出て来ても「いいなあ」と思うのだろうか。

ギョッとするだろうとは思うけど、他人服装ケチつける方が失礼だし、他人迷惑をかけない範囲で思い思いの格好をできる社会の方が良くない? その服装自体を羨ましいとは思わないけれど、その服装が許容されている自由社会は羨ましいと思う。

(それにしても、その理屈だと「公的な場ではハイヒールを履くのがマナー!」みたいな言説に抵抗できないと思うんだけど、それでいいんだろうか。私はファッションとしてのハイヒールはもちろん否定しないけど、履きたくない人にまで強制しているのは現代纏足だと思うぞ)

現実世界にたとえて「こんな服装の奴がいたらどうする?」っていう理屈を振りかざされると、リベラリズムの信奉者としては「個人自由尊重しろ! 服装強制反対!」と念仏のごとく唱えるほかなくなっちゃうので、現実世界での服装の話を持ち出すのはやめません? 公的機関とのコラボでの妥当性の話をしましょう。

公とは

プライベートで何をどう楽しもうが好きにすればいいが、公とは何かも考えた方がいい

多様性があって色んな考え方の人がいて雑然としている空間のことでは? しかし「公とは」って小林よしのりがよく言ってたフレーズだよな。

この増田引用して「私を無限に広げていく人に最近困らせられてる」「自分欲求を通し続けるのは不可能」って言ってる人がいて流石に笑ってしまった。自分不快感を万人に押し付けようとしてる側の人が何言ってるんだか。

街中にはしばしば私にとって不愉快ものが溢れているわけだけれど、それらはあくまで私にとっての不愉快に過ぎない。そこを区別せず自分には不愉快からこんなもの掲示するなと叩く方がよっぽど世間自分区別ついてないんだなって思うわ。

まあもちろん叩くのは自由だし子供っぽいふるまいもそれ自体では咎められるものではなかろうけれど、それで世間アピールちょっとね。

話をSWに戻すと

アニメ化以前の、兵器擬人化スレ時代バルクホルンがBf109娘だった事を知る者としては、フミカネ氏の裏設定…改造人間をどうマイルド表現するかの変遷をちゃぶ台返しされた感が強いよ

擬人化以前の制服戦闘機スレから見てるので「性的意図はない」というのは「欺瞞!」としか言い様がないのだけど、じゃあ「児童ポルノ」扱いで「世界では許されない」とか言われりゃ、んなわきゃないしなあ。

古参とか言ってたら太古の昔を知るホンマモンの古老が来てしまった……。まあ性的ニュアンスあるかないかと言われたらあるだろうしそこを否定するのは無理筋でしょうねえ。ただ性的といっても程度はあるだろうという話であり、セーフアウトの線引きについてはよく話し合えばいいと思うのですが一律アウトと言われてしまうと「ええ……」という感じがするというか。

スト魔女」と略してるとは、信頼できる御仁だ

しろこの騒動でまだストパンって呼んでる人がいるんだってちょっとビックリした。まあ鈴木さんが客が呼ぶ分には気にしないっておっしゃってるから別にいいのかもだけど。それ言ったらスト魔女公認じゃないっぽいしね。

旧軍スッパリ縁を切っているはずの自衛隊さんが、これらの作品広報に使うのはあまり望ましくないと思う。』むしろこっちなんだけど、いかに中身見られてないか、だよなあ。

twitterでさんざん指摘されるけど、『GATE』とコラボしちゃったことがあるからね……しか安保法制で盛り上がってた時期に……多分『GATE』にしろSWにしろ階級の低い人は内容まで知ってると思うんだけど階級が高くて決定権持ってる人はよく知らないんじゃないかと思うんだよね。いや知っててあれやこれを選んだのなら何考えてんだって話になるけど。

公的機関の側の問題公的機関の側で総括してもらうとして、我々としては萌えコンテンツ側の姿勢も問うていく必要があるよなあと。自衛隊とのコラボで出してくるキャラが軒並み扶桑皇国なのはちょっとねえ……日本国(あるいは大日本帝国)と扶桑皇国はまったくの別物なんだけど混同してません? っていう。芳佳ちゃんや静夏ちゃんを出すなとは言わんけどシャーリーとかリーネとかサーニャとかペリーヌとかも出すべき。せっかく作中では枢軸国連合国も分け隔てなく扱ってるのにさあ(この点ではガルパンバランス感覚あるんだよな。劇場版で知波単出したときの処理も上手かったし。海外艦を実装したと思ったらドイツイタリアばっかでなかなか英米艦を出そうとしなかった艦これェ……今はどの国のも出してきてるとはいえ……)。

まあだからほんとに市役所とかならともかく現実存在する暴力装置とはあんまり関わりを持たないでほしいですね(取材とかはそりゃしょうがないだろうけど、出来上がった製品の上では関係ないというスタンスでいてほしい)。関連イベント戦車呼んでくるとか、キャラと同じ名前護衛艦就役した時に新規イラスト上げちゃうとか、そういうのほんと「大丈夫? ちゃん創作現実区別ついてる?」って話になるので……

あとホロコースト否定ドクターとか平民宮殿下とかが擁護派に回ってるのほんとこっち来ないでほしい感が強い……大好きなコンテンツ批判されてるのもつらいけど大好きなコンテンツホロコースト否定ドクター平民宮殿下に擁護されてるのはそれ以上にキツい……勘弁して……

2019-02-10

コードギアス 復活のルルーシュ

※本文には「コードギアス 復活のルルーシュ」のネタバレを含む。

10年前のR2放送物語が終盤に差し掛かり最終回というもの意識した時、本当に比喩ではなく毎週の楽しみであり、

生き甲斐だったコードギアスが終わるという切なさを感じつつ、その分素晴らしいものをみれるのではないか

という期待感もあった。

早くこの物語の結末を知りたい、観たいという気持ちと、

この素晴らしい物語が終わってほしくないという気持ちが重なる、そんな期間だった。

  

最終回放送された西暦2008年9月28日

ルルーシュスザクと行った本当のゼロレクイエムナナリーフレイヤでやろうとしていたこ

この二つの類似性に打ち震え、あの悲しい最後のシーンはルルーシュスザクナナリー物語を終わらせるにふさわしい、

素晴らしいもので、それまで見てきたどんな作品最終回よりも美しいと思った。

  

それまでの話数は放送後何度も見返したが、

R2最終回は、その後しばらく見返すことができなかった。

私にとって不可逆で不可侵の素晴らしい思い出だった。

      

最終回放送から8年後、西暦2016年にそのコードギアスが、ルルーシュが復活するとの特報が出る。

    

思い返せば亡国のアキトシリーズの放映や、パチンコ化などのメディアミックス情報は、

アニメ放送後も途切れることはなく、コードギアスは死なないコンテンツになったのだと気付くべきだったのかもしれない。

    

情報は少しずつ鮮明になり、総集編としての劇場版3部作が放映されたのちに

完全新作エピソード劇場で公開すると発表がある。

    

総集編はテレビシリーズとの小さな、だが物語に大きく影響を

与える変更点を加えつつ次々と公開していく。

  

そしてルルーシュが死んでから10年がったった昨日、西暦2019年2月9日平成最後の冬に

コードギアス 復活のルルーシュ」が公開された。

  

タイトルからして復活である

ルルーシュは死んだのに。

美しく、そして気高く世界から憎しみを無くすために文字通り命をかけた主人公

もういないはずで、それでも世界は続いていたのに。

  

復活

  

実は復活と銘打ってはいるが、概念的なことだけで

肉体が蘇るわけではないよ。

ルルーシュがいない世界必死に、彼が求めた願いを実現するために

戦う残された者たちが一生懸命戦う。そんな物語だよ。

それでもよかったのではないかと考えた。

  

だがし復活したのだ、

嘘つきのルルーシュは大切な約束を守るために。

  

復活してルルーシュは、まぎれもなくルルーシュだった。

味方が、特にナナリーピンチの時には全身全霊をもって、

策を練り、有無を言わせぬ迫力で味方を鼓舞し、指示を出す。

  

私が10年前に美しいと感じたルルーシュがそこにはいた。

あれがルルーシュだということに異論を唱えるファンはいないだろう。

それほどまでに素晴らしくルルーシュだった。

  

そして、物語はこれもまたまぎれもなくコードギアスであった。

国の陰謀、計略する首謀者、そこかしこに仕掛けられた罠、

激しく火花を散らし戦闘するナイトメアフレーム

世界の理を変えてしまうほどの強大な力、ギアス

  

コードギアスという作品に込められているものすべてが

詰め込まれており、それでいて色褪せない、新鮮さも感じることのできる、素晴らしいストーリだった。

  

この作品コードギアスであることに間違いはないが、

賛否両論あるということも間違いないのである

  

  

論点は一つ、ルルーシュの復活である

  

  

コードギアスという作品ルルーシュの死をもって

完結した作品であるはずという思いが強い人が多いのではないか

実際私もそうであったからこそこの「復活」にずっと懐疑的

感情を抱いていた。

  

だけれども、観て、楽しんでしまうのだ。

どんなに抗おうとしていたとしても、

観終わった後に私がどんな感想を抱こうが、

劇場で金を払ってみたという事実があるのならば、

コンテンツとして、興行としては大成功だ。

それは全くもって否定できない。

10年前に完結した物語の続きなんてみたいに決まっている。

観ないわけにはいかない。

  

観終わった後、自分感想賛否両論のどちらかなのか

すぐに決めることはできなかった。

この「復活」はあまりにも消化に時間がかかると感じた。

少しでもこの胸のつかえがとれないか

「復活」に関する評価感想ネットであさっていたところ、

監督インタビュータイトルに「批判覚悟制作に踏み切った」とあった。

  

この文言に納得しかかった自分もいたが、

冷静になってみればそれはそうだろうという感想だ。

物語を美しく終わらせるのではなく、

死なないコンテンツとして継続し続け、興行として成功する。

素晴らしいことだが、コードギアスというコンテンツを死んだと

解釈する私の様な人間から批判が出るのは覚悟していただかなくてはならないだろう。

  

10年の歳月コンテンツ評価に対する指標も変えた。

もはや視聴率はその指標としての能力を失い、

配信ツールの普及はいわゆる円盤の売り上げを

抑制するものになった。

  

からネット感想が正しいというつもりはないが、

例えばツイッター等のより個人、とりわけ趣味嗜好を

把握しやすSNSにはおおむね好意的にこの「復活」を

とらえている人が多いように感じる。

  

また、劇場でも終幕後に涙を流し、

良かったと感想を漏らす人も多くいた。

  

これだけでもこの興行成功であったと言えるであろうし、

どんなに賛否両論意見が出たとしても、「賛」の意見が出続ける限り

今後も興行収入を伸ばし続けるであろう。

  

否定というものさらなる否定を己に

向けられる覚悟がないといけない。

ルルーシュ言葉を借りるのであれば

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ」だ。

より情報を発信した個人特定されやすいこの環境では、

批判否定という行為は行いにくいだろう。

  

しかし、「復活」でルルーシュはこのセリフ否定するかのような言動を行う。

  

C.C.と同じ、撃たれてもその命を失うことがない

L.L.にはその覚悟がない。

いや、人ならざる力を持ち、さらには死すらも乗り換えたもの

人とは違う理で生きている。その悲しさを物語っているのかもしれない。

  

思えば10年前は視聴率を上げるために放映時に見る、

円盤を購入するという行為に我々は「支援」という意識を持って行っていたと思う。

  

大量のコンテンツであふれかえる世界から

自分の「好き」を少しでも延命させるために。

  

それはコンテンツというものが、傲慢かもしれないが

我々の支援なしには生き続けることができないと、

その支援が乏しく、延命繁栄をすることができずに死んでいったコンテンツ

観ていたからこそ、そうした感情が行動させていたのではないか

  

私が「復活」を劇場で鑑賞した際に

最も涙腺を刺激されたのは、お調子者だが愛されキャラ

本作でも重要役割を担う「玉城真一郎」のクレジットを見た時だ。

  

ご存知の方もいると思うが、「玉城真一郎」をTVシリーズで演じていた、

田中一成」さんは、西暦2016年に亡くなった。

  

もちろん総集編の劇場版で「玉城真一郎」を演じた演者の方の演技は

素晴らしく、引けをとっているだとか、優劣があるといいたいのではない。

  

私は「田中一成」さんの訃報を聞いたときしかった。

その悲しさは、当然のことながら亡くなった人はもう「復活」しない

ことを理解していたかである

  

10年の歳月があれば、悲しい別れを経験する人も多いだろう。

実際私もそうだった。こんなことを書くと現実フィクション理解していないと

否定されそうではあるのだが、私が10年前に愛した「コードギアス」には

壮大で近未来的なSFとしての要素もありながら、リアリティがあったのだ。

ルルーシュが何度もシャーリーギアスをかけようとしても、

にゆ人間を救うことはできない。そんな現実を突きつけられるような、悲しい物語だったのだ。

  

からこそ私たち最終話ゼロの剣に貫かれたルルーシュを見たとき

そこにリアリティを、死んだ人間は蘇らないという現実フィクション

コードギアスの中に見出し、涙したのではなかったのだろうか。

  

もしこれらを強引に、好意的解釈するとすれば、

私は10年前の最終話ルルーシュの死によって完結した素晴らしい物語

味わうことができたこと。

そして感情胃もたれしそうなほど甘い、

デザートのような続編を味わえたと、いうところだろうか。

  

それならば、一度飲み込んでしまったものは、咀嚼して

何とか消化吸収に努めないといけないのだろうか。

  

私がどれほど批判否定インターネットの海に

吐き出したところで、何にもならないのだから

  

批判覚悟で」

  

私の批判という弾丸は、放ったところで制作側には届かない。

コードギアス」というコンテンツは「復活」したルルーシュ

同じく「死なない」コンテンツに「復活」した。

  

私の撃つ弾丸は、もうルルーシュを殺せない。

  

2017-12-09

美人って。

画家松井冬子さんが猛烈に美人だと思う。

海外女優さんだと

ティルダスウィントン、シャーリーセロン、


芸能人美人さんはたくさんいらっしゃるけれど。

2016-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20160205082745

漫画シャーリー森薫)」で、主人公メイドシャーリー(13才)から女主人のベネットさん(28才)に対して声をかけるシーンが全くないのは、『奥様』でも『お嬢様』でもない女性に対して敬意を表す日本語存在しないからなのでは、と思ったことがあるわ

2015-07-11

その2

「ダン・シャーリー林檎機械

「ダン・シャーリーモテカワコーデ」

「ダン・シャーリーと財布の厚いおじさん」

ダン・シャーリーって書くと男の娘っぽい?

「ダン・シャーリーと増えない荷物」とか

「ダン・シャーリーエントリーシート」とか

「ダン・シャーリーSNSアピール」とか映画化できそう?

2015-06-03

コードギアスを見直してる

強気のC.C.もかわいい

奴隷少女になったC.C.もかわいい

ルルーシュダメ人間からあたしが何とかしてあげなきゃってなるシャーリーかわいい

天使であるところのナナリーかわいい

ひそかに惚れてるミレイ会長かわいい

全ての女を手中に収めてるルルーシュ最高

そういう男にわたしもなりたい

2015-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20150111133326

あれの趣旨テロ肯定ではなくて、シャーリー表現の自由の旗印としては相応しくないだと思うが。

表現の自由絶対不可侵のものと捉えている人と、何か公共的な目的のための手段と捉えている人がいて、あの増田目的のための手段と捉えている。

で、シャーリー目的外の表現の自由の利用でそれをabuseだと言っている。

表現の自由絶対不可侵と捉える見方にも一利あって、表現の自由適用するしないを選別できるのであれば、

権力側が都合の悪い表現表現の自由範囲外にしてしまいがちってのはある。

なんにせよ、あれをテロ肯定と読んでる時点で、増田の読解力にはかなりの疑問が残る。

2009-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20091210153707

ストライクウィッチーズ5話のはやい・おっきい・やわらかいは、数学基礎論の限界シニカルに描いた作品だよ。

ツェルメロフランケルの公理系では、外延性の公理採用して、内延性による集合は定義しなかった。

シャーリーをはやい・おっきい・やわらかいと表現すること自体が、外延性による定義そのものなんだ。

はやくて、おっきくて、やわらかければ、それはもう、シャーリーなんだ。

2008-10-12

コードギアス反逆のルルーシュR2考察ヒロインになれなかった女達

主人公といい仲になるキャラヒロインとした場合、

ギアスの真のヒロインシャーリーである。次点はロロ。

してナナリーカレン、神楽耶はヒロインになれなかった女達である。

(C.C.は別格扱いなのでここではとりあげない)

理由は、「ルルーシュを信じ切ることができなかったから」。

シャーリールルーシュが自分の父を生き埋めにして殺した、憎い敵であるゼロであると知りながら

彼の孤独を理解し彼のために傍にいようとした。

カレンシャーリーと同位置のキャラクターである。ゼロルルーシュであると知り、常にルルーシュ

傍にいて、ルルーシュ孤独まで分かっていた。にも関わらず信じ切ることができず、傍にいようと

しなかった。

ロロはルルーシュのためというよりも自身のために偽りの兄を信じ、傍にいようとした。

ロロと同位置の立場にいるのは当然ナナリーである。

ナナリーもまた、自分自身のために兄を愛し、兄の傍にいることを望んだ。

(ナナリーは今までも決して兄を理解しようとしたり兄のために行動しようとしなかった)

しかしナナリーはロロと違い優しい兄の姿を信じることができず、ゼロしてルルーシュ

ブリタニア皇帝してルルーシュの姿しかみようとしなかった。

神楽耶は C.C. の評価通り、ゼロルルーシュとの接点がほとんどないにも関わらず、持ち前の洞察力の鋭さにより

ゼロの真意をある程度理解していたのだろうと思われる。

とはいえ所詮「ある程度」なのでルルーシュに対する理解は完全とはほど遠く、そういう意味でも

ヒロインの座を獲得することは難しかっただろう。

それに神楽耶は女であるよりも「日本の盟主」であることを最優先に行動するタイプ人間で、

根っからの指導者である。

日本を捨ててルルーシュを取るなどという行為は、たとえ彼女カレンシャーリーよりも

ルルーシュを理解していたとしてもあり得なかっただろう。

結局、ルルーシュを信じた2人はルルーシュとともにその命を落とし、

ルルーシュを信じ切れなかった3人は心に大きな穴を開けて生きることになる。

「自分が信じなかったばかりにルルーシュは死んだんだ」という後悔の念に

さいなまれながら生きていくのだろう。

2008-07-24

絶望したと叫ぶ前に勧めたい非オタ女子の琴線に触れそうな作品たち

http://anond.hatelabo.jp/20080721222220

基本的にこういうのは趣味押し付けなんだけど、押し付けざるをえないのがオタの性。

非オタのかわいい女子に、さりげなく洗練されたトークでお勧めアニメを教えて

それをきっかけに彼女にオタへの手ほどきをしつつ恋愛関係に・・・

なんて実現不可能な即死コンボ妄想するのもよくある話だ。

だが現実は違う。

かつてバイト先の非オタモテカワ系女子と話をしてた時、

「○○さん昨日何してたんですか???」と聞かれ、

恐る恐る「千年女優ってアニメDVD見てました??」なんて答えたら

「え、アニメってあのエヴァみたいなキモい奴ですか!?」と言われ

非オタ女子との間にそびえる厳然とした高い壁を感じた。

エヴァでもダメなのか・・・、と衝撃を受けたあげく

「あー、でもああいうのはちょっと。」などと保身に走ると、

「あ、ダメなんですね、あー良かった」などというモテカワ子さんの反応に

ありもしない脈を感じ取ったが、言うまでもなくその後見事に撃沈。

傷心を抱えつつ見に行ったイノセンスで、男やもめのバトーの姿にさらに切なくなったのを覚えている。

だが、個人的な経験則として非オタの女子といっても、潜在的なオタ要素を抱える女子というのは相当数いる。

たとえば、ちょっとお嬢風の大学生が、今のアニメに興味はないけど昔レイアースは見てたとか、

最終兵器彼女にはまってるんですー、なんて子もいたりした。

ちなみにサイカノ子さんは元彼に藤崎詩織コスプレを仄めかされて別れたそうだ。

エヴァ世代あたりならばエヴァにはまらずとも男女問わず、

アニメ漫画付近で何かしらオタク的洗礼を受けているはずで

女子ならば少女漫画の系譜に属するアニメならばわりと抵抗を感じないのではないかと夢想する。

自分が高校時代にクラスの女子の間で「少女革命ウテナ」が大人気になった事があり、

ポケベルミニスカートな女子達がビデオテープを持ち寄り、

休みに教室のテレビを食い入るように見ていたという現象を目の当たりにしている。

暁男とウテナがやっちゃった回の翌日などは喧々諤々の大騒ぎになっていた。

また、当時クラスの不良とサクラ大戦の話題で盛り上がっていたが、

彼らとつるむ女子グループの間でもサクラ流行っていたらしく、

同窓会で、あの時に○○君とサクラ大戦の話したかった、などと言われてしまった。

あと、BANANAFISHあたりを話題に出すと結構喰いつきがあったり、

ハチクロ読んで胸がギュンギュンしちゃいましたなんていうと、

笑われながらも新刊が出た時に話題に加われたりして、

男オタが思うよりも、オタ系な話大丈夫非オタ女子もいるんだな、と実感する事が多い。

また、最近の話で同僚のゆるふわOLコードギアスの公式HPを見ていて、

思わず「これ最終回なのに全然話終わってないですよね。」などと話しかけたら

「これから第二期があるんです!」などと反応されビビった事があった。

それをきっかけに、ゆるふわ子さんとギアス友達になったのだが

彼女ストーリー展開に一喜一憂する様を見ると、

まるで自分が高校時代エヴァにはまった時のそれを見るようでむずかゆい

シャーリーの死に「ショックで思い出すだけで泣きそうです。」などとメールが来たり

シュナイゼルをシュナ様とよんだり、ルルとロロの絡みに興奮したり

ギアスの何が彼女の琴線に触れたかはわからないが、彼女も順調にオタへの道を進んでいるようだ。

また、声優ネタツンデレ等基礎知識も把握したようで

先日の放送終了後メールで「ツンデレの次は記憶喪失デレかもしれないですね。」

と送ったらややウケだった。

そんな彼女に勧めてみたのが「時をかける少女」とBSでやっていた「カウボーイビバップ」。

時かけは予想通り「こんなに感動するとは思わなかった!」と評判は上々だったが

ビバップはあまりピンとこなかったらしい。まあ基本的に男が好きなガジェットが多いアニメだが。

あと「精霊の守り人」も気に入ったらしく、やっぱりしっかり自立した強い女主人公みたいな話は受けがいいのかもしれない。

その他シャナ二期や狼と香辛料も面白かったそうだが、シャナが良かったというのは意外な感じがした。

余談だが、先行放送版だけ見てゆるふわ子さんに某SF三角関係ロボットアニメを勧めたが、

銀河系アイドルが戦地に単騎乗り込み全員アイドルソングで洗脳したり、

宇宙規模人気歌姫と超銀河系アイドルが一人の男を巡ってタイマンソングバトルを始めたのを見て

今の彼女がこれを視聴して理解するのはちと荷が重いかもしれん、と後悔している。

以上、個人的な非オタ女子との交流をあげてみたが、

もちろん最初に挙げたモテカワ子さんのような女子もいるが

潜在的オタ要素を持つ、あるいはきっかけしだいで爆発的にオタ化するゆるふわ子さんのような女子もいる。

だから、オタが非オタに手ほどきなんて、あながち夢物語でもない気がする。

まあ俺には依然彼女がいないわけだが、三次元絶望するほど悪くもないのが今の時代ということだ。

 
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