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はてなキーワード: 前頭葉とは

2020-08-09

カッコつけてるけどハゲてる

二子玉で電車降りたら、颯爽とした180cmくらいのオシャレな男子二人組がいた。一人はなんかハカマみたいなスカートみたいなボトムスで、一人はふわふわパーマだ。

オシャレ男子だな!と思ったけどよく見たら。

ハゲてる。

パーマの方がハゲてる。

パーマふわふわごまかしてるけど、後頭部がザビエルぽく薄くなってるとこに髪載せてるだけだ。頭皮すけてる。

ハゲてる。

オシャレなのにハゲてるやん。

なんかその時、気付いてないかもしれないけどハゲますよと言いたい衝動に駆られた。

リュックジッパー開いてますよみたいな感じで、もしもしハゲますよ。

だってオシャレじゃん。ハゲに気付かないわけないじゃん。ハゲたまま堂々と歩くわけないじゃん。

言いたい、めちゃくちゃ言いたい。

きっとこういう時年老い前頭葉ダメになりポテサラ爺みたいになった自分は悪気なく言ってしまうんだろう。

もしもしハゲますよ。

2020-07-28

父が死んで良かった

実家燃えてなくなった。

母の話によると父はタバコの吸い殻をダンボールにためていたらしい。なぜ父はそんなことをしていたのかは分からないし、なぜ母もそれを危険視しなかったのかはわからないが、とにかくそのせいで燃えた。

僕の昔住んでいた田舎実家はそうやってなくなった。次に見た時には簡単に整地されており、何を入れているかはわからないが小さな物置だけが建てられていてぽつんと建っていた。整地するためにお金が足りないということで僕も30万円を母に渡していた。

その後、父と母と、一緒に住んでいた次男一時的市営住宅のようなところに住んだ。向かいの家ではうさぎ放し飼いにされていた。しかしボロすぎて辛かったらしく、最終的に家を買った。今もそこに住んでいる。その家は2階建てで部屋もたくさんある広々とした家だが、前の住人が物置で首を吊って亡くなったため1千万円弱で購入できたらしい。

父はぶっ壊れていた。

僕が小さい頃の記憶を思い出してみると、父と一緒にファミコンの難しいステージ試行錯誤しながら一緒に攻略したり、将棋で対戦したりしていた。父の仕事場が家から歩いていける距離にあったため、小さな僕はたまに仕事場まで歩いていき、父が仕事が終わった時に一緒に原付きに乗せてもらって家まで帰ったりしたこともあった。

しかし父は脳に異常があった。その関係で度々入院したり、手術を行ったりしていた。何度も仕事を辞め、何度も新しい仕事をしていた。

そのためうちは母がメインで働いている。働きに出ている母のかわりに家事はおじいちゃんがメインで行っていた。食事洗濯や、子ども病気になった時に病院に連れて行ったり、雪で学校へ行けそうにない時は車で送って行ったり。

父は特に前頭葉に異常があり、理性を保てずふとした拍子に豹変することがあった。僕らがゲームをしていたら急に部屋に入ってきて怒り出したり、部屋で普通に過ごしていただけなのにちょっとした発言で急に説教をはじめたりしだした。

一時期はおじいちゃんが目の敵にされていて、おじいちゃんのやることなすこと全てに文句をつけて自分のやり方を強要したり嫌がらせをしたりしていた。ある日次男は父に「殺いたる!」と言われながら追いかけ回されてトイレに閉じこもって避難したりしていたこともある。僕もある日「ボケてるんじゃないの?」と父にいったらそれは禁句だったらしく、急に後ろから思い切り殴られ、しばらくの間耳が内出血した状態で過ごしていたことがあった。

あとは理性が効かないためパチンコにもハマっていた。生活費ほとんど持ち出してしまたこともあるらしい。そのため家族は色々と対策をしていたようだ。とにかく数え上げればきりがない。家族みんなが何度もひどい目にあっていた。いつ何で発狂するかわからない父と過ごす毎日地獄だった。僕は本当に父のことが大嫌いだった。

中学高校の頃は僕も思春期を迎え、なぜ僕だけそんな境遇なのかと自分人生を呪った。特に僕は人と接するのが不得意だったこともあり、なぜみんな日々学校あんなに楽しそうにすごしているのに僕は何もうまくいかないのだろうかと感じていた。そして僕はきっと父親のせいでこんな風になってしまったのだろうから全てが父のせいだと思っていた。

高校で1日が終わったあと、僕は毎日夕方遅くまで部室でだらだらとすごしていた。やることがあったわけではないが家で父と顔を合わせたくなかったからなんとかむりやり時間を潰していた。そうして父がご飯を食べ終えて2階の自分の部屋に閉じこもるあたりの時刻に帰宅するようになっていた。たしかそのあたりでは父に話しかけられても全て無視するようになっていたと思う。正直、早く父がこの世から消えてほしいと思っていた。

進学は田舎から遠い関東大学を目指した。高校での人間関係は何一つうまくいかないし、家に帰っても狂った父親が家にいることが耐えられなかった。とにかく全てを捨てて新たな地で心機一転新しい生活をはじめたかった。

結局僕は関東大学合格し、そっちで一人暮らしをはじめた。自分以外誰もいない家。好きなことを好きなだけでき、誰からも急に理不尽文句を言われることが決してない、人生ではじめての心から落ち着け空間だった。

外での人間関係が決して完璧にうまくいくわけではなく苦悩も多くしていたが、それでも大学サークルに入ってみんなと普段から活動し、その中でいつも遊べる友達も出来てそれなりに充実はしていた。

そんな4年間を過ごし色々なことを経験する中で、僕の心も徐々に溶けていった。

色んな失敗をした。失敗をする中でなぜ僕はこうもうまく行かないんだろう? と考えた。一生このままで生きていかなければならないのだろうかと思った。そんな人生に何の意味があるのだろうかと思った。何もないのであれば死んだほうが良いのではないかとも思った。何かある度にすぐ父のせいだ、と思った。しかし、父のせいにすることは何の意味もないことにある日気づいた。たとえ本当に父のせいだったとしても、この先幸せになりたいのであれば、僕自信が変わっていくしかないのではないかということに、運良くたまたま気づくことが出来た。

それに気づいてからは父のことが頭によぎることがなくなった。自分にとって重要なことは、今後自分がどうしていくか、ということだけとなった。過去は何も関係ない。ただひたすら未来を描いて進むことだけが重要なこと。ひたすら考えて、考えて、考えるようになった。

そうやって過ごしているうちに、いつの間にか父のことを許していた。正確には、父に対しての興味を一切失った自分がいた。

僕は性格的に、一つのことに極端に集中してしまう傾向がある。大切な物は愛おしい。しか自分に全く関わらないものには興味が無い。ちゃんと考えて話している人の言葉は気になる。しか思考停止で人を傷つけるだけの言葉には全く興味が無い。嫌悪ではない。そんな人は世の中にたくさんいることが当たり前だからどうでもよすぎて興味が持てない。だから父のことも興味が持てない。しかし形はどうあれ、許すことも興味を失うことも同列だったため、僕の中で父のことは全てが解決した。

その後の父

僕は自分普段生活のことばかりを優先して考えていて、あまり実家にも帰らなかった。たまに帰った時やたまたまから電話が来た時に話をするのだが、父は窃盗もするようになっていた。窃盗と言っても数千円を盗むくらいだったらしいが。

とはいえ特に意外性はなかったし、その後どうなったのかなども興味はなかった。しかし一緒に住んでいる母としては大問題だった。家族が盗みを繰り返すのを放置してはおけない。

結局そのあたりから、母は自分が不在の時は時々父を介護施設に入れるようになった。もちろんはたから見れば早くそうしとけばよかったじゃん、みたいな話だろうと思う。事実母も父と離れる時間が増えることで精神的にはかなり楽になっていたのではないかと思う。

しかし、施設費用はそんな安いものではない。時々だけとはいえそれなりの費用がかかる。家のローンに加え、介護費用。そのころ母はもう60近かったがとにかく定年まで働かねばと嘆いていた。

そしてなんだかんだで月日が過ぎ、父はどこかの溝に落ちて負傷してしまったらしく、自分で体を動かせなくなってしまった。完全な要介護者となった。

僕はといえば、そんな話を聞いても全く興味が持てず、帰省したときにも特に会いに行こうとは思えなかった。というかそういった発想すら出てこなかった。もう僕の中では全てが終わったことだったため、このままもう二度と会わなくても別にいいと思っていた。会ったほうがいいんじゃないかと兄弟に言われたりすることもあったが断っていた。

終わりが近づく

それから数年が経った2019年年末ちょっと前に母から連絡が来た。父がもうそろそろ長くないとの話だった。丁度正月前後に亡くなるかもしれないということだったため、喪服などを購入して準備をした。

しかし、年末近くになり、再度連絡が来た。どうも結局峠を超えて今のところ問題ないということだった。

年末になり、実家帰省した。正月はだいたいいつも帰省し、子どもたちを妹の子どもたちと遊ばせたりしている。

さすがに状況が状況だったため、自然と父のところへ行く流れとなった。僕は別に行かなくてもいいと思っていたが、妻が子どもたちと父を合わせてあげたいという事を言っていたため、それもまあ子どもたちにとって何かの意味があるだろうと思い、特に拒否もせず行くことにした。

母と僕の兄弟とその家族でそれぞれ数台の車に乗り、大人数でぞろぞろと介護施設へ行った。

部屋に入るとベッドに横たわっている父がいた。父はもう当然自分では動けない状態で、しゃべることもできないため、うー、うー、とずっと唸ったりしていた。目が合うような気もするが特に変わった反応もなく、何を考えているのかは分からないし、そもそも何かを考えることが出来ているのかもわからない。結構多い人数で来たためぐるっとみんなでベッドを囲み、ぎゅうぎゅう詰めとなる。みんなで父の様子を見て、きっと大勢来ているから父もびっくりしているだろう、とか、喜んでいるときの声だわ、みたいな話をしていた。

父はたしかの子たちを見たことがなかっただろうと思うので、子どもをそれぞれ抱きかかえて父の目線の先に連れて行った。特に反応もなく、自分の孫だと分かっているのだろうか、分かっていないのだろうかもよく分からなかった。

そんなこんなでそこで少し過ごし、写真を撮ったりして帰ることになった。

最後大人たちがうちの子に「早く元気になってね」と言ってあげて、と促した。7歳の長男と5歳の次男がそれぞれ父に、まだ幼い可愛らしい声で「早くおもちゃ買ってね」「早く元気になってね」と一生懸命伝えた。すると突然、父が今までと違うかなり大きな声であー、あー、と言った。みんなびっくりしていた。一応子どもたちの言葉は伝わったのだろうか。詳しくはわからないがそれっぽかった。

父が死んだ

それから半年ほど経った。コロナ流行し、緊急事態宣言が発令されて終了した頃。2020年6月29日、朝起きたら妹からLINEで父が3時頃に亡くなったという連絡が来ていた。月曜日

妹に電話してみたところ、コロナのこともあるし別に来なくてもいいよ、ということを母が言っているとのことだったため、僕は葬儀には行かないことにした。僕も正直葬儀には興味が無いし、それよりも子どもたちに学校に行かせたり普段生活をおくらせてあげたかった。

しかし妻が不安になって再度母に連絡をとってみたところ、そんなことは言っていないらしく、来いと言われた。一体なんなんだ。

とはいえコロナのこともあるし、妻もちょっと体調的にウロウロできる状況ではないため、僕一人だけ行くことにした。

葬儀は7/1。朝からだったため前日に仕事を終えたあと実家に帰った。弟や甥っ子たちも実家に来ていた。大切な父……というわけでもなかったため、みんな普通に過ごしており明日告別式ということも忘れそうだった。

次の日、起きて甥っ子たちはフォーナイトをしたり、みんなでだらだらと朝ごはんを食べたりしていた。そうこうしているうちに時間になり、葬儀場へ向かう。

葬儀

葬儀場は宿泊できる部屋があり、実家にいなかったメンバーはそこにいた。しばらくすると大阪のおじちゃんとおばちゃんがきた。それぞれ父の兄弟で、夏休み冬休みには僕の兄弟と同じくらいの子どもたちをつれて実家に遊びに来ていた。大勢マリオカートをして遊んだりしていた。おじちゃんはいつも海につれていってもらっていたし、おばちゃんは逆に夏休み大阪に泊まらせてもらっていたため二人とも馴染み深い。

おじちゃんによると、父は子どもの頃に事故で頭をうったという。当時は額あたりの怪我治療前頭葉があるため、簡単はいじれず、医師にも難しかったという。誰もしっかりとした治療はできなかったらしい。その後父は元気にスポーツをしたりしていたらしいが、大人になって障害が出始めたのはもしかしたらそのあたりが原因だったのかも、という話をしてくれた。とはいえ母も僕の夜泣きが原因だったのでは、と言っていたりするので何が原因かはよくわからず、おじちゃんの話も懐疑的だった。

しばらくして葬儀が始まった。みんなが部屋に集まる。何もよくわからない状態だったが言われるがままに並んで椅子に座った。部屋が暗くなる。導師さんが念仏を唱え、みんなで繰り返す。

その後も式が進行し、導師さんが話を始めたりした。誰なのかもよくわからないし、何を話していたかももう忘れてしまった。

導師さんの話が終わると、今度は親族代表ということでおじちゃんが話をすることになった。おじちゃんは前に出てきたのだが、マイク全然違うところで話をし始めた。式場のスタッフを見るとあわてておじちゃんのところに駆け寄ってマイクのところに連れて行こうとするところだった。おじちゃんはいわれるがままにマイクのところまで行ったのだが、なぜかマイクを背にしてマイクがない状態で話し始めたので再度スタッフ誘導したのがおかしかった。

おじちゃんはおじぎをしたあと、先程のように事故の話をし始めた。頭をうち、前頭葉があるため治療もできず、でもスポーツをしたりしていた、ということ。

そのあと、父が大勢の人に迷惑をかけるようになってしまたこと、そして、その父のことを母が最後まで面倒を見てくれたことを話した。すると突然、何か急にこみ上げてきたものがあったらしくウッと声を止めて泣き始めた。それを見て母も泣いた。なんとなく空気が変わった。

元々そんな雰囲気はなかったためびっくりした。僕はもらい泣きもしなかったし悲しくもなかった。ただ、みんな何かしらそれぞれ思うところがあるのだなと思った。おじちゃんからすれば身内がとんでもない状態になってしまって、父が元々赤の他人である母にひどい仕打ちをたくさんしてしまたことに申し訳ないという気持ちが非常に大きいのだろう。

母は実際にひどいめにたくさんあい、この年までずっと働き詰めで大変な思いを今もしている。しかし、お見合い結婚だったとはいえ、楽しく幸せな時期も経験し、僕らがまだ生きて経験したことのない年数を父と一緒に過ごしてきた。詳しいことはわからないが、そこには本人にしかからない無数の思いがあるのだろう。自分と妻も一緒に生きてきているが、子どもたちはそこであった多くのことを何も知らない。当たり前のことなのだが、不思議なことだ。

そして、ここにそれぞれの思いを抱えた色々な人が集まったことも不思議に感じた。みんな何を思ってここにいるのか。僕には分からないが、何かを思っている。

その後告別式は終わり、父の棺にみんなで草花を詰めた。父の顔は処理を施されてつやつやしており、蝋人形のようだった。

その後棺を閉じ、それを男たちで車へ運んだ。そしてみんながそれぞれの車で焼却場の方へ向かう。

焼却場は僕が今まで行ったことがあるような汚い場所ではなく、きれいな施設だった。コロナの影響で焼却場には15人だけが入れるということらしい。父に近い15人が部屋に入る。部屋の中にある等間隔に並んだ足のマークの上にそれぞれが立った。

次に、父が入った棺が焼却する空間に納められた。スタッフボタン類をアルコール消毒したあと、閉じるボタンを押した。機械により扉が閉じられる。

そしてどのボタンを押すと焼却が始まるかの説明を受け、準備が出来たら押すように説明があった。しかし誰も反応しないため僕が母に押しなよと促した。しかし、どうも嫌だったらしく、いやいやという手振りをしたので僕が押した。

その後は1,2時間ほど時間がかかるということで休憩の時間となった。密をさけるため、どの部屋も人数制限があり適当バラけることとなった。弁当が用意されていたためそれを食べて過ごした。

しばらくするとスタッフから声がかかったためみんなで部屋に集まった。中央には棺の台を収めるスペースがあり、今は空いている。そのそばに長い箸がたくさんあり、それぞれがその箸を手にした。

しばらくして台が運ばれてきた。まだ熱く、気をつけるよう注意があった。その上には骨が置かれている。葬儀は何度か経験したことがあるため特に新たになにか思うということはなかった。そういえば昔妻が飼っていたうさぎを看取ったのだが、その時に焼却されて出てきた骨を見た時はとても悲しくて泣きそうになった。

スタッフ説明されながら、足から順に骨を入れ物に詰めていく。みんなで行ったり来たりしながらそれぞれ骨を詰めていった。思ったよりもポロポロともろい。頭の方になると、大きすぎるため箸で割って詰めていく。頭には手術の跡の金具がついていたりした。それも母が詰めていた。

そして一通り詰め終わり、葬儀の全ての工程が終わりとなった。皆それぞれ準備をし、帰宅した。僕も一度実家に帰って着替えをして荷物を整理し、車で帰路についた。

思うこと

僕は仕事もあったし、あまり車で長距離移動をするのは事故死ぬ可能性もあるし好きではない。そのためとにかく早く全てを終わらせたいと思っていた。なんとか生きて帰ってくることができたが、かなり疲れ果てていた。とにかくいつ始まるのか分からなかった大変な出来事が一つ終わり安堵した。

父が亡くなったが、母は元々次男と一緒に住んでいる。近くには妹の家族もおり、しょっちゅう甥っ子や姪っ子たちと遊んだりしている。三男もわりと話が好きで母によく電話をかけているらしい。僕は離れていて長期休み以外は音沙汰も無いが、それでも母はみんなのおかげで楽しく暮らしているように見えるため特に心配はしていない。

父がいなくなったことで母は父の介護費用を払う必要がなくなった。だいぶ生活も楽になるのではないかと思う。僕は本当に良かったなと思っている。

昔「家、ついて行ってイイですか?」という番組を見ている時に、一人の若い女性の家に行く回があった。

その女性の家には父親がいるのだが、要介護のため自分では動けない。女性はその父親介護をしていた。自分では動けないため、あらゆる事を補助してあげなければならない。朝起きてから、昼食、夕食、風呂トイレ、あらゆることだ。もちろん生活のため仕事もしている。ヘルパーさんがいたのかもしれないが、それでも何もなく普通生活をしている僕らには想像できないレベルの大変な毎日であることは間違いない。

女性はまだ若く、色々なことがしたい年頃だろう。彼氏を作ってデートをしたり、友達ショッピングに行ったり。インドア派であればゲームをしたり、ゲームキャラにハマって腐女子をしたり、好きなアイドルライブにも行ったりしていたのかもしれない。しかし、全て介護のためできない。ただひたすら介護をしなければならない。夢もあったのかもしれない。でももう諦めてしまったのかもしれない。

父のため仕方がない、と思いながらも、女性毎日どれだけ苦しいか想像をするだけでも苦しくなる。

その父はどう思うだろうか。自分の娘が自分介護のために全てを犠牲にし、尽くしてくれている。ありがたいと思うだろうか? 僕だったら死にたいと思う。一生懸命育てた自分娘。さなから育てながら思うことは、この子楽しいことも辛いことも含め色んな事を経験し、苦悩しながらもそれでもたくさんの素晴らしいことを経験しながら歩んでいき、やりたいことをやって自分未来を掴んで幸せになってくれればいいなということ。どんな未来でも自分が進みたい方向に進んでいってほしい。

しかしその全ての未来自分の手で摘み取ってしまう事になったとしたら。耐えられる自信はない。すぐに死に、失いかけていた大切な未来を与えてあげたいと思う。若い娘がそのような境遇さらされて多くの時間を失ってしまうことは世界にとっても大きな損失だ。

でも、死ぬということは難しい。自分死ぬ覚悟ができるものかどうかは全くわからない。さら介護されている状態自分死ぬこと自体そもそもできない場合もあるだろう。

この世には安楽死必要だと思う。死にたくても死ねない人を助ける制度必要綺麗事だけでは救われない人達がいる。その人達が救われる世界になってくれればいいと思う。しかしどうすればそういう世界にできるのかは壮大すぎて僕にはわからない。とにかく僕にはこうやって苦しむ人達がいるということを文字にして発することしか出来ない。

とにかく、その一つとして父が死んで本当に良かったと思う。

2020-07-27

すぐに感動するのは脳の老化のせいではないよ

前頭葉の老化のせいなんてTwitterで見かけたけど、あんな嘘をよくも垂れ流すなあと。

実際は感受性自身人生経験によって引き起こる現象

ノスタルジーを感じたり、センチメンタルになったりする事でシチュエーション共感して感動などに繋がっているのであって、脳の老化は関係ない。

年配者が涙脆くなるのは、シチュエーションによる共感ほとんど。

若い年代でも発生する自然なことであって、これを前頭葉の老化というデマを流すというのは、誤解を生むだけ。なんでこんなデマTwitterに平気で流せるんだろうか。

2020-07-21

anond:20200721182636

文字数制限に引っかかった増田

とりあえず

人間の理性を司っている前頭葉に異常があり

とは???

2020-07-17

anond:20200717205914

この時期にサウナ行けとか反社会性パーソナリティ障害かなんかか?

まれつきなのか病気なのか老化なのかは知らんけど前頭葉が壊れていて悪を開くと認識する機能が失われているんだろうな

2020-07-15

お気持ちオタク女がクソどうでもいいことで嘆き悲しんだり怒髪天を突いたりしてるのを見ると、ジジイがやたらキレ散らかすみたいに、前頭葉の萎縮でも起きてんじゃないかと思った

2020-07-07

anond:20200707015722

特別修行してないと生殖本能意志力制御するのは難しいんだよ。

認知症前頭葉(理性)がイカレた爺がセクハラ三昧になるっていうのはそういうことなのだ。

anond:20200707090600

Wikipediaより

異常性欲

正常性欲とは相互に納得した上で、心身に傷害を残さず性的興奮を伴う性交目標としたものとされる。

ただし、性に関する正常・異常の判断社会的および文化的背景によって異なり、また、個人差も大きいとされる。

精神病理学者の小田晋異常性欲の対概念としての正常性欲を「成熟した男女が人間出会いをし、相手の肉体・精神の両面を愛すること」と定義している。

異常性欲の原因に関しては様々な学説がある。認知症による脳の障害異常性欲の原因となったケースは多々あり、

また、側頭葉前頭葉リビドーを司るとされており、これらへのダメージ(または手術)などによって、

異常性欲や凶暴性などの行動異常が見られることがある。また、月経周期や幼児期における男性ホルモン異常性欲関係しているとされている。

これらの生物学見解の他にも、自信や自己像の欠如や、孤独癒したい、他人と親密になりたいなどの願望によって、異常性欲が引き起こされることがあるとされている。

これくらい調べろよサル

2020-07-06

anond:20200706083854

瞑想したら体内の脈動が感じられるだろ?

そいつ意識を集中させるんだ。

ここからは僕の個人的感覚一般化されたものじゃない。なので君も試行錯誤して自分にどんな形がいいのかためしてほしい。

あくま瞑想は頭の休息だと考えている。なので、頭周りの血流への意識とか呼吸とかを僕は工夫している。

から後頭部あたりを通って出ていく血流とか、意識制御を司る頭の前あたり(前頭葉)の血流とか。

説明が難しいけどな。

2020-06-22

それでも接触確認アプリにまつわる諸問題批判をしたい

前提

発端のツイート

巷では人格否定にあたり、建設的ではない等の理由批判対象になっているが、個人的感覚ではギリギリセーフに感じる。

というのも、

表現として100点ではないが -100点というわけでもなく、アウトギリギリの 30 点のような感じ。

もちろんこの基準は人それぞれなので、アウトに思う人がいるのは理解できるが。

古には、荒らしに反応する人も荒らしという半ば暗黙的なルールがあったように思うが、

見え透いた炎上芸に過度に反応してしまう側、加えて現状の SNS構造にも大分問題があるような気がしてならない。

人格否定に関して

基本的にやめるべき、というのは同意するものだが、今回のプロジェクトに関して言えばそこは議論にあげるべきではない気がする。

SNS 等全体の仕組みとしての改善必要であって、思想啓蒙などしても、攻撃する人は攻撃するものなので。

(それこそ前頭葉障害を負った人が他人人格否定するような発言をしていた場合はどうするのか?

自分が発端のツイートを受け取ったとして、バグが有るのは事実であるし、その人の視点でド素人な質の実装であったと単に受け止めるのだが、

そうではなく受け取ってしまう人は、何かを作って公開することへの適性は低いのではないかと思う。

(もちろん否定する側が悪いことは前提であるが、

HRT のような思想はどんな状況でも適用すべき普遍的ものではないと思っていて、

ある一般企業プロジェクトに集まったいわゆる普通の人同士での生産性を高くする効果がある、

というようなことは確かに同意できるが、一国、一億人の生死が左右されるようなプロジェクトではそんなことよりも優先すべき事項が多々あるはずだと思う。

このプロジェクトに関しても、仮に、批判への耐性が高いような一部の人が実行していく、でよいはず。

それだと誰もやらなくなる、という論に対しては、相応に報酬等があがる (はず) のでトレードオフは満たされる気がしている。

開発に関して

開発者リスペクト/擁護するような意見が多いが、ここにはとても違和感があった。

日本国民千万人に利用してもらう / 普及させることが目的となる中で、極めて稚拙プロジェクト進行だと大いに批判されて然るべきだと思う。

技術選定

ソフトウェア開発者としての正直な感想としては Xamarin を選ぶことは大いに疑問で、

Apple / Googleフレームワークは仕方ないとしても、それ以上に Microsoft に不必要ロックインされることはするべきではないと感じる。

また、 OSS として公開するのであればなおさら、普及率の高い技術や開発方法選択するべき。

(現に、貢献への障壁になっているという意見が様々あるように見える

今回の場合は素の iOS / Android フレームワークのみを利用するのが、客観的に最適だと多くの開発者は思うはず。

からの依頼以前から作られていたとはいえ、依頼があった時点での変更や辞退をするべきで、開発者ツイートではボランティアであることを強調されていたが、

実際には、プロジェクト目的度外視した、個人的な社内外の立場向上、または Microsoft 社の便益を目的とした技術選定と言わざるを得ない。

プロジェクト運営

開発者ツイートでは、個人かつ厳しいスケジュール言い訳にしていたが、リリースの質を落とす言い訳にはならないように思う。

特に目的目的なので、正気開発者であれば、そのように見通しもなくすすめるようなことはしないように思う。

(もちろんそれでも火中の栗を拾っていく行動/勇気評価されるべきではあるが

国や事業会社からの依頼があった時点で、

等に関して開発者積極的意見/調整をすべきで、これを国や事業会社責任と単にしてしまうと、

結局現場猫たちによるザルチェックを通した質の低いアプリケーションが生まれることになり、事実そうなっているのが現状だと思う。

個人的業務経験からは、関係者は等しく責任を負うモデルのほうがしっくりきている。

その点で、個人での開発は最も悪手で、先に責任分散や ( SPOF の解消にもつながる ) ダブルチェックの仕組みを作るべき。

以上の意味開発者側の対応に関しても足りない部分が多々あり、その点はきちんと改善がなされるべきなのだと思う。

アプリケーションの質

正直に低いと感じる。

Xamarin によりクロスプラットフォームでの実装を原因とする、プラットフォーム依存問題対処できていないそもそも問題がありつつ、

自分感覚的には、普通モバイルアプリケーション開発のレベルには達していないように見える。

また、 UI / UX 周りのデザインに関しても単に稚拙と言える部分が多く、その道の人々から批判/改善案がもっとあって良いと思う。

国/事業会社対応

ここに関してはすでに多くの批判があるので、特には言わないが、もちろん多大に問題があるように思う。

2020-04-29

anond:20200429230833

キレ芸でいくなら2回目やってそれ以降やらないと固く誓って、キレた分のコスト貯金というか威圧カードにしてめんどくさい仕事押し付けられない抑止力として使い仕事をしやすくする

毎日キレてて抑えようがない環境にあるなら真剣転職検討する

毎日キレててたいした状況にもないのに勝手に怒りがわいて抑えきれないなら前頭葉や脳分泌に障害があるから病院

2020-03-27

電車でずっと一人でしゃべっている人への対処

なんでこの記事を書いたの?

電車の中でずっとしゃべっている人がいるけれど、そういう人に対する偏見が減ったらいいなと考えた。自分はお医者さんでもないし医学部学生でもない、ちょっと精神医学に興味がある一般人なんだけれど、そういう人たちのことを指さして笑ったり、「気持ち悪い」ってバカにしたりするところを見ると、胸が痛む。こういう人がどうしてそういう行動を取るのかを知ると、もっと優しくできると思ってまとめてみた。

それに、同じ独り言ばっかりの人でも、いろいろ違っているなって知っておくことで、どう接してあげればいいかわかるようになる気がするし、こういう病気障害なんだって知っているだけで、「なんか怖そう」って思っちゃうのをやわらげられるかも。お医者さんじゃないから、「こうだ!」って診断できないけれど、「**なのかな?」って思うだけで、ちょっと優しくできそうな気がする。

統合失調症

他の人には聞こえない声が聞こえることがあって、それに返事をしてしまう。自分しか聞こえない声は悪口であることが多くて、ついつい反論してしまったり怒鳴ってしまったりしてしまうらしい。人によっては監視されているとか自分の考えが読まれていると感じるので、心が休まらないみたい。

自閉症

この特性を持った人は効いた言葉オウム返しにしてしまう症状があるけれど、ほかに電車の案内やCMを繰り返しつぶやくことがあるそうだ。自閉症の人は常同行動をする、つまり手のひらをひらひら動かすとか体をゆするとかで、同じような刺激を自分に与えると、安心するとのこと。

知的障害

こういう特性を持った人も、同じ言葉を繰り返すことがあるみたい。

あと、これは自閉症の人もそうらしいんだけれど、自分が楽しかった気分のときに聞こえてきた言葉を繰り返すのが好きな人がいるそうだ。幸せときたまたま流れていたCMソングがあると、楽しいときにそれを歌っちゃう、みたいな。ニコニコしながら電車放送を繰り返していたら、電車が好きなのかな、って気持ちで見守るといいのかもしれない。

認知症

前頭葉の働きが弱っているので、自分の思ったことがそのまま口に出てしまうことがあるみたい。あと、この病気でも妄想とか不安とかが出てくるっぽい。

トゥレット症候群

汚い言葉乱暴言葉無意識に出てしま病気で、本人には悪気が全然ない。だから、小さい子がそういうことをしていても、きつく叱らないほうがいいそうだ。あまり厳しく接せられると外出が怖くなってしまうし、実際に外に行けなくなっちゃった子もいっぱいいるらしい。

アルコール依存症

酔っぱらっていて誰も聞いていないのにずっと独り言を続けるケース。職場の不満だったり同僚の愚痴だったり。そっとしておいてあげよう。

単純に疲れている人、一人暮らしが長い人

公共の場でも自分に対してツッコミを入れてしまいがち。自分もよくやる。

で、具体的にどうしてあげたらいいの?

基本的にはそっとしておいてあげるのがいいみたい。こういう症状のある人に、独り言が出ていますよ、っていうと、戸惑ったり恥ずかしがったりしてしまうこともあるそうだ。でも、あまりにも辛そうだったり、自分を傷つけたりしているときは、駅員さんに教えてあげたりお医者さんを呼んだほうがいい。

あとは、あまりにも攻撃的な言葉を言っているときには、そっと離れるのがいいかも。

なんかまとまらなくなっちゃったなあ。

というか

もっと詳しい人、教えてください!

追記

ブックマークの方に教えてもらいました、これいいですね!

https://togetter.com/li/1419244

2020-03-08

恋愛不安障害の一つ。不合理で人を不幸にするので治療すべき

一人の人間に執着し、合理的判断能力が著しく欠如。精神不安に蝕まれ、正常に物事を考える事が出来ない。

従って、自己決定権を損しており、幸福追求を阻害する。

これが普通人間の営みと言える事が異常。恋愛をしている人間は、脳みそおかしい事を自覚すべき。

前頭葉の切除が効果的な気がする。

2020-03-07

ストラテラ結構効いた

20代後半にアスペの診断済みで、今は40過ぎのおっさん

正確には軽度のアスペADHDが混入しており、いわば心のなかで「自閉の弟を多動の兄が連れ回している」状態

これが物心ついた頃から自分日常だった。

診断受けたときにやった知能テストでは、アスペが強いとされる部分は天才的に凄いと言われた反面、弱い部分は境界知能クラスと言われた。

今までの人生を振り返ると、結局の所、自分の一番弱い部分が事あるごとに足を引っ張ってきたと言っていい。

から、「長所を伸ばすことが生存戦略として適っている」という、よくある言説は一切信用していない。

しろ弱い部分を底上げするほうが確実にQOLは上がるだろうと思っている。まあ言うは易く…ってやつなんだが。

あと、障害特性が「軽度」で「混ざっている」というコウモリ野郎なため、普通の人からのみならずガチアスペっぽい人からADHDっぽい人からも「変人キャラ」扱いされるのが地味に辛い。


さて、長い前置きはこれくらいにして、今まで使っていなかったストラテラを使うことになった。

薬については自分場合二次障害対処するリスパダールとかリボトリールとかは使ったことあるけど、障害根本部分にコミットする薬は使ってこなかった。

それがここに来て急に使うことにしたのは、仕事理由

今まで比較自分に向いていた部署にいたのが、配置転換により、全く向いていないどころか事故多発→クビ路線が確実視される現場に行くことになったから。

正社員につきものの話なのか、はたまた会社自分を追い出したいからなのかは知らないが。

それで、とにかくなりふりかまっていられない。薬でもなんでも、合法的に使えるものは何でも試してやれと決心。

とはいえアスペに効く薬はないから諦めるとして、せめてADHD特性だけでも軽減させないと…ということで主治医相談したところ

増田さんにどこまで効くかはわからないけど、最小量の25mgから試してみようか」

ということになった。

これが10日くらい前。


その効果だけど、「おお!こういう効き方するのか」と結構納得できる手応えだった。

初日から、仕掛中のタスクもさっくり切り上げて他のタスクに切り替われるようになり、更に集中と俯瞰の切り替えがベストタイミングで発動する感覚を味わった。

翌日には、相手の話を最後まで聞いて話すのがデフォルトになった。

翌々日には、話す前に一呼吸置いて話すようになった。

一週間後には、怒りも悲しみも不安も全て「冷静さを失わず」感じられるようになり、逆に今まで自分の心がいかにざわついていたかを実感した。


そしてここが重要なのだが、薬が効いているとき経験した言動は知らず知らずのうちに脳に記憶されるようで、効き目が切れ始めても、前述の記憶言動自然矯正されるのだ。

即ち一度薬を摂取したが最後、摂る前の自分には二度と戻れなくなると。

しかもたった25mgで、前頭葉しか作用しない、精神系のお薬としては「見劣りする切れ味」と言われているものでも、この効果である

この手の薬の恐ろしさを体感として理解できた。

こりゃ、麻薬覚醒剤を売るなんて人殺しと一緒だよなと、心の底から思わされた。


というわけで、本格的に新しい部署に赴任するのは来年度で、今は移行期間なのだが、今の所大事故は起きていない。

それでもつまらないミス必要以上にビビるケースは無くなっていないので、薬の増量を試すのもありかと思っている。

ただそれで治るのは多動のみであり、自身問題のもうひとつの根幹である、自閉の部分は未だ手つかずである

よって、話を端的にまとめるとか、相手に合わせて話す内容やアプローチを変えるとか、そういう他者への強い興味とそれに伴う情動がなければ身につかない部分は、多分今後も生きる上の厄介事でありつづけるだろう。

てかMDMAみたいな、情動喚起する系の薬が早く実用化されて欲しいんだよね。

オキシトシン効果ないって結論だったのは正直残念だった。

そんな感じ。

2020-02-23

anond:20200223122336

年取ると前頭葉感情抑制する機能が低下するから怒りっぽくなったり涙脆くなったりするらしいよ

大事

2020-02-18

ネット上で人を煽らずにはいられない

前頭葉が弱っているのか?

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