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はてなキーワード: 寿司とは

2024-05-27

年とってどんどん歯茎が下がって次から次へと知覚過敏になってる

暖かいお茶もお寿司もしみる

2024-05-26

おにぎりのために8時間はさすがに並びすぎ

今、おにぎりにハマっているのだが

おにぎりに興味を持つと行きたくなるのが日本一おにぎり屋ぼんごである

行列に並んで、2時間待ちとか4時間待ちとか言う話を聞くがその中には8時間待ちましたという人がいて

さすがに数百円のおにぎりのために8時間並ぶのはやりすぎだと思った。2時間でも並びすぎなのに

高級お寿司とか高級鰻重とかのためならまだギリ理解できるかも

8時間あったらスーパーに行って、食材が買えるし

米も炊ける

お客さんはぼんごの店員さんの愛情を感じたくて長時間行列に並ぶんだねって話もでてたけど

自分のために愛情を込めて、おにぎりを作って自分で手間をかけたおにぎりを食べることだって自分を愛してることになるよ

ぼんごが一年かけて開発したペペロンチーノおにぎり自分で作ることは難しいけれど

あのぼんごで作ってる卵黄は自分で卵割って卵を凍らせて卵黄だけ取り出してめんつゆにつけて、自分で作ることができるし

ぼんごの店員さんが使ってるおにぎりの型はAmazonで買えるので、型を買って自分で綺麗な三角形おにぎりを作ればいいんだよ。私はおにぎりの型を買いました。

私は自分でもおにぎりを作るけど、おにぎりを作ってる時間がないとき、すぐにおいしいおにぎりを食べたいときはお店のおにぎりを買っちゃいますおむすび権兵衛好き

お店のおにぎりを買うことで時間節約になるけれど

おにぎりのために8時間も並ぶのはお金時間も失っててタイパがあまりにも悪すぎるでしょう

「あの大人気のぼんごのおにぎりを食べることができた」という体験ステータスは手に入るけども

電話予約してテイクアウトしたら行列に並ばなくていいと聞いたので私は電話予約しようと思います。いつかはぼんごのおにぎりを食べたい。

2024-05-24

なるくんは岡山県のわりと裕福な家庭で育つ

祖父と父がネットで真実に目覚めてネトウヨになり「共産党がー!」としょっちゅう説いてくるので反動でなるくんは左翼気味だった

兄は引きこもりクズでなるくんは一家の期待の星だったらしい

なるくんは安倍晋三揶揄中傷する芸風でフォロワーが数百人ぐらいいた

ケンモメンであることを公言しており、嫌儲スレをよくTwitterで紹介していた

通っていた大学岡山理科大学、いわゆる加計学園である

なるくんが安倍晋三ネタにこだわるようになったのはモリカケ問題のせいなのか、そこらへんの時系列不明

学生時代ドラクエに熱中し、嫌儲のチーム「(ヽ´ん`)」に所属

ネカマ姫プレイで貢がれまくりRTM転売し小遣いにしていた

ドラクエで稼げる、と不正行為ブログ自分から書くせいでBANされたりもしたが複垢でがんばっていた

しかし、2ちゃんねるプレミアム会員の個人情報書き込み内容が流出する騒動が起きる

なるくんの本名がバレ、また自作自演で「なるでシコった」「なるの話は面白い」と書いていたのがバレる

ショックを受けた(ヽ´ん`)リーダードラクエ引退ドラクエ板でなる叩きスレが伸び(ヽ´ん`)も叩かれ瓦解

ドラクエスレだけでなく、なるくんは岡山理科大学スレにも書き込んでいた

なるくんは本名でやっているTwitter大学スレに貼り付け「みんな本名出し合っちゃおう」と呼びかけて「危険だよ」と言われるなどしていた

卒業後はベネッセ就職

ベネッセ岡山企業地元民は入りやす

紆余曲折を経てその後上京して現在電通デジタル派遣

社会人になりお金に余裕ができたなるくんはダッチワイフを購入してレポ

なるくん名義で猥褻ネタをよくやりアンフェ活動を開始、ゲーム実況も行う

また本名で真面目なnoteを書き、顔写真も公開し、和服にハマり「和服男子」を自称した

ネット上で様々な活動をしたが、なにもバズらなかった

Youtube収益化できる水準には満たなかった

そんななるくんだったが、暇空茜に出会った

当時の暇空は6億裁判に勝って富裕層入りし、「これ今日食った5万円の寿司。お前は一生こんなの食えないよなw」と寿司画像を貼り付けてまわっていた

圧倒的強者男性仕草になるくんは恋をしたのだろう

暇空に頻繁にリプを飛ばし仕事で鍛えた動画制作技術を売り込み、暇空と組んで動画をつくるようになった

暇空も動画制作はしていたが品質いまいちで伸びず、またゆっくりなどの機械音声狩りが激しい時期だったのでBANされていた

新しくチャンネルを作れず困っていた時に、なるくんが変わりに作ってくれた

そしてシュナムルという男性フェミニストを叩く動画で初めてのバズ

youtube収益化を果たし、チャンネル共同運営者としてなるくんは多額の金を得られるようになった

一人では叶えられない夢も二人でならどうにかなる、そんな出会いがあるんだ

くら寿司あほすぎ

自分は基本スシローしか行かないが、スシロー一斉休業のため先日母親と久々くら寿司に。

数年ぶりのくらだったが本気で最悪

安めの寿司は回転レーンに、それ以外はタブレット注文のスタイル

まずタブレット位置がやや高い

そのせいでイスに座ったままでは使えないので中腰スタイル

タブレットから外して使おうと思ったら固定式

はいバカ

タブレットもとにかく見づらい、UI考えたやつはユーザーフレンドリーって言葉知らないのか

ジャンルけがなく(にぎり、軍艦あぶり...みたいな)、ひたすら「次へ」の部分をタップ

しかも1回1回注文な上に反応速度も遅い

テーブル席なのに1皿注文なのまじバカだろ

関西発祥の回転すしチェーンなのにこのトロさは何なの?

注文してから届く速度も遅め、なのに届くときは一気にレーンに流れてくるから取るの大変

みんな知ってると思うけどくらって寿司皿にカバーみたいなのついてんのね

で、あれ初見だと開け方わかんないし、知ってても開けづらいの、コツがいるというかさ

母親はとにかく困惑してて、一気に流れてくる注文皿(しかも他の客の皿が間にあったりするから悪質)のカバー開けるのに焦りまくり

自分カバー開けて取るようにしたけど、5皿とか同時に流れてくるからさすがに焦る

専用レーンもないのにないのにあんな一気に流したら取りこぼす奴いるのわかんだろ

味も正直スシローよりまずい

回転すしに味は求めてないからここはわりとどうでもいいけど

サーモンチーズエビチーズはうまかったか

あと茶碗蒸しみそ汁ないのは不満

ラーメン置く前に置くべきものあるだろ

まぁ自分が行った店舗が昔からあるやや田舎店舗からメニューこんな感じだったのかもしれないけどさ、普通にタブレット位置とかはバカ

皿入れるシステムは好きだけど通うならやっぱスシローだわ

2024-05-23

寿司エビってなんで尻尾ついてんの?

あれがあるせいで、食べにくいし指は汚れるしゴミは増えるし。

他のネタでもそういうのがあるならともかく、エビだけじゃねーか。

なんであんなもん残すんだよ。

あれさえなきゃ寿司は倍も食べやすくなるのに。

[]

夕食

スーパーでかったサンドイッチ2つと寿司パック1つ

おなかいっぱいすぎずちょうどいいくらいか

2024-05-21

anond:20240521172304

懐かしいなあ

ウチは二、三才まで寿司刺身の生魚は食べさせなかった

まれながらの食欲魔人だったのでだいぶ泣かれた

飯屋の椅子

満員の回転寿司の6人座れるボックス席をねーちゃんおっさんが一人で悠々と専有してる

スマホ動画見ながら寿司食ってる、

その手の客は一番安い120円皿が積み上がりアルコール無し

それを批判しようというのではない

そういうシステムで店側が許容しているなら勝手にすりゃいい。

俺は品がないと評価しその手の小賢しい連中とのお付き合いは避けるが、社会的糾弾しようとかは思わない。

 

でさ、牛丼屋でもうどん屋でもファミレスでも同様なんだけど、一人席を冷遇するじゃん、これ辞めない?

一人席を極狭ピッチで粗雑な椅子にするやつ

 

件の回転寿司も1人用の座席はあるのだけど、めちゃくちゃ狭い、椅子ピッチ限界まで狭くしてるので異常に食いづらい、居心地が悪い、そりゃボックス席を使うわ

飲食コンサルは回転率や空間利用率を数字だけで計算して、一人客は一人席を使うだろうという甘い想定で設計してる。アホかと、人間ナメてる?

 

ちなみに、一人席の方が回転率が早いのでボックス席よりも早く座席に案内される利点はあるのだけど、ネット予約できるから時間決めて早めにボックス席を予約しているものと思われる。

そりゃ小利口な奴はそうするよ

 

牛丼屋も同様、カウンター席はピッチが狭く背もたれも無い

一方でテーブル席もあるのだけど、広々して座席も良い、背もたれもある。

 

同じ金額払うならそっち使うわ

ランチタイムに4人席を悠々と専有してるお一人様おねぇちゃんをよく見かける

 

からさ、カウンター一人席をそっちを使いたくなるように誘導しなさいよ

ピッチを広げて、椅子にも金をかける

 

客に長時間滞在されたら困る、座席回転率が落ちる、椅子微妙に座りにくくするのが飲食ノウハウ

って昭和の叡智は捨てなさい

 

座席回転率勝負するならカウンターだけにして中途半端折衷テーブル席なんて辞めなさい

子連れ女性客にも優しい店とかクソ喰らえです

 

あそこに一人で悠々と座ってる客を見るとなんかイラっとするんだよ

経済合理性に合わない客のコストは結局は全員に按分されるから

 

牛丼屋なんて一人で入店すると「カウンターでお願いしまーす」つて声がけしてるけど奴らは堂々とテーブルに向かうのな、いや、いいのよ、責めようと思わない、店が悪い。飲食コンサルがアホ

2024-05-19

anond:20240519171923

Daiso日本以外の国々でも人気を博した結果、そこから「-so」があたかも「安価で様々な生活雑貨を扱う店」や「東アジアっぽい可愛い/便利な品の店」を示す接尾辞であるかのようになって

アメリカでは寿司の盛り合わせを「オマカセ」と呼ぶのだが、そこから転じて小盛りのオマカセがミニカセとなり、「寿司盛り合わせ=カセ」の構図が生まれることに

https://twitter.com/mustafaalyabani/status/1790701396389400797

https://twitter.com/yukimusiii/status/1756477183990624615

レジ店員椅子に座ってるスーパー寿司ワイン買いたいと思う?

木曽路店員和装じゃなくてTシャツジーパンだったら台無しでしょ

2024-05-18

ウマ寿司てナニが女性

馬は魚介

anond:20240518234007

わかる

寿司女どもは父の国である韓国男性もっと娶ってもらうべきだよね

2024-05-17

カツ煮って打ってねえな

かつ丼の具部分だけってやつ

だいたいかつ丼としてしか売ってない

かつ丼くったあとご飯だけくうのしんどいんだよなあ

やっすいスーパーのやつでつゆがごはんにしみこんでないからさ・・・

いっつもごはんにまぜるように寿司コーナーの醤油を持ち帰る必要がある

2024-05-16

anond:20240516090439

そんだけ答えてくれてんなら十分じゃん

ガッツリはいやなら焼き肉消えたから、デート先にある夜景きれいなイタリアン和食ハワイアンフレンチか、そこまで高く無い廻らない寿司チョイスしとけや

2024-05-15

はてなーのようなネット民がいい人ぶるためにいう「サービスもっと適当でいい」「安い時給で働いてる人に無理な注文を付けるな」の正体

出前館寿司を頼んだらちらし寿司がきた話…「銀のさらなら」「スタッフ直接配達する店を選ぼう」の反応も

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2366707


サービスもっと適当でいい」というのは時にはこういう赤点サービスに出くわすこともあるけど運が悪かったと思えってこと

ところがはてなーのようなのは許容範囲がめちゃくちゃ狭くて70点未満のサービスを許さないのにも関わらず

100点のサービス出会った時だけ「70点でいいんだよ😉」って寛容ないい人ぶってカス

anond:20240515030008

お客さんと付き合いでキャバにたまにいくけど

話して酒飲んで飲ませてたまにカラオケするだけなのに1〜2万かかるしなんなんだこれ…ってなる

こんだけあればちょっといいとこの寿司とかステーキハウスいけるよ

可愛いくて普通の子が多いってのは分かるが…

2024-05-14

anond:20240514151412

かに、overqualifiedは問題

別に男女平等高校くらいまで無償平等に行くのはありだし

そもそも共学の高校受験見れば分かるように女子の方が精神的にも早熟で頭がいい

大学大学院くらいまで行くと同じくらいになるかもしれないが

女医見れば明らかなように社会人になれば体力勝負では敵わなくなる

体力勝負で敵わなくなる、女の大厄でもある32前後でようやく同じように走り切れないと悟っても時すでにお寿司

男の大厄である42よりだいぶ早めにガタがくる

そこで初めてガラスの壁やらにぶち当たって挫折するのなら

初めから高卒結婚しておいて、25くらいから学び直したらいいと思う

下手に22くらいで生物学的な性差が明らかな男女を同じ闘技場にぶち込むメリット分からん

18、20、22くらいで子供3人産んで、25になったら一番下の子幼稚園入れられるやろ?

人生百年時代、そういう形にしたらええのに

Yahoo!アプリ

主に新着ニュースをチェックするためにYahoo!アプリを利用しているのだが、トップニュースの下のほうに表示される雑多な記事の質があまりに低くて、もう使うのを止めたい。

ファイナンシャルプランナー釣り相談記事とか、お店でママ友寿司を頼んだら200万円請求されたとかのトラブル系の記事や、素人が書いたような中身ゼロかつオチ無しの短文記事

質の低い記事はいつも同じサイトのものサイト運営者がお金を払ってYahoo!アプリ上位に表示させてるんだろうか。

2024-05-13

実家の近所に住むじいさんを車に乗せて買い物に連れて行った三日後

そのじいさんが亡くなった。

昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家帰省するときレンタカーを予約する。この連休もそうした。

安いので、地元自動車修理工場フランチャイズでやっているインディーズレンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のBb(みんなの地元DQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。

そんな調子で車を借りて帰ったところ、母に、「同じ町内会のじいさんと私を、車に乗せて買い物に連れて行ってほしい」と頼まれた。

正直、ちょっと嫌だった。母はよく知っている人に違いないだろうが、私はそのじいさんをほとんど知らない。まさにあいさつ程度のイチゲンじいさんであり、むこうも私を同じように思っているだろう。そのイチゲンじいさんを車に乗せて買い物に行く…気が重い。万一大事故になったらどうしよう、面倒だなあとか、そもそも知らない人が苦手…などと種々のことが頭をよぎったが仕方がない。年齢的にも立場的にもそんな子どもじみたことは言ってられないので、私は母の申し出を受け入れ、じいさんと母を買い物に連れて行った。母には一瞬「ええ…」みたいな顔をしてしまったが、じいさんの前では全力の快諾顔を心がけた。

実家所属する町内会は、会の中でまた数ブロックにわかれているらしいが、母らのブロックだけ会費が余りがちのため、いちど寄合(=飲み会)でぱっと使おうということになったそうだ。じいさんはブロック会計掛で、だから買い出しにゆくとのこと。90代のじいさんが町内会の財布のひもを握る、これが種々の法律目的条文に言うところの「少子高齢化の進展」ってやつだなと思った。なお、飲み会の予定は明日とのこと。何もかも急だ。

母とじいさんは、かごいっぱいに酒やつまみを入れた後になって、急に予算に収まるか心配しだし、その場で減らそうとするので、「レジ通して予算越えた時点で減らしてもらったらいいですよ」と私は横から口を出した。買い物は予算ぎりぎりにおさまっており、母は、じいさんのことを「さすが!」と謎にほめ、じいさんもまんざらでもなさそうだった。

じいさんは先述の通り90代、母は70代なので、畢竟ひとり30代の私が荷をせかせかとトランクに積み、これで一安心と思いきや、ついでに寿司の予約にも連れて行ってほしいというリクエストが出た。一瞬「マジか…」と思ったが、乗り掛かった舟というかもうすでに乗っている船なので、ニコニコ笑って「いきましょう!」とうけおい、ナビに寿司屋の住所を設定して寿司屋に向かう、その道々、寄合公民館ではなくじいさんの自宅でやることになっているという話になった。

じいさんは、「もう暑いから、たくさん人が入るとエアコンを入れないといけないかもしれない」と言い、私は「電気代とショバ代として、今日買った酒の数本くらいご自身晩酌にされても罰は当たらないと思いますよ。余っても最後みんなで分けちゃうんでしょうから今日先に飲まれたらいかがです? あ、私は絶対誰にも言いません」と真顔ですすめ、それをきいた母は助手席で、じいさんは後部座席で笑っていた。

寿司の予約がすんで車にもどったところで、私はじいさんに「ほかに寄りたいところはないですか?」ときいた。じいさんが大丈夫というので、家まで送っていき、大量の酒を玄関通り越して冷蔵庫の中までわっせわっせと運び込み、私はようやくそこでお役御免となった。

じいさんの家の下駄箱の上には「努力」と彫られた大きな飾り駒があった。それは木工をしていたじいさんが昔手ずから彫った工芸品だそうで、「努力」と書いた将棋の駒というまんがみたいな一品を掘れる人がこんなに近くにいることに、私はいたく感じ入ってしまった。マクロ組めるより努力って掘れるほうがぜんぜんいいな。

そしてその三日後、飲み会から数えれば二日後に、じいさんは亡くなった。布団の中で亡くなっていた。連絡がとれないことを案じた親戚がすぐにかけつけ、発見ははやかった。

その日にはもう私は実家から婚家に戻っていた。母から送られてきたLINEでじいさんの突然の訃報を知らされ、文字通りの突然の訃報ぶりにひどく衝撃を受けたが、母はLINEに「まあ~おとしにふそくはないでしょう」(原文ママ)とも書いて寄越し、その意外なドライっぷりにはちょっと笑ってしまった。

そうして私は、じいさんを買い物につれていくことを快諾し、道中ずっとにこにこして、精一杯ふたりを手伝ったことを、本当によかった…と思った。じいさんのために、というか、自分精神衛生のために、よかった。すげなくした直後に死なれたら、すげなくしたという自己責任良心の呵責と言い換えてもいいかも)を背負いきれない程度にはショックだったと思う。

それに、連休のよく晴れた日に、ちょっと妙な三人組ででかけたその買い物、なんだか私には結局楽しく思われたから。

死ぬということが、生きるということから決して遠くはなれてはいないように、死んでしまった人たちもまたそうである、と私は思う。つかずはなれず、なんとなく私の歩様にあわせて、今も隣を歩んでいるように思う。

最初に私をかわいがってくれた人を亡くしたのはまだ私が赤ちゃんの頃、母の親友のお母さん。とても愉快な人で、父との結婚を迷っていた母に、「母(はは)ちゃん、馬には乗ってみよ、人にはそうてみよ、よ」とはげました。そのうちこの世にやってきた私は、母以外の人に抱っこされると、せっかくやってきたこの世の終わりのように泣き叫ぶタイプの赤子だったのに、その母の親友のお母さんにだけはごく機嫌よく抱かれていた。そういう写真が残っている。私は、物心もつかないうちに、おしゃべりもできないうちにお別れした、母に伝えきいただけで自分では何にも覚えていない彼女のことを、いつもお守りみたいに心の中に持っている。赤ちゃんだった私に向けられたその無償の厚意を、つらいときの糧にしているようなところが今もある。

最初友達を亡くしたのは小学一年のころ、友達は前歯が抜けていて、永久歯が生えてくる前にいってしまった。その子のお母さんは今になっても私に会うと、生きてたらあの子もこんなふうだったのかと思うという。私の節目、節目に、そう思うという。そのとき友達わたしの隣にいないという人はきっといない。

父親は私のことが大好きだった。父と母と私の三人で、あるいは父と二人で、父の運転する車でいろいろなところに出かけた。ときには父にさそわれて、その仕事についても行き、こんなに大きな娘さんがいるのと客先に驚かれ、父はにこにこしていた。

父は死ぬ間際までほそぼそと仕事を続け、わたしは彼が亡くなる直前にアポをとっていた客先の数件に、父が亡くなったことを知らせる電話をかけた。はじめて話をした先方は、私が電話をかけてきたことによほど驚き、父が亡くなったとの知らせにしばし絶句した後、あなたのことを先生はいつも自慢そうにしていたと言い、最後には先生がいなくなったら誰を頼みにしたらいいか、本当にお世話になりました、と泣き出した。私は、涙する相手に、○○さんのおかげでほんとうに最後最後まで誰かの役に立たせてもらって、惜しんでまでもらえて、父はとても誇らしく、ありがたく思っていると思います、と言うしかなかった。でも父は、実のところ、そんなに殊勝な人間でもない上、けっこう変わってるよなというレベルでこだわりの少ない人でもあった。

父が亡くなる直前までLINEをやりとりしていた人たちに、そのままLINEで父の逝去を伝えようとしたのだが、父はLINEトークをある程度の期間が経つとかならず全削除するという、こだわりのなさを通り越して、ややサイコパスのような一面をもっていた。

亡くなるひと月ほど前、父は、免許を返納することにしたというLINEわたしに送ってきた。車というもの私たちの思い出の多くを占めており、驚いた私が父に電話をかけると、「薄暮時間帯に信号の見落としをした。今まで一回もそんなことはなかったんだから、もう潮時だと思った」と淡々と父は言った。あれだけ運転が大得意で、大好きで、アイデンティティの大部分をしめていたように見えたのに、引き際を悟ればもうしがみつない。その、ものに拘らない姿勢に私はいたく胸を打たれたし、これができない老人が多い以上、今もって、父の最も尊敬すべき美点の一つだとおもう。

ただ、電話を切ったあと、今までいろいろなところに連れて行ってくれて、たくさんの送り迎えをしてくれて本当にありがとう、と万感の思いをこめて送ったLINEも、父が、入院後(退院してくることはなかった)母とかわしあった感謝の思いを伝え合うLINEも、亡くなった時には父はすべて消しており、それを見て、私も母もあまりの父らしさに爆笑した。

(ついでに、父が亡くなる前々日まで、もはや執念のトークの削除を行っていたので、トークルームのどのあたりの人たちにまで逝去を伝えるトークを送るべきか見当もつかず、非常に頭を悩ませることになった)

そんな感じの人だったので、この世におおよそ未練というものがあったとは到底思えない。退院の手筈を整え始めていた日の深夜の3時過ぎという、家族がやや油断している上に一番身動きしづらい、マジでどうしようもない時間にいきなり息を引き取ったため、父の死に目にあえなかった母。父の逝去からしばらくして、急に「お父さん、最後に私に言いたかたことなかったんやろか」としんみり言い出したので、私は反射的にげらげら笑って「あるわけないやん」と言ってしまった。死ぬ間際まで律義にLINE全削除を続けた男にそんな情緒があるとはちょっと思えなかったのだ。母もすぐにげらげら笑いだし「そうやね」と言った。

こんなふうに父のことを思い出しているとき、私はやっぱり父がすぐ側にいるように思う、フロアシフトを挟んだスカイラインの、運転席と助手席くらいの距離のところに。

まれから今日にいたるまで、誰かの死はいつでもそばにありつづけた。だから死んでしまった人たちも、同じようにいつでもそばにいるように思う。

生きてとなりにいる人のように声をかければ答えるわけではない、電話をかければ出てくれるわけでもない。そうだったとしても、生きている人とはほんの少しちがう居方で、それでもわたしのとなりにいてくれているのではないか、と、わたしはいつも信じる。

じいさんは、私が買い物に連れて行った翌日の飲み会の日、つまり亡くなる三日前、近所に住むばあさんに、私のことを「車に乗せて買い物に連れて行ってくれた。あの子はとてもいい子だ」と言ったそうだ。

それを近所のばあさんから母は伝えきき、今度はわたしにそれを教えてくれた。じいさんがそう言ってくれたから、近所のばあさんは私に「会ってみたい」と言っているらしい。

ありがとうじいさん。よくわかんないけどばあさんも、私に会いたいと思ってくれてありがとう。会おう。

私は今、私に会いたいと思ってくれる人がいるなら、その人にとても会いたい。だから、次の帰省ときには、私は近所のばあさんに顔を見せに行くつもりでいる。

私の目にうつり、私が今生きている世界は、そのときには隣に、近所のじいさんがどうしたっていてくれる、そういう世界だ。

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