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2021-05-06

anond:20210506081805

獄中結婚なんか正に弱者装ってやんか。

って人がいるけど、獄中結婚って死刑囚配偶者親族)でないと面会出来ないか

支援者なり取材したい記者なりが書類結婚するってだけなんだが

あいうのも「弱者アピールしたら女にモテてヤレた」とカウントしてるのか…

ってか面会だってガラス越しだしヤレないと思うぞ

2021-05-04

anond:20210504222057

命を奪う刑罰をしていいと法律で決まってる人=死刑囚だったら、プライバシー権も当然ないのでは

死刑囚の命を奪うのがOKなら、プライバシーも当然奪っていいし、個人情報を奪うのもOKなのだろう

法律に詳しくない俺が知らないだけで、たぶん刑法死刑確定の患者情報暴露していいと決まってるんだろうな

弱者男性論ってなにがしたいの?

本当に、「自分弱者男性から救ってくれ」という話をしてるのか?

なんつーかさ、弱者男性論を叩いてる連中って

死刑囚死刑廃止を訴えてるようなものだと思ってるのかな、とか

でも、死刑廃止論者って、受刑者やその関係者ですらないことがほとんどだろう

2021-04-12

さっき、んHKのローカルニュースで見たけど

なんか、厚労省通達だかなんだかで、養護施設とかの高齢者コロナワクチン打つには、本人の意思確認を徹底しないとダメなんだってよ。

認知症でマトモな受け答えできないとか、寝たきりでほぼ意識ないとかだと、家族同意あっても、本人の意思確認できないから打てないそうな。

それって、意思疎通できない障害者は氏んだほうがマシみたいなこといってヤラかしたどっかの死刑囚の人と同じことになって来てない?命の選別ってヤツじゃない?

いいの、これ?

2021-03-28

「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち

韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか

太田昌国 評論家編集者

 韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督2020年作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である

歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

 描かれる時代は、アジア太平洋戦争日本帝国敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

 その標的はまず、戦前絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

 戦後日本象徴する言葉は、長いこと、「平和民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

 天皇戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年1945年アジア太平洋地域戦争を続けた近代日本実像を覆い隠し、この戦争全体像を、最後わずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島長崎の「悲劇」を前面に押し出し米軍占領下の沖縄辺境ゆえに無視して、日本全体があたか戦争の「被害国」であるかのようにふるまった。「反戦平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった。

 1960年安保闘争の時にも、1965年日韓条約反対闘争の時にも、戦前日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在分析する言動ほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

 1960年代後半、この社会思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。

 時代はあたか米国ベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島輸送される米軍物資調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジア民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

 加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人先住民族インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

 「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本近代史と現在が孕む問題群に、「民族植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。

「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

 「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日東京丸の内三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

 「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーション流れる

 多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

 その責任の一端が、「反日」そのもの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。

過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

 画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊大道将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

 映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

 「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画制作したのは、韓国映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたか支援連絡会議=編『支援ニュース』420号、2021年3月6日)。社会正義のために、加害国=日本搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

 だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場パンフレット所収)。

 74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本自分たち戦後の「平和民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

 そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現言論の自由を獲得した韓国新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。

脈打つフェミニズム視線

 最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性存在だと思われる。

 刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たち闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。

 キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

 死刑囚の獄中書簡集を読んで、あん事件引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつう青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑である義兄とは、媚びへつらいのない、上下関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

 そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督女性だ。弱い立場にある労働者現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこ作品に脈打っていたフェミニズム視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。

2021-03-17

いまさら話題同性愛と「聖書矛盾

簡単に言えば、いまだにゲイ問題になってる時点で愚か。

anond:20210316230236

引用するくらい真面目な増田なのでそのうち気づくと思うが、聖書に書いてあることってめちゃくちゃなんだよね。

偶像礼拝する者

引用の「コリント信徒への手紙」にも出てくる偶像って要は、十字架とかキリスト像マリア像のことからね。

そうなんですよ、実は聖書十字架を禁じてるんですよ

知らない人はびっくり。

十字架をあがめる奴は地獄いきなんです。

ゲイ同性愛?に関する記述なんて片手で数えられるほどで聖書同性愛を認めてるかと揉めるくらいなのに、偶像崇拝の禁止」についてはほぼ全編でくどいほど訴えまくってます

死ぬほど「偶像を崇拝するな」と書いてます

引用したら多分文字数制限で引っ掛かって増田投稿できないレベルです。

なんで偶像崇拝が禁止なのかは今回の騒動を見てもわかりますね。

カトリックがー」って騒ぎになってるのは「カトリックという権威」が偶像化されてるからで、偶像化した権威って宗教の形すら歪めちゃうわけですよ。

恐ろしいですね。

十字架とかキリスト像なんかは、「特にカトリックのみなさんが大好きなもの」っす。

いやあ、「聖書に書いてあるから~」とか主張してたのが馬鹿らしくなりますよね。

聖書記述なんて鵜呑みにしてたら、カトリックの時点で神の国に行けねーから。(byプロテスタント

他にも姦通だとか人のものを奪うとか強欲とか酒におぼれるとか、まんまカトリックのやってきた負の歴史のものですねえ。

十戒(神の意志のもの)にある「人殺すな」「物盗むな」すら守れてないわけですし。

まあそういう腐ったカトリックに反発してプロテスタント十字架キリスト像を崇拝しない)が生まれたんだけど、このプロテスタントも「聖書記述に忠実」とか言いつつ、やってることめちゃくちゃなんだよね。

プロテスタントアメリカ宗教と言えば意味が分かってもらえるかもしれない。プロテスタントゲイがお嫌い。でも近親そうk)

ほんで、アル中だったりDVしたり人種差別してる田舎プロテスタント親父が「ゲイとかありえねえよな」って言ってるわけ。すごいね

有色人種ってキリスト本人はどうなる。

他にも、みだらな者とか酒好きとか嘘つきとかある通り、「聖書記述通りならゲイは~」とか言うんだったらすべての人類が同じ扱いだから

知ってるか、オナニーって許されてないんだぜ

自分の妻以外に欲情したら神への裏切りなんだぜ。そういえば教会関係者児童ぎゃk

ゲイどころかお前ら全員ゴミ地獄いきだボケ」って書いてあるのが、聖書

ちなみに、キリスト本人の言葉同性愛禁止されてない

娼婦を赦したり、信者からすると本当に困った人ですねキリスト君は。

それを解釈で捻じ曲げて、殊更にゲイを「政治的に」悪者にしてるってことなわけ。聖書の内容じゃなくてそれを利用する側の話

(政治的ってのは組織の都合って意味)

まあ死刑囚が刑の執行前に神父に祈ってもらったりするけど、死刑になるような凶悪だってそんぐらいの扱いはしてもらえるわけで。


ゲイがどうとかってのは(宗教を利用する教会側という)政治的問題」でしかなくて宗教的な問題じゃないのですよ。

ゲイ赤ちゃん社長さんも等しくすべての人類ゴミだけどお前らゴミを救ってやるよってのがキリスト教なんだけど、

誰がどんな理屈必死でこねようと、「人殺す」「物盗む」より同性愛の方が罪が重いなんてことはあり得ないわな。

聖書に従うなら偶像を有り難がってる全カトリック教徒よりも罪は軽いんじゃね。

アーメン

2021-03-10

家の中でバーベキューして火事になってるおばさんみたいな人、無差別殺人死刑囚とかより何のために産まれてきたんだろうって考えちゃう

2021-03-08

anond:20210308185746

Qから10年後、シンジ週刊誌で働く記者になっていた。芸能人ゴシップばかりを追う日々に疑問を感じており、地道に事件取材を重ねても、「ネタにならない」と上司ボツを食らい続ける日々が続く。

そんなある日、取材の一環で東京拘置所収監中の死刑囚となっていたトウジに会いに行くシンジ。久しぶりに会う旧友に対し、トウジは面会室のアクリル板越しに、誰にも話していない3つの余罪について告白すると言われる。

上告中の身であるトウジがなぜそんな不利になるようなマネをするのか理解できなかったシンジ。その疑念に対し、「どうしても許せない奴がシャバにいる」「そいつシャバでのうのうとしていることが許せない、そいつを追いつめて裁きたい」とトウジは言う。

シンジはトウジとの面会記録をまとめ、上司に見せるが、「死刑囚が余罪を告白するなんて、犯罪小説のようでできすぎている」と言われ、本格的に取材に入る許可下りない。しかたなくトウジの依頼を断りに行くシンジだったが、反対にトウジの熱意に説得され、個人で調べ始めることになってしまう。

次第に取材にのめりこんでいくシンジ。無精ひげを生やしながら事件を追い続ける様子は次第に鬼気迫るものを帯び始める。

調査の結果判明したのは、トウジの犯罪の裏にはすべての犯罪の絵を描いていた黒幕存在すること、その人物保険金殺人死体遺棄等、一連の犯罪行為を指揮したうえですべての罪をトウジになすりつけ、自身はのうのうと逃げおおせている、という事実だった。その人物は、「先生」と呼ばれていたという。

事件裏付けを取ったシンジはひげ面のまま出社し、上司取材の成果を突きつける。上司はそれを誌面に載せることを許可し、記事社会的に大きな反響を呼んだ。

やがて警察も本格的に再捜査に乗り出し、ついに「先生」が検挙されることになる。裁判の結果、判決無期懲役となったが、立件できたのは保険金殺人のみだった。

落胆を隠せないシンジさらなる衝撃が襲う。審議には収監中のトウジも証人として喚問され、その過程で、トウジが自らの死刑執行先延ばしするために「先生」を巻き添えにしたこと、その走狗としてシンジを利用したという事実が判明したのだ。

…「先生」を検挙するために常軌を逸した執拗取材に身を投じたシンジ物語最後、面会室でシンジと会った「先生」は、アクリル板越しにこう言った。「ひとつ教えてやる。私を殺したいと一番思っているのは、被害者の遺族でもトウジでもない」。そして、こつ、こつとシンジに向けた人差し指アクリル板を叩くのだった…。

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」完

2021-03-05

血税って良く言うけどさ

テレビとかで国民血税無駄使いして〜とかって言うけどさ、よくそんな大声で文句言えるなって思っちゃう

それを言い始めたら、たくさん稼いでたくさん税金納めてる人がたくさん怒るし、あんまり収めてない人はあんまり怒れなくない?

なんならテレビコメントしてる芸人やぱっぱらぱーなタレントの方があなたより多くの税金払ってるよ? それ考えて悲しくならん?

もちろん自分の収めた税金有意義に使って欲しいと思うけど、死刑囚を生かすのも、ヤクザを取り締まるのも、政治家接待するのも、生活保護喫煙所もみんな税金だぜ。

2021-02-19

死刑囚結婚したりするキリスト教徒もいるじゃん

統合失調症患者を救おうとする人もいると思うけど

anond:20210219003210

死刑廃止したノルウェーかどっかでは

死刑囚島に集めて人道的な生活させてるらしいね

PS4買ってもらえるとか言う話聞いた

 

まー、刑務所にただ入れるんじゃなくて医者つけて治療教育社会復帰支援、が日本で推されてる現実的な手立て

2021-02-17

女性を軽んじていたトランプ

バイデン政権誕生で取り残される日本 「死刑賛成8割」を憲法から考える

https://mainichi.jp/articles/20210213/k00/00m/040/058000c

日本も酷いけど、トランプも酷かったよね…。

トランプ政権1月、1人の女性死刑執行した。この死刑囚は幼少期に激しい虐待を受けていたこともあり、日本でも話題を集めた。連邦政府による女性死刑執行は67年ぶりで、政権交代目前だったこから「駆け込み」と国際的批判を浴びた。

連邦政府、約70年ぶりに女性死刑執行

https://www.afpbb.com/articles/-/3326045

 モンゴメリー死刑囚は2004年インターネットで知り合った犬のブリーダーをしていた女性(当時23歳)に子犬を買いたいともちかけ、女性の自宅を訪問妊娠中だった女性の首を絞めて殺し、遺体の腹部を切って胎児を取り出し連れ去った。

 連邦地裁2007年死刑を言い渡した。

 モンゴメリー死刑囚の弁護団は、子どもの頃に受けた虐待が原因で、同死刑囚が複数精神問題を抱えているとしていた。

いくら無関係妊娠中の女性殺害して腹部から胎児を取り出したとはいえ、そういう罪を犯したという理由だけで、被虐経験があり問題を抱えた女性死刑執行するのは本当に酷い。

女性に対する暴力全般に反対するバイデン政権なら絶対執行しなかっただろう。

2021-02-02

anond:20210202214114

実際に親がいない人ってどんな感じなんだろう

政治家みたいに人生履歴を細かく手繰れる人で親なしっているのか

親なしで人生の経歴が事細かく知れる人は死刑囚宅間守くらいしか知らないんだけど

2021-01-31

中国で元国有企業会長死刑執行収賄額290億円…1審判から3週間余で執行

中国で元国有企業会長死刑執行収賄額290億円…1審判から3週間余で執行

2021/01/30 18:16

 【北京=比嘉清太】中国中央テレビによると、収賄などの罪に問われた国有資産管理会社中国融資管理」の元会長、頼小民死刑囚の刑が29日、執行された。汚職事件での死刑執行は異例。関係機関への融資の見返りなどとして認定された収賄額約17億9000万元(約290億円)は過去最高額という。

 頼死刑囚は、天津市第2中級人民法院地裁)が言い渡した今月5日の死刑判決を不服として上訴したが、棄却されていた。1審判から3週間余りでの刑執行となった。

額もスピード感もおどろきだが地裁判決執行というのもおどろきだな

愛人100人囲うってのもまた・・・

2021-01-27

『やまゆり事件』(神奈川新聞取材班)を読んでる途中。

 事件の詳細、植松死刑囚のひととなり、優性思想について、事件被害者達の視点障害者本人やその家族支援者視点、などなど。

 障害者とて人間であり、同年代の仲間達との交流を欲しているし、また、同年代との関わりでしか学べないものがあるということ。そして障害者だって健常者同様、人の縁により助けられたり助けたりするものだということ。

 その権利を「善意」の名のもとに剥奪し、障害者社会から孤立させることは人権侵害である。また、健常者サイドには障害者隔離によって、「役に立たない人間は要らない」という思想を植え付けてしまう。そういう思想がまかり通る社会は結局誰にとっても生きづらいのではないか

 本書にはそういうことが書かれている。

 私自身、先天性の難病があって普通の子供達と離されて「特別扱い」されていた時期もある。また、一つ上の学年と同学年にそれぞれ一人ずつ知的障害者の子がいて、共に通常学級で学んでいた。

 子供世界残酷から、「特別扱い」されている子供集団で叩くことがあるし、障害があっても「特別扱いされない」子供を皆と違うからといって叩くものだ。それを私は実体験として知っている。特別扱いして隔離するのも、特別扱いしないで皆一緒とするのも、どちらも残酷な結果を招くというのはあり得る。

 けど、私の実感としては、それでも色んな子供達がまじって一つ所で過ごし学ぶ方が、まだマシだったんじゃないかなあと思う。あいつはああいう奴だから、というユルい認識にそれぞれがちょっとだけ助けられているようなところはあった、たぶん。

2021-01-19

anond:20210119232610

恋愛は顔が100パー

不細工でなければ死刑囚だろうと恋愛できる

49歳鼻マスク男性に寄り添う人はいるの?

死刑囚ですら獄中結婚できるのに

2021-01-10

死刑確定から50年って、いい事なのか悪い事なのか分からなくなってきた。

福岡のマルヨ無線事件

https://news.yahoo.co.jp/articles/5dad705e8212cb8f96fc1115209cf5666e3418d0

死刑になって当然の奴が、執行されずに行かされる苦しみってのも有るんだろうなぁ。

再審請求をしているみたいだけど、その可能性はほとんどないのだろう。

二十歳の時から働かずに飯は食えているんだろうけど、強制的に引きこもらされているわけで、

自分の都合で引き込んでいる増田とはわけも違うし、期間も相当違うでしょ。

誰が一番悪いのか?死刑囚か、法務大臣か、裁判官

生きるに値しない命だと自覚してるので死ぬ権利をください

無能には生きる権利が無い。

何かを始めようとすれば「ダメな奴は何をやってもダメ」と出鼻をくじかれ、じゃあ迷惑かけたくないんで何もしませんと言えば「逃げるな」「努力しろ」「甘えてる」、でしたら頑張ってやります、でも失敗しましたとなると「初めからやるな」「お前は引っ込んでろ」「努力が足りない」「そもそも努力してない」、仮になんとかやり遂げても「当たり前」「みんな出来てる」「そんなことで褒めてもらえると思うな」「下手くそ

結局社会無能に消えてほしいと思っている。同じく無能社会から消えたいと思っている。双方の意見合致してるはずなのに、無能は消えることも出来ず毎日社会の足を引っ張り続け、社会毎日無能迷惑を被る。ここで言う社会が受けている迷惑仕事場でのミスや脛齧りの引きこもりだけではなく、電車人身事故投身自〇の巻き込み事故など〇殺が引き起こす二次被害も含む。

自分無能社会に要らないと確信し、社会から消えようとも今現在日本では自主的死ぬ時まで社会迷惑をかけなくてはいけない。おまけに自〇未遂病院送りになると治療費は全額自己負担となるらしい。

そこで私が提案したいのが⑴安楽死合法化希望制の人権剥奪⑶1と2で発生した死体有効活用だ。

まず⑴の安楽死合法化。これは何度もネット上で議論になったり、これをマニフェストとして掲げる政党も現れるくらい広まった提案だ。まあ最近だとTwitter自称反出生主義者が自分の気に入らない他ユーザーを叩くための免罪符にして暴れ回るので話が拗れて訳が分からなくなっているのだが、こういうネットチンピラを一掃するにも安楽死は是非実装されるべきだと思う。(かと言って合法化された所でコイツらが大人しく安楽死するとはあまり思えないが)話が逸れました。無能の話を続けます。家庭から学校から職場から社会から爪弾きにされた無能を救ってくれる制度はありません。そして自主的死ぬ死体蹴りされます。これじゃあどっちも損です。じゃあ自由合法的死ね制度を作りましょう。これでwinwinです。でもそんなことしたら日本から人が居なくなる?これは完全に主観ですが人口は減っても大して損害はないと思います。あるSF小説であった話で、死後の世界を映すモニターが開発され、そこに映された天国の様子や死別した愛する人を観て多くの人々が自ら命を絶っていく。でも一部の人は拭いきれない死への恐怖から生き続け、ひたすら死体の処理をし続ける、という内容でした。この話をどう捉えるかは人それぞれでしょうが私はこう捉えました。「死にたい奴らは勝手に死んで生きたいor死ねない奴らは勝手に生きろ」と。私はこの物語世界は凄く理想的だと思います。ただこの話だと死ぬ方法苦痛を伴うものしか描写されてなかったのが少し残念ですね。かなり昔の作品なのだからでしょうか…。現実安楽死合法化すればいわゆる自認のある弱者は淘汰され、人生お気楽有能ラッキーマン根性論信者が生き残る「理想社会」が生まれますね!そこでもカーストは生まれるだろうけど私みたいな底辺には知ったこっちゃありません。だって死んでるし。それに私らが受けた迫害なんかよりずっとマシだろうし。

⑵の希望制の人権剥奪は私の勘違いから思いついたことです。死刑=殺人合法化=人権剥奪だとつい最近まで思い込んでました。馬鹿なので。でも不思議な話ですよね、法の下で人の生死を決められるのに自由な自〇は許されない。そもそも死刑確定しても何年間も国民税金で生かして死刑にするときもあれこれ手順を踏まなきゃいけない。馬鹿らしいですよね?生きる価値がないと公式に認められた人間血税でしばらく生かすなんて矛盾してますよね?それこそ某番組の雑ドッキリみたいに死刑確定したら即執行すればいいんですよ。罪人に死を覚悟する時間を与えるだけ無駄です。また通り魔がよく口にする動機で「死刑になりたかたからやった」、これは単なる建前かもしれませんがもし1%でも諸事情により自〇出来なかったか犯罪するしかなかったと考えてたら、是非人権を剥奪してあげてほしいと思うんですよね。

⑶は上の話の続きになりますけど、⑴のように自主的に命を絶つときにただ埋葬するのではなく、臓器移植など生きたいけど生き残れる可能性が低い方々のために役に立たせる方法希望できるようになると良いと思うんですよね。また⑵のように死刑囚は人権剥奪し今まで倫理問題で出来なかった実験被験者になってもらったり、死後も標本か何かにしてこれから科学の発展に活用した方が遥かに明るい未来が待ってると思うんですけどねえ。

あるスポーツ選手はこう言いました。

努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない」

あるアーティストはこう言いました。

「不遇を社会のせいにして、いつか大きな何かに無償の愛で救ってもらえると夢見てる負け犬どもが多過ぎる。いい加減目を覚ませよ。まだ間に合うから

でもそれって成功たからこう言えるんですよね?努力が結ばれたからこう言えるんですよね?才能があったからこう言えるんですよね?周りの環境が恵まれたからこう言えるんですよね?

天才とは1%のひらめきと99%の努力である」という有名な格言がありますが、これ裏を返せば1%のひらめきを生み出す才能が無ければそこでおしまいなんです。どんなに努力しても結局天賦の才能には勝てないんです。これ、ごく普通の人でも99%の努力しても1%の才能には到底及ばないのに、生まれ持っての無能となると99%努力してもやっとスタートラインかその手前なんです。それを「努力と呼べない」「社会のせいにしてる」なんて言われたらもう死ぬしかないですよね。じゃあ120%の努力しろよとも思いますがそうして燃え尽きた無能を私は何人も見てきました。

ここで散々無能と呼んできた人の種類を詳細に伝えます無能とは「発達障害」「精神障害」「知的障害」「サイコパス」そして「やる気のない人間」です。ちなみにわたし知的サイコパス以外全部当てはまります。このように書き連ねると今までの文章からして私のことを植松信者だと思われそうですが断じて違います

優生学という考えがあります。簡潔に説明すれば劣った人間を減らし、優れた人間だけ生かして生み出そうというものです。世の中にはこの簡潔な説明文を見ただけで発狂し噛みついてくる人がいますが、それは植松事件や旧優生保護法、そしてナチスのT4作戦を想起させるからだと思います。これらは優生学に基づいた犯罪政策であったか非難されていますが「『同意を得てない』人間に『有無を言わさず』優生思想に基づく方法理不尽に命を奪ったり手術をした」という面にもっと注目してほしいんですよね。優生学自体を頭ごなしに否定するのははっきり言って思考停止してます。少し前某ミュージシャンの「お化け遺伝子発言による炎上騒動がありましたが、これに反する意見としてナチス政策と同じだ!と主張する人が多く見られましたが、ちょっとズレてるな〜と思いました。ミュージシャンの主張は「優れた才能を持つ人達(=お化け遺伝子保持者)を国がプロジェクトとして集め、その天才同士での結婚相手を決めるという、なんだか某アイドルが入信した統〇教会を思い出させる失笑モノの意見(もっと言えば結婚=子作りという旧時代の考え丸出しの発想がさら大衆失笑非難を浴びた)でしたが、要するに彼の主張は「積極的優生政策」であり、一方ナチスが行ったので有名なのは前述のT4作戦ホロコーストなど「既に産まれしまっている劣った人間を抹消する」方なので、お化け遺伝子ナチスと同じだ!と批判するのはあまり噛み合ってません。(一応ナチスも党の基準での「優れた人種」の女性ナチス親衛隊の男性結婚させた事例があるので間違いではありませんが、例のミュージシャンのリプ欄でT4作戦のことを挙げ反論している方が多く見られたので敢えてこう述べさせていただきました)

それから記憶に新しいやまゆり事件。これに関しては事件のものより植松ダブスタっぷり、思考の浅はかさを指摘していきたい。「ケーキの切れない非行少年たち」という一昨年くらいにヒットした本がある。この本の内容をかなり要約すると「いわゆる非行少年と呼ばれるような少年院にいる子供達は軽度知的障害を抱えてるケースが多く、これを解決するにはある訓練が必要だ」となる。つまり知的障害があるから物事の良し悪しが分からないため罪を犯すのだ。そして植松学生時代未成年飲酒喫煙さら暴行事件や薬物乱用など起こした罪の数々を見れば典型的な「非行少年である。ここで植松思想及び主張を思い出してみる。「意思疎通のできない重度の障害者は不幸かつ社会不要存在であるため、重度障害者安楽死させれば世界平和につながる」ケーキの切れない(略)と植松前科、そしてこの主義主張、こうしてみると「軽度知的障害者が重度の障害者攻撃している」という事が分かる。植松正式に軽度知的障害と診断された訳ではないが、過去軽犯罪を繰り返しその後件の事件引き起こしたとなれば、立派なダブルスタンダードである。むしろ犯罪者は軽度知的障害者に多いとなると介護必要なくらいの重度障害者と比べてどちらが社会に不必要かは言うまでもない。

最後に旧優生保護法について。私の正直な意見を言うと、この制度多少の改良を経て復活させてほしい。遺伝性障害を持つ人が子供を持とうというのははっきり言って傲慢だ。だからと言って強制的不妊手術を全員受けろとまでは言わないけど、発達障害精神障害知的障害を持ってて自分の面倒すらまともにみれないのに、同じ障害を持つかもしれない子供を育てられるのか?無理だろ。子供が生まれれば自分は変われる?幸せになれる?人生バラ色になる?寝言は寝て言え。子供はお前らを幸せに導くラッキーアイテムじゃあないんだよ。これは健常者にも言えることだが、子供を作る動機として挙げられるもので、子供のためを思ったものほとんどと言っていいほど存在しないのだ。「なんとなく欲しいと思った」「子育てがしてみたい」「夫婦間の中が悪いか仲裁役として」「とにかく楽しそうだから」「将来介護してもらうため」こんな感じである。(私はなんとなくで産み落とされました)せめて建前でも「子供にも幸せ人生を送ってもらいたいから」とか言えないのか。結局親というもの最初から自分第一なのだ確証も無いのに何故か五体満足でオツムもまともな子供が生まれると信じて止まないのだ。そして実際出生前検査ダウン症など先天性の障害が見つかれば中絶決断する親もいて、産まれても泣き声がうるさい言うことを聞かないなど予測可能なことで子供危害を加え最悪殺害する親なんてのも後を立たない。さらもっと視野を広げれば、人生なんて苦難の連続と散々言い伝えられているのに、それを経験しているはずなのに、ウエディングハイの延長で人ひとりの人生強制スタートさせてしまう身勝手さと計画性の無さ、非常に軽蔑させられる。また優生保護法強制不妊手術を受けさせられた方のインタビュー記事ネットにあったので読んでみましたときのことです。その方は精神障害を抱えており、自分子供がいたなら人生は間違いなく幸せだったと仰ってました。いやー反吐が出る。子供幸せを運ぶ天使か何かと思ってないか?こういう考えしか出来ないか自分人生不幸だと思い込んで優生保護法八つ当たりしてないか?まあいいや、少なくともこの方の子供となる不幸な人間存在せずに済んだので良かったとしよう。

私は発達障害精神障害を抱えているので絶対子供は欲しくないし、もしこの先異性と体を重ねることになるとしても避妊失敗が怖くてとても出来ません。もし優生保護法がまだ現役で強制的不妊手術します!費用は国が負担します!なんて言われたらきっと狂喜乱舞するでしょう。

まあ要するに何でも希望制にすれば良いんですよ。死ぬにも手術するにも人権捨てるのも。夫婦別姓も同性婚もしたい人だけやればいい。どうしてそんな簡単なことが出来てないんだ。多様性って何だ。あっ、でも子作りだけは免許制にしてほしいな。子育てって車の運転以上に知識技量・適性が問われるはずなのに。おかしいよね、世界

どうせほとんど誰にも見てもらえずネットの海に沈む日記から最後に好きな歌の歌詞載せて終わろ。

普通結婚して子供を何人か授かって それ以外は幸せとは誰も信じないようなこんな街で”

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