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はてなキーワード: ポルトガルとは

2019-02-12

anond:20190211135211

16世紀半ばの戦国時代の末期にマカオからポルトガル船が九州各地に来航していわゆる南蛮貿易が始まると、おそらくは中国産砂糖安定的供給されるようになる。最近ポルトガル船の積み荷の研究によれば、年間150キロ前後砂糖が輸入されていたという。

 江戸時代に入ると17世紀から18世紀初期にかけて福建省から琉球奄美黒砂糖の製法が伝えられ生産が始まった。しかし白砂糖や氷砂糖は、18世紀末の寛政年間に国産砂糖上方市場に登場するまで、長崎に来航する唐船(中国本土東南アジアからの来航船)とオランダ船(東南アジアから来航するオランダ東インド会社の船)による輸入に依存していた。

 長崎貿易により輸入された砂糖は、国内商人落札された後、船で大坂道修町の薬種問屋へ運ばれ、さら堺筋町の砂糖仲買によって江戸をはじめとする全国に運ばれていたという。

2019-02-11

ポルトガルでは1800年台にはすでに死刑廃止してるのに、未だにそれが出来ないとは

さすがは中世ジャップランド

2019-02-09

シンガポール 滞在

5日程シンガポール滞在し、帰国して落ち着いたので振り返りの為に記録を残します。

幸いなことに現地に駐在している人や、シンガポール 人(シンガポーリアンと現地では言う)の人とも交流することができ、今まで正直興味無かった国ですが歴史文化も含めて知る機会を得ることができました。

かつてポルトガル、その後はイギリス、一時期は日本占領統治下に長くあったシンガポール独立を勝ち取るも国土資源もないその中で、社会的システムの力だけで今日繁栄を手にしました。駐在の長い人やシンガポーリアンの人達が口々に「シンガポール はいいとこ取りの国だ。」と言うことを道路街づくり法律設計商売スタンスからも感じることができました。

地元民などがメインで食事をするホーカー(路上食堂)には政府から補助金が入り、かなり安い料金で食事をすることができる反面、観光客向けのレストランや各種施設には非常に高い料金を設定し一国の中で二制度を作り出しているのはキューバ国家運営と似ており、社会主義的なシステムを感じました。

他にもシンガポーリアンの教育に関しても本当に優秀な人には日本ではあり得ない投資をし、優秀な人材を徹底的に育成しそこからあぶれた人にもシンガポール内に視点を持つ企業には一定数のシンガポーリアンの採用義務付けたり、タクシー運転手はシンガポーリアンだけで独占し、他国の人はなれないような仕組みを作って自国民雇用生活保護する仕組みは中国でも一般的に行われています道路等に関しては左側通行日本と似たような仕組みなのですが、多くの車にドライブレコーダーが取り付けられ加えて街中にも多数の監視カメラでしっかりと統制された運用がなされています

昼間の混雑を解消する為に都市中心部を昼間のみ有料道路にし、混雑の緩和を金銭的なシステムで計ってるあたりは本当に賢いと感じました。

しか上記事情からタクシー運転手社会的地位他国より高く、乗車拒否は当たり前にしてくるそうです。自分も一回、タクシー運転手目的地を間違えて連れていかれ、引き返した分の料金も請求してきたので言い争いしましたが、平気で開き直ってきますプライドの高さを感じました。(当初の半額に値切りました)

日本占領統治下にあったこともあり、日本人に対して悪印象があるかビクビクしていたのですが、滞在中は特にそういった体験もせずに現在5万人日本人が滞在するシンガポールにおいて日本はいい隣人の地位を獲得できているようです。ただこれは同時に特別扱い等ではなく、大きなお金を落としてくれるお得意様という意味です。

滞在中に知り合ったシンガポール銀行にて投資担当している人は英語はもちろんアラビア語中国語も話して日々の仕事をしているとのことで、スキルを持った人にとってはシンガポール日本よりも税金優遇も大きく過ごしやすい街であることを伺いました。

特に魅力的に感じたのがシンガポーリアン自体華僑中華系)とマレーシア系の人が多いのですが多くの外国人労働者が各地域コミニティ形成しており、リトルチャイナやリトルインディアアラブストリートタイ系のショッピングセンターなどが近い距離に混在しており、多国籍文化を短い時間比較安全体験することができるところが非常にエキサイティングでした。

今回は1人での滞在だったのですが、今後子どもが大きくなった際には是非連れてきて色々な文化と触れる機会を持てればと思いました。

お土産としてはアラブストリートで買った香水瓶や、現地の旅行会社にお勤めの方に教えてもらったお菓子類がほとんど外れなくいい感じでした。機会があればぜひ使ってみてください。

https://gotrip.jp/2018/08/96312/

https://singaporetabi.com/bengawansolo/

パイナップルタルトプロウンロール美味しかったです。台湾パイナップルケーキよりも酸味があって、僕はこちらの方が好きでした。

2019-01-21

[][][] Japão será pego em guerra em 2020

Um sinal de guerra

A administração de Abe considerará o plano de colonização de duas ilhas. O reembolso nas quatro ilhas do norte é "irrealista" - Kyodo News http://b.hatena.ne.jp/entry/s/this.kiji.is/459764773200102497

 

Pergunta: Por que o Japão precisa concluir um tratado de paz com a Rússia?

Resposta: Para reduzir os países inimigos quando a guerra ocorreu.

 

O Japão de repente mudou sua atitude.

É porque há uma razão pela qual temos que concluir um tratado de paz com pressa.

 

Lei dos segredos de Estado

Vamos aprender com exemplos do passado japonês.

Quando uma grave crise ocorreu, como o acidente da usina nuclear de Fukushima, informações importantes foram escondidas para evitar a confusão e a crítica das pessoas.

Desta vez, as circunstâncias das negociações devem ser vistas como ocultas.

 

Países oponentes da guerra

A Coreia do Norte é o país que a China fez.

Coréia do Sul e Coréia do Norte eram originalmente um país, um grupo étnico.

Em vez de mãos diretas, a China fez a Coreia do Norte fazer trabalho sujo internacional.

A Coreia tem sido um fator importante e seguiu a China.

A Coréia do Norte e a Coréia do Sul se tornarão um Estado unificado e atacarão o Japão e os Estados Unidos em vez da China.

É o Japão e a Coréia que serão danificados. A China e os Estados Unidos terminarão intactos.

 

Evacuação

O Japão perdeu na última grande guerra.

Cidaos japoneses foram massacrados pela bomba atômica.

Aproveitando essa lição, quando a guerra irrompe, é melhor para os japoneses evacuarem para zonas de segurança no exterior, a fim de sobreviver.

Para os japoneses não se tornarem refugiados, a partir de agora vamos garantir bases de vida no exterior.

 

(7.ポルトガル語:2億1500万人。ポルトガルブラジル

2018-12-09

温暖化に憤る子供

君達先進国児童のその良い暮らし、着ているシャツも何もかも温暖化産物と言ったら発狂するだろうか

しない

彼らは一部は服も身につけない原始生活を始めることで一貫した態度を示し続けたのであった

一方でポルトガルの子供達が服を捨てたことにたじろぐイギリス警察であったが、やがてEUからの脱退と共に自国以外はどうでもいいということになり、結果的イギリス警察もまた子供達の一貫性寄与することになるのであった

2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-10-26

カキフライの各国語呼び方一覧(追記3あり)

https://anond.hatelabo.jp/20181025193406

 

日本 → カキフライ

日本(名古屋) → カキフリャー(※関西ブコメで指摘。サンクス

フランス → カキフルー

ドイツ → カキフラッゼルグ

イタリア → カキフレーノ(※カキフリット、あるいはカコ・フレーノとも呼ばれる。ブコメより)

ギリシャ → カキフラテス(※カキフラオスとも呼ばれる。ブコメより)

チェコ → カフカ

ロシア → カキライノフ(※カキコフとも呼ばれる。ブコメより)

フィンランド → カキフラッキ(※カキネンとも呼ばれる。ブコメより)

スウェーデン → カキフリューセン

アメリカ → フライドカキ(※ブコメより)

モロッコ → カフカ

インド → カーキヴェーダ

ポリネシア → カラカラ

イースター島 → カキフカキフ

タイ → カキフピチャイ(※トーマンカキとも呼ばれる。ブコメより)

韓国 → カキジタン

中国 → カーキーファー

 

追記

ベトナム → カッキフロー

イラン → カキファ

アイスランド → カキフラフィッソン

フィリピン → カキフラット

タンザニア → カキフェフェレ

バスク → カキフルブーイ

エスペラント → カキル

モンゴル → カキフルモイ

 

追記2

オランダ → カキフラーダー

ノルウェー → カキフレッケ

インカ帝国 → カキュピチュ

古代エジプト → 🐚🍞🔥

群馬 → かきまんじゅう

 

追記3

ポーランド → フーツィカキ

トルコ → カキフラルガ

バングラデシュ → フラカキ

南アフリカ → カカラー

ポルトガル → カキフラー

ネパール → カーキ・ラー・イー

ペルー → カカキキフリュー

 

他わかる?

 

ブコメより

クロアチア → カキフライッチ(※カキッチとも呼ばれる)

スペイン → カキ・フルッタ

ハンガリー → フラカキイ

セルビア → カキフラッチ

コソボ → カキブリャイドビッチ

西サハラ → ンガキャファ

パプアニューギニア → ン・カキ

ハワイ → カキカキ・フライフライ・パーケラ・アイ (kakikaki furaifurai pakela ‘ai)

カタール → アルカキーファ

エジプト → カキファラオ

2018-10-11

大航海時代コロンブス日本を目指していた

あの時代日本発見されずに済んだのは、日本人にとって歴史上最大の幸運だったと思っている。が、しかし、その当時のポルトガルスペインが持っていたのは装填に時間のかかる火縄銃だったわけだし、日本刀があれば十分に戦えたのかなあとも最近思ってる。実際のところどうなんですかね。>歴史に詳しい人

2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

やっと#metooに「推定無罪理解しろ」とベタツッコミが入った

性的暴行疑惑C・ロナウドポルトガル首相擁護。「推定無罪理解すべき」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181007-00292128-footballc-socc

 国を代表する大物スタースキャンダルについて、コスタ首相にもコメントが求められた。同首相は、現時点ではあくま疑惑しかないことを強調しつつ、C・ロナウドを信じる立場を取っている。

推定無罪原則理解すべきだ。疑わしいだけでは誰かの罪を責めるには十分ではない」とコスタ首相。「我々にとって確かなのは、彼が並外れたプロフェッショナル、並外れたスポーツマン、並外れたサッカー選手ということだけだ。ポルトガル名誉をもたらしてきた」と続けた。

世界中で#metooという名の私刑がまかり通っていたが、ここにきてようやく公人がまともな見識を述べるようになった。

カバノー氏の連邦最高裁判事就任と併せて、ぜひともこの首相発言が「推定無罪」「疑わしきは罰せず」「自力救済禁止」という近代法大原則に立ち返るきっかけになってほしい。

2018-10-05

あったかもしれない恋愛

よく本当にご縁があれば必ずまた巡り合えると昔は言われていたけど、今なんかはネット検索すれば、昔好きだった人の近況がなんとなくわかってしまって、ご縁とか運命自分で強引に引き寄せることが可能になってしまったと思う。

mixi全盛期、都内大学生をしていた私は、mixi京大文学部学生と知り合って、1年くらい文通していた。

文学系のコミュでの書き込みから辿って私を見つけたのがきっかけだったらしい。

文通内容は主に最近読んだ小説とか好きな詩人とか映画についてで、本当に話が尽きなくて楽しかった。

私も文学部学生だったが、同学のリアル知人と文学談義をするとなんだかマウンティング合戦みたいになってしまって、ちっとも楽しくなかった。

そんな中で、見知らぬ彼との文通はすごく新鮮で、渇いた人にとっての水のように貴重なものだった。

私が、本当に欲しがっていたものを初めて与えてくれた人だった。

ポルトガル詩人ペソアの好きな詩を引用して教えてくれて、うれしかった。

私が、すすめた澁澤龍彦の本を読んで、感想を言ってくれたのがうれしかった。

彼とは一度だけ、東京デートしたことがある。私に会いたいと言ってくれて会うことになったのだ。

その時に着ていたふりるのガーリーワンピースを今でも大切に持っている。もうあのデザインの服が似合うような年齢じゃないし、袖を通すことはもうないけれども、大切すぎて捨てられない。

初めてオフで会ったとき、緊張していてあんまり話せなくてごめん。あの時、京都に遊びに行く約束をしたのに行かなくてごめんなさい。

あの時は、本当自分ルックスに自信がなくて、あなたをガッカリさせてしまったんじゃないかとずっと思っていて、その後、コメント無視したりとか色々失礼な態度をとってしまってごめんなさい。

言葉は悪いけど、あなたの前に誰かどうでもいい男と練習をしておけば、うまく女の子役を演じることができて、お付き合いすることができたんじゃないかと今でも後悔しています

恋愛の始まりには、女は「女の子」役をやらなければならないことの重要性は、おばさんになった今深く実感しています

お付き合いしたところで、私はもともと「女の子」をやるのがうまくないから、化けの皮が剥がれておそらくは短命な恋愛になったとは思う。あなた文学が好きな「女の子」を求めていて、私はそれにあてはまらなかったと思うから

あなたが、知的じゃないけれどもふんわりした女の子とご結婚なさっていることを突き止めたときはやっぱりねと思いました。あなたにとっては、相手文学が好きであるということよりも「女の子であるということの方がプライオリティが高かったんですよね。

第三者的な目で見たら、mixiで引っ掛けた女と会ってみたけど、あんま好みじゃなかったからやめといたという身も蓋もない話だけど、私にとっては一生で最も輝かしい体験でしたってことで書き捨てます

2018-09-26

ガセネタのガセの由来って

ガセネタのガセは、お騒がせのガセだという説明が通説のようだ。

元はテキ屋隠語として使われていた言葉で、1915年の『隠語輯覧』に見られる。 ガセの語源は「お騒がせ」の「がせ」で、本物ではないのに人騒がせな物ということで、「偽物」の意味となったのであろう。 でたらめな情報意味する「ガセネタ(がせねた)」は、1929年隠語の集成『香具師奥義書』に見られ、「ガセ」と同じく古くはテキ屋隠語であった。

http://gogen-allguide.com/ka/gase.html

でも、最近スペイン語でgaceta, gacetista, gacetilla用法をみていて

おやっと思った。gacetaは新聞という意味なんだけど、gacetilleroになると文屋さん的なニュアンスになる。

mentir más que la gaceta(平気でうそをつく、大嘘をつく)

直訳すると「新聞よりも嘘つきだ」

gacetista=ゴシップ好きの人

ちなみに、スペイン語のgacetaは、英語ではgazetteポルトガル語ではgazetaとなる。

日本語のガセも、つねにネタ(伝え聞いた情報)とセットで用いられていることから

もし、これがポルトガルなど、ラテン語系の外来語由来だとすると

ガセの用法類似している。

語源と言われている「お騒がせ」「人騒がせ」と「偽の、不確かな情報」の接点はあまりピンと来ないが、gacetaのガセだとすれば合点がいく。

・・気がするけど、どうなんだろうか。

2018-09-09

衰退先進国ポルトガル18世紀リスボン震災から"失われた250年"を絶賛継続中で気合が入ってるし、日本はまだまだ衰退途上国なんだなと実感する。

2018-09-01

依存症についての話

依存症」―間違いだらけの常識

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong?language=ja&utm_campaign=tedspread&utm_medium=referral&utm_source=tedcomshare

人が依存症になってしま理由孤独感等の愛を感じられない状況があるためなので、依存症を治す方法はその逆に人との繋がりを戻せばいいという話。しかし現状そのような対処をしているのはポルトガルのみ。ポルトガルはそれで成果を上げており薬物を禁止していないのにそれに依存する人は減ったそうだ。

2018-08-21

anond:20180821010033

ポルトガル詩人フェルナンド・ペソア随筆なんだけど、

「人は自分想像力の及ぶ範囲しか後悔できない。私は自分ローマ皇帝に生まれなかったことを悔やまないが、いつもあの角で見かけて気になっているお針子の少女今日も声をかけることができなかったことを心の底から悔やんでいる。」

ていうのが、なんかこう人間臭さを感じてグッときた。

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