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2017-10-09

この道はや十六年、しかして感じる恐怖

まれてこの方十六年、処女をやっている者なのだが友人の話を聞いて時折恐怖しておる。

中等学校では数えるほどしかおらなんだ不順異性交遊者が高等科へ上がると十の指では、いや足も含めて二十の指でも数えることができん。あな恐ろしや。

先日も仲間内で夕餉を共にした際に親友中等学校在籍時に純潔を散らしていたことを知った。ブルトゥス、お前もか。私が冗談半分で交際相手でもない男と情を交わせば絶交すると言ったのを間に受けていたようだった。実際、言葉を失ったがそれ如きで揺らぐ友情ではない。私は涙とそれに溶けた睫毛装飾液と筆で描いた目線が混じりあった黒い雫を零した。

私が感じる恐怖というのは何もする相手がいない、ということではない。単純に痛そうだからに過ぎん。

興味が湧いて秘所に指を入れてみた事がある。指一本と少ししか入らなかった。具体的に言うと中指丸々と人差し指第一関節まで、だ。しかも痛かった…もう二度とこのような真似はすまい。解せばとか濡らせば良いなどという助言は要らぬ。詳細は省くがそういうことは十二分にした。それでもこの結果だったのだ。なんと恐ろしい事か…!かような体たらくで男を受け入れたり子を産んだりすることが出来るのだろうか。我が母上もこのような試練を乗り越えたのだと思うと頭が下がるばかりである

追記

読み捨ての三文小説、とかい意味合いらしい舶来の映画には良い褥での一時を過ごす為に秘所にピアッシングをした女が出てきた。痛くないのだろうか…夫が麻薬商人であったか麻酔替わりに商品を使いながらしたのかもしれぬな。

2017-10-04

普通に無痛分娩なんて言い方やめて、麻酔分娩と言えばいいのではないか

無痛って言い切るから、痛いじゃないか、となるのであって。

2017-10-03

昨今の歯医者事情

歯医者事情に詳しい人教えてくれ。

最近歯医者ってのはあんまり痛くないのか?

子供の頃虫歯ができるとあのキュイーーーーーンという恐ろしい音で痛いのに我慢させられて、暴れないように二人くらいの大人に押さえつけられて、抜歯などで歯を抜くとき麻酔がめちゃくちゃ痛くてこれも暴れないように押さえつけられ、

とにかく何をされるにも涙目になりながら治療を受けた記憶がある。

で、最近になって奥歯が痛いので歯医者に二十年ぶり?くらいに行ったら親知らず虫歯なので抜歯することに。

麻酔するから痛くないですよーと医者に言われるものの、

いやだって麻酔刺すのが痛いですやん、と言ったら、

表面麻酔してから刺すからそんなでもないですよ〜と言われる。

ほんとかよ、こいつ、私のことを騙そうとしてるんじゃないのか?!

と、疑心暗鬼になりながら治療を受けていたんだが、たしかに痛くない!!

麻酔刺すときもあまり痛くないし、抜くとき麻酔効いてるから感覚がない!

そのあと他にも虫歯があったので削って詰め物をするという治療も受けたんだが、

同じく麻酔かけたから痛みがない。

子供の頃、抜歯ならまだしも削るとき麻酔ってかけたっけなー?

痛みに耐えながらあのキュイーーーーンを我慢していた記憶があるんだが…

えー、今の歯医者ってこんなに変わったの??

子供の頃の怖い記憶で、歯医者行くのにものすごく怯えていたのが嘘のよう。

こんな痛い思いしなくていいのならもっと気軽に歯医者に通える。

歯医者界隈に詳しい人がいたら教えて下さい。

2017-09-26

anond:20170926183439

婦人科に行って内診してもらうほうが本番に近いで

不正出血してますっていえば処女でも容赦無く内診されるから行っとき

ワイは処女なのにクスコやらエコーやらいろいろ突っ込まれてあまりの痛さにトラウマになったわ

特に子宮体がん細胞診は麻酔なしで子宮内壁から組織を千切りとってくるのでセックス以上の体験ができる

処女にとってはトラウマ確実な検査オススメ

2017-09-24

わりと怖い夢を見る方だ。

今朝はお母さんのアゴから首回りにイカのような触手が生える夢だった。

その日の朝にお母さんのうなじあたりに小さな触手が生えてるのに気がついた。

お昼を過ぎてだんだん増えて大きく長くなり、夜になる頃には腰くらいまでの長さの触手が首一周にびっしりすだれのように生えてきた。

なんとか取ってやりたかったけど皮膚そのものが変形してるようで麻酔しないとダメな感じだったし、なによりこの触手攻撃してくる。

ものすごい速さで突いてくるからそばに近寄るのも難しかった。

どうしたもんかな?と悩んでると俺のアゴにも触手が生えてきてるのに気がついた。

というところで目が覚めた。

おはようございます

2017-09-19

顔のほくろ取りたいけど怖い

皮膚科で顔のほくろ取りたいと思って調べた。

そしたら局所麻酔は歯の麻酔10倍は痛いとか聞いて怖くなってる…

細い針でゆっくり打てば少ししか痛くないとあるけど、それってつまり医者の腕次第ってことじゃ…

頼む〜そのために県外に出るとかリスキーなことはしたくないか県内に良い病院があってくれ〜

2017-09-14

https://anond.hatelabo.jp/20170815194516

1ヶ月経ってしまったけれど、読みました。ありがとうございます

今日体外受精のための採卵をしてきました。手術室に入り静脈麻酔(軽めの全身麻酔のような感じです)をしました。途中麻酔が切れ、激痛に襲われました。痛い痛いと叫びなんとか採卵は終わりました。

不妊治療を始めた時、体外受精までするつもりはなかったんです。そもそも体外受精まで行くとも思っていませんでしたが、怖さで無理だろうなと思っていました。

でもタイミング法も人工授精も全く手応えがなく、後悔するのが嫌で体外受精に進みました。

最近、人と比べてしま自分自身に嫌気がさし、自分ばかり見つめるようにすべくライフログを取るようになりました。機械的に時刻としたことをずっとメモしていくだけなのですが、これをしていたら考えすぎたり悩みすぎることが減りました。淡々時間を過ごしていくだけの生活になりました。味気ないですが、精神衛生上、今は楽な気持ちです。

不妊治療は人を壊します。人のおめでたい話を聞けば、最悪の事態を呪うようにして願うようになりました。妊娠のためにいいもの情報を聞けば振り回されますストレスを溜めないようにしましょうなんて記事を見た時には「妊娠したらストレスなんてなくなるわよ!」と叫びたくなります電車に乗れば見知らぬ子や妊婦を呪ってしまうような黒い心に侵され、それにふと気付いた時に酷く傷つきます

不妊治療は軽い気持ちで臨みましょう」「絶対子どもが授かるとは限りません、そう心に留めておきましょう」なんて書いてあったって、不妊治療と向き合っているイコール子どもが欲しいと強く願っているわけで、軽い気持ちで思えるわけないでしょ、なんて思ったり。

取り留めのない文章になってしまいました。ごめんなさい。誰かに知ってほしいんです、きっと。不妊治療って大変です。お金も心も。ちなみに採卵だけで30万くらい今日は支払ってきました。移植にまたお金必要です。

私は不妊なんて関係ないやって思っていました。不妊治療の話を聞いてもふーんと思って聞き流していました。当事者になるとこんなに大変なんだと思うようになりました。抱えてる病気については友人にサラッと言えるのに、不妊治療だけはどうしても言えません。どうしても言えないのです。苦しいです。でも誰かに伝えたって改善されるわけでもないですし、一人で抱えていればいいのかもしれません。

出口の見えない暗い迷路でずっとずっと彷徨っている気分です。不妊治療負けない心が欲しいです。

体外受精移植6回して駄目なら諦めるつもりです。諦められるのかな。あんまり自信はないです。

とりとめのない文章になってしまってごめんなさい。

2017-09-13

anond:20170913023624

幾つか指摘しておく。

液体式電子タバコは液体を加熱させて発生する水蒸気を吸うという物だ。

水蒸気ではなくPGとか混ざったエアロゾルを吸う。会社宣伝文句も正しくない。普通の水蒸気ではあんなに白くはならない。なお、写真で出ているようなほど白く出るのはまず爆煙タイプのものに近いと思うしあの製品でそこまで白くなるかというと怪しい。

ビタミンは熱や酸素に弱い。

:

ビタミンが配合された液体を加熱した時点でビタミン破壊される。

端的に言うが調理くらいならわりとそういう考えでいいと思うが、それでもビタミンCとかの話にしかならんかと。

ビタミンCは強い還元作用があるので、つまり酸化されやすい。

ただ、加熱されてから吸い込まれるまでの時間が短いので、そんなに壊れる壊れるという話を推しても仕方がない。

一万歩譲って破壊されなかったとして、水蒸気になってそれを吸っても肺に入るだけだ。

まりビタミン摂取できない。

いや結構そういう形での摂取は出来ると思うよ。

から普通の経口以外に麻酔であったりでよく使われる投与経路。そもそもタバコニコチン摂取もそんな感じだからな。

ただ、「じゃあ実際どれくらい取り込まれんの?」という事が明らかになってないのが問題である。虚偽広告になる可能性は高い。

ビタミンCだと経口での摂取で1日100mgとかの基準なんだが、肺から取り込む場合にはという基準がある訳でもない。そんな調査しようと思ったらカネが相当かかると思うが、あの手の業者がその力があるとはとても思えず。でも多分全然摂取出来ないよ電子タバコのやり方だと。リキッドが0.1mgでだいたいタバコ1本分くらいなので、そこに溶け込ませられる量って大してないのよ。

そもそも、「ビタミンC食ったら美肌になんの?」という所も怪しいからなあ。

2017-09-09

ベビーカーでやや混みの電車に乗ったことがある

ベビーカーでやや混みの電車に乗車したことがある。

乗車率86%。

8時台後半、都内ターミナル駅行。


乗車の理由は、子供の手術入院だった。

生後3ヶ月から大学病院で経過を見てもらっていたけど、主治医に早めた方がいいと勧められ、1歳を待たずに手術することになった。


朝の9時に採血して、それが終わったら他の検査をして、午後になったら入院

検査結果が問題なければ、次の日の朝イチで手術というスケジュール


できるなら電車に乗るのは回避たかった。

最初タクシーで行こうと思っていた。

でも旦那に、平日朝の車移動は時間が読めない。それに事故渋滞が起きたら、確実に検査に間に合わない。

電車なら他の路線に乗り換えできるだろと言われ、しぶしぶ電車を選ぶことにした。


選んだは選んだけど、せめてベビーカー回避しようとして荷物を整理してみた。

患部以外は問題なく、すくすくぷくぷく育った我が子は約10kg。

母子同伴入院のため、2人分の着替えと、入院日数分のおむつ

それからお気に入りおもちゃ絵本を持って、徒歩で30~40分。(最寄り駅までと、ターミナル駅から病院まで)

もし途中で転んだら目もあてられないと考えて、さすがに断念した。


それで朝早く出ようとして、利用可能路線の混雑率をチェックしたら、6時に家を出るよりも、8時台の方がむしろ空いているくらいだった。

季節は真冬

5時台に出ても、居場所はどこにもない。

入れてファミレス

でも電車バス内で過ごす10分でさえ、いつ泣き出すかとハラハラしているのに、あのスペースで3時間も過ごせない。


往生際悪くも調べに調べた挙句、やや混みの電車ベビーカーで乗ることにした。

世間電車ベビーカーに厳しいのは知っていたから、気分は憂鬱なんてものじゃなかった。


少しでも空いている分数車両を、鉄オタさんのサイトで調べ。(めっちゃ参考になった)

一番ましな場所に乗り込むために、駅構内図を見ながら、頭の中で何度もシミュレーションした。


当日。

スムーズホームまで辿りつき、目的電車を待った。

定刻通りにやってきた電車は、想像していたより混んでいる印象だった。

パッと見た感じ、ギリギリ入れるかな…というくらい。

でも、これを逃せば次はもっと混んでいる。

もうどうしようもないから、すみません連呼しながら乗り込んだ。


乗り込んだ瞬間、周囲の視線ベビーカーに集中したのがわかった。

いたたまれなくなって、誰に言うでもなく小声で謝り続けていたら、逆側のドア付近に立っていた初老サラリーマンと目があった。

その人は手招きをして、真ん中は危ないよって言いながらベビーカーの前の方を持って、うまいこと角に収めてくれた。

ありがとうございますって伝えたら、お母さん大変だねえって言って次の駅で降りていった。


ベビーカーが収まったすぐそばに、ゲームをしてる若いサラリーマンがいた。

画面は明らかにモンハンだった。

熱中してるみたいだったか声かけタイミングがなくて、ずっと謝りそびれてた。

どうしようかと悩んで、何駅か過ぎてチラッと見てみたら、いつの間にかゲームをやめて窓を見ていた。

どうやらそっぽを向いたまま鞄につけていたキーホルダーを揺らし、うちの子あやしてくれているようだった。

その人はイヤホンをしていたので会釈でお礼を伝えると、ペコッと頭を下げてくれた。

ついに駅について降りようとしたら、ホーム側にいた人が、何も言わずベビーカーを降ろすのを手伝ってくれた。


あんなに悩んでたのに。

ブラウザのタブをいっぱい開いて、何日も何日も調べたのに。

気がついたら、病院までの通い慣れた道を歩いていた。

まるで魔法催眠術でもかけられた気分だった。


助かったと思いながら歩いているうちに、通院中のいろんなことを思い出した。

大学病院に行くたび見知らぬ人に話しかけられて、こんなに小さいのに病院通いなんてかわいそうと言われたり。

その人の元気な孫の昔話を聞かされたり。

手術を親に知らせたら、赤ちゃんが手術して本当に大丈夫なの?って聞かれたり。

万が一が起きた場合の免責事項が書かれている、手術用と全身麻酔用の同意書に署名したり。

病院から出た直後に、宗教の人に話しかけられたり。

保険勧誘に会ったり。

公園で数回しか会ったことなママさんに、麻酔猛毒だって書いてある謎の紙を渡されたり。


そんな記憶と、電車で助けてもらった出来事がグチャグチャに混ざって、頭がいっぱいになった。

しばらく目と鼻を熱くしたまま歩いていたら、ベビーカーの方から大人顔負けのおならの音がした。

わず笑って、それで熱いのが一気に消えていった。



ベビーカー論争を目にすると、魔法のような出来事と、あの立派なおならの音が一緒になって返ってくる。

この体験を元に、電車ベビーカーについて良いの悪いのと語るつもりはない。

子供がしゃべるようになって、おならをすると「ブーした」と報告するようになったから、なんとなく思い出話をしたくなっただけ。

子育てしていると心配事がつきないけど、最終的に子供が元気ならそれでいいかとなってしまう。

ただできるなら、あの人たちにもっとちゃんとしたお礼を伝えたかたかな。

2017-09-08

手のひら

最近病気が見つかって、手術をした。

病気と言っても、そんなに重篤なものではなく、大丈夫大丈夫さくっと切ってさくっと終わらせよーねみたいなノリだった。

こっちも初めての手術で緊張していたため軽めのノリの医者に少しほっとしたのも事実だった。簡単なら大丈夫だ。麻酔もあるし怖くない。

そうは思ってもやっぱり、いざ前日になると自分の体に刃物が入ることの怖さ。もしなにかあったら、もし死んでしまったら、そう考えるとこわい。

当日、手術の前に恋人が訪ねてきてくれた。

大丈夫だとLINEで伝えておいたのに、学校にいく前に顔みておきたくて、と彼が笑う。

隣に座って他愛もない話をする。昨日の夕飯はハンバーグで嬉しかったとか、病院食はやっぱり薄味だとか、そういうお互いの話をしながら、気がつくともうすぐ手術の時間だ。

あぁ、やっぱり怖いな。やっぱやめたとかできないかな。

そう思ったのが伝わったのか、膝に置いていたわたしの手を彼がギュッと握った。

少し高めの体温が緊張で冷えた私の体に染み込んでいくのを感じた。

大丈夫だよ。

そう彼がいうと、あぁ、大丈夫だという気がしてきた。なんか、とにかく大丈夫なんだという根拠もない自信が湧いてくる。

その愛しさに思わず好きだな、と漏れそうになったけど、この手術が終わって、また彼の顔が見れたら言ってやろうと思ってグッと我慢した。

2017-09-03

初めての衝撃体験全身麻酔ポリープ除去手術した話

◼️ポリープあるってよ◼️

健康診断婦人系項目でいつからか必ずといっていいほど、ひっかかるようになり、早数年。

自宅に届く健康診断結果に、さらりと書いてある「E判定 要精密検査」に最初ビビっていたものの、ここのところはすっかりあーはいはい、またね、といった具合に慣れてしまった。

ぶっちゃけ、あの流れ作業的な中で行われる健康診断検査項目は、数値で計れるもの(体重血液、○○値みたいなもの)以外は、人によって見方が違うから専門医でない限りアテにならないと聞いたことがある。

確かに、Aという項目でひっかかって再検査してるのに、いやBの方が問題ですよ、といわれることもしばしば。

そんなこんなで、今回も右卵巣がなんやらで判定が出てしまったので、不妊治療でゆるく通っているかかりつけ医に診てもらうことに。

そしたら、まさか健康診断結果とは違う左の方が腫れてると言われるし、左腫れてるけど基準値内、周期のホルモンバランスの影響でしょう、と。。

そして、むしろ子宮内膜にポリープが3つ程あると!まじかーい!

良性のものが多いけど、妊娠を望む女性にとってやっかいものらしく、

着床障害を起こし、不妊の原因の可能性の1つらしい。個人差はあるけどとったら妊娠した、という事例もあるそうなので、ポリープを残しておく理由はない。

であれば、とってしまえ!!と思い、手術予約をとったのでした。

◼️初めての全身麻酔手術◼️

まあ、書き方おおげさなんだが、、局所麻酔経験あるのだけど、眠らされる経験は初めてなので、記念に書いておこうと思い、今に至るのである

まず、手術タイミングについて。子宮内膜の厚さが周期によって変わるため、手術時期が限られているとのこと。

生理開始から1週間後の内膜が薄くなっている時期が、ポリープがしっかり見えるのでその時期なんだとか。

手術前日、21時以降は絶飲食

しかし、仕事帰宅が間に合わず、22時前に夫が買ってきてくれた焼き鳥を食べノンアルコールビール飲んだのはここだけの話。。

水は24時頃までなら少量okとのことで飲む。なんとかなるでしょ。

当日。午前9時に自宅にて事前に処方された、痛み止めの座薬注入。

予約していた10時に病院に到着後、程なくして診察室に呼ばれる。

手術はすぐ行われるわけではなく、まずは子宮を広げる薬と布?みたいなものを入れられる。

うぅー、ちょっと痛いよ、先生。。あの、パッカーンの診療台での診察、何度やっても慣れないわ。。

そのブツが、入った状態で2時間程ベッドで休みブドウ糖の点滴も打ってもらう。

あぁ、病院のベッドで点滴なんて何年ぶりだろ。仕事大丈夫かなー(その日は金曜日で、仕事がかなり忙しい日)とか色々考えながら過ごす。

13時くらいに看護師さんが呼びに来る。

点滴つけたまま2つ隣くらいの部屋に移動し、パッカーン診察台に座らせられる。

よくテレビで見る、心電図と指にはめる脈測るものを装着し、医師が3人くらい登場。おいおい、まあまあ本格的やないか、、と心配になりながらもなされるがまま。

そして、女医さんが点滴から何かを入れ、次第に眠くなりますよーと言われたのが最後記憶となるのでした。

◼️気づいたら、、◼️

最初にいたベッドの部屋の景色。手術終わったっぽい!

意識朦朧としているんだが、下腹部の激痛と、車酔いみたいな気持ち悪さで頭がクラクラする。。

下腹部の激痛といっても、冷静に今思えば生理痛のもう少し重い時くらいの感覚なんだけど、なんせ、麻酔により本当に眠らされてショック?だったのと、何が起こったかからないプチパニックになり、思わずナースコールを押してしまった。

30分ほどで落ち着きますよ、といわれ耐え続ける。

ん?パンツがはかされて、ナプキンもつけられてる。。まじか。記憶がない。

看護師さんに聞いたけど、手術時間は15分から20分くらい。手術後車椅子でベッドまで運んでくれたというではないか

くそ記憶がない。パンツはかせてもらったことも、運ばれてきたことも。。

初めての経験の衝撃と痛みと気持ち悪さで動けないのでしばらく横になって休む。痛みがだんだん落ち着き、軽い生理痛くらいになった時看護師さんが来てくれた。

無理しないでもう少し休んでもいいですよ、と言われたが、タクシーで帰るだけだし、早く家に帰りたいし、お腹すいたし帰る準備を始める。

最後に、薬を4日分処方され、経過観察のため1週間後にまた来てください、お風呂シャワーのみで、といわれ、その日は終了。お会計20000円弱でした。

病院をでた頃はすでに16時をまわっていた。

◼️最後に◼️

今回色々調べてわかったこと。

子宮内膜ポリープ不妊の原因の一つの可能性がある、ということ。

まだ、手術終わったばかりでその効果はわからないけど、不妊治療の色々な検査をしても異常がないのに、なかなか授からなくモヤモヤしていたので、やってよかった。

1週間は断酒だけど、また頑張るかな!

ポリープとともにモヤモヤしたネガディブな感情も削ぎ落とされた、初手術体験でした。

2017-08-31

そんなに難しいか

どれも迷うほどの問題とは思えない。

(1)老夫婦

殺してはならない。このケースならば公的支援を受けられる可能性があるので、まだ最善の努力を尽くした状態とは言えない。「公的支援は受けたくない」というのは個人的趣味に過ぎない。

(2)新生児

殺してはならない。夫婦事情夫婦解決すべき問題であり、他者忖度することは許されない。もちろん、当該の子を生きながらえさせるために莫大な費用が発生する、その費用を捻出できる見込みがない、という将来はもちろん見えているかもしれないが、「それでも(夫の忘れ形見を)殺したくない」と母親が主張する可能性はゼロではない。いずれにせよ助産婦に「殺す権利」はない。

(3)凶悪

殺してはならない。速やかに、当該の自動車隔離できる施設を準備し(たとえば使われていない埠頭倉庫など)そこに自動車誘導、その後、催眠ガスを投入するなどして無力化し拘束するなどの方法が考えられる。そうでなくても、周囲から十分隔離した状況で、拡声器等により抵抗は無力であることを宣言し、武装解除投降を呼びかける。ただし、抵抗した場合は最悪射殺も視野に入れて配置を行う。凶悪犯を殺す場合でも「殺すしか選択肢がない状況」に至っていなければならない。

(4)凶悪犯2

殺すことはありうる。犯罪既遂未遂にかかわらず、人質の命が現に急迫の状況であることが明白ならば、状況を見て(人質安全を最優先に)犯人の射殺も視野に入れるべきである。これは「刑」ではなく緊急避難行為であるので死刑廃止している法にもその趣旨にも抵触しない。

なお「その司令官も彼に妻や子供をすでに殺されているし、対応している警察官の多くの関係者被害者である」→可能な限り事件関係者事件対応から外すなどの措置が求められる。行政行為執行に当たって利害関係者が関与する状況はただでさえ(人道的に)避けるべきであるが、まして行為が「敵討ち」にしか見えない状況であれば、その正当性への疑いを呼びかねないことから対応する管理者には十分な配慮が求められる。

(5)未知の奇病感染

原則、殺してはならない。もちろん、法的にこのような危険感染病の罹患者の権利制限されうる(数年前のエボラ出血熱の事例など参照)。また、病気理解した上で「感染を広げてやる」と主張し行動する行為は、普通に群衆対象とした無差別殺人と変わりがない(たとえば、AIDS感染を知りながらそれを告げずに感染危険のある行為に及んだ人間傷害致死の罪に問われることがあるのと同じ)ので、治安維持権限ある人には速やかな対処が求められる。この場合普通に爆弾を所持しテロを予告した犯人」と扱いは同じである。防護服を着用した警察官等により速やかに制圧しての逮捕妥当である

もしそれが「いかなる防護服も通用しない強力な未知の病気(?)」を想定しているのだとしたら、その場合可能な限り、遠隔から麻酔銃等により制圧して逮捕。その後は、法による対応起訴等)を進めつつ、他の感染者同様、残された時間範囲内で人道的な対応治療等)を施すことになるだろう。射殺は、それも不可能場合の本当に最終の手段である。「死ぬ可能性が高い」から「殺しても良い」という理屈は成り立たない。

「どんなことがあっても殺してはならない」という命題は、「どんな手を尽くしてもどちらかを殺さざるを得ない状況」にあっては実現不可能になるので、「場合によっては殺しても良い」という別の命題によってかえざるを得ない。これが緊急避難という考え方である。たとえば「正当防衛」など。人を殺しうる凶器をもち殺意をもって襲ってきた相手を殺してはいけないとなると、「自分」という人間を「殺してもよい」と判断したのと同じ事になり、明らかな矛盾が生じるためである。この場合相手を殺してしまっても殺人罪とは見なされない。(「カルネアデスの舟板」論)

ただし、正当防衛などの「緊急避難」が成立するためには、「どんな手を尽くしても~である状況」であることを証明できなくてはならない。もし安易にその拡大解釈を許せば、社会弱者を切り捨てることを安易に認めることにつながりかねず、危険である(例:大量の医療費を使うのは、別に貧困にあえいでいる人の生活を脅かすので、見殺しにすべき、など。昨今は政治家にもこの程度のレベル人間が多い)。

以上のようなことは、法理の基本を説く本にはたいてい分かりやすく書いてある。元増田(や一部の政治家)は、ネットに張り付いて小理屈をひねり回し得意がるより、少しは読書をした方がよい。

https://anond.hatelabo.jp/20170830204145

2017-08-28

[]The Last of Us Remastered 本編+ 追加ストーリー

アメリカゾンビ菌のキノコ?みたいなやつで大量感染が発生した

人類もかなり市にまくった

娘を大量感染でなくしたおっさん主人公

免疫がある女の子しかるべき研究機関につれてくことになって旅が始まる

研究機関では免疫を取り出すには女の子を殺す必要があるということになり、

女の子はもともと覚悟はしてたから素直に麻酔かけられて殺される覚悟で手術台に寝てる

でもおっさん世界よりも女の子を選んで、無理やり女の子を助け出した

目覚めた女の子に対しておっさんは、実は免疫ある子がたくさんいた・免疫研究はとりやめになったと言うが、

女の子はそれが嘘だとわかっている

でも助けられたおっさん気持ちもわかってるつもりだったから、再度、問いただした

それは本当だと誓えるか?

って

おっさんは誓える、と言ってしまった

でも女の子は、おっさん気持ちもわかるから一概に非難したりもできないし、非難したとしてももう何もかもが遅すぎるので何も言わない

ただ落胆した表情を見せるだけ

ここにおっさん女の子の旅と、おっさん女の子の絆という信頼の物語は終わった

キャラクターストーリーはい

ステルスアクションがかったるい

アクションというか挙動がいちいちもっさりしてる

敵が固すぎる

ゾンビじゃなくて人間の敵のほうが多い

マップもマーカーもないから迷う

市にまくる

ちょっとムービーを見るために何度も死にながらそこまで進む、という感じ

難易度簡単にしても鉄砲うちまくったりできないし、敵は弱くならないかしんどい

適当に都合よく進みすぎる

れんがとビンが落ちていすぎ

はしごとすのこと板が都合よくありす

エリーかわいい

一番かわいくて印象に残ってるモーションは、手を上げたよりも少し高い高さのシャッターを閉めるためにぴょんってジャンプして着地の勢いでシャッターをしめるところ

いろいろ会話シーンがあったらしいけどそれがどこで発生するかがかなりわかりづらかったから、ゲーム必死になってる自分あんまり見つけられなかった

まあそれでなくても感情移入度は低かったけど・・・

ジョエルクズすぎた

もともと娘いたのに娘と重ねてもっと優しくしそうなもんだけどな・・・

エリーとの二人旅っつってもエリー銃弾あたったりとかゾンビにかまれたりとかほとんどきにしなくていいかシングルプレイほとんどかわらなかった

ICOとかワンダトリコをやったあとだと、これを二人の旅というにはちょっと足りないと思った

おっさん最初の娘もかわいかったなあ・・・

ロリコンホイホイゲーだった

とゆーか娘との二人旅だと思ってたし・・・

追加ストーリーまさかエリーがキマシタワーだったかサプライズだった

追加コンテンツ込で多分20時間くらいで単純にクリアだけした

トロフィーとかマルチとかよりも次オートまたやりたいのでこれで終了

あ、グラフィックはすごくきれいだった

バイオ7で驚いたけど、もうふつうなんだなこれくらい

2017-08-06

人工妊娠中絶を受けた話(数年前) ※追記訂正あり

https://anond.hatelabo.jp/20170805221741

ホットエントリーに入っていた上記を読んだ。

自分体験と違った部分と、その数年後に結婚出産して分かったことを書く。

中絶費用手続き

自分全身麻酔20万円。全麻じゃないクリニックはもっと安かった。手続きではパートナー同意必要だったが私の場合パートナー海外にいたので代筆で通した。

麻酔

手術前日の夜からシールのようなパッチのようなものを腕に貼った。麻酔の効きを良くするためだった気がする。

・手術

当日、1つめの麻酔で夢うつつ状態になり、その状態で手術台まで連れて行かれる。そこで本格的な麻酔。その時には無意識に恐怖心が沸いて抵抗した記憶があるが、身体を抑えられて麻酔が入ると瞬時に意識を失った。あとは目が覚めたら処置が終わっていた。

身体への負担

術後に意識が戻ってから猛烈な吐き気めまいがあった。全身麻酔だと吐き気が出る人がいるらしかった。目が覚めてからおそらく1時間くらいは病院で休ませてもらったが吐き気がおさまらず、病院近くのカフェで休んで(たぶんこれも1時間ほど)、ようやく帰れる感じになった。(記憶曖昧で、どれくらいの時間で落ち着いたかは定かでない)

術後の吐き気以外だと、排尿時に陰部がものすごく染みた。その痛みで、「ああ自分は手術したんだ」ということを改めて実感した。

・その後の心境

各々の状況によってかなり異なると思うが、自分にとっては処女喪失の時の感覚と似ていた。体験する前はものすごく重大で怖いことと思っていた、最中はあっという間に終わった、終わった後は痛みがあったがそのうち痛みも引いた、そしてそのことは誰も気付かずにいつもと同じ日常に戻る、でも自分の中の何かは確実に変わった、と。

ちなみに、なぜ手術をしたかというと、愚かにも避妊に失敗してしまたからだ。当時の彼氏はちょうど仕事海外に行ったばかりで1年は戻って来ない、自分はまだ社会人2年目で結婚出産も早すぎると思っていた、かつ当時の彼氏結婚する決意も持てなかった。それなのに彼氏が出立する直前の行為避妊に失敗した。結局、彼は予定より早く帰国し、その後一緒に水子供養に行った。その数ヶ月後、別れた。

・数年後の妊娠出産

中絶から数年後に別の男性結婚し、妊娠した。産院では妊娠回数と分娩回数を聞かれる。妊娠経験があり分娩経験がない=流産中絶ということになる。私は夫や自分家族には中絶のことを絶対に知られたくなかったため、過去妊娠回数は誤魔化した。もちろんネットでも色々調べた。中絶経験は診察で医師にバレるのか、申告内容は秘密にされるのか、等々。ネットでは様々な意見があった。多かった意見は、経産婦かどうかは絶対に誤魔化せないが妊娠初期での中絶は分からない、申告内容は秘密にしてもらえる、という意見だった。しかし私は申告しなかった。それでも妊婦検診などでは全く問題なかった。実際に分娩間近となった際、私の産院では、再度妊娠回数と出産回数を確認された。最後最後に申告すべきかどうか一瞬迷ったが、やはり、隠し通した。結果、それは正しい判断だったと思う。

何故なら、産院から出された出生証明書妊娠回数と出産回数の記載があったからだ。(追記:すみません訂正します。出生証明書記載されるのは妊娠回数ではなく22週以降の死産を何胎か書くようでした。トラバのご指摘ありがとうございました)

産院の出生証明書自治体への出生届の提出に必要だった。我が家は私の入院中に夫が出生届を提出しに行ったため、正直に申告していたらそこでバレる可能性があった。危なかった。(追記:出生証明書には死産記載のようなので、堕胎はバレないということですね。産後数日でのヘロヘロ状態だったため早とちりした模様…。勇んで勘違いの内容を書いてお恥ずかしい)

中絶経験があって、それを隠して出産するか迷っている人の参考になれば、と思う。

終わり

https://anond.hatelabo.jp/20170806172554

ラミナリアという線香状の海藻 初期の場合の手術費用は22万円 カウンセリング受診必須 妊娠確定の診断とカウンセリングと手術前日の処置と手術と、二週間で合計4回通院 殺精子剤を使っていた 産婦人科医が「避妊成功率は8割」と言っていた ミレーナを勧められた(今はそれを利用している) 前日夜から絶食麻酔から覚め落ち着いた午後3時ころまで水分も口にできなかった 針の先に痺れる感覚があるらしく、先ほどとは別の看護師が皮膚をもんでくれていた すっかり過換気になっていた。看護師にビニル袋をもらい

2017-08-05

人工妊娠中絶を受けた話

妊娠7週で中絶手術を受けた。

初期なので麻酔をかけて数分でおわり。特に痛くはなかった(前日の処置子宮口にラミナリアという線香状の海藻を突っ込むのだがそれはちょっと痛かった)。

数ヶ月たってやっと体験を思い出にできそうなのでまとめてみたい。

■手術当日までに必要な通院と費用

かかりつけの産婦人科妊娠の確定診断を受けて、中絶希望する旨を伝えるとその場で最短の日程(翌週末)の予約をとってくれた。週二回で一日四名だかなんだか枠の決まっている手術日は、半月先までほとんど埋まっていて、妊娠週数が増すと人工妊娠中絶費用身体的な負担も増える形式の手術になってしまうので、自分は最短の日程で予約を入れた。

かかりつけの病院HP中絶費用を明示していて、初期の場合の手術費用は22万円だった。妊娠の確定診断の際に中絶手術の希望を伝えたので、手術前の血液検査もしてこの日の支払いは1万円だった。

産婦人科医は(どこもそうなのかもしれないけど)「中絶を選ぶのも女性の権利」という態度を一貫していて、中絶を選ぶことに葛藤があるのかないのかはカウンセラー(その病院では中絶手術を受けるのにカウンセリング受診必須だった)が確認するらしかった。

妊娠確定の診断とカウンセリングと手術前日の処置と手術と、二週間で合計4回通院した。

幸い職場遅刻・早退・休みがとりやすかったのだが、つわりの症状がひどくて直属の上司にばれてしまうのが嫌だったのと、中絶というネガティブ選択について個人的見解を持ち込まなさそうな上司だったので正直に話した。しかしそれでもそんなに休むのかという印象を与えた感は否めない。

■なぜ妊娠たか

そもそもなんで妊娠してしまたかコンドームを使った避妊が嫌で(擦れて痛かったりする)排卵日と予想される前後以外は使っていなかったからだ。排卵付近コンドームを使ってはいたが、その他受精や着床を防ぐ物理的な手段は講じていなかった。

周期を読んで避けるというのは試したことがあって、効果のある避妊方法に思えた。そんなやり方を続けているうちに、周期的にアウトかも知れない日に膣内で射精してしまった。アフターピルの処方もうけなかった(たぶん仕事が忙しくて忘れていた)。

それとパートナー性器が大きくて普通サイズコンドームがキツそうだった。大きいサイズのものを私が探せばよかったのだが、さぼってしまった(ちなみに後日聞いたところによると、本人は自分が大きいサイズを使うべきと気づいていなかったらしい)。使用は最低限にして負担を減らしたいと私が思っていた。

私の考えは、特定パートナーしかセックスしないのであれば性感染症の予防(コンドーム使用)には注意を払わなくていいというものだ。昔は低用量ピルを使っていたが、体質的NGになってしまいこの数年は選択肢に入れられなかった。殺精子剤を使っていたこともあったが、かゆいのと発がん性があるらしいという情報が怖くてあまり積極的に手を出せなかった。IUDリング)は形態気持ちわるいのと、一度相談した産婦人科医が「避妊成功率は8割」と言っていたのでそんなに低いのなら避妊効果がないようなもんだと入れていなかった(今回婦人科でもらった資料によれば実際はもっと高かった。この時冊子とか公式数字の載った資料をもらわなかったことが悔やまれる。)

■なぜ中絶を選んだか

積極的避妊手段を取り入れていなかったのは、身近に中絶手術をしたことのある人がいたことも影響していると思う。失敗したら中絶してもいいのだ、と考えていた。中絶したことのある友人はひとつ体験として消化しているように見えた。今回中絶するかどうか悩んでいた時に意見を聞いてみたが、罪悪感は不要から子供のためとか言わないで自分の好きにしなと教えてくれた。

そもそも妊娠したくてもできないという場合も少なくないだろうし、昔そういう経験があったので(といっても半年ほどだが)、危機感もうすかったかもしれない。万が一避妊に失敗したら産むか産まないか考えよう、と思っていた。セックスした相手のことを大事にしたいと思っていたので、彼が出産を望むかどうかの意見考慮しようと思っていた。

妊娠が確定したので、彼と話し合い、彼が望まないとわかったので、それならばおろそうと決めた。自分一人でやっていくには経済的に苦しかった(といっても私は中小企業会社員なので、生活の水準を下げて子育てすることだけを自分時間の全てとすればやっていけるのかもしれない)。彼は、もし彼の意見を聞いてそれでも私が産むというのであれば、経済的にも物理的にもサポートするといった。しかしそれは自分の望むものではないと話すので、私は彼にそんな思いで支えてもらうのも、彼と絶縁して子供を産むのも嫌だと思った。

そうして「今回の妊娠は」なかったことにしようと、中絶をすることに決めた。

■手術当日の流れ

朝9時に病院に行った。手術は13時頃らしかったが後ろにずれる場合もあると言っていた。出産管理入院の方と同じフロアの個室を用意されていた。

彼は手術の日は一緒にいるといって病院には来ていたが、特に何を話すでもなくぼーっと座っていた。私は下着をはずし病院着に着替えてベッドに座ったり寝転がったりしていたが、一度彼が横に来て、何をしたらいいかからない、点滴の管にぶつかりそうで怖いというので、むかついて蹴飛ばしてその後は同じ空間にいたが接触していなかった。

途中看護師がやってきて、彼に席を外してもらい話をするといい(中絶を強いられているのではないかという確認だと思う)、今回なぜ中絶を選ぶのか質問された。産んで欲しくないという彼の意見尊重したいので、と答えた。今後交際を続けるのか、避妊方法は考えているのか、決して責めるような口調ではなく質問され、子宮内に装着する避妊器具ミレーナを勧められた(今はそれを利用している)。

中絶してみてどうだったか

手術は冒頭にも書いたが身体的に大きな負担は感じなかった(前日夜から絶食麻酔から覚め落ち着いた午後3時ころまで水分も口にできなかったのはつらかったが)。

でも手術台に上るのはつらかった。これでお腹中の人と別れると思うと悲しかった。悲しくて、麻酔をかけられながら大泣きしてしまった。看護師は、つらいよねといって手を握ってくれて、自分で決めたことなのにつらいとか思っていいのかと思うとすごく心が救われた。

麻酔科医は私が泣いていることに特にコメントはなく、私の目を見て麻酔のかかっていくとき感覚麻酔にかかっている時間、目が覚めるとき感覚について説明をした。麻酔が入っていくときには針の先に痺れる感覚があるらしく、先ほどとは別の看護師が皮膚をもんでくれていた。手術は婦人科医師麻酔科医師看護師2名の体制だった。

麻酔から覚めるとやっぱり嗚咽が止まらず、ベッドに乗せられて個室に戻った時にはすっかり過換気になっていた。看護師にビニル袋をもらい、彼には会いたくない旨看護師から伝えてもらい、夕方退院した。

産褥シート(夜用ナプキンもっと大きいやつ)をあてがわれていたのでどれだけ出血するか不安だったが、普段生理出血が多いのもあり、大した量には感じなかった。

その後いろいろ思い出しては悲しくなる期間を経て、4ヶ月たった今は、思い出しても泣かないようになった。過換気になったのは手術の日だけだった。最初毎日通勤電車で思い出して泣いていた。数日に一回、彼を責めるようなLINEを送っていた。一人でお酒を飲んでたバーでさめざめ泣いてしまったこともある。

今は彼と結婚することにして(いつとはまだ決まっていないのだけど)また子供を作りましょうという話をしてあるので、心が落ち着いているのだなと感じる。あの日私の内側から取り去られてしまった人の魂が、もう一回来てくれるといいなと思っている。

2017-08-03

男性のいない素晴らしき新世界

高校時代からずっと抱いている考えだが、現代世界男性不要だと思う。

ある種族繁殖可能な数はメスの数によって決まり、オスは優秀なのが一匹いればよい。その他のオスは不要。だから多くの哺乳類一夫多妻制。人間けがなぜか基本的一夫一婦制人間祖先類人猿危険サバンナで生きていくために夫婦で協力せざるを得なかったためらしい。

アンコウの仲間にはオスがメスの10分の1以下の大きさで、メスの体に寄生しているものがいる。カマキリのメスは交尾後にオスを食い殺す。蜂や蟻は殆どがメスでオスはわずしかいない。

現代人は狩猟に出かける必要がない。機械の発達した現代では、男性でないとできない労働存在しない。軍隊にすら女性兵士女性将校がいる。男性女性より体力面で勝っているが、狩猟採取時代と違い、今日では男性の体力や筋力はなくてもよいものである

しかも、現代では精子の保存が可能だ。夫の死後に夫の凍結精子を使って子供を産む女性がいる。

妊娠出産授乳女性しかできない。男性育児参加が進んでも、男性女性に取って代わることはできない。育児に参加しても、男性は細やかさで女性に敵わないだろう。

男児育児女児より手がかかる。男児協調性社会性に欠けるためトラブルが多く、事故病気男児の方が多い。大人になっても男性は、犯罪率が女性よりはるかに高い(8対2だという)。100人以上いる死刑囚のうち、女は6人しかいない。殺人強盗暴行も、加害者殆ど男。強姦痴漢強制猥褻で捕まるのは全員が男。暴力犯罪被害に遭うのは男も女もいるが、犯罪を起こすのは決まって男。セクハラをするのも男。過労死社会を作ったのも男。赤ん坊子供暴力をふるうのも男が多い。戦争をするのも男。

女性は、学校でも会社でも互いに助け合う。男性攻撃心が強く、互いに蹴落とし合って出世を競う。女性コミュニケーション能力が高く、知能も優れている。男性中心社会が作り出した文化のせいで能力が低く抑えられているが、本来女性の方が勉強仕事もできる。男性がいなければ、世界は今よりはるか平和で、人と人とが穏やかな関係を結び、互いの能力を高め合って、もっと高度な文明を発達させるだろう。

しかし、人類が存続するためには男性の創り出した精子必要だ。どうすればよいか

一夫多妻制を復活させても、あぶれた男性処遇問題となる。

ならば、男性絶滅させるしかない。

まず成人男子全員をこの世から抹殺する。

子供については次のようにする。

男児12歳までは女児と同じように学校に通わせ、12歳を迎えたら親から引き離して男子収容所に入れる。

男子収容所では、健康管理性教育のみを行い、自由に過ごさせる。

収容所男子精通が来たら、週一回のペースで精子採取する。

子供の欲しい女性は、男子から採取した精子を使い人工授精妊娠する。精子の値段は男子遺伝情報によってランク分けされている。

セックスがしたい女性は、収容所を訪れて、気に入った男子指名し、料金を払ってセックスする。男子はそのために、普段から女性気持ち良くするセックス技術を学ぶ。どの女性から指名されない男子は温情的措置として、1か月に1度、公費風俗嬢サービスを受ける。これは男性不在社会失業した風俗嬢の救済策でもある。

収容されている男子17歳になったら死んでもらう。安楽死といきたいところだが、ギロチンによる即死我慢してもらう。

17歳の誕生日を迎えた男子は、全裸にされて解剖台に仰向けに横たえられ、固定される。解剖台には小型のギロチンが付いており、時間が来たら斬首される。斬首直後、まだ心臓が鼓動している段階で、腹を裂き、臓器を摘出して、移植用に利用する。脳死移植と同じだから使える臓器は多い。

少年遺体から血抜きをし、肉を食用に利用する(麻酔をかけた安楽死ができない理由)。人肉食需要がなければ、ペットフード動物園猛獣の餌にする。もしくは肉骨粉肥料に加工する。皮膚は火傷の治療用や、財布などに加工する。なお、斬首した首は親元に返される。以上のように、男子の肉体を資源として利用し、その収益収容所運営費用を賄う。男子教育によって、このような自分運命に誇りを感じるよう洗脳する。

かくして、この社会では、男子死ぬ間際まで衣食住を保証され、温かく世話をされ、性的な満足も得て、幸せな一生を送る。女子はその潜在能力を発揮し、男性による暴力を一切恐れることなく、のびのびと成長する。この社会では女性は何でもできる。「ガラス天井」は存在しない。

2017-07-31

https://anond.hatelabo.jp/20170731164303

めっちゃわかるちなみに人気のとこいったら、予約してもくっそ待たされるし、人がこみすぎてて診療雑だし、(麻酔無しで歯削ろうとするし)いいことなかった。

でもまったく書き込みないとこ行くのも怖い

2017-07-24

https://anond.hatelabo.jp/20170724184438

例え意識ないとしても苦痛苦痛として感じてるよ

試しに意識ないけど呼吸止まりそうになったおばあちゃんの顔でも見てみれば?

眉間にしわよせて顔真っ赤にして苦しい顔するけどそれでも意識から大丈夫なのか?

麻酔使ってんじゃないんだから意識なくても痛いものは痛いんだよ

2017-07-22

別の視点でのパイプカット真実

https://anond.hatelabo.jp/20170716030855

いつかどこかのタイミングで書こうと思っていたのだけど、他の人が書いていたので、自分も書いてみる。


まずは前提情報として自己紹介

自己紹介

  • 30代半ば、既婚で2人子供がいる
  • 首都圏在住
  • 手術をしたのは3年ほど前、板橋区だかのクリニックで受けました


元ネタ書いてる人と同じようにするのが比較やすいと思うので揃えます

個人差は結構大きいと思うので、参考になれば幸いです。

射精感は変わらないという点

正直あんまり変わらなかったというか、分からないレベル

ただよくよく考えてみると、ちょーっとだけ術後の方が劣るかな?というレベル感。

敏感かどうかというのもあるので、個人差が大きいところだと思う。


射精後の解放感の消失」という点についても、手術前からそんなに感じることはなかったので、ここも個人差だと思う。

術後に変わったかというと、自分は変わらなかった。


元増田も書いている通り「昔の感覚を忘れてしまうので最終的には気にならなくなると思う。」ということなのかもしれない。

噂:一般的な噂

男性ホルモンが減る

からないし、体感もないのでそんなことはないんだろうという気持ち


性欲が落ちる

そんなことはないが、年齢や環境による個人差が大きいんだろうと思う。

元増田も書いている通り、射精感の減退により気持ち萎えるとかそういったことの方が大きいように思う。


絶倫になる

そんなことはないし、聞いたこともない。

ゴム有りしかしてこなかった人が気持ちよさに目覚めて、やりまくるようになった結果、そんな噂が出たのかもしれない。


気持ちよさは変わらない

これも同意で変わらないが、肉体的なものより精神的なものの方が大きいと思う。


勃起力が落ちる

これもそんなことは無かったし、加齢やその時の状況・環境によっても大きく変わるので個人差の話だと思う。

自分場合はそんなことなく、術前・術後で変わらなかった。


精液の量が減る

これも術前・術後で変わらなかった、食生活によると思う。


女性側の中出しされる気持ちよさが変わらない。

これもその通りというか、精子がないだけなので変わらない。


ストレスたまる

自分場合はそんなことないし、むしろ妊娠させられないことに心理的安心があるので、ストレスから解放されたかもしれない。

個人差というより、複合的な要素によってどうなるかと思う。


前立腺ガンになるリスク高まる

実際どうなのか分からない


こんな所でしょうか。


そのほか

手術を受けることにした経緯について

いくつか要素があるのだけど、元々子供は一人でいいやと思っていて、ゴム付けたりピル飲んでもらってたりしてた。

一人目が生まれた後、すぐに二人目が出来てしまったこともあり、決断

ピルメリットもあればデメリット身体負担とか)もあり、妻だけに負担を強いるのはよくないという気持ちピル飲んでくれてたから今度は自分の番という気持ち経済的に厳しくなるので子供はもういいという事情から手術を決意。

もちろんゴムつければいいじゃんって意見も十分理解はしている上で手術を選びました。


実際手術どうなの?怖くないの?

医療ミスとか術後に勃たなくなったらどうしようとか考えちゃうし、もちろん怖い。

100%成功がないというのは理解した上で、施術実績が多いクリニックにお願いしました。(上野とかではないです)

費用10万円~15万円ぐらいで、高くもなく安くもなくという感じ。

手術中はもちろん局部麻酔が効いているので、何かが動いている感はあるけど、痛くはないので安心


本当に妊娠しなくなるの?

100%はもちろんないけど、限りなく100%に近い状態にはなるらしい。

人によっては管を切ったものの、何らかの理由によって管がくっついたり、切った管から精子が動いて射出されることもあるらしい。

と事前に説明を受けたけど、個人差が大きいと思う。


自分施術してもらったクリニックでは、術後に2~3回は郵送による検査をしてくれていて、精子の数量についても調べてくれるという所でした。


術後、4ヶ月ぐらい経過しての精子数検査を依頼したところ、もちろん正確な確率ではないけど35年間毎日中に出して妊娠するかどうかという確率の量でした。(参考程度に)


家族の反応は?

あらかじめ相談していたし、特に反対はされなかった。むしろ妻は興味があるという感じ。

実際に術後の方が妊娠しないという安心感もあり、より気持ちよくなったんじゃないかな?という印象。


風俗でも生?

そもそも滅多に風俗行かないし、そこで生はちょっと怖いのでゴムです。


実際にどういった人が受けてる?

ネットにも転がってる情報だけど、40代で既に子供ありの夫婦妊娠してしまって、それをきっかけに手術をするというのもあるそう。

実際に中絶手術でもそういった年齢層・状況が多いという話もあるし、そうなんだろうと思う。

何歳になっても妊娠しない確率ゼロではないので、そのうっかりで妊娠させるとお互いによくないと思う。


手術を受けようかどうか悩んでいる人へ

しっかり情報を調べて、家族の間で相談したうえで決めることをおすすめします。

100%ではないにしても、妊娠させられないって事実には変わらないので、気にする人は後で引きずるかもしれないなと思いました。

実際自分決断したことなんだけど、ちょっと引きずりました。


夫婦なら女側がピルを飲むという選択肢もあるので、それも踏まえて話をした方が良いと思います

もちろんゴム付けるというのが一番最初選択肢だとは思いますが。


うちの場合子供が2人いたし、妻側にも理解があり、自分自身も事前に妻へ相談したうえでの手術だったので後で揉めたりとかはなかったです。


あと、ネット上には色んなクリニックの情報がありますが、自分が手術を受けたクリニックは実績もあり、値段も普通先生対応も良かったです。

どこで手術を受けるかも大事なので、しっかり調べて疑問・後悔は残さないようにしましょう。

悩み事や気になることがあれば、医師相談して一つ一つ解決してから手術を受けることをおすすめします。


手術を受けたら基本的に元に戻せませんので、術後の人生謳歌しましょう!

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720021303

上顎の傾いて生えてた親知らずは、磨きづらくて何度も虫歯や炎症を引き起こし、隣の正常な歯に悪影響だからと抜歯するのを勧められて抜いた。

麻酔してクイクイって引っ張られたかと思ったらすでに抜けててた。全く痛くなかった。

抜歯後一週間ぐらいは抜いたところがポッカリ空いてるのがどうにも気になったり、血餅が取れないかなと心配になったり…

レントゲン写真を見ると下顎にも横向きになった親知らずが埋没していることが判ったが、現状問題ないので抜かない方針となった。

もし問題になるようなら、抜く必要が出てくるが、歯科医院では処置不可能なので口腔外科で手術となるとのこと。

なお、下の埋没親知らず抜歯手術は顔の神経にダメージを与える可能性があるとのことだった。

親知らずが「抜けない」

anond:20170720021303

左上 普通に歯が出ている、ただし外側に曲がっており、隣の歯と接触している。

左下 水平埋伏で隣の奥歯と接触している。親知らず自体歯茎の中に埋没している。

右上 親知らず存在しない。

右下 完全埋伏で骨の中に横倒しで存在する。

左下が炎症を起こしたときレントゲンの所見である

かかりつけの歯科医では抜歯は無理ということで、総合病院の口腔外科を紹介される。

炎症が治まるのを待ってから、部分麻酔で抜歯ということになった。

歯茎を切開して、親知らずを砕いて取り出し、頬の内側を縫合して傷口を保護麻酔して口開けたままで数時間の3時間くらいだったかな。

抗生物質の点滴に通うことになった。

その夜……出血が止まりません。洗面器抱えて夜間救急外来へ。脱脂綿噛んで止血する……しか処置はできない。

オペが終わったところで親知らずは完治で、傷の治癒を待ってるだけなのね。1週間くらいで抜糸。

なんだか左上の親知らずも気になるんですけど。斜めになってて縫合してた頬に当たって痛いし。

そっちはかかりつけで抜歯してくださいと。5分くらいで抜けた。うがい薬処方されておしまい

問題は、右下の完全埋伏の親知らずである。「これは私では抜けません。もし痛んだら歯科大学病院を紹介します。かなり危険な手術になりますから遺書書いてきてくださいね

ただし、完全に埋伏しているので雑菌が入り込む経路はないし、隣の歯にも影響していないので……墓場まで持ってくことになりそうだ。

親知らずがどういう状態存在しているのかで、抜歯の難易度は大きく異なるぞ。

年齢のこともあるので、今痛んだら抗生物質で炎症を叩くことに。隣の奥歯と干渉しているならば、奥歯の方を抜くことになるかも。

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614174326

でも痛いじゃん。

わりと本気で部分麻酔ルンバールってやつ?)すれば余裕でセックスできるのにって悩んでる。

さすがにセックス恐怖症のために部分麻酔なんて現実的じゃないから、ロキソニンS代用にならないかな、なんて。

2017-06-12

私に子供が出来るまで

元々は子供は要らなかった、つーか喪女結婚も出来ないと思ってたしどうでもよかったが妹が子供を産み、その赤子が超絶可愛かった。

の子の為なら死ねると言ってたら妹から「そういうのは親がやるからおばさんが重い愛をそそがんといて自分の子供を作れ」と言われた。

それもそうだ子供が欲しいと思ったのでギリギリ二十代で結婚する事にし、幸い母親の新しい友達お見合いおばさんがいたので紹介してもらい結婚相手高齢童貞だった。

新婚当初は処女童貞だった為にセックスが出来なかった。

毎晩頑張ったが痛そうな顔をすると夫が萎えて終了を半年ほど毎晩続けた。

子供はまだなの?若いから気楽に思ってるかもしれないけどそろそろ孫が見たい。と言われる度に処女懐胎は無理と思ったが高齢処女旦那高齢童貞なのでやり方が解らないのは人には言えない話題だった。

やっと成功して子供が出来たがいわゆるぶどう子で流産した。

一人で行ったそうは手術の麻酔からさめたら、カーテン越しに妊婦さんが血液検査で明るく「血管には自信があるんです」と笑っている声が聞こえて辛かった。

最初は辛い程度だったのがぶどう子で異常に分泌されてた妊娠ホルモンが一気に消えた影響と流産のショックでその晩から不眠に苦しみ鬱のようになり、死ねお前のせいで子供が死んだと夜中に幻覚幻聴が聞こえ気絶するように眠り朝起きたら絶望を感じ地獄だった。

悪阻がきつくて妊娠してない体に戻りたいと思っていた事を思い出しては泣いた。

旦那の親に妊娠を伝えた直後の流産だったので旦那流産を伝えるように頼むと「病気流産した」と電話で話しており、その言い方だと性病勘違いされるだろうが!!!と腹が立ったのを覚えている。

その後ガンになる危険があったので検査のために医者に子作りをしばらく止められ、やっと出来たがまた流産をしてと数年経った頃に旦那睡眠時間も足りない程の超激務になりセックスが出来なくなった。

親は孫を見たそうだったが、セックスせずに子供は出来ないとは言えなかった。

その後運よく正月休みに体力回復してやったセックス子供を授かったが、ある日夜中にトイレに行くと真っ赤な血が大量に出てきた。

旦那過労死心配になるレベル睡眠時間だったので伝えてから家で寝かせて、母に電話をして泣きじゃくりながら病院に行きそのまま入院看護婦さんがお腹を温めるカイロを持ってきて聴診器赤ちゃん心音を聞かせてくれた。

数週間寝たきりになり退院したその日の晩にまた出血した。

また長期の入院になり今度は退院したらそのまま私の実家で寝たきりになるように指示された。

薬は飲んだら冷や汗が出るくらい副作用が強い、横向きになったら腹がはるので上向きで姿勢が固定され、トイレ食事風呂以外ずっと寝てるので大きな腹に圧迫されて背中やお尻は真っ赤に腫れて痛かった。

ギリギリ子供が逆子になり帝王切開出産、顔を見た瞬間に幸福ホルモンが脳に溢れて物凄い愛しさと幸福感に包まれ涙が出た。

出てくるまで生きているのかずっと不安だったが腹から五体満足な赤ちゃんが出てきた人体の神秘を感じた。

子供が居ないなら居ない幸せもあると思っていたけど今は居ない幸福想像できない。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

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