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2020-06-30

anond:20200630115841

回答ありがとう。誰からも来ないと思ったからすごい嬉しい。

しか生活蔑ろにしてたなと思った。

そこをすっぽ抜かして趣味生き甲斐を見つけても土台から崩れてしまいそうだね。

上司や知人に「お前は何を楽しみに生きてんだ?」って聞かれて何も思い当たるものが無くてそこから楽しみをみつけようとしてて足元が見えてなかったみたいだ。

焦らずに、無駄ものを捨てたり、部屋を掃除したり、お茶を入れてみたり、今よりも丁寧に暮らすところから始めてみようと思うよ。

2020-06-12

子供のため」と言って、子供に窮屈な未来を与えて喜ぶ大人たち

よく「子供のため」と言って、一般大人が楽しむある特定の分野の娯楽を禁止しようとする別な大人(親など)が居るが、それが、大人(親など)のエゴイズムであって、「子供のため」にならないことになぜ気づかないのか。つまり、その子供にサービス提供する一般大人が、その娯楽を奪われることによって生き甲斐をなくし、だんだん減ってしまって、結果的にその「子供」が将来的に不利益を被る可能性をどうして考えないのだろう。

そのわかりやすい例が少子化だし、自殺者の多さだろう。皆が子供を育てないのは、金がないからじゃなく、大人(親など)が、この世をそもそも楽しくないものにしてしまたからだ。行政補助金として、いくら金を積んだってダメなのだ。あらゆる娯楽を許容して初めて、子供を産み育てる苦痛が贖われうる社会になるのだ。

それなのに、大人(親など)が「子供のため」だと、大人の娯楽を規制したがために、それが生きづらさから少子化につながり、その「子供」の世代に、「子供」にサービス提供する人間ほとんど居なくなってしまうという先送りした因果応報。それは、「子供のため」を理由にして、自分の気に入らないものを潰そうとするエゴイズムを通す大人(親など)から子供」への素敵なプレゼントなのだろう。まさに「素晴らしき新世界」。ある意味での環境破壊だとも言える。その「子供自身だって大人になったらいつかその生きづらさに困り果ててしまうだろう。その頃にはその大人(親など)は居なくなっているから、「子供」が嘆き悲しもうがもう関係ないのかもしれないが。

そして、そもそもの子供を出産した行為自体だって大人(親など)の娯楽の一つの結果だろう。なに御立派なこと言ってるんだか。子供には出産に至る行為をさせない気なのだろうか。それでいて、子供成人年齢になって孫を求めてたら満点大笑い。お前(親など)が大人の娯楽を規制するよう努力したせいで、出産につながる行為のやり方がわからないし、相手も尻込みしてんだよ、っていう。

というか、子供出産することこそ、子供に対する最初にして最大の虐待ではないのか。ここは大人(親など)がまず直視すべき問題。この世に産んだから子供はあらゆる苦難を乗り越えなくてはいけなくなったのだ。大人の娯楽を社会に対して抑圧するより、出産という自分自身の最大の虐待行為をまず反省すべきではないのか。つまり、怒りの矛先は、社会でなく自分自身に向けるべきである。それこそ、愛すべき自分の「子供」のためにだ。娯楽の反省社会に対してでなく、子供に面と向かって謝るべきではないのか。

まりは、「子供のため」と言って、大人の娯楽を抑圧することで生きづらさから少子化を招き、子供自身未来を制約するよりも、まずはその出産子供に「ごめんね」って謝れば許されると思う。それが二重に子供のためだと思う。

ということを書いたのは、最近分割統治により、他人趣味や娯楽を抑圧する趣味人間が増えてきて、怖くなってきたからだ。

一般論として、法的理由も無しに不快感だけで他人趣味や娯楽を抑圧してはいけない、という事実には皆同意するのに、具体論になると、自らの不快感を唯一の正義として、嬉々として他人趣味や娯楽を抑圧して楽しむ人々が増えてきたように思う。その一例が「子供のため」というものだ。

いつか同じようにして、自分趣味や娯楽が不快感だけで抑圧される可能性は考えないのだろうか。自分趣味や娯楽は不快感が無いと信じているのだろうか。その子育てだって、単なる趣味や娯楽の一つでしかないのに。それとも、自分趣味や娯楽に矛先が向かないように、他人趣味や娯楽を槍玉に挙げているのだろうか。みんながもっと趣味や娯楽や自由を限りなく追及するようになればいいのに。

2020-06-06

anond:20200606140159

『ワタシ絶対、親になったら同じ虐待するとおもう、だから子供つくんない!』とかい歴史を持ってらっしゃって、そういう自分境遇に反抗することが生き甲斐だったのかもよ(哀

2020-05-15

良い歳した未婚者が白い目で見られる理由を教えてやるよ

一言で言うと、社会的義務果たしていないからだ。

勤労の義務納税の義務を果たすだけでは社会的義務果たしているとは到底言えない。次世代を産み、育てることは全ての動物に備わった本能であり、この社会義務だ。

そこに理由を付けて逃げている奴は、どんなに仕事ができようと勉学に秀でようと足を引っ張る役立たずなんだよ。

天才的な発明世界を変えるレベルなら別だが、大多数がそうじゃないだろう。少なくともここで燻ってる奴は大抵そうだ。

子を、家庭を持たない人間は、社会的義務を果たす人間からすれば「義務放棄したダメ人間」としか映らない。

独身貴族仕事生き甲斐寝言は寝て言え。

子の為に仕事を休む人がいれば、独身者は進んで手伝え。社会的義務果たしていないんだから、代わりに働く償いくらしろ

それが嫌なら、お前の人生の主役を次世代に譲れ。

もう良い歳なんだから

いつまでも自分人生に縋りつくな。子の為に尽くせ。

2020-05-14

anond:20200514203813

30代男性給料は対して上がらないのに増える後輩の世話を押し付けられ、上司には毎日詰められ、かといって転職する勇気スキルもなく、ただ漠然毎日を凌いで寝る前のビールけが生き甲斐の三十代男性

2020-05-05

売春から福祉へ、は無理

福祉大丈夫女性はもう福祉を受けてる。

福祉金額で足りない人が風俗やる。

ジャニーズコンサート行ってグッズ買いまくるのが生き甲斐だとか、ホスト通いが生き甲斐だとか、金のかかる生き甲斐があると風俗やる。

学費医療費みたいな同情されやす理由風俗やる人は実際少ない。

賢いのに学費が足りないとか、医療費がかかりすぎるとか、そういうもの日本は割と手当してるから

ただ福祉ラインだと娯楽費が捻出できない。ギリ暮らせるっていう超ストイック状態要求される。

それに耐えらんない貧乏人が風俗やる。だから同情得られない。そのせいで身分を隠す。匿名で働く。

2020-05-02

anond:20200502082848

非モテは女に好かれようが嫌われようが構わんぜよ。って言えるぐらいの生き甲斐を見つけないとダメだ。

2020-04-23

anond:20200423102722

増田があるじゃないか…(あるじゃないか…)

増田(この増田引用している増田、つまり君だよ)は勘違いをしているみたいだね。

上は、元増田(君が引用している増田からの再引用だけど、元増田が本当に書きたかったのは、「『増田ガール』じゃないか!(ガールじゃないか!)」って意味なんだよ。

バカー」と「大好き」ぐらいの違いがあるけど、きっと、元増田カタカナ入力できない昔のキーボードを使っていたんだね。

ところで、「増田ガール」とは、結城浩著「数学ガール」みたいに、ある分野に卓越すると、教えを乞う女の子が現れてその子たちと親しくなって生き甲斐を得られるその現象のことだよ。

えっ? 実際にそんな女性が現れる訳がない?

そんなことはどうでもいいんだ。現象としてネーミングをつけ周知することによって、実現の可能性が生まれるんだ。フレーミング効果ってやつだね。

えっ? そんな現象を実現することに何の意味があるって?

例えば、「増田ガール」こそ、最近コロナ関連で特に姦しいレスバではしゃぐ増田たちが本当に必要だったもの、なんだよ。だから元増田卒業式の「呼び掛け」手法で、

増田本人「増田ガールじゃないか!」

増田たち「ガールじゃないか!」

と復唱しているわけだ。カタカナ入力できない昔のキーボードから伝わりにくいけど、復唱部は増田たちの心の声を現しているんだね。レスバをする増田たちが微笑ましく見えてくるね。

から、「レースクイーン」のように「増田クイーン」と呼ばれないのも、そこに理由があるよ。

言うには、「レースクイーン」のように、ただ観戦して励ましてくれる女性では、増田たちのレスバ心(老婆心)を満たさないようなんだ。「教えを乞う」という要素が、論破生き甲斐にする彼らにはどうしても必要なんだね。

増田(この増田引用している増田、つまり君だよ)も、「増田ガール」の存在に期待して、7年と言わず、今後も生きて増田を続ければきっと良き日を迎えられるよ。カラスの咥える御手紙みたいに、教えを乞う女性が現れるよ。わかったかな。

それじゃ、君の日記に「うんち」とトラバを付ける日を楽しみにしているよ。

https://anond.hatelabo.jp/20200420065908

2020-03-26

なんとなく

なんとなくだけど、連日の報道を受けてこのまま国が朽ちていくのかなと不安になる。

それよりもっとずっと先に、私の日常が呆気なく崩壊して、生きる術がなくなるかもしれない。

何せ頭の出来がよろしくないので、っていうのはまあ言い訳で、必要最低限常識範囲内の勉強努力すら怠ってきたから、全ての程度が低いままそこそこいい歳になりつつある。

ニュースは苦手だ。政治社会もっと苦手。小難しい話はわからない。

バカなフリじゃなく本当にバカなので、情勢の話になるとそれっぽく話を合わせて「わからない話」に怒ってみたりする。それかニコニコ相槌打っとけば大体OK

面倒でややこしい、学校じゃさわりしか教えてくれないような「大人の話」を避けて避けて、それでも生きてこれてしまった。

そんな私の日常が、否応なしに崩れ去りそうになっている。

連日世間を騒がせているコロナの件。

例に洩れず話がよく分かっていないから、最初は「横浜に停泊中のクルーズ船がやばい」程度の認識だった。

それがどんどん話が大きくなって、極度の花粉症なのにマスクが店先から一斉になくなって、何ヶ月も前から楽しみにしていたイベントが軒並み中止になり、職場煽りを受けて相当なダメージを食らっていて、にっちもさっちもいかなくなってただただ絶望と悲観に暮れる毎日が訪れた。

正直しんどい

エンタメ生き甲斐所謂オタクと言われる人種なのだけれど、やっとチケットが取れた推しライブ舞台が無くなるダメージが、推し努力が水の泡になる悲しみが、どれだけメンタルに打撃を与えるか、多分普通の人には分からないんだと思う。あと元々ないものより、ある前提でわくわくしながら待ってたら急に「やっぱやめるわ」って言われる方がツラい。

もちろん、感染被害考慮してとかライブ会場が危険でとかそんくらいはバカでもわかる。わかるけど、この行き場のないやるせなさ。

「案」ばかりの政府対応も「自粛」って言い方も全部腹立つ。いっそ政府悪者になってくれないと、って言ったらあらゆる方面から叩かれそうだけど。

楽しみが何にもなくなるなら、同じようなリスク背負って重い足取りで行く仕事だって自粛したい。だってだっておかしいじゃないか。楽しみも何も無いこんなギスギスした世の中がこの先何とかなる見通しがないんだったらいっそ死んだ方がましだ。

……と、思ってしまうのもまた、私の愚鈍さと心の弱さ故なんだと思う。

バカから、私はニュースがわからない。政治が、世界がわからない。何もわからない。

何もわからないことがこんなに不安なら、もう少し真っ当に生きれる人間であれたらよかった 。もういくらか真っ当な考えの持ち主か、もっと楽観的で明るい性格に生まれ変わりたかった。

バカから書いてるうちに何が言いたいかからなくなっちゃった。のでこの辺で。

来世に期待。アーメン

2020-03-20

キャラ改悪二次創作をしてる側

だと思う。今はほぼ書いてないが。話題になっていたらしいので読んでみた。

そしてこれは便乗お気持ち改悪です。

一言で言えば原作他人二次創作は切り離した方が精神的にはいいと思います

少なくとも私は原作推しを動かしている気がないです。

それは解釈問題だったり自分の力量が関わっていますが、自分が書く推し原作推しがはっきりと乖離してる自覚があります

ではなんでキャラ改悪二次創作が生まれるのか、自分の思ったことを書いてみる。

真面目に二次創作してる人はイラっとくるかもしれない。あくまで偏った個人意見です。あと腐視点

キャラ改悪する理由

・あるシチュエーション・要素が好きで好きで仕方ない

原作で見れないものが見たい

・他に書きたいものがあっても原作の設定を間借りすることに意味がある

1つ目は性癖問題。どのカップリングに行っても、必ずあてはめるシチュエーションがある人はいると思う。

きっと元記事の筆者は、好きな要素を優先させるより原作考察から発展した二次創作が読みたいのだろう。

だがこの世には萌え先行というタイプがいる。とりあえず好きなものに好きな推しを足し算して萌える。原作に馴染ませようとする人から、最悪辻褄が合わなくても萌えれば正義な人まで様々。

どちらが支持集めるかは、正直タイプ関係ない気がする。二次創作者は考察してるつもりでも読者の捉え方と一致するとは限らない。

そして読者は全員が全員原作考察しているとはいえないと割り切った方がいいと思った。

私は推し自分好みのことしてくれるだけで興奮するので、それを書いている。ここの捏造が原型を留めていないと改悪と呼ばれるのだろう。

改悪とわかっているのに書く理由は、「そこに原作があるから」だ。

2つ目はそもそも原作を下敷きにしたIFが見たくてやっている。これが原作否定に見えるかもしれない。

IFといっても、これも考え方が色々だ。公式でないカップリング存在自体がIFだとか、そもそも原作以外はIFとみなすこともできる。

現パロやオメガバース女体化など世界観ごと置き換えるパラレルから、「もしもAじゃなくてBを選んでいたら」レベルも全部IFだ。

たまに根幹を守ったままIFに落し込む作品出会えると感動もひとしおだ。脱線した。

記事によると界隈では原作設定を無視したパラレル設定が流行したということだろう。それをまるでA×Bの本流みたいにされると違和感がある気持ちはわかる。

ではなぜそれが流行るのか。それは書いた人がめちゃくちゃ文章が上手い人なのかもしれないし、単に大手の人の性癖に刺さって拡散されたからかもしれない。

理由は推測しかできない。

でも極端な話、「このキャラがこんなことする訳ない!」という話は「絶対原作じゃやってくれないこと」だ。

ギャップ萌えといえば聞こえがいいか。怖いものみたさかもしれないが。

それらは原作があってこそ「ありえない」と感じられる。その「ありえなさ」に説得力文章力がついて面白かったりすると、ある種のIFとして読めてしまう。

最初は「○○さん次元のA×B」と消費していたつもりが、あまりに斬新だったり強烈だと侵食されてしまうこともしばしば。

他人解釈に影響されやすい人って意外といると思うんですがどうだろう。

こんな風に原作踏み台にして、二次創作が前面に出ていることが「リスペクト不足」にみえているのではないか

それは…書いている本人にしかからない。ヤバめな欲求だって表に出さなければ、普通原動力だ。

私の場合原作尊敬していますが、原作再現を諦めた。

諦めるぐらいなら二次創作するなという意見もあると思う。まっとうな正論だ。

言い訳しかできないので次行きます

最後は題材が推しカプであることに意味があるという話。

まず、よっぽどの上手い人じゃないと一次創作で書いても人に見てもらえない。

一次創作に持ち出すとして、設定はどこまで寄せたらパクリになる?見た目?世界観は?

それに二次創作でついたフォロワーを失いたくないという人もいるだろう。二次創作を求められたらどんなに歪んでいても「推し」を書くことでしか界隈にいられなかったりする。

最初原作推しが好きだったけど、だんだん自分欲望を優先させたくなった人もいてもおかしくない。

というか三次創作まで発展してしまうような影響力がある人のことは全然わかりません。それを持ち上げる人のこともわかりません。

交流がとても楽しくてそっちの方が本音だったり、推しを改変することに生き甲斐を覚える人なのかもしれないし、あるいは本気で原作に沿ってると確信して書いているのかもしれない。

全てが的外れな自信しかない。

正しい推しより原型のない萌え原作よりキャラ改悪が支持される界隈。

それはつまり間内で騒ぐ燃料として、その人の二次創作が選ばれただけです。

正直良さはわからないけど、この二次創作いいね!と言っておかないと輪に入れない。本気で面白解釈だと思っている。三次創作を通してさらに仲良くなりたい。なんか流行っているから乗ってみた。

推しカプが好きという名目で集まっているけど、その内実は人それぞれ。

もちろんきちんと考察をした推しカプがみたいというのも一つ。

そのどれも原作には何一つ関係ない。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってことですよね。考えすぎです。界隈のとばっちりです。

大体元ネタがある創作インターネットに上げて、それに賛同するのって不思議現象ですよ。

あんなIFが見たい。推しを書いて人に求められたい。同志で仲良く萌え語りしたい。書きたいものが書きたい。

表では言わないけど原作への尊敬けが創作原動力ではない人ばかりだと勝手に思っています

リスペクトゆえに言えないけど、本当は自分の書いた推し原作より好き。むしろ原作より面白ものが書ける自信がある…人もいるかもしれない。

とにかく共通設定が守られている(と作者が考える)だけで『二次創作』でくくれるって中々乱暴で懐広いですね。すごい。

また話がズレた。

そこまで考え込んでしまうなら、二次創作は等しく人形遊びの発表で交流ツールだと思ってみるのはいかがでしょうか。

原作にまで悪影響を及ぼしているなら、尚更二次創作を切り離して同姓同名の別人だと見切り付けるべきです。

リスペクトしたら面白くて萌えものになるとは限らない。していなくても読者は萌えときがある。そんなもの

からは一点だけお願いして終わろうと思います

創作者の方々、原作からわざとキャラを改変させている際は注意書きを忘れずにしていただきたいです。

なぜなら、キャラ崩壊性癖なんです!!!大好物なんです!!!

それだけで救われる命があります!!お願いしま!!!

二次創作の考え方の分類は以下を参考にしました。

個人二次分類=トップダウン(自萌ありき)型とボトムアップ(考察)型

https://togetter.com/li/540603

2020-03-15

オタクの強さって

何で決まるの?かけた金?入った公演数?積んだ円盤?グッズの数??推しのレート???

全部全部クソ喰らえすぎる、同じ界隈の人間が本当に無理すぎて一部の同担以外片っ端からブロックしてる

レート高い奴のオタクほど金かけられるオタク正義みたいになってるの推しじゃなくてレート高い推しを推せてる自分が好きなんだろって遠回しな自己愛しか見えなくて最近本当に無理

勝手にやってるのはいいけど金を必要以上にかけてない人間ゴミ扱いすんのは違うだろまともな教育受けてんのか?親の顔が見てみたいわ

本当は自分が十分にコンテンツに金かけられてる自信がないから後ろめたくてこういう批判になる

今は貧乏学生だけど手に職ついたら生き甲斐推し追っかけることだけで無為に生きてるお前らより絶対稼いでコンテンツ投資してやるから首洗って待っとけよ

それでも今金がないと推しに金かけられないし金がないのはどうしようもないか風俗でもやろうかな

2020-03-09

アイドル追っかけとか同人とか

それきっかけでの友達人脈が形成されるからってのが、続ける楽しさ・理由として大きいと思うんだ。

飽きたから足洗うなんてしたら一気にぼっちなっちゃうっていう。

お宅趣味生き甲斐老衰するまで続けたい!って鼻息荒いやつほど本当はもう飽きてんじゃね?

2020-02-25

翳(原民喜

センター試験話題になったけど、全文読めるところが見つからなかったので)

底本:原民喜戦後小説 下(講談社文芸文庫1995年8月10日第1刷発行

     I

 私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫魯迅選集——に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠(わだかま)るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消されてゆく、とある夜明け、私は茫とした状態で蚊帳のなかで目が覚めた。茫と目が覚めている私は、その時とらえどころのない、しかし、かなり烈しい自責を感じた。泳ぐような身振りで蚊帳の裾をくぐると、足許に匐っている薄暗い空気を手探りながら、向側に吊してある蚊帳の方へ、何か絶望的な、愬(うった)えごとをもって、私はふらふらと近づいて行った。すると、向側の蚊帳の中には、誰だか、はっきりしない人物が深い沈黙に鎖されたまま横わっている。その誰だか、はっきりしない黒い影は、夢が覚めてから後、私の老い母親のように思えたり、魯迅の姿のように想えたりするのだった。この夢をみた翌日、私の郷里からハハキトクの電報が来た。それから魯迅の死を新聞で知ったのは恰度亡母の四十九忌の頃であった。

 その頃から私はひどく意気銷沈して、落日の巷を行くの概(おもむき)があったし、ふと己の胸中に「孤独者」の嘲笑を見出すこともあったが、激変してゆく周囲のどこかにもっと切実な「孤独者」が潜んでいはすまいかと、窃(ひそ)かに考えるようになった。私に最初孤独者」の話をしかけたのは、岩井繁雄であった。もしかすると、彼もやはり「孤独者」であったのかもしれない。

 彼と最初に出逢ったのは、その前の年の秋で、ある文学研究会の席上はじめてSから紹介されたのである。その夜の研究会は、古びたビルの一室で、しめやかに行われたのだが、まことにそこの空気に応(ふさ)わしいような、それでいて、いかにも研究会などにはあきあきしているような、独特の顔つきの痩形長身青年が、はじめから終りまで、何度も席を離れたり戻って来たりするのであった。それが主催者の長広幸人であるらしいことは、はじめから想像できたが、会が終るとSも岩井繁雄も、その男に対って何か二こと三こと挨拶して引上げて行くのであった。さて、長広幸人の重々しい印象にひきかえて、岩井繁雄はいかにも伸々した、明快卒直な青年であった。長い間、未決にいて漸く執行猶予最近釈放された彼は、娑婆に出て来たことが、何よりもまず愉快でたまらないらしく、それに文学上の抱負も、これから展望されようとする青春とともに大きかった。

 岩井繁雄と私とは年齢は十歳も隔たってはいたが、折からパラつく時雨をついて、自動車を駆り、遅くまでSと三人で巷を呑み歩いたものであった。彼はSと私の両方に、絶えず文学の話を話掛けた。極く初歩的な問題から再出発する気組で——文章が粗雑だと、ある女流作家から注意されたので——今は志賀直哉のものノートし、まず文体研究をしているのだと、そういうことまで卒直に打明けるのであった。その夜の岩井繁雄はとにかく愉快そうな存在だったが、帰りの自動車の中で彼は私の方へ身を屈めながら、魯迅の「孤独者」を読んでいるかと訊ねた。私がまだ読んでいないと答えると話はそれきりになったが、ふとその時「孤独者」という題名で私は何となくその夜はじめて見た長広幸人のことが頭に閃いたのだった。

 それから夜更の客も既に杜絶えたおでん屋の片隅で、あまり酒の飲めない彼は、ただその場の空気に酔っぱらったような、何か溢れるような顔つきで、——やはり何が一番愉しかったといっても、高校時代ほど生き甲斐のあったことはない、と、ひどく感慨にふけりだした。

 私が二度目の岩井繁雄と逢ったのは一九三七年の春で、その時私と私の妻は上京して暫く友人の家に滞在していたが、やはりSを通じて二三度彼と出逢ったのである。彼はその時、新聞記者になったばかりであった。が、相変らず溢れるばかりのもの顔面に湛えて、すくすくと伸び上って行こうとする姿勢で、社会部入社したばかりの岩井繁雄はすっかりその職業が気に入っているらしかった。恰度その頃紙面を賑わした、結婚直前に轢死(れきし)を遂げた花婿の事件があったが、それについて、岩井繁雄は、「あの主人公は実はそのアルマンスだよ」と語り、「それに面白いのは花婿の写真がどうしても手に入らないのだ」と、今もまだその写真を追求しているような顔つきであった。そうして、話の途中で手帳を繰り予定を書込んだり、何か行動に急きたてられているようなところがあった。かと思うと、私の妻に「一たい今頃所帯を持つとしたら、どれ位費用がかかるものでしょうか」と質問し、愛人が出来たことを愉しげに告白するのであった。いや、そればかりではない、もしかすると、その愛人同棲した暁には、染料の会社設立し、重役になるかもしれないと、とりとめもない抱負も語るのであった。二三度逢ったばかりで、私の妻が岩井繁雄の頼もしい人柄に惹きつけられたことは云うまでもない。私の妻はしばしば彼のことを口にし、たとえば、混みあうバスの乗降りにしても、岩井繁雄なら器用に婦人を助けることができるなどというのであった。私もまた時折彼の噂は聞いた。が、私たちはその後岩井繁雄とは遂に逢うことがなかったのである

 日華事変が勃発すると、まず岩井繁雄は巣鴨駅の構内で、筆舌に絶する光景を目撃したという、そんな断片的な噂が私のところにも聞えてきて、それから間もなく彼は召集されたのである。既にその頃、愛人と同居していた岩井繁雄は補充兵として留守隊で訓練されていたが、やがて除隊になると再び愛人の許に戻って来た。ところが、翌年また召集がかかり、その儘前線派遣されたのであった。ある日、私がSの許に立寄ると、Sは新聞第一面、つまり雑誌新刊書の広告が一杯掲載してある面だけを集めて、それを岩井繁雄の処へ送るのだと云って、「家内に何度依頼しても送ってくれないそうだから僕が引うけたのだ」とSは説明した。その説明は何か、しかし、暗然たるものを含んでいた。岩井繁雄が巣鴨駅で目撃した言語に絶する光景とはどんなことなのか私には詳しくは判らなかったが、とにかく、ぞっとするようなものがいたるところに感じられる時節であった。ある日、私の妻は小学校の講堂で傷病兵慰問の会を見に行って来ると、頻りに面白そうに余興のことなど語っていたが、その晩、わあわあと泣きだした。昼間は笑いながら見ものが、夢のなかでは堪らなく悲しいのだという。ある朝も、——それは青葉と雨の鬱陶しい空気が家のうちまで重苦しく立籠っている頃であったが——まだ目の覚めきらない顔にぞっとしたものを浮べて、「岩井さんが還って来た夢をみた。痩せて今にも斃れそうな真青な姿でした」と語る。妻はなおその夢の行衛を追うが如く、脅えた目を見すえていたが、「もしかすると、岩井さんはほんとに死ぬるのではないかしら」と嘆息をついた。それは私の妻が発病する前のことで、病的に鋭敏になった神経の前触れでもあったが、しかしこの夢は正夢であった。それから二三ヵ月して、岩井繁雄の死を私はSからきいた。戦地にやられると間もなく、彼は肺を犯され、一兵卒にすぎない彼は野戦病院殆ど碌に看護も受けないで死に晒されたのであった。

 岩井繁雄の内縁の妻は彼が戦地へ行った頃から新しい愛人をつくっていたそうだが、やがて恩賜金を受取るとさっさと老母を見捨てて岩井のところを立去ったのである。その後、岩井繁雄の知人の間では遺稿集——書簡は非常に面白いそうだ——を出す計画もあった。彼の文章が粗雑だと指摘した女流作家に、岩井繁雄は最初結婚を申込んだことがある。——そういうことも後になって誰かからきかされた。

 たった一度見たばかりの長広幸人の風貌が、何か私に重々しい印象を与えていたことは既に述べた。一九三五年の秋以後、遂に私は彼を見る機会がなかった。が、時に雑誌掲載される短かいものを読んだこともあるし、彼に対するそれとない関心は持続されていた。岩井繁雄が最初召集を受けると、長広幸人は倉皇と満洲へ赴いた。当時は満洲へ行って官吏になりさえすれば、召集免除になるということであった。それから間もなく、長広幸人は新京文化方面役人になっているということをきいた。あの沈鬱なポーズ役人の服を着ても身に着くだろうと私は想像していた。それから暫く彼の消息はきかなかったが、岩井繁雄が戦病死した頃、長広幸人は結婚をしたということであった。それからまた暫く彼の消息はきかなかったが、長広幸人は北支で転地療法をしているということであった。そして、一九四二年、長広幸人は死んだ。

 既に内地にいた頃から長広幸人は呼吸器を犯されていたらしかったが、病気の身で結婚生活飛込んだのだった。ところが、その相手資産目あての結婚であったため、死後彼のものは洗い浚(ざら)い里方に持って行かれたという。一身上のことは努めて隠蔽する癖のある、長広幸人について、私はこれだけしか知らないのである

     II

 私は一九四四年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに満洲にいる魚芳へも端書を差出しておいた。妻を喪った私は悔み状が来るたびに、丁寧に読み返し仏壇ほとりに供えておいた。紋切型の悔み状であっても、それにはそれでまた喪にいるものの心を鎮めてくれるものがあった。本土空襲も漸く切迫しかかった頃のことで、出した死亡通知に何の返事も来ないものもあった。出した筈の通知にまだ返信が来ないという些細なことも、私にとっては時折気に掛るのであったが、妻の死を知って、ほんとうに悲しみを頒ってくれるだろうとおもえた川瀬成吉からもどうしたものか、何の返事もなかった。

 私は妻の遺骨を郷里墓地に納めると、再び棲みなれた千葉借家に立帰り、そこで四十九日を迎えた。輸送船の船長をしていた妻の義兄が台湾沖で沈んだということをきいたのもその頃であるサイレンはもう頻々と鳴り唸っていた。そうした、暗い、望みのない明け暮れにも、私は凝と蹲ったまま、妻と一緒にすごした月日を回想することが多かった。その年も暮れようとする、底冷えの重苦しい、曇った朝、一通の封書が私のところに舞込んだ。差出人は新潟県××郡××村×川瀬丈吉となっている。一目見て、魚芳の父親らしいことが分ったが、何気なく封を切ると、内味まで父親の筆跡で、息子の死を通知して来たものであった。私が満洲にいるとばかり思っていた川瀬成吉は、私の妻より五ヵ月前に既にこの世を去っていたのである

 私がはじめて魚芳を見たのは十二年前のことで、私達が千葉借家へ移った時のことである私たちがそこへ越した、その日、彼は早速顔をのぞけ、それから殆ど毎日註文を取りに立寄った。大概朝のうち註文を取ってまわり、夕方自転車で魚を配達するのであったが、どうかすると何かの都合で、日に二三度顔を現わすこともあった。そういう時も彼は気軽に一里あまりの路を自転車で何度も往復した。私の妻は毎日顔を逢わせているので、時々、彼のことを私に語るのであったが、まだ私は何の興味も関心も持たなかったし、殆ど碌に顔も知っていなかった。

 私がほんとうに魚芳の小僧を見たのは、それから一年後のことと云っていい。ある日、私達は隣家の細君と一緒にブラブラ千葉海岸の方へ散歩していた。すると、向の青々とした草原の径をゴム長靴をひきずり、自転車を脇に押しやりながら、ぶらぶらやって来る青年があった。私達の姿を認めると、いかにも懐しげに帽子をとって、挨拶をした。

「魚芳さんはこの辺までやって来るの」と隣家の細君は訊ねた。

「ハア」と彼はこの一寸した逢遭を、いかにも愉しげにニコニコしているのであった。やがて、彼の姿が遠ざかって行くと、隣家の細君は、

「ほんとに、あの人は顔だけ見たら、まるで良家のお坊ちゃんのようですね」と嘆じた。その頃から私はかすかに魚芳に興味を持つようになっていた。

 その頃——と云っても隣家の細君が魚芳をほめた時から、もう一年は隔っていたが、——私の家に宿なし犬が居ついて、表の露次でいつも寝そべっていた。褐色の毛並をした、その懶惰な雌犬は魚芳のゴム靴の音をきくと、のそのそと立上って、鼻さきを持上げながら自転車の後について歩く。何となく魚芳はその犬に対しても愛嬌を示すような身振であった。彼がやって来ると、この露次は急に賑やかになり、細君や子供たちが一頻り陽気に騒ぐのであったが、ふと、その騒ぎも少し鎮まった頃、窓の方から向を見ると、魚芳は木箱の中から魚の頭を取出して犬に与えているのであった。そこへ、もう一人雑魚(ざこ)売りの爺さんが天秤棒を担いでやって来る。魚芳のおとなしい物腰に対して、この爺さんの方は威勢のいい商人であった。そうするとまた露次は賑やかになり、爺さんの忙しげな庖丁の音や、魚芳の滑らかな声が暫くつづくのであった。——こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった。

 私の家は露次の方から三尺幅の空地を廻ると、台所に行かれるようになっていたが、そして、台所の前にもやはり三尺幅の空地があったが、そこへ毎日八百屋、魚芳をはじめ、いろんな御用聞がやって来る。台所の障子一重を隔てた六畳が私の書斎になっていたので、御用聞と妻との話すことは手にとるように聞える。私はぼんやりと彼等の会話に耳をかたむけることがあった。ある日も、それは南風が吹き荒んでものを考えるには明るすぎる、散漫な午後であったが、米屋小僧と魚芳と妻との三人が台所で賑やかに談笑していた。そのうちに彼等の話題は教練のことに移って行った。二人とも青年訓練所へ通っているらしく、その台所前の狭い空地で、魚芳たちは「になえつつ」の姿勢を実演して興じ合っているのであった。二人とも来年入営する筈であったので、兵隊姿勢を身につけようとして陽気に騒ぎ合っているのだ。その恰好おかしいので私の妻は笑いこけていた。だが、何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった。台所へ姿を現していた御用聞のうちでは、八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから豆腐屋の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。

 目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆(こまめ)に立働いた。妻が私の着古しのシャツなどを与えると、大喜びで彼はそんなものも早速身に着けるのであった。朝は暗いうちから市場へ行き、夜は皆が寝静まる時まで板場で働く、そんな内幕も妻に語るようになった。料理の骨(こつ)が憶えたくて堪らないので、教えを乞うと、親方は庖丁を使いながら彼の方を見やり、「黙って見ていろ」と、ただ、そう呟くのだそうだ。鞠躬如(きっきゅうじょ)として勤勉に立働く魚芳は、もしかすると、そこの家の養子にされるのではあるまいか、と私の妻は臆測もした。ある時も魚芳は私の妻に、——あなたそっくり写真がありますよ。それが主人のかみさんの妹なのですが、と大発見をしたように告げるのであった。

 冬になると、魚芳は鵯(ひよどり)を持って来て呉れた。彼の店の裏に畑があって、そこへ毎朝沢山小鳥が集まるので、釣針に蚯蚓(みみず)を附けたものを木の枝に吊しておくと、小鳥簡単に獲れる。餌は前の晩しつらえておくと、霜の朝、小鳥は木の枝に動かなくなっている——この手柄話を妻はひどく面白がったし、私も好きな小鳥が食べられるので喜んだ。すると、魚芳は殆ど毎日小鳥を獲ってはせっせと私のところへ持って来る。夕方になると台所に彼の弾んだ声がきこえるのだった。——この頃が彼にとっては一番愉しかった時代かもしれない。その後戦地へ赴いた彼に妻が思い出を書いてやると、「帰って来たら又幾羽でも鵯鳥を獲って差上げます」と何かまだ弾む気持をつたえるような返事であった。

 翌年春、魚芳は入営し、やがて満洲の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発病し療養生活を送るようになったが、妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。温かそうな毛の帽子を着た軍服姿の写真満洲から送って来た。きっと魚芳はみんなに可愛がられているに違いない。炊事も出来るし、あの気性では誰からも重宝がられるだろう、と妻は時折噂をした。妻の病気は二年三年と長びいていたが、そのうちに、魚芳は北支から便りを寄越すようになった。もう程なく除隊になるから帰ったらよろしくお願いする、とあった。魚芳はまた帰って来て魚屋が出来ると思っているのかしら……と病妻は心細げに嘆息した。一しきり台所を賑わしていた御用聞きたちの和やかな声ももう聞かれなかったし、世の中はいよいよ兇悪な貌を露出している頃であった。千葉名産の蛤の缶詰を送ってやると、大喜びで、千葉へ帰って来る日をたのしみにしている礼状が来た。年の暮、新潟の方から梨の箱が届いた。差出人は川瀬成吉とあった。それから間もなく除隊になった挨拶状が届いた。魚芳が千葉へ訪れて来たのは、その翌年であった。

 その頃女中を傭えなかったので、妻は寝たり起きたりの身体台所をやっていたが、ある日、台所の裏口へ軍服姿の川瀬成吉がふらりと現れたのだった。彼はきちんと立ったまま、ニコニコしていた。久振りではあるし、私も頻りに上ってゆっくりして行けとすすめたのだが、彼はかしこまったまま、台所のところの閾から一歩も内へ這入ろうとしないのであった。「何になったの」と、軍隊のことはよく分らない私達が訊ねると、「兵長になりました」と嬉しげに応え、これからまだ魚芳へ行くのだからと、倉皇として立去ったのである

 そして、それきり彼は訪ねて来なかった。あれほど千葉へ帰る日をたのしみにしていた彼はそれから間もなく満洲の方へ行ってしまった。だが、私は彼が千葉を立去る前に街の歯医者でちらとその姿を見たのであった。恰度私がそこで順番を待っていると、後から入って来た軍服青年歯医者挨拶をした。「ほう、立派になったね」と老人の医者は懐しげに肯いた。やがて、私が治療室の方へ行きそこの椅子に腰を下すと、間もなく、後からやって来たその青年助手の方の椅子に腰を下した。「これは仮りにこうしておきますから、また郷里の方でゆっくりお治しなさい」その青年の手当はすぐ終ったらしく、助手は「川瀬成吉さんでしたね」と、机のところのカードに彼の名を記入する様子であった。それまで何となく重苦しい気分に沈んでいた私はその名をきいて、はっとしたが、その時にはもう彼は階段を降りてゆくところだった。

 それから二三ヵ月して、新京の方から便りが来た。川瀬成吉は満洲吏員就職したらしかった。あれほど内地を恋しがっていた魚芳も、一度帰ってみて、すっかり失望してしまったのであろう。私の妻は日々に募ってゆく生活難を書いてやった。すると満洲から返事が来た。「大根一本が五十銭、内地の暮しは何のことやらわかりません。おそろしいことですね」——こんな一節があった。しかしこれが最後消息であった。その後私の妻の病気悪化し、もう手紙を認(したた)めることも出来なかったが、満洲の方からも音沙汰なかった。

 その文面によれば、彼は死ぬる一週間前に郷里に辿りついているのである。「兼て彼の地に於て病を得、五月一日帰郷、五月八日、永眠仕候」と、その手紙は悲痛を押つぶすような調子ではあるが、それだけに、佗しいものの姿が、一そう大きく浮び上って来る。

 あんな気性では皆から可愛がられるだろうと、よく妻は云っていたが、善良なだけに、彼は周囲から過重な仕事を押つけられ、悪い環境機構の中を堪え忍んで行ったのではあるまいか親方から庖丁の使い方は教えて貰えなくても、辛棒した魚芳、久振りに訪ねて来ても、台所の閾から奥へは遠慮して這入ろうともしない魚芳。郷里から軍服を着て千葉を訪れ、晴れがましく顧客歯医者で手当してもらう青年。そして、遂に病躯をかかえ、とぼとぼと遠国から帰って来る男。……ぎりぎりのところまで堪えて、郷里に死にに還った男。私は何となしに、また魯迅作品の暗い翳を思い浮べるのであった。

 終戦後、私は郷里にただ死にに帰って行くらしい疲れはてた青年の姿を再三、汽車の中で見かけることがあった。……

2020-02-12

uber eatsでジジイが来た

こりゃ世も末だなと一瞬思ったが、

案外、生き甲斐獲得と運動で丁度良いのかも。

2020-02-08

コロナウイルスって感染やばいんじゃない?

数千人規模のクルーズ船なんて

すれ違うどころか触ったところが重なる人なんて一割も満たないだろうに

感染者3000人中60人これからもっと増えるんやで

例えばベロチューなんてしようもんなら、ほぼ100%感染すんじゃないのか?

俺は風俗けが生き甲斐なのに収束するまで行けないとなったら誰が俺の下半身を慰めるんや

謝罪と賠償はどこに求めればいい

2020-02-05

anond:20200128154239

わかるなぁ

人生は短いんだから好きに生きよう!みたいなの見かける度に、うんざりするほど長いんだけどって思う

金貯めれば安楽死させてくれる社会システム欲しい…そのために働いてる間が何だかんだ一番生き甲斐感じられそう

2020-01-05

家族を愛せる気がしない

タイトルは半分釣り

正確には、「今の家族のように」「(将来出来るかもしれない)自分家族を」愛せる気がしない、だ。

うちは家族仲が良い。

おそらく異常と言っていいほどよい。

60代の父と、全員成人した息子3人で、可能な限り一緒に行動したがる。

念の為言っておくと、父は公務員定年退職後、再就職しているし、私を含めて息子は全員大学又は大学卒業後、定職についている)

去年は家族旅行を国内外含めて5回した。

揃って食事をするために集まった回数でいうともっと多い。

全員アウトドアスポーツインドアと多方面に多趣味だが、内容はほぼ一致している。

家族の誰かの影響で始めたものが大半だからだ。

専門が、法学文学情報科学材料科学と別れているのも、お互いの知的好奇心相互補完できる感じでとても良い。

特に私と父は、家族相手イベントを紹介して一緒に参加するのが生き甲斐みたいなところがある。

正確には、これは父から私に伝染した。

小さい頃は、この父の「楽しませてやろう」という気遣いが鬱陶しいと思うこともあった。

温泉行くよりゲームしたいよみたいな。

父は期待通りに「楽しめていない」様子を見せると、不機嫌になることもあった。

それのせいで「楽しんでいる」演技をすることもあったように思う。

なんか、人間失格みたいだが。

それがいつの間にか、鬱陶しくなくなっていた。

多少は、断るということを覚えたせいもあるが、自分家族を楽しませたいと思う気持ちが芽生えてきたからだと思う。

弟2人は、自発的イベント提案して企画することはあまりないものの、「次は~したいね」くらいの事は言う。

事情あり、今は実家と呼べる家には私しか住んでいない。

から、この時期は私が家族を迎え入れ、送り出す感じになる。

夏休みの時期とかもそうなのだが、このとき猛烈に寂しくなる。

ここ数年はこう思う。

「流石に、この4人だけが家族、という時期はもうそうは長く続かないだろう。」

「誰かに新しく家族が出来たら、この家族解体か。」

そして、こう思う

「この家族以外の誰かを、この家族のように想うことができるだろうか?」

20年近い付き合いになる、なんでも話せる友人(家族にも話せないことも話せる)もいるし、恋人いたこともある。

しかしながら、最も親しい人は誰かと言われれば、大差をつけて家族3人が入ってくるし、

誰のためなら命がけで行動できる?と問われれば家族以外にそれが出来る気がしない。

嘗ての恋人達は、そのカテゴリに引っかかる気配すらなかった。

その時その時はそれなりに夢中になっていた覚えがあるし恋人を楽しませるのが生き甲斐みたいな時期もあったのだが。

「ぼちぼち婚活も考えたら」

と、家族含め周囲に言われる歳になったが、そんな気持ちがあって、どうもする気が起きない。

こういうきもちを抱く相手家族なのだ自分の中で定義されてしまった以上、

他人とただ「家族」という枠内に入っていき、それが構築できない予感がする行動を取る意味が見えないのだ。

2020-01-04

正月休みは親に付き合って、毎日のように遠方のスーパーに買い物に行くだけで終わった

親は友達付き合いもなく、これといって趣味もないから家にいても退屈

どこか行きたいけどスーパーぐらいしか行く所がないから、毎日買い物行きたいのはわかるが、

両親ともに仕事も辞めて金もないのだから、買い物だけが生き甲斐みたいな状態やめてほしい

もっと生産的な趣味とか持てないもんか

孫でもいればマシなのかもしれんが、親が親なら子も子で非モテ結婚できないおじさんだから

罪悪感もあるから介護だと思って付き合ってるけど、

毎日のようにスーパー通うの金かかるし時間無駄から、今からでも趣味とか作って欲しい

2019-12-14

正社員もしくは人生やめたい

8月メンタル病んで退職して

https://anond.hatelabo.jp/20190703101028

12月から正社員で働いてるけど前の会社やめる前よりメンタル悪い

自分には偉くなりたいとか高い給料がほしいとか技術を高めたいとか思ってないのに、若いからという理由で周りが要求してくる

派遣でよかったけど親が許さなかった

今年は行きたいところにたくさん行ったから行きたいところもなくなってしまった

労働に耐えうる生き甲斐がなくなってしまった

2019-12-12

ヴィーガンにも環境活動家にもフェミニストにも弱者人生は救えない

 ヴィーガンかいう人々がいるらしい。動物人間と同じように扱うべきだと考えて動物を食べないとか。ふーん。結構なことだ。

 なんとかい環境活動家がいて、こいつを批判する人は現実から逃避したい人だとか少女が偉そうにしてるのが気にくわない差別主義だとか言われるらしいね環境保護、立派と思います

 エロ本萌え表現存在するだけで女性差別が強化されると思い、男女平等理想のために表現規制をしたいフェミニストってのがいる。男女平等、偉い偉い。

 でもこいつらは、人間人生に、人生意味生き甲斐を与えることにはすこしも興味がない。「平等であれ」という倫理世界に広げることには興味があっても、社会の片隅でひっそりと生きている独身弱者男性の生きがいが奪われることには興味がない。

 

 人生意味を語ることは非合理な宗教信者しかできない。世界はただ存在して、人間は誰かが避妊せずセックスした結果としてのみ生まれ生物学必然としてのみ死んでいく。この世界で、子孫を残す望みのない弱者独身者は、孤独人間は、何を希望に生きればいいのか?ただ自分寿命を維持するためだけにクソみたいな労働をして、雀の涙みたいなカネをもらい、家畜の餌みたいな飯を食うだけの人生を浪費する。こんな人生に何の希望があるのか?

 

 虚無にまるっきり等しい人生ごまかすためのもの何だか分かるか。1つは肉を思い切り焼いて食うこと。1つは度数の強い酒を飲むこと。1つはオナニーをすること。強い快楽を脳に浴びせ続けて、絶望を忘れ続けることだ。

 上に挙げたような人たちは倫理的に生きることだけを至上命題としている。それも、動物未来世代女性と、他者との関係の上での平等を中心にしている。でも僕たちが倫理であるのは人間関係を円滑にして自分生存を維持するためであって、全ての動物地球で仲良くするためではない。環境大事にしようと思うのは残された子供世代が生きることを考えているから生まれる考えであって、独身子供を持たない人間にはなんの利益ももたらさない。社会で生きる女性就職賃金地位の面で不利益を受けているのは正されるべきだと思っても、わざわざ見に行かなければ何の影響ももたらさないような表現規制することが女性社会進出に役立つ度合いが、弱者独身男性のオナニーの機会を奪うことまで正当化できるほど大きいとは思えない。

 

 僕たちの生きる意味、いや、生の絶望ごまかすための手段が、こんなことで制限されていいとでも思っているのか。

 倫理的に生きることは、よく生きることに優越しない。絶望生存のぎりぎりのラインを生きる人に、そんな強い倫理要求を課す権利があるなんて、何で思えるんだ。リベラル欺瞞なんてことが言われるのは、他者と対等に交感しあい友と親しい関係を築くことが人生意味だなんて大層なことを言いながら、自分達には下品な性欲も食欲もありませんみたいな振りをしつつ、それを代替人生意味を補うための家族友達金も職業弱者が欲しいものは全部持っていて、何もない孤独独身男性に偉そうな倫理マウントをとるからだ。

 現代倫理エリート活動家どもには、人生無意味直視してもらいたい。弱者孤独独身で救いようのないゴミ人間も、命を持って生きていることに対して向き合えないなら、お前たちの思想にも活動にも何の意味もない。

2019-11-17

みんなの生き甲斐ってなに?

教えてね

2019-11-02

フェミな方々が男性オタクに関して知るべき5つの事実

オタクほど自分欲望真摯に向き合ってる存在はいない

オタク衝動に任せてただ貪っているのだけではなく

自分の持つ衝動と向き合い、哲学する探究者でもある。

少なくとも自己内面を掘り下げない一般男性よりは自覚的であると言える

オタクほど女性を強いと思ってる存在はいない

現代において肉体的な強さは大した価値がなく

金銭的な成功者も、いわゆるイケメン

オタクにとっては憧れるなりたい自分になりえない。

男性にとって説得力あるロールモデルがなくなった現代において

比較ありのままで存在を認められる「かわいい」といった女性特有の強さは

どう取り繕っても存在自体本質的キモ

需要どころか排斥対象すらなりえるという自覚から逃れなれない男性にとっては

もはや羨望の対象ですらある。

「宇崎ちゃんは遊びたい」も女性弱者として性的に消費してるどころか

ウザいからみをしても許されるどころか肯定され価値は発生する

女性強者っぷりを描いた作品といえる

一億稼げといわれたら宝くじ現実的説得力ある選択肢になりえるように

圧倒的弱者という自覚がある男性にとっては

向こうから好意で絡んでもらえるという奇跡幸運

女性接触する唯一レベル説得力がある可能性という悲しい構図なのだ

オタクは何も持っていない

前述のようにオタク弱者で、どう取り繕っても本質的キモいという自覚があり

自分は何も持っていないと考えている。

からこそ自分内面欲望と向き合い、空想することが生き甲斐になっている。

その持たざる者視点では、

フェミな方々があげる問題は「持つもの価値をどう保護運用自己コントロールするか」の話に見えてしま

それどころか、持つもの持たざる者の逃げ場所価値自己コントロール対象として奪おうとしてるようすらみえる。

大多数のオタク女性不利益是正されるべきと穏当に考えてるが

表現弾圧是正のための唯一の手段でも、効果的な手段でも、女性被害象徴ですらない

リターンなど考えずただ叩きやす弱者から叩いてるように見える。

弱者から潰すのは戦争では常套手段とはいえ、禍根を残す虐殺をやる覚悟ちゃんと持ってるのかは疑問である

オタクほど理想現実区別し、現実女性から遠ざかろうとしてる男性はそういない

圧倒的強者である女性にたいしてオタクはできるだけ接触したくないと考えている。

(ただし、いけるという勘違いが発生してしまった場合はこの限りではない傾向がある)

そもそも結婚自体が魅力ある人生モデルみえなくなった時代

ある程度、自給自足ができるオタクが草食的になるのは自然

オタクがしたいのは自身内面欲望探究であって

性交可能性を増やすことではないし、

理想現実の違いを誰よりも知る人種といえる

ファンタジー現実と同一視するどころか、現実象徴とすらして

オタクこそ現実女性積極的性的消費する第一人者とみなすの大間違いといえる。

しろ現実女性への性的消費から遠いところにいるのがオタク

オタク実在女性性的需要相対的に減らす存在

オタクは自らの欲望と向き合い自給自足にある程度成功している。

これは技術の発展によってさら進化する可能性がある

男性的な性欲を満たすのに必要パラメーターは客観的にはけっこう少ない。

VRによって視覚的に騙すのはかなりのレベルにまできている

たぶんロボットアーム付きルンバみたいなのに遠隔操作自律動作家事やらせるのがどこかで流行るので

触覚も20年以内にある程度解決する可能性が高いのではないかと思う。

男性シチュエーション的なものは求めるが心理的ものはあまり求めないので

技術によってどんどん欲望の発散方法が洗練されていく

そうなれば女性性的需要相対的に低くなる可能性が高い。

それにより女性被害が減少する可能性も高いといえると思し

ロールモデルから解放もありえると思う

ただし、女性性的需要相対的に減るというのは

女性価値相対的な減少といいかえることもできる

そういう意味フェミな方々がいまからオタク攻撃するのはある意味正しいのかもしれない

2019-11-01

くたばれ理系女子

自称わたし理系女子絶滅しろ

そしてお前は女子じゃねぇ、もう30越えてるだろ

そしてお前はだいたいブスだろ

男をバカにして生きてるからだめなんだよ

武蔵小杉のタワマンに住んでることが生き甲斐なんだろ

くたばれ

目障りだ

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