「生き甲斐」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 生き甲斐とは

2019-02-12

ストレス耐性と口語能力理解力が低いスペック死ぬしかないのか

もう30代前半になってしまった。

どうにかしようと思って就ける範囲の職で何社か働いてみたけどストレス耐性が低すぎてすぐ辞めてしまう。

神経質だったり人の話が理解できなかったり朝が弱かったり人と一緒にいると疲れたり集中しなきゃいけないのはわかっててもボーっとしてしまったり頭が真っ白になってしまう。生きてて辛い。

もう、俺の脳みそはとっくの昔にだめになってしまったんだろう。

IT慢性的人手不足?俺には無理だろう。無能はいりません。皆そう言うよ。どれだけ学習意欲を高めても働き出すといっきリソースが消費して逃げ出したくなるんだ。

発達障害じゃないのかって?精神科検査したよ。カウンセリングやウェクスラー検査を通して貴方が生き辛く感じている特性確認できました。しか言語性と動作性に差はありませんでした。貴方発達障害ではありません。

きっと俺みたいな低スペックに苦しむ人間は世の中には沢山いるんだろうけどフォーカスがあたらないのはこの世界が俺みたいな健常者の皮をかぶったゴミのための世界じゃないからなんだよな。

幼い頃から生きていてずっと眠かった。歳を重ねる度に眠気が増してきた。

俺の馬鹿脳みそでもうっすらと世界の仕組みが、得られることの無い自己肯定感自己効能感を通して分かったんだろうな。「貴方はこの世界ではただのボトルネックです。社会のためにスリープ状態に移行します。もしくは強制シャットダウンをしてください。」

時々安楽死について調べてるのはきっとそういうことなんだろう。

精一杯仕事して仕事帰りに飲みに行く気力体力能力もあってプライベートでも胸張ってられる人たちはもう俺とは同じ動物じゃないんだろう。彼らは彼らなりの苦労があるのはわかる。そして彼らと自分との悩みの次元が違うのもわかるし、彼らと一緒にいると自分が彼らのストレッサーになることもわかる。

もしも安楽死制度が出来たら直ぐに使いたい。俺は幸い健康診断の成績だけは良い。だから、俺みたいな今日にでも死にたい奴の臓器は、明日を生きたい人に使ってあげて欲しい。こんなことでしか役に立てないが、せめて最期ぐらい役に立てるなら嬉しい。

わがまま言えば、臓器提供代金が欲しい。親の生き甲斐や夢を黒く塗りつぶした獄つぶしとして出来るのは、その代金を親に全額渡すことぐらいだ。

まれてきてすみませんでした。

2019-02-10

コードギアス 復活のルルーシュ

※本文には「コードギアス 復活のルルーシュ」のネタバレを含む。

10年前のR2放送物語が終盤に差し掛かり最終回というもの意識した時、本当に比喩ではなく毎週の楽しみであり、

生き甲斐だったコードギアスが終わるという切なさを感じつつ、その分素晴らしいものをみれるのではないか

という期待感もあった。

早くこの物語の結末を知りたい、観たいという気持ちと、

この素晴らしい物語が終わってほしくないという気持ちが重なる、そんな期間だった。

  

最終回放送された西暦2008年9月28日

ルルーシュスザクと行った本当のゼロレクイエムナナリーフレイヤでやろうとしていたこ

この二つの類似性に打ち震え、あの悲しい最後のシーンはルルーシュスザクナナリー物語を終わらせるにふさわしい、

素晴らしいもので、それまで見てきたどんな作品最終回よりも美しいと思った。

  

それまでの話数は放送後何度も見返したが、

R2最終回は、その後しばらく見返すことができなかった。

私にとって不可逆で不可侵の素晴らしい思い出だった。

      

最終回放送から8年後、西暦2016年にそのコードギアスが、ルルーシュが復活するとの特報が出る。

    

思い返せば亡国のアキトシリーズの放映や、パチンコ化などのメディアミックス情報は、

アニメ放送後も途切れることはなく、コードギアスは死なないコンテンツになったのだと気付くべきだったのかもしれない。

    

情報は少しずつ鮮明になり、総集編としての劇場版3部作が放映されたのちに

完全新作エピソード劇場で公開すると発表がある。

    

総集編はテレビシリーズとの小さな、だが物語に大きく影響を

与える変更点を加えつつ次々と公開していく。

  

そしてルルーシュが死んでから10年がったった昨日、西暦2019年2月9日平成最後の冬に

コードギアス 復活のルルーシュ」が公開された。

  

タイトルからして復活である

ルルーシュは死んだのに。

美しく、そして気高く世界から憎しみを無くすために文字通り命をかけた主人公

もういないはずで、それでも世界は続いていたのに。

  

復活

  

実は復活と銘打ってはいるが、概念的なことだけで

肉体が蘇るわけではないよ。

ルルーシュがいない世界必死に、彼が求めた願いを実現するために

戦う残された者たちが一生懸命戦う。そんな物語だよ。

それでもよかったのではないかと考えた。

  

だがし復活したのだ、

嘘つきのルルーシュは大切な約束を守るために。

  

復活してルルーシュは、まぎれもなくルルーシュだった。

味方が、特にナナリーピンチの時には全身全霊をもって、

策を練り、有無を言わせぬ迫力で味方を鼓舞し、指示を出す。

  

私が10年前に美しいと感じたルルーシュがそこにはいた。

あれがルルーシュだということに異論を唱えるファンはいないだろう。

それほどまでに素晴らしくルルーシュだった。

  

そして、物語はこれもまたまぎれもなくコードギアスであった。

国の陰謀、計略する首謀者、そこかしこに仕掛けられた罠、

激しく火花を散らし戦闘するナイトメアフレーム

世界の理を変えてしまうほどの強大な力、ギアス

  

コードギアスという作品に込められているものすべてが

詰め込まれており、それでいて色褪せない、新鮮さも感じることのできる、素晴らしいストーリだった。

  

この作品コードギアスであることに間違いはないが、

賛否両論あるということも間違いないのである

  

  

論点は一つ、ルルーシュの復活である

  

  

コードギアスという作品ルルーシュの死をもって

完結した作品であるはずという思いが強い人が多いのではないか

実際私もそうであったからこそこの「復活」にずっと懐疑的

感情を抱いていた。

  

だけれども、観て、楽しんでしまうのだ。

どんなに抗おうとしていたとしても、

観終わった後に私がどんな感想を抱こうが、

劇場で金を払ってみたという事実があるのならば、

コンテンツとして、興行としては大成功だ。

それは全くもって否定できない。

10年前に完結した物語の続きなんてみたいに決まっている。

観ないわけにはいかない。

  

観終わった後、自分感想賛否両論のどちらかなのか

すぐに決めることはできなかった。

この「復活」はあまりにも消化に時間がかかると感じた。

少しでもこの胸のつかえがとれないか

「復活」に関する評価感想ネットであさっていたところ、

監督インタビュータイトルに「批判覚悟制作に踏み切った」とあった。

  

この文言に納得しかかった自分もいたが、

冷静になってみればそれはそうだろうという感想だ。

物語を美しく終わらせるのではなく、

死なないコンテンツとして継続し続け、興行として成功する。

素晴らしいことだが、コードギアスというコンテンツを死んだと

解釈する私の様な人間から批判が出るのは覚悟していただかなくてはならないだろう。

  

10年の歳月コンテンツ評価に対する指標も変えた。

もはや視聴率はその指標としての能力を失い、

配信ツールの普及はいわゆる円盤の売り上げを

抑制するものになった。

  

からネット感想が正しいというつもりはないが、

例えばツイッター等のより個人、とりわけ趣味嗜好を

把握しやすSNSにはおおむね好意的にこの「復活」を

とらえている人が多いように感じる。

  

また、劇場でも終幕後に涙を流し、

良かったと感想を漏らす人も多くいた。

  

これだけでもこの興行成功であったと言えるであろうし、

どんなに賛否両論意見が出たとしても、「賛」の意見が出続ける限り

今後も興行収入を伸ばし続けるであろう。

  

否定というものさらなる否定を己に

向けられる覚悟がないといけない。

ルルーシュ言葉を借りるのであれば

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ」だ。

より情報を発信した個人特定されやすいこの環境では、

批判否定という行為は行いにくいだろう。

  

しかし、「復活」でルルーシュはこのセリフ否定するかのような言動を行う。

  

C.C.と同じ、撃たれてもその命を失うことがない

L.L.にはその覚悟がない。

いや、人ならざる力を持ち、さらには死すらも乗り換えたもの

人とは違う理で生きている。その悲しさを物語っているのかもしれない。

  

思えば10年前は視聴率を上げるために放映時に見る、

円盤を購入するという行為に我々は「支援」という意識を持って行っていたと思う。

  

大量のコンテンツであふれかえる世界から

自分の「好き」を少しでも延命させるために。

  

それはコンテンツというものが、傲慢かもしれないが

我々の支援なしには生き続けることができないと、

その支援が乏しく、延命繁栄をすることができずに死んでいったコンテンツ

観ていたからこそ、そうした感情が行動させていたのではないか

  

私が「復活」を劇場で鑑賞した際に

最も涙腺を刺激されたのは、お調子者だが愛されキャラ

本作でも重要役割を担う「玉城真一郎」のクレジットを見た時だ。

  

ご存知の方もいると思うが、「玉城真一郎」をTVシリーズで演じていた、

田中一成」さんは、西暦2016年に亡くなった。

  

もちろん総集編の劇場版で「玉城真一郎」を演じた演者の方の演技は

素晴らしく、引けをとっているだとか、優劣があるといいたいのではない。

  

私は「田中一成」さんの訃報を聞いたときしかった。

その悲しさは、当然のことながら亡くなった人はもう「復活」しない

ことを理解していたかである

  

10年の歳月があれば、悲しい別れを経験する人も多いだろう。

実際私もそうだった。こんなことを書くと現実フィクション理解していないと

否定されそうではあるのだが、私が10年前に愛した「コードギアス」には

壮大で近未来的なSFとしての要素もありながら、リアリティがあったのだ。

ルルーシュが何度もシャーリーギアスをかけようとしても、

にゆ人間を救うことはできない。そんな現実を突きつけられるような、悲しい物語だったのだ。

  

からこそ私たち最終話ゼロの剣に貫かれたルルーシュを見たとき

そこにリアリティを、死んだ人間は蘇らないという現実フィクション

コードギアスの中に見出し、涙したのではなかったのだろうか。

  

もしこれらを強引に、好意的解釈するとすれば、

私は10年前の最終話ルルーシュの死によって完結した素晴らしい物語

味わうことができたこと。

そして感情胃もたれしそうなほど甘い、

デザートのような続編を味わえたと、いうところだろうか。

  

それならば、一度飲み込んでしまったものは、咀嚼して

何とか消化吸収に努めないといけないのだろうか。

  

私がどれほど批判否定インターネットの海に

吐き出したところで、何にもならないのだから

  

批判覚悟で」

  

私の批判という弾丸は、放ったところで制作側には届かない。

コードギアス」というコンテンツは「復活」したルルーシュ

同じく「死なない」コンテンツに「復活」した。

  

私の撃つ弾丸は、もうルルーシュを殺せない。

  

奴隷制度って

からある新興宗教自己啓発系のネットワークビジネスセミナーみたいなのと何が違うの?

アイドルにはファン貢ぐものみたいなアイドルビジネスにも近いけど

私の悩みから解放してくれた教祖様のために壺買って壺売って心身捧げますみたいなもんだよね

んで教祖様は、自分の周りには肯定する人ばっかりたくさん集まってるから

批判の声は間違ってるなぜならこんなに肯定するがいるんだからって思い込んでるし

熱烈なファン新興宗教教徒って似ていて、

他に熱中するものない社会人生に生き甲斐みたいなものを感じてしまって奉仕してしまうけど

教祖様はそうやって人を懐柔していく方法最初から計画的に学んで意図してる

全教マニュアルなんて本もでてるし、きっと新興宗教のやり方を現代風にアレンジしてる

2019-02-08

anond:20190208130040

元増田だけど、妻の態度はでかくはないんだ。

どちらかと言うと、疲れたような悲しいような態度で言ってくる。

妻が俺の幸福に貢献してない、という事はない。

俺はうつ病仕事を辞めるまでは、仕事しかない人生で、突然それがなくなって、再就職もできないしで何もやる気がなかったんだけど、妻の後押しのおかげで子供が持てたし、何より、妻も子供可愛いくて、彼女らが俺の生きる目的になってる。

でも、ここで言われてるのを見て、俺が変わるのが難しければ、離婚しかないと思って、今後何を生き甲斐にすれば良いかからないのが不安

2019-01-28

anond:20190128085320

教育には金かけてもらった方ではないか。だが、俺本人がバカなのは如何ともし難い事実からな。

どうも親は、ためにため込むことを生き甲斐にしていたようだ。口座がいっぱいあってまとめるのに苦労したよ。満期になってはあっちに入れ、こっちに移し、を繰り返して何十口座にもなっていたからな。

2019-01-27

休日に何もできなくてつらい

私は卒業を控えている大学四年生だ。卒論就活を終え、時間を持て余している。

平日は1日通しでアルバイトをしており、そこそこ充実している。アルバイト先は土日祝が定休日なため、土日祝に働くことはない。いわば、一般的社会人と同じような週休2日制だ。

趣味ラーメンを食べること、漫画を読むこと、飲酒アルバイトの予定を入れてしまうとラーメンを食べることは出来ないし漫画も一気読みをしたいので時間をとらず、休日に後回しにしてしまう。平日の楽しみは酒だけだ。また、洗濯掃除、やらなければいけないことも基本休日にやればいいと思い放置している。しかし、実際に休日になると、何もやる気になれないのだ。

私の休日は大体11時ごろに目を覚ますことから始まる。目覚ましをかけずに自然に起きる時間が大体この時間だ。特に予定はないので二度寝する。二度寝をして起きたら大体14時をすぎる。先ほど書いたように、私は基本平日はアルバイトランチに行く機会が休日しかないため、前日まではラーメンでも昼に食べに行こうかしらなど考えていても14時過ぎに起きたら手遅れだ。

ランチ営業時間内に食べに行くことを諦め近所で通し営業をしているお店に行こうかと考える。しかし布団から出ることができない。歯を磨くことも、テレビをつけることも、趣味漫画を読むこともできない。ずっと布団の中でぼーっとしているかネットをしているかだ。そうしていくうちに食事億劫になる。もちろん部屋の電気もつけられないので、部屋はだんだん暗くなっていき、もはや昼ご飯を食べる必要がないことに気づく。

しかしいい加減夕方にもなると空腹にはなる。そこでやっとこさ布団から出て部屋の明かりをつけ、タバコを吸い空腹を紛らわす。歯を磨き、もう一度布団の中に入る。ここまでで大体17時、遅くて19時だ。ここまでくると外出自体が面倒になり、ラーメンを食べに行こうという思考が0になる。そして家事もやらねばと思いつつやる気にならない。

タバコを何度か吸い、布団に戻るの繰り返し。いい加減酒が飲みたくなり、コンビニに行き、カップ麺やらお惣菜やらと、発泡酒23時ごろに買いに行き、ちゃっちゃと飲み食いしてシャワーに入って1日が終わる。ほぼ布団から出ていない1日の完成だ。

外出するのが嫌いなわけでもないし人と会うのが嫌いなわけでもない。もちろん、予定が入っている休日もあり、ちゃんおめかしして外出する。しかし、アルバイトにしてもそうなのだが、外に出る必要性がない限り、外出する気にならないのだ。例えば、私には近所に住む彼氏がいる。遊びにおいで、ご飯を食べようなどラインが来るが外に出る気にならないので断ってしまう。決して彼氏といて退屈なわけではないが、近場の彼氏の家に行くやる気すら起きない。

趣味すら何もやる気にならないのはどういうことなんだろうとずっと考えている。どれも好きなことなはずなのにおかしいとも思う。結局のところ、どれも生き甲斐ではないからかなと結論に至った。

好きな気持ちよりめんどくささが勝ってしまう。これが私の人生だ。

私は別に明日死んでも構わないと思っている。死にたいわけではないが、生きたいわけでもない。どうすれば充実した休日を過ごせるのだろうか。

2019-01-20

プロ意識をあえて持たない仕事術

よくお前は「プロ意識がない」とか世間では言われる。だが「お前が言うな」って話なのよ。実際は。

アホ上司から言われる「プロ意識」とやらを持って仕事をしたからといって、自分給料がドカン!と上がるわけではない。大体、日本企業場合自分の行った仕事で、どれだけ会社利益があったか?」などという情報は一切知らされない。つまり、アンタが頑張った大部分は「全部会社が吸い取る」だけなのよ。

そして昇給ボーナスアップなどという「雀の涙金」を与えて「〇〇君!今季は本当によく頑張ったな!」などと言われてしまう。

はっきり言えば日本サラリーマンぐらいバカバカしい働き方は無く、このサラリーマンが「プロ意識教」に乗せられて仕事をする事ぐらい、バカバカしい話はない。

プロ意識というのは「プロ意識が持てる環境に働く人間」が「大いなる利益」を目論んで始めるからこそ、本当のプロ意識になる。

逆に言えば「キッチリとした明確な利益」が手に入るという「前提」が無ければ、プロ意識などは持ちようがなく「持つ必要もない」のである

で、今日の本題だけど、日本リーマン諸君本業では一切「本気出す必要なんか無い」むしろ手を抜けるだけ抜いて、思考力や体力をできるだけ温存し、自分で探し出した生き甲斐趣味、得意なことを通じて、何らかの副業を持つべきだ。

その副業を磨き上げて徐々に利益を出し、その利益を積み上げ「大いなる利益」に繋げることにこそ、プロ意識を持つべきだろう。

また実際、ここまでネットが普及してるのにこれを使わない手はない。単純にワードプレスを少し齧って、ブログを始めるだけでも「何らかの広告収入」は得られるだろう。趣味や得意な事を発展させたサイトでも良い。可能性は無限にあるはずで、企業就職してそこから収入を得るという働き方自体が、もはや「時代遅れ」だと考えろ。

2019-01-17

遣り甲斐生き甲斐もなく

ただ雲水に身を任せるかのごとく生きていく

2019-01-15

anond:20190115125045

から自分はなんで生きてるんだろう?生きてる意味あんのかな?って思わない?って友達に言ったら変な顔されちゃった

普通に仕事して普通に結婚して普通に暮らしてるんだけど、空いた時間テレビ見たり本読んだり音楽聴いたり楽器弾いたり昼寝したり料理したりしてる。外出すると買い物したり映画見たりカラオケ行ったりうまいごはん食べたりする。

でもこれって全部人が作ったもの自分はそれをただぼけ〜〜〜っと楽しんでるだけでなんか生きてる意味あんのかな。料理は人のレシピ見て作るし楽器は人の楽譜に頼るし頑張ったところでなにが待ってるわけでもなし、崇められるほど上手くなりたい気持ちはあるけどプロになるつもりもないし自分は一体なにがしたいんだ?え〜〜なんか生きてる意味あんのかな?

創造神になりたいのかな?そこまでじゃなし

ここまで書いて気づいたんだが自分自分で何かを生み出すことに生き甲斐を感じるらしい

ありがとう増田

そしてさようなら

はいさようなら

2018-12-16

生き甲斐とはなにか

生きてる意味がないのに

2018-12-14

ジャンルに執着しすぎる同人女

なんか前にも似たような記事何回書いたら気が済むんだろうって思う

要するに何も変わってないってことなんだよなぁ・・・

昔は依存からの脱却を目指していた時期もあったけどそれも停滞しているしね

なんで依存やめようと思ったか

ジャンルの新展開が地雷

・ショックで虚無になる生活

・如何に依存していたかにようやく気づく

って感じで・・・でも人であれ物であれ依存は何事も良くないよね・・・自分ダメにする

そんなわけで一時期は意識していたけどいつの間にかジャンルに戻っていた

作品自体やっぱり好きだなって思ったし

普通に楽しいしよかったじゃん!

とはならなかった

いや楽しくはあるけども、また新展開が地雷可能性ができてたのだ

公式から出るものならなんでも受け入れられるタイプでもないので、もし本当にダメだったら

そっと静かに去るしかない

そう決めてはいるけどじゃあその後は・・・・・・・?と考えると目の前が真っ暗になる

私はなにを楽しみに生きていけばいいんだろう・・・

コンテンツが終わって、緩やかに終えるならい卒業だなと思えるけど、逆燃料かつ唐突に終わりを迎えるのは全然違う

またあの虚無が戻ってくるのかと思うと怖くて仕方がない

じゃあ別ジャンル探せば?って話だけど中々ハマれないタイプなのでそれも難しい

ここまで書いてなんてアニメ以外生き甲斐のない中身のない悲しい女だろうって自分で思った

周囲を見てると割とあっさりした反応だし(実際の心の内は分からないけど)自分だけ異様に怯えて執着して

すごく恥ずかしい

時間近く色々情報漁って馬鹿のもの

ほかの人は他にも好きなアニメ・・・に限らず好きなものや人、生活があるのに自分は何をやっているんだろうって思う

厳密には自分にも他に好きなことがないわけじゃないけど、やっぱり比重ジャンルに寄ってしまうのは否めない

そういう状況を見ると自分って何もないんだなぁと虚無感を覚える

依存やべえって気づいてからはこの虚無を頻繁に感じるようになってきた

絵を描いてても、周りは今こうしてる間も現実に生きてるんだよなと思う、これしかやってない自分が恥ずかしい

こうやって周囲を気にしすぎるから自分ってもんがないのかもしれあい

結婚同人について語ってる人がいたけど、流石にあそこまでは出来ないもの部分的には共感した

依存とか執着力というか・・・

こうなると逆に地雷踏み抜かれて爆破されたほうが自分のためにはいいのかもしれない

脱却してもまともな人間にはなれそうもないけど

だけど人間いつか冷める生き物だから、出来れば熱が落ち着いていつの間にかやめていた

で終わりたいや

2018-12-10

不幸な日本人の特徴

他には?

2018-11-15

就職するなら金融一択じゃないの?

二十代で年収一億円超えるのって金融業界くらいじゃね?世の中金が全てなのに、他の職を選ぶ奴って何考えてんの?

やりがいとか生き甲斐とかは金持ちになってから考えろよ。

2018-11-12

anond:20181112022719

結局のところ死にたみを打ち消せる生きたみはこれまでの人生の蓄積から掘り起こすしかないと思うので

自分に向き合うために焦りを抑えて落ち着くしかないんじゃねぇかな

個人的にはそれやってみて自分には何も無かった!ってんならまぁ社会的にあれだけど自分のことは自分自由だと思う

生きていく方便としての生き甲斐突貫工事では作りようがない

2018-11-07

ポジションが無い(与えられていない)人のポジショントーク

現役バリバリプロ選手に向かって『頑張れ!』と叫ぶ無職オッサン

そうです。『お前が頑張れよ!』です。

そうです。私がルサンチマンまみれの【更新厨オジサン】です。

ポジションが無い」オッサンは、説教生き甲斐の[老害]になるか、新しい潮流を過大評価して

『俺はオッサンだけど昔より今の俺の方が若い』とイキリたがる[更新厨=リセット厨]になるかに、二分される。

ポジションが無い(与えられていない)人のポジショントークは[老害]OR[更新厨(リセット厨)]。

負け犬オヤジポジショントーク』。「オッサンであること自体が「負け犬」だという悲しい結末。

2018-10-24

だらだらと長文

どこか、書く場所がほしくて、なんとなく登録してみた。

ここがどういうところか良くは分かっていない。時々ツイッターRTされてきた記事を見る程度でしか知らない。ただ、匿名文章を書ける場所のようだ、と思って登録してみました。間違ってたら消します。

明確に書きたい内容というものが無いので、長くなる。意味もわからないと思う。ただ、なんとなく書きたかったらから書いている状態だ。見かけたとしても、できれば責めないでほしい……。甘ったれんな、と石を投げられそうな内容だと自覚はしています……。

人生って、楽しいのか?ということを最近よく考える。やりがいとか楽しみとか、夢とか。

私は、同人界隈に片足を突っ込んでいて、周りは同人等々で趣味謳歌している人たちばかりだ。すごいな、と思う。好きなキャラを追いかけて、二次創作したり、イベントに出たり、とてもパワフルじゃない?彼女たちはきらきらしてるよう見える。なんでそんなに頑張れるんだろう。仕事をしながらも趣味と両立して生き生きしてるように見えて、羨ましい。

対して私は……というと。そういったものがなくて。目標とか夢とかが存在しない。いや、夢や理想はあるんだけど、到底叶いそうも無くて、心が折れかけている。

私のその叶いそうにもない夢は、完全週休二日制で、お盆休み年末年始休みがあって、台風交通機関麻痺するときは自宅待機……という企業で働くことだ。付け加えるならば、社員一人(私)で、派遣契約社員十人の面倒を見なくていいところ。そして、イベントとかでは有給使って休んで、遠征して、イベント後に数人でアフターをする……。そんな夢。

でも現実はそんなに甘くない。

今も転職活動してるが、自分市場価値が無さすぎて売れる気配がない。書類選考も通らない。理想のような労働環境は、たぶんきっと、一握りの優秀な人くらいにしか枠がないんだろう。私なんかいらないと思う、自分でも。

仕事がだめでも、せめて趣味生き甲斐にすればいいんじゃないか、そうしたら楽しいでしょ?とふと思うこともあった。だけど、そちらもあまり芳しくない。まずそもそも現職だと有給ほとんど取れない。派遣の方々が有給自由に使うので、そのフォローにずっと追われてる。私だって8月13日とか1月4日かに有給使いたいけれど、『用事がある』っていう派遣さんに休みを譲らなくちゃいけない。

それに創作者としての自分能力ダメダメだ。中途半端イラスト二次小説を書けるせいで、自分の描いた絵に魅力がなかったり自分の書いた文章面白くなかったり……というのを痛いくらいに実感してしまう。ツイッターでの繋がりで本を手にとって下さった方はいるけれど、申し訳なくて仕方がない。たぶん読まれことなくそのうち捨てられるのかな、なんて深読みもしてしまって、紙とか印刷所さんに対しても申し訳ない気持ちになる。私だけが一方的に神に『読みました!』と感想を伝えてる。……欲深く、手にとってもらえたらなら読んで貰えないかな、と思ってしまうのがいけないんだろう。

先ほどの夢もそうだけど、全体的に高望みしすぎなんだよ、自分。身の丈にあった夢とか希望かにしないといけない、いろいろ諦めたらたぶん楽になれるはず。だというのに、ぐだぐだ現状に不満を漏らしてて、最低だと思う。

その上最低にも、いっそ『余命何ヵ月です』なんて言われたら、仕事も辞めて余生を満喫して死ぬのに、と妄想する始末。懸命に生きようとしている人にはブーイングものかもしれないけれど、生き甲斐とか生きる楽しさとかが見当たらなくて、自分意味がないように感じて仕方がない。

隣の芝が青くみえるだけで、きっと皆さん苦労してると思う。私の状況が酷いものじゃないのも分かってる。だからこそ、皆さんどうやって人生を生きてるんだろう、何を生き甲斐にしてるんだろう。そんな疑問が生まれる。

皆さん人生楽しいですか?

こんな意味のないぐだぐだな文章を、こんな気持ち悪い文章最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。出来るならば、石は投げないでいただけるとありがたいです。ごめんなさい……。

2018-10-17

大手ジャンルオタクが出来ないから決別する

私はオタクだ。マンガゲームアニメが好きで、アイドル化粧品も好きで、大手ジャンルが怖いオタクだ。

オタクになってからというものの「最近流行ってる人気作品」のファンマナー炎上する光景を沢山見てきた。(運営炎上することも多いけどこの話では割愛)

最初のころ私は「どのジャンルにもマナーの悪いオタク一定数いて、人気作品は母数が多いからどうしても目立ってしまうのだろう」と思っていた。何故ならその時の私は大手ジャンルオタクで、それしか知らなかったから。そして特にマナー違反をしていないオタク存在も知っていたから。だからその手の炎上を見るのがその作品が好きなオタクの一人として辛かったし、ちょっと嫌気がさしていた。

そんな私が約4年前にハマった漫画がある。それは私の人生を変えた。今でも一番好きだし多分これから死ぬほど好きで、人生を捧げてもいいと思ってて、本気で生き甲斐だと思ってる漫画。そしてその漫画は今までと違って「大手ジャンル」では無かった。だけどめちゃくちゃ楽しかった。その漫画を好きでいることが楽しかったし、公式から供給大手に比べると確かに少ないけど、そこに不満を感じることもなかった。なにより「快適」だった。二次創作考察ツイートをしている人の作品Twitterの呟き、そういうことしてるわけじゃないけどその作品オタクしてる人の呟きを見るのも楽しかった。作品キャラクター原作者に対する愛を節々から感じることが出来た。そしてこのジャンルは私の知る限り「ファンマナー炎上」することが一度もなかった。マナーが悪い人が一人もいない、ことはないと思うけれど目に付くことは特に無かった。これまでに感じていた「オタクをする上で必ず付き纏う疲弊」を感じることがなかった。私はそれがあまりにも幸せだった。(漫画としてめちゃくちゃ面白いというのは大前提として)

(※誤解しないで欲しいんですが決して人気ジャンルに愛のあるオタクがいないとかそんなことは1ミリも言ってないです)

だけど転換期は突然に訪れる。その漫画はなんと2年前に休載になった。(この時点でなんの漫画か気付いたひともいるかもしれないけど敢えて名前は伏せます)

びっくりしたけど、私は少しだけ余裕が出来た。だから少し経ってからフォロワーがハマってるジャンルとか、よく見かける最近流行ってるっぽいジャンルを履修しようと思った。

名前は出さないがいくつかの大手ジャンルをこの2年履修した。ゲームもあればアニメもある。そしてそのジャンルは全部一度は炎上した。ただの偶然かもしれないけど、私の知るここ2年ほどの大手ジャンルは大体一度は炎上している説あるからまじで。なんでだろう、と思った。私は考えた。そして考えた上で結論を出した。

大手ジャンル流行ものに食いつく層がいるから」

あんまり認めたくなかったし悲しいけど私の中の結論はどうしてもこれだった。流行もの二次創作をしてチヤホヤされたい人が、畑を荒らしているのだ。そうしてそういう人が炎上してまともな人は離れ、暫くしたらそういう層は次のジャンルに移行してジャンル自体は廃れていく。そう思うとめちゃくちゃ怖いし悲しい。作品のものは大好きだからこそ。

(※勿論ですが流行ってるからという理由で気軽に手を出したら本当にそのジャンルを好きになる人も沢山いると思うし、そういう人のことは言ってないよ)

だけど原因はこれだけじゃない。もう一つ大きなものがあると思っている。それは「勘違いをしてしまうこと」だ。大手ジャンルは圧倒的に母数が多い。例えばグッズの売上、イベントの箱の広さ。公式Twitterフォロワー数やDL数。二次創作につくRTいいねブクマ数。どこを切り取っても数が違う。きっとそれ故に人は勘違いをしてしまうのではないだろうか。「このジャンル二次創作CPは許されている。認められている」と。

勘違いしてしま気持ちも、そして流行もの二次創作をしてちやほやされたい気持ちも正直わかる。実は私も文字書きの端くれだからだ。全然人気サークルとかじゃないけど、やっぱり母数が多いジャンルの方がいっぱいブクマされるし反応がくれば嬉しい。好きって言われたら嬉しいし、もっと言ってほしいとも思ってしまう。

自分を好きって言ってくれる人が好きそうな二次創作をして、褒められて自分も満たされる。

わかる。まじでめちゃめちゃわかる。これ断ち切るのほんと難しいよね…。

そして勘違いをしてしまうのも、ちょっと分かる。勘違いというよりもきっと感覚麻痺なんだと思う。オープン妄想を発信してる人がいて、そういう人をみてそんなにオープンな感じでいいの?やったー!って人もいるだろう。(とくに最近人口が爆発的に増えたコ〇ンなんかは、映画きっかけで久しぶりにオタクに戻ったらみんなめちゃくちゃオープン二次創作してて、それを時代の違いと納得してしまった人も多いと思うし)

こうやって少しずつ「マナーが悪い」ことが「普通」になっていく。

そして自由二次創作をできる環境を一度知ってしまうと辞めるのは難しい。

からファンマナー炎上した頃にはもう手遅れ。それが普通だと思ってしまって楽しさも知ってしまった人が考えを改めるのは厳しい。人数が多ければ多いほど。

それから原作知識のない人が二次創作してるケースもある。気持ちはわかる。流行ってると自分から検索しなくても勝手二次創作マンガ公式情報が流れてきたりするし、履修してないのに主要キャラの顔と名前がなんとなく一致する人は結構いると思うし。正直その気になれば原作未読でも二次創作読めばなにかしら書けるとは思う。だけどこれは大手ジャンルじゃないと出来ない。だって大手ジャンルじゃないと二次創作出来るほど勝手漫画TLに流れてきたりしないし。実際二次創作知識しかない人が二次創作しててそれが人気だったりもする。

だけどふと思う。そこに愛はあるのだろうか。

二次創作知識だけで描いてるけどいいよね、とか。〇〇くんがすき!それ以外はどうでもいい!とか。

そこに作品キャラクターに対するリスペクトはあるのだろうか。

私は原作リスペクトの無い人間二次創作が嫌いだ。そしてリスペクトを感じられる作品がめちゃめちゃ好きだ。

大手ジャンルはよく炎上する。

流行ものに飛びつく自己顕示欲に囚われすぎた人。

母数の多さに勘違いして周りが見えなくなっていく人。

原作へのリスペクトが欠けている人。

どれだけ自分自身がそういう人を避けていても、自分の好きなジャンル炎上しているという事実だけで疲弊してしまう。推しジャンル自体が悪く言われるのも物凄くツラい。少なくとも私はそうだった。

私は大手ジャンルオタクが出来ない。少なくともこの先、大手ジャンルにハマっても二次創作をしたり同人誌を買うことはないだろう。作品への愛はあるから迷っていたけれど、2年休載していた大好きな漫画の連載再開が発表されたことで決意できた。それに、私は疲れるためにオタクをしているわけじゃないから。

大手ジャンル否定するわけじゃない。これから原作は好きだ。追っていくだろう。ただ私に大手ジャンルオタクをすることが性に合わなかっただけ。

私は推しを通して幸せになりたいし、幸せだと思えるやり方でオタクします。

さようなら大手ジャンル

2018-10-16

知人が中学校教諭をしているんだけど、土日の部活動のせいで休みがなく、休めないせいで恋人との関係がギクシャクし、休みを入れようとすると生徒の親から「やる気がないのでは?」「他の中学校は休んでないですよ?」と言われるし、手当は雀の涙ほどだし、ほんとうにつらい、部活動なんか撤廃してほしい、こっちだってやりたくてやってるわけじゃない(なんて言おうものなら生徒の親から学校電話がかかってくるから言えない)、やりたきゃ地域クラブチームなりなんなりで勝手にやってほしいと話していた。

その一方で、恋人もおらず結婚もせず独身貴族謳歌している教諭にとっては、部活動こそ自分の生きる道みたいなところがあって、部活動撤廃してしまうと生き甲斐をなくしてしまうらしい。知人はそんなんしったこっちゃねえ、と話していた。私もそんなんしったこっちゃねえと思う。

2018-10-15

自死を許す風潮

単に追い詰められて死んだ人を赤の他人死体蹴りするのはやめよう程度の人がほとんどだろうけど

生きるということへの無条件の肯定が弱まっているのかなって感じる。

物質的に死なないでいるだけなら多少簡単になった現代からこそ

「ただ物理的には生きているだけ」という状態が生々しく露出している。

生きる意味目的理由生き甲斐、生きることが大切というのは実のところ全員が手に入れられる公共財ではないと、暗に認めてしまっているのではないだろうか。

2018-10-11

オタク≒男」、「サブカル≒女」

サブカルオタクの「自尊心供給源」(2018-09-16)

https://anond.hatelabo.jp/20180916165915

サブカル自分より下位の者を「自尊心供給源」にする

オタク自分好みのフィクションを「自尊心供給源」にする

オタク≒男」、「サブカル≒女」といえる。男らしさ、ダンディズムを追求する男は「オタク」とは

呼ばれないが、【自分好みのフィクションを「自尊心供給源」にする】という意味では、

正しく「オタクである。「男らしさ」「ダンディズム」も「(無自覚な)フィクション」の一種から

車や酒、煙草釣り、賭け事などの趣味にこだわり、生き甲斐を求める男は、「オタク」っぽくないだけで、オタク

一般的に言う「オタク」のイメージは、非モテの男、いじめられっ子の男、だろう。

『女』が「サブカル」に多い理由は、「平均的(≒模範的)な女性像」を強固に内面化して育つからだろう。

「平均より劣る(=ブサイクデブ)」、「アウトサイダー(仲間外れ、常識外れ)」にはなりたくない、なってはならない、

という恐怖心・警戒心を常に感じているからだろう。その必然的な裏返し、反動が「サブカル化した女(腐女子?)」だろう。

女は一定の年齢に達すると「化粧」をし始めるので、自身フィクション化(虚構化)する事に対して、

男と違い、ごく自然に(=無自覚的に)「自覚的」なんだろう。

2018-10-10

女性性的搾取性的消費とかいうけどさ

女性ジャニーズとかイケメンの裸をエロく撮った女性向け雑誌でキャーキャー騒いでるよね。

あれは性的搾取ではないのだろうか。それとも男性の裸は性的でないとでも言うのだろうか。

女性誌に書かれているフェラの仕方やらセックスいろはなどは最早なんなのか。

かに女性の裸の方が禁忌的な感じはするが、それは水着上半身を隠すか隠さないかという価値観根付いているからだろう。

いや、私も女だから別に女性側だけが悪いと言いたい訳ではないんだけどさ。

流石にあまりにもブーメランが過ぎるんじゃないかなあと。

女性男性アイドルに、男性女性アイドルに、それぞれそこで楽しんで生き甲斐を得ているのだからいいのではないか

キモオタ二次元どうこうだって、立ち返ってみれば男二人をホモにして見てウフフと笑っているのだって相当だ。

男性同士は崇高で女性エロ及びNLなどは汚らわしいとかいってる自称潔癖ウーマンは黙っててくれ。そういう話じゃない。

しか最近BL男性向けエロを参考にした汁濁アヘアヘ系が増えている。穴と棒の数がちょっと違うだけで実質一緒じゃん。

どっちもどっちから文句を言うなという論点でもない。

ただちょっと疑問に思ったのだ。

女性地下アイドル男性ファン接触近いファンサービスをしていて、そのファンサービスの為に多量の金を注ぎ込む。

一方で、バンギャはぱっとしないバンドボーカルギターを取り巻いて時には寝技に持ち込み、他の女性ファンマウントを取る。

形はちょっと違うけども、結局は人間の下卑た欲望を貪っているに過ぎない事だ。

結局、差別搾取だ、って騒いでいる人ってその人が一番それらを差別及び搾取してるよね。

将来人権団体で謎の活動をする才能があるぞ。

何が言いたいかよくわからないしこれが初めての投稿からどうなるかなんざ全くわからないが、慎みのある日本人像ってのはもうこの平成絶滅した気がする。

2018-10-09

ヲタクの仕方が分からない。

中学生からおっかけになって、かれこれ15年くらい何らかのヲタクをやって生きている。ジャニーズお笑い女子アイドル…いろいろなものを追い掛けて、応援しているのが生き甲斐だった。逆を返すとそれ以外生き甲斐のない人間だ。だから自分の持ちうる時間お金も全力で注ぐのは苦痛じゃない。幸い、今まで好きになった人たちは上昇志向が強く、明確な目標があって、ファン応援必要としている人ばかりだった。はてブロtwitterなどで良さを広める、チケットを買う、CDを買う、友達を連れて行く、感想手紙を送る。奢りかもしれないけど、上昇志向の強い芸能人応援する上で、自分ヲタクのやり方が間違ってはいなかったと思う。

晩夏、新しい人を好きになった。誰かを好きになるのは理屈じゃなくて一瞬だ。それは恋愛だって、追っかけの対象だって同じなのだ

新しく好きになった人は劇団俳優さんだった。いま、私はどうやってその人の応援をすれば良いかからない。

多分、現状に満足していてこの状態が続けば良いと思っている。劇団仕事以外はほぼ仕事がない。けれど上昇志向はない。大きな劇団の中堅の俳優さんなので首になることはまずないだろう。特に自分個人へのファンは求めていない感じがする。劇団へのファンは歓迎の節だが、自分ファン、というものに対しては反応が薄い。

彼の舞台を見るのは楽しい。胸が高鳴るし、同じ演目でも何度だって見たい。

なのに、やっぱり何故か満たされない。とてもショックだ。けれど、それは満たされないことに対してではない。求められたくてヲタクをしているわけではない、と思っていたのに、私はやはりどこか求めてほしかった、ということに気付いてしまたからだ。自分のしたことを喜んでもらえる、目に見えて反応がもらえるということの甘美さに私はちっとも気付いていなかった。すごく、すごく、恥ずかしい。

書いていても何を言いたいかからないんだけど、とりあえずいま、どういう風に応援したら良いかからない。いや、ファンなんだから普通に見に行けばいいんだけど。だけど反応がないとどうしても悪い考えがよぎる。ファンレターも迷惑かもしれないし、多ステも気持ち悪いと思われてるかもしれない。逆に、じゃがいもみたいに何とも思われてないかもしれない。私は気持ちが悪いことにそのどちらも嫌なのだ。個としての認知はいらないが、ファンの塊として「いつもありがとう応援してもらえて嬉しい」とは思ってほしい。気持ちが悪いけど、どうしてもその欲を捨てられない。

友人みんなからあなたに合ってない推しだね」と言われる。私もそう思う。応援されるのが好きで、褒められるのが好きで、愛されるのが好きな人応援する方が私は幸せだと思う。でも、好きなのだ舞台の上で一瞬で分かるその声が、情けない役ほど似合う困り顔が、日替わりで繰り出す小ボケが、キメるときはキメる姿が、とにかく大好きなのだ。いつか、この気持ちも笑い話に出来るかもしれない。

でも、きっとしばらく私はヲタクの仕方が分からなくて、気持ちが欲しくて、悶々とするのだ。

2018-10-04

ゲーム実況ツイキャス見るのが生き甲斐の女とは付き合うな

○○と話すより実況見てる方が面白いからって振られるよ

恋人に求める絶対条件:ゲーム実況ツイキャス見ない子

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん