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はてなキーワード: 二束三文とは

2020-05-25

ノウハウを人命優先で二束三文リア充に取られて終わるコロナだった。

俺達の世代はそういう世代おまえらがならなきゃまずはそれでいい。

2020-05-09

演劇製造漫画だ言うけどそもそも

人間は水と食べ物があったら生きられるんだから農業以外死んでも良くない?

人口東京じゃなくて農村に集中させることにしてさ・・・

今ある田舎地主田舎ムーブかましてくるから国が二束三文で買い上げてよそ者ばかりの新農村を作ろう

anond:20200509092937

プログラミングスクールでも行ってそこから派遣SES二束三文スタートでもなんとかならないか

派遣経験は実務経験にならない?それともその年だと派遣にすらなれない?

2020-05-06

とある趣味のものヤフオクとかで売ろうと思ってるが面倒くさいので捨てたい

業者に売っても二束三文だし。

2020-05-03

1年でメルカリの売り上げが200万超えた

欲しいものは買って使わなかったら売るを繰り返してるからこうなる

そもそも限定品とかも衝動買いしてるから、定価よりも高く売れるものもかなりある

一昔前なら何年後かに二束三文業者に買い取られるだけだった

時代は変わったな

欲しいものは気軽に手に入れられる

必要なのは金じゃなく、買ったものを適切に扱い売り抜けるマネジメント力なんだな

2020-05-01

そりゃぁ技術を出すことはできるだろ二束三文でな

普段以上に頑張って、また、損をするこんなタイミングじゃカマセだろ

2020-04-26

anond:20200426215738

上昇婚志向の話と矛盾するね。

二束三文で売れるなら、買い叩かれるから上昇婚なんか成立しない。

anond:20200426215350

女の性なんてやすいんだよ。二束三文みたいにな。ちょっとオフトークしてくる

2020-04-18

anond:20200418092607

腹の足しにならないものは売ったところで二束三文

被り物はマスクの代りになるかもしれぬ。

2020-04-04

anond:20200404214730

しろどこに生産余力があると思ってた?ピエリ守山が来月からマスク工場にはさすがにならんぞ。

たまたまシャープ工場が遊んでただけで、なおかつ鳥取マスク生産設備を寝かせてたのは鳥取からだぞ。

二束三文土地税金からな。それも売れない使い潰しの設備酔狂経営者が捨てなかった程度のものだ。

大体の日本製造業土地は売られてイオンモールマンションになって、売れそうな生産設備大陸に流れていくんだ。

もし来年から石炭必要になったからって、夕張で掘ろうと思ってもたぶん5年後にしかならないぞ。こんなノロマ日本国ではな。

製鉄所も高炉の火を止めたら炭鉱みたいに廃墟萌えみたいな場所になって、いいとこ産業世界遺産でも目指すくらいしか用途はないぞ。たぶん二度と戻らない。

どこにも余裕もないし、メンテするような暇人もどこにもいないし、だいいちもう土地がない。

アビガン原材料富山化学メーカーコストで負けて寝かせてたプラントを7月までに立ち上げ直すらしいけどな。良くてもそんな程度だぞ。

2020-03-11

メルカリ絶望的に不向き

からガチャで溜まりに溜まったダブり(息の長いジャンルなので人気自体は現行)かれこれ衣装ケース何箱か。

中古屋での買取二束三文だろうがメルカリで売ればそれよりは断然マシな値段になると思う。というか二束三文なら家に置いておいてもいいかと思ってため込んだ結果が今だが。

しかし家を出ることになったのでそうも言っていられない。ある程度まとまったお金もほしい。そうだ、メルカリに出そう。

特に人気の、1つで数千円の値がつくものはいくつか売ったが正直梱包も発送も面倒だった。最早説明文を書くのさえ面倒でキャラ名と作品名くらいしか書いてない。

数千円数千円と頑張り結構苦痛ながらなんとか発送したがまだまだダブりの山。

知り合いにメルカリの売り手が趣味みたいな人がいたがあらためてすごいなと思った。

ハァ

2020-02-10

anond:20200210230347

NTT債権じゃなくて設置費と言っているので買い取らない

電話加入権を欲しがる人が多かった頃は転売されたものを買う人がいたので価値が生まれていた

今は電話加入権を誰もありがたがらないので、転売を試みても二束三文である

以前、電話加入権保有者が、資産価値が落ちたとしてNTT提訴したことがある

2020-01-23

anond:20200123025202

クォリティが低い」「価格に見合ってない」などのはてブやら増田やらの反応見て思ったけど、クォリティ価格担保に出来ない商売なのだから福祉としてドバド税金を注ぎ込むことを主眼に置かないと解決しないのでは。

まり現在緊縮財政問題だし、買ってくれと頼んでも二束三文商品が売れたからと言って増産が難しい状況だろうし。

単純な「買ってくれ」はあまり意味がないと思う。

結局現状の緊縮財政を求める省庁が問題なのでは。

anond:20200122114512

生きていくのには何を作るかなんだよね

何をするかじゃないんだよ

していることを経過時間評価してくれる学校という制度を過ごしたあとでなんにも考えてないと

「なにをするかだ!」とか考える人が多いけど

なにかを生産してほかの人の生産ができないものや足りていないものを補う形で

その補う差額を報酬として受け取らないといけないんだ

絵を描くっていうのは手段であってアートなんだよねアートオブマイライフ

自分生活の仕方(アートオブマイライフ)なんだよね

それを売るっていうのはユーチューバーになって24時間自宅のカメラ生放送するのと同じ

たぶん人気でると思うよ たぶんけっこうかせげる

さすがにそれは無理だわっていうから才能の一部である絵とか技術の一部である写真とか

それを利用した小物にして売り切り商品として小売りにするんだよね

芸術活動かいってるのはみんなライフワークなんだよ

ライフのワークってワークがつくから仕事なわけじゃん?

報酬があるかどうかっていうのは別の話として仕事してるわけじゃん

そのライフのワークの仕方がアートなわけだよねアートブライ

それを売るかどうかは別の話じゃん?

どこをどれだけうっても無限に湧き出てきてどこを売ったらおわるのか

いくらでそれを売るのかっていうマネジメントしないといけないよね

金の卵を産む鶏をもっていたなら金の卵を売るのか鶏をうるのか

絵をうって転売転載され風俗バイトポスターに使われフェミニストにたたかれとかされるのか

人気画家としてうれるのか絵画教室をひらくのか個展として入場料を取るのかあるじゃん

高級腕時計とか自動車みたいに現金としての留保数字にださないように

経費で絵画を購入してその現金を壁掛けの金庫として保管している状態にするとか

そういう用途のために使われる物理的な証券意味合い美術品として

お札にすごい技術で細かく書き込まれているただの紙みたいに

オークション美術協会内でその価値掲載して保証している価値代替品としての

美術品もあるよね

はいくらかいてても部屋においてたらお金にならないよね

書くことじゃなくて売ることがいるわけで

売るためには売り先が必要

売り先には用途必要

用途にあわせた絵が必要なわけだよね

必要にあわせたものを描くのか描いたもの用途提案して

必要を創出するのかだよね

うれるためにしたくないことをって自分ライフアート

人に受け入れてもらえないからいい子にしていないといけない

それがストレスだっていうなら世のサラリーマン諸君

したくもない仕事をして本当にしたいことを夜の街で酔って

疑似体験するのはアーティスト葛藤なんて比較にならないのじゃない?

アーティスト自殺率学生サラリーマン自殺率比べてみようよ

サラリーマンがそんな弱音を吐いたときなんてこたえる?

才能がないし他にできることなんてないんだからその場所

幸せがつかめる程度にがんばりなよっていうとしたらさ

やりたいアートは世の中に受け入れられるものじゃないか

いまお金になってるものをメインにやるのが一番じゃないってことじゃん?

絵よりもバイトのほうが収入があるならバイト正社員めざしたほうが

人間の性能としてはよりよい使い方だってことでしょ

クライアントにってクライアントを捕まえるがのそんなに簡単だと思う?

つかまえる腕もタイミング環境もあるんだからそこにより多く接する必要があるよね

そこでお金にならないことをしないといけないのならその資金力もいるわけで

お金をかせぐためにアートをするためにお金必要っておかしくない?って思うけど

それはアートをしたいかお金を出す必要があるってだけで

アートというのがお金になるから仕事をとるために手数料を払うってことじゃないよ

アートお金になるかどうかは商品の売買手腕にかかわることで

いい作品ならお金がでてくるって謎の仕組みじゃない

お金をもっている特定個人がそのお金の使い道としてその商品を購入したいと思って

お金をつかって仲介業者がそれをアートと称してその業界の名から一つ売り上げをあげて

ひとつ在庫をへらすというしくみ

在庫ひとつへれば業者は二つ購入しておこうかと予定をたてるじゃん?

その枠にはいれるかどうかをしないと枠にはいるためには

技術いくらみがいて感性をみがいても意味ないじゃん?

おかねもちのいまの購入動向とそのリストにの名前に割り込むをしないと

絵なんてかいてる場合じゃないし写真なんてとってる場合じゃない

金持ちがどこにすんでどこをあるいてなにをみているか

どうせ高いところでろくに細かいものが見えてないんだからはやりのゲージュツとか

ムーブメントとかあるわけがない

むかしの絵画美術骨董価値観をそのまま購入したりしてるだけ

売り手がやばいくらい売り込んでプロデュースしてるアメリカでは

ディレクターゴミにでも価値をつけてオークションブッキングするから

そんなものでも価値をつけて購入する

カタログに載ればなんでもいいんだよね

そこで貨幣とおなじくらい価値がでるように独自性があってコピーがしにくい

コピー価値がでにくい所持に価値がでるもの美術品だし

それを業務で利用することで利益につながるもの漫画だったりパッケージデザインだったり

その絵柄を特徴づけて自社製品の目印になる作品を購入したいよね

それが順位としてどれくらいなのか、比較検討できないと価値もつけられないし

どんなすごい技術がつまった作品でもその業界学会評価されないと

値段をつける人がつけられないから買えないよね

ただただすごい見てすごいからすなおにただお金をだしたいっていう作品

がもしあるとするならそれをどこで見つけるのかってことだよね

みつかったとしてその取引をどうまとめるかだよね

そういう業者業界の充実やお金持ちだけがあつまてる芸術学会

そういう単位お金をやりとりしているだけのところで芸術やってこうっても

まずお金がないならアート二束三文事務で消費してるパワーポイントができる程度と

かわらない扱いの界隈で生きていくしかないよね

そこではなにを切磋琢磨しても価値なんて永遠につかないので

無駄な苦しみをしている努力芸術家はたくさんいるのだろうと思うけど

水滴が岩を穿つようにそのなかからたまにあたりがでたらいいよね

千や万の芸術家の屍の山がその千分の一とか万分の一の割合でまわってきた運を

つかみとった瞬間の輝きをアートとしてみることが芸術のものだと思うので

かれらが芸術家ってがくぶちのなかでいきながらにもだえてひとのふみだいになっていくさまの絵を

みる楽しみをしているその芸術のたのしみかたもいいんじゃない

ネットのおかげでそういう地獄絵図も見えやすくなったもんね

芸術家とやらの人たちが地の底でもがいて人の上にのりあげてすこしでも天に近づこうと

もがいてる様子はまさに美術品ぽいね

時に落ちたら死ぬようながけにたつことを「アート」と言ったり想像しえなかったひどいことを

人にしかけることを「アート」といってみたりしてる辺境地獄から正統派技術を積み上げていけば

貧乏無名でも欲を出さず積み重ねていけば価値になると信じて地獄中央でほかの人の足場として

まれて埋まっていく姿とか美術的に価値があるとおもう

いい趣味してるよねー

2019-12-02

飲食店で席を外すとき財布や携帯などは当然持ち歩くが、上着座席に置いておく。

しか上着も数万円はするので盗まれると地味に痛いし、盗んだそれをメルカると二束三文にはなるだろうから盗むメリットはある。

上着を着て席を外すべきだろうか?

2019-10-31

仕舞ったら日の目を見ない増田クリアファイルいぁ不あり苦だ住まい並を目の平田っ増し(回文

おはようございます

ファングッズでクリアファイルとかってあるじゃない、

あれって日常使いじゃ写真が大きく載ってたりするから使いにくいのをむしろ越えて使うこそファン魂じゃない。

そう生きたいけど、

日常ではそうそうはそうは行かなくて、

結局大事仕舞ってるだけのクリアファイルなのよね。

かといって、

じゃ何のファングッズが喜ぶんだろうという案は?と言われても何が井の頭なのか?って思っちゃうわ。

結構そこ悩みどころの落としどころがないところよね。

ポスターも嬉しいけどデカいか春場所も限られてくるし、

せっかくポスター貼るんだから額縁に入れたいじゃない?

ってそもそもあんな大きなポスターの入る額縁ってあるのかしら?

からないけどあったら入れて飾ってみたいわ。

まあポスターも結局はそうなっちゃうし、

丸まったままの飾ってない涙だけの中森明菜さんだってそういうに違いないわよ。

かと言ってそのアーティストさんの文字だけのロゴって言うのも取り分け私はそうグッとこなかったりハッとしてグーなのよね。

よく車で某HとAを組み合わせたステッカー

もうあからさまに矢沢っちまった車を八街市で見かけたときにはもうやっちまったな!って近寄りがたく思っちゃうの。

そこまでもアピールしたいって訳じゃないんだけどね。

テレホンカードだって今やもう使える電話機すらないって話しよ

少年誌雑誌の全員応募で当たる!と言いながら小為替送らないパターンじゃなくて、

これってもはや当選と言うより購入って感じだわ。

それから中野ブロードウェイテレホンカードを売りに行っても

ぜんぜんプレミアムじゃなくて、二束三文四銭にもならないから五めんよ!なんちゃって言いたくなるわ。

テレフォンカード価値なんてもはやiモード以下でもあるしポケベル以下でもあるかも知れないし、

私のベル打ち入力は一体これから何処で発揮アンド披露したらいいの?って路頭に迷ってしまう。

ファングッズのペンライトにしても

かに唯一明るく灯して杉の梢で見つけた一番星みたいだけど、

私はまだライブコンサート内でペンライト振る勇気はないわ。

オタ芸の技のロマンスばかりするから脇腹の筋肉ロマンス筋ばりに発達してきて、

まったくその技ばかりやってるからよ!って

みんな技均等になさい均等に!って言ってしまいたいところでもあるわ。

そうなったときに初めてロマンスの神様は広瀬香美さんだってことが分かるはずよ。

でも一瞬揉めたとき芸名あれからどうなったのかって続報、

まさか新広瀬香美さんになるって訳じゃないでしょ?

まるでそれ新幹線こだましかまらなさそうな駅の名前じゃない!ってツッコミを入れちゃうわ。

まったくよん!

これからジャックオーラタンばりのパンプキンケーキでも焼くわ!

うふふ。


今日朝ご飯

ミックスサンドイッチをヒーコーと一緒にいただいたわ。

一緒にいただくと美味しいわね!

やっぱり朝は好きなもの食べてションテンあげたいじゃない!

デトックスウォーター

今日の今朝の朝はリアルになんだか寒かったので、

ホッツパンプキンウォーラーしました。

ガチ白湯マックスにホッツにしなくて、

ちょうどいい飲み頃の温度のホッツが美味しいわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2019-10-22

業務について曖昧なまま起業してる奴はキチガイ

当たり前だよなあ

外注の俺が業務について教えてんだから

 

まあそれわかってて仕事もらってるわけだけど

炎上プロジェクト二束三文で拾いに行くのそろそろやめにしたい

2019-09-01

生活保護とか障害年金って減額でよくない?

昔は買ったもの売っても二束三文だったけど、今は何でもフリマアプリで売れるじゃん

現金だった時代はしょぼいポイントカードしかなかったけど、色んなキャッシュレスでたくさんポイントつく

実質使えるお金2倍くらいになってるでしょ

何で時代が変わってるのに減額されないんだろ

2019-08-28

古本屋と本売りたい客を繋げるアプリ作りたい

第二のメルカリ目指したいんや

ぶっちゃけメルカリかめんどくさいだろ

かと言ってブックオフに売ると二束三文で買い叩かれる

個人経営してるような古本屋なら、その中間くらいで買い取れるんだよ

しかメルカリみたいに売れ残りがでない。

から実質手に入る金はメルカリで100冊中50冊売るのも、古本屋で100冊売り切るのも変わらないまである

このサービス絶対流行るだろ

頼むからお前ら一千万円出してくれ

このサービス作るから

2019-08-27

京アニ死傷者の氏名公開にこだわるメディアに感じた不快感理由

(これを書いている時点で、情報が公開された。自分としては、マスコミゲスさにうんざりしている)

先に結論を書くと、実名と年齢を聞かされる事での親近感を覚える心理マジックというか錯覚に、「売れれば正義」なマスコミも、他人の不幸を「感動ポルノ」として消費するのが好きな視聴者らも囚われ過ぎてるからだ。

なんでも鑑定団」という番組があるよね。言うまでもないが、テレ東看板番組ひとつであり、身の回りにある「お宝」がとんでもない高値のものな事が判明したり、逆にお宝とされていたものが「真っ赤なニセモノ」でタダ同然な事がわかり、出品者が赤っ恥をかくのも番組名物である

その際、出品物の由来が古美術商から説明されるが、我々が一番見たいものといえばそう、「評価額」だ。つまり、「それはお金にすると、幾らになるのか」だ。だから、発表された高値に驚いたり、逆に二束三文と分かった時のトホホ感覚を楽しめるのだ。

さて、京都アニメーションでの死傷者名が公表された。検視作業も困難を極めたであろう警察関係者には、感謝しかない。

ただしマスコミ、てめーらの関心は前述したように「名前(ここから性別も推測)と年齢」から感じる親近感マジックで、お涙頂戴の悲劇として実際の放火死傷事件いかに「感動ポルノ」として消費するか、しかねーだろ。

それを、さも報道の使命とやらでごまかし、その後に発生するであろう遺族へのメディアスクラムには知らん顔、というゲス根性を巧妙に隠している姿勢が、気に入らねーんだよ。

事件が忘れ去られるのを防ぐ」とやらで御託を並べるなら、アンタらマスコミは自局で「事件追悼企画」とやらで、京アニ過去作の放送くらいやってみたらどうかね。そういう動きに結びつけてない時点で、しょせんアンタらの関心は「死者のプライバシー暴き」とそれを感動ポルノとして消費することにしか無いんだ。

2019-08-10

DQへの憎しみを抱えている人、いますか?

件の映画に対するコメントを見るにどうもこの国ではDQはその名を知りプレイした国民の100%全てに愛されているかのように扱われているように思えます

でもそうじゃない人もいることを忘れないでください。

私はDQが大嫌いです。

件の映画は見ていませんし、見る気もありません。

DQを2時間も見せられて結局不完全燃焼で終わるなんて許せません。

私のDQの思い出はたった一作品DQ6だけです。

そして、私にとってDQ6は最悪の作品です。

最初出会いは、友人宅でゲームソフトを交換していたときに、ふと目に入ったそのゲームを借りたことです。

ぼうけんのしょ1には友人が進めていたデータが入っていました。

隠しボスを気が向いたときにいつか倒すために取っておいてあるデータから絶対消すなよと念を押されました。

ぼうけんのしょ2ではじまった私の冒険は素晴らしいものでした。

大工の息子にして最高の兄貴分というまるでかの聖人をなぞるような存在であるハッサン

エリート意識に振り回されるままに落ちぶれ続け仲間になる頃にはMPタンクにもなれるかどうかも微妙テリー

そんなテリーに1度は叩きのめされたものの彼よりよっぽど強いドランゴ

魅力的なキャラクター達と巡る2つの世界寓話性の高い物語の数々、定期的に現れるやたら強いボスマダンテを打った直後に死ぬバーバラ、確かにとても素晴らしいゲームでした。

そんな物語もついに終りを迎えます

辿り着いたラスボス(表)、その名も禍々しきデスタムーア

そのパワーを前に私はレベル職業の調整を強いられた。

明日こそ、アイツを倒す。

そう思って私はリセットボタンを押しながら電源を切った。

後に知るのだが、これは大きな間違いだったのだ。

同じDQシリーズでもFCソフト場合リセットを押しながら電源を切った方がセーブが消えにくく、SFCソフトリセットを押しながら電源を切るとセーブが消えやすくなる。

そして、次の日。

私は絶望音楽を聞くことになる。

ぼうけんのしょ1と2が消えたのだ。

2が消えたこともショックだったが、1が消えたショックは更に大きかった。

そのことを友人にどう打ち明ければいいのか悩み、まだクリアしていないという事で友人とは会話を合わせながらもう一度冒険を開始することにした。

2回めの冒険は、ムドーを倒すよりも早くぼうけんのしょが消えた。

セーブが消える癖がついたソフトを友人に返し、2週間ほどぎこちない関係を送ることとなった。

友人にソフトは返したものの、クリア出来ずに終わったという思い出は私の中に残り続けた。

それから5年ほどたった頃、私はふとゲームショップDQ6が安く売られているのを発見した。

PS2が主流となった時代、もはやゲームショップにとってSFCソフト邪魔なだけとなったのかどの店も二束三文で売り買いをしていた。

リベンジ、そんな言葉がふとよぎり、私はDQ6をレジに持っていった。

そして、帰りの電車の中で説明書を読み、リセットボタンを押しながら電源を切るという友人から推奨された方法説明書と食い違っていたことを知った。

3回目の冒険は、絶望の町の半ばで幕を閉じる。

ラスボスまであと10時間程度の場所だ。

もう疲れた

私はもうDQを遊ぶ気にはなれなかった。

その後DSリメイクが発売され、再び挑戦しようと思ったが、全てが面倒になっていた私はYOUTUBEEDだけ見て終わらせることにした。

しかった。

とても味気なかった。

こんなゲームのために、私は一度は友情さえ失いかけたのかと思うと、憎しみが燃え上がってきた。

私はDQを愛してなどいない。

全ての日本国民DQを愛しているなどという誤解はやめろ。

件の映画も見に行こうとは思わない。

でも、勇者ヨシヒコは好きだ。

勇者ヨシヒコバラバラで見ても面白いし、ぶっちゃけラスボス戦周りは特に面白くもないからどうでもいいし、何よりセーブが消えたりはしないし、録画ミスっていても配信で見ればいいだけだし、私がDQを嫌いな理由である所の「おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました」という舐めた態度と無関係の所にいるので、勇者ヨシヒコは好きだ。

2019-06-21

俺もIKHYランド作りたい!

でも高知に行くのも面倒くさいし今住んでる台東区近辺で済ませたいんだけど、

山手線圏内土地二束三文で買える1000坪以上の面積の土地って無いかな?

2019-04-13

お父さんお母さん、私に謝ってください

自分の気持の整理のために書き連ねる。自分語りで相当長い。


昭和生まれ就職氷河期経験済みのアラフォー

二歳年上の兄(長男)がいる。自分は長女だ。

幼い頃は特に兄と自分への待遇に差を感じたことはなかった。

親は団塊世代で当時は給料右肩上がり時代で、それなりの中流家庭だったと思う。

習い事などもどちらもそれぞれ好きにやらせてもらえていた。

兄が通っていた地元の塾に自分も行かせてもらい、兄は一足先に中学受験をして某私立中高一貫校へ進学した。

自分最初の塾(兄と同じ)で、『御三家も狙える』と言われ、有名な大手進学塾へ通うようになった。

毎週土日のどちらかには親に連れて行ってもらって都内テストを受けに行き、自分純粋に楽しんでいたが、それに付きあう親は大変だったろうと思う。


そしてその頃から、どうやら兄は道を徐々に踏み外していったらしい。

具体的に中学生の兄の身に何があってそうなったのかは今でも知らない。

兄は万引きなど軽犯罪を繰り返すようになり、親が警察に行くこともたびたびあった(当時、自分にはそれらの事実は知らされなかった)。

自分と兄はひとつ屋根の下暮らしていたが、部屋は別々で元々仲の良い兄妹でもなかったし、

自分中学高校御三家の一つに受かった)で良い友人に恵まれ学生生活を楽しんでいて、兄のことはほぼ眼中になかった。

ただ、それでも兄や両親を見ていて、『兄が道を踏み外しつつある』こと、『親が兄の対応で大変らしいこと』は雰囲気でわかった。

から自分まで親に負担をかけてはいけないな、と子供ながらに思っていた。

別に親のためにいい子でいようと思ったわけではない。

道を踏み外していく兄を尊敬できなかった、いや、心から軽蔑していた。ああはなりたくない、と思っていただけだ。

学校の友人の兄弟はみな出来が良くて、どこに出しても恥ずかしくない「まっとうな」人達で、比べると自分の兄が恥ずかしかった。

学歴なんかの問題じゃない、今でもそれで兄を差別する気はない。

犯罪を犯すこと(万引き以外にも路駐やら何かでしょっちゅう警察から電話があった。警察バカにし、遵法精神などまるでなかった)、

それで親に多大なる迷惑と心労をかけていたこと、それを反省もせずにまた繰り返すこと。

兄の心理など知る由もないし、なにか彼の思春期問題があったのかもしれない。

だがだからといって兄の行為正当化される訳もない。繰り返すならなおさら弁護の余地もない。

私は心の底から兄を嫌い、軽蔑し、しかし表にはそれを出さずに、ただ兄とは接触しないようにしていた。

(なぜなら、兄は短気で暴力に訴える人間だったからだ。一度自分がそういった態度を見せた時、夜中に枕元に金属バッドを持ってすごんできたのは忘れられない。

  そしてそういった基質もまた、私の兄への侮蔑をより強める結果になった)



そして兄は高校を(なんとか)卒業し、大学へは行かずにフリーターになった。

親はどこでもいいか大学へ行かせたかったようだが、兄本人が『大学でやりたいことがない』と進学しなかった(ここは兄が正しいと思う)。

ありがちな話だが、兄は音楽の道を進もうとしたらしい。バンドを組んで、いわゆるバンドマンになった。

音楽活動の実態は何をしてるのかさっぱりわからなかったが、さほど身を入れてやっている様子もなく、芽も出なかった。だが諦めきれないのか、フリーターをしながらだらだらと続けていた。

自分高校卒業大学へ進学した後も、兄はその生活をしばらく続けていた。

そのうち、兄は一人の女性(Aさん)と知り合った。そして二人は結婚を考える仲になった。

Aさんはとても良い女性だった。自分や両親とも仲良くしてくれて、兄は大嫌いだがこんな姉ができるなんてほんとに嬉しい、ようやく兄が自分にとって良い行いをしてくれたと思った。

しかしここで、両親は最大の過ちを犯した。

何を思ったのか、兄にマンションを買い与えたのだ。親の名義でローンを組んで、兄と彼女の新居にしろと兄に与えた。

フリーターの兄に月々のマンションに係る支払が払えるはずもない。それはすべて親が払っていたのだ。しか結婚も確定しないうちに買って与えた。

呆気に取られた。納得できないが親の気持ちになって考えてみれば、『Aさんに逃げられないように、住居が確定していれば結婚生活も楽になるだろう』ということだったのかもしれない。

『妹は大学へ行かせてやったのだから、兄にも何か与えねば』と思ったのかもしれない(しか自分国立大で、学費トータルしてもマンション費用20%にもならないのだが)。

兄は別に特段の感謝をする様子でもなく、当たり前のようにそれを受け取った。

そしてその後、結婚が決まっても一向に定職につこうとせずに自堕落生活を続ける兄は、Aさんに愛想をつかされて結婚前に出ていかれた。

(兄はAさんに入れ込んでいたらしく相当なショックを受けていたが、自分から見れば当たり前だばーかしか思えなかった)


この頃からだろうか、自分が『親は兄を贔屓している』と思うようになったのは。正確には、『親は兄を甘やかしている(自分には厳しいのに)』と感じ始めたのは。


自分は親に言われた。『私立大に行かせる金はないし仕送りをする余裕もないから、家から通える国立大しろ』と。

親の言うことに従おうとしたわけではなかったが、自分の行きたい大学はその条件を満たしていたので、結果として親ののぞみを叶えた形になった。

しかし心のどこかに、『親ののぞみを叶えたい』という気持ちがなかったとは言えない。兄で苦労させられている親を見てきて、自分だけは親が誇れる子供でいようとしたのかもしれない。

通おうと思えば通えたが、一人暮らしに憧れていたこともあり、親の援助は一切受けずに一人暮らしを始めた。貯金バイトでなんとかまかない、4年間それを続けた。

親が兄にマンションを買い与えるまではそれも納得していた。だが、親がそれをした時、自分の中で不公平だという気持ちが生じた。

根底に『「親に迷惑ばかりかける穀潰しろくでなしの」兄に、なぜそんなに金をかけて甘やかすのか?』という考えも当然あった。

自分にとって兄は「いないほうがマシ」で、存在する事で何もいいことがない、迷惑なだけの存在だった。

グレてようがフリーターだろうが、優しい兄なら愛せたろう。だが、兄としての優しさを見せてくれたことなど数える程もない(その数回も小学生以下の時だけ)。

家庭を持って子を為し、親に孫の顔を見せて安心させてくれたなら、「普通」で「まっとう」な人間になってくれたなら、それで兄を見直すこともできただろう。

しかし兄は正真正銘クズなので、逆の道にしか行かなかったのだ(それについては後述)。自分が兄を見直す機会はおそらく死ぬまで来ないだろう。

(余談だが、なかにし礼氏の小説再現ドラマ(兄との関係を描いたもの)を見た時、心からなかにし礼氏に共感した。自堕落でお調子者で弟にとって迷惑な兄。

なかにし礼氏が兄の葬式後につぶやく、『兄さん、死んでくれてありがとう』がわかりすぎて辛かった。

何年先かわからないが、おそらく自分も兄が死んだ時、『死んでくれてありがとう』と心から思うだろう。自分が先に死ぬかもしれないが)



Aさんに逃げられた後、しばらく兄は自堕落生活をしていた(親が金を払っているマンションで一人ぐらし)。

自分は何度も親に『マンションから出て行かせろ、でなければ兄は自立できない』と言ったが、親は『そんなこと実際にできるわけがない』『目の届かないところに行かせるほうが不安だ』と言って聞かなかった。

この頃から自分の中で『兄が駄目になったのは親の(甘やかしの)せいではないのか』『親は己の見栄しか考えてないのではないか』という疑念が湧いてきた。

やがて自分大学卒業して、氷河期の中なんとか上場企業就職を決めた。

希望の会から内定が出ず、文系プログラムなど全くわからないのにSEになることになったが、就職できただけでよしとするしかなかった。

親の反応は『とりあえず上場企業から、外への体裁が整った』というものだった。親にとって自分は見栄のための存在なのだなということが、徐々にわかってきていた。

同じ頃、兄もようやく某リフォーム会社営業として働きはじめた。

兄の営業成績は良かった(もともと外面だけは良い)ので、いっとき小金持ちになれたらしい。外車を買ったが、マンションの金を親に返す気はさらさら無いようだった。

その外車ポンコツなのかあるいは外車とはそういうものなのか、しょっちゅう壊れて修理代がかかった。あまり乗らないせいもあっただろう。

乗らないのなら売ればいいのに『売っても二束三文しかならない』と兄は言い張り、親はなぜか修理代を肩代わりして払ってやっていた。

(散々修理代を払って直して、最後にはやはり壊れ、ろくに乗りもしないままに結局二束三文で売ったようだった)

マンションの支払いは親が続けていた。このころようやく、月々の管理費や積立金などの維持費だけは兄が支払うようになったようだった。

そのうち、バツイチ子持ちの女性Bさんと知り合い、今度は結婚した。Bさんについては自分ほとんど知らない。

その頃自分は向いていない仕事かつ長時間労働で心身を病みかけており、朝焼けの街を徹夜明けで泣きながら一人家路についたりしていたので、兄のことなど構う暇もなかった。

結婚式には一応出た。ストレスで過食気味になりむくんだ顔の自分愛想笑いを浮かべて写っている写真は見返したくもない。

兄の結婚になんの感慨もなく、『これで普通人間になってくれれば』と願っただけだった。兄に望むただ一つのことは『普通の家庭を築いてくれ』で、それ以上は望まなかった。


予想していたが、兄の結婚生活は長くは続かなかった。

営業成績が良いのに浮かれ、独立すると言って仕事を辞めた兄だったが、ろくなノウハウもない個人リフォーム営業がそうそう上手く行くわけもない。

あっという間に生活は行き詰まり、さっさとBさんに逃げられた(どうやら浮気されていたようだが、それを追い詰める気力もなかったようだった)。

そしてまた、マンションで自堕落生活に戻った(もちろんマンション維持費は親払いに戻った)。

自分はずっと『兄を甘やかしすぎだ、マンションから追い出せ、マンションを売ってしまえ、でなければ兄は自立しない』と親に言い続けていたが、ずっとでもでもだってで聞き流された。

『(万引きなどの)前科があるから、追い出したら何をするかわからない。もっと悪いことになるかもしれない』『どれだけ言ってもあいつはこちらの言うことを聞かない』。これが親の言い分だった。

しみじみ、親も兄も情けなく、どうしようもないと思った。『お前は冷たい』と言われた。

そもそも最初にあれが道を踏み外した時、お前の中学受験にかかりきりで、親としてろくに関わってやれなかったのが悪かったから』と。

そう言われて自分にどうしろと? 責任を感じろというのだろうか? もうとっくに成人していい年になった兄を憐れめと? 親でもない自分がなぜ親と同じ感情を共有せねばならないのか?

『ずっとそう言い続けて兄を甘やかして、それで状況が好転たか? 好転する見込みがあるというのか? 兄の自立を妨げているだけではないのか?』

そう言っても、親は同じ言い訳を繰り返して兄への甘やかし(マンション与え)をやめようとしなかった。 

自分の中で、兄への嫌悪と親への嫌悪比率は徐々に逆転していった。兄がどれほどのクズだろうが、どんな人生を送ろうがもはやどうでもいい。

自分と同じ親のもとで、恵まれ環境で育ったにも関わらず、兄は自ら堕ちていったのだ。兄の人生は兄のもの、好きに生きればいいしどこでのたれ死のうが勝手にすればいい。

兄よりも、そんな兄を甘やかし続ける親のほうに不信と不満が募っていった。なるほど、親がこうして甘やかすから兄は更生できないのだと納得した。

そして『兄が自分よりも甘やかされてる事実』にどうしても納得できなかった。自分特別扱いしろというのではない、兄を特別扱いするのが耐えられなかったのだ。同じ子供として平等に扱ってほしかった。

自分大学時代、兄は親が与えたマンションゆうゆう一人暮らしして、自分仕送りを一切受けられずに生活費のすべてを自力で稼いだ。

就職してから、兄は親が与えたマンションで好き勝手暮らして、自分は親に金を入れていた。家に金を入れるのは当然だと思う気持ちもあったが、理不尽だと思う気持ちはどうしても拭えなかった。

その気持ちに耐えられず、『兄と比べてあまりにも不平等だ、兄にも金を支払わせろ、兄を甘やかすのもいい加減にしろ』と泣いて言ったら、『じゃあこれからお前も金は入れなくていい』と言われた(そうじゃないだろ)。


家庭のことや仕事ことなど色々あり、結局自分新卒で入った会社を3年ほどで辞めてしまった。親に『30までにやりたい道(フリーランス)で食っていく目処をたてる』と誓い、宣言どおりに28で目処を立てた。

兄は親が見つけてきた非正規パート仕事をなんとかこなし、その頃にはそこそこ年季も入って板についてきていた。新しい彼女(Cさん)もできたようで、マンションで一緒に暮らし始めた。

だが、そんな矢先。兄が、クスリで捕まった。

最初に一報を聞いた時、親はともかく、自分は『まあ、あるだろうな。やっぱりな』としか思わなかった(基本的に兄の人格を信頼していないので、何を起こしたと聞いても『やりかねない』としか思わない)。

もちろん家族の誰も気づいていなかった。家族の目の届かないマンションでずっとやってきたものらしい。

自分は『言わんこっちゃない、だからマンションから追い出せとあれほど言ったのに、甘やかし続けた結果がこれだ』と親に言った。親は『そんなこと今更言っても仕方ない』としか言わなかった。

そこからの詳細は省くが、兄は執行猶予がついて戻ってきて、兄を見捨てなかったCさん(菩薩かよ)と今でも親の与えたマンション暮らしている。Cさんが見張っているので再犯はないと思いたい。

Cさんには敬意と感謝しかない。彼女がいなかったら兄はもっとだめになっただろう。

しばらくCさんに食わせてもらっていた兄だが、今はまた派遣で職について、そこでの仕事軌道にのってきたようだ。今度こそは歳も歳なので落ち着いたと思いたい。

(ちなみに、また維持費だけは払うようになったが、購入費は一切払っておらず、名義は父のまま。毎年実家よりも高い固定資産税を払っているのも父)



兄はもうどうでもよく、二度と犯罪を犯すなCさんにだけは迷惑をかけるなCさんだけは大切にしろしか思っていない。

残念なことに、自分の中で兄の見方が変わることはこの先死ぬまでない。今の兄と表面上でも付き合えるのはCさんあってこそだ。Cさんを姉と慕っても、兄を兄と慕うことは生涯ない。

きょうだい他人の始まりとはよく言ったもので、兄への気持ちはもうこれでいいと落ち着いている。

だが、「未だに」なのか、「今だからこそ今まで積もり積もったものが」なのか、自分の中で親へのわだかまりだけはどうしても消えない。考えると落ち着かず、心がざわつく。

もう親も老い自分もいい年だ。親も人間であり、それも見栄っぱりで子供平等に扱わず贔屓するようなできの悪い人間だったんだと納得するしかないとわかっているのに、

自分はどうしても、親に『自分たちが間違っていた』と言ってほしい。子育ての過ちを認め、自分がどれほど辛い思いをしたか理解し、悪かったと謝ってほしい。

だが、過去喧嘩した時の経験から、親は絶対自分の過ちを認めない、ましてや子供から言われる言葉を決して正面から受け止めないとわかっている。

『それが親に対して言う言葉か』『何様のつもりだ』『はいはい、全部こっちのせいだって言いたいんでしょう』…そう言って絶対絶対自分の過ちを認めない。老いた今、なおさら頑なになり認めないだろう。



自分自分なりに、親の期待には応えてきたと思う。教育で親に金をかけてもらった事は感謝しているが、それだけの成果をちゃんと出し、結果をだした。

なのになぜ、自分は兄と同じに扱われなかったのだろう。自分けが要求され、応え続けねばならず、それなのにそれを評価もされなかったのだろう。

これを言うと嫌な人間だと思われるだろうが、客観的に見て自分のほうが親に貢献しているしまともな人間として育った(少なくとも前科ものでなく、親に迷惑をかけていない)という自負があるだけに、やるせない思いがある。

本来なら自分のほうが親に贔屓されて然るべきではないのかという思いがあることは否定しないが、贔屓してほしいとは言わないしするべきでもない。

ただ自分に求めるものは兄にも求め、兄に与えたもの自分にも与えてほしい、子供の間に差をつけないで平等に接してほしかっただけだ。

男女の差だというのならばなおさら、兄には『長男』としての役割と責務を求めるべきだったろうに、なぜ私が長男役割も果たさねばならないのだろう。

兄が結婚した時、自分は『兄が孫を作ってくれたらそれだけが兄の親孝行だ、自分にも兄がいた意味がある。せめてそれくらい孝行しやがれ』とわずかに期待したが、兄は子供を作る間もなく離婚した(そもそも作る気もない)。

母は自分にだけ言う、兄には絶対に言わないのに、『老後の楽しみがほしい、孫が見たい』と。

子供はジジババの楽しみのために産むもんじゃねえし産んでおしまいじゃない、何ならあなたがたが育ててくれんの? 育てる金あるの? と応えたら沈黙した。

そんなに孫が見たいなら兄に言ってくれ、男なんだから自分よりよほど確率が高いだろうと言ったら、『あの子に育てられるわけがない』。『何を言っても無駄』と言って、兄には20年以上何も要求しない。

精子バンクとかあるでしょう』『50歳で産んだって例もあるし』とまで言われた日には本当に失望した。

50歳で産んだ女性はほぼ卵子提供で母方の遺伝子は入らないし、養子じゃ嫌だってんならそれ(母方の遺伝子が入らない)も嫌なんだろうに。

そもそも出産までにどれだけ苦労したか流産だって何度も経験してるはず)、不妊治療にどれだけお金がかかったかわかってて言っているのか、そして不妊治療高齢出産がどれだけ母体負担がかかると思っているのか。

娘の体など、自分の楽しみのためにはどうなってもいいのだろう。

孫の立場にしたって、父親がいない家庭に生まれることになるのだが、そういったことを考えてもいないのだろう。ただ、自分が欲しいから、だ。 

私の結婚も、自分の見栄だけのためにしてほしかったらしい。大切なのは見栄と体裁で、娘の幸福などどうでもよかった。

結婚しない女はなにか問題があると思われる』なんて言われても、それはあなただけの醜い価値観だろう、未婚率が三割の時代にそんな事思うほうが少数派だ。

図らずも未婚女性への「己の偏見」を曝け出したことにも気づかずに、『あなたのために言っている、それが世間だ』などと諭してくる醜さ。兄にも同じことを言えばいいのに。

結婚しろ』と言われるのが嫌で、それを避けるために誰でもいい、一回結婚さえすれば文句を言われまいと思って結婚したけれど、上手く行くわけもなく2年も経たずに破綻

(付き合っていた人とは、兄の事件で別れざるを得なかった。結婚した人には家族ぐるみで兄のことを隠した。そんな結婚うまくいくわけもなかったし相手には申し訳ないことをしたと思う)

その時の言葉も『せめて2年は持たせろ、外聞が悪い』『相手の親に私(母)の顔が立たない』『どうせお前のわがままだろう』…出てくるのは己の見栄と体裁のための言葉だけで、一度も娘の心情を慮る言葉は出てこなかった。

兄が同じように2年程度で破綻した時、兄に同じ言葉を突きつけたなら、そういう人なのだと納得もできたかもしれない。だが、兄の離婚に関して親は兄に何も言わなかったのだ。

(主に要求を突きつけ言ってくるのは Permalink | 記事への反応(7) | 00:37

2019-03-16

いかがでしたかブログを書いている俺がその背景を考える【追記あり

 かつてインターネットとは好事家たちが思い思いに好きな情報を書き込んで同士たちとつながる濃い場所だった。という風によく言われている。俺がそれが正しいのかどうかは知らない。しかし今のインターネットに古のインターネット老師たちが苛立つ気持ちはわかるし、なんなら俺がそのインターネット浪士たちを苛立たせている。というのも俺はあの悪名高い「いかがでしたかブログ」を書いて生計を得ている人間からだ。

 今回はお前たちにそのインターネットになぜいかがでしたかブログが生まれるのかを俺のような木っ端ライター立場から解説するとしよう。

 まず俺のような屑ライタークラウドソーシングサイト仕事を探しまくる。巷ではいかがでしたかブログは0.1円で量産されていると言われているがさすがに慣れてくるとそんな案件は受けない。最低限文字単価0.8~1円くらいの仕事は厳選する。ついでにいうが一部のプロクラウドワーカーならいざしらず、普通ライターが受けられるライティング案件はその九割がいかがでしたかブログを書くことだと思ってくれ。クラウドソーシングサイト世界最大のいかがでしたか工場なのだ。毎秒おびただしい数のいかがでしたかを世に解き放つことを使命としているかのようだ。

 すると大抵テストライティングを頼まれるので仕様書を見る。大体のライターが出くわすのは、記事に盛り込む情報量に比して文字数が多すぎるという事態だ。当たり前だ。いかがでしたか工場が考えているのはいかに最低限の情報文字数を盛ってSEO対策のよく出来た、Googleをだまくらかすための文章サイトに載せるかということに過ぎない。そしてGoogleをだまくらかすためにはどうも、要約すれば数百文字で済むような情報を数千文字に引き伸ばす作業必須らしいのだ。書いている俺だってなんでこんなに長く書かなきゃならんのだと疑問だが薄めて書いたほうがまあ金になる。すまない。

 そもそもいい文章というのは基本的にきちんと短くまとめることが出来てこそだ。全員が谷崎潤一郎になる必要がどこにあるというのだ?そして当然のことながら大半のいかがでしたかブログ情報量というのはその文字数の数割もあればいいほうだ。もっと短くまとめることが出来る。しかしそれは許されない。Googleを騙すためには短文で効率的に切りの良いところで文章をまとめては行けないのだ。無駄に同じ単語を使いまわし、無駄文字数をダラダラ稼ぐことでやっといかがでしたかブログとしての価値生まれる。

 とはいえ、俺たちいかがでしたかブログライターは残念ながら無から文章を生み出せるマジシャンではない。その文章の元になる文章をどこかから手に入れなければならない。どこから手に入れるのだろうか?アンサー、Wikipediaやら他のいかがでしたかブログからだ。はっきりいうがいかがでしたかブログに書いてあることで他のブログWikiもっと効率よくまとめられていない情報など存在しない。当たり前だ。いかがでしたかブログとは全てがソメイヨシノ(だっけ?)のようなクローンブログなのだしかし、コピペでは不味いので、コピペチェッカーを騙せるギリギリくらいには表現を変える。そうして言葉の順列組み合わせによってまた新たないかがでしたかブログが生まれるというわけだ。

 もちろんいかがでしたかブログはそれだけで完成するわけではない。いかがでしたかブログのあの砂を噛むような文章に誰もが辟易したことがあるだろう。はっきりいうが、書いている俺だってもちろん辟易している。しかし、いかがでしたかブログを求めるクライアントがほしいのはライター個性などではない、ということをまず理解してほしい。一風変わった視点ちょっと凝った言い回しユニークな切り口、それら全てがいかがでしたかブログには必要ない。無駄個性を付け足されてそれがリスクになったらどう責任を取るんだ?文章表現はきっちりですます調で決められ誰も敵にしない当たり障りのない文章で誰かとはわからない群衆憎悪を買う、そんな体に悪いファーストフードよりやばいものいかがでしたかブログの正体なのだ

 しかしだからこそ文章を書いたことのない素人でも書くことが出来る。文章を見る目のない素人でもその出来が判断できる。いかがでしたかブログとは普通文章とはカテゴリー自体が異なるものなのだ。そんなもので儲かるのかだって?もちろん儲かるわけがない。少なくともライターはそうだが、多分クライアントだって事情は変わらないだろう。きちんとしたクオリティの伴うコンテンツを送り出していないのだから短期的にはアクセス数を誤魔化せても長期的には市場自体を衰退させていく。ライタークライアント薄給なのだから気合など入れるはずがない。そもそも、スキマ時間お小遣い稼ぎさえ出来たらいい主婦向上心を求めるのはお門違いだ。そんな文章でも騙されるバカだけを見込んだ薄利多売産業いかがでしたかブログなのだ

 恐らくこれはゲーム業界においてソシャゲなどで起きていることとパラレルだと俺は見ている。これまでのゲーム文章面白さとは常識の異なる、数と金搾取するためだけのシステムと化した新たなる産業ソシャゲいかがでしたかブログなのだお小遣い稼ぎさえ出来たらいい主婦による市場価格破壊絵描き世界では起こりうると聞いたことがある。おそらく今の日本を蝕む文化的衰退の様々な業界における共通の現れ方なのだろう。そしてそこにおける勝利者とは常にごく一部の先駆者強者だけであり、つまるところすでに金を持っているやつだ。そうでない多くの弱者ギリギリ状態いつまでも続くわけではないとわかっていながら血を吐きながら続ける悲しいマラソンを走り続けている。

 ではそんな仕事をして俺は後悔をしているのだろうか?なにせ全く儲から商業倫理やら文筆家としての誇りはそこにはなにもない。悔いてしかるべきだというのが真っ当な人の声だろう。しかしあえていう。俺はいかがでしたかブログ執筆者であることを後悔していない。例え薄給すぎて飯すら食えなくなったとしてもそれは変わらない。

 なにせこの業界は楽だ。何も考えず物書きとしての恥も未練もなく、適当Wikipedia言い回しを変えるだけで金が入る。何より俺を鬱にしてくるような醜い上司はいない。たとえ今より生活が楽になったとしても、直接自分を縛るようにブラック企業などに奉仕したくはなかった。それで生計を得るポーズだけは取れるのだ。いかがでしたかブログクライアントたちも、まあ仕様の注文はうるさいが別に嫌な上司ってわけじゃない。みんな大した仕事をしてないから後腐れがない。過労死よりは餓死のほうがまあマシだ。

 幸いなことに多くのいかがでしたかブロガーたちは自分に対する嫌悪眼差しに気付いてすらいない。愚かな大衆嫉妬だとすら思っているのだろう。そういう鼻持ちならない意識高い系いかがでしたかブログ最上位だから自省の眼差しも生まれようがないというのは皆も覚えておいてくれ。

 昔は自分個性を出した文章エッセイだとかコラムだとかそういうのを目指していた時期があった気がする。いや、遡れば小説だって書こうと思っていた時期があるかもしれない。しかしそんなものはもうどうでもいい。俺は文章を書く人間の一つの死骸なのだ。あとはゾンビとして肉体の維持に集中するだけでいい。そうしてまたインターネットには腐臭が満ちていく。対策Googleやら拡張機能開発者やらが勝手にやってくれ。まだ野心なんてもんがあるならこの文章だって匿名で書いたりなんかしないが、俺には一応クライアントたちへの義理があるのだ。表立ってばかにするのは流石にまずい。そんな計算だけはうまくなった。

 さあ、こんな時間だが次のいかがでしたかブログが貯まっている。どんどん数をこなさないと、もやしすら買えない。今回のブログはいかがでしたか、今後もこの情報は要チェックですね、いかがでしたか……


追記

 どうも予想より読まれて俺の屑のような承認欲求は適度に満たされたようなので、面白いと思ったコメントレスポンスして更にこの記事を引き伸ばしてみる。

とはいえ昨今のGoogleさんは端的に問いに答える記事優遇していると思うんだけど。(個人の感想

 まさしくこの記事を書くに至った動機で、アルゴリズム改善対策ツールにより長期的には俺のような存在は滅びていくのだと思う。ただ、「いかがでしたか」という語尾だけで排除するのは今後は対策されるだろう。俺が見ている仕様書にもこういう書き方はするなという小手先だけの指示は結構ある。しかし、問題そもそも全体の文章と発想そのものから小手先いかがでしたか感が改善されるわけではないので無駄に終わっている。

マジレスするといかがでしたかブログライター発注するというより自前でマネタイズするものでは?という気もする。

そう思うんだけどどういうわけか二束三文他人にそれを頼む輩が異常に多い。構成まで作成済みのクライアントも多いのだが、ここまで構成が出来てるなら自分で書けるだろう?と俺ですら思ってしまう。

 どんな商品をどういう顧客にどういう構成でどういう雰囲気文章で勧めるか大体すでに決まっていて俺たちはその間を数百文字ずつ埋めるだけでいいのだが、ここまで考えられたら絶対自分でやったほうが安いと思うのに人に頼む辺り彼らにも謎は多い。多分そこまで書いて本文を書く段で発狂しそうになったのだろう。

発注元は稼げるの?

そもそもあんなの発注するやつが誰なのかって話だと思うんだけど

 一概には言えないがサイト運営などをしている弱小IT企業が多いようだ。自分が依頼するブログジャンルを全く知らない担当者というのもいる。稼げるかという点だが、まあ弱小ゾンビ企業自分を維持する程度には稼げているのではないだろうか。逆に言えばそれ以上の稼ぎなど基本見込めるはずがないということだ。

>そして意味もなくディスられる谷崎潤一郎(´・ω・`)

申し訳ない。もちろん谷崎潤一郎は引き伸ばしとは無縁だが長い文章としてぱっと思い浮かんだのが彼だったのだ。

生計は得ないだろw

>俺がそれが正しいのかどうかは/

 冒頭からインターネット老師インターネット浪士にすり替わる誤字と低日本語力も俺自身じゃなきゃ見逃しちゃうね!まあ勢いで書いたものから恥ずかしいがせっかくなのでこのままにしておこう。

>こんないかがでしたかワークを個人ブログでもアフィの為にやってる人らがいる事が凄いと思う。

>その単価でブログ記事書くくらいなら自分ブログで書いた方がいいし、さらにいうなら、この増田自分ブログで書いた方がいいよ。

 あれについてはブロガー界隈でそういうノウハウを教え合っている界隈もあるし、いかがでしたかライターのうち純粋無垢な人が独立支援と称されて情報商材めいたことをやらされてることもある。Youtube文字動画と同じだ。ていうかクラウドソーシングサイトには文字動画台本執筆もたまに依頼されている。ぶっちゃけいかがでしたかブログよりは単価高くて楽だから助かる。巷で言われるネトウヨネトサヨ系の政治ネタは見かけたことがないが。

 俺自身がこれをブログで書くかということについては一応俺も商売人なので名前を出して世話になっているクライアントが見ているかもしれない場所で「お前ら糞だぞ!」と告発するのははばかられるから容赦してほしい。noteで有料にすればとはちょっと思ったが多分それだと全く読まれなかったと思う。……と思ったが、よく考えてみたら別に正体を隠してブログを書けばバレやしないから平気なのか?これはいい知見を得た。そのうちいかがでしたかブロガーとしてブログを作ることにしよう。「バズったので宣伝させてもらいます」しぐさというやつだ。

別に匿名ブログやってお仕事募集しても

 あん天才かよ。そうだよな、匿名ならばれないよな。

ソシャゲいかがでしたかブログを並列に語るのは不適切

 これはうかつだった。確かに最近ソシャゲスマホゲーのトップクラスクオリティは向上している。一方いかがでしたかブログは確かに最上位層でも糞みたいな文章しか書いていない。ごめんなさい。

最後はいかがでしたかでしめてほしかった

 いかがでしたかってまとめ段階の冒頭で使うんで実は最後には入れないんすよ……

いかがでしたかってクライアントの指示で書いてるの?自分でつけてるの?

 自分でつけてるよ。なぜつけちゃうかはブログ書いたんでクリックする時間を後悔しないならどうぞ

http://an-fans.hatenablog.com/entry/2019/03/16/143528

生活リアルの前に人間矜持が屈する。資本主義もっとも悪しき側面を見た気がする。自分の書いてる無意味駄文ブログもこれに比べるとマシだとむしろ勇気づけられる。低みに引っ張る引力スゲーなネット

 俺の記事を読んでこんなやつより俺のほうがマシだと自尊心を保ってくれる、俺を見下すことで日々を生きる糧が得られるのだとしたら書いている人間としてこれほど嬉しいことはない。まだ若い人たちはそう思えるだけ本当に未来があるのだと勇気を抱いてほしい。

2019-02-03

[]はてなホーム活動している総会屋っているのかな

山本一郎総会屋2.0と呼ばれて久しいが、はてなでいろいろな物事炎上させている人達って交換条件で企業二束三文のもの(メルマガnote.mu)を売って金を引き出したりしてないのだろうか。

例えばそごう・西武グループ広告が立て続けに燃やされていたけれど、脅迫を断った結果だとしたら…

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