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2020-10-02

anond:20201001164714

「1回」が途中で切れてたので別にした

1回しか出てない方が熱が入ってる紹介も多くて、個人的には気になる漫画が多い

2020-03-10

(答え合わせ)100日後に死ぬワニ分類

・ワニくんは死んで終わるよ(直球表題宗)

 →[当たり]事故死するよ(事故派)

 →病死するよ(病死派)

 →自殺するよ(自殺派)

 →殺されるよ(他殺派)

 →全部走馬灯だよ(1日目に死んでる派)

 →悪魔契約してて魂取られるよ(あん簡単彼女できないよ派)

 →爆発するよ(爆発オチなんてサイテー派)

 →世界が滅亡するよ(全滅派)

 →寿命死ぬよ(日数は連載開始から現実時間であって劇中は数十年後になるよ派)

 →死ぬ終わり方もあるし死なない終わり方もあるよ(100日目マルチエンディング派)

 →死ぬけどすぐ生き返るよ(ハッピーエンド派)


・ワニくんは死ぬけど続くよ(輪廻宗)

 →生き返るよ(福音派)

 →残機が減るだけだよ(ゲーム脳派)

 →異世界転生するよ(なろう派)

 →別の誰かが100日後に死ぬ話になるよ(呪い派)

 →過去に戻り死を回避する話になるよ(タイムリープ派)

 →生き返らせる話になるよ(ドラゴンボール派)

 →幽霊になるよ(100日後に成仏するワニ派)

 →[半分当たり(書籍版で掲載予定)]友人たちのその後の話になるよ(スピンオフ派)


・ワニくんは死なずに終わるよ(一転宗)

 →死を逃れるよ(死亡フラグ回避派)

 →死を超越した存在になるよ(神化派)

 →死ぬのは彼女ワニだよ(救われない派)

 →死ぬのは別のワニだよ(釣りタイトル派)

 →神みたいなのが出てきて何とかしてくれるよ(デウスエクスマキナ派)

 →夢オチだよ(ハイスクール奇面組派)

 →ワニくんの名字が「100日後に死ぬ」で、彼女名字が「死」で、結婚して婿入りするから「死まであと〇日」なんだよ(深読みしすぎ派)


・ワニくんは死なないし終わらないよ(新宗天邪鬼)

 →100日目は投稿されないよ(未完派)

 →[一部当たり(書籍化はする)]ウェブ版は99日目までで、100日目は書籍版にしか載せないから、読まなければワニくんは死なないし終わらないよ(あのね商法派)

 →死まであとマイナス〇日になって続くよ(しょぼんのアクション派)

 →死まであと〇時間、〇分、〇秒となって無限に続くよ(アキレスと亀派)

 →その前に我々人類が滅亡するよ(MMR派)

 →ワニくんの死を待ち望む我々こそが醜悪なワニなのだよ(錯乱派)

2007-04-06

おやじギャグの不遇に思う

先ずは、このセリフを見て欲しい。

つーか、オヤジギャグってみんなどう対処してんの?

俺?

ああ、俺はとりあえずマジギレしてる。

上司だろうとなんだろうと手当たり次第マジギレしてる。

さすがに常務あたりには苦笑いだったけど。

嗚呼、サラリーマン

この意見は、大阪在住で巨乳をこよなく愛す、多分デブナイスガイの物である。

全身が性欲、というか、寧ろ全身が性器という歩くモザイクな彼だが、ま、彼の話は割りとどうでもイイ。

コトノハをこよなく愛するオレは気になっていたことがある。

ハイスクール奇面組最終回が夢落ちだったことなんかよりずっとだ。

それは、おやじギャグが使い手の利用方法の誤りの為に余りに不遇をかこっている事である。

「おやじギャグの肝はタメにあり」サマーソルトキックの開発者であるガイルはそう語っている。

一つ例を示そう。

会社員Aは朝から得意先に電話をかけている。

どうやらコワイトクイサキは何度かけても連絡がつかない。

受話器を置き、神妙な面持ちで下を向いて一言

電話に・・・・・・・・・・・・出んわ。」

ポイントはタメである。

もう一つ例を示す。

スポーツマンヒップもっこり

タメではなく、勢いが必要なパターンであり、何を隠そう前述の「おやじギャグを聞くとマジ切れする」 奴のものだ。

兎に角「吸った揉んだ」的粘着おやじ臭漂うネタはなかなか受け入れは難しいことを考えれば、勢いとシンプル

これもポイントに加えていいだろう。

一番重要なことは、この手の言葉遊びは文学として大切なジャンルを築くということである。

掛詞(かけことば)というのがある。

花の色は うつりにけりな いたづらに

わが身よにふる ながめせしまに (小野小町

「ふる」は「経る・降る」、「ながめ」は「長雨・眺め」のそれぞれ掛詞であり、「むなしく物思いに耽りながら現実の世に処してる間に」と「ぼんやりと長雨を眺めているみたいに」と二重の意味があり、更に「降る」は「長雨」に通じる。

いわば古今時代のおやじギャグだ。

今、おやじギャグとしてバカにされてるコトノハが、いつの日か文学を形成する日が来るかもしれない。文化の伝承者たる我々はその可能性を摘む事を許されない。橋渡しなんて、無理ッち(ブリッヂ)などと言ってる場合ではないのだ。

おやじギャグをバカにする人間は、もういちど日本語の豊潤な響きを踏まえておやじギャグを見直して欲しい。そして、おやじギャグの使い手は、安易な発表を控えてほしいのだ。

下手なシャレはやめなシャレ、と。

とりあえず、リンク

http://anond.hatelabo.jp/20070406224702

 
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