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2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-11-24

https://anond.hatelabo.jp/20181124003123

ある東洋島国には、住民が海を越えて難民化する懸念が一切なかった

そこでABC兵器使用検討された

枢軸天皇を密に支援し、国際軍縮条約を廃棄させ、ABC兵器所有という誤りも犯させた

そこで非枢軸国は、自らのABC兵器使用正当化することができた

2018-11-23

anond:20181123154559

なあなあで空気で突き進む文化のせいでしょ。

で、調子に乗ったらとことん調子に乗って、どん底にまで落ちないと反省しない。

日中戦争も、南京勝利で、トラウトマン和平工作蒋介石が初回条件での講和条件の受け入れを表明したときに、さっさと受け入れておけば

第二次世界大戦欧州戦争高みの見物で済んだのに。

日本中国枢軸国側、中国国民党政権フランスイギリスは完全に敗北と、1940年代以降の世界図が全く変わったかもなぁ。

2018-11-12

ドイツデザインってかっちょいいよな

そりゃナチスに妙な憧れを抱くのは危険だし

連中が当時何をやったかちゃんと知れば今回みたいなことは起きなかったと思う

 

とは言え、それはそれとしてドイツ制服兵器デザインってイケてるよね

あらゆるゲーム漫画コスモチーフになるだけはあるよ

残念なのはたいてい悪側のデザインにされることが多いんだよね(ソニーKILLZONEとか押井守とか、、)

悪いけど、旧日本兵軍服モンペ臭さと言ったらないもの

同じ枢軸国として見習うところはなかったのかな、、

2018-08-10

サマータイム導入いいじゃん

サマータイム導入で国内情報システムが大規模障害起こしてその勢いで国ごと滅びればいいじゃない

どうせ先のない国なんだしいつ滅んでもいいだろ

俺達の代で枢軸国を一つ世界地図から消そうぜ!!

2018-08-03

anond:20180803114626

www2の枢軸国側には、フィンランドとかタイとか、日独伊以外にも沢山ある(wikiにも載っている)のに、学校マスコミでは不思議と伏せられているもんな。

日本はごく少数派で世界非常識、と植え付けたい勢力の言いなり。

2018-07-31

暑さはチャンス東京オリンピック枢軸国へ返り咲き

世界中から集まる観光客酷暑の元危険な目に合わせて晴れて世界の敵

2018-07-30

きらら漫画というフィリップ・K・ディックディストピア考察する

あの世界はおそらくユートピアに見せかけたディストピアである

 

なぜならきらら作品において金髪碧眼欧米人日本人以外は登場しない

黒人東南アジア中国韓国などの有色人種は出てこないからだ

これらが意味するものは至極明解

枢軸国が勝った世界である

 

ナチスドイツ有色人種に対する敵愾心は明らかであり

現代において当たり前に散見する欧米黒人有色人種

本国に戻されるか、おそらくガス室送りになった

からこそきらら作品における「外人」像は白人なのだ

 

きらら世界においての有色人種

学業に就く権利を与えられず、

児童の頃から劣悪な条件下で働いており

作中の学校マイノリティを見ないことの理由になる

ただし、同盟国で名誉白人日本ジェノサイドから除外

 

ちなみにきらら系には百合同性愛的傾向を持つマイノリティキャラが多い

一見同性愛嫌いのナチス矛盾するようだが

それが認められているのにはエルンスト・レームの存在が欠かせない

 

正史では彼は突撃隊を統率する同性愛者であり

ヒトラーの数少ない親友の一人であったが

「長いナイフの夜」で粛清された

同性愛がある程度認められているということは

おそらく、彼が粛正されていない世界なのだろう

 

日本中国朝鮮東南アジアインド併合を進め

民族としてのアイデンティティ日本にすべてのみ込まれ

反逆するモノはことごとく処刑された

 

ナチスと言えば優生学が有名である

きんモザに見受けられるような「金髪、碧眼、色白」という純粋アーリア人の形質を保持するため

優生学的な選別が執り行われた

形質を受け継がず、かつ美形ではないもの

やはり処分対象になる(故に障碍者白人以外の風貌きららキャラはいない)

ペドフィリア近親相姦などの行為

形質の保持のため進んで行われる

 

その結果、遺伝子プール多様性を失い、病気がちになり

人類平均寿命は大きく下がった

故にきらら作品には大人が異常に少ないのだ

男の平均寿命も極端に短いと考えれば、

「男がいない」という表現解釈可能

 

よくある、「風を引いただけなのにクラスメイトが看病してくれる」

という大げさな萌えアニメ表現

遺伝子の異常により、極端にまでに人間が病弱になったと捉えれば

その深刻性がお分かりいただけるであろう

 

ドイツ基準の法に準拠する日伊や二等市民である連合国においても

アーリア風の人間以外は迫害対象になった

 

それゆえ、きんモザアリスと金剛は金髪碧眼色白なのである

(ただし、日本は仲間の同盟国としてある程度ルックス自由は認められており

迫害を逃れた赤毛英国人などが散見する)

 

きらら作品女の子がこぞって男に媚びるような

自立した女性像ではないのも

ナチス政権戦時下女性権利を抑圧した歴史

世界に伝播したからだろう

 

ヒトラー英国女性社会進出に渋い顔をして

じり貧になっても女を銃後の生産に動員するのを躊躇った

また、戦前フランスファッションでは

ジェンダーレス恰好流行っていたが

侵略したと同時にそれを禁止したのも有名な話だ

 

よってきらら作品枢軸国が勝った

〝やさしくない〟世界なのである

2018-07-27

ウソつき自民党統治を任せていたらまた枢軸国になる

ウソつき自民党統治を任せていたらまた枢軸国になる

2018-07-25

東京オリンピックで目指せ枢軸国返り咲き

各国のトップアスリート合法的再起不能にして枢軸国への返り咲きを目指そう。

戦後レジームの脱却だよ!

2018-07-22

anond:20180720205457

謎のプライドによる枢軸国()縛りで連合国艦出すの渋ってたら

にっくきアズレンに代替網羅されて

今更連合国出せばこっちがパクリ扱いされかねないでござる、の巻

2018-07-20

東京殺人オリンピック枢軸国に返り咲き

チャンス!チャンス!

世界の敵になるチャンス!

2018-06-21

anond:20180620193354

同胞意識こそが危険愛国心のものなのだ

そのような感覚が『中国人の命や財産を奪い、代わりに日本人を裕福にして命を助けたい』という政策を生み、満州事変から太平洋戦争に至る一連の戦争で何千万もの犠牲を生み出したのである

この説明が飛びすぎてわからないのだけど、同胞意識愛国心世界平和対立するものなの?

ほとんどの国が同胞意識愛国心を持ってたりするけど、日本ドイツイタリア枢軸国だけ愛国心もったら危険なの?

戦争に負けたこの3国の愛国心はここが間違ってて、戦争に勝った連合国愛国心はここが正しいと具体的に指摘があればありがたい。

そんなものはなくて昔のヨーロッパ各国植民地政策も、アメリカロシア中国現在進行系で自分勝手戦争繰り返してるのだってよくない愛国心からだとしたら、あなた英語中国ロシア語に長けていた場合チベットウイグルウクライナ イラン 北朝鮮可哀想だと思い、愛国心危険だとネットで3大国国民に呼びかけようとする?

2018-03-24

国境なんてな~い問題

何が酷いかって

マルコが恋する相手イタリア人なんだよな

 

ウヨ思想ならてっきり

枢軸国のよしみで支持するかと思ったら

 

もはや欧米思想なら何にでも盾突く

北朝鮮並みの発想力

2018-01-23

勝利キス

綺麗事を抜きにすると、殺人には「良い殺人」と「悪い殺人」の2種類がある。

から73年前、日本原子爆弾が投下されて、軍人ではない一般人大量虐殺された。

一般人大量死によって戦争が終わり、戦勝国の人々は喜んだ。

彼らもみんな知っていたはずだ。敗戦国では一般人原爆10万人以上殺されたことを。

憎しみが結実した結果だ。

それでも、喜んだ。

それが人間の本性なのである

 

人間には、2種類の人間がいる。

  1. 人を殺して喜ぶ人
  2. 人を殺して悲しむ人

前者はもっと人を殺したいと思い、後者はもう人を殺したくないと思う。

今この瞬間も、世界各地で紛争を巻き起こしている国々がある。

彼らは、間違いなく前者である

彼らは、建前を本音を使い分けているが、本音では人殺しが良いことだと思っている。悪いと思っているなら、そもそもやるわけがない。

 

他人に騙されないためには、その人の言ってることではなく、実際にやっていることを見る必要がある。

殺人に良いも悪いもあるものか!基地外どもめ!

 

勝利キス』(V-J Day in Times Square)とは、写真家アルフレッドアイゼンスタットが1945年8月14日撮影した、看護婦と水兵がキスをしている瞬間をとらえた写真である

この日、枢軸国陣営最後まで残っていた主要交戦国である日本ポツダム宣言受諾がアメリカ合衆国民に伝えられ、大衆タイムズスクエア第二次世界大戦終結を喜び合っている中で撮影された。

作品名には“V-J Day”(対日戦勝記念日)と入っているが、公式対日戦勝記念日と捉えられている日本降伏文書調印日1945年9月2日撮影された写真ではない。

作品は『ライフ1945年8月27日号の誌上で発表された。

2017-10-17

anond:20171017105840

枢軸国側の陣営プレイできるのは初めて知ったんだけど、どうやるの?

anond:20171017103210

アズールレーンも日本軍艦操作できるし、枢軸国側の陣営所属することもできるんですがそれは…

反日ゲーム

Hearts of Ironパラドックスインタラクティブ

パンツァージェネラル(en:Strategic Simulations)

カンパニー・オブ・ヒーローズ(en:Relic Entertainment

サドンストライク(en:Cdv Software Entertainment

ブリッツリーグ(en:Cdv Software Entertainment

・Men of War

・R.U.S.E.

Call of Dutyアクティビジョン

バトルフィールド1942エレクトロニック・アーツ

バトルフィールド1943エレクトロニック・アーツ))

・Wolfensteinシリーズid Software

パンツァーフロントエンターブレイン

をやったこと無いものけがアズールレーンに石を投げなさい。

(追記)

海外産で日本軍(または枢軸国)が敵として設定可能ものwikipediaからパパッと持ってきただけだ。ってよくみたらパンツァーフロントは違うな。許して。

だってアズールレーンは日本の艦操作できるし…

(追記2)

アズールレーンは日本艦を味方にできるというだけで、ストーリーとしては"人類の敵"と明言されている物に味方するドイツ軍日本軍モチーフ組織を倒すシナリオからなあ

うん?俺がしってるストーリーと違うな。

アズールレーン(モデル英、米):人類の力だけでセイレーンを倒してこその勝利

レッドアクシズモデル独、日):セイレーンの力を使ってでもセイレーンに勝つ

という信念でセイレーンそっちのけでいがみ合ってるだけって認識だけど、セイレーン側の味方をしているなんて描写あったっけ?(セイレーンがバックについているような描写はあるけど)

参考:http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3 の勢力

2017-10-09

アズレン雑感

人によってはなにを今さらという内容だろうけど。このゲーム第一印象は「理解力たけぇなおい」だった。

本家と言っていい艦これーー艦船擬人化はその前からあるけど、ゲーム的にーーのデザインをなぞりながらも、上手くアレンジしている、という感心だ。アメリカ航空母艦野球ピッチャー風だったり、旗のような飛行甲板だったり(これは戦艦少女のほうが先ぽいけど一度もやったことがないのでちょっと脇に置いておく。好きな人ごめんよ)、あるいはミリオタ的こだわりより見栄えのするデフォルメを優先したんだろうなぁというアレンジもある。正直ドイツ艦の艤装とかかなりツボだ。

日本アニメ漫画パロディネタがあちこち唐突に散りばめられているなど、良くも悪くも同人的な節操のなさは、人によっては面白く感じるだろう。

他にも、プレイヤー分身たる指揮官が、はっきり「年少の男」「少年」描写されているなど、間口を広く取るという点ではかえって壁になりそうなとこもさらっと飛び越えてくる。お前らそんなおねショタ好きか。

睦月如月デザインなんていろいろアウトである。なんだあれ。少年指揮官だけど画面の向こうの日本人ロリペド野郎ってか。その通りだよ!

モミミ・妖怪化も、まことしやかにお上配慮した結果」と語られているのを見るけど、理由はなんにせよ、こっち方面オタクなら「ミリ方面でケモミミ……あぁスト魔女か。空と海とはいえ被ってるかな」ってなると思うし(なるよね? ならない?)、艦船擬人化で一国家まるまるケモミミ・妖怪化という発想は、むしろ難易度が高いのではないか

なんというか、キャラクターデザインやその配置にも、文法とか文脈みたいのがあってある程度共有されているのだと思うけど、そこから外れたものを出されたとき、「異国感」みたいのを感じるわけで。しかしこのゲームでは、ガワは完璧日本二次元キャラしているせいで(むしろウケる画風という点では非常にハイレベル)、「なにこの、なに?」みたいになる。世界観キャラデザだけを見る限り、戦艦少女が越えていなかったラインをあっさり越えてきた、という印象だ。

原爆ネタなんて爆弾仕込みながらこれを堂々と日本で出してくるというのは、一種の強みではないかとすら思う。しかもメチャシコエロい林檎仕事しろ

さらなに言ってんだ、艦これが出てから何年経ってると思ってんだ、という話でもある。

これまで、海外オタクたちの「もう日本人じゃねーか!」という言動を楽しんできたし、絵描きのひとりとして、ピクシブなどで海外ユーザーの実力は毎日のように目にしている。同人ゲームフリーゲームあさりのなかで、向こうの人たちが作るモノのすごさも理解しているつもりだった。

が、どれも同人まりだったのだ。あるいはSteam戦艦少女鋼鉄ワルツ(これは戦車だけど)とかぐらいだったのだ。日本アプリストアでセールスランキング5位に入るものなんて初めて見たのだ。上記の大陸ゲーム艦これフォロワー的に人類共通の敵と戦う内容で知る人ぞ知るポジションだったのに対し、連合国側で日本艦船ボコゲームが大ブレイク。これは読めねえ。

艦これ最初プレイヤーのひとりでもあるけど(だいぶ放置してるので胸張って提督とは言いづらいが)、このゲームに対してはいまのとこ肯定的だ。

世界観や内容だって、そりゃ向こうで日本中心の艦船ゲームなんて出せないでしょと思えば、そして深海棲艦的な黒幕がいて、最終的には連合国枢軸国側が手を取り合って黒幕に挑む的流れになるんだろうなという予想を持てる限り、ある程度の納得もある。3-4掘りで飛龍ちゃんボコボコにしてると、ふと「……うん?」と我に帰る瞬間はあるものの、いつだって日本中心の世界観に浸っていたいというほどナショナリズムのなかで生きてはいない。

そもそも自国だろうが他国だろうが現実存在し数多の命が関わったもの美少女化して半裸にひん剥いてる時点で、あまり偉そうに言えたもんでもない。

……が。それでも言い表せないもやっとした印象もたしかにあると、言っておかなきゃいけない。

まだ言葉にできないのでこれには書かないけれど、このゲームに触れて、咀嚼しきれない何かが芽生えたとだけは記しておきたい。それがこのゲーム固有のものなのか、それとも違うのか、いまはそれすら判然としないけれど、いつかそれを言葉にできるまで考え続ける、という決意とともにここまでとする。

……しかしほんと赤城加賀おちないしメイド来ないしハマると沼なのはどこも変わんねーなちくしょう

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツ・グルッペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類を連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

総統意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツ占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツ占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験は1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊パイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿の中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝病患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰の苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-08-22

リオ五輪、三大枢軸国国連常任理事国で上位を占めているぜ

9位まで、見事に!

最終日までに、どうなるかわからないけどね。

2016-02-15

東條JAPAN

第二次世界大戦ドイツはひどいことしたよな」って言うときにさ「ナチス・ドイツはひどいことしたよな」って言うよね。

これ「ドイツ」と「ナチス・ドイツ」は違うってことでさ、「『ナチス・ドイツ』はひどかった。我々は反省して今は『ドイツ』です。『ナチス・ドイツ』と『ドイツ』は違います」ってことだよね。

日本もさ「第二次世界大戦とき日本は良くなかった。でも反省して今は違うよ」って言った方がいいと思うんだよね。

それで第二次世界大戦とき日本をなんて言うかなんだけど、「旧日本軍」もまあまあかな。「枢軸国日本」っていう表現も見たことあって、これもいいなと思う。

「他になにかないかなあ」って考えてみてね「『東條JAPAN』ってどうだろう!」と閃いたのね。

「東條さんが率いた日本ちょっとやらかしちゃったけど、今は違いますよ」って感じで。

「東條JAPANは酷かったけど、安倍JAPANはそこそこ良いよ」って感じで。どうかな。

まあ問題は「東條JAPANは酷かった」って言ったときに「何を言うか!東條JAPANは酷くない!」って言う人達が出てくるとこなんだよね。

からナチス・ドイツ」と「ドイツ」は別物と思ってもらえるんだけど、「東條JAPAN」と「安倍JAPAN」は類似のものと見られちゃうんだな。

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