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はてなキーワード: 小鳥とは

2020-06-05

きついジョーク海外政治家飛ばしあえる麻生大臣凄い!っだって

2020-05-30

anond:20200529191111

延宝2年(1674)の『江戸料理集』には「焼鳥には鴫類、うずらひばり小鳥類、雉子、山鳥、、ひよ鳥、つぐみ、雀、鷺類、鳩、けり、鷭(ばん)」

18世紀の『伝演味玄集』には「焼鳥成る可き品 つぐみうずら、むな黒、きょうじょう、黄脚、ぼと、雲雀、鶴、雉子、鴫、山鳥尾長、ばん、羽しろ、雀、さく、はしき、あいさ、あい黒」の名前がみられる。

『合類日用料理抄』(1689)には「焼鳥」の調理方法が描かれている。「鳥を串にさし薄霜ほどに塩をふりかけ焼き申し候。よく焼き申す時分、醤油の中へ酒を少加え、右のやき鳥をつけ、一へん付けて醤油のかわかぬ内に座敷へ出し申し候。雉子斗は初めよりかけ汁付けて焼き申し候」とあり、江戸時代の初期には焼鳥料理法はほぼ完成していたようである

https://www.zenyaren.jp/yakitori/encyclopedia/history

2020-05-29

anond:20200529073912

たまにアマゾンとかで鳴いてるような声を出す小鳥がいてて、俺てっきり近所の誰かが飼ってる鳥かと思ってたんだけど、ググったらなんとかっていう外来種であまりいい影響を与えてないんだって

うろ覚えなのでめちゃくちゃ浅くて適当な話だけど

高卒ニートだけど俺の部屋の向かいの家で小鳥さんが巣作りしてる

チュンチュン!!じゃなくてギーギー!!って鳴く小鳥さん

夫婦で交互に口に巣の材料を咥えて行ったり来たり

さな身体一生懸命飛び交う姿を見てると「人間も精一杯生きなきゃいけない……」っていう気にさせられる

時おりカラスが不穏な偵察飛行をしているので小鳥さんが心配になるけど、俺が見張ってるから安心しろ!ってさっき小鳥さんにサムズアップしてみせたか大丈夫だろう

将来金持ちになったら立派な日本家屋を建てて縁側に座り庭で遊ぶ小鳥さんを眺めながらお茶を飲みたい、そう思った

2020-05-09

anond:20200425144157

詩って、穏やかな顔して考えを押し付けてくる感じがして苦手。

国語時間に「私と小鳥と鈴と」を習った時「みんな違ってみんないいんですよー!」ってニコニコ押し付けられてる感じがして嫌だった。

差別問題教育問題貧困問題政治問題宗教みたいなのとか、なんかそういう主義主張を穏やかに押し付けリーフレットによく引用されてる気がする。

穏やかな顔してるのに「ふーん、あなたはそう思うんだね」が許されない、ある種のしつこさを感じる。

2020-04-30

男女間の食事でおごる、おごられることについて

自分20代前半の女で、それほど男性食事に行く方ではない。

高校までは一切モテなかったし大学には行かず就職したので出会いもあまりない。

田舎なので職場には既婚者のおじさんばかりなのだ

それでもごく稀にに食事に誘われて行くことがある。趣味コミュニティで知り合った人とか友達の紹介とか。

その際にいつも思うのが、おごるなら先に言ってくれないかなあということだ。

初めて異性と食事に行ったとき、私はインターネットでおごられる女というものがめちゃくちゃバッシングされているさまを見かけたばかりで、断固として自分の分は自分で払った。

そしてそれを異性慣れした会社の同期に話したところ「それはそれで失礼じゃね?」と指摘を受けた。

そうなのか…と学びを得て以降、支払いに関しては「自分で払うつもりだけど、払うよと言われたら断らない」という姿勢をとっている。

ただ、事前に確認しない自分も悪いのだが、おごられるつもりでメニューを選んでいない時におごられるとめちゃくちゃ申し訳ないのだ。

「この人絶対おごるって言うだろうなー」となんとなくわかる感じの人の時は、申し訳ないので一番安いメニューを選んでいる。足りなかったら帰りにコンビニでも寄ればいいから。

あんまりそういう、おごるとかそういう雰囲気のない、ごく普通の友人のような雰囲気食事に行ってしまうと、せっかく来たんだし〜などと3番目くらいに高いメニューを選んでしまうことがある。

比較的よく食べるので、サラダも欲しいしデザートも欲しい。できればご飯パンは増量したい。

女性メニューはいろいろついていても多少リーズナブルだが、女性向けメニュー小鳥みたいな量の店だと物足りない。

食べ終わってから、どうしても口紅などが落ちるのでたいていトイレに行く。そして出ると支払っている。

迂闊な自分が悪いのはわかっている。でも「しまった〜〜〜〜〜!!!!」と思うのだ。

同性の友人との食事では常に自分の分は自分で払う、もしくはまとめて払って後から渡す。

でも、後から自分の分まで払ってもらうのはちょっと、と渡そうとしても受け取ってもらえない。

そして「じゃあ次回は払うので!」と言っても、なんか気が乗らなくなってしまって2人では会わなくなる。

結局のところ自分が男慣れしてないからいけないんだな〜〜〜〜と思う。

滅多に行かないので、前回の反省を完全に忘れた状態で行ってしまう。

前述の同期と同期の知り合いの男の人とご飯に行った時の彼女対応相手不快にさせず可愛らしかったので、慣れだろう。いや、人間性かもしれないけど。

おごられるときは「え〜いいんですか!?すみませんありがとうございます〜!でも申し訳ないんで、外の自販機で何かおごらせてください!」とか、「いやいやそんな気使わないでよ〜!払う払う!」とか。

おごってもらうつもりないから高いやつ頼んだけど、おごってもらえるから高いの頼んだみたいに思われたらどうしよう…とか考えて鬱屈とするなら最初から宣言しておいたほうがいいんだろうな。気をつけよう。

2020-04-27

anond:20200427152545

猫によるけど、

意外と獲れる猫も多いよ。

 

ネズミが出たらキャッ!って声が聞こえそうなぐらい飛び上がって必死で飼い主によじのぼる猫、

ぼーっと見てるだけの猫、

そういうのもいるけど…。

 

スズメとか飛ぶ鳥、ウサギを狩る猫だって珍しくはないぐらいなんだからな。

 

そういえば、世界中で飼い猫が希少種や固有種を含む小動物を殺す数が毎年何百億は殺してるために生態系に悪影響を与えてる、

なんとかせねばって記事あったね。猫1匹で絶滅させられた小鳥かいるし。

 

猫が狩りの衝動を持つのしょうがいから、完全室内飼いするしかない。

2020-04-17

リモートワークは捗るのかね増田州間根か乗る度か母区ー輪とー盛り(回文

おはようございます

隣のフロア部署は半分自宅待機というかテレワークと言うか、

から人が少ないみたいよ。

私はここ一人なので適当にしているんだけど、

さすがにそうなるといよいよかってなるわけよ。

現にあいつはリストラ対象だってしまで耳に入ってくるわけだし、

明日は我が身と思って身を引き締めていきたいと思うんですけどねってことで、

今日もやっていきたいと思ってるんですけど、

そんなザイマンの冒頭の挨拶みたいな感じなんだけど、

リストラの件はマジみたいなので、

東京や都会だけの話しだと思ったけど

コロナの余波をまともに喰らいそうよ。

でもきっとこのコロナでも儲かってる業界はあるから

そこを色々調べてみたいところね、

という意気込みだけで生きて行けたらいいんだけど

背に腹はかえられないか

一生懸命よ。

在宅在宅ワークだワークだって言うけど、

本当に自宅でお仕事できるのか私は阪神タイガースなんだけど、

集中出来るのかしらとも思うし、

絶対ゲーム起動させちゃうし、

コーラだって飲んじゃうし、

お昼休み勝手に3時間とってもバレないわけじゃない?

逆にこれで効率よく仕事が捗れば、

今まで会社で何やってたんだよ!問題もあるし、

その在宅ワークチームが会社にいなくたって会社回ってんじゃん!問題もあるし、

またそれはそれで色々な問題が勃発して

緊急事態宣言日本全国にって言ってるけど、

最初は1都7県だっていってたのに、

細かく区切りまた分けると余所からクレームがくるから

もう全部に緊急事態宣言しましたって感見え見えよね。

イカ二貫ぐらいどうでもいいわ!

私は昼からランチしてから優雅仕事に勤しみたいと思う感じを出していくわ!

なんかもう処世術だけで生きている感じもするけど、

から私の肩に小鳥が止まるのねって。

そう言う肩に鳥!っていうパッケージを考えた人って凄いと思わない?

肩に鳥!ってもう笑っちゃうわ。

肩に鳥よ肩に鳥!

自分で言って書いててジワるわ。

そんなことどうでも良いけどさ、

日本全国が緊急事態宣言になったら

ゴールデンのウィークどーすんのよ問題も勃発しない?

どうせまたみんな行くところがないからって

近所のジャスコサティーかに集まってしまうのがオチでしょ?

分かってるんだから

から私はゴールデンのウィークは

ジャスコアンドサティー避けでいきたいと思うわ。

きっとたぶん。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサンドホットコーヒーよ。

カルシウム意識してと牛乳も買ってみました。

張り込み刑事定番張り込みメニューみたいでしょ?

張り込んではないんだけど、

仕事は立て込んでいるわっ!

デトックスウォーター

なぜか最近グレープフルーツが安いので

そればっかりになってるから

今日ピンクグレープフルーツホワイトグレープフルーツしましたわ。

ダブルグレープフルーツウォーター


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-04-08

anond:20200408124709

小鳥さんみたいなやつだなぁ

アベは君たちの親鳥じゃないぞ

2020-04-07

anond:20200407130500

いや猫好かれてないでしょ

庭を荒らすし糞尿を撒き散らすし小鳥や虫や小動物を殺す最低最悪の害獣だよ

猫が人気なのはネットだけ……

といいたいところだけど最近

ネット上でも嫌われてるな

2020-03-04

anond:20200304092334

家で取ってる新聞は読んだ後に小鳥のうんちを拾う敷物と模型制作用のよごれ防止に使ってるけど

それでも消費できず廃品回収に出す分が多いな

毎日新聞もっとページ数少なくてもいいと思う

テレビ欄はまずはいらないし

2020-02-25

翳(原民喜

センター試験話題になったけど、全文読めるところが見つからなかったので)

底本:原民喜戦後小説 下(講談社文芸文庫1995年8月10日第1刷発行

     I

 私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫魯迅選集——に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠(わだかま)るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消されてゆく、とある夜明け、私は茫とした状態で蚊帳のなかで目が覚めた。茫と目が覚めている私は、その時とらえどころのない、しかし、かなり烈しい自責を感じた。泳ぐような身振りで蚊帳の裾をくぐると、足許に匐っている薄暗い空気を手探りながら、向側に吊してある蚊帳の方へ、何か絶望的な、愬(うった)えごとをもって、私はふらふらと近づいて行った。すると、向側の蚊帳の中には、誰だか、はっきりしない人物が深い沈黙に鎖されたまま横わっている。その誰だか、はっきりしない黒い影は、夢が覚めてから後、私の老い母親のように思えたり、魯迅の姿のように想えたりするのだった。この夢をみた翌日、私の郷里からハハキトクの電報が来た。それから魯迅の死を新聞で知ったのは恰度亡母の四十九忌の頃であった。

 その頃から私はひどく意気銷沈して、落日の巷を行くの概(おもむき)があったし、ふと己の胸中に「孤独者」の嘲笑を見出すこともあったが、激変してゆく周囲のどこかにもっと切実な「孤独者」が潜んでいはすまいかと、窃(ひそ)かに考えるようになった。私に最初孤独者」の話をしかけたのは、岩井繁雄であった。もしかすると、彼もやはり「孤独者」であったのかもしれない。

 彼と最初に出逢ったのは、その前の年の秋で、ある文学研究会の席上はじめてSから紹介されたのである。その夜の研究会は、古びたビルの一室で、しめやかに行われたのだが、まことにそこの空気に応(ふさ)わしいような、それでいて、いかにも研究会などにはあきあきしているような、独特の顔つきの痩形長身青年が、はじめから終りまで、何度も席を離れたり戻って来たりするのであった。それが主催者の長広幸人であるらしいことは、はじめから想像できたが、会が終るとSも岩井繁雄も、その男に対って何か二こと三こと挨拶して引上げて行くのであった。さて、長広幸人の重々しい印象にひきかえて、岩井繁雄はいかにも伸々した、明快卒直な青年であった。長い間、未決にいて漸く執行猶予最近釈放された彼は、娑婆に出て来たことが、何よりもまず愉快でたまらないらしく、それに文学上の抱負も、これから展望されようとする青春とともに大きかった。

 岩井繁雄と私とは年齢は十歳も隔たってはいたが、折からパラつく時雨をついて、自動車を駆り、遅くまでSと三人で巷を呑み歩いたものであった。彼はSと私の両方に、絶えず文学の話を話掛けた。極く初歩的な問題から再出発する気組で——文章が粗雑だと、ある女流作家から注意されたので——今は志賀直哉のものノートし、まず文体研究をしているのだと、そういうことまで卒直に打明けるのであった。その夜の岩井繁雄はとにかく愉快そうな存在だったが、帰りの自動車の中で彼は私の方へ身を屈めながら、魯迅の「孤独者」を読んでいるかと訊ねた。私がまだ読んでいないと答えると話はそれきりになったが、ふとその時「孤独者」という題名で私は何となくその夜はじめて見た長広幸人のことが頭に閃いたのだった。

 それから夜更の客も既に杜絶えたおでん屋の片隅で、あまり酒の飲めない彼は、ただその場の空気に酔っぱらったような、何か溢れるような顔つきで、——やはり何が一番愉しかったといっても、高校時代ほど生き甲斐のあったことはない、と、ひどく感慨にふけりだした。

 私が二度目の岩井繁雄と逢ったのは一九三七年の春で、その時私と私の妻は上京して暫く友人の家に滞在していたが、やはりSを通じて二三度彼と出逢ったのである。彼はその時、新聞記者になったばかりであった。が、相変らず溢れるばかりのもの顔面に湛えて、すくすくと伸び上って行こうとする姿勢で、社会部入社したばかりの岩井繁雄はすっかりその職業が気に入っているらしかった。恰度その頃紙面を賑わした、結婚直前に轢死(れきし)を遂げた花婿の事件があったが、それについて、岩井繁雄は、「あの主人公は実はそのアルマンスだよ」と語り、「それに面白いのは花婿の写真がどうしても手に入らないのだ」と、今もまだその写真を追求しているような顔つきであった。そうして、話の途中で手帳を繰り予定を書込んだり、何か行動に急きたてられているようなところがあった。かと思うと、私の妻に「一たい今頃所帯を持つとしたら、どれ位費用がかかるものでしょうか」と質問し、愛人が出来たことを愉しげに告白するのであった。いや、そればかりではない、もしかすると、その愛人同棲した暁には、染料の会社設立し、重役になるかもしれないと、とりとめもない抱負も語るのであった。二三度逢ったばかりで、私の妻が岩井繁雄の頼もしい人柄に惹きつけられたことは云うまでもない。私の妻はしばしば彼のことを口にし、たとえば、混みあうバスの乗降りにしても、岩井繁雄なら器用に婦人を助けることができるなどというのであった。私もまた時折彼の噂は聞いた。が、私たちはその後岩井繁雄とは遂に逢うことがなかったのである

 日華事変が勃発すると、まず岩井繁雄は巣鴨駅の構内で、筆舌に絶する光景を目撃したという、そんな断片的な噂が私のところにも聞えてきて、それから間もなく彼は召集されたのである。既にその頃、愛人と同居していた岩井繁雄は補充兵として留守隊で訓練されていたが、やがて除隊になると再び愛人の許に戻って来た。ところが、翌年また召集がかかり、その儘前線派遣されたのであった。ある日、私がSの許に立寄ると、Sは新聞第一面、つまり雑誌新刊書の広告が一杯掲載してある面だけを集めて、それを岩井繁雄の処へ送るのだと云って、「家内に何度依頼しても送ってくれないそうだから僕が引うけたのだ」とSは説明した。その説明は何か、しかし、暗然たるものを含んでいた。岩井繁雄が巣鴨駅で目撃した言語に絶する光景とはどんなことなのか私には詳しくは判らなかったが、とにかく、ぞっとするようなものがいたるところに感じられる時節であった。ある日、私の妻は小学校の講堂で傷病兵慰問の会を見に行って来ると、頻りに面白そうに余興のことなど語っていたが、その晩、わあわあと泣きだした。昼間は笑いながら見ものが、夢のなかでは堪らなく悲しいのだという。ある朝も、——それは青葉と雨の鬱陶しい空気が家のうちまで重苦しく立籠っている頃であったが——まだ目の覚めきらない顔にぞっとしたものを浮べて、「岩井さんが還って来た夢をみた。痩せて今にも斃れそうな真青な姿でした」と語る。妻はなおその夢の行衛を追うが如く、脅えた目を見すえていたが、「もしかすると、岩井さんはほんとに死ぬるのではないかしら」と嘆息をついた。それは私の妻が発病する前のことで、病的に鋭敏になった神経の前触れでもあったが、しかしこの夢は正夢であった。それから二三ヵ月して、岩井繁雄の死を私はSからきいた。戦地にやられると間もなく、彼は肺を犯され、一兵卒にすぎない彼は野戦病院殆ど碌に看護も受けないで死に晒されたのであった。

 岩井繁雄の内縁の妻は彼が戦地へ行った頃から新しい愛人をつくっていたそうだが、やがて恩賜金を受取るとさっさと老母を見捨てて岩井のところを立去ったのである。その後、岩井繁雄の知人の間では遺稿集——書簡は非常に面白いそうだ——を出す計画もあった。彼の文章が粗雑だと指摘した女流作家に、岩井繁雄は最初結婚を申込んだことがある。——そういうことも後になって誰かからきかされた。

 たった一度見たばかりの長広幸人の風貌が、何か私に重々しい印象を与えていたことは既に述べた。一九三五年の秋以後、遂に私は彼を見る機会がなかった。が、時に雑誌掲載される短かいものを読んだこともあるし、彼に対するそれとない関心は持続されていた。岩井繁雄が最初召集を受けると、長広幸人は倉皇と満洲へ赴いた。当時は満洲へ行って官吏になりさえすれば、召集免除になるということであった。それから間もなく、長広幸人は新京文化方面役人になっているということをきいた。あの沈鬱なポーズ役人の服を着ても身に着くだろうと私は想像していた。それから暫く彼の消息はきかなかったが、岩井繁雄が戦病死した頃、長広幸人は結婚をしたということであった。それからまた暫く彼の消息はきかなかったが、長広幸人は北支で転地療法をしているということであった。そして、一九四二年、長広幸人は死んだ。

 既に内地にいた頃から長広幸人は呼吸器を犯されていたらしかったが、病気の身で結婚生活飛込んだのだった。ところが、その相手資産目あての結婚であったため、死後彼のものは洗い浚(ざら)い里方に持って行かれたという。一身上のことは努めて隠蔽する癖のある、長広幸人について、私はこれだけしか知らないのである

     II

 私は一九四四年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに満洲にいる魚芳へも端書を差出しておいた。妻を喪った私は悔み状が来るたびに、丁寧に読み返し仏壇ほとりに供えておいた。紋切型の悔み状であっても、それにはそれでまた喪にいるものの心を鎮めてくれるものがあった。本土空襲も漸く切迫しかかった頃のことで、出した死亡通知に何の返事も来ないものもあった。出した筈の通知にまだ返信が来ないという些細なことも、私にとっては時折気に掛るのであったが、妻の死を知って、ほんとうに悲しみを頒ってくれるだろうとおもえた川瀬成吉からもどうしたものか、何の返事もなかった。

 私は妻の遺骨を郷里墓地に納めると、再び棲みなれた千葉借家に立帰り、そこで四十九日を迎えた。輸送船の船長をしていた妻の義兄が台湾沖で沈んだということをきいたのもその頃であるサイレンはもう頻々と鳴り唸っていた。そうした、暗い、望みのない明け暮れにも、私は凝と蹲ったまま、妻と一緒にすごした月日を回想することが多かった。その年も暮れようとする、底冷えの重苦しい、曇った朝、一通の封書が私のところに舞込んだ。差出人は新潟県××郡××村×川瀬丈吉となっている。一目見て、魚芳の父親らしいことが分ったが、何気なく封を切ると、内味まで父親の筆跡で、息子の死を通知して来たものであった。私が満洲にいるとばかり思っていた川瀬成吉は、私の妻より五ヵ月前に既にこの世を去っていたのである

 私がはじめて魚芳を見たのは十二年前のことで、私達が千葉借家へ移った時のことである私たちがそこへ越した、その日、彼は早速顔をのぞけ、それから殆ど毎日註文を取りに立寄った。大概朝のうち註文を取ってまわり、夕方自転車で魚を配達するのであったが、どうかすると何かの都合で、日に二三度顔を現わすこともあった。そういう時も彼は気軽に一里あまりの路を自転車で何度も往復した。私の妻は毎日顔を逢わせているので、時々、彼のことを私に語るのであったが、まだ私は何の興味も関心も持たなかったし、殆ど碌に顔も知っていなかった。

 私がほんとうに魚芳の小僧を見たのは、それから一年後のことと云っていい。ある日、私達は隣家の細君と一緒にブラブラ千葉海岸の方へ散歩していた。すると、向の青々とした草原の径をゴム長靴をひきずり、自転車を脇に押しやりながら、ぶらぶらやって来る青年があった。私達の姿を認めると、いかにも懐しげに帽子をとって、挨拶をした。

「魚芳さんはこの辺までやって来るの」と隣家の細君は訊ねた。

「ハア」と彼はこの一寸した逢遭を、いかにも愉しげにニコニコしているのであった。やがて、彼の姿が遠ざかって行くと、隣家の細君は、

「ほんとに、あの人は顔だけ見たら、まるで良家のお坊ちゃんのようですね」と嘆じた。その頃から私はかすかに魚芳に興味を持つようになっていた。

 その頃——と云っても隣家の細君が魚芳をほめた時から、もう一年は隔っていたが、——私の家に宿なし犬が居ついて、表の露次でいつも寝そべっていた。褐色の毛並をした、その懶惰な雌犬は魚芳のゴム靴の音をきくと、のそのそと立上って、鼻さきを持上げながら自転車の後について歩く。何となく魚芳はその犬に対しても愛嬌を示すような身振であった。彼がやって来ると、この露次は急に賑やかになり、細君や子供たちが一頻り陽気に騒ぐのであったが、ふと、その騒ぎも少し鎮まった頃、窓の方から向を見ると、魚芳は木箱の中から魚の頭を取出して犬に与えているのであった。そこへ、もう一人雑魚(ざこ)売りの爺さんが天秤棒を担いでやって来る。魚芳のおとなしい物腰に対して、この爺さんの方は威勢のいい商人であった。そうするとまた露次は賑やかになり、爺さんの忙しげな庖丁の音や、魚芳の滑らかな声が暫くつづくのであった。——こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった。

 私の家は露次の方から三尺幅の空地を廻ると、台所に行かれるようになっていたが、そして、台所の前にもやはり三尺幅の空地があったが、そこへ毎日八百屋、魚芳をはじめ、いろんな御用聞がやって来る。台所の障子一重を隔てた六畳が私の書斎になっていたので、御用聞と妻との話すことは手にとるように聞える。私はぼんやりと彼等の会話に耳をかたむけることがあった。ある日も、それは南風が吹き荒んでものを考えるには明るすぎる、散漫な午後であったが、米屋小僧と魚芳と妻との三人が台所で賑やかに談笑していた。そのうちに彼等の話題は教練のことに移って行った。二人とも青年訓練所へ通っているらしく、その台所前の狭い空地で、魚芳たちは「になえつつ」の姿勢を実演して興じ合っているのであった。二人とも来年入営する筈であったので、兵隊姿勢を身につけようとして陽気に騒ぎ合っているのだ。その恰好おかしいので私の妻は笑いこけていた。だが、何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった。台所へ姿を現していた御用聞のうちでは、八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから豆腐屋の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。

 目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆(こまめ)に立働いた。妻が私の着古しのシャツなどを与えると、大喜びで彼はそんなものも早速身に着けるのであった。朝は暗いうちから市場へ行き、夜は皆が寝静まる時まで板場で働く、そんな内幕も妻に語るようになった。料理の骨(こつ)が憶えたくて堪らないので、教えを乞うと、親方は庖丁を使いながら彼の方を見やり、「黙って見ていろ」と、ただ、そう呟くのだそうだ。鞠躬如(きっきゅうじょ)として勤勉に立働く魚芳は、もしかすると、そこの家の養子にされるのではあるまいか、と私の妻は臆測もした。ある時も魚芳は私の妻に、——あなたそっくり写真がありますよ。それが主人のかみさんの妹なのですが、と大発見をしたように告げるのであった。

 冬になると、魚芳は鵯(ひよどり)を持って来て呉れた。彼の店の裏に畑があって、そこへ毎朝沢山小鳥が集まるので、釣針に蚯蚓(みみず)を附けたものを木の枝に吊しておくと、小鳥簡単に獲れる。餌は前の晩しつらえておくと、霜の朝、小鳥は木の枝に動かなくなっている——この手柄話を妻はひどく面白がったし、私も好きな小鳥が食べられるので喜んだ。すると、魚芳は殆ど毎日小鳥を獲ってはせっせと私のところへ持って来る。夕方になると台所に彼の弾んだ声がきこえるのだった。——この頃が彼にとっては一番愉しかった時代かもしれない。その後戦地へ赴いた彼に妻が思い出を書いてやると、「帰って来たら又幾羽でも鵯鳥を獲って差上げます」と何かまだ弾む気持をつたえるような返事であった。

 翌年春、魚芳は入営し、やがて満洲の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発病し療養生活を送るようになったが、妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。温かそうな毛の帽子を着た軍服姿の写真満洲から送って来た。きっと魚芳はみんなに可愛がられているに違いない。炊事も出来るし、あの気性では誰からも重宝がられるだろう、と妻は時折噂をした。妻の病気は二年三年と長びいていたが、そのうちに、魚芳は北支から便りを寄越すようになった。もう程なく除隊になるから帰ったらよろしくお願いする、とあった。魚芳はまた帰って来て魚屋が出来ると思っているのかしら……と病妻は心細げに嘆息した。一しきり台所を賑わしていた御用聞きたちの和やかな声ももう聞かれなかったし、世の中はいよいよ兇悪な貌を露出している頃であった。千葉名産の蛤の缶詰を送ってやると、大喜びで、千葉へ帰って来る日をたのしみにしている礼状が来た。年の暮、新潟の方から梨の箱が届いた。差出人は川瀬成吉とあった。それから間もなく除隊になった挨拶状が届いた。魚芳が千葉へ訪れて来たのは、その翌年であった。

 その頃女中を傭えなかったので、妻は寝たり起きたりの身体台所をやっていたが、ある日、台所の裏口へ軍服姿の川瀬成吉がふらりと現れたのだった。彼はきちんと立ったまま、ニコニコしていた。久振りではあるし、私も頻りに上ってゆっくりして行けとすすめたのだが、彼はかしこまったまま、台所のところの閾から一歩も内へ這入ろうとしないのであった。「何になったの」と、軍隊のことはよく分らない私達が訊ねると、「兵長になりました」と嬉しげに応え、これからまだ魚芳へ行くのだからと、倉皇として立去ったのである

 そして、それきり彼は訪ねて来なかった。あれほど千葉へ帰る日をたのしみにしていた彼はそれから間もなく満洲の方へ行ってしまった。だが、私は彼が千葉を立去る前に街の歯医者でちらとその姿を見たのであった。恰度私がそこで順番を待っていると、後から入って来た軍服青年歯医者挨拶をした。「ほう、立派になったね」と老人の医者は懐しげに肯いた。やがて、私が治療室の方へ行きそこの椅子に腰を下すと、間もなく、後からやって来たその青年助手の方の椅子に腰を下した。「これは仮りにこうしておきますから、また郷里の方でゆっくりお治しなさい」その青年の手当はすぐ終ったらしく、助手は「川瀬成吉さんでしたね」と、机のところのカードに彼の名を記入する様子であった。それまで何となく重苦しい気分に沈んでいた私はその名をきいて、はっとしたが、その時にはもう彼は階段を降りてゆくところだった。

 それから二三ヵ月して、新京の方から便りが来た。川瀬成吉は満洲吏員就職したらしかった。あれほど内地を恋しがっていた魚芳も、一度帰ってみて、すっかり失望してしまったのであろう。私の妻は日々に募ってゆく生活難を書いてやった。すると満洲から返事が来た。「大根一本が五十銭、内地の暮しは何のことやらわかりません。おそろしいことですね」——こんな一節があった。しかしこれが最後消息であった。その後私の妻の病気悪化し、もう手紙を認(したた)めることも出来なかったが、満洲の方からも音沙汰なかった。

 その文面によれば、彼は死ぬる一週間前に郷里に辿りついているのである。「兼て彼の地に於て病を得、五月一日帰郷、五月八日、永眠仕候」と、その手紙は悲痛を押つぶすような調子ではあるが、それだけに、佗しいものの姿が、一そう大きく浮び上って来る。

 あんな気性では皆から可愛がられるだろうと、よく妻は云っていたが、善良なだけに、彼は周囲から過重な仕事を押つけられ、悪い環境機構の中を堪え忍んで行ったのではあるまいか親方から庖丁の使い方は教えて貰えなくても、辛棒した魚芳、久振りに訪ねて来ても、台所の閾から奥へは遠慮して這入ろうともしない魚芳。郷里から軍服を着て千葉を訪れ、晴れがましく顧客歯医者で手当してもらう青年。そして、遂に病躯をかかえ、とぼとぼと遠国から帰って来る男。……ぎりぎりのところまで堪えて、郷里に死にに還った男。私は何となしに、また魯迅作品の暗い翳を思い浮べるのであった。

 終戦後、私は郷里にただ死にに帰って行くらしい疲れはてた青年の姿を再三、汽車の中で見かけることがあった。……

2020-02-24

猫は何で殺しちゃいけないのか

よくわからん

在来種を殺しまくる外来種なので

マングースアライグマと同じだけど、

マングースアライグマは殺していいのに猫は殺しちゃいけない

病原菌を運ぶゴキブリやドブネズミは殺していいけど

同じく狂犬病トキソプラズマキャリアである猫は殺しちゃいけない

食べるため以外に動物を殺しちゃダメから

でも猫はまさに「遊びで動物を殺す」習性を持ってる動物

猫を殺さないと食べられもしないのに遊びで殺される虫や小鳥が増える

かわいいから殺しちゃダメ

でもそうなると猫を不快に思う人なら

猫を殺していいことになるのか?

2020-01-23

anond:20200122114512

遊んでいるよな小鳥でさえも生きる為には苦労する

という言葉を思い出した。

から見て、どんなに華々しく楽しそうに見える仕事でも、半分以上は楽しくない糞みたいな仕事がつまってるよね。

1日密着みたいな特集を見るたびに、こんな華やかな仕事の人でもこんな楽しくないことするんだと思ったな。

2020-01-20

anond:20200120154303

仕事しんどいから1ヶ月くらい休み取りたいな…

贅沢言うなら飼ってる小鳥の用具を全部新調したいのと、質のいい加湿器空気清浄機が欲しい。

2019-11-18

彼女と初めてえっちした

彼女の家に行ったら彼女が急に肩に顎乗せて甘えてきた。

えーなに怖いってかわしたけど

なんかそういう感じになってキスする流れに

目つぶってって言われたから目つぶったらいきなりキスされた

軽いちゅって小鳥みたいなキス

彼女の顔が近づいた時ほのかに甘い匂いがした

めっちゃ恥ずかしくて顔が赤くなってしまった

ベッドで触り合いっこして

ぎゅーってハグして

めっちゃ幸せだった












って言う20歳ドウテイの妄想でした

2019-11-07

巨乳キャラdisりつつ高身長男性キャラを好む女は本当に気持ち悪い

というわけで男性キャラクターが多く登場する女性向けコンテンツ身長調査してみよう。

日本人男性平成8年生)の平均身長170.82cm

https://www.sankei.com/life/news/180220/lif1802200005-n2.html

180cm以上185cm未満は5.60%、185cm以上190cm未満は0.90%、190cm以上は0.06%だという。

https://hapilaki.net/wiki/nihonjin-shinchou

参考までに、トリンプ・インターナショナル調査によれば、女性バストカップ数で「Gカップ」は0.8%、「Hカップ」が0.2%、「それ以上」が0.1%だという。

では、まず『ヒプノシスマイク』の主要キャラクター身長を見てみよう。

195㎝ 神宮寺寂雷

191㎝ 毒島メイソン理鶯

190㎝ 天谷奴零

186㎝ 碧棺左馬刻

185㎝ 山田一郎、四十物十四

181㎝ 入間銃兎、躑躅森盧笙

180㎝ 山田二郎

179㎝ 伊弉冉一二三

178㎝ 天国

177㎝ 夢野幻太郎有栖川帝統

175㎝ 観音坂独歩

174㎝ 白膠木簓

173㎝ 山田三郎

168㎝ 波羅夷空却

155㎝ 飴村乱数

http://softgreen.fem.jp/gamesogo/?p=8259#18-2

18人中、平均身長を下回るのは2名のみ。平均身長179cm。現実世界では1%以下にとどまる185cm以上の男性3分の1を占め、0.06%しか存在しない190cm以上は3人もいる。完全に『閃乱カグラ』ばりの超乳オリンピックである

次は男性アイドルコンテンツの『アイドリッシュセブン』だ。

190㎝ 十龍之介

185㎝ 八乙女宗助

183㎝ 四葉環、八乙女

180㎝ 大神万理、六弥ナギ

178㎝ 姉鷺カオル、千

177㎝ 小鳥遊音晴、二階堂大和

175㎝ 逢坂壮五

174㎝ 和泉一織

173㎝ 岡崎凛人、九条天、七瀬陸、百

165㎝ 和泉三月

http://garmaquve3.doorblog.jp/archives/51054560.html

17人中、平均身長を下回るのはわずか1名のみ。しか170cm台が多く、平均身長では177cm。現実世界では0.06%の190cm以上が1名。

同じくアイドルモノの『あんさんぶるスターズ!』を見てみよう。

180㎝ 紅郎鬼龍紅郎

179㎝ 天祥院英智、日々樹渉、朔間零

178㎝ 高峯翠、乙狩アドニス、蓮巳敬人、羽風薫

177㎝ 斎宮

176㎝ 深海奏汰、青葉つむぎ

175㎝ 伏見弓弦、嵐鳴上嵐、守沢千秋

174㎝ 大神晃牙

173㎝ 遊木真、神崎颯馬

172㎝ 氷鷹北斗、泉瀬名

171㎝ 影片みか

170㎝ 凛月朔間、明星スバル

169㎝ 衣更真緒

168㎝ 南雲鉄虎、葵ひなた、葵ゆうた、月永レオ、逆先夏目

167㎝ 司朱桜司、天満光、真白友也

165㎝ 紫之創

163㎝ 春川

160㎝ 仁兎なずな

159㎝ 仙石忍

152㎝ 姫宮桃李

http://ulorientation.com/archives/1592

平均身長171cm。まさかの異様なリアリティ。ただし成人キャラクターを多数含む『アイナナ』と比べて、育ち盛りの年代キャラクターであることは考慮されるべきである。152cmのキャラクターもいるが、これは現実世界では150cm以上155cm未満の割合は0.29%に過ぎないので、かなりの希少種といえる。

女性向けコンテンツにおける政治的に正しい男性キャラクター身長のありかたについて、今後より一層の是正に期待したいところである

2019-11-06

ねこでありたい

誰もいない実家に帰ると、ねこはいつかと同じところで同じポーズで寝ていた。いや、こないだとは少しだけ場所がズレているか。障子の隙間から差す日が少し傾いて照らされる場所が変わって、ねこお気に入り場所日時計の差す時刻のように移動している。和室一角日焼けして藁のような色だ。なんとなく私もねこの隣に横になってみる。なるほど、畳が温い。ここがいいとちゃんとわかっているのだ。

い草の匂いはとうの昔に褪せて、湿気の匂いがした。隣に横になった拍子で、ねこはその振動に反応して半眼になって、二ヶ月ぶりに会った私を見て、ああ、お前かと安心したように黄色い目を閉じた。ゴロゴロと喉を鳴らす。ギブアンドテイクが当たり前のこの社会に揉まれて命からがら帰ってきた私は、何もしてやっていないのにただ横に来ただけでそんなに幸せそうにしてくれるねこを見て感傷的になってしまうのだ。どうしてそんなに私に懐くのか。お前を拾ったのは私じゃなくて妹だろう。餌は小さい頃から母がやっていたろう。まともにトイレなんか綺麗にしてやったことはなかったろう。実家にいた高校卒業するまでの私は、家に帰った時にせっかく出迎えに来たお前を置いて部屋に閉じこもっていただろう。

それなのに。お前は私の気持ちがわかったみたいに、でも人のいい友人のように同情した風でもなく、純粋に私のことを好いてくれる。

なんだか切なくなって、罪滅ぼしの気持ちで頭をわしゃわしゃ撫でてやる。ゴロゴロが大きくなって、ねこはぎゅっと目を閉じた。だから、私も同じように目を閉じてみる。ここが耳で、ここが鼻。寝ているから鼻がカラカラに乾いていた。幾度となくこいつを撫でてきたから、触れるだけで良かった。

私は、手の感触ねこのシルエットを想像しながら色んなことを考えるのだ。

なぁ、ねこ。ここ最近、私は初めてお前のように生きてみたいと思ったよ。私はねこがすきだけど、もともとはねこになりたいなんて無責任なことを言うやつが嫌いだったんだよ。

お前はお寺の近くで、拾ってくださいという札を首にかけられて彷徨っていたね。いつお母さんと離れ離れになったんだよ、かわいそうに。そこから得体の知らない私たちに拾われたね。運の悪いことに、うちは住宅地だし車が多く通るから外には離してあげられない家だった。いつも窓から外を見て、小鳥を見るとちょっとだけ切ない声を出す度、私も切なくなるんだよ。

お前は幸せかい

そんなことを考えたこともないのかな。

毎日同じ餌ばかりだけど、お前はいつも美味しそうに食べて。何もない休日も、同じところを初めて歩くみたいにして歩いて、またよっこらしょと横になって。みんなが夢中になっているテレビというものはわからないだろうし、本に向かっている人間気持ちもっとからいからとりあえず読んでいる最中の本の上に乗ってみたりして。

いつも喧嘩が絶えない家だったけど、頑張って一緒に乗り越えてきたよね。お前はどんな風に見てた? 大きい声が聞こえると、お前は自分が怒られたと勘違いしていつも部屋の隅に隠れて大人しくしていたね。八つ当たりされたこともあったか。めちゃくちゃになった家族をなんとか落ち着けて、皆が寝静まった午前1時、突然虚しくなって悲しくて一人で泣いていたこと、親や兄弟とかの人間たちには隠したけど、たまたま隣にいたお前だけには隠せなかった。お前は私の気持ちを知って膝の上に乗ってきたのかい? どっちにしても、上から降ってくる涙が冷たくてごめん。

家族バラバラになった今、一番家にいるのは間違い無くお前だけど、私に気づかなくてお前が気づいていることってある? みんなをどうやったらもっと幸せにできると思う?

他にもいっぱい聞きたいことはあるけどさ、どうやったらお前みたいに強く生きられる?

お前ほど辛くはないけど、私も結構似てるところがあるんだよ。僕も物心ついた頃、お母さんが病気になったせいで両親から離れ離れになってあまりしたことのなかった祖父母の家で育てられてさ。祖父母仕事テレビ新聞ばかりでちっとも取り合ってくれなかったよ。理不尽な叱られ方もした。少し大きくなると親も少し元気になって、ようやく両親の元へ帰れて、その頃お前と出会ったんだよ。でも知っての通りずっと喧嘩が絶えなくて、その怒鳴り声を聞いて、また家族が離れ離れにならないか怯えてた。時々酔った母が暴れて殴られたこともあった。今思えば、なんにも悪いことしていないのに生きてるだけで罪悪感に押しつぶされそうで、部屋の隅で耳を塞いで泣いてたよ。実際家族はバラバラになって、そのまま私は出来るだけ親に迷惑をかけないようにそつなく生きたよ。勉強もそこそこ頑張ったつもりだよ。そのまま実家を旅立って、今は一人暮らしになって、単調な日々を過ごしてる。同じ時間に起きて同じところを歩いて、キャットフードよりはバリエーションがあるけどぶっちゃけ毎日毎日同じようなものを食べてる。お酒っていうマタタビみたいなものに溺れる日々で、少し頑張ってみてもすぐ疲れてしまうし、人一倍寝るのが好きだよ。なんだか、色々とお前と一緒だね。

というか、お前を可哀想ということで自分可哀想と思いたいだけなんだろうね。わかってる。

でも、お前とは違うんだよ。お前と違って私は、時々過去を思い出して、心の傷とか変われない自分かに悩んだりして、虚しくて泣いてしまうんだよ。今までは生きるのに必死だったけど、突然に単調な日々に取り残された今、全てに取り残された気分だよ。毎日がつまらなくて、生きるために生きていた頃と違って、なんのために生きているのか本当にわからなくなって、笑ってもこころスカスカで、何故だか生きるのが辛いよ。まだまだ到底、お前のようには生きられないんだよ。今だって閉じたまぶたの端の方から涙が漏れ出してしまいそうで、必死に目を閉じて蓋をしているんだよ。

私も捨て猫みたい?

ねこになりたいって言うやつが嫌いなのはそういう理由だよ。ねこの拾われる前の壮絶な人生と、その後の退屈で虚しい人生想像できないやつは嫌いだよ。

ねことか私のことを見て、のうのうと生きてていいなと思うだろうから

私はお前の気持ちがそこらの人間よりはわかってると思う。でもだからこそ、純粋なお前に純粋に憧れるんだよ。お前を見ているとお前のようでありたいと思う。ただ、お前のような強くて優しいこころが欲しい。お前は、変えられない過去なんか振り返らないし、おそらく変わることのない未来を嘆いたりしない。ちょっとずつ変わり続けるだけの今を黄色くて丸い目でじーっと見つめて、いつも全力で飛びかかる。だからちょっとした季節の変化で寝るところを変えてその温かさに目を細めたり、食卓から盗んだお刺身一切れを幸せそうに食べたり——そんな儚いだった一瞬の幸せ絶対絶対に逃さない。

からお前は、美しい。ただ生きているだけで、見るもの幸せにするんだね。

お前と比べて、私はダメダメだね。

あ。ねこはそんなことも思わないのかな。きっとお前はほかのやつと幸せを比べたりもしないよね。外にいる野良猫を見て毛を逆立てて、フーッと威嚇して怒ることはあっても、あいつは自由でいいなと羨むことはない。

この先どうなるんだろう、とか。

生きるって何、とか。

認められたい、とか。

そんなことより、日で温もった畳って温かくていいな、なんて思っているのかな。

私がこんなことを考えているうちにも、ねこはずっとゴロゴロと喉を鳴らし続けているのか。なるほど。つまりはそういうことなのかな。

ねこでありたい。

ねこになりたいのではない。だって、もうほとんどねこになっているのだから

そう、ねこでありたい。ねこでありたいのだ。

大丈夫明日も強く生きる。

2019-10-23

冬の寒さに耐えられな小鳥

「凍っとりゅ」

 

このダジャレフリーダジャレです。冬の前の雀ってブクブク太っててかわいいのでご自由に愛せます

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