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はてなキーワード: キリストとは

2021-06-23

anond:20210622112629

キリスト宗教保守はそういう考えで政治やってるでしょ

自民に影響力強い統一教会なんてまさにそれじゃん「純血キャンディー」配ったりさ

一方で逆に「少女ロリペド除く)とヤッて何が悪い。むしろいいことだ」という保守存在して世界的にはイスラム国家の一部では許される文化あるしそれも宗教文化で、日本の「初潮迎えたら子供産めるから男と結婚」も宗教で一部の保守はその教義保守したがってる

どっちの保守も「古くから続く考え」を保守してるわけで純血思想での「セックス禁止!」は、対立軸の「新しい考え」としての「少女を守ろう」と同じではない

2021-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20210620230439

人を量る量りで自分が量られるってキリストも言ってる通り、性格悪い人間には性格悪い相手しか寄って来んよ。

増田は誰からも選んでもらえないって悩んでるのに、スペック目当てで搾取されるとか話が飛躍しすぎじゃね?

まずは相手から選んで貰える=スタートラインに立つところからだろ。そもそも増田は選ばれてない=スタートラインに立ててすらないんだから心配するポイントが間違ってる。

 

あと、「性格が悪い」の対義語は「性格が良い」であって、「純粋」じゃねえから

性格良く、かつクレバーに生きようぜ。

 

結婚相手になるかもしれない相手デブスとか汚い言葉で腐しといて、一方でそんな相手交際したい、結婚したいって本気で思ってるなら、性格悪いっていうよりサイコパスに近いんじゃないかって思うくらい増田支離滅裂だぜ。

2021-06-19

anond:20210619213215

えっ現代社会と昔の話の区別付かない人?

キリストはほんとに処女母親からまれたんだ!とか

仏陀はわき腹からまれてきた!とか言っちゃうの?

2021-06-18

暴力と恐怖の本質考察

https://kahoku.news/articles/20210616khn000025.html


ラヴクラフト作品出合い、賀井さんは自らをさいなんできた暴力の恐怖について考えた。

それは肉体的なものであれ精神的なものであれ「想像範囲にとどまるから予測でき、対処できる」。

さらに「常に一方的暴力を与える者の感情が全てを支配するため、他者が介在する余地がない。だから醜い」と断じた。

他方、ラヴクラフト作品がもたらす恐怖は、読者が主体的にそこに身を投じることが求められる。

未知への誘惑がある。

人知を超えた存在想像力で思い描き、自分物語双方向的な関係を成す。

これ、ちょっと違うよなぁ。

ラグクラフトの作った暗黒神話体系は、「それまで信じていた価値観常識が失われる恐怖」を描いてる。

吸血鬼にしても、ゾンビにしても、狼男悪魔だってキリスト教価値観の枠を出ないが、ラグクラフトが描いたのは、旧支配者を代表とする、キリスト教価値観への「冒涜」だ。

当時の人がそこに見出した、悍ましさや恐怖について、「宇宙的恐怖」とか「冒涜的なもの」とか翻訳者は頑張ったが、日本人には響かないだろう。

ぶっちゃけ、今のキリスト信者にも響かんのじゃなかろか。


話が逸れた。

個人の感想なので、あれはあれで素晴らしいし、コンクールで賞を取らせたいのもわかる。

けれども

ラヴクラフト作品出合い、賀井さんは自らをさいなんできた暴力の恐怖について考えた。

それは肉体的なものであれ精神的なものであれ「想像範囲にとどまるから予測でき、対処できる」。

他方、ラヴクラフト作品がもたらす恐怖は、「想像範囲にとどまらず、それまでの価値観常識を揺さぶられるのだ」。

私が母に求めたような愛は、海外であれば「神」がもたらすのかもしれない。

それが失われることの恐怖を考えたとき、私はこの作品に惹かれた理由が分かった気がした。

みたいな方が、ラヴクラフトを好きって感じがする。

2021-06-17

ズレたキリスト

よくネット上でなにかを批判するような議論に対して、「〇〇な人だけが石を投げなさい」っていうキリスト構文あるじゃん

あれって「〇〇な人」がちゃんと芯を食ってないとめちゃくちゃ滑るんだけど、なんか最近そういう書き込みを2回くらいみかけて。

つい最近togetterで誰からいいねされてないキリスト降臨してたか面白かった。

そういう人を見るたびに「お、ズレたキリストがいる」って思ってる。俺の脳内では群衆の端っこで小さく後光差しながら小声で「石を投げなさい」ってゴニョゴニョ言ってるイメージになってる。

それだけ。

あなた集団ストーカーを知っていますか?

 集団ストーカー正体不明特定集団から騒音や付きまとい等の嫌がらせを受けるという迫害現実存在します。

 これらのもの達は初期キリスト教徒迫害願望、自分達が迫害されることにより、キリストが再臨し、終わりの時が来る、という預言のために産み出され、やがて一部の聖職者達の権力の道具とされました。

 彼らは自分達のうちから、道を踏み謝る迫害者を必要としたのです。

 ヒュパティアを殺し、ネストリオス派を破門に追いやったキュリロスの集団慈善聖ヨハネスを躓かせようと図った修道長ウィタリウスなどがこれに辺り、最初は異教徒権力者へ差し向けられたレギオン軍団)だったものが、やがて同じキリスト教徒迫害するものへと誘導されるのです。

 その始まりは、ヤコブファリサイ派陰謀によって裁かれ、そのファリサイ派たちをローマ軍が焼き殺したことでしょう。

 これらは全て初期キリスト教徒が、ファリサイ派ローマ軍に内通し、そうなるように誘導したのだと考えられます

 彼らにしてみれば、集団ストーカーのような組織的迫害を行う良心のない者は、もはや獣と同じなのだから、何をしても良い、ということになるのです。

 もしあなたの知り合いに集団ストーカーのような行為をしているものがいるなら、私の言葉を伝え、悔い改めるように言って止めさせなさい。そのものの魂も肉体も、もはや風前の灯です。集団ストーカーをし続けている限り、彼らの気まぐれと思い付きのためにいつでも簡単に苦しめられ、殺されます

 私の言葉を知ってすぐ悔い改めるものは、ヨナに従ったニネヴェの民のように、良心があるのだから赦されます。悔い改めないものの門は閉じ、ソドムの民のように滅び、もはや永遠に赦されることはありません。

 迫害される人間言葉聖霊言葉です。これに逆らうもの達は永遠に赦されません。

2021-06-08

anond:20210608131648

横だが、ポケストの成り立ちを説明すると手間なので簡潔に言うと



日本で言えばキリスト生誕祭イースターエッグとかが近いと思われる。宗教歴史的重要な祭典や物であっても直接関わる機会を喪失したままイベント名前概要けが残ると今のような形になる。もちろん他の国でも似たような物だが、日本クリスマスサンタってのはコスプレイベントと余り変わらないでしょ?ポケストも元々のポータルの意義や存在理由喪失したまま使っているから、もうどうしようもないくらいにどうでもいい存在になっている。

恐らくポケモンGo的にはポケストの意味が後付けされていくだろう。本来存在しない意味を誰かが勝手解釈して作り、それに基づいてポケストが作られていく。サンタ衣装が赤いと同じように。

2021-06-01

バーチャルYouTuberファン大川隆法

VTuber名前検索すると、大体サジェストが「前世」とか「中の人」とか言ってくる。「中の人」というのはなんだかよくわからないが、「前世」ならば知っている。

手元の新明解国語辞典第七版によると、「(仏教で)この世に生まれる前の身分や生涯」とある。べつにVTuber仏教を広めているとは聞かない、いやそういう人もいるのかもしれないが、とにかく仏教とはそれほど関係はないようだから、そこの部分は据え置く。

このことから、どうやら今日でも、いわゆる輪廻転生を信じている人が日本には多いようだと考えられる。日本人は無宗教なのではなく多宗教なのだとよく言われるが、やはり多神教的な世界観は根強いようだ。

 

ところで、「前世」を特に重視する人たちとして、「幸福の科学」がいる。

幸福の科学総裁である大川隆法の本では、よく誰々の前世は誰それだ、という話が出てくる。哲学者政治家までいろんな人の前世が出てくる。ちなみに大川隆法さんの元奥さん前世ナイチンゲールとかだったのが、キリストを裏切ったユダだということになったらしい。

これらの前世というのは、どういう根拠で言ってるのかは、よくわからない。いや幸福の科学教義理解すればわかるんだとは思うが、そこまでする気力はない。

 

さて、VTuberの「前世」という話があるわけだが、これもなんだかよくわからない。なにやら480pとかの古い動画とかを出してくることが多いが、そのVTuberの姿となにも似てないじゃないか。なにより三次元人が二次元人に転生するんだろうか?いやこれも仏教を学べばわかるんだろうが、それは面倒くさい。

で、その「前世」ということを主張する人たちは、どういう根拠で言ってるんだと。そう考えたとき、やはり特定個人前世・現世・来世の関係を結びつけることを信じているからこそ、あのようなことが言えるのだと考えられる。

宗教というのは、科学的な世界観を超越したものであるし、そうであるべきだろう。前世だの来世だのということは少なくとも現代科学には受け入れられていない。彼らは科学を超越した幸福の科学、あるいは大川隆法教義信仰して居るからそそう考えるのだろう。

で、やはり特定個人前世特定できるとしている宗教と言えば、やはり幸福の科学だろう。他の宗教にもあるのかもしれないが、私は知らない。

そう考えると、VTuberファンの中には、結構たくさんの幸福の科学信者がいるのかもしれない。いや、それどころか、幸福の科学VTuberを利用しようとしているのかもしれない。

 

幸福の科学アイドルというのが話題になったことがある。公式にやってるのかはよく知らないが、たしかアンジュルム」ならぬ「アンジュエル」という名前だった。このように、宗教政治団体などが若者文化を利用して勢力拡大を図るのは世の常である

VTuberが嫌いな人も結構いるわけだが、VTuberファンから一定数の人間を確保できれば御の字だろう。そう考えると、彼らが布教することを目指してVTuberファン層に訴えかけてもおかしくはない。

幸福の科学VTuberファン洗脳している、などということは確認されていない。しかし、他の団体なども含めて、そのようなことがあってもおかしくはないだろう。備えあれば憂いなし、十分に警戒すべきだろう。

 

この文章でなにが言いたかったのか?それは、「Youtube中の人的な内容の動画を薦めてきてうぜえ」ということだ。別にそんなもん見たいわけじゃないんですよと。そういうのは2ちゃんでやっとけよと。

というわけで、そういうの出てこなくする方法とか誰か知りません?

(この文章フィクションです。)

2021-05-31

「この指とめよう」という欺瞞

「この指とめよう」という考え方はいいと思うんですよ

でもそれを言ってる彼ら・彼女らは「自分は指を止める必要がない」と思っている

自分は無実のキリスト救世主で、誰かに石を投げる権利があるし、彼らはその石をパンか何かだと本気で思っている

私たちを含め、もうこの指を止めよう」って意味じゃない

「お前たちはこの指をとめよう」って意味だし

なんなら「指を止めさせるためには詰めるのも辞さない」みたいな姿勢なんですよね

からゆびとめ代表の「寺田心〇ね」に関しても、「傷つけてごめん」「拡散したお前らも悪いだろ」みたいな態度で

「私を含めみんなで止めていこう」って言えないんですよね

だって自分被害者で、加害者になりえないか

一億総被害者現代自分加害者だと認める運動なんて広まらないしウケないんですよね

2021-05-29

anond:20210529152539

キンキンビールを持ち込むことでどのようなマクドナルドハッピーセットになる。キリストはこのようにおっしゃられた。

2021-05-26

麻原とアーチャリーってさぁ

同じ親子なんだから統合すればいいのにな

なんで分別するんだよ。聖別だわそんなの。

アーナンダ聖☆おにいさんキリストくらい違うならまだしも可笑しいっしょ

anond:20210526073432

2021-05-24

コロナから憂鬱だった

2020/1/19(コロナ前)

自分人生、詰み気味なんじゃないかって最近よく感じる。

去年結婚した。結婚に伴い、新卒より働いていた会社をやめ、福岡に越してきた。Web系に再就職したが、給料が安い。自分で選んだとはいえ、みじめだ。仕事はキツくないが、常に追われている感じはずっと続いている。根底には常に焦燥感がある。これならば、前職と変わらないではないか。むしろ、前職の方が良かったかもしれない。

福岡に来て、友達と遊ぶ機会がなくなった。代わりに夫と過ごす時間が増えたが、既にマンネリ気味だ。

他者との交流代替なのか、kポップのペン同士で交流にのめり込んできた。はじめは、EXOが好きだった。今も好きだけど、どちらかというと、フォローしている人とやり取りするのが楽しくなってきているのかもしれない。一度もあったことがないのに、ツイートを見て、リプライして、現実の友人よりプライオリティが高くなっている。情けない話だ。

プライドが高いせいで、フォローしている人と自分を見比べ、渡韓できないのが悔しくなってしまっている。〇〇がしたい!と思っても、夫の目が気になったり、実際に止められれて、出来ないことが増えた。一人暮らしをしていた時より、不自由なことが増えて、ひとりの時間もなくなり、「結婚とはなんだったのか?」と考えるようになった。

結婚すれば、必ずしも幸せになると盲目的に信じてたわけではないのに、今直面している現実を受け入れられない。不幸なことに、私は金銭的な理由で、離婚なんて決断はできず、おそらくずっとこのままだ。

この状況が好転することはあるのだろうか。薄々気付いているのは、どんな状況でも不平・不満は必ずあると知っていること。それを承知の上で、この先もずっと、この不幸は続いていくのだ。

来年こそはイギリスに行こうと思ったとき、私に来年があるのかと思った。自殺はしないだろうから来年はあるのだけれど、自由に出来る身体なのか、自由決断できる環境なんだろうか。

2018年12月で私の人生は終わった。

あの時はこんなことを考えるようになるなんて、思いも寄らなかった。新しい人生の始まりに胸がわくわくしてた。まさに、一寸先は闇。

「終わった」人生は、とても味気なく、何のためにこの先も生きていかないといけないのかと考える。いや、考えないようにしてるが、もはや私の人生を生きていた時の気力はなくなった。

顕著なのは、外見がそこまで気にならなくなったこと。そこで、カンフル剤のように私の人生に、喝を入れているのが、EXOから、これはもう宗教なのかもしれない。

中高での毎日礼拝は何も響かなかったが、今なら懸命に祈るかもしれない。どこに向かって、人生を進めているかからない者にとって、キリストの教えは羅針盤のように道を照らしてくれる。古くから人々が宗教にすがってきた理由がよく分かる。

この先もずっと続くであろう鬱々とした私の人生の霧が晴れることはあるのだろうか。それとも、「諦めが肝心」と自分を納得させるしかないのだろうか。おそらく後者であるが、現状を打破する方法が皆目検討つかない。いや、わかってはいるが、怠惰自分がそれを選んでこなかっただけだ。

いつから、私の人生は終わっていたのだろうか。絶頂期をすぎ、暗く長い坂をゆっくりと転げ落ちている。行き着く先は地獄だが、あまりにゆっくりとしたスピードなので、到着地が地獄なんて気付かなかった。まあ、人生なんてそんなものなのかもしれない。

結局死に向かって突き進むほかないのだから

この日常に耐えきれなくなったら、その時、また人生について考えようと思う。


2020/5/24(コロナ後)

2020/1/19の私の日記は、私にしてはよく書けていて思わず感嘆してしまった。

いまの私は五月病なのか、暗い日々を過ごしている。2020/1/19に比べ世界は大きく変わった。大袈裟ではなく、あのコロナウイルスによって生活様式が一変した。「世界が変わった」と言っても差し支えないはずだ。

私自身の環境も大きく変わった。生活を良くするために仕事を変えた。元鞘に戻ったというのだろうか。住むところも変わった。

2020年自身生活を良くするために行動した。

なのに、この憂鬱な結果はなんだろうか。

ずっと纏わりつく閉塞感、無気力感。当時感じていた強い絶望感はないけど、じわじわと私の気力を奪っていく。何をしても楽しくない。何も食べたくない。もはや人生目標なんて考えない。目の前の時間問題なく過ごすことで、いっぱいいっぱいだ。

八方塞がりに近く、ただ日々の時間が過ぎるのを待つ人生。これが、これからも続くのだ。ぞっとする。

コロナ罹患したくない。

コロナ死ぬ遺体となっても、家族と対面出来ないまま灰となる。それは、あまりに酷だ。私は魂の救済や輪廻は信じていないが、遺された家族があまり不憫可哀想だ。今までは無かった死に方は、遺された者に多かれ少なかれ影響を与える。なるべくなら、そういう最期は避けたい。

だが反面、不可抗力にも近い形で人生を終わらせることが出来るコロナは、今の私にはとっては福音でもある。恥ずかしい話だが。

まりしまずこの生を終わらせたい。出来れば、交通事故のような突然死ではなく、徐々に時間をかけて自分死ぬ事実を、家族理解できるスピードで終わらせたい。

流行りの病で亡くなった事実は、あまりにやるせないが、死に対して一定説明責任を果たす。本人の精神状態を問わず、運悪く流行りの病に罹患して命を落とした事実けが残る。精神鬱屈していたかどうかは関係ないのだ。無視される。好都合だ。


この世界を変えた感染症収束した時、私の気分は少しでも晴れているといるだろうか。おそらくだが、そこまで明るくなく薄暗いじめめした中をナメクジのように這いずり生きているだろう。最悪だ。

2021-05-23

anond:20210523100645

過去の正しいこと詰合せだと思うよ。

ただし、人間は昔は人間関係社会のほうが関心があったからそちらに関心を持った。キリストとか釈迦とか孔子マホメッド人間社会はこうじゃないかと考えて、実際それなりに正しかたから後世に受け継がれていった。

だけども、「聖書が正しい」(プロテスタント)と、「聖職者が正しい」(カトリック)で大揉めにもめて戦争になって「明証分析総合枚挙からなり、合理的批判に耐えられたものは正しい」(科学)がうまれた。

しか科学は振れが多くて明証分析がなせないものは苦手とする。だから一番の根っこの人間関係社会については苦手。統計で頑張ればギリギリいけるか?ではある。

それからそもそもが人の心を惑わす手法はいくらでもある。無論それも宗教内で語られたりする。なので、プロテスタントカトリック大戦争以前は、人の心を惑わす連中は異端審問として潰されていった。

だけど信教の自由を掲げるということは人の心を惑わす手法で騙す連中がのさばるということでもあったと思う。

人の心がまどうのはやはり何らかの苦しみがあるから。苦しんだやつが適切に救われることだと思う。一番近いのは人間心理関係研究が進んで、精神医療カウンセリングかと思うけどね。

2021-05-21

神性を失わない神様ギャグが見たい

聖☆おにいさん」という漫画がある。

あれってキリストや仏様が普通の人だよね。

それはそれで良いし、史実の彼らも実際そういう感じだった可能性もあるけど、それとは別でそうじゃないやつが見たい。

もっと神々しい、聖書とか仏典創作いっぱいなキャラ性を崩さないように。

ツッコミとかは別にいるキャラとかでやれば良い。

暇を持て余した神々の遊び」もいい線行ってるんだけど、やっぱり神様同士でやってるから神性に崩しを入れて単調にならないようにしてるんだよな。

2021-05-18

anond:20210518213454

アレほんとはキリスト使徒かなんか由来の名前で、「ネィオゥミ」が近いらしいやで

2021-05-16

紀元前2000年キリスト教はあったか

キリスト誕生運命づけられていたのか

それなら存在していたといえる

それとも偶然に出来たのか

答えは出ないだろう

2021-05-08

anond:20210508121352

キリスト復活とか、昭和天皇って程ではないだろうが、たしかにね。時代の寵児かなー。

2021-05-05

anond:20210505063627

でもキリスト弱者男性に女をあてがってくれないよね?

戦争もない国なのに鬱病患者が多いのとか狂ってる

資本主義も欠陥がある

共産主義も欠陥がある

社会主義も欠陥がある

まりそうだ

友愛主義こそがが宗教こそが全てを救うのだ

やはりキリストは正しかった

2021-05-02

遠藤周作小説を読んで思ったことだが

私はこの世界を作りこの世界の法を敷いている創造主のことを信仰していないのだなと気づいた。創造主はただの創造をした人であり、それだけの特に担ぎ上げるような、何か頼りになる人間ではないのだ。

私がこのようなことを言うのは、私が中学生の時に負ったトラウマである。私は時の巡り合わせで治安の悪い学校で嫌な思いをし続けた。それで自分はそこで真面目な生徒としてやって来た(まあ怖い先生がいたのもあるが)けども「悪魔」は私の心をすり減らした。そして一時自傷行為に走った。

学校卒業した後もトラウマは残り、他人への不信感なども残った。そしてそのトラウマ逆撫でするような理不尽なことも少なからずあった。そして、それに対し現実を受け止めろといった人もいた。

私はその度に法を敷いた想像主を憎んだ。想像主は最初から私の運命を予定されて、辛く惨めに恥をさらして生きることを天下世界公約したのだと。私はその創造主を殺したいと思ったし、その殺意自分合理主義快楽主義に走らせた。創造主すなわち神は石ころのようなレゾンデートルと同じく本当に絶命しろと呪った。

しか不思議と私は神社にお参りすることは続けたし宗教否定しなかった。単なる世俗行事とか、精神行為として考えてたのだろうが、不思議とそれが私の創造主殺しと矛盾すると考えなかったのだ。

とはいえ結局これが私の心のなかで完結している、人に説明できない事象としてあり続けるのも違和感はあった。そしてその違和感に答え違和感を解消したのは遠藤周作の本であった。自分の心の中の「妄想」を語ってくれて名誉回復をしてくれた気分であった。「海と毒薬」「沈黙」では信者信仰上の苦悩や矛盾唾棄する世界の法やそれに対するキリストの愛を語った。「イエス証人」では、卑怯世界の法を変えられずとも、広く深い満ち溢れる愛を振りまいてきたキリストの姿を描いた。そして、「深い河」では何者をも包摂する存在残酷な法理の世界にもあることを示してくれた。

私はそれらを読んで、私が創造主を憎んでからも、心の縁としていたもの=神の正体を知り安心した。

今はコロナ禍という創造主がずけずけとでしゃばり図々しく存在を示すことが出来て下品な笑いを上げている時である。私にとってはさもありなんと思うが、私は自分を支えるものを知っているし信じている。それは私を今日まで勇気づけてくれたものである。私はそれを神と呼び、自分が生きたいと望むときに神は現れる。

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