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はてなキーワード: バランス感覚とは

2017-09-24

anond:20170924195306

ソーシャルゲームMMO RPGなんかのビジネス的に闇が深いゲーム課金して俺TueeしてTwitterでドヤすれば?

それに嫌悪感を抱けるほどのバランス感覚を持っているのならば、地道に生産的な趣味を見つけてSNSで発信し続ければ

いい仲間に出会えていつか幸せになれると思うよ。頑張ろう。

2017-09-16

インターンって誰が得するの?

誰も得しないよ。

何も出来なくて学生気分で来月や再来月には消えてるような奴に教えられる仕事なんてそうそうあるかよ。

アルバイトレベル仕事しか教えられねえよ。

教えるのにも工数がかかるんだ。

完璧マニュアルがあって、それを完璧になぞれば仕事になるような仕事なんてほとんどねえよ。

新入りに回すための仕事を作ったり、仕事仕分けて、教えるのにかかった手間なんて戻ってこないと割り切ってなんとか仕事を回すんだ。

そんな事やってりゃどっかでただの作業員なっちまう学生も出てくるだろうよ。

簡単じゃねえんだ。

意味のある仕事を作るってのは簡単じゃねえ。

そのやり方を教える奴が来月には居なくなってますじゃそれこそ難しい。

まともな仕事なんてインターンじゃ分からねえ。

それじゃその職場に入って1年後にどういう生き方してるかなんてイメージ出来ねえ。

お互いにな。


そもそも職場雰囲気なんてインターンじゃ分からねえよ。

職場の本番は定時が終わってから始まるんだ。

定時までの職場雰囲気なんて一回見学すりゃ分かる。

それじゃあインターン学生が定時の後にも残るかって言うとそんな事はねえ。

あっちゃいけねえ。

インターン残業しまくったので学業が疎かになってきてますなんて奴はいらねえよ。

二足のわらじを履くのが下手な奴と一緒に仕事なんてしたくねえ。

少なくとも俺の職場じゃ複数事柄を同時に回すバランス感覚がねえ奴は駄目だ。

となるとソイツはインターンの段階で面接足切りって訳だ。

インターン学生の側がどういう奴なのかも半年ぐらい働かせねえと分からねえ。

最初のうちの借りてきた猫みたいな状態じゃ駄目なんだよ。

お互いにな。

上辺の遠慮がなくなってからが本番だ。

その本番を見ねえならただの面接とそう大差があるのかって話だ。

仕事は分からねえ。

雰囲気もつかめねえ。

じゃあやる意味がねえじゃねえか。

インターンなんて誰がやりだしたんだ。

ごっこ遊びももっとマシだ。

余計な仕事をお互いに増やして何がしたいのか。

日本的だよな。

無駄工数を増やして人生無駄にして何がしたいんだか。

まあ、インターンなんてやってる会社に入る奴は馬鹿ってことさ。

1年2年がっつり様子を見るなら話も変わるがな。

2017-09-10

石破茂総理大臣を求める民間人有志の会

今、わが国は内外の脅威にさらされ、戦前と同様の国家危機にある。これを乗り越えるには、石破茂総理大臣登板しかない。この強い思いを石破茂氏に託す。

1 戦後最悪の国難を打開するには石破茂登板しかない

日に日に過激さを増す周辺諸国挑発外交に歯止めをかけながら日本国益を追究するという、強さとしたたかさ、そしてバランス感覚を兼ね備えた外交をできる人物は、石破茂しかいない。

2 今、防衛大臣経験者こそが求められている

安倍政権の「縁故主義政治主導」により混迷する国政をすみやかに回復できる人物は、防衛大臣として多くの実績を残した石破茂氏をおいてない。

3 その場しのぎでない、足元の揺るがぬ政治を!

安倍政権は、日本危機を救うどころか、それを招いた張本人である。だが同時に石破茂氏にも責任はある。安倍政権は、野党マスコミ国民に対し、その場しのぎの場当たり的対応を行ってきた。今こそ古い政治に決別し、明確な国家観に基づいた新しい政治を行うべき時に来ている。「日本創生」を掲げ、この場当たり政治への決別に挑戦する石破茂氏が、手腕を発揮すべきだ。

4 保守再編の旗頭として

自民党ほとんどの派閥内で政策面での違いをかかえている中で、「健全保守」を軸とした再編こそが日本政治再生のカギであり、われわれ一般国民が求めているものである。「平成保守再編」の旗がしらとなりうる人物は、石破茂氏をおいてほかにない。

5 終わりに、あえて石破茂氏に申し上げたい

総裁選挙での敗北、そしてその後の安倍政権への協力は潔くはあった。しかし、敗北の原因となった国会議員票も、総裁選規定改正され、地方の声が反映されやすくなったと聞く。国難の今、最早過去にこだわっているべき時は過ぎた。日本の国力がこれ以上損耗する前に、一刻も早い登板が是非とも必要だ。今こそ国家国民のために、堂々と決起を宣言されることを強く願うものである

2017-09-03

[] #35-2「非人道的な寛容」

「おい、うるさいぞ! 黙らせろ!」

どこから野次が飛ぶ。

どうやらミミセンよりも先に耐えられなくなった人間が出てきたようだ。

「はあ、やれやれ

俺はため息を吐くと、そう言った。

確かに赤ん坊の泣き声は耳障りだが、怒ったところで泣き止むものでもないだろうに。

あいったバカ大人にはなりたくないもんだな。

かといって、あん大人説教しても意味がないことも俺は知っている。

事態が余計に煩くなるだけだ。

俺が気になったのは、どちらかというとミミセンだ。

明らかに様子がおかしい。

耳当てを押さえつけて、更に何かぶつぶつと呟いている。

「お、おい、大丈夫か」

極端すぎる行動に、俺も心配になる。

だが、そんな俺の声すら今のミミセンには届かない。

そして、とうとう耐え切れず他の車両に小走りで逃げてしまった。

赤ん坊の泣き声もそうだが、それに怒り狂う人の罵声、これもミミセンにとって聞くに堪えない雑音であったようだ。

それが同時に襲い掛かったことでミミセンのキャパティオーバーしてしまったのだろう。

俺は心配になって後を追うことにした。


「マスダの兄ちゃん……心配かけてゴメン」

別に保護者ってわけでもないし、そんなことを俺に言う義理はないさ」

俺が追いついた時には、ミミセンも幾分か落ち着きを取り戻していた。

耳当ても外しており、俺の声を聞く程度の余裕はありそうだ。

「いきなりブツブツ言い始めたときは、さすがにビビったぞ」

「周りの音を気にしないよう、自分の声に意識を集中させていたんだ。最終手段だね」

「その最終手段でもダメだった、と」

目的地までは、お互いもうしばらく時間がかかる。

俺は話を聞いてやることにした。


「僕、嫌なんだよ。赤ん坊の泣き声が。でも同じくらい、それで怒り狂う人間の声も嫌なんだ」

「まあ、それは何となく分かる」

「それでも何とか対処してきたのに……こんなにキツい状態になったのは久しぶりだよ」

「長く生きていけば、似たような状況には何度か遭遇するぞ。バスとかで移動すれば?」

バスで遭遇する可能だってある。それにバスはそれ以外の雑音が酷いし、他の車両に逃げることすらできない」

自転車とかで移動するか?」

耳栓をつけながらは危ないよ。僕の家から図書館までは距離が遠すぎるし」

「じゃあ……我慢するしかないな」

彼の苦悩に対して、我ながら不甲斐ない返ししか出来ない。

俺の言っている程度のことは、耳にタコができるまでもなくやっているだろうからだ。

それでも看過できないから、ミミセンはここまで苦しんでいる。

「音もそうだけどさ、それをツラいと思ってしま自分の心が何より嫌なんだ。いつか自分赤ん坊の声に怒り狂って、あんな風に忌み嫌う雑音の一員になってしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方がないんだ。でも、どうすればいいかからないんだよ」

ミミセンはかなり参っているようだった。

なまじミミセンが物分りのよい子供だったが故の悲劇といえる。

理想現実自我

それらに自分の体が帳尻を合わせられず、ギャップに苦しんでいる。

成熟していく過程で折り合いはつけられるものだが、ミミセンは早熟すぎて身体精神バランス感覚が狂ってしまった。

このままではミミセンは青い果実のまま腐り落ちるかもしれない。

荒療治が必要だ。

というか正直、こんなところでミミセンにまで泣かれたら俺が困る。

(#35-3へ続く)

2017-08-29

[]8月28日

○朝食:なし

○昼食:おにぎり昆布ツナマヨあさり

○夕食:ご飯、納豆(二つ)、豚肉キノコソース炒め(自炊、いや肉は自分で買って炒めた方が量食えることに気づきまして)

○間食:チョコアーモンドスライスチーズ

調子

はややー。

今日は朝からサーバーハードトラブルらしくて、作業が全止まり

はいえ、仕事しないわけにもいかないので、関係ない仕事焼きそば焼くのと同じぐらい関係ない)のお手伝いをしていた。

そこで「島根」が「信越」か否かを答えなければいけない場面があったのだけれど、

「ごめんなさい、わからないんですけど、島根はしんこうですか?」

と聞いたら、たいそう全員からバカにされた。

信越」が読めないのも馬鹿なら、

島根」がそこに属しているか否かがわからないのも馬鹿だし、

さらにそれを揶揄われた際に「じゃあ鳥取は?」と追加の質問をしたことの察しの悪さも馬鹿だし、

と、散々茶化された。

(いや、さすがに鳥取は? は冗談で言ったのだけれど)

はあ…… しんど。

魔法使い完全犯罪の夢を見るか?

魔法により犯人当ては済ませられる特殊設定系の短編集。

これこれ、こういうの良いなあ。

程よく真面目で、程よくコメディで、このバランス感覚って人それぞれなんだろうけど、僕はこれぐらいが丁度よかった。

続きが気になるオチなので、続きも買おうと思う、文庫になってるみたいだし。

3DS

ポケとる

シェイミランドフォルム)のスキルパワー掘り

レベル2にしておいた。

それと、メインステージポケモンを色々捕獲

今日は、プクリンポリゴン2ププリンシュシュプペリッパー

まだあと100匹近くいるし、Sランク取りもあるので、コンプリートの道は険しい。

イベント限定も取り逃がしてるしね)

2017-08-25

何のご意見かわからない

https://twitter.com/hassaku_farm46/status/900160109942145026

不満があるのは分かるけどどうして欲しいかがよくわからないのでこんなお便り貰っても運営も困るだけじゃないか

まず、不満点が無駄に長いけどもうちょっと要点を絞れるよね?とりあえず

短刀の弱体化辛い

脇差ステータスが低いのが辛い

レベル補正が激しくなったのでそのまま戦場に出すのが辛い

・でも経験値低いし敵強いからなかなかレベル上がらないのが辛い

・けど敵は据え置きだから辛い

下方修正のせいで今まで楽してたのに楽できなくなって辛い

ってことでいいのかな。

弱体化については運営が「今が簡単すぎる」「短刀一強すぎる」って判断をしたわけなので、問題視するのであれば「簡単すぎたりしてない、むしろあれが丁度いいバランスだった」「短刀けが強かったわけじゃない」と納得させることができるなら、という感じ。

そのあたりについてはあまり具体的に触れられていないので運営判断とこの人のいい分どっちが正しいかからいかノーコメント。(下方修正したら今までよりしんどくなるのは当たり前で、そのしんどさが「異常なしんどさ」なのか「ゲームとしてこのくらいのしんどさはあるべき」なのかで考えるべきだけど判断するための基準話題の中で出てきてない)

ステータスについてはそれそのものよりもそれによってどんな役割を持てるかという話になってくるから、その「低いステータスのせいでどんな弊害が起きたか」が重要じゃないだろうか。

正直短刀比較して上昇率の話されたところで短刀大器晩成型だったんだよ!って言われたら終わる話というか今までの短刀が弱すぎたから極でてこ入れしましたって言われると個人的には反論できない。

今の脇差ステータスで(レベル補正じゃなくてステータスのもので)どんな弊害がある? レベル補正きついっていう話は別に脇差だけに関わらないから今論じることじゃない。

脇差が今までとステータスバランスが違う=今までと同じ運用ができないから困る、とか、特殊能力として付与された筈の攻撃を弾くスキルの発動率が低いか差別化できてない、という話なら理解はできなくないので、そのまま「方向性が違いすぎて困るから進化前と後で方向性を同じにしてほしい」とか「もう少しスキルの発動率を増やしてもらわないと割に合わない」っていうのはアリかもしれない。

レベル補正についてはまだ情報が出揃ってないと言うか、そもそもバランス調整でレベル補正も変動しましたって情報どこ情報なんだろう。公式ではそんな発表なかったような。レベル補正じゃなくて極の補正が変わっただけの可能性もあるような。というわけで保留。

経験値についてはもう少し細かく「レベル補正のせいでステータスが高くてもレベルが低いと高レベルマップでは使い辛いが、レベルを上げるにも極は必要経験値が多い。しか脇差短刀よりさらに多いので育てるのにもさら時間がかかる。結果的修行に出したら弱くなってしまうが鍛えるのも大変で弱いままになってしまう」という状態で、複合的な要因がある。(このあたりは元のツイートでも触れられている)

ただ、複合的だからこそ具体的にどこをどう修正してほしいのかが伝わってこない。ざっと考えつくだけでも

レベル補正のものをゆるくすることでステータス差を埋める

・極になった時に今よりレベルを下がらないようにする(今まで30まで下がってたのが40になるようにするとか)

経験値を入手しやすくすることで性能をすぐ上げられるようにする

・あるいは必要経験値を引き下げることで同様にすぐに性能を上げられるようにする

パラメーターそのもの上方修正することでレベル補正があっても問題ないようにする

特殊能力を強化することで運要素は強くなるが全体の勝率を上げる

などなど、結構パターンがある。正直この中からどれか一つを選んで運営バランス調整したところでこの人は「私の求めていた修正と違う!」って怒るだけのようにしか見えないけど実際はどうなんだろう。

複合的な原因が重なって問題になってるので「これダメ! あれダメ!」だけでどのポイント修正してほしいか意見がなければ動きようがないので、もっとちゃんとどこをどう直してほしいか明確にした方がいいし明確にしてもらわないと応えようがない。

そして「楽できないから辛い」という意見は極端に言えば「楽するな」が運営意見なのでどうにも言い難いけれど、「今までが簡単すぎたのは分かるけど調整のせいで難しくなりすぎた」というならまあやっぱり具体的に求めるバランスがどのあたりにあるのか言う他ないんじゃないかなとは思う。

ところでこの人は頑なに「運営は我々の意見無視してきた」「この2年間何も聞いてくれなかった」って言ってるけど、今とうらぶ中の人変わったんじゃないかって話が出てるんだよね。確か元の開発のところから刀剣乱舞名前が消えたとかで。

本当かどうかは知らないけど、もし本当にそうで、だからこそバランス調整が始まったならむしろ今声を上げないとどうにもならないと思う。

それから別に運営が変わってなかったとしてもユーザーの声を全く聞いてないなんてことはないと思ってる。だって以前に秘宝の里イベントで「小判増量キャンペーンをされてもその小判を使う時間がないと結局玉が集まらないので、課金でいいから出陣できる回数を増やすんじゃなくて一度の出陣で手に入る玉を増やす手段が欲しい」って意見を送ったら、今有料で玉増量アイテムできてるから

もちろんそれに対して「短縮できる時間が短すぎるからもう少し効力をあげてほしい」とか「今の効力で行くのならもう少し値段を下げてほしい」とか思わなくはないけれど、そのあたりはバランス感覚問題であってユーザー意見無視したわけじゃないと思う。

「私の意見」が受け入れられなかった、と「ユーザー意見」が受け入れられなかった、では天と地ほどの違いがあるので、というかそもそも短刀弱体って短刀強すぎんよぉってユーザー意見を聞き入れた結果じゃないかと思ったりもするんだけど(知らんけど)、実際に今までどんな意見無視されてきたかを語らずに一方的無視されたって主張するのはあまりよくないと思う。それだけ無視してきたならソースあるはずだからぜひ出してきてほしい。

「0じゃないかいいわけじゃない、もっと積極的に取り入れるべき」という話なら分からなくはないけれども、そうではなくて何も聞いてくれない何もやってくれないユーザー無視してるって論調だったので。

どうでもいいけど別のツイート感情的になるな、改善点を箇条書きで書き込めって言ってる割にはプレゼン(?)が感情論丸出しで具体的に何をどう改善してほしいのかが全く分からないのは何かのギャグのようなので、怒りを主張するのはいいけどその上で何を主張したいのかは明確にすべきじゃないかな。でないと相手に伝わらないのでは。

もし「この文章には書いてないだけでちゃんと明確なこうして欲しいっていう要望があります」って言うんだとしても、これを見て煽られて運営意見しようと思った人はいきなり「論理的にやれよ!」って言われたって何書けばいいかからないだろうし他のツイートまで遡って確認する人がどれだけいるか怪しい。煽るだけ煽ってあとは本人任せって、それのせいで変な意見届いて運営が忙しくなって改善に手が回らなくなったりしたら本末転倒しか言えなくなるので、意見は変に隠さず全部出し切るべきだし、分割せず一まとめにするのは大事だと思う。特にツイッターでは。

2017-08-16

はてな民に読解力がなさすぎる人が多くて怖い

この話なんですが。

id:pokonan

牛乳石鹸ウェブCM意味不明すぎて怖い - 田舎底辺暮らし

http://pokonan.hatenablog.com/entry/2017/08/15/194731

電通からんいるからって自分たちが作ったバイアスに囚われすぎてる。

物事を関連から切り離して評価できない、バランス感覚崩壊してる人が多すぎる。


id:uturogi_soy

嫌なことを洗い流してリセットしようって作製意図は良いと思うけど 家族を嫌なこと扱いしてしまったら、ただの悲しい話じゃないか

id:coopanda

バージョンもつくって欲しい。あの後、夫への苛立ちを洗い流す。

id:inuinuman

父親にとって家庭内イベントは、仕事と比べたら意味不明なんですよ。子どもが産まれ父親になっても仕事と家庭を同等には考えられない。洗い流したいのはその頭の中だよね〜[]

洗い流したいのは煩わしい家族ではなく自身葛藤ということが理解できないかなあ。


id:akirafukuoka

企業の主張は自由でも、旧来の家父長制的価値観肯定する、しか石鹸メーカーがというのはかなり信じがたい。どうせこのお父さん自分石鹸買わないでしょ?その人におもねって意味あります???🤔🤔🤔

映像最後では自身現代の良い父親像)を肯定しているから旧来の家父長制度否定しています。(相変わらずゴミ捨てをしているのがその示唆


id:natu3kan

定時に帰れない仕事漬けの人が、家族サービスから開放されたいって思う気持ちが見え隠れして、電通中の人気持ちが少しわかった気がする。仕事ストレスが重すぎて、家族すら重荷になる過重労働問題だよなあ。

id:zuna

我が国根本的な家庭観を鮮やかに可視化してくれてる良い教材。男は家事育児を"手伝う""やってやってる"で家庭持ちも自分時間は全部自分のもの。これこそ働く母が戦ってる最凶の敵。つか新井浩文無駄遣いヤメロ

主人公家族サービス家事育児から開放されたいとは思っていない「与えられているのかな?」って言ってるから息子にとってより良い父親になろうと思っているだけ。


正しい理解ができているのは少数。

id:kikinight

テーマ葛藤文学的CMだと思う。含みもあるし。良い父親ではないが、自分の在り方を探しているということを表現してるのでは? まあ、そもそもシチュエーション石鹸と結び付かないのは問題だが。

id:fu-wa

居酒屋は叱られた後輩を励ますため。「わが子の誕生日から後輩ほっとく先輩でいいのかという葛藤」はそのまま親父像とは?という自らへの問いに繋がる。風呂グローブ。いろんな表象が重なりうまく表現されてる。

id:toshi20

意味不明ではない。これは父親反面教師普段いいパパやってる男が何かのきっかけで迷って、価値観にゆらぎが出てるだけの話でしょ。ダメな迷いを洗い流して謝ってもう一度やり直す話じゃんか。皆、曲解が過ぎる

id:znd

「親父が与えてくれたもの俺は与えられているのかな」っていうセリフから自身父親像に迷い昔ながらの父親を演じてみたが自分には合わない。迷いを洗い流そう。今の自分肯定しよう。という意味だと思うよ。


みんな冒頭に説明が書いてあるの読んでないのでしょうか?

父と子の絆。

とある男のなんでもない1日の物語

気質で頑固な父親に育てられ、

反面教師にすることで今の幸せを手にした彼。

家族思いの優しいパパ」。

でも、このままでいいのだろうか。ふとそんな疑問を抱く。

それでも、お風呂に入り、リセットし、自分肯定して、

また明日へ向かっていく。


この解釈は好きwセンスありますね。

id:dusttrail

奥さんも子供旦那以外の人といるシーンがないし電話も人前で出ないし、多分奥さんも子供も死んでるんだと思う。全部旦那の見てる幻で、去年の息子の誕生日ケーキ買って帰ったら死んでたんだと思う。


電通社員炎上狙いをしているかどうかは知らない。そんな戦略まではこの映像からは読み取れない。どう推測しても邪推だ。

そして、このCM広告として優れているかも知らない。

あくまでも関連から切り離し映像作品単体を解釈した話。

2017-08-06

自分らしく生きること

今の時代、割りと自由に生きれるから、○○は○○の傾向にあるという考えにはあまり深く入り込む必要は無く、

そういう考えもあるのかとストックして生きるのがいい。

自分の中のバランス感覚がしっかりしていれば大丈夫だ。

2017-08-02

シニカルアニメが見たい

シニカルというか、冷静というか客観的というか。

パトレイバーとかナデシコみたいなシリアスにも感情的ドラマにもなりきらないバランス感覚を持った作品が見たい。

昔のポケモンなんかもそういうところがある。

最近作品視聴者安心させようと主人公はどれだけ善人か、敵はどれだけ悪人

起きている出来事はどれだけ残酷か、どれだけ幸福かというのを必要以上にハッキリ説明する作品が多くて正直くどい。

まあけものフレンズはそこら辺及第点だったけど。

https://anond.hatelabo.jp/20170801235400

PCPartPickerで選ぶのおすすめ海外サイト価格米ドル表記だったり日本存在しないパーツとかもあったりはするけど、大体の予算感とかバランス感覚の参考にはなる。互換フィルタもあって、上から選んでいけば明らかに取り付けられないパーツとかは隠してくれる。

電源は500Wあればとりあえず足りる。https://pcpartpicker.com/list/9bjCQV 辺りでどうよ? SSDスペックによらずあったほうがいいけど。

2017-07-31

映像の世紀サントラいいよね

単品で聴けばすごく壮大なのに、実際に映像と合わせたらむしろ引き立て役に徹するという絶妙な曲調

作曲者はあのバランス感覚どうやって身につけたのか

2017-07-26

ネットで真実

テレビも偏っているかもしれないし、そうだと思うけど。ただ、一応、見ている人も多いし、批判も受けるので、どっかで収束する所には収束すると思う。原発事故後に「マスコミ報道政府東電プロパガンダで偏っている!」って言っていた人たちの一部が、ネットの中の地の果てに分け入っていって、彼岸の国に旅立ってしまったので、まぁ、バランス感覚は持った方がいい。

2017-07-25

https://anond.hatelabo.jp/20170725164622

要求されるFPS/STPとしての認識量、操作量の多さ

ストラテジー面での戦略戦術建築

・加えて協力プレイの伝達力と把握力

というかなり要求水準が高くなってしまうから

 

現状のMOBAが成り立ってるのは何だかんだいってゲームスピード遅いものばかりで

実際やってみるとそんなに操作忙しくない、むしろ他ゲーと比べて圧倒的に楽

反応速度要求するものは昔はあったとしても淘汰された状態

(アクション要素の強いMOBA弱肉強食において負け淘汰されてる)

縦軸がないのでその分の情報カットされる

結果として戦略要素に集中できる

アクション好きは大人しくFTPに流れるという住み分けが終わった状態

でも俺が現状のMOBAがつまらないと思う理由もそこで、

ぶっちゃけ小奇麗に動いた方が勝つって決着が見えすぎてるのがやる気になれない

そういった感想を1度でも持つ層は二度とMOBAやらないと思う

それならまだ弱いせいで逆転できないというFPSの方が自由度がある

ミスを咎められるのや相手ミスを待つゲームほど面白くないものはない

RTSの方がワンミスの影響力が強いからたまに逆転劇とかあるけど

MOBAだと個人単位ミスしたところでチームの力に差があればそれが穴になることはまずないからな

から試合時間ほとんどが無駄になるんだよ、やってても観戦してても負けるなって思った時点で終わってる

 

でもこれって勿体ないと思うんだよな

OWでやっとFTP戦術性のあるロール要素入れても楽しめるってのが確立されたんだから

(もちろんそれ以前にも似たようなのはあったけど爆死やマイナー扱いで終わってた、バランス感覚がないから)

条件としては上記のもの提示されてクリアした人気であって

MOBAも+FPS/TPSでも成り立つはずなんだよ

ただ、MOBAにそれらを入れるときにどれを残して何をどう調整するのかバランス感覚要求されるだけで

そういう意味でもGG2は傑作だったと思う

 

というかMOBAのものRTSの多機能をこそぎ落とすことで

アクション性と協力プレイ確立されたんだから

そのまんまFTP要素を持ってきてドッキングしても上手くいくわけないんだよ

何かをこそぎ落としてミックスして新しくしないといけないのに

新しいアイデアは求められてなくて料理人としてちょうどいい塩加減をしたら独り勝ちしたのがOWという印象

2017-07-24

ちきりん氏がいい事書いてた

勝手失望し、勝手裏切られる人たち - Chikirinの日記

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20170708

 

この話、本当に分かる。

こういう人たちはネットのあちこちで見かける。

ちょっとキチったアニオタはこうやって怒り出す事が多いし、途端にアンチになったりする。穏やかじゃない。

ネットゲームで妙に馴れ馴れしい人はこうやってキレてトラブルを引き寄せ、周りにたしなめられる事が多い。

増田政治やらフェミやらでマウントしあってる人らも素性もしれぬ他人品性に期待しすぎて勝手ストレスを溜めている。

大人になれない人にとって、ネットはまさしく地獄の沙汰。

世の中は、人間は、もっと複雑で繊細なバランス感覚をもちあって社会構成しているのに、

大人になれない人はそういう機微を汲み取れないが故に、物事立場単純化しすぎてしまっているように見える。

 

「お前も迷惑かけて生きてんだから俺が迷惑かけるのも許容しろ」なんて論法喫煙者が昨日いたが、これも同じ類型に思える。

なぜなら「迷惑」という複雑なもの単純化しているから。単純化して、自分と同じか、違うかくらいの差しか感じ取れていないから。

迷惑一言で表されるものだって、あまりにもたくさんある。

迷惑の量や質や程度、時、場所、誰が相手か、何について、どんな言い方・やり方でそれが起きているのか。

それらのパラメータの複合的な組み合わせによって、何万とおりものから「こういうのなら許容できる」「これはダメ

というきめ細やかな判断を誰もがしていて、そういう判断相場社会的にある程度は共通認識があるものだ。

けれど大人になれない人は、そういう細やかさを全部ぶっちぎって、ローラーでおしなべたような感覚で物を言い、

それが人が嫌がることを平気でできる幼稚さだとか、勝手失望、過度な同質化(自分との同レベル化)を求める言動に繋がっていくのではと思う。

 

世の中のほとんどの人は、社会的に許容されるレベル迷惑の中で生きているのに、大人になれない人は、自分が許容外のはみ出した域にある事を自覚しない。

きっと育ちなどの影響もあって、周囲も同じくらいはみ出し者の集まりだったりするせいで観察眼が養われないのかもしれないが、

とにかく自覚できないので、自分は人並みだと主張する。他人もそんなにレベルが高くないと主張する。

その上「お前が言うな」的な観念をなんにでも適用しようとして、よほど立場が上の人に注意された時以外は、注意を聞かない。

建設なのだ。その場ではわかったフリをしても、何度注意しても直らないし、直さない。

表面上はそう見えないこともあるが、その内面謙虚さに欠け、他人をいつもどこかで見下そうとする人達だ。

テレビを見ながらよく否定的ケチをつける傾向もあるかもしれない。ネット上の他人に対してもテレビのヤジ感覚なのだ

私の父親もそんな感じで、生活上のマナーや道具の使い方を何度言っても直せないのだが、プライドの高さとASD傾向が重なるとそうなるのではと思っている。

彼らはいわば「低みに導こうとする人」で、一方の勝手失望する人たちは「高み(=自分感覚)との差異を許せない人」と言えそうだが、

その根底共通していて、ものごとの認識・受容についての相場感覚が著しくズレており、人間社会の複雑さについて柔軟に想像できないということだ。

 

ネットでもリアルでも、こういった人に遭遇した時、しかも既にコミュニティに入り込んでいて付き合いを避けられない時、

どうしたらいいものか、困るとき結構ある。

面倒なので、ネットリアルオフラインにして、しばらく引きこもっていたい気分になる。

増田の諸兄はこういった人たちとの付き合いをスマートに乗り切れるのだろうか。

2017-07-23

https://anond.hatelabo.jp/20170723195744

そうやってしょうもない揚げ足取りばかりして、本論には触れずに自分の見たいようにしか物事を見ない癖、やめたほうがいいよ。

例えに出したのが偶然、横断のマナーだっただけで、別にそこの部分は元増田が言ってる制限速度でもなんでもいい。

あの部分は(もちろんそれが死亡事故に繋がることはあるけども)大体の場合事故に繋がるレベルじゃない(各々がこれくらいなら大丈夫/捕まらない/車もきてないし/等々の判断をしてる)と言うこと。

そういう意図元増田も言っているだろう。それと同じ意図だと解釈できるはずなのに、いちいちケチつけて。論旨はそこじゃない。人の良心で守られている分野だからこそ厳しくなるって所だ。

まあ副流煙放射能なんかよりよっぽど他人の生死に影響する長期的健康リスクになるわけだけど、ここでは生死にはつながらない事にしておいてあげよう。

そうだとしても、生死につながらないなら好きにやっていいっていう論法自体が暴論だという自覚がないの?

マナーの悪い人たちはそもそもが、先の増田で言ったような、自由社会についての社会科で習うような基本のバランス感覚が欠落しているわけ。

不幸にも学生時代にそういう教育が行き届かなかった、いわゆるバカな奴らがマナー蔑ろにして他人迷惑をかけることを平気で人前でし続ける傾向にあるが、

タバコを吸えるくらい大人になったなら、そういう社会の中で生きてる自覚に欠けた精神未熟者をたしなめる立場にならなきゃいかん。

昨今の喫煙マナーが厳しすぎると思うのなら、嫌煙家たちに皮肉を言うんじゃなくて、立法府やら各種施設喫煙ルール策定にかかわってる団体に抗議をするべきだし、そのへんからしてそもそも間違っているんだけどね。

2017-07-21

https://anond.hatelabo.jp/20170721165020

 放任も時と場合による。

 知人はその放任主義金銭感覚が少しおかしいし、友達も居ないし計画性もない。

嫌な事があったらすぐに「辞める」とか言い出す。

まともな親が居ればそういう常識というかバランス感覚が身につくと思うし、結構大事な事だと思う。 

 とくに何時でも相談出来る相手としての親の存在必要

2017-07-17

[]7月16日

○朝食:牛丼サラダ、卵)

○昼食:なし

○夕食:ご飯、納豆(二つ)

○間食:ポップコーンあずきバー

調子

はややー、むきゅー、ちゃらちゃらんりゅー。

今日明日もお休みなので、今日こそ掃除した、さらに、散髪にも行ってスッキリ

いつもいく散髪屋さんは、シャンプーときにすごく気持ちいいブラシで頭を洗ってくれるんだけど、

気持ちいいのでもっとしてください」と勇気を出して行ったら、普段の3倍ぐらいしてくれて、気持ちよすぎてアヘ顔になってた。あのブラシ家にも欲しいなあ。

その後、レイトショーで毎年恒例のポケモン映画を見てきた。

この日記を書き始めてからだと、ディアンシーの頃からからディアンシーフーパボルケニオン、きみにきめたで4回目ですね。

感想は次の○で。

ポケモンきみにきめた

映画20周年を記念した作品

今まではテレビシリーズ旅の途中の一コマという作品だったんだけど、今年はテレビシリーズとは世界観を共有しない、オリジナル世界観

さすがに公開二日目なのでネタバレは抑えめに書きます

本題のストーリーは、とにかくよかった。

首藤剛志さんの名前が一部脚本みたいなクレジットで入っていたけど、1話リメイク部分だけじゃなくて、ネットでよく話題になる最終回ボツプロットとか、幻の映画第三作目のボツプロット意識したような展開もあったから、その辺を示唆しているのかなあ、とも思った。

とにかく、ポケモンというコンテンツの奥深さを感じさせられる作品でした。

こう、言い方が難しいんだけど、ポケモンってはっきり言ってなんでもできるんですよ。

名探偵ピカチュウみたいなミステリもできるし、

ポケダンみたいなポケモン同士の大スペクタタルな感動ストーリーもできるし、

コマスターに至ってはポケモン関係なくAIと人の関係性のお話だし、

本編だってサンムーンリーリエは、ポケモンと旅に出る前の親からの自立できない子供なんてテーマもやってる。

じゃあ、それら全部を包括して

ポケモンとは?」と聞かれた時に、何が答えになるんだろう。

そんなことをエンディングスタッフロールを見ながら考えていました。

もちろん、人それぞれ答えはあって、きみにきめたという映画がそれら全てを内包するわけじゃないんだけど、

漠然と思ったのが「終わらない旅」なのかなあ、と。

きみにきめたの作中でも、この「終わらない旅」を示唆する言葉がいくつかあって、

あるキャラがその終わらない旅に対して「同じことの繰り返しなのかも」と、ある種達観、ある種悲観、ある種憧れじみたことを言います

それにサトシは「でも行ってみなきゃわからないだろ」と返します。

最後スタッフロールが流れながら、色々と印象的なカットが続くのですが、

これらこそまさに、終わらない同じことの繰り返しの中にある、行ってみなきゃわからないことだったなあ、と一視聴者プレイヤーとして思うのです。

ただこの「終わらない旅」は

「「シナリオえーだば創作術」 首藤剛志第155回 人間の言うなりにならないポケモン

http://www.style.fm/as/05_column/shudo155.shtml

の中で脚本家首藤剛志さんが言っている

虚構世界で夢に酔いしれている、外見だけは大人で心はいつまでも子供、という人間

肯定ではない、とも思うんです。

終わらない旅は、決して、心はいつまでも子供でいいじゃない、という肯定メッセージではない。

ポケモン世界観に合わせると、

十歳の子供が旅に出てその旅が終わらないなら、まさに心はいつまでも子供なんじゃないか

と思われるのは、そうなんだけど、

そうなんだけど、自分意見は違っていて。

大人子供が1か0でハッキリ区切られて、

ある時二十歳になったときか、就職した時か、結婚した時か、子供が生まれた時か、

とにかくいつかある日何処かのタイミングスイッチが押されて、明確に子供大人になる。

なんてことは、決してなくて。

どこか子供っぽいところが誰しもあって、100パーセント大人なんて人はきっといないんだと思うんですよ。

から日中真面目に仕事をして、通勤時間帰宅してから寝るまでのわずかな時間だけでも、子供に戻る時間があって、

それがポケモンでもいいじゃないと。

「いやでも、昔の大人大人になったら子供の遊びはしなかった」

という意見もあると思います

だけれども、大人風俗に行く時心は大人なのか?

大人ゴルフに行く時心は大人なのか?

そういうことを、つらつらと考えてしまます

結局、ある程度年齢がいって、仕事もできている自分を、大人規定したいだけで、

明確に大人検定や大人点数を図ることができない以上、こんなのただの言いたいだけなんですよ。

確かに、ある種の夢オチじみた展開をもって、虚構否定現実に連れ戻すことも必要かもしれないけど、

実際のところ、そうやって子供時代大人時代を明確にスイッチできると考える方が、虚構的なんじゃないかなあ、と思ってしまう。

100%大人になって、ポケモンのことをあの楽しかった思い出の中にしまい込んでしまうのは勿体無いと思うんですよ。

結局、バランス問題で。

確かに、仕事もせず、三十歳近くになって親の金ポケモンをする人生を全肯定することはできないです。

(もちろん、全否定もできないです)

自分の中で、程よいバランスを保って、虚構ポケモンと付き合っていける、

ポケモンという終わらない旅を続けていける、

この「バランス感覚」こそが、ある意味大人なんじゃないかなあ。

そんなことを、つらつらとあてもなく考えてしまうぐらいには、いい作品でした。

アニポケアローラ編がまだまだ続くでしょうし、

ゲーム本編は秋に新作のUSUMが出るし、金銀のVCもありますし、

カードは新レギュレーション環境が動くでしょうし、

ポケスペはB2W2がまだ続いてはいものの、さすがにそろそろ終わりが見えてきたし、

ポッ拳スイッチ版でジュナイパー参戦だし、

ガオーレは、ダッシュになって、まあ評判は悪いものの続いているようですし、

ポケとるは、映画タイアップピカチュウ祭りがそろそろさすがに終わって、アローポケモン実装が進むでしょうし、

コマスターは、水曜日の大型アップデート一年越しにストーリーが進むと噂されてるし、

名探偵ピカチュウは、あれから一切音沙汰がないけど本編のスイッチ以降までにはなんとかなるかなあだし、

ポケモンGOは大型イベントが開催されるらしいですし、

はねろコイキングは、リーグの先のアップデートがあるらしいですし、

ポケダンアローラ追加の新作が出るかなあ、スイッチ向けかもなー、とかだし、

ポケランドはオープンベータだかオープンアルファだかでそこそこ好評だったみたいだから、僕も早くプレイしたいし、

とにかく、ポケモンという凄く広い作品群に、また一つ名作が生まれたと思います

映画館に行こう! 本編のゲームがあればマーシャドーもらえるし、ゲームがなくても、サトシピカチュウのガオーレディスクがもらえるよ! ガオーレはオススメしないけどね!

3DS

ポケモンSM

マーシャドー受け取りのために、カートリッジ版のサンムーンポケモンセンターまで進めた。

メインはDLサンもあるので、マーシャドーが三匹ももらえていい感じ。

はいえ、対戦はご無沙汰。

ポケモン熱は高いので、USUMで復帰しようかな。

いやこれ、ポケとるコマスター自分の中でケリがついてのがよくないんだよなあ。

なんかこう、うまいこと自分の中でキリのいい出来事を決めて、ばさっとプレイをやめた方がいい気がしてきた。

ポケとる

デイリー要素のみ。

iPhone

コマスター

ログボのみ。

FGO

水着イベント第1部をクリア

さらに、アサシンのスカサハ進化素材も全部入手。

これで残るは礼装とかアイテム系、礼装は同一礼装を重ねた方がいいのかな、この辺の機敏がまだよくわからないや。

スタミナ消費アイテムは、第二部にとっておこうかなあ。

あと、マシュの「時に煙る白亜の壁」のスキルレベル6にした。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170621174749

経営者としてや技術者として優秀でも人文的な見識がない人の方が、むしろ日本ビジネス界では多数派増田の父はごく普通の「有能なジャパニーズビジネスマン」ってだけだと思う。

から日本会議みたいなトンデモに引っかかっても平然としていられる。見抜くための知識がないから、平然としてられるんだよ。

技術劣化を見抜く力があって、かつトンデモカルトを見抜く力がない人なんて、大企業管理職経営者クラスにはそんなのごろごろしとる。もちろんそうじゃない面白いオッサンもいるけどね、多数派増田父と似たような感じだ

日本人経営者は、人文的な知識がなさからくるバランス感覚の欠如の方がむしろ技術力や経営力のなさよりアキレスの踵になっているケースが少なくない

ヨーロッパだと経営層は殆ど場合上流階級のものに占められていて、彼らの多くはキリスト教に基づく(偏ってはいるが)人文的な智恵を有していたりするが、日本にはそれがない。

昭和時代だと三国志戦国武将エピソードを引いて一家言ぶてて一人前、みたいな風潮があったり、管理職研修でやたらと座禅をさせたがる経営者がいたりしたが、理念が地に足付いてないからついついそういう発露になるんだろう

大学者がリベラルアーツをついうっかり叫びたくなるのもその辺かもしれない。ただし高等教育の姿=その社会の縮図なので、形だけリベラルアーツ方式を取り入れても意味がないけど

2017-06-18

独裁者安倍にとって告発不安なのだろう。告発者を守れ。

サンデーモーニング 加計学園について 2017・6・18

寺島氏 組織の維持に利害を持つ人からすると、内部告発不安

社会を公正に保つためにはバランス感覚重要で、一体何のための告発なのか、私利私益のためなのかを見抜く必要がある。

今回の件は国民社会に向けて大きな問題提起をしている。そういうことよく見極める必要がある。

独裁者安倍にとって告発不安なのだろう。告発者を守れ。

2017-06-08

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今回はモアイで読んだ、第71回ちばてつや賞の感想

一部追加されたようなので、感想更新

ブラック企業新卒 座敷山童子の入社 (第71回ちばてつや奨励賞

ブラック企業という題材を、キャラクターや情景含めて程よく描いているバランス感覚が上手いと感じた。

リアリティをどう描くかってのは個人裁量が分かれるところではあるけれども、私としては漫画あくまエンターテイメントなわけだから、卑屈に描くにしろコミカルに描くにしろその範疇をどう意識しているかだと思うんだよね。

反面、登場人物の一人である座敷山の設定が馴染んでいないというか、ちょっとプロット調整すれば成立する構成なのが気になるところ。

グラスホッパー (第71回ちばてつや奨励賞

情景描写が丁寧で引き込まれるね。

プロット自体の皆無っぷりはそれを際立たせている側面もある。

ただ、象徴的なものであることを考慮しても、やっぱり中身のないストーリー構成に物足りなさを感じるのが正直なところ。

20XX年地球記念日 (第71回ちばてつや奨励賞

クライマックスまで話のテーマを開示させないストーリー構成に感心した。

そのせいで話にのめりこむまでにやや腰をすえないといけないかもしれないが。

あと絵の乱雑さはやはり気になる。

画風と割り切るには粗すぎるので、ネーム段階のものなんだろうけれども。

ただ構図とかはしっかりしているので地力は間違いなくあると思う。

エイト (第71回ちばてつや奨励賞

まず小奇麗な絵が引き付けてくれる。

終始コマの大小関係なく一定クオリティなあたり、デジタルの強みを存分に活かしているね(いや、もしかしたらデジタルじゃないかもしれないけれども)。

プロットは、まあ悪くないと思うんだけれども、言語化しすぎなキラいがあるかな

セリフの長さと多さがストーリーまで冗長にしてしまっている印象がある。

心臓は、つめたい (第71回ちばてつや賞佳作)

後半から終盤にかけての、キャラクターたちの人間模様の多側面的に描いていたのは面白いと思うんだけれども、それくらいかなあ。

絵が無個性なのと、プロットが所々不自然に感じるから、総括としては印象が薄かった。

今回、他の作品がどれもレベルが高かったり、個性的ものばかりだったせいもあるんだけれども。

絆創膏のためのメヌエット (第71回ちばてつや賞佳作)

絵の部分で読者を飽きさせないようにする工夫が丁寧だと思った。

コマ割とか構図とか、漫画としての絵の見せ方がすごく上手い。

ただストーリーのために必要情報の取捨選択ができないというか、構成が所々とっ散らかっている印象がある。

本作の話はコンプレックスを持つ主人公男の子ロマンスを、ピアノというアイテムを間に置くことで語るものであることは明らかなのだが、本筋一つに絞って描かれていない。

かといってそれらをきちんと消化しきっているわけでもないから、蛇足感が拭えない。

女子大生1円玉神様 (第71回ちばてつや賞佳作)

センス方面に振り切った漫画って感じ。

丁寧な人物絵に対して、線からしてやる気のない背景のギャップが可笑しい。

2ページ目の5コマの箇所とか、もうわざと描いてるんだろうなあと思わせてくれる。

ただ、わざとやっていることは何となく分かるんだけれども、演出表現だと割り切るには全体的に安定感には欠ける画力かなあという印象。

プロット破天荒すぎるというか、そのための説明構成もごちゃごちゃしすぎてて目が滑りやすいのがツラいところ。

三つ子のたましい (第71回ちばてつや賞準大賞)

まず導入部が良いと思う。

中盤がインパクトの薄いゆったりとした進行だから最初に引きつける描写を入れて読者を離れにくくしているのが賢い。

コマ割がやや淡白な印象はあるが、まあストーリー構成上これでよかったのかもしれない。

終盤、ちょっとキャラ言語化しすぎな印象はある。

ただ、話のおさまりを良くするためにある程度は説明する必要はあるから、丁度いい案配がどの程度かっていうと難しいところかもなあ。

引っ越し (第71回ちばてつや賞大賞)

内容自体はさしてドラマチックなわけでもエンターテイメント性が強いわけでもないんだけれども、絵の説得力が非常に高くてそう思わせない。

ストーリー構成も上手くて、サブキャラ事情なども最低限見せることで、しがらみによってより雁字搦めになっている様が見て取れる。

序盤での死神による抽象的な語りがやや気になるところではあるけれども、それ以外は概ね完成度が高いと思った。

余談

いやー、今回の受賞作品はどれもレベルが高すぎ。

私の中では印象が薄かったものもあったけれども、それだってあくま相対的にであって、かなりのクオリティだもんなあ。

それにしても、私がこのサイトを利用したときに、いつも気掛かりなことがあって。

受賞した漫画ストーリー概要とか、審査した人のコメントとかは漫画より上に表示されるんだよね。

それで批評コメントとかが目に入ったとき場合によっては内容とかを察してしまったり、読者の印象がそれに引っ張られる可能性がある。

これは映画とかの広告で「衝撃のラスト!」とか謳ってしまう位のことだと思うんだよね。

衝撃のラスト」って言われたら身構えるわけで、それが大したことなかったり予想通りだったら肩透かしだし、仮に予想外でも感動は薄れるわけで。

から私はこの手の漫画を読むとき批評コメントは後回しにするか極力見ないようにするんだけれども、いつも上に表示されるから個人的に煩わしい。

そこまでする必要があるとは思わないけれども、もし媒体によって表示が違うならそっちに変えてみるか、何らかの方法であれの表示だけブロックした方がいいかもなあ。

2017-06-07

ヨッピーの終わりの始まり

ここ数日の記事をみて単純にあーこの人もこうなっちゃったかって感じを受けた。

記事の作り方とか別に嫌いじゃなかったけど、なんか広告を作る側へ寄り過ぎちゃってバランス感覚失ってる感じ。

なんか潮目が変わったよね。

2017-06-06

今のままだとヨッピーさんは切り込み隊長と同じコースに行く

ヨッピーさん自身というより、ヨッピーさんを過剰に持ち上げようとする考えなしのフォロワーどもに言っている。

豊田ヨピ夫さんの人格まで立派であることを期待するとどっかで破綻するゾ。

やまもといちろうについては、有能であると同時にゲスなところがあるのはわかってたはずだ。文章に独特の味があって面白い憶測まがいの信憑性が疑われる記事を書いているのも前からだった。

なのにそういうところから目をそらし、全面的に持ち上げて勢い付けさせ、落ち目になったら手のひらを返したように何でもかんでも否定するという考えなしのはてブ民には本当に失望したものだ。

それでもやまもといちろうバランス感覚が優れているので、ネットでの勢いこそ衰えたものの、しっかり自分立ち位置キープしている。

彼が落ち目になったと思っているのは、自分たち評価が全てだと思ってるアホのはてな民だけである


だが、ヨッピーやまもといちろうほどは立ち回りがうまくない。自分制御するのも上手くない。


いまのままだと、おだてにのって簡単に木の上に登ってそのまま落ちてどっかで死ぬ。今回の件もかなり危うかった。


記事PRをつけるかどうかってのはかなり危うい話題なのだが、その話題に触れる割には立ち回りが下手くそすぎる。


わざわざ地雷原に触りに行った挙句、それを晒して「僕も性格が悪いな」などといい出しているあたり、もうかなり万能感に毒されている。


自分意識して作り上げてきた好かれるキャラを維持する努力を忘れて、そんなことしないでも自分が愛されると思い始めている。



その周りの人間の反応を含めて、マックスむらいキッズたちの関係に近づいてきていると言える。


もう半年くらい放っておいて、彼がキッズ化した自分の支持者の方だけ向いて仕事をするようになったら、事故死はもう避けられなくなってしまう。


自意識ってのは厄介なもんで、一度駄目な方向に膨れ上がったら、そうそうもとには治らないなんてことはそれこそ広告業界の人が一番良くわかってるだろう。


笑いの旬が過ぎて、我が出すぎた芸人ほど使いにくいものはない。芸人にとって傲慢さは最大の天敵。



しかサイバーエージェント批判ときだって調子に乗ってシャドウバースをよく調べずに叩いた挙句にクソみたいな言い訳して、それをよくわから擁護するアホがたくさん湧いていた。



彼をあと半年もおだて続ければ、アレのもっと笑えないようなことをやって、対応を誤ってしまったら、こいつは扱いにくいやっちゃな、なんてことになりかねない。



からフォロワーどもは、時々しょうもないことをやってたら冷水をかけてやるくらいでちょうどいいんじゃないっすかねー(適当

2017-06-03

人間の根源的な本質は「身内に甘い」ということ

http://anond.hatelabo.jp/20170403213202


身内であれば多少のアラは見逃すし、

敵であれば僅かなアラでも徹底的に叩く

ヨッピー互助会と叩かれないのも、

大勢はてなユーザーを身内化することに成功しているからだ

バランス感覚が卓越しているというブコメがあるが、

それはどちらかと言うとやはり身びいきなもの見方で、

どちらかというと政治力があると言った方が的確である

要は多数派工作に異常に秀でているのだ

多数派の支持を得ている間は、

たとえアンチがそれなりに存在していたとしても、

ちょっとでも批判すれば多数の賛成派に総掛かりで反撃を食らうことがわかっているので顕在化しないだけであ

そしてはてなではどちらかというと反体制・反権力的なロック魂あふれる人間が多いため、

ヨッピーがひとたび権力者としてみなされると、

途端に大勢アンチが涌くのではないか、という指摘は尤もである

その意味で最も的確な指摘をしているのは、Ukey氏の

DPZと違って『悪を退治する』みたいなことやるから、しくじるとアンチフルボッコにされそう

というブコメである

2017-05-29

一切被害を被ってないのに自分性犯罪被害者に例えてるバランス感覚を見て

ひとつ覚えのように『性犯罪被害者に「お前がエロい服装して無防備なのが悪い」みたいな説教』って繰り返してるの、なんかそう言うこと言われたトラウマでもあるんだろうか。

それにしても、自分性犯罪被害者に置き換えてるあたり、完全に自分が一切悪くないって立場で押し通すつもりみたいね。昔からそうだったけど、一切聞く耳を持たないあたり、あのデマサイト管理人とそっくりで、あの異様な執着は単なる同族嫌悪だったんだってよく分かった。どっちも微妙任天堂信者気味だし。精神病んでるし。

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