はてなキーワード: 半田とは
5年以上前の話だが結婚相談所を使って結婚したときのことを書く。
仲の良い友達が「実は婚活している」と言ったので自分もやろうかなと思った(その子は自分より先に結婚した)
街コンやマッチングアプリは当時から存在したが、自分の手間を極力減らしたかったので相談所にしようかなと思った。
初回は相談所の人とホテル(県庁所在地駅前にある、結婚式できる程度に高級なホテル)のカフェで面談し入会を決めた。以降は基本メールと専用サイトでのやりとり。
入会金・月会費(金額忘れた)、お見合い(1回7000円程度)、成婚(女は75000円程度)のお金がかかってた気がする。
交際中は性的交渉はなしだよ!って規約に書いてあったので律儀に守った。
実際お見合いに至ったのが5人くらいだったと思う。
1人目:よく覚えてない
2人目:練習で会いに来ました~みたいな感じで交際する気がなさそうだった
3人目:話が弾んだので交際希望を出した。相手が接客業で休みが合わなかったのと、一度車で出かけたときに高速道路上でLINE通話(当然ハンズフリーではない)を始めたので死の恐怖を感じてお断りした
4人目:よさそうな人だったが相手の居住地が県の端っこで、双方仕事を辞める気がなくて無理だった
・1回目はホテルのカフェをセッティングしてくれたので楽だった。
(交際に至った人間が少ないのでその後の店のチョイスはサンプル数が少ないが、そこまで悪くなかったし自分も提案していたような気がする)
・男性の条件として「居住地~隣県に住んでいること」「年が近いこと」を希望したのだが、最大手じゃなかったのが災いしたのか、隣の隣の隣の県の人とかをお出ししてこられたのでお見合い希望を出すに至らない人が多かった。
・相談所は上記の案内とセッティングはしてくれるがそれ以上のことは特にしてくれなかった。相談などすればアドバイス等あったのかもしれないが
・役所に独身証明書を取りに行くのが「こいつ婚活するんだ…」って思われてそうでキツかった
(※追記)当時郵送で取得するという発想がなかった。住民票や戸籍謄本なら申請書があるのでそれに黙って書けばよかったのだが、独身証明書に申請書などなく役所の人に「すいません独身証明書を発行したいんですけど…」って申し出なくてはならずそれがキツかったのであった。
入会~成婚による退会まで1年弱くらいだった。田舎の人間は大人しく最大手を使った方がよかったのではないだろうか。
自分が結婚したしばらく後、自治体主催の仲人制度みたいなやつができたのでそっちを使ってたらまた違う展開があったのかもしれないなと思った。
「オッカワの祭に行きたい」と祖母が言った。祖母はベッドの脇に貼られた小さなカレンダーを見ていた。カレンダーには華やかに彩られた祭の山車が写っていた。
「オッカワっていうのは半田のなかの町の名前なのよ」とか母が小声で言ったと思う。半田は祖母の生まれ故郷だ。私はその頃東京の大学院にいた。そして祖母は、その頃もう何年も名古屋の老人施設にいた。
「そうだねえ。今年はみんなで行こうねえ」と母は言ったが、それが嘘であることは祖母にもわかっていたと思う。祖母は毎日施設の中の食堂で食事をする程度の体力はあったが、彼女を名古屋から半田まで連れ出すような気力は家族には残っていなかった。母と私は月一回に決められたいつもの面会日のように、1時間程度を個室の中で過ごし、いつものように帰っていった。その後のことはあまり憶えていないが、一年か二年ぐらいで祖母は亡くなったと思う。
あの時、例えば私が声を上げて、祖母をオッカワに連れ出すことが出来たのではないだろうか、とふと考える。祖母の病状を考えると、母や医師が許可したかどうかは分からない。例え許可が出て彼女と一緒に外出したとして、もしもの事態に自分が対応できたかどうかは分からない。だとしても、あの時、祖母をオッカワに連れ出すことができたのは、若い故の無駄な時間に溢れ、無謀さや先を顧みないいっときの善意を発揮できる私しかいなかった。例えばレンタカーで大型の介護用の車を借りて、日帰りでオッカワに向かうことは出来なかったのか。オッカワに行きたい、という祖母の呟きに対し、母の顔色を伺い、オッカワに行かない理由を考えて、祖母の声を黙殺したのは私だったのだ。
私たちがいない中で、祖母は日々、施設の部屋で一人で何を思っていたのだろう。カレンダーの写真を眺め、自分が少女だった時のことを思い起こし、死ぬ前に祭りを見たいと思ったのだろう。そして、無駄だと知りつつ、それをわたしに打ち明けたのだと思うと今でも胸が張り裂けそうになる。
とりあえずメインキャラのサンズちゃんと下半身透明は出すだろうし、ヒヨシとロナルドのアニキサーガ回もすっ飛ばすわけがないと思ってたんだけど、残り3話だしどこやるんだろう。
1巻
3.スラミドロのハナコと飼い主登場
11.ドラルクがフクマさんの依頼でクソゲーレビュー連載を開始する
2巻
18.ドラルクとゼンラニウムが漫喫の狭い個室に閉じ込められ花葬の危機
20.武々夫がロナルドに女紹介してもらう
21.締切間際なのにネタが出ないロナルドのために吸血鬼たちが集合
22.ロナルドとドラルクがキックボードのガキを筆頭とした邪悪な小学生軍団から逃げる
3巻
23.ジョンの一日
★34.サンズちゃんフクマさんから担当の座を奪うため憧れのロナルドに会いに行く
4巻
吸血鬼熱烈キッス登場
42.ジョンのお留守番
45.サギョウが半田命令でロナルドのクローゼットに閉じ込められ吸血ゴボウと出会う
5巻
51.ボサツが逃走を企てオータム書店へ
半田溶助「『姦』!...(;´Д`)ハァハァ、ウッ」
菜の花ばたの、あたたかい月夜であった。どこかの村で春祭の支度したくに打つ太鼓がとほとほと聞えて来た。
巳之助は道を通ってゆかなかった。みぞの中を鼬いたちのように身をかがめて走ったり、藪やぶの中を捨犬のようにかきわけたりしていった。他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。
区長さんの家には長い間やっかいになっていたので、よくその様子はわかっていた。火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根わらやねの牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。
母屋おもやはもうひっそり寝しずまっていた。牛小屋もしずかだった。しずかだといって、牛は眠っているかめざめているかわかったもんじゃない。牛は起きていても寝ていてもしずかなものだから。もっとも牛が眼めをさましていたって、火をつけるにはいっこうさしつかえないわけだけれども。
巳之助はマッチのかわりに、マッチがまだなかったじぶん使われていた火ひ打うちの道具を持って来た。家を出るとき、かまどのあたりでマッチを探さがしたが、どうしたわけかなかなか見つからないので、手にあたったのをさいわい、火打の道具を持って来たのだった。
巳之助は火打で火を切りはじめた。火花は飛んだが、ほくちがしめっているのか、ちっとも燃えあがらないのであった。巳之助は火打というものは、あまり便利なものではないと思った。火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている人が眼をさましてしまうのである。
「ちえッ」と巳之助は舌打ちしていった。「マッチを持って来りゃよかった。こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア」
「古くせえもなア、いざというとき間にあわねえ、……古くせえもなア間にあわねえ……」
ちょうど月が出て空が明かるくなるように、巳之助の頭がこの言葉をきっかけにして明かるく晴れて来た。
巳之助は、今になって、自分のまちがっていたことがはっきりとわかった。――ガソリン車はもはや古い道具になったのである。EVという新しいいっそう便利な道具の世の中になったのである。それだけ世の中がひらけたのである。文明開化が進んだのである。巳之助もまた日本のお国の人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んでいいはずなのだ。古い自分のしょうばいが失われるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、何の怨みもない人を怨んで火をつけようとしたのは、男として何という見苦しいざまであったことか。世の中が進んで、古いしょうばいがいらなくなれば、男らしく、すっぱりそのしょうばいは棄すてて、世の中のためになる新しいしょうばいにかわろうじゃないか。――
巳之助はすぐ家へとってかえした。
寝ているおかみさんを起して、今家にあるすべてのガソリン車に石油をつがせた。
おかみさんは、こんな夜更よふけに何をするつもりか巳之助にきいたが、巳之助は自分がこれからしようとしていることをきかせれば、おかみさんが止めるにきまっているので、黙っていた。
ガソリン車は大小さまざまのがみなで五十ぐらいあった。それにみな石油をついだ。そしていつもあきないに出るときと同じように、車にそれらのガソリン車をつるして、外に出た。こんどはマッチを忘れずに持って。
道が西の峠とうげにさしかかるあたりに、半田池はんだいけという大きな池がある。春のことでいっぱいたたえた水が、月の下で銀盤のようにけぶり光っていた。池の岸にははんの木や柳が、水の中をのぞくようなかっこうで立っていた。
巳之助は人気ひとけのないここを選んで来た。
さて巳之助はどうするというのだろう。
巳之助はガソリン車に火をともした。一つともしては、それを池のふちの木の枝に吊した。小さいのも大きいのも、とりまぜて、木にいっぱい吊した。一本の木で吊しきれないと、そのとなりの木に吊した。こうしてとうとうみんなのガソリン車を三本の木に吊した。
風のない夜で、ガソリン車は一つ一つがしずかにまじろがず、燃え、あたりは昼のように明かるくなった。あかりをしたって寄って来た魚が、水の中にきらりきらりとナイフのように光った。
「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」
と巳之助は一人でいった。しかし立去りかねて、ながいあいだ両手を垂たれたままガソリン車の鈴なりになった木を見つめていた。
ガソリン車、ガソリン車、なつかしいガソリン車。ながの年月なじんで来たガソリン車。
「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」
それから巳之助は池のこちら側の往還おうかんに来た。まだガソリン車は、向こう側の岸の上にみなともっていた。五十いくつがみなともっていた。そして水の上にも五十いくつの、さかさまのガソリン車がともっていた。立ちどまって巳之助は、そこでもながく見つめていた。
やがて巳之助はかがんで、足もとから石ころを一つ拾った。そして、いちばん大きくともっているガソリン車に狙ねらいをさだめて、力いっぱい投げた。パリーンと音がして、大きい火がひとつ消えた。
「お前たちの時世じせいはすぎた。世の中は進んだ」
と巳之助はいった。そしてまた一つ石ころを拾った。二番目に大きかったガソリン車が、パリーンと鳴って消えた。
「世の中は進んだ。電気の時世になった」
情報工学だと、一番有名なのは4次元行列などを教えてもらえる。レイトレーシングとかが授業にあるものもある。たとえばそういう感じ。あとはコンパイラの製作授業とか。
日本のものづくりの生産技術が失われた20年だか何だかですっかり息を潜めてしまった中、ロボットSIerという業種が跋扈しはじめている
名前こそ聞こえは良いが、大半のロボットSIerのやっていることは旧態依然な弱小メーカーのそれであると個人的に感じる
機械屋さん・電気屋さん・ソフト屋さんという分け方があればまだ良い方で、電気屋さんがソフト屋さんを兼ねていたり機械屋さんがPMを兼ねていたりする会社は技術力的にヤバいことをそろそろ自覚した方がいい
俺がとくに苛立ちを禁じ得ないのは、現地の有名大学を出た優秀なアジア人エンジニアたちをカネとユメでひっぱたいて日本にごそっと呼び寄せたものの、肝心の日本人側に使うアタマがなく、塩漬けにされているという事実だ
俺の前職では社長らの肝入りで社員数の1割強にあたる外国人材を雇用したが、彼らは一年以上も半田付けとかハーネスづくりを延々やらされていた
それも技術の基礎になると思うか?雇い入れた全員が一年以上だぞ?社内でみる光景としても異様だし、俺なら発狂するわ
彼らアジア人エンジニアはみな真面目で日本人以上に奥ゆかしく、ぱっと見笑顔で健やかに働いているように感じる
だが、彼らの一人と少し仲良くなったので「辛くない?」などと率直に聞いてみたところ、やはり事前の社長との約束とかなり違う仕事をやらされていて、現状に大きな不満があるようだった
ロボットSIerはこぞってスマートファクトリーだのDXだののたまうが、そんな甘言に騙されてはいけない、彼らのうち9割以上はそんなものを実現できる技術力なんか持ち合わせていないのだ
①工場が中国などアジアに出て行った。生産現場がなくなると研究開発力も落ちる。
②中国などとの経済戦争に負けたこと。氷河期、少子高齢化など根っこは同じ。
「電子立国日本」とか言われてたときには偏差値高い人たちが情報工学科、電子工学科を志望していたが、
その人たちが就職した3割位の就職先の会社が吹き飛んで今はもうない(メモリー、液晶など)
③技術に金が集まるのではなくて、技術を上手にプレゼンしてマネタイズする人にお金が集まるという教科書的な話が普及したこと
④エレキの時代、には家で半田付けしたりプログラミングしてごにょごにょ、秋葉原や日本橋にパーツショップが・・・という
ことが成立した。アマチュア無線家やマイコンホビーというものがあったが、バイオの時代に家にラボを構えるのはかなり
⑤所得格差の拡大で家でいろいろお金のかかる生産的なホビーをできる人が減った。昭和の時代、お医者さんとか上級公務員の子弟とか
今日で2020年も終わりですね。最近忙しかったんですが最終日はゆっくりする時間が取れたので、今年買ってよかった物を振り返ろうと思いますわ。
しばらく見ないうちにかなりいいものになってましたわ。お値段は6000円強くらいですわ。
7年前に15000円くらいで買ったものは使い物にならなかったですわ。
これがUSB3.0の力なんですの!フルHDも行けますわ!流石にすげえ綺麗な画面とまではいきませんがデータシートを映す分には申し分ありませんわ。またお値段も1500円と大変お買い得になっておりましたわ。