はてなキーワード: 無量寿とは
嫌々信者のひとりです。
先に回答されている方のおっしゃるとおり、30年ほど前に出来た新興宗教です。
開祖はサイコロ占いで訴訟を起こされた福井真尚(久世太郎)という人物です。
この教団の一番の特徴は金がかかることとその選民思想。
済度(いわゆる入会儀式)を受けるときで40万近くかかります。
その後は、会員代が月2000円、布施の月が年2回で1回最低1万円。
ですが、これはあくまで建前です。
数年で家一軒分くらい支払わされているところもありますよ。
万札以外は金じゃないと言わんばかりの対応です。
あと選民思想ですが、この教団との縁に会った人間しか救われないとしています(一応本尊が阿弥陀仏のくせに)。
他宗派の開祖(最澄やら日蓮)を持ち出してきて、実はこの人たちもこれを信じてたんだ、その証拠に云々と言った話をしょっちゅうしています。
まあ、今は自分のとこにしか本物はないと言ってるので他宗派を否定しているも同然なんですが。
ただ、東本願寺の大谷派を目の敵にしているようです(2chなんかで否定的なレスには大谷派の坊主が妬んで云々書き込まれます)。
ID:QL5MArTi(1/4)
0101 名無し@チャチャチャ 2016/08/13 14:20:42
ターゲットは金持ちばかりです(彼氏さんの所も自営業ではないですか?)。
勧誘方法がえげつなく、京都に行けば言い話が聞けるからとか仏教の真髄が聞けるとか言って直前まで名前は名乗りません。
一応その面接に受からないと京都で済度を受けれないことになっていますが、早い話洗脳しやすい人間か、肩書、家族構成等を見ているだけと考えていいと思います(最近はノルマが厳しいのか誰でもいいとなりつつあるようです)。
これは次の済度ターゲットを確認する意味あいも有ると思います。
あと取引先からや上司(社長)が勧誘してきてなかなか断れないというパターンも多いようです。
日程は2泊3日。
内容は仏教についてとやらの話(ようは自分とこの教団がいかに正当かを語る)と夜にかけて行われる儀式です。
関係者の手前抜けるわけにもいきませんから、かなりきついですよ。
仏になった証として「太陽が直視できる」「空中に仏が見える」「遺体が金色になる、腐らない」等が言われます。
実際に「太陽直視」と「空中の仏」は儀式の次の日に実践させられます。
「太陽直視」はお勧めしませんが、「空中の仏」は晴れた日の青空をポーっとみてると光の粒がたくさん動いているのが見えます(どこが仏?と言いたくなりますが)。
ID:QL5MArTi(2/4)
0102 名無し@チャチャチャ 2016/08/13 14:21:13
それと儀式のことは家族であっても他言無用、話せば救われなくなると言っています。
夜の時間帯に狭い部屋で行われるだけでも普通は不安になるものなのに、更にですからね。
意志が強い私でさえも妙な不安感に襲われましたから、意志の弱い人間なら間違いなくやられるでしょうね。
詳しいことはwikiや2chで「念仏宗」か「無量寿寺」で検索されるといいと思います。
http://jbbs.livedoor.jp/study/9581/#1
本ですと関西に蠢く懲りない面々(講談社α文庫)が詳しいかと思います。
よほど都合が悪いのかネットは嘘ばかりなので見るなと言われます。
ID:QL5MArTi(3/4)
0103 名無し@チャチャチャ 2016/08/13 14:21:41
彼氏さんも大学生なら金銭的にもまだ自立は厳しいでしょうし、相当ストレスを感じていらっしゃるでしょうね。
お二人ともまだ若いようですし、先のことはわかりませんが、この教団とは関わりにならないことを勧めます。
表向きはダライラマをはじめとした海外の仏教関係者を持ち出したり、本山完成で新聞広告を大々的に宣伝したりと、一見華やかですが、その影では数十万単位の寄進をさせられたりとかなり泣かされている人がいます。
入れあげている本人だけなら勝手にどうぞと言いますが、そのご家族や社員のことを考えると胸が痛みます。
それと確たる証拠はありませんが、どうも後ろ暗い面々とのかかわりも噂されてますし、近づかない方が無難かと思います。
追加:信者は念仏宗に関わることでなければ、普通の人、感じが良い人は結構多いと思います。
嫌々信者のひとりです。
先に回答されている方のおっしゃるとおり、30年ほど前に出来た新興宗教です。
開祖はサイコロ占いで訴訟を起こされた福井真尚(久世太郎)という人物です。
この教団の一番の特徴は金がかかることとその選民思想。
済度(いわゆる入会儀式)を受けるときで40万近くかかります。
その後は、会員代が月2000円、布施の月が年2回で1回最低1万円。
ですが、これはあくまで建前です。
数年で家一軒分くらい支払わされているところもありますよ。
万札以外は金じゃないと言わんばかりの対応です。
あと選民思想ですが、この教団との縁に会った人間しか救われないとしています(一応本尊が阿弥陀仏のくせに)。
他宗派の開祖(最澄やら日蓮)を持ち出してきて、実はこの人たちもこれを信じてたんだ、その証拠に云々と言った話をしょっちゅうしています。
まあ、今は自分のとこにしか本物はないと言ってるので他宗派を否定しているも同然なんですが。
ただ、東本願寺の大谷派を目の敵にしているようです(2chなんかで否定的なレスには大谷派の坊主が妬んで云々書き込まれます)。
ID:QL5MArTi(1/4)
0101 名無し@チャチャチャ 2016/08/13 14:20:42
ターゲットは金持ちばかりです(彼氏さんの所も自営業ではないですか?)。
勧誘方法がえげつなく、京都に行けば言い話が聞けるからとか仏教の真髄が聞けるとか言って直前まで名前は名乗りません。
一応その面接に受からないと京都で済度を受けれないことになっていますが、早い話洗脳しやすい人間か、肩書、家族構成等を見ているだけと考えていいと思います(最近はノルマが厳しいのか誰でもいいとなりつつあるようです)。
これは次の済度ターゲットを確認する意味あいも有ると思います。
あと取引先からや上司(社長)が勧誘してきてなかなか断れないというパターンも多いようです。
日程は2泊3日。
内容は仏教についてとやらの話(ようは自分とこの教団がいかに正当かを語る)と夜にかけて行われる儀式です。
関係者の手前抜けるわけにもいきませんから、かなりきついですよ。
仏になった証として「太陽が直視できる」「空中に仏が見える」「遺体が金色になる、腐らない」等が言われます。
実際に「太陽直視」と「空中の仏」は儀式の次の日に実践させられます。
「太陽直視」はお勧めしませんが、「空中の仏」は晴れた日の青空をポーっとみてると光の粒がたくさん動いているのが見えます(どこが仏?と言いたくなりますが)。
ID:QL5MArTi(2/4)
0102 名無し@チャチャチャ 2016/08/13 14:21:13
それと儀式のことは家族であっても他言無用、話せば救われなくなると言っています。
夜の時間帯に狭い部屋で行われるだけでも普通は不安になるものなのに、更にですからね。
意志が強い私でさえも妙な不安感に襲われましたから、意志の弱い人間なら間違いなくやられるでしょうね。
詳しいことはwikiや2chで「念仏宗」か「無量寿寺」で検索されるといいと思います。
http://jbbs.livedoor.jp/study/9581/#1
本ですと関西に蠢く懲りない面々(講談社α文庫)が詳しいかと思います。
よほど都合が悪いのかネットは嘘ばかりなので見るなと言われます。
ID:QL5MArTi(3/4)
0103 名無し@チャチャチャ 2016/08/13 14:21:41
彼氏さんも大学生なら金銭的にもまだ自立は厳しいでしょうし、相当ストレスを感じていらっしゃるでしょうね。
お二人ともまだ若いようですし、先のことはわかりませんが、この教団とは関わりにならないことを勧めます。
表向きはダライラマをはじめとした海外の仏教関係者を持ち出したり、本山完成で新聞広告を大々的に宣伝したりと、一見華やかですが、その影では数十万単位の寄進をさせられたりとかなり泣かされている人がいます。
入れあげている本人だけなら勝手にどうぞと言いますが、そのご家族や社員のことを考えると胸が痛みます。
それと確たる証拠はありませんが、どうも後ろ暗い面々とのかかわりも噂されてますし、近づかない方が無難かと思います。
追加:信者は念仏宗に関わることでなければ、普通の人、感じが良い人は結構多いと思います。
1. 白装束に着替え、儀式での作法を覚えさせられる。「南無阿弥陀仏」と10回唱え、独自の拝み方を
覚える。信貴山朝護孫子寺の張り子の虎のように、首を振って頭を打ち付け眉間(白毫)の第三の目を開
2. 儀式は仏間で行われる。手を消毒薬で洗い、口を塩水でゆすぎ 再び手に塩をつけて流す。一人ずつ
順番に並び、仏間に入る。目をつむり、胸元で死人の様に両手を組み、襟をつかむ。合図で前にある打敷
きに頭を打ち付ける。
「よし」と言われ、信心決定となる。お礼で、五体投地と「南無阿弥陀仏」を唱える。
3. 仏間は暗い布で囲われ、祭壇と阿弥陀如来の掛け軸がかかっている。 日光菩薩、月光菩薩と一体に
なる儀式。善知識と対面して座り、片手を合わせる。善知識の「南無阿弥陀仏」を復唱した後、強く息を
吹きかけられる。口をつけた盃の水も飲まなければならない。日光菩薩は10回、月光菩薩は5回行う。
4. このことは絶対に他言してはいけないと宣誓させれれる。順番に、鈴を鳴らし、「絶対に他言致しま
せん」と誓約。
5. 次の日は、朝早くから白装束で仏間に入る。その後、菩薩となった証を見せ
るとのことで、黒法衣で外に出る。太陽を直視することができるようになったとのことで、太陽の輪郭が
はっきりと見える。太陽を見た後でも足元の暗いところがはっきり明るく見える(日想観という)。
6. 儀式を受けたので、死して六道輪廻に入らず、阿弥陀のもとに行ける身となったと説明。そして、
7. もうひとつの証は、化仏化菩薩を見ることができる。また外に出て、黄法衣の方に見方を教えて
もらう。方法は、青空を見上げ、眉間の20cm程前に焦点を合わせていくと、空中に白い小さな光が飛
び回るのが見える。眼鏡をかけても見える。背景を白い壁に移しても見られる。
【参考:ブルーフィールド内視現象】 http://nenbutsushu.blog.163.com/blog/static/192499239201171183815163/
8. このほかに月を見ること(水想観)もある。日想観・水想観・化仏化菩薩、この三つが重要であ
る。最後に「南無阿弥陀仏」と写経した紙を仏間に供え、線香をあげて経を唱える。そして、写経した
「南無阿弥陀仏」の紙は、家に帰り、夜中12時前にへその上に貼って眠った後、早朝、近くの川に流し
に行く(御六字)。
①社会的地位を利用し、断りがたい立場の人に狙いを絞り、お金は38万必要だ
が とてもいい話が聞ける。この様に誘われることすら、得がたいことであ
り、行けば必ず納得してくれるだろうと、教団名、宗教であることを隠して
勧誘する。
②京都へ行けば、2日間にわたり、念仏宗・無量寿寺信者としての(かなり洗
このとき、念仏宗の秘儀というものも教わるが、(太陽を裸眼で見る方法、
化仏、化菩薩を見る方法等で、この秘儀を伝えられたことにより、極楽往生
が決定し菩薩の仲間になったと教え込まれる。) これは普通の生活では経
験していないことを教えるだけで、同じようにすれば、誰でも見える。また
徹底した秘密 主義を誓わせ、たとえ家族のものであれ念仏宗無量寿寺で聞
③釈尊本来の仏教というよりも 浄土系、密教系の複合したもので 開祖、久
世太郎(本名 福井真尚、別称 戸倉貞和)教と呼ぶべきものである。ちな
みに開祖の前歴は占い師で詐欺による訴訟を神戸地方裁判所にて起こされた
こともある。
④念仏宗 無量寿寺の会員(同行という)になると、3人を済度(信者を勧誘
すること)するノルマを与えられる。
⑤学術的文献によれば一般に 「隠し念仏」と呼ばれている。浄土真宗側から
仏教歴史学によれば、秘事法門と呼ばれ、 布団被り、御蔵法門、御杓子講
空也派、天王寺派等、が存在するようだ。念仏宗が、どの派に近いのか、ま
た、混交したものであるのかは不明である。 いづれにしても 善智識と呼
ばれるものを立て、自宗の奥儀として儀式を秘匿し、門外に他言すれば地獄
におちると 信者に言い含めるのが特徴としてみられる。
⑥2チャンネルの「念仏宗無量寿寺」掲示板や、「知りたい。。。」掲示板の
元信者、現信者家族の書き込みに寄れば 無量寿寺への入信が原因で、離婚
や、家庭不和、鬱病に悩まされているという報告が数多く寄せられている。
また、念仏宗の幹部、であり、回向相伝を授けられた土屋 悟 氏が(2001
護持費(会費)1口 2000円・・毎月支払い、口数は各信者の自由意志
その他、地方会費(各地区の別院、檀信徒会館、等施設維持のため)として
信者1人当たり1000円 ~5000円/毎月)の支払いがあるようだ。
回向 (先祖供養等) 一体1口 10000円 (1年に先祖1人につき6回必要)
集中回向 一体 100000円
法名 100万円
仏像 一体 100万円
本堂の柱 寄進 1本 1000万円
⑧念仏宗無量寿寺は昭和54年に宗教法人としての認可を監督官庁から受けた。
平成4年に 日本の仏教 第14宗として監督官庁に認可されたと、無量寿寺
の月刊誌に書いてあるそうだが、監督官庁が認可した事実は無い。
⑨開祖の久世太郎は 真言宗第195代 琳真大僧正の6番目の末弟というふれこ
みだが、真言宗に確認してみると そのような事実は無いとの返答であった。
⑩念仏宗・無量寿寺 信者として、六大祭事(初詣、大涅槃会、観音祭、降誕
⑪これまでに5回 世界仏教サミットを開催しているが、これは念仏宗のお手
盛り、宣伝的なイベントであり、 日本の仏教会からは 全く無視されてい
る。
日本の仏教会は、全日本仏教会という組織(日本仏教会の9割以上が参加)
があり、これまでに20回以上も 世界仏教徒会議というものに参加している
を受けるに当たっては 五具足相伝に300万円、回向相伝には1000万の冥加
金を支払わねばならない。
念佛宗では信者が儀式の際に使用した上記のものを死後8時間以内にこれら
を身に付けさせ、蝋燭を燈さなければ輪廻の輪から解脱出来ず、極楽浄土へ
向かう事が出来無いとしている。
胎内にいる間に、仏との縁を結び、無事にこの世に生まれさせていただくと
いう儀式 いわゆる、安産祈願、不退は産まれてくる子が 真実の道、浄土
へ向かう道から外れないという意味を含むようだ。この儀式を受けたあかち
ゃんは臍のおが白いと云われるが、元、念仏宗信者の言によれば、他のあか
開祖の久世氏をはじめとして、法主:宮川氏、善智識:郡氏、清水氏の4名
かと思われる。清水氏は企業セミナーの講師もしているとの情報あり。
⑯念仏宗・無量寿寺 同行となったものは 精進しなければならない。(具体
的には、本山、 別院、檀信徒会館、王堂 関連の 維持、管理、世話等の
仕事が順番に回ってくるらしい。)
鎌倉時代の僧侶・一向俊聖(暦仁2年(1239年)? - 弘安10年(1287年)?、以下「一向」と表記)を祖とする宗派。
一向は筑後国草野家の出身で、はじめは浄土宗鎮西派(西山派という異説もある)の僧侶であった。後に各地を遊行回国し、踊り念仏、天道念佛を修し、道場を設けた。近江国番場蓮華寺にて立ち往生して最期を迎えたという。
以後、同寺を本山として東北、関東、尾張、近江に一向の法流と伝える寺院が分布し、教団を形成するようになった。鎌倉時代末期に書かれた『野守鏡』にはこの教団を一向宗と呼んで、後世の浄土真宗とは全く無関係の宗派として存在している事が記録されている。
一向と一遍房智真は同時期の人物であり、ともに遊行や踊り念仏を行儀とする念仏勧進聖であることから、一向の「一向宗」は一遍の「時衆」と混同されるようになっていく。『天狗草子』に記された「一向宗」は、一遍の衆を指したものである(一向俊聖の項を参考)。たしかに一向も一遍と同様に浄土宗の影響を受けて自己の教義を確立させたものであるが、全く別箇に教団を開いたものである。また、一遍と違い一向の教えは踊り念仏を行うとはいえ、念仏そのものに特別な宗教的意義を見出す事は少なかったとされている。ところが時代が降るにつれ、一向の教えが同じ踊り念仏の一遍の教えと混同され、更に親鸞の興した浄土真宗とも混ざり合うという現象が見られるようになる。特に一向の教義が早い段階で流入していた北陸地方ではその傾向が顕著であった。
浄土真宗本願寺八世の蓮如が北陸地方に活動の場を求めた時に、布教の対象としたのはこうした一向や一遍の影響を受けて同じ浄土教の土壌を有した僧侶や信者であり、蓮如はこれを「一向衆」(「一向宗」ではない)と呼んだ。蓮如布教時に、一向宗や時宗が支配層との結びつきを強め、民衆から離れ、一向宗の民衆が蓮如教団になびいた結果、一向宗と呼ばれるにふさわしかったともいわれる[1]。本願寺及び蓮如の北陸における成功の背景にはこうした近似した宗教的価値観を持った「一向衆」の存在が大きいわけであるが、同時に蓮如はこれによって親鸞の教えが歪められてしまう事を恐れた。さらに別の事由から他宗派より「一向宗」と呼称されていたこと(後述)も彼の憂慮を深めた。文明5年(1473年)に蓮如によって書かれた『帖外御文』において「夫一向宗と云、時衆方之名なり、一遍・一向是也。其源とは江州ばんばの道場是則一向宗なり」とし、一向宗が一向の教団でもあることを明記して本願寺の門徒で一向宗の名前を使ったものは破門するとまで書かれているものの、ここでも一遍と一向の宗派が混同されている。
江戸時代に入ると、江戸幕府は本末制度の徹底を図り、系譜を異にするさまざまな念仏勧進聖が、清浄光寺を総本山とする単一宗派「時宗」の管轄下に編成された。この際、一向の流派は独立した宗派とは認められず、「一向宗」の呼称を用いる事も禁じられた。『時宗要略譜』によると、時宗十二派のうち、一向派と天童派が一向の法脈を受け継ぐものとされている。一向派(かつての一向の一向宗)は再三にわたり時宗からの独立を求めたが実らなかった。
明治時代になって、中期に一向派から独立転宗を唱える者が出現し、一向派は浄土宗宗務院に「所轄帰入願」を、時宗教務院に「時宗一向派独立認可願」を提出した。しかし一向派の独立・転宗を認めてしまうと、明治以降衰退著しく、時宗寺院が少ない上に、さらに減少することになるので、時宗当局は、これを認めようとしなかった[2]
大半の寺院が時宗を離れ、一向の母体であった浄土宗に帰属するようになったのは、昭和時代に入った1943年の事であった。
浄土真宗、ことに本願寺教団を指す呼称。教団自身はこの名を自称しなかったので注意が必要である。
「一向」とは「ひたすら」「一筋」という意味であり、「一つに専念すること」を意味している。『仏説無量寿経』に「一向専念無量寿仏」と記されていることから、とくに阿弥陀仏の名号を称えることと解釈され、親鸞を宗祖とする教団(本項では「真宗教団」とする)を他の宗派から指す呼称となった。とくに浄土宗は、親鸞の教団が「浄土真宗」と自称することを嫌い、「一向宗」の称を用いた。
したがって「一向宗」は真宗教団の門徒から見て正しい呼称ではなく、また一向俊聖の「一向宗」と混同される事から望ましい呼び方でもなかった。だが、中世において同じ念仏を唱える浄土教系宗派であった両派が混同され、更に時衆などとも漠然と同一のものとして捉えられるようになっていった。蓮如は前述のように「他宗派の者が(勘違いして)一向宗と呼ぶのは仕方ないが、我々浄土真宗の門徒が一向宗を自称してはいけない」という主旨の発言をして違反者を破門するとまで述べているが、逆に言えばこれは、真宗教団の門徒ですら「一向宗」を自称する者がいた事を意味する。
こうした指導により教団内部では「一向宗」の語は正式に使われることはなくなり、「浄土真宗」または「真宗」と称するようになった。しかし、門徒たちを中心とする一揆が「一向一揆」と呼ばれるなど、真宗教団のことを教団外から「一向宗」と呼ぶ風潮は収まる事はなかった。
江戸幕府は、真宗教団を指す名称として「一向宗」を公式に用い続けた。この経緯としては、徳川家康が三河一向一揆により家中統制で苦しめられたこと、徳川将軍家が(真宗教団が「浄土真宗」を称することを望まない)浄土宗を信仰していることが挙げられる。これに対して、真宗教団側は本願寺の分裂などの影響があり、長らく具体的な対応が取られることがなかった。
この前バスの中で見た子と、昔家庭教師(というか宿題監視員)でみてた子が、他人への絡み方がまるっきり一緒でびっくりした。
絡み方というか、見た目や喋り方・発話のトーンまでそっくりだった。
どちらもミッチミチに太っててよく喋る感じ。
家庭教師してた子は、当時5年生だけどこんな感じ↓
「んあー!あー!なー!なーなーなー!」
『なに』
「えー見てないの!!なんで!?」
『はやってるから』
「あんなー、俺思うんやけどハルヒよりみくるちゃんの方が絶対かわいいと思うねん」
『ふーん』
「だってな!だってな!ハルヒなんか、あっそうやジャンケン!ジャンケンしよ!」
『ハァン?』
「はい!さーいしょーはグー!」
『ドリル』
「ほらほら負けちゃうぞー!」
『ドリル』
「負けちゃうぞー!じゃーんけーん……」
『ドリル』
「ポンwwwwwwエッヘヘヘヘッヘヘヘヘヘwwwはい勝ったぁ~勝ったぁ~不戦勝~」
『おい』
「あんな、これな!ホラこれ!ここがグーで、ここがチョキで、ここがパーやねん!だから負けませぇーん!絶対勝てますぅ~!」
『つかぬ事を聞くけど、チョキで目突かれるのと、パーでハゲるまで頭しばき回されるのと、グー口にねじ込まれて窒息するのだったらどれがいい?』
「わかった!わかりました!ズルしない!今度はズルしないからもう一回ジャンケン!」
『しねえよ』
『ドリルやれ』
「れ……れ……レイちゃん!」
「うわーーーしまったーーーー!な、な、な、あんなー、あんなー、レイちゃんはなー」
「ちがうし!レイちゃん死んでないし!」
「レイちゃんはなー!っていうか俺はレイよりアスカが好きなんやけど」
『南無不可思議光~』(ズイッ)
「ちょっ、やめ」
「ゆるして」
「ああっ」
『建立無上殊勝願 超発稀有大弘誓』
『よろしい』
こんな調子でもドリルやるだけ奇跡みたいなレベルだったらしく、成績上がってご家族からめっちゃ感謝された。
そしてこの前バスで見た子は同じ調子でおじいちゃんにずーっと絡んでて、
しりとりとかジャンケンとか同じことしてて、しかもジャンケンでズル手出すのも一緒だった。
そしておじいちゃんは当然振り回されっぱなしで、なんていうか見てて疲れた。