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はてなキーワード: 念仏とは

2021-06-13

anond:20210613093909

馬は汗をかく動物だけど、馬の餌に塩分必要なんだろうか?

(「馬の餌に塩分」って「馬の耳に念仏」に似てる)

2021-06-06

anond:20210606133132

いや、字数を費やしただけの内容ではある。

問題に対し、フェアであろうとするのは、大変なことだよな。

長文を読めない層は、念仏のように「階級ジェンダーエスニシティ」と3度唱えて落ち着けばいい。

2021-06-05

学歴がないオタクが増えた

anond:20210604132443

ゼロ年代オタクって東大東工大、あとはなんか電気通信大学とかの印象だった。

オタクと言ったら眼鏡をかけている痩せた陰キャであり、勉強はできて、22歳になれば専門職になっていった。

 

それが2015年以降くらいに多数派として視界に入るようになったオタクが、Fラン出身パチンカスとか、

工業高校卒?高校中退?で、車やバイクが好きで風俗通いしてるような、旧型とはまったく属性が違うやつばかり。

酒好きも増えすぎている…ストロングゼロみたいな底辺酒がオタク流行るのはまったくの想定外だった。

 

旧型オタクにも中学時代に不人気の陰キャという弱者性はあったんだけど、

旧型オタクの両親は割と高学歴であったり、実家生活等はちゃんとしている、社会階層では強者だった。

両親がまとも(ホワイト家庭)だから弱肉強食公立中学で生き抜くのに必要生命力が育ってなくて、

ぬるくて弱っちいか中学母子家庭喧嘩慣れしたDQNいじめられる、それが旧型オタクというか。

 

それが2015年辺りからオタクアイドルアニメ流行や、キャラクターガチャソシャゲの全盛辺りからオタクは、

そいつ自身母子家庭とか、高卒無職アル中父親に殴られて育ったとか、パチスロやってるやつとか、

風俗通いしてるやつとか、出身実家階層からして低くて、知能も低いのが増えた。

母親新興宗教にハマってるメンヘラとか、母親統合失調症入院とか、母親風俗嬢とか、

父親アル中とか失踪とか、父親が3年毎くらいで別の男に交代するとか。

ガチャで「大ハズレ」を引いている、生まれながらに不運なDQNオタクが増えた。

 

それに伴ってオタク界隈の流行語をコピペして繰り返すだけ、もしくはRTしかしない無知念仏オタクとか、

底辺用に作られた安くてまずい酒を大量に飲んでいることをアピールするゲボみたいなバカゴミオタクが増えた。

テンションけが高くて知性が一切感じられない、「〇組最強」のクラスTシャツとかが本当は好きそうなバカオタク

DQNオタク」がノイズどころではなく、気づいたら多数派になった。

オタク東工大だった時代は、DQN理不尽暴行を加えてくる、オタク仮想敵であり対立存在だったと思うんだが。

 

職業も、オタクといったらITエンジニア、っていうものでは既に無いのだろう。

頭脳労働じゃないオタクが明らかに増えてる。

現実逃避のためにアニメソシャゲ等の美少女コンテンツを求めるのは旧型の東工大出身専門職オタクと変わらないだろうが、

逃げたい現実が「父親に殴られる」「無職」「収入年収280万円から一生上がらない見込み」みたいなものになり、

童貞率は上がった、なぜならDQN階層は女の人権がなく、軽い知的障害の女とのセックスが非常に容易にできるからだ、

旧型の東工大オタク文学かぶれの感傷みたいなぬるい雰囲気はなくなって、女を堕胎させたことがあるような底辺オタクが増え、

無知性でもシコれる「激安の女の肉」って感じの即物的エロコンテンツが増えた、「スーパー玉出」みたいなエロ

底辺家庭出身の知能がなくて低賃金の安酒の馬鹿が完全にオタク多数派として乗っ取ったし、その結果が秋葉原風俗街化だ。

底辺家庭出身DQNが大量に二次元美少女消費に参入してきて

二次元美少女三次元性風俗と混じり、知性が消失して全部「スーパー玉出」みたいになったのが2021年オタク市場

2021-05-28

anond:20210528024704

僧侶コスプレして適当念仏唱えながら全国回ってみろ

お布施してくれる人や声をかけてくれる人がいる

詳しく聞かれたら真面目に事情を話すだけでいい

大切なことは、食うことがお布施目的じゃないってこと

2021-05-27

anond:20210527131806

そうは言っても、当時の宗教日蓮が腹立つだけのことはあったからな……。

念仏とかダメだろ。

2021-05-20

古本の元の持ち主

予備校講師をしている関係で、ブックオフにはよく出入りする。参考書が大量に必要になるけど、経費で買えないから、安くあげるしかない。問題集とか、とくに最新である必要がないのもあって、黄色チャートとか、古くても問題は同じだったりする。そういうのを買う。

買ってもすぐに使うとはかぎらなくて何年も眠らせていることもある。昨日もずいぶん前に買った数学Ⅲのチャートを開いて媒介変数ちょっとややこしい問題のわかりやす解説がないかなあと調べてた。そのときモノクロ写真っぽいものが落ちた。ページのどこかに挟まってたようだ。

拾い上げてみると、それが胎児エコー写真だということはすぐにわかった。うちの子が産まれる前にも、こういうのを病院で渡された。だから最初は、うちの子エコーだと思ったぐらいだ。けど、考えてみたら、もう成人して家を離れた彼女がわざわざ親の所持品の中に古い写真を挟み込むわけはない。もちろん、私自身がわざわざそんな古いのを栞に使うわけはない。そもそもこの本は、買ってからずっと使ってなかったんだし。

ということは、前の持ち主だろう。自分胎児だったとき写真を栞に使うとは奇特な生徒がいたんだなあと思った。さて写真をどうしたもんだろう。持ち主に返したくても、きれいな古本で、他になにも手がかりはない。名前が書いてあるようなこともないし、だいたいがほとんど使われた形跡がない。参考書類の古本書き込みがされてることも多いのだけど、なにもない。筆跡さえわからない。

もちろん、胎児写真から顔がわかるわけもない。そう思ってもういっぺん写真を見て、気がついた。撮影日が、10年ほど前なのだ。この本がどれくらい私の手元で寝ていたのか、さらにその前、どのくらいブックオフの書棚で店晒しになっていたのかわからない。けれど、本の発行日とかから考えたら、持ち主が使っていたのはやっぱり10年ぐらいより前だろう。ということは、この写真は、持ち主本人の写真ではない。

私は混乱した。わけがからなかったけれど、とりあえず気持ちを落ち着かせるため、デリヘルを呼んだ。別にそういう話をするつもりはなかったのだけれど、やってきた嬢に言うともなく、一部始終を話してしまった。すると、嬢は突然、仕事の手をとめ、その写真を見せてくれないかと言う。見せてやると、しばらくじっと見たあと、写真に向かって手をあわせ、なにやら念仏のようなものを唱えはじめた。私は余計に分けがからなくなった。が、しばらくその柔らかい声を聞いているうちに、どこか納得する気持ちがわき起こってきた。なるほど、回向写真

2021-05-08

日本GDP比で見たらコロナ不況対策に金を出してるという言い訳

こういう言い訳をたまに聞くが、それが事実かどうかはとりあえず置いとくとしても、

大衆にしっかりと金出してるアピールをしないのだから経済対策の不備と言い切ってしまって良いだろう

実際に金を出すことは必須として、市場コミュニケーションを取って安心感を与えて、

コロナ後には消費がしっかりと回って景気がV字回復する、もし失業したりしても政府が面倒をみてくれる

こういう安心感市場に与えないといけない

振り返ってみれば、バブル崩壊後にその真逆をやり続けたのが日本政府だよな

自己責任自己責任念仏唱え続けて、すっかり消費や投資が萎縮して経済が滞り、

気がつけばかつての科学立国、物づくり大国は栄華は失われて衰退まっしぐら

バイデンを見習え。無差別な減税に給付に大盤振る舞いが功を奏して、アメリカはすっかり経済V字回復ムード

乗数効果がどうした、GDP比でみたらとか、そんな専門家しかわからんかいはいいから、

一般庶民安心してお金を使えるようなわかりやす景気対策しろ

消費者心理に働きかけるのが大切だろうが

2021-05-01

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

===

 

追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-04-26

anond:20210425234643

人間性を治す気が一切ないなら

もはやそれを長所として伸ばすしかない

増田ババアたちには是非イスラム国に行くなりウクライナに行くなりクルド人防衛軍にでも弟子入りして

めちゃくちゃ戦闘員諜報員として稽古つけてもらってから

そのスキルノウハウゴルゴ13のキャサワリーみたいに異性を作るしかないな

そんなことでもしないと行き過ぎた承認欲求と狂った上方婚願望を叶えるとか無理だし

普通人間人間性を治した方がよほど楽でやりやすいけど

それさえ無駄に高いプライドが許さないのならそうするしかない

どうせもはや狂って糖質寸前になってるから三行以上の文字を読んだりネガティブ情報入るだけで視界が歪んで幻覚が見えて意味不明妄言書き殴り始めたり

幼児退行起こして猫ちゃんニャンニャンとか不毛奇行を始めるから馬の耳に念仏だと思うけど

それさえ嫌なら来世は大好きな悪役令嬢にでも生まれ変われると信じて屋上からステータスオープンとか叫んでダイブして異世界転生キメるしかないな

2021-04-17

たまには作品タイマン張ろうぜ

SNS全盛のこの時代前評判なしに作品に触れることはほとんどないように思う。

悪いことじゃない。誰だって面白そうな作品を見たいに決まってる。でも、ちょっとだけ、この現状に危機感を覚える自分がいる。

テセウスの船」という有名なパラドクスがある。船のパーツをすべて交換したとき、それは元の船と言って良いのか?というアレだ。私の覚える危機感はこれに近い。つまり前評判ありきで作品を見た後の感想果たして本当に私自のものなのか?ということだ。

どんな作品なんだろうと検索すれば、耳触りのいい言葉が無数に並んでいる。「どうあがいても●●」だとか、「(作品A)+(作品B)÷2」だとか、「(なんかそれっぽい形容)な(任意作品名)」だとか。よく考えつくなあと思うし、実際的を得ているのだろうとも思う。一方、この上ない空恐ろしさも感じる。こんな素晴らしい感想を見た後、この作品を見た俺は新しく何か感じ取れるのか?俺の感想はすべてネット共通解に塗りつぶされやしないか?結局他人言葉パッチワークしかないのでは?自分で思いついたはずのうまい表現もいつかサブリミナルに見た他人言葉じゃないのか?…。

既に用意されたテンプレを新しい作品に当てはめ、みんなで同じように使うインターネット組体操は確かにすごく楽しい。でもそれだけじゃダメだろという感情はぬぐい切れない。他人感想作品を誉めたかと思えば、評価が間違っていれば責任逃れ。次は他人感想作品をくさす。自分オタクと思ってるあなたたちも無意識にこうなっちまってないか

から私は作品タイマンを張る。休日本屋でじっくりと腰を据え、本棚を眺める。タイトルと、装丁と、ほんのわずかな粗筋。これら一次情報だけで本を選ぶ。読みきるまで他人感想は見ない。どんなに拙くとも、自分感想を書ききって初めてネットに触れる。時には多数派真逆見解になることもある。正直心臓バクバクする。そのたび「これは答え合わせじゃないぞ」と念仏のように唱える。すると、意見の違いを楽しむ余裕が出てくる。

ぶっちゃけめちゃくちゃ疲れるし、割に合わない作業だ。だけど、これをしないと自分自分でなくなってしまう気がするから気の向く限りは続けようと思う。続くかな??

インターネット自我を飲まれがちなそこのあなた、ぜひ試してみてください(できれば感想お聞かせください)

2021-04-14

anond:20210414002805

念仏を唱えるのじゃぁ なんまんだぶなまんだーぶ・・・

2021-04-07

anond:20210407104321

仏教のものに由来することわざは意外に少ないよね。

「仏の顔も三度まで」とか「馬の耳に念仏」とかは別に仏教の考え方では無いでしょ。

anond:20210406154303

わけのわからん念仏唱えられてもわかるよう話せなんて言わないのが既に仏教に興味ない証拠

周りへの配慮とか義務で行ってる・行わされてることを「ほらやっぱり信仰の賜物だ!」「無自覚でも信仰してるんだよ」とか言うから宗教は嫌がられる

あなたは働いていますね?憲法で勤労は義務とされていますね?ではあなた憲法信仰していますね!くらいの無理筋じゃん

人間が行動を起こす根本動機信仰しかないと思ってそう

2021-04-04

anond:20210404015703

それは事実だけどその事実に拘泥してなにになるのかさっぱり分からん批判のための批判弱者男性は生きやすくなるのか?むしろお前にとっては女が下方婚しない現状の方がある意味幸せなのかもな。武器が一つ手に入るしそれを念仏のように唱えとけば「正しい」側でいられるから

2021-03-14

法事念仏カラオケ方式にしてほしい

参列者が画面見て唱えるってわけじゃなくて

カラオケみたいに、モニター念仏字幕表示して、お坊さんが読んでるところを色変えながらなぞってほしいなあ。そして、現代語訳もついててくれれば完璧なんだけどなあ。念仏延々と聞かされても、全くわけわからんから、いつも仕事のこととか他のこと考えてる・・・

日本仏教って、念仏聞いても意味わからんやつは勉強不足だ、ついてこれんヤツは修行が足らんからだ、勝手地獄に落ちろって雰囲気から、こういうことはしてくれないよね・・・

2021-03-11

anond:20210311180925

「そう」って言う指示語の先におしゃれ比喩はないの?ただの念仏

こういうわけもわからずかっこいいとかいって持ち上げるやつの存在作品のものまらなさを倍増してるとおもうよ

2021-03-03

なんで耳無し芳一はウマ娘じゃなかったんだろう

耳無し芳一がウマ娘だったら全部解決してたという事実存在し震えている。

 

根拠1:馬の耳に念仏

馬の耳に念仏 なので耳にお経を書いても利き目がないな…と和尚が思うのは仕方がない。

まり和尚ミスケアレスミスではなく考察考察を重ねた結果の判断ミスとなり「うっかり和尚め!」なんて思われなくなる。

これでまず和尚が救われる。

根拠2:ウマ娘人間より相当速い

まり平家怨念が迎えに来ても逃げ切れる。怨念といっても所詮人間の霊。人間ときがウマに脚の速さで勝てるわけがないのでこれで芳一が救われる。

根拠3:そもそもウマが琵琶を引いてなんかする時点で話題なので和尚が耳なしマーケティングに手を染めなくても済む

これは「耳無し芳一、和尚マーケティング説」に対して。

ゴールドシップがなにかおかしなこというだけでTwitter話題になるんだから耳なしマーケティングする必要がなくなる。

 

 

以上から、耳無し芳一がウマ娘だったら全部が丸く収まったことがわかる。

でも現実に耳無し芳一の話は残って我々の世代に伝わっているので残念ながら耳無し芳一≠ウマ娘ということがわかってしまう。

残念だ。

2021-02-12

Toadstool

貯金を下ろしてピーチ城の一部屋を借りて、そこに杢人を4人ほど連れてきてパターゴルフをする。負けたら魂を抜かれて本当の人形になってしまうけれど、オリンピックが中止になるのならどのみちみんな人形だ。ピーチ城の地下には家畜化された人間がいっぱいいる。医者弁護士裁判官もここでは獣として生きている。野生にもなれず社会にも戻れず、生きていると言うより生かされていると言った方が正しい。それでも水道からのしないヨーグルトが流れてくるのでみんなから感謝されてる。歪んだドラえもん、歪んだサザエさん、歪んだクレヨンしんちゃん、歪んだ進撃の巨人必死念仏を唱えても、六ちゃん鉄道趣味が治るわけじゃない。これは呪いだ。

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