「後生」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 後生とは

2017-08-29

核爆発から身を守る方法について

同僚がグアムにいくというので、自身知識再確認も含めて核爆発から身を守る方法について対応をまとめる。なお、私の知識は、「米陸軍サバイバル全書」の第23章「核・生物化学兵器から身を守る」のみであることに注意されたい。また、内容を転載するわけではなく自身咀嚼した内容になっているため誤りが含まれ可能性もあり、また核爆発後のサバイバルに関しては、そもそも火の起こし方や水の濾過方法など、前提となる知識があるため、核だけを考慮しても生き残れない。なので、興味を持った方は原典を読むのをおすすめする。

核爆発前・直後

当然ながら、核爆発直後に致命的となるエリアにいた場合、取れる対応殆ど無い。核爆発により引き起こされる障害

の3種類あるが、攻撃目標タイミング(火球が見えてからでは遅い)がわからない場合、取れる対応は少ないだろう。

ただし、もし、事前の警報があり少しでも対応が取れる場合には、掩蔽物に隠れることが重要である。これは、爆風や爆風により吹き飛ばされた物体を防ぎ、熱と光を遮断し、核爆発直後(1分間)の深刻な初期放射線を減らしてくれる可能性が高いからだ。隠れる場所は丈夫なコンクリート製の建築物がよいだろう。

ここまでで生きている場合

生き残った場合、5分以内に放射線を遮ることの出来るシェルター(追記:後述するがこれは核シェルターに限らない)に入ることが重要になる。これは、高レベルで初期ガンマ線を放射する放射性降下物から身を守るためであるシェルターに入るのと入らないのとでは被曝量が全く異なるのである原典でも強く書かれているので引用しておく。

目安として、5分以内にシェルターに入るのが生死を分けると知れ。早くシェルターをみつけること――これが絶対不可欠である

P.273

その後の行動スケジュール

核爆発後にどれくらい活動してよいかの目安については原典引用する。なお、数値には余裕を持たせているとのこと。

P.276

掩蔽性能、水分食料の備蓄を考えると、シェルターとしてホテルショッピングモール選択するのが最適なのではないかと思うが、人が集まると考えられるので、その分物資の減りが早いとも考えられる。難しい所である

残留放射能対策

さて、行動のタイムスケジュールがわかったが、その後生き延びていくための残留放射能対策を考えなければならない。残留放射能対策は、放射性下降物起因の体外放射能対策と体内放射能対策に分けられる。

体外放射能対策

体外放射能対策として留意すべき変数としては、

の3点があげられる。時間半減期距離距離による減衰、シールドシールド材による減衰、を考慮する。ただし、放射性下降物が広い範囲に降っている場合には距離による減衰は期待できない、などはある。動く車があれば距離も稼げる可能性があるが、移動により被曝する可能性もあるし、現実的に考えてシールド、つまり十分な性能を発揮するシェルターを確保することが取りうる最大の防御となるだろう。

コンクリート建築物以外にも、厚み1メートル以上の土砂で覆った地下式シェルターは放射性降下物に対して最高の防御になると書いてあるが、そんなものは当然無いだろうから、他に下記のようなものシェルターになると掲げられているので、次善の策を取っていきたい。

P.275

身近にあるものを考えると、マンホール簡単に空くのかどうか知らないけど、開けられればマンホールから地下に隠れるのが良いのかもしれない。(※追記:マンホールはそんなに簡単に開かないとのことです)その他シェルター地の選択と準備法などは原典に書かれているのでそちらを読むように。

また、シェルター内に放射性物質を持ち込まないようにシェルターに入る場合は、衣服を叩いたり振ったりして汚染を除去すること。髪の毛は沿ってしまうのが良いかもしれない。

体内放射能対策

続いて放射性降下物を体内に取り込まないようにするための対策。ちなみに汚染された飲食物や傷から体内に入ったもの問題になり、呼吸によって体内にはい放射性物質はさほど脅威にはならないとのこと。

水の調達

水の調達大前提、以下の点に留意するとして、

水の調達方法は以下の通り。

食料の調達

放射線障害について

まとめ

例えば放射線障害について知っておくことで、むやみにパニックに陥らなくて済むし、「これくらいなら…」といった正常性バイアスからも逃れることが出来る。正しい状況認識を持ち、落ち着いて全ての知識を動員し、工夫し、生き残りのために行動しなければならない。生き残ろう!

2017-08-25

https://anond.hatelabo.jp/20170825124335

そりゃラッキーでしょ

息子が一番そう思ってる

その記憶後生大事に生きていく

2017-08-14

奢ってもらったら、お礼に抱かれなきゃダメなの?

就職活動をしていたとき、ある企業のお偉いさんと出会った。

界隈ではちょっとした有名人みたいだった。


一人飲みをするのは知らない隣人とのお話が好きだったからで、その人に就活のこととか私自身のことを聞かれたのでしゃべっていた。

そうしたら興味をもってくれたみたいで、ちょくちょくサシで飲むようになった。全部おごってくれるので、貧乏大学生からするとありがたかった。


ある晩「就活がうまくいかない」みたいな話をしていたら、

「俺はお前をうちの会社には入れないからな、自分でがんばれよ」

と言われた。でも別の業種に行きたかったのでスルーしてた。


結局、会社は違えどお偉いさんと同業種の仕事に就くことになった。

職人気質というか、上を見て学んでいくような業界だったので、先輩として色々気にしてくれて、たまに飲んでた。


といっても大体お偉いさんの話を聞く会みたいな感じで、ちょっと面倒だったけど飲食代が浮くし、仕事関係の本を譲ってくれることもあったのでありがたく参加してた。


すると「お前の会社ダメだ。うちに入れてやる」と言われるようになった。

正直嬉しかったんだけど、その気持ちがありがたいです、と言って本気にしていなかった。


それと同時期にハグキスを求められるようになった。

飲むと気分が良くなるタイプおっちゃんなので軽く流してはいたけど、ある時あまりにもしつこかったので一度キスをした。


すると三軒目のバーで飲んでいたとき、スッとパンツの中に手を突っ込んできた。

もうマジで硬直。パニックになると体が動かないもんだね。呆然としてたら、


若いうちは自分犠牲にして色々するもんだぞ。お前はそこで『やめてください』って言わないからいい」


って言われた。つまり若いうちは年長者のされるがままでいろ、と。

お酒ごはんをおごってくれるのも、「うちの会社に入れてやる」といったのも、全部ヤりたいだけなんだなって思った。あと「会社入れてやるって言えば抱ける」って思われてたのがショック通り越して面白かった。


以降お偉いさんからの連絡を全無視していたけど、

「この間は本当にごめん」

「もうしないから」

「謝りたいから飲んでほしい」

と言われたので、飲みに行った。

謝られたので「いいですよ」と言ってお酒を飲んでた。

でもまた三軒目のお店でパンツの中に手を突っ込まれた。拒否すればいいじゃんって思うかもだけど、意外と入っていくのを見ているしかできないものだった。頭のなかでは、


地元だし、ここで騒ぐと今後生しづらいな」

「いままで奢ってもらってたしな」


とか思って、動けなかった。この人はこういうことを一生辞めないんだろうな、って思った。


いまでもこのお偉いさんからたまに「仕事を回したい」「前に渡した本、やっぱり返して」「そしてまた飲もう」という連絡が来る。返すべきものは郵送で返してもう会ってないし、地元から引っ越した。


トラウマ過ぎて最近やっとまともにこの記憶と向き合えるようになった。


仮に私がお偉いさんの会社死ぬほど入りたかったら、たぶん言いなりになって、最終的には寝てたと思う。


たからって内定約束されるわけじゃないけど、藁にもすがる思いでお偉いさんに抱かれる大学生ってのは、一定数いると思う。


だとしても、目上の人間が目下の人間に奢るのって「俺が払ってるんだから、こいつのことは好きにしていい」ってことなんだろうか。お礼に抱かれなきゃいかんのだろうか。

2017-08-09

将国のアルタイルブコメで古橋とかかいてあったからえっあれって古橋秀之だったの!?と思ったら別人だった

古橋といえば最近のだと龍盤七朝・・・ウッ

おい秋山アアアアアアアア!!!!!!

EGFマダなのかよおおおおおお思い出しちまったじゃねえかアアアアアアアアア

猫の地球儀後生大事に何度も読んで泣くのはもう疲れたんだよおおおおおおおおおお

2017-06-16

論理的な話に価値はない」と考える人間の思考理解できない

たまにいるんだよね、こういう手合い。

理屈ジャナインダー、論理デワカラナイコトモアルー、という方便を振りかざして自分攻撃してくる会話相手排除する奴。相手からすれば目の前の人間矛盾するスタンスや二枚舌の言葉をを何度も吐いてくるから矛盾を指摘しているだけなのに、何故か相手攻撃してきてるという被害者意識の塊を後生大事にしているクズ

その癖、「ワタシハタイワヲココロガケテイマス」という態度で他人から批判に耳を貸している振りをする。内心では「自分の言う事と話があわない人間の言う事」は「私を攻撃する人間の口撃」だと思っているから、耳なんて貸さないのにね。

フェミニズムトーポリシングか知ったこっちゃないが、アカデミックな言説は論理の塊なのに自分を守ってくれる理論だけ選択的に利用するの、論理バカにしているという思いだけが強く募る。

端的に死なねえかなって思ってる。

2017-05-14

[][]今日パン作り

パン作りしよう

チアバッタもどき作ろう

オートリーズで塩を追加した後60~80回

延し畳みするって書いてあった

塩を入れた直後生地に張りが出てこなれたように

見える状態があるって書いてあった。

30回程度。

ちゃんと回数繰り返さなきゃ

70回やりました。

いま野菜室(17時半くらい)先ほど折り畳みやってみたら

心地よい感触。さすが、強力粉薄力粉ミックス!

2017-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20170501201912

漢文つーか、中国簡体字見りゃ分かる通り、漢字を1000年前の字体のまま使ってんの、日本ぐらいなんだよな

中国は使いやすいように漢字のもの簡単ものに置き換えたが、日本人は頭が硬い上に悪いか

漢字はそのまま維持して、カビの生えたようなのを後生大事に使いつづけてる上に、劣化コピーひらがなカタカナなんて作りやがった

本質理解せずに劣化コピー作るのだけ得意な日本人はそもそも今の状態おかしいよな

2017-04-25

恋ってなんなんだ

人を恋愛感情で好きになるって感覚が本当にわからなくて22歳になってもいまだに後生大事処女を抱えてる

いい加減そろそろ処女捨てないとどんどん重くなって抱え落ち一直線だからすごい危機感を覚えてるんだけど、適当相手で済ませるにはすでに処女こじらせすぎてて無理

ちゃんと恋して彼氏作って非処女になりたいんだけど恋がわからいから詰んでる

恋ってなんなんだ

2017-03-06

結構な金を注ぎ込まれた母のその後

以前、『母親結構な金が注ぎ込まれてる』(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626)『はてなーが案外やさしかった件とその他のもろもろ』(http://anond.hatelabo.jp/20160824212145)というタイトルで、月60万円の抗がん剤を使いながら、日本保険制度のおかげで、月1万5000円しか負担していない「相対的貧困者」である母親の闘病生活について書いた増田です。

日付みたら、もう半年がたっているのだが、ここにきて大きな変化があったので、つらつら書いていくことにしたい。

母はその後、一進一退の闘病生活を続けていた。

体調が良い時は、映画を観に行く時もあるし(『君の名は』は案外気に入ったらしい。)、副作用がきつい日は一日寝ていたり。

先週の金曜日までは。

抗がん剤をうって、体調が悪い時期をおえたばかり。

先週の水曜日は一人で病院に行き、とくに問題にすべき所見がない状態だったのだが、金曜になってどうやら尋常ならざる腹痛を覚えたらしく、土曜日に同居している姉が病院に連れて行った。

取りあえず、当直の内科医が診断したところ、腹膜炎をおこしているらしいとのことで、痛み止めをうったりレントゲン撮影などしているうちに、主治医外科医が到着。

通常のCTスキャンだと、造影剤をつかうのだが、抗がん剤で体が弱っているため、造影剤をつかわずCT撮影

小腸大腸に穿孔が疑われるのだが、画像では今一つ患部がはっきりしないらしい。

通常の患者ならば開腹手術に踏み切るところ、はたして、母の場合は体力がもつのか、また、抗がん剤の影響で、術後、傷がすぐにふさがるのかどうかが判断付かず、医者協議がつづく。

主治医産婦人科医。母が卵巣ガンのため)は、手術を主張するも、外科医内科医は反対するという状況の中、結局、週末のため麻酔医の手配が付きそうもなく、また、あらためて放射線医の主導のもと、造影剤を使ったCT撮影の上で、精密な診断を下す必要があるとのことで、月曜日までは「保存的療法」(ようするに、点滴で栄養補給しつつ、抗生物質で炎症を抑える対症療法)をとる、との診断に落ち着く。

(なお、ここまでは姉からの伝聞)



そして今日

CT診断を経て主治医放射線医、外科医内科医などなどの協議の結果、正午過ぎにやはり手術をすることになる。

ただし、緊急の手術が入ってしまったたこともあり、開始時間がいつになるか分らないという。

準備をしてまつこと2時間くらいたっただろうか?

いよいよ手術ということで看護師なに4人がかりでベッドからストレッチャーに母を移す。

いや、自分で立ち上がれる(と、本人は思っているし、実際たちあがる)のだが、腹部にできるだけ圧迫を与えてはいけないとのことで。

母は手術に若干の不安を抱えているものの、現状では、うがいが許されている以外は一切、なにも口に入れることが許されず、手術によってその状況が改善されるのならば、と望んでいるようだ。

スタッフステーション最近は、ナースステーションとは言わないらしい)横の病室からエレベータ、長い廊下を運ばれる母にくっついて、自分と姉も移動し、弱弱しくベッドで手を振る母は、「手術棟」の自動ドアの向こうに運ばれていった。

体力を考え、できれば1時間、最長でも3時間

患部の状態確認し、最悪、内臓の消毒や洗浄だけで、それほど積極的処置もできずに終わるかもしれない、と説明されていたが、果たしてどうなることか・・・と待合室に席を落ち着けた途端、自動ドアあいて、看護婦が「増田さん!」と叫んだ。

何事!!!

本来なら患者のみが呼びこまれるドアの内側に、姉と自分が駆けつける。

手術衣を来た外科医協議議論リードし、重鎮っぽい空気を醸し出していた、いかにも精力的な医師である)が口を開いた。

「実は、私どもに認識の違いがありまして・・・

どういうことか?

母が現在抗がん剤を使い始めたのは、昨年5月からである

ところが、外科医は、昨年5月「まで」と、今の今まで勘違いをしていたようなのだ

医師説明するところでは、現在の薬を使っている場合最後に投与して最低でも8週間は外科手術をしないほうがよいという。

もちろん、「明らかに今開かなければ、もう数時間で確実に大変なことになる」などという状況であれば判断もかわるが、母はまだ、そこまでの段階にはない。

腹部を押した場合、まだ痛みを感じるところと感じないところがある、という。

実際、つい先ほどまで、スマホをいじってメールを返信したり、電話対応しているくらいなので、「もう我慢できないほどの痛みでのたうちまわっている」とか、そういう状態ではないのだ。

「ここまで来ていただいて、まこと申し訳ないのですが、やはり、もうちょっとだけ保存的な療法で様子を見るべきと、最終的に判断させてください」と頭を下げられて、「いや、手術してください」とはだれも言えない。

一緒に聞いていた母の心中は分らない。

手術への恐怖から一瞬だけ解放された安堵か、現状を劇的に回復される手段が先送りになったことへの絶望か。




もとの病室にもどり、しばらくして改めて主治医説明を、母と姉と共に聞く。

「正直、腹膜炎の手術に関しては、自分の専門外の部分も多く、外科内科判断に従わざるを得ない。

『五月まで』と『五月から』の認識違いが生じてしまったことは誠に申し訳ない。

まずは、抗生物質で炎症を抑えつつ、点滴の種類を追加して栄養補給し、しばらく様子をみる。

何分、抗がん剤は癌細胞だけでなく、内臓の正常な細胞にも影響をあたえるので、手術後、傷がふさがらなくなる可能性もある。

もうしばらく、抗がん剤の影響が少なくなるまで頑張りましょう、しばらく点滴だけで食べ物飲み物もとれませんが云々」

といった説明があった。

やれやれ、ということで病室で落ち着いたところで、自分と姉だけが再び呼ばれた。

その瞬間、「来たな」と思った。

なぜ、もう説明が済んでいるのに、もう一度呼ばれるのか。

それは、「本人には伝えにくい診断があるから」以外に、理由はない。

「正直、私としては手術で状況を打開したかったのですが、申し訳ありません。

 現在の薬には、消化管穿孔の副作用が起こる可能性が、ごくわずかながら起こる危険があるというのは以前からお伝えしていましたが(実際、それは母にも伝わっている)、

 まさに、その、危惧した状態がおこっているということです。

 新しい薬ですから、正直、そういう症例が、当院では初めてですし、国内的にも症例はそう多くない。

 だから、お母様に今後なにが起こるのかは、何とも言えません。

 普通の消化管穿孔ならば、手術をしてしまうわけですから、消化管穿孔の患者に保存的療法を続けた場合症例というのも多くないのです。

 なにが起こっても不思議はない。」

「がんの発見から、もうすぐ丸6年ですから、お母様は大変よく頑張ってこられましたが、私にして差し上げられることが、現状では、なくなってしまったというのが正直なところです。

 このまま持ちこたえれば、また手術もできるのですが」


そして、以前、父の時にいわれたセリフがでてきた。

母を外した席で説明を始めた時点で、想像はしていたのだが。

曰く

「もし、会わせておきたい人がおられたら、そろそろ連絡を始めて下さい」



さて、ここで問題だ。

母はどの程度、自分の病状を認識しているのかが、つかみかねるのである

実母と夫もガンでなくしている母は、ガンの末期というのは相当苦しく、また、その痛みを和らげるための薬を使ったりすることを知っている。

そして、今の母は、そういう状態にない。

考えてみれば当然であって、今の母は「がんの末期」で苦しんでいるのではなく、腸閉そくと消化管穿孔の症状で苦しんでいるのだ。

それは、ガンとの戦いの結果ではあるのだが。

突然、いろんな人が訪ねてきたら、それはそれで、母が何事かをさとり、精神的に追い詰めることにもなろうが、かといって、「間に合わなかった」ら悔いが残る。

この状況で「精神力」が病気と闘うのにどれだけ役に立つのか、良くわからないが、「アマゾンで注文した本が届いているはずだから明日もってきて」などというほど頭がはっきりしている人の、生きる気力を奪うことはできない、というのが姉と自分結論となった。

とりあえず、何人かの方に話をして「偶然近所に来る可能性がある人」から順番に呼ぶことにした。




明日以降、日々、状況は変化するだろう。何が起こるか、起こらないか




6年前、「このままでは、1か月も持たない可能性もあります。即、手術です」といわれて、大震災後の輪番停電が続き、大至急の手術は延期するという状況の中で、母は最初の手術を受けた。

その時点でステージⅣ、五年後生存率は20パーセント

あれ以来「最悪の事態」を常に裏切ってここまできたが、はたして今回はどうなるか。

もし、外科医が「勘違い」に気が付かずに手術を結構していたらどうなっていたか

誰にもわからないといは、とりあえず封じ込めて、明日も取り急ぎ有給をとっているので、「アマゾンから届いた本」をもって病院に行くことにする。











2017-02-20

20代後半女性だが、最近向上心が薄れてきている。

 

 

10代や20代前半はなにかと向上心があった。

綺麗になりたいとか、賢くなりたいとか、スキルつけたいとか、精神的に強くなりたいとか、

実行できたかどうかは別にして、向上したいという気持ちは常にあった。

から無駄なく時間を使いたいと思ったし、なにはなくとも日々充実がしていたと思う。

 

 

20代後半になってから向上心がないわけではないが、面倒くさい、ゆっくりしたいとか、

辛いことから逃れたい、頑張りたくない気持ちが強い。

から、今後生きていくことに対するメリットというか「良さ」が見いだせないでいる。

 

 

生きてても結構辛いことたくさんあるよなーって。

逆に幸せなことってそんなにないよなーって。

 

 

別に自殺願望もないし、鬱でもないけど、

ああ明日仕事で嫌だとか、老化していくことへの絶望とか、この後生きてて楽しいのかな?という疑問がすごくある。

 

 

楽しいことに目を向けるようにしてみても、

なんか辛いことにフィルターをかけているような、

生きている価値を無理やり見出しているような気分になる。

そんな無理やり幸せ感じてどうすんだよ的な気持ちがむくむくと湧き出る。

 

 

そのくせこんな気持ちになるのが早すぎるというか、まだ20代後半なのに今後大丈夫か?という不安もある。

50代後半くらいなら、後は楽して楽しく生きようもありだって思えるのかもしれないけど、

いやまだ寿命までいきるとしても折り返しもまだ先なのに、って焦る。

 

 

そんなふうに考えてしまうのはまだ子供なのか?

どうやって生き生き生きてんだよ。

いきいき人生ってなんだよ。

 

早く死にたい。今後生きていても何も幸せことなんてない。誰の事も幸せにできず、自分の事さえも幸せにできない。

生きていてなにひとつ良いことがないのであれば、生きてても仕方ないじゃない。

突然の寂しさや悲しさにどうすることもできずただ誰かに八つ当たりしたり涙を流す事しかできず、そんな自分がとても嫌だ。

自分がある人から離れると、その人はたちまち幸せな人になる。隣の芝が青く見える効果もきっとあるだろう。

自分は一切人に何の影響も与えられてないし、自分はただ相手の都合の良い玩具になるだけの単なる操り人形だ。

自分がいなくても、いや、いないほうが彼らや彼女らは楽しそうだ。

みんなどうして前を向いたり、後ろ向きでもちゃんと進み続けることができるのだろう?

どうして人と関わることに嫌気がささないのだろう?

どうして楽しく居続けられるのだろう?

2017-02-13

夢は南海トラフ上野女史への反感―

本来、三大命題二つ目を書きたかったところだが、こちらの問題を先に論じさせてもらう。

この論考は以下のURLにたいする一人の若者から反論である

https://togetter.com/li/1080097

以上の新聞記事で、上野女史は「経済犠牲にしてでも、平和国家として衰退すればいい」と主張している。

この主張にたいする批判等は、本職の社会学者に任せるとして、ここでは私の純粋なる反感について述べていきたい。

平和国家という「ファンタジー

上野女史は無邪気にも、戦後日本を「平和国家」としてとらえている。

この考えはまったくの見識違いといわざるをえない。

そもそも、戦後日本社会体制1940年代の「総力戦体制を「経済最優先」の形として再編したものである

扶養控除、源泉徴収終身雇用制、護送船団方式のすべてが元々「戦争を想定して」造られたものだ。

社会実態についても、「平和」と呼ぶにはほど遠い。

1950~60年代には、「高度経済成長」の美称の裏で、世界でも稀にみる学生運動市民運動社会不安が吹き荒れていた。

70~90年代にかけては、家庭や企業社会体制のガタが入り、人々を「死へと誘う」システムへと変貌していった。

これが少年非行いじめ過労死などの狂気的な状況を引き起こした。

戦後日本とは、世界的にも稀にみるただの「ゆたか社会である

まったく「平和」でも「民主的」でも「自由」でもなかった。ただただ「ゆたか」だっただけである

後期近代―不確実な私、国家社会

しかも、「ゆたか社会」は90年代2011年にかけて完全に崩壊した。

まず、政府安全神話が崩れ、

企業身分制保障崩壊し、

最後に、原発事故とともに社会安全神話が吹き飛んでしまった。

この事実について語らない者はすべて、今の時代にたいして不誠実である

では、現在社会とはどのような社会なのか。

それはギデンズやバウマン、ジョッグ・ヤングなどを見てもらえば分かるが「流動的、効率的である

企業におけるセーフティーネットが「生産性自己実現神話」の名のもとに縮小され、

パートフリーターという不安定生活者が生まれた。

政府が担っていた安全保障は「構造改革」の名のもとに縮小され、

監視カメラSNS監視なしに、人々は安心して生きることができない。

不誠実な脳科学認知神経科学AI研究によって人間という「私」の特権性が失われ、

人々は常に失職と人間尊厳消失心配するようになっている。

そして、このような多様な人々が同じ町で同じように暮らしている。

このように、後期近代社会とは

当たり前だったものがすべて崩れ去り、人間永遠の虚無へと投げ出すのである

相対的剥奪感と存在論不安

このような状況では、人々は二つのレベル不安を抱えることになる。

一つは生活レベル不安相対的剥奪感―

もう一つは存在レベル不安存在論不安

である

私たち人生ほとんどを仕事をして、生きている。

しかし、その仕事価値が急速に低下してしまった。

人生の多くを占める活動である仕事にふさわしい「対価」が支払われなくなってしまった。

一方、ただ一日中パソコンを見つめて投資とやらというギャンブルをするだけでも「対価」を得られる人々もいる。

この二極化する現実は人々に

「不当な地位にいる!」

「ふさわしい金額、敬意をもらっていない!」

という相対的剥奪感を抱かせる。

また、後期近代社会はいわゆる「コミュ力」の高い人々が成功する。

軽薄に仕事にたいする敬意なく、強者追従する人々が「評価」され、グローバルエリートとして出世していく。

そして、仕事に真面目ながらも報われない弱者は常に「自己批判」と「変革」を迫られる。

二極化する現実に人々は「私は人間らしい扱いを受けていない」という存在論不安を抱かせる。

しかに、ここであげた例は極論である

しかし、似たような体験をする人は多いだろう。

そして、人々はつねに不平不満をもらすのだ。

「私はこうなれたのに……」

「私もこうしたかった……」

ここでは深く述べないが、この可能性としての私=‹他我›にたいする深い怒りの感情現代社会不安の核心にあるように思う。

上野女史は「みんな貧しくなる」ことによって、この怒りを無くせるなんて無邪気にも思っている。しかし、それは不可能である

この感情こそが永遠の虚無において、私を生きることのできる唯一の鍵だからである

夢は南海トラフ赤木理論の失効―

――常に人々に嫉妬を抱かせながら、その嫉妬を用いて欲望を加速させる。そして、その嫉妬を全身に受ける者は高笑いしつづける。

このような後期近代グロテスクさに最初に抗議をあげたのが赤木智弘だった。

彼はある論考で「夢は戦争」とドゥルーズ的な集団自殺理論を主張した。

しかし、私は「戦争」を夢にはできない。

今や「戦争」こそが「富裕層」を富ませ、「貧困層」を殺すことを知っているからだ。

今や「自殺」ですら「富裕層」を富ませる資本である

加藤智大植松聖などの社会的自殺者は、情報として処理され資本となる。

そして、情報となった「自殺」は「貧困層」による社会転覆不可能性を解き、

「後期近代」の隊列にから逸脱しないことを促進させる。

後期近代において、「自殺」こそが「富裕層」へのもっと積極的な「支援行為なのだ

私の夢は「南海トラフである

防ぎようのない「天災」によって、

嫉妬の中心地である太平洋ベルト東京

ありとあらゆる社会資本が壊され、嫉妬の根源が無化される。

私はベンヤミンのいう「法維持暴力」に立つ者であるが、

この瞬間を心の底から待ち望む。

私はそのとき、心の底から嗤うことができるだろう。

109崩壊し、秋葉原が灰塵に帰し、大手町サーバーがダウンし

白金の御婦人たちが焼け出され、お台場の子どもたちが押しつぶされるとき

後期近代はその柔らかな恥部を表出する。

私は笑顔でその恥部憎悪の限りをぶつけてやり、

後期近代を殺し、末期近代を出現させてやるのだ。

そのときに来るのが、

東のいう変質したファシズムなのか

笠井のいう生存のためのサンディカなのか

佐藤のいう無慈悲アナーキズムなのか

知ったことではない。

私が心の底から嗤いたいのである

相対的剥奪感や存在論不安に晒されることなく嗤いたいのである

そして、私は嗤いながら確信する。

東北の「土」と「血」が正しかったことを

東京の「コンクリート」と「鉄道」が虚妄であったことを

このような自己破滅願望について納得する解答を提示できない上野女史に

後期近代現代社会を語る権利はない。

彼女はせいぜい自らの理念後生大事に背負って、大学瓦礫に押しつぶされて死ぬのがお似合いだ。

2017-02-06

君の名は。を見たんだけど、この現象名称誰か知りませんか

なんか説明じづらいんですけど、

多くの人が感じる矛盾と感じない矛盾存在すること、

ってなんていうの?

君の名は。を始めて見たんだけど、

よくできた映画だなー、面白かったーって素直に思ってしまった。

でも、ネットでの反応を見ていると

男側と女側で時間がずれていたら気づくからおかしい、という

矛盾を指摘しているブログ結構ありました。

でもそんなこと言い出したらさ、もっとあるじゃん

もっといろいろアニメらしい表現はいっぱいあるじゃん

でもこういうのは矛盾とは感じず、スルーするでしょ。

このなんでか、矛盾と感じる線引きがどこかに存在すると思うんですけど、

これ誰か説明してくれよん

2017-01-31

遺骨と記憶

昭和集合住宅に住んでいて平成不況人口流出で空室が多いんだが、火災報知器が昨日誤作動して消防出動の事態になったからか、工事をしていてうるさい。うるさくてつらいので、ヘッドフォンで昔に買った音楽を聴いている。それでふと思い起こしてこの人のブログを見たんだが、いまも死んだペットのことに執着しているらしい http://ameblo.jp/mariko-kouda/entry-12243053638.html

さて、私は仏教徒から遺骨には執着しない。遺骨に後生大事に執着するのは儒教徒だ。ちなみに中国仏教儒教習合してしまって渡来たか日本では混同されている。

私は数年前にもペットが死んだけど、遺骨は残さずにパアッと処分してしまった。私は、片親殺されているが、親の遺骨を相続したくないし、親の遺産相続したくない。

遺骨が残るのは、超高温でもなければ燃え残るからだ。火葬にするのは、インドではおそらく、遺体が腐ってむごくなるのを避けたかたか火葬にしたわけで、そうやって火葬された人の霊魂は報われていいとこに生まれかわると信じられていた。だから、偉い人、偲ばれている人は、火葬にされる。火葬にもされなかった人はいいとこに生まれかわれないと思われていた。

遺骨は残さない方が本当はよい。遺骨に執着するのは凶相だ。ちなみに世の中には「お焚きあげ」というのがあるが、捨てるに捨てられないものを焼却処分してもらう、ごみ処理である。以前流行った(流行らせた)ことばでいえば「断捨離である。例えば写真にしても、焚きあげて処分してもらう。それを、いまでも世の中にはなんでもかんでも写真に撮りたがる人々がいるが、画像データが大変だ。そして、見て記憶に残すことを忘れて、カメラで撮るのに必死になっている。

千の風になって」ではないが、遺骨はナノ単位にでも砕いて風葬にでもした方がよい。それとも、処分に困ったら一心寺にでも持っていけばいい。遺骨を墓碑か寺院にでも納める人は多いと思う、遺骨を手元に置いて仏壇にでも納めていると大変だ。ましてや、遺骨や位牌に執着して逃げ遅れて死ぬ人がいるが、正直に言って客観的にみて、滑稽だ。

遺骨は生きていないし、生前のものでもない。古代エジプト人ではないから、ミイラにしたらいつか復活するとも思っていないし。

生きているというのは状態であって、実体ではない。生きものというのは状態である

死んでもうこの世にない生きもののことは、記憶には残る。忘れられない。しかしその記憶所詮細胞状態しかない。記憶している人もそのうち死ぬ。残された記録もデータであって、実体ではない。

日記であろうが、枕草子であろうが徒然草であろうが愚管抄であろうが、経典であろうが、データである日本では驚異的なまでに昔の経巻が保存されているそうだが、それも経巻の内容より経巻そのものに執着し信仰してきたかららしく、「御真影」ではないが火事になっても必死に経巻を運び出したからだそうだ。しかし経巻を後生大事にとっておいてもしかたがない。それなら中村元岩波文庫のやつでも読んだほうがよい。

そうならないのは、貴重な経巻が残っているということが寺院資産であり「箔」が付くからでもあり、それで檀信徒から財施(供養)をもらっている。法要にでもなれば、漢訳経典暗誦するんだが、聞いている方は意味不明だ。我々は漢文ネイティブではないし、そもそもその漢文はいま「生きている」言語ではなく中国に行っても話さないだろう、ラテン語みたいに学術のものしかない。それでもその檀信徒財施をするのも、彼らがモノに執着しているからであり、だから古い仏像とか経巻とか建物とかをみて大したもんだといい、布施をするのである。そして、経典の中味ではなく、経典を読むこと自体目的化している。

あの人も、遺骨もアロマドームも生きていないしうまくすれば朽ちないだろうから後生大事に持っていれば何十年後かわからないが自分死ぬ方が先だろう。

忘れられないのはわかるし、忘れてはいけないのかもしれない。死なないと消えない記憶というのは、ときには快いかもしれないし、ときには残念かもしれないが、ある。空襲だか「鉄の暴風」だかに遭ったり、ベトナム戦争だかイラク戦争だかに行ったりした人は、忘れられないトラウマが残ってつらいものである。ヘタすれば人は80年とか100年とか生きられてしまうから大変であるしかしその記憶データであって、細胞状態である

本当に火事になったら私は死ぬかもしれないし、そうでなくとも私もいつか死ぬ。いま聴いている音楽も、データしかなく、ディスククラッシュでもしたら消える。人類が滅亡したらヒトの遺伝子も失われる、それがいつのことかは、ちょっと、わからないけど。

それにしても、あの人もそのうち50である。どうなんだろう。たしか40を「不惑」とかいったと思うが。当人も、未だに残っているファンも、互いに執着して、共依存して、期待される姿を互いに演じて定着してしまっているということもあるかもしれない。しかしそうした姿は、私の望んでいることではなかった。

私も歳とった。個人的には早く死にたいんだけれど、それもエゴか。

なお、この日記にはオチはないしTL;DRも書かない。

2017-01-26

チラシの裏のハナシ

生きる意味とは。

まれてきた理由とは。

はっきりとした答えが欲しい。

ただの慾望で出来上がった自身でない確信が欲しい。

そんなものは、得られることがないと 分かっているけれど。


過去の忌々しい記憶を辿れば、それらしい症状は確かに出ていた。

自傷行為をしてみたり、自殺未遂をしてみたり、部屋に何日も引き篭もって外界との連絡を絶ってみたり。

から今の状況も、決して予期せぬ出来事などではない。

ただ少し、酷くなっているだけなのだ

うつ状態。あるいはうつ病。もしくは性格上の問題

初診とは実に厄介だと思う。

ハッキリとしたもの言いは出来ない。しかし、然るべきなにかをしなければならない。

そんな意味合いなのだろう。確定はしない。

いわゆる"精神科"というところは、そういう所だと、聞いたことがある。

いつか突き当たる病名まで、只管耐えねばならぬそうだ。

そう簡単に、レッテルは貼ってはくれない。

それでもいいから と、藁にも縋る思いで足を運んだのだから

決して不満があるわけではない。

しろ、取り留めのない、整合性も取れないような話に

ひたすら耳を傾けてもらえるという、その事実だけで、少し、軽くなるのだろう。

軽くなった気分は、全くしていないが。


隙きがあれば、死んでしまいたいと思う。

過去オーバードーズを隠して、睡眠薬を処方してもらうあたり

少しずつ、死への道を作っているのだろう。

身辺を綺麗にしたら、きっとそれは簡単に訪れる。

今はまだ、しがらみが多すぎる。

でもそれらが全てなくなったら、迷うことなど無くなる。

自分の死んだあとの事に、なんの心配も無くなったら、それが行動の時。

その準備が整うには、ひどく時間必要だが、

目標に向かって使う時間だと考えれば、そう苦痛ともならないだろう。

努めを辞めて、人間関係を綺麗に整理出来たとすれば、あとは人知れず何処かで死んでしまえばいいのだ。

そうやって、冷静に 死への近道を 探している。


自殺はいけないことだと、言われることがある。

確かに残された者は悲しいと思うだろう。

実際、自殺をした友人の話を聞いた時は、ひどく動揺した。

でも、だんだんと、「どうして1人で死んでしまったのか。」「一緒に逝かせてくれれば良かったのに」と

思うようになった。

単純に自身が歪んでいるかなのだろうが

自分を殺すという選択肢に、行動に移せたことに、尊敬した。

君は僕の超えられなかった一線を、簡単に超えてしまったんだ、と、泣きながら思った。羨ましいと。


精神剤が処方された。

薬で何かが変わるのなら、そんな楽なことはないと、思ってしまう。

まれながらの、性格上の問題だとしたら、薬品に頼ったところで、何の意味もない。

今の状態他人に話すことすら、ひどく労力を使い、出来ることならしたくない。

説明を求められても、上手く話せる自信は無いのだ。

頭に浮かんだ項目を、纏められないまま垂れ流すようなもので、理解はされない。

そう考えると、伝える意義も見失う。

親しければ親しいほど、情けない状態を曝すことなど出来なくなる。

くだらないプライドが、邪魔をする。そんなことばかりだ。

さなさなプライドを、後生大事に抱え込んで大切にしているようなもの

そんなもの捨ててしまえばいいと思っても、言われても

それを失えば本当に自分の生きる意味も、意義も、何もかも失ってしまうのではないか不安になる。

元々何も持っていないのに、些細なプライドすらも捨ててしまったら

一体自分には、何が残るというのだろうか。

残るものなど、有りはしないんだ。


死にたい

死ぬ方法を考えながら

医者に罹り薬を服用するなど、矛盾している。

でも、死にたいと思いながら、生きることを望んでいるのではないのだ。

そこだけは、違うのだと、理解されなくても、信用されなくても伝えなければいけないのだろう。

死にたいと思いながら、生きながらえているのは、死ねない理由があるからだけだ。

今はまだ、死ねない。だから、薬でもなんでも飲んで、やり過ごさなければいけない。

これは、いづれ死ぬための準備に近いものだろう。

ドクターに上手く伝わっていたかは判らないが。

本当は今すぐにでも逃げ出して、死んでしまいたい。

この思考は一度思い付いたら止められない。

それしかないのだと、思い込んで、思考に囚われる。止まらない。

時々それをとても抑えられなくなるときもある。

だが、自身が死んだ後の迷惑を考えると、それは出来ない。

準備が整ってはいないのだ。

それがなければ、医者になど行かず、どこかでふらっと死んでしまっているだろう。

この世界に、未練など無いのだから



僕を此処に繋ぎ留めているのが

仕事職場環境だなんてこと

以前じゃ考えられなかっただろうに。

本来はとても喜ばしいことだが、今は無性に、煩わしくも感じる。

これが切れてしまったら、無くなってしまったら

もうあとは、海へ転がり落ちる石ころと同様に

止められないまま身を投げてしまうより他、無いのだろうな。

2017-01-24

太っている男とぶつかりやす

からなぜか、太っている男に目の敵にされやすい。

小学生の頃、中学生の頃、それぞれ別の太っていて色白の男子に目を着けられイジメられていた。

高校女子高を選び、仕事女性多めの販売職を選んだので平和だった。

が、仕事場が失くなり、仕方なく転職した先は男性多めの職場だった。

痩せている男性普通体系の男性はみんな優しく、平等に話してくれた。

が、ひとり太っていて色白の男性がいて、はじめはまだ普通だったが、どんどん私に対して態度がきつくなり、最終的にはほぼイジメのような感じになっていた。

耐えられず辞職を決意した。

が、世の中に太っている男性はたくさんいるので、なんとか太っている男性に嫌われない術を覚えないと今後生きづらい。

太った男性に嫌われやすい特徴って何なのだろうか。

そういえば、もう10年以上あってないので忘れていたが、私の父も100キロ越えの肥満体系で、些細なことで切れて私や母を殴ったり大声を立てたり風呂を覗いてきたりしていた。

育ててくれたことには感謝するが、全く尊敬はできないし、恐怖と嫌悪対象だ。できるだけ会いたくないと思うほどには嫌いである。

もしかしてこれが原因で、太った男に知らず知らずのうちに変な態度に出ているのだろうか。

だとしたら、どうやったらこれは治るのだろうか。

2017-01-22

一回中出し後生理止まったって言われたから連絡断ったことあるけど

あの優越感何なんだろうな

2017-01-20

2000年頃の個人ホームページ

古い玩具情報を調べていたらなんとなく見つけた

http://coolrip.b.ribbon.to/

この頃のホームページといえばみんなこんな感じだったなぁと懐かしみつつも、2000年代前半に更新が止まっているページを後生大事に保管してある管理者には頭が下がる

2016-12-22

【追記】落語界隈のサイトスマホ対応状況

名称スマホ対応
落語協会してない
落語芸術協会してる
鈴本演芸場してない
浅草演芸ホールしてる
新宿末廣亭してない
池袋演芸場してない
国立演芸場してない
上方落語協会してない
天満天神繁昌亭してない

芸協のサイトスマホ対応しているし、PCサイトでは文字サイズの変更にも対応していて(もう少し大きいサイズがあってもいいとは思うが)好感が持てる。高齢の方には嬉しい配慮だろう。初心者向けのコンテンツメルマガの内容も充実しており努力が見て取れる。いっぽう落語協会スマホ対応しておらずコンテンツも芸協に引けをとっている。今後積極的更新していくつもりはないらしく(金銭的な問題らしいが、このご時世にウェブを切るという判断は終わっていると思う)以前存在した落語家の紹介動画もどうやら削除されたらしい。見たことのない落語家をチェックするのに重宝していたのだが。

どこの協会前座情報が少ないのも気になる。おそらく前座情報など出す必要はないということなのだろうが、これも時代を考えれば積極的に出していくべきだ。どこからファンがつくかわからない。個人的にはSNSの利用も解禁すべきだと考えている。年季明けや二つ目になってから始めるよりもよほどネットとの付き合い方がわかるだろうし、自主的情報を出すことのできない芸能系の人間は今後生き残っていくのは難しいだろう。特に芸協は客が少ないと言われているのだから、新しい施策落語協会との差別化を図ってほしい。

落語伝統芸能かどうかには議論余地があると思うが、少なくとも私は歌舞伎のように解説必要芸能にはなってほしくない(別に歌舞伎を貶める意図はないが)。古い世界なのだと思うが、時代についていこうという努力を強く求める。

【追記】

SNSの利用は特に禁止されていないはずだとのコメントがあったが、明文化されてはいないだろうが不文律同調圧力のようなもの禁止に近い状態だろうと判断した。「前座に対してSNSの利用を積極的に促すべき」とするべきだったかもしれない。また前座ウェブ上で積極的情報発信している例を一例しか知らないので(私が書いたような理由だったと思うが弟子ツイッターアカウントの開設を義務付けている師匠をひとり知っている。立川流師匠だが慧眼だと思う)前座SNSアカウントなどがあれば教えてほしい。落語家名前を使わずに、本名で主に知り合いを対象情報発信をしているのは積極的な利用とは言えないと思う。

自己プロデュース力も才能の一つというのはまったくもって同意するが、だからと言って協会が手を抜いていい理由にはならない。情報をまとめて閲覧できる環境の整備は必須と考える。

前座プロではないという見解が、業界に古くから伝わるものなのか、どこかが公式で出している見解なのか、ブコメ主の見解は知らないが、これも個人的には意義を唱えたいところだ。人は立場に伴って責任を感じる。プロでないかプロになれるようにがんばれ、というよりは、もうプロなんだから立場に見合うようにがんばれ、というほうが人は育つというのが私の考えだ。

会長発言は知らなかったが絶望を覚えている。

2016-12-10

浮気相手と一緒に行った場所

お土産後生大事カバンの中に入れて持ち歩いている心境を教えて。

2016-09-12

ソシャゲってゲーム市場にとって麻薬だよな

ガチャというギャンブル性により一時的利益あげてるけど

5年後生き残っている作品企業はあるんですかね

2016-08-23

母親結構な金が注ぎ込まれてる

母親がガンとの診断をうけて、もうすぐ5年半になる。

診断されたときには、ステージⅣで5年後生存率は20パーセントといわれていたが、幸運なことに、今でも調子がよいとき自分で車を運転して病院に通う程度に元気だ。


病院は、昔の社会保険病院(何年か前に制度改革名前変わった)だから、まあ公立みたいなもんで、いわゆる「保険範囲内」の治療を続けている。

最初の1年に2回ほど手術はしたが、あとは抗がん剤治療

基本的には、抗がん剤を月に一度うって、それから週一で検診をうけて、また抗がん剤うって、が基本パターンで、

だいたい抗がん剤うったあと数日はかなりダルそうにしているが、それ以外の期間は、病人とは思えないほど元気だったりもする。

その時期に人とあうと、誰も彼も「お元気そうでよかった!」というもんで、

「アタシだって病気なのに・・・」というのが数年来の悩みで、その手の愚痴はもう、聞くだけ聞いて右から左に流している。

で、ある薬が効かなくなったり、副作用が強く出てきたりしたら、新しい薬に変える。

薬が変わるごとに、医者から家族も同席した上で説明を受けるのだが、素人が聞いても分かったような分からないような話にしかならず、

結局は「先生のご判断にお任せする」しかない。


主治医は無愛想かつ若干コミュ障気味で、正直感じは悪い。

母がかかるようになった当初、入れ替わり立ち代り看護師が「愛想は悪いけど、腕は確かな先生ですよ」とフォローに来たくらいだ。

まあ、その分、ある意味で信用はしている。余計なお愛想や、変に希望を持たせることも言わないし。

でも、実際、この先生が合わなくて転院していった人が、いなくはないらしい。

なんっていうか、身もふたも無い言い方をしがちなので、そういう人がいるのはよく分かるし、

そういうときに、なんか笑顔でへんな希望をもたせる代替医療屋が近づいてきたら、コロっといってしまうのではないか、などと思う。


で、3ヶ月ほど前、また抗がん剤が変わった。

今度の薬は、数年前に認可されたばかりで、はじめは肺ガンにつかわれており、母のガン(卵巣ガン)に使われるようになったのはごくごく最近であり、

母の主治医は初めて使うらしい。

「高額の薬ですけど、保険が利くようになりましたからね」と説明を受けた。


幸い、母には向いていたのか(抗ガン剤の向き不向きは、その人の病状やら体質やらガン以外の持病やらによって千差万別らしい)、

最初の投与のときは、若干副作用が重く、体重もかなり減り、心配もしたが、

その後は、当初のときほど副作用が重くない様子で、血圧も安定し、なにより腫瘍マーカーの数値がよい。

で、食欲も旺盛で、下手したらガンになる前よりあるんじゃないか?というくらいになり、実によく食べている。

なのに体重は増えないようだ。

よく分からないが、ものすごい勢いで体内のがん細胞を殺しまくっているのかもしれない。

この夏も、暑い暑いといいながら、友人と映画見に行ったりしている。


というわけで、医学進歩は、はなはだありがたい限りなのだが、請求の明細を見ると、やはりいろいろと考えてしまう。

母の抗がん剤治療には、1回60万円以上の金が注ぎ込まれているのだ。

ところが、後期高齢者である母は、高額医療費免除勘定に入れれば、実質1万5000円程度しか払っていない。

この数字をみると、ここ数年、ほとんど医者にかかったことのない自分健康保険料が「高い!」などという気分は、吹っ飛ぶ。

こんな風では、確かにこの国は医療費でつぶれてしまうのではないか?と思わないでもないが、

そんなマクロな疑問を、目の前の親の病気というミクロな大問題を前に考えていられるほど、自分大人物ではない。


今の抗ガン剤も、いつまで使えるのかよくわからない。

一般論としては、どんなに長くても2年がせいぜい、らしい。

まあ、まだ使用例がさほど多いわけでもないので、医者もよく分かっちゃいないのだが、いずれ限界がくるのは明らかだ。

そこで、また新しい薬が出てきて、今度は1回100万(自己負担は2万数千円くらい?)みたいなことになるのかもしれないが、

そうなればまた、日本医療制度感謝して、淡々母親のことを見守ることになるのだろう。



なお、ちょっと話は変わるのだが、素人ながらに母親とその周辺にいるガン仲間をみていると、

今のところガンに特効薬は無いのだが、

1 日ごろから「ガン以外」は健康であること

2 食生活がちゃんとしていること


が、かなり大事なのだろうなと感じさせられる。

大体、ガン以外に持病があったり、肥満だったりする人は、正直、ガンになってから生存年数が短いようだ。

治療には体に負担がかかるので、「健康(ガン以外)」でないと絶えられないものらしい。

幸いにして母は、患う前、年齢の割には健康診断の星が格段に少ない人であった。

あと、やっぱり食事が偏った人や、食欲が無くなった人は、どんどん衰弱していく。

その辺は母も思うところがあるらしく、毎日時間をかけて野菜ジュースつくったり、いろいろ献立考えては買い物に行くのが

ちかごろの生きがいになりつつあるようだ。

はいえ、そんなのは対症療法で、結局は高額な薬を主軸とする治療に頼っていかざるを得ないのが現状なわけで

これから先、どのくらいの期間にわたって、どれくらいの金額が母の命に注ぎ込まれていくのか、

できるだけ考えないことにしている。

(2016/08/24)

追記書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20160824212145

(2017/3/6)

半年ぶりに追記書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20170306233559

尼の運送会社おかし

猫でも飛脚でもカンガルーでもない、とある運送業者

頭おかC

電話不在伝票もなしに荷物持ち帰る、宅配ボックスでもなんでもない共有スペースに荷物放置不在伝票の伝票番号が間違っている。

これらの粗相、直近3ヶ月でされた。

密林よ、こんな会社契約しないでくれ後生だ。

追記 1

国営のあそこではない。

比較最近Amazon荷物取り扱うようになったあんまり有名じゃない会社

あと、Amazonには毎度クレーム入れてる。運送会社にも苦情言ってる。でも全く改善されない。

追記 2

デリバリープロバイダ(札幌通運)だよ!

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん