「慣用句」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 慣用句とは

2020-05-27

クレバーはてなーにききたい。

急な外泊などでその場しのぎで買ったモノが、意外とよくてレギュラーに定着するというような事があるけど、そういう事を示すことわざ慣用句ある?

今着てるセブンイレブンで買った白Tシャツがそんな感じ。

2020-05-19

[] #85-6「幻の10話」

≪ 前

こうして何とか説得に成功し、企画を通すことに成功した。

だが、アニメ作りは会議室でやるわけではい

ここからが本番だ。

それは誰もが知るところだが、だからといって良好なスタートダッシュを切れるとは限らない。

「『女子ダベ』の時は頼んでもないのに大金出してきて、こっちが頼んだら、これだけかよ……」

提示された予算額を聞いて、シューゴさんは頭を抱えた。

“頭を抱える”というのは慣用句だが、人間はそのような状況になると実際に頭を抱えた体勢になるらしい。

一般的相場から考えても、これは少ないぞ」

「それでも大分ねばったんですよ」

スポンサーが募れない以上、出せる予算はそれが限度なんだとか」

スタートダッシュは最悪に近かった。

いきなり躓いて怪我をしてしまい、かろうじて走れるレベル

トップ争いは絶望的で、完走できるかも予断を許さない状況。

契約、依頼できる奴は?」

「信頼できるアニメーターは、ほとんど他社に持っていかれてます

「まあ時期が時期だからな……」

予算の都合上、そもそも雇えるか怪しいですけどね」

「じゃあ、外注ほとんどできねえじゃんか」

まともな成果物を望むなら金と時間大前提である

アニメ作りに限ったことではなく、人が資本労働とはそういうものだ。

奉仕活動のような条件でクリエイティブなことはさせられない。

そんなことができるのは未来の猫型ロボットか、売名目的のセレブだけだろう。

故に課せられたノルマは“良いものを作る”ことではない。

“形になっている”かどうかだ。

「きっついなあ、おい。ギリギリと言っていいかすら怪しい」

しかし、それですら今のシューゴさんには高く険しい道のりだった。

これらの条件で到達するのは無茶振りもいいところだ。

「……癪だが仕方ない。やれることはやろう」

それでも走り続けるしかなかった。

特に監督シューゴさんにかかる負担は相当だ。

予算であるため、金のかかるようなことはできない。

納品スケジュールギリギリ

とにかく省けるところは省かないと間に合わない。

シューゴさんは己の流儀をかなぐり捨て、自身の英知と技術をフル活用する他なかった。

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2020-05-16

慣用句」という名のサブルーチン

この世のあらゆる事象が一つのプログラムで書けたとして、その長さは相当な物になるだろう。

から、その中で頻出する部分は「慣用句」を関数名とするサブルーチンとして、その長さを圧縮し、可読性を増す必要があるだろう。

2020-05-13

anond:20200513225545

慣用句としての男らしい(勇猛果敢である)じゃなく、いかにも男がやりそうななんの得にもならない愚かなことという意味ならなんかわかる。

2020-05-07

“This is killing me”は何を殺すのか

深夜にふと流れてきた曲。

https://youtu.be/gxEPV4kolz0

名曲Billy JoelPiano man

おそらく、バーピアニストとしてのビリー本人の目線で、バーの様子が語られていく世界観楽曲で、

バー雰囲気だけでなく、そこに訪れる客のバックグラウンドなども語られる。

その曲中で、彼の友人であるJohnについて語られる部分がある。

「飲み代持ってくれて、ジョークが上手くて、タバコの火にも気が回るようなヤツ」という明るい面が提示された後に、「彼はこんな所にいるべきではない、他にいるべき場所があるはずだ」というフレーズがあり、Johnが話したセリフとして次のような歌詞に導かれる。

“Bill, I believe this is killing me.

Well, I’m sure that I could be a movie star, if I could get out of this place.”

(部分省略)

ざっと訳すと、

ビル、俺はもううんざりなんだ。

きっと映画スターにもなれたさ、こんなところにいなければな。」のようになる。

これはkilling meを慣用句として捉えた場合で、これは「耐えられない、うんざりさせる」といった意味がある。

果たしてこの文脈でこのように捉えてもいいのだろうか。

世間にはコロナウイルス蔓延している。

かのウイルスが奪ったのは命だけでなく、「自粛」という形で、誰かの仕事趣味や生きがいをも奪っていった。

世間にはそう言ったもの自己表現する人もいる。

自分がやりたいことを「自粛しなければいけない」という状況で、「何か役に立てることをしたい」「自分表現したい」と思っていても、「自粛」を強いられて部屋の中で燻っている。

表現をする知人は「時間はあるのに、何も生み出せず、まるで死んだみたいだ」と語っていた。

そんなとき自分の生きがいを奪われた人は「殺された」言えるのではないだろうか。

ともすれば、This virus is killing me. という文は、実際に闘病して生死の境を彷徨っている場合にも使えるとは思うが、さまざまな要因で「生きている心地がしない」という意味合いも持つのではないだろうか。

Johnは役者になりたかったのかもしれない。でも、厳しい役者世界自分性格に合わずドロップアウトしたのかもしれない。家庭の事情で夢を追いかけるのを諦めてしまったのかもしれない。

自分のやりたかたことを辞めなければいけない辛さに直面したとき、それはIt is killing him.(それは彼を殺している)と言えるのではないだろうか。

それが成立するならば、この文脈における私の解釈は「This is killing me.=俺はもう生きている心地がしないんだ」である

「もう俺は生きている心地がしないんだ。

だってムービースターにもなれたんだぜ、

もしここを出て行くことができれば、な」

というのばどうか。殺されたのは生きる希望なのではないか

きっと自粛の下で、この危険な状況下で生きている心地がしない方もいるだろうし、上記のような生きがいを奪われて死んだようになっている人もいて、

So many people are killed by the virus. という状態だと思う。

ウイルスに殺された命は安らかに眠れますように。

そして、ウイルスに殺された希望が戻ってきますように。

2020-04-18

さすがに慣用句次元から拾ってレスバしてきてキチガイだの言うやつは構ってられんな

横だけど

anond:20200418004122

どこを読んだらそう理解されるのかわからないけど、分かりづらかったね。

ごめんね。

本来貧困層に配られるべき30万円のうち20万円を奪い取って10万円もらうような形にされて国民みんなで毒饅頭食わされる結果となったのは嫌だなって書いてあるんだよ。

毒まんじゅう」って言う慣用句があるんだよ

調べてみてね!

2020-04-15

間違った解釈または習慣が支配的になった時の原義の扱い方が難しい

言葉でも慣用句でも慣例でもなんでもいいんだけど、その間違いを正すのはマイノリティ意見となってしま結果的に頭の硬い原理主義者扱いされるので迎合することで、いつのまにやら非常識常識となってるってわけよ

2020-04-14

anond:20200414063912

でもキモくて金のないおっさん書き込みに誤字や慣用句の間違いがあると鬼の首を取ったかのようにバカにしてしまうんですよねわかります

anond:20200414061733

文意をまともに取れないレベルならともかく、誤字や慣用句の間違い程度は文章内の情報価値の有無と比べたら些末な話でしかない。

2020-04-13

anond:20200413034606

右見ても左見ても、の慣用句政治思想と結び付けてしまうお前は疲れてるか病んでるので寝たほうがいい

2020-04-05

「3密」か「三密」か

もちろん、密教用語の方ではなく、感染回避の方である

手元の『記者ハンドブック』第13版(共同通信社)には「数字の書き方」という項目があり、洋数字漢数字の使い分け方が細かく記されている。あくまで、これは共同通信社の指針なので、他の企業や、省庁や、個人がどう書こうが自由なのだが、とりあえず見てみる。

まり書きすぎると引用の域を超えそうなので、全部は書かないが「他の数字に置き換えても同等の言葉がある場合」は洋数字を用いるとあり、例として「1級建築士」「2次試験」「3等分」「単3形乾電池」「バルト3国」「羽生4冠」「東京23区」「47都道府県」が挙げられている。

一方で「熟語故事成句慣用句」(例.「一丁上がり」「一日駅長」「一人二役」「第二の人生」「三角形」「第三者」「三権分立」「五月雨」)や「順序や数量を示していても、語全体で特定事物概念を表す場合」(例.「自動二輪一輪車三輪車なども)」「二院制」「二次災害」「三審制(一審、二審も)」「第三セクター」「日本三景」「非核三原則」「防衛装備移転三原則」「北方四島」「伊豆七島」)や「一つ、二つ、…九つ」は漢数字を使うとある。つまり「三つの密」は漢数字で書かれる。また、密教の「三密」は「仏事日本の伝統文化に関わる語など」に該当するので、漢数字が用いられるはずだ。

では、コロナの「さん密」はどちらだろうか。実際の記事を見て確かめてみよう。ただし、前述の通り、新聞社の指針と共同通信社の指針は、必ずしも一致しない。

「3密」避ける行動「十分と言えない」…厚労省調査 : 国内 : ニュース : 読売新聞オンライン

自民、各部会や派閥会合の開催取りやめ 「国会自体が“3密”」と批判も - 毎日新聞

新型コロナ「3密」防げ 与野党で相次ぐウェブ会合  :日本経済新聞

東京新聞:<新型コロナ>三密対策 やっと首相もマスク 閣僚分散、座席に距離:政治(TOKYO Web)

他にも、中日新聞では「三密」表記のようだ。

これらへ行く場合は、密閉、密集、密接の「三密」が重なる環境回避するよう求めた。

若者に「慎重行動を」 9都道府県訪問自粛で知事:滋賀:中日新聞(CHUNICHI Web)

古田知事は「感染の広がりを食い止めるため、不要不急の外出を控えることと、感染危険高まる密閉空間と密集場所、密接場面の『三密』の場所回避することを徹底してほしい」と改めて呼び掛けた。

県が「ストップ新型コロナ2週間作戦」 4日から:岐阜:中日新聞(CHUNICHI Web)

繰り返しになるが、これはあくまで、共同通信社新聞社がこうしているというだけであって、どちらが正しくどちらが誤りというものではない。ただ、ざっと見たところ「3密」の方が多く使われているようだ。

2020-03-28

anond:20200328182823

その慣用句現代社会においてはひどくナンセンスだということを、いわゆる知識人層の人間理解している。

そのため人を動かしたい時でも決して用いないのだが、学がない人ほどそのフレーズ安易に口にするものだ。

言い方を変えれば、学がない人ほど社会主義全体主義思想を帯びた発想を助長することに対する警戒が薄い、とも言える。

その句を真に受ける人々が増えれば増えるほど、世の中が規律正しい社会主義体制に近づいていくかというと、全くそうではなく、ひたすらに他罰的で想像力に欠けた窮屈なポピュリズム蔓延していくだけである

なぜなら、その句を使う人々は何らかの思想的軸を持っている訳ではない、ネット群衆にも似た無学な日和見主義者にすぎないからだ。

2020-03-27

楽園こちら側」の「事実に誠意を」をほぼdeepLで翻訳してみた その1

https://georgebest1969.typepad.jp/blog/2020/03/事実に誠意を.html

これが原文です。

外国から問い合わせが来ているけれども時間がなくて訳せないということで、DeepLの性能確認ついでにやってみました。

この私訳と岩田健太郎先生無関係なのでよろしくお願いします。

訳された文章を原文と見比べ、翻訳文章おかしくなったところや慣用句は「必ず日本語側の文章をいじることで」できるだけ解消しました。

よって改変した文章だけをこちらに載せ、改変する必要がなかったところは段落番号しか載せていません。元文章は元ブログを当たってください。

英語に詳しいパーソンが精査していただけると幸いです。

1 Most of what I'm about to write is no different from what I've said and done in the past. However, I have been asked the same question repeatedly, so I would like to reiterate it. We have received many inquiries from overseas as well, so we should have prepared the same content in English, but due to time constraints, I'm afraid I'll have to skip it. This article is designed to be read without basic knowledge of infectious diseases and jargon, but it is rather difficult to understand. Please forgive me for that.

感想:「Chromeかなにかでそれぞれ母国語に訳してお読みいただけると幸いです。」がきれいさっぱり消えている。DeepLの自負心だろう。

2 The fact that the number of COVID-19 reports in Japan is very low compared to other countries is attracting attention from home and abroad. Is it true? It has been pointed out that the number of tests is so small that we may be misreading the actual number of infected people.

感想home and abrodeでいいんだろうか?

3 However, this point is wrong at various layers. In the first place, Japan does not aim to capture all the numbers of COVID-19. Whether it's administrative testing or insured care, the state basically has a testing strategy in mind to diagnose, hospitalize, and isolate critically ill patients who need to be hospitalized. It is natural that they "haven't figured it out" and they don't intend to. That's not a bad thing.In fact, the situation is the same in every country, large or small, and no country, whether in the United States, Europe, or Asia, is aiming to "capture the whole number.

感想最後の文はなぜか他の文と一緒に入力すると訳してくれなかった。この文一つだけ入力すると訳してくれた。

よく考えると「多かれ少なかれ」は通じないだろうから直した方がよかった。なぜかDeepLに繋がらなくなったのでもう直せない。

WHOもそんなことは求めていない。もっとも、そのわりに日本帰国者無症状者にPCRをやってみたり、無症状な検査陽性者を入院隔離させてみたり(軽症者は自宅じゃなかったの?)、プリンシプルにおいて首尾一貫していない。だから、「彼らがなにがやりたいか私たちはよくわからない」ので、人々は不安になる。リスコミにおける失敗と言えよう。

The WHO is not asking for such a thing. But instead, Japan gives PCR to asymptomatic returnees and isolates asymptomatic test-positive people in hospital (wasn't it home for people with minor illnesses?). It has not been coherent in its principles. So, people get anxious because "we're not sure what they want to do". It's a failure in the press.

感想:「なにがやりたいかよくわからない」に主語付与する必要があった。リスコミがpressになった。よくわかったな。

「〜は自宅じゃなかったの?)、」の、が.になっているのがよくわからない。なぜかDeepLに繋がらなくなったのでもう直せない。

4 The difference between Korea and Japan is the "result" and not the "purpose". In South Korea, where the number of infected people had surged in one place, we had to focus on inspections in and around the area. If such a phenomenon (let's call it an overshoot) occurs in Japan, the number of inspections will increase. When the situation is different, arguing only on the basis of the number of tests without observing the situation is like trying to say, "That team made 50 sliding tackles while this team made only one," without watching a football game. In games where you don't have to slide (e.g., when you're in possession the whole time), even 0 times isn't a "mistake," and of course 50 times isn't a mistake.

感想特に言うことはない。便利だなあ。

5 全数把握ができていない疾患など山のようにある。日本ではインフルエンザの「全数」把握はしておらず、定点観測である疫学上、感染対策上、それで十分な情報が得られているからだ。日本で毎年風邪が何例発生しているか、正確に把握したデータはない。レセプトデータを見ればわかるじゃないか、というのも間違いで、なぜなら多くの風邪患者は(ぼくのように)受診せずに自然に治るまで待っている。医療に限らず、経済学でも政治学でもデータサンプリングから母数を推定するのがほとんどで、「全数」は非効率的状態把握法なのだ

There are many diseases for which the total number of patients is not known. In Japan, we do not have a "total" number of influenza cases, but only a fixed-point observation. Because that's enough information, both epidemiologically and in terms of infection control. There is no accurate data on how many cases of the common cold occur each year in Japan. It's also a mistake to say that you can tell by looking at the receipt data, because many cold patients (like me) don't see a doctor and wait until they are cured naturally. Not only in medicine, but also in economics and political science, data are mostly based on sampling to estimate population numbers, and "whole numbers" is an inefficient way of grasping the situation.

感想:ちょこちょこ変えてある。日本語文章が多少おかしくなっているのは勘弁してほしい。接続詞を適切に入れると格段に翻訳が正確になる。

6 We have not seen the devastation in Japan as in Italy, Spain or New York City. There is no medical collapse in a critically ill patient, no use of the operating room as an ICU, no piling up of bodies on a skating rink with no place to put them. Even if the "numbers" are not known, it is a fact that the current situation in Japan (including Tokyo) is much better controlled than in other countries.

感想特に言うことはない。便利だなあ。

7 Even so, you may be interested in "Well, what about the actual situation? There are estimates. For example, Dr. Hiroshi Nishiura and his group estimate that the number of mild illnesses in Japan may be twice the reported number. The catch rate is 0.44, with a 95% confidence interval of 0.37-0.50.

感想特に言うことはない。便利だなあ。

8 Although the study was based on data from China, there is no guarantee that the Chinese COVID-19 demographic is the same as the Japanese one. Also, since the original study did not include asymptomatic patients or those with minor illnesses that did not require hospitalization, the number of infected patients estimated on that basis would inevitably be an underestimate. If you are more paranoid, it's not unreasonable to believe that "the Japanese and Chinese viruses are different because of the mutation" (although I don't think so).

感想特に言うことはない。便利だなあ。

9 This does not diminish the value of the paper itself. The model must always use existing parameters, and it is often impossible to prove the external validity of these parameters. If the underlying parameters are not reasonable, the predictions will not be correct. A model assumes a simplified world insofar as it is a model. A model without simplification, which is an adjectival contradiction.

数理モデルのこうした「前提」にイチャモンを付けるのは、例えばAという疾患を対象ランダム比較試験をしたときに、「Bという疾患については説明できないじゃないか」と文句を言うようなもので、業界仁義に反する意味のない揚げ足取りである

To complain about these "assumptions" of the mathematical model is like complaining, for example, "You can't explain disease B," when a randomized controlled trial is conducted for disease A. This is a meaningless tirade against the honor of the industry.

感想;「分からない」を「説明できない」に変えた。多分これでいいと思う。思いたい。

10 しかし、論文読み手にとっては別である

However, it is different for the reader of the paper.

A mathematical model that assumes a certain hypothesis should have internal academic validity, but it is the responsibility of the reader, as a resident of the real world, to appraise it in the real world.

Aという疾患を対象にしたRCTの知見をBという疾患に使ってはならないように、数理モデル制限理解し、現実世界にアプライするときに十分注意するのは当然だ。

Just as the RCT findings for disease A should not be used for disease B, it is natural to understand the limitations of the mathematical model and to be careful when applying it to the real world. For example, it would be wrong to read the paper and conclude that the total number of infected people in Tokyo is about 500 as of March 26.

感想;「読み手は別である」を「読み手にとっては別である」に変更し、「制限限界」は「limitations and limitations」になったので片方削った。

11 People make mistakes. The models are also wrong. Being wrong is not a big deal. The problem is to notice your mistakes and make corrections. Already, a group at Imperial College London has admitted that its original estimate that the peak of the infection should be moderated was "wrong" and has revised its prediction that the ICU will soon fail if it does not fight the virus fairly aggressively.

感想特に言うことはない。便利だなあ。

https://anond.hatelabo.jp/20200327215116その2

2020-03-21

anond:20200321081245

死者に鞭打つっていう慣用句があるしね。

でもアフリカとかの土人国家で、

私刑で既に事切れた盗人に暴行を加えたり、

戦争で死んだLTTEの女兵士が死姦されたり、

肉食獣が獲物を捉えて食って生き物から食べ物ゆっくり変わっていくところとか、

見てると興奮するよね。

実際死者に鞭打つって興奮するんだと思う。

2020-03-14

新型コロナウイルスはしかのようなもの

はしかのようなもの”という慣用表現があるけれど若い頃に麻疹感染していない人も多くなり、言葉としても廃れ、社会としても麻疹への感染リスクが高くなった。

そこにきてこれだ。

新しい慣用句として”新型コロナウイルスのようなもの”が生まれるかもしれない。この新しいウイルス共存するため誰もが一度は感染するという認識を共有できればの話しだが。

体力のある若いうちに感染せずに、年を取る毎に重症リスク高まることを考えると、”新型コロナウイルスのようなもの”は少し意味が変わってしまうかもしれない。

2020-02-13

[] #83-3「キトゥンズ」

≪ 前

未来人の価値観理解に苦しむところもあるが、翻訳の難しさは俺たちにでも分かる問題だ。

慣用句や、詩的な表現、そういった何らかのコンテクスト要求されるとき、別の言語に変換することは困難を極める。

該当する適切な表現翻訳先の言語になければ、その時点で破綻するんだ。

そこを意訳したり省略したり、或いは開き直って直訳すれば最低限は伝わるかもしれない。

しかし、それは元の言葉に則った、厳密なものではないだろう。

ガイド時代でも試行錯誤はあったようだが、不可能という結論先延ばしにする以上の意味はなかった。

100%正しい翻訳ではない時点で、100%正しい意思疎通もありえない、ってことらしい。

「結局は翻訳という工程必要としない、新たな共通言語を開発することで対策をしたんだ」

「そういえば以前にどこかで話していたな。フエラムネ語だっけ」

「ヒューメレンゲ語じゃなかった?」

「いや、フュ○メッ△ゲ語だね」

それでも課題は残った。

共通語を用いることができない、介さな相手がいたからだ。

この場合動物である

言語のもの最適化しようが、他種がそれを用いることができない時点で、。

言葉というもの自体が、所詮はヒト向きのコミニケーション手段しかいからね」

そして、その“ヒト向けのコミニケーション手段”でもって動物と“会話”をすることは、極めてヒトの恣意的判断が介入することになる。

それは意思疎通ができているようで、実際は“分かっているつもり”の状態に近い。

しろ中途半端理解によって、新たな問題が発生する場合もある。

「つまり理念に反するんだよ。『人間尺度動物意思推し量ることは傲慢だ』という指摘が多くてね」

ガイド時代技術開発ばかり先行していると思っていたが、そういうことも考えている人も多いんだな。

自分が生きていない遥か未来ことなど大して興味もないが、俺にでも理解できる価値観が残っているようで少し安心した。

「あ~あ、つまんねえの。結局は何も分からないってことじゃねえか。未来って言っても、そんなもんかよ」

「体調を管理する機器を用いて、快・不快度などのバロメーターは分かるよ」

「その程度のことなら、俺たちの時代でもできるっての」

弟にとっては面白くない結果だったが、俺は内心これでよかったとも感じていた。

そりゃあ気にならないわけじゃない。

時々、思うことはある。

キトゥンの奴が日々をどのように世界を見て、考え、動いているのか。

理解できるかはともかく、知れるものなら知りたい。

それが、おこがましいって分かっているから、したくないだけでさ。

自分があのテの動物番組を無邪気に楽しめるタイプなら、こんな七面倒くさいことを考えなくて済んだのかもしれないが。

俺はふと、キトゥンのいる方へ視線を向けた。

……あれ、いないぞ。

恐らく日課散策に行ったのだろうが、いつもどこで何をしているんだ。

あいつの勝手とはいえ、飼い主という名分でもって把握しておくべきなのだろうか。

次 ≫

2020-01-21

anond:20200121202726

鼻の下を長くするのがエロいって慣用句があるだけで別に鼻の下が長い人がエロい訳ではない。

2020-01-07

抗うつ剤のんでわかった「躁」の意味

薬の副作用に「躁」があるのは分かってたけど「たぶん超ハッピーになるんだ!」ぐらいの認識だったけどちょっと違った。

常にそわそわして怒りや全能感がやたらと増大するのが「躁」なのである。ぜんぜん楽しくないんである。実際、見知らぬ人に喧嘩をふっかけるとか異常な行動があった。

病気としての「躁」と慣用句として元気な人を「躁」っていうのは全然違うんだな。この勘違い世間に知ってもらうべきだと思って増田に記録する。

2019-12-26

物差しが壊れた日

今は持ち歩いていないが、小中学生の頃は、いつもの物差しを持ち歩いていた。

少し古い竹の物差しプラスチックの折り畳みで、広げると大きくなる物差しステンレス物差しもあれば、紙の物差しもあった。

僕はプラスチックの折り畳みの物差しで、よく大きく広げて遊んでいた。コンパクトでかつ長く計れる。筆箱サイズで30㎝まで測れてしまうのが楽しくて、何度も広げたり閉じたりした。

人の価値観というものも、いうなれば物差しみたいなものだろう。物差しで人を測るだとか、慣用句でもよくつかわれる。

現実物差しと同じように、全て同じ規格で出来ているようで、どれも微妙に、状態によって差は出てくる。

それでも、その物差しで人を測るのは楽しい。優劣をつけて、自分他人の長さを比べて、自分を追い立てたり、悦に浸ったりしていた。

そんな人を測る物差しが、中学2年生の頃に壊れた。精神病にかかり、毎日反吐の中でもがくだけで通り過ぎた。

物差しで人を測ることが出来るのは、「同じ人間」という規格が存在するからだ。

人は物差しで人を測る時、そこに犬や猫、ホームレス等、そしてハリウッドセレブなんかはめったに入れない。別世界人間からだ。

それと同じように、僕は「違う人間」になり「別世界人間」になった。頭の狂ってる不幸な人間の目盛りは、誰にも当てはまらない。

その物差しは、自分という人間しか測れない物差しになった。

結局、人の人生なんてもの主観で、それぞれ違って、測れるものなんかじゃない。僕は単にそのことに気付いただけだったのかもしれない。

僕がよく使っていたプラスチック物差しは、僕の手元には一つも残ってない。何度も広げたり閉じたりしたせいで、折りたたむ部分に負荷がかかって壊れてしまたからだ。

長すぎる定規、構造に欠陥のある設計は、あまり何度も測ったり遊ぶのには向いてないらしい。最近のはもっと丈夫になっているのかな。

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