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はてなキーワード: 精神論とは

2022-10-03

anond:20221003170627

支援してる人とウィッグ必要としてる人を同一視して前者の一個人の発信を「当事者側の意見」みたいに扱うのアホだと思う

どんな理想があろうと、現状はああ、抗がん剤かな…みたいな頭髪の、特に女性は好奇の目に晒される現実があるわけで。

ただでさえ闘病でしんどい思いをしている患者を、不可抗力容貌のわかりやすい変化やそれに対する好奇の視線から少しでも守るための取り組みなわけだよね。

ランドリーボックスのあの人の意見結果的患者に対する精神論に繋がりそうで、少なくともあの立場の人が言わなくてもいいように感じた。

女性スキンヘッド社会が慣れてそれでがん患者の人たちが楽になるのは当然いいことだと思うけど。

スキンヘッドにいちいちどうこう思われない社会が望ましいこととは、現実そうでない今を生きる患者メンタル他人の目やセルフイメージの変化から守る支援必要なことを打ち消さないはずなのに、打ち消すみたいな風潮になっててブコメおかしい。

anond:20221002214344

anond:20221003221905

逆に聞きたいんだけど、統計的事実を見ずにキモイ精神論にすがるのはなんで?

2022-09-23

保育ママ職員意識が低いから」

精神論と唱えて乗りきろうとする園

2022-09-21

「(毒親被害者は)自分の親にも勝てない負け犬」と主張するfukusanity

元ツイ

https://twitter.com/fukusanity/status/1572142039453827078

『なるほど!!!そうやって自分の親にも勝てないカス負け犬がずっと些末な言い訳をし続けるわけですね』

文脈各自リーを追って確認してもらいたい)


 私はこれを見て、あまりにも酷いツイートだと感じた。

社会的弱者に対するここまで刺々しい罵倒今日Twitterではほぼ見れない。


 ところで、「毒親育ち」の間では、このような主張をする人物は概ね順風満帆人生を送る別世界の住人とされる。

他者への共感性に欠ける、社会の上層を占める憎たらしい貴族もどきといった感じである

私もまた一人の毒親育ちとして彼の主張に腹が立ったため、どんな大層な裏付けがあるのか暴いてやろうじゃないかと考え、彼の人生を掘り下げてみた。


 しかし、GoogleTwitterサイト検索してみると、先述の内容のようなツイートをする割にはナイーブブログツイート散見される。

その中で一部を抜粋してみる。


https://togetter.com/li/1676798?

仕事Twitterに書けないような悪い言葉を受けてしまい、体調がこんなことになってしまったわけだが、「そんなにいきなりガタッと崩れるもんか?」とも思う。何かしらの蓄積があったと考えるのが自然か。そういえば1年半前にも同じようなことがあったことを思い出した』


https://note.com/fukusanity/n/n1b632febba2d

うつ状態の原因となる発言会社上司から受けたのが2/16の火曜日心療内科で診てもらったのが2/19の金曜日だ.その週の月曜日学会へ出す原稿先生に共有しようとしていたが,なかなか上手く書けなかった.作業に集中できず,手がなかなか動かず,時間が経つのが異様に早く感じられた.』


https://note.com/fukusanity/n/n958e141d2348

今日心療内科に行ってお医者さんと話していた.「悪夢が酷くて,薬を飲み始めてから1日を除いて全ての日に悪夢をみています受験に追われる夢とか,バイク事故りかける夢とか…」と話すと,(…)自律神経失調症休職している現状を踏まえると,あの夢は自身状態を反映していたのかもしれない.』


 冒頭のように「毒親育ち」を乱暴言葉罵倒するにしては、なんともしおらしい文章である

他人精神論を振り回す割には、自分はちゃっかり職場でのパワハラを訴え、精神医療のお世話になっているようだ。

これを並べて見せられると、誰でも「この人は一体どういうつもりであのツイートをしたんだ?」と首を傾げてしまうだろう。

客観的に見ても、彼はむしろ生活するのに他人理解必要な側の人間だ。バッサリ「お前が自立してないだけだろ」と切り捨てるようなことを言えないはずである


 これだけでも充分面白いのだが、一体どうしてこんな鬱屈とした人間になってしまったのかが気になるので、もう少し掘り下げてみる。彼本人の家庭に関する記述には以下のようなものがある。


https://note.com/fukusanity/n/n493cc754aa4a

『私の両親は大変心配性であり,病気のことを伝えると大騒ぎしたり,時には悲しんだりすることが予想された.そのため病気休職していることは伝えていなかった.私と親の関係は良好であり,親にとって私は「大学を出て都内会社に勤めよろしくやっている息子」という認識である田舎から都会へ息子を送り出した親の心情を鑑みると,とても私の現状を伝える気にはなれなかった.』


https://twitter.com/fukusanity/status/1572126188428234752

『親「頼むからバイクに乗るのだけはやめてくれ」

俺「わかった!!!

↓数ヶ月後

俺「バイク免許とってバイク買ったよ〜」

親「安全運転で頼むよ」

みたいな感じ。会話になってない。申し訳ないとは思ってるが………』


 大変親孝行な息子(娘?)のようであるが、一方でこのようなツイートもある。


https://twitter.com/fukusanity/status/1572136804505223168

人生のどこかで親に勝利する経験があり、それを経て親と対等な関係が築かれると思ってるのですが、試しに親をぶん殴ってみてはどうでしょうか。運動もしてないおっさんおばさんなので多分勝てると思うんですよね』


 親を尊重しているにしてはいささか乱暴意見である。もう少し掘り下げてみたら、以下のようなツイートが出てきた。


https://twitter.com/fukusanity/status/1572206208148471810

中学生の頃,父親スキーに出かけた時,父親が転倒して滑落,俺がスキー板を拾って助けに行ったことがあった.あれほど元気だった父親が「あの時は参ったよ,お前体力あるんだなあ」と言った.その時に体力の面で俺は親に打ち勝ってしまったんだよね.塾講師が言ってたことがその時わかった』


https://twitter.com/fukusanity/status/1572206209759084544

『今まで守ってくれる存在だった父親だが衰えて,気付いたら俺が守らなければならない対象になっていた.反抗期なのかわからないけど親とあまりさない時期があって,それが「打ち勝ってしまった」と思った瞬間に終わった.』


 なんとも心が温まる話である。前述のツイート群がなければ。

彼はなんと、スキーで転倒した父親を支えるという出来事と、虐待してくる親に暴力を振るって解放を勝ち取るという出来事を、全く同じ軸で見ているらしいということが明らかになってしまった。

鬱や自律神経失調症で休むよりも、むしろ優しい家族(本人曰く)に囲まれておきながらこのような常軌を逸した認知を育んでしまたことの方を申し訳なく思ったほうが良いのではなかろうか。


(ちなみに褒められたことではないが、筆者は親と殴り合ったことがある。もちろん、打ち解けるためではなく様々な理由限界が来てしまたからだが…。

そして別にそれで打ち解けることも対等な関係になることもなかった。なぜなら暴力は何も解決しないかである

何発殴ろうが、親は子供経済・進路に関して絶大な権限を持ち続けるし、自分育児観を見直すようなこともしない。

ただ、また暴力沙汰になるのを恐れて干渉が減ったくらいである。もちろんそれ自体はありがたい話だが、心の傷や経済不自由に関しては何一つ改善しなかった。

また、どのような場合であれ家族に対する暴力行為おすすめしない。普通に違法であるし、何より自分のほうが力で上回っている保証もない。思わぬ反撃を食らってなおさら苦しい立場に立たされる可能性もある。)




 さてしかし、彼に対して怒りと同時に少し憐憫を抱いてしまう。なぜなら彼は親を愛している故にこそ、自分の弱さを憎みそれを克服しようとしている様子が見て取れるからだ。そこだけは、同じ社会的弱者として共感できるところがある。


 そしてだからこそ、彼は同じ社会的弱者が親を罵倒し、自分の弱さを他人のせいにする姿勢に苛立ちや蔑視を覚えたのではないだろうか。


 つまり彼は結局のところ、自分の弱さを克服できないが故に他人を責めることでしか自分肯定できない人物なのではないか

人それぞれに違った家庭と状況があるという当たり前のことを想像する余裕を失い、「自分はうまくやれている、それに対して彼らはろくでもない」と考えることで、必死に「親に申し訳なくなるような弱い自分」という感情を覆い隠そうとしているのではなかろうか。

 そう考えると、現状のように彼が一方的に責められているのは些か不憫に思う。

彼も精神に病を抱える弱者である以上、発言を真に受けて批判するようなことはせず、そっとしておいてあげるべきなのではなかろうか…。






 いややっぱり全員思いっきり石を投げると良いと思う。スカッとするので。

2022-09-09

anond:20220909235326

欧米論理的合理的に行動しようと努めてるだろ

実際は非論理的な事もしてるけどさ

対して日本精神論で片付けるふしがある

努力根性で何とかしろってな

anond:20220909103441

ニートやこどおじを養うのも精神論からさっさと施設に入れるべき

乳幼児育児母親本人が担当する必要ある?

時間ごとに食事、糞尿の処理、寝かしつけ

単純作業なのに重労働ルーチンワーク

これ本人がやらないといけない理由ある? 愛情を注がないといけない? 母親としての自覚? 精神論じゃん

乳幼児預け入れ施設とかを作って、全部管理した方が良くない? 乳母も三交代くらいにしてさ

一週間に一度くらい会える感じで

あとは半年~一歳~二歳くらいの任意タイミングで引き取ればいい

乳幼児の頃の物凄い負担が減るだけで二歳のイヤイヤ期とかも大分余裕出るやろ

精神論は悪ではないのでは

https://twitter.com/minimimica/status/1567729440343588866

に対するブコメ、だいたい「システム解決を試みるほうが保護者としても安心」「精神論解決かいう園があったら退園」だった。これはいいのよ。

ただ、すべての問題を未然に防げるシステムが導入されるなら、たしか精神論不要かもしれないけど、実際そうではないよね、と思う。

バス以外にも子供が突然いなくなることはあり得るわけで、そういう意味では門にセンサーをつけて子供が外に出ようとしたらすぐに分かるようにするとか、いろんなシステム必要になってくるよね。

それでも壁に塀に穴が空いていてそこから外に出てしまうかもしれないし、園のどこか人目につかない場所で命の危機にあっているかもしれない。

そういう、導入されているすべてのシステムでもカバーしきれない未知の問題に対しては、結局人間想像力道徳を強化して対処する、つまり精神論対処するしかないと思う。

からシステム精神論対立構造で語るのではなく、当然システムも作るし、当然「子ども安全が一番大切」という精神の強化も行う、のが正しいだろうと思う。

そう考えると、元のツイートでは「置き去り防止のためと知らなくても防げる。」とあるけど、これは置き去り防止だと分かった上で確認アクションを取らせるシステムを作ったほうがよいと思う。そのほうが精神が強化されるから

エンジン切ったらアラームがなってバス最後列まで行かないと止められないのも、いいんだけど、アラームを止めるボタンに「私は子供バスに置き去りにしないため、すべての座席確認してからバスを降ります」みたいな言葉が書かれていてもいいよね。精神を強化するシステムというか。

と、ここまで書いて、もしかして精神論認識がズレている?

精神論精神だけでなんとかしようとすることで、ここで書いているような、システムとの併用を考えている時点で精神論ではない?

まあ、両方強化するのが大事だよね、という考えに変わりはないが。

2022-09-02

ボーイスカウトホモだったのか……

ボーイスカウトの生みの親であるロバート・ベーデン=パウエルが書いたボーイスカウトバイブルスカウティングフォアボーイズ」という本がある。

その中でボーイスカウト所属するような年齢の少年たちに起こりがちな「性欲」の悩みについての解決方法が乗っている。

パウエル卿はイギリス紳士であり軍人であったので「男らしい心を持っていれば誘惑を断ち切る強さがあるはずだ」とマッチョイズムからくる精神論でまずは攻めてくる。その後は「体調を整えろ」「冷水を浴びろ」「運動して発散しろ」と体育会系解決方法が続き、最後

 

「それでもなお困るならば、ないしょにしないでスカウトマスターを訪れて、よく事情を話して相談すればすべてはよくなるだろう」

 

という解決方法提示される。

スカウトマスターを訪れて、よく事情を話して相談すればすべてはよくなるだろう(意味深

 

ホモじゃねーか!

2022-08-31

サイバーエージェントカルト臭さ

すげー気持ち悪い

精神論だの根性論だの、カルトしかしない

新卒の月収がたかが40万とかで、80時間残業しろだと?

今時、残業なんて途上国カルチャーだわ。

その残業した先にあるアウトプットってなんだよ?

世界サイバーエージェントサービスで何か使われているものってあるか?

熊の木彫りを80時間残業して作ってるくらいくだらん。壺を大量生産してるようなものだわ。

あの藤田かいカルト野郎しょうもない会社作りやがって。朝鮮にでも帰りやがれ。


カルトエージェント滅びろ

2022-08-23

anond:20220823120329

なんで?解決法がわからないようなことには標準医療すすめるのは普通提案と思いますよ。よくわからんスピリチュアルとか代替医療とかすすめたり精神論かかげたりするよりだいぶマシ。

2022-08-17

結果には必ず原因がある……のか?

まあ分からないではないんだけど

原因追及って最終的に精神論陰謀論かになりがちで嫌いなんだよな

成功談でも失敗談でもさ

個人的には、過程はあるけど原因はないと思ってるよ

いや、あるにはあるだろうけど追及するだけ無駄って感じかな

だいたいは気まぐれとか勘違いとかだろ

本当に原因追求する気なら生物学とか物理学みたいなところまでやってほしいよな

職員配置基準3:1と、利用者3人に対して職員1人が対応するでは意味が違う。

誰しも高齢者になるので、自分を守るためにこれは覚えておきたい話。

ユニット特養職員配置基準は3:1以上。なのに3人の高齢者を1人が見てくれるわけではない。

ユニット特養職員配置は3:1以上。「人員配置基準」を守るだけでは、夜間の職員数が0人になってしまます

https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/dementia/no124/

職員配置は3:1ということは、高齢者3人程度に看護職員が概ね1人つき、介護・レク・リハビリなどやってくれるのだろうな・・・と感じるだろう。

自分高齢者になった時は自分を丁寧に見て欲しいと思うだろう。

だが現実はそう甘くない。

「「人員配置基準」を守るだけでは、夜間の職員数が0人になってしまます」にあれ?って思ったのではないだろうか。

これは算出方法特殊さと言うかそのような感覚のずれがある。

{職員配置は3:1以上と、3人の高齢者を1人以上の職員が見るでは実は意味が違う。

なぜこのような事が起きるのか。職員配置の算出方法

ただし、常時3.33人/1ユニットが配置されているのではなく、従来型特養と同じく「定員あたりの人員配置」で算出された33.3人を10ユニットに振り分けているということになります

まり、3:1というのは、3人の高齢者に対して1人の職員対応するという意味ではない。

施設全体の職員ユニットに割り振り、出勤か否か問わず数えているだけである

さらに、介護職員または看護職員と書かれている。

まり職員配置の算出についてもそもそもが直接介護を行わない看護職員まで数えているという事だ。

から数字で感じる印象よりも手扱い介護は望めない。

さらに勤務中の職員の偏りも起きる。

しか現実は、入浴支援職員1人・入居者さん1人)の際は、そのほかの9人の入居者さんに対して職員1人で支援することになります

こうなると感覚的には人員配置は9:1である(浴室は1:1だが)。しかしこれも3:1ということになっているのである

さきの配置基準3:1という数字から感じる印象とはかなり異なるだろう。

誤解を恐れずに極端に言えば1ユニットに1人の職員が出勤していたら良い、のような感覚だ。

さらに、勤務中には高齢者の記録やモニタリングをする時間必要であるし、職員研修や年休、これはどうするのかという問題がある。

利用者4人に対して1人の介護職員(3:1から4:1へ)に緩和するという案は危ない

これを踏まえると職員配置を4:1へ緩和するという案は危ないと感じるだろう。

これまで「職員1人で高齢のお年寄り4人を見るようになるのか。大変だな」と思った方もいるかもしれないが、実際はそんなに甘いものでは無い。

現在の3:1ですら、9人のお年寄り職員1人で見るという事すら起きているのに、それをさらに緩和するということである

もちろん夜間を除きユニットから職員がいなくなることは無いのだが、ユニット所属職員自体が減らせられるのだから基準数が減らされたら職員高齢者しわ寄せがいく。

どれだけ熟練しても人間の体は一つしかないのである

4:1への緩和案。「手抜き介護」を防ぐための対策が、計画外部監査

4:1になったときに「手抜き介護」を防ぐための案として、計画の提出や安全性を確保する外部機関監査要件となる。

たったそれだけのことで手抜き介護を防げるのであれば身体拘束があれほど問題になるのはおかしいのでは・・・

所詮現場職員努力で手厚い介護しろと言っているのに近いだろうと感じる。これではただの精神論ではないか

そもそも手抜き介護の防止策が必要になると言っている時点で、現場は大変になると言っているに等しい。

そんな緩和をするかもって・・?

2022-08-14

介護こそカイゼン必要な分野なのに、他人うんこを触れない奴が介護を語るな的な精神論跋扈してて闇

モリゾウがウーブンシティスパゲッティ症候群になるまで社会は変わらない

2022-08-04

単位で遅延が発生しているプロジェクトにおけるPDCAサイクル

P(Plan)

D(Delay

C(Chaos

A(Apologize)

2022-07-31

anond:20220731195816

から気を付けますみたいな精神論じゃなくて、もっと具体的なアクションに落とし込んでください

2022-07-20

我々はなぜ統一教会が嫌いなのか

近代合理主義者と化した保守

安倍晋三暗殺事件きっかけに統一教会世界平和統一家庭連合)に注目が集まっているが、保守系(反リベラル、反ポリコレ反中韓)に分類できる文化人のなかで、はっきりと統一教会批判を行なっているのが旧2ちゃんねる(5ちゃんねる)関係者ひろゆき山本一郎なのは興味深い

一説によれば、旧2ちゃんねるは一時期、統一教会に乗っ取られかけたという噂がある。この点を抜きにしても、基本的1970年代まれ以下の世代は、保守愛国を唱えていても頭の中は近代合理主義者で、土着的・伝統的な家族観とか道徳観はちっとも好きではないのだ。

無論、1970年代まれ以下の世代でも立場はさまざまだ。

東浩紀1971年生)は統一教会を「カルトかどうか判断できないだけ」と述べてひんしゅくを買った。ただ、これは統一教会擁護というより、スターリニズム連合赤軍のような原理主義的なドグマに陥ることを恐れるあまり、「二項対立に囚われないように判断保留する」というポストモダン思考原理主義的なドグマにしてしまった模様。

一方、三浦璃麗(1980年生)は、何やら統一教会利害関係があるらしい。

https://twitter.com/333_hill/status/1300961546693083137?s=12

http://japanhascomet.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-e4d640.html

東や三浦はさておいても、高度経済成長期以降に育ち、冷戦体制崩壊後に成人した団塊ジュニア以降の世代は、基本的統一教会的なものが嫌いだろう。俺もな。

今では忘れ去られているが、2000~2006年ごろの2ちゃんねるでは、韓国中国民主党だけでなく、森喜朗代表される体育会系マッチョ価値観自民党重鎮も不人気で、平然と皇室コケにする書き込みだって多数あった。非合理的宗教団体は嫌われ、前近代的な家制度の束縛とかブラック企業的な上下関係肯定する主張は評判が悪かった。

かつて2ちゃんねるに大量にいたネトウヨことネット右翼は、なぜ韓国人や中国人を嫌悪したのか? 戦前戦中の日本に対する非難自分個人への非難のように思えた点に加えて、韓国人や中国人の振る舞い(声が大きい、言動が粗暴、上下関係がきびしい等)に「前近代」の臭いを感じ取っていたからではないか

ネットでは保守愛国を主張して戦前日本を賛美ながら、平然と「中国韓国儒教国家からダメだ」と言う人間が少なくない。お笑いである戦前までの日本だって支配階級の基本思想儒教だった。幕末尊王攘夷運動が起きたのは江戸時代朱子学が普及して、「幕府天皇から権力を奪っているのは忠義に反する」という考え方が広まった結果だ。明治維新後も、明治天皇教育係の元田永孚西洋嫌いの儒学者で、名君の教科書として唐代の『貞観政要』を読ませたし、教育勅語は儒教価値観産物だ。

だが、どうやら団塊ジュニア世代以下のネトウヨの頭の中にある理想日本は、最初から西洋価値観近代国家だったらしい。彼らには古代中世日本伝統価値観を本気で学ぶ気などなく、和歌能楽歌舞伎浄瑠璃より、漫画アニメゲームが好きなのが本音だろう。そういえば橋下徹も、平然と文楽予算を削減しようとしてたな。

保守愛国を唱えながら近代合理主義何が悪いの?」と言う人もいるだろう。世の中には、何も悪いことをしてない人間にも病や死や不幸が降りかかったり、不合理がいくらでもある。何でも理性で解決できると思い、現代から見れば非合理な考え方に従っていた古代中世人間を愚かとしか見なさないのは、思い上がりだ。そうして過去時代の人々という他者への想像力を持とうとせず、過去世代が積み重ねてきた道徳観への敬意がなくなると、経済的な損得ばかりが最優先の価値観になる。「皇室の維持は国費の無駄から天皇制反対」と言い出す者も出てくるかもしれない。

そうなれば、単に力(財力、権力情報発信力)がある奴が勝ちだ。日本でもドナルド・トランプのような男が国家元首になるかもしれない、トランプならまだ人物的に面白味があるが、竹中平蔵ワタミ大統領になったら本当にイヤだぞ。

共産主義統一教会環境産物

統一教会2015年世界平和統一家庭連合改名した。団体名に「家庭」とつくのがポイントだ。自民党による憲法改正案で、第24条に加筆された「家族は、互いに助け合わなければならない」という一文は、統一教会の主張と同じだといわれる。また、「こども庁」の名称が「こども家庭庁」となったのは統一教会の影響という説もある。

https://twitter.com/izumi_akashi/status/1548537253018103808

まり統一教会はとにかく家族の重視を唱える。彼らの教義は、俗流キリスト教と、家父長の権威先祖供養を重んじる東アジア的な儒教道徳の混合物で、教祖の故・文鮮明をお父様、その妻の韓鶴子をお母様と呼ぶ。このような教団組織という大きな家族への絶対服従を唱える思想が、皮肉にも結果的山上徹也個人の家庭を破壊した。

週刊文春7月21日号では、橘玲が「リベラル化した社会に敗れた男の”絶望”が暴発した」と題して、安倍晋三暗殺した山上徹也のことを論じている。現代は家制度の束縛などが機能しなくなった「自由」な社会だが、それゆえに自力自己実現できなかった孤立した人間が増えているといった内容で、その極端な暴発例に2008年秋葉原通り魔事件や、2019年京アニ放火事件を挙げている。指摘自体はおおむね間違ってないだろうが、なぜそのような世の中になったか説明が抜けている。

リベラル思想以前に、社会構造の変化がある。そもそも伝統的な家族観、家父長の権威とか、早く結婚して何人も子供を産むのが良いことだという考え方は、近代以前の農村社会が前提だ。農家個人経営で、家父長のもとで妻子が一緒に農作業し、働き手として子供の数は多い方が都合よいから多産が奨励された。そして、農地という生産手段継承するために血統の存続が重視され、先祖から連続性が意識されていた。漁村商家も同様に家族経営が基本で、船や商材を継承するため家制度が重視された。

ところが、産業革命期以降になると、農村の余剰人口都市に流れて工場労働者となり、先祖代々の土地と家から離れて生きるようになる。労働者はみんな家庭外で雇用され、子供家族から切り離され、父親母親子供も(昔は各国で児童労働が横行していた)ばらばらに働くようになり、自宅の窯でパンを焼いたり時間をかけて食事することもできなくなった(『世界歴史 第25巻』(中央公論社)270p)

統一教会のような反共主義者は、「左翼リベラル思想伝統的な家族観破壊した」と主張するが、この解釈因果関係が逆転している。共産主義は、工業が発達して伝統的な家庭を成立させる農村社会から切り離された都市労働者が世にあふれた結果からまれ思想だ。マルクスより先に、経済的利益のために伝統共同体解体して蒸気機関工場労働者を世に広めた資本家がいたのである

逆に、農村社会に戻れば前近代的な家父長制は復活するだろう。だったら、商工業全否定して国民農村強制移住させたポル・ポトカンボジアこそが理想かよ?

先進国では工業社会さらに進むと、世の中は第三次産業中心になり、庶民はみんな勤め人の都市生活者となっていった。これは産業社会要請によるものだ。以前も書いたが、(https://gaikichi.hatenablog.com/entry/20170522/p1高度経済成長期に中卒や高卒都市工場商店就職していった女性は、左翼リベラル思想に影響されて社会進出し勤め人は世襲家業ではないから、妻子が家に従属する必要はない。リベラル思想関係なく、前近代的な家制度の束縛が弱くなるのも当然だ。生まれた時からこういう環境に慣れきって育った世代が、家父長の強い権威やきびしい上下関係を嫌うのは必然だろう。

こう書いている自分も、会社員の家の次男坊で、実家従属する義理はないか上京以来ろくに親元に帰らない。長男長男だった兄まで、ついに生活のためやむなく父の墓がある土地を離れてしまった。先祖代々の土地家業を持ってるのではないのだから仕方ない。

統一教会のような保守派は、家族大事だと主張するけれど、口先の精神論ばかりで上記のような社会構造問題にまったく踏み込めていない。

信者にとってのカルト宗教の魅力とは何か?

困ったことに、農村社会や家制度のような伝統的な中間共同体が力を失うと、その代替物として、一足飛びなナショナリズムカルト団体帰属意識を求める者が増える。

エマニュエル・トッドは、『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』(文春新書)で、宗教伝統が衰退すると代わりに排外的ナショナリズムが台頭すると述べていた。何でも、ドイツでは19世紀から1930年代昔ながらの教会を中心とした農村共同体が弱体化した代わりに反ユダヤ主義が台頭し、ナチス支持につながったという。

統一教会をめぐる報道で、山上徹也の母のように財産すべて差し出す信者気持ち理解できないという人は多い。しかしながら、外部から見ればいか狂信的な団体でも、内部の信者には何らかの「魅力」がある。

先に述べたように、世の中にはいくらでも非合理的なことがある。それまで合理主義者だった人間が、病や死のような自分の力に直面していきなりオカルト宗教に走った例は少なくない。帝国海軍の名参謀だった秋山真之や、アップルスティーブ・ジョブスのような英才も、最期近代医学に頼らず怪しげな方法に頼って病を治そうとして、かえって早死にした。こういう極端な思考に走らないためにも、世の中は理性で解決できないこともあると頭の片隅に置いて、合理的ものへの免疫をつけておくこと必要だ。

そこまで追い詰められなくても、「大きなものにつながりたい願望」を抱く人間は多い。人には何かに帰属することによって得られる充実感というものがある。これは左派陣営団体も同じだ。

こう書けば左翼リベラル派は激怒するだろうが、世の中には男尊女卑や家父長制に身をゆだねることに安心感を抱く者もいる(俺自身は嫌いだが)。いか社会制度近代化しても、誰もが自立した個人になれるわけではないのだ。

あの気持ち悪い集団結婚式にしても、なまじ自由恋愛の時代になると結局誰も選べずに結婚相手が決まらず、いっそ超越的な立場第三者一方的に決めてもらう方が安心、という人間も世の中には一定数いるのかもしれない。

これも以前に述べたが、カルト宗教などが行う洗脳とは、命令に従わせることではなく、被洗脳者が自発的洗脳する側に忖度するように”誘導”することであるhttps://gaikichi.hatenablog.com/entry/20121101/p1)。

その手段として「場の空気」の力がものを言う。場の空気を使った洗脳はじつに簡単だ。こんな話がある、皆さんはカップ入りアイスクリームを食べるとき、どこから食べるだろうか? たいてい最初カップの縁にスプーンを入れるだろう。あるとき数人の集団で、1人を除いた全員があらかじめ示し合わせて、みんなカップの真ん中にスプーンを入れて食べ、残った一人を「端っこから食べるなんてセコいなあ」と言ってからかった。仲間外れにされた1人は本気で、自分の方が異常で、アイスクリームは真ん中から食べるのが世間常識だと錯覚したという。

これと同じように、閉鎖的な教団内では容易に「みんな多額の献金をしてるんだから、そうしない自分の方がおかしい」と思い込むように仕向けられる。宗教団体も、ネットワークビジネスも、会員制オンラインサロン商法も同じだ。

信者教祖や教団幹部個人命令に従っているというより、信者集団の「場の空気」によって献金しなければならない気になっている。周囲にいる人間が競い合って同じことをしているのに、自分だけそれをやらないと自分の方が変だと思い込んでしまうのだ。そりゃ「空気を読む」ことが至上の美徳という価値観で育った日本人なら従ってしまうだろう。

思想だけで世の中は動かない

2022年現在の状況では、まだまだ自民党に対する統一教会の影響力は強そうだ。しかし、このまま上記に述べたような近代社会構造が続くのであれば、20~50年ぐらいの長期スパンで見た場合統一教会的なるもの――家父長制バンザイカルト宗教は徐々に人気を失っていくだろうと考えられる。

実際、100~200年ぐらいの視野で見れば、左翼リベラル陣営はずっと勝利し続けている。世の中は、近代的な商工業が発達すればするほど、上下関係は緩くなり、男女は平等に近づき、セクハラパワハラは嫌われ、体罰理不尽校則廃止される方向に進んできた。

ただし、それは必ずしも自由平等人権といったリベラルイデオロギーの魅力による勝利ではない。単に文明の発展によって、人間が図々しくなっただけだ。

近代以前はあらゆる労働が筋力中心だったから、無条件に成人男性が一番偉くて、女子供は成人男性に従うものだった。しかし、そのような価値観は、スマホコンビニAIドローンの普及と引き換えに後退しつつある。あるいは、汗臭い筋肉労働人件費の安い海外アウトソーシングしたり国内視野から消し去っただけだ。外国人技能実習生世界では、依然として日本相手なら許されないパワハラが横行している。

いか自由平等人権といったリベラルイデオロギー字面が美しくても、思想だけで世の中は動かない。民主主義古代ギリシャにもあったが、あらゆる労働が人力の時代だったから、ついぞ奴隷制廃止されなかった。19世紀に入るとイギリスアメリカ奴隷制廃止したが、それはリベラル人道主義者の主張より、奴隷を使うプランテーション農場比較して工場経営のほうが儲かると判断されるようになった影響が大きい。

統一教会による霊感商法、巨額の献金要求は許しがたい犯罪行為で、自分もこういうカルト宗教は大嫌いだ。ただ、統一教会的なもの嫌悪する自分たちは、たまたま土着的な農村社会崩壊して家制度の束縛が機能しなくなった時代に生まれ育ったから、統一教会的な家父長制価値観へのPermalink | 記事への反応(1) | 23:06

2022-07-12

母が宗教に傾倒してたの、すごく嫌だったけど

そんな母から逃げるように入り浸ってたサークル体育会系精神論宗教めいてたし

人が集まれば多かれ少なかれ思想が固まって宗教然としていくのかもしれない

心が弱ってるときって自分必要としてくれるコミュニティに縋ってしまうけど

組織に利用されてるだけだったりするんだよなあ

2022-07-11

松山三四郎落選に寄せて

ローカルタレントものまねタレント松山三四郎が見事落選した。

彼は、安倍晋三元首相殺事件の遠因になったことで一躍注目を集めた候補だ。

長野県民として一言残しておきたい。

薄っぺらい」「頭がよくない」

これは、自民党地元選出の国会議員秘書の弁である地元議員事務所の重鎮。告示前に既に言っていた。

全くもって同感である

松山三四郎はかなり初期の段階で、いろいろな所から軽い神輿と見なされていたようだ。

演説では、聞こえの良いことを大げさな言葉をつけて話す。しかし、具体性がない。

政策に関する質問精神論で返す。

質問に乗ってこない。支持者が盛り上げるために投げる奴にもだ。

基本的知識がないから、質問意図をつかめていない。上っ面で理解できる単語だけ拾って返す。

から若い人の力になりたい、みたいな事を繰り返すばかり。

良くも悪くも薄っぺらい。中高生を騙すようなラジオそのままのノリで話す。ナチュラル上から目線マウントをとろうとする。だから言葉はわかりやすい。

これは敢えてやっているのかと思えば、支援に入った自治体首長たちの前でも全く同じノリで話をしていた。こいつは駄目だとおもった。

しかし、それでも好感度さえ高ければようし、当選した後に勉強すればいいし、支える秘書を宛がえばいい。しかし、それにもケチが付いた。

最後の方、動員された人々は、完全にやる気を失っていたように見える。この人だったら付いていきます、と言うモチベーション選挙をしていないから当然だ。

真相はわからないが、安倍晋三氏が来ないと言う事は、もう県連が強く主張しなかっただけではないかとおも思う。

地元民としてショックだった「本性」

本性とは、下半身のことではない。

松山三四郎は、地元では知らない人がいないくらいの知名度。彼はファンサを欠かさない人なので、熱狂ファンもそれなりにいた。

さらに、ローカル企業と組んで、低予算CM企画などにも出演するなどして地域密着アピールしていて、好感度は高かったと思われる。

ところが、どうやら演説会で彼の演説聴くと、良くも悪くもラジオのままで、軽くて薄いと言う事がだんだんとばれてきた感じがある。

選挙前は「あの三四郎が出るぞ!」と興奮気味に話していた知人(50代の男性)は、出陣式に行った後、言葉少なげだった。

大人はそれぞれそれなりに専門性を持っている。

広く浅く話をする彼の発言の中から自分がよく知る専門の話になると、とたんに違和感を覚えるのだと思う。え、それ知らないのに話してるの?みたいな。

俺はもう軽い神輿なのはわかりきってたから、担げば良いと思っていた。

しかし、そう言う政治に関わらないまま、純粋三四郎ラジオでのイメージで実際に接すると、それが張りぼてだったことがよくわかってしまったのかなと思う。

ものまね芸人というのは、テレビなどのメディアでは細かくて伝わりづらいが、実際に見ると本当に笑わしてくれる人と、上っ面だけ真似をしてメディアに特化しているが、全然だめなのと二種類あるという。

ものまね芸人松山三四郎は、まったくもって後者であり、結局政治家の下手くそものまねをやっていたにすぎないのだと思う。

結論

県連よ。真面目にやれ。

三四郎じゃなりゃ勝てただろアホが

2022-07-10

アベシとスピリチュアルって親和性高いんだね

アッキーもそうだし

精神論だけに走っていくタイプというか

すべてを心の問題にしたがるというか

2022-07-07

精神論バカ」みたいな風潮あるけどさ…

本物の薬飲んでないのにプラシーボ効果病気治ります!みたいな人間の仕組みを見せつけられると

うわぁあああああああぬあああああああああああああああああ

ってなるわよ実際

2022-07-04

私が「親ガチャ」「毒親」という言葉を嫌う理由

ここ最近SNSネットニュース上では「親ガチャ」「毒親」という言葉流行しているが、自分はどうもこれらの言葉が好きにはなれないでいる。

いや、正確には「言葉自体」が嫌いなのではなく、「その言葉を使うことを無条件に肯定する人間や風潮」が嫌いなのであろう。

その嫌悪感は、「親の言うことは無条件に正しい」「産んでくれたことに感謝しろ」「みんな大変なんだ、自己責任だ」といった無根拠精神論根性論によるものではないということは、初めに強調しておきたい。

どうも、インターネット上ではこれらの言葉に反感を抱く者は、上記のような精神論を振りかざしていると、誤解により、若しくは意図的レッテルを貼られ、

無理解大人である」とカテゴライズされることを免れないようだが、せめてもの抵抗として、ここにその旨を記しておこう。

さて、私が「毒親」「親ガチャ」を不快に思う理由は、主に以下の3点にまとめられる。

1.本来問題矮小化することに繋がる

2.無条件な肯定により健全精神的成長を阻害する

3.非論理的属人的論法に持ち込まれやす

この3点について、それぞれ考えを述べていきたい。

1. 本来問題矮小化することに繋がる

毒親」「親ガチャ(外れ)」の定義は非常に曖昧だ。

精神的、身体的、性的虐待をしている、経済的に困窮している、近所とトラブルを起こす、アルコール中毒である自身の進路や恋愛への過干渉、単に性格が合わない等々、

その問題の大小を問わずに使える点で、便利な言葉であろう。

しかしながら、その言葉意味の含有する領域があまりに広いことにより、非情カジュアル意味合い

(具体的には、自分意見を聞き入れてくれないといった、思春期にはありふれたような悩み)でも使うことができてしまう。

この言葉使用者目線で言えば、自らの具体的な悩みを抽象的で使用やす概念を指す言葉に置き換えているので、

当然自らの状況が「毒親」「親ガチャ」に該当するのである確信を持てている状態となる。一方で、この言葉を見る者からは、

毒親」「親ガチャ」といった抽象的な概念を指す言葉から発言者の具体的な悩みを推し量ることは難しい。

こういった「発信者」と「受信者」の理解に隔たりが生まれることは、良い状況を生まない。

信者は深刻なSOSのつもりであっても、受信者は「カジュアル意味合いで使っている者との区別がつかず、無条件に肯定し難い」のである

この問題は、単なる親との不和を指す言葉として「毒親」「親ガチャ」を使う話者が増えれば増えるほど、深刻化していくだろう。

では、そういった発信者と受信者のすれ違いを解消するには、どのような方法を用いればよいのか。

私は単に、それぞれの問題に相応しい言葉を使うべきだと考える。

虐待虐待貧困貧困、我儘は我儘なのであって、それ以上でも以下でもない。

果たして、「親から虐待を受けているから早く家を出ていきたい」「貧困のツケを子供に払わせるような親を恨んでいる」といった趣旨発言に対して、

冒頭のような「親は悪くない/自己責任だ」と心無い言葉を浴びせる者が、そう多くいるだろうか。

たとえ同じ悩みについて語っていたのであっても、「毒親」「親ガチャ」と表現するより、遥かに信者にはその深刻さが伝わるだろう。

毒親」「親ガチャ」の言葉定義曖昧さに起因するカジュアルな響きは、「万引き」「いじめ」といった言葉において指摘されているような、問題矮小化という欠点を抱えている。

いじめ万引きは、その加害者責任者が使うことによる問題矮小化を指摘されているので、正確にはやや性質が異なることは承知しているが、毒親、親ガチャ被害者自らがそれに類似した矮小化を招いていると言える。)

自分の悩み、心の叫びを誰かに聞いてほしいのであれば、より正確に、相手にそれが伝わる言葉を用いることも一つの工夫であろう。

毒親」「親ガチャ」といったサーチに引っ掛かりやすい、目につきやす言葉を用いて形容することで、より多くの人の目に触れる可能性は高まるというメリットも確かに存在する。

よってその言葉自体を使うことを非推奨するわけではないが、用いる場合も自らの具体的な悩みを併記する方が、真剣に捉えてくれる人は多いはずだ。

2.無条件な肯定により健全精神的成長を阻害する

これは、「毒親」「親ガチャ」を使用する側の問題ではなく、「受信者」の、更に言えば「大人」の責任問題だ。

毒親」「親ガチャ」を使うことは何も悪くない、どんどん使うべきだ、批判者は恵まれているだけだ、こういった無条件な肯定は、同世代共感からくるものとは限らない。

自分虐待などに苦しんだ、などの経験を持つ「善意の」大人からも多く寄せられている。

しかし私には、どうも「嫌ならやめよう、逃げよう」論と同様に、自らが責任を持たなくて済むのを良いことに、軽々しく注目を浴びたいだけの者や、

毒親」「親ガチャ」といった言葉存在社会問題に繋げたい者といった、「悪意ある」大人が多分に含まれているように思えてならない。

(思えてならない、というのは正確ではないかもしれない。実際にそういった趣旨の発信を観測したことや、発信者のbioおよび過去の発信を観察した結果などから鑑みるに、上記大人一定以上の確率で紛れ込んでいるのが事実だ。)

1で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」は曖昧言葉で、本来は「虐待」「貧困」などといった深刻な問題から、単に思春期特有不和なども含まれている。

そこに新たな社会問題が生まれたのではなく、「元々そこにあった問題が別の呼称をされている」に過ぎない。

もし社会的問題が新たに生じているのだとすれば、青少年SNS使用する機会が増えたことにより、そういった「無責任大人や唆したい大人」の意見へ触れる機会も、必然的に増えてしまたことこそが問題だ。

(無論、SNSの繋がりによって救われる人も多い。SNSのもの青少年に悪影響である、と主張するつもりは全くない)

本来であれば、後から思い返して「自分が若かったな」で済む話を、周囲や社会責任転嫁するような、拗らせてしまった人が量産されることは、自分は望ましくないと考える。

(「じゃあ『悪い大人』の狙いを嘯くお前の狙いは何なのだ」と聞かれたら、自分幸福を守るためです。単に拗らせた他責性の強い人が社会に出てこられると迷惑なので。

ついでにその人自身も拗らせない方が幸せだとは思っていますし、正確な言葉でSOSを求める人が増えた方が、社会全体の利益に繋がるとも考えていますが。)


3.非論理的属人的論法に持ち込まれやす

これも言葉を使う若者というより、それに付随する議論で生じる「悪い大人」の話に近い。

冒頭で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」へ不快感を示す人は、その論の内容について考慮されることなく、「無理解大人」のレッテルを貼られることが多い。

加えて言うと、「あなたは恵まれた家庭環境(親ガチャ当たり)だからまれない人の気持ちはわからない」というレッテル貼りを、非常によく見かける。

この論は全く筋が通っておらず、安易社会の分断を加速させる、極めて悪質極まりないものであると私は考える。

何故ならば、「毒親」「親ガチャ否定派の家庭環境についてはどう頑張っても想像の域を出ることはなく、属人的論法でありながら「人」の部分を故意に都合よく歪めているからだ。

このやり口には一欠片ほどの正当性もない。

毒親」「親ガチャ」という言葉好意的な者の家庭環境が、批判的な者よりも劣悪だったという根拠は何一つない。そもそも家庭環境のものに対する評価が極めて多様なベクトルからなされるものであり、単なる比較しづらい。

更に言うならば、「『毒親』『親ガチャ批判派には人の気持ちがわからない」論者は、この点を最大限悪意的に利用し(または思慮深くないためか)、他者の家庭環境ジャッジしている。

ガチャ批判派「自分貧乏だったけど…」→虐待されてないだけマシ

ガチャ批判派「自分虐待されていたけど…」→裕福なだけマシ

といった具合である。彼らは相手によってゴールポストをずらすことで、自分たちが相手よりも恵まれていないことを強調する。繰り返すが、そこに根拠は何一つないのである

先ほど、家庭環境については想像の域を出ない、と記したが、珍しくこの点についてある程度確度がある情報が世に出ているにも関わらず、誤った「ジャッジ」がなされた例もある。

昨年、某男性アイドルが「親ガチャ」という言葉に難色を示した件について、多くのネットユーザーが「お前は恵まれていただけだ」「アイドルになれる時点で親ガチャ当たり」

と、当該のアイドルについて勝手想像を基に批判を行った。

しかし、当該アイドルは幼少時に父親から身体虐待を受けていた事実カミングアウトしており、ニュースにもなっている。

虐待を行い、我が子に恐怖を植え付ける父親を、どういった基準判断すれば「親ガチャ当たり」なのだろうか。全くもって理解に苦しむ。

毒親」「親ガチャ」といった言葉を無条件に肯定する者の中には、勝手想像で同情し、勝手想像批判する、

真の意味他者の心に寄り添うだけの器量を持たない人間が多くいるということが、あの一件だけでも証明されたと言っていいだろう。

家庭環境について想像の域を出ないことは、「毒親」「親ガチャ」を使う人に対しての批判にも当てはまる。だから私は、「毒親、親ガチャは甘え」と、使用者のもの批判するつもりはないのである

ただ、「その言葉が多用され、繰り返し無条件な肯定をされると、社会は少し良くない方向に進む」と考え、非推奨しているに過ぎない。

最後

以上、3点にまとめて私の意見を述べてきた。

おそらく、「こうやって書くお前自身ガチャ当たりなんだろ」と、全く内容を理解しているとは思えないコメントや反応も来るかもしれない。(そもそも誰にも反応されないかもしれない)

属人的な話をしたところで正当性担保されるとは考えていないため、私自身については語る必要はないと思っているが、やや長めの文章を読めない人のために、家庭環境のうち、あまりよろしくなかったと感じている点を一応書くことにする。

私の両親は治療を要するレベルアルコール中毒者で、父は酒を飲むと理不尽に怒るため、家の中で遭遇しないようにしていました。

母は酒を飲むと暴力へのハードルが著しく下がる方だったので、対処に苦労しました。今の関係性は身バレを少しでも防ぎたいので書かないことにします。

今回の文章を通して、それぞれの立場の人に伝えたかたことを簡単にまとめて、締めくくりたいと思う。

・家庭環境に悩む青少年

然るべきところ(学校児童相談所)へ相談しましょう。インターネット愚痴をこぼすことで発散するのも、それはそれでいいと思いますが、

本当に困っているなら、より正確な表現を用いた方が、真剣に聞いてくれる人は多いはずです。あと、悪意ある大人の、わかりやすいけど破綻しているような話には気を付けましょう。

・「毒親」「親ガチャ」が苦手だと言う人へ

その不快感の理由言語化しないと、単なる無理解大人と映ります

深刻な悩みを抱えているかもしれない人へ、心無い言葉を浴びせるのは絶対にやめましょう。

自分経験から、家庭環境に恵まれない青少年心配する人へ

本当に心配なら、言葉不快感を示す人を煽ったり、無条件な肯定をするのでなく、

相談を呼びかける、貧困解決や、虐待防止運動をするNPOなどへの寄付をする(又は呼びかける)など、もっと当事者たちのためになることがあると思います

・ただのバズりたい無責任大人と、自分のような拗らせたい大人再生産したがる人へ

頼むからインターネットやめてくれ。青少年の悩みはお前らの玩具じゃないんだよ。

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