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はてなキーワード: 足立とは

2021-05-04

anond:20210504141021

1200万程度の年収だと

持ち家なら足立葛飾江戸川でも駅近なら普通にたくさん住んでるぞ。

ちょっと広めの戸建てとか買うとすぐに5、6千万いくし。

2021-04-25

anond:20210425034206

コロナ初期に顕在化したけどさ

23区民の民度って都心寄り西側(港、新宿渋谷)が最悪

その次が西/南側郊外(世田谷杉並大田)、北側郊外(練馬、北)、東側郊外区(荒川足立江東葛飾江戸川)、都心寄り東側(中央千代田、文京、台東)と続く

ハイソ感とかじゃなく、他人の指示を聞くかどうかのランキング

2021-04-24

コロナ初期に顕在化したけどさ

23区民の民度って都心寄り西側(港、新宿渋谷)が最悪

その次が西/南側郊外(世田谷杉並大田)、北側郊外(練馬、北)、東側郊外区(荒川足立江東葛飾江戸川)、都心寄り東側(中央千代田、文京、台東)と続く

ハイソ感とかじゃなく、他人の指示を聞くかどうかのランキング

2021-04-11

「5以外のペルソナ全部遊べるハード PSvita」が危機に陥っている

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2103/30/news056.html

要はPSPPS3PSvitaダウンロードソフトDLCが購入できなくなる。これはペルソナシリーズを遊ぶにはかなりの致命傷。「ペルソナシリーズ遊ぶならとりあえずvita買っとけ」が出来なくなってしまうではないか

という訳でストア閉鎖による影響度順でまとめてみたので、気になってるソフトがあるなら今のうちに遊んで欲しい。

※それぞれのソフトレビューは書ききれないためしない。それでも全て令和の世で遊んでも面白いと感じる作品だ。(実際筆者が遊んだのはここ数年)

影響度 激高

ペルソナ2 罪 罰】

発売はPSP。後にダウンロード限定vita移植。「なら最悪PSP物理ソフト買えばいいじゃん」とはならない問題点がある。無料DLCでかなり重要シナリオの補完がされていることだ。(ざっくり話すと前作キャラの3年後の再会とかもう1人の主人公視点ストーリーとか。)

これらは二度と遊べなくなる。遊ぶ予定があるなら今のうちにダウンロードすべき筆頭ソフト

追記

これはリメイク移植版?だから初出はPS

影響度 高

ペルソナ4 ジ・アルティマックス ウルトラスープレックスホールド】

略称だとP4U2PS3発売。

DLCが入手出来なくなると「Episode "Adachi"」が今後一切読むことが出来なくなる。ダークヒーロー足立透を読むなら今のうち。同様にマリー&マーガレットの入手も今後不可。

ペルソナ4 ダンシング・オールナイト】

vita発売。

DLC商…DLCの数がとても多い。足立透・マリー・初音ミクDLC専用キャラクター。

また、DLC追加の楽曲衣装もかなりの数あり、無料追加コンテンツもそこそこある。DLCが入手できないとファンゲーとしての面白さが損なわれるだけでなく、最高難易度楽曲に挑戦できなくなる音ゲーマー的悩みも。

なお、「P5D」「P3D」も同じくvitaから発売しているがこれらはPS4でも同時発売しているため心配はそんなにいらない。

影響度 それなり

【Persona】(女神異聞録ペルソナリメイク)

ペルソナ3 ポータブル

発売はPSP。後にダウンロード限定vita移植DLCとかも無いので最悪PSP版かリメイク元買えばいい。(遊ぶハードル高くなるけど)移植古参ファン的には納得いかない所もあるけど、今から遊ぶ分には全然気にならないか大丈夫大丈夫

影響度 低

ペルソナ4 ザ・ゴールデン】

発売はvita物理ソフトもあるし最近Steam移植も出た。そんなに心配しなくていい。

というわけで、この日を過ぎると遊ぶハードルがかなり高くなるペルソナシリーズがかなり増える。

ペルソナ5だけ遊んで満足した方、

異聞録罪罰を遊んだことがない方(3以降でひとくくりにされてるし雰囲気がガラッと変わる関係で実はかなり多い)、

外伝までは遊んだことがない方、

この機会に是非遊んでみてください。めちゃくちゃおもろいです。

4/28追記

https://www.atlus.co.jp/news/15349/

アトラス公式から声明からvitaPSPコンテンツの購入は出来なくなることが確定した。異聞録罪罰P3Pが買えるのは今だけ!

2021-04-02

ひんやり冷たくてほよほよでたゆんたゆんのおっぱいの話

成人式で、乳を揉ませてくれた同級生地元に戻ってくるらしい。

トイレで書いてたら興奮のあまり長くなりすぎた。全部読んでも大したことは書いてない、すまない。

彼女同級生の中でも結構金持ちの家の子で、長い髪をお嬢様むすび?(アイマス橘ありすみたいな髪型)にして、授業中はメガネをかけていた。学区は近かったけど俺は野球をやってた上に、彼女はたいていデカ外車に乗ったお母さんが送り迎えをしていたからあまり学校帰りに一緒になることはなかった。

彼女とはただの同級生しかなかったから、思い出が特にたくさんあるわけではない。俺が外で遊んでいる時、彼女教室で本を読んでいた。あんまり、関わりはなかったように思う。

4,5年生の時だ。宿題が終わらないで居残りさせられていたら、見かねた彼女が手伝ってくれたことがあった。それから漢字の書き取りが多すぎると愚痴っている俺に「送り仮名が長い言葉を選べば少し楽じゃない?」と言って、例に挙げられていた「原因」ではなく「因みに」と書けばよいと教えてくれた。「ちなみに」という読み方を、この時知ったのを覚えている。

彼女はいから年賀状をくれるようになった。母ちゃんに「あんたにくれるなんて律儀な子だね〜」とからかわれるのが嫌だったけど、流行ってた丸文字じゃなくて大人っぽい字で、俺の名前と何らかのひとことを添えてくれていた年賀状は未だに捨てられない。

中学生になると、男女の溝がくっきりするようになった。彼女優等生の真面目な女子に、俺は野球部のイジラレ役になって、接点はまた少なくなった。たまに話す機会もあったけど、そのうち俺は彼女敬語を使うようになった。彼女は授業中も眼鏡をかけるようになって、髪型ポニーテールになっていた。彼女は県外の進学校に進み、俺は地元工業高校に行った。大学は知らないけど、多分有名なところだと思う。俺は、地元会社就職した。

成人式の日、着物彼女は遠目にしか見られなかった。黒っぽい高そうな着物を着ていたことだけはわかる。乳を揉ませてくれたのはその日の夜だ。俺の地元では、成人式の日の夜に中学校ごとの二次会が開かれる。

彼女ピンク色のドレスみたいなひらひらの服を着てやってきた。小さなブランドバッグを持っていて、やっぱり金持ちは違うな〜といじられていた。俺は誕生日3月から先生がいる2次会で酒は飲ませてもらえない。もう眼鏡をかけてはいない彼女ビールを美味しそうに流し込んでいて、大人になったんだなあと妙な感想を抱いたりした。

先生達が帰って、三次会居酒屋に移動したあと、彼女と話す機会が訪れた。「久しぶり、変わらないね」という彼女いかにも育ちが良さそうな喋り方は変わっていなかったし、俺は相変わらず「うっす」くらいしか言えなかった。隣に座った彼女は顔色1つ変えずお酒を飲んでは笑い、俺にお代わりをねだってコップを差し出してくる。こき使われているような状況もちょっと心地よかったのだが、彼女高校から付き合っているという恋人の話もしていて、ああ、彼女はもう俺の知っている眼鏡女の子ではないんだなと悲しくなったりした。

そうしているうち、不意に彼女がこう言った。「小学校の時、熱出した私にジャンバー貸してくれたでしょ。あれはときめいた」口ではそう言えばそっすね、なんて言ったけど、彼女が俺との思い出を残していることに驚いた。そう言えばどころではない。俺は、早退する彼女が返してくれた上着を着ずに持ち帰って、抜いた。首にあたっていたあたりからほんのり甘いような、新品の教科書のような匂いがしてしばらく置いておきたかったが、母ちゃんに洗われた。

「なあなあ、おっぱい超でかくなってね?」俺が甘酸っぱい思い出に浸っていたら、野球部のツレに耳打ちされた。

かに、昔から彼女巨乳だった。合唱部だった彼女は外で走ったりしないし、学年いちの巨乳だった陸上部女子ランニングする時ゆさゆさ揺れていたのでゆさパイと呼ばれていた)に隠れていたけど、多分学年で2,3番目にでかかったと思う。

ドレス姿の彼女の胸はだいぶ破壊的で、谷間は見えない清楚な感じのデザインにもかかわらず、その大きさは十分わかった。

「ひと揉みさせてやってよ!こいつ、こんなでっかいおっぱい触る機会なんてないと思うからさ」ツレが彼女にそんなことを言ったから、顔がボッと熱くなった。真面目な彼女から無視するか、不潔!とか言われるだろうと思った。なのに、彼女は笑って「こんなのでよかったらどうぞ?」と言って、胸を差し出してぴったりしたドレスの胸元をぺろんと開けた。

俺は取り敢えずいいっすと断ったけど、耐えきれず触ってしまった。酒に酔ってるはずなのに、彼女の胸はひんやり冷たくて、この世で一番柔らかかったと思う。三次会からは酒を飲んでたし、おっぱいの衝撃でその後の記憶ほとんどないけど、ツレの話だと他の男には揉ませていなかったという。女子は数人もんでいたらしい。

彼女は「明日普通に大学なの、辛い」なんていって、明け方まで飲んでそのまま電車に乗って帰って行った。それっきり、もう10年近く会っていない。そんな彼女が、地元に帰ってくるらしい。在宅勤務が増えたから、骨折してリハビリ中のおばあさんのために月の半分はこっちで暮らすのだとおばあさん本人が言っていた、と母ちゃんづてに聞いた。

俺は、ふうん、そうなん、と言ったけど、ほんの少し浮き足立った。別に、好きとか嫌いとかではない。連絡先も知らないんだし、どうということもない。でも、あのひんやりしてほよんと柔らかいあの乳が、俺の地元にあるということが嬉しくなってしまっただけで。反芻しすぎて食傷気味だったあの柔らかさが、また息を吹き返したみたいだ。今夜は思い出して抜こうと思う。

2021-03-10

anond:20210310231941

それも葛飾とか足立じゃ駄目だ。皇居の中に建てなきゃ。

2021-03-08

同じように悩む社会になれという呪い

後輩たちの理想になることは諦めた。

からせめて、少しくらいは続くたくさんの後輩が働きやすくなるように。

今日国際女性デー

本当は、性別なんて関係なく、なるべく多くの人が健やかに生きていける社会になるのが一番だけど、日本というジェンダーギャップが大きい国に生きる女のひとりとして、女性が輝ける社会になりますようにと願いたいと思う。

塩谷舞さんのnote記事を読んで、私も筆を執ってみようと思った。あんな風に前を向ける記事ではないけれど。(リンクのつなぎ方がわからなかったので気になる人は探してみてほしい)

ここ最近、女とか男とか、人生で一番考えている。

小学校の時は、男友達とよく遊んでいた。一番仲良しだった幼馴染は女の子だったけれど、年の近い兄弟がいたせいか、外でフットベースやどろけいに明け暮れていたように思う。リカちゃん人形たまごっちにはあまり興味がなくて、ハイパーヨーヨーミニ四駆は持っていた。そして単純に身体を動かすことが好きだった、そういう小学生だった。

小学校4年生まではスカートが嫌いでズボンばかり履いていたし、つまるところあまり女の子っぽくなかった」のだと思うが(そもそも女の子っぽいとかぽくないとか、そういうのが時代錯誤なのはさておき)、幸か不幸か男の子と仲良くしていても、とやかく言われずに済んだのは幸いだったと思う。男の子と仲良くしている女の子の中には男好きだと陰口を叩かれている子もいたのだが、「まあAちゃんだし」と言われて女子から目の敵にされることはなかった(と、思う)。今になって思えば、女の子たちから「女」と認識されていなかったのだろう。要は、あの子恋愛対象にはならないかOK、ということだ。

中学に入ってもそれはあまり変わらなかった。

お互いを好き合った男女がカップルになったりしていて(同性カップルもいたのかもしれないが、私の耳に入ることはなかった)、仲が良さそうな男女がいれば噂になった。そして私は相も変わらず休み時間は割と男友達と話していた方だったと思うのだが、「Aちゃんだし」という理由特に噂の対象にはならなかった。おかげさまで僻まれることもなかった。

やっぱり、「女」ではなかったのだと思う。そしてそれは私としても自覚している。

そういう環境で育ったので、「男」だとか「女」だとか、そういうものには鈍感というより興味がわかないまま中学3年になり、進学先を決めることになった。私の出身都道府県には、今では珍しい公立の男女別学校があった。こだわりがない故に別学校を選ぶ必要もなかったのだが、当時私を可愛がってくれていた先生が、「あなた絶対女子高が合うと思う」と言ってくれたという単純な理由で、私は女子高を目指すことにした。

結論から言えば、私は本当にあの時にあの女子高を目指した自分を褒めてやりたいと思っている。

ギャルヲタクも皆一緒に学校行事に参加して勉強で競い合って最高の3年間だった。楽しかったというのもあるが、何より変な気を遣う必要がなかったのだ。当時から制服スカートズボンが選べたし、当たり前だが誰と仲良くしていようと噂されることだってなかった。

強くて逞しい人が多かったから、比較して自分の小ささに凹むことはあったけれど、とても刺激を受けたのもまた事実だ。

学校が駄目だと言いたいわけでも、男女別学であるべきだ!と思っているわけでもない。

ただ、あの3年間は間違いなく私の自立心を育てていて、「女だから」は理由にならないし、する必要がないことを学んだ。

日本という国において、絶対に、女子校が担っている役割は大きい。

そういう、とても私にとって意味のあった3年間を過ごし、大好きな分野の学問を学ぶため大学に進学し、こんなにも文理で男女差があるのかと驚いた。

高校では半々とまではいかなくとも、どの学年も大体文系の方が少し多いくらいで、理系女子も多かった。(どうでもいい余談だが私はゴリゴリ文系である自分文系なのでとやかく言えないのだが、何で女子文系が圧倒的に多いんだ?と不思議に思ったものである

入学してから数日、久しぶりに皆で連れ立って食事をし、皆で一緒に次の教室へ移動した。

多分1週間も持たなかった。

一瞬で最初グループからは離れ、ひとりで食堂に向かったら、浮足立つ新入生のグループが多い食堂で、明らかに新入生であろう女子が、ひとりラーメンを啜っていた。

見れば、同じ高校同級生だった。

そうだよなあ、好きにお昼くらい食べるよなあ、と安心し、少し離れたところで同じくラーメンを食べた。彼女とは今でも連絡を取る仲である

女子高を卒業し、大学学部バイト先も女子が大半を占めるコミュニティの中で過ごし、たまたま男女比9:1の会社就職した。

久々どころか人生初の男社会

総合職を選んだ以上、男も女も関係なく業務邁進するのみ!という心意気だったのだが、割と早々にしんどくなって泣いた。ひどいセクハラを受けたわけでも女を捨てることを強要されたわけでもないのだが、「男も女も関係ない」という自分意識と、「圧倒的に男が多い集団の中にいる若い女子」である事実を上手く融合させることが出来なかった。

どうしたって「女」を上手く利用している子の方が可愛がられる。可愛がられたいわけではないが、「女を捨てる」ことも出来なくて(いやしなくていいんだけど)、何とも中途半端位置になり、色んなバランスが崩れて勝手にしんどくなった。

社会の中で女であることに甘えられない・出してはいけないのだというプレッシャーはあるのに、貴重な女子社員として意見を求められるという矛盾した立場にいて、「女」を肯定すればいいのか否定すればいいのかわからなくなっていった。

「女」が主語になるコミュニティで生きていると、自分意識もそれに近づいていくのだと気づいたときが、一番怖かった。

「女は女に厳しい」「女は気まぐれだからやりづらい」「女は甘えればいいと思ってる」「女はすぐ子どもを産むからここから離脱する」「女は…」

前述のとおりあまり「女」としてカウントされない私は、そういう声もよく耳に入った。要は男性がそういう話をしている場面に出くわしやすいし、そういう話題を振られることが多かった。「Aさんは違うけど、」という枕詞を挟んだ上で、「女は…」と語られる。

今でこそ「それ、女じゃなくて〇〇さんでしょ(要は個人の話)」と言えるようになったけれど、しばらくの間は擁護をすれば自分もそう思われるのではないかと思うと怖くて、この手の話題が出た時に否定することが出来なかった。ずっと悔やんでいる。

会社の人が噂をする「女は…」に自分が入ることが怖くて、これは私を少しずつ蝕んでいき、この立場でこの仕事を続けながら「結婚」と「出産」を選ぶことは出来ない、と思うようになってしまった。

性自認は確かに女なのに、自分が女であることを肯定できなくなっていった。

もちろん、活躍している女性だっているし、今の現状に満足出来ている女性がいるのもわかっている。

自分が気にしなければいいのだとも思うけれど、30年生きてきていい加減わかっている。私は他人の声を気にせずいられるタイプではない。

いっそこの業界が嫌いになれたら良かったなと思う。

女性採用も増えたけれど、まだまだ圧倒的に男が多いこの業界を飛び出していけば、もう少し気楽に働けるのかもしれない。

でも、会社のことは変だと思っているし、決して誰もが働きやす会社ではないと思っているけれど、この業界が担っている社会役割だとか、やりがいだとか、そういうのは好きなのだ

から、やっぱり続けたい。

優遇してくれとは思っていない。

ただ、男性と同じところに立たせてほしい。

だってつらい、という声も聞くけれど、男優位に作られた社会で、女と同様男にも悩みがあるだなんてどうして言えるんだ。立っている場所が違うということをわかっているんだろうか。

結婚適齢期で子どもを持つ同期が増えた。「やっぱ子育てもしながらっていうのは大変だよ」と言った彼は、毎日残業していた。彼は優秀な同期で、残業しなければ終わらないような会社の仕組み自体どうなんだとは思っているけれど、彼が毎日残業出来るのは奥さん子どもの面倒を見ているからだ。他人の家庭に口を出すつもりはないし、1人が稼いで1人が家事を行うと決めているのであればそれも良いと思う。

ただ、この状態総合職男性)が圧倒的に多いこの会社で、この人たちと同じようにキャリアを積んでいくには、同じように働くしかないのだ、と思うと、まだまだ社会的に女性が家庭を守るべきという風潮が強い中でそんなことが可能なのか?と絶望する。

キャリア子育ての両立に男だって同じように悩む」と言っていたけれど、本当に同じなんだろうか。

同じだったら何故男女でこんなに差が出るんだろう。

「女は昇進させない」というほどひどい会社ではない。女だってちゃんと昇進できる。ただし、子育てを優先せざるを得なかった人たちの昇進スピードが落ちるから、見渡した時に男女で差があるように見えてしまうのではないかだって男で子育てを優先した人は圧倒的に少ない。子育てを頑張りながら同じように昇進していくことはかなり大変なのではないか。周りを見渡してそう感じ、夜中に大泣きするくらい悩んだ。悩んで、今はとりあえず結婚出産は考えられない、と判断した。

男性も本当に同じように悩むんだろうか。

大多数の男性社員と同じようにキャリアを積めた女性の、独身子どもはいない率に茫然とする。

きっとこの人たちも大変だった。この人たちはもっともっと苦労して、女性活躍できる場を広げてくれた。

ただ、こうでなければたどり着けなかったんだな、と思うと、自分が思い描いていた将来とは違うのだ。

一緒に頑張ろうと言っていた同世代女性が、何人も「もういいかな、仕事は。子ども産んで適当にやっていくよ」と言うようになった。あんなにたくさん将来のことを話したのに、もう話せなくなってしまった。そういう道を選んだ、というよりは、諦めたんだな、と思った。

幸いなことにと言えばいいのか、この会社は「子どもを産んで適当にやっていく」ことも出来る。制度は整っているし、相談すれば配慮もしてもらえる。

子どもを産んで仕事に復帰した女性なんてたくさんいるよ」

そうだ、確かにたくさんいる。でも多分、男性の同期と同じようにキャリアを積んだ人は少ない。

だって私は現時点で、お子さんがいる先輩方を結構な人数追い抜いている。

それでいい、という女性がたくさんいるのもわかっている。でも、それでいい、と思わせるような構造になってしまっていることが、そもそも問題なのではないか

男は、子どもがいようがいまいがほとんどが同じようにキャリアを積んでいくのに。

気が付けば私も、昔の私がその姿を見て茫然とした人たちと同じように、仕事だけを取る方の道に進み始めている。

これだけ家庭と仕事の両立が叫ばれる時代に、家庭を持たずに道を進んでいくことは、きっと後輩たちの光にはなり得ないのだと思う。私が昇進したところで、私が思ったのと同じように「あの人独身だしな…」と感じるんだろう。自分も思ったんだから自業自得なのはわかっているが、なんて地獄だここは。

男性諸君は、諸先輩方を見上げて、「あの人独身だしな…」と思うことがあるのか?女性待遇が上げられないというのなら、いっそ男性も同じように悩む社会になればいい。

そういう呪いにも近い気持ちが渦巻いている。出さないように、細心の注意は払っているけれど。

後輩たちの目標にはなりづらいかもしれないけれど、せめて家庭と両立を頑張ろうとする女性たちが働きやすくなるように、手助けが出来る社員にくらいはなろうと思う。

そもそも平等に働くことさえ出来なかった時代に、女性社会進出の場を切り開いてくれた先人のように、後に続く後輩たちのために粛々と働くのだ。

自分ラッキーなのもわかっている。男性優位な社会で、男が圧倒的に多い会社に、総合職として入れたのだから

それなりに力がある立場になろうと思えばなれる。トップダウンと言われようとも、権力を駆使して変えてやりたい。大企業が変わることは、多分それなりに意味を持つ。

私の心がそれまでに折れなければの話だけど。

日本社会ジェンダーギャップを埋める、ひとつの駒くらいにはなれるように。

なれるかな。

なれたらいいな。

この国に対してくそくらえとも思うけど、たくさんお世話になった人もいるから。

少しでも社会がよくなれば、それが一番の恩返しになると信じている。

2021-02-14

カップル東所沢に来るな

KADOKAWAサクラタウンが来てからというもの観光客東所沢駅周辺に増えた。

東所沢西武線のお膝元にも関わらずギャンブル列車JR武蔵野線が通っており、車両基地があるせいか終点にもなる癖に、ビジホどころかマクドナルドさえない。

ヤオコー内に入っていたモス移転してやっと駅前一休みできる店ができたくらいだ。

KADOKAWAが来てから東所沢はどうも騒々しい。かといって浮足立つ程の楽しさもない。住人の年齢層は高くはないがオタクが少ないからだ。

光るキャラクターマンホール最初はみんなスマホで撮ったりしていたが、慣れた今はどうでもいい。

サクラタウンは千人階段ミュージアムがメインなので子供を遊ばせにくい。本屋絵本コーナーもあまり充実しておらず、グッズが多いので子供は鬼滅買って炭次郎買ってと騒ぐので難しい。有料のマンガ図書館児童図書コーナーはいつもがら空きだ。オープンした直後の寄せ書きにはママ世代らしき字で子供が遊びやすくなるようにとの要望複数あった。

隣の東所沢公園にも人が増えた。ほとんどは地元の住人のようだが以前よりも父母祖父母の大所帯で来ている人が多いようだ。

銀のエイリアンの繭玉のような物が数十個鎮座してカランコロン異音を出しているが、有料の時に入っている人をついぞ見た事がない。あそこは元は急斜面にコンクリ道が這う謎のゾーンで、あまり遊んでいる子供もいないので自分のような陰キャがこっそり秘密基地を作るのに向いていた。

バレンタイン当日の今日、昨夜の地震を受けてヤオコー百均懐中電灯を買い足しに行った。気まぐれで東所沢公園の中を通ると、カップルが何組もいた。

噴水が撤去された中央からヤオコー方面に抜けたが、勝手に駐車していく人が多いからかヤオコー駐車場を通り抜けられないようネットが張られていた。このネット自分サクラタウンの間に張られているような気がした。ネットの張られた駐車場をぐるりと回り込んで歩いた時、少し足首をひねった。

百均の緊急用ホイッスルは売り切れていた。お目当ての光量が強い懐中電灯を買ってポケットに入れた。ヤオコーバレンタインコーナーは値引きされながら半分程撤去され、そこに防災グッズコーナーができていた。

帰り道、東所沢駅に向かうのであろうカップルとすれ違いながらポケットの中の懐中電灯を触った。自分地震に怯えながら今夜この懐中電灯をベッドサイドに置いて寝るだろう。今日すれ違ったあの何組ものカップルたちがどう眠りにつくのかはわからない。

だが、東所沢で、あんなにたくさんのカップルを見たくない。

2021-01-06

anond:20210106165414

学生の頃皆が恋愛に浮き足立つ時期あったと思うけど、そういうのが自然だって意味だと思うよ

人間なら世界のどこでもそうだよ

女性蔑視というかむしろ女性であることを尊重してくれてるよ言い方キツイけど

2020-12-27

先週金曜の多々良川(朝)

水位低い

ダイサギ

割と橋に近いところにたたずんで

寒いから首を縮めてた

フラミンゴは寒さ防止のために片足立ちするらしいがじゃあ他の鳥はしないのか?

こないだみたアオサギも首を縮めてるだけだった

亀池に甲羅干しの亀2

ひとつブロックの上に重なるように居た

オリンピック嫌いなのってそんなにおかしいか

友達と話してて

オリンピック中止じゃなくて延期がいいな。なんでそんなにオリンピック嫌いな人いるの?スポーツ選手気持ちとか考えないかな。」って言ってたんだよね

でも私は正直オリンピックというかスポーツ観戦に興味がないタイプから、あのチャンネル全部特別編成で国民全員が浮き足立ってどの競技も見て当たり前で翌日金メダル取ったね!みたいに騒ぐ空気が苦手なんだよね。

からこそやれないならやらなくていいと思うんだけど周りからしたらすごい少数らしくて毎回ちょっと嫌な気持ちになる。

2020-12-06

大いなる決断には大いなる責任が伴う

最初に書いておくが、これはフィクションだ。たとえ真実に近い部分があっても特定を避けるために変えてある。

金曜日職場忘年会が予定されていた。

こんなご時世に忘年会かよと思われるかもしれない。私もそう思う。人口密度の低い地域ならまだしも、東京のど真ん中で、しか会社現代的なウェブサービスベンチャーだ。このタイミング忘年会を開くなどという選択肢から最も遠いはずの環境だ。でもしょうがなかった。課長が「忘年会やろうと思ってるんだけど、幹事やってくれない?」と私に聞いてきたから。いくら年が近いとはいえ、「いや、いま忘年会ヤバいっしょw」などと返すことはできなかった。

参加者は部内の社員で合計二十人ほど。ベンチャーだけあって年代は多くが三十代前半以下。部長でも四十代前半といったところだ。たとえ感染しても重症になったり、それ以上になることはまずありえない、ということなのだろう。会社方針としても特にこうした大人数の会食を制限するつもりはないようで、社内独自警戒レベル緊急事態宣言の解除以降はずっと最低レベル。十一月の急増を受けてもこれは揺らがなかった。勤務は仕事柄もあって基本テレワーク継続されており、希望すれば出社も可能だ。心配性の私はもちろんそんな狂気じみた希望など出さず、出社するのはどうしても断れないときだけなので月に一二度といったところ。同僚との食事飲み会も辞退し続けてきた。こうしたことができる環境なのは非常に感謝している。

幹事を任された私は、課長に伝えられた条件に合うスケジュールや店をピックアップし、いつものように調整さんで出欠を取って、一番人が集まる日にちを選んだ。課長の条件にはなかったものの、店の絶対条件としては「換気の良いところ」を選んだ。私にできるせいいっぱいの対策はそれくらいしかない。それが忘年会の前週だ。緊急事態宣言が出ればさすがに社内的にも忘年会禁止になるだろうと期待し、あえて直前にした。結果は周知の通りだ。

こんなとき忘年会かよ……とは思いつつも、私はいつもと変わらず幹事仕事を進めた。なんせ、これは業務なのだ課長から忘年会の開催を指示され、それに従っているだけだ。もしそこで感染が広がっても私のせいじゃない。後遺症が出ても私は関係ない。妊娠中の後輩がいた。まもなく結婚式だという同僚もいた。持病のある先輩もいた。老いた親と同居している同僚もいた。彼らはどういうわけか、出欠を取るときすべての日を欠席にしなかった。いやたしかに私が「参加してねー」って書いて出欠取ったよ! でも正直言って、おまえら本当にそれでいいのかと思った。その人たちが感染して、どんな結果になっても、私の責任ではない。もし彼らが私に損害賠償請求しても、私は裁判の席で「課長命令されました」と、感情のないロボットのように答えるだけだろう。これは私の忘年会ではない。だから私の責任ではないのだ。そう思うと、いや実際間違いなくそなのだが、気が楽になった。(とはいえ大学心理学講義で習った電気ショック実験をまったく思い出さなかったといえば嘘になる。)

予定の時刻になり、荷物をまとめた社員エレベーターホールに集まる。こんな時代でも金曜の夜はどこか浮足立つ。だがそこに並ぶ人々がどこか不安げな表情をしているのは私の気のせいだったろうか。

会社ビルを出て、二十人もの大人数で狭い道を駅前へと並んで歩く。通り過ぎる人々には私たちがどう見えていただろう。「こんなとき能天気な奴ら」「ニュースも見ない愚かな若者たち」「根拠のない楽観主義にまみれ、判断力の欠如したバカもの行列」。それは私自身が一番、私たちに叫んでやりたい言葉だった。

増田ちゃ〜ん、今日はありがとね」そんなことを一人で考えながら歩いているとき課長が話しかけてきた。「今年は忘年会やめる会社が多いんだってさ。でもやっぱりこれがないとなんか物足りないよね」

「はあ」私はむしろこういうのは苦手なタイプだ。「私も本当は感染広がってるしどうかなと思ったんですけどね。でも課長がやりたいと言ったので」

「え?」課長が聞いたこともない素っ頓狂な声を上げる。まるで用意していたみたいに。「別にぼくは何も言ってないけど? 増田ちゃん忘年会やりたいって言ったんだよね?」

頭が真っ白になる。私が……言ったのか? いやそんなはずはない。十一月の二人ミーティングとき課長に指示されたから、幹事をやっているだけだ。この全力コミュ障の私が忘年会をやりたいなどと言うはずがない。

課長が私に、幹事をやってくれないかって言ったんですよ。そうですよね?」

「うん、でも増田ちゃんがいいですよって言ったでしょ? だから主催者増田ちゃんじゃない? お店選んだのも、出欠取ったのも増田ちゃんだし。何より幹事だし」おそらく課長もこの忘年会のヤバさについて薄々気付いていたのだろう。いや、最初から承知で私に頼んだのかもしれない。何かあったときに逃げられるように。彼の口からは前もって練り上げられていたようなねじれた論理ほとばしった。「ていうかさ、誰が何言ったかなんてどうでもいいでしょ。せっかくの忘年会なのにカタい話はよそうよ」

「つまり」私は言った。「課長はこの忘年会で何が起きても、責任を取らないということですね?」

課長は驚いたような顔をしたあと、笑いながら「責任ってさあ……忘年会責任って、それギャグ?」と言った。

あたりを見回して部長を見つけると、駆け寄って尋ねた。部長の答えは課長と同じだった。

私は行列の先頭へ走り、みんなに叫んだ。

忘年会は中止にします」

その後の彼らの様子は書きたくない。

みんなを返したあと、部長課長と私は会社に引き返し、短い面談をした。この忘年会の件について私を擁護してくれる人は、その会議室はいなかった。

うちの会社社員に求められている資質に「決断」がある。増田は幼い子供のように、自ら決断することを嫌がり、責任放棄し、多くの人々に迷惑をかけた。そんなことを二人は言った。

それが彼らに見えている、そして他の社員にも見えているだろう私の姿だった。

リスクが低いことに大騒ぎして、迷惑をかけた」。だったらあなたたちが責任を持つと言えばそれで済んだのだ。そんなにリスクが低いというなら、どうして自分責任を持つと言わなかったんだ?

決断しろ」。私は中止という決断をした。それは苦しみに満ちたものだった。でも私にはそれ以上の決断などできなかった。どうしてあなたたちは「よしわかった、おれが責任を持って、開催するという決断をする」と言わず、代わりに「こんなとき責任なんて空気読めないこと言うなよ! それより早く酒飲もうぜWowhooo」などという答え方をしたんだ? 「大いなる決断には大いなる責任が伴う」という言葉を知らないのか。私も知らないが誰かが言っていてもよかったと思うんだ。誰かに言っていてほしかったと思うんだ。責任のない決断が尊ばれる職場出世するのは牟田口みたいな奴だけだ。責任トリクルダウンなんてまっぴらだ。

最初に書いたように、これはフィクションだ。私の人生にはどういうわけかこんなふうに、週末に何をしていても、愚にもつかないフィクションが頭の中を回り続け、どこかに吐き出さずにはいられないことがある。

からこれを読んで「これはもしかしてあの人かな?」「うちの職場かな?」と思ったとしても、それは絶対に違う。

ももしそんなふうに思ったのなら、お願いだからあなた幹事であってもそうでなくても、どうかみんなのいる前で聞いてあげてほしい。

「それって誰の責任でやるんですか?」と。

2020-11-30

百合作品教えて

やがて君になる とか

足立しまむら とか

みたいな感じで人間関係踏み込む感じの作品が好き

百合でなくてもいいよ

2020-11-18

留学断念した記念に書いた

中学二年生の頃に英語先生が話す海外での留学経験文化の違いなど海外旅行にも行ったことのない私にはとても新鮮で魅力的に写りました。

海外在住時に付き合っていた外国人男性ジェントルマンさ、ボリューミーなご飯など田舎者の私にとって特殊経験が羨ましかった。

そこから英語学習が海外の人とたくさん話せるチャンスになると分かり、あっという間に得意教科は英語高校は珍しい国際コース選択できる公立高校に進学。その当時二週間のカナダとの留学プログラムがあり、海外学生ホームステイ先として受け入れることで自分カナダに行けるプログラムしり、もちろんとびついた。母親にねだるも4人兄弟が家にパンパンにいるのに、受け入れる事はできないと拒否そもそも月四万円ほどのバイトでは金銭的にも二週間でさえカナダに行く事は厳しかった。

大学進学を目指すことにしたのは高二の11月あたり。今思えばかなり無理な志望先だったけど、交換留学相手校の学費を払わなくていいという大学だけをしぼり、もう勉強した。結果は第二志望に入学する。第二志望は留学卒業要件であり費用が安い以外何も知らなかった。入学後、なんと半年以上の留学必須と書いてあるサイト鵜呑みにして一年留学できると思い込んでいた私に驚くべき情報。本学部留学半年プログラムです。一年行きたい方は他学部もお応募できる交換留学制度を利用してください。つまり一年留学を全員ができると思い込んでいた私にとって最初の後悔が生まれる。学部が応募できるという事はライバルが増えるからだ。

回生の後期に2020年九月出発のイギリス留学スコアを獲得し合格する。中学からの願いがやっと叶う。

しかし2020年3月日本でもコロナウイルス拡大により、7月に留学延期を言い渡される。というか、パンデミック来年もいけるか保証できません。留学延期か中止どっちにしますかという選択を迫られる。半年留学オンライン留学が進められる。ここまできて引くわけにはいかない。私は延期を希望する。ここで大きな問題コロナが11月になっても収束しない。もし来年留学できない場合、2022年の、つまり5回生の前期(留年生の就活期間)に留学するといういつ就活したら良いのか状態に。将来のことを考えると先が見えない留学生活希望を抱くよりも、就活を優先し経済不況の中で確実に就職先を見つけた方が良いという判断

留学辞退届けをワードダウンロードし、当時の志望理由、辞退理由を書き込む。途中、何度も手が止まるも、今回は選考していただいたにもかかわらず、関係者の皆様にはご迷惑をお掛けする結果となり、申し訳ございませんでした。全部かけた。

この結果は大学選びが間違っていたのか、コロナ流行したときに迅速な対応を取らなかった政府を恨むべきか、高校の時に留学ができない自分経済状況や、計画性の無さ、受験に落ちたこと、努力不足、中流家庭に生まれながら海外留学を望んだ事、奨学金を利子有と無利子の両方をフルで借りている不甲斐なさ、劣等感を感じた毎日、どう頑張っても帰国子女友達には勝てない現実、大多数の友達みたいに卒業するための100万する半年留学パンデミック前にしとくべきだったのか、人生初の留学に浮き足立つ何ヶ月間、留学先では勉強だけに集中したいがためにバイトに明け暮れた日々、留学を中心とした生活オンラインで繋がる大学生活をつまらないものに、全ての選択や行動を間違えからでしょうか。

海外留学のたった一年にそこまでバイトするほど価値はない、留学に行ったからって何か得るわけではない、泣くほど悲しむことではない、コロナ経済的に苦しく食事もまともに取れていない人もいる。すいません。行ったことないので留学価値というか留学がどういうものか語る事すらできません。

ただこの悔しさを忘れる事なく、14から21歳にかけて唯一叶えたかった夢と選択の軸であった留学を諦めることにしました。

2020-11-16

やっとswitchが買えた(あとリングフィットをやった)

switch(本体)が買えた。初期に買いそびれて以来2年近く過ぎて、ようやく買えた。

初期に買い逃した時や、転売ヤーが出始めた頃は、まあ半年もすれば落ち着くだろうと思っていたのだが、まさか2年待つことになるとは。

何度も何度も抽選に落ち、なかば諦め状態にあった私に降ってわいた幸運

ヤマダ電機の人、仕入れ担当の人、運送業の人、ニンテンドーの人、その他かかわった皆様に感謝申し上げます

購入できたのは、とある展覧会のため遠出した日のこと。美術館のすぐそばにヤマダがあったので、帰り道にダメ元で電話をしてみたところ、なんと色を選ばなくていいなら最新モデル在庫があると言う。

転売対策か、電話での取り置きはやっていないようなので、ヤマダ電機に駆けつけてゲームコーナーに向かう。

そこには、地元ではもう何年もお目に書かれていないswitchの交換券がたくさんあった。ついでにswitchを買いたいと思うきっかけになったリングフィットネスもあったのでダミーパッケージを手に取る。

足立ちながらレジに向かうと、先ほど電話をくださった方ですか、とレジのお姉さん。どうやら電話で応対してくださった方のようだ。

そうです、でもまさか本体があるなんて、本当にうれしいです、としどろもどろに返すと、最近在庫回復しつつあるんですよ、と返される。

転売ヤーはあまり来ないのかなと同行者と話していると、来るには来るが、顔を覚えているので店舗側で対策をしているらしい。ありがとうヤマダ電機、おかげで手にすることができました。

レジのお姉さんは本当に丁寧な方で、補償に関する説明アプリダウンロード保証書を補完する袋までサービスでつけていただいた。

FF販促で作られたらしい袋で、会社が違うのでアレですが、とお姉さん。これ、DQ11も一緒に買ってたらネタになったのかしらと思わないでもない。

ハードソフトの方は入る袋がお店になかったので、マイバッグにどうにか詰め込む。

店頭掲示マッサージチェアで溶けている同行者を引っ張って、コメキバッタのように頭を下げながら退店した。


家に帰り、switchの箱を開ける。ゲームでもなんでも、箱を開けて内容物を確認するこの時が一番楽しい

switch本体は、思っていたより小さかった。欠品がないのを確認したら電源を入れ、設定を済ませていく。


いよいよリングフィット開封リングコンを押し引きしてみるが、なかなか力が要りそうだ。

カセット差し込む場所が一瞬わからなくて戸惑いつつもなんとか起動し、ジョイコンの設定にうつる

動きやすさを考えて短パンで始めたのだが、ももバンド運動中にわりとずり下がるので、太ももゴリラ人間は滑りにくい素材の長ズボンはいたほうがいいと思う。

押し込む力は、全力で挑んで68。強いのか弱いのかよくわからないが、これが今後の基準になるようなので、もう少し弱くしていた方がよかったかもしれない。

上半身のみ鍛えて下半身がおろそかになっているのをチキンレッグと揶揄するが、その逆で下半身は岩石のごとくキレキレなのに上半身は贅肉の塊である私は、決定ボタン代わりにジョイコンを押し込む操作連続で死んだ。

運動負荷は23からスタート。1,2面は特に困ることもなく、スクワット椅子ポーズの大腿筋コンボで敵を蹂躙していく。

リングフィット以前から日常的に200回ほどスクワットをしているので、太ももだけならMAX負荷でもよかったかもしれない。オラッ退散ッと念じながらスクワットを繰り返すのもなかなか面白い


ドラコ戦にて、初めてバンザイプッシュを選択。上にも書いたが上半身虚弱な私はここで死ぬ上半身ストレッチパワーがたまっていくのを感じながら、早くお死にと念じまくる。部位別に負荷の度合いが選べたらなあと思いながら、既定の回数を終える。

腹筋ガードののち、今度はニートチェスト選択。腹筋は足ほどではないがまあまあ鍛えているので、やすやすニートチェストでとどめを刺す(刺せない)。不穏なセリフを残して去っていくドラコ背中を見送る。


心拍数を計測したところ、リングにまだまだ余裕があると言われ、負荷は27に。そのまま2面に進んでみると、なんか技の回数が増えている!

運動負荷は、運動のものの内容ではなく回数の方に影響するらしい。スクワット椅子ポーズは多少増えてもなんてことはないが、バンザイプッシュは無理。死ぬ

それととにかく上半身雑魚なので、宝箱やジャンプがなかなか難しい。上半身を重点的に鍛えねばなと痛いほど理解する。

走るとすぐにバンドが落ちてしまうので、移動時の足踏みはスクワットにするかなあなどと思いながらストレッチを終え、牛乳ささみタンパク質摂取

あらためて、こんなすごいゲームを作ってくれたニンテンドー様、在庫転売ヤーから守ってくださったお店の人たち、流通に尽力してくださった運送業の人たちに感謝のシシースクワットを捧げます本当にありがとうございました

2020-10-04

夢日記

世間は新たな不老不死可能性に沸き立っていた。

正確には不老不死ではない。

しかし、確実に、今までより遥か未来経験することが出来る可能性が高まっていた。

アメリカとある研究施設が、20名の成人男女の、10日間の冷凍保存に成功した。

このニュース世界中の注目の的となり、世界中寝ても覚めてもそのニュース一色だった。

研究施設には「私も」「俺も」という冷凍体験希望者の声が殺到し、研究施設側も更なるサンプルを収集する為、定期的に世界中から20名ずつの体験者」を募る様になった。

条件は「健康な成人」。同行者1人まで参加可能

世界中の物好き達がその企画に飛びつき、応募し、倍率は宝くじに当たるよりも高くなっていた。

まさか当たるわけないだろうけど」

「でももし当たったのなら体験してみたい」

そんな軽い好奇心から、私は、共にノリノリだった妹を同行者として、その企画に応募した。

日経ったある日、ぼんやりと見覚えのあるアドレスから、一通の英語メールが届いた。

うそ…いたずらよね??」

世界中で同様のメール詐欺が多発していたし、まさか自分当選するなんて。

オフィシャルサイトを開き、慎重に送信アドレスをチェックした後、本文を開いた。

本文サイトにあるリンクドメインも、オフィシャルサイトにある記述も、念入りに確認した。

「本物だ……」

google翻訳を駆使しながら、血眼になって内容を確認した。

内容は至ってシンプルだった。

2021年11月〇日~2021年11月〇日までの10日間、あなた方は冷凍保存体験を受ける権利を獲得しました。

権利を得る為には、いくつかの条件があります

・当施設体験した事に関し、一切の口外を禁じます違反した場合、1億ドル違反金を頂きます

・当体験で発生した事象について、当研究施設は一切の責任を負いかます。全て自己責任でご参加ください。

・当研究施設までの交通費は、全て自己負担となります

・集合時刻に遅れた場合、当体験には参加できません。

また、この権利はいつでも放棄する事が出来ます

なお、当体験必要最低人数を確保する為、本案内は余裕を持った人数へ送信しております

体験者は先着順で決定させて頂いております。ご了承ください。

この短い文章を何度か反芻した後、私は妹にLINEを送った。

今日、話がある」

「え、まじ!?すごくない!?一年後か。結構後だね」

それが妹の第一声だった。

「まぁ、準備とか色々あるだろし」

そう答える私の言葉を遮って、妹が畳みかける。

「返事した?」

「や、まだ」

「はよせいや!他の人に取られるじゃん!」

「まじか」

「いや、何の為に応募したと思ってんの!?はよせいや!」

「そうだね。『いつでも放棄できる』て書いてあるし、とりあえず確保しとこ」

私は半ば勢いで「同意します」をクリックしていた。

それから私たちは浮足立ったものだった。

世紀の大実験体験。初めてのアメリカ

心配性の母は間違いなく泣きながら(そしてブチ切れながら)反対するので、絶対に言えない。

10日間、いや、飛行機での往復を考えるともう少し、仕事も休まなければならない。

飛行機の往復チケットも取らなければならないし、聞いたこともない田舎にある研究施設までのルート確認しなければならない。

「せっかくアメリカ行くんなら観光とかしたかったよね。でも休み取るの限界だしな」

「まぁ、それ以上のすごい体験をする訳だし!」

「てかさ、アメリカまで行って寝てるだけって、冷静に考えたらうけない?」

「まじそれ」

職場に何て言う?」

「私は適当理由つけて有給申請する」

「げー、姉ちゃん会社ユルくていいな。どうしよ。どんな手を使ってでも休むけど」

「お母さんになんて言う?」

「なんて言おうか…」

「…………」

あれこれ画策しているうちに、一年ちょっとはあっと言う間に過ぎた。

初日冷凍保存され、起きたら帰るだけ。

なので、私達は一泊旅行程度の、冗談みたいに少ない手荷物を持って飛行機に乗った。

「結局お母さんに言えなかったね。どうする?」

「たった10日だし。『LINE調子悪かった』とかで乗り切ろ」

「うん…無理あるけど、どんだけ考えてもいい言い訳みつからなかったしね」

「起きて考えよ!起きてから!ねーちゃん考え過ぎなんだよ」

妹はとにかく世紀の体験を楽しみそうにしていて、

心配性の私は、どんどん余計な事を考える様になっていた。

「当研究施設は一切の責任を負いかますって、でもまぁバンジーでもこういうのあるしな」

生還した、ってだけで、体験者全員健康だとは言ってないよな…いやでも何かヤバイ事があったらこんな実験続いてないでしょ」

「口外したら1億ドル…でもまぁ、うちの会社コンプラ厳しいし普通かな…」

疑惑正当化をうろうろしているうちに、飛行機アメリカに到着した。

事前に入念に調べていたので、乗り継ぎを重ね、研究施設へはスムーズに到着した。

集合時間は午前7時。

研究者の方々から挨拶、改めて体験内容と契約内容確認、体調チェック。

そして、契約書へのサイン

体験前には栄養を蓄える為の豪華な食事でも与えられるのかと思いきや、排泄の関係もあるらしく、この日は何も食べさせてもらえなかった。

妹と「クッソ、出る前ちゃんと食べておけばよかった!」「クマ冬眠前に食べ込むのは一体何なの」と軽口をたたき合った。

「では皆様、防護服に着替えてください」

研究員の指示通り、なんだかよくわからない服に着替え、そのままついて行った。

道中、妹はずっとテンション高めにキャッキャとはしゃいでいた。

私は緊張で震えていた。

「ここが先ほどご説明した冷凍室です。皆様は、この中で専用のカプセルに入って眠って頂きます

みなさまは、ねむっていただきますかー。

研究員の人、一人でも体験した事ある人居るのかな。

いや、今まで報道された人達、全員一般人だったよな。

眼科医絶対レーシック手術しないって原理と一緒じゃね??

色々考えていると、冷凍室の扉が轟音と共に開いた。

から、顔を真っ青にした大人達が、ガタガタ震えながら、研究員らしき人々に支えられ、ゾロゾロと出て来た。

「前回の体験者の皆様です。おかえりなさい!」

研究員達は、張り付いた様な笑顔拍手を送っていた。

これから体験する参加者人達も、英雄を見る様な目で見つめ、共に拍手を送っていた。

え、おかしいでしょ。

あの状態人間に、拍手おかしいでしょ。

つか、これ私の体力じゃ絶対無理でしょ。死ぬでしょ。

こわい、どうしよう、こわい。

でも、多分これはいもの考え過ぎだ。私の悪い癖だ。

こんな貴重な体験が出来るんだから、余計なことは考えたらだめだ。

現に、あの人たちは生きて還って来てたし!

「では皆様、中へご案内致します」

研究員がそう言った瞬間、私は研究員の腕を掴み、言った。

すみません、辞退します」

妹は既ににこにこ顔で冷凍室の中に入ってしまった。

承知しました。ではあなたはここで。お気をつけてお帰りください」

もっと怒られるかと思ったのに、研究員は驚く程スムーズに、笑顔で私を解放してくれた。

というか、切り捨てた。

妹も引き戻そうと中に向かって妹の名前を叫んだ。

すると、先ほどの笑顔のまま、研究員は私の前に立ちはだかり、同じ台詞を繰り返した。

あなたはここで。お気をつけてお帰りください」

冷凍室の扉は、閉じた。

なすぎる荷物を抱え、私は研究室敷地を後にした。

何もない。ここがどこかもよく分かっていない。おなかもすいたし、ひどく疲れた

何より、妹をどうしよう。お母さんに何て言おう。

妹は無事に出て来てくれるよね?

10日間、どうしよう。

宿は?ここから一番近い街は?こんな時間にどうすれば?

着替えもほとんどない。とにかくきつい。

妹は大丈夫だよね?

10日間どうすれば…

思考が延々ループして、不安で泣いているうちに目が覚めた。

夢で本当に良かった。

汗びっしょりだった。服脱いだ。

冷凍されてなかった。よかった。

2020-08-31

ニチレイのフード自販機の思い出

ニチレイのフード自販機がそう遠くない将来にサービスを終了するかもしれない、という記事を読んだ。

ニチレイのフード自販機終了」という文字に、昔のことを思い出したので書く。

中学生になって数ヶ月した頃、父親の勤める会社倒産した。

ただでさえ裕福でなかった家庭(市営住宅に住み、両親共働きで、年1回の家族旅行なんていうものもなかった)で、それはかなりの衝撃だった。

だけど、落ちるときはとことん落ちる。

職を探す、と言っていた父親は職にありつく前にストレスや不摂生から持病をこじらせ、入院した。

ただでさえ苦しい生活費さらに上乗せされた入院費に文字通り頭を抱える母親は、精神的に強くはなく、度々そのストレスを私に向けるようになった。

家に家族といるのがしんどくて仕方ない。家族が揃う毎晩がまるでお通夜のような、そんな思春期の1年間だった。

そんな時に限ってテレビセレブブームで、誰ともなく番組を消し、誰も笑わなくなっていた。

父のお見舞いに週2〜3度、学校が終わってから行く。

制服のまま、田舎で一番大きな市民病院に。

市街地から一山超えたところに建て直されたばかりの病院は、その頃綺麗で、田舎には見たことがない洒落ものがたくさんあったように思う。

その中に、ニチレイのフード自販機があった。

最上階(といっても、たかだか4〜5F程度)の休憩室に、飲み物自販機と同じように並んでいた。

はじめてみたとき、ワクワクしたのを覚えている。

日に日に、家庭環境金銭から余裕がなくなって冷たくひどくなっていった。

父のお見舞いのついでに、時折、ひとり制服のまま、

もう20時を超えると電気が落とされる休憩室で

ブーンという低い自販機たちの稼働音に囲まれて食べた焼きおにぎりたこ焼きのあたたかさを

15年くらいの時を経て今日思い出した。

暗く湿った毎日にあって、唯一、少し浮き足立った気持ちにさせてくれたニチレイのフード自販機

きみは、同い年だったんだね。

まだあの病院のあそこにいるんだろうか。

何も喋らなかったけれど、あのひどく惨めな毎日のなかで確かに私の味方だった。

ありがとう

2020-08-09

第一章「自分感情すら他人の作り上げたものを借用するような世界

この寄る辺のない世界

何もかもバーチャルな、手応えのない、砂糖菓子のような、現実感のない、コミュニケーション不全の世界で、我々は希薄リアリティに苦しんでいる

仮想架空舞台の上で、我々は自分感情すら他人の作り上げたものを借用し、あたか自分のものかのように錯覚する

何もかも本物ではない、偽物ばかりの世界で、それでも本当の感情を、真実動機を、確かなる自分を実感したい

明日世界が終われば良い

明日、大切な人が最終兵器になれば良い

今、この世界コロナウイルスによって、道端に死が転がっているのが見えるようになった

元々、死はそこにあった?そんな筈はない

もし、死がもう少し近くにあり、この社会漂白されていないのであれば、私の真綿のような苦しみはもう少し鮮烈さを確かなものにしていた筈なのだ

そして、今この時でさえ現実不全に苦しまないですんだ筈なのだ

そう、すぐ隣まで死の香りが漂っている、今この瞬間ですら、本当の感情を覚えることができないでいるのだ

世界と今私が生きている現実が全くリアリティをもって繋がってこない、この不全

地に足のつかないのであれば、浮き足立つくらいなら、いっそのこと現実が見えるまで堕落し、生きて、そしてまた墜ちていきたい

自己破壊行為自傷行為は寄辺を探す旅である

人は、足場のない天国よりも、例え地獄だとしても足場のある所を望むのである

その日に生きることに精一杯になりたい

「被膜越しのような手応えの現実」を終えたい

どこまで進めば自己一致なのか分からないこの世界を終わらせたい

目の眩むような生々しい現実から帰還した人々は、必ず自分世界という碇をこの世に垂らし、自己一致をしてこの現実を塗り替え切り裂いていく

その輝かしさに、我々は常に惹かれるのである

第二章へ続く

2020-08-05

anond:20200804084007

お前みたいなやつがいから何も知らずに足立新小岩を選んでしまうやつが出てくるんだ

2020-08-03

anond:20200803124946

Sランク大って概念Fランすぎて好き

富裕層っぽい設定なのに大阪に行ったことなかったり、それなのに葛飾とか足立雰囲気に詳しかったり

大阪の女は浪花節になるわな」ってオジサンめいた語感といいガバガバすぎw

2020-07-24

岩手1号

今日は県外ナンバーの車をよく見る日だった

感染者数が激増の東京意識にあるせいだろうか 足立ナンバー品川ナンバーがやたらと目にささる (イタイッ!!

2週間後には岩手1号のニュース流れるだろうなー、と自然に思った連休のひととき

2020-07-23

食事中にテレビを見るのが嫌いになった

最近食事中のテレビが嫌になって仕方ない。

特にニュースとなれば、恨み辛みをテレビにぶつける。

実家食事していて、ニュースコロナ話題が出るたびに、

「これから不景気になるぞ」

贅沢は敵だ

「(フリーランスの)仕事あるのか?」

とか父ちゃん、母ちゃん、婆ちゃんが言い始める。

雑談なのはわかるし、「そうだねー」って適当に聞き流してるけど。

内心、

毎日それでナイーブで「死にたい」って思いが脳裏を過ぎる生活をしてるんだよ。

何とかしなきゃいけないって浮き足立っている心を押さえながら今ある仕事を取り組んでるんだから一々話題にするなよ。

毎回毎回、ネガティブな事を言わないと気が済まないのか。

って思ってしまものの、そんな事を喚き散らしてもかえって周りを心配させてしまう。

それもこれも、自分家族を持てるくらい甲斐性がないのがダメなんだ。

嫌な思いばかり募っていく。

2020-07-18

anond:20200718044752

いやいや足立区に住み続けるというドMプレイデフォなので

その足立民は珍しい

あだちく はじゅかちぃ とはならん

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