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2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170619170031

こんなに偉そうなクソコテを久々に見た

流石左巻きだけあって、尊大な態度が染み付いている

自己主張したいなら個人ブログでやれよなマジで

2017-06-18

個人ブログSNSでくらい雑語りしてもいいじゃないか

個人インターネット上につぶやいた戯言にまともさを求めるほうが間違い

検証されてない仮説を吐き出してアイデアの肥やしにしてブレストするくらいは認めてほしい

2017-06-16

BUMP OF CHICKENの好きな曲

BUMP OF CHICKENというバンドがある。chikenではない。このバンドファンだったおかげで、中学生の頃の英単語テストスペルを正しく覚えることができた。そういう意味では学業に貢献しているバンドであると言える。

俺は中学の時にCD貸してくれたやつがいて、そっからハマっていった。

そっからまあ色々あって、車校でたまたま知り合った奴らとBUMPのコピバン作ったりして、ライブハウスで歌ったりもした。すまん嘘だ。俺はドラムだったから唄は歌ってない。ライブハウスでポコチャカやったりしていた。

もちろん、ライブにも行った。ファンから「チャマ」って呼ばれてるベースの人(直井さん)がいるんだが、ずっとピョンピョン跳ねてんの。ずっと跳ねてて演奏できるんだから、やっぱプロすげーなとか思った。あと同じドラムスとして、ドラムの升って人に注目してたんだけど、MCとかでも全然しゃべらなかった。無口なのか。

で、ライブ行ったりすると分かるんだが、BUMPって熱狂的なファンメチャクチャ多い。他のバンドライブにも何度か行ったし、他のバンドにもそりゃあ熱狂的なファンはいるんだろうけど、BUMPはちょっと多すぎだろってぐらい多い。俺が行ったライブ会場では、終わった後に「フジくん(※ボーカルの藤原さん)の声がきけたよぉ~」「藤君ありがとう~」とか言って泣いてるやつメッチャ多いの。泣くとかじゃなくて号泣。こう言っちゃ何だが、宗教の信者ってこんな感じなんだろうなって思った。その後ネットで「ファンが痛いと思うバンド」堂々の1位を取ったという事実を知り、さすがの俺もちょっと泣いた。・・・ウソである。涙なんか見せないんだから!

(※現在はさすがに挙がってないと思う。調べてないが。当時は他にRADとかエルレとかの名前もあった。両方好きだった俺はさらに泣いた。)

まぁだから、ネット上とかで宗教戦争かってぐらい荒れてるのよ。もう完全に荒野ですよ荒野。「ヒャッハー!」とか言ってモヒカンが新参のファンから種もみを強奪とかしてんの。なんだよそれ世紀末救世主伝説かよ。藤君はケンシロウかよ。でも聖飢魔IIサイコーだよな。お前も蝋人形にしてやろうか!

いやもちろん良識のあるファンが多いって事は知ってる。黙々と子供たちの為に井戸を掘ってるババアみたいな聖人も多い。嘘つけお前、お前のようなババアいるか。違ったそっちは聖人じゃなかった。ラオウの手下だった。井戸掘ってるのはトヨだった。バット最後だ、母さんと呼んでやれ・・・。母さ~~~~ん!!(号泣

まぁ読んでもらってだいたい分かってもらえたと思うが、良識のあるファンは多い。

そんな中、迂闊に「BUMP OF CHICKENの好きな曲」なんてものをネットに書こうものなら、火薬庫火遊びしてるほうがまだ安全である。それどこのバルカン半島だよ。第一次世界大戦勃発かよ。

俺がもし「BUMP OF CHICKENの好きな曲」なんて凶弾をサラエボ事件よろしくネットにブチかますと、世界大戦は起こらないかも知れないが、即座に「はい開示」→「自宅本名特定」→「コラ素材化」→「一生ネットで晒し上げ」のKRSW弁護士コンボをキメられる事はほぼ確実であり、それを避ける為にもBUMPファンは皆一様に口をつぐみ、例えBUMPファン同士の交流の場であったとしても、暗黙の了解のうちに「BUMP OF CHICKENの好きな曲って何?」等という愚かな問いかけはしない。そんな問いかけをした途端に、指をパチンと鳴らし「そいつオフパコの為だけに参加したエセ野郎だ、連れていけ」と、部屋の外に引きずり出される光景を俺は何度も見てきた。ああはなりたくない。・・・ウソである。俺も何度か引きずり出された。

そんなこんなで、全国に数多存在しているであろうBUMPファンは、息を潜めつつ各地に潜伏している。

諸君!BUMPを心から愛する良識あるファン諸君!諸君らはそんな事でいいのか!!真に良識あるもの、優良たるものが虐げられ、悪逆非道の限りを尽くす浅薄な似非BUMPファン気取りが跋扈する、そんな世界でいいのか!!!

否!!断じてであるッ!!優良が蟄居し、劣等が跋扈するこの世界は、剛毅果断、改革されねばならない!!彼ら劣等は、諸君ら優良による支配でのみ安息の日々を得れると言う事実に、気付かなければならないッ!

奴ら蒙昧な愚民共が自ら気付くことができないというのであれば、我々優良の手をもってして、奴らの蒙を啓いてやらねばならないッ!!(唾を飛ばしながら)

・・・ああ、こうやって扇動する奴がいるから、世界は戦争になるんだなあ、と一瞬だけ考えた。三歩歩いたら忘れた。歩きながらこれ書いてる。・・・ウソである。実際には家でダラダラしながら書いてる。


それにつけても、BUMPの話がしたい。BUMPの好きな曲とか好きな理由とかを思いっきり書きなぐって、

「お前こんなの好きなのかよ!分かってねーな!」

「じゃあお前はどんな曲が好きなんだよ!」

「俺が好きなのは・・・ハイブリッドレインボウ』かな」

「pillowsのカバーじゃねえか」

「違いますぅー、ミスチルカヴァーですぅ~。ってか君、『カヴァー』の発音悪いね」

とかやりたい。でも個人を特定されるのは避けたい。あとカバーの発音とかどうでもいい。日本に20年以上住んでる米国人の知人は、日本語で会話するときは日本人と同じ発音で話してた。俺が「外人ってさ、日本語で話す時にもっとガイジンっぽく発音しないの?トマトをトメーイトゥ、とか、タマゴをタメーイゴゥ、とか」って言ったら、怪訝そうな顔で、「タマゴは日本語でしょ?」って言われた過去を思い出した。・・・ウソである。出典はネットコピペで、俺の実体験じゃない。


・・・と言う訳で、俺の「BUMP OF CHICKENの好きな曲」を書いていく。理由も書く。ランク形式にしたほうが「なんで〇〇が10位なんだよ!ふざけんなよ!」等とより世紀末っぽくなるかなとヨコシマな考えが浮かんだりもしたが、途中まで考えてやめた。漫画とかゲームとか映画とか、よく個人ブログで「本当に面白い、私のオススメする漫画ベスト100ランキング!」とかやってるけど、71位と72位の差がどこにあったのかが気になって夜も眠れなくなった事があったので、ああいうのは本当に止めて欲しい。あとこういうアフィリエイトが目的なだけの互助会クソブログGoogleランキング上位にあがってくるのが本当に害悪でしかないし、そういうブログエントリに限って中身が薄い。サジェストも汚染されるし、あれで得するのって金儲けしてるクソ互助会連中だけじゃねえか。こっちはただ単純に面白い作品知りたいだけなんだよ。あと順位は固定なのかよ。変動しないのかよ。年月とか気分とかでそんなもんいくらでも変わるだろ。互助会連中もブクマで「参考になりました!」とか「いつも素晴らしい記事ですね!」とか、お前らそれしか言えねえのかよ。せめて「〇〇好きなら、ランキングにはないですが△△もオススメですよ!」ぐらい書いとけよ。amazonのアフィリンクでも添えてくれればゴミ度合いが増して尚良し。


BUMPは隠し曲も含めてほぼ全部好きなので、現在音源がリリースされてる全ての曲の好きなところとかを書いても良かったんだが、冒頭の「俺とBUMP」にちょっと行数を使ってしまったので、5曲ほど書き連ねたい。




■リトルブレイバー

BUMP OF CHICKENというバンドインディーズレーベルデビューした際のアルバム、「FLAME VEIN」の中の1曲。

映画や音楽業界では、よく「デビュー作品には、すべてが詰まっている」と言われる。完全に首肯する訳ではないが、何かのきっかけがあってファンになったアーティストの作品群を聴いていくと、「これいいな」って曲がデビューCD収録の曲って事はまれに良くある。

バンドでも映画でも漫画でも、「表現手段として自分にはこれしかないから、これで発表した」っていうのはあるんじゃないだろうか。別に「カネ!名誉!オンナ!」が動機でも作品が良い物であれば一向に構わないのだが、特に若い頃って「なんだかよく分からんがとにかく俺はこんな感じのなんか俺的にスゲェイケてる何かをやりたい!!」みたいな、思春期特有のモヤモヤとかがあるじゃん

で、行動力があるやつはモヤモヤしてるだけじゃなくて、実際に行動する。液タブ買ってきてpixivに絵をアップしたり、大学の映研に入って自主制作でなんだかよくわからん作品を撮ったり、楽器もできやしないのにバンドを組んだりする。そんな感じだから、初期のころの作品にはその人の「やりたいこと」が詰まっている、という理論は分からなくもない。

BUMPも御多聞に漏れずそんな感じだ。今リトルブレイバーを聞くと、最近の楽曲と比べて演奏技術面での拙さが目立つ。だが、そんな事はお構いなしに、BUMPの、メンバーの、藤原の、「俺の曲を聴いてくれ!」って感じが伝わってくる。後発の「グロリアスレボリューション」あたりの楽曲でもそうだが、原始的と言うかなんと言うか・・・。英語だと"primitive"って単語が一番しっくりくるが、聴いていてとても心地良い。




リリィ

インディーズ2枚目のアルバムTHE LIVING DEAD」の中の1曲。

BUMP藤原の書く歌詞は各方面から好評を多々得ている。(ちなみに、BUMPの楽曲はほぼ全て藤原が作詞作曲している)曰く、山田かまちの再来だとか、叙事詩であるとか。ミスチル桜井さんも、「メンバーに入れて欲しいぐらい好きだ」と公言している。

BUMPの曲(歌詞)には、「モノガタリ的」なものがいくつかある。ストーリーラインのようなものがあって、登場人物的なものがあって、結末がある。「モノガタリ的」なBUMPの曲で一番有名なのは「K」という曲だろうか。Youtube等で、有志の作成した動画を見た事がある方も多いのではなかろうか。公式では「カルマ」という曲は人形劇としてリリースされているが、こちらもモノガタリ的な曲として挙がることが多い。くそっ、それにしてもニコル見つからねえ・・・

そういった点から、「叙事詩的」と言われることも多いBUMPの楽曲の中で、俺がオススメしたいのが「リリィ」だ。

ストーリーラインはこうだ。バンドボーカルっぽい男と、その彼女らしき女性の話。男には色々と苦悩があるようだ。

これが藤原自身の話かどうかは知らない。

続きは歌詞を見ながら聴いてもらえばいいとして、この曲の中で俺が良いなと思っている点は、「歌詞が荒い」「言わない」の2つである

まず「歌詞が荒い」点。「出てこい!ウソツキめ!」とか、「ブチまけた」とか、最近のBUMPの楽曲ではなかなかお目にかかれない荒々しい歌詞が並ぶ。これが男の苦悩している様子が伝わってきて良い。もっと言ってしまうと、伝わりすぎて辛い。対する女性側に関係する歌詞が終始穏やかなのも対比としてより一層深く伝わってくる。

もうひとつの「言わない」点は複数ある。例として歌詞をいくつかあげるが、JASRACさんお願いですから個人の特定とか使用料請求とかやめてください。何でもしますから!

膨れたポケット 裏返すとホラ 出てくる弱音の数 一日分想像つくかい?

「実際に弱音という物質がポケットに入っている事態は想定し難い」とか、そういう部分はどうでもいい。「お前に俺のポッケに入ってる一日分の弱音の数が想像つくか?」という問いは、「弱音が多い」という事である。だが、「弱音が多い」とは言っていない。まあ比喩表現のある歌詞なぞ世界にゴマンとあるだろうが、藤原の書く歌詞は、(特に叙事詩的な楽曲において)絶妙なシラブル数と相まって、いわゆる「世界観の構築」に一役買っている。

強がりの裏のウソを 放った ブチまけた

終電を告げる放送 慌てて掛けて行く人 右手に君の左手 もう放さなきゃ

「ブチまけた」後、場面がいきなり「終電を告げる放送」になる。その間に何があったのかは言わない。

思うに、日本語と言う言語は表現力に優れている。同じような事でも、微妙な差で違う表現にする。おそらく皆は普段は気にしてないだろうが、「見る」という表現だけでも、「見つめる」「眺める」「観る」「見上げる」「見渡す」「見通す」など多岐にわたる。こと表現力という方面において、日本語に比肩する言語はそうないだろう。

藤原の歌詞からは、そんな日本語表現力を存分に味わえる。




■Stage of the ground

メジャーデビュー1作目のアルバムjupiter」の中の1曲。

一般の人に「BUMPと言えば」と問うと、「天体観測」という答えが多く返ってくるかと思うが、当時は「天体観測」で爆発的ヒットを飛ばしインディーズバンドが移籍し、メジャーデビュー後に満を持して放つ渾身の1枚!って感じだった。・・・らしい。

「らしい」というのは、当時の俺はBUMPどころか音楽を全然聞いてなくて、ずっとポケモンばっかやってたからである。この話は熱心なBUMPファンから聞いた話なので、当時の「世間一般の」空気感としては間違ってるかも知れない。でも、そんな俺でも一応「天体観測」という曲があって、英会話講師並みにオーイエーアーハンって言いまくっているというのは知っていた。一応補足しておくと、「天体観測」もjupiterの中に入っている。

BUMPの選ぶ言葉には「jupiter」「天体観測」「COSMONAUT」「プラネタリウム」「orbital period」等、宇宙的な・・・もう少し正確に言えば、「宙的な」用語が多く並ぶ。ここまでアピールしておいて宇宙が嫌いという事はないと思うが、「Stage of the ground」をそう言った視点で聴くと、なかなかに味わい深い。

この曲は藤原の友人に子供が生まれて、その記念か何かで作ったらしい。自分がその子供だったらメッチャ嬉しいが。

それはともかくとして、宇宙である。「夜空の応援席」「あの月も あの星も」など、宙を想起させる歌詞が詰まっている。「那由多に広がる宇宙」とあるが、那由多というのは万とか億とかの「数の単位」の一種である。他には「恒河沙」「無量大数」とかもある。「1那由多」で、1の右に50個だか60個ぐらいゼロがついてるぐらい大きな数字、それが那由多なのだが、一説によると、こういった数字の単位は古代の人々が「星の数を数える」為に用いた、という説がある。

友人のエピソードや、那由多という単位の事などを思いながら聴くと、なんだか自分が宙に浮かんで地球を見下ろしているような、そんな不思議な気分になれる。もちろん、そんなエピソードを知らなくても、藤原の優しさと言うか、応援している気持ちと言うか、よくある表現で言えば、「聴いていて元気になれる」曲。




Hello,world!

「そういえばシングル曲全然紹介してないな」と思ったので。あと昔の曲が多いんで、最近の曲の中からという事で1曲。

シングル曲だが、「Butterflies」というアルバムにも収録されている。最近放送された「血界戦線」というアニメOPテーマとして放送されていたので、聴いた事のある方も多いのではないだろうか。

さて、皆さんは「Hello world」を知っているだろうか。「何言ってんだコイツおかしいんじゃねえのかBUMPの曲だろ?」と思われるかもしれないが、とある業界において、この言葉は特別な意味を持つ。それは、プログラム業界である

本職のPGやcoderの方々からは「何だよプログラム業界って。そんなのねーよ」と言われるかもしれないが、まあとりあえず聞いてほしい。プログラム言語というのは本当に数が多くて、「プログラムを書いてご飯を食べている人」でも、仕事で書くのは2言語か3言語ぐらいである。就職時の面接で「10言語書けます!」という奴は信用してはいけない。雇った後にクソみたいなコードを書いた挙句CVSをグッチャグチャにしてある日突然遁走するのがオチだ。雇ってはいけない(戒め)

だが、仕事ではなく、趣味でいくつかの言語を使って書いているという人もたくさんいる。逆に仕事上に必要に迫られて、新しい言語を習得するハメになる人もいる。Swiftとかの比較的新しい言語なんかは当然そうなるケースも多い。まぁプログラム言語を習得する動機は人それぞれなのだが、覚えたてのプログラム言語を使って一番最初にやる事が、「Hello worldである。嘘ではない。詳しくは以下を見ていただきたい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Hello_world

ともあれ、「Hello world」には意味がある。それはつまり「『世界』に初めて降り立ったものが発する言葉」である。あのビルゲイツも、twitterアカウント開設時の第一声は"Hellow world."だった。それほどに歴史伝統ある言葉であり、作法なのだ

ここでBUMPの「Hello, world!」を改めて聴いてみる。

ご自分だけがヒーロー 世界の真ん中で 終わるまで出ずっぱり ステージの上

どうしよう 空っぽのフリもできない

さあ目を開けて 君は強い人

その目が見たから すべては生まれた

世界は終わる。だが、また新しく生まれる世界もある。いくらでも生まれてくるのだ。よく自殺報道が取り上げられたりしているが、とても悲しい。自殺なんてせずに、そんな世界は終わらせてしまえばいいのだ。「世界を終わらせる」手段は自殺なんかでは断じてない。

世界をはじめよう。そして、その新しい世界で、高らかに叫ぼう「ハローワールド!」と。

藤原は特にそんな事を意識してないだろうが、俺はこの曲を聴いてると本当に勇気が出てくる。




■バトルクライ

もう5曲目かよ。早いよ。まだまだ書き足りねえよ。あと20曲は書かせろよ。って言うか、ここまで読んでくれてる人ってあんまりいないような気がしてきた。あまり長くなると読むほうもダルいだろうし、もし他に書く時があれば、そん時は別の増田で書くわ。

とりあえず5曲目を紹介する。これは記念すべきBUMPのデビューCD「LAMP」の中に収録されていたのだが、LAMPが廃盤となった為、急遽「FLAME VEIN」を「FLAME VEIN+1」と改題し、バトルクライを追加したという話がある。そのせいかどうかは知らないが、歌詞カード歌詞がない。何も知らない人からすれば「???」となること請け合いである。(歌詞はCDトレイの下に書かれている)

デビュー作なので、「リトルブレイバー」で触れた通り、演奏技術に関してはかなり未熟である。だがBUMPにとってそれはマイナスではない。粗削りだが「バトル」であり、「クライ」なのだ

この曲も叙事詩である。「自分に嘘をついたが、その嘘が本当になったんでまだ頑張って歌ってる」奴が出てくる。藤原本人かどうかは知らない。仮にそうだったとしても、インタビューでは「いや、あれは別に・・・フィクションとして聴いて頂ければ」とか言うだろう。俺ならそうする。

ともあれ、まだ頑張っているその男は、戦っている。何と戦っているのかは知らない。そして叫んでいる。

ずっと強がってんだ 強がって またウソついて

ひとつのウソにさえ縋る僕の そのウソが 誓いに変わる

BUMPの唄には「応援するスタンスの曲」が割とある。「才悩人応援歌」というド直球の題名の曲などもある事にはあるが、だいたいは「応援している」という明確な意思表示はしていない。先ほどの「才悩人応援歌だって歌詞中には「応援」という単語は出てこない。

藤原の書く歌詞世界は、概ね「俺はやってるぞ、さあ、お前はどうなんだ」的な、言葉で語らず背中で語る的な世界観の楽曲が多い。歌詞がある時点で「言葉で語ってしまっている」のだが、明確な意図・意志は常にボカしている印象だ。「バトルクライ」では、そんな藤原の「藤原節」とでも言うべきケレン味が存分に味わえる。

実は、冒頭に書いた「中学の頃に友達が貸してくれたCD」がFLAME VEIN+1だった。当時は音楽なんかに全然興味がなくて、どっちかって言うとポケモンばっかやっていた思い出しかない。そんな俺に「絶対ハマるから!いい曲だから!!」と執拗にすすめてきた級友を当時は大変疎んだものである。今では素晴らしいバンドを紹介してくれてありがとうという感謝しかない。

当時は全く興味もなかったし、聴く気もサラサラなかったのだが、諸事情があって結局俺は家にCDを持ち帰って聴くことになった。中学当時の俺が聞いても下手である。「あいつ、こんなバンドすすめてきやがって・・・こいつらの何がいいんだ?」とポケモンやりながら思っていたが、「バトルクライ」を初めて耳にした時、頭を撃ち抜かれたかのかと思った。

俺はGBAの電源をすぐに切った。セーブしてなかった。まあ厳選中だったんでどうでもいい。とにかくこの曲だ。この曲はヤバい。人の頭を平気で撃ち抜く危険物だ。

危険物として「セックスドラッグ、ロケンロール」の3つがよく挙がるが、なるほどよく理解できる。この曲はROCKだ。俺は未だ「ロックとは何ぞや?」という問いに回答できる自信はないが、これだけは断言して言える。

BUMP OF CHICKENの「バトルクライ」、この曲は、ロックだ。

そういう事情もあって、俺の中で「バトルクライ」はちょっと特別なところに位置している。勇気が欲しいとき、悲しいとき、気分を切り替えたいとき、ヒマなとき、ノリノリになりたいとき、戦いに赴くとき、誓いのとき、大事な時。

俺はいつもバトルクライを聴いてきた。ただそれだけの、まあだいたいそんな感じの曲である























































◆(隠し曲)星のアルペジオ

BUMP OF CHICKENの出すCDには、恒例として「隠し曲」という概念がある。

CDプレーヤーだと色々複雑な手順な必要らしいが、iTunes世代からするとあまり意味はない。(ただ、無音部分が50分ほどあるせいで曲の長さが異常に長いケースがあったり、ダミートラックが大量に生成されたりするので、知識のある方はmp3やAACの無音部分はカットしたり、ダミーを除去したほうがいいだろう。)そんな隠し曲の中から1曲。シングル車輪の唄」の中に隠されている。

隠し曲は、普段のBUMPの楽曲と比較した場合、全体的にネタ的な要素が多い。メンバーも(ちょっと違う方向に)ノリノリでやっている。ライブではほぼ演奏されないが、「DANNY」という隠し曲だけはまれに演奏されることもある。

この曲はクリスマスソングなのだが、恋愛要素はない。というか、この曲の主人公である「ある男(BUMPメンバーの誰かだという噂がある)」は、12月24日に自宅でクリスマスパーティーの準備をしているのだが、呼んでいた人が誰も来ずに、一人待ちぼうけている様子を歌っている。巨人の星アニメで似たような展開があるが、その時の星飛雄馬は机をひっくり返し、準備していたケースをグシャグシャにして泣き崩れていた。この曲の「ある男」がその後どうなったかが気になる人は、是非各自で音源を聴いてみて欲しい。

メンバーの実体験を基にしているのかどうかは定かではないが、妙に感情がこもっていて涙無くしては聞けない1曲となっている。繰り返すが、BUMP OF CHICKENギター担当の増川さんとかは一切関係ないので、奇妙な詮索はしないように。

2017-05-30

最近互助会が多すぎるので

個人ブログぽいタイトルがついているホットエントリ記事ブクマページですら開く気もしない

サイト名がついてない増田っぽいやつのほうが開く気になる

2017-05-29

pixiv論文問題の落としどころを考える

公表された(と見なすべき)作品自由に利用できるかどうか、そして作者に不快感情を抱かせる利用形態についてどう対処すべきか、実用的な面から考えてみたい。

pixiv論文日本文学研究者引用について語ってみる

http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2017/05/28/130000

上記の記事では、「公開」「半公開」というカテゴリを作り、後者の「ネット上にあって、閲覧資格制御することによって、公開のあり方に制限がかかっている」場合には配慮必要だとしているけど、ポイントはそこではなく、「個人コンテンツ作成者が公開状態自由制御できる」という点ではないだろうか。「公開」「非公開」を自由制御できるというウェブサイトのあり方は、学術世界の中ではあまり想定されていなかったことで、現時点で有効対処が出来ているとはいいがたい。

例えば、

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

NHKウェブ版の記事引用するときとか、政治家の人のホームページ引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログ引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているか批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURL必須だし閲覧日も載せるべきです。

これは至極真っ当だし大抵のガイドラインにもそう書かれていると思うけど、Wikipediaみたいに過去の版にアクセス可能ウェブサイトでもない限り(=ほとんどのウェブサイトにとっては)、意味が無い。過去にどういう情報掲載されていたとか実質的には検証不可能からね(魚拓を取って魚拓URLを載せるとか、著作権法的に大丈夫なんだろうか)。個人個人責任において公開するコンテンツにおいては、「気持ち次第」で公開を取りやめてしまうケースだって考えられるわけでしょ(もちろん企業ウェブサイトにおいても考えられるが、ここでは取り扱わない)。だから研究使用することによって「非公開」(=利用不可)とならないように許可を取るべきではないだろうか。

このような考えは、例えば「腐女子にとって二次創作小説著作者人格と切り離せない云々」という説明よりは遥かに納得しやすいと思う。(もちろん、腐女子に限らず(今回のケースでも全ての作品BLではなかったように)個々の作者の事情理解する/理解してもらうことは必要かもしれないけど、納得してもらうのにはかなりハードルが高い。)そして、今後想定されうるであろう、「Webで公開された二次創作小説文学的研究対象としてガチ研究する」ケースにも対処できるんじゃないだろうか。

ちなみにだけど、「ものごとをうまくまわすための配慮」なんてのは古典に限らず近代でも現代でもやってる。遠巻きに「研究」するのなら著作者を怒らせようが何しようが構わないんだろうけど、例えば著作者や遺族から作品の成立にまつわる資料を得ようとする場合、彼らとうまくやっていく必要があるわけなんだよね。

ただし難しいのは、「私の配慮」が「相手にとっての無礼」と受け止められるケースがあるわけで・・・。そうなってしまった場合、「配慮してますよね!」「この無礼者が!」と延々と殴り合わないようにじっくり話し合ってくださいね(無理な場合もありますけどね(体験談))

2017-05-28

最近ネットの声を気にしすぎ感ある

最近って毎日のように炎上記事を見る

多すぎじゃない?って何度も思うほど


昔って愚痴ってるのは個人ブログとか2chくらいだったしそんなに広まらなかった

それに「2chでなんか言ってる」くらいで相手にすらされてなかった気がする


それが Twitter とかだとムダに広まって社会問題みたいなことになってる

本心相手したくないと思いつつ、悪いイメージ持たれないよう謝罪やら公開停止やらしてるのが多いと思うけど一々相手しなくていいと思う

声の大きい人がクレーム出してるだけで、何も言わないそのた大勢の人は問題ないと思ってる

クレーマー相手をしてたらきりないよ?


あいつらはクレームつけることが生き甲斐なんだからから次へと炎上させてるだけ

炎上してる系の広めてるのや元を調べたら同じような人ばっかりが関わってるんじゃないかと思うほど


たまにはクレームを完全無視して「気に入らないなら見なくていいです(買わなくていいです)」とか言ってくれるところを期待してる

2017-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

よっす、AI分野のひとです。

今回の分野がどうだったか知らないけど、私が見てきた分野だと使ったものは閲覧日も添えてURL載せるべきだと思う。閲覧日は今回みたいに作者が引っ込めたら困るじゃん。困るっていうか、本だったら第何版みたいな話。あと他の人が"オラもやってみっぺ"ってなったら元データ必要じゃん。

これ、その通りです。どういう場合はその通りかっていうと、その記事それ自体意味がある場合です。

たとえば、NHKウェブ版の記事引用するときとか、政治家の人のホームページ引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログ引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているか批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURL必須だし閲覧日も載せるべきです。

元の論文読めてないか的外れだったらごめんやけど、迷惑メールフィルタみたいな感じで、八百屋ホームページバナナはセーフで、チンポの隠喩としてのバナナフィルタリングするAIを作りたい、という研究においては、

【「何らかの入力」→AIによるフィルタ処理→「何らかの出力」】

の一連の流れの精度を上げたいわけだ。なので、「何らかの入力」(今回で言うPixivの小説)は固定化したいし、後続のために公開したい、というのは間違ってない気がするぞ。元の論文読めてないか的外れだったらごめんやけど。

2017-05-25

二次創作小説研究目的引用することは研究倫理に反するか

結論:場合による

https://togetter.com/li/1113766

https://matome.naver.jp/odai/2149564479015738601

この辺見てると、「そうだよね」というものと「いやいやおかしいでしょ」というものがどちらもある。批判している人の中には文系の慣行に詳しくない人もいるようなので、しがない文系出身者が「文系だとだいたいこんな感じ」というのを提示してみる(「お前の感覚おかしいよ」という指摘があれば教えてください)

「分析に用いている時点でこれは引用ではない」みたいなやつがおかしな意見の代表。いやいや、分析対象として使うのも立派な引用ですから

たとえば、「私が好きな○○さんの二次創作小説はマジ文学なので文学作品として研究対象にします」だったら、それがマイピク限定とかでなく全体公開されている限り無断で引用して差し支えない(他人の机の中にしまわれている黒歴史ノートを無断で引用するのは当然のことながら違法です)。10年前に20部だけ頒布された同人誌に載っている内容でも引用してよいし、「バナナ」とか「前立腺」とかいう単語も容赦なく引っ張ってきてこの表現の含意はとかここで使われている暗喩法はとか分析していい。

文学研究ってそういうものなんで。たとえばナボコフの研究では、英語版ロシア語版を照らし合わせて登場人物の名前がどんなふうに変更されていてそれにはどういう意味が込められているかとかそういう細かな点を論ずる研究というのも実際あるし、そういう研究対象としての引用というのはまったく問題がない。作者に許可を取る必要もない。

それが本当に研究する価値のある文学作品であり、文学研究としての作法を踏まえているのなら、ラノベだろうが官能小説だろうが二次創作だろうが分析対象にしていい。異世界転生で俺TUEEEEEEであってもそこに文学として研究されるに値する何かがあるならガンガン引用することが許される。文学研究であるなら著者名と出典を明記することは研究倫理上むしろ必要不可欠だし、仮にそれで元の投稿者がマイピク限定にしちゃったりしても、このケースならそこまで研究倫理的に問題はない(と、私は判断する)。

現状、それをやっている人がほぼ絶無なのは

という理由であって、やっちゃいけないなんてことはない。二次創作書きから直木賞作家とかに登り詰めて死後に全集が作られるような身分になったら生前に書いたピコ手二次創作小説が掘り起こされて「若き日の習作」として分析対象になってしまうのも甘んじて受けよう。

しかし、問題は、これ文学研究じゃないですよね、という話で、テキストにあらわれる語の頻度を分析してフィルタリング機能に活かそうとかそういう研究だとまた違う話になる。たとえば「夏目漱石作品中における接続詞使用頻度」みたいな研究なら著者を明かすことに意味はあるけれど、この場合はそうじゃない。まあ一般的な語の用法の分析じゃないからコーパス使えないことはわかるけど、「有害な表現フィルタリングのため」という目的で用法を研究するなら研究対象の具体的なURLと作者名は伏せた方がいいだろうし(これがまだせめて「“尊い”という語の用法」みたいに価値判断を加えていなければよかったかもしれないけど)、そもそも個々の作品のURLを列挙できる段階でちゃんとした研究とはいえないんじゃないんですかねふつうそういう研究なら、「○○新聞のデータベースで××年分の記事検索して調べました」とか「pixivデイリーランキング上位20作品平成××年△月から△月まで○ヶ月にわたって調査しました」みたいなデータになるはずで、分析対象が10作品だけって段階でサンプル少なすぎるでしょ。いやもちろんサンプルが少ないから悪いというわけではないけど(談話分析とかならたった30分程度のTV番組を分析するだけで論文1本書けるだろうし)、フィルタリング情報工学的に考えるならまずサンプルたくさん集めないと話にならないというか……

pixivの規約に引用禁止と書かれている!」という主張はなんとも微妙だ。「は? それpixivの内輪ルールだろ? 著作権法上は自由なんだよ!」というカウンターも見られるが、そう簡単な話でもないと思う。

一般論として、引用は著作権法で保護されているので、それが適正な引用である限り(主従関係とか出典の明示とかそういうことね)自由に引用してよい。なので「無断引用禁止」と書かれている痛いサイトも自由に引用して叩いてよい、ことになっている。そういう意味では、「支部の規約より著作権法の方が偉いに決まってんだろボケ」派の言うことは正しい(実際、著作権的にはこれ問題ないとみなされる可能性が高いのではと思うが、法学クラスタの皆さんその辺どうなんでしょうか)。

しかし、ここで問題になってくるのは

ということだ。

それを読んでいるということは、検索で行き当たった作品を引用しているのではなくpixivアカウントを取得してログインしそれらを読んでいるということだ。ということは、利用者としてpixiv規約を守る必要があるのではないか。少なくとも、利用しているサービスの規約に反して収集した情報を引用するのは、研究倫理に反するのではないか。

※追記:pixivの規約見たら「本サイト及び関連サイトアップロードされている投稿作品の情報を、当該著作者(創作者)の同意なくして転載する行為」が禁止なのね。じゃあ、別に引用はしてもいいんじゃん。少なくともこの点で研究倫理がどうこう言うのは不当な非難だと思うので謝罪の上撤回します。

たとえそれが個人的な談話であっても、社会学文化人類学では引用してよい。「○○村の女性Aさん(45)が私に語って聞かせた結婚生活の愚痴」なんてのも、これらの分野では立派な研究対象だろう。ただしその場合、事前に「私はこの村に社会学文化人類学の調査で来ているので、皆さんの発言を研究に使います」と断る必要がある(増田にはフィールドワーク経験はないので、実際にどんなふうに許可を取るのかは知らない)。たとえそのような許可を取って滞在している村の住人の発言であっても、「これは絶対に論文に載せないでね」と言われたのに論文で引用したら、そらアウトだろうと思う。

だいいち仮に許可を取ってのことだとしても、社会学文化人類学の研究なら普通発言者をボカす社会運動指導者とかでもない限り、現代社会に生きる無名人の名前をそのまま載せるなんてありえない。ふつうは、AさんBさんとか、長門さん(仮名)と陸奥さん(仮名)みたいに処理した上で引用するの。

仮にそれが著名人であったとしても、使っちゃいけない、使うべきでない類の資料というのもある。たとえばちょっと前に、毎年ノーベル賞獲れなかったと騒ぎになる某作家さんの高校時代図書館での貸し出し記録を調べてドヤ顔記事にしてた新聞があったけど、と、図書館の自由に関する宣言~~~~~ってなりますよね(実際日本図書館協会激おこだった)。

これが歴史学だとまた話が違ってくるというか、たとえば、百年前の新聞の投書欄を分析して当時の世情を研究するみたいな研究は割とある。その投書欄に書いているのは農民だとか小役人だとか、まあ市井の人々なわけだけど、投書欄に実名を載せているなら実名ごと引用され分析される(ていうかふつう実名をそのまま引用することはないけど、「○○という人物は次のように言っている」と地の文で書かれるとか、注釈で書誌情報の一部として実名が記されるとかはよくあること)。

ただし、これは「百年前の」「新聞への投書」だから許される話だ。書いた本人はたいてい死んでるし、遺族がいたとしてもたいして不利益はない。これがたとえば、公開を意図せずに書かれたお役所の文書だったらどうだろう(近代史でメインに使う史料というのはたいていこれだ)。もちろん、単に「○○という市民食糧配給が少なすぎると文句を言ってきた」程度の内容なら実名を出してもいいだろうと思う。でも、それが故人の名誉を傷つける内容だったら? 徴兵された普通の人々がどのようにして戦争犯罪に加担していくか、という研究で、某中二病患者に人気の国の国防軍関係の史料が引用された時には、登場人物の多くがイニシャルだった。

インターネットにおけるレイシズム、みたいな研究で、twitterの膨大な投稿を分析し発言者を特定しない形で差別発言の例を挙げることは許されているけど、それが実際のアカウントと紐付けられる形で提示されたら、やっぱまずいんじゃないの。研究対象著名人であるとかなら別だけど(twitter右寄りの発言ばっかりしてるラノベ作家がいたとしたら、その人の思想を研究する上でそういうツイートを参考資料として引っ張ってくるのはまあアリだとは思う)、研究というのは告発のためのルポルタージュでも責任追及のための裁判でもないのだからレイシズムに無批判であるべきだ、という意味ではないので念のため)。

それを考えると、やっぱりあそこで個々の作者さんの名前を出す正当性は全然ない。出典の明示にしても、「○○というサイトで××年~××年にかけて上位20位に入った計△△作品を分析しました」でじゅうぶん。その上で個々の発言者が特定されない形で「バナナ」という語の使われ方を存分に研究すればよかった。

何が言いたいかというと、確かにあの論文は研究倫理に反するけど、それは同人小説研究対象として引用することがいけないからではないので、批判する側も適切な論拠を選んだ方がいいですよ、というお話でした。

追記

何でこんなもんを載せたんだ、査読してないのか、という意見もあるけど、してないか名前だけのザル査読なんじゃないかなあ。これ、フルペーパーではなくて学会発表プロシーディングでしょ? 情報系は知らんけど、人文系だと学会発表で査読しないところもまだまだ多いですよ(内容が酷ければ質疑応答でボコボコにするか論文投稿時に査読で落とせばいい話なので口頭発表時点で査読が無いことは別に悪いとは思わない)。まあ、PDFとして載せちゃった以上は責任問われるのも仕方ないと思うけどね。最低限そこは査読なかったとしても編集委員会判断とかで弾こうぜ。

あとこれ多分M1の学生の研究に助教と准教授が名を連ねてるだけだとは思うのだが、まあ共著者として名前連ねてる以上は責任を負うってことなんだろうし、実際M1の学生が袋叩きになるよりも准教授が叩かれる方がマトモだとは思うので、うん。

さらに追記

社会調査するならこれ読んどけ! 的なものとしてマサキチトセさんの翻訳拡散されてる。

http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1758

マサキチトセさんの訳は丁寧だし、社会調査しようと思うなら必要だと思うけど、これこの件に関係ないよね? ごっちゃにしてない?

  • リンク先で言われている「社会調査」の例
  • 今回の調査は「ネット上に公開された小説の分析」
    • なので仮にあてはめるとするなら「図書館に行ってLGBT団体機関誌を調べてどんな人がどんなことを書いているか分析する」に相当する
      • 普通、そういう調査をするに際して、当該団体の許可は要りません(その団体の会員にしか配られなかったので、その団体が所有する図書館でしか読めません、というなら別だけど)。当たり前だよ、侵襲性がないんだもん。今回のは、その文献調査で知り得た情報をどのように扱うべきだったかという話でしょ。何度も言うけど発表された二次創作を無断で分析するのは原理的にはやっていいんですよ
  • なのでこれは、医学や文化人類学社会学フィールドワークとは根本的には違う話です
    • それらの学問では、患者さんや調査対象の人たちに時間を割いてもらって、必要とあらば彼らの社会に住み込むことによって、個人情報も含めたデータを提供してもらいます。侵襲性が高いというのはそういうことです。それらの学問では調査すること自体が彼らに迷惑をかけてしまうことになるんです。だからちゃんと事前に許可を取ったりしないといけない。でも、インターネットで公開された文章検索したり、図書館で雑誌を探したりするだけなら、調査対象迷惑はかかりません。だから調査対象にいちいち許可を取る必要なんてありません。ただ、それによってセンシティヴな情報が得られることもあるし、それは研究発表のときに注意しないといけない、という話

もいっちょ追記

いちおう言っておくと、

  • 法的に問題があるか
  • 研究倫理として問題があるか
  • 研究として優れているか
  • ムカつくか

ってこれ全部別の話だからね。

私はこの論文にほんとムカついてる。めちゃくちゃすごい論文ならともかく、こんなゴミ発表のために何人もの小説書きさんが作品非公開にしちゃったりしたんでしょ。それでもって研究という営みや研究者への不信感を増大させている。オタクとしても研究をかじった者としてもほんとふざけんなという話だけど、それは無断引用で違法だからじゃないよね、って話。批判者たちが無断引用だ何だと言わず、なんだよこのクソ論文的外れな「分析」してんじゃねーよ上から目線でムカつくんだよ死ねよ、という主張で攻めていたら私は喜々として石を投げる側に加わっていたけどね。万死に値する大罪人でも間違った罪状で処刑されるのはやっぱり駄目だよ。

正直、腐女子研究者研究者コミュニティに不信を持つのは当然だと思うし、それは腐女子面白いオモチャとしか見てこなかった研究者サイドの自業自得なので、「法的に問題がないことはわかったけど、あいつらのやっていることは信用できない」と思うのは無理ないです。その感情否定したいわけじゃない。ただその感情の根拠としてぼくのかんがえたちょさくけんほうとかわたしのかんがえたけんきゅうりんりとかを振りかざさないでほしいだけ。正しい認識の上に立ったところで研究者に対する信頼が急に生まれるなんてことあるわけないんだし。

ぶこめに応答

id:p_papua

研究で「引用」というと文献リストに載せるやつなので,今回の件では研究用語的には「引用」では無いんじゃないかなあ。法的には分からない。pdfは全発表のを出してるんだから,いちいち弾いてらんないでしょ。

文系では文献リストは必ずしも必須ではないのよね(この辺、理系からすると何それかもしれないけど)。たとえば文献情報を全部脚注で書いちゃうやつだと文献リストはなくてもいい(だって書誌情報、つまり引用元の出典は脚注で示しているんだから論文の最後リストとして挙げる必要はないでしょう? もちろん脚注にきちんと文献情報載せない場合は文献リスト必要ですよ)。あと、参考文献リストにない文献を引用するときに注で補ってもいい。

これ日本だけのローカルルールじゃなくて英語圏でもあるからね。たとえばNationalism and Ethnic Politicsなんかはこの方式のはず。

いちいち弾いてらんない、ってのは、せやな。こんな発表が許されるなんて学会の研究倫理おかしい! とか騒いでる人もいて頭が痛いよね。アホか。

id:catsnail

こうして燃えてる時点で侵襲性があるということになるのでは。「衆目に晒された→恥ずかしい→公開をやめる」が「過剰反応」だとしてもそのせいで研究対象は消えてしまったわけで。

ここで言ってる「侵襲性」ってのは、研究発表以降の話じゃなくて研究をする段階の話です。つまりデータを採る段階。

医者さんだったら、患者さんを診察室に呼びつけて、服を脱がせて、相手が医者じゃなければ屈辱的な姿勢(ケツの穴を見せるとかね)をとらせたりして病気を診察して、それで病気や怪我のデータを採るわけですよね。社会学だったら、時間を割いてアンケートに答えてもらったり、面談してもらったりする。文化人類学なら、調査地に住み込んで、同じメシを食って家族の会話に割り込みながら相手の文化を学んでいく。そういう研究手法が、侵襲性のある、侵襲性の高い研究だってことです。

こういう研究をするときには調査される側の同意必要だし、データをどこまで公開していいか決める権限は調査される側が持っている、というのが、あちこちで訳知り顔で語られている社会調査の鉄則です。

でも、文献調査はそうじゃない。いったん公開してしまった情報であれば、それを調べる段階では調査される側=文章を書いた人にとっては基本的に関係のない話。だってそうでしょう? いったん公開された情報については、研究者は、本屋さんで本を買ったり、図書館で雑誌のバックナンバーをあさったり、パソコンの前でマウスポチポチするだけなんですよ? これにいちいち事前の同意が要るという主張はどう考えてもおかしいわけで。

id:nt46

医学論文でもカルテ調査するなら患者本人には(直接的には)迷惑からず、それを氏名つけて公表したあとに患者本人に影響出る可能性が出てくるわけで"根本的に違う"というのがよくわからん

カルテって、出版されたり、数万人の会員がいるSNSにアップロードされたりしてるんですか? 根本的に違うってのはそういうことです。当たり前ですけど、二次創作小説でも「作者が誰にも見せずにしまっているもの」「数人の親しい友人以外には見せていないもの」を引用するには許可が必要だし、無断で引用したら大問題ですよ。

id:drunkghost

会員制で見たい人だけが見られるようにしてある物を引っ張り出してきても許される、引用や研究ってそんなに万能なんです…?

少なくとも引用は万能です。数人の仲間だけにパスワード教えて見せてたならともかく、捨てアドがあれば誰でも会員になれて、数万人規模の会員がいるところに、会員なら誰でも見られる状態で置いてあるものは、著作権法上公開されたものと考えていいと思います。なのでそれが適正な引用方式に従っていれば引用はオッケー、お国の法律が認めてくれてます。やったね!

(ていうかその理屈だと、お金払わないと読めない学術雑誌に掲載された論文は無断で引用しちゃいけないことになりますけど、それでいいんですかね……? NatureとかCellもウカツに引用できない世の中、やばくね?)

研究はこれから議論されていくところなんじゃないかな。少なくとも昔は、書かれたものというのは「書店や図書館に流通し誰でも読める状態に置かれる」か「私家版としてごく少数の人のあいだで流通するか机の引き出しで死蔵される」の二択だったわけですよ。「数万人の会員がいるサイトで公開されてるけど一般公開はしてません」なんて状況、想像もしてなかったでしょ。この辺は今後頭を悩ますしかない。そういうめんどくさいのが嫌な人は歴史学とか古典文学とか考古学とか関係者が軒並み死んでる学問をやりましょう。

id:ajtpyomkptm

二次創作研究対象になるなんて前例がなく誰もそんな想定をして書いてない。これは前例がないことだということを頭に入れていきなり研究の場に引き釣り出されて心の準備が追い付かない人の気持ちも憂慮してほしい。

前例はあります。

今手元にないんで間違ってたら申し訳ないんですが、2004年に男性向け作品での美少女表象を研究した本が二見書房から出ていて、バッチリ同人誌も引用されてたような。手元に確実にあるやつで確認すると、2009年に創刊されたコンテンツ研究系の学術誌に載ってる尾道の聖地巡礼史を論じた研究では、聖地巡礼同人誌が引用されてます。探せば同人誌を引用した研究はもっと出てくるんじゃないかな。コンテンツ研究だと痛絵馬の分析とかもやってるし、そこまでおかし事態じゃないです。この辺の学術動向知ってれば「前例がない」なんて発想こそ出てこないですよ。何を今更。

まあ、素人さんがそういう学術動向知っとけ、って無茶ですよね。でも、これでわかったと思うけど、学術って開かれているけれど閉じられた世界なんです。興味のないことには誰も目を向けない。同人誌も同じです。女性向けの島中に置かれてるマイナーCPの薄い本なんて、理屈の上ではコミケ来場者全員に買う機会があるけど実際に買うのはごくごく一握りでしょ? はっきり言って今回の論文だって似たような位置づけなわけですよ。知らない場に引きずり出されて不愉快に思うのはよくわかるし、同情もしますけど。

あとこれ言うと揚げ足取りなっちゃうんであまり言いたくないんですけど、『アララギ』とか『白樺』だって同人誌だし(ていうかあっちが元祖)、そういう意味での同人誌ってたくさん研究で参照されてるし、CiNiiで「同人誌」で検索かけたら戦時中の誰も読んでないようなマイナー文芸同人誌を詳しく紹介するみたいな論文がヒットするわけですよ。同人作品から引用しちゃいけないとか研究の場に引きずり出してはいけないって言われても、それどこの星のルール? っていう感じがします。明治文学研究とかルール違反百貨店や~。

増田にも応答

http://anond.hatelabo.jp/20170526110709

今回の分野がどうだったか知らないけど、私が見てきた分野だと使ったものは閲覧日も添えてURL載せるべきだと思う。閲覧日は今回みたいに作者が引っ込めたら困るじゃん。困るっていうか、本だったら第何版みたいな話。あと他の人が"オラもやってみっぺ"ってなったら元データ必要じゃん。

これ、その通りです。どういう場合はその通りかっていうと、その記事それ自体に意味がある場合です。

たとえば、NHKウェブ版の記事を引用するときとか、政治家の人のホームページを引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログを引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているから批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体に価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURLは必須だし閲覧日も載せるべきです。

でも、「性表現のある小説を分析して表現技法を統計的に処理する」みたいな話だと、やっぱり事情は違うかなと。個別のテキストが問題になっているわけじゃないので。

その場合のトレーサビリティについては、「pixivの○月○日から×月×日にかけての小説デイリーランキングR-18上位20作」とかで確保できないですかね? 過去ランキングもやろうと思えば見れるんじゃなかったっけ。仮にできないにしても、URLをそのまま載せて相手に非公開にされたらどっちにしろから検証できなくなることには変わりないような……

2017-05-21

[]個人ブログを立ち上げ

てくれよ、いい加減

最初の2~3回はまあ多めにみるとしても、もはや特定個人を指す代名詞として定着してる現状、「匿名ブログサービス」を使うのって完全に矛盾してるよね

増田でやる意味ってなんなの?

2017-05-20

プログラムコピー当たり前なのになんで画像だと文句言う人多いんだ

自分サイト写真イラストなど画像をまとめに貼られたとか、編集して使われたとか文句言ってる人をそこそこ見る気がしま

私がはてブを見ることが多くなったからか、ここ最近プログラム関係ブログに書いてるのもよく見かけます

プログラムだと当たり前のように個人ブログやQAサイトのものコピーして、そのまま使ったり必要に応じて書き換えて使ったりだと思います

プログラムだと公開する方も使ってもらうことを意識してる人が多くて、OSSなどフリーのものを作ったりしてるひとも多いようです

プログラム書いて公開する人には自分でつくったのをみてもらいたい、使ってもらいたいと感じる人が多くて、画像を公開する人は、他人自分のものを使うのを気に入らないって心の狭い人が多いのでしょうか?

プログラムだってライセンスはなになにだ、っていう話も見るので画像には権利が生じて、プログラムはそんなのない、ってことはないかと思います

法的にどっちにだけ権利があるとか扱いが違うことがないなら、どちらも人が時間を書けて作ったものなのになぜこんな違うんだろう?

ところで、私個人としてはネットに流れてるのは全部フリーの共有財産でいいのに、って思ってるくらいなので自分が書いたソースコードや作った画像が誰かに使われることに文句うつもりはないです

勝手に使おうが、まとめに載せようが、クローンサイト作ろうが、好きにどうぞってくらい

どちらかというと、大量にあるコンテンツの中で使ってもらえた、まとめに載ったとか嬉しい方だと思う

あ、もちろんお金が生じてるものコピーのせいで売れなくなったみたいのは別です

お金とるわけでもなく個人サイトで公開してるようなものについてです

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追記

トラバについて

みんなプログラマ視点意見ですね

はてなだとプログラマ的な人が多そうですし、納得です

仕事プログラムいたことないか?ですが、あります

一応今の本業です

仕事ではありえないって言ってる人もいますが、そうでもないです

普通にコピペで使われてるのはよくあります

お堅い会社で社内からQAサイト個人ブログアクセス禁止されてるほどのところとかだとないのかもしれませんね

やりたいことそのままのをQAサイトで見つけたらそれをコピペとか

始めて使うもので使い方をググったときに良いサンプルを書いてたブログがあったからそれをコピペして改変して使ってるとか

ヒドイところでは、QAサイトにそのままのコード上げて修正してもらったのをそのまま使うのも・・・ですね

私の周りだと、Stackoverflowの回答のサンプルコードを一度も使ったことない人は少ないんじゃないでしょうか・・・


ただ、今回言いたいのは仕事で扱う系じゃないです

画像をまとめに上げられたくらいで怒ってる人に対して、公開したプログラム変数名かえたくらいで別ブログで公開されたりgithubにおいてるプロジェクト(1人規模のものでも)で使われてたりです

「○○のやり方」とか「○○はこう使うのがいい」とかブログで書いてたとして、同じ内容が別ブログにもあるなんて結構見かける光景です

(参考にする側からすれば複数のところで書いてたほうが信頼できるのでありがたいですけど)

2017-05-13

文章とか、お金とか。人とか。

この長さの怪文書を投稿することにためらいはあるけれども。

偶には、言いたい事を思い切り言ってもいいかなと思う。

商品」としての文章

まず自分のことを書くと、稀にしか更新しない覚え書きのようなブログをやっている。あと好きな文章を書く人は結構な頻度でチェックしているくらい。

自分新参だけれど、新しいタイプブロガーの人が使う、押しが強めの手法がじゃっかん苦手である

新規ブログを始めた際、こちらのブログは全く読まずに(本人には割と分かるものです)、宣伝のためにスターを付けてくる人が一定数いる。まあ当然、興味を持たれる文章を書けないこちらに非があるわけですが、「貴方のことは気にならないけど私の書いた文章はぜひ読んでくれ」と受け取ることもできる。

露出を求めて「記事お題」を引用し、全く関係のないことを書く人も多い。例えば「雨の日グッズ」というお題を引用しておいて、いつもの調子日記を書く。露出したいのは分かるけれども、そのばあい読者が読みたいのは傘や長靴の話であって、職場愚痴とか趣味の紹介とかではない。

あと、リクルートの適職診断、またはリクナビNEXTのグッドポイント診断を薦めるエントリ。MIIDASの適正年収診断、dTVの紹介。日常会話みたいな感じでお勧めされるんだけれど、あれは紹介料が入るからやっているのだそうで。道理で数が多いと思った。…あれはステマにはあたらないのだろうか。「PR記事」とかの表記がない分、「選挙前にさりげなく電話をかけてくる友達」みたいな感じがして、個人的には警戒してしまう。

CGMは、そのコンテンツの持つ価値判断が難しい、とは思う。それは人によって違うし、ネットでの人気には「親しみ」も大きな要素である

ただ分かりやす基準として、例えば、寄稿出版の話が来る人にはそれだけの実力と、その人固有のブランドがあるわけで。

なので余計に、「とりあえず100記事書きましょう」「SEOを勉強しましょう」「PVを稼ぎましょう」と、クリックしてもらうことに血道を上げる風潮がどうもよくわからない。読み手客観的価値提供できているのかな?と、不安になることはないんだろうか、と。(言うまでもないことだけど、価値がある/ない、という話ではない。「価値のものさしはどこにあるのか」という話)

ここで、いやらしくも。商業文章出版物の話をする。

はてなの人なら、自分なんかよりよほど熟知されていることと思うけれど。執筆され、編集の手が入り、校正されてデータ印刷所に渡り、取次を経て本屋に巡ってきたり電子書籍になる、それだけの手がかかった、色々な「出版物」は本当に凄いなと思う。

個人がもっている「有益情報」には限界がある。取材して一次情報にあたるプロに、正確性や量で比肩するのは正直、むずかしいのではないだろうか。

比肩しなくてもいいけれど、そこから発生する「収益」は最大限にしたい、というなら、それはインターネットが役に立たなくなるわけだと思う。

媒体が紙でもネットでも同じことで、例えばキッコーマンサイトを見ると、料理の基本から旬の料理から詳しく載っている。歯の健康について知りたいときは、クリニカ辺りのサイトが役に立つ。商品の紹介記事しろエッセイしろ企業がやっている媒体掲載されている文章をみると、何歳ぐらいのどんな経歴の人が書いているんだろうと思う。

コード料理商品になるように、文章もまた商品として存在することは確かだ。ただ、コード個人お金にするにはそれなりの手順が必要だと思うけれど、文章はなぜか、個人ネットに上げるだけでも「儲かる」。

他にも、ネットにアップするだけで儲かるものは色々あるけれど、合法かつ元手がかからず、特に技術習得をしなくてもできる「稼ぎ方」として、「文章を書く」というのは確かに適しているのだろうとは思う。

個人メディア」ができること

ここまでを踏まえて。「商業クオリティ情報量には敵わないが(※ケースバイケース)、読んだ人に満足を与えるような文章を書き、お小遣い程度の利益を得られる、Win-Win取引(読者が読む時間によって「収益」を発生させるなら取引みたいなものではと思う)」を考えてみる。(ものすごく飛躍しているような気がするけど気にせず進めます

商業ではなく、市井個人が書くことに意味がある文章とは何か。

それは、「その人にしか書けない文章を書く」ということではないだろうか。

別に個人情報を晒せということではない。出身地職業家族構成は確かに、その人を知る大事情報だけれど、同じような属性を持った人が世の中にはごまんといる。

他者から客観的に見た自分」と、「自分演出したいキャラクター」には、往々にして懸隔がある場合が多いと思う。シニカルに渋く決めているかと思えば、愚痴悪口を書いてしまったり。写真にお洒落な加工をしていても、背景がどうも決まっていなかったり。「本当の自分らしさ」は、他者からの反応や自省によって得られるもので、見たくもない自分を見せられることも多いし、自分評価されたい項目と他者から評価される項目が違ったりもする。

それでも。「自分の良いところ、推せるところ」を見つけて、「それによって他の人を満足させ、楽しませる」ことが、「個人としてメディアをやること」の強みなのではと思う。

その人にしか言えない言葉、できない話。培ってきた価値観文章テンポ言い回し自分なりの軸による知見や考察。人によってはイラスト作品。例えブログ名や使っているテーマを変えても、文章ならば増田に書いても、「ああ、あの人だ」と分かってもらえるかどうか。

「その人にしか書けないブログ」こそが、個人ブログ存在意義なんじゃないだろうか、と。

商業に出来なくて個人ブログならできること」は多くある。言及合戦ボールの打ち合いもそうだし、商業の連載や肩書を背負ったブログと違って、思ったことを好きなように、題材も自由に書ける。

日記を見ると、今日したこと、最近興味のあること、生活感情の移り変わりを感じることができる。例えば料理写真ブログであっても、書いている人のキャラクターが違えば、受ける印象は全く違う。

「その人らしさ」が感じられるなら、面白くないブログなんてひとつもない。どんな個性でも、ネットに上げれば一人くらい、それを楽しんで、好きになってくれる人がいる。それがCGMの良いところで、インターネットが普及した利点であると思う。

さらに言えば。有名ブロガーの人たちを見ていると、やっぱり「読者を楽しませること」にとても力を入れているなと感じる。

スタイルは人によって様々だけれど、重い段落がつづくとその人のやり方で空きを入れたり、ボケてみる。自分の愛されている分野以外のことはあまり書かない。反応がよかったらまた掘り下げる。とか。(まあ、こうやって分析されるのも嬉しくないのかもしれないけれども。)

当たり前に、お互いがWinWinになっている関係で。それは愛されるよなあ、と感心したりする。

交流勢について

互助会」という言葉について書くにあたり、ブログをやっている人を便宜的にタイプに分けます

A)古参はてダ時代からやっているような人。総じて文章が上手い。更新頻度は低め。交流はあまりしない。

B)新参。好きなことを書いてあわよくば若干の収入を得たい感じ。更新頻度が高い。交流が好き。

C)アフィリエイター。以下のようなタイプがあるように見える。

ガチのアフィの人。それなりの戦略があるタイプ。「かわいい画像!」とか「速報・芸能ニュース」とかそういうやつ。よくダッシュボードの右に載っている。他にも色々やっていると思われる。

・何を考えているのかよく分からないタイプ。ほぼ中身のない記事にひたすら広告を貼る。偏狭そうな人が多い。

・「ブロガーとして」明確に互助を目指し、ブクマ不正している、らしい。偶に増田告発されているけど割とスルーされている印象(興味がないのでよく知らない)。

よく見かける「互助会」という言葉は、B)に向けて使われる。「お互いのブクマコメントブクマ数を稼いでいるんだろう!」というやつ。

でも、実際のところ。「当たり障りのない敬語コメント」は、「相手好意をもっていて話しかけたいから」「交流が楽しくて」やっているのだと思う。

その証拠に、「スターブクマフォローしたけど返してくれなかった!PVが伸びない!」なんて愚痴を書いている人は誰もいない。(このクラスタは素直な人が多いので、そういう気持ちがあったらたぶん正直にそういう記事が書かれ、誰かの目に留まるのではないかと思う)

ブクマしてほしい」という気持ちももちろん多分にあるだろうけれど、自分リアクションするにあたっては、利益を期待してやっているんじゃない、と思う。

嘘だと思ったらそのへんの、自分が「互助会」と呼んでいるブロガーに聞いてみたらいい。相手言葉をなげかけるのが楽しいから相手のことが好きだから。たぶん、思うより多くの人が、そう答えるのではないだろうか。

そうはいっても、はてブ的には馴れ合いコメントは確かに鬱陶しいだろうと思う。では、コメント欄を使えば解決する話ではないのか、とも。

そう考える人はもちろんブログを書いている側にもいて、読者に向けて「ブクマでなくコメントで交流しませんか」という提案をするブロガーもいる。読者が何百人レベルになってくると、はてブ側に気を遣ってのことだと思われる。

Twitterとの連動など、利点はあるようだれど。言葉をかけたいだけなら、ブロガー本人が「互助会」と叩かれるリスクをとる必要もないのではないかコメント欄もっと気軽に使っても良いように思う。

もうひとつ別にお互いに便宜を図っているわけでもないのに、「互助会」と呼ばれるのは何だかおかしい気がする。「交流会」「ひつじ会」とかのほうが実態を表しているのではないだろうか。(「ひよこ会」とかでもいい。何かかわいい名前がいい)

マネー勢について

で、じゃあ「スターブクマフォロー利益を得ることを目的とした行為」はないのか!というと、うんざりするほどある。

C)のアフィリエイター系。これが本当にしつこい。見るからに書いていて楽しくなさそうな、NAVERまとめ的なブログからリアクションがそこそこの頻度で来る。凄かったのは、同じ記事に2度3度つけてくる人。無言でそれをやられても、ただ気味が悪いだけで、何かを返したいとは思えないのだけれど。

相手の人格や思いを無視して、金銭のためにブクマをつけて何が楽しいのか、と。他人の顔が札束しか見えていないような、うわべだけの文章を読みたいとは個人的には思わない。まして広告クリックなんてしない。

これは自分に矛先が向くことを恐れているとか、好きな人擁護したいとかでもなく、単純にクラスタの分類として。交流勢よりも、こういった「機械的な無言のリアクションによって、露出や返報を期待する」アフィリエイター勢のほうが、真に「互助会」と呼ばれるに相応しいのではと思うのだけど、どうだろうか。

ネット上で、文章で稼ぎたいのは勿論、悪いことではない。でも、個人的に読みたいのは、誰でも書ける情報のまとめとかではない。

アフィリエイトをやっている人であれば、どうしてそれを始めたかとか。情報収集はどうやってしているかとか。ライバルはいるかとか、作業するときにかけている音楽とか。その人にしか言えない言葉面白い話。そういう文章が読んでみたい。

「読む側」としてのスタンス

はいえど。面白かったり為になる文章無料で読みたい、というのもある意味、何というか難しい話だとは思う。

医学辞典なんて手元にないかネットでいいや、とか。先述のように、企業宣伝のために作成しているページを利用する、とか。「ネット」と書いたけれど内訳は、キュレーションサイト個人がアフィ目的で作ったサイト質問投稿サイト個人ブログのどれかが引っかかることが多いのではないだろうか。

それが確実な情報源でないことは、もちろん周知の事実である。それでも取り敢えず適当情報がほしくて検索する人がいるから、それにあわせて少ない労力で情報を供給し、利益を得ようという流れが自然に出てくる。

「分かりやす出所の確実な情報」ならば、上述のように、出版業界商品に頼るのが却って近道ではないかと思うことが最近増えている。「集合知」は確かに無料だけれども、「文章」にクオリティを求めるならば、書籍を買うか図書館に行けばいい。紙が面倒ならデータの形で入手すればいい。

商業としての出版を信頼しているから、例えば某警察官やめたブログ暴露されていたように、CGMのふりをして売名する商業があるとしたら個人的には少し悲しい。プロとして作り上げたものプロモーションされたものに、正当な敬意を払いたい。

…ここまで書いてきて心配になったのだけれど、出版業界の回し者ではなく、ごく普通の読書好きのオタクが書いています。信じて欲しい、としか言えないけれども。

逆に言えば、ネットで、商業ではなく個人が発信するとき、それは受け取る側となんら変わらない、「普通の人」なわけで。文章を発信する側は全ての責任とリスクを負うべきで、受信側は何を言っても良い、ノーリスクハイリターンな立場である、とは自分には思えない。

ネットを使っている人であれば誰でも、ある程度の文章は書けると思う。たまには「発信側」になってみるのも、悪くはないんじゃないかと思ったりする。

同じ人間が一人としていないならば、誰にでも、「その人にしか書けない文章」があるはずで。私はそれが読みたい。

色々書いてきたけれども、これが正しい見方であるとは自分で思っていない。誤りや偏りの指摘も含めて、議論一助になればと思う。

2017-05-11

匿名日記

ここに取り立てて何か書くことがあるわけではないですが目的があることを責任を伴わせて書くことに疲れました。

匿名からといって意味のないことをとにかく書いてもいいものかと少し気が引けます

ただここに書いておくとどこかとつながって何かの拍子で誰かに見られたりすると思うと楽しい気持ちになります

個人ブログやらSNSに書くよりもよっぽど本音を書くことができそうです。

四方八方へ気を遣ってどんな立場の誰が何を思うかとリスクを全て考慮していたら結局何もしないことが多いです。

人とつながりやすくなって人に見せやすくも見られやすくもなったとは言いますが本当の人と人のつながりには

まり影響していない気がします。

簡単になることはいいことだけど一方で軽薄になっていく気がします。

それでも社会性が失われることは望ましいと思えないし、人とのつながりを断とうとは思いません。

私も実生活では自分自意識と折り合いをつけて何とか日々を暮らしています

以上のような意味のない日記が書き上がりました。

たった今またいつもの癖でここにアップすることに意味などないと考えてしまい、全て削除するところでした。

せっかくの匿名ダイアリーですからこのまま何も考えずに保存します。

2017-05-10

5年ぶりに水虫治療をしている。

前回は途中で治療放棄してしまったので、今度こそ完治させようと思う。

モチベーションを高めるため、水虫でググって治療ブログでも探そうと思ったら、

出るのはキュレーションサイトばかり。

治療体験記の体裁を取っているものもあるが、それも適当創作転載だろう。

5年前はもうちょっと個人ブログが引っかかったものなんだがなぁ、嫌な時代になってしまった

2017-05-04

金属フィルターコーヒーを淹れたがる夫

個人ブログには書けない夫の悪口

夫が金属フィルターコーヒーを淹れて困る。

本人はペーパーフィルターが要らなくて楽ちんと言っているが、あれを洗われるとキッチン排水溝が詰まるスピードが滅茶苦茶速い。

水切りネットの交換頻度が増えので、結局たいしてエコでもないし楽でもない。

単純に味が好きなのだろうか?

個人的には、ペーパーフィルターで淹れたほうが美味しいと思う。

なんか、エグい。

「紙では吸着されちゃうオイルが残っているからアロマが豊かで」

と言ってるけれど、紙や布で漉さないでいいなら、誰もネルドリップなんて発明してないと思う。

大昔から茶こしで淹れてるはず。

夫が買ってくるスターバックスコーヒーよりも、マクドナルドコーヒーのほうが美味しいと思う。

もっと言うと、セブンイレブンコーヒーが美味しい。

せっかくの連休は不味いコーヒーは遠慮して、この季節は新茶飲む。

2017-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20170428160350

個人ブログに移行したらたぶん読まなくなると思うので、この形式で今後も続けていただきたい。

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170425224045

個人ブログとかブコメとかtwitterで一人で言っているだけなのに

そういう人が大量にいた結果起こるものが「炎上」なんだけど…

今時、ネットで一人で言ってりゃ何の影響もないはずとか思ってるの?

しかも「炎上」は何の影響もなく公式側も知る筈もないものであって、公式が動いたのはクレームがついたから、だと思ってるの?

クレームなんて集英社という大企業からしたら日常茶飯事だろうし、それだけでいちいち取り合う訳がなく、

ジャンプ+編集部対応したのは「炎上」したから、だろうに。

最近関係ない人がクレームつけてんの多すぎる気がする

最近炎上してる系のものって、関係ない人がクレームつけてるのが多い気がする。

はてブでみかけたほん最近のだと、ジャンプトイレマークメルカリ現金とか。

とりあえず性質違うこの2つを例にする。

これらだと、「ないわー」とか「きもー」とか個人ブログとかブコメとかで一人でいっておけばいいもの

私もそんなブコメした覚えある。

特に前者の例ではそういうつっこみを期待してるものだろうし。

それを公式クレームいれて、謝罪させるとか禁止にさせるとかおまえら何様だよ、って言いたい。

自分被害受けても無いのに、自分が気に入らないだけでクレームいれてるとしか思えない。

後者の例では、買う側が納得して買ってる以上、他人文句言う筋合いはないはず。

法律違反してるというならともかく、そうでもないもの大事にしてやめさせるという考えが理解不能

この記事のように増田に書く程度に1人で愚痴ってスッキリすればいい。

そもそもネットにある中でわざわざ見たくないもの自分から見てクレームつけるって何がしたいのと言いたい。

前者の例では、少年ジャンプという雑誌なんだから少年向けで多少下ネタまじりの馬鹿なことやっててもなんら問題ないし、そういうのがあるだろうと想像もできるはず。

見たくない、嫌いってのはわかるけど、わざわざ見たのは自分だろ。

テレビの限られたチャンネルでもなく見ようとしなければたどり着けないようなところ、しかも途中までの流れで嫌いなものが来そうという展開がわかってなぜ最後まで見るの?

からすると、ホラー映画を見て夜に眠れなくなったのを映画会社クレーム入れるのと大差ないと思う。


とりあえずここ最近見たのを例に挙げたが、個人意見として書く以上のことを自己満足偽善でやる人もアレだが、別のところにも原因があると思った。

1つめ

クレームにまともに取り合いすぎ

お客様神様かい時代は終わったと思う。

いちいち全部に取りあう必要はないし、クレームが自社の考えに合わないなら無視するくらいでいい。

クレームに合わせて規制規制をしていったら最終的に何もできなくなる。

また、普通にそこのコンテンツを楽しんでる人からすれば、意味不明クレームでどんどん使いづらくなるし、ただ声の大きい人の意見フラフラしてるようなところのサービスは信用できない。

変に炎上にしてファンやらユーザが離れるのが怖いのかもしれないが、それ以上に何も言わないけど楽しんで見てる使ってるユーザいるかもしれないことを考えてもらいたい。

とりあえず、ネット愚痴ってばかりの人は何かに当たらないと精神を保てない人たちで、公式ものにまで直接告げ口してるのは、もう手に負えないような人って前提で扱えばいい。


2つめ

コンテンツサービスを作る側でなく拡散する人が悪い。

最初に作る側は、それが欲しい人、好きな人対象にしてるわけで、それを嫌いって言う人だっていることはわかってるはず。

好きな人だけ見たり使ったりすればいいのに、TwitterRetweetやらまとめサイトやらでムダに拡散するせいで、意図せず見たくないものを見てしまう人がいる。

クレームつけることしか生き甲斐ないような変なのの目に触れてしまう。

例えばアダルト系の同人誌、今回例に上げたジャンプの件にクレーム入れるような人だと怒り狂うんじゃないと思うほどのアレなものだってある。

しかし、アダルトということもあってTwitterだとデフォでは不適切コンテンツみたいのがあったり、その辺の一般本屋では見かけなかったりあまり興味ない人の目に入らないようになってる。

からアレな内容でも発行されてたりするんだろう。

それがこの数年とかはネットの普及だったり萌え系とかオタク界隈が一般的になりつつあることからか、変に目立って同人も危ないみたいなことを言われてた気がする。(コミケ帰りのバッグとか一般の目に触れるようなことしてるのが悪い例)

これに限らず興味ある人のみが見れるものだと、変なのが沸かず余計なことが起きない。

それがTwitterで全世界の人が見れて、フォロワーにはタイムラインに直接流れるようなところで、見たくない人を気にせず拡散するのが余計なクレームが来る原因だと思う。

便利なものや好きなコンテンツを広めたい気持ちはわかるけど、あえてひっそりやっていったほうが鬱陶しい人たちは来ないと思う。

なんかぐちゃぐちゃになってきたけど、「自分被害受けてるわけでもないのに公式にまで苦情言ってるクレーマーウザい」以上です。

2017-04-20

ホットエントリーが転載されてる

最近ホットエントリーが転載されて2chURLが貼られてるのを見かけるんだけど、こういうのどこに通報すれば潰せるのか教えてほしい

たとえばこの増田

http://anond.hatelabo.jp/20170420004030

http://cokli.pcanywhere.net/post/1067.html

このページを魚拓取ろうとしたら拒否されたかトップ魚拓

http://www.freezepage.com/1492693122MLPJDZSNPD

増田以外のニュースサイト個人ブログもやられてる

知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

4/10 IP 180.27.219.180

http://vbolk.celebsplay.com/1051.html

4/11 IP 118.10.181.158

http://cfbgh.raspberryip.com/1051.html

いずれもリンク切れ

URLは数時間か数日で変更になるようだ

どうにかして潰したい

2017-04-11

個人ブログっぽいのにwhois登録者会社っておかしくね?

http://whois.ansi.co.jp/xera.jp

ホットエントリで、みょーに違和感を覚えた記事があったからそのブログwhoisしてみたんだけど、登録者会社名になってるんだよな。

でもそのはてなブログ個人でやってるっぽいんだよなー。

登録者会社別に名義貸ししてるわけじゃないしー。

どういうことなんだろう?不思議だなー。

2017-04-05

最近ホットエントリに上がる政権批判エントリニュースサイトがどんどんヤバいとこになってきてるな

なんかもう本当にはてな政治カテゴリって機能しなくなってしまったんだなって悲しくなるね

昔はもっと地に足が付いた個人ブログ批判記事があがっていたと思う

2017-03-26

本当にあったゲーム2chまとめサイトの怖い情報統制

(1)

2ちゃんねるで「【朗報次世代ポータブル機開発の求人Vita後継機の発売が濃厚にwwwww [無断転載禁止2ch.net」というスレが建つ。Joblinkという求人サイトに「☆ミ☆☆次世代携帯カーナビファームウエア開発・有識者☆☆彡(http://www.joblink.co.jp/jobinfo/detail/5649658?ad=005)」という求人があり、その中に

==

案件ですが、下記のようなお仕事も同時に募集しておりますので、見合う方がいらっしゃれば、是非エントリーを!

ゲーム機メーカー/次世代ポータブル機の開発業務

Windows/C++

SE

==

という記述があることが指摘される。現状、任天堂以外で携帯ゲーム機を作るメーカーソニー(SIE)だけなので、PS Vitaの後継機なのではという推測だ。

さら2chスレ内で「PS Vitaが出る前の2010年に出された『【品川次世代ポータブルゲーム機』という求人がそっくりだ」という指摘がされる。

これをゲーム2chまとめサイトゲーム迷惑サイト拡散する。

(2)

しかし、ここで少し疑問が生じる。

・一部上場企業戸塚メーカー求人には書いてあるのだが、ソニー(SIE)に戸塚関連会社はあるのか?

2chスレ内でPS Vita求人とそっくりだと指摘された「2010年求人」は画像アーカイブのみでリンクが貼ってない(求人サイトリンク募集終了後に消えることはあるのだろうか?)

2chまとめサイト個人ブログばかりで取り上げられ、一般ゲームメディアアングラ情報も取り扱うメディアも含む)がまったくこの求人に関する噂・話題記事にしない。「ソース2ch状態だが一応今回の求人実在するサイトのものであるから真っ赤な嘘ではないし、かなりのスクープになる筈なのだが。日本よりもアングラ記事掲載する傾向にある欧米メディアもまったく取り扱う様子がない。

海外大手匿名掲示板の一つ4chanでは件の求人リンクが貼られているレスが一つあったものの、いずれにせよ大きな話題となっていない。

(3)

この増田で何が言いたかったのかというと

情報の流れがあまりに不自然すぎる

情報を発信したモノ、情報を流したモノ、情報を流さなかったモノ、すべてが暗闇の中でPV数だけが回っている。

私はてっきりねとらぼあたりが記事にするかと思ったがそんな様子もないし、欧米ゲームゴシップメディアKotakuも取り上げる様子がないし、何が何だかからない。

2017-03-25

森友問題におけるネットメディアに対する不満

いわゆる「森友問題」は、昨日の証人喚問で最大の盛り上がりを見せたように思う。

俺も、「乗るしかない、このビッグウェーブに」との精神から証人喚問の数日前から情報収集を始めた。

まず、新聞をチェックしたのだが、新聞半月分ためては捨てていたので、ひと月前の問題の発端がわからない。

テレビ新聞も、これまでの情報を当然の前提に積み重ねられているので、目の前の情報の全体的な位置けがしにくい。

そこで、「テレビ新聞オワコン時代ネットだな」と、グーグル先生に頭を下げたわけです。

しかし、検索に引っ掛かる情報新聞社HP。または、事実評価区別もできてない党派性バリバリの信頼できない個人ブログ

ハフポも話題バズフィードも、単発記事が整理されることなくただ並べられているだけ。

これさ、もっと社会問題を後追いしやすいように何とかならないの?

バズフィードとかがさ、これまでの記事を整理するようなまとめのページを作ってほしい。

時系列で何があったのか。登場人物は誰か。問題点は何か。

10年くらい前はさ、炎上が起きたら比較的充実したまとめwikiがすぐに作られていたじゃん。

もしかして、俺が知らないだけで、バズフィードとかが何かやってるの??

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316121208

まずはじめに増田に書いて話題になったんだから

ここから個人ブログに書いてもよくね?と思ったんだが。

少なくとも自分は見に行くぞ。

2017-03-15

「~を分析してみた」みたいなレポートを共有したり出来栄えを競ったりするサービス

「(ある世の中の事象について)統計等の資料を引っ張ってきたりフレームワークと合わせて考察してみるとこういうことが言えるのでは」っていうレポートをみんなで投稿して、それについてやんややんやいったりするサービス妄想している。

例えば昨今で言えばDeNAレポートがいい資料だねって話があるけど、あそこに出ている数字とその当時のDeNAの動きを追って、関連性を探るとか。

東日本大震災から6年の節目が経ったけど、復興税が何に使われているのか復興庁ホームページから見れる予算執行状況をグラフでまとめて、どの部分に最も支出がされていて重視されているのか探るとか。http://www.reconstruction.go.jp/

サービス提供する側はこういうデータがありますよーとか、今週はこのデータ(資料)を使って何かを分析してみましょうとか、言ったりする。Kaggleみたいにコンペにしてもいいかも。何を基準に優劣を判定すればいいのかはわからないけど。

こういう社会的に何か示唆を与えようとするレポートというか文章個人ブログで書かれていたりすることが多い印象だけど、そういう文章ばかりが集まったサービスってニーズいかなー。

2017-03-08

ブクマカに実際タイトル見られてるのか。

ブクマカにと言うか読んでる人に、実際タイトルはどれぐらい読まれているものなのだろう。

よく「タイトルだけ読んで内容読んでない人がけしからん」という意見を見る。

それもそうなんだけれども、内容は見てそうだけど、タイトル読んでないんじゃないか?ってブコメもあったりするように思える。

タイトルに書いたら、同じことを本文に繰り返さないって書き方の人は結構いるみたいだけど

そういう増田とかのブコメ欄みると、タイトル無視に見える意見があることがある。

で思ったけど、よくよく考えれば、そもそもタイトルってのは見られるものなのか。

思えば、増田で流れてきた記事を読み、何かいいたくなって個別ページ開いてブクマしたのなら、

水にやっててもそこまで可笑しくないような気はした。

追記:増田とか、個人ブログとかの話です。

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