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2020-06-19

75年生まれの俺を作ったゲーム10本を全力で紹介する

そういうわけで、1975年まれの俺を「構成した」ゲーム10本を時代順に紹介していく。

それはとりもなおさず、俺自身を紹介することとほぼ同義になるはずだから、長たらしい自己紹介とか前口上はなしで……では、参る。

パックランド1984/AC/ナムコ

俺にとっては、ヴィデオゲーム魔法は全て本作に詰まっていると言っても過言ではない。

結局のところ、俺の人生におけるヴィデオゲームは『パックランド』に始まり、『パックランド』に終わるだろう。

今作に出会ったのは俺が8歳の時、駅前にできた『カニヤ』というゲーセンだった。

カニヤ』は薄暗く、当世風に言うところの「ツッパリ」と「オタク」(という言葉が生まれる前のオタク大学生たち)でひしめきあい

当時の彼奴らは『忍者くん』や『ソンソン』や脱衣マージャンに興じていた。

忍び込むようにして入ったこゲーセンで、俺はこのゲームにひと目で惚れた。

パックランド』には俺がそれまで見てきたゲームとは全く違った吸引力があった。

キャラクターBGM、色彩……全てにおいて、ゲームにこれほど「魅せられた」ゲームは生まれて初めてだった。

消火栓を押した時の、水しぶきに押された時の、モンスターの頭上に乗っかた時の、妖精にもらったブーツで空を飛べた時の感動。

それは俺がヴィデオゲームと「契りを交した」瞬間だった。その契約は今なお解消されていない。

ポートピア連続殺人事件(1985/FC/エニックス

もし本作をプレイしてなかったら、初代ドラクエを発売日に購入することもなかっただろうし、

ADV」というジャンルに注意を払うこともなかっただろうし、

中学生になってから推理小説にどっぷり浸かることもたぶんなかった。つまり、俺は俺でなかった。

犯人はヤ●」は、個人的にはたいした問題じゃない。

推理小説よりもゲームブックよりも面白い推理もの」をゲームで作り上げてみせたことに大きな意味と意義があった。

シナリオ堀井雄二/制作チュンソフトゲーム史的に考えても偉大すぎるだろ。

本作がなければドラクエも(おそらく)存在しなかったってことだ。

けどまあ、そんなこともどうでもいい。これまでもこれからも、ポートピアは俺の血であり肉である

ドラゴンクエスト(1986/FC/エニックス

ポートピアと初代ドラクエ記憶が地続きになっている。

子供ながらに、「堀井雄二で、チュンソフトで、エニックスなら絶対面白いに決まってるや!」みたいなノリで近所のおもちゃ屋に予約した。

プレイ時は……のっけから震えた。こんなに面白いゲームがあって良いのかと。ゲームにはこんなことができるのか、と。

作者と開発元が同じだけあって、テキスト文体UIポートピアと一緒だな……などと子供らしくないことも思ったっけ。

そしてエンディングスタッフロールでは母親の前で号泣した。

そういえば、ここに挙げたゲーム殆ど全て泣いたな。今となってはゲームで感動して泣くことなんてそうはないけど。

それが年齢によるものだったのか、ここに挙げたゲーム凄さによるものだったのかは知らん。

ウィザードリィ(1987/FC/アスキー

通称ウィズ」。

ある種のゲームが「想像力」を膨らませる最良の媒介であるっていうことはウィズが教えてくれた。

RPG」というジャンル/概念意識したことも、ドラクエよりウィズの影響が大きい(というか、ウィズがなければドラクエもおそらくないのだが)。

種族職業キャラメイク、鑑定しなければ不明アイテム

「?ぶき」を鑑定して、「むらまさ」だった時を上回る驚きと喜びって、もう体験できないんじゃないか

もろ鳥山明ドラクエとは違って、おどろおどろしくリアルな姿/形状のモンスター末弥純デザイン)たちに慄いた。

寺院に駆け込んでも、死者が蘇生するとは限らない——人も物も永久に失われてしまうというリアリティに泣いた。

ウィズは俺に「隣り合わせの灰と青春」を理屈ではなく、ゲーム体験として叩きこんでくれた。

おおっと、故羽田健太郎氏の作ったBGMの素晴らしさについても触れないわけにはいかない。

あらゆるクラシック音楽から「いいとこどり」の手法で極上の音楽を作り上げるすぎやまこういち氏に対して、

バッハ以前のバロック音楽へのストイックな愛がびしびし伝わってくる荘厳な旋律羽田氏ならでは。

タイトル画面、カント寺院キャンプBGM永遠ものだろう。もし未聴ならyoutubeで聴いてほしい。

MYST(1994/SS/サンソフト

当時、プレステ派とサターン派でゲーオタ勢は真っぷたつに割れたが、俺は迷わずサターンを選んだ。本作をプレイするためだ。

当時は震えるほど高価だった(44800円)不格好きわまりない鼠色のハードファミマバイトして購入した。

膨らみ過ぎて破裂しそうになっていた、こちらの勝手な期待ははたして外れなかった。ポートピア以降のADV観はこの1本で刷新された。

トラベルの中でトリップし続けているような、唯一無二のゲーム。それが『MYST』。

インターネットなき時代に本作を自力クリアできた時の感動は筆舌に尽くしがたい(泣いた)。

ゲーム史的に言っても、その後の国内外RPGウォーキングシミュレーターというジャンルへの如実な影響が……や、ゲーム史云々の話はよそう。

ここに挙げたどのゲームも、俺にとっては「自分を作ったゲーム」であり、それ以上でもそれ以下でもないからな。

風来のシレン(1995/SFC/チュンソフト

つい最近まで「自分ローグライクゲームが好きなのだ」と思いこみ、それっぽいゲームには積極的に手を出し続けてきた。

が、結局、初代シレンが好きだったのだという結論に落ち着く。

当時、俺は浪人生だったが、心は勉強にも恋愛にも向かわず文字通り、寝ても覚めても今作とともに過ごした。

タクティクスオウガドラクエⅥもテイルズオブファンタジアも素晴らしいゲームだったけど、

朝晩取り憑かれたようにプレイしていた今作のせいで、この時期に出たゲーム自分の中で必要以上に印象が薄くなってしまっている。

後期SFCらしい完璧ドット絵も、和風すぎやまこういち傑作BGMも、チュンらしい快適操作UIも、寡黙なシレンも小生意気なコッパも、

ガイバラもペケジも※アスカも、どのモンスターより恐ろしい店主も、全てが愛おしかった。

手持ちのROMカセットは内部電池が切れてしまってたから、数年前、Amazonで新品を再購入。

フェイの最終問題」をどうにかこうにかクリアし、地球の裏側に再び出でた。

中年になった今でも、俺の腕と勘は(少なくとも初代シレンにおいては)まだ衰えていないようだな……。※訂正 アスカ→お竜

moon(1997/PS/アスキー

思うところありすぎて、何を書けば良いのか困ってしまう。

「昨年ついにSwitch配信されたし、もうすぐパッケ版も出るから絶対やっとけ!!!

それで終わらせてしまいたいところだが、どうも気が済まない。

数多の熱狂ファン批評家たちによってすっかり語り尽くされている感のある今作。

俺にとっては、世界の見え方をがらりと変えてしまった哲学書のような作品である

あるいはクラブカルチャーサブカル世紀末感……90年代後半、自分にとって全てだった世界をそのまま封じ込めたCD-ROM

本作はゲームでありながら、「ゲームを超えた何か」という感じがしてならない。

人生をすっかり変えてしまうかもしれない、それまで夢中になってきた「ゲーム」をやめさせてしまいかねない、超危険物

でも、だからこそ『moon』はゲーム以外の何ものでもない。

もはやゲームから素直に感動を得られなくなっていた、すれっからしの俺をもう一度「ゲーム」に住まわせてくれた、まったき「ゲーム自体」。

すまん、自分でも何言ってるかわからんくなってきた。

CONTINUEYES.

ゼルダの伝説 時のオカリナ(1998/N64/任天堂

世代的にゼルダディスクシステム時代からやってるが、正直、ドラクエと比べるとゼルダにそこまでの思い入れはない。

神々のトライフォース』も『風のタクト』も確かにめっちゃ良くできてると思ったが、「自分を作った」とは言い難い。

正直、世界中で大絶賛されたBotWもそこまでとは思えなかった。

あれがオープンワールドの傑作なら、俺はこれからクローズドワールド結構

時オカだけが俺にとってとくべつなゼルダである

なぜか? 「広がる世界」を生まれて初めて感じたゲームから

BotWと比べれば全くオープンワールドではないのだろうが、俺にとっては本作のハイラルこそ、生まれて初めて感じたゲーム内に広がる「世界」だった。

エポナを手に入れ、高原を走り回っている時以上に「世界」を感じたことは、今のところ、まだない。

夕暮れ時、ロンロン牧場マロンちゃんオカリナ演奏しながら過ごした時間よりも麗しい青春を感じたことは、今のところ、まだない。

L.O.L(Lack of love)(2000/DC/アスキー

moonディレクターである西健一氏が数少ないスタッフと生み出した傑作。

moon』が作り出したうずたか第四の壁をよじ登り、ついに超えてみせた作品は今なお本作のみと感じる。

エンディングはいい歳して号泣した(物心ついてから号泣した最後ゲーム)。

坂本教授BGMを作ったにもかかわらず、本作はろくすっぽ売れてない。

内容も恐ろしいほど過小評価されているように思う。

ドリキャスという幸薄いハードで発売したことと、高めの難易度設定に拠るところが大きいだろう)

おまけにリメイクアーカイブもないから、『moon』と違って「やってくれ」と気軽に言うこともできない。

だけどもし、ここまで読んでくれて、「こいつとはゲーム趣味近そうだな」と感じてくれたなら、どうか本作をプレイしてみてほしい。

とくに『moon』に強く打たれたゲーマー諸氏! 本作は『moon』の唯一の精神的続編と思ってほしい。やれば、わかる。

しつこく。再発売(配信)をせつに、せつに、せつに、望む。

スプラトゥーン(2015/WiiU/任天堂

本作発売時、75年生まれの俺はとっくに「中年」と呼ばれる年齢にたっしていた。

本作はそんな「まさか」という頃にやってきた、俺のラスト・オブ・アオハルだった。

そしてそのアオハルは俺を(おそらく)最後に「再構成」した。

それまでスタンドアローンしかゲームしなかった俺に、本作はオンライン/共闘しか味わえないゲームの楽しさと厳しさを骨の髄まで叩き込んだ。

その体験は視界を塗り替え、時間感覚刷新し、現実異化した。

これほど夢中になってプレイしたオンラインゲームは本作と『ARMSしか思い当たらない(やっぱ俺は任天堂シンパなのだな……)。

『PUBG』も『Overwatch』も『Fortnite』も面白かったけど、初代スプラから受け取ったJOYには届かない。

あの頃、夢中になって1日中プレイしてたイカ中毒者なら、

汗を流しながらでかいゲームパッドを握りしめていたあの2年間を死ぬまで忘れることはできないはずだ。

※※※※※※※※※※

俺を作ったゲーム10本は以上です。暑苦しい長文を最後まで(途中まででも)読んでくれて心から感謝

何年生まれか知らんが、そちらの「俺を作ったゲーム」もぜひ教えてほしい。何本でもいい。マジ知りたいから頼む。

※※※※※※※※※※

追記

まさかホッテントリ入りしてたので追記

ブコメ全部読みました。

こういう「○本」みたいな括りって、そこからこぼれ落ちた大事ゲームの思い出とか括りでは語れない気持ち排除するみたいで、

あんま良くなかったか……って書いた後はちょっと落ちこんだけど、

ブコメで多くの世代の皆さんを作ったゲームを知れて(知らなかったゲーム、やりたかったゲームがたくさんあった。やる)、

思いきって書いて良かったと思えた。心から感謝

剣呑な現世界だけど、みなさんと俺がこれから面白いゲーム出会える世界でありますように。

2020-05-17

anond:20200517211031

哲学書

四書

宗教書(仏典聖書コーラン等)

数学の本

有名どころの自己啓発本

よさそうな人の自伝(フランクリン高橋是清等)

そういったものを読めばいいのでは。

まあ、数学=哲学だが。

2020-05-07

人生の答えは科学が教えてくれる

科学は万能ではないが科学方法論は人生の多くの問題解決してくれる。哲学書ビジネス書自己啓発本などを読んでおかし思想にハマるぐらいなら科学方法を学び実践した方が良い。

2020-02-07

名医と噂の鍼灸に行った

待合室には哲学書建築家写真集が並んでいた

そのなかに真っ黒な装丁黄色文字で「日本黒幕 100の名言」と書かれた怪しい書物があった

2020-01-27

テン年代俺的最強ゲームベスト10

いちゲーオタ中年男性ハートのど真ん中の最奥部に抜けないほど深く突き刺さった「テン年代ゲーム10本をランキング形式で挙げていきます。お付き合いください。

特別賞『Doki Doki Literature Club!(ドキド文芸部!)』(2017/PC

のっけから特別賞」から始めることをお許しあれ。ランキング発表後だと、1位よりもスペッシャルな空気を醸し出してしまいそうで。それを避けたかった。

でも、本作がとくべつな1本であるには違いない。だから悩んだ挙句の……「特別賞」。まんまでごめん。

個人的には『ノベルゲー」って昔からあんまやらないんです。ノベルゲーやる時間あったら小説を読むほうが(たいてい)有益だろう、という長年の思いこみ集積のせい。でも、『Doki Doki Liteature Club』は例外ゲームらしいインタラクティブな要素があるわけじゃないのだけど、小説でもマンガでもアニメでもこの表現絶対不可能

本作の凄さについてはもはや語り尽くされている感があるし、強く深い思い入れを持っている方が世界中にいらっしゃることも存じておりますし、まだプレイしていない方のためにも、内容については何も言いたくない。

でも、これだけは言わせてほしい。

本作は「神は存在を愛している」ってことをギャルゲー/ノベルゲーのガワで見事に顕してみせた一大叙事詩である。ここには生があって、性があって、詩があって、死があって……愛がある。さらには現象学的「彼方」をも開示してみせる。

その(一見破天荒、かつ強烈な内容に憤怒するかもしれない。ショックのあまりマウスを壁に叩きつけるかもしれない。号泣するかもしれない。戦慄するかもしれない。でも最後にはきっと宇宙大の愛に包まれる……絶対

ああ、すっきり。

では、こっから心置きなく2010年代・心のベスト10を発表させて頂きます

10位  『ASTRO BOT Rescue Mission』(2018/PSVR)

「……なんか妙に懐かしいな。子供の頃、お前と行った鵠沼海岸をまざまざと思い出したわ」

ゲームと本の山でとっ散らかった僕の部屋にやってきて、このゲームをしばらく遊んだ君は、いかにも重たいPSVRヘッドギアをつけたまま、そう呟いた。

僕はかなり潔癖症から、君が顔じゅうに汗をたっぷりかいてることがひどく気になって、除菌ティッシュ片手にそれどころじゃなかった。

けどさ、あの頃君と一緒に見つめた空と海の青さに、まさかVR新規アクションゲームの中で出会えるとは夢にも思わなかったよ。

ハタチん時、『スーパーマリオ64』を初めてプレイした時の驚きと、海辺自分の子と君の子が一緒に遊んでいるのをぼんやり眺めてるような、そのうちに自分たちも同じくらい小さな子供に戻って、一緒に無邪気に冒険してるような……切なくて温くて微笑ましい気持ちじわじわこみあげてきた。そのことに、僕は本当に心底驚いたんだよ。またいつでもやりに来てくれ。

9位  『ショベルナイト』(2014/PCほか)

「あー、なんかシャベル持ったナイトのやつでしょ。古き良きアクションゲームへのオマージュに溢れる良質なインディーゲーって感じだよね、え、あれってまだアップデートとかやってんの? なんかsteamセールん時に買って積んでんだけど、ま、そんな面白いならそのうちやるわー」

あなたが『ショベルナイト』をその程度のゲームだと思っているのなら、それは大きな大きな間違いだ。

プレイ済みの方はとっくにご承知と思うが、本作はレトロゲーもオマージュゲーもとっくに越えた、誰も登れない山頂に到達した類い稀な作品であるアイロニーと切り張りだけで作られた、この10年で数えきれないほど溢れ返った凡百のレトロゲームとは、かけ離れた聖域に屹立してゐる。

そして3つの追加アプデ(大胆なアイデアに溢れた全く新規追加シナリオ。今月でようやく完結)によって、本作は10年代下半期にリリースされた『Celeste』や『ホロウナイト』の先駆けとなる、傑作2Dアクションとしてここに完成したのだった。さあ、ショベルを手に彼の地へ赴け。

8位  『Undertale』(2015/PCほか)

このゲームの印象を喩えて言うなら、

久し振りに会って酒でも飲もうものなら、いちいち熱くてしつっこい口論になってしまう、共感嫉妬軽蔑と相いれなさのような感情腑分けするのが難しいくらい綯い交ぜになっている面倒きわまりない幼なじみ、みたいな。

正直、ランキングにはあまり入れたくなかった。が、初プレイ時の衝撃をまざまざと思い出してみると、やっぱり入れないわけにはいかぬと悟った。

もし未プレイだったら、このゲームはできればPCsteam)でやってみてほしいとせつに願う。当方バリバリコンシューマー勢なので、ゲームPC版を薦めることは滅多にない。だが、コンシューマー機ではこのゲームの持つ「鋭利ナイフ」のような「最後の一撃」が半減してしまうだろう。

作者トビー・フォックス氏は、かつての堀井雄二糸井重里系譜に連なる倭人王道シナリオコピーライターと感じる。

確認のために本作の或るルートを進めていた時、初期ドラクエと『MOTHER』と『moon』が携えていた「あの空気」が30年ぶりに匂い立ってくるのを感じて眩暈がした。会えば会うほど凄みを増す狂人のような作品だ。

2020年内に出る(であろう)2作め『DELTARUNE』において、トビー氏は堀井/糸井が書け(書か)なかった領域確信犯的に踏み込んでくるにちがいない。それが半分楽しみで、半分怖くて仕方がない。

7位  『デラシネ』(2018/PSVR)

その山の森の奥には古い洋館があった。

庭は川と繋がっていて、澄んだ水が静かに流れていた。

君は川沿いにしゃがみこんで1輪の花を流していた。

俺は黙って君を見つめていた。

君は俺に気づかない。

俺は木に上ったり、柱の影から君を見守ったり、触れられない手で君の髪を撫でたりしているうちに……君の可愛がってたシェパード犬がこちらにひょこひょこやってきて、ワン、と小さく吠えた。

ああ、なんだかこのゲームやってると批評目線がどんどんぼやけていくのを感じる。まるで透明な死者になってしまったような、奇妙で懐かしい感覚に否応なしに包みこまれるような……。

本作は「VRで描かれた古典的AVGアドベンチャーゲーム)」であると言われている。個人的には、そんな持って回ったような言い回しはしたくない。

VRしか描けない世界情緒に対して、あまり意識的な本作。その手腕はあざといくらいなんだけど、実際に本作をやってみるとあざといどころじゃない。泣くわ。胸の内に熱いものがこみあげてくるわ。

『Deracine』はプレイヤーの原風景をまざまざと蘇らせる。かつて失ってしまった友人を、失ってしまった動物を、失ってしまった思い出を、「ほら」とばかりに目の前に差し出してくる。そのやり口はほとんど暴力的でさえある。

6位  『バウンド 王国の欠片』(2016/PS4/PSVR

もしVR対応しなかったら、知る人ぞ知る良作(怪作)止まりだったであろう本作。

かくいう俺もPS Storeで見つけて何となく買った時は、まさか2010年代ベストに入れることになるとは思わなかった。怪しい仮面被ったバレリナ少女サイケ空間を飛び回ってんなあ……製作者はドラッグでもやってんのか?くらいの。

しかPSVR対応した本作を再度プレイして驚愕した。怪作がまごうことなき傑作に生まれ変わっていたのだ。あるいはコンテンポラリーアート作品としての本質を露にしたとも言える。ああ、VRというハードではこんな事態が起こり得るのか……。

画を作っているサンタモニカスタジオゴッド・オブ・ウォー風ノ旅ビト他)の仕事はいだって凄まじいクオリティでため息が漏れるのだが、VRとの相性は抜群だ。とりわけ今作での仕事白眉と言える。

とにかく、思わず自分少女の頬をつねりたくなるほど美しい。少女が、景色が、色彩が、確実に「もうひとつ世界」(夢、とは言いたくない)を現出させている。

そして本作は本質的な意味で——究極の恋愛ゲーでもある。誰も認めなくても、俺はそう強く感じる。あの少女と過ごした時間を、あの少女が内に秘めていた闇の部屋を、あの少女が戦っていた怪物を、そしてこの狂気と色彩にみちみちた世界日常生活の中で思い出す時、この胸に去来するのは——それは「恋」しか言い様のない儚い感情だ。

5位  『INSIDE』(2016/PCほか)

書き始めるまで、本作がここまで自分内上位に食い込むとは思わなかった。

が、確認のために軽くプレイしてみたら、やっぱりとんでもなかった。

実験施設内部に、そして自分の内側(Inside)に展開するめくるめく不穏な景色ディストピアの先にある、吐き気をもよおさせると同時に、穏やかな安寧に包まれるような、唯一無二のビジョン——を完璧に描ききった本作。

終盤の怒濤の展開と比類なき生命描写インパクトに心奪われるが、本作の真骨頂木々や空や雲や雨、海などの自然情景(それが何者かによって造型されたものであれ)の美しさだと思う。荒んだ世界の中、思わず立ち止まって、天に祈りを捧げたくなるような敬虔心持ちを強く喚起させる。

俺にとって『INSIDE』とは、自己内面に深く潜るための潜水艦、あるいは哲学書のページを繰っても繰っても掴めない、自分世界との乖離自覚するための尖った注射針であり、神なき世界宗教である

灰色にけぶった空の下、雨降るトウモロコシ畑で無心で佇んでいた時のあの安寧と絶望感に、これから先もずっとつきまとわれるだろう。

4位 『スプラトゥーン』(2015/WiiU

人の生には「もっと幸福な時期」というものがたしか存在するようだ。そして、それは必ずしも幼少期だったり青年期だったりする必要はない。

俺にとっては、傍らに愛猫がいてくれて、WiiUと3DSが現役ハードで、仕事から帰ってくると毎日のように今作にあけくれていたこの頃が——生涯でもっと幸福な時期だったと言いきってしまいたい。なぜなら、幼少期や青年期と違って、その記憶ははっきりと想起できるから

そして後から振り返ってみて、その時期がどれほどありがたいものだったか確認し、やるせない気持ちに包まれるのだ。「ああ、やっぱり」と。

プレイ時間は生涯最長となったし、この作品を通じて(自分にしては珍しく)老若男女多くの「オンラインフレンズ」ができた。

が、続編『スプラトゥーン2』は発売日に購入したものの、ろくすっぽプレイしなかった(できなかった)。

その理由は(おおざっぱに書くと)3つ。

ひとつは『2』発売時、先に述べた、俺にとってもっと幸福だった時代が過ぎ去っていたこと(ごく個人的理由だ)。

ふたつめは、初代スプラトゥーンが持っていた、俺を夢中にさせるサムシングが『2』には欠けているように感じられたこと(批評記事ではないので、それについてここでは掘り下げない)。

3つめは、次に挙げる同じく任天堂開発の対戦ゲームの登場である

3位  『ARMS』(2017/Switch

それは35年前に夢見た未来の『パンチアウト!!』だった。そして20年前に夢みた『バーチャロン』と『カスタムロボ』の奇跡的融合であり、同時にそれらとは全く別次元昇華された「理想的格ゲー」であった。

スプラトゥーン』で「共闘」の愉しさを味わった俺に、本作は「見知らぬ相手とサシで戦う」ことの妙味と厳しさをばっちり思い出させてくれた。

そして画面内のキャラをこの手で操る——そんなあまりにも原初的「ゲーム」の喜びが本作には隅々までみちていた。こればかりは「Just do it」(やるっきゃない)。

やがて俺は日々のオンライン対戦では飽き足らず、リアル大会にまで足を運んだ(あっさり敗退してしまったが……)。そんなゲームは、おそらく生涯最初最後だろう。

余談だが、Joy-con特性を生かした「いいね!持ち」による操作こそが本作の革新であると信じているのだが、革新性よりも「合理性」と「勝率」を求める猛者たちには殆ど浸透しなかった。

いいね!持ち」メリットをうまく調整できてさえいれば、本作は『e-sportsゲーム初の従来型コントローラーから離れた(両腕全体を用いた)操作形態を実現していたはずで、それについては至極残念だが、現在開発中であろう『ARMS2』に期待したい。

2位 『Rez infinite』(2016/PSVR

2010年代下半期は、俺にとっては「VRに初めて触れた年代」としていつまでも記憶されることになるだろう。

2017年冬、とにかく『Rez infinite』をプレイしなければならない——そんな義務感でPSVRを勇んで購入した。配線がややこしい機器PS4に繋げ、想像していたよりもさらに重たいヘッドセットを被り、本作をプレイすると——すぐに「ここには未来がある」と思った。いや、正確じゃないな。「未来に至る——今の時間自分」をばっちり感じたと言うべきか。現在可視化され、360度方位に顕在し、俺をユニバーサルに包みこんだ。

AreaXを初めてプレイした時の、重たい身体感覚から自由になり、魂だけが宇宙に放りこまれたような未曾有の感覚は、ゲームなるものと関わってから過去30数年を振り返ってみても、5歳の時に生まれて初めて電子ゲームに触れた時の体験と並ぶ、あるいはそれを越えかねない、空前絶後体験だった。

それは精神開放であり、身体解放だった。言葉遊びに非ず。

これだけ長いこと「ゲーム」なるものを続けてきて、ゲームからそのような感覚を初めて得られたことに深く感動し、ラストではほとんど泣いていたことがつい昨日のように思い出せる。

そして『Rez infinite』の「次の体験」を今か今かと待っている。

1位 『とびだせ どうぶつの森』(2012/3DS

Rez infiniteからまさかの……自分に驚き、何度も自身に問うた。

あれだけ昔からどうぶつの森』嫌いだったお前が。とび森を。テン年代1位に。据えるつもりか? 

お前はそんなにぶつ森好きだったのか? ありがちな中年男性みたいに「しずえ萌え」になったのか? それとも親子くらい歳の離れたフレンドと時々会えるからか? おいおい、かあいこぶってんじゃねーぞ、と。

だが本作を1位にした決定的な理由——それは、テン年代初頭に放たれた今作から仮想世界」における、人間存在理想的な在り方の萌芽をひしと感じたからだ。

一発で脳内に凄まじいヴィジョンを注入した『Rez infinite』と比べると、まるでアリが餌塚に砂糖を運ぶようなゆったりとした足取りだが、本作は確実に世界中ゲームファンに「もうひとつ世界」をキュートな顔つきと口調(しずえ嬢のような……)でじわじわと浸透させ、人々の無意識をしれっと変容させ、もうひとつ生活を愉しませ、ネット接続により文字通り「飛び出させた」。

どうぶつの森』は今年3月に発売する次作『あつまれ どうぶつの森』においてさらなる大きな広がりと変化を見せてくれるだろう。

が、俺は本作をとくべつに、個人的に、偏執的に、限定的に愛しているのだ。

それは故岩田社長が生み出した『3DS』というハードへの偏愛と、ゲーム機では3DSだけが備えた「裸眼立体視」——ARVRを折り合いし、先取りした——唯一無二の機能によって『どうぶつの森』というクローズド世界をまるで飛び出す絵本のごとく彩り、「夢の中で他者の森を訪ねる」という奇妙かつ魅惑的な通信世界を生み出し——

要は、全シリーズを振り返っても今作『とびだせ どうぶつの森』だけが持ち得た、この奇妙で牧歌的神秘的なアトモスフィアに由るものだ。

カフカ『城』や村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』主人公のように、俺はある時、この森の中に、夢の中に、村の中に、これからも留まり続けることを選んでいた。

そういうわけで、本作を迷わずテン年代1位に据えたいと思う。

※※※※※※※※※※

長々とお付き合いくださって本当にありがとうございました

余談ですが、最初は「順不同」にしようと考えていたのです。これほど自分にとって大切なゲームたちに順位なんてつけるのは相当失礼な気がして。

でも、敢えてつけてみた。並べてみたら、なんとなく自分重要度みたいなものぼんやり浮かび上がってきたので。

異論提言はもちろん、よかったらあなたテン年代ベスト(5本でも20本でも1本でも)教えて頂けると、いちゲームファンとしてめっぽう嬉しいです。

ああ、10年はDECADE(でっかいど)。

2019-12-19

ダブルスタンダードを気にしない生き方

最近ネット上のやりとりを見ていると、ダブルスタンダードであることを全く恥ずかしくないと思っている人たちが増えているように感じる。ダブルスタンダードであることを指摘しても、別に全然気にしていないというか、そもそも何が悪いのかもよく分からないといった反応が返ってくることもある。

これまで自分は、自分の主張がダブルスタンダードになることは恥ずかしいものだと思って生きてきたけど、ネット上でダブスタを気にしない人達発言を見ていると、そちらの方がストレスなく気持ちよく日々を生きられるような気がしている。むしろなぜ自分が今までダブスタであることを極度に恐れていたのかよく分からなくなってきている。別にネット上で論理破綻を指摘されても気にしなければいいんだよね。論理破綻していようといまいと現実生活には何の影響もないわけで、それだったらネット上では論理破綻していたとしてもただただ自分の思ったことを気持ちよく主張している方が得なんだとようやく気付いた。

ネット上は議論を交わす場所としてはとっくに死んでいる訳で、今や論理整合性を気にせずに自分気持ちいいと思うことを垂れ流すほうが正解なんだろう。ネット上でダブスタにならないように気をつけることって、パチンコ屋の中でバカに見られないように哲学書を読んでいることと同じ位滑稽なことなんだね。

2019-08-27

anond:20190827184726

予備知識についてははそうかもしれない

せめて自由時間の行動選択をなくして、強制読書哲学書読んでるのを必ずプレイヤーに示してくれてたら印象が違ったかもしれない。ピアノにしちゃったから知らなかった

2019-06-10

https://anond.hatelabo.jp/20190610010319

同じような境遇から共感した。

ただ、思うんだが、モテるというのは、クソくだらない漫画音楽が売れてて、哲学書が売れてないようなもんだと。

クソくだらない漫画声優がついて嬉しいと思うかの話。

  

恋愛って土俵では、俺自身は無理だと思ったね。

恋愛という土俵は、くだらない漫画を描く技術と等しい。

そこに耐えられる気はしない。

  

ただ、金ってのがそういうイケメンとかより強いってのは救いじゃないか?w

2019-05-11

セキュリティエンジニアって・・・

お前ら休憩中に哲学書文学書を読んだり、ブログツイッター学者名言を紹介してるのに何でIT業界に来たん?

まぁ俺も仕事の休憩中やプライベート時間ファイナンシャルプランナー勉強や株の売買してるんだけどな、何でIT業界に来たんだろう

2019-04-28

哲学書読んでるんだけどさ

極限の概念とかエントロピーとか特殊相対性理論とか、やたらと自然科学用語を出して主張の裏付けみたいに言いたがるけど筆者の理系知識があまりにも不足していて前提も結論ガバガバな内容になっている

古代ギリシャの本じゃねーんだぞ

2019-01-29

偉大なる風刺漫画家さま「モラルは親が教えればいい事 作品に求めるな!」←いうほど正論か?

ぶっちゃけ物事ついたあとのほんの10年間よりも

大人になってからの70年の方が価値観の変動率高いよな?

ウヨからサヨになったり、温厚なビジネスマンからキレる老人になったり

 

しかも大抵娯楽コンテンツ経由だし

哲学書心理学の本を読む学生なんて一握りだろうよ

 

自分の子供の頃振り返っても、親は仕事家事PTAで忙しいわ

先生言わずもがな、生徒を気遣う暇もなく(今はもっと悪化してるだろう)

人間のゴタゴタや漫画アニメ経由でしかモラルを養う場所なかった気がする

 

 

 

あと漫画家がさ、結局は「自分営利の為」に表現の自由を守るくせに

さもご高尚な権利のためのように語ってんの、すごい偽善っぽくみえるんだが()

2019-01-21

自分肯定して生きてみようと思う

自分に優しくして自信を持つというのは、

どの哲学書でも言われているが、非常に難しい。

自分場合さいころにある組織に属していたが自分の出来が悪くて、

同級生大人にずっと怒鳴られて生きていたので、

自分はほかの大人よりも劣っている」

自分なんて何も価値がない」

という価値観を心の奥でずっと持っている。

その他にも生まれた時から体にコンプレックスがあるのも大きいと思う。

要は自分に一切自信がない。

対人関係でも相手に本当の自分を見られてまた否定されるのが怖くて、

正面から付き合うのが出来ず相手に深く関わろうとしない。

おそらく人を遊びに誘ったことなんて、片手で数えるぐらいしかない。

なので親友とか頻繁に連絡を取り合うような友達は一人もいない。

ただ自分に自信がなく何事も謙虚相手意見尊重するので、

学校組織会社内でのコミュニケーションは人よりも評価されるぐらいにはうまくいく。

恋愛においても自分に自信がないのですごく奥手になる。

唯一お付き合いした相手もすぐに幻滅されて別れた。

もちろんいまだにそういったことはしたことがない。

これもコンプレックスの一つになっていると思う。

小さい頃の体験からくる価値観を変えるのは本当に難しい。

自分に自信がつくようなことをすれば自然に自信がつくんじゃないかと思って、

世の中的にはい大学といわれている大学を出て、

いい会社に入っていいお給料をもらっても何も変わらなかった。

またお金はあっても自分はそのお金をかけるだけの価値はないと思ってしまって、

旅行趣味にも一切使えないので、ただお金けが溜まっていく。

オタクの人などが自分だけの趣味のためにお金を使えるのは本当にすごいと思う。

でもこの考えを変えようと思う。

だってこのままだとずっと過去を引きずって、

ずっと不幸に生きて行かないといけない。

人並みには幸せになりたいし、子供が好きなので結婚もしたい。

人間物事をすべて自分の感じ方で捉えるので、

自分意識を変えるしかどうしようもないと思う。

具体的にどうするのって話ですがまずは

をしてみようかと思う。

(もしこうすればいいよってことがあったら是非教えて欲しいです。)

一年後にでもこのエントリーをもう一度見て、

自分に対して自信が持てるように変わっていたら嬉しいなと思う。

2018-10-22

anond:20181022181451

言及どうもです。

彼らは、単純にphilosopher(=知恵を愛する者)ということでいいんじゃなかろうか?

『「知」に対して極めて能動的な人間』、というより、『新しいことを知ることが好き』、ただ単に好きって感じで。

から、はたから見ると、増田も『知らない話題に対しては、無知な者として、目を輝かせて知識を吸収する』スタンスで行けるといいのではないか?と思う。

そう、そこなんだよね。

俺が「怪獣映画を見ること」を苦に感じたことないように、彼らにとって

『新しいことを知ること』はまったく苦じゃなくて、むしろ何よりも楽しいことなんだろうな。

から知識毎日のように流し込んでも頭でっかちにならずに教養として心身に身に付くのだろうな。

彼らにとってはソルジェニーツィンを読むのもゴジラを観るのも同じ『新しいことを知ること』なのかもしれない。

コンプレックス邪魔になるのは、良く理解できる。

自然体で「philosopher(=知恵を愛する者)」として振る舞えてる人達への劣等感や羨望みたいなのは正直あるよね(笑)

ああ、彼らには「おし、勉強するぞ!」って喝を入れる感覚すらなくてこれが自然体なんだ!って気付いた時には震えたね。

多分、「地下室の手記」を読むとハマると思うが、それが上のような態度を身につける為に良いのかは、考えてしまうところ。

実はこの土日で奮起して古本屋で有名な哲学書やらロシア文学をしこたま買い占めてきたよ(笑)

地下室の手記」はなかったけど、カラマーゾフの兄弟罪と罰は買ってきた。

ソルジェニーツィンも何冊か買ったし、デカルトやらカントやらあるだけ買ってみた。

古本屋の店主はすげえ偏屈そうなオッサンだったが、購入ラインナップを見たら笑顔になってた。

何度もお礼を言って店を送り出してくれた。彼も「philosopher(=知恵を愛する者)」なのかもしれない。

手始めに薄いゴーゴリ外套」を読んだけど、思ったより易しくてすぐ読了した。

すっげーヘンテコな話だったけど、不思議な後味が残って楽しめたよ。どんどん読むぞ。

2018-10-14

難解とされる哲学書って原語で読むとそうでもなかったりするよね

日本語になるとなんか物々しく荘厳な雰囲気が出ちゃうんだよなあなんでだろ

2018-10-01

anond:20181001173644

自己啓発書読んでようが哲学書読んでようが純文学読んでようが何ら変わらないが。

2018-09-14

anond:20180914221210

ニュースを見せないことよりも、子供自身テレビニュースを見て「くだらないなぁ」と思えるように育てることのほうが重要では?

アニメも見るし、ドラマも見るし、映画も見るし、純文学ラノベビジネス書哲学書も読むし、テレビニュースネットニュースも見るような偏見のない子供に育ててほしいと思います

 
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