「宗教家」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 宗教家とは

2021-06-12

宗教家が正しく民草に天国を説く生活

詐欺師一般人の財布の中身を搾取する生活

転売屋が不当に暴利を慾る生活

貸金業者低所得者層から金を巻き上げる生活

水商売いかがわしいお姉さんが富豪から大金強請生活

所謂皆の求める「今迄あった当たり前の日常なのだろう

2021-06-10

妹に足を刺された転生

妹はモスキートだった。あまりに巨大すぎて、部屋に入らない羽は畳んで入るようだった。

口では喋らないので、羽音で挨拶するなどが得意だった。

飲水主食であり、時折血を欲しがった。タンパク質が足りないが口癖だった。

妹は見た目が完全に虫だったので、学校では異端視された。

ストローなしでも牛乳が飲めることが特典ではあったが、牛乳から得る糖質は花の蜜ほどの効率性はないようであった。

そんな妹は時折邪神扱いを受けることがあった。奇妙な宗教家たちや、学校を住処とするオカ研の連中にである

彼らは妹の羽音を邪悪なさえずりと言って忌避して真言を唱えるなどした。

塩水を振りかけられたこともある。いかなボウフラからまれた妹とはいえ、塩水は堪えるようだった。

そういえば、母は妹を産んだ記憶がないという、そういえば僕たちと随分姿が違う。

ボウフラからまれとはいえ雌雄があってこそのものだ。なぜ母は産卵した記憶がないのか。

夏が来た。妹は例年通りタンパク質が足りなくなってふらつき始めた。

欲求としては何者かの血が吸いたいらしい。しかし律儀にモラリストの妹はタンパク質摂取を良しとしなかった。

肉は分解できず。大豆摂取できなかったので、妹はやせ細った。こうして兄の私は彼女タンパク質点滴のために病院に担ぎ込むのである

妹が入院して数日後、何やら不穏な噂が流れてきた。病院が閉鎖したという報告もないのに、病院廃墟になっているのだという。病院への支払いや引き落としは滞り無く済まされており、音もなく病院廃墟化したという事実はにわかに信じがたかった。それが噂ではなく実際であるという情報地域に広まるにつれて、私はいても立ってもいられず病院へと足を向かわせた。妹の容態も心配である

病院看板は黒くくすんで、文字は書き換えられていた。邪教の館と書かれている。私は恐る恐る正門をくぐると、受付でミイラ化している看護師たちを尻目に妹の病室へとあがった。これは何かがおかしい。明らかに常軌を逸している。私は額に脂汗をかき、階段を駆け上がった。なにかが崩れるような、産まれるような、奇妙な感覚が襲った。そしてやがて見えてきた妹の病室からは光が漏れだしていることを確認した。稲光のような閃光が部屋から漏れたかと思うと、部屋は静まり返った。

私は恐る恐る扉を開けてみた。そこには奇妙なカプセル風の器具と、羽をはやし、人間のような姿をした、しかし人ではない異形のものが立ちふさがっていた。その元妹であった何かは私に向かって述べた。

「我が名はパズス邪神なり。今後とも​よろしく――」

私は妹の新たな人生に涙を流して拍手した。

anond:20210610154421

2021-06-09

知り合いの陰謀論から本が届いた

陰謀論というかカルトなんだろうか

あんまり詳しくないんだけどさ…

とにかく内容はいろんな宗教の神の名前あげて伝説とは無関係土地を書いて

まあ要約すると「北海道邪悪」ということが山本和美ランドくらいの厚みの本に書いてあっただけで、神話に関しては意味不明だった。

本の感想は以上。

ここからは、身近なところに変な活動をしている人がいて、遠巻きからどう見えているかということを書く。

ただ、本を執筆した人は母親の知り合いで俺自身は一度しか会ったことがない。

からぶっちゃけそこまで詳しく書けないし、親もあんまり興味ないかあくま野鳥の目撃例みたいな話しか書けない。

(めんどくさいので『執筆した人』を『西村』と呼ぶ)

ちなみに西村教祖だ。

西村は教団の幹部のひとりだそうで、他の幹部ヒロユキ・ヒロチョ・ヒロユカナイと協力して

まり活動的でない教祖の代わりに全国を行脚し、地道にセミナーを行っている。今回の執筆もその活動の一環だそうだ。

他のヒロシリーズがどうかは知らないが、元々西村神話に関して全く知識がなかったらしい。

そこに上手いことつけこんだのが動かない教祖ダンさんである

じゃあその動かない教祖ダンさんはどういう人なのかと言うと

教祖と言っても普通の人らしい…まあ変なパワーは使えるらしいが。

そして、入信すれば変なパワーが使えるそうだ。

から西村も同様の力を持っていた。

西村と俺の母の出会いは以前の職場、先輩と後輩の間柄だった。

もともと厳しい人で口数も少ないし笑ったところも見たことがなかったらしい。

それがある日、別人のように明るくなったそうだ。

母と仲の良い別のオバチャン(ニライさんと呼ぶ)の会話に割り込むようになったとかどうとか。

やがて変なパワーについて口を外すようになった。

きっかけは、俺が鬱になったことだ。

俺を心配する母を見かねて、変なパワーを使って神に俺の鬱を治してクレメンス毎日1時間掛けてお願いしてくれたそうだ。

そして俺が知らん間にとうとう俺の体に神を埋め込んだ。やめろや。

そんな西村の熱意に、母とニライさんは恩を感じてしまう。

職場のよしみもあって動かない教祖ダンさんのセミナーへ参加することとなったのだ。

当時の俺は西村を悪い人と思わなかったし、母が誰かとご飯を食べに出かけるところを見たことがなかったので

しろ喜ばしく思えた。

だが話が違った。出かけてから時間、夜も遅いのに帰ってこない母。あの母から返事がない。

いつも持ち歩いているカバンも置きっぱなしで、何かおかしい…と勘付いた。

あれはカルトだ。

すぐさまカバンから連絡先メモを取り出し、西村と思しき人物に鬼電する。

すると、5分後に電話が返ってきた。

その声色は俺の焦燥に反して落ち着いていて、それが俺の神経をサカナでした。

「親を返せ!このエセ宗教家!」その後、西村は1時間掛けて俺を諭した。

思い返すだけでも恥ずかしい。

俺が鬼の形相でまさに鬼電をしていた時間、動かない教祖ダンさんのスピーチが行われていたそうだ。

から変な気持ちにさせたのなら申し訳ない、西村はそう俺に謝ると一言優しい言葉をかけてくれた。

「無理しないでね」

その後、母とはすぐに連絡がついた。マジで意味不明ダンさんの話・エンドレスと極度の空腹で寝ていたらしい。

だが、その日を境に母は西村の話をしなくなった。不信感からではない、動かない教祖ダンさんの態度が気に入らなかったからだそうだ。

一方でニライさんはインスタに神社写真ばかりあげるようになった。

それから2年後。

俺が西村落合う事になったのは、地元にある小さな神社節分祭が終わったばかりの夕暮れ時の神社だ。

そこを集合場所にしたのは西村の方で、曰く「神がそこに来るから現地集合で」ということだった。

初めて訪れるその神社は、町に近い場所にありながら堀江に囲まれ不思議な造りで、

すぐそこに町の明かりが見えるのに、神秘的なほどに静まりかえっていた。

成り行きで決まった予定なのに、西村を待っている閑静で暇な時間無駄に期待を高めさせる。

ようやくこの目で見ることができる。

まだまだ変なパワーについても謎が多いところだが、ネタバレすると神通力宇宙の神を引っ張り下ろしてその一部を体に埋め込んでいる)で対話しているそうだ。

俺にはボソボソとつぶやいてるようにしか見えなかったが、西村と神の対話があまりに楽しそうだったので酷いことは言わないでおく。

とにかくその日、俺は初めて行った神社境内西村西村妻と神(見えない)に会った。

西村はあの時の電話での語り口のように、聡明で感じが良かった。だが、目の奥に熱いもの〜俺を鬱に追い込んだ中途半端ベンチャー社長のような〜を秘めているようだった。一方妻の目は終始申し訳なさそうだった。

早速、変なパワーを見せてくれる西村。曰く「神は鳥居から数えて3本目の木に降りてくれたんだ。抱きついてみて。」もちろん拒否

代わりに西村が木にしがみつくので、その様子を俺はすかさずスマホに収める。

西村と神(*木のなかにいる*)の交流は5分におよんだ。俺のケツからこっそり顔を覗かせていたスマホは、

カラスの鳴き声と遠くからかすかに聴こえる移動販売ななひらボイスをBGMに、オッサンが木にしがみついているだけの静止画映像として無事に収めると、やがて火を吹いてホッカイロに変わった。

その様子を俺がとやかく言う道理はない。儀式は静かに終わったのだ。

その後西村は熱心に動かない教祖ダンさんへの想いを俺に語ったあと、俺に会った目的を簡ケツに告げた。

てっきりダンの会に誘われるのかと思い込んでいたが、ダイゴサンだったようだ。

西村活動範囲を広げるべく、仕事を辞めてまで布教のために上京するので最後挨拶したいということだった。

東京でも頑張るから、陰ながらでも良いか応援しててね。」なんて、声優になりたくて上京した幼馴染みと同じことを言っていたか

なんで疑っちゃってたんだろう。

そんな珍妙で優しい西村の書いた本が手元にある。

動かない教祖ダンの会はまだ検索にヒットしない。

だがあと5年もすれば、ダンの会を…あの西村の顔をネットで見ることができるのだろうか?

俺はその時まで、あの静寂とケツのぬくもりを忘れることはないだろう。

2021-05-30

anond:20210530104600

というか、そもそも人間には幸福になる権利だけでなく義務がある。不幸は伝染するからである。『恋愛的瞬間』で森江四月もそう言っている(そこでは「不幸になる権利」への言及もある)。ほかに宗教家も同じ見解の者がいる。

https://newstyle.link/category6/entry971.html

https://yubt.net/man/1834.html

2021-05-16

anond:20210516015317

それぞれの事務所で使ってるパソコンスペックを知りたい。

宗教家でもメモリ4GBでは耐えられず32GB積んでるのだろうか。

2021-05-11

anond:20210511230323

私も常にそう言われるしひどい時は宗教家までラインナップに加わるけど、これってつまりお前は社会不適合者だぞって意味だよね

血迷って営業職もいくつか受けたけど全て落ちたので営業以外がいいと思う知らんけど

2021-05-10

anond:20210510145203

私は俗に言う「カモられやすタイプ」の人間なので、データが出てきたときこそ、すぐに鵜呑みにしない。

また、情や雰囲気に流されやす人間でもある。

熱く訴えているから、苦しい心を吐露しているからという理由でも鵜呑みにしない。そういう制約を設けている。

そうでないと、熱心な宗教家ステキなお鍋を売っている人に無限に騙されていってしまう。



ここ面白いね。

弱者男性論者は熱心な宗教家ステキなお鍋を売っている人くらい胡散臭い連中だと思われてるらしい。

フェミニストに対しても同様に思ってるのかな。

自己弁護のつもりが自らの偏見晒しているように思いますが。

弱者男性差別存在するから知ってください」のブコメについて

こんにちは、satoviviです。

こちらの記事https://note.com/mefimefiapple/n/n6b712e954db8 )についてブコメを書いたら、スター連打されたり、レイシストと呼ばれたりしています

この件について、100文字じゃ返事をできないので増田を書きました。



私のブコメは88cmと8kg氏の記事の「命と健康」の箇所にひっかかったから書いたものです。

(以下、長くなるのでですます調をやめます



男性男性というだけで、女性の2倍以上自殺に追い込まれ

未婚男性は既婚男性より寿命が15年短い、女性関係ない

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93638_1.php?



この近辺で「あれ?」と感じて読み止まった。

記事を読んですぐに変だと感じたのは、記事テーマは「弱者男性差別」なのに、「男性」の話やデータを用いたり、「未婚男性」のデータを用いたりしているという点。

まず「男性=すべて弱者」ではないと思う。この国では政財界に限らず、主要なポジション男性が多数を占めているのは知っての通りだ。

そして「弱者男性=未婚男性」でもないはず。

だって未婚男性の中には、この間ホッテントリに入り、ブコメ弱者じゃないと否定されていた資産持ち増田Twitterお金を配る余裕がある人、将棋界の未来を担うだろう彼も入っている。


それから、ここの部分。

「未婚男性はそれどころかあの世に入れられています

あの世に入れられている。という表現だったかな……と思ってるんだけど魚拓取ってなかったので、記憶いかもしれない。

記憶違いだったとしても「あの世に入れられています」という言葉はひっかかる。

未婚男性あの世に入れられている。ここには「誰によって」という主語がない。

「誰かに殺されている」ともとれる表現だ。穏当ではない。

さらに言えば「では誰に? そして何故?」という部分が非常に気になる。

仮想敵を作ってしまいかねない表現と感じたので、ここについて指摘したのが私のこのブコメだ。


未婚男性寿命が短いのは、外食コンビニ弁当などの高炭水化物・高脂肪食生活運動不足になりがちなせいという論文国内外わず出ていたかと。
かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態


内容の正誤については、検索すれば論文も偉い先生コラムいくらでも出てくるので割愛

貼っても論文を読む時間がない人も多いだろう。

サラッと概要を読みたい人に勧めるなら、この独身研究科さんのコラムが、グラフもあってわかりやすくていいと思う。


引用元https://toyokeizai.net/articles/-/333980?page=4

配偶関係別の死因を45~64歳の年齢層で見てみると、有配偶男性独身男性(未婚・離別)とがまったく正反対の傾向であることがわかります。有配偶男性の死因は、主に白血病を含むがんであるのに対して、独身男性は「糖尿病」「高血圧性疾患」「心疾患」など、主に生活習慣に起因する病気です。これは、独身男性が、外食コンビニ弁当などによる高炭水化物・高脂肪食生活運動不足などに陥りやすいからと考えられます


かといって、有配偶男性全員が独身男性より普段食生活運動などに気を使っているというわけでもないでしょう。有配偶男性は妻によってそこの部分をサポートしてもらえているだけの違いかもしれません。なぜなら、未婚男性と離別男性がほぼ同じ傾向だからです。



88cmと8kg氏の記事は、定義名称が入り乱れていて混乱する。

窮状を訴えているのなら理解したいけれど、データと主張の筋が私のなかで通らず、うまく読み進められない。

いまもまだ、全部は読んでいない。


私は俗に言う「カモられやすタイプ」の人間なので、データが出てきたときこそ、すぐに鵜呑みにしない。

また、情や雰囲気に流されやす人間でもある。

熱く訴えているから、苦しい心を吐露しているからという理由でも鵜呑みにしない。そういう制約を設けている。

そうでないと、熱心な宗教家ステキなお鍋を売っている人に無限に騙されていってしまう。

データの精査をひとつひとつしていくことになるから、読もうとすればかなり時間がかかると思う。


から、それ以降の内容については触れていない。



ここまでが、あのブコメを書いた経緯と理由

まとめると、

・「弱者男性」というテーマなのにデータや話が、「男性」「未婚男性」などと混ざってしまっている。

・「未婚男性弱者男性」とは思えない。なので「未婚男性」のデータで「弱者男性」を論じるのには無理があると指摘する。

・いまのデータでは「未婚男性」が他者によって「あの世に入れられている」という根拠が薄い。

・「未婚男性」の短命さは食生活運動などの生活習慣によるものではないかとの学術的な指摘が複数ある。

・「殺されている?」「あの世に入れられている?」という表現おかしいと感じたので、あのブコメを書いた。



ここからは、ブコメへの返信。


chikurou 生活に窮乏している人は自炊する余力がない、野菜など高いって話ではなかったっけ。弱者男性話題の時だけ自己責任?/その時トップだったsatoviviさんのブコメに対するリアクションです


id:chikurou さんへ。

まず、私が指摘したのは「弱者男性」ではなく、「未婚男性」だという点。

「未婚男性」のなかには、いわゆる「強者男性」も入ってしまっている。

ブコメでも混ざってしまっているので、ここは強調しておきたい。


88cmと8kg氏が掲示したのは「非正規において」男女の給料差は93%とかなり平等という点。

ただ、正社員も含めたデータ(女性賃金(2020年11月版))で、男女間賃金格差をみると、2019年男性100%という基準にした場合女性は74.3%という数字が出ている。

このことから、「未婚男性」よりも「未婚女性」のほうが賃金が低い可能性すら出てくる。


賃金が低く、生活の困窮している人は自炊できない。

野菜は高い。

それが短命の主要因なら、もっと未婚女性の死亡年齢も下がるのではないかと。

しかし、実際には未婚男性ほど下がっていない。

未婚男性より未婚女性の方が賃金が高いというデータもない。


まり貧困や困窮が主要因で、「未婚男性」が短命になっているとは言い切れないのではないか。そう考えています

あなたはどう思いますか?



nakana79 現トップブコメ、そこからちょっと歩くだけで「黒人栄養状態は悪い(平均寿命も短い)→黒人は誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている」に辿り着けちゃうよ……


id:nakana79 さんへ。


トップブコメが入れ替わりましたが、たぶん私へのコメントだと思うのでお返事。


「そこからちょっと歩くだけで、黒人黒人は誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている」に辿り着けちゃうよ」とのことですが、そうはならないと考えている。


まず、統計代表される数字データは、思い込みバイアス)をできるだけ排除するためにある道具ということ。

完璧な道具ではないが、使える道具だ。少なくとも私はそう認識している。


おそらく、nakana79さんはアメリカ黒人差別、および貧困問題を下敷きに話をしていると思う。(違うならご指摘ください)

ただその話は、日本の「未婚男性」におけるデータとまったく関係がない。

アメリカ日本では、歴史的な経緯も、人種構成も、経済規模も何から何まで違う。

そこにあるのは、まったく別の2つのデータであり、統計だ。


とくに根拠もなく。国の成り立ち、環境要因、遺伝要因、時代的要因の類似性もない。

そんなデータ文脈上の雰囲気で混ぜたら、数字を取る意味がなくなってしまう。


アメリカ黒人差別を含む人種差別は、長年に渡って続いている。

かつては就業教育制限され、投票権もなかった。

もし日本において類似するものをあげるなら、被差別部落女性となり、「未婚男性」ではないかと。


日本の「未婚男性」におけるデータと仮説と、アメリカの「黒人」におけるデータと仮説は別物。

そこからちょっと歩く程度で混ざるものではないし、意味なく混ぜてはいけないものと考える。



kumaponta 差別感情精神盲点にある様で、自分差別感情自分認識することはできない。それは差別ではないと言う前に主語黒人女性自分に入れ替えてから考えてみよう。


id:kumapontaさんへ。


「未婚男性」のデータにおいて、主語黒人女性自分と入れ替えても、今回の主張は変わらない。

データ上で名称が変わるだけ。主張や仮説、定説が変わるわけがない。




多くのブコメも、おそらく「誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態」という表現に引っかかっているのではないかと推察する。

そして、ここが最近ブコメが「差別レイシスト」「いやそうじゃない」と荒れやすい部分ではないかと思っている。


あくまで私個人は、「誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態」という表現差別ではないと考えている。

理由として根拠のない決めつけや、レッテルが入っていないことをあげる。


書くのも嫌だが、例を出す。

たとえばこれが

「未婚男性は、生活習慣が他の属性より乱れている。誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態。だからやつらは劣っている」

「未婚男性は、生活習慣が他の属性より乱れている。誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態。そんな連中にまっとうな仕事ができるわけがない」

「未婚男性は、生活習慣が他の属性より乱れている。誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態。そういう人たちと一緒にいると怖い」

とあったら差別だ。完全に差別だ。

この差別文に、殺せだの隔離しろだのくっつけたらヘイトスピーチとなる。

ここまできたらもう最悪だ。



しか差別差別じゃないか境界線は難しい。

こうだという結論は、おそらく裁判の結果でしかからない。


それでも日常で気をつけるために、わかりやす指標ひとつだけあげるなら、それは「比較からくる優劣が入っているか否かだと思う。

ものごとを「比較」する。数値の差を見る。ただそれだけならいい。

しかし、「比較」は優劣を生みやすい。

比較からくる優劣があるから劣等感」「優越感」「嫉妬」「蔑み」が生まれ、「恐怖」や「不安」を作り出す。


さきほど、事例として最後の一文をつけ加えたが、これらの大本は全部「比較からくる優劣だ。

比較から生み出された優劣が、データ上の数値が高い、低いのままなら問題ない。

そこから導きだされる仮説。同じ仮説が複数重なった定説も、おそらく差別ではない。これを差別としたら、人に関するどんな研究もできなくなる

しかし、そこに「劣等感」「優越感」「嫉妬」「蔑み」「恐怖」「不安」による根拠のない決めつけやレッテルを貼ったら差別になる。

私はこのように考えているが、どうだろう?

ほかの方の意見もうかがってみたい。



今日はもう時間が取れないので、ここまで。

2021-05-05

日本中国支配された方がいい10の理由

1. 宗教の廃絶、宗教家の粛清

宗教現代社会アヘンという主張もある。

古典宗教から新興宗教まで、例外なく、廃絶される。

日本は「政治宗教の分離」という原則さえ守れていない。

まり憲法法律自分達で作っても守れない。

これはいわば野蛮人であり、見せかけの法治国家である

政治宗教混同した法治国家否定するいくつかの政党政治家は粛清される。

今の与党である自民党を巣食っているカルト

(少なくともフランスにおいてはカルト団体として認識されている)

も同様に粛清される。

2. 民主主義否定し、中央集権による強制的スピード対応

緊急事態条項なんてものがなくても、中国問題がない。

自民党がやろうとしている改憲中途半端日本中国のようにしようという目論見であるが、

初戦は付け焼き刃であり、中国四千年の歴史ある中央集権独裁によるスピードには敵わないのである

(…ごめん、四千年はウソである

スピード「感」というのは、それはやってる感を演出している、というニュアンスを含んでいる。

中国香港民主主義否定し、ちゃん弾圧を実行した。

やってる感の日本とは大違いである。

3. アソウイシハラのような他国への侮蔑暴言挑発の本場

アソウイシハラ応援する輩は中国政府を支持するべきである

他国侮辱挑発するなら中国政府を支持するべきである

しかもそれは言葉に留まらず、武力的な挑発核戦争さえも辞さな覚悟である

なぜ核戦争も辞さないと断言できるのか、といえばベトナム戦争である

ベトナム戦争北側ゲリラ戦法が勝利のカギとなった、というのはウソである

本当は中国ソ連が、アメリカが敗北を認め、ベトナムから撤退しなければ、

北アメリカ大陸への核攻撃を辞さない、という姿勢を明確に示したかである

いわばアメリカは中ソにビビってしまい、戦争終結させる妥協点を見出そうとしたが、

それさえも迷走してしまい、いわば外交の失敗でアメリカ中国に敗北した。

政治家や外交官が迷走する時間が長かったため、

その間にベトナム現地における戦争方向性がまったく放置されたため、

いわゆる戦争映画の多くに見られるような混乱した状態が続いたわけである

アソウイシハラは口が達者なだけだが、

中国ロシア政府自国利益のためなら核戦争に臆することはない。

私はこういった自国国益を最優先する姿勢評価している。

4. 神の見えざる手国家が担ってくれるためバブル崩壊はありえない

例えば中国自転車レンタルサービス起業されても大失敗してしまい、

廃棄されたレンタル自転車が山になっている写真日本で笑いものにされるが、

大量生産大量消費は未だに中国的には美徳なように思われる。

こういった大量生産大量消費のスタイル高度経済成長時代日本に見られたものと同様であり、

中国経済の安定性を表しているとも言えるし、

そもそも中国経済実質的には国がコントロール経済であって、破綻はありえないのである

日本ではもう20年近く中国経済破綻する、不動産市場崩壊するという論が唱えられてきたが、

一向にその兆しはないように思われる。

5. 面倒で3K労働少数民族アフリカ黒人がやってくれる

例えば洗濯機が1年で故障したとしても、保証間内クレームを入れれば新品と交換である

畳と女房だけでなく、あらゆる製品は修理ではなく交換が基本である

もしくはそもそも製品自体安価なのだから買い替えた方がコスパも良いのである

こういったスタイルそもそもApple製品なんかでは常識ではないだろうか。

iFixItを挙げるまでもなく、

分解や修理する権利というもの破壊するというイノベーションApple発明した。

私はかなり昔、Intel iMac使用していたが、修理しようと分解してみれば、

中には大量の両面テープが使われており、ネジやはめ込みを使うべき箇所でさえ接着剤を厭わない。

こういったAppleのようなナウでイマいヤングバカウケの設計スタイル中国では当たり前である

分解、修理できない洗濯機だろうが、安価であれば買い換えればいいのである

そして、大量に廃棄された製品は廃棄処理場で、

貧困層少数民族黒人有毒物質まみれで分解してくれるのである

ちゃんリサイクルも実現できているのである

リサイクルにかかるコストは彼らが負担してくれるのである

これにより都市鉱脈とも表現される金などは再利用されるのである

エコである

そもそもエコというのはコストがかかるものであり、それは奴隷によってしか実現できないのである

しかしながら、白人日本人はその現実から目をそらしている。

誰かがババを引かなければ実現できないのが世の常である

6. 宗教のみならず思想も統制されるがポルノには甘い

だってほとんどのポルノ思想はないからね。

ただ、AVストーリー警察不正を暴くとか、国の政治批判的な内容を含んでるとか、そういうのはアウト。

ところで、自民党政治批判ネットに書いたら削除する権限を欲しているんだけど、

これって中国政府とまったく同じだよね。

自民党応援する人は、もっと強力な中国政府を応援するべきだよね。

7. 教育に悪い漫画小説映画禁止され、教育勅語のような道徳教育強制される

親学とか、お父さんお母さんを大切にしよう、みたいな教育賞賛さえされるよ!

天皇はアウトだけど。

だって天皇宗教だし、宗教現代社会アヘンからね。

キリスト教仏教同様に神道禁止

平等だね。

8. 深センのような莫大なお金が集まりハイスピード製造業エコシステム

中国にはシリコンバレーが失った一攫千金の夢がまだあるんだよね。

そして、思い付きから品質プロトタイプ投資家から資金獲得、

書くのが面倒なので色々あって、量産、出荷までの過程がすべて一つの都市に集約されてる。

こんな技術者製造業にとって夢のようなディズニーランド世界のどこにもない。

なんか書くのが面倒になってきたぞ!

9. 科学技術をやるなら中国だよね!

貧困層犠牲にしてでも、少数民族犠牲にしてでもロケットを飛ばすぞ!

月の裏側へ!火星へ!木星へ!

フォン・ブラウンロックスミスが大好きなら中国政府を支持するよね。

ぼくは少なくとも科学技術を最重要視する姿勢中国を支持する。

これは真面目な本音の話である

自民党政治家や党員でさえ疑似科学にどっぷりハマってる人が多い昨今だからね。

10. 核兵器がある

なんか核の疲れてきた。

11. さいごに

この後に中国政府を指示しない方がいい10の理由を書くというネタだったはずなのだけど、

なんか最近疲れやすいし、ほんとに自分も遂にコロナ感染したのかもしれない。

コロナ太りしすぎたし、歯槽膿漏出血は酷いし、身体中に蕁麻疹ができることがあったり、

皮膚症状もコロナではあるらしいし、しもやけに似た症状とか全部血管に関する異常なんだよね。

失職したのでお金が尽きたら役所に行くなどして無償でフードを提供してもらえると助かるのだけど、

最短で行けそうな場所電車で数駅かかるみたいで、

まあ、日本福祉があるようでなかったりする国だから仕方がないよね。

障害者雇用とか待遇とか、酷いからもうイヤになってたところではある。

最長6年以内に台湾フィリピン中国戦争するというのがアメリカ側の主張だし、

自分もそんな感じで見積もっていたので、意見合致して寧ろちょっと自分で戸惑っていたのだけど、

まあ、俺より遥かに頭が良くて高給なアメリカ人でも、俺と同じぐらいの時間感覚だったんだ、

と思ったりもして、昨今の日本政治のアホさ加減にウンザリしてたので、

コロナで早死には上等な気もするんだよな。

死ね社会的責任とか長男長女の責任とか、この国の抑圧的な価値観から解放されるわけで、

それはそれで願ったり叶ったりなんだよな。

2021-04-29

[] #93-14「栄光の懸け箸」

≪ 前

ここにきて、紳士相手市長だったことに気づいたようだ。

「そうですが……どうかしましたか?」

「い、いえ、どうもしません。では、私はこれでっ……失礼します」

すると、なぜか紳士バツが悪そうに話を切り上げ、そそくさと店を去っていった。

これは語り手である俺の推測でしかないが、多分この紳士宗教家だ。

この町で新興宗教を細々とやってる教祖がいるんだが、そいつ言動何となく似ている。

逃げるように出て行ったのも、政治家宗教家が関わるもんじゃないと分かっていたからだろう。

なぜなら政治宗教という組み合わせはジャガイモの入ったカレーライスのようなものだ。

共に食べられてはきたものの、ジャガイモ存在ノイズになっているのは否めない。

市長は気づかず終いだったが、このまま美味しいカレーライスとして消化した方が幸せかもな。

…………

結局、市長矯正用の箸に予算を出さなかった。

そのことについて市長は、十八番記者会見で、こう話した。

最近話題になっております児童の箸の持ち方を教育機関総出で指導する件におきまして、市は統制ないし後援をいたしませんことを、ここに表明いたします』

『市としましては児童の、ひいては市民自由意志尊重しており、これはコモンズにおけるサンクションにおいても同様です』

『その肯否や妥当性、それら取締においても各コモンズ内で完結するものであります

随分と回りくどいことを言っているが、要約すると……

『箸の持ち方を指導する点について、市は良いとも悪いとも言わないよ』

自由ということは市も関係いから、学校側や現場大人たちが責任もってやってね』

『箸の持ち方をちゃんしろだの、それ位でやいのやいの言うなって諍いも市民たちで勝手にやって、皆いい感じに付き合っていってね』

ってところだ。

「有り体に言ってしまえば、政治家お得意の責任逃れだな」

「なんすかそりゃ。箸の持ち方くらいで、わざわざ記者会見を開いてまでやること?」

みんな呆れると共に安堵していた。

ある意味、“マナー”というものが納まるべきところに納まったからだ。

箸に正しい持ち方があることは変わらないし、持てるに越したことがないのも変わらない。

である以上、ちゃんと持てていない者を気にかける人がいるのも当然だ。

だが箸の持ち方に答えはあっても、それをどれくらい重く見るかには答えがない。

そこまで気にしないって人もいるだろう。

個々人が何に対して、どの程度の思いがあるかなんて把握しようがない。

超能力者にも、ロボットにも、未来人にだってからないだろう。

からこそマナーがあるともいえる。

それを守ろうとすることで社会は円滑に動くが、ちょっと破ったくらいで根元から一気に崩れ落ちるわけでもない。

箸の持ち方は、あくまでこの社会渡り歩くための“橋”のひとつしかないのだから

実際、この市長の会見は良くも悪くも意味を成さなかった。

学校によっては、市から予算下りないのを承知の上で、矯正用の箸を配給したところもあるらしい。

ちなみに弟の学校はというと、毎年2~3時間くらい指導する程度に落ち着いたようだ。

有象無象(ガキ共)の箸の持ち方を、その程度の時間矯正できるとは思えないが、たぶん“学校指導は最低限しました”ってポーズをとっておきたいのだろう。

(#93-おわり)

2021-03-26

anond:20210325150343

>無になったもののためにできることはないと完全に割り切るなら生者への救いもまたないのだよ

 

その通りだよ。救いなんて幻想自体宗教法人商売道具に他ならない

信仰は最強のプラシーボと考えれば、宗教家癒し手ではあると思うけどね

2021-03-17

anond:20210317192339

哲学専攻の3割ぐらいそんな感じ。その人たちはよく留年したり消えたりする

あとは推しがいるとか推し学派があるとか

実家宗教家とか

仮面浪人とか

2021-03-07

anond:20210307174222

卑屈だね

ちなみこれになんらかの答えは持ってる?

知的ボーダー』『重い精神障害』『受動的で依頼心が強く問題解決能力が皆無』

それぞれ誰もが問題だと思っていると思うよ。自分自身上記の該当者でなければ

 

ただそれらの問題に上からじゃなくて対等な人間として向き合うには

なんちゃってじゃない精神成熟度が必要だと思う

下手したら宗教家よりも求められると思う

 

しかし出来ない理由しよりも実現する方法を考える方がポジティブ

どうしたら保護する必要がありそうな人と対等に向き合えるか?

■ 子どおじ?ニート学生おっさん?おばさん?ガキ?とか理解不能煽りがあるけど

 

実際、その通りだったとして『で?』なんだがなにかオチはあるんだろうか?

 

いくら稼いでるか? どのくらいの資産があるか? どんなスキルがあるかじゃないの?

一般的社会ステータスを決めるもの

いくら稼いでるか? どのくらいの資産があるか? どんなスキルがあるか?

 

これが一般的には社会ステータスを決めるものだと思っているけど

例えばこれがゼロだった場合も 子どおじ?ニート学生おっさん?おばさん?ガキ?の謎の煽りと同じく

『で?だからなに?』ってなると思うんだけど

 

なにかオチはあるんだろうか?

anond:20210307154744

のしいよ

はしゃぎ過ぎて反省することはあるが

 

いま1番回答が欲しいのはこれ

知的ボーダー』『重い精神障害』『受動的で依頼心が強く問題解決能力が皆無』

それぞれ誰もが問題だと思っていると思うよ。自分自身上記の該当者でなければ

 

ただそれらの問題に上からじゃなくて対等な人間として向き合うには

なんちゃってじゃない精神成熟度が必要だと思う

下手したら宗教家よりも求められると思う

 

しかし出来ない理由しよりも実現する方法を考える方がポジティブ

どうしたら保護する必要がありそうな人と対等に向き合えるか?

2021-03-05

anond:20210305005512

知的ボーダー』『重い精神障害』『受動的で依頼心が強く問題解決能力が皆無』

それぞれ誰もが問題だと思っていると思うよ。自分自身上記の該当者でなければ

 

ただそれらの問題に上からじゃなくて対等な人間として向き合うには

なんちゃってじゃない精神成熟度が必要だと思う

下手したら宗教家よりも求められると思う

 

出来ない理由しよりも実現する方法を考える方がポジティブなので

どうしたら保護する必要がありそうな人と対等に向き合えるかって投げかけだったらよかったね

 

ラーメンハゲ『上から優しくする人間は、容易に上から殴りつける人間に変わる』

2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(1)

日本文学編(anond:20210222080124)があまり注目されなかったけれども、記憶を頼りに続きを書く。

芥川龍之介河童

どの作品を入れるべきか迷った。古典翻案に見られる知性とユーモア晩年作品にみられる迫害的な不安、どちらの傾向を持つ作品であっても、元文学少年の心をひきつけてやまない。特に歯車」などの持つ、すべてのものが関連付けられて迫ってくる凄味は、学生時代に再読したとき、行き詰まりかけていた学生生活不安と重なり、ただただ恐ろしく、読み終わってからしばらくは寝床で横にならされた。

河童」を選んだのは中高生の頃で、河童の国を旅する要素に心を惹かれたことを思い出したからだ。それは、大学生の頃よりも不安が弱かったからなのか、この作品に潜む女性への憧れと恐れが自分に響いたのか、あるいは架空世界架空言語に魅せられたのか、その理由はわからない。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン雪の女王

アンデルセン小説を読んでいると、きっとこの人モテなかったんだろうなあ、ってのがひしひしと伝わってきて、何だったら今晩一杯つきあうよ、的な気分にさせられる。一人寂しいときへの痛みと、女性への復讐心が入り混じっていて、読んでいて心がきりきりとする。

で、この作品の中でひたすら「いいなあ」と思うのは、悪魔の鏡のかけらが心の中に入ると、どんな良いものもその欠点ばかりが大きく見えてしまうという設定だ。

ところで、ディズニー作品価値貶めるつもりはないけれど、原作とは全然違う話に似たタイトルをつけて世界中に広げるのってどうなんだろう。デンマーク人は怒らないんだろうか(「人魚姫だって原作改変をやってるし……。いや、ディズニー普通に好きなんですけど、最近こうした異文化の扱いって難しいですし……)

グレッグ・イーガン祈りの海」

「白熱光」にしようかと思ったのだが、これはエイリアンニュートンアインシュタイン物理学自力発見していく過程が延々述べられるだけの話で、燃えるけれども物理学の基礎をかじっていないとちっとも面白くないのでやめた。ついでに、彼の欠点として「科学者エンジニア最高、政治家宗教家文学者は役立たずのクズ」という態度を隠そうともしないところがある。要するに理系の俺TUEEE小説なのだ。それに、しょっちゅうヒロインから説教されるし、作者はいったいどういう恋愛経験をしてきたか非常に心配になる。

そうしたえぐみ比較的少ないのがこの短篇集で、最初に読んだ本だから愛着がある。それに、上の隠しきれない欠点にも関わらずイーガンが嫌いになれないのは、科学的な真理に向き合う姿勢と果てしのない好奇心がかっこよく、さらに己に課した厳しい倫理に身が引き締まるからだ。

カズオ・イシグロ日の名残り

友人と富士山に登るときに持っていったこともあり、これも自分にとって思い出深い小説だ。これは、大戦後の新しい時代適応できない英国執事物語である

彼の小説の語り手は基本的には何かを隠していることが多いので、いつも歯に物の挟まった言い方をする。そのうえ、誰もが自分の信念にしがみついているものから登場人物同士の会話は勝手な主張のぶつけ合いになり、実のところ会話になっていない。

カズオ・イシグロはそうした気持ちの悪さを楽しむ作家だ。そして、「日の名残り」は自分の本当の気持ちに蓋をして生きている人、やりたいことよりもやるべきことを優先してしまう人に、刺さる作品であるに違いない。

ミシェル・ウエルベック素粒子

彼の作品不快だ。主人公のボヤキは原則として次の通り。俺は非モテから思春期の頃には思いっきセックスできなかった。中年になって女を金で買えるようになったが、ちっとも楽しくない。子供も老人もみんな大っ嫌いだ、バーカ! これはひどい

作中に出てくる西欧文明の衰退だのなんだの宗教への逃避だの一見知的に見える議論も、すべて上記の嘆きを補強するためのダシに過ぎない。それでもなお、なぜオススメに入れたのかというと、人をエゴ抜きで愛することの難しさを逆説的に語っているからだ。そして、自分が愛されておらず、必要ともされていないと感じたとき人間がどれほど孤独とみじめさを感じるかを緻密に描いている。皮肉なことに、これは性と愛について真摯思考した書物である

ただ、どの作品も言っていることが大体同じなので何冊も読んではいない。

ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人

僕がウルフのことが好きなのは、単純に文章が美しいというだけじゃなくて、迷っている人間の頭の中で浮かぶ複雑な段階が細かいところまでよく見えているからだ。例えば親しい人への憎悪が浮かび、言葉ではそれを否定して見せるが、態度にふとこぼれ出てしまう。そうした過程子供が貝殻を見つけたときのように、ひとつひとつ並べている。

そして、意識の流れとでもいうのか、ある人物意識から別の人物意識へと、外界の描写連想を経てシームレスに移行していく感じが、本当に巧みな脚本映画みたいで、やっぱり映画って文学から相当影響を受けてるんじゃないかって勘ぐったりするのだけれど、本当のところどうなのかは知らない。眠る前の自分意識もふと過去に飛び、すぐに現代に戻り、夢想し、眠りに落ちていく。

灯台へ」とどっちにするかこれも迷った。

ミヒャエル・エンデはてしない物語

さえない少年万引きした小説を読んでいると、いつしかその物語の中に取り込まれしまう。これは主人公異世界に行き、そこでなりたい自分になるが(まさに公式チートだ)、その報いとして自分自身が本当は何者であったかをどんどん忘れてしまう。何よりも面白小説なのに、その小説現実に向きあう力からではなく現実逃避の手段となることの危険性を訴えている。主人公が万能チート野郎になってになってどんどん嫌な奴になっていく様子は必見。また、後半で主人公を優しく包み込む人物が、私の与えたものは愛でなく、単に私が与えたかったものに過ぎない、という趣旨台詞を言うシーンがあり、これが作品の中で一番自分の心に残っている台詞だ。

ちなみに子どものころ映画版を見て、原作とは真逆メッセージストーリーになっているのにショックを受け、初めて原作破壊行為に対する怒りを覚えた。僕が大人商業主義を信用しなくなったのはこれ以来かもしれない。

円城塔文字渦」

基本的自分は何かを知ることが好きで、だから知識の物量で殴ってくるタイプの彼の作品も好きである。それでいてユーモアも忘れないところが憎い。フィクションとは何だろう、言葉文字物語を語るってそもそもどういうことだろう、そうしたことをちらりと考えたことがあるのなら楽しく読めるはず。「Self reference Engine」で抽象的に触れられていたアイディアが、漢字という具体的な文字によって、具体的な形を与えられている。

元々SFの人だけれども、最近日本古典にも守備範囲を広げ始めていて、SFが苦手な人も楽しいと思うし、慣れたらSFにも手を出してほしいとこっそり思っている。

遠藤周作沈黙

どうしてこれほどあなた信仰しているのに、手を差し伸べてくれないのですか。せめてささやか奇跡あなたがいらっしゃるということだけでも示してください。そういう人類が何千年、何万年も悩んできたことについて。神に関しての抽象的な疑問は、具体的な舞台設定を与えないと机上の空論になる。

以前も述べたが、ここに出てくる仲間を裏切ったりすぐに転向したりしてしまう情けないキチジローという人物がとても好きで、彼の「迫害さえなければまっとうなキリシタンとして生きられたのに」という嘆きを、情けないと切り捨てることができない。

ただただ弱くて情けない人物遠藤周作作品にはたくさん出てくる。だから好きだ。僕が文学にすがらねばならなかったのは、それなしには自分の弱さ、愚かさ、卑怯さ、臆病さ、ひがみを許せなかったからで、強く正しい主人公たちからは救われなかった。

イタロ・カルヴィーノ「冬の夜一人の旅人が」。

男性読者」という名の作中人物が本を買うが、その本には落丁があった。続きを探すために彼は同じ本を手に取った別の読者である女性読者」を探し求める。彼はいろいろな本を手に取るが、目当ての本は結局見つからない。枠物語の内部に挿入されるつながらない小説の断片は、それだけでも完成度が高く、まるで本当に落丁のある文学全集を読んでいるような楽しみがある。

世界文学パロディー化した物語のページをつないで作った「鏡の中の鏡」かと思わされたが、それ以上のものだった。語りの文と物語関係とは、新作と偽作とは、そんなテーマ物語レベルメタレベルの二つの層の間で錯綜して語られている。

ダニエルキース「アルジャーノンに花束を

知的障害者チャーリーゴードンが脳手術で天才になるが、その知性は長続きしなかったという悲劇として知られている。けれども、僕はこれをただの悲劇として読まない。障害者セックスについて正面から向き合った最も早い作品の一つだからだ。

チャーリー女性の裸を考えるだけで罪悪感からパニックになってしまう。それは母からの過度な抑圧と体罰が原因だったが、それはチャーリーの妹を彼の性的好奇心から守ろうとするが故の行動だった(チャーリーの母が、周囲からもっと支援を得られていたら、あれほどチャーリーにつらく当たらなくて済んだんではないか、とも思う)。

天才になったチャーリーは恋をし、トラウマを乗り越え、苦労の末に愛する人と結ばれ、やがて元の知的障害者に戻ってしまう。一見すると悲劇だが、彼にはセックスに対する恐怖がもはやなくなっている。彼がただの障害者に戻ってしまったという感想は、その視点が抜けているのではあるまいか

ナタリア・ギンズブルグ「モンテ・フェルモの丘の家」

素晴らしかった。中年の仲良しグループというか、ツイッターでいうクラスタの間を行き交う書簡を通して話が進む。居場所をなくすこと、愛情を失うこと、自分の子供をうまく愛せないこと。そして、友人の死。テーマは深刻だ。なのに、読後感は良い。それは視点距離を取っているからか、登場人物を公平に扱っているからか、それとも愛を失う/奪われる過程だけじゃなくて、そのあともちゃんと書いているからなのか。長い時間の中で、家族や友人が近づいたり離れたりする感じ、これこそ人生だ、みたいな気持ちになる。

アーサー・C・クラーク幼年期の終わり

子供の頃、太陽が五十億年も経てば地球を飲み込んでしまうと知って、非常に恐ろしかったのだけれど、それ以来人類運命について書かれた物語がずっと好きだ(H・G・ウェルズの「タイムマシン」も何度も読んだ)。

人類は滅んでしまうかもしれない。生き延びるかもしれない。しかし、宇宙に出て行った結果、ヒトとは似ても似つかないものになってしまうかもしれない。彼らは人類の何を受け継ぐのだろうか。そして、今しか存在しない自分は、果たしてこの宇宙意味があるのか。

人類運命が気になるのと同じくらい、僕はきっと遠くへ行きたいと思っている。だから、ヒトという形から自由になってどこまでも進化していく話に魅了され続けるのだ。


進む→anond:20210301080139

2021-02-13

本と図書館になぜ価値が認められているのか

https://anond.hatelabo.jp/20210212190921

https://anond.hatelabo.jp/20210212214154

これらの問いに対して、人類が歩んできた歴史視点からの回答が無いので、記しておきます

 

お前らって本という物体に対してだけ異常に過保護じゃない?それにしてもお前らの「本を大事しろ!本を傷つけるな!」的な反応は過敏で異常だよ。宗教なの?

それは「図書館」っていうシステムが原因だと思う。なんで本だけ特別視されて、自治体無料で貸出しなくてはいけないのか本当に謎。

 

これは人類が、本そして情報を手に入れる為に、血みどろの歴史を歩んできたから。

その歴史の教訓によって培われた共通認識を ”宗教” と呼ぶならば、そうかもしれないが。とりあえずは、なぜこうなったのかを紐解いてみましょう。

 

古来、文字書物(パピルス木簡など)は特権階級軍人貴族宗教のものでした。なぜ特権階級が独占していたかというと、文字を記す為のパピルス木簡製造コストが高かった事や、地図軍事情報など機密に関する内容が記されていたなどが理由です。庶民識字率も低く、市民文字を使うとしても帳簿や資産管理としての利用が長年続きます

しか15世紀グーテンベルク活版印刷機の発明により状況が激変します。書物が大量複製できるようになり、庶民知識が行き渡るのです。

これまでの世界において、知識文化とは、口伝継承によって高いコストをかけて伝承されていく特権階級のものだったのが、複製された本を手に入れることでも誰でも知にアクセスできる時代が到来しました。

当時の特権階級宗教家達の心情を記した言葉が残されています

教皇知識印刷術を廃止しなければならない。さもなくば、印刷術が最終的には教皇廃位に追い込むことになろう。

From the Days of Great Dedications - John Fox's Book of Martyrs

 

その予言現実のものとなります

印刷術による本の普及により、知が民衆化した。それにより特権階級だったカトリック教会の力が弱まる。

そしてゆくゆくは18世紀ヨーロッパ市民革命に繋がり、ついに貴族統治する時代終焉し、民主主義が産声を上がった。

それまで特権階級が保存していた、価値ある美術品や博物品は、市民の手により Museum として共有される事になりました。(英語Museum博物館美術館の両方の意味を備えるのは、貴族から奪った貴重品をいっしょくたに展示した為、美術品や史物の区別をつけなかった事が定着したからとも言われている) 一方、図書館革命時代より一足はやくに制度化が進んでいたため、 Library という名前で普及していく事になります

 

概ね図書館および本という存在が、市民の地道な活動により普及し、普及した成果がさらなる民衆活動を促した。という見方ができるといえます

日本図書館協会の「図書館について - 図書館を支える理念」を引用します。これこそが、図書書籍歴史を端的にあらわしています

図書館は、それを生み出す社会の特徴や条件を色濃く反映してきました。戦時下では国家思想を広める役割を果たすこともありましたし、一方では社会マイノリティーの権利を守るために働くこともありました。社会の変化の中で、図書館はさまざまな状況におかれてきましたが、いくつもの波にもまれながら、いかなる状況の下でも、すべての人たちに情報提供するのが「図書館自由」(Intellectual freedom of libraries)なのだという理念を獲得するに至りますアメリカでは「図書館権利宣言」(Library bill of rights、1948年採択)、日本では「図書館自由に関する宣言」(1954年採択)です。これはあらゆる種類の図書館が守るべき自律的規範として、広く支持を得てきました。また、この原則を守るための専門職の行動規範として、「図書館員の倫理綱領」(Code of ethics for librarians)があります

図書館について

 

私のシンプル記述だと物足りず不満に思う人もいると思います。興味がある人の為に、図書館歴史近代ヨーロッパの歩みについての書籍を紹介するので、それで理解を深めてください(と逃げさせて頂く)

ヨーロッパ近代史 (ちくま新書) (日本語) 新書

書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで

本の歴史 (「知の再発見」双書) (日本語) 単行本

 

 

まあ総括して言える事は、本が重要だと長い歴史の中で認められてきた為、今の扱いの重さに至ってるって事ですね。

同じ理屈で、他の疑問にも答えられる。

米とかもそういう節がある気がする(平均的な食品大事にされ方を遥かに超越して大事にされてる)けど、どういう心情からそれが発生するわけ?

お米は長らく税として徴収されてきた歴史がある。つまりお金と同じ価値でした。

宗教なの?

同じ理屈で返すなら、あなたの財布に入っている一万円札。これはただの紙切れなはずですが、破いて捨てないのはどうしてですか。社会的・歴史的に一万円札価値と通念が形成されてるから、大切に扱うわけでしょう。ただの紙切れなのに。

それも宗教というのならば、宗教かもしれませんね。

本も、米も、お金も、同じことです。

図書館基準で考えるなら、体育館施設利用自体無料にしてほしい。図書館法律がそうだからというのは理解している。それなら体育館もそうすればいいのにってこと。オリンピック的な勢いでそうならないかなぁ。運動する人のことも考えてほしい。

図書館にも有料のものも多くありますが、まあ置いておくとして。この理屈は分からなくはありません。

しか図書館と同じように、社会必要とされる意味合いが重くなるなら、きっと体育館無料になるでしょう。

実は歴史の上でも先例が多数ありますオリンピック繋がりでスパルタの例を紹介しましょう。

古代オリンピック発祥の地にも近い、ギリシアスパルタ。7歳になった子供スパルタ国家の寮で生活し、毎日運動がさせられます費用はもちろんスパルタ国家が全部負担してくれます無料です。立派な運動教育のすえ、子供は屈強な戦士としてスパルタ国を守る存在となりました。めでたしめでたし

これはスパルタ教育という言葉現代にも伝わっていますね。大げさな例を出しましたが、このように社会必要とされ価値が認められれば、無料になる例には事欠かないと言えます

日本高齢化社会が進んでいますし、健康寿命を気にした予算投入も珍しくありません。スパルタ国ほどオーバーな例はないにしても、無料になるところは今後増えると思いますよ。社会必要とされていますから

2021-01-30

クオリアの違いを表現した作品が見たい

たとえばここにパンティーがあって、

ある人は「綿100%、普通に洗って大丈夫

ある人は「定価500円ぐらいの安物。勝負下着には出来ない」

ある人は「デュフフ……初音ミクと同じ柄なんだお」

ある人は「無印良品、いやしまむらか……」

ある人は「服をちゃんしまわない人類ゴミだと教えたはずだろう」

とそれぞれによって物の見え方が違うわけだが、どうも多くの創作物はそれをセリフ範囲まででしか表現できてねえ感じがするんだよなあ。

地の文目線の高さや分解能がどの人物フォーカスしてる場合だろうと同じっていうかさ。

人によって世の中の見え方って全然違って、それこそ宗教家にとっては自分のとこの御神体は神々しいしけど他の宗教のものに関してはそういう感情別に抱かないわけじゃん。

そういった違いをちゃん表現してる作品が読みたいんだが中々引き当てられねえ。

オムニバス形式になってて、キャラクターごとに世界を視るレンズを換えていってる作品、もちろん名作。

この条件でなんか知らん?

教えたがりでしょ君等。

2021-01-29

anond:20210129010146

それはそれで一つの正しい見方ではあるが

個人的にはやや単純すぎ怪しいと思う


一般に、反グロバリストは当事者性への立場とかやウチ・ソトの区別が単純で

グロバリストはそれがないということだ、という視点は一理ある


でも俺は余り支持していない

アメリカで行われた研究

支持政策グロバリスト的でもドメスティック的でも、ウチ・ソトの直感的な区別に起因する好き嫌いは強固で

グロバリストはその基準が国や見た目ではなく、知能指数道徳的振る舞い、会話の高度さなどで判定されているという結果が出ていた

その説明だと、要するに内集団と外集団判定基準

幼少期から文化的類似度できまってるだけであり

排他性はどっちも同じぐらいだという

例えば、キリスト教保守宗教家とかが彼らなりの問題意識社会運動すると

グロバリストが脊髄反射で「胡散臭い詐欺だ、偽善だ」と言うパターンはある

これは保守人間グローバル活動家を疑うのと似てる

集団判定基準が違うだけと考えれば説明がつく


問題を「偽善」の直感的な判定基準としよう

要するに、集団全体の利得のために、道徳規範や協力を説く相手

別に集団帰属してるんじゃないかとか、個人利益のためじゃないか、と直感的に反発するのが偽善を感じる機能

この判定が厳しすぎたり、単純すぎるのが活動家嫌いだろうか

一理ある


だが逆にグロバリスト活動家帰属集団人類全体にとっているだろうか?

当事者性のない問題にも常に純粋コミットしているだろうか?

これはかなり怪しい

帰属集団世界全体にとっているというお題目を掲げた、実際には一部の集団」に帰属意識をもっているだけかもしれない

というか教育や親、周囲の環境の影響を受けているだけならそのパターンは実際に多い

当事者性なんてもの所詮毎日その事を考えているかどうかだ

グレタさんが活動家になった第一要因は親が活動家だったからだろう

犯罪被害者の手記を毎日読んでいる人間被害者自己同一化してしまうことも多い

そうでない人間との違いは、心の傾向ではなく毎日手記を読んだかどうかだろう

活動家嫌いも幼少期から毎日環境保護活動してたら偽善だと感じなくなるかもしれない

決定しているのは生育歴やらの環境要因だ

そういった経験もなく、純粋共感性しやすさで行う人間も居るだろうが、それは詐欺に騙されるのと外形的には違いはない

共感性が高いと見るか知能が低いと見るか



というわけで俺なりの結論を述べると、特定活動家偽善だと思うのはごく普通、正常範囲内の心の動きであり

特定活動家を支持するような人間も、別の問題には偽善を感じている場合も多いし

それを分けるのは主に、その特定問題に幼少期にどれぐらいコミットたかとか教育歴とかなどで

心の性質による傾向の違いだけで説明すべきかと言われると否だと思う


何でも当事者性を感じて、他人活動偽善を感じない人がいたら

詐欺に騙されまくったり

しろ特定活動家にもなれず、様々な社会問題毎日気にして精神病になってしまうだろう

しかにこういうパターンも確かにネットを見ると散見される

こういう人に比べれば確かに他の人は共感性は低いかもしれない

だが正常な低さと言えるだろう

2021-01-22

神様信仰することのアホらしさ

タイトルで強烈な文言を述べたが、私個人神様信仰していない。私は神様ではなく自分幸福をもたらしてくれる縁や尊敬できる偉人信仰している。

私の家系日蓮宗であるが、それを意識することはほとんどない。葬式や父の実家仏壇を拝むときだけだ。クリスマス初詣もするし、お守りを持つこともある。

このような態度は無宗教と呼ばれ、日本人の多くはこれに分類される。中にはこれを宗教的態度の欠如である批判する人もいる。私が小学四年生の時の担任教師はこれをおかしいと非難した。

しかし、私はこのような「無宗教」が日本で起こったことや、無宗教の人が宗教恩恵にあずかれるのはおかしいことではないと思っている。

日本人宗教観は、この世には沢山の神様がいるという宗教である。この世のあらゆる事物にはそれぞれの神様が宿り、神様達の動きによりこの世界因果関係が決定されると考えた。それぞれの神様人間と同じく感情を持つものとして考えられ、祭祀信仰はその神様のご機嫌をとることに近かった。この宗教的態度は外国から仏教儒家思想キリスト教などが入ってきても変わらなかった。

このような宗教的態度が生まれた背景を和辻哲郎のエセー「風土」は日本(および東アジア)の雑多な生態系災害の多さに求めた。日本人古来より抗いがたい災害に見舞われ、それに耐える忍耐力を養った。そしてその気象条件は同時に命の恵みも与え、我が国植物動物の息吹があまねく見受けられるのである

こうした環境日本人精神を作り、その精神から人格を持つ沢山の神様を生み出したのである。これは自然環境が変わらぬ現在でも同じであり、欧米中東のような一神教的な絶対神日本征服できないのはこのような理由がある。一神教の神は、多神教神の国の一部として取り込まれるのだから

遠藤周作小説沈黙」では、日本に伝来したキリスト教の教えが日本根付かず改変されていることを元宣教師フェレイラが嘆くシーンがあるが、それは上の風土を考えれば当たり前のことなである

一方でキリスト教イスラム教などの一神教誕生したのは、砂漠の国中東からである。そこは日本とは全く異なる生命の息吹が皆無の殺意の大地である。そのような状況から砂漠の民のヒューマニズムへの関心はとりわけ高く、それが人間の味方である絶対唯一神への信仰を生み出した。

それがヨーロッパに入り浸透したのは、ヨーロッパ民族合理的従順だったかであるヨーロッパ生態系が単調で、人間からすれば自然は全部「役に立つ」ものだった。そこから古代ギリシャローマ代表される科学合理的思考がこの地で起こり、それはヒューマニズムに満ちた一神教を受け入れたのだ。

ここで、あらゆる神や宗教を吸収する多神教の国日本一神教が人々を統べる欧米中東差異が分かる。そして、これが日本無宗教を受容する態度と非難する態度の違いを生み出すのだ。

一神教宗教観は日本無宗教非難するが、それは無宗教神様信仰しないからだ。一神教の神は世界創造者で裁定者で救済者なのである。それを信仰することが彼らの人間として生きることの証なのだ。故に無宗教非人間的な態度であり、シリアルキラー同類存在なのだ。先の私の小学校先生無宗教人間として無節操な態度と考え、非道徳の理由無宗教に求めたのだ。

その上で私は一神教宗教家の方々の私の宗教観への批判反論したい。私が信仰しているのは神を持たない宗教であると。

先ほど私は日本宗教観ではこの世の事物にはそれぞれ神様がいると述べたが、それはあくまでいるだけであり信仰する神ではない。物事因果を神の所業と考えているが、それを起こす神が気まぐれでそれが沢山いる以上もうどうしようもないのだ。もしこれが人だったら早々と見限るような神々は沢山いるのだ。神は人を選ぶのだろうが、人間も神を選ぶのである

私も以前は神は正しいメッセージを授けてくださると思っていたが、いつまでたっても授けてくださらない。それは当たり前のことであり、雑多な風土に宿る神が雑多なメッセージ以上の何かを発信することは出来ないのだ。日本土地では裁定者たる神はいないのである。「沈黙」でも、主人公の前に裁定者は最後まで表れなかった。裁定者は日本という沼地で溺死したのだ。故に主人公は生きるという決意で生き延びたのだ。

沈黙」では神を心のなかで生きる存在と最終的に結論付けたが、私はその神の存在意義は最初から否定した方が楽なように思えるし、そちらが神様にとってもありがたいであろうと思う。そうでないと私は神様に対する「たかり」になってしま申し訳なさで死んでしまいそうだ。

何か危機に陥ったときにかつては祭祀加持祈祷に頼っていたであろうが、科学時代においては科学の方が日常生活では「烏合の衆」よりかは帰依出来る。

今のコロナ禍でも、精神的基盤を補強する役割以外では、神頼みよりも衛生的処置医療措置の方が遥かに大事なことはすぐに分かる。

では私は何を宗教に求めているかというと、私の心と世界とのコミュニケーションである。世の中には理不尽なことは沢山ある。そんなとき世界沈黙し私を嘲笑しているように錯覚することがある。

だが、それは私が世界とのコンタクト放棄しているかである世界は私を嘲笑していない、語りかける励ましの言葉はある。私がそれに気付くとき、私は心を開き癒されるのだ。その回路を開くことが私の宗教的態度である。私が信仰しているのはそうしたものである

私は長々とここまで語ったが、私は他人宗教的態度を否定するつもりは毛頭ない。私には私の納得する宗教的態度があり、それを大切にしている。故に他人にはここで語ったことに対抗しうるだけの宗教的態度があると考えられる。私はそれを侵すつもりはないし、相互不干渉を守りたいと思う。自分の守りたいものと同じように他人の守りたいものは守りたいのだ。

私の記事は以上だ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん