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はてなキーワード: 宗教学とは

2020-06-21

anond:20200621093607

楽と聞いたか心理学を取ったけど、普通に生理学の部分しかやらなかったので、生物選択じゃなかったら死んでた

同じく楽と聞いて取った宗教学はもう最初から何言ってるのかわからんかった

社会学はどっちかと言うと後者寄りだろう

2020-02-04

anond:20200204163830

ちょっと前にアメリカでの用例見て思ったのは金にならない学問リベラルアーツとくくられてるんじゃないかなということ。

今どきは金の臭いがプンプンする統計学はもちろん、数学全般入れてもらえ無さそうだし、物理も除外される。語学も入らない。

リベラルアーツに入れてもらえてるのは文学などの芸術宗教学ソーシャルサイエンス全般あたりみたい。

Wikipediaで答え合わせしたらまた別の分別がされていて、人により、場合により境界はブレてるのかなと思った。

https://en.wikipedia.org/wiki/Liberal_arts_education#Modern_usage

2019-11-24

キメラって…

新しいポケモン化石ポケモン話題になっていて、ずばりギリシャ神話キマイラのことではなくて、普段からよく話題になる想像上の生き物で「複数動物の特徴を掛け合わせているやつがいたなぁ」って思ったりしてたんですよ。

そいつドラゴン」とか「龍」とかい呼び名でよばれているんですけど。

個人的な分類なのでそれが常識ということは全然ないので構えずに聞いていただければ幸いなんですが、ドラゴンって呼ぶ時は西洋伝承の竜、「龍」って呼ぶ時は東洋伝承リュウ意識しています西洋伝承との比較話題ときにはわざわざ東洋龍をドラゴンとかよんだりして自分からルールを破るので、本当にそこは私事ですよね。

ちょっと前にNHK特集ドラゴン伝説に関する番組があったりしたんです。

テロップに「人類学者」「歴史学者」「宗教学者」って表示される人の他には、古生物学者さんとか比較生物学者さん、気象学者さんなんかもコメントしていたのが印象に残ってます。あと世間話ドラゴンって話題に出すときには、地理学勉強している知人と話していることが個人的に多かったりもしますね。結構、色んな分野からドラゴン伝承というもの話題にすることができるってのは面白いなと思います

生物学的な知見から語るドラゴンとはずばり恐竜化石の話でした。僕たちの世代ともなると人間何人ぶんくらいの恐竜化石が見つかったとして、それは人類が成立する前の時代の、大昔の生き物の痕跡であって「こんな生き物がいまも生きて闊歩している」とは咄嗟にも思わない訳ですが、それは今日に至るまでの研究成果とそれを知識として普及できる教育の賜物であって、それがなかった時代の人たちはそうは思えなかったって話です。

番組ではルーマニアで有名な翼竜化石が見つかっていると言及されていましたが、ルーマニアドラキュラ伝承の元になったヴラド・ドラクル公の故郷ですよね。「ドラクル」という別名は彼の自称で「悪魔の子」って意味だとよく言われますが、本当は「竜の子」とかそういう自称だそうです。言語には明るくないのでもっと正確な意訳ができず恐縮でありますが、無知身上なので「音が似てますもんね」とか言います。どうしてそれが「悪魔の子」だなんて受け取られ方をしたかと言えば後述したいと思いますが「ドラゴンは当時の人々にとっておそろしい敵役で、悪魔に連なるキャラクター」だったからです。竜の子なんて自称するのはその宗教的事情考慮するならば自ら悪魔敵役を名乗る型破りなことだった訳ですね。かなり話が脱線しましたが、竜の子ヴラドの伝説的な話が根付ルーマニアで、空を飛ぶ恐竜化石が見つかっているという話がなんだか面白いなと僕は思う訳です。「無関係とは言えないだろう」とか僕なら思っちゃうし言いたいですし、当時の文献記録に化石の発掘らしき出来事記述とかあるならそれは想像捗るので素敵な話だと思います

比較生物学的な見地からはいまも生きている生き物、特に蛇が槍玉に挙がっていました。ずばりって感じがします。番組では「何故ドラゴンは火を吐く?」という疑問に対して、蛇がちろちろと舌を出す様子に触れつつ、この蛇の習性が「誤った情報伝達の仕方をして」ドラゴンに火を吐かせるようにしたのではないかという話をしていたのでこれが面白かったですね。

まずドラゴンという想像上の生き物が成立する。次に「ドラゴン想像上の生き物で、実物を人前に持ってきて伝えることができないから」人間想像を絵に描いて伝えようとします。この間に、ドラゴンというのは実在しない生物なので、かわりに実在する他の生き物の特徴を取り込んでイラストとして出力されてしまう訳です。無いものを描くことはできないので、かわりに実際に有るものの特徴を代用して想像を膨らませていく。会話で比喩表現を使うようなもんですよね、「奴は蛇のようにずる賢い性格なんだ」とか「鳩が鉄砲で撃たれたような顔してるぜ」とか。

それで番組に出てきた絵なんですけど、たぶん火を吐いてなかったんですよ。イラストの横に難しいラテン語でびっしり説明文書かれていましたが、「これは火を吐いている絵ではなく、蛇のように舌をちろちろさせているドラゴンイラストです」って言われたら僕はそれで納得してしまます。そんな絵でした。

ところで遠い土地に住んでいる人に自分の描いた絵はこういうものだと事細かく説明できますか? 僕はそういうのが得意ではないので、しばしば伝言ゲームみたいになっちゃうんですよ。これが誰もが当たり前にまだラテン語を読めなかった時代で、聖書記述すら読み書きの技術を持つ教会神父様に読み聞かせていただかなればならなかった時代となると、もっと大変だったと思います。もちろん、そういう誤解が広がらない為にバチカンの偉い司祭様たちは色んな対策を立てたと思いますが、果たして悪魔の姿形まで全員の意見を一致させようと手を回す余裕があったのか」はわかりません。イラストというのは文字言葉より強烈です、写真の無かった時代ならそれは写真の代わりすらつとまったほどに。それでもやはり限界はありますよね。実際にあるものを観察して正確に描いたものなら兎も角、空想風景自分が見たことのある風景に喩えながら暗中模索で描きあげたらしいドラゴンイラストですから尚更。もちろんそれを見せる相手が目の前にいたなら言葉にして説明できたでしょうが、その絵が本に載って遠い土地にいる人たちの手に渡った時、そして彼らが字を読み書きできないとかそもそも違う言葉を喋っている人たちだったりしたら、蛇の舌の絵が火を吐いているように受け取られたりしても即座に訂正したりできないのでそのまま広がってしまますよね。

ここでちょっと本旨に触れていますが、空想上の生き物は実際にはいないのでそれが絵や銅像といった形にされる際、実在する動物の特徴をつぎはぎにして成立する時がある、というのが比較生物学的な知見で言いたかたこであるように思います

恐竜化石にしたって、伝説に語られるファブニールヒドラのものしか見えない代物が発掘されている訳じゃありませんからそもそも恐竜化石から想定した想像図が最近すこしずつ変わっているらしくて、僕が映画で見たティラノサウルスコモドドラゴンじみた堅そうなウロコに覆われた姿でしたが、いまは鳥のように羽毛が生えていたのではないかと言われているそうです。ここはもう少し言及すると、恐竜末裔はいまも空を飛んでいる鳥、特に渡り鳥である、なんて話にも波及していきそうですが、僕はそのへん浅学なので触るだけで容赦していただきたく思います

最後歴史学人類学宗教学、あとすごく恐縮なんですが地理学から見たドラゴンの話をしたいな、と思います。ここがすごく自分が興味ある分野になるので話が長くなりそうなんですが、そのほとんどが他の人から受け売り知識・聞きかじりの知識であることを先に明言してから話したいと思います。この話を僕にしてくださった皆様に限りない御礼と尊敬を。

まず、先程までドラゴンが火を吐くのは、蛇の舌の特徴を取り込んで描いた想像図を見た別の人が、その絵の様子を「火を吐いている」と誤解して広がったからではないのか、と話題にしていました。さらにここを掘り下げて「何故火を吐いている姿に見えた(誤解した)んだろう?」という話をしようかと思います

ラクル公の話にも戻りますが、西洋ドラゴン悪魔に連なる存在であり、人々にとっておそろしい敵役だったと言います。これは特に難しい理由がある訳ではなくて、人間より大きく、翼を持っていたり、人間の頭を咥え込める大きな口にずらりと牙が並んでいたり、ずばり「人間に噛みついて攻撃してくる蛇という生き物が人間よりでかかったら食べられそうで怖い」という恐怖心が、当時の宗教的道徳観で形成されている独特の恐怖心とつよく結びついた結果だと思います恐竜人間を食べそうだから怖い、ドラゴン人間を食べるから怖い、悪魔地獄にいて人間に悪いことをするから怖い、というのが全部同じ話になってしまった時、「ドラゴン悪魔の手先である」という話になるんですね。そこにバチカン神父様まで話を合わせはじめるともう誰も待ったをかける人間がいなくなる。恐怖とは使い方があるのです。「食べ物を粗末にすると目が潰れるからしてはいけない」なんて言い回し日本にはありますが、本当にそうなのか?といえば絶対にそんなことないですよね。それが本当の話になってしまうと、目が見えない障がいと向き合って生きている人たちはみんな「食べ物を粗末にした」罰でそうなったという理屈が通じてしまうので大変失礼な話になりますぶっちゃけこの言い回し、嘘か本当かで言えば嘘の話ですよね。でもいま食卓に並んでいる食べ物を、少なくないお金を支払い、少なくない労力を駆使して調理し、なんとか苦労して食卓提供し続けている親からすれば、それを子供台無しにされるのはひどくつらいことであるしその悪癖を矯正しないまま大人になっても子供のためにはならないからなんとかやめさせたいと思うのは当然なわけです。しかし、突然の家不景気に陥れば金銭交換ままならず明日にでもご飯が食べられなくなるという話を、お金単位すら知らない無知の子供に納得してもらうまで言い聞かせるのは大変な交渉スキル言語センス必要とされます。これが「何故人が人を殺してはいけないのか?」「何故人が人から物を強奪してはいけないのか?」というレベルから説明しなければならないとなれば途方もない気分になってきますよね。なのでそれを説明する側は、悪いことをしてはならないという理由として「悪いことをすれば怖い目に遭う」と方便…つまり一種の嘘を用いるという苦肉の策を導入することにしました。これが日本で言えば「目が潰れる」とか「人攫いにあう」とかで、キリスト教国教である場所では「悪いことをすれば悪魔のいる地獄に落ちるぞ」とか言われるようになる訳です。ドラゴンに食べられるのは誰だって嫌ですよね、僕はジュラシックパークティラノサウルスに食べられるレベルから嫌ですしサメだって怖いですから、悪行に対する応報としての悪魔地獄で罪人を責め苛む悪魔ドラゴンを操るなら当時の人たちにとって2倍の怖さになる訳で、時の宗教家たちはおそろしいドラゴン悪魔に与えることでみんなが神の御言葉もっと信じて慎ましく穏やかに生活する世界(=悪人悪魔ドラゴンをおそれて悪行を思いとどまったり、間違えてからでもそれを悪いことだったと反省して償いをする世界)が形成されることを期待したわけです。なので実は違う種類の複数の恐怖が、宗教道徳という枠組みの中で融合するのは全然難しい話ではないってことですね。ドラゴン英雄に退治される話が多いのも似たような理由です。人間勇者が悪いドラゴンを退治して財宝と美しい伴侶を獲得して幸せに暮らす…というのは敵が強いぶん本当にそれを乗り越えられるならば素晴らしい成功であるように思える訳ですね。実際に、ドラゴン退治の伝説宗教に組み込まれた結果、聖ジョージドラゴン退治など、有名な宗教説話としてたくさんの人々に親しまれています。強いドラゴンが悪であったほうが都合がよかった時代場所があったということです。

この長い前提があって、ドラゴンが火を吐く話が続きます。まず多くの宗教において死者の国・地獄とは地下世界に想定されます。そして程度の差はあれど、地獄とは炎の世界で、罪をおかして死んだ者はその炎に焼かれてずっと苦しむと説かれます。これはキリスト教例外ではないというか、悪魔が住む地獄とはその典型であるように思いますね。何故地獄燃えいるかと言えば、人間が火に焼かれる痛みを強烈に忌避する話の他に、古い時代の街並みが火災に弱いというのが挙げられます日本でも江戸時代の平屋づくりなんか想像してくだされば分かりますが、木材を含む家屋が道の両脇にずらりと並んでいるのは火災脆弱なんですよ。火災の真の恐ろしさとは「燃え移る」「燃え広がる」ことです。デマゴーグが人々の間であっという間に拡散して個人名誉毀損の度合いがもう取り返しがつかなくなってしまう様子を「燎原の火」などと喩えますが、あれは草原に火を放つと一瞬で更地になるほどの規模の火災になることのようだと言っています。この草が家に置き換わったようなことが頻発しやす都市計画というのが密集した家屋群にあたります。隣の家同士の距離が近ければ近いほど深刻だという認識で間違いないと言えます対岸の火事なんて言い回しもあるんですが、実は一つの川を挟んだ対岸で火事が起こっているとしても、風向きと風速次第では火の粉が飛び火してきて火事になることも珍しくないらしいです。キリスト教地獄の話をしているのでその圏内にある国の歴史話題にするなら、ロンドンテムズ川を挟んだ両岸の街々が飛び火が原因の大火事被害に見舞われたことがあるそうです(これはNHKドラゴン特集受け売りです)。時代が昔に遡れば遡るほど消火技術というのが未熟なので、燃え盛る地獄イメージが成立したほどの大昔となると一度家に火がつけば街一つ灰になるのも特に珍しくなくて、それが冬越し前ともなれば家の壁と屋根なしで厳しいヨーロッパの冬を耐えなければなりません。みじめなんてものではなくて、死にます火事から助かったとしても家も財産食べ物燃えしまっていて、最悪の場合助けてくれる隣人の家まで飛び火で火事になってて誰も助ける余裕なんかないとなれば、そういうのを「地獄のような風景だ」と言うのでしょう。これを避ける為に毎晩高台に見張りを立てるなどの習慣が根づいたそうです。ファンタジーでやぐらに立つ見張りといえば敵国の侵略者瀬戸際発見するだとか怪物が村や街に侵入しないようにする為だとかいイメージで、もちろんそういう意味での見張りもありますが、一番怖かったのは火事だそうです。というか、敵国の兵士に火付けされることだってあります火攻めとか言われる戦法で、この場合侵略者火事が同時にやってきます侵略者は火で街の財産がすべて灰になる前に大急ぎで火事場泥棒をはたらくので容赦する時間的余裕はありませんし、火をつけられた街の住人だって火に焼かれるか人に殺されるかの極限状態ですから狂乱しています。ただの火事より、もっと大勢死ぬでしょう。侵略者はまさに地獄からやってきた悪魔や化け物に見えたでしょうね。そうやって実際にあった大火災惨事記憶が、架空風景である地獄イメージを補強して、いまの地獄絵図というものがあるそうです。だから悪魔の手先であるドラゴンが火を吐く(操る)のは当然だ。地獄からやってきたのだから」と言われれば、なんだかすごく話の筋が通っているように思いませんかね?

その上で更に別の解釈を交えます地獄は地下世界にあると先述しましたが、地下にあると言えば何を想像するでしょうか。道具や芸術品の材料や貴重品そのものとして今でも生活の身近にある鉱石宝石も地面の下から採掘される資源です。しばしばドラゴンは財宝と関連づけられることを思い出させられますね。化石も地下から現れることが多いです。ドラゴン地獄に住まう悪魔ペットであることと、ドラゴンイメージ形成するのにひと役買ったらしい恐竜化石とがつよく関連づけられるような気がしますね。それで、マグマも地下には流れていますね? マグマによる火災被害、つまり火山噴火というのはそれほど頻繁に起こる訳ではありません。少なくとも、毎日地球のどこでも火山噴火しているともなれば人間生存圏はもっと狭くて、地球人間には住みづらい星だったでしょう。将来的にそうなるかもしれませんけどね。それはそれとして、噴火は頻繁に起こらないので毎日人間マグマに殺されているというほどではないと思いますが、それ故に今でも予測して対策が立てづらく一度起こってしまえばおそろしい被害規模となる天災でもある。邦画にもなった漫画テルマエロマエ舞台くらい昔のローマにおいては、伝説的な火山噴火によって当時の大国が大打撃を受けたらしい…そしてそれはただの伝説という訳ではなく、地質学考古学的な研究からも実際に大災害が起こっているという史実的な話だそうです。ところでテルマエロマエという作品に触れましたが、これはお風呂テーマにした漫画です。日本でも観光地各地が抱える温泉施設というのは間欠泉という自然現象を利用したお風呂であることは周知ですね。この間欠泉温泉というのが、地下の水源がマグマによってあたためられて地表に噴き出す現象で、多くの温泉はそのまま人間が入浴するには適さないほど高熱だったりします、死ぬような大火傷を負うほど熱いこともあります(程度の差はあり、中には最適な Permalink | 記事への反応(1) | 14:56

2019-10-01

anond:20191001070848

から思えば宗教学校にでも通って個性を身につけておけばよかったよ

普通高校に行くんじゃなかった

2019-07-23

笑いながら涙が出るんだ

朝起きて家族おはようと言って

にこにこと笑って心配させないように会社に行って

駅で肩を突き飛ばされてもへなへなと笑って

ゲーム中毒上司に無学全開な指摘をされても適当に受け流して

ポジティブシンキングしないといけないから嘘だとわかっても前向きに取り繕って

そんなもの人生ならば今すぐやめてしまいたいのだがどう思うだろうか

我儘だ、とよく思う

当たり前に権利の主張を声高にする

傷つかないために決めた強すぎる自我の発露がたくさんあって

そのせいで疎まれたり嫌われたり距離を置かれることはいざ知らず

仲良くなるのは大得意

見限られるのも大得意

大丈夫大丈夫、来るもの拒まず去る者は追わないよ、っていうけれど

最初からこっちに寄って来た人なんていなかった

拒絶すれば寄ってくる?最初だけだよ。みんな本当は話せる僕を見てたじろいでいくんだ。

いつからシニカルでいないと、息を吸えなくなったんだろう。

愛される真似をすればするほど、吐きそうになったのはいからだろう。

前はうまく演技できたのにな、演技してもしなくても人が去っていくことは変わらないけど。

絵を描くことが好きだった。

でも誰一人、私の絵がほしいわけじゃなかった。

みんなそうだ。そうだけどさ。

若さ。女であること。望むコンテンツエロティシズム。いろんな理由から、邪に私の絵は消費される。褒めてくれるならなんだっていいよ。自暴自棄に陥ったらどんどん、空っぽになっていった。本当に好きなものを好きと言って否定されることが怖かった。

でも媚びたところで、結局何にもならなくて、私は社会歯車として生きる一生のみを嘱託されてこの世に生れ落ちてきたのかと思うとこの上ない絶望に苛まれた。それはきっと、いい年してろくに恋愛セックスもこなしてこなかった虚しさと、学歴すら擲った自分の愚かしさにある。その上まだ過去虚妄に執着し美しい偶像をだれか一人に求めてはその個人を消費し、自分自身を優位化することでしか自我を保てない惨めさに打ち震える自己はなんて、なんて情けなく、醜く、地獄のような許されない存在なんであろうか。

私は私の作るものが全て大好きで、大嫌いだ。

正直、才能はないと思う。でもやりたい気持ちがあるから、ずっと下手の横好きを続けている。望まれない夢を描き続けている。「特別な何か」なんて幻想を諦めればすぐに普通に生きられるのに。でもそれはあまりにも、あまりにも苦しい選択だった。あの家に居続ける限り、家族はいつまでも優秀な私という過去の幻影に縛られ続けるだろう。私もその幻影を忘れることはできず、しか生活を迫られるだろう。母親はこの盛大な自己矛盾理解していながら、血縁という親が子供に振るえる最大の暴力でもって自己矛盾正当化し続けるであろう。祖母疲弊した私に思考停止を勧め、父は自立を促すであろう。最悪だ。本当に、最悪でしかない。

マジで何も面白くない。というか、自分空っぽさ加減に虫唾が走る。結局言いたいことなんか何にもありやしないじゃないか。単なる幼児のわめきだろ、構ってほしいだけだ。構ってほしいと言って許されるのは一部の才能を持って生まれた人々だけだというのに。愛されるべく生まれ、生きるべくして生きている人々。素晴らしい。本当に最高のことだ。そういった人間を生かし、この世に少しでも美しいものを増やしていくことが、われわれ人間に課せられた最大の使命なのではないだろうか。これは嫉妬などではなく、本当に心の底から思っている。対して、、、、自分の無力さ加減はどうだ。もう自分自身アイデンティティ価値を感じずに生きれるようになりたい。傷つくことに鈍感でありたい。自分自身所詮この世を回遊するために与えられた必要最低限の肉体であり、利用されるべきコンテンツなのだ

はい。寂しさの根底あなたが構ってくれないことです。

だれか一人に期待したり、何度も神を掲げたり、忙しすぎていやになる。

美しくなければ存在意義はゼロなので、こう考えてしまう限りは私は美しくあるための努力が足りないのだな。何でもできる人間になりたいが、未だ私にフィットした「できること」が発見できないのはどういうわけであろうか。

仕事にできるほどのことが何もないのに事務職金銭を傍受しており、そしてまたそれがないと生命を維持できず、いつもなんだかんだ「本当にヤバイところ」には飛び込まずにのうのうと生活をしてしまっているのはどういうわけなんだろう。

インド哲学はこの世は全部幻だという、若き日のロバート・M・パーシグはそれに絶望して履修を停止したと自伝で読んだが、絶望しすぎた生活の中でその考え方に何度救われたことか。あ、これを教えてくれたのは私の随分と年上の友達です。優しくてスピッてて適度に狂ってて怖くて面白い人。近づくと逃げてくのに時々追ってくる謎なひと。でも、愛される人だ。いいなあ。私はいつになったら人に愛されるに足る人間になるのだろう。

もうちょっと学をつけて、自分を好きになれたときだろうか。母の言うように「女の子らしく」なれたときだろうか。初対面で大好きな音楽の話や、SF小説の話をしなくなったときだろうか。それはもう私ではない。

SNSに美しいモデルビフォーアフター写真を載せたとき、よく「前のほうがかわいい」「前のほうがよかった」とリプライを送る人間たちのことを想う。本当にそうだというのなら、その時可愛いと言ってくれれば良かったのに。きっと彼らは彼女普通女の子だったころは見向きもしなかったに違いない。純粋に標準体型の女子を賛美し、きちんとパートナーとして選択するだけの度量があるならばすごい。本当に尊敬する。私は考えに考えた結果この世には美醜しかないという結論に至ってしまたから。美醜というのは顔かたちの美しさに限らず、その人の持つ輝けるばかりの才能や、声、スタイル頭脳など、あらゆるもののことを指す。パーシグに倣うなら「クオリティ」だろうか。結局唯美主義に落ち着いてしまうのだ、空しくなるほどに。

もう携帯ゲームオタクコンテンツ思考停止して分かり合ったふりをするのには疲れてしまたから、私は今度こそ哲学心中しようかな。本当に無理です。さようなら音楽理論化された数式でしかないなら、私は多分いま理解できない時点でたいして好きではないし、漢文英語思想を頭に詰め込むだけで救われた気になりたい。本当に仕事なんかやめてしまいたいよ、たとえ後がなくても。出来てしまうことは最悪だ。狂っているのに気づけないから。逸脱しているのにしていないよ、ってふりして生きるから辛いんだ。はみ出してしまうのだ。あなたのことが好きだという気持ちが最大にして最悪のノイズから、どうか勉強して勉強して一般化することで濾過しきって永遠に浮かび上がらないように細かくして細かくして細かくして葬り去ってしまいたい。限界になって君に好きと言ってしまたことが、ものすごく汚くて情けなくてどうしようもないことのように思える。君がそばにいてくれないと辛くて気が狂いそうなのに、君にはきっと僕以外のほうが相応しくて、君自身もそれを渇望していて、だがしかし私は私にできる最大限の力でもってそれを捻じ曲げ君に愛されたいのだ。もう、それがかなわないのならこんな地獄のような生活世界、どう期待して生きろというのだろう。調べたらユニテリアン教会だけは信仰できそうなので、私も私なりに信頼できる哲学教会に身をおけるようにもっと思考を研ぎ澄ませたい。頼むから救い出してくれよ、知性の神様よ。もうこりごりなんだ。息が苦しいんだ。

この前渋谷新興宗教勧誘されたとき論破してやろうと思ったらまだキリスト教知識が薄くてできなくて、本当に惨めだった。こんなことではダメなんだ。ちょうどオウムが台頭していたころに生まれたから、幼少期はサリン事件指名手配ポスターを目にすることが多くて、新興宗教に騙されたくなくて宗教学に興味を持ったんだろう?ああもう本当に情けないよ。生きているのが、つらい。

2019-07-11

anond:20190711175558

そこそこ偏差値の高い大学僧侶の家の人結構みたけど

真面目に仏教学や宗教学勉強してた人たちはそんな感じじゃなかったな

ピンキリなんだろうね

2019-05-06

anond:20190506021842

宗教学部のある大学をいくつか知ってるけど。

そこの仏教学専攻を卒業してあと上山してから考えれば?

 

ファンシィダンスは読んだ?

2019-02-15

イスラム教の神とキリスト教の神は同じではない

同じだというのはイスラム側の一方的な主張であって、ユダヤキリスト教側がおおっぴらに認めているわけではない。

もちろん個々の信者に同じだと考える人はいるだろうし、神学的・宗教学的には同じ系統だと言うことはできるだろうが。

2018-11-18

anond:20181118160021

コミケ行かないと死ぬ病気なんだとカミングアウトしてみるのは?

学校宗教学合宿講義永平寺で鐘ついてくるという手も

合法家出なんていっぱいあるしお母さんも一緒にいけばええやん

しかし今からだとジャニーズカウコンはむりだしTDLもむりかなー

2018-11-05

anond:20181104065044

マジレスさせてもらうと、学問もしくは大学アカデミズム自体政治志向を持った組織になっているんだよね。

から学問社会運動も大きな違いはないのではないかと思う。

大学の原型は、中世ヨーロッパ設立された神学校ルーツとなっている。

その神学校自体宗教改革市民革命などで、18世紀には没落していたんだけど、フランス革命期以降に大学として生まれ変わった経緯がある。

19世紀以降の大学は、「科学」という名の新たな普遍主義殿堂として利用されるようになったというのが真相

そもそも神学校自体が、宗教学社会に広めること自体目的になっているから、それは別に正義でも何でもない。

日本大学が設置されたのは明治時代以降だけど、日本人はそのルーツ自体を知る機会が無かったので、大学で教えていることは「普遍的な何か」だと勘違いやすくなるのかもしれない。

フェミニズム学問として扱っている大学も、そのフェミ思想社会に広めるためにやっているわけだから、同じようにそれは社会正義でも普遍思想でもない。

2018-10-08

ジェンダーって科研費の申請区分が複合領域から哲学とか宗教学みたいなピュア文系より通りやすいって噂を聞くけどホントかねえ

細目表みたけど"総合人文社会"ってなってるしよくわからん

2018-09-22

新興宗教の子供だった

承認欲求ちょっと強めに出たせいでなんだか怪しげなタイトルになったが、残念ながらそんなに波乱万丈な人生を送ってきたわけではない。これは特に何を訴えようというでもなく、しかし書きたい気持ちがあり、それに際して家族以外に自分名前を出して伝えることについて自分の中で非常に大きな抵抗があるため、匿名で書くものである。ぼくはといえば、普通に公立の小中高校と通い、ふつう私立文系学部に進学し、うっかり留年などするものボンボンクラクラとしてのうのうと生き延びている。経済的不自由もなかったし、就職活動で不利になることもなかった。

しかし家のリビングには立派に新興宗教エライ人の格言が額に入れて飾ってあったことも確かだし、実家帰省してみても父は毎週教会に通っている。具体的にどの程度信心しているのかはよくわからないが、おじいちゃんおばあちゃんばかりの信徒のなかで若手(もう還暦が近いが、若手である)として教団支部運営にはそこそこ尽力しているようである

これを書いてしまうとおそらくもうどの宗教かは特定できるが、父の実家宗教江戸時代末期にできた神道の一派であるらしく、新興といえどそこそこ歴史はある。宗教の名を冠した教育機関もいくつかあり、そういえばいつかの甲子園にもでていた気がする。

子供の頃はよく教会に連れて行かれた。僕と同じくらい年齢の子供が数人おり、両親やおじいちゃんおばあちゃん先生のありがたいお説教を聴いている間、僕はゲームを買ってもらえない子供だったので他の子ゲームをしている様子をずっと眺めていた記憶がある。たまにお菓子をもらえたりもした。当然お説教一言も聴いていないので現在に至るまで全く信心する気持ちはない。大変な親不孝者である

普通のこどもは教会に行かない」ということを知ったのは小学3年生のときだった。当時気の迷いで野球スポーツ少年団に入っていた僕は、あんまり土日の練習が嫌になったので「明日教会に行くので練習休みます」とコーチに言った。周りの目が一気に怪訝そうになったのを覚えているし、言ってしまった直後自分自身も「どうやらこれは間違ったことを言ってしまったらしいぞ」ということをすぐ認識したので、それ以来人前で教会の話はひとこともしていない。おかげで土日に遊べない理由適当捏造するのがうまくなったものである

地下鉄サリン事件というのが生まれる少し前にあったらしい、ということを知った時、どうやら自分は少し言動に気を遣わねばならないらしい、と思った。ネットで噂になっているエホバの証人や某学会信者による迷惑行為が、日本における「新興宗教」のイメージであり、先述したように信仰心ほとんどない僕も「宗教ときくとやっぱりちょっときな臭い言葉であるように思ってしまうところがある。ところが同時に僕は新興宗教当事者であるとも言える立場なので、あんまり無邪気な感じにもなっていられないのだ。

ニューヨークに突っ込んだ飛行機映像を見て宗教歴史のいたるところで戦争を起こしてきたということを知った時にも、子供心に教会の中に入り込んでいってしまってはいけないのかも、と思った。科学の子であった僕は、やっぱり母の言う「天国で死んだおじいちゃんが見守っている」だとか、神様を信じれば助けてくれる、ということに「ウッソだぁ〜」という気持ちを持っていた。お空の星は核融合炉であり、太陽系があり、銀河があり、宇宙インフレーションビッグバンからまれていた。神の祟りよりプレート・テクトニクス隕石のほうが怖かった。

ところで、僕はカトリック教会にも行ったことがある。祖母カトリックだったので、クリスマス礼拝に連れて行かれたのだ。洗礼は受けていないので、目の前で配られるパンワインをただただ眺めるばかりであった。眼の前の人がワインを飲むなり激しく咳き込みトイレに走っていったのを覚えている。たいへん敬虔信者であったのだろう。僕は激しい修行はおろか正座でありがたいお説教を聴いて足を痺れさせたことすらないので苦しみをもって神に尊敬の念を示すということを全くしたことはないが、もしかしたらそれが心の支えになって、拠り所になって、日々を生きることができている人もいるのかもしれないと思う。なお家には未だに聖書がある。

母は教育の人である教育を学び仕事にするプロフェッショナルである。親は誰しも自分の子供には人生における様々の試練に負けず強く生きてほしいと願うものであると思うが、カトリック祖母の影響でミッション系の学校に行っていたこともあるのだろう、心の何処かで神を信じるように幼少期の僕に教えてきたように思う。神は想像を絶する試練を課せられた人々の心をたびたび救ってきたからだ。新興宗教教会あんまりもつまらないお説教のせいで全く僕に信仰心が芽生えることはなかったが、大学宗教学の授業をとってみたりした今になって、「宗教ってこういう役割があったわけだね」という話をすることがある。流石に現代に生まれ中世のように「本当に」神を信じることはないが、しかし母は未だに「でもなんだか、どこかで信じている」というようなことを言う。

僕はお寺や神社を見て回るのが結構好きで、今年の夏も(オタク聖地巡礼を兼ねて)下鴨神社に行ったりしている。猛暑京都盆地の中、糺の森木々直射日光を遮り、薄暗くなっている参道はアホほど暑かった。今年は割と苦労した就職活動がどうにかうまく行ったため、賽銭箱に五円玉を投げ「いいご縁がありました、神様ありがとうございます」とお礼を言ってきた。下鴨神社神様も「縁結びってお前そういうことじゃねえよ馬鹿野郎」とお怒りのことと思う。

2018-09-15

文系は糞bot面白い

文系は糞bot

https://twitter.com/bunkeiholocaust

むちゃくちゃ極論だけど面白い

https://twitter.com/bunkeiholocaust/status/1040554991256125440

これから大学の財源として寄付に頼らざるを得なくなって来ると、文系の頭おかし極右極左・アホ芸人教員がいるのは大学にとってものすごいマイナス要因なんだよね。

あん人間を雇っている大学お金を渡したくない」と金持ち企業経営者たちに思われたらその時点で終わりだから

https://twitter.com/bunkeiholocaust/status/1040600330289897478

女が言ってる「女性差別」のほとんどは性別じゃなくて文系学歴かその人本人の性格が原因だよ。

俺ら理系は女の知能劣化スピード文系だと理系10倍以上速いとか文系の女は理系よりも感情コントロールが苦手だとかよく知ってるんで、当然文系差別しますね。

https://twitter.com/bunkeiholocaust/status/1040539925576183808

たとえば私立大学は全部キリスト教資本、みたいな国で国立大学歴史学部宗教学部潰したら宣教に都合の良いように歴史改竄されるかもしれないよ。

でも日本私立大学キリスト教なり仏教なり無宗教なり多様性に富んでるから国立大学文系学部を廃止しても公平中立性の問題なんて起きませんね

https://twitter.com/bunkeiholocaust/status/1040494588081795074

無意味デモとかやってるロース文系愚者の群れとか見てて分かるだろ。

文系みたいな下等生物には「言論の自由」なんて高尚な概念はまだ早すぎるんだよ。

民主主義なんてのもただ単にブルジョワジーへの権力移行を後押しするためのスローガンであって、バカ権利なんかあるわけ無いの。

文系フォローしたほうがいい

2018-07-08

オウムの魅力はチグハグさにあったのではないか

オウムってはたから見てたら歌は滑稽だし、格好も変だし、教祖は汚らしいし、って良いとかなかったんだよね。

でも、対外的に言うことはまともだし、宗教学的にも間違ってないんだよね。だから「これはなんかあるんじゃないか?」と思わせるものがあった。こんな時代ガチ修行しているし、なんか理解を超えたすごい奴らなんじゃないかと。

そういうジャイアン効果に似たものがあったと思う。

2018-05-16

anond:20180515172522

アメリカ人迷信深い人も多くて微妙だが、イギリスフランスドイツ人は有名科学者の輩出数が多いだけあって科学事実大好き人間が多いのだと思う。

しか宗教学近代哲学の影響か、いい意味でも悪い意味でも「意識高い系」が多い。

食欲より科学っぽくカッコつけることの誘惑が勝ってしまうのだ。

2018-03-15

全盛期のオウム真理教伝説

ソースはその後のルポタージュや調査書籍や裁判記録から

・ワ〇ミや王〇をはじめとする宗教ブラック経営を初めてノウハウ運用をしたのがオウム真理教

拉致暗殺や脱走者の捕獲教祖の護衛として戦闘工作員部隊を持ってて内7割が元陸自隊員か元警察官

警察が入れたスパイが逆洗脳されて二重スパイにされまくりでヤバかったらしい

・全盛期は南は沖縄から北は北海道まであらゆる大学ダミーサークル勧誘員がいた

極左がショボいパイプ爆弾程度の製造がせいぜいだった時代RDXやANFO爆薬C4爆薬製造量産に成功

・当時の大企業研究開発部門大学研究設備よりも先進的な設備を導入していて、好きな研究やせてくれるのでそれ目当てに信者になった若手研究者が結構いたという事実

・「激安」という言葉日本で初めて使ったのはマハーポーシャのセールの時

・当時のパソコンオタクの大半はマハーポーシャ製のパソコンを持ってたor知ってた(当時からすれば破格に安くて性能が良かったから)

・元総合商社エリート商社マン会計プロ信者たちのノウハウ軍用ヘリコプターサリン原材料に至るまで、巧妙に書類芸術的鉛筆舐め舐めし税関を通して堂々と日本に輸入したという事実

24時間配達受付の弁当

密造したAK74設計図が何故か当時はロシア内務省軍の一部部隊しか配備されてなかった当時のロシア最新鋭の「M型」

インターネット黎明期ネットラジオ完備のHP制作してた

・培ったノウハウロシアに輸入すればシガチョフ事件に発展(詳細はググってね、どんだけヤバいかわかるから)

・未だにロシアの残党が戦闘力を増したまま存在しててテロ組織として監視されている

純化手順をあと2日繰り返せばサリンの純度が99.9%くらいまで高まった軍用純正レベルにできていたという事実、その場合の死者は1000倍に増えていたであろう海外専門家から指摘されている

・生成手順が設備投資含めて数億は必要であろうはずの毒ガス理系専門家集めて半年そこらで製造成功するという技術

LSD覚せい剤チャンポンを堂々と一回100万円の修行とか言ってパンフレットで配ってたというヤバさ

出家信者ガチ宗教学を24時間365日レベル勉強し、ディベートの達人たちを擁していたため、TV討論番組でハッ〇ーのサイ〇ンスと討論した時は無双状態圧勝

・当時日本では知られてなかったクリーンルーム手法を使ってAK-74をリバースエンジニアリングわず10か月で実射可能の試作品政策までこぎつけたとかいうありえない投資と開発速度と謎知識

オウムウォッチャーが潜入したら洗脳されて信者になった例多数

日本がまだ人材有り余って技術立国だった最後年代

「天下泰平の先進国で、かつてはあったが涵養されたりノウハウ実践で蓄積されるとひっじょーーーーにヤバい知識技術ノウハウから実践までやって、ブラック企業系など後世の日本に大迷惑スピンオフをしてた」のが、オウム真理教なのだ

なお増田大好きIT系でも相当技術力もあって稼いでた模様

2018-03-07

宗教学を学びたい

なんの本からとっつけばいいのかわからない

大澤真幸氏著の現代宗教意識論を読んだが私には少し難解過ぎたようで半分も内容が理解できない

どんな本から読めばいいのでしょうか

てか初学者の学びを手助けしてくれる機関とかってないのかな、地政学勉強したいけどなにから始めればいいのかわからないし

それが大学なのか?早く大学いきてえ

2018-03-04

生命の樹に出る蛇について尋ねたいんだが

宗教学的知見のある人間がいたら教えてほしいんだが、

生命の樹の話に出てくる蛇は何の目的があってイブを唆したのか教えてほしい。

正体はサタンだったとか悪の象徴とかそういうのはどうでもいい。

目的」を知りたい。

正体がウンコだったとしてじゃあ、目的はなんなのか。それは答えになってない。

他の登場人物はすべて目的が明記されているが蛇にだけは掛かれていない。

神は人間であるアダムとイブを試すために生命の樹の実を食べるなと言ったらしいが、

蛇に唆された結果、イブは実を食べた。

ここまではよく見かけるし沢山の記事にあるから事実だとして、

では蛇自体は何なのか、蛇の目的は何だったのかという疑問について言及している記事や話はほとんどない。

一説によると蛇は生命の樹のものだったと解釈されている。

生命の樹に出る蛇について尋ねたいんだが

宗教学的知見のある人間がいたら教えてほしいんだが、

生命の樹の話に出てくる蛇は何の目的があってイブを唆したのか教えてほしい。

神は人間であるアダムとイブを試すために生命の樹の実を食べるなと言ったらしいが、

蛇に唆された結果、イブは実を食べた。

ここまではよく見かけるし沢山の記事にあるから事実だとして、

では蛇自体は何なのか、蛇の目的は何だったのかという疑問について言及している記事や話はほとんどない。

一説によると蛇は生命の樹のものだったと解釈されている。

2018-03-03

生命の樹に出る蛇について尋ねたいんだが

宗教学的知見のある人間がいたら教えてほしいんだが、

生命の樹の話に出てくる蛇は何の目的があってイブを唆したのか教えてほしい。

神は人間であるアダムとイブを試すために生命の樹の実を食べるなと言ったらしいが、

蛇に唆された結果、イブは実を食べた。

ここまではよく見かけるし沢山の記事にあるから事実だとして、

では蛇自体は何なのか、蛇の目的は何だったのかという疑問について言及している記事や話はほとんどない。

一説によると蛇は生命の樹のものだったと解釈されている。

2017-12-25

anond:20171225110625

○○教の信者ですか?ということは、宗教学範疇です。

民族民俗学範疇では「宗教的ライフスタイルを持っている」=宗教がある、と考えるんだよ。

例えば死者の埋葬の仕方も「民族ごとに異なる文化」だったりする。

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