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はてなキーワード: カテゴリーとは

2021-05-09

anond:20210509184734

線の引き方次第でカテゴリーなど無限にあるし、そもそも世界境界線などない。境界線だと思っているもの増田が心の中でなんとなく恣意的に引いているものに過ぎない。

何かの都合で心の中で仮に引いた線を、いつのまにか永遠不変の線だと思い込むことから不幸が始まる。

増田増田の外とは増田が思っているほどはっきりと分かれてはいない。むしろマクロに、ミクロに、短期的に、長期的に、よく眺めれば眺めるほど増田世界との境目などないことに気付く。増田世界だけでなく、世界のありとあらゆるものは継ぎ目なくつながっている、ひとつながりの存在だ。

増田増田だと思っている身体新陳代謝によって数年でほぼすべてが入れ替わっている。増田身体増田がここ最近食ったもので出来ている。ちょっと前まで増田の一部は豚や牛や鶏や魚や野菜だったのだ。増田の吸う酸素や飲む水の一部はいつかどこかで別の誰かの体を経由したものかもしれない。増田が数時間後に垂れ流す糞小便もその構成物の一部は地球を循環し、巡り巡って誰かの体の一部となるかもしれない。あるいは、増田死ぬほどきらいなもの死ぬほどきらいなやつの一部が増田の一部になっているかもしれない。

あるいは物質的な因果関係だけではなくて、こうしてインターネットを介しての情報のやり取りによって、心理的に影響を与え合うことだってある。まぁ、数え切れない、捉えきれない因果関係世界のありとあらゆるものはつながっている。

そういう世界の中にあって、無数の因果関係によって一時的に形を保っている身体の、その皮膚と皮膚よりも内側にあるものを、普段はなんとなく「自分」と思っているに過ぎない。それだけを「自分」だと思って、それだけを大事にしようとすると苦しいんだよ。勘違いに過ぎないのだから。その勘違いにもとづいて活動すると無理が生じるというわけだ。

実際の自分境界線などないひとつながりの存在だ。だから、「自分」と無数の因果関係で結ばれている諸々の物事を、「自分」と同様に大事にしていかない限り、自分幸せになれない。

何言ってるか分かんないかもしれないが、自分が仮に引いている線によって自分ががんじがらめになって苦しい思いをするのは愚かだということに、いつか気付くと良いね

2021-05-07

anond:20210507113311

そりゃそうでは?

貧乏から金持ちになればそりゃ成金貧乏ってカテゴリでなくなるでしょ。

障がいを直す薬が出たらそれは障がいじゃなくて、ただの病気になる。

貧困問題貧困から抜け出しにくいか問題なのであって

「なんで現状の社会システム成金になった人を無視するんだろう」

という感想にはならんのでは?

※もちろん女性資本という話でなく弱者カテゴリから外れる一例として、金の話を出しただけ。

2021-05-05

anond:20210505100500

自民党絶対に30%を切らない。

2030年代ですら25%といわれている。

大学の進学率は上がる一方で一向に下がらない。

そのくせ留学率は下がってきており、斡旋先のレヴェルは低下している。


高卒大卒とで言い争いをしているうちはまだまし。

あと10年たつと大卒ブルーカラーがしっかりできる。

両親ともにまともな国立大学を出ているにもかかわらず、娯楽が鬼滅の刃ワンピースしかない連中だ。

マイルドヤンキーならぬ、マイルドゆとり

もちろん、両親が高卒でそっから抜け出て都内にやってくるようなのはこんなカテゴリーに該当しない。

該当するのは、親や兄弟教師がことごとく中ぐらいのレヴェルで、中ぐらいのレヴェルのまま18歳までやってきた不幸な連中だ。

この不幸な連中は何とも思わず自民党に入れる。

2021-05-04

anond:20210504024238

共通する解決策って「金が無い」に対する生活保護障害年金最低賃金上昇だけど

それって貧困問題と見れば事足りるから弱者男性なんて考えなくて良い

他の定義欲求共通する解決策があり得ないんだからカテゴリーとしての存在意義が無い

2021-05-03

Ingressの視点からGoogle+を見てみる

Google+ は結局なんでダメになったんだろう

Google製のSNSとして広く利用される可能性もあったんだろうか

自分が使った頃はAKB記事ばかりで除外設定するも流れ込んで来て

使い込む前にやめてしまったという感じだった

anond:20200502233936


Google+を最も多様していたのは間違いなくIngressでした。理由複数存在しますが、

  1. 初期のIngressではデフォルトGoogle+との連携が推奨されていた(当時のGoogle方針
  2. Google+機能Ingressではフルに活用できた(コミュニティイベント、Hangoutとの連携サークルカテゴリー、長文投稿GoogleDocumentsとの連携
  3. Niantic運営Google+積極的に使っていた
  4. TwitterFacebookRedditよりなんか新しいものを感じていたし、アングライメージIngressマッチしていた
  5. 機能面では他のSNSよりずっと優れていた

そんな感じ。Ingressは2陣営による争いが基本なのですが、面白いことに常日頃から陣営間の情報交換はあまり行われず、片方の陣営のみでコミュニティが完結するのが通例です。情報の秘匿に関してもかなり徹底されているので、中々Ingressに関するオープン情報共有というのはしづらいのです。

Google+はそういう公開の場として非常に重宝されました。とき作戦のSiterpを書いたり、ちょっとした日記にしたりとTwitterでは難しいことでもGoogle+なら平気、という人は数多くいたのです。

ゾーニングカテゴリーけがやす


Google+では情報公開の範囲をかなり自由に設定できますTwitterでは自分フォロワーにだけ伝わるようにするには、鍵をかけるなどの大雑把なククリでしかゾーニングが出来ません。一方でGoogle+では「一般公開」「特定フォロワーサークルに通知」「コミュニティ内部だけの会話」「カテゴリーごとの投稿」など多彩です。

一般公開とはTwitterと同じで全体に公開され誰にでも見れますIngress界隈では俗に「パンコ」と言われていたやつです。

しかしそうではなく、例えば「緑陣営の人には見せられないので青の人たちだけに見えるようにしたい」という投稿でも、共有先をそういう人たちだけに設定することが可能です。Google+にはもともとサークル機能があり、フォロワー属性ごとにサークルに分類することができます。そうすることで一つのアカウント複数話題投稿することが結構楽になります。ただこの機能は後続のカテゴリー機能の登場であまり重要視されなくなります

カテゴリー機能とは、自身投稿カテゴライズすることです。Ingress話題なら「カテゴリーIngress」「カテゴリーIngressミッション」などとし、自分投稿をそれに紐付けることが可能です。これの何が良いかというとカテゴリーごとに共有先を予め設定しておける点です。つまりカテゴリーIngress」をIngressの共有先をIngressエージェント限定にしておけば、そのカテゴリーとして投稿するだけでゾーニングができます。また人をフォローせずにその人のカテゴリー自体フォローすることも可能だったりします。これが地味に強力なんですよね。

共有範囲自由自在なのはIngressというゲーム性質マッチしています

ちなみにカテゴリの使いやすからか、ブックマーク自分だけの日記的に使うことも可能です。

Googleとの相性の良さ


IngressではGoogleサービスがかなり多用される傾向にあります。そのため、Google謹製サービスであるGoogle+との相性の良さは格別です。

オープンなようでクローズドな丁度いいSNS



Youtubeや他のGoogleサービスとの連携を共用されていた時代もあり、Googleアカウントを持っているとGoogle+を使う敷居は非常に低いものでした。にもかかわらずその無理やりな連携に悪意を感じることもあったり、機能面で優れていてもTwitterFBより難しそうに思える部分もあり、存在を知っているし始めやすいけど使っている人は殆どイないSNSでした。この誰でもすぐに使えるのに誰も使っていないSNSというのはアングラIngressにとっては丁度いい環境でした。

ちょうどIngressが普及しだした時期に実名制が解除されたのも良かったと思います


なんで駄目だったのか



利用者数の問題でしょうね。Youtube等と強引に連携したのに伸びなかったのは痛手だったかと。

あんなにIngressで普及したのはまさにIngressのためにあるような絶妙なさじ加減だったからで、逆に言えばIngressのような世間から隔絶された存在以外にはなじまなかったんでしょう。

あと、最初実名制を強要していたのと、以降も投稿名がGoogleアカウントと紐付けられるのが嫌って人は一定数いたのでは。

2021-05-02

遊戯王カードって何でイラストカードデザインがしょぼいの?

ラッシュデュエルではない従来のOCGはイラストアドが低く、大味でつまらない。魔法トラップカードはそこそこいいのがあるけど、なぜか主役であるモンスターカードイラストはどれも酷い。



そうでない例はいっぱいある。意外と遊戯王カード名に拘っているところはあって、ちゃん世界観マッチさせようとしている節は読み取れる。『海造賊』はそんな感じがする。

ただしそうでないものメチャクチャ多い。というか良い例がわずしかない。遊戯王フレーバーテキストが通常モンスターしかないためかストーリーラインVジャンプアニメの方で説明する傾向にある。よってカード結構無味乾燥している。例外的魔法・罠カードにはイラスト的なフレーバー要素が多く、そのカテゴリー物語魔法・罠イラストをみるとなんとなくわかることがある。ちょっと例外的にシャードールなどのように世界観先行なものモンスターイラストにも反映されているが、そういう目につくもの以外はイラストに力がないと思う。

人気があるのは昔ながらの青眼の白竜のようなものだし、それもホログラフィックをつけたりちょっとイラスト修正しているだけ。MtGのように大胆に日本画風のイラストと枠に変更する特別バージョンにするとか、そういう取り組みは全くしない。そういうのをみると遊戯王の購買層ってのはイラストになんの価値観も抱いていないんだろうな、単に株券しか見えていないんだろうな、と思う。

ラッシュデュエルがまるでデュエマのようなのは、従来のOCGが限界に達していることを制作側も理解しているからだろう。

2021-05-01

anond:20210501101920

それ。男同士だと女を殴るタイプか否かはすぐわかるんだけどね。

注意点がひとつあって、たとえば元記事の分類で殴るのはスポーツマンタイプが多いと書いたけど、スポーツマンなら全員殴るというわけではない。あたりまえだけど、殴るスポーツマンと殴らないスポーツマンがいて、そういう同じカテゴリー内の区別は男でも長く付き合わないと見極めにくい。

ただ、経営者タイプを見てこいつは殴らなそう(でもモラハラしそう)とか、オタクタイプを見てこいつは他人攻撃しなさそうというのはすぐわかる。カテゴリーが違うからね。

あと、ストーカーは男女関係がこじれて心を病んだらどのタイプの男でもなりうるので外見では見極めにくい。

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

===

 

追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-04-30

増田にはカテゴリースレッド必要だよね

この増田

日本製ゲームがつまらなくなったのは何故?

anond:20210430101328



言ってることは普通だけど書く場所を間違えていると思う。同一のTLに流れてスレが分かれていない増田なんかに書くべきじゃない。もっと見る人を絞ったり書く場所限定的にしないと、有象無象が沸くばかり。というか増田にそういう機能が欲しいな。

anond:20210430112214

「まあ俺はお前を同じカテゴリーに入れるけどな」と続きます

anond:20210429213658

わざわざ「女をあてがえ」論を言う奴らと自分を同じカテゴリーに入れる必要はないんだぜ

2021-04-29

弱者男性社会運動を起こさな理由

そもそも社会運動とは、一般的弱者と呼ばれている属性人間地位向上などによって「強者」を目指すことだよね。

弱者男性は「強者」と見なされていること自体への異議申し立てなので、社会的運動をする理由が無い。

弱者男性は、「社会的強者」と見なされることによる不利益を大きく受ける。

男性のみに経済力甲斐性を求められること、男性のみが徴兵義務を負うことなど。

なので弱者男性が進むべき方策とは、弱者男性弱者カテゴリーに入れさせるか、女性全般にも強者義務を負わせることである

女性社会進出改革によって稼げる力を得た女性は、専業主夫パート主夫配偶者に選べ、ということ。

お隣韓国では女性徴兵義務を負わせる社会運動が起きているが、これもすばらしい。

[]有馬記念

URA新設シナリオ最後目標となることが多い有馬記念は長距離コースカテゴリーだが、距離が2500mなので中距離+100mと考えれば良い。

なので必要スタミナは500あれば1位になれる。

その後のURAシーズンレースボーナスで65ぐらいは貰えるので600まで上げてスタミナBにする。

2021-04-27

anond:20210427190131

へえ〜

美しさの感じ方は人によるというけど、

なんだかすごいね

俺は頭よくないかそもそも数学カテゴリー

に属するもので感動まではいった経験がないや...

見えてるものが違うというか認識レベル

違うのかな

図形構成っていうと厳密じゃないと思うけど、

それにて全てが完結するとおお〜ってなる感覚かな

2021-04-25

anond:20210425171409

ありがとう。ここ

ttps://anahita-style.com/

トップページ大丈夫なことが多くて、カテゴリー選んでくと見えなくなることが多い。

でも今見たら割とサクサク繋がる!…と思ったら前のページに戻る操作にめちゃくちゃ時間がかかってる。

2021-04-22

[]

55日目

なんかぞろ目。そろそろ週末も近づいてきた。週末は妻を説得するぞ。するぞ。するぞ。するぞ。セクリセしたらカウンターリセットするほうが現実的な気がするが、カテゴリー登録しちゃった以上カウンターリセットはできない。ちなみに先週の土曜日にセクリセした。今週末セクリセするとしたら7日ぶりってことか?

anond:20210422131254

年齢的には42歳だけど、明らかにお天気お姉さんカテゴリーの人。見た目もまだまだ若いし。

気象予報士番組企画でとったものらしいし(「お天気お姉さん」には残念ながらこのパターンが多い)、天達や良純のように気象に関する豊富知識を求められているわけでは全くない。

2021-04-13

階段をのぼれる車椅子

って昔からちょいちょい耳にしないか

気鋭のベンチャーから町の発明家までけっこういろんな人が作ろうとしてる印象があるんだが。

でもぜんぜん普及してないよな。

たびたび「すごい発明だ」と話題になっては実用化・商品化されずに消えていくカテゴリーってあるけど

階段をのぼれる車椅子」もそのポジションなんだろうか。

2021-04-10

他人を助ける前に自分を助けろよ、アフリカ飢餓を救う前に半径5mの人を救ってみせろよ

これはこれで正しいとも自分は思うのです

天は自らを助ける者を助ける、というのも事実でしょう

しかし、助ける余裕がなければ、なかなか人が他人を助けるという行為は困難なはずです

ビル・ゲイツ現在慈善事業がメインであり、貧困層などへ広く学習の機会を与える課題にも取り組んでいますが、

彼はその理由として、資本主義原理では実現できないから、といったことを語っています

といっても、これは彼がお金持ちになれたからであり、お金持ちになっても自分が欲しいコンピュータを作ることに情熱を注ぐだけの人もいるわけです

もちろん、色々な人が世の中にいて構わないわけですが、いずれにせよ、他人を救う余裕がなければ慈善事業は難しいはずです

もしくは他人を救うことに「狂信的」である必要があるでしょう

狂信というとテロのような悪い面もあるわけですが、良い面で狂信的である人は考え方がブレないのです

良い意味ドンキホーテとでもいいますか、理想を追い求めて金がなくなっても他人がついてこなくても損得勘定が欠如しているから折れないのです

現実的には、本当にそこまでの人がいるかは疑わしいですが、

まず、信念があるとか、自分の打ち立てたモットーに執着する、固執しているならば、周囲からノイズトラブルで折れにくくなるはずです

それが人として良いのか悪いのかは、周囲の人それぞれによって大きく分かれると思いますが、

慈善事業だろうが偽善だろうが、自分が死んでも他人を助けたい、と考える人も少ないと思います存在すると思います

しかし、現実的に考えるならば、基本は他人を助ける余裕がなければ他人を助けることは困難でしょう

10kgまで支えられる何かがあったとして、5kgは乗っけれる、20kgは余裕がないので無理、

でも耐荷重10kgに対して10kgの荷物だったらどうでしょうか?

しかしたら望んだところまでなら耐えて運べるかもしれません、でも、もしかしたら振動も加わって折れてしまうかもしれない

だったら10kgの荷物を分割できないか、5kgに分割して二回運べないか

もしくは10kgのところを8kgにして、2kgは諦めてください、というのも策かも知れません

これが私が他人を助けるという行為ベストエフォートであるという所以です

アフリカ飢餓を救うというのも、まあ募金とか寄付行為はありだとは思います(どうしても胡散臭い団体が多いと思うのが否めませんが

しかし、直接的に助けるとなるとアフリカまでの飛行機代だけでかなりの出費になります

そのお金で半径5mの人を救えるのに、なんでそれをしないでアフリカの人を救うの?という問いに対し、

色々な考え方の人が色々な答えを持っているかもしれません

例えば、私が毎日収入や食うにも困っている人だとしま

しかし、目の前に今にも死にそうな人が倒れていたとしま

それに対し、自分救急車を呼ぶ余裕はある、救急車が来るまでその人のそばにいる余裕はある、

自分には難しいと思いますが、医学素養がある人ならば応急処置をする能力がある人もいるかもしれません

まり最近話題になっている弱者男性だかのカテゴリー自分も十分含まれるとは思うのですが、

目の前に死にそうな人が倒れており、救急車を呼ぶ余裕があると思っている自分がいる、

にも関わらず、

自分弱者から他人を助けない、他人を助けるより自分を助けろよ、

みたいな極端な考え方に至るのも変な話であって、

それはあくま相対的ものにすぎないはずです

まり、端的に言うなら、なんだかんだ社会とはカーストではないが階層があるものであり、

強者弱者を救う余裕があるが、それはある弱者より上の階層がその弱者を救えるという話であり、

数学アルゴリズムの話ではないが、

そういうツリー構造があるならば、一つ上の層が一つ下の層をちょっと救う、

その連鎖で全体が救えるはずだとも言えるわけですが、

ここで問題になるのは、確実に全体を救うには一番トップ強者無限に余裕がなければいけなくなってしまうことであり、

現実無限はありえないし、もし、その一番トップの余裕が減少していけば、ツリー全体を救うことは困難になってしま

しかしながら、全体最適化とでもいうか、全体をある程度いい感じに救うためには、やはり一つ上のノードが一つ下のノードを救う、

その連鎖重要であるように思うわけです

こういった他人ちょっと助ける連鎖再帰的な連鎖があればちょっとは世の中も捨てた感じではないように思えるわけですが、

それがまた難しいのが人の世というものでもあるわけです

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