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はてなキーワード: ユングとは

2017-11-25

嘘つきの末路

嘘をつかずに正直に生きたら幸福になれます自分自分を騙している人は自殺します。嘘はダメだって知らなかった?

結局、大人成る、成長する、人間が出来る、ってのは本能感情のままに行動出来る人間成るって事だよな。

赤ん坊大人本来本能感情のままに行動すれば正しい方向に行くように出来ています

子供時代はそうは行きません。本能感情のままに行動したら問題を起こします。

それで子供時代だけは、本能感情の言う事を聞かずに、社会ルールに従って生きる事を強いられます

思春期成ると、社会ルールに従うのをやめて、自分本能感情に耳を傾ける事を学んで行きますね。

ユングの言う所の「個性化」です。

 

ところが、かの恐ろしい国、日本では、この個性化というものが行なわれないように教育しております

国民は、一生社会ルールに従って生きる奴隷人形のままで居てもらったほうが政府コントロールし易くてありがたいですからね。

から日本には、大人でも本能感情のままに生きたら当然レイプ殺人等を起こして世の中メチャクチャになってしまうと信じてる馬鹿が多いんですね。

個性化の為されてない大人がそうなるだけです。

でも学校先生個性化の為されてない大人ですから、こういう馬鹿な考えを生徒に教えます

自分の親が個性化の為された大人なら、これがいか馬鹿な間違えであるか教えてもらえますが、

親も学校先生同様の低能な家庭も多いですから、一生個性化の為されない奴隷人形が多いんですね日本は。

 

個性化の為された人間は、本能感情のままに行動したって問題なんか起こしません。

本能の中でちゃんと最善の行動を選んでます

意識なんかより本能のほうがずっと思慮深いですから安心して運転を任せられます

意識は何も考えなくていいです。

自由自在って奴です。

楽でっせー!何も考えなくても、何も気をつけなくても、自動的幸せに向かって進む自動操縦装置なんですから

あ、これはおまえらの事じゃなくて個性化の為された人間の話だからね。

おまえら本能感情の声を素直に聞く訓練をしてないんだから、出来ない芸当です。

 

本能感情の声を素直に聞く邪魔をしてるのは、おまえらの得意な「嘘」です。

嘘をつくのをやめるのが個性化第一歩ですね。

どうです?おまえらには無理くさいね

パチンコ風俗タバコもやめられないおまえらが嘘なんかやめられる訳ねーよな。

 

via http://aoyagi246.blog55.fc2.com/blog-entry-601.html

ループループからしのうがいきようがどっちでもいい

それにあのときすでに死んでたからな

なんか目的がなくなった感覚

意識をすればするほど意識が強くなるから何色にでも染まれるし2転3転もできる

から永遠にループだし生きようが死のうがどうでもいい すべてナンセンス 意味がない

けど常に何色かに偏った状態にどうしてもなってしまう、カメレオンになりたい

常に中立立場であり、正直どーでもいいという風になる

してもいいけどさ ナンセンスじゃない?なら音に乗っていこう

テレレレテーテテーテーテテテレテレテーテーテー(ソニクヘッドホッドザシング砂漠のステーゾ) ユングナイへそーたらと ぱぱぽぴぷぺぽ(かんじゃにむらかみ)

人生意味とはなんだ

生きる意味とはなんだ

人間とはなんだ

なんのために産まれたのだ

正解はなんだ

そもそも死ぬから全部どうでもいいのか

でも永遠に生きれるのなら生きたのか

友達いて結婚して人生サイコーってなっても意味がない

永遠に生きてなんの意味があるのだろうか

長生きしてるとこの世の真実を知れるかもしれない(宇宙の始まりビックバン

世の真実を知ろうが知らないがどっちでもいい

1129

仮にこの方法で生きたとして支障ある?

結局人間ってのは自己満足

  人生ってのは自己満足

なら死ぬことに納得した人たちは満足したのか

2017-11-13

anond:20171112043004

内向外向ってユング

あれって占いと変わらないよね。

人間のような多様性のある存在を2種類に分けてる時点で怪しいと思えよ。

あんなの、向精神薬がなかった時代に生み出された苦しまぎれの方便であって、真面目に信じるようなもんじゃいから。

EM菌と同じトンデモ文系のお遊び。

2017-10-18

ユングフロイト患者恋愛関係で争ったとか言う逸話はどうでもいいとしてまあ患者を食い物にするのが精神科医お仕事なんだろうな所詮

2017-03-22

意思が弱くて禁煙に失敗する人へ

禁煙を失敗する人に、まずは問いたい。

本当に禁煙したいのか?と。

心の底から「本当にやめたい」と思っているのか?と。

煙草麻薬みたいなもので、やめようと思っても、体が求めてしまう。やめたくてもやめられない。」

禁煙失敗した人の常套句だが、そんなことはない。

だいたい、麻薬感覚なんか知らないでしょうよと。

禁煙に失敗する人はね、結局意思が弱いのよ。

意思とか関係なしに、本当にやめたいのに煙草を吸わないと体が震えて死にそうになるとかガチな人はさっさと医者行け。

さて、意思が弱くて禁煙に失敗する人に、改めて聞こう。

心の底から本気で禁煙をしたいですか?

この時点で少しでも気に迷いが生じるようならまず禁煙成功しない。

外的要因によって禁煙をしようとしているなら、絶対成功しない。

自分が本気で「辞めたい」と思わなければやめられないのである

外的要因とはつまり自分本心以外の部分で辞めたいと思っているパターンだ。

・小遣いが厳しいか

健康に良くないか

家族が嫌がるから

・●●にやめろって言われたか

こういったパターンでは、「辞めたい」という気持ちの裏に「本当はタバコをやめたくない」という本心が隠れている。つまり好きなのである

これを恋人に置き換えてみるとわかりやすい。

とても好きな恋人がいる。とても好きなのに別れなければならないとしたら、どれほど辛いことだろう。それこそ簡単理由では別れることはできないのではないだろうか。

たとえ別れることができたとしても、それだけの好意を持ったままだとすれば、簡単に忘れることはできないだろう。

好きなものを辞めるというのは本当に辛いことである

話を煙草に戻そう。

もうすでにおわかりかと思うが、最大の禁煙方法は「煙草を嫌いになること」である

健康に悪い」とか「金がかかる」とか表面的なところで嫌いになるのでは駄目である

親の敵のように煙草を憎み、恨み、蔑むのである

そして煙草を吸う人間嘲笑する。

あん健康に悪いだけの煙を吸う人間頭が悪い

時間無駄。何もプラスにならない。ドブに金を捨ててるのと同じ」

「単純に臭い

タバコミュニケーション(笑)

「狭い喫煙所でモクモク燻されて、おまえらハムかよ(笑)

「何かに依存してる人間ってマジダサいっすよねぇ〜」

喫煙所探してる姿って滑稽だよね」

などなど、とにかく思いつく限りこき下ろす

そして、それを本心として自分自身刷り込み続ける。

あくまで心の中で留め、表に出さないこと。)

とにかく煙草ネガティブイメージを膨らませて、それを本心にしていく。

とっても簡単に言うと、「煙草を吸うやつ=バカカスうんこカスキングカス

という考え方にさえなれればOKなのである

人間とは不思議もので、毎日そう考えて、ときには言葉にしたりしていると、本当にその通りの気持ちになるものである

これは有名な心理学者フロイトだかユングだかニーチェだかも言っていた気がするので、おそらく本当である

タバコポジティブイメージ(かっこいい、大人の嗜み、コミュニケーションツール有名人も吸ってる、など)に引っ張られそうになったときは、自分とは別世界のことだと割り切ればいい。

有名人みたいに金ないし、吸っててかっこよくねーし、タバコを吸わなくたってコミュニケーションは取れるし、大人の嗜みとか似合う人間じゃねーし。

一般人タバコ吸ってても、頭が悪いうんこしか見えないってことを理解する。

第三者から見た自分は、頭が悪いからタバコなんか吸ってる人未満のうんこなのだ。ああなんて恥ずかしいことだ。タバコなんてやめよう。

長くなったが、言いたいことはつまり

「好きなままではやめられない。だから嫌いになろう」ということである

そうすれば必ず禁煙成功する。

これまで数十度の禁煙成功してきた俺(今日禁煙初日からアドバイスである

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310201451

ユング派の夢占いによると、男性が見る夢における女性とは自分自身の中にある怒りの感情投影です。

もし女性を殺す夢を頻繁に見るなら、あなた自分の中にある解消されない怒りの矛先を自分に向けており大変危険です。

早めに心療内科受診するとともに瞑想運動野菜を始めましょう。

2016-03-16

西ヨーロッパ心理学者精神分析ときたら嗅ぎ分けられないようにならないとダメです。

アドラーユングフロイト等とその弟子たち。

エビンデスもクソもない精神分析を今真面目に語ったら笑われます

2016-02-29

http://anond.hatelabo.jp/20160229195037

マズローフロイトユングと同じでコアな信者いるからね~(笑) 精神分析とか心理学って近代が生み出した宗教代替物みたいなものだよ。そういうことはその分野を専門的に勉強していれば普通に学ぶこと。勿論現代では定量的統計的手法研究するのが当然だけど、その理論モデルなんかは元増田の言うとおり思いつき、よくいえばアイデアに過ぎないよ。そして自然科学のように必ずしも実験によって検証できるものでもないから、各学説の信奉者がセクトを作って争い合ってるのも実に宗教っぽい(笑) 最近流行アドラー心理学だって字面だけ追えば新興宗教そっくりだよね。

2015-10-29

自称心理学に詳しいという人に食事に誘われて、ちょっとこじゃれたビストロに行った。大きくもなく、小さすぎもせず、壁にルノワールポスターとかは掛かっていなくて、生の切り花が活けてあるような店。

テーブルについて心理学の話を振ると、フロイトはさー、とか、ユングはさーとかいってきて、むかしの人たちの学説レクチャーをしてきた。

それはまあいいとしよう。

注文をすると、まず、小さなバスケットフランスパンが盛られて、運ばれてくる。これに岩塩エクストラバージンオリーブオイルをつけて食べてくださいと店員さんが言う。ためしにやってみると、本当においしい。大地の味がするというか、素材そのままの味がするというか、とにかく、うそのないおいしさ。

テーブルを挟んで座っている人は、俺、手相も見れるんだよねーとかいって、手を取ってまじまじと見つめてくる。これ、どこで読んだのかなーとおもいながら、まあ悪い気はしないので、されるがままにする。

問題は、その後だ。

すいませーん、バケットおかわりくださーい、と彼は手をあげて店員さんを呼ぶ。

は?

バケット?

ああ、この、パンを入れてあるカゴのことを、バケツだと思ったのだよね?

だって、このパンはバゲットだもの

店員さんはパンの入ったカゴをもってきてくれる。

彼と私はもう一切れづつとって、食べる。

このバケット、ほんとおいしいよねー

彼、ひょっとすると、バゲットのことを、バケットと思い込んでる?

心理学に詳しくて、学問ぽい雑学のあるところをアピールしてくるわりに?

そのままサラダからメインの料理にいって、好きなクランベリーのソルベがあったから、ちょっと頼みたいと思ったけど、今日はよした。

店を出て、彼が手をつなぎたがっているのを感じたけれど、何気ない風を装って、そのまま最寄りの駅まであるいて、じゃ、といって帰ってきた。

2015-08-20

イケメン後輩と飯に行くのがつらい。

吐き出したいので吐く。

イケメン後輩と飯に行くのがつらい。

メリットが無く、財布も心も削られるだけなんだ。

自尊心が満たされているのか、いつか感情を読み取られ、馬鹿にされそうで怖い。

出会い厨歴3年。食品メーカー営業 この会社でのアルバイトを経て、ようやく今年正社員になった

男 26歳。

容姿に致命的な欠陥がある。



出会い厨1年目、自分が、なぜもてないか、なぜ自分攻撃的になのか、なぜ自分は卑屈なのか、過去を振り返った。思考のクセ、自分容姿を認め、性格改善した。1年後ようやくセックスにありつけた。

2年目、ナンパ師のブログツイッター恋愛本を読み漁った。「女の子から話しやすいね」と言われるようになった。

3年目NLPユングフロイトアドラーエリクソンを読み漁った。女の子から「私のこと、ここまで理解してくれるのは増田くんがはじめて!」と言われるようになった。3年間で6人とセックスができた。デートから勝率は40%だ。

今年4月新卒1年目のハーフ イケメンA君のトレーナーになった。イケメン君は謙虚で人を立て、朗らかで愛想もいい、できた人間だ。会社の中でも人気者だ。恐らく、誰からからも愛されて育ったのであろう。

そんな彼が先月「彼女マグロセックスに満足していない。出会い系パートナーを探しているが、うまくいかない」と話をしてきた。ハーフからなのか、悪びれもしない。


二人で連れ立って相席居酒屋に行った。28歳の二人組の女の子が相手だった。a君は緊張して話せない。俺は、バカを演じ、ピエロになり笑わせた。後輩を立てた。後輩の好きなマンガ音楽映画話題をした。会話が回り出した。

解散前にLINEを交換した。返事は後輩にだけ来た。増田既読さえつかなかった。食事代は全部俺持ちだ。a君は「自分の分は出す」と言うが、俺は「後輩ができたらその子にお願い」という。自分も先輩にはそう施しを受けてきたのだ。帰り道、ヘトヘトな自分に気がつく。


a君がナンパ声かけが苦手だという。ナンパバーに行こうと誘われる。ナンパバーではa君は地蔵だった。自分声かけのやり方を見せる。OL二人組と一緒に飲む事に成功した。だが二人ともa君にしか興味がない。俺はa君のフォローに徹する。a君はたのしそうだ。俺は、顔面偏差値現実を突きつけられる。だが、そんな事は慣れている。『場の空気が盛り下がるぞ』。顔に気分を出してはいけないのだ。



昼飯時、普段は自分弁当だ。身体のとある病気の為と貯金の為だ。時折a君から昼飯に誘われる。話を聞いて欲しいそうだ。一緒に出かける。

昼メシの話題はa君のナンパの成果だ。a君と出会い系サイト釣果やクラナンの話をする。作戦を立てるため、a君の話を聞く。a君は考えていることや感情の整理ができてないみたいなので質問を交え聞く。距離の詰め方のルーティンについて教える。

先週の昼飯では「ここ2週間で3人とヤった」という。「よかった」と笑っている。俺も、「よかった」と笑う。ここも俺の奢りだ。a君はありがとうございますという。

そして今日ナンパバーに誘われた。店は疎らだった。かわいい女の子が1人で飲店に入ってきた。顔、服装、仕草どれもが俺のタイプOLさんだ。声掛けをし、3人で飲もうと提案をする。頷き、席に着くとa君の男前さに気がつく。

3人で会話をする中、彼女が向ける視線の9割はa君だ。俺に電話がかかってきた。会社トラブルが起きて、帰らないと行けなくなった。ナッツ一皿をオーダーし、席を立つ。a君には「イケるんちゃう?」、と小さく目配せをし、バーを出る。彼は彼女に夢中で俺の視線に気がつかなかった。

そのまま俺は家に帰った。

席を立って2時間後、a君から「即イケそうです」とLINEが届く。俺は、既読にできないままでいる。

明日も昼飯に誘われるのだろう。話題は昨日の子の事なんだろうか。

/*20151101 追記*/

過去への復讐だな。ただ、女でしか満たされない自尊心があってだな。ナンパなんて恥ずかしい事かもしれないが、後1年は自分には

必要なんだな。

↑で書いた、後輩が即しそうな女の子後日談

準即して、その後地雷化した。聞いてて( ˙-˙ ) こんな顔になった。

イケメンも大変だな、と。自分個性豊かなユニークな顔でよかったなと思った。

コメントありがと。

ツバメの巣立ち、しっくりきた。かわいい後輩とはなんだかんだで仲良くやってます

過去復讐ってのも、あれだな。うん。自分には必要ってのも認めてもいいかもね。

自分の中の心理学ってのが、欲望を倫理観とかで閉じこめるのがストレスになると思うんだよね。

若い時、女の子もっと遊びたかった。って、40.50になって後悔したくないし。

リスクとか、いままでの自分女性観が書き換わることもあるけども。

男女関係にならないと知らなかった人間の情とか見れて、ユニークではある。

なんか以前より嫌いな人が減ってる。伝わりにくいと思うけど。

自分にとってのナンパ自尊心をつけ、

自分が好きになった人に愛されるための儀式勝手に盛り上がってるのかもしれない。。

とりま、来週34のおねーさんと、セックスありきの予定です。自分のこと、強欲絶倫ババアってたから、ワクワクしとります。

_φ(・_・

2014-10-16

それでも歌い続けるのをやめない

そもそも「歌い続ける」というテーマ普遍だよねって話。

「君がッ 泣くまでッ 殴るのをやめないッ」とは某ジョジョセリフだが、

そういえばマザーでも「歌をやめろ」ってギーグのセリフがあったっけ?

「わたしと共にマザーシップに乗りなさい」 「歌うのをやめなさい」 「歌を…やめろ」 「う、うたをやめろ!」 「うたをやめるんだ!」 「地球のむしけらども!黙れ!歌うな」 「うたを…」「やめろ!」

ユング原体験じゃないけどこういうのってあるよね。わからないって人は慎重に話を聞いてくれ。

断っておくが現実リアル混同するのは俺の主義に反する。

DQ8では全員で杖に向かって祈り1人でも死んだら祈りは中断される仕様だったし、

魔法詠唱が中断されると台無しになるという仕様は多くのファンタジー作品で共通している。

それがどうした?と思うかもしれないが、よく考えてみるとあまりに独特な仕様なんだよね。

1.祈りや歌を継続しなければ効果がない

2.一瞬でも途切れる(または条件から外れる)とリセットされる(=台無しになる)

3.祈りや歌を継続すると強大な力が得られる

この仕様が無批判に受け入れられて広まっているのは、単に都合のいい設定だからパクられているといったレベルではなく、

物事の真理を言い当てているからなのかもしれない。もう少しリサーチを続けてみよう。

卑近になるがPCアラートの類いを入れると集中力が途切れるから一切入れないって人がいる。

熟考中に話しかけられると考えてたことが木端微塵に大破するがごとくリセットされるという経験も皆様には数多いことだろう。

また百年の恋が一秒で冷めるとか、信頼を失うのは一瞬取り戻すのは一生という故事成語の通り、

詠唱わずかでも一瞬でも構成要件というか要件定義から外れると台無しになる。

ピアノの練習だって一日でも休むとすごく鈍るのは多くの人が経験しているだろう。

これでもまだ「抽象構造から偏在して当然」と思うだろうか?それとも精神重要性質を表していると思うだろうか?

現代社会多忙で突発タスク割り込みが多い。歌がすぐ途切れる時代といえよう。

そんな今、歌い続けることに如何ほどの意味があるのか、歌い続けるならどんな歌を歌うべきなのか?

それをみんなで考え始める時期に来ていると言えるだろう。

2013-11-27

家庭持ちが考える自分時間(あるいは自称ライフアドバイザーとの折り合い)について

 結婚して子どもが生まれてでも仕事毎日続いててみたいな生活が何年か続き、どんどん自分っていう個の部分が希薄になってきていて主にそれは家族を守りたいとか家族のために生活することは楽しいやりがいがあるという気概が原因なので良いことだと思っているのだが、ふと、一人の時間が昔より少なくなったなと思い返していると「なあ、自分だけのこと、やりたない?」ともう一人の自分というか自称ライフアドバイザー的なやつがなぜか関西弁で聞いてくる。こいつは怪しげなマジシャンみたいな格好(イメージ)をしており、人生という名の列車に乗って安穏と毎日をすごしている僕のところにたまにやってきては、いらん事をいう。

 

 前に来たときは「チャリとかええんちゃう」と言われて僕は気づいたら自転車を買っていた。もちろん自転車が悪いってことじゃなくて8段変速のBellissimo 8speedをとても気に入っているのだが、僕は何故かこの変なアドバイザーの言う事を聞いてしまうことが多くて自分で呆れる。(ユングだったらエゴ象徴で変な格好をしているのはトリックスターが云々とか言うのだろうけどそんな大層なもんじゃないことは本人が一番分かっている。)

 

 何かをやりたいのかと聞かれたら確かにやりたいんだけど、「家族放置せずに自分の為になってかつ楽しい個人的なこと」なんていう条件を満たすものは少なくて特に楽しいことって基本的に家族をある程度放置しなければできないことが多いので躊躇してしまう。というか「その時間があったら家族のため(主に3歳の息子のため)に使うべきだガネ」というONE PIECEMr.3みたいなやつ(メガネ着用)も自分の中にいるし全く困ったものである

 子供さらに成長したらこんなことは言っていられないし奥さんこそ自分時間必要だし、「そもそも自転車があるじゃないカネ?」とかMr.3は痛い正論を言うしそろそろまとめないといけないのだが、世の人ははどうやって自称ライフアドバイザー関西弁)と折り合いをつけて(押し切って)いるのだろうか。「僕は(私は)これで黙らせた!」的なエピソードがあったら聞いてみたい。

 

(まずは自転車だガネ)

 

 今週末は乗りまーす!

2013-11-03

私が『劇場版まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』を観ないたった一つ

私が『劇場版まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』を観ないたった一つの理由。

それは『魔法少女まどか☆マギカ』(以下まどマギ)という作品が実のところ魔法少女ものではないせいだ。

彼女らはことごとく魔法少女コスプレにすぎない。

もっと制作はすべて承知の上だろう。だから問題は受け手の側にこそある。

あなたもしかしてまだ本作を魔法少女ものとして思ってやしないだろうか。あるいはアンチ魔法少女ものと惑わされてはいないだろうか。

そんな素直なファンたちにこそ伝えたい。魔法少女現実に我々の社会を照らす光なのだということを。

魔法少女の系譜は危機に瀕している

最近だが『Fate kaleid liner プリズマ☆イリヤ』というアニメを観る機会があった。

嫌がる少女を無理矢理魔法少女にしたてあげたり、立派な女子高生がその衣装を着ることを揶揄したりと、なんとも悪趣味パロディ作品であった。

——このままでは近いうちに変格が本格を駆逐してしまうのではないか

その思いを抱かされたところに『まどマギ』の新作上映である

その日が来る前に、伝えておかなければいけない。

まどマギ』には魔法少女資格が欠けている

敢えてそう主張しよう。

魔法少女資格

それは何だろうか。

笑わないで聞いてほしい。

「すべての女の子の憧れの存在であること」だ。

この意味アイドルもの魔法少女ものとは姉妹関係にある。

魔法少女とは時代年代で移り変わる少女価値観を切り取り、輝きをまとわせるものでなければならない。それこそが魔法少女資格であり、約束事であり、存在意義なのだ

いま魔法少女と呼べるのはせいぜいキュアハートフラメンコガールくらいのものだろう。

ミンキーモモ』の光

ここで『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(1982年)という作品を取り上げたい。

男性おたくを含め魅了した点で、本作の先駆けとも言える魔法少女ものの有名作品だ。

主人公12歳の女の子魔法の力で18歳に成長し、どんなプロフェッショナルにもなることができる。そうして「あなたの夢は私が守る」と視聴者に訴え続ける。

女性が働くということが闘争を意味した時代の作品なのだ

それでいて普遍的価値代表している。名作の所以だ。

繰り返そう。『まどマギ』には魔法少女資格が欠けている。

アンチ魔法少女という主張

すると賢しい人はこんなことを言う。

まどマギ正統派魔法少女ものだなんて思っていないよ。あれはアンチ魔法少女ものなんだ」と。

……いいだろう。

そのテーマで私に論戦を張ろうというのなら受けて立とう。

魔法少女とは何か

まずは魔法少女定義について掘り下げてゆこう。

アーキタイプ(元型)理論を利用するとすっきりする。

アーキタイプとはC・G・ユングによる精神分析の用語で、世界中神話民話に繰り返し登場する人物像を抽象統合したものをいう。物語分析おいてはキャラクター類型論の礎として重用される。

この理論に則ると魔法少女は〈お姫さま〉のアーキタイプ還元される。

〈お姫さま〉は特別な生まれを持ち、国じゅうの人々の期待を受けている。社会の善性を表現し、人心を希望で満たすことが彼女至上命題だ。

誰でも知っているように、すべての魔法少女フェアリーテールおとぎ話)の主人公なのである

アンチ魔法少女とは何か

では次にアンチ魔法少女について論じてゆこう。

本稿は二つの作例を扱う。一つは『少女革命ウテナ』(1995年)。もう一つは『マルドゥック・スクランブル』(2003年アニメ版は2010〜2012年)だ。

以降は『ウテナ』、『マルドゥック』と略記する。

知らない人は各自で Google にでも尋ねてほしい。

以下に読み解いてゆく。

鏡としての主人公

ウテナ』の真の主人公姫宮アンシーのアーキタイプは〈娼婦である。〈娼婦〉は〈お姫さま〉の反対で、他人にへつらい、虐げられ、社会の悪性を負わされる犠牲アイコンだ。

一方、表の主人公であるウテナは〈王子さま〉を目指す女の子というトランスセクシャルキャラクター

しかしこれは倒錯ではない。

洞察力を働かせればアンシー、ウテナのともどもが不在の〈お姫さま〉の鏡像であることに気づくだろう。

ちなみに敵対者である暁生は〈魔王〉。自らは何も生めず、他人を支配してその生産物を奪う男。暁生とアンシーの肌が黒く描かれるのはそのネガティブな心性が表出したためだ。

さらに続ければ枝織は〈悪女〉。力ある男に寄生してはダメにしてしまう中身のない女のアーキタイプ、となる。

閑話休題

他方、『マルドゥック』の主人公バロットが〈娼婦であることに説明は不要だろう。

なのでもう一つアンシーと共通する特徴をあげよう。

「不具の男性性の同伴」である

未確認生物サル?)のチュチュ典型的ダメ男の現身。人造ネズミのウフコックは使い手に依拠した万能の道具存在。そのいずれもが魔法少女必須アイテムであるマスコットアニマルの成れの果てだ。

ウテナ』の結末

そんなウテナとアンシーは最後にどこにたどり着いたのか。

「学園の外の世界」だ。

そもそも「世界の殻を破る」というフレーズは二度目の誕生メタファーである

管理されたままでいるのも、管理する側にまわるのも結局は同じこと。

選んだのは未知に挑むという生き方

王子さま〉でも〈お姫さま〉でもない。〈デュエリスト〉こそ『ウテナ』の提案するオルタナティブだ。

『マルドゥック』の結末

ではバロットはどうなっただろう。

彼女は当初こそ手にした力に溺れるものの、自分を裏切った男(野心の象徴)を殺すことはしない。逆に男を守ることで克つ。

さら最後の敵(破壊象徴)を相手に闘うときにも、バロットはひたすら耐え忍び、前のウフコックの相棒だったその男を止めることを考える。

運というものを理解したバロットにとってすでに暴力は勝利への要手ではないのだ。

どうだろう。

バロットはもちろん魔法少女ではない。

といってただ性別を反転させたダークヒーローとも違っている。

彼女男性とは異なる価値観武器を身につけたバトルヒロインとして成熟階段を登っているのだ。

ミンキーモモ』における自己否定

締めにふたたび『ミンキーモモ』の話をしよう。

この作品は途中、主人公事故死するという衝撃の展開を迎える。これは現実への決定的な敗北であり、魔法少女というテーマに対する叛乱であるとさえ映る。しか彼女はその後ふつう人間として生まれ変わり、それからも夢を求め続けるのだ。

この出来事はいわば魔法少女という夢を現実に呼び込むための通過儀礼である。実のところ『ウテナ』で視聴者を騒がせたウテナ処女喪失シーンはこの発展ともいえる。

魔法少女とは何か、そしてアンチ魔法少女とはどういう所業なのか、理解されただろうか。

魔法少女まどか☆マギカ』の主人公

それではようやく『まどマギ』の話に移ろうと思う。

結論からいえば暁美ほむらはダークヒーロー女性版に過ぎない。

そして鹿目まどかの正体はヒロインへの変身を期待されながら最後ヒーローに変身するという、高次元のシェイプシフターであった。

結局、本編はまどかときゅうべえの二人がひとりよがり正義に溺れたほむらにしっぺ返しを見舞う結末で幕を閉じる。

それに続く今作は——サブタイトルを信じるのなら——アンチヒーローとなったほむらがすでに叶えられたまどかヒロイズムを覆そうとする物語となるはずだ。

実際、予告映像を観た後の私の予想は「どうせビューティフルドリーマーではじまってレイアース2で終わるんでしょ?」であった。

90年代過ぎて自分でも嫌になるがそれはさておき。

皆が『ファウスト』要素探しに忙しいようなので私が代わりに言うのだが、『まどマギ』の思想世界は『魔法騎士レイアース』のそれそのままである。

願いの力を世界の第一原理として位置づけ、その上で自己犠牲を否定するのなら、『レイアース2』の提示した可能性のいずれかに落ち着くのが妥当である

ゆえに、いまの私に物語面に対する期待はない。

食べてはいけない

無論、映像・演出面のクオリティであればいくら期待してもよいのだろう。

しかし、だ。

まどマギ』本編がやってみせたのは一見ヒロイズム糾弾であるようで、その実勝つために既製概念ルールを変える行為の全面肯定に他ならないのだ。

そんな作品である以上、魔法少女の外観は「釣り」以外の何物でもない。理解して食いつくのなら言い訳もできよう。舌に乗せたら甘美な味がする餌なのだろう。

しかし、我々は豚ではない。

食うためだけに生きるのも、食われるために生きるのも、どちらも御免被ると私は思う。

あなたもまたそうではないか

——部屋の灯りが落とされた。

そろそろこのノートパソコンを閉じなければいけない。これ以上の照光と打鍵音は周囲の観客の迷惑だ。

最後に。

これだけは言っておく。

忍野扇ちゃんは僕もかわいいと思います

2013-09-03

山羊座土星10ハウス

西洋占星術、いわゆる星占いを学んでいるんだけど

高学歴増田の話には、山羊座土星10ハウス意味するものがよく表れていると思った。

 

西洋占星術、いわゆる星占いでは、山羊座は野心と自己否定星座とされている。

野心が自己否定とどう繋がるのか、山羊座が強くない自分には今一つわからないところがあった。

自己否定が強かったら自信をなくして何にも挑戦する気にならなくなるんじゃないのか。

でも増田の話を読んで納得した。自己否定あっての努力であり、野心あっての自己否定なんだな。

 

土星山羊座の支配星とされていて、成長のための試練を与える教育の星と言われており

土星が位置する場所は、自分生き方を否定せざるをえないような苦しい問題が起きると言われている。

それで土星古典的な解釈では凶星だった。

女性誌でおなじみのはてなダイヤラー石井ゆかりさんは、成長させてくれる星として土星を「土星先生」と呼んでいるけれど

人によっては、土星星一徹ロッテンマイヤーのような影響を持つ星だと思う。

一事が万事」で「明日のため」に、常に成長のために駆り立てられる高学歴の世界

土星先生完璧な教師として君臨する世界だと思った。

 

ギリシャ神話クロノス土星象徴とされている。

クロノス自分の子供を食べる父で、無常な時の神。

明日があって今がない」「今日が楽しめない」

という高学歴増田世界では、時間は「明日まであと何分」という風にただただ消費されていくものみたいだ。

西洋占星術ではチャート(いわゆるホロスコープ)を作る際、人生の様々な分野を12に分けて考える。※分け方については割愛

そしてそれぞれを「1ハウス、2ハウス」と「ハウス」で呼ぶ。

10ハウスキャリアステイタスハウスで、山羊座担当する。10ハウス土星を支配星とするハウス

まさに医者弁護士大企業の重役など、社会的に認められ、成功する立場にある人たちの縦社会ハウス

 

ひとつ前の射手座担当する9ハウス高等教育哲学ハウスだけど

9ハウス研究すること、学ぶことが目的なのに対して

10ハウスは学んだことをキャリアに活かさなければ意味がない。

キャリアを作るために学ぶし、キャリアを作るために稼ぐ。

世界的に価値ある大発見だろうが、社会的ステイタスの向上にまったく貢献しない分野では意味がない。

(そういう縦社会から飛び出した新人類的な活動は、お隣の水瓶座11ハウス担当する。)

 

そんなわけで高学歴増田世界は、山羊座の国の土星人が住む10ハウスの話に見えたんだけど 

こうして考えてみると山羊座土星高学歴の国はちっとも優雅じゃない。

優雅さがあるとすれば、それは優雅であることがステイタスを得る上で必須だったからだろう。

遊びも仕事も家庭も結婚も友人も、すべてはステイタスを獲得、維持するため。

山羊さんもたいへんだ。山羊座の国の土星人でなければ耐えられないと思う。

 

一般的山羊座10ハウスが強い人は社会的成功している人が多いので

いいなあ、うらやましいと思っていたけれど

これから山羊座土星10ハウスが強く影響している人のチャートをみたら

その心情をもっと思いやろうと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20130903002317

追記

id:mythm

いつも疑問なんだけど、南半球で生まれて今北半球に住んでいる場合(またはその逆)星占いってどうなるの?

逆の星座のを見るべきなのか、ラッキーな方角とか逆だったりするんだろうか。と思う山羊座南半球生まれ。

こうなるよ。天文学は賢い母。占星術はその愚かな娘

id:lisagasu

当たるとか未来予測ていうより人間分析で語るのおもしろかった

個人の心理が物事を動かし、それが星に現れていると考える心理占星術という占術がある。

ユング心理学ベースになっていて面白い。「鏡リュウジの星のワークブック」という本がわかりやすくておすすめ

2013-07-06

やはりドリーさんの書籍クリティークはまちがっている

 というわけで一本何か書いてみようという安易意識からキーボードを叩き始めました。名も無きはてな民です。よろしく。

 さて、今回は巷でネット民の熱い羨望を浴びながら、同時にドス黒い憎悪嫉妬とを育み続ける孤高のネットライター、ドリー氏の行う書評について、何か適当に書いていこうと思います。正直言って資料を用いながらの適確で分析的な記事とかは書く気がしないんで、フィーリングで書いていくことにします。


 さて、ドリー氏については説明不要だと思います。あの村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』をamazonレビューにてけちょんけちょんに叩き、その軽快でユーモラスな批評おいて人気を博した、ネット出身の新鋭ライターブロガーでございます。あ、ちなみにこんな風に書くとまるで私自身がドリー氏のモグリか何かのように見えるでしょうが、その心配には及びません。この記事は売名を目的にしてはおりません。

 ドリーさんには、今回のamazonレビューを切掛にして、何と出版社からライターとしての依頼が飛び込んできたようです。何ともまあ、驚くべきことです。ネットからの躍進というものが、こんなに身近な部分で行われているなんて……と、些かめまいのようなものを覚えてしま塩梅でございます。そんなこんなで、今更になってドリーさんの名前を広める為に誰かが努力をしたりステマをしたりする必要は、今の時点ではおよそ皆無だと言えるでしょう。何たって既にその名前が広がっていく余地が取られているわけですからね。


 さてまず、彼の批評について述べる上で、彼の書く批評文においては幾つかのポイントがあるわけですが、それについて紹介していきたいと思います


 自分アッパークラスならぬダウナークラスに位置付け、そしてそのような低きから視点おいて、批判対象(アッパー雰囲気を纏うものや、ハイソ雰囲気を纏う書物)を叩いていく、というのがドリーさんの基本スタイルとなっております

 こういう風な「ダメ人間」としてのキャラ付けで文章を書くのは、ドリーさんの特徴でもあります。ちなみに、これまで「ダメ人間」としてのキャラエッセイを書いてきた著名な作家を挙げるとすれば、例えば滝本竜彦とか、あるいは穂村弘などが該当するんではないでしょうか。ともかく彼のレビューは低い視点から行われます。そして必然、そのような視点が読者からの親しみを呼んだり、あるいは共感にまでこぎつけることも当然起こります。こういったことで、ドリー氏はネット層のナイーヴで、どちらかと言えばハイカルチャーには属していない人々の人気を勝ち取ってきたというわけです。


 ドリー氏がamazonにて村上春樹批評した手段はまだはてな民の皆さんには記憶に新しいと思うのですが、ドリーさんの真骨頂は、この「形而下ツッコミ」にあります

 ときに、今年の四月中旬に発売された、『色彩を持たない~~』という小説。これは村上春樹の発売した新作なのですが、この小説にはこれまで村上春樹が取り組んできた様々なエッセンスというものが生かされており、また、その他にも新奇な取り組み、挑戦的なメッセージなどが込められた作品でありました。

 そのような『色彩を持たない~~』ですが、特にこの作品に込められたメッセージの中で重要ものを上げるとすれば、それは次のようなものになると思います。つまり「我々の見る〈夢〉と、現実に起きている様々な事象の間には、ある種の相関関係があり、そして我々は夢というものを通じて現実事象における幾らかのレスポンシビリティー(責任)を共有している」というものです、こうやって一文に纏めると分かりにくいんですが、もう少し分り易くまとめると、要するに「我々は社会的責任や個人としての責任というものを、夢という通路を介して確認することになる」、ということです。このようなメッセージは、恐らく村上春樹氏がこれまで取り組んできた、ユング研究者との間のやりとりや、あるいは彼の人生経験というものを基立ちにして書かれているものだと思われます。そのような点において、村上春樹の主張している文学性というものが光っているのです。

 しかし! しかしです。

 ドリー氏の批評のやり方は、そういった〈文学性〉。いわば、〈形而上学的〉な分野においては、全くタッチしないという、そういう方法論を使ったものだったのです。


 これは、私が主観的立場おいて評している事柄ではありません。

 というのは、こういう「形而下的ツッコミ」とか、あるいは別名「表層ツッコミ」という言葉は、誰でもない、他ならぬドリー氏自身によって発された言葉であるからです。正に彼自身が、彼のレビューのやり方を評して、「表層ツッコミ」。あるいは、「形而下的ツッコミ」と呼び習わしていたのです。

 つまり、彼の特徴を一言で述べるならば、その作品の奥深さというものに関してはできるだけ発言を控える。というものなのです。そして、そういった「奥深さ」に関しての発言よりも、もっと身近で物質的な、そういった部分に関して照明を当てる、というのが、ドリー氏の批評術なのでした。


 アレ、ちょっと待てよ? という意見が、そろそろ出てきてもいいのではないでしょうか。

 というか、若干キレ気味な方というのが、現れてきてもいいんじゃないか、という風に僕は思ってます。なんなんだそれは! と声を荒げてもおかしくない方法論じゃないのかこれは? と、むしろ僕自身がそんな風に思ってきているところです。


 ドリーさんのやり方は、例えば以下のようなものです。


 『色彩を持たない~~』にて、以下、主人公とその友人「アカ」とのやりとり。


 アカは笑った。「嘘偽りはない。あのままだ。しかしもちろんいちばん大事な部分は書かれていない。それはここの中にしかない」、アカ自分のこめかみを指先でとんとんと叩いた。「シェフと同じだ。肝心なところはレシピには書かない」


 「あるいはそういうこともあるかもしれない」とアカは言った。それから愉快そうに笑って、指をぱちんと鳴らした。「するどいサーブだ。多崎つくるくんにアドヴァンテージ


 アカは言った。「俺は思うんだが、事実というのは砂に埋もれた都市のようなもの・・・



こういった、ちょっとオサレというか、まあそれらしい描写に関して、ドリーさんは以下のように述べています


それにしても自分大好きオーラでまくってます

身のこなし、言葉の節々から自己陶酔感がただよってるんですよ。


 なるほど……。と思えるようなツッコミです。確かに、アカの言い方からは、極普通社会生活を営んでいる方々から見れば、少し苦笑いをしてしまうような、あるいは軽く眉を顰めてしまうような、そういう素振りが端々から匂わされています

 これが、いわゆる「形而下ツッコミ」というものなのです。読者にとって、距離の近い何か、つまり、作中の人間における特徴的な発言とか、あるいは、そのキャラクターが行なっているファッション、あるいはスタイルというもの、そういった身近な位置に存在するものに関して、一つ一つツッコミを入れていく、という技術。これが、ドリーさんが主に自称しているところの、「表層ツッコミ」という技術なのでございます。確かに、このツッコミ面白い(笑)

 ぶっちゃけ僕も何度か読み直して笑ったくらいのものです。それくらいに、この「形而下ツッコミ」には効果があります


 しかしです。

 実際に、この『色彩を持たない~~』を読み込んでいくと、このようなツッコミ果たして正当性を認めてよいものなのだろうか? というようなメッセージが改めて浮かび上がってきています


 と言いますのは、まず、このアカという人物。なんと、未読の方にはネタバレになってしまうのですが――

 ――ですから、この先の部分に関しては未読の方は注意して読んで下さい、お願いします――


 ――同性愛者なのです。しかも、そのような事実に関して、何と自身が女性結婚関係を持ち、暫くしてから気付いてしまった、というかなり不幸な人物でもあるのです。彼は、結婚自分性癖について自覚してしまい、かなりの苦悩を感じていた模様です。

 その辺りは、『色彩を持たない~~』本編においてかなり描写が尽くされております


 ところで、ここで、「アレ?」と思われる方はいらっしゃいませんでしょうか?

 つまり、ドリーさんのツッコミの内容が、果たして本当に妥当ものなのだろうか? という感想を抱いた方が、ここまでの文章を読んでいて幾らかいるんじゃないかということなのです。

 ドリーさんのツッコミの内容は、以下の通りでした。

「『アカ』の臭わせている『自分大好き』臭がひどい、彼の自己陶酔的な態度がヤバい


 しかし、上のような本文の描写を読む限りで、そのようなツッコミぶっちゃけ間違っていることが、明らかになっています。つまり、むしろアカ」の根底には、「自分大好き臭」などではなく、徹底的な自己嫌悪存在しているということなのです。

 付け加えるならば

この「アカ」は、その父親が何と名古屋大学経済学部教授職を務めている人物であったりするのですが、そのような父親に対してアカは名状しがたい反感のようなものを抱えて青年時代以降を生きてきていた、ということが本文にて言われていますしかし、多崎つくるが生きている現代世界、彼が36歳になっている時点において、アカは一般企業向けのサラリーマン育成サービス会社の代表を務めているのですが、何と彼は、自分が忌み嫌っていた父のような、尊大で狭量な振る舞いを、そっくりそのままその会社経営スピーチおいて行なってしまっているのを作中で嘆いているのです。つまり、繰り返すように彼の中にあるのは、「自己嫌悪」というべき以上の何物でもない感情なのです。そしてそれを無視したまま、ドリーさんは「自分大好き臭がすごい」、などなどと形而下的ツッコミに終始してしまっているということなのです。


 ドリー氏は他にも、レビュー中で多崎つくるのファッションについて言及しており、彼の終盤におけるファッション、「オリーブグリーンバスローブ」について批判しております

 曰く、その色は「クソ緑」とのこと(笑) なんともまあユーモラスな表現ではありませんか。

 しかしです。このような緑の色、というのは、西洋おいはいわば「嫉妬」というものを表す象徴的な色でもまたあるのでした。

 主人公の多崎つくるは、本編の終盤において、交際相手の女性浮気現場を目撃してしまい、そのことで苦悩します。そして本作は、作中において何か特定のスタイル生き方、つまり「色彩」を持てなかった彼が、最終的に嫉妬感情を表す「オリーブグリーン」のバスローブを着込む、ということを最後に、幕が降りることになります。結局のところ、この『色彩を持たない~~』という物語は、多崎つくるというプレーンで如才ない特徴の無かった男が、嫉妬という、これまで無色だった彼にとってあまりにも大きすぎる感情を背負うことになってしまうという作品なのです。そんなテーマが描かれた小説なのでした。

 しかし、ドリー氏はこの「オリーブグリーン」の比喩に関して、「クソ緑」とただ一言切り捨てたのみなのです。それ以上の言及を、彼は避けております

 これが、いわゆる「形而下ツッコミ」の正体なのです。その、暗喩文学比喩といった奥深さに関しては常に除外し、表面的な部分にの視点おいて俗っぽい言葉によって吐き捨てる、というのが、結局のところドリー氏の行っている批評の正体と言えるでしょう。

 ドリー氏は、これは個人的な意見になってしまうのですが、はっきり言ってそういった「奥深い部分」に対する想像力、というものを発揮しない(あるいは表立って発言しない)といった批評のやり口に、あまりにも慣れきってしまっている感があります。何というか、そういった相手の表現したい奥深い分野については言及せず、大体において「表層的」あるいは「形而下的」な部分に対してのツッコミだけを行う、というのが彼のスタイルになってしまっているのです。


 さて、ここまで長々と書いてきて、結論としては、ドリーさんの批評(クリティーク)においては、あまりにも想像力文学表現に対する理解というものが欠けてしまっている、ということが言いたいわけなのです。そんなこんなで、ドリーさんの書籍批評に関しては、以下の言葉でまとめることができるでしょう。やはり、ドリーさんの書籍批評はまちがっている、と

2012-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20121228042243

いや別に本持ってるわけじゃないんだが、たとえばこういうのな。

ユング心理学入門』(河合隼雄

フロイトからユングへ : 無意識世界』(鈴木晶

2012-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20120110101235

ライブドアブログって、VIPPERな俺に金払ってるの?

大手2chブログライブドア移転してる理由って

ライブドアが金払ってるらしいじゃん。

大手にはマネタイズ提案までしているらしいし。

■らばQ「マネタイズまでしてくれるライブドアは凄い!」

最後はらばQ(腹黒い部分担当)さんの締めの挨拶だ。

収益化のためにトラフィックまで裁いてくれて

マネタイズ提案までやってくれるライブドアはすばらしい!

livedoorブログじゃない人には是非お勧めします!ごちそうさまでした」とコメント

http://news.livedoor.com/article/detail/4163777/



大手はライブドアブログPROアカウント無料だし。

あとライブドアブログのPROアカウントを1年間無料で使えるクーポンも配ってた。

http://www.kotaro269.com/archives/50806977.html



アフィやらないって言ってたVIPPERな俺(ユング)がライブドアではアフィ貼りまくりだし。

アフィリエイトやってませんよね? 正直、やりたいと思ったことないですか?

ユング

ぶっちゃけ最初はやりたいと思ってましたけど、今はやりたくないです。というかやりません。

それはなぜ?w

ユング

僕、人に褒められるのとか好きなんで、コメント欄だけで十分なんですよw

たまにくるメールとかw

からお金はいらない?

ユング

はい

http://interviewwith.blog44.fc2.com/blog-entry-32.html


ライブドアの内情に詳しい人、おちえてー

追記 2009/10/19

Kamekiti

絶対に貼らないといけない広告じゃないのかな


それはありえない。

広告の非表示FREEPROADVANCEPREMIUM
記事下広告×
ブログサイドバーバナー××
ブログ共通ヘッダーの広告××
管理ページの広告××

http://blog.livedoor.com/guide/plan/pc/


確かに、VIPPERな俺は有料ではなくFREEブログで、強制的に広告は表示される。

しかし、

記事下広告とは記事下にあるもので、

ブログサイドのバナーとはサイドバー下部の POWERED BY livedoor Blog という小さなバナーのこと。

少なくとも

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください) をクリックしたとき

でてくるテキストバナーのことではないし、

わざわざ、Ads by Google というサイドメニューを作って張るデカ広告のことではない!

っていうか、本当は id:kamekiti も気づいてるでしょ?

↓この記事いくらもらったんだろ?

VIPPERな俺 : 位置情報サービスロケタッチ」がオープン色々と捗るぞ

http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/2836522.html

http://anond.hatelabo.jp/20120110073150

http://anond.hatelabo.jp/20120110101235

2011-07-31

嫌いになるなら僕を殺して 君に愛されない僕なんかいらない

BPDってなぁに?(×4)

箱庭療法にハマって

卒業しました 大学院

でもこの技法単体じゃ

何にもできないね(汗)

指導教員:そんなコトも知らずに心理職目指すの!?

ユング フロイト ウィニコット

分かりません(TEG×4)

リビドー EMDR ワークスルー

なんかのゲームペルソナ??

Wah

DSMってなぁに?(×2)

教授:そんなドシロウトのひと~ 挙手!!

2011-02-16

(◕‿‿◕)ラノべえ「そんなことより僕をテーマにして研究生になってよ!」

つい先日、卒業研究を終えました。この日記は後輩やこれから卒業研究を自由に決められる人のためになればいいな、程度に書きました

私は卒研テーマに「ゲームをする人」を掲げ、一年自分のやりたいことを自由にできましたので、非常に幸せしたですので、後輩にもぜひ好きなテーマ卒研をして欲しいと思っていました

私の同じ研究室には、3年生の後輩の一人に、「ライトノベル(以下ラノベ)を読む人」をテーマにして、実際発表した後輩がいましたしかし、後輩に「今の自分研究テーマをそのまま卒研にするのか?」という旨を尋ねたところ、悩んでいるという回答が帰ってきました

どうやら、発表の反応が鈍いことで二の足を踏んでいるようでした

そこで私は思い切って、「この世の果てで恋を唄う少女YU-NOwikipedia考察いかに素晴らしかたか」という話をしたかったのですが、酒の席であること、他の後輩もいたこと、説得力に欠けていたこともあって、遺憾ながら場は白けて終わってしまいました

この世の果てで恋を唄う少女YU-NO - wikipedia ((http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E3%81%AE%E6%9E%9C%E3%81%A6%E3%81%A7%E6%81%8B%E3%82%92%E5%94%84%E3%81%86%E5%B0%91%E5%A5%B3YU-NO&oldid=28528480))

また、「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」は「アドベンチャーゲーム」の代表例として実際に卒業研究になっているようです

CiNii 論文 -  マルチシナリオゲームにおける並列世界モデル ((http://ci.nii.ac.jp/naid/110002942865))

これらを編集、記した方々は私よりも遥かな、確かな、達成感・効力感を持っているに違い有りません。(実際、素晴らしい考察だと思いませんか?)

他にもネットを探すとユニークテーマに出くわせます。例えば「プロ野球選手結婚するための方法論に関する研究」なんて研究もあります

卒業研究は、CiNii - NII論文情報ナビゲータ ((http://ci.nii.ac.jp/))で検索しなくても大学生ならば、各々の大学の概要集を捲れば自然と笑みがこぼれるものです

しかに、「好きだからテーマしますたwwwサーセンwww」なんて動機は発表までに、必ず根本的で大きな壁とぶつかり、ツケを払うハメになるでしょう。ですが、学生の本分は研究です研究について真剣にできるならば、それが真に正しい姿だと思います。

学生のあり方について、素晴らしい文章があります

修士論文の代わりに退学願を提出してきた - As a Futurist... ((http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733))

=====以上が、今回の日記意図です

もう一つせっかくですので、私がなぜ「ラノベを読む人」が素晴らしいテーマだと思うかについて書きたいと思います。

論文とは「問い」です。一般的に論文テーマとなる問い(リサーチクエスチョン)は根源的な、直感的なものが白眉であると知られています。

ラノベを読む人」で解釈すれば、「ラノベを読む人はなラノベが好きか」ということになるのでしょうか?

これはなかなか直感的だと思います。もちろん、大きな欠陥があることも否めません。それは、村上龍のこの箴言に集約されていると思います。

「「好き」は理性ではなエモーショナル部分依存する。だからたいていの場合、本当に「好きなこと」「好きなモノ」「好きな人」に関して、わたしたちは他人に説明できない。なぜ好きなの?どう好きなの?と聞かれても、うまく答えられないのだ。「好き」が脳の深部から涌いてくるもので、その説明を担当するのは理性なので、そこに本来的なギャップが生まれるからだが、逆に他人にわかりやすく説明できるような「好き」は、案外どうでもいい場合が多い。」

無趣味のすすめ - 情報考学 Passion For The Future ((http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1021.html))

つまり、「どう好きかは聞き出せない」という点です。聞き出せないならば、研究意義はないのでしょうか?それは違うと思います。つまり、いままで『「説明でき」なかったであろう「好き」の理由』を導ければいいのです

そのためには、誰よりも人一倍考察が半ば前提的に必要になると思いますが。(私も自分の先輩に研究前にコテンパンに全否定されましたが、それがあっての卒業研究になっています。)私の後輩の考察は活き活きと良く出来ていた分、勿体無いという感情がたしかに私の中にはあるのです

さて、前提的な考察は、すなわちラノベの「定義」と、研究する「意義」とに、密接に関わっていきます。まず、ラノベの「定義ですが、混沌としているようですね。

青少年を対象にした娯楽小説

程度で良いと思います。「読む人」に焦点があるならば、よく読む人はおそらく青少年から成人男性20~30代)でしょうから。(成人男性青少年対象の小説を読んでいる点は「オタク」で考察・解説すれば重複すると思うので、日記では割愛します。)

また、文学物語といった点に対する「ラノベ」の遍歴も欠かせないでしょう。ここで、古めかしいものとの接点を設けること、考察をしてるサイト、本から概念引用することが結果を導く前から既に必要となります

例えば、物語的に観れば大塚英志提唱した物語消費」がありますね。また、ラノベではありませんがアドベンチャーゲームとの類似点があると思います。

れとろげーむまにあ: アドベンチャーゲームを振り返って思ったこと((http://nesgbgg.seesaa.net/article/185700949.html))

ライトノベルにおいてもゲーム的な世界観が必要であり、大きな影響を与えてきたということは言われていますね。

また、純文学の外に広がるキャラ萌え世界について詳しい

オタクたちのメンタリティには、教養主義文学性を引きずりながらも、シミュラークルに代表される動物的な消費社会の波に骨の髄まで浸かっているという両義性がある。という指摘をした東の「動物化するポストモダン」(1・2)も取り入れられると思います。

東浩紀動物化するポストモダン|FRAMES INTERVIEW ((http://moura.jp/frames/interview/070423/03.html))

ここで、「外部性」や「キャラ萌え」(この日記では、美少女キャラに限定します。)が「文学としてのラノベ」のキーワードカテゴリー)として浮かび上がってくるのです。言い換えれば、「外部性」は「社会性」、「キャラ萌え」は「女性性」にあるといえるでしょう。

ところで、先ほどラノベ定義は「混沌」としていると述べましたが、同じく「混沌」とした定義文学に「SF」がありますね。

サイエンスフィクションもまた、外部性の幅が限界まで拡張されることによって何十年も前から定義は揺らいでいました

ここで一つのSF批評を紹介します。

小谷真理の『女性無意識』に対する松岡批評です。なお、小谷真里は、SF研究者であり、ラディカル・フェミニストであるそうなので「文学としてみたラノベ」を知る上で意外に検討する必要があると思います。

最初ハーバード大学フェミニズム文学者アリス・ジャーディンが「ガイネシス」(女性的なるもの)という言葉を造り出した。 (中略) テクノイネシスはそれにもとづいて提案した概念で、

父権的な社会蔓延するなかで女性的な無意識の紐帯が結ばれていく可能性を示していた。

長いあいだ、文明の基準や男性覇権社会価値観のなかでは、普遍的すぎる母性、すべての他者をとりこむ包容力、あるいは基準をいちじるしく逸脱する狂気、説明のつかない無意識などは、しばしば社会の外部に押しやるべき面倒として片付けられてきた。中世魔女裁判だけでなく、近代以降も「女子供の戯言」として片付けられ、20世紀後半になってもこの傾向と対決するためのウーマンリブ運動セクハラ問題が噴出してきた。

では、そのように外部に押しやられた意識をつなげたらどうなのか。あるいは、家庭という内部(実は外部的辺境)に押し込められた意識といってもよい。男性から見れば、多くの家庭は基準社会の外部にあたっているからだ。 ジャーディンはこういう問題を引き取って、そこにはそのままこれらを連鎖させるべきメタネットワークがありうるのではないか、それは女性無意識を象徴するガイネシスになるのではないかと見た。

(中略)著者はこんな出だしで手をゆるめない。次から次へとバウンダリートランスグレッション(境界侵犯)を見せつけた。

また、女性SFに関してこういう考察もなされています。

それにしてもいつのまに、女性こそが文学可能性と限界を語るに最もふさわしい発言者だという情勢になっていたのだろうか。

まずはエレイン・ショーターが父権文学規範の修正を迫ったそうである。ついでパメラ・サージェントが『驚異の女性たち』のなかで、メアリーシェリーの『フランケンシュタイン』に始まる女性SF史がありうることを指摘した。他方、これに呼応するかのようにして、陸続とサイエンス・フィクションに挑戦する女性作家が出てきたようだ。 そこで、ヴァージニア工科大学の英文学者マーリーン・バーが「女流SFフェミニズム理論には相似的な進行があるのではないか」と指摘した

(中略) なぜこういうことがいえるかといえば、マーリーン・バーによると、多くのSFは“外部の他者”を描くわけだけれど、そこには現実を超えた出来事があまりに現れすぎて、文学的にはサブジャンルに追いやられるようになっていた。

しかし考えてみれば、そのように追いやられる宿命をもっていたのは、実は“外部の他者”の扱いを受けつづけてきた女性なのである。これではSFフェミニズムとが連関していて、まったく当然だったということなのだ。

松岡正剛の千夜千冊『女性無意識小谷真理 (( http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0783.html ))

ということで、ここでは「外部の他者」たる女性文学との密接な関連がみえてきました。これは美少女に「キャラ萌え」する「ラノベ」も他人ごとはないのではないでしょうか?

では、そもそも男性にとっての「女性」とはどういうものなのでしょうか?もはや哲学の領域に関連しているように私には思えます

そこで、デリダにとっての「女性」というものを引用します。ちなみに、「動物化するポストモダン」の著者であり、前述した東は

「【デリダとは】仏哲学者20世紀のすぐれた哲学者の常として「哲学なんていみなくね?」というのをすごく哲学的に言って、ややこしくなってしまったひと。でも基本の着想はいいので哲学呪縛から解き放たれればいい仕事できた可能性がある。」

ツイッター上で紹介しています。* ((http://twitter.com/hazuma/status/24868908779446272))

デリダは、「真理が女性であるとすれば」という『善悪彼岸』冒頭のニーチェの仮定から出発して、「女性というもの(=真理というもの)」は存在せず、したがって「性的差異というものも存在しない」という驚くべき帰結を導き出している。(「性的差異」の問題が重要はないと言っているわけではない。逆に、デリダは、ハイデガーニーチェ読解には、「存在論的差異の問題」はあっても「性的差異の問題」がないことを問題にしている。)

ニーチェは『悦ばしき智彗』の中で、「女性たちの最も強力な魅力は、それを遠方性において感じさせること」、つまり「遠隔作用」だとしている。

女性の魅惑を感じるために、「遠隔」が必要なのであり、遠隔のところに身を置くことが必要なのである

女性というものは、「遠ざけるものであり、自分自身から遠ざかるものなので、女性本質存在せず」、「女性の真理は存在しない」。

女性は、真理が存在しないことを知っているのであり、真理の存在を信じない限りにおいて、女性であり、真理であるのだ(女性本質、真理の本質は、それが存在しないということであり、自分存在しないということを知っているということである)。

実際のところ、「女性=真理」を信じているのは、「男性」なのである(この意味で、フェミニスト女性たちは「男性」なのであり、「フェミニズムとは、それによって女性男性に、独断論者の哲学者に似ようとする活動」だということになる。)

ニーチェの『善悪彼岸』の「序言」の冒頭は、次のように始まっている。

真理は女性であると想定すれば、すべての哲学者たちは、彼らが独断論者であったかぎりにおいて、女性たちをうまく理解できなかったのではないかと疑うべき理由があるのではなかろうか。

そして、これまで彼らが真理を探求してきた際の恐るべきまじめさ、不器用な無遠慮は、女の子をものにするためには、拙速で不適切なやり方だったのではないか

デリダ女性も真理も、与えることによって所有するのであって、こうして贈与=所有も非弁償法的な決定不可能性は、あらゆる存在論的、現象学的な解釈の試みを失格させてしまう、とした

つまり、贈与に先立つ固有なものの存在がないのだから女性(真理)というものはないのであり、性的差異といういものはないということになる。という帰結に至った。

(知の教科書 デリダ 著者 林好雄 廣瀬浩司

見事にややこしいこの解釈から女性の振る舞いは虚構的であるという面ががわかってきたのではないでしょうか。

ニーチェ芸術的と指摘しましたが、遊戯的、ゲーム的と捉えても過言ではないでしょう。

つまり、オタク男性)にとって、ラノベとは

女性という存在外部性とを遊戯的につなげている文学メディア媒介装置

であることがわかります。(また、女性性を獲得し、同時に女性に所有されたいという願望を解消するメディアとも解釈できます。)

十数年前に、男性オタク達は「萌える」という言葉発明した;「萌える」という言葉を使えば「セックスしたい」「愛してる」といったストレート表現を避けながら、美少女キャラクターへの思慕をオブラートに包んで表現できる

オタクが豚になった――「萌えるからブヒる」へ - シロクマの屑籠(汎適所属) ((http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20110215/p1))

という指摘もあります

例えば、オタクにとっての現実における外部性インターネットがあります

オタク男性であろうツイッターユーザーアイコンが、イラストアニメ美少女アイコンである可能性が高い点はオタクにとっての外部性無意識に象徴しているのではないでしょうか。

また、ラノベ作家は決して女性が多いというわけではないですが、その必要はなく、いわゆるユング提唱したアニマ(男性女性的側面)による手で書かれている点、それがラノベを好む多くの男性読者に受け入れられている点こそ検討すべきでしょう。これはつまり、女性を真理とするのではなくアニマこそを真理とするさらなる「遠隔作用」をもたらしているとも考えられますね。

このアニマを真理とすることによる遠隔作用の効果としての共時性

先程のツイッターイラストアニメ美少女アイコン無意識的に選択させる要因になっているかどうかを検討することは興味深い対象ではありませんか?

以上より「ラノベ読者はなラノベを好むか」という問いの考察を注意しつつ踏まえ、ラノベ読者(男性)の実際に構築しているコミュニティ家族間の関係、他の好きなメディア媒体等について研究することは簡単には説明できなかったラノベ読者の感性、つまり一つの社会的な側面を知る上で、大いに意義があると思うのです

ラノベ本質は-文学であり-女性性であり-外部性であり、それがラノベ読者の実生活と対照的にどう関わるかが重要なのではないでしょうか?

私はそのことについて考える限り、とても意義ある研究だと断言できると思っています。

2010-05-07

http://twitter.com/simada_net

嶋田

二日たってもある物言いが頭から消えない。フラッシュバックし続けるのでもう我慢は止めることにした。これはどうしようもなくこの発言に僕が憤りを感じていることを意味する。それゆえ相手の真意を確かめ、反論することにする。関係ない方のTLには不愉快ノイズに映るでしょうが、お許しください。

 こういう切り返しを受けたわけですが。RT @sakiaruto: 困るんだよ。周りと当事者がね。RT @simada_net: 僕が明確に悪だ」と思っているのは「引き篭もっているやつは外へ出て元気にしろ」と言う人と、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」という人。

6:31 PM Apr 28th via Tween

 sakiaruto これってどういう意味なのでしょうか。僕から聞きたいのは「この切り替えしをすることで、結局何が言いたいのですか?」ということです。(以下@での直接のリプライは省略してあります。)

 つまり、「だから引き篭もりは周りにい迷惑かけてるんだよ」なのか、「だから善悪について語るなんて無駄なんだよ」。先のRTのような指摘をわざわざするということは、僕にはそういうメッセージに聞こえました。

(以下そういう僕の解釈に基づく異論です。 @sakiaruto あるとさんの真意が異なっていたら申し訳ありません。僕の誤解だったということです)

 僕にしてみれば「困るんだよ。周りと当事者がね」という話こそ、「するだけ無駄な話」です。なぜか。

 実際に「引き篭もってないで外へ出ろ」ということを言われて、引き篭もっている人は耐えがたい苦痛・圧力を感じている。

 また同様に、なんとか完全な引き篭もり状態から脱して元気にしようとしていると、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」と言われ、「じゃあ一言も発せず、部屋でじっとしていなくてはならないのか」とまた葛藤を与えられる。

 僕はだからそういう「放っておけばよいこと(人の生き方)に口出しをすることこそが悪だ」と言った。それが分かっていない人が多いと思ったから。これってそんなに不当で無駄な発言なのでしょうか?

 だいたい僕は指摘を受けたような「原因」はそもそもわかっている。そして、そんな原因が分かったところで、意味がない、と言うことも分かっています。

 なぜなら、「周りと本人が迷惑するんだよ」という原因説明を受けたところで、「引き篭もってないで外へ出ろ」と言われて苦痛を感じている人や、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」と言われて葛藤を抱えている人たちの、その「苦しみ」「葛藤」は解消されないからです。

 大体「周りと当事者が困る」という、その「困る」ということ自体が僕にいわせれば不当な申し立てです。

僕は好きで生まれてきたわけでもない。皆そうでしょう。無論、自分で死んでもいいのですがその瞬間の苦痛は怖いし、失敗したときのリスクも怖い。そんな状況を作り出しておいて「周りが困る」とはどういうことか。

 親は勝手セックスして生んでおいて「困る」と言う。誰も頼んでないです。生んでくれなんて。しかも待っているのは苦痛しかない「社会」です。そんな社会にしておいて世の中の皆さんは適応できないと「困る」と言う。

 どっちが理不尽なのかは明白でしょう。こっちが「困る」と言いたい。

 僕が言いたいのは、「引き篭もっているやつは外へ出て元気にしろ」と言う人と、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」という人の「困る」というその物言いこそが「不当」だということです。本来、原因になりえないことを原因に仕立てている、という主張です。

だって実際困らないじゃないですか。他人なんて関係ないんだから。人の生き方でしょう。ほっといて何が悪いんですか。僕に言わせれば不当でない言い方は次の一パターンしかありません。「元気にしていて良い。また、引き篭もっていて良い」これだけ。

 本当の問題はそこなはずです。発言が起きる「原因」が問題なのではない。僕が言いたいのは「苦しみ・葛藤」の原因が問題なのであって、それは不当に「原因」を作り出すことによって引き起こされている。それが悪だ、という当たり前のことを言っているだけです。

 ということで、もう実際僕はここ暫くの間で非常に疲れました。「外へでろ」「外へ出るな」「下らん主張をするな、黙れ」婉曲的にこういう圧力をかけて来る様々な物言いうんざりです。

 また、「共感する」と口では言っておきながら、その実行動では全く逆、僕の立場を否定するような態度を示し続ける人もたくさんいる。そういう矛盾した態度はいちいち読み解かなくてはならず、理不尽で、僕を非常に疲れさせる。

 現在僕は、たった一つのワンアクションをするだけなのに体が動かせない、起き出すのにも非常に気力を要する状態になってしまいました。昔に逆戻りです。

 ということでツイッターから撤退することにしました。一応アカウントは残しておきます。ひょっとしたら復帰するかもしれないので。(というかそうできることを僕自身が本当は望んでいるということなのだと思います)

本当はこんなことをいちいちここで発表すること自体に後ろめたさ、引け目を感じます。「自己顕示欲だけは強いんだな」「誰もお前の動向なんか知りたくないよ。止めたきゃ勝手止めればいい。それがツイッター」という声が頭の中に浮かぶからです。

「止めるんだったら、完全にアカウント消せよ。はっきりしない奴だな」という批判も自分の頭の中から聞こえます。

 TLなどでいろいろ「やる」と言ったことについては、約束を反古にする形になって申し訳なく思います。その僕の申し訳ないという思いだけはせめてお伝えしたかった。それだけです。そしてやはり「申し訳なく思うんだったら止めるんじゃない」という批判も聞こえます。

 一人(もしくは少数のメンバー)で静かにやって、成果が出たらまたどこかで発表するかもしれません。しかし発表することで、また今回うんざりした「婉曲Dis」みたいなものに触れる可能性もあるので、そのときの僕の気分次第ということにさせていただきたく存じます。

 僕がすること、僕の発言を楽しみにしてくださっていたという奇特な方がいらしたら、そういう方に対しては誠に申し訳なく思います。また、今回のことや単純にこちらの発言を楽しんでくれていたフォロアーの方々にも申し訳なく思います。お許し下さい。それでは。

 @sakiaruto こんにちは。突然失礼します。TLで騒ぎたててしまい、申し訳ありませんでした。あるとさんの真意に関しては頂いたお返事から、だいたい理解できました。婉曲Disに関してはこちらの勘違いだったようです。すみませんでした。丁寧に対応していただいて感謝しています。

 @sakiaruto ただ、婉曲Disなどについてはあるとさんの発言に関してだけ感じたわけではなく、TL上のいたるところではびこっていて、今回のような「僕の勘違い」ではなく、事実上人を殴りつけておいて「俺シラネ、反応する奴がバカじゃん」という言い訳がまかり通っている。

 @sakiaruto ですからどっちにしろ僕がツイッターから撤退することは確定だったのかもしれません。これ以上耐えるのはどちらにしろ限界でした。

 @sakiaruto ただ、そちらの発言が撤退のきっかけになる形にしてしまい、あるとさんにとって非常に理不尽なことだったと思います。こうして最後にお詫びだけでも申し上げたいと思い、「一度はこれで終わり」と宣言したツイッターに再び書き込みました。

 @sakiaruto いろいろと不愉快な気分にさせたと思います。お許しください。それでは失礼します。

もうどうせ最後なので方々へぶちまけてしまおう。

 @wakusei2nd 宇野常寛さんへ。はじめまして。僕は決断主義的に承認ゲーム(僕自身はゲームとは思っていませんが)を各所で展開しました。ツイッターでもそうですし、SNSもやっていた。一般の水準から見たらどうかは分かりませんが、自分なりに一生懸命やったつもりです。

 @wakusei2nd その結果、逆に人々の無神経な言葉に大量に晒されることになり、ストレスばかり増えて、一度はよくなりかけたうつ状態が再発し、過眠、頭痛が再び酷くなってどうしようもありません。

 @wakusei2nd 「病院に行け」と僕をあしらわれるでしょうか?多分それすらなく、単に無視かブロックされるだけだと思います。お話を聞いていると宇野さんはとても高い対人スキルをお持ちだと分かるので。

 @wakusei2nd ラジオなどでも自己啓発的な体裁を採って発言・振舞いをされておられたように思います。その上で「病院に行け」といわれるだけでは到底納得できません。

 @wakusei2nd この世にはそもそも「生きていくのに向かない」性格の人もいる、ということです。僕からすれば碇シンジ内向的少年などではない。彼は十分に無神経な人間です。内向的なフリをしているだけの。そんなキャラクターと一緒くたにされて扱われたくはありません。

 @wakusei2nd 現実に、僕のような真性の社会不適合者が実在するという事実を、次回以降の著作の糧にしていただけたら、と思います。失礼します。

 @wakusei2nd 「お話を聞いていると宇野さんはとても高い対人スキルをお持ちだと分かるので。」この部分は余計な皮肉でした。申し訳ありませんでした。それでは。

 今回のことだけでなく、これまでいろいろ反応を返してくださったみなさんに感謝します。さようなら

 ここをご覧の方々へ。僕は僕の行動の原因を宇野さんに帰したいわけではないです。宇野さんの発言を受けて、ふんぎったわけではないのでそういう責任を求めているわけではありません。誤解を招くような表現だったことは謝ります。

僕が言いたかったのは、単純に宇野さんの言っているようなこと(「手を伸ばす」)をやったら逆に苦しくて死にそうになる場合があるよ、そういう人もいるよ、と言いたかっただけです。つまり実存の問題を扱ってはいるが、彼の言説は実存の問題に役に立たないのではないか、と単にそういうことです。

 「病院へ行け」「コミュスキルを上げろ」どちらも居酒屋で飲んでいるサラリーマンでもいえる台詞じゃないでしょうか。

 実存の問題をフックにしたメディアでの語りから入って、結論が単なる一般論マジックワードでしかなかった…って、普通に考えて 「大して効果のない言説」なんじゃないのか、と疑念を抱くのはそうおかしなことでもないと思うのですが。

僕は、「コミュニケーションスキルが高くない人は苦しんで当然で、彼ら(無論僕も)の頑張りが足りないのが問題なのだ」こういう問題の認識の仕方に異論を唱えているわけです。本当に最後の手段として社会と距離をとる必要があって、それで引き篭もっているのだとしたら…

 手を伸ばそうとして無神経なメッセージにさらされ、それによって我慢不可能なストレス破壊的な衝動が世の中へ向かう(無差別テロ)、もしくは自分自身へ向かう(自殺)。引き篭もることでそれが回避できるのなら、ずっといいじゃないんでしょうか。

 というか引き篭もることこそがユングの言っていた「内向型」の人間が世の中に適応する(ほぼ唯一の)手段だったのではないか、とも思います。コミュニケーションできなくたって、生きていていいはずです。

 追記;先方がこちらへ返して下さったリプライを黙って削除しておられたので、一応こちらで上げておきます。

 t.uno ……僕は別に決断主義的な承認ゲームがすばらしいとか、ガンガン突っ込んでいけ、みたいなことは言った覚えはありません。このゲームは不可避なので、引きこもっても逆効果だとは言いましたが。" 2010/04/29 19:32:00

 t.uno 果たしてあなたは本当に僕の本を読んだんでしょうか。「ゼロ想」はどう考えても「決断主義批判」の立場で書かれています。" 2010/04/29 19:33:05

 t.uno "うまく行かないことは世の中にはたくさんあります。誰かのせいにしたくなることも多いでしょう。しかし誰かを責めるのだったら、最低限相手の意見や立場を正確に把握する努力をすべきではないでしょうか。" 2010/04/29 19:34:24

 t.uno "@simada_net 対人関係でお悩みのようですが、まずはこうしたコミュニケーションを改めて、慎重に行動されると若干状況は良くなるかもしれません。" 2010/04/29 19:35:16

 僕の発言、「決断主義的に承認ゲーム(僕自身はゲームとは思っていませんが)を各所で展開しました」という部分の「決断主義」の語用法は宇野さんの指摘されるとおり間違いでした。失礼しました。ただ、それによって僕の主張全体が無効化されるとは思えません。

http://twitter.com/simada_net

嶋田

二日たってもある物言いが頭から消えない。フラッシュバックし続けるのでもう我慢は止めることにした。これはどうしようもなくこの発言に僕が憤りを感じていることを意味する。それゆえ相手の真意を確かめ、反論することにする。関係ない方のTLには不愉快ノイズに映るでしょうが、お許しください。

 こういう切り返しを受けたわけですが。RT @sakiaruto: 困るんだよ。周りと当事者がね。RT @simada_net: 僕が明確に悪だ」と思っているのは「引き篭もっているやつは外へ出て元気にしろ」と言う人と、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」という人。

6:31 PM Apr 28th via Tween

 sakiaruto これってどういう意味なのでしょうか。僕から聞きたいのは「この切り替えしをすることで、結局何が言いたいのですか?」ということです。(以下@での直接のリプライは省略してあります。)

 つまり、「だから引き篭もりは周りにい迷惑かけてるんだよ」なのか、「だから善悪について語るなんて無駄なんだよ」。先のRTのような指摘をわざわざするということは、僕にはそういうメッセージに聞こえました。

(以下そういう僕の解釈に基づく異論です。 @sakiaruto あるとさんの真意が異なっていたら申し訳ありません。僕の誤解だったということです)

 僕にしてみれば「困るんだよ。周りと当事者がね」という話こそ、「するだけ無駄な話」です。なぜか。

 実際に「引き篭もってないで外へ出ろ」ということを言われて、引き篭もっている人は耐えがたい苦痛・圧力を感じている。

 また同様に、なんとか完全な引き篭もり状態から脱して元気にしようとしていると、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」と言われ、「じゃあ一言も発せず、部屋でじっとしていなくてはならないのか」とまた葛藤を与えられる。

 僕はだからそういう「放っておけばよいこと(人の生き方)に口出しをすることこそが悪だ」と言った。それが分かっていない人が多いと思ったから。これってそんなに不当で無駄な発言なのでしょうか?

 だいたい僕は指摘を受けたような「原因」はそもそもわかっている。そして、そんな原因が分かったところで、意味がない、と言うことも分かっています。

 なぜなら、「周りと本人が迷惑するんだよ」という原因説明を受けたところで、「引き篭もってないで外へ出ろ」と言われて苦痛を感じている人や、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」と言われて葛藤を抱えている人たちの、その「苦しみ」「葛藤」は解消されないからです。

 大体「周りと当事者が困る」という、その「困る」ということ自体が僕にいわせれば不当な申し立てです。

僕は好きで生まれてきたわけでもない。皆そうでしょう。無論、自分で死んでもいいのですがその瞬間の苦痛は怖いし、失敗したときのリスクも怖い。そんな状況を作り出しておいて「周りが困る」とはどういうことか。

 親は勝手セックスして生んでおいて「困る」と言う。誰も頼んでないです。生んでくれなんて。しかも待っているのは苦痛しかない「社会」です。そんな社会にしておいて世の中の皆さんは適応できないと「困る」と言う。

 どっちが理不尽なのかは明白でしょう。こっちが「困る」と言いたい。

 僕が言いたいのは、「引き篭もっているやつは外へ出て元気にしろ」と言う人と、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」という人の「困る」というその物言いこそが「不当」だということです。本来、原因になりえないことを原因に仕立てている、という主張です。

だって実際困らないじゃないですか。他人なんて関係ないんだから。人の生き方でしょう。ほっといて何が悪いんですか。僕に言わせれば不当でない言い方は次の一パターンしかありません。「元気にしていて良い。また、引き篭もっていて良い」これだけ。

 本当の問題はそこなはずです。発言が起きる「原因」が問題なのではない。僕が言いたいのは「苦しみ・葛藤」の原因が問題なのであって、それは不当に「原因」を作り出すことによって引き起こされている。それが悪だ、という当たり前のことを言っているだけです。

 ということで、もう実際僕はここ暫くの間で非常に疲れました。「外へでろ」「外へ出るな」「下らん主張をするな、黙れ」婉曲的にこういう圧力をかけて来る様々な物言いうんざりです。

 また、「共感する」と口では言っておきながら、その実行動では全く逆、僕の立場を否定するような態度を示し続ける人もたくさんいる。そういう矛盾した態度はいちいち読み解かなくてはならず、理不尽で、僕を非常に疲れさせる。

 現在僕は、たった一つのワンアクションをするだけなのに体が動かせない、起き出すのにも非常に気力を要する状態になってしまいました。昔に逆戻りです。

 ということでツイッターから撤退することにしました。一応アカウントは残しておきます。ひょっとしたら復帰するかもしれないので。(というかそうできることを僕自身が本当は望んでいるということなのだと思います)

本当はこんなことをいちいちここで発表すること自体に後ろめたさ、引け目を感じます。「自己顕示欲だけは強いんだな」「誰もお前の動向なんか知りたくないよ。止めたきゃ勝手止めればいい。それがツイッター」という声が頭の中に浮かぶからです。

「止めるんだったら、完全にアカウント消せよ。はっきりしない奴だな」という批判も自分の頭の中から聞こえます。

 TLなどでいろいろ「やる」と言ったことについては、約束を反古にする形になって申し訳なく思います。その僕の申し訳ないという思いだけはせめてお伝えしたかった。それだけです。そしてやはり「申し訳なく思うんだったら止めるんじゃない」という批判も聞こえます。

 一人(もしくは少数のメンバー)で静かにやって、成果が出たらまたどこかで発表するかもしれません。しかし発表することで、また今回うんざりした「婉曲Dis」みたいなものに触れる可能性もあるので、そのときの僕の気分次第ということにさせていただきたく存じます。

 僕がすること、僕の発言を楽しみにしてくださっていたという奇特な方がいらしたら、そういう方に対しては誠に申し訳なく思います。また、今回のことや単純にこちらの発言を楽しんでくれていたフォロアーの方々にも申し訳なく思います。お許し下さい。それでは。

 @sakiaruto こんにちは。突然失礼します。TLで騒ぎたててしまい、申し訳ありませんでした。あるとさんの真意に関しては頂いたお返事から、だいたい理解できました。婉曲Disに関してはこちらの勘違いだったようです。すみませんでした。丁寧に対応していただいて感謝しています。

 @sakiaruto ただ、婉曲Disなどについてはあるとさんの発言に関してだけ感じたわけではなく、TL上のいたるところではびこっていて、今回のような「僕の勘違い」ではなく、事実上人を殴りつけておいて「俺シラネ、反応する奴がバカじゃん」という言い訳がまかり通っている。

 @sakiaruto ですからどっちにしろ僕がツイッターから撤退することは確定だったのかもしれません。これ以上耐えるのはどちらにしろ限界でした。

 @sakiaruto ただ、そちらの発言が撤退のきっかけになる形にしてしまい、あるとさんにとって非常に理不尽なことだったと思います。こうして最後にお詫びだけでも申し上げたいと思い、「一度はこれで終わり」と宣言したツイッターに再び書き込みました。

 @sakiaruto いろいろと不愉快な気分にさせたと思います。お許しください。それでは失礼します。

もうどうせ最後なので方々へぶちまけてしまおう。

 @wakusei2nd 宇野常寛さんへ。はじめまして。僕は決断主義的に承認ゲーム(僕自身はゲームとは思っていませんが)を各所で展開しました。ツイッターでもそうですし、SNSもやっていた。一般の水準から見たらどうかは分かりませんが、自分なりに一生懸命やったつもりです。

 @wakusei2nd その結果、逆に人々の無神経な言葉に大量に晒されることになり、ストレスばかり増えて、一度はよくなりかけたうつ状態が再発し、過眠、頭痛が再び酷くなってどうしようもありません。

 @wakusei2nd 「病院に行け」と僕をあしらわれるでしょうか?多分それすらなく、単に無視かブロックされるだけだと思います。お話を聞いていると宇野さんはとても高い対人スキルをお持ちだと分かるので。

 @wakusei2nd ラジオなどでも自己啓発的な体裁を採って発言・振舞いをされておられたように思います。その上で「病院に行け」といわれるだけでは到底納得できません。

 @wakusei2nd この世にはそもそも「生きていくのに向かない」性格の人もいる、ということです。僕からすれば碇シンジ内向的少年などではない。彼は十分に無神経な人間です。内向的なフリをしているだけの。そんなキャラクターと一緒くたにされて扱われたくはありません。

 @wakusei2nd 現実に、僕のような真性の社会不適合者が実在するという事実を、次回以降の著作の糧にしていただけたら、と思います。失礼します。

 @wakusei2nd 「お話を聞いていると宇野さんはとても高い対人スキルをお持ちだと分かるので。」この部分は余計な皮肉でした。申し訳ありませんでした。それでは。

 今回のことだけでなく、これまでいろいろ反応を返してくださったみなさんに感謝します。さようなら

 ここをご覧の方々へ。僕は僕の行動の原因を宇野さんに帰したいわけではないです。宇野さんの発言を受けて、ふんぎったわけではないのでそういう責任を求めているわけではありません。誤解を招くような表現だったことは謝ります。

僕が言いたかったのは、単純に宇野さんの言っているようなこと(「手を伸ばす」)をやったら逆に苦しくて死にそうになる場合があるよ、そういう人もいるよ、と言いたかっただけです。つまり実存の問題を扱ってはいるが、彼の言説は実存の問題に役に立たないのではないか、と単にそういうことです。

 「病院へ行け」「コミュスキルを上げろ」どちらも居酒屋で飲んでいるサラリーマンでもいえる台詞じゃないでしょうか。

 実存の問題をフックにしたメディアでの語りから入って、結論が単なる一般論マジックワードでしかなかった…って、普通に考えて 「大して効果のない言説」なんじゃないのか、と疑念を抱くのはそうおかしなことでもないと思うのですが。

僕は、「コミュニケーションスキルが高くない人は苦しんで当然で、彼ら(無論僕も)の頑張りが足りないのが問題なのだ」こういう問題の認識の仕方に異論を唱えているわけです。本当に最後の手段として社会と距離をとる必要があって、それで引き篭もっているのだとしたら…

 手を伸ばそうとして無神経なメッセージにさらされ、それによって我慢不可能なストレス破壊的な衝動が世の中へ向かう(無差別テロ)、もしくは自分自身へ向かう(自殺)。引き篭もることでそれが回避できるのなら、ずっといいじゃないんでしょうか。

 というか引き篭もることこそがユングの言っていた「内向型」の人間が世の中に適応する(ほぼ唯一の)手段だったのではないか、とも思います。コミュニケーションできなくたって、生きていていいはずです。

 追記;先方がこちらへ返して下さったリプライを黙って削除しておられたので、一応こちらで上げておきます。

 t.uno ……僕は別に決断主義的な承認ゲームがすばらしいとか、ガンガン突っ込んでいけ、みたいなことは言った覚えはありません。このゲームは不可避なので、引きこもっても逆効果だとは言いましたが。" 2010/04/29 19:32:00

 t.uno 果たしてあなたは本当に僕の本を読んだんでしょうか。「ゼロ想」はどう考えても「決断主義批判」の立場で書かれています。" 2010/04/29 19:33:05

 t.uno "うまく行かないことは世の中にはたくさんあります。誰かのせいにしたくなることも多いでしょう。しかし誰かを責めるのだったら、最低限相手の意見や立場を正確に把握する努力をすべきではないでしょうか。" 2010/04/29 19:34:24

 t.uno "@simada_net 対人関係でお悩みのようですが、まずはこうしたコミュニケーションを改めて、慎重に行動されると若干状況は良くなるかもしれません。" 2010/04/29 19:35:16

 僕の発言、「決断主義的に承認ゲーム(僕自身はゲームとは思っていませんが)を各所で展開しました」という部分の「決断主義」の語用法は宇野さんの指摘されるとおり間違いでした。失礼しました。ただ、それによって僕の主張全体が無効化されるとは思えません。

http://twitter.com/simada_net

嶋田

二日たってもある物言いが頭から消えない。フラッシュバックし続けるのでもう我慢は止めることにした。これはどうしようもなくこの発言に僕が憤りを感じていることを意味する。それゆえ相手の真意を確かめ、反論することにする。関係ない方のTLには不愉快ノイズに映るでしょうが、お許しください。

 こういう切り返しを受けたわけですが。RT @sakiaruto: 困るんだよ。周りと当事者がね。RT @simada_net: 僕が明確に悪だ」と思っているのは「引き篭もっているやつは外へ出て元気にしろ」と言う人と、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」という人。

6:31 PM Apr 28th via Tween

 sakiaruto これってどういう意味なのでしょうか。僕から聞きたいのは「この切り替えしをすることで、結局何が言いたいのですか?」ということです。(以下@での直接のリプライは省略してあります。)

 つまり、「だから引き篭もりは周りにい迷惑かけてるんだよ」なのか、「だから善悪について語るなんて無駄なんだよ」。先のRTのような指摘をわざわざするということは、僕にはそういうメッセージに聞こえました。

(以下そういう僕の解釈に基づく異論です。 @sakiaruto あるとさんの真意が異なっていたら申し訳ありません。僕の誤解だったということです)

 僕にしてみれば「困るんだよ。周りと当事者がね」という話こそ、「するだけ無駄な話」です。なぜか。

 実際に「引き篭もってないで外へ出ろ」ということを言われて、引き篭もっている人は耐えがたい苦痛・圧力を感じている。

 また同様に、なんとか完全な引き篭もり状態から脱して元気にしようとしていると、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」と言われ、「じゃあ一言も発せず、部屋でじっとしていなくてはならないのか」とまた葛藤を与えられる。

 僕はだからそういう「放っておけばよいこと(人の生き方)に口出しをすることこそが悪だ」と言った。それが分かっていない人が多いと思ったから。これってそんなに不当で無駄な発言なのでしょうか?

 だいたい僕は指摘を受けたような「原因」はそもそもわかっている。そして、そんな原因が分かったところで、意味がない、と言うことも分かっています。

 なぜなら、「周りと本人が迷惑するんだよ」という原因説明を受けたところで、「引き篭もってないで外へ出ろ」と言われて苦痛を感じている人や、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」と言われて葛藤を抱えている人たちの、その「苦しみ」「葛藤」は解消されないからです。

 大体「周りと当事者が困る」という、その「困る」ということ自体が僕にいわせれば不当な申し立てです。

僕は好きで生まれてきたわけでもない。皆そうでしょう。無論、自分で死んでもいいのですがその瞬間の苦痛は怖いし、失敗したときのリスクも怖い。そんな状況を作り出しておいて「周りが困る」とはどういうことか。

 親は勝手セックスして生んでおいて「困る」と言う。誰も頼んでないです。生んでくれなんて。しかも待っているのは苦痛しかない「社会」です。そんな社会にしておいて世の中の皆さんは適応できないと「困る」と言う。

 どっちが理不尽なのかは明白でしょう。こっちが「困る」と言いたい。

 僕が言いたいのは、「引き篭もっているやつは外へ出て元気にしろ」と言う人と、「元気にしているのは無駄だから静かにしろ」という人の「困る」というその物言いこそが「不当」だということです。本来、原因になりえないことを原因に仕立てている、という主張です。

だって実際困らないじゃないですか。他人なんて関係ないんだから。人の生き方でしょう。ほっといて何が悪いんですか。僕に言わせれば不当でない言い方は次の一パターンしかありません。「元気にしていて良い。また、引き篭もっていて良い」これだけ。

 本当の問題はそこなはずです。発言が起きる「原因」が問題なのではない。僕が言いたいのは「苦しみ・葛藤」の原因が問題なのであって、それは不当に「原因」を作り出すことによって引き起こされている。それが悪だ、という当たり前のことを言っているだけです。

 ということで、もう実際僕はここ暫くの間で非常に疲れました。「外へでろ」「外へ出るな」「下らん主張をするな、黙れ」婉曲的にこういう圧力をかけて来る様々な物言いうんざりです。

 また、「共感する」と口では言っておきながら、その実行動では全く逆、僕の立場を否定するような態度を示し続ける人もたくさんいる。そういう矛盾した態度はいちいち読み解かなくてはならず、理不尽で、僕を非常に疲れさせる。

 現在僕は、たった一つのワンアクションをするだけなのに体が動かせない、起き出すのにも非常に気力を要する状態になってしまいました。昔に逆戻りです。

 ということでツイッターから撤退することにしました。一応アカウントは残しておきます。ひょっとしたら復帰するかもしれないので。(というかそうできることを僕自身が本当は望んでいるということなのだと思います)

本当はこんなことをいちいちここで発表すること自体に後ろめたさ、引け目を感じます。「自己顕示欲だけは強いんだな」「誰もお前の動向なんか知りたくないよ。止めたきゃ勝手止めればいい。それがツイッター」という声が頭の中に浮かぶからです。

「止めるんだったら、完全にアカウント消せよ。はっきりしない奴だな」という批判も自分の頭の中から聞こえます。

 TLなどでいろいろ「やる」と言ったことについては、約束を反古にする形になって申し訳なく思います。その僕の申し訳ないという思いだけはせめてお伝えしたかった。それだけです。そしてやはり「申し訳なく思うんだったら止めるんじゃない」という批判も聞こえます。

 一人(もしくは少数のメンバー)で静かにやって、成果が出たらまたどこかで発表するかもしれません。しかし発表することで、また今回うんざりした「婉曲Dis」みたいなものに触れる可能性もあるので、そのときの僕の気分次第ということにさせていただきたく存じます。

 僕がすること、僕の発言を楽しみにしてくださっていたという奇特な方がいらしたら、そういう方に対しては誠に申し訳なく思います。また、今回のことや単純にこちらの発言を楽しんでくれていたフォロアーの方々にも申し訳なく思います。お許し下さい。それでは。

 @sakiaruto こんにちは。突然失礼します。TLで騒ぎたててしまい、申し訳ありませんでした。あるとさんの真意に関しては頂いたお返事から、だいたい理解できました。婉曲Disに関してはこちらの勘違いだったようです。すみませんでした。丁寧に対応していただいて感謝しています。

 @sakiaruto ただ、婉曲Disなどについてはあるとさんの発言に関してだけ感じたわけではなく、TL上のいたるところではびこっていて、今回のような「僕の勘違い」ではなく、事実上人を殴りつけておいて「俺シラネ、反応する奴がバカじゃん」という言い訳がまかり通っている。

 @sakiaruto ですからどっちにしろ僕がツイッターから撤退することは確定だったのかもしれません。これ以上耐えるのはどちらにしろ限界でした。

 @sakiaruto ただ、そちらの発言が撤退のきっかけになる形にしてしまい、あるとさんにとって非常に理不尽なことだったと思います。こうして最後にお詫びだけでも申し上げたいと思い、「一度はこれで終わり」と宣言したツイッターに再び書き込みました。

 @sakiaruto いろいろと不愉快な気分にさせたと思います。お許しください。それでは失礼します。

もうどうせ最後なので方々へぶちまけてしまおう。

 @wakusei2nd 宇野常寛さんへ。はじめまして。僕は決断主義的に承認ゲーム(僕自身はゲームとは思っていませんが)を各所で展開しました。ツイッターでもそうですし、SNSもやっていた。一般の水準から見たらどうかは分かりませんが、自分なりに一生懸命やったつもりです。

 @wakusei2nd その結果、逆に人々の無神経な言葉に大量に晒されることになり、ストレスばかり増えて、一度はよくなりかけたうつ状態が再発し、過眠、頭痛が再び酷くなってどうしようもありません。

 @wakusei2nd 「病院に行け」と僕をあしらわれるでしょうか?多分それすらなく、単に無視かブロックされるだけだと思います。お話を聞いていると宇野さんはとても高い対人スキルをお持ちだと分かるので。

 @wakusei2nd ラジオなどでも自己啓発的な体裁を採って発言・振舞いをされておられたように思います。その上で「病院に行け」といわれるだけでは到底納得できません。

 @wakusei2nd この世にはそもそも「生きていくのに向かない」性格の人もいる、ということです。僕からすれば碇シンジ内向的少年などではない。彼は十分に無神経な人間です。内向的なフリをしているだけの。そんなキャラクターと一緒くたにされて扱われたくはありません。

 @wakusei2nd 現実に、僕のような真性の社会不適合者が実在するという事実を、次回以降の著作の糧にしていただけたら、と思います。失礼します。

 @wakusei2nd 「お話を聞いていると宇野さんはとても高い対人スキルをお持ちだと分かるので。」この部分は余計な皮肉でした。申し訳ありませんでした。それでは。

 今回のことだけでなく、これまでいろいろ反応を返してくださったみなさんに感謝します。さようなら

 ここをご覧の方々へ。僕は僕の行動の原因を宇野さんに帰したいわけではないです。宇野さんの発言を受けて、ふんぎったわけではないのでそういう責任を求めているわけではありません。誤解を招くような表現だったことは謝ります。

僕が言いたかったのは、単純に宇野さんの言っているようなこと(「手を伸ばす」)をやったら逆に苦しくて死にそうになる場合があるよ、そういう人もいるよ、と言いたかっただけです。つまり実存の問題を扱ってはいるが、彼の言説は実存の問題に役に立たないのではないか、と単にそういうことです。

 「病院へ行け」「コミュスキルを上げろ」どちらも居酒屋で飲んでいるサラリーマンでもいえる台詞じゃないでしょうか。

 実存の問題をフックにしたメディアでの語りから入って、結論が単なる一般論マジックワードでしかなかった…って、普通に考えて 「大して効果のない言説」なんじゃないのか、と疑念を抱くのはそうおかしなことでもないと思うのですが。

僕は、「コミュニケーションスキルが高くない人は苦しんで当然で、彼ら(無論僕も)の頑張りが足りないのが問題なのだ」こういう問題の認識の仕方に異論を唱えているわけです。本当に最後の手段として社会と距離をとる必要があって、それで引き篭もっているのだとしたら…

 手を伸ばそうとして無神経なメッセージにさらされ、それによって我慢不可能なストレス破壊的な衝動が世の中へ向かう(無差別テロ)、もしくは自分自身へ向かう(自殺)。引き篭もることでそれが回避できるのなら、ずっといいじゃないんでしょうか。

 というか引き篭もることこそがユングの言っていた「内向型」の人間が世の中に適応する(ほぼ唯一の)手段だったのではないか、とも思います。コミュニケーションできなくたって、生きていていいはずです。

 追記;先方がこちらへ返して下さったリプライを黙って削除しておられたので、一応こちらで上げておきます。

 t.uno ……僕は別に決断主義的な承認ゲームがすばらしいとか、ガンガン突っ込んでいけ、みたいなことは言った覚えはありません。このゲームは不可避なので、引きこもっても逆効果だとは言いましたが。" 2010/04/29 19:32:00

 t.uno 果たしてあなたは本当に僕の本を読んだんでしょうか。「ゼロ想」はどう考えても「決断主義批判」の立場で書かれています。" 2010/04/29 19:33:05

 t.uno "うまく行かないことは世の中にはたくさんあります。誰かのせいにしたくなることも多いでしょう。しかし誰かを責めるのだったら、最低限相手の意見や立場を正確に把握する努力をすべきではないでしょうか。" 2010/04/29 19:34:24

 t.uno "@simada_net 対人関係でお悩みのようですが、まずはこうしたコミュニケーションを改めて、慎重に行動されると若干状況は良くなるかもしれません。" 2010/04/29 19:35:16

 僕の発言、「決断主義的に承認ゲーム(僕自身はゲームとは思っていませんが)を各所で展開しました」という部分の「決断主義」の語用法は宇野さんの指摘されるとおり間違いでした。失礼しました。ただ、それによって僕の主張全体が無効化されるとは思えません。

2009-12-25

コミュニケーションにおける最大の問題はそれが達成されたという幻想

7 : ペストコントロールオペレーター(長野県):10/07/27 16:27 ID:VXzEcToP

俺も人を信じないけど表面上は信頼してるように見せないと色々面倒だろ

その程度の処世術は遅くても中学までに会得しておくべき

http://lifehack2ch.livedoor.biz/archives/51260720.html

知人・友人・友達・親友・心友・莫逆の友・友情

コミュニケーションにおける最大の問題は、それが達成されたという幻想である

バーナード・ショーアイルランド劇作家

The greatest problem in communication is the illusion that it has been accomplished.

George Bernard Shaw

小人と仇讐することを休めよ、君子に諂媚することを休めよ。

韓非子19 「説難(ぜいなん)」5 (IE・GC)|やけい

相手愛情を持っている場合は、いいことを言えば

すぐに気に入られ、ますます近づけられる。

ところが憎まれ場合は、いいことを言っても受け付けられず、

いよいよ遠ざけられるだけである

韓非子 説難

弁舌を率直に簡潔にすると、知識が足りないとして退けられ、

丁寧に幅広く論じたてると、冗漫だと思われて、別の者と代わらされる。

賢仁人生相談 韓非子/説難編 ~社長に意見が認められず左遷されたケース~ : 文芸雑技団ハルカトーク

人を信じないけど表面上は信頼してるように見せないと色々面倒だろ

ブルータス、お前もか

好かれるより「嫌われない」こと

はてなブックマーク - Amazon.co.jp: 嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え: 岸見 一郎, 古賀 史健: 本

語りえないことについては人は沈黙せねばならない。

[友人][友達][友情]お互い友人だといっても、それを信じるのは愚か者。

「すべては主観である。」モニモス

[権内][権外][分限自覚][エピクテートス]意志の力でどうにもならない物事

自分と未来は変えられる。他人と過去は変えられない。

「なんとなく」を可視化し、「変えられるもの」に集中する - 点と点をつなぐためのメモ - connecting the dots

最近、他人を説得したり、意見することにエネルギーを使うことをやめました。それよりも、自分を変えることが大切。

[面従腹背][面従後言]

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう

[ゲシュタルトの祈り][Gestalt Prayer]

ラインホールド・ニーバーの祈り The Serenity Prayer

はてなブックマーク - 気に入らない人間を潰す方法(社内政治で潰されないための知識) - @fromdusktildawnの雑記帳

アドバイスをするというのは、疑わしい療法だ。ユング

[六韜]仲間の多い人間とは腹黒い人間。

人間は一生、他人の心などわかるはずもない。MASTERキートン

人間は誰しも他人から完全に理解されるということは有り得ない

[他人の心]人の心などわかるはずがない

[ロバ売りの親子][粉屋と息子とロバ]粉挽きとその息子と驢馬

鶏口牛後 - はてな匿名ダイアリー

影で「きもい、最悪、勘違いすんな」って言われてても気付かなくてシアワセなんだろうな。

ラベンダー畑の向こう側

・・・ 毎日のように夜遅く電話してくる

友達

いて非常に迷惑だった。

☆ゴミの通院日記☆:波浪注意報 - livedoor Blog(ブログ)

私はあんたのことなんて知らない、お前が男とどうなろうがしったこっちゃない。

言いたいのに、いえない。

私へのメール日記じゃないのです。

うざいからやめてくれない?

泣きながら電話するのやめてくれない?



はてなブックマーク - 九尾のネコ鞭「会話はキャッチボール」の本当の意味

[人間関係は腹六分]

http://anond.hatelabo.jp/20091223141728

http://anond.hatelabo.jp/20130423091413

http://anond.hatelabo.jp/20130524122441

http://anond.hatelabo.jp/20130722214426

http://anond.hatelabo.jp/20131005225557

http://anond.hatelabo.jp/20131103181214

http://anond.hatelabo.jp/20140112111619

http://anond.hatelabo.jp/20140311111743

http://anond.hatelabo.jp/20140902031152

http://anond.hatelabo.jp/20160321122600

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