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2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(1)

日本文学編(anond:20210222080124)があまり注目されなかったけれども、記憶を頼りに続きを書く。

芥川龍之介河童

どの作品を入れるべきか迷った。古典翻案に見られる知性とユーモア晩年作品にみられる迫害的な不安、どちらの傾向を持つ作品であっても、元文学少年の心をひきつけてやまない。特に歯車」などの持つ、すべてのものが関連付けられて迫ってくる凄味は、学生時代に再読したとき、行き詰まりかけていた学生生活不安と重なり、ただただ恐ろしく、読み終わってからしばらくは寝床で横にならされた。

河童」を選んだのは中高生の頃で、河童の国を旅する要素に心を惹かれたことを思い出したからだ。それは、大学生の頃よりも不安が弱かったからなのか、この作品に潜む女性への憧れと恐れが自分に響いたのか、あるいは架空世界架空言語に魅せられたのか、その理由はわからない。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン雪の女王

アンデルセン小説を読んでいると、きっとこの人モテなかったんだろうなあ、ってのがひしひしと伝わってきて、何だったら今晩一杯つきあうよ、的な気分にさせられる。一人寂しいときへの痛みと、女性への復讐心が入り混じっていて、読んでいて心がきりきりとする。

で、この作品の中でひたすら「いいなあ」と思うのは、悪魔の鏡のかけらが心の中に入ると、どんな良いものもその欠点ばかりが大きく見えてしまうという設定だ。

ところで、ディズニー作品価値貶めるつもりはないけれど、原作とは全然違う話に似たタイトルをつけて世界中に広げるのってどうなんだろう。デンマーク人は怒らないんだろうか(「人魚姫だって原作改変をやってるし……。いや、ディズニー普通に好きなんですけど、最近こうした異文化の扱いって難しいですし……)

グレッグ・イーガン祈りの海」

「白熱光」にしようかと思ったのだが、これはエイリアンニュートンアインシュタイン物理学自力発見していく過程が延々述べられるだけの話で、燃えるけれども物理学の基礎をかじっていないとちっとも面白くないのでやめた。ついでに、彼の欠点として「科学者エンジニア最高、政治家宗教家文学者は役立たずのクズ」という態度を隠そうともしないところがある。要するに理系の俺TUEEE小説なのだ。それに、しょっちゅうヒロインから説教されるし、作者はいったいどういう恋愛経験をしてきたか非常に心配になる。

そうしたえぐみ比較的少ないのがこの短篇集で、最初に読んだ本だから愛着がある。それに、上の隠しきれない欠点にも関わらずイーガンが嫌いになれないのは、科学的な真理に向き合う姿勢と果てしのない好奇心がかっこよく、さらに己に課した厳しい倫理に身が引き締まるからだ。

カズオ・イシグロ日の名残り

友人と富士山に登るときに持っていったこともあり、これも自分にとって思い出深い小説だ。これは、大戦後の新しい時代適応できない英国執事物語である

彼の小説の語り手は基本的には何かを隠していることが多いので、いつも歯に物の挟まった言い方をする。そのうえ、誰もが自分の信念にしがみついているものから登場人物同士の会話は勝手な主張のぶつけ合いになり、実のところ会話になっていない。

カズオ・イシグロはそうした気持ちの悪さを楽しむ作家だ。そして、「日の名残り」は自分の本当の気持ちに蓋をして生きている人、やりたいことよりもやるべきことを優先してしまう人に、刺さる作品であるに違いない。

ミシェル・ウエルベック素粒子

彼の作品不快だ。主人公のボヤキは原則として次の通り。俺は非モテから思春期の頃には思いっきセックスできなかった。中年になって女を金で買えるようになったが、ちっとも楽しくない。子供も老人もみんな大っ嫌いだ、バーカ! これはひどい

作中に出てくる西欧文明の衰退だのなんだの宗教への逃避だの一見知的に見える議論も、すべて上記の嘆きを補強するためのダシに過ぎない。それでもなお、なぜオススメに入れたのかというと、人をエゴ抜きで愛することの難しさを逆説的に語っているからだ。そして、自分が愛されておらず、必要ともされていないと感じたとき人間がどれほど孤独とみじめさを感じるかを緻密に描いている。皮肉なことに、これは性と愛について真摯思考した書物である

ただ、どの作品も言っていることが大体同じなので何冊も読んではいない。

ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人

僕がウルフのことが好きなのは、単純に文章が美しいというだけじゃなくて、迷っている人間の頭の中で浮かぶ複雑な段階が細かいところまでよく見えているからだ。例えば親しい人への憎悪が浮かび、言葉ではそれを否定して見せるが、態度にふとこぼれ出てしまう。そうした過程子供が貝殻を見つけたときのように、ひとつひとつ並べている。

そして、意識の流れとでもいうのか、ある人物意識から別の人物意識へと、外界の描写連想を経てシームレスに移行していく感じが、本当に巧みな脚本映画みたいで、やっぱり映画って文学から相当影響を受けてるんじゃないかって勘ぐったりするのだけれど、本当のところどうなのかは知らない。眠る前の自分意識もふと過去に飛び、すぐに現代に戻り、夢想し、眠りに落ちていく。

灯台へ」とどっちにするかこれも迷った。

ミヒャエル・エンデはてしない物語

さえない少年万引きした小説を読んでいると、いつしかその物語の中に取り込まれしまう。これは主人公異世界に行き、そこでなりたい自分になるが(まさに公式チートだ)、その報いとして自分自身が本当は何者であったかをどんどん忘れてしまう。何よりも面白小説なのに、その小説現実に向きあう力からではなく現実逃避の手段となることの危険性を訴えている。主人公が万能チート野郎になってになってどんどん嫌な奴になっていく様子は必見。また、後半で主人公を優しく包み込む人物が、私の与えたものは愛でなく、単に私が与えたかったものに過ぎない、という趣旨台詞を言うシーンがあり、これが作品の中で一番自分の心に残っている台詞だ。

ちなみに子どものころ映画版を見て、原作とは真逆メッセージストーリーになっているのにショックを受け、初めて原作破壊行為に対する怒りを覚えた。僕が大人商業主義を信用しなくなったのはこれ以来かもしれない。

円城塔文字渦」

基本的自分は何かを知ることが好きで、だから知識の物量で殴ってくるタイプの彼の作品も好きである。それでいてユーモアも忘れないところが憎い。フィクションとは何だろう、言葉文字物語を語るってそもそもどういうことだろう、そうしたことをちらりと考えたことがあるのなら楽しく読めるはず。「Self reference Engine」で抽象的に触れられていたアイディアが、漢字という具体的な文字によって、具体的な形を与えられている。

元々SFの人だけれども、最近日本古典にも守備範囲を広げ始めていて、SFが苦手な人も楽しいと思うし、慣れたらSFにも手を出してほしいとこっそり思っている。

遠藤周作沈黙

どうしてこれほどあなた信仰しているのに、手を差し伸べてくれないのですか。せめてささやか奇跡あなたがいらっしゃるということだけでも示してください。そういう人類が何千年、何万年も悩んできたことについて。神に関しての抽象的な疑問は、具体的な舞台設定を与えないと机上の空論になる。

以前も述べたが、ここに出てくる仲間を裏切ったりすぐに転向したりしてしまう情けないキチジローという人物がとても好きで、彼の「迫害さえなければまっとうなキリシタンとして生きられたのに」という嘆きを、情けないと切り捨てることができない。

ただただ弱くて情けない人物遠藤周作作品にはたくさん出てくる。だから好きだ。僕が文学にすがらねばならなかったのは、それなしには自分の弱さ、愚かさ、卑怯さ、臆病さ、ひがみを許せなかったからで、強く正しい主人公たちからは救われなかった。

イタロ・カルヴィーノ「冬の夜一人の旅人が」。

男性読者」という名の作中人物が本を買うが、その本には落丁があった。続きを探すために彼は同じ本を手に取った別の読者である女性読者」を探し求める。彼はいろいろな本を手に取るが、目当ての本は結局見つからない。枠物語の内部に挿入されるつながらない小説の断片は、それだけでも完成度が高く、まるで本当に落丁のある文学全集を読んでいるような楽しみがある。

世界文学パロディー化した物語のページをつないで作った「鏡の中の鏡」かと思わされたが、それ以上のものだった。語りの文と物語関係とは、新作と偽作とは、そんなテーマ物語レベルメタレベルの二つの層の間で錯綜して語られている。

ダニエルキース「アルジャーノンに花束を

知的障害者チャーリーゴードンが脳手術で天才になるが、その知性は長続きしなかったという悲劇として知られている。けれども、僕はこれをただの悲劇として読まない。障害者セックスについて正面から向き合った最も早い作品の一つだからだ。

チャーリー女性の裸を考えるだけで罪悪感からパニックになってしまう。それは母からの過度な抑圧と体罰が原因だったが、それはチャーリーの妹を彼の性的好奇心から守ろうとするが故の行動だった(チャーリーの母が、周囲からもっと支援を得られていたら、あれほどチャーリーにつらく当たらなくて済んだんではないか、とも思う)。

天才になったチャーリーは恋をし、トラウマを乗り越え、苦労の末に愛する人と結ばれ、やがて元の知的障害者に戻ってしまう。一見すると悲劇だが、彼にはセックスに対する恐怖がもはやなくなっている。彼がただの障害者に戻ってしまったという感想は、その視点が抜けているのではあるまいか

ナタリア・ギンズブルグ「モンテ・フェルモの丘の家」

素晴らしかった。中年の仲良しグループというか、ツイッターでいうクラスタの間を行き交う書簡を通して話が進む。居場所をなくすこと、愛情を失うこと、自分の子供をうまく愛せないこと。そして、友人の死。テーマは深刻だ。なのに、読後感は良い。それは視点距離を取っているからか、登場人物を公平に扱っているからか、それとも愛を失う/奪われる過程だけじゃなくて、そのあともちゃんと書いているからなのか。長い時間の中で、家族や友人が近づいたり離れたりする感じ、これこそ人生だ、みたいな気持ちになる。

アーサー・C・クラーク幼年期の終わり

子供の頃、太陽が五十億年も経てば地球を飲み込んでしまうと知って、非常に恐ろしかったのだけれど、それ以来人類運命について書かれた物語がずっと好きだ(H・G・ウェルズの「タイムマシン」も何度も読んだ)。

人類は滅んでしまうかもしれない。生き延びるかもしれない。しかし、宇宙に出て行った結果、ヒトとは似ても似つかないものになってしまうかもしれない。彼らは人類の何を受け継ぐのだろうか。そして、今しか存在しない自分は、果たしてこの宇宙意味があるのか。

人類運命が気になるのと同じくらい、僕はきっと遠くへ行きたいと思っている。だから、ヒトという形から自由になってどこまでも進化していく話に魅了され続けるのだ。


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2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・哲学

日本文学編→anond:20210222080124

追補編→anond:20210218080224

プラトン饗宴

おっさん飲み会真実愛について延々語るだけなので、哲学書の入門編にいいんじゃないかな。楽しそうにしてるおっさんはいいぞ。

アリストテレス詩学

どうしてフィクションで人は感動するかについて述べた本の走りで、後半は散逸しているんだけど、カタルシスについてはなるほどなあ、とは思った。作家になりたいんだったら普通にハリウッドの三幕構成の本を買ったほうがいいかもしれないが、この読書リストを読んでいる人は実用的な知識よりも読んでいて楽しいかどうかを求めている気もする。

アウグスティヌス告白

読もうと思ったまま長い時間が過ぎてしまった本で、まだ読めてない。アウグスティヌス若いころややりたい放題やっていた時期のことも書いてあるらしいので、宗教書として以外にも楽しめるんじゃないだろうか。

マキァベッリ『君主論

塩野七海エッセイですごく推していたから読んでみたけれども、普通に面白い。例えば、中途半端に生かしておくと復讐されるから、いっそとどめを刺しておけ、みたいなことが書いてあって、優しいと人から言われてしま自分には大いに刺激になった。ところで「孫子」もそうだが、戦争政治学について書かれた本はたいてい「そもそも戦争は大悪手で、戦争になる時点で何かやらかしてる」という趣旨言葉があり、全くその通りだと思う。

モア『ユートピア

未読なんだけど、結婚とはある種の契約なんだから、まず処女童貞がお互いに裸を見せ合ってからだ、みたいなディストピア的な描写もあるらしく、ディストピア文学好きの人は楽しめるんじゃないかな。あとは非モテ界隈の人とか。実際、完全な平等社会を目指そうとするとどっかしら歪みが出るもので、それについて考えるのにも使えそう。

デカルト方法序説

自然科学的な考え方、ロジカルシンキングマニュアル。長くないのですぐ読める。得るものがあるかどうかはわからないけど、逆に普段している論理的思考そもそも存在しない時代があったことは、実感しておくと歴史を学ぶ上で面白いかも。

カント純粋理性批判

平凡社の上巻を読んで挫折純粋な理性っていうけれども、ヒトの心にはデフォルト時間とか空間とかの枠組み、基本的概念が組み込まれているよね? 的な話をやたら細かく述べていく内容だったように記憶している。長いので三行でまとめたくなる。

この本に限らず、いくつかの哲学書は「この本さえあればあらゆる哲学的論争をおしまいにできる」「この本からあらゆる結論が導き出せる」的なスタンスで書かれたものが多い印象。

キルケゴール死に至る病

エヴァヲタなら読まなきゃという謎の義務から読んだ本。要は、どうすれば自分を信じることができるか、について語った本であったような気がする。自分は救われないだろうという絶望から、それでも神を信じるという境地に至るまでの道筋を延々と語ったようなものだった、はず。

自分特定信仰を持たないが、どうせ自分なんてと己を見捨てた境地から、まあ自分自分だよね、的な気分に至った経験がある人が読むと楽しめるだろう。

ニーチェ道徳の系譜

善悪の彼岸」と「ツァラトゥストラはかく語りき」なら読んだ覚えが。自分カトリック中高一貫校出身であったせいかキリスト教思想にある欠点を指摘したこの本を面白く読んだ。キリスト教になじみがなくても、たとえば来世があると考えることで現在を生きることがおろそかになるといった指摘は、興味深く読めるんじゃないだろうか。あとは、増田で定期的に出てくるルサンチマンがどうこうとかいう話が好きな人にもおすすめマッチョぶってるところはあるが。

フロイト快感原則彼岸

新潮文庫の「夢判断」「精神分析入門」「トーテムとタブー」「一神教起源」なら読んだ。フロイト自身はヒトの心を脳から探りたかったらしいのだけれど、当時はMRIやら何やらはまだないので対話式の治療法を導入したらしい。

彼の理論は今となってはツッコミどころがたくさんあるのだろうけれど、クラインだとかビオンかについて触れるなら頭に入れておきたいし、心理学特にパーソナリティ障害について読むなら知っておきたい。自分フロイトアドラーよりもユング派だが。

ラカンについては新書を読んだがさすがについて行けなかった。

ブルトンシュルレアリスム宣言

ラブストーリーの「ナジャ」だけ読んだ。謎めいた女のあるある的な話だ。

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

論理哲学論考」だけなら読んだ。これもカントみたいに「俺が哲学のくだらない争い全部終わらせてやる」的な立場で書かれている。定理がずらずら並んでいるだけで、余計な表現がなく、簡素

ただ、言語限界について今の人が持っている感覚ってのは大体この時代の人が言っていたことだった気がするし、そういう意味では面白いんじゃないかな。この辺は数学ともかかわっていて、ペアノとかゲーデルとかヒルベルトとかその辺興味があったらいかがでしょう。

ちなみにウィトゲンシュタインポパーとの議論でキレて火かき棒を振り回したヤバいやつだというのは哲学界隈では有名らしい。

レヴィ=ストロース野生の思考

シン・ウルトラマン予告編でちらっと映っていたので読んだらいいかもしれない。

この本そのものは未読で「悲しき熱帯」ともう一冊なんか専門書を読んだことは覚えている。面白かったエピソードの一つは、ある民族身分入れ墨にするんだけど、入れ墨のない人間白人たち)を見て面食らう。要するに身分証明書を持ってないようなものから

定期的に異民族と共に暮らすドキュメンタリーが読みたくなる性分なのだが、それはたぶん、自分のやり方や考え方が絶対じゃないってことをよく教えてくれるからで、これも本を読む効用の一つだろう。趣味なので効用なんて本当はどうでもいいが。

サイードオリエンタリズム

面白い。僕自身スタンスとしては、日本人海外で誤解されていることを批判するんだったら、自分外国に対する偏見無知を減らそうと努力するのが筋だと思っていて、それの理論的な補強をしてくれた本。身近に外国人の多い環境ではないが、すぐに役に立たないからと言って読まないというのはなんか違うんじゃなかろうか。自分イスラーム世界インドについて、どれほどわかっているのだろう?

上田秋成『胆大小心録』

雨月物語しか読んだことがない。「雨月物語はいいぞ。

九鬼周造『「いき」の構造

どっからがいきでどっからが野暮なのか、直方体を使った図があった気がするが忘れた。

柳田國男『木綿以前の事』

遠野物語しか読んだことがないし、それも「マヨヒガ」のことしか覚えていない。

おまけ:いしいひさいち現代思想遭難者たち

自分現代思想に出てくる名前がわからなすぎて最初に読んだ本の一つ。四コマ漫画だがかなり本質をとらえており、いしいひさいち本業は何だったのかよくわからなくなる。素直に笑っておきましょう。勉強ってのは楽しみながらするもんだ。

おまけ2:ローラン・ビネ「言語の第七の機能

上のリストでは省略した20世紀哲学者が実名で登場するミステリなんだけど、フーコーサウナ美青年イチャイチャしたり、七十年代音楽を聞きながら薬をキメたりしているので、現代思想だのポストモダンだのをかじったことがあるならおすすめ。著者がやりたかったのは、たぶん上の世代の脱神話化というか、強すぎる影響の破壊なんだろうけれども、ここも素直に笑っておくのがいい。


以上。

2020-12-15

anond:20201215120726

人を見下すな!!!

俺は真実愛についてはなしてるんだぞ!

人格障害みたいなこと言うな!!!

謝りなさい!!!

2020-09-02

anond:20200902020022

鋭いなぁ。

あんなのは愛じゃないよな。

愛ってのはもっとこう、相手への思いやりに満ちてるんだよな。

あいつらは本物の愛ってやつを知らないんだよ。

お前が教えてやれよ。

小児性愛って言葉は単に性的指向が小児に向いているという以上の意味しかないのに

愛の部分だけ抜き出して「そんなに愛してるなら~」とか愛について語りだすお前ならきっとできるよ。

頑張れよ、愛の伝道師

2020-07-07

誰でもそこそこ神になれる方法を教える

最近おけけパワー中島とかって話題流行ってて、承認欲求が満たされないオタクの悲しい叫びが良く見られた。

逆に神が必要以上にヨイショされすぎて悩んでいる増田も見かけた。

まあ、神として崇められるには確かにある程度の技量必要だ。

でも少ない技量存在を神に近づける事はできるので、その方法を今から教える。

そのためには、まずSNSで以下のようにふるまう。

「他の作品カップリング界隈なら他のカップリング についてなるべく触れない。」

政治ニュース事件について一切触れない。」

「極力日常ツイートも減らす。生身の人間ではなく、偶像であるというように見せかける。」

愚痴悪口ネガティブな事を一切言わない。」

フォロワーに分け隔てなく接する。」

「すかさず落ち込んでいる人間が居たら慰め、作品を発表した人間がいたら褒める。」

「好きなもの愛について語るが、他と比較しない。」

「綺麗な事しかいわない。」

え?SNSぐらい自由に呟かせろ?

そうだね、それこそ神の持つ苦悩そのものだ。

ただ逆に言えばそれさえ守れば、ある程度神になれるんだよ。

何かを作るのが下手でも、ひたすら感想を言い続けたり、オフ会主催をしたりすればいい。

すると勝手に持ち上げられて界隈を掌握できるよ。

神になれないとか、神に近づけなくて困ってる人、こういう風にちゃんセルフプロデュースしてる?してないでしょ。

あ、神として持ち上げられて困ってる人は逆にいきなり「安倍死ね」みたいなこと言ったらいいよ。

人がモーセみたいなレベルでサァーーって引いていくからね。

是非お試しあれ。

2020-05-01

anond:20200501145613

LGBTQ→愛について悩んでる人たち→共感してあげよう

独身中年→愛とか理解してなさそうな妖怪気持ちいから近寄らないでほしい

って感じじゃね?

2020-04-02

絶対は無いが信じるものはある

私はかつて、信じられるものが欲しかった。信じられるものとは何かを考えた時、絶対に正しいことなら信じてもいいと思った。だから絶対に正しいことを探して物理やら数学やらに取り組んだ。

けれども、計算できる正しさを信じることは何か違った。もっと人間的な何かであり絶対に正しいことこそ信じられるものだと思った。

そんな折、ある小説出会う。『エンジェルハウリング』という全10巻の長い小説だ。この小説オールドタイプに巻頭詩から始まる。

かつて、地図には空白があり

空白には怪物が潜んでいた

人々は恐れ、すべての空白を知識で埋め尽くした

空白がなくなり

誰もが疑問を失う

知識に満たされ、もはや誰も問わないが

空白はどこへいったのだろう?

怪物はどこへいったのだろう?

御遣いの言葉

いつかそれを明かすこともあるのかもしれない

この詩がなぜかとても心に刺さった。この小説最初はとても退屈なのだがもそれでも続けて読む気になったのはこの詩があったからだ。

そして次第にこの物語が語ろうとしていることが分かってきた。これは、信じるものについての話なのだ。だから絶対的なものについても語られていた。

絶対に信じられるものとは何なのか?それを期待しながら読み進めるうちに違和感に気づいた。この物語は、絶対的なもの否定している。

しかし、信じるものについては私の疑問に答えてくれそうでもあった。ベスポルトという登場人物が語る真っ暗闇の世界の話が私が抱いていた疑問そのものと言ってよかったのだ。

「もしも真っ暗闇の世界で、そこに空気がなく、身動きできないとする。だがそこに、誰かがいる。君もそこにいたとして、その誰かに君のことを気づかせることができると思うかね?」

これは思考実験だ。何も見えず、何も聞こえず、動くこともできない中で誰かに自分のことを気づかせることができるかという問い。そしてこの問いを考えると、一つの疑問に行き着く。ベスポルトは続ける。

「そんな方法はない。だが、それならばそもそも私はどうやってその相手に気づいたのだろう。どうしてその相手がそこにいることを信じているのだろう。相手にわからないのなら、私にだってからないはずなのに。私が信じているのなら、信じざるを得ないなら、相手もまたきっと自分のことを信じてくれるに違いないと。それを信じることはとても難しい」

そうなのだ自分相手存在を信じているのなら、相手もまた自分存在を信じているのではないのだろうか?それが疑問だ。でも、それを信じることはとても難しい。この疑問を理解したのなら、それを信じる難しさもまた理解できるはずだ。ベスポルトはこの話を愛についての話だと結んだ。

では、これを信じることは出来るのだろうか?それが出来るのならば、きっと私が探してきた絶対的な何かは必要ないはずなのだ

結論から言えば、信じることは出来る。結局のところこの物語は、絶対的な何かは無くとも信じることは出来る、それを文庫本10冊をかけて丁寧に誠実に語る話だったのだ。

から私は満足した。絶対は無い。絶対に正しいことなど無い。けれども信じることは出来る。

なのだから地図の空白を埋め尽くさなくともよい。空白を、怪物を恐れなくともよい。私たち世界には、例え地図の空白が埋め尽くされていても、どこかに空白がありどこかに怪物が潜んでいる。無くすことは出来ないはずのそれを無くそうとするのは、絶対を求めるが故に何も信じられない賢者の態度だ。

しか私たちは隣人を信じることが出来る。信じるに値しないことに思えても信じることは出来る。それは愚者の態度に思えるかもしれないが、それは違う。愚者は疑うことなく信じるが故に信じるに値しないことを信じることは出来ない。

信じるに値しないと知っていながらも信じる態度が、賢者愚者の間にあるものであり、それがきっと愛の在りかなのだと思う。

エンジェルハウリングはいいぞ。

2020-03-07

眠れないおたまじゃくし

下駄文。



恋なんて面倒くさい。


恋は嫌いだ。

ただただ鬱陶しくて面倒くさいだけ。


恋愛感情なんてものは一時の気の迷いなのよ」とは私がこの世で1番好きな作品涼宮ハルヒの憂鬱に書かれていたセリフだ。

正しいと思ったし、恋愛感情に振り回されて本当にやりたいことをやらなくなった人をたくさん見てしまったために、絶対恋愛なんてしないと誓った。

両親にも、頼むから結婚とか子孫とか期待しないでくれと伝えたほどだ。

近年、結婚した友人を何組も見てきた。

結婚した友人たちはとても幸せそうであった。

ただし私にそれは幸せの頂点に見えた。

結婚はゴールではない」誰もが耳にするお決まり言葉だが、見てきた結婚式は全てゴールにしか見えなかった。

ゴールしたらその後は?

ゴールした後に目指すものなんてあるのか?

目指すもののない人生には暮らす意味があるのか?

充実しているのか?

趣味を通して繋がった友人たちだが、結婚してからもうしばらく会っていない人たちも多い。

趣味も行っていないのだろうか?

あれだけ本気で取り組んだ時間を置いていくのだろうか?


恋は嫌いだ。

から私は誰の事も好きにならない。


異性とは距離をおいた。

誤解をされても困るから「好き」という言葉はどんな状況でも異性には言わなかった。

ディタッチも無し。

お酒の場でも、どれだけ酔っ払っていても徹底して異性との接触を避けた。

恋や愛について人が話しているのを聞くのも嫌になった。

いつしか、人との強い繋がりを全て避け、インターネットに繋がりを見出すようになった。

インターネット上にいる名前も知らない誰かたちは、恋だの愛だの、もっと面倒くさい政治だの宗教だの語らなかった。

ただ永遠に下らない話をして、好きなアニメゲームの話をして、笑ってるだけで時間が過ぎ去るそんな人たちだった。

しかし、数年経ち、その人たちが恋や愛の話をしていることに気がついた。

徐々に恋や愛や恋人結婚やと話題が増えていったようだ。

書いてないだけで恋をしていたのだ。

何か裏切られた気分だった。特に約束とかしてないけれども。

恋愛話以外にも、インターネットの発達、万人が使うようになってからというもの、私の理想インターネットは消え去ってしまった。


インターネットも嫌いになった。


孤独を感じた。


本心の状況とは裏腹に、趣味として行っていた活動は徐々に成功していった。

友人も増えた。

しかし、本心からの付き合いはしなかった。

会場での付き合いだけ。

他に遊んだり飲んだりはしない。

そんな選択をした。


正直、嫌になった。


楽しいから始めた活動が楽しくなる時も増えた。


生きてても楽しくないって思う時さえあった。


そんな時に君は現れた。


最初は避けた。

みんなに対して距離を置いていたし、君は異性だ。


しかし徐々に話すうちに、君とずっと喋っていられる気がした。

それはずっと喋りたいという思い、願いにすぐ変わった。


それって恋じゃん。

ある日気が付いた。

声に出した。

涙が出た。

恋なんて面倒くさい。

恋は嫌いだ。

そう言ったはずなのに。


君が別の子と話しているのを見た。

お酒の場だった。

付き合ってはいないはずだが、仲が良さそうだ。

ディタッチしたな。

知らない人だけど、無性に腹が立った。

同時に焦った。

誰かとこれからすぐ付き合ったら。

嫌だ。それは嫌。

せめて気持ちは伝えておきたい。

すぐに告白をした。

日程を取り付けて、それまでにも何回も会って、いい感じと言っても良かったのかな。


「今は誰とも付き合ったりする気はないから、ちょっと無理かな」


OKではないがそれはつまり暫くしたらOKなのだろうか、いやそれとも肝心な本心を何かはぐらかしているだけか、いやでも何だろうそ微妙な表情は、私ではダメ理由が他に何かあるのだろうか、というかつい先週もうこれはいわゆる脈ありみたいな発言あったがあれは何だったのですか。

色んな思いが頭をよぎったが、君の考えを大事にした。


恋なんて面倒くさい。


その後何度も会っているし、これまで通りに喋っている。

機会があれば私が君を好きだと分かる発言もしている。

君が私と共通の友人たちと遊んでいるってツイートを見かけた。そこに私はいない。

私が告白したことを知っている子もいる。

私がそこにいないことに苦しくなった。

告白しなければそこに呼ばれたのかな。

そんな考えがずっと繰り返しよぎって悲しくなった。

羨ましいって嫉妬してる私自身が嫌いになった。

どうしたらいいのかも分からなくて普段飲まない度数の強いチューハイを飲んで。でも眠れなくて。涙が出て。


恋なんて面倒くさい。


もう断られるのかなって思って来月、2人きりで飲み行くように誘った。

OKだった。

ますますからなくて、どうすればいいのかも分からなくて、でもチャンスがあるならなんとかしたくて、君にいいよって言われたくて。


恋なんて面倒くさい。


私をこんな思いにさせる君はなんなのだろう。

ひたすらにかき乱されて。

夢にまで君は出てきて。


恋なんて面倒くさい。


こんなに苦しいならやっぱり

恋は嫌いだ。


付き合ったところで、その後どうなるかも分からない。

万が一結婚したらそれはゴールだから、その後何をすれば良いのだろう。

何も前は見えないのに、付き合ってもないのに考えてしまうね。面倒くさいな。


恋なんて面倒くさいよ。


恋なんてしたくないよ。


今も強めの缶チューハイ

おいしくない。眠れない。


眠りたい。


恋は嫌い。


でも君が好き。

2020-02-16

某所でのハッピーシュガーライフ感想まとめ、および個人的感想

きっとちがうよ

だって私は わたしが生きるために あの人に生きて欲しかったんだから

それはきっとちがうんだよ ちがったんだよ

それはきっと あいなんかじゃないよォ…

――鍵空とみやき「ハッピーシュガーライフ 第7巻」

某所より気になった感想抽出し、思いついたことを書いていく試み

171 ななしのよっしん

2018/09/30(日) 13:48:11 ID: f8xlQvMm3b

あさひもしょうこも(てかこの作品のほぼ全員)私が生きるためにあの人に生きてほしいを地でいくキャラだったからあの結末は残念でもないし当然

あさひはこれからのこと考えると可哀想だがしょうこは裏切ったうえに盗撮までして友達の私を信頼してはほんと無理だったから死んでよかったよ

生かしてると絶対警察にチクってたしな

173 ななしのよっしん

2018/09/30(日) 15:30:33 ID: 6m5ZAUyP0F

友人思いのあつかましさや正義感が仇になってさとうを裏切り殺されたしょうこ

大人の女性からセクハラを受けまくって気が狂いしおからも見捨てられて廃人化した太陽

から変態性に加えさとうを詮索してやり込めようとして失敗し逮捕された先生

さとうに何だかんだ振り回されているバイト

太陽暴力をふるいしおを誘拐しようとして目潰しされた男たち

DVを受けていたとはいえしおを拒絶して全ての元凶になった母親

まだ幼い子を強姦DVをやった末、毒殺された父親

絵のモデルとしてさとうを招きしおに対するさとうの気持ちを察するや自分の望むさとうでなくなることに怒り、手を挙げて殺された部屋の主

さとうと愛の形で対立しつつも結局最後までさとう達に協力して逮捕された叔母さん

必死に妹を思い自分自分母親の元で幸せに生きさせようとしたが、最後にはしおの心を完全に奪われたあさひ

愛の形を証明心中を受け入れるも、結局しおを生きながらえさせて、しおを自分の愛の結晶としてこの世に残すことに成功したさとう

幼児退行や記憶障害は治ったが、さとうの愛に完全に共鳴して強い意志を持って傾倒する狂人となったしお

登場人物で本当の幸せを掴んだのは実はさとうだけかもしれない、しおは客観的に見ると環境が災いして人格を塗り替えられた不幸な子だと思った

182 ななしのよっしん

2018/10/01(月) 05:10:48 ID: CEiFINjjYU

一見人魚姫みたいで綺麗な終わり方だけど冷静に見ると、さとうがおばさんにされて嫌だった「愛ってこういうものだよ、とても素晴らしいよ」の押し付けを結局しおにも繰り返してるだけっていうのがなんか考えさせられる

表面は綺麗だけど、しおもかつてのさとうみたいに歪んだ愛の価値観に縛り付けられて生きると思うと…

185 ななしのよっしん

2018/10/01(月) 11:23:57 ID: VrrOXonf2W

>>182

しおはさとうの愛で満たされてるけど

さとうはおばさんの愛を真似ても全然満たされてないし(しおに会う前のさとう描写より)

「同じ価値観押し付け」という言葉で括るのはちょっと違う気がする

190 3543

2018/10/02(火) 09:27:55 ID: PTz4syDQ1u

こういう話は因果応報とは無縁の話だと思ったら、しお以外は因果応報の形になったのが意外。だが単純に法とか、一般的善悪道徳を元にした勧善懲悪因果応報じゃないのがミソだな。

から普通なら報いを受けそうにない立場のしょうこも、勝手な「ごく真っ当な価値観」のままさとうに迫り、信じると言いながら結局目を逸らしてしまたことが、致命的な罪となって、その裏切りの報いとして死んだ。

単に犯罪たからだけじゃなく、自分価値観を押しつけ続けて相手を碌に見なかったり、何より愛に真摯じゃないキャラは報いを受けた訳だ。

しおに関しては、さとうと限りなく噛み合っていたが、共犯者の面もあるし、最後に庇ったさとうの愛が本当の愛なのかしおへの裏切りなのか、あの結末が救いなのか呪いなのかわからんはいい感じだと思う。

206 ななしのよっしん

2018/10/15(月) 17:02:35 ID: MYkV3cCihu

さとうはあらん限りの意志の力によって、

しおにある意味死ぬまで一緒にいて愛し合うことを実現した

ある意味、恋の夢である愛する人ひとつになる」を実現してしまった

人間精神が分割できないindividual(個人)という見方社会的事務上のフィクションで、

内面には複数の「分人」がいるわけで、その一つとしてミニさとうがしおの人格インストールされた

だが本当に恋の夢が実現されたとしてそれは本当にいいものなのか?と思わされる

意志の強烈な輝きと同時に、それがもたらす災厄も描かれてる

強い意志というのは、結局高確率目的を果たす魔力はあるけど、被害も生むことを示してる

個人的にも、意志によって目的は果たせたけど、意識してなかったものを失った経験はいくつかしてるので、

キャラ怪物ばかりだが内容は真実だと思う

214   

2018/11/14(水) 00:15:54 ID: DvW+BJx4zX

この作品、ほぼ同時期に映像化(向こうは実写化だけど)された監禁モノ作品と決定的に違う所がある

社会的言い訳を一切してない。

これこれこういう可哀想な目にあったか容認すべき・同情すべき、という風な作品トーンにしてない。あの純真そうなしおちゃんも含め、出てくるキャラが(一部以外)殆ど全員自分エゴの為だけに動いてる。

そういう意味ではアウトレイジ等のバイオレンスモノに近い作品なのかも


さて、感想

わたしが生きるために あの人に生きて欲しかったんだから」という叫びで自らと登場人物すべての罪を糾弾たこ言葉

では、いったい何が愛だったのか、どうすれば愛だったのか、愛は何故減るのだろうか(ニヒリズム)


「お互いの事を思いあい助け合い、真に理解しあう」が、「プロレスは本気で戦っている」と同様のお約束であることは肯ずるところだろう

富めるときも貧しきも、病める時も健やかなる時も、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います

本作でも繰り返し述べられる誓いの言葉だが、やはり難しい

貧すれば鈍する、衣食足りて礼節を知る

満たされない人間愛について理想を掲げ、存在しないものを追い求める様は悲喜劇である

「お前が掲げる愛、そんなものはない」のである

残念ながら、愛というのは幻想入りしている


では何が存在するのか、現実日常に耐えられるだけの実在性を担保できるのか

逆説的だが、まさにそれこそが愛、つまり個々人の中にしか存在しない幻想だと思われる

相手は分かってくれくれるかも知れない」「自分を救ってくれる誰かがいるかもしれない、そんな時が来るかもしれない」「これこそが愛の本質なのかもしれない」という期待、幻想思い込み

それに従って相手志向し、期待し、求め、望み――そして、拒絶され、断罪され、絶望する

その果てに関係性を何度でも再構築し、自分自身の幻想・信念ですら変えていく

自分に合わせて現実を変えるのではなく、圧倒的な実在性(=他者性)のある「現実世界」に打ちのめされ、変わらされていく

他者論という観点から見れば、「誰にも否定されない絶対的な真理」を作り出すことは不可能である。一方で「他者」は、単に真理への到達を妨害する忌むべき存在というわけではなく、「私」を自己完結孤独から救い出す、「無限可能性」でもある。いかなる哲学科学数学を作り出しても、必ずその外部から「違う」と叫び叩き潰してくる、理解不能で残酷な「他者」が現れる。「他者」が現れるからこそ、自己自己完結して停滞することなく、無限に問いかけ続けることができる。

――エマニュエル・レヴィナス(Wikipedia)

 然し、真理といふもの実在しない。即ち真理は、常にたゞ探されるものです。人は永遠に真理を探すが、真理は永遠に実在しない。探されることによつて実在するけれども、実在することによつて実在することのない代物です。真理が地上に実在し、真理が地上に行はれる時には、人間はすでに人間ではないですよ。人間人間の形をした豚ですよ。真理が人間にエサをやり、人間はそれを食べる単なる豚です。

(中略)

 もとより、私は、こはれる。私は、たゞ、探してゐるだけ。汝、なぜ、探すか。探さずにゐられるほど、偉くないからだよ。面倒くさいと云つて飯も食はずに永眠するほど偉くないです。

 私は探す。そして、ともかく、つくるのだ。自分の精いつぱいの物を。然し、必ず、こはれるものを。然し、私だけは、私の力ではこはし得ないギリ/\の物を。それより外に仕方がない。

――坂口安吾「余は弁明ス」



人間精神が分割できないindividual(個人)という見方社会的事務上のフィクションで」

という言葉正鵠を射ているように、人間はそれ単体で存在し得ない

人のすむところ。世の中。世間。人が生きている人と人の関係世界。またそうした人間社会の中で脆くはかないさまを概念的に表すことば。

――人間(Wikipedia)

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

――夏目漱石草枕


人が期待を以って作り上げる物、それが幻想である

永遠に求めるが手にし得ないものを、その霊台方寸のカメラにおいて捉える故に、他者必要とし、そしてそれに打ち倒される

揺るがない物理存在としての肉体がその繰り返しを支え、人を生き長らえさせている

それ故に何度でも人間は変わり、裏切られ、それでも生きていく

今日、愛の不在を叫んだ神戸しおも、その10年後には同じ気持ちいるかは分からない

「十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人」は、決して絶望言葉ではないのだ

BPDの症状が年齢経過で落ち着いてくるということと似ており、時はすべてを均してくれる

凡人に身をやつすことは、救いでもあるのだ

2020-02-09

anond:20200209003341

あなたの事を赦せないことはないよ。好きだよ。あなた邪魔になるならもう絡まないほうがいいのかなとも思う。

なんか訳が分からなくなってしまうほど混乱してる。嫌われているならしんどいなって常に思ってる。

世の中には自分大好きでどんどん距離を詰めるタイプの人もいるし、そういう人とあなたへの愛について競うことには恐怖感というか逃げたい。

あなたがこだわっているのは、私個人に対してではないよね。少しは役に立てるのでしょうか。心が離れているなら逃げたくもある。愛してるけど。

2019-10-01

ダンまち2の最終回を見た

いい最終回だった

人間女神愛について答えを出したし

そこまでもっていくまでちゃんと丁寧に描かれていてよかった

1期みたく少年マンガっぽく終らなかったけど、これはこれで素晴らしかった

最後に新キャラが映っていたから続きあるのかも

ラノベ原作なのに少年マンガっぽくてちゃん物語してるからこのシリーズは見ていて楽しい

2019-07-24

どうせ皆いつか死ぬんだから

今は愛について語り合おうよ

2019-07-22

かつみ♥さゆりを見ると精神が安定する

かつみ借金が億単位であって、さる大物の父親の三番目の愛人の子供で、さゆり電気屋の娘で、今は道化的なメイクしてるけど昔はよしもと一番の美人と言われてて、短大とはいえ音大出身で、阪神大震災ときかつみヨーロッパ旅行してたから命が助かって、かつみさゆりの命を守ってくれたんやってさゆり親が結婚を許して。

なんかこのカップル見ると愛について考えちゃう。なんか好き。昨日道頓堀歩いてたら音声流れてフフフってなった。いつまでも芸人やっててほしいね。ボヨヨン。

2019-06-24

『「男」に「男」は救えるか?』の『さらざんまい』の根本的な誤読について

https://font-da.hatenablog.jp/entry/2019/06/21/190301

 タイトルからはわかりにくいが、本論はアニメさらざんまい』の感想

 が、この記事の評者は根本的に本作を誤読している。

 "ここのところ、はてな匿名ダイアリーで、(シスヘテロの)男性男性関係についての、男性書き手による記事が次々と公開されて、ブックマークを集めている。"という書き出しかゲンナリさせられるが(一生、インターネットを見るだけで終わるお前の人生)、

 「主人公少年3人がその繋がりを支えに未来に進む」という結末の解釈はごく妥当ものに思える。

 しかし、その妥当性は表面的なものだ。

 本論をざっくりまとめると「男同士が女同士のように関係を築きにくく、そのため現状、男性間では人間関係が支えになりにくい。『さらざんまい』はそれを問題提起した」というものだ。

 これはセジウィックの有名な「ホモフォビアを起点としたホモソーシャル」の議論を参考にしたものだろう。そのホモソーシャルの対極は、これまた有名なアドリエンヌ・リッチの「レズビアン連続体」だ。これは女同士だと友情恋愛境界曖昧であり、このことを利用して男に頼らない女同士の絆、連帯を育もうというものだ。

 主人公3人、一稀、燕太、悠は最終回までで簡単に言って三角関係になるのだが、最終回では悠の危機に3人の繋がりが強調されて、最終的には「友情サイコー!」という感じで3人で未来に進むことを決断するので、その読みは大きく外れてはいない。まあ要するに3カプですね、3カプ。

 だが本論が合っているのはここまでだ。

 なぜなら、第7話にも、第6話に大きな危機があり、それを克服したことで3人による友情を築いたような展開があるからだ。そして、それは三角関係によって崩壊してしまう…

 『「男」に「男」は救えるか?』の記事はこのことを自覚的にか無自覚的にか、省いている。この記事の評者は曲学阿世の徒だ。

 第7話と最終回(第11話)のあいだにどうした変化が起きたのかと言えば、主人公たち3人が自立した存在になったことだ。このことは「忘れないで。欲望をつなぐものけが未来を手にできる」という台詞で何度も作中で強調されている。

 というか、作中で「つながり」という言葉は半分くらい「欲望をつなぐ」という文章で用いられているのに、『「男」に「男」は救えるか?』の記事は、やはり自覚的にか無自覚的にか、このことを省いて、「つながり」が作中で人間関係の繋がりを指しているかのように誤導している(もちろん、そういう用法で使われていることもままある。が、もっとも肝心な最終回では「欲望をつなぐ」という文章しか用いられていない)。

 この記事の評者にとって、あらゆる問題は同性間の人間関係によってしか救われてはならないらしい。だからこの評者は曲学阿世の徒だと言ったのだ。

 さて、前述の「レズビアン連続体」、女同士の絆、連帯、いわゆるシスターフッドは20世紀に被抑圧者である女性たちが戦うために必要ものだった。では、仮に現在ブラザーフッドなるものが実現した場合、それはいかなるものになるのか。現状、多くの男たちがそうした関係小馬鹿にしている。それは評者の言うとおりだ。

 ただ、私はそうした評者の言う「弱者男性」たちがネット上で連帯し、女性叩きや中韓叩きに走ったときに、ブラザーフッドなるものを揚言していた女性が急に前言を翻す気がしてならないのだ。

 女性叩きや中韓叩きに走るという仮定を不自然に思われるかもしれないが、もともとフェミニズム運動公準は「私的もの政治的もの」であり、個人的敵愾心敷衍しないシスターフッド、ブラザーフッド存在しないし、仮に存在しても、意味がない。

 また、評者は今、「生きづらさ」を描く作品商業的に大きな成功を収めており、また、それはすべて女性対象にしたものだと言う。

 現在世界的に女性の消費に占める割合は64%だ。人口の男女比が同じとして、女性の消費性向男性より20%以上も高い。実際には男性の平均所得の方が高いから、差はより大きいものとなるだろう。そして、この差はあらゆる社会的女性差別と相関している。

 仮に「生きづらさ」を描く作品商業的に成功して、それが女性限定されたものなら、それは社会的女性差別と連関したものに他ならない。

 これは差別の原因だろうか、結果だろうか。

 男性にもそうした「生きづらさ」があると言う評者の意見に従えば、性差別特別女性に「生きづらさ」をもたらしているため、結果的にそういう作品女性対象としてのみ存在していると言うことはできないだろう。つまるところ、そうした「生きづらさ」に過敏に反応し、感情論を振りかざし、問題解決ではなく共感を求める姿勢こそが、現在女性差別の一因になっているということになる。無論、これは男性にも「生きづらさ」があるにも関わらず、なぜか男性向けではそうした作品存在しないし、女性である自分からしてみれば、そうした作品存在すべきだ、という評者の意見に従えばの話だ。言うまでもなく、私はそのような意見に従うことはできない。

 そもそも、『違国日記』が「生きづらさ」を描いたものだと言うなら、それはあまりに粗雑に過ぎ、作品を読んでいるといえるか疑問に思う。

 『違国日記』は登場人物登場人物がそれぞれ分節化されており、それは感情的連帯とは一線を画している。

 また、本作でおそらく評者が「生きづらさ」を抱えていると言いたいのは槙生だろうが、槙生は独力で生計を立てており、そのために朝に影響を与えることとなる(これが会社員、もしくは無職なら朝にとっては何の影響ももたらさない。ただ無職なら悪影響だけはもたらすかもしれないが)。そうしたエコノミーを営むことは、情緒的な「生きづらさ」とは対極のことだろう。エコノミーという語はもともと節倹、家計を指していた。無論、感情資本主義全否定するのはただの犬儒主義だが……それでも私は、「生きづらさ」を云々し、消費活動SNSの利用に人生を費やしている人々には、「一生、『凪のお暇』を読んで、夜10時台のドラマを観て、SNSお気持ち投稿してろ」と言いたくなってしまうのだ。

 一生、インターネットで男女問題を論じているだけで終わるお前の人生

 そもそも評者は幾原邦彦監督がこれまでシスターフッド的な関係を描くだけで、ブラザーフッド的な関係をとり落としてきたため、その姿勢反省したという論を展開したいようだが……

 幾原邦彦監督の『少女革命ウテナ』で、主人公ウテナシスターフッド的な関係をもっているのは親友若葉だ。若葉の劇中での扱いは……観たひとなら知ってるよね?

 何にせよ、そうした感情的連帯は、副次的な支えになりこそすれ、そのものが救済になることはない。少なくとも『さらざんまい』ではそうだ。

 例えばねとらぼ社員である青柳美帆子はこんなツイートをしている。

 「男性男性の弱さに寄り添えないというのはいろいろな本で言語化されていて、「ケア役割女性に任せていた(なので訓練されていない)」「ホモフォビアが壁になる」「弱さの吐露男性性の剥奪になるのでまず弱さを言えない」というのがあり、つまりその人個人というより社会が悪いのです。しか男性が(限定された部分ではあるけど)弱さを吐露できるし、男性同士で連帯できる空間があるんですけど、それが運動コミュニティなんですよね。「男らしさ」が担保されている空間であれば弱音を吐けるし連帯できる、けど限定的なので、まあやっぱり社会が悪い。そんな2019年エンタメの中で登場人物全員に欠陥がありコミュニケーションがうまく成立してるとはいえないけど「漏洩」という強制的な弱音共有装置により男性たちがつながっていく作品が出てきてるのはすごいことだなと思っていて、今晩最終回の「さらざんまい」というアニメなんですけど…はい…」

 「さらざんまい」という現象がそうした個人間の差異強制的にとり去る装置であることは間違いないだろう。しかし、それはあくまでそういうメタ的なシステムであって、物語を進めるための小道具であり、劇中における日常的な物事ではない。

 仮に感情的連帯を結ぶことが救済なら、やがてそのことが自己目的化するだろう。ああ、でもいますよね。一生、人間関係だけやって終わりそうな人間

 さて、ではなぜこのような誤読が生まれたのか。

 一つには「インターネット感情的なことを言うと気持ちいい」からだ。

 このことはSNSに関する無数の社会実験が明らかにしている。代表的ものだと、フェイクニュースの方が真正ニュースより圧倒的に拡散の速度がはやいということの、幾つかの統計

 前述のセジウィックは有名な『クローゼット認識論』で作品センチメンタリティ属性付与することの危険を「解釈暴力」と言っている。同人界隈のこじらせた腐女子みたいな言葉だが、まともな文芸批評用語だ。

 もう一つには……これがBL作品であるということ。竹村和子は『愛について』でユニセックスセックスレスが標準となった社会では、ゲイネス記号化して商品として流通やすくなるということを分析している。『「男」に「男」は救えるか?』の記事の評者や、上述の青柳美帆子氏が「男性同士の連帯!」ということを言うときは、まるで目をキラキラさせてショーウィンドウの中のラッパを眺める少年のようだ。そこにはユニセックスセックスレスが標準となった社会で、ゲイネス商品として心地よく楽しみたいという欲望が潜んでいる。従順で飼いならされた消費者の姿。消費活動SNSの利用に人生を費やす人々の姿……

 『さらざんまい』は女性顧客層として想定し、そのマーケティング戦略はまず成功したと言ってもいいだろう。そのことは喜ばしい。

 しかし、まさにそのためのBL作品の外観のために、作品解釈が「感情的気持ちいい」ものに歪曲されて、そうした有害無益な「解釈」が、SNS論理性を欠き「共感」だけで拡散されているとすれば、それは悲しむべきものではないかと思うのだ。理性と真実ではなく、共感幻想インターネット。図らずもそれは、『「男」に「男」は救えるか?』の記事の評者の揚言する「つながり」を体現している。

2018-11-20

ヤマトを沈めた奴らを許さない。

自分語りをする。

宇宙戦艦ヤマト2199TV放送された時、誰もが名前を知っている名作の宇宙戦艦ヤマトだし、とりあえず見てみるか、と思って見始めたのが俺が初めて見たヤマトだった。

衝撃を受けた。リメイクされているとは言え、自分が生まれはるか前、40年以上前アニメ元ネタになっていてこんなにおもしろいとは。

何より、宇宙戦艦ヤマトのものものすごくかっこよかった。

たった一隻で孤軍奮闘し、知恵と勇気と、禁断の兵器波動砲で様々な難所を切り抜けていく爽快感は、どこかテンプレート的でありつつも(逆を言うとヤマトが今まで私の見てきた作品に影響を与えたのかもしれない)洗練された面白さがあった。

それを彩る数々の素晴らしい音楽日本の今の実力が高い声優を一同に集めたかのようなハイクオリティな声の演技。

旧作ヤマトファンからすると色々不満点があったようだが、自分からすれば心の底から見てよかったと言えるアニメだった。

その後、昭和原作も見た。

勿論面白かったが、やはり平成生まれ自分としては、設定も作画も2199が合ってるな、って思った。

星巡る方舟でガトランティスも出てきたし、続編やってほしいな、と心の底から願った。

からこそ、2202が発表されたときは、某任天堂ゲームが発表された時の外国人の様に歓喜した。

心の底から劇場公開を楽しみにした。指折り数えてカウントダウンもした。

なのにこの有様だ。あんまりだ。

いままで公開された6章、テクニック要求されるような見ごたえのある戦闘シーンは数えるほどしかない。

2199で登場した新キャラクターが、地球ガミラスわずほとんどが終盤になるまで登場しない。

ヤマトほとんど活躍しないどころか、最新の章ではあの洗練されたヤマトフォルムに改造が加えられる。

旧作にあった空間騎兵隊古代や航空科との対立から和解もなければ、何よりあれだけ面白かった木星での前衛艦隊との対決も波動砲破滅ミサイルを打ち合うだけの戦いになってしまっている。

挙句の果て、削った尺は上から目線愛について説教じみた話が続く。

シリーズ構成福井のクソ野郎曰く「ヤマト世代には響く」話らしいが、どうも俺のように2199からヤマトの魅力を知った人間対象外だったらしい。ふざけんな。

アニメに教訓じみた話をいれるのは嫌いじゃないし、むしろ良いと思うが、それは最低限その作品がやるべきエンターテインメントを完遂した上でなされるべきじゃないのか。

本業であるエンターテインメント放棄し、愛とはなんぞやという自分語りみたいなことばかり繰り返す本作はもはやアニメですらない。

これをアニメと名乗るのは他のアニメ作品に失礼だ。

何よりこれが、俺がこよなく愛した2199の続編だということが死ぬほど憎らしい。

これから先、宇宙戦艦ヤマトシリーズの続編はまた作られるかもしれないが、宇宙戦艦ヤマト2199の続編が作られることは決してないだろう。

(2199時空のシリーズが続いたとしても、それはこの駄作の続編でしかない)

小林誠羽原信義福井晴敏。

こいつら戦犯絶対に許さない。

特にクソネトウヨ老害小林誠

ただでさえ旧作ヤマト2はカミカゼととられかねない要素を中心に様々な誤解を生みかねない要素がある。

からこそ、ヤマトだけは左右関わらず政治思想要素に最も気をつかわなければいけない作品のはずだ。

そのトップに近いスタッフ陣がTwitterで延々と右翼発言を繰り返す、こんなことが平成も終わろうかという時代に許されているのが不思議で仕方ない。

2018-10-31

BTSのジミンへ

私はあなたペンだよ。

から書くことは、もしかしたら「あんなヤツはペンじゃない」って他の人にいわれるようなことかもしれないけれど、それでも書くよ。

私はあなた反日でも構わないと思ってる。韓国人反日の人って私たち日本人の思っている以上にきっといると思う。

韓国アイドルが好きで、辛い食べものが好きで、コスメが大好き。旅行にもたくさん行った。そのときに「チョッパリ」って言われたこともある。

嫌な思いもした。どうして過去の人したことで今の私がこんな目に遭わなきゃいけないのって思ったこともある。

でも仕方ないよなって思ってた。これは国の政治が絡む話で、お互いに難しい問題を抱えている。

私が辛い思いをすることなんて本当に小さなことだし、じっとじっと我慢してたらきっと未来は少しずつよくなっていくんだって信じてたんだよ。

思想自由から、それは否定しない。でも、あなたプロだよね?成人してるよね?自分の影響力、分かってるよね?

分かっていてやったのかな。あのTシャツ。だとしたら悲しい。

例の件、「もうずっと前のことをなんで今更」っていう人もいるよ。

でも少なくとも私はそんな風には思えなかった。

私のおじいちゃんね、自分のお母さんが目の前で死んだんだって広島で。被爆して体が溶けて、少しずつお母さんの姿じゃなくなっていったんだって

前の日はおじいちゃんの妹の誕生日で、食べ物もないのにあちこちに頭を下げてお裾分けを貰って、白いご飯と、それから砂糖をなめてごちそうして、来年もっと美味しいものを食べようねって約束した次の日が、あの8月6日だったんだよ。お父さんは戦争に行って帰ってこなかったって。戦争へ行く日、お母さんと妹を頼むぞって言われたのに、お母さんを守れなかったって言ってたよ。おじちゃんは幼かったから、「お国ため」がどういうことかは全然からなかったけど、でもお母さんが死んじゃって、お父さんも帰ってこなくて、妹だけは守ろうって、必死で生きたって言ってた。妹の結婚の手配をしなきゃいけなかったか自分結婚が遅くなって、私に会うのも遅れたっていってたの、覚えてる。

日本敗戦はもちろん、あなたの国にとってはすばらしい出来事だったのかもしれないね。だから8月15日私たちにとっては敗戦の日であなたの国にとっては開放の日になって、それが韓国で祝い事になることは別に否定しないよ。慰安婦問題も双方の主張があるだろうから、私はその件に関してのあなたの国の意見否定するつもりはない。

でも、原爆を祝うの?どうして?

なくなったのは、軍人でもない、ただのお母さんだよ。おじいちゃんやおばあちゃんや、子どもたちだよ。たくさんの無害な人たちが苦しみながら死んでいったことを祝うのはどうして?

あなたは例えば、今シリアで起きてる悲惨事実によってたくさんのお母さんや子どもたちが犠牲になっていることを祝える?アメリカトランプ大統領不法移民政策によって引き離された親子を見て、「これは不法移民をした罰だから、この親子が引き離されるのはすばらしいことだ」って祝福できるの?

戦争はそういうもんだから仕方が無い」「不法移民をしているから仕方がない」という意見ならまだ許容するよ。でもそれを通り越して、祝うってどういう神経をしてるのかな。

あなたがやっているのはそういうことだよ。

そんなあなた愛について語るの?

私はBTSが好きだよ。でももう二度と、広島には来ないで。

2018-08-24

anond:20180824153631

おすすめはいっぱい有り過ぎるけど、

「月とナイフ」「愛について」「イジメテミタイ」「ドキドキしちゃう」「ふたりのかげ」「ひとりぼっち」「うきぶくろをもって」「黄金の月」かな。

特に黄金の月の、歌詞は最高すぎる。

“ぼくらが二度と純粋を手に入れられなくても”

“夜空に光る、黄金の月などなくても”

いつ聴いても泣けます。もちろん「ストーリー」も好きですよ。

2018-07-14

愛について集団で討論しだすのなんなの

こないだ職場の6人で飲みに行く機会があったんだけど、みんな酔ってくると「愛ってなんだと思う?」「結婚とは?」って語り始めて意味が分からなかった。

各々の物差しがあるだろうテーマをなんでわざわざ他人と語り合わなあかんの?それ他人の考え聞いて楽しいの?なんかの糧になるの?

みんな盛り上がってる中きょとーんとしてたら「○○さん全然喋らないですね」「じゃあ○○さんが話せるテーマしましょうよ」ってますます気持ち悪い流れになってグダグダ発言して案の定盛り上がらずお開きになった。

みんなこういうとき意見言えるの?話合わせられるの?わたしおかしいの?元々自分意見言えるタチじゃないけど、わたしおかしいのかなー。

2018-06-16

愛について

壮大なタイトルにしてしまったので、それ相応のことを書かないといけない。愛ってどういうことかなあと考える機会があったのでつらつらと自分見解を記しておきます

わたし基本的に全人類が好きです。博愛主義水瓶座なので!だれがいちばん好きかということは、あんまり考えたことがない。そもそも愛に順位をつけること自体、ちがうんじゃないかな?とおもっています気持ちはわかるのだけれど。なのでわたしの中で人間9.9割の好きな人と0.1割の苦手な人に分けられてしまう。ほんとうに大雑把な区分だとおもうけれど、これが本音です(苦手な人は可能なかぎりわたし世界から排除するので、そうするといよいよ好きな人ばかりになってしまう)それからわたしわたしの好きだという思いを許されることに快感を覚える性質なので、向けた愛を同じだけ返してほしい!という感情ほとんどないのです。向けさせてくれただけでありがとうとおもっている。返してくれたら幸福だけれど。あ、恋は別ですよ。恋は恋なので。

でも、当たり前にそうではない人も存在する。愛しただけ愛されたいと願う人たちがどこかにいるんですよね。それはすごいことだなあとおもう。わたしは昔、友達に「だれのことも好きな人はほんとうはだれのことも好きではないんだよ」と言われたことがありますわたしはたぶん、だれのことも好きではないのかもしれない。ぞっとする想像なので普段はつとめて考えないようにしているのですけれど。

しかにそれは一理あるとおもうのです。わたし思春期を過ぎてから自分好きな人が他の人と仲良くしていて嫉妬を覚えるようなこと、めったにありませんし、わたしをだれよりも優先してくれという願いもありません。そんな自分のことがさみしい人間のような気がして泣きたくなる夜もあります最近、優しいと言われることが増えたのだけれど、わたしが優しいのはだれのことも好きで、だれのことも好きではないからそう映るだけじゃないですか?すべての人を平等に見ていたらだれにだって同じ扱いができますわたしはそのことを知っています

自分いちばんにしてほしいと言ってくださる方がありがたいことにちらほらといて、それでも応えられないことをくるしくおもっています。でも、しかたないんだ!わたしは全人類を愛する自分が好きなのです。自己陶酔。それはわたしにとってだれに侵すこともできない誇りで、大切なことから。冷たい人間でごめんね。以上!モラトリアムから脱出できていない人間自己語りでした!

追記

反応が早い!これが増田

セックス以外ならしてあげたいなあとおもってしまう。あと、ひらがなってかわいくないですか?えっ怖い!?心外です!

2018-05-21

「"あい"について今日も誰か歌うよ」

AIについて~愛について

 哀についてう~た~う~よ~」

標題を小声で呟くのポイントね。

最近友達の間で真似して笑ってる。

2018-04-09

人を愛せない人間はどうすれば救われるのか?

表面的な行動ならいくらでもできる。

老人に席を譲ったり、同僚の仕事を助けたり、

病の友人に見舞いをしたり、落とし物を届けたり、

後進のためにできることをやっておく、

家族のためにサービスする、彼女サプライズして喜んでもらう、

できるだけ楽しい思い出になるように「ニコニコ仮面」を被りお調子者を演じる。

どんな冗談をどのタイミングで言えば笑いが取れるか計算する。

思っていた通りの反応。

その繰り返し。

 

だけど、俺は人を愛せない。

 

俺を慕ってくれている家族恋人、友人には本当に申し訳ないのだが、

どうしても人を心の底からしたことがない。

愛する人のために命を捨ててもいいというような境地に至ったこともない。

ただ自分のできる範囲内で「サービス」しているだけだ。

まりにも演技が上手くいってるおかげで優しいとか気が利くとか評価され慕われている。

けれども、それは全てただの行動だ。

単にそうしたほうが物事円満に上手く回っていく。

そう学習し行動してるにすぎない。

君たちは人間によく似たロボット感情移入しているだけだ。

 

もちろん、誰かが傷ついているところを見ると心が痛む。

だが、これは相手を思いやっているわけではないのだ。

誰かが傷つく可能性があるということは、いつか自分にその順番がめぐってくるかもしれない。

そういった不幸への恐怖心が俺の心を動かしている。

からこれは決して他人を思いやった心境ではないのだ。

俺が募金をしないのは、募金必要とするような大多数の不幸な人間のことまで考えてしまっては、

自分の心に生まれる恐怖心は膨大に膨れ上がり、日常生活を送れなくなるからだ。

から当然アフリカの子供たちが何万人死んでいようが俺は救おうとも考えようともしない。

ただ己の範囲内でそういった人間がいると穏やかでいられないから、

不幸な存在を消すという意味で助けるようにしている。

他人の目からはそれは誰かを思いやった心から出た善意に見えるかもしれない。

しかし、俺からしたらストレスを減らすための自分のための行動でしかない。

 

どうすれば人を愛せるのか?

 

過去聖人たちは隣人を愛せと言ってきた。

ありのままを受け入れ悟りを開けと言った。

俺は人を愛したい。

だけど愛する心が無い。

こればかりはどうしようもない。

 

目が悪ければメガネをかければいい。

耳が悪ければ補聴器をつければいい。

足が悪ければ杖をつき、車いすに乗ればいい。

声が出ないなら機械にしゃべらせればいい。

だが心が足りない人間はどうすればいいのか。

 

善意からくる行動をまねていれば、いつか答えが分かると思っていた。

誰かの喜ぶ顔を見れば、いつかこの冷めた心にも小さな芽が育つと思っていた。

だが、どれだけ待っても、芽はひとつも出ることがなかった。

元々そこに種はなかった。

 

自身、愛を信じていないのだろう。

本当に愛が素晴らしくこの世の真理であることが疑いのない事実であれば、

とっくの昔にこの地球は愛で満たされているはずだろう。

実際は今日飢餓死ぬ人間や殺される人間貧困に苦しむ人間

この地上には数えきれないほど存在する、今、この瞬間にも。

この世は地獄だ。

 

俺は単に、日本という社会、この時代に生まれ勉強することができ、

この年まで病気事故なく、成長できただけにすぎない。

俺とアフリカの子もの違いは、単に生まれ場所境遇の違いだけだ。

俺がアフリカで彼らと同じように生まれたら、今のような生活絶対に送っていない。

愛について考えるよりも、日々の生活でめいいっぱいだろう。

だが、俺はここで産まれしまい、今、ここにいる。

それは誰にも変えられなかったことであり、起きてしまたことだ。

から俺は考え続けるしかない。

愛せない人間はどうすればいいのか?

 

俺は必ず死ぬ

人間は必ず死ぬ

だが死ぬときに生きてきてよかったと、

まれてきてよかったと一度でも思うことができれば、

俺は産まれてきたことに感謝して死ぬことができる。

自分普通人間と同じように趣味仕事ややりたいことはもちろんある。

だが、それらは死への恐怖に打ち勝つだけの魅力にあふれる題材でもない。

愛だ。

人に愛してもらうのではなく、究極に人を愛する必要がある。

おそらくそれこそが死への恐怖に打ち勝つ唯一の手段であり、最も尊い行為だろう。

だが人を愛するには何が足りないのか未だに理解できない。

人を愛する人間と同じポジションに立てば何か分かると考えていた。

しかし、何も分からなかった。

余計分からなくなった。

 

愛が素晴らしいのは分かる。

どうしても愛を手に入れたい。

親になり子を持てば分かるのだろうか?

だがそんな理由で産まれてきた子が、

心の底から父親から愛されていなかったとしたらどうなる?

表面上愛しているように見えて、子もそう思い信じている。

しかしその内面ではまるで子を愛していなかったら?

誰も知らなければいいというのは通用しない。

他でもない、俺自身が知っているからだ。

 

できる以上のことはやってきた。

しかしもう手詰まりだ。

宗教哲学書、過去偉人たち、

何かを意図的に信じ込むことも試してみたがどうしてもできなかった。

愛はどこから与えられるのか。

それとも自分機能的に愛を持てずに産まれてきたのだろうか。

愛を知る人たちが眩しい。

俺はこの先ずっと彼らに劣等感を持ちながら生きていくしかないのだろう。

俺は地獄にいる。

2018-02-28

愛について学校で教えてほしかたこ

学校は『愛は大切だ』ということは教えてくれる。

しかし、『愛をどのように手に入れるか』という具体的な方法については教えてくれない。

まぁ、それは別にいい。

ただ、『愛は降ってこないから、自分で掴み取りなさい』ということは教えてほしかった。

24歳にして、ようやくそのことに気づいたんだ。

あと10年早く知っていれば、僕は女の子青春ってやつができたかもしれない。

青春テーマにした映画小説を読んでも、『出会いを待つ』という消極的行動しか学習できなかったんだ。

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