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2017-07-21

死にたい死にたい言ってるうちは死なねーんだ」とか言ってる馬鹿に対して間違いを指摘してる

助けられるかどうかなんてケースバイケースでどうにもならんこともあるしほっとくしかない場合もある

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720145043

結婚制度のどこが強力なんだろう

不倫がバレた時の慰謝料がケースバイケースだけど、取れてせいぜい150万程度なんでしょ?

そりゃ決して安い金額じゃないけど、結婚にかかる手間だの何だのを考えたら

家庭ブチ壊されてそれだけかよって思うよ普通に

https://anond.hatelabo.jp/20170720111601

元増田はそこまで考えてないだろうが、批評家そもそも語る価値のない作品について語ることがあるということかな。それはケースバイケースだな。メガシャークVSメカシャークについて語りたい・聞きたいやつもいるだろうし。

2017-07-19

ケースバイケースを自分が有利になるように使う

これはポジショントークのことだ。

使ってズルしないように努力する。

2017-07-17

https://anond.hatelabo.jp/20170714194627

zatpekのコメント 2017/07/14 19:22

id:hanyan0401あなたの「反論」は、です。最初にケースバイケースと言わなかったでしょ?排他律なのに。芸術わいせつの両立はチャタレイ裁判で結果が出てますけども。

hanyan0401のコメント 2017/07/14 20:02

id:zatpek 貴方論理に倣えば表現への批判印象操作扇動以上の意味を持たないという指摘なのですから、私の反論論点ではありません。私の反論表現への批判一般が共に当てはまるということでも構いませんよ?

zatpekのコメント 2017/07/14 20:45

id:hanyan0401私そんなこと言ったっけ?「ジャンプ編集部判断」は多義的解釈が許されるんですか?表現物の評価個人の「決めつけ」の総体ですが。

hanyan0401のコメント 2017/07/15 12:39

id:zatpek 元は貴方が「印象操作扇動以上の意味を持たない」と仰ったことに端を発していますhttp://goo.gl/CSoXwR 「では表現への批判も「決めつけ」では?」が私の再三の問いです。「貴方が言ったか」は論点ではなく。

zatpekのコメント 2017/07/15 12:49

ジャンプ編集部判断」に対するあなたの「決めつけ」を扇動印象操作批判したんですが。「ジャンプ編集部判断」は多義的解釈が許される表現物なんですか?

hanyan0401のコメント 2017/07/15 18:01

id:zatpek 再びずれています。「扇動印象操作しかない」という貴方論理に倣えば、多義的フィクションを「性暴力」「セクハラ」と決めつけた批判も「扇動印象操作しかない」のかとお尋ねしています

zatpekのコメント 2017/07/15 19:07

id:hanyan0401特にずれたことを書いてはいないはずですが。ほぼ同じことを三回書きました。「ジャンプ編集部判断」は多義的解釈が許されるんですか?あなた引用したブコメ文脈確認してくださいね

hanyan0401のコメント 2017/07/15 19:09

id:zatpek ずれています。「『事実上強制』という『決めつけ』は印象操作扇動に等しい」なる貴方論理を踏まえた上で、「では表現への批判も同様ですね?」とお尋ねしています。「はいorいいえ」でお答えください。

zatpekのコメント 2017/07/15 19:44

id:hanyan0401あなたが「決め付け」を行った「ジャンプ編集部判断」は多義的解釈が許される表現物ですか?この文章見えないんですかね?

hanyan0401のコメント 2017/07/15 23:44

id:zatpek貴方論理に倣えば」と仮定しているのですが、その一文は目に入らないのでしょうか。「はい」か「いいえ」で答えられる簡単質問です。表現への批判「も」、印象操作扇動以上の意味はあるのですか?

zatpekのコメント 2017/07/16 00:52

id:hanyan0401わたし論理に倣うとわたし質問無視できるの?なんで?前提がおかし質問は回答できないよね?「あなたの鰓はガンにかかりますか?」ってイエスかノーで答えられるの?

hanyan0401のコメント 2017/07/16 01:00

id:zatpek 貴方論理に倣っている以上、「ジャンプ編集部判断を『事実上強制』と決めつけた反論」は、印象操作扇動以上の意味はありません。その上で「では表現への批判も同様ですか?」とお尋ねしています

zatpekのコメント 2017/07/16 01:12

id:hanyan0401で、なぜかこの質問に答えていただけない。→「あなたが『決め付け』を行った『ジャンプ編集部判断』は多義的解釈が許される表現物ですか?」この質問に答えてもらえないと回答の仕様もない。

hanyan0401のコメント 2017/07/16 01:18

id:zatpek なぜ、それに答えないと回答ができないのですか? 私は貴方論理が正しいと仮定した上で、それが「表現への批判」にも該当するのかを問うているのですが。なぜ回答できないのか、具体的に述べてください。

zatpekのコメント 2017/07/16 01:29

id:hanyan0401ジャンプ編集部判断」についてのあなたの「決め付け」とその吹聴を、わたしは「印象操作扇動」と批判した。そしたらなぜかあなたは「表現に対する批判」も「印象操作扇動」と言い出したから。

hanyan0401のコメント 2017/07/16 01:43

id:zatpek 印象操作扇動とはみなしていません。貴方論理を正しいと仮定した上で、それは表現への批判にも該当するのかを確認のためお尋ねしています。「はい」「いいえ」の二択で答えられる質問です。さあどうぞ。

zatpekのコメント 2017/07/16 01:57

id:hanyan0401そもそもわたし論理誤読しているのだから答えようがない。わたし論理確認してもらうために質問をしている。なにがさあどうぞだ。こっちがさあどうぞだ。「みなす」と「言い出す」では意味違うぞ。

hanyan0401のコメント 2017/07/16 02:24

id:zatpek 貴方は「『事実上強制』と決めつけた『反論』に、印象操作扇動以上の意味があるのか」と私に問うた。私はそれを踏まえ「創作多義的な以上、表現への批判も該当するのでは?」と尋ねた。どこに誤読が?

zatpekのコメント 2017/07/16 03:00

id:hanayn0401創作多義的な以上」?「ジャンプ編集部判断」は多義的解釈される表現物か?って質問してるよね?なんで「も」?いつからあなたにとって「編集部判断」は表現物なわけ?

hanyan0401のコメント 2017/07/16 10:34

id:zatpekジャンプ編集部判断」はケースバイケースで一意ではありません。そしてフィクショナルな表現も一意ではない。両者は多義的であるという点で等価ですが、前者を表現物だとは一言も申しておりませんが。

zatpekのコメント 2017/07/16 11:31

id:hanyan0401「『ジャンプ編集部判断』はケースバイケースで」という奇妙な文章意味が判りませんが、ともかくあなた見解では「ジャンプ編集部判断」は「多義的解釈が許される」と。ほんとに?

hanyan0401のコメント 2017/07/16 12:35

id:zatpek 意味を掴めないのであれば、まずはこちらを何度でもお読みください。http://goo.gl/8V1WtP 要点は「『決めつけ』は扇動印象操作しかない」という貴方論理は、多義的表現への批判にも該当するのか」です。

zatpekのコメント 2017/07/16 16:48

id:hanyan0401一般的自主規制はそりゃケースバイケースとしか言いようがないが、特定の事案をさして「ケースバイケース」は語法としておかしいって言ってんですがね。

2017-07-16

基本、人の腹の中は見えないからなんとも言えないけど、みんな自分本位で生きていると思う。

行き過ぎた自分本位人間って人の話を聞かない人。

いい意味おせっかい。悪い意味で束縛。突っ走るってか。自分正しいがひどい。

あと行動言動一貫性がない。自分に甘く支離滅裂さがある。

ケースバイケースを自分に有利に当てはめる。

まぁ中学生みたいな人。言ってる理想は高いが実際やってることはひどい。

なのに正しさを疑わない。

2017-07-14

https://anond.hatelabo.jp/20170714083840

hanyan0401のコメント 2017/07/13 11:10

id:zatpek 再三申し上げているように「事実上強制と仄めかして」はおりません。/ はあ。では自主規制当事者は唯一表現者出版社)だけであり、同様に「一方的決めつけは当然」となるのではありませんか?

zatpekのコメント 2017/07/13 18:18

id:hanyan0401 http://b.hatena.ne.jp/entry/341645160/comment/hanyan0401 非公開を言論上の円満解決とは見ていないから「都合がよろしいですね」と書かれたのでは?//たぶん私の言葉足らずが原因ですが、後半の文意がわかりません。

hanyan0401のコメント 2017/07/13 18:32

id:zatpek なぜ自主規制円満解決「とだけ」みなさなければならないのですか? / 「セクハラ暴力」なる決めつけが許されるなら、「事実上強制」という決めつけも許されるということです。貴方論理に倣えば。

zatpekのコメント 2017/07/13 19:46

id:hanyan0401まり、実際はケースバイケースと知っているけれども、対抗言論として「事実上強制」という体をとる、ということですか?//(ところでなぜかスマホだとidコール通知が飛んできませんねこれ)

hanyan0401のコメント 2017/07/14 12:26

id:zatpek いえ。ケースバイケースだからこそ、言論の自由市場表現への批判があるなら批判への反論存在すべきであり、後者だけを一方的に「批判の封じ込め」とみなすのアンフェアだということです。

zatpekのコメント 2017/07/14 13:23

id:hanyan0401批判自主規制事実上強制」という図式を暗に想定されることに対する危惧が「批判の封じ込め」ですから、この図式を暗黙の前提とする「反論」こそアンフェアでしょう。ずっと言ってますが。

hanyan0401のコメント 2017/07/14 13:32

hanyan0401 id:zatpek ケースバイケースなのだから事実上強制」の可能性も内包するのは当たり前で可能性の存在を前提とした想定と断定は異なりますそもそも貴方論理では「当事者ではないから決めつけは当然」な筈ですが?

zatpekのコメント 2017/07/14 13:49

id:hanyan0401きちんと書くと「先方の事情を十全には知りえない以上、先方の批判が『一方的決めつけ』に見えるのは仕方ない」という諦観ですね。でも論理として反論はできるので。サーキシアンとか全然評価しない。

hanyan0401のコメント 2017/07/14 14:06

id:zatpek はあ。では批判側が「性暴力」「セクハラ」と決めつけて見えるのも、批判への反論側が「事実上強制」と決めつけて見えるのも、どちらもやむを得ないが反論可能である。ということでよろしいでしょうか。

zatpekのコメント 2017/07/14 14:19

id:hanyan0401ええと、それ主体は「私」でいいんですよね?まあ、現にもうやってますよね。

hanyan0401のコメント 2017/07/14 14:31

id:zatpek そうなると貴方論理に倣えば、貴方批判なり反論なりは「印象操作扇動」以上の意味を持たないことになりますが。以下引用。「印象操作扇動以上の意味があるんですか?」

zatpekのコメント 2017/07/14 14:48

id:hanyan0401あなたに逐一文意確認しているのに、扇動印象操作余地があるんでしょうか?//あなたブコメスターは、ケースバイケースなんて想定してないんじゃないかな。

hanyan0401のコメント 2017/07/14 15:03

id:zatpek 対象意味確認すれば例外となるということでしょうか。であるならば、「セクハラ」「性暴力」等の批判を行なっている側はその確認を行なっていない。当該批判印象操作扇動しかないことになります

zatpekzatpekのコメント 2017/07/14 15:24

id:hanyan0401特に性の事情に関しては、確認行為自体デリケート問題をはらむ、という点をかんがえてください。(というかそこにデリカシーがないから揉めるんだよなあ)

hanyan0401のコメント 2017/07/14 15:53

id:zatpek はあ。問題とは性に限らず全てデリケートなのでは。また「印象操作または扇動に該当する」という指摘への反論に全くなっていませんがデリケートから印象操作扇動正当化されるというご主張でしょうか。

zatpekのコメント 2017/07/14 16:56

id:hanyan0401私の確認行為デリケートな部分が傷ついたのなら申し訳ないですね。(要するにこうやって揉めるんですよ)//基本、確認が難しいから「安全係数を大目にとる」という運用しますね。ゾーニングって奴です。

hanyan0401のコメント 2017/07/14 18:17

id:zatpek 私の内心の話はしていません。表現への批判貴方論理に倣えば決めつけであって、印象操作扇動以上の意味を持たない。この点については特に反論がないという理解で正しいでしょうか。

zatpekのコメント 2017/07/14 19:22

id:hanyan0401あなたの「反論」は、です。最初にケースバイケースと言わなかったでしょ?排他律なのに。芸術わいせつの両立はチャタレイ裁判で結果が出てますけども。

hanyan0401のコメント 2017/07/12 02:27

ジャンプ編集部でつい最近、「トイレマークを扱った漫画」が非公開とされたばかりなのに、「批判であり規制要求ではない(から反論批判を封じるな)」とは、批判側にご都合がよろしいですねとしか言いようがなく。

zatpekのコメント 2017/07/12 10:30

id:hanyan0401非公開にした主体批判を受け入れたジャンプ編集部ですね。//つまり言論の枠内で片づいた話でしょう?そこで規制の話を絡めてくるのが「ヒステリック批判封じ」だってことですよ。

hanyan0401のコメント 2017/07/12 10:59

反論なき批判暴走しますよ? / id:zatpek そうですね。私はその決定自体特に否定しません。表現への批判のみが顕在化して素通しされることがないよう、批判に対する反論存在重要であるということです。

zatpekのコメント 2017/07/12 12:32

id:hanyan0401そもそも「素通し」が生じるとして責任はこの場合反論しなかったジャンプ編集部」なので、あなたジャンプ編集部批判的でないのは筋が通らないのでは。

hanyan0401のコメント 2017/07/12 12:55

id:zatpek 元より責任を問うてはおりません。非公開も編集部判断であり自由でしょう。素通しされないよう批判への反論可視化されるべきだと私は考えますし、批判への反論もまた自由であるということです。

zatpekのコメント 2017/07/12 13:51

id:hanyan0401それはそもそも批判が不当であるしか出版社は不当な批判反論しない」という前提の論理ですよね。出版社側が妥当批判と受け止めた、という筋はないわけですか。

hanyan0401のコメント 2017/07/12 14:15

id:zatpek いえ。批判に対する反論を「封じ込め」とすることが批判側に都合が良い論理だという指摘なので、批判正当性出版社側の判断論点ではありません。批判に対し反論すべきではないとお考えなのですか?

zatpekのコメント 2017/07/12 14:29

id:hanyan0401批判の封じ込め」とは、必ずしも法的規制を望まない意見表明まで一括りにされる危惧表現されたものですね。自主規制言論上の解決ではなく抑圧とだけ捉えるならば、その危惧妥当でしょう。

hanyan0401のコメント 2017/07/12 17:41

id:zatpek 「一括り」とありますが「法的規制を望まない批判」は規制を求める批判とは異なり、反論対象とすべきではないということでしょうか? 自主規制円満事実上強制かはケースバイケースでしょうね。

zatpekのコメント 2017/07/12 17:56

id:hanyan0401事実上強制」と見なしたから例に上げたんですよね?だからあなたはすでに「一括り」にして反論してしまっているでしょう?

hanyan0401のコメント 2017/07/12 18:28

id:zatpek いえ、そうではなく。規制要求の有無に関わらず、表現への批判表現と同様に、自由反論批判)される対象と思われますが、規制を求めていないという理由反論すべきではないとお考えなのですか?

zatpekのコメント 2017/07/12 19:29

id:hanyan0401ケースバイケースであるはずの自主規制一方的に「事実上強制」と決めつけた「反論」に、印象操作扇動以上の意味があるんですか?

hanyan0401のコメント 2017/07/12 21:10

id:zatpek 答えになっていません。条件付けではなく、まずは原則として規制求めない批判反論すべきではないとお考えなのか、お答えください。また「事実上強制と決めつけた」の主語は私を指しているのですか?

zatpekのコメント 2017/07/12 21:54

http://b.hatena.ne.jp/entry/341691185/comment/hanyan0401 あなたのこのブコメは「事実上強制」とみなしているのでは? ならば原則論無意味でしょう。あなたの中では批判顕在化は「単により狡猾な規制」に過ぎないのだから

hanyan0401のコメント 2017/07/13 04:16

id:zatpek批判顕在化だけで自主規制に至る」は外形的事実の指摘であり、「強制」とはそのブコメでは評しておりません。顕在化による自主規制が「事実上強制」かどうかはケースバイケースだということです。

1hanyan0401のコメント 2017/07/13 04:25

id:zatpek ちなみに貴方論理を踏まえてお尋ねしますが、必ずしも一意ではない多義的フィクション一方的に「性暴力」「セクハラ」などと決めつけた批判には、印象操作扇動以上の意味があるのでしょうか?

hanyan0401のコメント 2017/07/13 11:10

id:zatpek 再三申し上げているように「事実上強制と仄めかして」はおりません。/ はあ。では自主規制当事者は唯一表現者出版社)だけであり、同様に「一方的決めつけは当然」となるのではありませんか?

zatpekのコメント 2017/07/13 18:18

id:hanyan0401 http://b.hatena.ne.jp/entry/341645160/comment/hanyan0401 非公開を言論上の円満解決とは見ていないから「都合がよろしいですね」と書かれたのでは?//たぶん私の言葉足らずが原因ですが、後半の文意がわかりません。

hanyan0401のコメント 2017/07/13 18:32

id:zatpek なぜ自主規制円満解決「とだけ」みなさなければならないのですか? / 「セクハラ暴力」なる決めつけが許されるなら、「事実上強制」という決めつけも許されるということです。貴方論理に倣えば。

zatpekのコメント 2017/07/13 19:46

id:hanyan0401まり、実際はケースバイケースと知っているけれども、対抗言論として「事実上強制」という体をとる、ということですか?//(ところでなぜかスマホだとidコール通知が飛んできませんねこれ)

2017-07-09

https://anond.hatelabo.jp/20170709165710

ブコメ低能ばっかりで笑える

滑舌が悪い」に対する例として「~させていただきます」が挙げられてるだけなのに

 

「「〜にいたします」でいいじゃん。なんでわざわざ言いにくい用語使うの?」

「「xxといたします」とか「xxではいかがでしょうか」とかニュアンスに応じてもっと最適なのがあるはず.そっち使えば滑舌的にも敬語的にもいっそう良くなる」

「〜とさせていただく"パターンは前文もまどろっこしくて大抵息が続いてない

「そんな過剰な丁寧語を使うのをやめたらよろしい」

等等、ケースバイに対するマウント取りのアドバイスばっかり並んでる

 

多分こいつら思考というもんがないんだろうな

2017-07-03

https://anond.hatelabo.jp/20170702210122

ガタガタ書いてるけど、なんでそんなに企業障碍者対策の金払わせたくないの?企業無限障碍者対策できないことぐらい、皆、分かっている。企業営利組織なので、どこかで線引きしないといけないことは確か。で、線引きをする何らかの仕組みが必要だっていうのは当然の帰結でしょう。

罰金のような義務的な形にするか、あるいは、減税や補助金のような、必ずしも遂行する必要がないかたちにするかは、考え方次第だろうけどさ。多分、ケースバイケースで、どっちも使い分けないといけないだろうけどね。

で、なんか罰金に反対みたいだけど、そもそも、お前が挙げたバリアフリー法の中で、悪質な場合罰金規定されているんだけど?つまり企業が最低限の障碍者対策サボることがないように、企業義務を課すことは正当な行為であると、国が認めてるの。障碍者企業対話して対立を解消することも大事だろうけど、企業障碍者対策義務付けて、ひどい場合罰金取る形にしなきゃ結局企業は動けないよねって国も認めていて、罰金を認める法が、もう10年以上前から成立してるの。対立解消だけを言い張るのは、結局、問題解決せずに対立がなかったことになって得をする強者側、企業側なの。対話による対立解消だけを言い張るのは、「弱者は黙ってろ」って言うのと事実上同じで、冷静に議論するフリして障碍者をぶっ叩く、差別主義の最悪の形だよ。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO091.html

必ずしも全ての健常者が、障碍者理解があるわけじゃない。「障碍者死ね」ってこっそり思っている健常者もいると思う。一般人自殺しないのが道徳的義務であるのと同様、健常者が自分を脅かしそうになった時に抵抗するのも、障碍者に生まれた者の責務なんだよ。健常者が自分を脅かす思想を持っていないかどうかを監視して、自分たち存在を脅かしかねない思想喧伝する者には、ちゃんと「人殺し!」と言いまくって社会から排除されるようにしないといけない。戦うのはつらいかも知れないが、それが障碍者に生まれものの責務なんだよ。国で「障碍者も含めて皆が生きて健康文化的生活を送れるように努力することが、皆に安心感を与えて健全社会を作る」って憲法規定しちゃったんだから障碍者が声を貼り上げてそれを守らせることが、巡り巡って健常者の安全を守ることにつながるのだ。

2017-06-30

上司に何を聞いても同じ言葉しか帰って来ない

「まあこれはケースバイケースだからね」

2017-06-25

[]アキードリア

名前

アキードリア

Xboxハードでの出演作

Sine Mora

デザイン

ケモ(これ形くわしくないけど、猫とかトラっぽい)。女の子

ゲームキャラとしての特徴

・「時を操る能力

Sine Mora操作キャラクタ全員の特徴でもあるのだが、この時を操る力は

「敵の弾に当たっても、制限時間を消費し復活できる」

「ゲージを消費することで、敵や敵の弾がスローに見えるほど加速する」

のように、ゲームシステムとして再現されている。

○好きなゲームスキル武器

アジスバテリー

このゲーム、サブウェポンが妙にクセが強い操作キャラが多いのだが、

アキータのサブウェポンであるアジスバテリーは扇型に弾を発射するというシンプルな装備で、

範囲が広く、攻撃力も悪くはなく、とクセがなくて使いやすい。

○名台詞

「「来るべき日々の書」に我々の名前はない。

我々は死ぬのだろうか?」

エンキー族」のアキータの価値観はなかなかゲームからは読み取りづらいのだが、その価値観がよく伝わるセリフ

エンキーは支配者の「偉大な旅」によって全ての命を規定しているらしく、おそらくこの「来るべき日々の書」というのと「偉大な旅」というのが密接な関係にあるのだと思う。

Shine Moraストーリーとしては、タイムトラベルものらしいウロボロス的な展開を見せるロノトラ親子のストーリー面白い

しかし、個人的には、タイムトラベルというほぼほぼ無敵に近いような「逃げの手」を持ちながら、帝国と戦うアキータの姿と、

そのアキータが帝国と戦わざるをえないその独自価値観垣間見えるこのセリフは、とても印象に残っている。

2017-06-19

20代後半の転職前後感想

転職して数週間経過。

全体的な研修も大方終了し、所属部署での振る舞いもすこーし慣れてきた。

職種・業種共に未経験での入社のため、会社内で交わされる言葉の90%がナニソレな状況。

(一部重なる部分もあるため、多少は大丈夫だよね。と思って入社も撃沈)

以下、各ポイントで前職との比較備忘録的に。

※内資某メーカー外資メーカー

業務内容、専門分野

これはもう全然違いますね。

涙でるくらい。

新旧どちらも同じ市場で扱われる製品もあるし、とは思っていたけれどここまで違うとは。

若いうちは経験の有無よりも、今後吸収できるポテンシャルがあるかどうかが重要とか、

社内にない観点価値観があることの方が重宝されるとか言いますけど。

そもそもポータブルスキル活用機会が少ない技術専門性高の職種からなのか。

前職数年の経験は、あまり活用できなさそうな予感。


②社内の雰囲気

以前の会社は、穏やかな人が多いで有名な会社

から、社内で流れる雰囲気もゆったりしていた。

もちろん、多忙エリアだったのでまったりホワイトはいかないけども。

今回は、みなさん専門性が高いの一言。完全なる門外漢

でも、思ってたよりドライじゃないのね。

飲み会仲良いね


③社内システム

IT環境スバラシク改善

ハード&ソフト面共に充実してます

やっぱり外資を強く感じるのはこの部分かなあ。

みなさん無駄のない業務コミュニケーションを求めている感じ。

まあ今の所は、ヘルプデスクがカタコトの日本語なところ以外は不満はないかな。


給与

実はまだ初任給いただいてないのよね。。。

契約書では同等以上になるはず。

ただ、一般的な高給取りとは程遠いから、そこそこもらえればほんと最高なんですが。

でも、評価制度も厳しそうだし、心配よねえ。


⑤勤務体系、環境

ガチガチの固定勤務→フルフレックスなので戸惑いの嵐。

遅刻という概念がないのかあるのか、みなさんふらっとき業務されてます

まあ、各人ある程度の出勤時間を決めているわけで、実際はそんなに自由じゃないのかな。

あとは事実上活用されてないであろう制度がいくつか。

まあ、業務量が普通に多かったら調節できる部分なんて少ないもんね。

ただ、今までは制度受動的に管理されていた部分にも、これからは目を向けないとね。


結論

まだ比較箇所はたくさんあるけれど、もう少し慣れてきた頃に追加しようかな。

現状では専門知識語学力課題

すぐ弱音吐いちゃう豆腐メンタルのため、明日から口にはしないようにしよう。

2017-06-16

クジラックス問題に対する意見の法的見地から考察分析

 未成年に対し強制的性的行為を行ったとされる容疑者同人誌に影響されたと供述し、警察がその作者に「申し入れ」を行った、いわゆる「クジラックス問題」を受けてさまざまな意見が表明されている。これら議論については表現の自由を考えるにあたって当然歓迎されるべきことであるが、それらのなかには法的に根拠が薄い、もしくはないものも含まれている。そこで本稿では、こういった意見を分類して法的見地から分析を試みる。

表現の自由について

 今回の問題にあたり、前提となるのが表現の自由である。これに対し意義を唱える人は少ないだろう。もちろん大衆には表現の自由を与えるべきでないと考える意見もあるだろうし、実際そのような国家存在する。しかし、日本においては憲法二十一条において一切の表現の自由保障されている。そのため、以下では表現の自由原則として認められるという前提で議論を進める。

 さて、表現の自由については憲法言及されているものの、無制限保障されているわけではない。憲法第十二条、第十三条においては国民自由権利濫用してはならず、公共の福祉に反しない限り最大の尊重必要とするとされている。「公共の福祉」についてはさまざまな解釈があり、憲法で明確に定められているわけではない。しかし、憲法制限される場合があると定めているのは事実であり、現行の憲法上「表現の自由は無制限に認められるべき」という主張はやや難しい。

公共の福祉」の解釈

 表現の自由に制約を課す「公共の福祉」の解釈であるが、これは複数の説が存在するものの、現代日本においては社会他者に損害を与えることがない限り制約されない、という考え方が主流である。これに従うと、「未成年に対し相手意志に反し強制的性的行為を行う姿を絵や文章で描く表現」が社会他者に損害を与えるか否かというのが第一の争点となる。

 ここで留意したいのは、「自分はこの表現嫌悪感を感じて損害を受けたか規制しなければならない」という主張は成り立たない点である。ここで発生したという損害は精神的損害に相当すると考えられるが、現代民主社会において第三者を描いた表現による精神的損害というものが認められたケースはない。表現を見て嫌悪感を感じるかどうかは人による差異があり、かつその損害も限定的、見ないという選択肢提供されているなどがその理由である

 また、国によって前提となる文化は異なることから、「海外ではこの表現規制されている、だから日本でも規制しなければならない」という主張も根拠はない。たとえば熱帯地方で男女とも上半身裸で過ごすのが普通文化圏においては、上半身が裸の女性の姿を描くことを規制する意味はない。これに対して「海外では猥褻」という理由規制を行うのは文化侵略となってしまう。あくま日本における表現規制は、日本における文化背景、世俗基準として規制すべきなのである

表現に人は影響されるのか

 さて、今回の事件で大きな議論となるのは、「犯罪行為表現に影響されて人が犯罪行為に至るかどうか」という点であろう。これは過去にも多くの研究がされているが、統一的な見解は得られていないのが現状である。今回の事件においても、容疑者問題表現を見て犯行を思いついたのか、それとも元々犯意があったうえで問題表現を見て模倣したのか、はたまた自分で思いついたが「言い訳」として問題表現を上げたのか、本当のところは不明である

 とはいえ、表現人間に影響を与えることはない、とは言い切れないのも事実である。実際のところはケースバイケースで、影響を及ぼすこともあればない場合もある、というのが現実であろう。こういった状況下においては、「表現犯行の間に相関関係はなく、表現社会に悪影響を与えることはない。そのため規制できない」という主張が認められるのは難しいと思われる。

 現実としては現在未成年に対し相手意志に反し強制的性的行為を行う姿を絵や文章で描く表現」は規制されていない。それは、影響を及ぼす可能性はあるがそれはレアケースであり、表現の自由制限するほどのものではない、との意見一般的からであろう。そのため、もし今後同様の事件が頻発したとしたら、規制が認められるようになる可能性はある。

 今回の問題現実的な争点はここにあり、規制派は「社会に影響を及ぼす可能性があり、さらにそれが高頻度で発生する可能性がある」ことを、反規制派は「社会に及ぼされる影響は小さく、その頻度も小さい」ことを証明することを目指すべきであろう。

 なお、問題表現について「社会的利益にならない」ために規制を主張する意見もあるが、前述のとおり表現の自由への制約は社会他者への不利益のみを根拠に課すことができるとされている。そのため、こういった主張について法的な根拠はない。

 いっぽう、犯罪行為を描いた表現一般的には規制されておらず、漫画表現けが規制対象として挙げられるというのはおかしいという意見があるが、これについては漫画表現画像を用いるものであることからより臨場感があり影響を与えやすいため、という一定根拠存在する。ただし、より影響が大きい映像という表現方法存在するため、もし漫画規制された場合は当然ながら映像規制されることが妥当であろう。

まとめ

 今回の淫行事件については誠に遺憾であり、加害者は当然その責を負うべきである。また、これを機に表現規制に関する議論が進むことは歓迎すべきことであるしかし、その根拠となる法や慣例、文化理解せずに思い込みで主張を行っている例も見られる。表現の自由民主主義の根幹であり、軽んじてはならない。その原則理解したうえでの適切な議論が望まれる。

2017-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20170606163154

そんな問題じゃないだろw

そんなのは自分相手関係によってケースバイケース

ていうか「貴方収入はいくらで、私の収入はいくらだから貴方が何割しはらって」みたいな計算をみんな常にやっているのかとw むしろ関係なく一般的には男払いになるだろw

いや、オレは全男払いでもいいよ? 友人でも恋人でも多少でも好意をもった女に対してなら

でも、それを他人に押しつけるのは違うんだよ

お互い相手に払うに値するなら払うし、値しないなら払わない。それだけの話なんだよ

で、それが一致しないなら、それは価値観の違いでしかないんだよ

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605094854

皆が虫歯菌持ってるけど、接触で伝染るかどうかは抵抗力もろもろケースバイケースということでOK?

2017-06-02

Chubb損害保険の人

からさして優秀な人でもなかったのだろうけど、日本労働者の方が圧倒的に強いので裁判すれば大体勝てる

ので、企業リストラどころか減給もまともにできないので正規雇用や昇進には慎重になる。ま、どっちがいいのか、ケースバイケースでしょうけど、自分雑魚労働者なので積極的に変えるべきとも思わないけど使えない人をうっかり採用しちゃった人には同情しなくもない

人が活躍できないのは使う側の問題、という人の言うことも正論なので、そういう人を雇って使えない人の上に立たせたいよね

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170529195937

第48条には「著作物出所を、その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により、明示しなければならない。」と書かれているだけですからね。具体的にどういうのが合理的なのかはケースバイケースじゃないでしょうか。まとめて記載している実例があるということは、合理的であればそれでも良いということでしょうね。

「短い引用部が多数あって煩雑になるため省略して表記した」というのも合理的という理由になり得るでしょう。

原作者が「この引用部分は私の作品から引用であることがわかるように明記してほしい」と訴えれば認められる可能性はあるけど、はたして本当にそれを望んでいるのか?要件満たしてない!引用ダメ!って言いたいだけじゃないの?

論文としてこれじゃダメというのは、引用要件を満たしているのかどうかとはまた別の話。

2017-05-27

文系だと文献リスト必須じゃない」の意味

なんかけっこうな数の人に勘違いされてるようで驚く。そんなおかしなことじゃないでしょ。ということで補足。

言っとくけど、これは剽窃無断転載をしていいって意味じゃないですよ。参考文献の情報を表示する方法が違うってだけの話。

標準的理系とか社会科学系の論文では、注ってこうやって示しますよね(以下、例はあくま架空のものです)。

Trump (2018: 70)は次のように主張している。一方、Obama (2018: 47)はこれに反対していて……

この場合、文献リストがないと駄目です。だってこれだけじゃ、どの論文書籍ことなのかわからないもん。だから論文の末尾に文献リストをつけて、

って書く必要があるわけです。これがないとアウト。

でも、人文系場合は、

トランプは次のように主張している(※1)。一方、オバマはこれに反対していて……(※2)

※1 Donald Trump, Make America Great Again (New York: Trump Tower, 2018), 70.

※2 Barack Obama, Yes, We Can (Chicago: UC Press, 2018), 47.

って表示することが許されてるわけですよ。これ、末尾に文献リストつける必要あります? そりゃつけた方が親切だと思うけど、なくても別にいいでしょ。だって参考文献の書誌情報はじゅうぶん伝わってるんだから

なんで下のようなやり方がされるかっていうとですね、私も確かに上の方が便利だと思うんですが、文系論文だと、

みたいな資料引用することが結構あってですね、そういうタイプ資料を扱う研究者にとっては下の形式の方が楽なんですわ……。もちろんそれらの資料でも、工夫すればちゃんと上の形式引用できますし、実際そうやってるひともいるけど、下のやり方は伝統的なので根強く残ってるのです。

あとまあ、学会によっては「下のやり方で書いて文献リストをつけるな」って投稿規定に書いてあったりするしね(もちろん上を指定してる学会もあります。ケースバイケース)。

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

トラバブコメに応答

シカゴマニュアル読んで出直してこい、あほ

http://anond.hatelabo.jp/20170527080444

おっ、せやなシカゴマニュアルのものじゃないけど、手元の解説書を読んでみたら、次のように書いてあるわ(分量的に引用として許される範囲を超えているけど、そこは勘弁してほしい)。

本書は、2つの最も一般的引用方式を扱っている。「注記式参考文献目録方式notes-bibliography style」、または簡単に「参考文献目録方式bibliography style」(人文科学全般や一部の社会科学で用いられる)と、「カッコ入り出典―参照リスト方式parenthetical citations-reference list style」、または「参照リスト方式reference list style」(大部分の社会科学、および自然科学物理学で使われる)と呼ばれるものだ。(後略)(※1)

参考文献目録方式引用では、資料を使ったことを、典拠言及するセンテンスの最後に、上つき数字を付けることによって示す。

He argues that "in an uncertain world, printed materials can be put to use in ways that make them powerful." 1

それから対応する数字をつけた注で、引用の出典を挙げ、それに関する情報(著者、表題、および出版情報)とともに、該当するページ番号を明示する。注はそのページの一番下(脚注と呼ばれる)か、レポート最後に集められたリスト(後注と呼ばれる)の中に印刷される。すべての注は共通形式をとる。

N: 1. Adrian Johns, The Nature of the Book: Print and Knowledge in the Making (Chicago: University of Chicago Press, 1998), 623.(※2)

※1 ケイト・L・トゥラビアン(沼口隆・沼口好雌訳)『シカゴスタイル――研究論文執筆マニュアル慶應義塾大学出版会2012年、194頁。

※2 同、195頁。

で、シカゴマニュアルが何ですって?

id:death6coin

海外でも下があるの?これもガラパゴスだったりする?

元増田でも例を挙げたけど、この方式採用している英文学術誌なんてたくさんあります。私が見たことある限り(ちゃんと読んだというわけじゃなくて、単純に論文ダウンロードして形式確認した限りということ)では、中国語韓国語ドイツ語フランス語スペイン語イタリア語ロシア語学術論文でこの形式は許容されてる。

海外の著者だと、たとえばウンベルト・エーコが『論文作法』って本の中でこの方式を詳しく説明してるので、ご覧になってみては。

文系からすると、この方式を知らない方がガラパゴスですよ。だって文系理系の人はこの方式使わないで別の方式使うよね、って知ってるもん。なんで理系は、文系では別の方式も使うよねって知らないんです?

もちろん、この方式でも、たとえば1冊の本にまとめる場合なんかは末尾に文献リストをつけるのがふつうだと思いますだってそうじゃないと、その分野に関する文献にどんなのがあるか知りたいときにめんどくさいもの。一度、文献リストをつけられてない英語の本を読んだことあるけど、注を逐一確認して文献を探すのめんどくさかったですよ。ただ、論文程度の分量なら、注を逐一確認するのもそこまで苦ではないし、だいたい単にめんどくさいってだけでじゅうぶんに出典表示の義務果たしてるし、紙幅の問題もあるしで、つけないことが多いんじゃないかなぁ。学位論文とかで、文献リスト絶対につけること! っていう決まりがある場合はつけないといけないけど、それは単に投稿規定守れっていうのと同じ話なので……

2017-05-13

文章とか、お金とか。人とか。

この長さの怪文書を投稿することにためらいはあるけれども。

偶には、言いたい事を思い切り言ってもいいかなと思う。

商品」としての文章

まず自分のことを書くと、稀にしか更新しない覚え書きのようなブログをやっている。あと好きな文章を書く人は結構な頻度でチェックしているくらい。

自分新参だけれど、新しいタイプブロガーの人が使う、押しが強めの手法がじゃっかん苦手である

新規ブログを始めた際、こちらのブログは全く読まずに(本人には割と分かるものです)、宣伝のためにスターを付けてくる人が一定数いる。まあ当然、興味を持たれる文章を書けないこちらに非があるわけですが、「貴方のことは気にならないけど私の書いた文章はぜひ読んでくれ」と受け取ることもできる。

露出を求めて「記事お題」を引用し、全く関係のないことを書く人も多い。例えば「雨の日グッズ」というお題を引用しておいて、いつもの調子日記を書く。露出したいのは分かるけれども、そのばあい読者が読みたいのは傘や長靴の話であって、職場愚痴とか趣味の紹介とかではない。

あと、リクルートの適職診断、またはリクナビNEXTのグッドポイント診断を薦めるエントリ。MIIDASの適正年収診断、dTVの紹介。日常会話みたいな感じでお勧めされるんだけれど、あれは紹介料が入るからやっているのだそうで。道理で数が多いと思った。…あれはステマにはあたらないのだろうか。「PR記事」とかの表記がない分、「選挙前にさりげなく電話をかけてくる友達」みたいな感じがして、個人的には警戒してしまう。

CGMは、そのコンテンツの持つ価値判断が難しい、とは思う。それは人によって違うし、ネットでの人気には「親しみ」も大きな要素である

ただ分かりやす基準として、例えば、寄稿出版の話が来る人にはそれだけの実力と、その人固有のブランドがあるわけで。

なので余計に、「とりあえず100記事書きましょう」「SEOを勉強しましょう」「PVを稼ぎましょう」と、クリックしてもらうことに血道を上げる風潮がどうもよくわからない。読み手客観的価値提供できているのかな?と、不安になることはないんだろうか、と。(言うまでもないことだけど、価値がある/ない、という話ではない。「価値のものさしはどこにあるのか」という話)

ここで、いやらしくも。商業文章出版物の話をする。

はてなの人なら、自分なんかよりよほど熟知されていることと思うけれど。執筆され、編集の手が入り、校正されてデータ印刷所に渡り、取次を経て本屋に巡ってきたり電子書籍になる、それだけの手がかかった、色々な「出版物」は本当に凄いなと思う。

個人がもっている「有益情報」には限界がある。取材して一次情報にあたるプロに、正確性や量で比肩するのは正直、むずかしいのではないだろうか。

比肩しなくてもいいけれど、そこから発生する「収益」は最大限にしたい、というなら、それはインターネットが役に立たなくなるわけだと思う。

媒体が紙でもネットでも同じことで、例えばキッコーマンサイトを見ると、料理の基本から旬の料理から詳しく載っている。歯の健康について知りたいときは、クリニカ辺りのサイトが役に立つ。商品の紹介記事しろエッセイしろ企業がやっている媒体掲載されている文章をみると、何歳ぐらいのどんな経歴の人が書いているんだろうと思う。

コード料理商品になるように、文章もまた商品として存在することは確かだ。ただ、コード個人お金にするにはそれなりの手順が必要だと思うけれど、文章はなぜか、個人ネットに上げるだけでも「儲かる」。

他にも、ネットにアップするだけで儲かるものは色々あるけれど、合法かつ元手がかからず、特に技術習得をしなくてもできる「稼ぎ方」として、「文章を書く」というのは確かに適しているのだろうとは思う。

個人メディア」ができること

ここまでを踏まえて。「商業クオリティ情報量には敵わないが(※ケースバイケース)、読んだ人に満足を与えるような文章を書き、お小遣い程度の利益を得られる、Win-Win取引(読者が読む時間によって「収益」を発生させるなら取引みたいなものではと思う)」を考えてみる。(ものすごく飛躍しているような気がするけど気にせず進めます

商業ではなく、市井個人が書くことに意味がある文章とは何か。

それは、「その人にしか書けない文章を書く」ということではないだろうか。

別に個人情報を晒せということではない。出身地職業家族構成は確かに、その人を知る大事情報だけれど、同じような属性を持った人が世の中にはごまんといる。

他者から客観的に見た自分」と、「自分演出したいキャラクター」には、往々にして懸隔がある場合が多いと思う。シニカルに渋く決めているかと思えば、愚痴悪口を書いてしまったり。写真にお洒落な加工をしていても、背景がどうも決まっていなかったり。「本当の自分らしさ」は、他者からの反応や自省によって得られるもので、見たくもない自分を見せられることも多いし、自分評価されたい項目と他者から評価される項目が違ったりもする。

それでも。「自分の良いところ、推せるところ」を見つけて、「それによって他の人を満足させ、楽しませる」ことが、「個人としてメディアをやること」の強みなのではと思う。

その人にしか言えない言葉、できない話。培ってきた価値観文章テンポ言い回し自分なりの軸による知見や考察。人によってはイラスト作品。例えブログ名や使っているテーマを変えても、文章ならば増田に書いても、「ああ、あの人だ」と分かってもらえるかどうか。

「その人にしか書けないブログ」こそが、個人ブログ存在意義なんじゃないだろうか、と。

商業に出来なくて個人ブログならできること」は多くある。言及合戦ボールの打ち合いもそうだし、商業の連載や肩書を背負ったブログと違って、思ったことを好きなように、題材も自由に書ける。

日記を見ると、今日したこと、最近興味のあること、生活感情の移り変わりを感じることができる。例えば料理写真ブログであっても、書いている人のキャラクターが違えば、受ける印象は全く違う。

「その人らしさ」が感じられるなら、面白くないブログなんてひとつもない。どんな個性でも、ネットに上げれば一人くらい、それを楽しんで、好きになってくれる人がいる。それがCGMの良いところで、インターネットが普及した利点であると思う。

さらに言えば。有名ブロガーの人たちを見ていると、やっぱり「読者を楽しませること」にとても力を入れているなと感じる。

スタイルは人によって様々だけれど、重い段落がつづくとその人のやり方で空きを入れたり、ボケてみる。自分の愛されている分野以外のことはあまり書かない。反応がよかったらまた掘り下げる。とか。(まあ、こうやって分析されるのも嬉しくないのかもしれないけれども。)

当たり前に、お互いがWinWinになっている関係で。それは愛されるよなあ、と感心したりする。

交流勢について

互助会」という言葉について書くにあたり、ブログをやっている人を便宜的にタイプに分けます

A)古参はてダ時代からやっているような人。総じて文章が上手い。更新頻度は低め。交流はあまりしない。

B)新参。好きなことを書いてあわよくば若干の収入を得たい感じ。更新頻度が高い。交流が好き。

C)アフィリエイター。以下のようなタイプがあるように見える。

ガチのアフィの人。それなりの戦略があるタイプ。「かわいい画像!」とか「速報・芸能ニュース」とかそういうやつ。よくダッシュボードの右に載っている。他にも色々やっていると思われる。

・何を考えているのかよく分からないタイプ。ほぼ中身のない記事にひたすら広告を貼る。偏狭そうな人が多い。

・「ブロガーとして」明確に互助を目指し、ブクマ不正している、らしい。偶に増田告発されているけど割とスルーされている印象(興味がないのでよく知らない)。

よく見かける「互助会」という言葉は、B)に向けて使われる。「お互いのブクマコメントブクマ数を稼いでいるんだろう!」というやつ。

でも、実際のところ。「当たり障りのない敬語コメント」は、「相手好意をもっていて話しかけたいから」「交流が楽しくて」やっているのだと思う。

その証拠に、「スターブクマフォローしたけど返してくれなかった!PVが伸びない!」なんて愚痴を書いている人は誰もいない。(このクラスタは素直な人が多いので、そういう気持ちがあったらたぶん正直にそういう記事が書かれ、誰かの目に留まるのではないかと思う)

ブクマしてほしい」という気持ちももちろん多分にあるだろうけれど、自分リアクションするにあたっては、利益を期待してやっているんじゃない、と思う。

嘘だと思ったらそのへんの、自分が「互助会」と呼んでいるブロガーに聞いてみたらいい。相手言葉をなげかけるのが楽しいから相手のことが好きだから。たぶん、思うより多くの人が、そう答えるのではないだろうか。

そうはいっても、はてブ的には馴れ合いコメントは確かに鬱陶しいだろうと思う。では、コメント欄を使えば解決する話ではないのか、とも。

そう考える人はもちろんブログを書いている側にもいて、読者に向けて「ブクマでなくコメントで交流しませんか」という提案をするブロガーもいる。読者が何百人レベルになってくると、はてブ側に気を遣ってのことだと思われる。

Twitterとの連動など、利点はあるようだれど。言葉をかけたいだけなら、ブロガー本人が「互助会」と叩かれるリスクをとる必要もないのではないかコメント欄もっと気軽に使っても良いように思う。

もうひとつ別にお互いに便宜を図っているわけでもないのに、「互助会」と呼ばれるのは何だかおかしい気がする。「交流会」「ひつじ会」とかのほうが実態を表しているのではないだろうか。(「ひよこ会」とかでもいい。何かかわいい名前がいい)

マネー勢について

で、じゃあ「スターブクマフォロー利益を得ることを目的とした行為」はないのか!というと、うんざりするほどある。

C)のアフィリエイター系。これが本当にしつこい。見るからに書いていて楽しくなさそうな、NAVERまとめ的なブログからリアクションがそこそこの頻度で来る。凄かったのは、同じ記事に2度3度つけてくる人。無言でそれをやられても、ただ気味が悪いだけで、何かを返したいとは思えないのだけれど。

相手の人格や思いを無視して、金銭のためにブクマをつけて何が楽しいのか、と。他人の顔が札束しか見えていないような、うわべだけの文章を読みたいとは個人的には思わない。まして広告クリックなんてしない。

これは自分に矛先が向くことを恐れているとか、好きな人擁護したいとかでもなく、単純にクラスタの分類として。交流勢よりも、こういった「機械的な無言のリアクションによって、露出や返報を期待する」アフィリエイター勢のほうが、真に「互助会」と呼ばれるに相応しいのではと思うのだけど、どうだろうか。

ネット上で、文章で稼ぎたいのは勿論、悪いことではない。でも、個人的に読みたいのは、誰でも書ける情報のまとめとかではない。

アフィリエイトをやっている人であれば、どうしてそれを始めたかとか。情報収集はどうやってしているかとか。ライバルはいるかとか、作業するときにかけている音楽とか。その人にしか言えない言葉面白い話。そういう文章が読んでみたい。

「読む側」としてのスタンス

はいえど。面白かったり為になる文章無料で読みたい、というのもある意味、何というか難しい話だとは思う。

医学辞典なんて手元にないかネットでいいや、とか。先述のように、企業宣伝のために作成しているページを利用する、とか。「ネット」と書いたけれど内訳は、キュレーションサイト個人がアフィ目的で作ったサイト質問投稿サイト個人ブログのどれかが引っかかることが多いのではないだろうか。

それが確実な情報源でないことは、もちろん周知の事実である。それでも取り敢えず適当情報がほしくて検索する人がいるから、それにあわせて少ない労力で情報を供給し、利益を得ようという流れが自然に出てくる。

「分かりやす出所の確実な情報」ならば、上述のように、出版業界商品に頼るのが却って近道ではないかと思うことが最近増えている。「集合知」は確かに無料だけれども、「文章」にクオリティを求めるならば、書籍を買うか図書館に行けばいい。紙が面倒ならデータの形で入手すればいい。

商業としての出版を信頼しているから、例えば某警察官やめたブログ暴露されていたように、CGMのふりをして売名する商業があるとしたら個人的には少し悲しい。プロとして作り上げたものプロモーションされたものに、正当な敬意を払いたい。

…ここまで書いてきて心配になったのだけれど、出版業界の回し者ではなく、ごく普通の読書好きのオタクが書いています。信じて欲しい、としか言えないけれども。

逆に言えば、ネットで、商業ではなく個人が発信するとき、それは受け取る側となんら変わらない、「普通の人」なわけで。文章を発信する側は全ての責任とリスクを負うべきで、受信側は何を言っても良い、ノーリスクハイリターンな立場である、とは自分には思えない。

ネットを使っている人であれば誰でも、ある程度の文章は書けると思う。たまには「発信側」になってみるのも、悪くはないんじゃないかと思ったりする。

同じ人間が一人としていないならば、誰にでも、「その人にしか書けない文章」があるはずで。私はそれが読みたい。

色々書いてきたけれども、これが正しい見方であるとは自分で思っていない。誤りや偏りの指摘も含めて、議論一助になればと思う。

2017-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20170507131958

一般化して言えるのは晒すやつも晒されるやつも

頭のおかしいやつである確率がそれなりに高いということだけで

後はケースバイケースで判断するしかないと思う

2017-04-16

日帰りでそこらへんの焼肉店に出向くのではだめなのか

別にキャンプ場でテントを張って

焼肉をやらなくても

乗用車もしくは電車焼肉店に

出向いて食ったらいいのではないか

一人で泊りがけ登山する人って食事はどうしてんだろ?

アルコールランプもしくはガスバーナーで

加熱してるんだよね

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