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はてなキーワード: アナロジーとは

2019-05-08

ドラム式洗濯機自由の夢を見る

ドラム式洗濯機自由アナロジーになるだろうか?

ドラム式洗濯機を所有する権利が天賦のものであることは現代では周知の事実であるが、人類ドラム式洗濯機という存在発明するまでには数多の人々の血と汗が流されたことは想像に難くない。であるからこそ、我々は今後いかなるドラム式洗濯機であっても、それを所有する権利制限されないように戦わなくてはならない。

ドラム式洗濯機を所有する人類普遍かつ、天賦の権利現代人類文明の基盤であることは最早自明なのだが、自明であるがゆえに人によってはこの権利範囲に対して疑問を抱いたり、あるいはこの権利に対して挑戦したくなるかもしれない。

想定される疑問は以下の通りである

1. 人によってはドラム式洗濯機を購入するだけの収入・貯蓄が無いのだからドラム式洗濯機を所有する権利人類普遍のものとは言えないのではないか

2. 家によっては構造的にドラム式洗濯機の設置が困難であり、事実上所有することが出来ないのだからドラム式洗濯機を所有する権利人類普遍のものとは言えないのではないか

また、想定される挑戦は以下の通りである

1. いかなるドラム式洗濯機であっても所有を認めることは低品質ドラム式洗濯機によって共同体安全を損なう可能性があるので、共同体によって認定されたドラム式洗濯機のみにその所有権制限すべきではないか

これらについてそれぞれ考えていこう。

疑問1はドラム式洗濯機を所有する権利ドラム式洗濯機を所有する権利行使混同することによって発生しているものと考えられる。

しかし、権利とその行使は厳密に区別されなくてはならない。

ドラム式洗濯機を所有する権利行使が出来ないという状態は、その行使を妨げている諸要因(この場合収入、または、貯蓄)を、その個人解決することだけでドラム式洗濯機を所有することが可能となる。

一方でドラム式洗濯機を所有する権利そもそも無い場合には、個人所属する共同体ドラム式洗濯機を所有する権利を勝ち取るところから始めなくてはならない。それには政治的に困難で長い道程を辿らなくてはならない。歴史的には暴力的革命により、人々の血を代償としてドラム式洗濯機を所有する権利が勝ち取った共同体すら存在するのだ。

権利とその行使混同している場合にはさらに深刻な誤解を生じている場合がある。それは本来天賦のものであるはずの権利が、何らかの義務を果たした際に貰えるご褒美としての権利である勘違いしてしまうことである

これは明確な誤りだ。

ドラム式洗濯機を所有する権利人類が生まれながらに持っている天賦の権利であり、何らかの義務を果たした対価として貰えるご褒美では無い。

疑問2はこのアナロジーの弱点ではあるが、それゆえにこの議論拡張する機会となると信ずる。

疑問2の状況はドラム式洗濯機を所有する権利が無い、または、制限されている状況であり、現代人類文明を知るものとしては深刻な人権状況にあると言わざるを得ない。残念ながら人類は未だにこの人類普遍、かつ、天賦のものであるはずのドラム式洗濯機を所有する権利を、真に普遍ものとすべく戦い続けている最中にあり、このような状況に陥っている個人はまさにこの戦いの渦中に身を置いていると言える。

疑問2.の深刻な人権状況を解決するには以下の方法が考えられる。

1. ドラム式洗濯機を所有する権利が認められている家に引っ越す

2. ドラム式洗濯機を所有する権利が認められるように家をリフォームする

選択肢1は時として亡命と呼ばれる手段である共同体においてあまりにもドラム式洗濯機を所有する権利否定する勢力が強大である場合には、その共同体から脱出して既にドラム式洗濯機を所有する権利を認めている別の共同体に移動することでドラム式洗濯機を所有する権利を獲得するのだ。

選択肢2は時として革命と呼ばれる手段である政治的手段、または、血によってドラム式洗濯機を所有する権利人類普遍、かつ、天賦のものである共同体に認めさせるのだ。

選択肢1と選択肢2が大きく異なることは留意したい。選択肢1.においてドラム式洗濯機を所有する権利を獲得するのは、あくまでも移動した個人に留まる。一方で選択肢2.が成功した場合には、その共同体所属する全ての個人ドラム式洗濯機を所有する権利普遍、かつ、天賦のものであるとして獲得することが出来る。

挑戦1についてだが、多くの人々はこの挑戦に納得してしまうかもしれない。しかし、我々はこの挑戦に納得してはならない。共同体安全確保は青少年健全な育成と並んでドラム式洗濯機を所有する権利制限するための表向きのお題目として利用される。

もしも我々がこのような制限を受け入れてしまったら、ドラム式洗濯機を所有するという神聖権利共同体においてはその存在すら認められなくなり、我々はドラム式洗濯機を所有することが出来なくなる。これは先人の血と努力を無に帰す行為第一歩であり、そして、基盤を失った現代人類文明が我々の手から零れ落ちていく過程最初の警告である

しかし、これは真に難しい問題であり、所有する権利が完全に制限されないようにある程度の規制は仕方ないと考える人々も当然存在する(例えば全米ドラム式洗濯機協会)。一方でいかなる規制すらも神聖なる権利侵害なのだから認めるべきでは無いとする立場の人々もいる(例えばドラム式洗濯機オーナーズ・オブ・アメリカ)。

いずれの立場を取るにせよ、我々は巧妙なお題目トラップに引っ掛かることなドラム式洗濯機を所有する権利人類普遍、かつ、天賦なものとして後の世代が甘受できるように守り抜いていかなくてはならない。

ここまで長々と駄文を書き連ねてきたが、人類普遍かつ、天賦であると当然に考えられているドラム式洗濯機を所有する権利であっても様々な挑戦や誤解によってその権利が脅かされていることをご理解いただけたのでは無いだろうか。

繰り返しになるが、我々はこのドラム式洗濯機を所有する権利を含む全ての人類普遍かつ、天賦の権利を後の世代に受け継げるよう守っていかなくてはならない。

2019-04-21

anond:20190421020319

法律用語を使いながら法学と無縁な議論を展開する人

いや、法律の側が日常用語から言葉をもってきて後から勝手に厳密な定義付けをしているのであって、別に法律的な意味合いでその用語を使ってるわけではない。

というパターンもあるでしょうよ。増田民馬鹿にしているのか。

(あるいは、何らかの比喩アナロジーとして使っているだけではないか?)

2019-04-15

anond:20190415095325

あー、女性学ってもともとそういう背景があるんだよ。もともと女性学ってのは、資本社会から労働階級解放、と、性から女性解放、のアナロジーが根強くあるんだよ。つまりマルクス主義的色彩が極めて濃いわけ。だから学問的というよりは活動的、って言われて然るべきところがある。ちなみにマルクス主義から女性学解放しようとしたのはかの田嶋陽子だった、って話もあるんだが。

2019-03-29

東大情理システム情報学専攻の放置&雑用系人気研究室で2年間過ごして

はじめに

 ブラック企業という言葉市民権を得てしばらく経ちますね。毎年、ブラック企業大賞なるものが発表され、だれもが聞いたことのあるような企業が名を連ねます。それに対し、ブラック研究室という言葉も有名なものの、どこの研究室ブラックだとかいった情報大学内部の学生でないとなかなか知りえないものがあります。ましてや研究室の内情は所属している学生しか分かりません。

 今回は、そんな研究室の中でも異質なケースとして、自分修士課程の2年間過ごした研究室の話をみなさんに紹介したいと思い、筆を執りました。必ずしも拘束時間が長く、人格否定を行うような研究室けが悪い環境ではないということ、メディアなどでよく見かけ、有名で人気な研究室が良い環境であるとは言えないということだけでも皆さんに覚えていただきたいです。後進の方々の研究室選びの参考に少しでもなれば幸いです。

研究室運営問題点

 初めに、研究室運営面について書いていきたいと思います

 第一に、とにかく人員が不足していたというのがあります。まず、先生(教授講師)はあまり研究室にいませんでした。先生たちは予算の獲得や大学内外の事務に追われるため、多忙になります基本的助教研究員博士課程の方が下の修士学士課程の学生の面倒を見ることになります。これだけなら普通なのですが、先生が後先考えずにどんどん仕事を受けてしまうことにより、プロジェクトに対して人間が足りていない状況が常に生じます。(先生曰く「断るの苦手なんだよね~」とのこと。)その仕事研究だけではなく、各メディア取材研究室見学など多岐にわたります自分研究室に配属されて一年は、講義を受けるほかに、(詳しくは後述しますが)研究室の立ち上げ用に物を発注したり組み立てたり、見学対応をやる日々で、ほとんど研究はしなかったように思いますさらに、月一くらいの頻度で(今はだいぶ減りましたが)先生のお友達を呼んで講演兼パーティーをやる準備や、先生の思い付きで増える仕事などに日々忙殺されていました。また、インターンアルバイトといった形で外部の学生を呼んで研究してもらうこともあり、その人達雑用をする義務はなくお金をもらいながら成果を出していたのに対し、学費を払っている学生雑用に追われるといった状況もありました。事務スタッフ教授所属している社団法人経理をさせられたり、共同研究先の企業から出向(?)の形で来てた研究員の方も、後述の巨大予算運営周りの仕事をやらされたりとひどい状況でした。

 第二に、新設の研究室で、研究を行う環境づくりをゼロから始めなければいけないことがありました。これは事前からわかっていたことではありましたが、自分想像以上の大変さでした。情報系の研究室なんて机と椅子PC発注すれば、あとは個々人の研究に応じて必要ものを買い足していくだけだろうと思っていました。しかし、先生方針で、リビングラボという生活空間研究室が融合したような形態ラボ運営することが決まっていたため、それを満たすような研究室の構築に修士最初一年は消えました。なぜ一年もこのようなことをしていたのかというと、9月ごろに先生とある巨大予算を獲得し、学生スタッフを増員するとの方針キャンパスを移動することに決まったからです。一度ゼロから作り上げた研究室をもう一度ゼロから作り上げることになりました。自分としてはキャンパス移動ですら最初に聞いていた話と違うので、とても不満に思いました。通学時間10倍以上増え、それだけでも大きな負担となりました。(授業は元のキャンパスでやることがほとんどで引っ越すわけにもいきませんでした。)

 このような状態でまともに研究が回るはずもなく、助教自分所属する学科・専攻で博士までとった唯一の人)はやめてしまいました。そこから、特任研究員の方に学生指導仕事が集中します。(本来、特任研究員助教とは違い、学生指導ではなく自分研究に専念するという名目雇用されます。)そして、社会人博士の方がその有能さゆえに研究室内の仕事を一手に引き受けこなしてくれたおかげでなんとかなっていた(?)のですが、当然彼らも自分研究は進みません。

 第三に、教授講師間でうまく連携が取れていなかったようにも感じました。二人とも物事放置・後回しにしたり散発的に進んだりと、計画性とは無縁の進行でした。ミーティングでもその場の思い付きのアイデアで話を発散させるばかりで収束には向かわず学生はどうしたらいいか当惑することが多かったです.

 さらに、二人の共感性の低さも研究室内の人間関係に大きくヒビを入れていました。特に事務の方々への接し方や飲み会の席(講師は酒を飲まないので主に教授ですが)での学生に対する発言は聞くに堪えないものがありました。(詳しくは後述)

 また、学内の期限(修論題目の提出など)を過ぎてから学生に通知したりと時間・期限に非常にルーズでした。そのことを詫びる様子もなく平然としている様子も腹が立ちました。その結果、学生事務員が期限を守らない印象を外部に与えていたのではないか懸念しています

 オーサーシップ周りに関しても不満が残りました。これは自分ではないのですが、大して面倒を見てたわけでもないのに、camera readyになって急に講師が「見るからオーサーに載せろ」と主張してくることがありました。 教授ゴーストオーサー常連からかそれには強く言わず結果的に受け入れられる形となりました。学生側としては教員陣の命令に背くわけにもいきませんしね。(この話に関しては、この研究室に限らず、分野としてそういう傾向があるのかなあと思います。他研究室の話は詳しく知りませんが。)

 このように研究室としての体を全くなしておらず、自分を含め最初3人いた同期修了出来たのは自分だけで、1人が休学、1人が留年という形になりました。(もう一人修了者はいますが、別の研究室がなくなった結果移ってきた人です。)

教授人格面との不適合

 次に、研究室の主である教授性格が合わず人間として尊敬できなかったということについて話したいと思います上司と合わないということはよくあることだと思いますが、よくあることだからこそ、記しておきます

 初めに、衝動的な発言暴言が多く看過できないということがありました。衝動気質に相まって、酒癖の悪さがそれを助長していました。例えば、論文を提出できなかった学生に対して「負け犬じゃん」といったり、昔自死した学生に対して「勝手に死んだんじゃん」などといったことがありました。(なお、これらの発言学生職員に窘められ即座に撤回しましたが、そう思っていたという事実は消えないと思います)。その他にも配慮のない発言が多くありました。

 また、自己顕示欲の強さとマウンティング(いわゆるイキり)が挙げられます。「君たちは潤沢な資金のあって、待遇のいいこの研究室に来てラッキーだ」などといった身内へのイキりを聞いた時は、上で書いたような現状に疲弊していた自分感情を逆なでするのには十分でした。また、自分は偉く、自分が言ったことはどんな無茶でも通ると思っているきらいがあり、無茶な予算申請事務の人を疲弊させることが多くありました。それにあきれ果てた事務の人が次々とやめることがあり、その結果事務仕事が逼迫することもありました。怪しい予算の使い方をしていて、機構の人に怒られたみたいな話を聞きました。大学に目をつけられているのはいわずもがな。

 内弁慶というわけではなく、外部の人間に対しても自分を良く見せようとしていることが多く、鼻につくこともありました。自分にはこのような先生の在り方が、いわゆる口だけの軽薄な人間に感じられてしまいました。いい環境を作りたいとは口では言いつつも自分は何もせず下の人間が苦労したり(「然るべきとき然るべき場所」というアイバン・サザランド言葉をよく引用しますが、これが「然るべき場所」なら笑止です。)、自分は人脈のハブだといいつつスタッフをなかなか引っ張って来れなかったり(前の大学にいるときこの業界で悪評が立ち、人が来たがらないとの噂)とあきれかえることが多かったです。他にも「教育が最優先」と口では言いつつも後回しにしたり、下の人間に任せているようなことなどとにかく「口だけの人間」というイメージです。隔月で1回20分ほどの面談教育したということなのでしょうか。

 専門用語拡大解釈して援用することで知識人を気取るようなスタンスが多く見受けられたのも癪に障りました。例えば、「インピーダンスマッチング」という、高周波電気信号の伝送路において、入力と出力のインピーダンス電圧電流で割った値で直流回路では抵抗にあたります)を合わせるという意味言葉があります。この単語力学などでも用いられます(こういった多分野に共通する背景理論研究しようという思想を持っているのが我が学科・専攻です)が、これを特に理論的背景もなく「折り合いをつける」くらいの意味で使って、さも各分野に精通している感を醸し出すことに長けていました。他には「バウンダリーコンディション」とかもありますね。微分方程式で言うところの境界条件です。これを前提・条件みたいな意味で使います。(こちらについては検索すると若干引っ掛かりますが。)これらにツッコミを入れた学生は以降食事会に呼ばれなくなりました。自分に媚を売らない用済みな人間簡単に切り捨てるようです。こういった拡大解釈した単語を用いてアナロジーを使い、自分の分野に話を引き寄せるのは上手いなと感じていて、知識がない人を煙に巻いたうえで自分の得意技を披露するのは、非常に参考になると思いました。

研究分野との不適合

 3つ目に研究分野であるHCI研究(と研究コミュニティ)との不適合について書きたいと思います。これは研究室自体問題というより、自分との相性の問題ですが、研究に着手できなかった大きな要因のひとつです。

 そもそも自分はどちらかというと、巨大で合ったり高性能であったりするものを着実に組み上げていくのが好きで、アイデア勝負だったり、プロトタイピングといった手法だったりが受け付けなかったというのがあります(同じような人のエントリ https://swimath2.hatenablog.com/entry/2018/07/30/205255)。

 また、この研究分野は、一見役立たなさそうなおもちゃのようなものに、理屈をこねくり回して正当化させるのが多いように感じ(もちろんすべての研究がそうというわけではありません)、興ざめししまったのも要因の一つです。元々内向的性格なのもあって、自我意識などに興味があり、ならば「人に興味があるということであり、工学的なアプローチで人の研究をやれるのはこの分野だろう」という薄い理由で選んだのもあって、この不適合はモチベーションに意外と大きく関わりました。学部時代の成績は良い方で(必要進振り点はそこそこの学科でしたが、コース内ではトップクラスと周りには言われていました)院試第一希望で通りましたが、勉強ができるということが研究できるというわけではないという言葉を痛感しました。ただ、この研究室を選ばなければ、自分ももっと研究が出来ていたのではないかと思い、研究室選択毎日後悔しています

なぜ回避できなかったのか?

 それではなぜ、このような大きな問題点が数多く存在しながら、この研究室に進学してしまったのでしょうか?

 第一に、自分所属していた学科は、院試卒論研究室配属より前に存在し(実質4か月で卒論を書かないといけないのです)、自分研究および研究室への適性がいまいちからないまま、修士で進学する研究室を決めなければいけないという点が挙げられます。(一応研究室に配属されてプチ研究のようなことをするのですが、研究室生活とは程遠いので参考にするのは難しいです) それに加え、卒論研究室修論研究室別にするという慣習があり、卒論配属後合わないから冬入試を受けようというのも難しいです。

 第二に、サークルの先輩(同じ研究室ではないです)にこの研究室を勧められたというのがありますサークル飲み会の時に、同じ分野で研究をしている先輩に、「この研究室はいいところだし、一期生として面倒を見てくれる」と勧められたというのがありました。当時は若く、盲目的に先輩の話を信じてしまいました。悪い噂が流れてこないなら大丈夫だろうと。それに先生記事ネット上で見たこともあり、先生研究科学雑誌を通して知っていたこともありました。学科内でも新設の研究室に関わらず人気があり、これは安パイだろうと考えていました。今考えると人気・有名だから自分にとっていい環境だろうと考えるとは愚かなことです。(ちなみに、この先輩はD取得後うちの研究室内定を蹴り、他の研究室ポストに就くそうです。)

 第三に、一番重要ともいえる点ですが、上でも書いた通り自分大学では新設の研究室で、情報が流れてこなかったというのがあります。今思えば前の大学OBの方などに話を伺うなどをすればよかったとも思いますが、学部勉強サークルに追われていてそこまで気が回らなかったし、回っていたとしてもする余裕まであったかわかりません。しかしながら、新設の研究室に進学するというのは大きなリスクはらんでいるということはもっとしっかりと自覚するべきでした。これを読んでいる方でもし新設の研究室に行くという人がいれば、もう一度自分選択をよく考え直してほしいです。

最後

 ブラック研究室といえば、拘束時間が長いとか日常的な人格否定などがやり玉に挙げられやすいですが、最近では放置ブラックなどという言葉も耳にする通り、劣悪な環境というのは色々な形で存在しています。また、他人にとっての良い環境自分にとっても良いとは限りません。トルストイ著作に「幸せ家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫)との言葉を残しています研究室も一つのさなコミュニティであり、同じことが言えるのではないでしょうか。これから研究室に配属される人には慎重に自分の進路を考えていただきたいと思います。このエントリを通して構成員がみんな幸せになるような運営に変わってくれると嬉しいです。

 文字数制限に引っかかってしまったのでコメント追記します。長文で申し訳ないです。

2019-03-18

anond:20190318164027

まあ結局はそうなんでしょうね。描く人もいれば描かない人もいる。私もただ一つの稚拙アイデアを持っているにすぎません。

ところでネズミアナロジーはあまりよくわかりませんでした。ネズミには羽はないけど、異世界転生・転移物語には現世界異世界があるので、現世界との関連がなければ「どうして?」となりえますネズミには羽がないので、羽がなくても「どうして?」とはなりません。むしろネズミはどうしてこんな色をしているの?と聞くようなものかなと思います。それを些細なことだという人もいれば、その問いはネズミを知るための一つの問いで、かつ重要であるという人もいるかもしれません。私は転移や転生が大きな舞台転換を扱わざるをえない以上、転換前後重要だと思うんです。せっかくそれほどの舞台装置を用意しているのに、それを活用しないなら、「どうして?」となってしまます

2019-03-06

anond:20190306094446

法律論よくわかってないのにイキリすぎで引くよね…。

粗雑なアナロジー振り回して混ぜっ返しすぎ。

筆頭のひろみちゅがアレだからいけない。

2019-03-05

合コンエントロピーの話したら引かれた

ふざけんななにが「難しい話だねー」だよ

エントロピーぐらい義務教育で習う範疇の内だろ

エントロピー好きだから閉じた系から開いた系を考えることで自然のさまざまなことがアナロジー化できてなんとまあ明瞭かつ美しくて、ジョブズが言っていたような点と点をつなぐ線を結べることの感動的な体験を語ったところでリアクション苦笑い首をかしげる程度で「すごいね」ってなんだそれ

2019-02-24

人と会話ができていないような気がする

最近、人と話をしているときに、リアクションが期待するものから大幅にずれていることが多いなと感じている。表層的な部分しか伝わっていないというか。似てるけどそうじゃねえんだよなあという感覚。軽んじられてるのかなと思ってしまう。

言ったことを別の文脈で捉えられてしまったりして、それは別に言いたかたことじゃないんだよなと感じてしまう。

逆にぼくが人の話を聞くとき「それはどういう意味の○○?」とか聞き返したりして、他の人は理解できているのにぼくだけ理解できてないことが多くなってきた。聞き返して意味が同定できれば理解はできるので、コンテキストの把握が普通感覚からずれてきてしまっているようだ。これのおかげで自分バカになってしまったのだろうかと感じることがとても多い。そしてなぜその把握の能力がずれてしまたかも定かではない。

ぼくが話すときは、よく言葉冗長性を持たせて、相手意思疎通ができているか明確にしている。ここでいう冗長性を持ったものというのは例示とか単純化とかアナロジーとかで、前論を補強する言葉だ。この方法を編み出してからは、とんでもない形で伝わってしまっているということはなくなった、ように思える。

ただ、それよりも困っているのは、人の話をどうやったらちゃんと聞けるかということだ。

よくよく考えてみれば、今までちゃんと人の話を聞いていたかというと、全然そんなことはなかったように思える。なんとなく聞いていてなんとなく理解していたのかなと思うとゾッとする。

たとえば映画なんかもそうで、マトリックス仮想世界の話というのは大人になってから知った話だ。子供の頃はなんかよくわからないけどカッケーという気持ちで見ていたように思う。なのでアクションシーンについてはよく覚えていた。大人になってみると、つまり人間ノード見立てニューラルネットワークかというふうにも認識できる。他にも新鮮な気持ちで観れるものがたくさんあった。

なので、ちゃんと聞くのは大事だなと思ってなるべく一言一句聞き漏らさないように聞くようにしている。ただそれが良くないのか、相手が何を言っているのかよく聞き取れないことが多い。今まで自分はどうしてたんだと思うぐらい聞き取れない。「すみません、なんて言いました?」と聞き返す頻度が明らかに上がった。完全におじいちゃん状態

から結局あんまり人の話を聞けていない。

そして不可解なことにたまにぼくは日本語おかしいと言われる。自分ではまったく日本語おかしいとは思わないけど、人に言わせるとおかしいようだ。よくわからないが「てにをはができてない」と言われることが多い。個人的には、できていないことはないと思っているので、具体的にどこがと指摘されないことには直しようもない。

そういうわけで、ぼくはなんというか、日本人コミュニティから離れた場所ふわふわとしているような状態にいる気がしてならない。どのようにすれば会話が円滑に進むだろうか。

2019-02-05

駄目人間、屑人間存在価値について

平易に考えれば、それらの人間には存在価値がないようにも思われる。

しかし実際にはそれら人間にもその存在価値がある。

此処で重要なのはアナロジーとしてDNA構造を当て嵌め鑑みる事。

DNAには「ジャンクDNA」と呼ばれる、ゲノム上の機能特定されていないようなDNA領域がある。

なぜ「ジャンクDNA」なるもの存在しているのか?

その存在理由について。

ひとつの仮説によると、『それらはそもそもジャンクDNA」が存在している事それ自体意味がある』というものある。

どういう意味かといえば「ジャンクDNA遺伝子の損傷と有害変異に対する保護的な緩衝領域としてはたらく」ために存在するのだという。

これを駄目人間、屑人間存在価値について当て嵌め考えれば結論シンプルであり、

要は、まともな人間をまともである確立させるために、駄目人間、屑人間必要だということである

同時に、ほんとうに必要な人を選別し、隔離するという意味においても

2018-11-29

分かりやすい話って誤解を生みがち

行動生態学における、「性的嫌がらせ(sexual harassment)」という用語が、生態学界隈をちょっと騒がせている。
(中国でのヒト受精卵のゲノム編集の話の方がよっぽど事件だと思うんだけどなあ)

この言葉自体には問題がなくて、「いわゆるセクハラ」とは別次元定義ちゃんと与えられているっぽい。
でも、プレスリリースなどになった時、語弊があるかもしれないと。
で、皆様、適切な意見を述べてらっしゃるのですが(皮肉でなくちゃんとした議論がなされている)、ちょっとお待ちいただきたい。

生態学自体に、ちょっとキャッチコピー多くないですか?
概念の厳密な定義用法コントロールってちゃんとできてるのかな?
学問自体見直し必要だったりしないですか?

生態学って、学会発表タイトルがかなり自由っぽい。もちろん、お堅いタイトルもたくさんあるけど、かなりキャッチータイトルが並ぶ。
http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/index.html
個人の感想だけど、理解やすいように、人間にとって身近なものへのアナロジー使用しているものがいくつか見受けられる(証拠なし)。
まり人間以外の生き物に関すること」を「人間に関すること」に例える方法だ。

これはすごく強力で、専門分野のややこしい内容をすっ飛ばして、親しみやすい身近な内容に訴えかけられる。すごく分かりやすい。
極めて雑に例えると、動物番組で、ワンちゃんアテレコがつくあれみたいな感じ。ワンちゃん脳内の神経回路の発火から行動まで、人間のそれらとどこまで合致しているかをすっ飛ばして、とりあえずワンちゃんが人語を喋る。

たぶん、この方法や他にもある強力なキャッチコピーに乗っかって利益を受けてきた部分が結構あると思うんだ。それ自体咎められることでは決してない。
だけど、その分の対価を払う必要はきっとあるよね、とTwitterを眺めてて思いましたとさ。

2018-10-22

ビデオゲーム業界 どうしてその用語になったのか不思議言葉(追有

ビデオゲームの進行で区切りとなる単位。登場している敵をすべて倒すなどすると次の面へ進む。

(以下追記ブコメから

参考リンク

ヒットポイント

キャラクターが持つ指標。体力のアナロジーになっており、ゼロになると死んだり行動不能になったりする(プレイヤーキャラクター場合残りが1つ減ったりゲームオーバーになったりする)

TRPGではすでに「HP」の呼称が使われていたとの指摘あり。

ゲームオーバー

ゲームの進行が終了すること。アーケードゲームにおいては1クレジットで遊べる状態が終了し、さらに遊ぶにはクレジットを追加する必要がある。

(これに関しては、「なぜ『GAME IS OVER』ではないのか」という考察ウェブ上に複数あると思う…と検索せずに書く)

1up

プレイヤーキャラクターの残りが1つ増えること。「増えること」を「up」と表現した最初ビデオゲームはなんだろうね?

説明適当です

(参考:https://anond.hatelabo.jp/20181022115008

2018-10-21

言葉を持たない」「白いカラス」みたいな、文字通り解釈はできないけどある程度の常識のある人なら理解してくれる有名なアナロジー言い回しを悉く文字通りに捉えてしまい、そうかと思えば文字通り解釈できる言い換えをしても「そんな話はしていません」「話をそらすな」の一点張りで、まったく話を聞かず、二言目には「私が正しい、QED」の繰り返し。

こう言う人間インターネットだけじゃなくて現実存在してるんだよな。恐ろしいし、どうしたら良いやら。

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

2018-09-13

論理的思考が出来ない人に、論理的思考とは何かを別の手段説明できる人は賢い。

頭のいい人にとっては、当たり前なことなのかもしれない。

最近になって、アナロジーロジックではない。

論理的な回答とは、演繹的な回答である

類推での回答は似たものを当てはめただけである

類推での回答は、論理的ではない。

  

世間一般の人は、論理的な説得では動かない。

情緒的な部分に訴えた方が、話が早いときがある。

損得に訴えた方が、話が早く行動に移してくれることがある。

そんなことを学んだ。

  

2018-09-07

anond:20180906152113

周波数変動で停電」の雑な説明

漫画は描けないのでアナロジー説明してみる。

今回、全体として起きたことを簡単に書くと、

である

「でもなんで全部止まるの? 全部の発電所被災したわけでもないのにおかしくないの?」

という疑問が出る。

だらだらした電力網の説明

簡略化すると、

が電力網の基本。

  • 東日本発電所だと、発電機は1秒に50回、回転する。これが周波数50Hzという意味。これを交流モーターを繋ぐと1秒に50回、回転する。
    • ※本当は違うが気にするな
  • 発電機を回すのに必要な力は、家や工場で消費している電力の合計で決まる。たくさん電力を使うほど、発電機を回すのに力が必要になる
  • 逆に、あまり電力を使ってないと、発電機を回す力が弱くても回るようになる
    • ※本当は違うが気にするな
  • なので、たくさん電力を使っているのに同じ力で発電機を回そうとすると、ゆっくりしか回せなくなる。
  • 逆に、あまり電力を使ってないのに同じ力で回そうとすると、ブンブン高速で回ろうとする。
  • 1秒に50回のところが49回しか回せない、とか、51回回ってしまう、とかになると、機器がぶっ壊れたりして大変な事になる。
    • ※本当は違うが気にするな
  • そこで、どこの電力会社でも「中央給電指令所」というところが、作っている電力と使われている電力を常時監視している。
  • 電気が足りなくなりそうだったら新しく発電機を動かしたり、近所の電力会社から買ったりする。
  • 電気が余りそうだったら、発電機を止めたり、近所の電力会社に売ったりする。
    • ※ここは本当


今回起きた大規模停電は、電力が足りなくなった。つまり

が原因で起きた。この時に何が起きるかというと、

  • 発電機を回すのに必要な力がどんどん増える。発電機が1秒50回転するところが、49.9→49.8→…と段々遅くなっていく
  • これを放置するといろんな物が壊れて大変なことになるので、どの発電所も、回転が50Hzからズレすぎると、強制的に発電を止める装置が付いている
  • 全力で発電しているときに、どこか1個でも発電機が止まると、その発電機負担していた分を、他の生き残りの発電機で背負わないといけなくなる
  • 当然、そんな余裕はどこにもないので、各地の発電所で次々に「強制的に発電を止める装置」が働き、ついに全部の発電所が止まってしま
    • ※本当は違うが気にするな

ということが起きた。

対策、あるいは机上の空論

じゃあどうすれば停電を止められるかというと、一応、対策はある。電力が足りなくなりそうだったら、先手を取って一定地域停電させて、そこに送っていた電力を節約すればよい。

まり東日本大震災後の計画停電である。もちろん、あれだけ準備期間があっても大変だったのに、夜中にいきなり地震が起きて、発電所送電線もその他いろいろもダメージ受けてて、何ができるかも何が起きるかも分からない状況で対策しろって、それは無理。

また、逆に停電させた量が多すぎると、今度はさっきの逆、

  • 発電機が急に軽く回るようになって、回転が50.1→50.2、とか早い方向に行ってしまい、やっぱり「強制的に発電を止める装置」が動くことになってしま
    • ※本当は違うが気にするな

この現象は大規模停電のあと、発電所を立ち上げていくときにも大きな問題になる。

まあ立ち上げの話は長くなるので省略。点検とか点検とか点検とかとにかく大変。

2018-07-31

アメリカの対物性愛者の中でも銃性愛者は

今、愛する対象全面的社会から消え去るか(それかアンダーグラウンドに潜る)、ギリギリ表に残るかの瀬戸際だよね。

銃って異性愛者の間ですら性愛アナロジーでよく引き合いに出される存在から、銃の対物性愛者の愛は計り知れない。

愛する対象がみんなに迷惑をかけるものからという理由で奪うのは、自分自身が愛する対象危害を加えるから禁止されるよりもつらいものがあるよね。

2018-07-20

anond:20180720233526

あ、何か生まれるってことのアナロジーなら、、、

扁桃腺がそれに該当するゾ

全ての人というわけじゃないが、扁桃腺の台座で膿栓がはぐくまれから

2018-05-12

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1805/12/news008.html

ボールは行動で反射は評価や対価を含む応答でしょう。共感はしないがなんのアナロジーかは明白だ。

ですが

だとしたら壁がボールをぶつけてくるレベル

という評もあるくらいだし

「なんのアナロジーか」表層ではそんなのみんな分かってんじゃないのって感じ。

でも・・・ってところでつまずいてるはず。


また投球が行動で、壁は社会、反射したボールはその結果とも言えるでしょう。

明白に決定するアナロジーはそうそうないと思います

こうでもしてればあるいは・・・という感じです。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/miyashitajunya/20140708/20140708214633.jpg



http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1805/12/news008.html

自己評価が低いひとのめんどくさい心模様」と題して投稿

この漫画問題解決ではなく共感目的としているようなので

共感はしないが

のなら作者の投球行動の結果、ボール明後日の方向に飛んでいったものと思われます、この場合

2018-05-08

anond:20180508090502

アナロジー

関係ない別のジャンルのものからいろいろ持ってくる

さっき食べた朝飯をビルにしたらどうなるとか

2018-04-24

anond:20180424153139

主人公能力拡張手段としてロボットが使われる。

普通少年が、大きなロボットに乗ると、人としての力を超えた力を手に入れて、それこそ少年の力では成し遂げなられないことを成し遂げていく。

俺tueee系ラノベと一緒だ。

元の主人公のの平凡な知識能力異世界に行くことで異能性をもって拡張されるのと同じことが、ロボットに乗るというモチーフと、アナロジー形成しているんじゃない?

そういう意味では、敵の存在とは、拡張された能力を、際立たせるための添え物に過ぎない。だから敵の目的やら、意味なんかどうだってよい。

2018-04-08

インターネットを天下の往来に喩えるな

とゆー話になるんだよな。

昔は「ホームページ」の誤用からウェブサイト=家」というイメージが定着していて、

それを打破するために「ネットは家じゃなくてたくさんの人が集まる公共空間だ」と逆張りをしはじめたのが「ネット往来論」なんだけど、

どう考えたってサーバードメイン個人サイトブログSNSだって個人場所が割りあてられるアナロジーなんだよなあ。

ネット往来論」って要するに「ネットに書いたことは全世界の人に向けて書いていると思え」という趣旨なんだけど、

常に「全体に向けて喋ってる」ことにして「フォロワーに向けて喋ってる」ことを否定するんだったら、いったい何のためのSNSなんだと。

まりこう考えればいいんだ。

インターネットには無数の個人空間存在しているが、そこには監視カメラが仕掛けられていてその映像が全世界に公開されているんだと。

これだって別に無責任な行動が許されるわけじゃない、個人空間内でも殺人すれば逮捕されるし、その責任は問われるよ。

それに、個人空間から顔を突き出して天下に向けて語ったりすることもある。いまみたいに。

ただ「Twitterに書き込むということは天下の往来で大声で叫んでいることと同じなんですよ!」みたいなウザ絡みはやめてねってだけ。

2018-03-30

anond:20180330152040

人生は一回ポッキリだから、みんな先のことが分からなくて不安なのですにゃ。

から人間様はアナロジー未来のことを予測しようとする習性があるのですにゃ。

ねこは生きてる間に8回くらいは死を経験するので共感できないのですにゃ。

2018-02-22

anond:20180222142813

精子の性能と、精子もつゲノムの関連性は明らかでない。精原細胞細胞質を共有していること、さらヒストンがプロタミンに置換されることで新規遺伝子発現は高度に抑制されることから運動性の高い精子から優秀な個体が生まれるという仮説には疑問の余地がある。ついでにいうなら、精子もつ遺伝情報個体構成するには不十分であるということも、この論を否定する材料になるだろう。また、受精プロセスにおいて、必要精子は一つではない。卵丘細胞-卵子複合体を突破して透明帯に到達するには、少なくとも1000個の精子必要であると考えられている。受精競争社会での競争比較するアナロジー個人的には嫌いではないが、その本質競争というよりはむしろ協力といえる。結論として、増田が優れた精子からまれたという主張が仮に真実であったとしても、だから水泳が得意だというのはおごりでしかない。優れた競泳選手競争の中で成長できることを知っているか謙虚ものだ。北島康介選手名言を紹介しておく。

 

気持ちいい!超気持ちいい!2004年アテネオリンピックにて

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