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はてなキーワード: 受験勉強とは

2018-11-19

anond:20181119015422

追記:自分の娘を「負け組」というのはやめよう。私もかなり投資してもらった割に不出来な娘だけど、そんな風に親に思われていたと知ったら泣くわ。

娘さんだって、一人で受験上京したのも、受験勉強も、かなり努力したと思うよ。

2018-11-10

anond:20181110133619

受験勉強他人の足引っ張るなんて関係ないでしょ。自分自身勉強と一人での試験でやるものなんだから

ただ、他人のおもいやりが熱いというのは、翻せば、厳しいことを言われない、言わないのが当然。

一方起業する奴なんて当然プライド承認欲求が強いやつなんだから厳しいことを言われたくないし、

いえばこちらの落ち度を見つけたら自分商売そっちのけで足引っ張ってくる。というのは正しいかもね。

から起業を取り巻くヤツ全員よくよく見たらニコニコしてるが全員見放してるなんてのある。

日本人の基質として、他人承認欲求を重んじるというのはあり、それゆえに承認欲求肥大した奴が生まれやすく、故にスタートアップスタジオはうまく行かないと思うが、

受験勉強関係ない。

2018-11-07

え?英語ぐらい普通に話せるだろ?

受験勉強英語やらなかったの?

2018-11-06

義弟のこと

ここのところ義弟の成績が芳しくないということでたまに勉強を見てる

それで気がついたのだが、彼は勉強してる時にいつもいつも眠そうである

もともと全教科的に勉強が苦手でも嫌いでもないタイプなのに、問題解いてる時にちょっと目を離すとうたた寝している

そういうときは窓を開けたり一回外に出てもらって深呼吸してもらったりしてるが、その効果一時的

かと言って仮眠を取らせると本来勉強する予定だった時間全て寝てしまうのでそれも難しい

夜、何時に寝てるの?と聞くと23時頃とのこと

起床は7時過ぎというから睡眠時間は概ね8時間といったところか

同級生と比べれば寝てない方ってわけでもないだろうが、10代ならもう少し寝たほうがいいんだろうなあ

22時までには寝るようにと言ってはみたものの、学校終わってから受験勉強し、日々の宿題も少なくなく、その後家家事を手伝い、風呂に入ったりなんやかんやしてるとそれも厳しいのだろう

もっと寝させてあげたいが家庭環境もあるし、どうすればいいのやら

不憫

2018-11-04

格好いいツイート


僕は基本的に純ジャパニーズで、受験勉強なんかで英語勉強して、大人になってから英語習得して、>うんうん。

まあ、それなりにビジネスレベルだし、>わぁ、英語話せるなんてすごい!

バー英語で軽口叩くぐらいのレベルまでは達したが、>バー英語で軽口叩くなんて村上春樹みたいでクールね!

観察すると大人になってから勉強語学マスターできるヒットレシオは著しく低い。>ヒットレシオ?が著しく低いのに、英語習得したあなた特別なのね!素敵!

https://twitter.com/kazu_fujisawa/status/1059028961693335552

2018-10-30

人間必死になると違うってセンターで学んだ

今まで英語以外は人並みの成績で、結局それにずっと甘えてた俺は夏まで受験勉強をしなかった。

でもこのままではだめだ。

必死毎日8時間勉強した。定時退社の神とは私のことだ。

センターでは30程度しか取れなかった数学IA.

本気を出し必死勉強した結果

69点をとった。

当社比二倍を超えた自分の才能に私はただただ震えた。

奇跡はそれだけではなかった。

全国平均点を見た時私の周りの世界ヒカキンで満たされた。

ヒカキンヒカキンティービ、エッビッデー。お前は一人じゃない。」 

平均は69点。

そう、日本全国の高校生はこの類まれなる俺の実力と同じものをもっていることがデータで示されたのだ。

この圧倒的に明晰な頭脳と才能を持った高校生は私だけではなかったのだ。

当時の日本高校生が私に匹敵する才能をもっていたのだ。

私は、ただ大和民族の才能に打ち震えた。

打ち震え、ふるえ、ふるえた。

結果出来たのが西野カナの会いたくて震える

であり、

私はユーチューバーになった。

2018-10-26

俺の人生を歪めた奴に責任を負わせたい

ここでなら働いてみたいって思える企業をやっと見つけた

でもネット情報を集めたり、そこで働いている人の話を聞いたりして分かったのは、どうやら僕の大学からその企業に入るのはほとんど不可能だということだった

から努力しても、どうあがいても無理らしい

そうだよな、受験勉強頑張らなかった俺が悪いんだよな。今さらだよな。自己責任だよな

そもそもなんで受験勉強しなかったんだろうな。ずっと学年でも1位だったし、中学のころから偏差値65下回ったことなかったし。確か、人間関係のいざこざでクラスから外されて、一年くらい誰とも話さなくて、そこでおかしくなってしまったんだっけ。勉強無意味に思えてしまった。そうだな、どうでもいいことで俺を外したあいつらの責任なのかな。いや、あそこで周りを気にせずに勉強しなかった俺の心の弱さが悪いのかな

そもそもあの学校に入らなきゃよかったんだよなぁ。親の希望で入ったんだっけ、確か。じゃあ親が悪いのか

あっ、でも親に聞かれて何も考えずにその学校に行くって言った小学生の俺が悪いんだよな。あそこで行かないって言えばよかったんだな

俺は、いつの、誰を、責めればいいんだろう

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

2018-10-06

死ぬほど勉強して何とか東大に入った人が羨ましい

自分京都という一地方駅弁大卒なので、割り引いて聞いてほしいんですけれど

そんな、たか受験勉強などに死ぬほど努力できるってのは物凄いことだと思うんですよね

うその一点がただただ羨ましい

自分にはそんな能力無いですから

真剣勉強するでもなく、寝て起きて学校行って、友達とダベッて、帰宅してゲームして寝る感じでしたか

死ぬほど受験勉強できるっていうのがもう、理解範囲外というか、アスリートがめちゃくちゃ努力している姿と重なって見えるわけです

そういう人って素直に羨ましいです

2018-10-01

anond:20181001022514

古典どころか現代文もやってないの?

読解力0でやっぱお前国語大人しくやっとけって感想しか出ないんだけど

いい大学で学びたい意思がある場合高校でやる事は受験勉強だよな?

はいセンター受験の科目見て?共通なんちゃらだっけ?どっちにしろ国語あるよね?

じゃあ古文漢文やらなきゃダメでしょ

次に高校受験予備校ではなくてある程度の一般教養を学ぶ場所として考えた場合

そんなんどの科目も一律重要でしょ

受験進学関係ないんだから

お前は高校数学高校物理受験進学せずにどんなシーンで使えると思うんだ?

それは高校国語古典より頻度多い?

2018-09-27

ぼっち大学生マゾヒズム

リア充がいうリア充恋人いるかどうかで、非リア充のいうリア充リアルが充実しているかどうか。

なんてことを書いてるように私は当然非リア充側。リアルが充足している感じがしない。諸々で大学1年間を棒に振った所為が大きいけど、多分それがなくてもコミュ障さと無駄プライドの高さで退屈な大学生活を送ったんだと思う。同級生恋人作ったり部活やったりバイトやったりで充実しているように見えて自分がみじめ。こちとら学部に知り合いすらほぼいないし恋人なんていないし、そもそも恋愛土俵に立つべ人間じゃないと思ってるし、受験勉強以外に大した能力があるわけでもないし、ないないづくし。サシ飲みなんてしたことない、デズニーも行ったことない、大学友達と何処かに遊びに行ったこほとんどない、宅飲みとかしてみたい、オールもやってみたい

自分がみじめで、可哀想で時々夜になると泣けてくる。(お酒片手に夜中徘徊してたけど親に止められた)でもこの状況を抜け出して、リア充だなって自分で思えるように本当になりたいのかと言えば実は違うと思う。多分、私は自分可愛さに泣いている。可哀想自分かわいいからどうしても泣けてくる。本当にどうしようもない。どうしようもないけど、きっと私はどうしようもない私がこれ以上なく好きなのかもしれない。

2018-09-26

若者権威主義なのはコスパ重視だからだろう

最近は様々な人間権威主義だと批判されるものだ。

特に若年層が権威主義になっているのではないかという指摘がある。

ウェブを見てもそうだし、現実偏差値の低い大学に通う人間を見ても高学歴とされる人間と話てもなにか権威主義的なものを感じる。

久々に自分の通う低偏差値大学底辺学部に行った。

夏休みが明けてからのはじめての大学であった。

なんとなく学生服装を見て思うのは、自己表現というものではないだろうというのを感じる。

別に単に着ているとかもあるが、どこか世間というものに媚びたものが多い。

性的魅力などを如何に出すかなどだ。

わが道を行くというのではない。

そこからも、権威主義なのかなぁというものを感じるものだ。

結局の所、現代というのはコストパフォーマンスというものを重視しているのだろう。

変に政治やらの知識をつけたところでモテるわけでも顔が良くなるわけでもない。

如何に世の中に適応するかというのが問われるのだ。

コストパフォーマンスがよいのは、その時その時に変わる権力者に上手く媚びて加護を受けられるかというのを考えることなのだ。

最近自分は仕方なく就職先も進学先もないなかで無給インターンをやっていた。

高学歴な女がいたが、彼女他者との様々なやり取りや行動を見て思想などなくなんとなく権力に適合できる人間だと感じたものだ。

高校時代にも高校ライフ運動受験勉強も上手くこなして難関校に受かっていった容姿の良い人間などを見たが彼らも正直何もない人間だった。

ただ、要領はよく頭も良いために人生はうまくいくのだろう。就活だってうまくこなしたはずだ。

彼女も似たような人間ということだろう。

それが上手く人生を送れる効率化された人間なのだろう。

一方の自分就職先も進学先もない。

偏差値大学色物学部にいる顔も頭も良くない人間というのは、どうすればいいのだろうか。

からなくなる。

卒業論文と同時にラノベプロットでも書いているがもうダメだ。

2018-09-25

Google Adsenseに「合格」って何?

Google Adsense登録するのっていつから受験勉強必要になったの?

申し込めば使えるだろ。

https://www.kobedzmint.com/entry/google_adsense

小馬鹿にしています

大学4年生の9月終わりに就職先も進学先もない憂鬱

正直、憂鬱な日々だ。

大学4年生なのに就職先も進学先もないということが重い。

卒論が進まないのも精神的な圧力になっている。

また、様々な事情で無給インターンをやっているが、どうやって辞めようかというのも頭を悩ませる。

色々あってあまり良い辞め方にならないのが確定しているのが精神を蝕む。

どうすればいいのか分からない。

思い返せば自分中学高校の時から、いや小学校の時から体育というものができなかった。

教え方が悪いというよりも体の動かし方がまずおかしい。

体育も受験勉強も出来た人間は要領よく、就職もこなしている気がする。

何もかも自分習得できなかった。

よく社会学校関係ないというが、学校の延長線上が社会なのだろう。

進学も就職も低偏差値大学色物学部から色々と詰んでいる。

ただ、親などから圧力はない。

小金があるからだ。

とにかくその優位性でどうにかしたいが、やり方がわからない。

2018-09-24

思想やら知識など要らない時代

自分大学生だが、思想やら知識など不要時代を生きているのではないかと感じる。

周りの大学生を見ていると何となく感じるのだ。

現在自分は居心地が悪い無給インターンをやっている。

交通費以外は出ないし、シフトを入れないと微妙雰囲気なるので辞め時を探っている。

そんなインターンにいた高学歴人間と話したり、行動を見て思うのだ。

思想やら知識など不要時代だということを。

彼女自分記念受験をして落ちた大学に通っている。

一方の自分は、低偏差値大学底辺学部にいる。自分学歴コンプレックスをこじらせるものだ。

ただ、どこまでも彼女内面というものは薄い。

彼女常勤人間がいる飲み会で、別の人間大学で何を勉強しているのかというのを自分ではない人間から聞かれたときに何も答えられなかったのだ。

彼女擁護したい人は頭がいいか内面を隠すための行為対立を避けるためだとかアレコレとアクロバティックなことを主張するだろう。

ただ、趣味ゲーム実況を見ることだとかいう風には述べていたのだ。

対立を避けるなら、それも答えるべきではなかっただろう。恐らく、彼女はそこまで深くは考えていない。

恐らく、思想やら知識など不要時代に適合した「要領の良い人間」なのかもしれない。

高校時代にもたくさんいた。

体育も受験勉強もうまくやった、容姿の良い人間というのが。

彼らは何処までも消費的だったし、思想知識に関心があるようではなかった。

ただただ、うまく適応していくというのを成し遂げた。

恐らく、就活も良い会社から内定を得ているはずだ。

彼女もそういう人間の一人なのかもしれない。

それは当たり前なことで、知識思想があってもモテるわけでもなし、就職に有利になるわけでもない。

ペーパーテストで点数を取って上手く楽しく生きるのが大切なのだろう。

現代産業構造というのは、基本的に人とうまく接するというのが重視される。

思想やら知識などではなく、うまく何となく対立などせずに適応できるタイプが重視されるのだ。

そういう風に優秀故に自然となったのだろう。

現代政治というのも、要領よく長い物には巻かれようとする彼女たちの姿勢が影響しているのだろう。

彼らは如何に上手く、その時の環境権力者適応するかを考えるのだろう。

一方の自分は頭が悪く、体も悪いためそうなれそうにもない。

大学回生である就職先も進学先もない状況だ。

どうすればいいのか。

もしもおれがいじめられてなかったら

小学校の3年生くらいか中学校の2年生まで、軽くいじめられていました。なぜ中学校2年生でいじめられなくなったかというと簡単で、おれが学校に行かなくなったからです。いじめられていた理由不明。まあいじめに理由なんてある場合のほうが少ないと思うけど、多分態度が気に食わないとか、顔が嫌いとか、みんなやってるからとかそんなところだと思いますハチを食わされたとか陰毛燃やされたみたいな壮絶な体験ははっきり言って無いです。無視された、遊びに誘われなくなった、増田菌が付くとか言われて体や持ち物に触ることを嫌がられた、影で悪口を言われた、直接悪口を言われた、女子からキモいとかなんとか言われた、更衣室に引きずり込まれて一発ぶん殴られた、部活で一発ぶん殴られた、その程度です。おれは死にたいと考えることがまったく無い人間らしくて、そういう目にあっても自殺を考えることはありませんでした。とはいえ多感な時期の中学2年生ですから学校行きたくないと考えるようになるのは当然です。学校苦痛なのでインターネット友達をつくりました。どう考えてもインターネットのほうが楽しかったのでネットに没頭し、中2にして寝るのが午前4時とかそういう日も珍しくありませんでした。当然朝起きれない日が出てきて、ちょっとずつ休むようになっていって、そのまま夏休みになって、宿題なんてまったくやっていなかったので夏休みが明けても学校は数日しか行けませんでした。周りが学校祭に向けてちょっとずつ団結しているのにおれは学校をサボって何をやっているんだと思い、なんだか居心地が悪くなって、どんどん学校から遠ざかっていきました。周りも多少は気を使うので、おれがまったく学校に行かなくなる直前には、あからさまないじめほとんどなくなっていたと記憶しています最初学校祭が終わるまでは行かないでおこうと思っていましたが、学校祭が終わってもとうとう学校はいけませんでした。インターネットインターネットで、おれ不登校になったんだ、なんて言い出しづらく、平日は普通に学校に行っているふりをしていました。学校には全然行かない一方で、学校に行く夢はよく見ました。3日に1回くらいは見ていたかもしれません。久々に学校に行って、自然に打ち解けて、長い間学校に行っていなかったから周りはやけに優しくて、なーんだ、怖がってたけど1歩踏み出せば受け入れてくれるんだな、なんて思って、明日から学校に行こう、と思う夢です。我ながら切ない夢です。まあこんなのははっきり言ってよくある話で、なんの面白みもない話です。15人に1人くらいはこういう経験あるでしょう。ハチを食わされたとか、自殺を考えたとか、本当に自殺しちゃったといった話と比較すればとても些細なことで、取るに足らない経験です。

不登校といっても引きこもっていたわけではありませんでした。親と一緒に小旅行に行ったり、近所のコンビニに買い物に行ったり、サイクリングに行ったりしていました。もともとそこまで壮絶ないじめにあっていたわけではなかったので、特に人間不信みたいなものになっていたわけではなく、外には出ることができました。ただ、昼間や夕方同級生と顔を合わせるのが怖くて、キョロキョロと警戒しながらコンビニなどに行っていた記憶があります同級生が居そうなので近所のでかいショッピングモールには行けませんでした。学校関係者はすべて恐ろしくて、小学校の頃からの友人であっても顔を合わせることができませんでした。1度、夕方自転車でどこかを走っていた時、「増田か?」「最近どうしてるんだ?」なんて、あまり仲が良くない人に話しかけられたときは、びっくりしてしまい、無視して逃げてしまいました。今でもよく覚えています

どうも周りは高校受験意識して真剣勉強しているらしいぞ、という時期に、おれはなんにも考えていませんでした。実家ぐらしなら月10万くらい稼げば元気にインターネットができるぞ、と本気で思っていたので、中学出たらどっかでバイトでもして適当に生きていくんだと思っていました。親が遠くの定時制高校を探してきてくれて、おれは学校にいい思い出がないので、そこですら行きたくなかったんですが、親がいけと言うので半ば強制的にそこに行くことになりました。親には本当に心配をかけて申し訳ないことをしたと思っていますし、心から感謝をしています。その高校受験の日、1個年上で、中卒で寿司職人をやっていたけど大変だからやめて高校生をやり直すために受験しに来ているという人に話しかけられて、おれたち絶対からないとな、なんて話をしました。受験が終わった日の帰り、親が運転する車の中で、もしかして中学校までが駄目だっただけで、こういう学校だったら友達が作れて楽しいんじゃないか、なんて思って、鮮やかな夕日を見ながらニヤニヤしていた記憶があります

高校は、バイトしたり資格をとったりしながら、まあバイトで稼げるお金なんてはした金ですし、高校で取る資格なんてほとんど役に立たないわけですが、社会に参加してまっとうにやっているぞ、という充実感を持って過ごすことになります高校ではとうとう親友と呼べるような人はできませんでしたが、今でも帰省したときには会うような仲のいい友達は何人かできました。中学ではみんなが敵だったのに、高校はいじめてくる人間は1人もいませんでした。いじめてきそうな気性の荒い人はいましたが、そういう人たちは何故か学校では1人で暮らしていたので無害でした。集団浅慮と言うんでしょうか、たいていのいじめは、複数対1人で始まるものです。そりゃあ人間人間執拗にぶん殴るなんて異常事態は、1対1ではそうそう成立するものではないんでしょう。そういえば、結局、あの寿司職人の人は学校で1度も見ませんでした。名前を書けば受かる高校なので落ちたとは考えにくいです。事情があって入学をやめたんでしょうか。一緒に高校生活を送ることができなくて残念です。

高校担任が、4年制大学に行くと生涯年収がだいぶ違うぞと言っていたので、高校2年の冬からなんとなく受験勉強を初めて、結局、隣県の国立大学工学部に受かりました。国立と言っても、国立大学の中では下から数えたほうが圧倒的に早い、ランクの低い大学です。例を挙げるなら山口大学みたいなところに行きました。この前偏差値を見たら50行っていなくてびっくりしました。でも学費私立3分の1ですし、田舎なので家賃も超安いです。みじめな夢を見て、同級生の目に怯えながらこそこそと暮らしていた頃を思えば、国立大学に入れただけで御の字です。合格発表の日は本当に嬉しくて、母親なんて泣いちゃっていましたよ。大学では親友と呼べる人が何人かできて、同じ学問を修めようという人たちですので話も面白くて、とても楽しい日々を送っています

そうして今、大学で3年間を過ごし、いよいよ来年就職か、という段階です。大したことない学歴ですが、ぺーぺーだった中学のおれからするとだいぶ努力しましたし、親くらいしか評価してくれませんが、自分としては結構かいことを成し遂げたと思っています。でも中学の頃おれをいじめていた連中の中には、もっといい大学、例えば広島大学とか、北海道大学とか、早稲田大学とか、そういうところに行った人はゴロゴロいるんだろうな、と考えると、どうも釈然しません。彼らのことを恨んでいるかと言うとそこまででもないわけですが、彼らが行けたなら、おれにだって行けたんじゃない?って思うわけです。実際中学高校でコツコツ勉強していれば、現実的に考えて行けてもおかしくないだろうな、と思うわけです。おれ自体別に学歴厨みたいな人ではないですし、今の大学に不満があるわけでもないですが、彼らの中には自分より上等なことを成し遂げた人がいるんだろうな、という現実が、どうにも釈然しません。少なくとも彼らには、おれより2,3年は長く、コツコツ勉強するチャンスがあったわけで、もしその時間自分にもあったら、と考えずにはいられません。

大学に関しては別に今の自分立ち位置について悩んでいるわけでもないのでどうでもいいんですが、悩みといえば、コミュニケーション能力です。去年の冬に、お金がほしくて、温泉旅館住み込み短期バイトをしていたことがありました。当然同じ短期バイトの人が自分以外にもいて、どういう人かというと、都会の私立大学の、例えるなら明治大学みたいなところの学生達でした。彼らはハキハキしゃべって、おれ以外でどんどん打ち解けて、どっかに飲みにいこうぜとか、そんな話で盛り上がっていました。おれにはあんなところに割って入っていくなんてことはできません。ああいった集団と会話しようとすると、つい顔が引きつって、アッハイとか、ソデスネとか、そのくらいのことしか言えなくなってしまます普段はそうでもありませんが、たまに何かの間違いで陽キャラみたいな人たちと関わると、劣等感で押しつぶされそうになります田舎工学部でジメジメとした会話をするぶんにはなんとかなりますが、就職するとそういう人のほうがレアになることもあるわけで、今から就職活動や、就職した後のことが憂鬱です。おれのコミュ障はどこから来たんでしょうか。おそらく、先天的コミュ障なのか、長年いじめられた結果コミュ障になったのかの2択でしょう。その両方かもしれません。おれはいじめられていなければ、もうちょっとまともに、陽キャと呼ばれる人たちとコミュニケーションが取れていたのかもしれません。いじめられていなければ、人間付き合いが好きだったかもしれません。いじめられていなければ、女の子の目を見て会話が出来たのかもしれません。

女性だってそうです。中学生の頃は、当然好きな女の子がいました。でも学校に行かなくなったのでそれっきりです。結構好きだったのに残念なことです。高校大学ほとんど女性がいませんでしたし、女性と会話しようとするとつい緊張してしまうので、お察しの通りいい年こいて彼女というものができたことがありません。彼女がほしいなんていう願望すら、ここ数年で既に枯れ果ててしまいました。

いじめられていた当時は結構辛かったとは思いますが、その辛さも、実感としてはすでに忘れてしまいました。でも、こうした「いじめられなかったとしたら」という、どうしようもないifの話が、10年近く経ってもおれを苦しめます。本当にやるせない話です。こんなのは、どう考えても現実を受け入れてそれなりの人生を歩むしかないに決まっている話ですが、それでも、どうしても、いじめられなかった自分想像せずにはいられません。10年近く経っても苦しめられるんですから、もう10年経っても、もしかしたら死ぬまでこのやるせなさと戦うことになるのかもしれません。当時いじめていた連中に復讐してやるという気概があれば、まだ救われる話なのかもしれません。でも、いじめられていたときの苦しさと一緒に恨みも忘れてしまいました。

体育の授業の時に就職が出来るかは分かっていたのかもしれない

中学高校の体育の授業が大っ嫌いだった。

バレーボールやらというものではサーブすら入らなかったので舌打ちやらされたものだ。

一方で大抵の人間球技というものをそれなりに習得するし、受験勉強というものも要領よく得ていった。

思えばこの時期に色々と気づくべきだった。

というのも自分大学4年生になったのに就職先も進学先もない。

恐らく、なんでも要領よくこなした人間就職先は既に決まっているのだろう。

彼らに思想やらがあるわけでもなく、経済やらの知識自分よりはないだろうがそれでもテストは上手くこなして生きていけるのだ。

容姿良く、ペーパーテストをこなして、好かれて生きていけるのだろう。

一方で自分は醜く低偏差値大学色物学部で二進も三進も行かなくなっている。

そう思うと自分は虚しくなる。

恐らく、要領よく何かを得られるかなどというのは体育の授業で分かっていたのかもしれない。

まり就職ができるかできないかも体育の授業である程度分かったのかもしれない。

そうなるといろいろと高校の時から考えておくべきだったのかもしれない。

大学卒業した後の就職先やら進学先やらというのも。

偏差値大学色物学部にも行くべきではなかったのかもしれないなどとも思ったり。

親に小金はある。大学卒業が迫っているが、どうすればいいのかわからない。

2018-09-21

みんな真面目に働きすぎ

世間には真面目に働く人が沢山いて驚く。学生時代バイト先の店も、非正規なのに真面目に接客する労働者が多くいた。就職先でも、2次請3次受けのメンバー達がしっかりと成果を出してくれている。いずれの人たちも、年齢と労働時間に見合った適正な賃金を得ているとは思えない。(一応免責しておくと、私にはまだ契約周りの裁量権がない。)

一方の私は不真面目で、人生で頑張った事といえばそれこそ2,3年間の受験勉強と数ヶ月間の就活の思い出くらいしかない。しか受験は失敗し、第1志望とは程遠いランク大学妥協した。部活などもロクにやってこなかったので、面接では適当な嘘のエピソード披露してそれなりの会社に潜り込んだ。仕事も完全にやる気がないし、適当にこなしている。

私には、どこにでもいる普通人達がみんな真面目で勤勉過ぎるように見えてならない。正直何考えてるのか分からなくて恐ろしい。どうして?どうしてみんな、そんな条件の悪い仕事に懸命に従事しているんだろう?仕事が好きなのか?学生時代はその勤勉さをどこに向けてたんだろう。スポーツなどの活動に打ち込んでたのかな?なんかもっと、一発逆転とか狙いたくならないんだろうか。不条理さとか感じないのかな。本当に不思議だ。

2018-09-20

anond:20180920004408

いろいろ言いたいことはあるが、彼女に中身がないことを見抜けた君は偉い。

いくら受験勉強を頑張っても教養がないとファシズムフェミニズム区別もつかない。最近AO入試などで学力すらないのがもっともらしい学歴をまとい、コネで楽な仕事をしながら低賃金フリーターを見下し、激務のマスコミ小馬鹿にしている。

ひとつだけ彼女を誉めるとするならば、大学で何をやっているかをスラスラと答えたことだ。おそらくそれはでっち上げだろう。何も考えてはいないけれどやりたいことをはっきり言っておく。教養ではなくてただの処世術だけれども、その処世術すら知らないひともいる。

いろいろなもやもやはあるだろうけれど、とりあえず、彼女セックスすれば落ち着く。男とはそういうものだ。

2018-09-11

ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた

 小中は公立を出た。田舎に育ったので、レベルの高い公立校に行けない子がいく、レベルの低い私立高校を出た。で、適当に入れた私大入学した。その間、一切勉強しなかった。いや、一度だけ中3の一月に焦って受験勉強をした。もちろん間に合わず志望校は落ちた。が、少しだけ遅れて成果が出た。高1の夏の全国模試偏差値70を全科目で超えた。その後、全く勉強せず、遅刻サボりを繰り返して何とか卒業した。

 大学受験は家から一番遠いという理由だけで、大学を選んだ。入れた私大偏差値はたぶん50くらい。今は少し上がったらしい。

 中学の成績がいつも真ん中あたりだったので、自分偏差値50あたりの、いいかえれば「普通の人」だと思っていた。大学を出たあと、仕事を少しして、海外大学院を修士だけ出て、いま旧帝大博士課程にいる。その間、趣味でつくった文章編集者の目に止まるなどして、急に、環境が変わった。周囲の社会階層が上昇していって、いまは、いわゆる上級国民ばかりになった。友人たちは教授医者弁護士官僚大企業役員の子弟で、就職先は公官庁大企業ばかり。英語は出来て当然で、みなドイツ語フランス語もできる。ぼくは語学が苦手なので英語しか出来ない。あとはせいぜいギリシア語ラテン語辞書を使って読める程度だ。

 博士課程にいるが、学振に落ちたので、翻訳仕事などをして日銭を稼いでいる。先日、単身赴任から帰ってきた友人にあった。月収100万超の彼は飲み仲間で、バカ話をしては呑んで終わる間柄である。その中で、社会資本やら教育格差の話になった。なんとかしたいと思いつつも、何をどうすればいいのか分からない。

 大阪底辺中学校生徒の家庭教師をした友人いわく「家に本がない」子も多いと聞いた。当然、本棚もないのだろう。その家の子は、親からスマホの従量欲しさに殴られて、端末を取り上げられたこともあるらしい。

 大学全入時代というが、実際には、半分の人の選択肢しかない。偏差値など、その半分の中での曖昧な目安にしか過ぎない。しかし、そこに象徴される社会的分断は、想像しているよりも大きなものなのだ。たとえば「ラフマニノフ」と聞いて、ぼんやりとでも芸術関連のことばだと気付くか否かは、どうしても環境に寄るのではないか、と小説家の友人が言っていた。そうかもしれない。そういえば、ラフマニノフは一枚も持っていない。

 ぬるいオタクでもあるので、趣味仲間にはいろんな人がいる。それはすごく楽しい。同時に、恥をかくこともある。ネット仲間の知り合いで初めて会った人が「工場勤務です」というので、研究開発だろうと思って話していたら「ライン作業です」と言われてしまった。自分想像力の無さを恥ずかしく思った。

 親はよく「金がない、金がない」と言っていた。小4のとき引っ越してきた友人の家は金持ちだった。ずっと連絡していないが、誰もが知るPCサプライメーカー社長だった。また父親の友人に、趣味クルーザー釣りに連れていってもらったことがあった。父の友人には、ニューヨークの画商や官僚がいた。彼らに比べれば「金がない」という意味だったのだろう。たしかバブルの頃に、毎週、生け簀のある料亭で食べていたし、家にはマッキントッシュ真空管アンプが数台あった。祖父現金で、さらっと一億用意するのを見たこともある。ごく幼い頃の記憶だ。

 ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた。無論、何が普通かなどわからない。ただ努力をしないまま、適当大人になった。結果として自分が貧しくなることは覚悟していたが、それ以上に、社会崩壊していく速度のほうが速かった。社会資本がなんちゃら、教育資本がうんたらかんたら。ニュースで見かけ、たまに出会う、自分の「普通」とは違う人々について、チャラチャラと考える。何とか人の役に立てるようになれないだろうか。答えは出ない。

2018-09-08

社会資本教育資本が何ちゃらチャラチャラ

 小中は公立を出た。田舎に育ったので、レベルの高い公立校に行けない子がいく、レベルの低い私立高校を出た。で、適当に入れた私大入学した。その間、一切勉強しなかった。いや、一度だけ中3の一月に焦って受験勉強をした。もちろん間に合わず志望校は落ちた。が、少しだけ遅れて成果が出た。高1の夏の全国模試偏差値70を全科目で超えた。その後、全く勉強せず、遅刻サボりを繰り返して何とか卒業した。

 大学受験は家から一番遠いという理由だけで、大学を選んだ。入れた私大偏差値はたぶん50くらい。今は少し上がったらしい。

 中学の成績がいつも真ん中あたりだったので、自分偏差値50あたりの、いいかえれば「普通の人」だと思っていた。大学を出たあと、仕事を少しして、海外大学院を修士だけ出て、いま旧帝大博士課程にいる。その間、趣味でつくった文章編集者の目に止まるなどして、急に、環境が変わった。周囲の社会階層が上昇していって、いまは、いわゆる上級国民ばかりになった。友人たちは教授医者弁護士官僚大企業役員の子弟で、就職先は公官庁大企業ばかり。英語は出来て当然で、みなドイツ語フランス語もできる。ぼくは語学が苦手なので英語しか出来ない。あとはせいぜいギリシア語ラテン語辞書を使って読める程度だ。

 博士課程にいるが、学振に落ちたので、翻訳仕事などをして日銭を稼いでいる。先日、単身赴任から帰ってきた友人にあった。月収100万超の彼は飲み仲間で、バカ話をしては呑んで終わる間柄である。その中で、社会資本やら教育格差の話になった。なんとかしたいと思いつつも、何をどうすればいいのか分からない。

 大阪底辺中学校生徒の家庭教師をした友人いわく「家に本がない」子も多いと聞いた。当然、本棚もないのだろう。その家の子は、親からスマホの従量欲しさに殴られて、端末を取り上げられたこともあるらしい。

 大学全入時代というが、実際には、半分の人の選択肢しかない。偏差値など、その半分の中での曖昧な目安にしか過ぎない。しかし、そこに象徴される社会的分断は、想像しているよりも大きなものなのだ。たとえば「ラフマニノフ」と聞いて、ぼんやりとでも芸術関連のことばだと気付くか否かは、どうしても環境に寄るのではないか、と小説家の友人が言っていた。そうかもしれない。そういえば、ラフマニノフは一枚も持っていない。

 ぬるいオタクでもあるので、趣味仲間にはいろんな人がいる。それはすごく楽しい。同時に、恥をかくこともある。ネット仲間の知り合いで初めて会った人が「工場勤務です」というので、研究開発だろうと思って話していたら「ライン作業です」と言われてしまった。自分想像力の無さを恥ずかしく思った。

 親はよく「金がない、金がない」と言っていた。小4のとき引っ越してきた友人の家は金持ちだった。ずっと連絡していないが、誰もが知るPCサプライメーカー社長だった。また父親の友人に、趣味クルーザー釣りに連れていってもらったことがあった。父の友人には、ニューヨークの画商や官僚がいた。彼らに比べれば「金がない」という意味だったのだろう。たしかバブルの頃に、毎週、生け簀のある料亭で食べていたし、家にはマッキントッシュ真空管アンプが数台あった。祖父現金で、さらっと一億用意するのを見たこともある。ごく幼い頃の記憶だ。

 ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた。無論、何が普通かなどわからない。ただ努力をしないまま、適当大人になった。結果として自分が貧しくなることは覚悟していたが、それ以上に、社会崩壊していく速度のほうが速かった。社会資本がなんちゃら、教育資本がうんたらかんたら。ニュースで見かけ、たまに出会う、自分の「普通」とは違う人々について、チャラチャラと考える。何とか人の役に立てるようになれないだろうか。答えは出ない。

2018-09-07

社会不適合者の呟き☺︎

こんなサービス存在しているなんて知りませんでした。

ネットだと増田さん?とか呼ばれていて有名らしいけど…

たまたまネットサーフィンしていたらはてな匿名ダイアリー記事を見つけて、「ほ〜こんなサービスがあるのか〜」と驚き、はてなアカウントも持っている事だしせっかくだから書いてみることにしました。

表題からもわかる通り、読み手の皆さんに有益情報は一切書けませんので、そこはご了承いたただけるとありがたいですね。

というかそもそも読む人なんているのかな?笑

私は小学生ぐらいの頃から日記をつけるのが好きで、授業用に買ったノートの余りやスマホメモ欄に日記をよくつけていました。

その日あった嬉しいことや悲しいこと、イラいたこと、趣味についての話、、、

自分気持ち文字にする事で、意外と気持ちの整理がついてすっきりしますよね。だから日記を書くのって私にとっては意外と大切だったり。

気持ちの整理のために書いているわけで、言ってしまえば私の完全なる自己満足文章なので前述の通り有益情報はないし、人によっては気分を害されるかもしれない。それは申し訳ないです。

ネット上に自分気持ちを公開しようと思ったのは、ただの興味。それと、もしかしたら誰かが見てくれるかも!という自己顕示欲かなぁ。

ただ、いくら匿名ダイアリーとはいえ、どこから特定されるかもわかりませんし、誰かを傷つけて良い訳でももちろんないので、そこは。常識を持って書いていければいいなぁと思います

以下の文は多分センチメンタル中二病です。^^

突然ですけど、「いいないいな 人間っていいな」って歌、あるじゃないですか。

それを聞くと最近湧いてくるのが、人間って本当にいいのかな?という疑問。

人間はその頭の良さで色々な技術を生み出し、野生の動物と比べるとはるかに豊かな生活を送っているのは確実ですよね。

ですが、豊かな生活や頭の良さが仇となって、余計な心配事も増える。

マズロー欲求階層説というやつでしょうか。

深い知識は持っていないのでわかりませんが、社会で生きていくのがつらくて自殺する動物人間以外にいるのか?と聞かれると、いない気がします。

私は幸い日本一般家庭に生まれたので、親のおかげで衣食住には困らず、学費も出してもらっています

幸せなことですよね。

でも、なぜだか私は幸せには感じない。

いや、頭では幸せで恵まれていて感謝しなければいけない環境にいることがわかっているのに、心は幸せではないし荒んでいます

生理的欲求安全欲求が満たされると、愛情が欲しくなったり、他者から承認されたりしたくなってしまう。

私は、なぜ自分が生きているのかわかりません。

自ら望んだわけではないのに「人間として生きる」事を強制されている気がします。

もちろん、死ぬことが良い選択肢ではないことぐらいわかるので死んだりはしませんが。

それにせっかく人として生きていかなければいけないなら、ある程度の努力はしてある程度の生活を送りたいとは思います

ですが、何が楽しくて毎日を過ごしているのかわかりません。

突然自分意思とは関係なく人間として生きる事を決められ、それに抗えないから仕方なく努力をする毎日

最近そんな毎日がつまらなくて、そして憂鬱で仕方ないのです。何のために生きているのかわからないのです。

そもそも、何のために生きているのかを意識しながら生きている人なんてほぼいないのでしょうけれど、、

それでも、私はなぜ生きなければいけないのかわからない。

母親お腹を痛めて産んでくれて、両親が大切に育ててくれた命を無駄にしてはいけない。それは痛いほどわかります

ですが、何のために生きているのかもわからず、「死んではいけない。だから私は生きなければいけないんだ。そして生きるからには大学に進学して就職して結婚しなければいけない。そのために今から努力しなければいけない。」という「〜しなくてはいけない。」に縛られて毎日をこなしていくことに疲れてしまいました。

「なら、〜しなくてはいけない。という考え方をやめればいいのでは?」

それはごもっともです。

しかし、私は頭にこびりついたその考えを止めることができなくなっていました。

自分ができないことを、他人のせいにして逃げるのは汚いし最低な手段です。それはわかっていても、私は今までの環境が私をどうしようもないぐらい卑屈な人間に育て上げたのだと思ってしまます

自ら望んで妊娠して自ら望んで出産したくせに、言うことを聞かないと「お願いだからいなくなって。あんたがいるからこの家がおかしくなる。」という親。私だって好きでこんな所に生まれてきたわけじゃないのに。あなた勝手に私のこと産んだくせに。なんでそんな事言われなくちゃいけないの。そう思って今までを過ごしてきました。

ですが、何を言われても親子です。酷い仕打ちを受けたこともありますが、大切にされているのだと感じる時もあります。何をされようが今まで十数年間育ててくれた恩があります感謝をしなくてはいけないと頭ではわかっています

そして何よりも、無理だとわかっていても愛されたいし認められたいのです。

から、私は「良い大学に行けば親が認めてくれるかも」と思い、受験勉強を始めました。色々な動機があったにせよ、元をたどると確実にこの考えにたどり着きます

逆に、良い大学に行かないでまともな就職先につけないと、我が家では居場所がありません。実際私の親は、私の今在籍している高校のことを「犯罪者予備軍と発達障害集団」と呼びます

それが、その環境で十数年間生きてきたことが、私の自己肯定感を大きく低下させたのだと、私はどうしてもそう思ってしまます

から、「〜しなくてはいけない。」の考えから逃げ出すことはできないのです。だって、〜しないと私の価値は無くなってしまうから

そんな毎日が嫌で、何もしたくなくなって、この先何十年も続く人生を考えたくなくて、1日を無気力のままに現実逃避して過ごしていると、その逃避中はいものの、ふと我に帰ると「努力しなければいけないのにそれに背いてしまった」という猛烈な罪悪感に襲われます

しかし、私はもう何もしたくない。

何もしない→つのる罪悪感→忘れるために現実逃避さらつのる罪悪感、、、

無限にこのループをしています

そうすると、ますます自分の生きている意味がわからない。

社会に全く貢献出来ず、そのくせ向上心も持たずにずっと現実逃避をしているだけ。

本当に生産性のない、消費しかできない迷惑人間です。

先程死なないと書きましたが、死にたいと思う時はたくさんあります

ですが私は今のところ死にません。絶対に。

だって死ぬのは怖いから。

なんのために生きているのかもよくわからず、生きているのがつらいのに、死ぬのは怖いのです。これは本能です。本能には逆らえません。

私はこれからどうするべきなのでしょうか。

とりあえず、こうして馬鹿みたいに答えの出ないことを永遠と考え続けるのは返って辛くなるだけなので控えようと思います

最早考えるのが癖なので、控えるのはなかなか難しいとは思いますが。笑

あとは、この時間ブログを書いているぐらいですから生活リズムはただ崩れです。それも改善するべきなのは明白ですね。

自分を責めず、まずは出来るところから少しずつ始めていけば良い。

頭ではわかっています

ゆっくりと、力を抜いて、生きていけたらいいな、と思います

最後に。

せっかく親から与えられた命に対してとても失礼なことを書いてしまいました。深く反省しています

私が生きている今日は、昨日亡くなった方がどうしても生きたかった明日です。

やはり命は大切です。そう決められているのです。それが本能です。そして生きとし生けるものルールです。

私はそう思います

もし私みたいに、生きるのがつらいと思っている方がこの文を読んでいたとしたら、それでも絶対に死んではいけませんよ。

なぜなら、どんなに冷酷でも残念ながらそれが決まりからです。

でも、生きていたら少しは良いことがあるかもしれない。もちろん悪いことだってあるでしょう。でも、いつか「生きてて良かったなぁ」と思う日が来るかもしれません。

どうせ生きなければいけないのです。そう決まっているのです。絶対に死んではいけないのです。

だったら、つらいことなんか全部忘れて見ないふりをして、好きなように生きたっていいじゃないですか。

そう思ったり。思えなかったり。



中二病全開の語り口調で痛いのなんの。

見ているだけでこちらが恥ずかしくなるわ!というような文章でしたが、もし見てくださった方がいるのであれば、ありがとうございました。

(ちなみに私の中二病永遠に治らないと思います馬鹿につける薬はないってな♡)

同感を求めたり同情して欲しくて書いたわけではありません。ただ、自分気持ちを書きたくなっただけです。これが私の気持ちです。

では。

2018-09-05

anond:20180904200821

その記事のどこにも、佐藤ママ子供を怒鳴りつけてるとも

隣で楽器弾いて子供勉強邪魔をしているとも

受験知識が皆無な癖に間違った自己勉強方針子供押し付けているとも書いてないのに

(むしろ子供がやりたい事も尊重してるし、受験勉強に対する知識豊富子供に的確な方針を指示できてるよね?

「この記事は全部嘘だ」とでもいうのなら別だがそんなソースないし)

佐藤ママに対する誹謗中傷じゃ?

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