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はてなキーワード: 自然科学とは

2018-06-30

医者自然科学社会科学宗教区別できてないじゃん

女が医者になるのは正しいかの問いに回答できないと書いてるけど自分の中で回答は出てるじゃん

保身で目の前でいえないだけで回答は心の中に決めている文章じゃん

2018-06-15

anond:20180615215927

自然科学の本でWHOが出してる本を覚えて国からえらい地位をもらうのと

素人がかってに好きな本を集めて読むのと何が違うのか

2018-06-14

anond:20180614195440

自然科学神様言葉ねえ

なんでこんな尊大な考え方が出来上がるんだろうか

2018-05-18

anond:20180518014921

現役のピペドです。

誰かミュータント洩らしてラボ停止にならないかな、とか、最後系統引継ぎのときにラベルぐちゃぐちゃにしてやろうかな、などの空想をすることが増えた。

厳しいことを書くけど、こういう非合理的思考に取りつかれる人間自然科学には不適格だ。

これまでの教育が全く身になっていない。個人的には即刻退学して欲しいと心から思う。

名古屋大学Tgシロイヌナズナ漏れときは随分な騒ぎだったんだぞ。

君の人格否定するような言動をする教員には問題があるかもしれない。

それで先生告発するとかぶっ殺すとかならまだわかるが、草を逃がそうなんて頭狂ってるとしか思えない。

軟弱が下衆の肥やしになっているのは嘆かわしい限りだ。

 

おれのラボでも君みたいな学生は毎年現れる。心底同情する。

先輩のデータ取り代行をさせられているなら、一般的な状況なら断ってよいと思う。

どうせ、教えてもらった分は働けとか言われるんだろうけど、先生がモノ教えるのは当たり前だ。

ゆとりとか情熱とか関係なく、君は君のやるべきことをやるだけだ。

 

アドバイスを2つしてみる。

研究モチベーション回復に効く方法存在する。先輩や研究員は知っているので、必要なら聞いてみるとよいと思う。

学部生なら、昔使ってた教科書を読んでみるのが意外と面白かったりする。高校のでもなんでも見返してみると色々知ってる分、行間が読めるようになってて面白いという気持ちを思い出せる場合がある。

それからメンタルヘルスに不調を抱えた場合でも、学校カウンセリングを利用してはいけない。相談の内容が教員に筒抜けになることがある。

わず普通病院にかかるべきだ。SSRIは意外と効くので、おすすめだ。

 

PCRが終わるので、この辺で。

グッドラック

2018-04-23

生きる意味とかってどう考えてます

素粒子逐次入れ替わって意識だけ残っている自分自身の体や心についてどう思っている?

生きる意味なんてないのは分かって、感情なんて長い目で考えればいっときのもので、

でも気の合う他人との対話面白いと感じて、

自分の頭で考えて、議論して、仕事して、

たまに絵画音楽を鑑賞したり、作ってみたり、自然現象の動きを考える。

でも結局死ぬ

自分死ぬまでにやりたいことは何?と聞かれれば、まだ認識していないもの認識したい。

生理的に無理なものは十分に経験してきたと思う。

家族教師不快な思いをぶつけられたり、そういう人間自殺して、死体を見せられたりして、でもどうにか立ち直れた。

その時無限に湧き出てくるものをどうにかしたくて、自然科学宇宙物理学世界史哲学の本を読み漁り、いろんな小説漫画も読んだ。

勉強という形でなく、気持ちをどうにか、とりあえず自分の疑問が解決出来るようになるまで突き詰めた。

今までにないダメージを受けて、頑張って自分で考えてきたから、もうそういう経験は慣れすぎた。

他人が全力で考え表現してかいものを見て、自分表現した。

話題になるなんてどうでもいい。自分認識できるのは自分が思う他人のみなのだ

それでももどかしい思いを持った他人自分に対して、

自分もっとうまく伝えられるような、物語とかの表現をしたつもり。

文字や絵や音というものから本能やありそうな経験に語りかけてくる自然現象、その表現が好きだ。

それを追求することを職にしている人はすごいなあと思う。

自分には真似できないかなあ。

自分は何も気にしないまま表現するのがやはり好きなのだ表現表現として割り切りたい。

自分の好きなものを突き詰めて、気がついたら、

前人未到!未知の純粋な世の中の法則を見つけて、言語化した!

んなもの幸せなのかなあ。

後世に面白いと思う思考を伝えるのがいいのかなあ。

年増の研究者とかそんなことを考えるのかなあ。何考えてんだろ。

最近そんなことを考えて書き連ねて、1日が終わる日も少なくない。

今のところやりたいことは、グランドキャニオンとかオーロラとか、

生で見たことない自然現象を、今分かっている自然科学知識を得た上で見てみたい。

何もしなくても本能的に感動するものに対して、

より満足感を得られる行為を続けていきたい!

日本だと…東尋坊とか面白い形をしていた気がする。

金は…まあどうにかなる?

後楽器を弾けるようになりたいなあ。

一人でのんびりと静かな場所で弾きたい。

最後になりますが、オススメの本とか、自分の行動の分析とかあったら教えてください。

2018-04-11

人は合理的選択を出来ない

私の姉はニセ科学を信じているというか、疑わない。

例えばホメオパシーで有名なバッチフラワーメディを盲信している。

自然科学修士までいった自分からすると、それは信じているというよりも疑わないように見える。

自然科学場合、疑うとまでいかなくても、本当にそうなのかなぁ?という疑問を積み重ねて、やっぱりそうなのかなぁ?くらいだと思う。ホメオパシーのようなニセ科学場合はやっぱりそうなのかなぁ?まで行かないので科学的ではないと判断するだろう。

姉の場合そもそも本当にそうなのかなぁ?という疑問をまず持たない。

なぜ疑問に思わないのかなぁという気がするけれど、きっと信じたいのだろう。私が”そこ気にならない?”みたいなことを指摘しても暖簾に腕押し、何を言っているのか理解出来ない様子。

私にはホメオパシーみたいなものを信じる理由がわからないし、向こうはどうして疑問を持つのかわからないのだろう。

科学的に考えればわかるはず、と考えるかもしれないけれど、人間は常に合理的判断をしていないこともまた科学的に調べて結論が出ている。

ニセ科学の発生は科学的に理にかなったものであるのだから科学的な態度としてはある程度は受け入れるしかないだろう。

2018-04-10

anond:20180410091259

正確な記録は実験系の理系の方が重視するし。


君、「上から目線理系」の典型やな。

正確な記録は自然科学人文科学も同じように求めるだろ。

君にはわかりにくいんだろうけどな。

2018-04-09

文系っている?

なんていうやつに限って自分理系であることがアイデンティティのすべてになってる理系馬鹿なんだよね

そもそも文系理系というという区分け高校時点での文理選択ナンセンス

自然科学社会科学もどっちも科学だし、高校数学もできないようなのが大学に行って何を勉強するのって話ですよ

そんなわけで大学レベル学部を問わず受験数学必須にするべきだと思います

2018-04-04

anond:20180404150935

フェミニズムはどこまでいっても政治的立場にすぎない。

社会学でもなければ自然科学の一部でもない。

にも拘わらず、必要以上の力を持ってしまった、

絶対正義になってしまったのがいけない。

anond:20180404150545

フェミニズムはどこまでいっても政治的立場にすぎない。

社会学でもなければ自然科学の一部でもない。

2018-04-03

????「私は嘘はつかないけど、本当のことを言わないこともある」

????が上野千鶴子なら「当然のこと!裁判自分から不利な証拠出すわけないでしょ? 」とかのたまうはてフェミ

????が安倍晋三ももちろん同じことを言うんだよねえ?

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1214735

二階で自己弁護しててクソワロタ

id:nekoluna 社会運動から当然と理解するのであって、自然科学分野や語義上価値中立ジェンダースタディーズを掲げて同じことやってたらクズと思う。自然科学でもよくあるのは倫理観が欠けてるだけ

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1214735

2018-03-17

これは特別な話ではない

彼は特別メソッドを語っているわけではない。大抵の(標準以上の力量をもつ学校教師なら、普通に同じようなことができるだろう。にも関わらず、現在教育システム普通にこういう落ちこぼれアホの子と呼ばれるようになる子、実際は教えれば伸びる力のある子)を量産し続けている。

アホの子教えるのは楽しかった:https://anond.hatelabo.jp/20180317085745

なぜか?

これは簡単なことで、日本教育先進国中最悪のレベルで大量の生徒を教室に押し込んでいるからだ。

(参考:学級規模の基準と実際[国際比較](文科省http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/029/shiryo/05061101/003.pdf#search=%27%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E8%A6%8F%E6%A8%A1+%E5%9B%BD%E5%88%A5%27

普通レベルの力量がある大学生でも、1対1でならこの程度のことはできる。普通レベルの力量の教師でも、1対5~8くらいまでならこの程度のことは普通にできるだろう。甘めに見て、1対15~20くらいまでなら、これに近い対応はできる。たとえば困難校と言われる高校で、生徒がどんどん退学していっても20人程度まで減ればだいたい落ち着いてくる。それは「問題のある生徒がやめたこと」よりも「教員の目が行き届くようになること」に由来する可能性が高い。だが、1クラス25人を超えると、最優秀レベル教員でもこのような対応をすることはほぼ不可能だ。(ごく少数のカリスマ的な教員による実践報告自体存在する。)

この50年で世界教育は大きくアップデートされた。鞭で仕込むような教育をやめ、投資して、ITを活用自分の頭で考えさせる教育システムに急速に移行し成果を上げている。おそらく、次の10年で世界教育は、AI効率的に導入すれば更に問題効率的に処することが可能であると気づくだろう。分かりやすく言えば「AI家庭教師になる」のだ。その子の答案を採点して間違いの傾向を見つけ、何十万というケーススタディ発達心理学などの研究を背景に、その子に即応する最適の教育プログラムリアルタイムで生成する。特に義務教育レベルの読み書きや自然科学中等教育における数学外国語などの教科は、こういったやり方との相性がかなりいいのではないかと思っている。これが完成すれば、特に知識を身につけトレーニングする系統の科目において、人間教師がこれに対抗するのはほぼ不可能だろう。想像だが、中国あたりは相当効率的にこのシステムを構築していくだろう。

だが、50年間、問題放置世界教育に大きく遅れを取っている日本教育行政は、大学入試をほんの少し変える程度のことでいまだに10年がかりでぎゃあぎゃあ大騒ぎしているレベルである。こんな調子ではおそらく10年以内に訪れる教育へのAI効率的導入には対応できないだろう。それは、日本の将来にどのような影響を及ぼすのか、計り知れない。

2018-03-15

anond:20180314061347

元増田では無いが、idを伏せたいので増田ブコメ注釈

自然科学界隈ではそうなのだろうな。人文科学社会科学だとまた違った様相もあるのだろうか。

自然科学界隈のことは分からない。自然科学界隈の人に聞いたほうが良いと思う。

(それも分野によって事情が異なる可能性がある。物理屋生物屋が同じ文化を持っているか自明ではない)

この増田言及しているのは情報科学界隈。情報科学界隈に限って言えば、帰属意識就職事情はまさに書いてある通り。他大の人事に口を出す先生の話のことは知らないが。

2018-03-14

文系研究者に関する愚痴

愚痴を書かせてください。

私は大学公開講座を受講している社会人という立場

職業研究者が、使えない……。

私は、彼と同じ学術分野(文系)のQ教授過去研究内容に疑義があり、それを指摘するために本講座に参加している。

最近わかってきたのは、Q教授研究はまさに先行研究だということ。彼らは先行研究だったのに押さえてなかった。つまりタコツボだった……。

文科省審議会人文学社会科学振興に関する平成21年報告書を読んだのですが、

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/1246351.htm

基本的にこの頃から問題性質は変わっていません。十年ぐらい叱られているのに、それでも克服できない。

昔の学者ってどうだったのかなと思って、マックス・ウェーバー職業としての学問』を読んでみたのですが、当時のドイツ大学では、私講師という資格けが与えられ、何を教えてもよく、給料は受講生から授業料の上がりだけ、つまり出来高制だったみたいです。しか医学自然科学系の研究に巨額の資金必要となり、アメリカでは研究者という仕事が月給制になった。ドイツでもアメリカナイズが進んでいるとウェーバーは書いている。ドイツ式だと市場原理が働くので、実力不足学者は淘汰される。一方、アメリカ式だと雇用保護されるので、官僚主義がはびこる。

日本大学設立された頃の事情ですが、福沢諭吉あたりが大学を創設した後、その後に官立大学を作ったみたい。2011年東日本大震災原発御用学者社会的批判を受け、国立大学法人改革で彼らは国家公務員ではなくなった。

いままで国は学者個人自主性・自律性を尊重するとか言って、お金は出すけど口は出さなかった。しか厚遇しすぎて、仕事をえり好みする人ができあがった。果たして障害者フッサールを教えることが正しいのか? 私は、彼らがずっとサボタージュしてきたQ教授過去研究批判という仕事の督促のためにやって来たのですが、彼らは、どうしてもフッサール障害者に教えたいらしい。Q教授批判という仕事絶対にやりたくない。病人の私に押しつけたいそうです。病人の私がいまやらないといけないのは自分病気を治すこと(自己保健義務)です。早く元気になって、勤労と納税の義務を果たすことです。Q教授批判なんて、病気に障るからできるだけやりたくないのだが。

国が税金複数学者を雇っているのは、お互いをチェックさせるためなのですが、彼らはタコツボという自分たちの宿痾を克服したくない。どうしても大好きな哲学学を障害者に教える仕事だけをやりたい。私はいまQ教授20年前に書いた悪書を読んで、問題点を洗い出す作業をしている状態です。泣きたいですよ。

文系って理屈っぽい。「理論上はこの結果がでるはず」と自説にこだわって、ありのまま事実を認められない。理想主義者なんですけど、理想論学生にも吹き込む。そうするとモンスター障害者モンスター高齢者ができる。大学教員モンスター化しているともいえます

東京周辺に在住している高齢障害者熊谷さんの講義を何回も聞いている一方で、沖縄の子もの貧困率は29.9%です。

いま医療費が年1兆円ベースで急増している。とても国民全員に熊谷さんの講義を何度も聞かせられる財政状況ではない。税金で喰っている哲学者と税金で喰っている障害者学校を開いたら、そりゃあ「学ぶことはすばらしい」という結論になるでしょう。その学費を稼ぎだしているのは誰? 受講生は病人から知らなくてもいいと思うけど、プロである学者がそんなことさえわからないとしたら、職業としてもう終わりだと思う。一度、マックス・ウェーバー時代に戻すべきでしょう。

いまの文系の振興策、例えばこんな研究に三年間で一千万ぐらい使われちゃってるんですけど、

https://www.jsps.go.jp/jissyakai/data/saitaku/h25_houkoku/hamauzu.pdf

こういう税金の使い方、本当にいいのかな。

2018-03-13

武井壮 @sosotakei

あー、しかしこの歳になってとか工学技術分野とか自然科学にめちゃくちゃ惹かれている。。

MITとかの授業受けてみたいしそこで学ぶ仲間と人生を組み交わしたい。。

大学行かなくてもできる勉強どんどんしておこうっと。。

2018-03-06

anond:20180306002015

自然科学者は最初は人への興味は薄いもの自然より人間大好きだったら誰も自然科学やらなくなっちゃうだろ。人のため人のためって考えながら一見全然関係ないこと勉強するのはしんどい

増田天文学屋さん?

まあまず「人の役に立たない」ですよね。でもそれこそ古代文明時代からヒトは星が好きで、世の中には天文学やる人はそれなりに必要だと思ってる人が多い。

そもそも人の役に立つっていうのがとても難しいことで、企業に入ったって他社より悪い製品を客に売りつけてるかもしれないし、場合によっては途上国下請けから搾取してるし、政治世界のことに関心を向けた人が行き着く先は、成果のないデモネット上での発言だけ威勢のいい人・場合によっては過激右翼左翼になるのがオチなわけですよ。本当に世の中のためになることをしてると断言できる仕事に就いている人はごく少数。そういうことはもう少し年取ってからでもいつからでも始めればよいので、若い内は自分の関心を一番に一つの道を追求していったほうがよいと思います

自分世界の中だけで生きるのは駄目なの?

私は大学院自然科学学問を専攻している.現在修士課程の1年だ.

研究を続けたく思い,母にその旨を手紙で告げた.

私は出来の悪い子供だった.大学もやっとの思いで入った.

大学合格したとき,母は我が事のように喜んでくれた.

研究のこともいつも応援してくれている.

でも本当は,そろそろ社会に出て,社会の一員として働いてほしいと思っているに違いなかった.

ちなみに,大学院進学以降は親の援助を殆ど受けていない.主に自分バイトした金と貯金奨学金で通っている.

博士課程に進みたい,そしてまだ社会に出れなくてごめんなさいと手紙に綴った.

その返事が今日届いた.

母は,自分人生なのだから自分の目指す方向に行くのが一番良いと書いていた.

「でも」と手紙は続いていた.

貴方は,浪人生活,大学生活,大学院生活と過ごしてきて

この間世の中のことをあまり知らずに生きてきたはずです.

かに打ち込むのは素敵なことです.でもそれだけではいけないのです.

世の中のこと,遠い国でのできごと,自然災害のこと,

自分の狭い世界に引きこもって,そういう周りの色々のことに無関心になって,想像力を無くしてほしくないのです.

世の中がどうなろうと我が道を行く,そんな傲慢さを持ってほしくないのです.

自分の外の世界で変わりゆくものごとを,心に刻んでいってほしいのです」


そう書いていた.

母の言いたいことはわかる.正論だ.

そして図星だった.





私は世の中のことに関心がない.

いつも遠い星のことや目に見えない場所で起こっていることなどを考えている.

毎日たくさんの計算用紙に埋もれ,パソコンモニターを見つめて,

そうしていると時間が,日々が,あっという間に過ぎ去ってしまうのだ.

それでもまだまだ足りないと,切実に思う.

私は研究を高尚な行為だと考えたことはない.

でも,何かの片手間に適当にやっていたら,何にも辿り着けないと思うのだ.

この余裕のない毎日に,別のことに関心を持つすき間が一体どこにあるというのだろう?

母の言うとおり,

世界には困っている人がたくさん居て,たくさんの悲惨なことが起きている.

そして私は,人の役には立たないことに毎日夢中になっている.

私はひどい人間なのだろうか?

きっとひどい人間なのだろうと思う.

母が望んでいるような,世界のできごとにちゃんと関心を持ち,社会性を保ち,人の役に立つことをする

そんな人間にはなれなかった.

そして,一番ショックを受けたのが

そういう立派な人間になろうという気があまり起きない という自分自身の気持ちだった.


当り前すぎてバカにされるかもしれないが,

私は困っている人が目の前に居たら助けるし,席もゆずるし,犯罪を犯したことはないし,人を騙したことはないし,ズル休みだってほとんどしたことがない.

贅沢だってしていない.

まっとうに生きているつもりだった.

全然頭良くなくて苦労したけど,勉強だってちゃんとやった.

それで,今やっと好きな学問を見つけて,それに打ち込んでいるだけだ.

私の人生なのに,これだけじゃいけないのだろうか?


母の言いたいことはわかるし,そうしたほうが自分にとっても良いはずだと思うのに,

頭のどこかで,それって本当に正しいの?と叫んでいる私がいるのだ.


私はどうやって生きていけばいいのだろうか?

2018-02-19

anond:20180219114242

なんとなくわかってきた。お互い大分遠い分野にいるな。

そっちが挙げてきた理系分野の例は動物学とかなんだが、増田数学物理天文学地学化学分子生物あたりの理系の印象で語ってた。こっちではBook Review欄はあっても純粋教科書の評判であって専門的な議論としてはほとんど読まれてない。文系書籍事情無知だったのはすまない。

追記で書いたけどシビリアンの戦争博論書籍化だっていうのは一応評価してて、ただよくも悪くも売れてしまって一般人から評価されてしまっているのでもっと専門家からの論争がちゃんと前に出てこないと駄目なんじゃないのっていうのはある。

指摘の通り、理系では実際に関わっている人が多くてオーサーが多人数になってしま論文や、関わってる関わってないの境界線上でギフトオーサーシップ問題が除けていない(オーサー定義理系内でも分野によって慣行が違う複雑な問題)ということもあって、人の実績を眺める時どうしても割り引いていく思考になってしまう。コネ採用を当てにするんでなければ、これは確実にこの人の成果だねっていう目に見える業績が欲しいところ。査読なしや日本語発表はあったとしてもこれ評価されないよなって諦めながら実績欄に書く。ショボいって煽ったのはよくなかったかもしれんが、元増田もそこで三浦ダメだって決めつけてはいなくて(上の教授には大事にされてるんだし)、最後の行で実際の学会の評判どうなのよ?って知ってる人に疑問を投げかけたつもり。ブコメちょっと拡大解釈して三浦をディスってる人もいるけどそこら辺は元増田責任を持たないし、自分テレビ解説する学者としての能力があると示すのは三浦説明責任


文系に関しては外国研究とかはあまり視野になかった。自分日本文系で二流分野って評判を聞いてたのも、主に経済学とかであとは社会学系(あまり各国の文化に根ざさないやつ)の知り合いからだし。

文学外国研究に関しては各国の大学自国語で教える意義も大きいし、各国が独自コミュニティ多様性のある研究をする意味もあるのだろう。哲学理系元増田もよくわからん。活発に議論したいなら翻訳頑張れってところだろうか。最近文学系は国から予算削減や学部再編の風当たりが強いようなので当たってなくても流れ弾に敏感になるのもわかる気がする。


国際政治学」に関してはどうだろうか?ここまで議論してわかったが英語論文を書くべきかを決めるのは理系文系かじゃなくて、グローバルなつの学会形成すべき分野か否かってことだと思う。グローバル化効率化に繋がるが一方でローカルの軽視につながる。自然科学世界は一つでなければならない。日本アメリカ物理法則が違ったら困る。日本語研究重要性を説く文系増田だって理系もっと日本語論文を出すことに意味があるとは思っていないだろう。

テーマにもよるが経済学国際関係世界的な一般性を持つ話題だし、国民からもそういった研究が望まれていると思う。日本語で高みを目指してはいけない理由はないと言えば聞こえはいいが、高みに至る勝算がないなら結果は世界から無視されるだけだ。そういった分野は日本語固執してはいけないと思う。

あと単純な利便性。これは日本学会世界で有力になるのとは別の問題。喩えるなら日本常任理事国を目指すことには世界メリットもあるだろうが、日本語国連公用語を目指すと言ったら他の国に迷惑から止めろというべきだろう。

2018-02-18

精神科医がぶつ世代論はなぜ人を不快にするのか

それは精神科医科学的観察の名の下に他者対象化し、批評し、自分だけはあなたたちと違うのですよという、いわば安全圏に自分隔離しておいて、医者患者という権力関係あるいは上下関係押し付けてくるからだ。

医者がどれほど自分を貶めて留保しようとも、自然科学客観性を装って行われるそのようなマウンティングがもはや無邪気といってよいほど無自覚に行われているのを、読者は敏感に察知して、よけいに苛立つことになる。

この関係性とその欺瞞性については、ミシェル・フーコーが『精神医学権力』という講義で、19世紀精神医学を例に詳しく分析して批判しているので、興味のある向きは参照してほしい。

精神医学権力講義は、そのタイトルから推測されるとおり、自らを科学と称する精神医学が実は権力テクノロジーによって徹底して貫かれているということ、そして精神医学的な知が科学的な知とは全く無縁のものであるということを告発しようとするものである

精神医学権力』 訳者解説

http://www.meijigakuin.ac.jp/~french/shinkai/pdf%20files/le%20pouvoir%20psychiatrique.pdf



この「医者患者」という権力関係が、「社会批評家批評対象としての世代グループ」の関係に無邪気に重ね合わされるとき、読者の反応が「何様のつもりだ」というものになるのは、無理もないことと思う。

2018-01-12

[] 日本で見つかった「国宝級中国陶器」は本物か、偽物か?

原典:日本發現的「國寶級中國瓷器」是真是假? 日經中文網

日本で見つかった「国宝級中国陶器」は本物か、偽物か?

2017/06/26

日経中文網 特約コラムニスト 張石

2016年12月20日、日本のテレビ東京系のテレビ番組「開運!なんでも探偵団」で「衝撃的なニュース」が報じられた。番組始まって以来最大の発見として、世界で4個目となる中国宋時代の陶器「曜変天目茶碗」が発見されたというのだ。番組の中で、日本の著名な美術鑑定家の中島誠之助氏は、「12~13世紀中国南宋時代に福建省の建窯で焼かれた『曜変天目』に間違いない」と述べ、2500万円の価値があるとした。

曜変天目茶碗とは

曜変天目茶碗」は中国の宋時代に作られ、その窯は建窯と呼ばれた(歴史的には建陽窯とも呼ばれる)。現在の福建省南平市建陽区水吉鎮にある。この茶碗は釉薬が焼成の過程で流れ落ちて厚く溜まり、一部は凝集して滴を作る。この滴の周囲で特殊な窯変反応が起き、七色に輝く光彩を生じる。その輝きはまるで夢幻かあるいは変化する気象のようで、色鮮やかな霞をまとっており、神秘小宇宙に輝く星空のようだ。この種の茶碗が焼けるのは極めてまれな偶然によるもので、一説には窯変過程でこのような効果が生じるのは数百万個に一個ほどと言われる。現在世界に存在する完全な「曜変天目茶碗」はわずか3個で、東京静嘉堂文庫京都大徳寺龍光院大阪藤田美術館が所蔵し、すべて日本の「国宝」に指定されている。中国には現在「曜変天目茶碗」の陶片が1点あるのみだ。

天目茶碗は宋代に制作され、その生産は元時代の初期まで続いたが、以後は二度と作られていない。中国では明や清の時代に曜変の再現が試みられたが成功しなかった。日本では江戸時代から再現が試みられており、美濃や瀬戸で「白天目」などは生産されたものの、「曜変天目茶碗」の再現には至らなかった。1974年、日本の化学者安藤堅は48歳で、それまで定収入が得られていた仕事を辞め、高級住宅も売却して「曜変天目茶碗」を再現するための研究を始めた。彼は貧困の中で困難な研究を続け、ついに1977年に古代の「曜変天目茶碗」に似た最初の作品を焼くことに成功した。安藤に続いて、日本の陶芸家の林恭助、桶谷寧、長江惣吉や中国人間国宝国家級非物質文化遺産建窯代表伝承人)である孫建興らが曜変に似た作品を作っている。

曜変天目茶碗」の鑑定が日本で大論争に

番組の放送後、徳島県教育委員会はこの茶碗を県文化財に指定するための調査計画した。

しかしここで、日本の陶芸家や専門の研究者から曜変天目茶碗である」という番組の鑑定に対して疑問が投げかけられた。愛知県で古くからの窯が多い瀬戸市に住む陶芸家の長江惣吉氏は家業の陶工を継ぐ9代目で、父親の曜変天目研究を継承している。彼は父の業績を引き継ぎ、「曜変天目茶碗」の再現に一定の成功を収めた。1996年以来、中国を28回も訪れて建窯の研究を行っている。中国では中国科学院上海珪酸研究所と連携して陶磁器の国際研究会にも参加し、中国の陶磁専門家に友人も多い。中国古陶磁の再現についても意見交換を行っている。その長江氏が番組に異議を唱えたのだ。彼はインターネットで、福建省周辺で作られた「曜変天目茶碗」の複製品を購入し、これが番組の認定した「曜変天目」と出所が同じだと考えている。

「この茶碗には顔料(スピネル顔料)が使われています。この顔料ヨーロッパ18世紀に発明されたもので、曜変天目が作られた宋代(12~13世紀)には存在しません。ですから、こういった顔料が宋代の茶碗に使われることはありえません。この顔料の主な成分は、化学的に製造されたコバルトクロムセレンカドミウムです。これらの元素が多く含まれていれば、例の茶碗を分析すれば各々の顔料部分からこれらを検出できるはずです。これらの元素は完全に天然原料から作られた当時の建盞には全く含まれません。仮にこれらの元素が天然原料に不純物として含まれていたとしても、その量は 0.01% 程度にしかなりません」

「曜変の光彩はオパールのように、見る角度が変わると光彩も変化します。非常に美しく、人を魅了するものです」

「いわゆる「曜変」という言葉の意味は、輝きが変化するということです。(長江氏がネットで購入した茶碗を示しながら)しかしこの茶碗は、単に青・緑・赤の顔料が発色しているだけです。この種の茶碗の場合、釉薬の成分(リン酸)の関係で、顔料釉と白濁釉にわずかな光彩が出るのみです。曜変の明るい光彩とは比べ物になりません。私がネットで買った茶碗を番組の茶碗と比べると、赤色の内側部分がよりはっきりしていて白い部分はありませんが、これは顔料で描くとき方法の違いや白濁釉と顔料の濃淡の違いによるもので、実際のところはどちらも同じですよね?」

長江さんは後で筆者に述べた。

「あの茶碗は中国の福建ではどこでも見られる商品です。「曜変天目茶碗」に似ていると言う人もいるかもしれませんが、これは偽物として作られた物ではなくただの商品で、非常に安い値段で売られています。番組の中でテレビ東京はあの茶碗を宋代に作られた「曜変天目茶碗」だと説明しましたが、これは「鹿を指して馬だと言う」ようなものでしかありません。」

中国陶磁史と中国陶磁考古学の分野で世界的な影響を持つ権威である沖縄県立芸術大学教授森達也氏も、筆者の取材に対してこう述べた。

「少なくとも「曜変天目茶碗」ではありません。12~13世紀製造されたという可能性も非常に低いものです。」

筆者がその理由を尋ねると、森達也氏は以下のように述べた。

「1. 日本国内には3個の「曜変天目茶碗」があります。私は杭州で出土した「曜変天目茶碗」の破片も手に取って見たことがあります。「曜変天目茶碗」の外側にはテレビ東京の番組の茶碗のようなはっきりした模様はありません。

2. テレビ東京の番組の茶碗に見られる模様は雲のようですが、これは曜変天目の模様とは全く異なります。本物の「曜変天目茶碗」の模様は白くて丸い斑紋で、その周囲には虹のような色鮮やかな光芒が出ています。

3. テレビ東京の番組で鑑定された「曜変天目茶碗」には、茶碗の底に「供御」という二文字があります。確かに建窯の窯跡では「供御」と書かれた陶片が見つかっていますが、割れていない完全な陶磁器でこの二文字が刻まれたものは世界中で一つも見つかっていません。模倣品でこの二文字を刻んだものは数多く存在します。テレビ東京の茶碗は本物の「曜変天目茶碗」とは全く異なるものですが、最近中国流行している模倣品とは非常によく似ています。」

森達也教授さらに述べた。

テレビ番組としては劇場的な効果さえあればよく、科学的な研究は要らないのです。あの茶碗が日本の3点の国宝と同じであるなどというのはナンセンスな話ですが、陶磁器科学研究を行っている人々からすればこれは非常に残念なことです。」

この論争は中国にも広がっている。中華陶磁芸術設計大師の資格を持ち、国家級非物質文化遺産建窯代表伝承人(日本の人間国宝に相当する)でもある建窯陶磁研究所所長の孫建興氏は、「曜変天目茶碗」を再現し建窯を再び曜変の産地とする事業に40年にわたって取り組んでいる。彼はこれまでに黒釉の天目茶碗や黄(赤・青・金・銀)などの兎毫盞、異毫盞、虹彩(金縷、白点)、鷓鴣斑、鐵銹斑、毫変、国宝油滴、金(銀、虹彩)油滴、黄天目、蓼冷汁、灰被、玳瑁、柿紅、虹彩、金(銀)彩文字、木葉、窯変、曜変天目などの一連の作品を作ってきた。彼が長江惣吉氏に送ったメールで、彼は述べている。

「これは曜変の偽物で、現代に焼かれたものです」

筆者も電話で孫氏と長時間話をした。彼は筆者にこのように述べた。

テレビ東京で放送された茶碗はせいぜい数年前に作られたものです。」

新聞や雑誌で真贋論争が過熱した後、この「曜変天目茶碗」の所有者は茶碗を奈良大学文学部文化財学科教授の魚島純一氏に渡し、分析を依頼した。魚島教授は蛍光X線装置を用いて茶碗表面の色の部分を分析した。

魚島教授物質に含まれている元素を検出できる蛍光X線分析装置で、茶碗表面の各色にX線を照射して元素の種類と量を測定した。その結果、アルミニウムなど10種類の元素を検出したが、化学顔料に使われる元素については発色に影響しないほどわずかな量しか検出されなかった。

魚島教授は述べている。

「X線分析の結果、表面のどの色の部分かによらず、検出成分はほぼ同じであった。このことから、茶碗に使われている釉薬は1種類であると考えられ、この分析結果からは茶碗が偽物であることは断定できない。」(《德島新聞》,2017年2月28日

一方、長江氏は筆者に対して次のように述べた。

「魚島教授は、釉薬の発色に影響するだけの量が検出されなかったため、判断ができないと言っている。であれば、魚島氏は最低限どれだけの量が含まれていれば発色に影響するのかを具体的に言った上で、分析の結果その最低量を下回っていたことを示さなければならない。しかし、魚島教授データには下限値の数値も書かれていないし、彼が分析で得た数値も書かれていない。よって彼の判断には根拠がない。」

日本の複数メディア報道によれば、その後、茶碗の所有者から茶碗についての資料が提供されないため、徳島県文化財指定のための調査を中止した。

なぜ「曜変天目茶碗」の鑑定は論争を引き起こしたか

私自身、「開運!なんでも鑑定団」は好きな番組だ。自分も中国の古陶磁を蒐集しており、骨董の鑑定について10年近く独学で学んでいる。浅学ながら陶磁器の本や文章なども執筆してきた。私は中島誠之助さんの陶磁器鑑定、特に日本の陶磁器鑑定については相当の経験をお持ちで深い造詣を有していると思っている。

だが、中島さんと彼の鑑定についてはともかく一般論として、一人の鑑定士の鑑定範囲が日本だけでなく海外をもカバーして、なおかつ正確であることを求められるというのは、鑑定士にとっては間違いなく一種冒険と言ってよい。陶磁器は全世界に存在し、最古の陶器は数万年以上の歴史を持っている。一人の鑑定家が古今東西全てについて完全に判定できて一度も間違えないなどということが可能だろうか? 一度間違えればその後も間違いの危険は存在するのだ。

「荘子」で述べられているように、「吾が生や涯(かぎり)有り、而(しか)も知や涯無し。涯有るを以て涯無きに随(したが)うは、殆(あやう)きのみ」(我々の人生は有限である。しかし人間の知は無限だ。有言の身で無限のことを追い求めるのは危うい)なのだ

このことは、最も権威ある陶磁器研究者であっても忘れてしまうことがある。例えば、1959年国際的に知られた陶磁研究専門家で日本陶磁研究第一人者でもあり、当時日本の文部省の技官として文化財専門審査委員を務めた小山富士夫氏が、「永仁の壺」と呼ばれた陶器を日本の重要文化財に指定するよう強く推薦したことがあった。これを受けて同年6月27日文部省は「永仁の壺」を鎌倉時代古瀬作品であるとして重要文化財に指定した。

その後、日本の有名な陶芸家であった加藤唐九郎が海外に渡航した際に、唐九郎の息子である加藤嶺男が「いわゆる「永仁の壺」は自分が作った」と述べた。唐九郎の帰国後、彼はメディアが大騒動になっているのを目の当たりにした。1960年9月23日、唐九郎は「永仁の壺」は1937年に自分が作ったものであることを認めた。(真の作者が誰であったのかについては異なる見解がある。)「永仁の壺」が本物である証拠は、古瀬戸の「松留窯」で発見された陶片が「永仁の壺」の胎釉と一致するという点にあったが、実は「松留窯」自体加藤唐九郎による捏造で、陶片も彼が偽造したものだった。

このようにして、「永仁の壺」を含む重要文化財3点が指定取り消しとなり、小山富士夫は委員会を辞職した。ゆえに、賢明な鑑定家は誰であれ、古物の鑑定には、異議の申し立てが容易に行えるように、議論の余地を残しておかねばならないのだ。

私は中島氏の鑑定が間違っていたと言っているのではない。第一に、私はこの分野の専門家ではない。この件で私が真贋を判断するのは無意味だ。第二に、厳密にいえば、文物の鑑定とは考古学歴史学、美学、自然科学にわたる総合的な学問である全面的に、かつ正確に古代の文物の年代を特定・鑑定する厳密な科学方法は存在しない。言い換えれば、こういった議論で100%の是非を決める結論を得るのは難しい。

筆者は言いたい:このような重大な鑑定では、もっと広く意見を求めるべきだったのではないか?

確かにテレビ番組では、科学研究場合のように「この品物が疑わしい」と言うのは難しいことだ。しかし、結論を出すのが難しい文物、特に「鑑定団史上最大の発見」といった結論や、「現存4個目の中国宋代の陶器「曜変天目茶碗」」のような鑑定については、中国建窯の専門家と日本の権威ある専門家の意見を求めるべきではないだろうか。筆者はテレビ東京の番組担当者に、この論争についての意見を求めて何度も電話をかけ、メールを送った。しかしこの原稿を執筆している時点では、彼らからの返答はない。「週刊ポスト」の報道によれば、この件についてのテレビ東京見解は以下の通りだ。「鑑定は番組独自見解であり、お答えすることはございません」(《週刊ポスト》,2017年6月23日,146頁)

だが、もしもっと広く意見を集めることができたら、例えば中国で初めて建窯の陶磁器の再現に成功した前述の孫建興氏のような専門家の意見を求めてはどうだろうか? 彼の「曜変天目」に関する研究と実験は非常に深いものだ。彼は考古学、鑑定、科学実験の各方面に非常に造詣が深い。こういった人々の意見には重みがあると言えないだろうか。もしテレビ東京がこのような人々にもっと意見を求めるようにすれば、論争は減るのではないか?

もう一つの問題は、文物の鑑定に自然科学が介入するという話だ。実際、今のところ文物科学的に鑑定する完璧方法というのは存在しない。多くの人が挙げる放射性炭素年代測定法は、自然界に存在する炭素14という同位元素を使ってもともと生きていた動植物の年齢を決める放射年代測定法だ。動植物が生きている間は生物の新陳代謝によって生体内の炭素14の量は一定に保たれる。生物が死ぬと体内の炭素14は崩壊して減り続ける。だが磁器・陶器・青銅器などは無機物だ。しかも時代の古い文物場合炭素14年代測定では年代の上下の誤差が大きい。一方で、1000年から2000年前という比較的新しい歴史的文物場合基本的には炭素14鑑定は使えない。

また、熱ルミネセンス法と呼ばれる鑑定方法もある。陶磁器が焼かれるときに500℃以上に加熱されると、外部から吸収した輻射エネルギー放出される。その後、焼成から年月が経つと、年月の長さに応じた量の輻射エネルギーを再吸収していく。熱ルミネセンス法の原理は、古陶磁の内部に蓄えられているこの輻射エネルギーの量を計ることで年代を測定するものだ。誤差範囲一般的に±20%程度で、相対的には正確な方だ。

しかしこのような報道もある。

「数年前、北京の二つの有名な博物館がそれぞれ六朝時代の陶器を古物市場で20万元で購入したが、後にそれらがすべて贋作であることが判明した。これらの品は河南省の某博物館の下で作られたアンティーク工芸品であったが、なぜこれらが北京の潘家園旧貨市場に流れたのかは分かっていない。ある古物の専門家が古物市場を訪れ、そこで売られている品物を熱ルミネセンス法で調べると、約1600年前という測定結果が出た。そこで誰もがそこの品物を買った。買われたことが知られると、同じような品物が古物市場にどんどん出現した。そこで国家文物局がすぐに公安部通報した。公安部担当者は、「墓が荒らされて大量の遺物が盗まれる事件が発生している」と説明した。警察が現地に到着すると、地元の住民が自宅で贋作を作る作業をしているのを発見したという。彼らは六朝時代の墳墓から盗掘したレンガを削って粉にしていた。この粉を贋作に使えば、熱ルミネセンス法にかけても墳墓の中で長年溜め込んだ輻射を出すので贋作を判別できなくなる。また彼らは、こうして作った粉で六朝陶器を偽造するための特別な装置も使っていた。このようにして、熱ルミネセンス法での検査は失敗してしまうのだ。」 (《鑒定家VS造假者》,新華網,2005年03月15日

魚島教授が蛍光X線分析を用いた点に関して、森達也教授は私に述べた。

「彼は本物の曜変天目との比較を一切行わず、例の茶碗のみで分析を行いました。これでは意味がありません。」

筆者は魚島教授にも、蛍光X線検査について質問を行った。彼は言う。

「私はあくまでも顔料部分の元素を調べる目的でこの装置を用いました。私が調査結果を発表した際に、茶碗が偽物である考える人たちから非難を受けましたが、私は真贋鑑定をしたわけではありません。」

筆者:

―― それはつまりあなた検証結果は、この茶碗には18世紀以降の顔料は使われていない、ということですよね。

魚島教授

「それは新聞がいい加減に書いていることです。私は18世紀以降云々といったことは言っていません。私はただ、現代のものと考えられるような種類の顔料は検出されなかった、と言っているだけです。」

筆者:

―― 言い換えれば、18世紀以降に発明された化学顔料は使われていなかった、ということですよね?

魚島教授

「これらの顔料が使われているから茶碗は偽物なのだと主張する人々もいますが、私はただ、そのような顔料は検出されなかった、と言っているだけです。私は陶磁器鑑定の専門家ではありません。あの茶碗が偽物だと主張する人々は、化学顔料元素が茶碗に含まれているはずだ、と言っています。私は単に、その元素があの茶碗に本当にあるかないかだけを調べたのです。どの時代に作られたものか、という調査をしたのではありません。ただ、あなた方が言っているような元素はありませんでした、と言っただけです。」

筆者は質問した。

―― 例えば、もちろんこれは(例の茶碗のことではなく)仮定の話ですが、誰か現代の人間が、今回指摘されたような元素を含む現代の化学顔料ではなく、昔の顔料を使って茶碗を作ったとしたら、あなた検証方法では今回と同じような結果が出ますか?

魚島教授

「その可能性はあります。」

しかしながら、中国では古代の陶磁器を偽造または模造する際に化学釉薬を使うことは多くない。中国の多くの地方には陶磁器の偽造工房があり、こうした工房の多くには専門技術を持った人間がいるわけではない。地元の農民が、数千年間にわたって埋まっていた陶土を掘り出し、古代の方法で焼いているのだ。匿名で語ってくれた、中国で著名な建窯の研究家考古学者、鑑定家たちが筆者に述べたところでは、現在中国には建窯産品のコピー品工房が1600以上存在する。その多くは偽造品を作りたいわけではなく、単にアンティーク風の品や旅行土産製造するのが目的だ。もちろん中には偽造品の製造目的とする人々もいるが、偽造品の製造方法はどこにでもあるような手法だ。科学的な鑑定が困難になるように、古い器の底の部分だけを新しい器に接合したり、古い胎土に新しい釉薬を使ったり、古い胎土に古い釉薬を使ったり、その他いろいろな方法を使っている。

このことは、古物鑑定が文化や歴史年代、改竄や継承といった問題と関わっていることを示している。加えて社会的な影響や国際的な影響も大きい。今回の鑑定やテレビ東京の件は別にしても、日本の博物館や歴史研究部門では、中国文物を鑑定する際に同じような問題に直面しているはずだ。それゆえ、重大な結論に至るような場合には、我々は注意深くなる必要があり、広く意見を求めるべきなのだ

※ この記事は筆者の個人的視点を示したものです。

張石 略歴:

1985年中国東北師範大学外国語言文学系研究所卒業修士号を取得。1988年から1992年まで、中国社会科学院日本研究所助手研究員 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-12-20

anond:20171220014438

そんなのは要するに宗教やら宗派が違うって言う問題でしょ。

まり、そういうことを重視する文化においてはとんでもない違いがあるとみなされているけど、それは文化であって自然科学的にどうってわけじゃない。

日本的思想けがれてるとみなされているものも、海外基準ではなんの差もない、だとかいうのもあるし、

所詮他の文化圏からみたらわからないってのは考えても仕方がないのでは、と。

2017-11-28

本の分類法「日本十進分類法」をテーマとしたカードバトル

よくこれをゲームにしたなあと思いました。

http://gamemarket.jp/game/図書十進バトル/

3行で説明1 図書館等で使用されている本の分類法「日本十進分類法」をテーマにした2人用

3行で説明2 のカードゲームです。デッキを構築してターン毎にバトル。各カードには特殊効果

3行で説明3 ありますので、その効果をうまく利用して相手勝利しましょう。

10種類のカード特殊効果は以下のとおり。

特殊効果はなんとなく分類カテゴリに寄せたつもりです(^_^;

1 宗教哲学   相手カードの効力を無効化する

2 歴史地理   勝利した場合自分相手カードを1枚交換できる

3 社会科学    次のターンに勝敗を持ち越す 9は除く

4 自然科学    勝利した場合相手カードの1枚を表にできる

5 技術      勝利した場合、次のターンはどのカードに対しても攻撃ができる

6 産業      勝利した場合自分カード並べ替えができる

7 芸術      勝利した場合、次のターンは数字の小さい方が勝利する 0と9は除く

8 言語      勝利した場合相手カードの1枚を指定数字を聞く 嘘を教えても可

9 文学      0に負ける 負けた時点でゲームに敗北する

0 総記      9に勝つ 勝った時点でゲーム勝利する

2017-11-15

anond:20171115223458

ええええ、、、、、、。

パチンコだとかガチャから献金もらってて外したのだろうか。そこら辺の知識あったらパチンコが割が合わないものだと気づかれるから

だけども、自然科学社会科学人文科学も、結果がスパッと出るような理工系以外ある程度ちゃんと立証しようと思ったら統計処理必須だと思うんだが。

まあ、統計処理なんて考えずに調べたらこんなん出ました!で済ましてるからなぁ、、、。

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