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2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

2018-10-12

anond:20181012181047

もともと日本企業で働いていたけど、家族関係EUに来ました。

MSc日本で取っているけど、働いている中でもっと学びたいことができたので、冬学期からまずはnon-degree studentとして通っています

こっちの人は大学授業料無料なのが羨ましいけど、EU外の人にとっても日本大学に比べて格安授業料なのがありがたいですね。

私はオーストリアにいるので基本ドイツ語の授業が多いけれど、ERASMUSで他の国から学生も多いからか、英語の授業も多く、学生先生英語が通じるので助かっています

私が日本で通っていた大学にはこんなにも多くの英語講義がなかったので、日本に来る留学生はとても大変だったんだなぁと思います

中国自然科学系については詳しくわかりませんが、調査対象地域として中国をやられている方は、現地調査収集データの取扱について中国政府から色々言われることが大変だと言っていました。

生物化学実験系の分野だけかもしれませんが、オーストリア大学院生と日本大学院生を比べると、日本大学院のほうが、修論実験に対して重きをおいたカリキュラムになっているように感じますオーストリア場合は、大学院に入っても研究室にいるより授業に出ている方が長いように見受けられます。前述の通り、講義といっても学生に対してプレゼンや何かプロダクトを作ったりレポーティングにより評価することが多いので、こちらの学生の方が自分の成果を表現する能力が高くなるように感じます。一方、日本大学院ではゼミ実験が重視されているため、実験操作や実務能力に重きをおいているように感じます

私としては、今の時点でどちらが大学院のあり方として優れているかはよくわかりません。

日本からたことのない学生は、研究に対して保守的になりがちなので、あなた日本学生生活を過ごしたことがない場合、戸惑いがあるかもしれません。

私が学部生で研究室を決める際、先輩から、「いくら有名な先生研究室でも、実態は違うかもしれないから、研究室訪問をして、本当に自分がそこで一緒に研究したい人たちがいるか基準にしたほうがいい」と言われました。

有名な先生資金調達がうまく、予算が潤沢にあるかもしれないが、学生指導を全くしない先生もいます

いい研究室が見つかるといいですね。

anond:20181012180708

ヨーロッパ学部生(自然科学)してます

院、どこで行くかそろそろ考えなきゃいけないので参考にさせていただきたいのですが、どうしてヨーロッパにされたんですか……?

私は中華圏に行こうか、ヨーロッパにとどまろうか、日本大学院試受けてみようか迷ってます

ヨーロッパ大学院(自然科学物理系)に通っているが、日本大学院と比べて授業が多い。

でも、多くの授業の評価方法テストではなく、何か学んだ技術を使った応用事例をプレゼンすることが多いことに驚いた。

2018-10-11

文系査読ってどこまで正しいの

大学教育なんてうけてない完全な門外漢から教えて欲しい。

まず論文査読ってのは、文理問わず、ある程度の有識者によって

「明らかな誤りを含んでいない(であろう)こと」が担保される制度って理解でいいのか?

そうすると、普遍的ルール存在する自然科学領域ならわかる。

ただ、法律学なんかの分野で、A説とB説のどちらの法解釈妥当かみたいな考証をした場合

何が正しくて何が間違っているか判断する基準はどうなってるんだ?

論理の飛躍なんかは明確に批判もできようが、

いずれの説もそれなりに筋が通り妥当といえるから両説が対立してるとかあるんだろ。

査読ってのをした担当者(?)の支持派閥によって判断が分かれることになるんじゃないのか。

しろ突飛なものも含めて色々な説を世に出すことの方が有意義に思える。

話題増田査読誌も沢山あるって話だったから気になった。

anond:20181010203532

法学:ほぼ実務に即するので、最高裁判決を頂点にある程度の客観性担保されてる。ただ、憲法学宗教論争化しており、政治学から批判が多い。海外の考え方を持ち込む意欲は強いが、逆に日本の考え方を海外に発信しようという気概はほぼない(知らないだけかもしれないけど) 

政治学2000年代初頭には「ポリサイ頑張ろう(政治科学する、政治という現象データ分析的な手法で考えよう)」みたいな機運があったけど、どうもうまくいってないっぽい。直近の状況は詳しくない。日本政治思想海外発信する人はあまりいないけど、分析手法は共有も兼ねて海外でも発表してそうな印象

そもそも社会学政治学表象を(知られているものとは別の角度で)著述することで新たな人間観、社会観、新たな概念を生み出す(例:円柱は正面から見たら長方形だけど、上から見たら円だよねみたいな)ことに価値を置いてる/いたので、どうしても自然科学的なアプローチとは相性が悪かった(歴史的に"天才のひらめき"によって前進してきた)。

はいっても、それ(天才待ち)だと理論は進展しない(しにくい)し、トンデモ理論であふれちゃうので70年代以降はデータ分析的な手法表象を改めるという手法が試されてる(道半ば)。

査読に関しても、個の集合体であるカオス的な)社会を扱っているので、反証はいくらでも可能で、大規模な社会実験が必要になる追試が事実上不可能なのでなかなか難しいと思う(こなみ)

2018-10-10

社会学正当性担保システムの弱さ

社会学は、自然科学で多く用いられているクロスチェックによる正当性評価方法採用しづらいゆえに弱いようだ。

社会学が人や集団相手にする以上、倫理的問題のある行為はできないし、再現性も後になってみないと分からないものも、検証のしようもないものもあるだろう。

では、フィルターがまったくないかというとそうでもないようだ。

比較しろ」って簡単に言いますけどね――質的調査VS量的調査 岸政彦×筒井淳也

https://synodos.jp/society/19195

上記記事中では、特に質的評価と呼ばれる手法が、評価しづらいという指摘がされている。

そのなかでもフィルターに近い作用は以下の文章にあらわれている。

質的調査にも、いわば「社会問題共同体」みたいなものがあると思うんです。そこには、研究者だけではなく、当事者活動家行政メディアだったり、いろんな人が緩やかにつながっている。もちろん共同体といってもみんな仲良しという意味ではぜんぜんないですよ。その内部には葛藤や亀裂もあります。ただ、いずれにせよ、そういった人たちが論文を読むことはまれですから、たくさんくだらない論文や報告が出てくるんですが、そのままそんなことを続けていると、後から別のところで叩かれたり、調査が出来なくなっていくんじゃないか。ひとりの質的調査者の研究が、当事者関係者たちとの関係性のなかで批判されて、広い範囲で、長いスパンフィルターが効いているんじゃないかとは思っていますね」

とあり、これが現在フィルター限界ということだろう。

まさに今炎上中の社会学者は社会との齟齬によって淘汰されつつあるのだと思う。

とてもウェットな世界のようにも思う一方で、自然科学世界でも似たりよったりのようにも思う。長く残る人の中には、その人柄であるとか、昨今低くなっているという論文再現性が高いとかの個人の信頼みたいな、業績としては評価されにくい隠しパラメータが高い人も結構いる。

論文再現性について ある医療大学長のつぼやき

https://blog.goo.ne.jp/toyodang/e/1316a8dad8d53aef57063e651b0763cb

そういう人でもテニュアポジション取るまでは苛烈性格だったとか結構あるけど。

脱線したので話を戻す。現在Twitterによって市民の目が届く範囲社会学が降りてきてると言えるのかもしれない。市民の目による監視完璧システムではないと思うが(人気投票的で、長期間での研究価値とは別の軸で評価されやすいなど)、大学の中だけで閉じていくよりは新しい評価軸の発生は概して好ましいことではなかろうか。

あるいは、評価する市民の目こそが試されているのかもしれないが。

anond:20181010003107

今回の件ってのは査読システムの件かな?

査読がないと質の悪い仮説が溢れ、それに基づいた研究が行われたり反論に手間取ったりして科学の歩みが遅れるから良くないよ。

あと質の悪い仮説が権威づけされて様々に応用されることにより世間様に迷惑をかける可能性も上がるよ。

けどまあ査読されてないなら仮説やそれを提唱する科学個人の質が保証されないじゃないか!ってのは確かなんだけど、それが特定の分野や社会科学全体への疑問につながるかって言うとそれは違うと思うよ。

共同体内で知識研鑽していくっていう過程査読あんまり関係ないし、科学が一番成果を上げた初期の時代には査読システムは貧弱だったからね。

自然科学は質の悪いもの客観的にわかやすいし、質の悪いものが世に出たときの悪影響が大きいか査読が重視されるってのがあるんだろうね。

[]2018年10月9日火曜日増田

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2018-10-09

https://anond.hatelabo.jp/20181009224656

社会学に限らず人文科学社会科学(いわゆる「文系」)が自然科学(いわゆる「理系」)と大きく立場を異にするのが、「社会現象絶対的真理はない」ということ。

自然科学において1+1=2というのはごく当然のことで(1+110という2進法を用いると法則がかわるよねとか、平行線直交しうるという概念を新設して非ユークリッド幾何学が生まれたとか、そういう話はあるがその辺は措く)、人文科学社会科学ではそういった明確な自然法則存在しない。ただ、それでもやはり仰る通りの「科学」の手法をとるなら、科学的な手法研究をしていかねば、という話は出てくる。

大学時代に受講していた政治学ゼミ教授が言った印象的な言葉がある。一字一句覚えているわけではないのであくまで要約と思ってもらいたいが、ざっとこんな感じだ。

「目の前に特定政治現象説明する理論があったとする。そこで重要になるのは『それが正しいかどうか』ではない。社会科学である以上、その理論に対する例外的現象が発生するのは当然なので『例外があるから間違っている』と考えるのはそもそも誤りだ。それよりも、『その理論がどのくらい多くの現実説明することが可能なのか』が重要論点だ。その理論否定されるとしたら、その理論よりも『より多くの現実』を説明できる理論が立てられたときだろう」

この辺の話はおそらく「パラダイム理論」という名前がついている。「正しいかどうか」ではなく、「どのように現実説明できるか」というのが「文系」では論点になる、というのは覚えておいていいかもしれない。

高校生社会学について調べてみた

キズナアイ騒動社会学話題になっている。その騒動の中で、「社会学って自分の好きなことを言っているだけの学問なの?」とか、「客観的視点が無いならそれ学問じゃなくね?」とか、「社会学って必要なの?」とか、様々な言葉が飛び交っている。

ところで、僕は大学に進学することを考えている、文系選択高校生である。そこでふと気づいたのだが、これから受験に臨むというのに、僕は社会学について何も知らない。知らないというのは、騒動で飛び交っている言葉に対して、「それってまぁこういうことじゃね?」という程度の考えができるだけの知識すら持っていない、ということである。将来ひょっとしたら選択肢に入ってくるかもしれない学問なのに!

そんなわけで、ネットで軽く社会学について調べてみることにした。

社会学」と検索すると、真っ先に、ウィキペディアの一文目が表示された。

社会学(しゃかいがく、英: sociology)は、社会現象実態や、現象の起こる原因に関するメカニズム因果関係)を統計データなどを用いて分析することで解明する学問である

分かったような、分からないような。とりあえず、“統計データなどを用いて分析する”ということは分かった。とするならば、騒動で言われていた、「客観的視点が無いならそれ学問じゃなくね?」ということに対しては、「統計データなどを用いて分析しているらしいよ」と答えることができそうだ。でも、まだ何となく腑に落ちない。

そこで思い出したのが、「そういや社会学って、社会科学の中にある分野だったよな」ということである。それなら「社会科学」も調べてみようか。

社会科学は、客観的社会真実を探求する事とともに、人類にとっての有益を追求する。また、文科系学問において基礎となる間主体的洞察力の活用自然科学に由来する客観的視点を両立することで成立する。

うん……? ざっくりまとめると、

社会法則みたいなものを見つける→それを利用することで、みんなが幸せになることを目指す

・「これ法則っぽくね?」ってカンを働かせることと、客観的視点を使うことの、両方をする

ってことでいいのかな。

いまいち理解できないのが、“自然科学に由来する客観的視点”の部分だ。これ何?

自然科学」で検索すると、高校生何となく信頼を寄せるウィキペディアには、残念ながら調べたい情報は出てこなかった。社会科学との対比の「自然」の部分に関する説明が多かったのだ。……ん? ということは、僕の調べたいことは、両者に共通する「科学」の部分にあるのではないか? その考えを以て思い返してみると、“自然科学に由来する客観的視点”、そう、“由来する”って書いてあったじゃんか。つまり客観的視点の由来が自然科学なだけであって、社会科学客観的視点を用いていない訳では無いってことだ。ああ、こんなことだから最近の子供は読解力が無い」なんて言われてしまうんだろうな。ともかく、客観的視点は「科学のものであり、それを知りたいならば、「科学」について調べればよさそうだ。そんなことを思いながら、「科学」のウィキペディアのページを開く。

こうすればこうなる、といった事象を集めることから、原因と結果を探してゆくのが科学方法である。言いかえれば、究極的な目的であるなぜ (Why) を一端棚上げにして、まずいかなる状態で、どのような (How) 現象が起きているのかを記述することと、どのような条件下で何が起きるかを記録し、それに基づいて因果関係分析しようとするのが科学である

……分からん。「科学」で調べた時に、「科学とは 簡単に」という検索候補が出てきた気がするので、そっちで調べてみる。

検索最初に出てきたのがこちら。

https://www.geek.sc/archives/623

科学とは、仮説を立てて、その仮説が本当に正しいのかどうかを様々なデータ論理を使って検証する行為です。

小学校中学校理科の授業を挙げて)先生実験前に皆さんに何かプリントを配って、「実験をしたらこういう結果になる」ということを説明したり、「実験によってどういう結果になると思うか、自分の考えを書きなさい」などのような指示を出したりしたと思います。そして、本当にその結果が得られるかどうかを検証するために、実験が行われたと思います。それが科学です。

なるほど、何となく分かった。科学とは、仮説→実験検証という、小中学校理科でやった流れのことなのか。ああ、じゃあ社会科学的な科学とは、「これ法則っぽくね?」ってカンを働かせる(仮説)→客観的視点を使う(実験検証)で、その実験検証に使う客観的視点が、社会学においては“統計データなどを用いて分析する”ことなんだな。じゃあ、「社会学って自分の好きなことを言っているだけの学問なの?」って言葉は、半分合っていて、半分間違っていることになる。自分の好きなことだけ言って根拠が無いのであれば、それは「好きなことを言っている」ということになるけど、根拠があるならば、それは科学証明された立派な法則だ。もっとも、優れた科学者なら、仮説の時点で言っていることはかなり正しくて、後は証明するだけ、ということもあるかもしれない。千田さんが何かオラついているのは、もしかしたらそういうことを言いたいのかもしれないなあ、なんて。

まあそれは置いといて、社会学を含む社会科学は、科学的な手続きを踏んで成り立ってきた法則を利用することで、みんなが幸せになることを目指す学問なのだから、どう考えたって人類にとって有益だ。だから、「社会学って必要なの?」というのはおかしいような気がする。

これでふわっと社会学について知ることができたし、「それってまぁこういうことじゃね?」と言うことができた気がする。ネットで軽く検索して得ただけの弱っちい知識ではあるけど、それだけでとりあえずは、例に挙げたような飛び交っている言葉解決できそうな気がする。もちろん、議論はその上に成り立っているものであるはずだし、そうでないと時間無駄だ。だから、これを「はっ、当たり前のことばっか書き連ねやがって」とか「いやここおかしくね? 幼稚な理解だな」とか言って、一笑に付してもらわないと困る――Twitterで何か言っている人たちとか。なので、この文章違和感のあるところがありましたら、ご意見の程よろしくお願いいたします。

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http://b.hatena.ne.jp/entry/www.anlyznews.com/2018/10/blog-post_9.html

MacRocco 南京大虐殺は無かった的な空気感文章千田とかブレンダが云々ってのは賛成だけどジェンダー論者全体を対象とするのはまずくない?っていう印象。

muchonov uncorrelatedさんのtweetは割と読んでるけど幾ら何でもこのバトラー評はないんじゃないのという気がする。『ジェンダートラブル』は重要転回だと思います

kingworld このブログを読んで何かをわかった気になるのはまずいと思う。ジュディス・バトラーの本の方が学びがある

Yoshitada 「フェミニズム界隈」ったって、学派によっては、表出の扱いひとつとっても真逆結論出すことも珍しくないんだからあんまり一緒くたにするのもどうなんだかな。

Fondriest 査読論文ガー!って言ってる奴らがこのドシロート自称社会科学的」を信じるバカさ加減といったらないよな/ドシロートというのは評価し過ぎか。意図的に分かろうとしないのだからもっと質が悪い

fuyu77 バトラーまで見境なく揶揄し始めたらそれはあなた価値認識できていないだけという話になる訳だが…。

zyzy またこの人かよ/これに食いつくの、標準医療を叩いて代替医療に傾倒するのとまったく同じなんだよなぁ。というか言ってる内容が完全に代替医療が標準医療叩くときの言い分

tikani_nemuru_M ブレンダの事例が「性差文化的ものによって決定される事例として、ジェンダー論の基本的な考え方を定める事になった」ってのは現代ジェンダー論をここの筆者がまったく理解していないことをよく表してるね(呆

yasugoro_2012 これのどこが社会科学的なん?

rgfx なるほど、人権自然科学説明できると思ってそうな感じの人だこりゃ。

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http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1274544

Ayrtonism まあ社会学自体若いからなあ。

yasugoro_2012 査読論文無しで業績評価される領域、他にもあるやろに。

segawashin 査読金科玉条みたいに言うツイ&ブコメ微苦笑漏れる。査読論文通した経験が実際あれば査読限界だって分かるはずだし、学問分野が本当にムラ村社会化しているなら機能しないであろうことも想像つきますよね

good2nd 「だから文系は」に短絡する人の論理性って…

miz999 なんかそういう業界(ムラ)もあるんだろ的な話なのに、はてな民が憧れる「学術的なもの」や「学術的な自分」や「理系的な自分」で鼻血が出そうなほど興奮してる感じは伝わってくる

peach_333 クリエイターとかが母校とか関係ある大学の(客員じゃなくて)教授になって研究室つのって文系だといくらでもあるじゃん文系教授必要要件なんてなくない?今は藝大だけど元SFC教授佐藤雅彦論文書いてない。

zyzy あぁうん、言った通りオタが南京大虐殺否定論者と同じ道を辿ってる。歴史学で勝てないか文系イチャモンつけた奴。「ていぎがていぎが」言い出し「ごーるぽすとがうごいたー」しだし「ぶんけいがまちがい」に至る

hiroyuki1983 自然科学無視し続ける「歴史上一回しか起こらない全く再現性のない事象」に対する知的眼差し必要なわけで、そういう学問においては自然現象のようなよって立つものがないので、ある程度はやむを得ない

datsuhaken 人文学系ならわりと普通のことでは?? 査読は無くても論文批判とか当然にあるし。 数学手法けが学問ではないでしょう。 そのほうが偉そうで違和感憶測情報批判するほうが'社会学'チックなのに

yas-mal そういう世界もあるのかもね…ぐらいの感想。てか、「社会学論文査読」って何やるんだろう? 論理ミスとか指摘するの?(さすがに一定レベルになったらそんなにあると思えないのだけど)

Cunliffe 素人適当なことを、以上の感想がない。アンチフェミってアホしかおらんのな。

font-da 査読制度就職はどこもいろいろあるさw/一般論を言うと査読付き英語論文博士号必須ではないし、掲載誌論文の質とは別問題かな(私の論文の質は本で確認して→https://www.amazon.co.jp/dp/4792352223/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_mPYUBbW5EKWCM


taron 流石に、この理系原理主義気持ち悪い。社会系の学問は、それぞれローカル歴史特性がある。つーか、理系でも英語査読論文常識化って、割と最近だろう。

anond:20181009070921

生態学とか生物学のしきたりは知らんが、

超新星爆発とか一過性の極みだよな。個々の超新星は一度しか爆発しないもんな。天文学もいらねえな。

はいくらなんでも、個々の学問分野の方法論どうこうを通り越して単に煽りたいがためだけに荒唐無稽な極論を振りかざしてるだけにしか見えんぞ…

それ言ったら自然科学実験は全て""個々の実験としては""一回きりだし、それに対して全部同じこと言うのかと。

anond:20181009052051

学問に対する競争原理を強化してきたのは財務省文科省だけど、

かに客観的評価の重視というのはそれに対処する理系研究者自衛のためのマインドセットかもしれない。

ただし、自然科学系と比べるとより限られたお友達の内輪評価だけで成り立っていて、

より早くより深く真理を発見するというシンプル競争原理すら作用しない人文系は、この流れの中で既に学部の存続すら危うくなっていることは忘れないほうがいいだろう。

anond:20181009052014

文系研究対象として地理的ローカルかつ繰り返しはあるかもしれないけど一過性現象を主に扱う以上、

研究内容自体がごくごく限られた人にしか興味を与えずほとんどは歴史的資料価値すらなく消え去っていくものが大半だと思う。

なので、増田が言ってることは心情的には分からなくもない。

ここが人文系宇宙共通普遍的真理を研究対象とする積み上げ塗り替え式の自然科学数学と大きく違う点だけど、

国際的基準による客観的研究評価が難しいとなると、目的効果について国民に対する明確な説明責任が求められる、

科研費などの税金ベース競争研究資金の枠組みに組み込んでいいものなのかは正直疑問なところではある。

政府(主に財務省)が文系学部の縮小の方向に動いているのも、こういうこういう見方をされている側面が強いんじゃないだろうか。

2018-10-05

NHKキズナアイ

今回の騒動最初は話がよく入ってこなかった。

なんか批判されていることが少しずつ違っていて、絡まって反批判されたりしていたり。

フェミニスト論調ってのが以前から苦手で、今回もいやだなぁと思ってしまったんだけど...

そういや元ページ見てないなと思ってみてみたらなんとなく言ってることがわかる人もいた。少し自分の考えを述べたいと思う。

先生と生徒、解説側と教わる側、こういった非対称性ジェンダーロールの押し付けだという話。

これはまあ正直そんなにジェンダーロールとは思わなかったけど、「台本やらせ感」みたいなのは感じた、所謂「モノ化」。これは記事構成のせいもあるかなと思う。

例えばキズナアイAIらしく機械学習しましたとかで入口の話を説明して、専門的に展開していく部分は先生にお願いする、みたいな感じだと変に燃えたりしなかったんじゃないでしょうか?

あとキズナアイイラスト性的かどうか、これについては個人感覚微妙否定しないが、こうした絵柄は時代に受け入れられてきたと考えるのが妥当だと思う。

スマホアプリcmは今やどんな時間でも見る。けいおん!ラブライブ典型的萌え絵アニメだが年代代表するような作品としてNHK放送されていた。

加えて過去メディアオタク批判が厳しかった時代にもコレクターユイツバサクロニクルなどを放送していた。

まりNHKは昔からアニメ文化肯定しているし、相応しくないなどの批判個人感覚押し付けなのでは?

最後理系女子をないがしろにしてるみたいな話については、今回はノーベル賞解説目的からそれはちょっと違うと思った。

まずもって純粋自然科学が好きで、それ以前に学問真剣で、そういう人ならノーベル賞受賞ってニュースあれば感化されて明るい気持ちになると思うけど...

もし理系女子応援したいってなら別の特集も立てればいいわけで、今回は注目の研究最近人気のキズナアイを通して伝えていくっていう記事なんじゃないですかね。

2018-10-01

国立大学法人化後、毎年のようにノーベル賞が出るようになった

もちろん出ない年もたまにはあるが、これだけ続くのは驚異的である

国立大学が得意とする自然科学分野の研究ばかりであり、さらにはことごとく国立大学出身者ばかりが受賞している。

法人化さらにはそれに続く諸々の大学改革連続受賞は明らかに連動して起こっている。

今後ともノーベル賞級の研究活動喚起すべく、関係者の方々には一層の大学改革に取り組んでいただきたい次第である

2018-09-30

anond:20180930113053

本気で言ってる。

ちびっこでも知ってる話」、特に今回の自然界云々は自然科学の領分であり、証明されてることならば根拠をつけて説明ができる。

少なくとも説明ページを張ることはできる

それができないのは自然増田思い込みに過ぎないからだと言われても反論できない。

anond:20180930111818

目が見えない子どもに『青』を伝えられない無力さ みたいな話を思い出した

そりゃ「青」というのが感覚に過ぎないからだろ?

ちびっこでも知ってる話」、特に今回の自然界云々は自然科学の領分であり、証明されてることならば根拠をつけて説明ができる。

少なくとも説明ページを張ることはできる

それができないのは自然増田思い込みに過ぎないからだと言われても反論できない。

2018-09-15

anond:20180913211909

ソーカル事件

文系の知見は、論理(正しい/間違い)ではなく感情(好き/嫌い)を表現している場合が多い。

ただの妄想希望証明証拠が欠落。

 

人文科学(じんぶんかがく)あるいは人文学(じんぶんがく、英語: humanities)とは、学問の分類の一つ。

広義には自然学学問対象とする自然に対して、人間人為の所産 を研究対象とする学問であり、またそれを可能にする人間本性を研究する学問である。これは学問人文科学自然科学に二分する分類法で、この場合社会科学人文科学に含まれる。

一方、社会人間と対比された形で一個の研究対象と見るとき学問人文科学社会科学自然科学に三分される。こちらの方が、今日では一般的である

2018-09-12

anond:20180912125718

自然科学発展させた科学者神父だったりするんだよな。

結局どの時代でも金と暇が集まるところが強いという。

2018-09-06

人生疲れた感がある(21歳・大学生

院試もなんとか乗り越え、研究も一息つき、爆睡してたら走馬灯のような夢を見た。

今頭がぼーっとしているが、眠くない。顔をあげるとPCが転がっている。

そんな状況で適当に頭の中を出力してみる。



実家では姉が癇癪持ち、母は他人に無関心なくせに過干渉父親ネガティブ性格で、認知症気味で、鬱で自殺首吊り死体も見た。

大学に行くと言ったら両親が猛反対、勉強できない姉が大学行くことに対して嫉妬勉強してこなかったお前が悪い)、

受験3ヶ月前に父親自殺、同時に自分メンタル崩壊し、毎日のように頭痛が止まらなくなり、生きてることへの現実味が何もなくなり、

実家を抜け出したいと思いながら不登校になり、家に引きこもる。

頭がいっぱいになりながら試験を受け、奇跡的(?)に国立理系大学に受かる。

一人暮らしを始めるが、高校までの嫌な記憶でいろんな記憶で頭が一杯になり、同じく死んだような顔で過ごす。

時間はあるが鬱屈しかない、サークルに通ったが、まあ、変な言動をして、

幼児的万能感丸出しメンヘラ男に執着され、更にメンタルを悪くする。

大学勉強はやればできるが、やったらできただけだとしか思えなくて、あんな家庭に生まれなければという18年間への後悔、

これからも死んだように引きずりながら生きていくしか無いと思った。

どうせ死ぬのになぜこんなことをしているんだと絶望感を引きずりながら死んだように布団にくるまる。

いつからだったか忘れたが、バイトサークルも辞め、

人間関係を一切断ち切り、映画小説マンガ歴史、心の病気の本、とにかくなんでも読み漁った。

ネルギッシュなもの、鬱になるもの哲学的思考を揺さぶられるもの

自然科学や、それが工学に応用されていること、哲学的思考は誰でもすること、世の中そんなにきれいにはできていないこと、大体の人は自分のことで精一杯で、他人に興味がないこと。

幼児的万能感は誰でも持っているもので、年齡と言うよりは、いろんな物事経験量によるもの

絶対他人自体観測できないことは、改めて考えると、普遍的で非自明ものと思う。(いや自明だろ)

自分学校や家庭で感じていた違和感が解消された気がした。

自分がこんな環境で育ったことなんて他人は知る由もないし、自分もまた他人の家庭環境なんて知りえない。

結局観測できることなんて限られていて、どれが地雷かなんてわからない。

血がつながっていたとしても自分以外は他人しかなく、それがよくわからないものである

そんな自分以外の他人がいる中で生きてきたし、今もこれからも生きていくしか無い。

死なない理由死ぬ理由がないからじゃないかなあ。

結局自分は何も知らない、ただ視界の狭い、家の人間となんとなく入った運動部のような人間しか見ず、

視野が粗野で、卑屈で、思い込みが激しい、ただ一人の、長い歴史のなかの一般人であって、結局はその事実しか存在しない。

ということが、ようやくわかった。

いまは漫画小説が好きな新しい友人ができ、学業も以前より面白く感じてきて、研究も(考えるのは)楽しくて、

ようやく正常に戻った、いや人生の中で一番頭ゴミが少ないような気がする。

こう書いてみると人の過去なんて文章しかならないし、そんなもんだなーと思える。

ボーッとした頭でも今読み返すと、こいつ将来に対する漠然とした不安にめちゃくちゃ苛まれているなーと思う。(今は昔よりまし)

ここで書いていることは、後悔というよりは反省にはなっている(といいな)。

なんだかなーこれからどーしよっかなー、やっとモラトリアムの始まりか??

とりあえず今は研究読書かなあ。生きやすくしたい。

やっぱ眠いしねるわ。悔いはない、と思う。

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