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はてなキーワード: 性役割とは

2021-05-11

弱者男性自分の窮状を「女の高望みが男の条件を爆上げし非モテが救われない」「フェミニスト自分性別差別しか声を上げず弱者男性を救わない」とか女のせいにしまくってんのは見て見ぬ振りで、

結局何が望みなんだと問われて「女をあてがえなんて言ってない、ただ俺達の存在を認めてくれればいい」と言い出すと全力でオ〜ヨチヨチとあやし出す。

直前まで女に救いを要求していたのに、「救ってくれなんて言ってない」とかい歴史修正簡単に受け入れて、

「じゃあ女叩きやめろ」という意見には「フェミニスト偽善者行政が救えない本当の弱者には冷淡!何故ならフェミニスト差別主義者だからだ!」と大人数で非難

で、旗色が悪くなってきたら、「男性自殺率が高い」だの「性役割を担わされることへの圧力が強い」だの、「これが弱者男性現実だ!」と突然非モテ論を封印し、弱者に限らず男性全体が晒されている問題だけをピックアップした記事を持ち上げ始める。

それこそフェミニストやらジェンダー学者やらが男性学として散々論じてきたことなのに、それは無視して

フェミニスト弱者男性キモいと言った!」とどこかの誰かの発言根拠に大合唱

はてな村って本当に弱者男性に優しいよな。

いやいや、弱者が困ってんなら優しくするのは問題ない。むしろ褒められるべきことだよ。

問題はお前ら、ホッテントリに上がってるまとめ系ブログ記事の女をマンコ呼ばわりしたりバカ呼ばわりするような発言無視するよな。

それどころか、女は感情的から云々とか賢ぶって差別丸出しのブコメつける奴もいるよな。

そういう連中には何も言わない、それどころか嬉々として加担することさえあるのに、自分リベラルフェミニストに何を要求してんの?

弱者男性も救うのが真のリベラルだ!ネットフェミニストは偽物だ!」ってドヤ顔で言うのはいいけど、じゃあお前は真のリベラル・真のフェミニストとして、はてな村で野放しになってるあからさまな性差別に対して何をやって来たの?

というかそれ以前に、お前は真のリベラルなの?それともリベラルを腐したいだけなの?後者なんだったらお前は一体何者なんだよ?

女の顔色をチラチラ窺ってる暇があったら男同士で連帯して助け合うための方策を考えろよ。

そこで「男はジェンダーロールのせいで他人を頼りづらいから無理」とかのたまうならもう二度と「弱者男性ジェンダーロールから降りた存在」とか言うなよ。

2021-05-07

弱者男性オタクってどういう関係なの?

この話に唐突オタクが出てきて、終盤に向けてどんどんクローズアップされていく理由いまいちよくわからないんだけど…

「改めて振り返って見ると(あくま感覚だが)普段から弱者男性モテない男性オタク等について酷い偏見言葉を投げ付けているのは、女性よりも男性が多いと感じる。」

男性もまた性役割に縛られるべきではない、弱くても、モテなくても、貧しくても、学が無くても、オタクでも、それを理由に蔑まれるべきでは無いし、差別されるべきでもない、それだけの事だ。それだけの事を理解する能力あなたに無いとは私は思わない。」

あなたは例えばオタクについてどう思って居るだろうか?特に最近オタクについて。左翼男性の中にオタクヘイターが多い事は知って居る。ただ平成生まれの私には(それが関係有るのかすら良く分からないが)あなた方のその憎しみがどこから来るのか、正直に言って皆目分からない。」

「ただ、あなたオタク弱者男性を蔑むその理由は何だろうか?もう一度それを考えて見て貰えないか、そしてその理由は本当に適切だろうか?」

オタクって弱者男性なのかな。だとしたら、どういう点で弱者なんだろうか。誰かにオタクキモい」みたいなこと言われてるから弱者ってことなのかな。それとも、弱者男性じゃないけど、弱者男性と一緒に蔑まれたり、差別されてる、と言っているのかな。



anond:20210506195215

2021-05-06

弱者男性問題批判すべきは女性フェミニストの他に居るのではないか?という話

この所弱者男性関連の話を追っていて「あれ?」と思った事が有るので記しておく。

 

弱者男性関連の増田ブコメを読んでると、やはり「弱者男性」という問題設定やそれが差別であるかと言う事について、否定的だったり抵抗感が有る女性コメントは有る、

ただ、この所(いや、最初からかも知れないが)弱者男性に同情的な人も出てきていて、「こういう事は良くない」という事を書いてくれて居る事も有る、本当にありがたい事だなと思う。(https://anond.hatelabo.jp/20210506114728 等がそうだ)

少しずつではあるけど、弱者男性の苦しみや境遇について理解は進みつつある・・・・・と言う事を考える内、違和感が有った。

 

そもそも弱者男性を嘲り差別し叩く人達は、女性フェミニスト以外の方が多いのでは?

 

これはコメントを大量に眺めるうちに至った実感だ。

勿論増田ブクマカ性別は見えない、しか性別が書かれている場合も有るし、ブクマカに関してはどこかで性別を明言してたので知ってる場合も有る。

改めて振り返って見ると(あくま感覚だが)普段から弱者男性モテない男性オタク等について酷い偏見言葉を投げ付けているのは、女性よりも男性が多いと感じる。(重ねてあくま感覚だが、女性アンチフェミ的な言説に反感を覚えつつも、男性差別的な言動については反対したり気を付けると明言する方が一定数居る)

既に「立ち向かうべきは強者男性だ」や「(童貞弄り等について)男性間で行われている事が多い」と言った指摘はあるが、ここで言いたいのはもう少しこの「はてな」と言う場にフォーカスした仮説だ。

まりはてなに多く居る左翼男性の事だ。

 

広い意味での弱者男性差別的な態度を取る所謂はてサ左翼男性について(あえて「リベラル」とは呼ばない、彼らは全くリベラルでは無いし、リベラルと呼ぶに至る経緯も正当とは思わないからだ)

心当たりが思い浮かぶ人も居るのではないかと思う。

もし弱者男性への蔑視差別主犯左翼男性に占められて居るにも拘らず、そこでうまれた反感が女性フェミニスト達へ向けられているとしたら、そんな事態理不尽だし、絶対是正されるべきだ。

女性フェミニストからすれば彼らは味方に見え、その言動が行き過ぎていたり男性差別的だと思ったとしても指摘しにくいかもしれない。しかしそのせいで生まれた反感が彼女らに向かうとすれば、それは非常にグロテスクだし、左翼男性女性フェミニストを盾に好き勝手差別的な言動を撒き散らしている、とも言えてしまう。こうした状況がもし有るなら、それは絶対に正しくない。

なので、確たる証拠の無い段階ではあるが仮説としてここに書く事にする。

 

はてなに多く居る左翼男性について、個々のプロフィールは良く知らない。

ただ例えば高齢左翼男性場合昭和的なマッチョイズムを持ち乍ら左翼である人は割と居たりする。実際何人かのブクマカコメントから昭和的なマッチョイズムを感じる事が少なくない。(私は平成生まれの為、そういう物を感じる度かなりの違和感に包まれる事に成る

度々指摘される事ではあるが、男性もまたミサンドリー内面化し得るし、それがマッチョイズムや家父長制、パターナリズムの形をとる場合はむしろ男性の方が内面化の度合いが大きいとさえ言える。

そうした彼らのミサンドリー弱者男性への蔑視差別を生み出しているとすればどうだろう?そうした状況への反感を女性フェミニストへ向けるのは間違いだという事に成る

 

非常に拙く、論理も明確に通って居ないと感じつつもこの文を書く私の目的は3つだ。

1つ、弱者男性や彼らに同情的な人達に向けて、彼らが批判するべき対象女性フェミニストではなく、左翼男性なのではないか、という可能性に目を向け、可能なら女性フェミニストへの敵意を解除して貰う事。

2つ、女性フェミニストへ向けて、少なくとも私個人女性フェミニストへ敵意は無い事を示し、その上でもし上記が適った場合は、弱者男性側の女性フェミニストへの敵意も解除・減少した事を知って貰う事。

3つ、左翼男性および強者男性に向けて、自らの内側にマッチョイズムが巣食っている可能性に目を向けて貰い、可能ならそれを解除して貰う事。

これ等が適う事で弱者男性問題解決するとは思わないが、理不尽な状況を是正する事は出来るのではないだろうか?

(また、弱者男性へある程度同情や思慮を寄せて呉れている女性フェミニストの方々へせめて少しでも報いる事は出来ないか?と考えた結果でもある)

 

最後に、左翼男性の方からすれば、この増田不愉快だろうと思う。けれどもあなた不愉快にさせる為にこれを書いている訳では無い事は知って欲しい。

「何故左翼だけなんだ?マッチョイズムや家父長制なら保守右翼の方が問題だろう」とあなたが思うとすれば、それは恐らく正しい。私自身、より問題が多いのは右翼だと思う。

にも拘らずここで「左翼」を選択する理由は、ここが左翼の多い「はてな」であり、またこの場に限っては弱者男性攻撃するメリット左翼男性の方が多いと考えるからだ。他の場なら「左翼男性」ではなく「強者男性」で括るほうが正しいだろう。

更に奇妙な話ではあるが、私があなた方をある程度信用している(信用しようとしている)という事情も有る。

右翼なら兎も角、左翼であるあなたがもしマッチョイズムを内面化しているとしたら、あなたはそれを恥ずかしいと感じ、是正するべきだと考えるだろう。

誰しも完璧ではない、男性ミサンドリー内面化する事も有り得る、その様な可能性にあなたは目を瞑らないだろう。私はそう信頼している。

この文章告発だとは思わないで欲しい。ただ穏便に、直して欲しいのだ。

男性もまた性役割に縛られるべきではない、弱くても、モテなくても、貧しくても、学が無くても、オタクでも、それを理由に蔑まれるべきでは無いし、差別されるべきでもない、それだけの事だ。それだけの事を理解する能力あなたに無いとは私は思わない。

私はあなた男性から降りて欲しいのだ。

あなたの中の呪いの解除を望むのだ。

あなたは例えばオタクについてどう思って居るだろうか?特に最近オタクについて。左翼男性の中にオタクヘイターが多い事は知って居る。ただ平成生まれの私には(それが関係有るのかすら良く分からないが)あなた方のその憎しみがどこから来るのか、正直に言って皆目分からない。

ただ、あなたオタク弱者男性を蔑むその理由は何だろうか?もう一度それを考えて見て貰えないか、そしてその理由は本当に適切だろうか?

私はあなたが誰も蔑まなくて済む世界を望む。

2021-05-05

anond:20210505115248

学生時代におとなしそうな男が性役割レッテルネタいじめられてたの一度くらい見たことない?

やっぱ「我が校にはいじめはありません」って素で思ってる視野狭窄タイプ

それともナチュラル加害者側で参加してたか無自覚だった?

2021-05-01

俺は anond:20210501053401 を書いたものではないが、さすがにこれは許せないと思った

id:metro 冒頭の男にあてがわれた仕事、女にあてがわれた仕事の話、で、それ給与は同じだったのかい?というのは聞きたい

2021/05/01

まず、男女共同参画社会基本法と、男女雇用機会均等法って知ってるか?時期的に性別によって賃金に差が付けられていることはあり得ないと思わないのか?

そもそも給与に納得できるほどの差があったら元増田の冒頭の「挨拶」が出てくると思うか?共感ゼロか?

次に、仮に「(納得はいかないレベルだが多少の)差はあった」として、それは客観的に見て、腰をいわすリスクとの差を補って余りあるほどの差なのか?

さらに、お前はその状況で「給与ちょっと差があるから、この状況は問題が無い」と思うのか?同じような状況を経験し、そのような諦観に至ったことがあるのか?

そして、元増田のような状況で「重労働がきついから、女性仕事を替わってほしい」が効くと思ってるのか?

最後に、仮に同じだったとして、「同じでしたよ」と回答を受けた場合、で?お前の意見の続きは何なんだ?

その「聞きたい」欲は、冒頭の「男性に不利な重労働が課せられていたという告白」を「給与の差(しかもそれがあるかどうかもわからないし、あったとしてもわずかかもしれない)」によって否定し、

見えているはずの男性の辛さを透明化し、矮小化し、現実自分に都合の良い認識に沿うよう捻じ曲げるための詭弁である

お前は、自分が、声を上げる弱者をなじり・そしり否定する、この世で最も醜悪差別者であることを自覚すべきである

お前のような輩が、男性にだけ課せられた肉体労働という社会的抑圧を、その「問いかけ」によって保持し、性役割を固定し、家父長制を再生産し、性差別を創り出し続ける。

2021-04-30

anond:20210429122335

分かりやすくて正確な良い解説だけど、倫理的思考ができないからじゃなくて悪意をもって「性役割固定の批判」と「あてがえ論」を一緒くたにしている奴等も沢山いるからなぁ。

特にフェミ系の人達は今まで女尊男卑キチガイミサンドリストとまともなフェミニズムとを一緒くたにされて批判されてきた歴史があるから、その復讐とばかりに「でも女の人権無視してあてがえと言っている奴もいるじゃん」とか言ってわざと議論を掻き回しているようにすら見える。

2021-04-29

anond:20210429122335

"例えば「「お母さん食堂」は性役割を固定する」と主張する人は「女性家事をするもの」という性役割の固定を批判している訳だが、

これは「家事をしない女性にも魅力を感じろ」「家事をしない私にも男をあてがえ」という意味だろうか?全然違うよね?"

いいや、「家事をしない女性にも魅力を感じろ」「家事をしない私にも職をあてがえ」という意味だぞ、馬鹿なのか?

職に関しては政府が作れるんだよ。結婚をするための人は政府が作れないんだよ

そんな事がわからいか増田馬鹿なんだぞ

いか、税を取るからには政府は職を保障しないといけないんだよ。貨幣ってのは労働の対価なわけ。その貨幣を配らない癖に税を取ろうとするから破綻するんだよ

昔で考えてみろ、土地も職もない奴から米や年貢を取るか?昔でも成り立たない事をやってんのが今の国なんだよ

土地貸したるから耕せ、仕事やるからやれ、この当たり前の事が分かってない

これと同じように女に関しても昔はモノ扱いであてがってたわけ。女も同じ人間から、それは成り立ちませんね。そういう社会になったの

から結婚に関しては政府保障なんかできないのよ?理解できたか

anond:20210429123309

論理的に考えても「女は下方婚しろ」は「低所得者にも女をあてがえ」以外の何者でもないやん

いや、違うね

まず「あてがう」を定義しよう。例えば女性が高所得男性と望んで結婚することは「あてがう」だろうか?一般的感覚として違うね

ここから「あてがう」は「意思に反して」&「結婚する」をさせる行動だと考えられる(割と雑な定義だが、問題ない範囲だろう)

一方「下方婚」は「意思に反して」という意味を必ずしも含まない

従って「低所得者結婚」=「下方婚」と翻訳しても

「女は下方婚しろ」=「女は低所得者結婚しろ

低所得者にも女をあてがえ」=「女は意思に反して低所得者結婚しろ

論理的意味内容が異なる。「女が自分意志低所得者結婚する」ケースが差分だね

まぁここまで考えなくても、「低所得者と望んで結婚してる女性って、普通にいるよな」と考えるだけで両者の論理的意味の違いは明白だけどね

 

更に、君は他にも間違いを犯している

そもそも上方婚批判と「女は下方婚しろ」も論理的意味が全く異なる、元増田ではその事を説明したのだが、日本語が読めなかったようで残念だ

また「女は」と言う主語の取り方も元増田の内容を鑑みればおかしい、「高収入女性は」とするべきだろう

正しくは「高収入女性上方婚について、個人自由制限しない形で解決できないか」という問題提起であり、そもそも具体的な解決方法を含まない

そして「個人自由制限しない形で解決」の中の一つの案として「男性が稼ぐべき」という性役割固定的な価値観是正が考えられる訳だ

 

では改めて添削後の内容で考えてみよう

高収入女性上方婚について、個人自由制限しない形で解決できないか」は「低所得者にも女をあてがえ」以外の何者でもない、だろうか?

何者でもない、と思うのは自由だけど、その場合論理的説明をぜひ欲しい物だね

 

あと

収入女性上方婚はむしろ格差を縮小する訳だから称揚される

こんな態度の奴は誰もいない。屏風の虎ですやん

これについては、だからこそそこを批判すればいいのに、と思ってる

上方婚批判格差拡大批判として捉える文脈ならここは明らかにウィークポイントなのに、狙ってる人が少ない、馬鹿って大変だなと思うよ

俺は上方婚批判が完全に正しいと思ってる訳でも、上方婚批判弱者男性絶対擁護したいと思ってる訳でもない

から見て論理的に考えられてない人が居るな、と思ったからそれを指摘してるだけだから上方婚批判批判したいならそうすればいいし、この部分はその為のささやかなヒントのつもりだよ

頑張ってね

「あてがえ論」に見えるのは論理性が無いからなのでは?

例えば上方婚批判をあてがえ論だとか言ってる奴が居る訳じゃん

でも明らかに上方婚批判とあてがえ論は論理的意味内容が違うよね?

要するに弱者男性関連の話を「あてがえ論だ」と批判してる人達って、論理的物事を考えられ無い人達で、言ってしまうと馬鹿って事なんじゃないかな?という仮説

 

例えば上方婚批判フェミニズム言葉翻訳すると、性役割固定への批判である訳だ

男性は外で働き金を稼いでこそ価値があり魅力がある、という昭和の様な古臭い価値観、性役割の固定を女性もまた内面化してしまっている、

という事を高収入女性上方婚をする傾向が示してしまっている。それに対する批判性役割固定への批判なのだからフェミニズム論理にも乗っ取る事だ

この位の事、考えれば分かる、ただ勿論分かるだけの能力がない人も居る、それだけの事なのだ

 

また上方婚批判格差拡大への批判としても理解し得る

例えば高収入人間同士がカップルを作るようになると、低収入側は低収入同士でカップルを作る事に成り、当然カップル間の格差は拡大する

ただし注意しなければならないのはここで言われているのは高収入女性上方婚の事だという事だ。低収入女性上方婚はむしろ格差を縮小する訳だから称揚される

高収入女性の」上方婚批判限定すれば、これは格差拡大への批判として理解できる

ただしこれは社会全体のマクロな話だ、ミクロの個々人の選択自由なのだから具体的な高収入女性高収入男性とくっ付く事は批判出来ないしするべきではない

従って上方婚批判は、ミクロ個人自由制限する「あてがえ論」ではなく、社会全体の上方婚という傾向を把握し、是正しようとするマクロ議論志向する事に成る

マクロミクロ区別できない人間はここで間違う、マクロ上方婚批判ミクロなあてがえ論を混同してしま

個人自由制限ではなく、社会全体の上方婚傾向の原因を考えるからこそ原因として「収入男性価値・魅力」という性差別的・性役割固定的な価値観の蔓延内面化問題化するのであり、

これはフェミニズム性役割固定的な表現批判するのと同じ論理

例えば「「お母さん食堂」は性役割を固定する」と主張する人は「女性家事をするもの」という性役割の固定を批判している訳だが、

これは「家事をしない女性にも魅力を感じろ」「家事をしない私にも男をあてがえ」という意味だろうか?全然違うよね?

上昇婚批判をあてがえ論と同一視する人はこれと同じような「「お母さん食堂」を批判する女性は男を欲しているに違いない」という気持ち悪い考えと同じ事をしてしまって居る訳だが、論理的に考えられない為に気付かない

性役割の固定の批判は、「性役割に適合しない私に異性をあてがえ」という主張とは論理的全然違うんだよ

 

よくフェミニストが「フェミニズムが広まれ男性だって役割から解放される」と言うでしょう

あれの中身が「男性が稼ぐべき」という役割から解放、つまり上昇婚傾向の解消なのよ

まり、だ。逆に言えば上昇婚傾向が解消されない限りフェミニストの言う「フェミニズムが広まれ男性だって役割から解放される」はただの空手形であり、最終的には嘘という事に成る

論理的に考えればこの辺りの話は当たり前の話な訳だけど、論理的に考えられなければここには至らない

から上昇婚批判が「あてがえ論」に見えるのであって、他の「~~はあてがえ論だ」も同じなんじゃないかな?

 

もっと論理的に考えられるように成って欲しい物だよね

論理的に考えられない人が議論とか、無理でしょ

 

 

追記

 

主旨を外してる人が散見されるので追記しておくけど、この文章の主旨は「上方婚批判等の主張と「あてがえ論」は論理的意味が異なる」「それが分からない人は論理的物事を考えられ無いのでは?(と言う仮説)」だからね?

勿論それが分かった上で上方婚批判自体瑕疵を云々しても良いけど、この文章に対して本質的ではない事は把握しておいてね

あくまで「上方婚批判=「あてがえ論」」なのか、が論点から、そこを無視して一足飛びに上方婚批判自体の是非を云々している人は、自覚的にそうしているのでないなら論理的文章を読解できない人、という事に成ると思うよ

2021-04-22

ある程度の女性経験ある男性なら同意してくれると思うんだけど、未婚女性ってアラサーになってもアラフォーになってもマジで恋愛に対するメンタリティ10代の少女なんですよね。年齢を重ねることで大人になっていくみたいな現象が未婚女性には生じない。ずっと少女のまま。外見はババアだけど中身はロリという誰も得しないロリババアなんだよな。外見がババアなんだからせめて中身もババアになっててくれ。大人になれない人たちが選択的に未婚女性になってるのか、未婚女性のままだと女は永遠に大人になれないのか、多分どっちの要素もあると思います

要するに男女それぞれの性役割(男は仕事・女は結婚出産育児)しっかりこなせなかった個体はいつまでも幼いという話なので。いつか王子様が来てくれるはずと夢見るのが少女。いつか何者かになれるはずと夢見るのが少年

現代社会、男の性役割がこなせなかった個体は「ひきこもり」とか言われて社会的パージされるけど、女の性役割がこなせなかった個体あんパージされないので、必然的女性の方が幼い人が多いと思いますね。「私は結婚出産育児はしてないけどちゃんと働いてる!」みたいな女、「俺は働いてないけど家事手伝いとしてしっかり家事をしてる!」みたいな男と同じなんだよな。家事手伝いの男を一人前と見做す方もいると思いますけど、自分は一人前ではないと思います

2021-04-18

2040年 日本の男たちは三つの勢力に分かれていた

一つは解脱者と呼ばれる連中だ

30年代に登場した副作用の少ない強力な性欲減退剤や精神安定剤を自らの意思によって服用し、甲斐性といった性役割から降りて趣味仕事世界に生きている。

といっても彼らに出世欲は湧かず、生活趣味に最低限必要金銭しか稼ごうとしないものが多い。

自らを、性欲奴隷から解放されて人生謳歌し、真理を探究するものと称しているが、実態は誰からも求められなかった苦しみの末に薬を服用した逃亡者たちがほとんどである

政府事実上一夫多妻制とみなせる独身税設立母子家庭支援強化といった制度制定が追い風となり、

気持ち悪くて弱い男が恋愛市場から退場することを求める女性の主張はもはや隠されず社会にて声高に叫ばれるようになったため、逃げざるを得なくなったとも言える。

彼らは確かに苦しみから解放され穏やかな顔をしているがどこか目に陰りが見えると言われている。

  

二つ目は”妄”目者と呼ばれる連中だ

太古から男たちは妄想にある理想的女性偶像を崇めていたが、ついに現代ではテクノロジーの粋を集めて女性妊娠機能以外のほとんどを代替できるサービス商品が実現されていた。

最も一般的かつ人気のあるサービスは、仮想人格主体として顧客生活シームレスな憩いを与えるものだ。家ではヒューマノイド台所ロボットアームに宿り、直接触れ合いながら充実した性生活を送ったり、”愛妻料理”を楽しむことができる。

外出先や勤務先ではXRグラス上に完璧偶像に宿った仮想人格が現れ、取り留めない会話をしながら日常通勤仕事休憩中に彩を与えてくれるだけでなく、外食旅行さえ一緒に楽しむことができる。

本人たちは幸せのものだが、傍から見ると虚空と話し心を通じあわせている姿は異様である。既に彼らの心は現実世界にはなく、自らを受け入れいなかった社会人間に対して目を閉ざしてしまった。

しかし、見たいものだけを見るには金が要る。最新のソフトウェア及びハードウェア技術を寡占する巨大tech会社たちにサブスクリプション方式で少なくない金額を払い続けられる、盲目で居続けられる者は一部の稼ぎのいい上位職者や技能のある者に限られた。

よって、稼いだ金銭では仮想人格一定期間しか呼び起こせずサブスクリプションが切れた悪夢に耐え切れず解脱者となる者も少なくない。

  

三つ目は上位者である

意味そのままで男性の上位2割がこの上位者に当たるが、明確な認定基準などというものはない。

まれからずっと解脱者や盲目者に逃げるまでもなく自然他人を愛し愛され、幸せ享受できていることで初めて自分上位者だったと知るのである

よって女性たちは上位者あくまでも普通の男の人と認知しているが、解脱者や”妄”目者からは種付け馬揶揄されている。

恋愛婚活市場の男は上位者しかおらず、先ほど述べたように事実上一夫多妻制が実現されていたため、女性たちは本能の赴くまま優秀な遺伝子を手に入れ、解脱者や盲目者も収めた税金不自由なく子供を育てた。

  

今はまだ黎明期である解脱者は負け犬だ”、妄”目者は現実逃避だ、上位者は種付け馬だという対立はまだ目立つ。

しかし皆は薄々気づき始めていた。そこには被害者加害者もおらず、全員が幸せになれる唯一の道であるかもしれないと。

2021-04-12

anond:20210412174211

自分表象研究も「それはそれで大事」と書いたよ。そういう表象差異効果定量的実証的に分析されてきちんと政策提言フィードバックされるなら、それはすごく価値があると思うし、もっともっとやってほしいと思う。

でも床屋政談みたいなやつばっかりだと、ちょっとまずいんじゃないかなって。たとえば研究者がSNSとか○○の表象について性差バイアスを指摘したり、それによる性役割再生産を懸念したりしても、「そうだそうだ」と「何だとこのやろう」という瞬間的反応を生んだだけで、そのまま虚空に消えていくような感じがしちゃうんだよね。自分は溜飲を下げたいわけじゃなくて、社会ちょっとずつでも変化していってほしいんだな〜

2021-04-09

上方婚批判=あてがえ論、って言ってる人、アレ本気なのかな?

一応弱者男性批判的な人達の中でも数少ないアレな人達だとは思うんだけど(つまりああいう人を全体だと言うつもりは無い)、

本気なのかな?と気になる。

 

だって明らかに論理的に別物じゃん、上方婚批判とあてがえ論は。

上方婚に偏る事を批判しつつ「自分独身でいい」「あてがわなくていい」と言うスタンスを取る事は明らかに出来るし、つまり非あてがえ論の上方婚批判普通に成立し得る。というか大部分はその層だろう。

これってそこまで難しい話じゃないと思うんだが、ああいう人にとっては難しいんだろうか?

失礼ながら「論理的物事を捉えることが苦手な人なのかな?」と思ってしまう。

 

上方婚批判自体は、例えばアニメとか漫画性役割固定的な描写に対して「偏見を強化する」「偏見内面化している」といった批判だったり、

階級格差の固定みたいな話と地続きの話で、左派的にも理解やすトピックだと思うんだけどな。

あてがえ論は女性側の人権制限するような、規制論やそれ以上の強い主張である訳だけど、「批判」と「規制」の雑な同一化ってこの人達にとって本当に都合の良い操作なの?

そのまま行くと、作品に対する批判イコール規制論だとする暴論まで許容しなくてはいけなくなって、ただのオウンゴールだと思うんだけど・・・・・そこまで考える事が出来てないんだろうか?

批判」と「規制論」の峻別って、「規制を求めてるわけじゃない」と言いつつ批判したい左派にとっては生命線でしょ?なんでその程度の事も分かんないんだろうか?

加えて、そもそも今の日本左派は、彼らの考える正義や公正さの為には表現の自由等の自由犠牲になっても致し方ない、という「社会的公正>自由」のスタンスでしょ?(だからリベラル」では無いわけだが)

それってあてがえ論の様な一方の自由犠牲にして弱者支援しようとするやり方に近いって事を自覚してるんだろうか?(尤も、近いだけで同一ではない、あてがえ論は左派の支持するような主張よりも明らかに過激からね)

イラストのしわとか頬の赤みなんてもの根拠に人の自由制限しようとする思想って、よくよく考えて見なくてもかなり過激なモノだよ?自覚ある?

 

上方婚格差の拡大・再生産を促し、偏見男性社会価値観収入=魅力)の内面化の結果(あるいはその再生産)ではありつつも、それ自体自由行為でもある。

当たり前だけど上方婚をする自由制限されるべきではない。

けれどもそのような自由な行動やその結果を社会問題化したり批判したりも出来る、というのが左派の根幹でしょ?

からこそ自由なはずの表現行為ジェンダー視点批判を入れたりも出来る訳だ。

上方婚批判も同じだよ。なんで分かんないのかな?

自由で正当な行為であっても、その結果として格差の拡大・再生産を促したり、偏見男性社会価値観内面化したり助長したりもする、そんな事当たり前だし、それこそが左派がこれまでしてきた批判根拠でしょ?

自分達の批判や主張が何を意味してるのか、ちゃん論理的に捉えていればこんなこと理解出来てて当然だと思うんだけど、なんで出来てない人が居るの?

2021-04-08

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともと赤木智弘氏がフリーターという就労状態をもとに立ち上げた切り口で、基本的には「属性弱者派」のうちの

経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

ブコメ返信part2】「議席をあてがえ論」フェミニスト弱者男性に憤

anond:20210407220901

さて、夜の間にまた結構な量溜まってるなブコメ

議席あてがえ論」の重大性に気付いてる者もいれば、相も変わらず教科書通りの問答をしようとする愚か者も多い。

議席とは人権である(正確には、そこに懸ってる人権がある)ということから目を逸らしてる奴はこの際論外として、

もう一点指摘をしておこう。

男性候補投票する女性もいるということだ。

男女平等信条とする俺には全く関係ない話だが、ブコメやらフェミニストには「女性人権」とやらを殊更重要視する差別主義者がいるようだ。

そういった連中に向けてのヒントだが、議席あてがえ」論は女性人権すら奪うということを肝に銘じておけ。

それともまたお決まりの、名誉男性と言って切り捨てるのだろうかね?

ブコメ反論元増田追加分)



plagmaticjam あてがえがあらそえに見えてきた

人権とは争いなのだ

hedgehogx 議席と女が同じものに見えてるのか。権力の主張が加害とイコールになってるからこんなに暴力的なの?

議席も「女」もあてがうと人権侵害する点では同じ。

権利の主張」が実現したら即、「加害」なので実現する前に批判する。「暴力的」?俺は字を打ってるだけだ。

自分の痛みにだけはセンシティブなんだな。結構なことだ。

AKIMOTO あてがわれる女には自由意志人権もあるが、議席にはそんなものはない

あてがわれる議席の裏には立候補者と多くの有権者がおり、議席にはその人たちの意思が込められている。

論外だ。恣意的に「意思」を選別してるんじゃないよ。

cleome088 フェミニストは世の中を良くするために「ルール」を変える話をしているが自称弱者男性ルールに乗っかって勝ちたい話しかしてないから。勝つことは大事だけど勝つ人間固定化したら腐るんだよ。

議席をあてがったら、その分「勝つ人間固定化」されるだけだろうが。

議席あてがえ論」は確かにルールを変える話」だが、それは「世の中をよくするために」じゃない。「自分たちが勝つため」に過ぎない。

違うとは言わせない。「世の中をよくするため」なら、女性にだけ「議席あてがえ論」を唱えたりはしない。世に遍く有象無象あらゆる属性にあてがうことを言い出すだろうよ。

あと、「女をあてがえ論」も結局は「そういうルールを作れ」=「ルールを変える話」。同じだよ。全く。

oakbow 個人的には今は反対だが、クォータ制政治世界多様性を半ば強制的にもたらすためのものだよ。もちろん女性権利拡大効果が大きいだろうが恩恵を受けるのは男女とも。女性あてがえとは次元が違うと思う。

1.政治世界は今も多様性担保できる機会の平等がある。その現状、選挙で選ばれている以上の「多様性」を無理やりもたらそうとするのはタダのエゴしかない。

2.男女とも?男性の受ける恩恵とは?フェミニストはいつも「フェミニズム男性も救う」っていうけど、具体的な話は全くないよね。

mobile_neko いま日本において議論されているのは「政治分野の男女共同参画推進法」を改正して政党立候補者数の男女比を努力目標ではなくルール化する事だし「議席」をあてがえと主張しているのは非主流派じゃないか

同じだよ。

政党立候補はいわば議席予選。そこに出る権利を奪うってのはやはり機会の平等及び参政権を損う。

kagecage 女性を"もの"として見てるんだなぁと悲しくなるな。自分はいフェミとして弱者男性ももっと性役割に縛られず自由に生きられるようになればいいと願っているよ。

論外。

最初から最後まで俺の増田には「権利」の話しかしていない。本文と関係ない綺麗ごとは自分増田で書け。

misomico なぜ分断するのか

俺が分断してるんじゃないし、「弱者男性」論が分断するのでもない。

もう分断されてるんだよ。フェミニストによって。

フェミニスト最初に「男性」を主語にしたとき、分断は起こった。

kunitaka 笑う資格は全ての人にある。俺なんかド底辺のドクズやけど、トランプバイデンプーチン習近平金正恩メルケルボリスも皆お笑い対象やで。バーカ、参ったかw

うん、まぁ、笑えばいいと思うよ。

kutabirehateko だからインセル弱者男性を一緒くたにするなよ。そしてインセル批判するのはフェミニストだけだと思うなよ。

論外。

自分にとって都合のいい選別をしてるんじゃないよ。

インセル」の本義(彼らが名乗った意味から外れた用法濫用しすぎなんだよ。

gcyn 『端的に言おう。これはフェミニストによる、「議席あてがえ論」である』 ちがうよ?

違わない。論外。

kitassandro で、これを書いてる人もフェミニストでしたーってオチ

人権派と一緒にするな。

elusin 社会構造を踏まえるならそんな幼稚な論理にはならない。気に入らないだけだろ。

バカの一つ覚え「社会構造」。具体性ゼロ論外。

kyo_ju 公選候補者や非公選役職に占める割合一定割合(しかも、人口比と同等かより低い割合)まで引き上げよという主張は特権の主張ではないので、"弱者男性にも男性特権を分かち与えよ"な御仁達とは全く同視できない。

そもそも公選の結果に「人口比と同等であるべし」などという要件はない。女性が半分以上の票を握っていて、それで今の結果だ。

ここから女性だけ」人口比と同等を保証する、というのは「特権」以外の何物でもない。

「同視できない」のは偏見の為せる業ですね。

yuichi0613 自分男性フェミニストじゃないけど、多様な社会をつくる以上、意思決定の場に女性を増やすことは賛成で、こういう単純な当てはめは反対かなあ

「多様な社会」と言いつつ、ステレオタイプな「男性」「女性二元論支配されてる自覚はあるのだろうか?

男性女性の代弁をしえない」(逆も)というのはその典型だ。

論外。

lawikakog 「努力が足りない」とか内容がジェンダーバイアスに塗れていてひどい。格差が広がるほど金持ちがどんどん金持ちになるのと一緒で男性優位になった階級男性で固定されるんだよ。それを構造的に見直すという取り組み

努力が足りない」はフェミニスト弱者男性に言い放っていた内容と全く同一。

そして金と違って票は3年/6年ごとに稼ぎなおさなきゃならず、固定はされてない。

そもそも女性じゃなきゃ」「議席をあてがえ」と言ってる奴が「ジェンダーバイアス」?あんまり笑わせんな。

論外。

unnmo 女性弱者男性→本人に責はない。女をあてがえ→人権侵害。クオータ制→社会構造的に元来女性側が侵害されてきた参政権回復手段。「女を〜」論は弱者男性救済案策として低レベルな為クオータ制の鏡像足りえない。

バカの一つ覚え「社会構造」。論外。

女性参政権普通選挙権実装後、一切侵害されてない。今でも女性は入れたい候補に入れている。

議席をあてがえ」論を実装すればそれこそ参政権侵害

「女をあてがえ」論は「議席をあてがえ」論と同じく、「特定属性への利益の最大化」という点にのみおいては素晴らしくハイレベル社会全体でみるとクソ。

理由は「特定属性」以外の人権を損ねるから。「議席をあてがえ」論も同じ。両方クソ。


つづく

2021-04-01

anond:20210331224514

逆カプって性役割が反転することを言うの?ならNLが逆になるのは無理があるんでは?

あと「カップリング定義曖昧になりやすい」GLって何のことだろう

友情愛情曖昧になりやすいって話ならGLの方が多そうだけど

2021-02-22

anond:20210220201306

これホモソじゃなくて性役割の重さが無くなったって話に聞こえるんだけど

わざわざ女の責任を無くしてホモソのせいにしてるのは何の理由があるんだろ

こういう免責的思考から女は管理職になれないんじゃないの?

2021-02-21

anond:20210221164655

ビースターズは作者がかなりのファザコンで(刃牙の作者の娘)伝統性役割フェティッシュを持ってることがダダ漏れなのでそういう価値観でも仕方ないなーと思う

2021-02-15

らしさから降りるってなんだろな

私は主に能力的な問題でさまざまな性役割をろくにこなせないしこなしたことない発達障害レズでおよそ世間の言う女性らしさとは遠いような気はするが、それでも女性らしさから完全に降りてるとは言い難いようにも思うし

2021-01-28

anond:20210128114327

女性なら生来性的資産自分経済的に支えてくれるパートナーを得られるとはいうけど、

多分これからそういう結婚って減る一方だよね。

出産する能力だけはありその他は無能女性」を養える男性は減っていくし、

強者男性強者女性と同格婚して階層固定化する傾向は一層強まるから

すでに10代や20代前半男性は「出産する能力だけはありその他は無能女性」をパートナー候補として避け始めているでしょう。

出産する能力だけはありその他は無能女性」に対する性欲に抗えなくて、セックスと引き換えについ養ってしまうのは、

男女の性役割・分業を小さいころから刷り込まれ欲望の形状がそのようになってしまった35歳以上だよ。

欲望の形状がそんなふうに固定化されているのに、養う能力がないっていうのは、時代の変化の狭間でつらいだろうね。

あと10代や20代前半の男性の、男女同権意識がフツウに高いからこそ女性にも能力を求めるトレンドは、出生数減に拍車をかけるだろうね。

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