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はてなキーワード: 南アジアとは

2020-07-31

anond:20200731041432

まずイギリスインドカレーをお返しした上で、日本イギリスカレーライスをイギリスにお返しする。

しかインド人がインドカレーこそ世界一と言ったところスリランカの人が激怒していた。

南アジア諸国でどの国どの民族カレー文化の真の所有者なのか、定める必要がある。

揉めるだろうから利害関係のない、つまりカレーを全く食べない国または地域の人に調停してもらおう。

しかし今や世界中インド人やパキスタン人が移住してカレー屋を開いている。

全くカレーを食べない国なんてあるのだろうか?

調停委員探しは暗礁に乗り上げた。

2020-07-18

anond:20200718124031

どちらでもないね

北米南米東南アジア中央アジア南アジア東欧西欧アフリカと見て回ったが、産業の発展と政策はあまり関係なかったな。

国や地域が伸びるか否かは、人口比でほぼ決まっていた。

だいたい、45歳以上人口が、45歳未満の0.8倍以上に増えたら停滞し始める感覚

日本地方行くと、この比率が2倍以上、離島過疎地だと10倍以上なところもあって、もう処置ないのよ。

観光地方交付税やふるさと寄付は、若い東京から老い地方への仕送りみたいなもんだ。

絶対人口数という市場の厚みや、天然資源の欠乏による国民の緊張感の維持、というのを産業成長の鍵に挙げる人も多いが、

こういうのに胡座かいてると、なぜかどの国も子どもの数が減るのよ・・・

韓国シンガポール中国特に東北地方)とか見てると、強烈に女性子どもを産まなくなってる。

影響が顕わになるまで十数年かかるが、そのうち日本にみたいになるだろうね。

2020-06-04

意識高い人たち、「日本人差別される側だから!」と呪詛かけるのやめろ、アジア人だという自覚がなくても叩くな

日本人白人側ではなく、差別される側の人種だよ」

日本人黄色人として黒人と一緒に白人から差別される側だ」

日本人自分アジア人だっていう自覚が無さすぎてヤバいよな………自分立ち位置理解した方が良い」

あん日本人って意識いかもだけどアジア人て余裕で差別されるよ」

日本人差別されてること自覚した方がいいわ」

昨今の黒人殺害事件で、人種差別に鈍感なように見える国内日本人にもどかしさを感じたのか、はてなでもtwitterでもfacebookでも意識高い人たちが一斉に「日本人差別される側だから!」って喚いている。

言いたくなる気持ちはわかるし、文脈を見れば日本人差別に敏感になってくれというのが真意の主張なんだろうとは見当がつくけどさ。

でも、なんか一斉にそういうメッセージを出されるとまるで呪詛みたいなんだよね

日本人とは差別されるものなのだ、お前は差別される存在であることを内面化しろ!って。

これ、結構暴力的メッセージじゃない?

差別対象なのだと刷り込まれ感覚、かなり気持ち悪い。

しかも「アジア系から差別されるんだよ」「アジア人だという自覚を持て」という主張もなんだかなー。

自分日本まれ日本育ち、家系的にも純日本人国籍日本海外旅行も数回行った程度なので、井の中の蛙であることは認めるけれど、正直自分を「アジア人」だと実感したことがない。

だってアジア人という概念って、日本人インド人パキスタン人もサウジアラビア人も含むじゃん。

中国香港台湾韓国北朝鮮あたりと一まとめにされるなら、距離的にも文化的にも歴史的にも容姿的にも近しいからまぁわからんでもないけど、東南アジア南アジア中東とかって全然身近に感じないし、マジで異国としか思えないのに同じものとしてカテゴライズされても「ハァ?」って感じ。

そもそもアジア人」って白人が言い出した概念じゃん。

ヨーロッパから見て東に住んでる人間を、文化も慣習も歴史言語もまったく違うのに、ただザックリと「アジア人」と勝手に名付けて分類しただけだよね。めちゃくちゃ白人至上主義な言葉じゃない?

そんな大雑把で身勝手な「アジア人」という呼称に、なんでこっちがアイデンティファイしてやらなきゃならんの。

しろ解体を目指してもいい言葉だと思うよ。


差別される存在アジア人

知らんわそんなの。

2020-04-03

やっちまった

と、思った。

夜、尿意をこらえながら帰途を急いでいたところ、南アジアの方と思しき中年のご婦人からしかけられた。

仰るには「荷物が重いので持ってくれませんか」。

どこまででしょうか、と尋ねると「まっすぐ行ったところのファミマまで」。まっすぐ行ってもファミマはありません、と言うと「すぐ近くのファミマまで」と。「すぐ近くのファミマとはどこでしょうか」と言うと「もう良いです」と。

その時は漏らす危険から脱せたと一時の喜びがあったが、尿意から脱した後で、後悔の念がやってきた。

「まっすぐ行ったところのファミマまで」と言われた段階で、この人は怪しいと思ってしまった。そんなものはないからだ。その疑念が伝わってしまったのだろう。

しかし、母語ではない言葉で、彼女表現を誤ったのかもしれない。その後の「すぐ近くのファミマ」が真意だったのかもしれない。

たぶん私も、母語ではない言葉必要とする場所でそのようになったら、諦めて「もう良いです」と言うかもしれない。

尿意我慢しているのです」ということを面倒がらずに説明して、近くの公園で済ませて手伝うべきだったのではないか

もし万が一彼女が悪意を持っていたとしても、それが明確に露見するまで付き合うべきだったのではないか

自分の中にある差別意識を見た気がして、嫌悪感を覚えている。

2020-01-11

anond:20200111003800

あとモンゴル砂漠っていわれるほど乾燥してるもんな、東南アジア東アジア南アジア諸国のなかでは食物が腐りにくいわな

逆にいうと水田湿度のたまものからそれ以外のものはすべて腐りやす気候、と

2019-12-29

女の権利を弱くすれば少子化解決する

いま出生率が高いのは、南アジアアフリカ中東

これらの国に共通するのは、女の地位が低く、キャリアプラン産む機械以外ほぼないこと。

日本や諸先進国はヘタに女に権利をあげて、産む以外のキャリアプランが多数出来てしまたか少子化になったに過ぎない。選択分散しただけなのだ

少子化解決するため、今こそ昔に戻り、男尊女卑日本を取り戻そう。まずは憲法改正だ。

2019-12-12

世界を五つのエリアに分けるとしてどこがいちばん強いと思う?

まず五大洲「ヨーロッパ」「アジア」「アメリカ」「アフリカ」「オセアニア」として、

アジアはひとまとめにすると強すぎるので「東アジア中央アジア東南アジア」と「西アジア南アジア」に分けて、

かわりにアフリカオセアニアが弱いので連合させよう。

ヨーロッパ近代覇権を握っていた古豪であり、現代でも隠然たる力を持つ。

東アジア中央アジア東南アジア中国盟主として日韓を左右に従え、世界工業力を牛耳る。

西アジア南アジア人口を抱えるインド石油を握る中東コンビ核保有国が多いのも見逃せない。

アメリカ世界最強国アメリカワンマンチーム。南米諸国サッカーが上手い。

アフリカオセアニア連合してもまだまだ弱そうだが、元・棄民と元・奴隷雑草魂で頑張ってほしい。

戦ったらどこがいちばん強いと思う?

2019-07-03

anond:20190703020312

うん、アフリカ南アジアでも医療の普及で乳児死亡率だけは格段によくなってる国は多い

が、社会環境産業制度は依然として前近代的場合も多々あってな

カーストが違う男女が結婚しようとしたら村人総出で焼き殺されるとか

部族が違うと大虐殺とか、魔女狩り(いまだにシャーマン呪術師がいて、逆にそれを異端視する政治家がいたり)

そういうのが21世紀にも平然と残ってる国もある

で、そういう国なのにIT企業家もいたりする

2019-06-18

anond:20190618095348

南アジアからみたらアメリカ大陸マリアナ海溝を超えた先だが、マリアナ海溝を超えたらすぐにアメリカ大陸にぶち当たるわけじゃない。

海溝を超えた先の広大な海を超えた先にやっと大陸があるわけ。

2018-09-28

ハリポタ作者がポリコレ炎上

ハリポタスピンオフシリーズの新作で、ヴォルデモート卿の愛蛇、ナギニが、アジア系女性呪いによって姿を変えられたものであったことが判明

ハリポタワールドではアジア系存在感は薄い。やっとアジアが出てきたと思ったら極悪人奴隷役!と炎上

作者のJKR「ナギニという名前インドネシア神話(注:インドと間違ったと思われる)に出てくる半身蛇半身人間神様から取った。アジア系女優が演じるのは妥当。良い一日を」

・これはオリエンタリズムだ!

アジア東アジア南アジア、いろいろあるんだよ!ひとまとめにすんな。インドネシア神話からとったなら南アジア人でないとおかしいだろ!なんで韓国系女優

インドネシアではなくインド神話では?元ネタナーガ邪神ではなく良い神様なのにナギニのような極悪キャラにするのもおかしい!文化へのリスペクトがない!

という感じ

2018-08-19

anond:20180819223009

表通りの道は韓国の店が多いけれども、裏道にはチャイナ南アジア人?の店が多いような気がする。

夜は犯罪多めで。

2018-08-12

anond:20180812215111

多分返信くれた増田元増田と違うとは理解している…

ダメなのは日本だけ、とか話す人って、引き合いに欧州のうち上手くいっていてかつ日本人が憧れがちな国を持ちだしてホラね!で済ますことが多い気がしてならない。東欧や東南・南アジアにもIT技術者は沢山いるのよね。

かにIT従事者本人に起因した話ではなくて、社会構造政策(つまり有権者の考え)に起因していることが理解できる。

元増田記事は、自己紹介野郎の屁のつっぱり、ってことで。

2018-02-23

南アジア中央アジア諸国歴史的英雄

anond:20180221160703

インドシヴァージー(1627-1680)ラーター王国建国者ヒンドゥー教徒を糾合し、周囲の各イスラム王朝と対決した。特にムガル帝国に対しては、大々的にゲリラ戦を展開して、当時のムガル皇帝アウラングゼーブを苦しめた。敬虔ヒンドゥー教徒であり、イスラム勢力と戦って独立を勝ちとったために、ヒンドゥー教国のインドでの人気が高い。
パキスタンアウラングゼーブ(1618-1707)ムガル帝国皇帝兄弟同士の後継争いを制し、父親幽閉して即位した。数十年にわたって帝国を栄えさせたが、晩年は長引くヒンドゥー勢力との戦いで財政悪化国土の荒廃を招き、己の統治の失敗を嘆きながら亡くなった。厳格なムスリムとして、ヒンドゥー教徒を激しく弾圧したため、イスラム教であるパキスタンでの人気が高い。
ネパールアマル・シンハ・タパ(1751-1816)ゴルカ朝の名将。ゴルカ朝がネパール統一したあと、アマル・シンハはさらに西へ進軍して領土を拡大した。その後、グル戦争において主力を率いて奮戦するもイギリス軍の前に敗れ去り、失意の彼は聖地サインクンドへ行きそこで亡くなった。グル戦争における彼らの戦いぶりが今も恐れられるグル傭兵誕生につながるのだが、それはまた別のお話。え、「ネパール釈迦だろ」? うん、そうね。
バングラデシュカン・ジャハン・アリもとはインドトゥグルク朝貴族で、ティムールトゥグルク朝を破ったあと、ベンガル地方にやってきて森林を切り開き、いくつかの街を建設して、その地を支配した。イスラム聖者ともされて、彼が建設したモスク群は世界遺産登録されている。
スリランカドゥッタガーマニー(前161-137)タミル人を打ち破り、初めてセイロン島を統一したシンハラ人の伝説的な王。実在はしたらしい。現在でも、タミル人との民族問題となると、シンハラ人がドゥッタガーマニーを持ち出すらしい。
ブータンガワン・ナムゲル(1594-1651)ブータンの高僧にして初代シャブドゥン。チベット仏教ドゥク派の後継争いに敗れてブータンへ逃れてきたあと、たちまち国内統一すると、各地に城砦建設し、たびたび侵入してくるチベット軍やモンゴル軍をことごとく打ち破った。
モルディブハメド・タクルファーヌ(?-1585)モルディブ植民地とし、キリスト教への改宗を迫るポルトガルから独立のため、島から島へと移ってゲリラ戦を展開し、八年の戦いの末にポルトガル人追放し、ウティーム朝を建てた。
カザフスタンアブライ・ハン(1711-1781)「大いなる災厄」と呼ばれたジュンガルの侵攻のなかで勇敢に戦ったため「英雄」と呼ばれ、やがて大きく三つに分かれていたカザフ部族連合の上に立ち、清とロシアの双方から「ハン」と認められるようになった。彼の死後、カザフロシアに対抗できなくなり、その統治に組み込まれていく。
ウズベキスタンティムール(1336-1405)モンゴル帝国の後継を名乗り、中央アジア大帝国を作り上げた世界史上屈指の軍事的天才オスマン帝国との戦争でその皇帝捕虜にしたアンカラの戦いは特に名高い。明との決戦へと向かう途上で死去した。
タジキスタンスマーイール・サーマーニー(?-907)サーマーン朝最盛期の君主。サーマーン朝はタジク人最後独立王朝でもある。サーマーン朝が滅びた後、この地域トルコ系、ウズベク系、そしてロシアの影響下に置かれ続けることになる。タジキスタン通貨ソモニ」はサーマーニーに由来する。
トルクメニスタンアルプ・アルスラーン(1029-1072)セルジューク朝スルタン。名高き宰相ニザームルムルクを重用して国力を高め、東ローマ帝国と戦ってその皇帝捕虜とした。セルジューク朝は「トゥルクマーン」という遊牧民建国したのだが、トルクメン人と「トゥルクマーン」の関係は明らかになっていないらしい。にもかかわらず、トゥルクマーンが建国したセルジューク朝スルタンや、伝説上のトゥルクマーンの祖とされるオグズ・ハンを、トルクメニスタン英雄視しているのは、そこに民族ルーツを求めているかなのだろうか。
キルギスマナス(?-?)世界最長と言われるキルギス英雄叙事詩に謳われる王。オイラト人の支配下にあったキルギスに生まれオイラト人やキタイ人と戦って勝利し、キルギスの王となり、北京への大遠征成功させた帰りに、敵の斧を頭に受けて死んだという。実在たかはよくわからない。実在が確実なクルマンジャン・ダトカのほうがいいかもしれない。
アフガニスタンアフマド・シャー・マスード(1953-2001)アフガンに侵攻したソ連軍を幾度も撃退して「パンシール獅子」と呼ばれた。タリバン政権に対抗する北部同盟の中心人物として活躍したが、9.11の二日前に暗殺された。あんまり最近の人は入れないつもりだったけど他にいないのでは。

2016-07-02

[] エスパドリーユ

スパドリーユ(フランス語: Espadrilles, 発音 : [ES-PUH-dril] )は、ピレネー山脈起源を持つ靴。

一般的に上部は帆布カンバス)や木綿布でできており、靴底は柔軟なジュート縄でできている。

足首部分にはしばしばレース飾りが施される。エスパドリーユを定義づける要素はジュート縄(黄麻)の靴底であり、

上部のスタイルは多様である

  

espadrille(エスパドリーユ)はフランス語単語であるが、カタルーニャ語でエスパドリーユを表すespardenya(アスパルデーニャ)に

由来する。スペイン語ではalpargata(アルパルガタ)、バスク語ではespartina(エスパルティナ)と表記する。

地中海地方にはロープを作るための丈夫でしなやかなエスパルト(カタルーニャ語ではアスパルト)という繊維があり、カタルーニャ語

スパルデーニャとはこの繊維という生地から作る靴を意味する。カナダケベック州espadrilleという単語は、ジュート製の

サンダルではなくランニングシューズジョギングシューズを指す。

  

南アジアバングラデシュは高品質ジュート繊維の産地であり、高級ジュート製靴底やエスパドリーユの完成品の製造拠点となっている。

世界全体ではエスパドリーユの完成品の90%がバングラデシュ製造されるものの、スペインフランスイタリアでもバングラデシュ

からジュート繊維の靴底を輸入してエスパドリーユの完成品を製造している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A6

2015-08-17

ばれない不倫の3条件

http://anond.hatelabo.jp/20150817183156

文書を読ませていただく限り、いまあなた必要なのは背中を押してくれるコメントだと思いました。

ですので、経験者として、家族を保ちつつも二人目の女性を愛するための留意点を共有させていただきます

不倫による変化が埋没してしまうくらい、あなた自身も変化しつづけてください。

不倫がばれるのは、あなた現在これまでの生活ルーチン化しているからです

少なくとも毎年2回は、新しいことに挑戦してください。趣味でも勉強でも、はたまた転職でもかまいません。

それを面倒くさいと思うくらいなら、不倫なんて無理です。

可処分所得を百万円単位で増やしてください。

だいたいのリスクは、お金回避できます。安いレストランに行ったり、ラブホテルなんて使うから、噂が立つんです。

アベノミクスのおかげでここ数年は達成が楽でしたが、これから南アジアあたりに注目されると良いかと思います

そんな努力経済力がないならば、不倫はあきらめてください。

最後に一番重要ですが、あなたもお相手も、良心を捨ててください。

「恋は盲目」といいますが、それは一時的もの

長続きさせたいなら、本格的にトレーニングをしてでも、良心を捨てさってください。

良心があるならば、不倫なんてやめなさい。

2015-07-29

世界料理

中国料理

古代では煮込み料理や生食も行われていたが、12世紀から強火力を用いた料理法が一般的となった。国土が広大なこともあって地方ごとの食文化に特徴があるが、油を多用し、強火力で炒めたり揚げたりすることが共通点とされる。華僑移民に伴い世界中に広まったことで、現地に合わせたバリエーション豊富である

インド料理

多種多様スパイスを用いるのが特徴。米やナンなどのパンを主食とし、乳製品もよく用いる。インドには「カレー」という言葉はなく、香辛料を使ったインド料理カレーと呼ぶのは便宜的なものにすぎない。また、左手を使わず右手だけで食事をすることでも有名。

トルコ料理

東西交易の中心だったことから中央アジア羊肉地中海の魚介とオリーブオイルアラビア小麦南アジアの米など、各地の食文化を融合したような料理になっている。ヨーグルトを多用するのも特徴。イスラム圏なので豚肉は使われず、もっぱら鶏肉羊肉が用いられる。

イタリア料理

古代ローマ帝国料理を原型とする。主にパスタピザが有名。イタリア半島南北に細長いため、異なる文化気候に基づいたさまざまな地方料理存在する。北イタリアではバターチーズハム、サラミなどを使った濃厚な料理南イタリアではオリーブトマト、魚介などの素材を活かした料理が特徴。

フランス料理

16世紀にカトリーヌ・ド・メディシスによりイタリア料理作法フランスに持ち込まれた。19世紀にアントナンカレームがフランス料理の基礎を作り上げ、その後にオーギュスト・エスコフィエによって大成された。濃厚なソース、洗練された盛り付け料理一品ごとに供することなどが特徴。

イギリス料理

ジャガイモ主食としており、フィッシュ・アンド・チップスが有名。その他の代表的料理としては、ローストビーフやミートパイ、さまざまな種類のプディングなどがある。食材執拗なまでに加熱すること、テーブルに調味料を並べて客に味付けを任せることなどが特徴。また、植民地であったインドカレー世界に広めたのはイギリスである

アメリカ料理

イギリス料理ベースに、イタリア料理ピザパスタアメリカ風にしたものや、ハンバーガーフライドチキンなどのファストフード文化バーベキュートルティーヤなどのアメリカ先住民食文化が混じりあっている。ケチャップチーズを多用するのが特徴。

ブラジル料理

地方によって差はあるものの、キャッサバトウモロコシ主食とし、牛肉豚肉、魚介、様々な豆類を用いる。かつての奴隷が、主人が食べたあとの豚の耳や足を、豆と一緒に塩辛く煮込んだというフェジョアーダ国民食

2013-09-30

内定式

世界グローバル活躍する弊社に内定された皆様、おめでとうございます。いや、ご愁傷様でございます

今や、弊社の売上の半分以上が、海外からの受注です。

我々は、なぜ世界へ羽ばたくのか。なぜ世界へ出る必要があるのか。その答えは非常に簡単です。

日本には、市場がもうないからです。

日本国内には、もう、我々の仕事がないから、我々は日本国から逃げ出さざるを得なかったのです。

日本を拠点に世界中活躍している、そう言うと聞こえはいいでしょう。

しかし、日本仕事がなくなった負け犬が、発展途上国都市部出稼ぎに出ている。それが実態なのです。

そして、その出稼ぎも、いつまで続くかは分かりません。

今、我々が仕事を受注している都市は、急速に発展し、急速に日本に近づいています

すなわち、再び我々の仕事がなくなる日は、急速に迫って来ているのです。

たとえその国や都市仕事がなくなっても、次は他の国、他の都市が発展し、そこでまた活躍できる。

これは、一部は真実であり、一部は真実ではありません。

確かに、次に発展しそうな国はいっぱいあります

東アジアの次は、東南アジア南アジア、その次はアフリカと推測できます

あなた気づきましたでしょうか。

だんだんと、距離が遠くなっていることに。

残念ながら、民間交通用の航空機革新的に速くなる兆候は全くありませんし、

Eメールより革新的に、時差を越えてコミュニケーションを取る方法は現れる見込みはありません。

我々が日本にいながら、アフリカ仕事ができるなんて、考えるべきではありません。

そして、世界仕事をするにあたり、ひとつ、考えなければならないことがあります

なぜその仕事を、日本で、日本人が、日本給与水準で、しなければならないのか、ということです。

日本には優れた技術がたくさんあり、優れた技術者がたくさんいるから。それは、ひとつの答えでしょう。

我々のような高度な技術を持った中国企業はなく、我々のような高度な技術を持った中国人もいない。

から日本で、日本人が、日本給与水準で、その仕事をしなければならない。

ところが、考えてみてください。

技術は、日本人にも中国人にも、等しく、教えることができます

そして、本日内定されたみなさんは、そこらへんの中国人と同じく、我々のような高度な技術を持っていません。

既に何年も実務経験を積み、技術を身につけた我々には、我々にしかできない仕事ができますが、

皆様は、日本しかない技術を持っておらず、中国人と比べ、これといったアドバンテージはありません。

あなたたちのライバルは、日本人でも、優秀な中国人でもありません。

あなたたちの給料よりもずっと安い給料で働く、並の中国人です。

あなたたちは、並の中国人が数人かかってやっとできる仕事を、一人でしなければならないのです。

だってあなたたちの給料は、並の中国人給料の数倍なのですから

これまでにも労働者たちは、機械コンピュータ仕事を奪われてきました。

機械コンピュータでもできる仕事をしていた人たちは、職を失ったのです。

それでも、機械コンピュータには苦手なことをしていた人たちは、職を失わずに済みました。

しかし、今度はどうでしょう

中国人にできなくて、日本人にできること。そんなものがあるのでしょうか。

どちらも同じ人間同士です。体の構造、脳の構造、どちらも同じです。

にも関わらず、あなたたちは、並の中国人、数人分の仕事を行う能力が求められるのです。

世界グローバル活躍する弊社に内定された皆様、おめでとうございます。いや、ご愁傷様でございます

2013-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20130224000548

「なんでこんなにも日本人には」っていうからには、海外人間は、日本人よりも哲学に造詣が深いという事を示す必要があるが、実際どうなんだ?

当然、世界各国、北米南米欧州アフリカ西アジア南アジア中央アジアロシア東南アジア南洋東アジアまで含めて調査して、その上で日本人がずば抜けて哲学に興味が無いという調査結果が必要だね。

もちろん、学問を語る以上、その前提となる調査の結果くらいはあるんだろ? 見せてくれよ。

まさか「無い」なんて言わないよね。客観的な調査がないってことは「人生哲学経験だけで得たもの」でしか無いんだからさ。

2012-10-26

Pocket Planes 都市解説日本語

アフリカ

Al Fashir
エル・ファシールは、周辺地域でつくられた穀物や果物を供給する農業市場です。
Algiers
アルジェは、海から迫り上がるように建てられた白く輝く建築群のために、別名「白のアルジェ」と呼ばれています。
Bamako
バマコという名前はバンバラ語で「ワニの河」を意味する言葉に由来しています。
Beira
ベイラは、ジンバブエ、マラウィ、ザンビアなど南アフリカ諸国が輸出入を行う、古くからの主要な交易地です。
Benghazi
ベンガジの地は、2011年のリビア内戦で転換点となりました。
Cairo
カイロは、スフィンクス像やギザのピラミッドに近いことから、古代エジプトとも関係が深い都市です。
Cape Town
ケープ・タウンは、東アフリカインド、極東への供給基地として、オランダ東インド会社によって開発された都市です。
Casablanca
カサブランカ港は世界でもっとも大きな人工港の一つで、モロッコの経済、ビジネスの中心とされています。
Dakar
ダカールは、かの有名なダカールラリーの終着点でした。
Djibouti
異国情緒あふれる建築群が立ちならぶジブチは、「紅海におけるフランスの香港」と呼ばれてきました。
Durban
ダーバン市の有名な海浜地帯は、ゴールデンマイル、あるいは日常的に「マイル」という名前で呼ばれています。
Harare
ハラレ(1982年以前はサリスベリー)は、ジンバブエ最大の都市であり、首都でもあります。
In Salah
サラという名前は「よい泉」という意味の言葉に由来していますが、イン・サラの水はむしろ悪質で塩辛いことで知られています。
Johannesburg
ヨハネスブルグは世界の輝かしい首都であると主張していますが、その栄冠を主張する都市は他にもあります。
Juba
(Wiki のリンク先がムンバイになっています)
Kaduna
カドゥナのシンボルは、現地ハウサ語でカダと呼ばれるワニです。
Kampala
ブガンダのカバカ(王)、ムテサ・イは、やがてカンパラと呼ばれるようになるこの地域をお気に入りの狩り場としていました。
Kananga
カナンガとは「平和と愛の場所」という意味です。植民地時代以前は、領土問題を解決する条約の制定会議のために首長たちがここに集まったためです。
Khartoum
(Wiki のリンク先が長崎になっています)
Kinshasa
キンシャサは、コンゴ川リビングストン滝上流において航行可能な、初めての港として建設されました。
Kisangani
サンガニは、コンゴ密林地帯最大の都市です。
Lagos
ラゴスは、小川に隔てられた、ラゴス潟湖の南西口を縁取る島々に生まれた大都市です。
Lilongwe
リロングウェにはたくさんのヨーロッパ人と南アフリカ人が住んでおり、多くの国際支援機関がここを本拠地にしています。
Livingstone
リビングストンは、巨大で美しいビクトリア滝の水源地です。またの名をモシ・オア・ツニャ、「雷鳴轟く煙」という意味です。
Lobito
ロビトは、アフリカで最も良質な天然港を利用するために、ポルトガルマリア二世の命令で1843年に建設されました。
Mahajanga
マハジャンガは、美しい浜辺、ココナッツの木が並ぶ遊歩道を備え、そして雨のふらない晴れ間が8ヶ月続く、人気の観光地です。
Mogadishu
モガディシュは、インド洋沿岸のベナディール地方にあり、数世紀にわたって重要な港として機能してきました。
Mombasa
モンバサは、近代において香辛料、黄金、象牙貿易の重要な中心地でした。
Monrovia
1822年に建設されたモンロビアの名前は、リベリア植民地化の突出した支援者であった合衆国大統領ジェームズ・モンローにちなんで名付けられました。
Nairobi
ナイロビ国立公園にはライオンキリン、クロサイなどたくさんの動物がおり、また400種以上の鳥たちの繁殖地にもなっています。
Port Elizabeth
ポート・エリザベスにある聖ジョージ公園のクリケット競技場は、オーストラリアイングランド以外の地で練習試合が開かれた最初の会場です。
Port Sudan
ポート・スーダンは、紅海からナイル川までを繋ぐ鉄道の終着駅として、1909年イギリスによって建設されました。
Timbuktu
ティンブクトゥはサハラ砂漠の南の端にあります。砂丘に囲まれ、道路は砂で覆われています。
Tripoli
トリポリは、そのターコイズブルーの海と白亜の建物で、情緒を込めて地中海の人魚と呼ばれています。
Windhoek
ナミビア大学、ナミビアで唯一の劇場、中央省庁本庁舎、また主要なメディア金融機関はすべてウィンドフックにあります。
Zanzibar
ザンジバルの主要産業は香辛料、ラフィア椰子と観光業です。特に島嶼部では、クローブナツメグシナモン、胡椒を産出しています。

アジア

Aden
アデンは、1937年までイギリスインドの一部として統治され、アデン居留地として知られていました。
Ahmedabad
アフマダバードは、20世紀前半におけるインド独立運動の最前線でした。
Anadyr
アナディリは、ロシア東端の街であると同時に、ロシア極東地方にとって重要な港と空港になっています。
Baghdad
チグリス川沿岸に位置するバグダードの街は8世紀に成立し、アッバース朝の首都となりました。
Bangalore
バンガロールは庭園都市とも呼ばれ、かつては隠居生活天国と呼ばれていました。
Bangkok
バンコクでは、夜の繁華街に加えて文化的建造物やアトラクション異国情緒を醸し出しています。
Beijing
北京首都国際空港は、世界で二番めに多い利用者でごった返す空港です。
Butwal
ブトワールは、西ネバールカトマンズ都心を繋ぐ主要な玄関口です。
Cebu
セブでもっとも有名なランドマークマゼラン十字架です。1521年に、フェルディナンド・マゼランが鋳造したと言われています。
Chengdu
成都には、世界的に有名なジャイアントパンダ生育研究所が設立されています。
Delhi
ニューデリーの設立記念碑は、英国王ジョージ5世とマリー妃によって1911年12月15日キングスウェイキャンプに定礎されました。
Dhaka
ダッカの街では毎日40万台の自転車リキシャが走り回っており、世界一のリキシャの首都として知られています。
Guangzhou
1514年、欧州人として初めて広州にたどり着いたポルトガル人は、遠隔貿易の独占権を確立しました。
Hanoi
ベトナムの首都ハノイは、2010年、公式に建設から1000年を迎えました。
Harbin
ハルピン国際雪祭りは、世界四大雪祭りの一つです。
Hong Kong
香港は、1997年に中国が統治権を取り戻すまで、大英帝国植民地となっていました。
Hyderabad
ハイデラバードは、トリウッドとして有名なテレグの映画産業の中心地です。
Istanbul
今はイスタンブールです。コンスタンチノープルではありません。
Jakarta
ジャカルタは、別名ビッグドリアンといいます。ビッグアップルと呼ばれるニューヨーク市インドネシア版と目されているためです。
Jerusalem
イェルサレムは、三つのアブラハムの宗教、ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地です。
Kabul
カブールは3500年の歴史を持っています。交易路に位置するその立地の戦略性のために、多くの帝国がカブールの谷を巡って戦ってきました。
Kandahar
カンダハール地方は、高級フルーツ、特にザクロブドウの産地です。
Karachi
カラチは、南アジアと広域イスラム世界における高等教育の中心地です。
Kolkata
かつては英語綴りの Calcutta が正式名称でしたが、ベンガル語の発音にあわせるため2001年に Kolkata に変更されました。
Kuching
クチンはブルネイ首長国の一部でしたが、1841年に、英国人冒険家ジェイムズブルックの個人王国として割譲されました。
Kuwait City
1936年の油田発見によって、衛生、教育サービスなどクウェート市の生活水準は劇的に向上しました。
Lhasa
ラサは、ポタラ宮、ヨハン寺院やノルブリンカ宮殿など、チベット仏教の強い文化的特徴をもつ土地です。
Magadan
マガダン経済の主な収入源は、金鉱業と漁業です。
Manila
マニラは、1平方キロメートルあたり43,079人が住む、世界一人口密集率が高い都市です。
Mumbai
かつてボンベイとして知られたムンバイは、インドで1番、また世界では4番めに人口が多い都市です。
Muscat
マスカットは、アラビア海オマーン湾岸、戦略地であるホルムズ海峡の近くに位置しています。
Nagasaki
1945年8月9日、長崎はアメリカによる2度目の原爆攻撃の標的になりました。
Nanping
南平を取り囲む高い城壁は、古代に敵襲に備える防壁としてつくられ、砲撃を防ぐために使われました。
Norilsk
リリスク、タルナクのニッケル鉱床は、世界最大のニッケル、銅、パラジウム鉱床です。
Novosibirsk
ノボシビルスクは、モスクワサンクトペテルブルグに続いてロシアで3番めに人口が多く、アジアンロシアでは最大の都市です。
Osaka
大阪では、大阪湾湾岸にある人工島につくられた関西国際空港が営業しています。
Padang
(Wiki 記載の英文が他の街のものになっているような…。)パダンは、平均年間降水量が4,300ミリで、インドネシアでもっとも湿度の高い都市の一つです。
Palu
パルの主婦業は、木材彫刻、木材加工、編み物、さらにカゴづくりや敷物づくりを含みます。
Pevek
20世紀を通してソ連に錫、ウラニウムを供給したペヴェクの労働者は、強制労働制度による囚人たちでした。
Port Moresby
1975年9月、パプワニューギニアはポート・モレスビーを首都として独立しました。
Rangoon
ラングーンの下町は、緑に包まれた通りと、デカダン調の建築物で知られています。
Riyadh
サウジアラビアの首都として、リヤド南アジアイエメンスーダンなどの出身の住民も住む多様性のある都市です。
Sapporo
札幌は、サッポロビールと、有名なホワイトチョコビスケット、白い恋人の地元です。
Sendai
2011年3月、マグニチュード9.0の地震とそれに続く大規模な津波が仙台を襲い、深刻な災害を引き起こしました。
Seoul
ソウルは、世界でもっともインターネット接続率が高い都市です。全人口の半分以上がブロードバンド接続を活用しています。
Shanghai
上海は、人口において中国、世界でもっとも大きな都市です。
Shenyang
瀋陽は、中国東北地方における主に日本、ロシア、朝鮮との交通、商業の中心地です。
Singapore
シンガポールは、シンガポール島、またの名をプラウ・ウジョン島として有名な本島を含む63の島々で構成されています。
Taipei
台北101は、101階建ての超高層ビルで、完成時には世界で一番高い建物でした。今は2番めです。
Tehran
イランはその歴史上、何度も遷都をおこなってきました。テヘランイラン国家の首都として32番めになります。
Tiksi
ティクシの冬はとても寒く、11月から2月まで、気温はずっと氷点下です。
Tokyo
東京は日本の首都で、世界最大の都市です。ゴジラなどの巨大怪獣に定期的に破壊されます。
Ulan Bator
ウランバートルは、1639年に遊牧民仏教修行の中心地として建設されました。1778年に、現在の位置に恒久的に落ち着きました。
Urumqi
中国西域最大の都市ウルムチは、世界一海から遠い都市の記録を保持しています。
Vladivostok
ウラジオストクロシア太平洋艦隊の母港であり、太平洋におけるロシア最大の港です。
Xi'an
秦始皇帝陵と兵馬俑は、西安郊外にあります。
Xining
西寧は、夏の涼しさから中国避暑地の首都とも呼ばれてきました。
Yakutsk
ヤクーツクは、1880年から1890年代に金やそのほかの鉱物の大規模な埋蔵が発見されて以降、都市として発展しました。
Yinchuan
銀川は、周辺草原地帯の遊牧民が飼う家畜の群れから生産される動物製品を取り扱っています。

2009-08-01

気がつけば、中国軍事力に囲まれていたインド

バングラデシュの軍事・政治・経済保護国インドから中国へ移行していた

バングラディッシュにとって1971年独立戦争の折、力強い味方はインド、敵はパキスタンだった。バングラディッシュという国名は「ベンガル人の場所」という意味、旧名は「東パキスタン」。パキスタンはパシュトン人の場所、という意味だからベンガル人からみればとんでもない話だ。バングラディッシュにとって「敵の敵は味方」だからインド、その背後の米国もつよい味方の筈だった。

独立達成から四年間、中国バングラディッシュ独立国とは認めなかった。そして三十八年の歳月が流れた。

パキスタン中国と緊密な軍事同盟のままであり続けた。インド中国との敵対関係を緩和し、経済交流を始めた。いまやインド商人が大挙して中国に買い付けに行っている。そしてバングラディッシュ首都ダッカには五万人規模のチャイナ・タウンが出来ている。バングラディッシュに進出した中国の繊維企業が百万人のバングラ女性ミシン工として雇用している。繊維製品のクォータ(数量制限)を回避するため、アパレル産業はつぎつぎと中国以外の国へ移転するためである。

さて問題は中国海軍力の突出である。ミャンマーの沖合ココ島に中国は軍事レーダー基地を租借し、インド海軍の監視所を設置した。同様にバングラディッシュの港に軍事観察基地を租借する思惑がある(ジェイムズ財団発行『チャイナブリーフ』、09年7月22日号)

海軍力突出は資源戦略のためのシーレーン確保とセット

1975年中国バングラディッシュと国交を開いた。矢継ぎ早やの友好条約経済関係の緊密化、ソフトローンの貸与、文化交流そして、軍事技術供与へと至る。同時期にバングラディッシュ新世代の間でマオイストが跳梁跋扈した。

北京は「あのマオイスト中国関係がない」と言い続けた。ネパールに出現したマオイスト政権、それ以前から武器バングラディッシュマオイスト経由でネパールに流れ込んでいると観測されていた(実際に小生もダッカ大学で構内そこら中に毛沢東ポスターを目撃した)。

2006年中国バングラディッシュ軍に大量の武器供与したが、そのなかには65の対空砲、地対空ミサイル114基。戦車T―69,T-79。さらに兵員用の機関銃。くわえて中国2012年までに122ミリ砲、155ミリ砲も供与する。これらは「友好価格」にて中国から供与される。

中国海軍バングラディッシュ海軍との合同演習も行われ、艦発射ミサイル砲艦、ヘリ搭載駆逐艦などがベンガル湾に勢揃いした。チッタゴン港の港湾拡充工事中国が引き受ける手はずとなった。

パキスタンのグアィダール港は深海、将来は中国の原潜、空母寄港も可能。スリランカのハンバントタ港もしかり。そしてチッタゴンも。

1977年からはバングラディッシュ空軍ジェット戦闘機供与されはじめ、中国はF7,A5のほか、F-7BG16機を供与した。

インド軍高官は、バングラディッシュ国内に中国の観察基地が貸与されると、インドの北東部に位置する空軍基地バグドグダ基地にミグ21。ハジマラ基地にミグ27,テズプール基地にはスホイ30が展開されている)が、レーダーによってたちまち中国軍に掌握される危険性があるという。かくなればベンガル湾からアンダマン海にかけては「チャイナ湾」となりうる。

ミャンマーとの接合も総合的に地政学的に判断

軍事力ばかりではない。資源戦略と濃密にからむのが中国軍事力拠点の拡大とシーレーンの拠点確保という動きに繋がる。西側が制裁しているミャンマー中国の異常接近は前から指摘されてきた。

ミャンマー沖合海底に眠るガス田開発はシノペックが応札し、また同海域はバングラディッシュの領海と重なる微妙な区域だけに、両国中国の調整を望む。ガスのパイプラインミャンマーから2806キロ。年間120億立方メートルのガスを雲南省昆明へ輸送する。2012年完成予定。石油パイプラインは1100キロ、日量40万バーレルを運ぶプロジェクトだ。昆明からミャンマーへのハイウエィ900キロ。これをバングラディッシュのチッタゴンへと繋ぐ。ここまでの動きを地政学的に俯瞰するなら、すでに南アジア中国軍事力影響圏に入っていることが分かる。

はっと気がつけばインド中国海軍力に取り囲まれていたのだ。

2009-06-04

グレートゲームの大激変、米国オバマ政権、闘う前に敗れたり。

イランのガスはパキスタンから中国ルートが確定、米国勢は敗退

▲第一幕 イラン悪魔、でもタリバン交渉相手だった

 

そもそもの新グレートゲームの始まりはクリントン政権のときである。

中東から南アジアにかけての資源争奪戦争冷戦後新しい局面を迎えていた。

ユノカル」は米国石油メジャーの後発企業で、カリフォルニアが地盤、ただし海外に鉱区の開発権を多く抱える。米国内での政治コネクションが薄く、主流のメジャー共和党系が多いため、ユノカル民主党を頼った。

出発からボタンの掛け違いだったかも知れない。

クリントン大統領ホワイトハウスに実習生モニカ・ルインスキーを招き入れ、情事にふけっていた。

後日、大統領弾劾裁判において、「あれは挿入していないからセックスではない」ととてつもない言い逃れの詭弁クリントンは危機を切り抜けた。

そんなおりに遠路はるばるとアフガニスタンから珍客があった。タリバン幹部である。

要件はなにか。

トルクメニスタンのガスを、アフガニスタン経由でパキスタンの港へ運ぶ。総延長1560キロのパイプラインを敷設する。これをユノカルが主導する。

米国を引きつけた魅力の第一は、このルートは「悪魔」のイランを通過しないこと。

第二にロシアを通過しないこと。クリントンは乗った。

ソ連崩壊後、世界帝国の輝きを取り戻したかの錯覚のなかに米国は酔った。

クリントン政権はこのプロジェクトに前向きで、カリフォルニアメジャーユノカル」はトルクメニスタンアフガニスタンを根回しし、それからパキスタンから分岐してインドへも輸出ルートを追加でつなげようとインドを訪問した。

インド工業化を急ぎ、ガスは必需品、プロジェクトに乗ってきた。

これをトルクメニスタンアフガニスタンパキスタンインドの頭文字をとって「TAPI」という。

直後、タリバン系アルカィーダがタンザニアなどの米国大使館を襲撃し数百の犠牲がでた。

クリントンは激怒し、ただちに報復としてインド洋上の米艦からトマホークミサイルを五十発、アフガニスタンのアルカィーダ軍事基地にお見舞いした。

当時、カブールタリバン政権に協力して電話工事をしていたのは、中国企業だった。不発弾トマホーク中国タリバン政府から買った。

もちろん1560キロのパイプラインプロジェクト[TAPI]はご破算になった。

▲第二幕 NATOの勝利が上海シックスを刺激した

01年9月11日、NY貿易センタービルワシントンDCのペンタゴンが、テロリストの奇襲を受けた。ブッシュ大統領はただちにアフガニスタンへの空爆準備に入り、まずはロシアを口説いた。

旧ソ連衛星圏のカザフ、ウズベク、キルギス、タジク上空を通過して爆撃機は飛んだ。

米本土からは長距離爆撃機ウクライナ上空をかすめ、NATOトルコ基地から旧ソ連イスラム国家の上空を飛んだ。

そればかりか世俗イスラム国家となったウズベキスタンキルギスンは空軍基地米軍に貸与し、タジキスタンには訓練基地パキスタンも四つの空軍基地を貸した。

この時点での図式は米軍NATOの大勝利だった。

グレートゲームの変質を知覚していなかった。表面的に米軍の装備が優れていたため、地上戦ゲリラ戦抵抗をかるく想定してしまった。

仇敵ロシアとその配下だった国々がテロ撲滅戦争に協力するという目的米軍NATOの活動を支援したことも見通しを曇らせた。

そしてアフガニスタンに米傀儡のカルザイ政権が発足し、カブールにしか統治が及ばない新生アフガニスタン誕生した。

一応は合法政権ゆえに外交権をもつ。

ユノカルは、「あの話」(TAPI)を復活した。カルザイ政権発足直後にトルクメニスタンアフガニスタンパキスタンの三カ国は、例のパイプライン敷設プロジェクトで正式に合意した。

これを不快に見ていたのは第一にイラン、第二にロシア、そして第三が中国である。

密かな反撃が準備された。

イラン中国と密かに武器輸入などを交換条件として、ガス鉱区を与え、さらには25年の長期契約でガス輸出を許可していた。イラン中国からえるものは武器と核技術である。

中国上海シックスの主導権をもつが加盟六ケ国(中ロ、カザフ、キルギス、ウズベク、タジク)にオブザーバーとして、イランインドパキスタンモンゴルを加え、あたかもNATOに対抗するかのような、東側の軍事盟主の立場を確保し始めた。

解体されたワルシャワ機構に変わるものとしてロシアは「全欧安保」を言いつのり、CIS間では個別あるいは集団的安全保障条約を結んだが、バルト三国グルジアと、そしてトルクメニスタンが加わらなかった。

プーチンはがむしゃらにロシア帝国の栄光の復活を夢見て、バルト三国ウクライナへのガス供給をとめ、グルジアには戦争を仕掛けた。

同時に欧州ロシアルート一本のガス供給ルートを多角化するためにナブッコ、ジェイハン・ルート建設を始めるや、同時に対抗して北方ルート黒海ルートを提示して欧州を揺さぶっていた。

とくにオーストラリアブルガリアドイツにはそれぞれが薔薇色のシナリオを提示し、欧州の団結をそぎ、利益誘導型で西側の分断パイプライン建設を妨害する。

 

▲第三幕 「中東金正日」=ニヤゾフ大統領の怪死

トルクメニスタン独裁者が「突如」死んだ。

トルクメニスタン砂漠の国だがイランやクエートの匹敵するほどの天然ガス埋蔵があり、いまのところ地政学的にロシア流通依存せざるを得ない。

だからこそニヤゾフ大統領はガス輸出の多角化に乗り気でアフガニスタンルートの開発が急がれた。これを“脱ロシア”化と捉えるモスクワ不愉快である。

 

ニヤゾフが突如急逝、主治医ドイツ人は前日に逃亡していた。

直後、トルクメニスタンの中立路線は変更となり、新政権はややロシア寄りに外交姿勢を修復した。

そして延々と中国へ輸出される総延長7000キロものガス・パイプライン敷設工事が始まり、TAPI・ルートへの比重は軽くなった。

いや、というよりも投げやりになった。

(所詮、アフガニスタン戦争は片付かない。パキスタンは所詮、米国にはつかない)。

つまり米国事実上の敗北が見えた。

トルクメニスタンは変心した。

イランはこの機会を待ち望んでいた。

もともと内陸部のトルクメニスタンアフガニスタンを経由して、パキスタンの港を目指すというユノカル案は、「イラン回避」ルートである。

米国イラン悪魔と呼びつつけた。

だとすればイランはガス油田から運搬ルートを南下させ、南の港へパイプラインを敷設していた。全長900キロのうち、残すところはあと250キロ。

地図凝視していただきたい。この地点からパキスタンのグァイダール港は「となり」なのである。

中国は古くから、この地政学的利点に目をつけた。

すでにパキスタンムシャラフ政権のときから、治安の悪いバルチスタン地域に中郷は労働者を運び込んで道路建設し、資材を運び、グァイダール港を近代的港湾設備を持ったものに改築してきた。

つまりイランからパキスタンの隣町へ運ばれるガスを、この地で精製し、パイプラインパキスタン西安から北東へ貫き、しかもインドへは分岐せず、この点でイラン中国パキスタンの利害は完全に一致した。

これが「IPCルートと呼ばれる。

▲第四幕 パキスタンイラン反米

パキスタンは白昼堂々の裏切りを演じた(ここで「裏切り」と穏当でない語彙を用いるのは米国契約概念からみれば、そういうニュアンスだから)。

五月下旬にパキスタンイラン契約したのだ。

中国が最終ユーザーとなり、中国パキスタンがともに天敵であるインドへは分岐しない。

パキスタン西端に位置するグァイダール港は、すでに中国資本技術をもって港湾のかたちをなしており、大々的改築(新築に近い)が進み、アラビア海に面する深海は将来、中国海軍の原潜基地になりうる。

げんに中国の六隻の軍艦アラビア海ソマリア沖の海賊退治に参加している。

パキスタンから中国への高速道路も着々と工事がすすみ、嘗てのカラコルム・ハイウエィは完成しているため、ガスの運輸ルートはこれに添ってパイプラインを敷設すれば良いのだ。

中国がこのルートに執着するのはマラッカ海峡への依存度を低減させるためで、ほかにもアンダマン沖合のガス田から(開発成功後は)ミャンマーを南北に貫くパイプライン建設して、マラッカ海峡への依存度をさらに激減させる計画がある。

中国にとっては、ユノカル買収を土壇場で拒否された米国への心理的復讐劇にもなる。

パキスタンはこのパイプライン通貨収入を年間五億ドルと想定、つまりこれをAPAI計画では、アフガニスタンがもともと受け取る予定だったのだが。

イランパキスタンとの正式調印はイラン大統領選挙の直後に盛大にテヘランで開催される(アジアタイムズ、5月27日、6月3日付け)

敗者はインドアフガニスタン米国、勝者はイランパキスタン中国

くそ笑んだのはロシア、臍を噛んだのはトルクメニスタン、そして日本はいつものように、こうしたグレートゲームの変質さえ知らず、ユウセイの人事とか、セシュウ制とか、およそ世界現実とは無縁の矮小な論議にエネルギーを費やしている。

2009-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20090324215554

平凡社「○○を知る事典」シリーズ

東南アジアを知る事典 新版 (2008)

南アジアを知る事典 新訂増補 (2002)

朝鮮を知る事典 新訂増補 (2000)

ロシアを知る事典 新版 (2004)

中央ユーラシアを知る事典 (2005)

東欧を知る事典 新訂増補 (2001)

スペインポルトガルを知る事典 新訂増補 (2001)

アメリカを知る事典 新訂増補 (2000)

ラテンアメリカを知る事典 新訂増補 (1999)

オセアニアを知る事典 新訂増補 (2000)

アフリカを知る事典 新訂増補 (1999)

対日関係を知る事典 新版 (2007)

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