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2021-09-07

anond:20210907033429

からその「結果が正しいとする科学者がたくさんいる」ことが社会における最終的な正当性保証なんだから

ポパーが言ってるとおりじゃん

科学客観性・不党派性について

われわれが『科学客観性』と呼んでいるものは、科学者の個人的な不党派性産物ではない。

そうではなくて科学方法社会的あるいは公共性格(social or public character of scientific method)の産物なのである

そして、科学者の個人的な不党派性は(仮にそのようなもの存在するとしてだが)この社会的あるいは

制度的に構築された科学客観性の成果なのであって、その起源ではない。

科学および的客観性はひとりひとりの科学者の『客観的』たらんとする個人的努力に由来するものではない(由来するはずもない)。

そうではなくて、多くの科学者たちの友好的-敵対的協働に(friendly-hostile co-operation of many scientist)由来するのである

ポパーがこんな事言ってるし哲学者社会学者で似たような事言ってる人達は沢山いて

自分もこの手の主張にそこまで反対はしないんだけど、

ただ現実的一定手続きを満たした結果は正しいとする科学者が沢山いるのも事実だと思うんだよな…

そして数学に至っては揺らぎが殆ど無いような手続きとして

コンピュータにチェック出来るような証明支援システムを用いたものがある。

ある人間支援システムに基づく証明を提出して、その前提と結論理解出来る数学者が沢山いた場合

理解した数学者はその人間証明を一切の疑いも無く正しいと言うだろう。

せいぜい存在するのは証明文が誰かのをパクったか等の証明の正しさに関係ない問題だけである

証明文を提出した人間にどんな人格的・思想的・政治的社会的問題があろうと

証明自体は正しいと言う科学者が大勢いるのは当分の間は確実だと思われる。

たぶん最初引用した主張がされていた50年前よりずっと多いと思う。

この部分でいつかポパーのような考えを持ってる哲学者社会学者達が滅茶苦茶騒ぐ事態がまた起きそうで心配である

2021-08-27

anond:20210827013455

そうやって適当権威のありそうな用語だけ出して勝った風の雰囲気を出そうとするのではなく、ポパーだと言うならポパー議論を君が君自身言葉再現したまえ。

2021-05-25

anond:20210525223115

お前がちゃん勉強しろ

なお、ポパー不寛容哲学発言禁止するべきではなく、合理的議論で打ち返すべきであり、拳固やピストルを用いて自説を押し付け反対者の自由を禁じようとした時に、不寛容に対して不寛容である権利要求するべきであるとした[1]。

2021-04-13

情報求】エチオピアボラナ族について

広島市立大学国際学部卒業生です。

前田川玄教授エチオピア部族ボラナの研究者)の講義(おそらく比較文化論、6~8年前)を受けていたのですが、その際先生が話されていたエピソードで印象に残っているものがあります

ボラナ族の女性精霊に取りつかれる。

女性は「ベポポパー」「ベポパー」などと話しており、周りの現地住民曰く「白人の霊に取りつかれ」「白人言葉を話している」らしい。

住民女性に「白人恰好探検隊服装)」をさせどうにか話を聞こうとする。 ❞

かい違いはあると思いますがとにかくボラナ人が精霊に取りつかれベポポパーは覚えています

田川先生講義を覚えている方がいたら詳細を書いていただけたらと思います

もしくは先生著作に該当フィールドワークの詳細が書かれているという情報でも構いません。(ちなみにネットに上がっている無料論文と『セックス人類学』は既読です。)

ベポポパーについての情報をお待ちしております

2021-04-05

anond:20210405100531

客観的に見たらそうかもしれないけど、あい自分の中では一貫した信念に基づいて議論をしているという認識だったからな

それに付き合ってやるつもりで発言を追えば、ちゃんとした「論」はなくても「ん?おまえ昨日と反対のこと言ってねえ?」くらいの指摘はできるもんだよ

「頭が良くて一貫性ある自分」というアイデンティティを持っているあいつにとっては罵倒よりもそういう指摘の方がダメージ大きいみたいだった

 

あと、普段はそうやって「論」を出さずに他人否定ばかりしてたあいつも、ごくまれながら自分なりの言葉をひねり出すことがあって

(覚えているのは偽科学批判批判をしたくて「科学とは宗教にすぎないぞ低能w」みたいなことを言い出すパターン

そういう時には俺もポパー定義では、クーンは、宗教学の方もいろいろで、だからそんな単純化はできなくて、とかちょっとまじめに返答をしたんだけど

意外と他の人達もこの議論に乗ってきて面白かった中、あい自身からは「知らねーよ自分言葉で語れよ低能」くらいの返答しかこなくて

今思えばこのあたりで「本気出してないだけで、専攻分野ならばお前らよりずっと頭良い自分」という心の拠り所が崩れて致命傷になったんじゃないかなと思っている

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・哲学

日本文学編→anond:20210222080124

追補編→anond:20210218080224

プラトン饗宴

おっさん飲み会真実愛について延々語るだけなので、哲学書の入門編にいいんじゃないかな。楽しそうにしてるおっさんはいいぞ。

アリストテレス詩学

どうしてフィクションで人は感動するかについて述べた本の走りで、後半は散逸しているんだけど、カタルシスについてはなるほどなあ、とは思った。作家になりたいんだったら普通にハリウッドの三幕構成の本を買ったほうがいいかもしれないが、この読書リストを読んでいる人は実用的な知識よりも読んでいて楽しいかどうかを求めている気もする。

アウグスティヌス告白

読もうと思ったまま長い時間が過ぎてしまった本で、まだ読めてない。アウグスティヌス若いころややりたい放題やっていた時期のことも書いてあるらしいので、宗教書として以外にも楽しめるんじゃないだろうか。

マキァベッリ『君主論

塩野七海エッセイですごく推していたから読んでみたけれども、普通に面白い。例えば、中途半端に生かしておくと復讐されるから、いっそとどめを刺しておけ、みたいなことが書いてあって、優しいと人から言われてしま自分には大いに刺激になった。ところで「孫子」もそうだが、戦争政治学について書かれた本はたいてい「そもそも戦争は大悪手で、戦争になる時点で何かやらかしてる」という趣旨言葉があり、全くその通りだと思う。

モア『ユートピア

未読なんだけど、結婚とはある種の契約なんだから、まず処女童貞がお互いに裸を見せ合ってからだ、みたいなディストピア的な描写もあるらしく、ディストピア文学好きの人は楽しめるんじゃないかな。あとは非モテ界隈の人とか。実際、完全な平等社会を目指そうとするとどっかしら歪みが出るもので、それについて考えるのにも使えそう。

デカルト方法序説

自然科学的な考え方、ロジカルシンキングマニュアル。長くないのですぐ読める。得るものがあるかどうかはわからないけど、逆に普段している論理的思考そもそも存在しない時代があったことは、実感しておくと歴史を学ぶ上で面白いかも。

カント純粋理性批判

平凡社の上巻を読んで挫折純粋な理性っていうけれども、ヒトの心にはデフォルト時間とか空間とかの枠組み、基本的概念が組み込まれているよね? 的な話をやたら細かく述べていく内容だったように記憶している。長いので三行でまとめたくなる。

この本に限らず、いくつかの哲学書は「この本さえあればあらゆる哲学的論争をおしまいにできる」「この本からあらゆる結論が導き出せる」的なスタンスで書かれたものが多い印象。

キルケゴール死に至る病

エヴァヲタなら読まなきゃという謎の義務から読んだ本。要は、どうすれば自分を信じることができるか、について語った本であったような気がする。自分は救われないだろうという絶望から、それでも神を信じるという境地に至るまでの道筋を延々と語ったようなものだった、はず。

自分特定信仰を持たないが、どうせ自分なんてと己を見捨てた境地から、まあ自分自分だよね、的な気分に至った経験がある人が読むと楽しめるだろう。

ニーチェ道徳の系譜

善悪の彼岸」と「ツァラトゥストラはかく語りき」なら読んだ覚えが。自分カトリック中高一貫校出身であったせいかキリスト教思想にある欠点を指摘したこの本を面白く読んだ。キリスト教になじみがなくても、たとえば来世があると考えることで現在を生きることがおろそかになるといった指摘は、興味深く読めるんじゃないだろうか。あとは、増田で定期的に出てくるルサンチマンがどうこうとかいう話が好きな人にもおすすめマッチョぶってるところはあるが。

フロイト快感原則彼岸

新潮文庫の「夢判断」「精神分析入門」「トーテムとタブー」「一神教起源」なら読んだ。フロイト自身はヒトの心を脳から探りたかったらしいのだけれど、当時はMRIやら何やらはまだないので対話式の治療法を導入したらしい。

彼の理論は今となってはツッコミどころがたくさんあるのだろうけれど、クラインだとかビオンかについて触れるなら頭に入れておきたいし、心理学特にパーソナリティ障害について読むなら知っておきたい。自分フロイトアドラーよりもユング派だが。

ラカンについては新書を読んだがさすがについて行けなかった。

ブルトンシュルレアリスム宣言

ラブストーリーの「ナジャ」だけ読んだ。謎めいた女のあるある的な話だ。

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

論理哲学論考」だけなら読んだ。これもカントみたいに「俺が哲学のくだらない争い全部終わらせてやる」的な立場で書かれている。定理がずらずら並んでいるだけで、余計な表現がなく、簡素

ただ、言語限界について今の人が持っている感覚ってのは大体この時代の人が言っていたことだった気がするし、そういう意味では面白いんじゃないかな。この辺は数学ともかかわっていて、ペアノとかゲーデルとかヒルベルトとかその辺興味があったらいかがでしょう。

ちなみにウィトゲンシュタインポパーとの議論でキレて火かき棒を振り回したヤバいやつだというのは哲学界隈では有名らしい。

レヴィ=ストロース野生の思考

シン・ウルトラマン予告編でちらっと映っていたので読んだらいいかもしれない。

この本そのものは未読で「悲しき熱帯」ともう一冊なんか専門書を読んだことは覚えている。面白かったエピソードの一つは、ある民族身分入れ墨にするんだけど、入れ墨のない人間白人たち)を見て面食らう。要するに身分証明書を持ってないようなものから

定期的に異民族と共に暮らすドキュメンタリーが読みたくなる性分なのだが、それはたぶん、自分のやり方や考え方が絶対じゃないってことをよく教えてくれるからで、これも本を読む効用の一つだろう。趣味なので効用なんて本当はどうでもいいが。

サイードオリエンタリズム

面白い。僕自身スタンスとしては、日本人海外で誤解されていることを批判するんだったら、自分外国に対する偏見無知を減らそうと努力するのが筋だと思っていて、それの理論的な補強をしてくれた本。身近に外国人の多い環境ではないが、すぐに役に立たないからと言って読まないというのはなんか違うんじゃなかろうか。自分イスラーム世界インドについて、どれほどわかっているのだろう?

上田秋成『胆大小心録』

雨月物語しか読んだことがない。「雨月物語はいいぞ。

九鬼周造『「いき」の構造

どっからがいきでどっからが野暮なのか、直方体を使った図があった気がするが忘れた。

柳田國男『木綿以前の事』

遠野物語しか読んだことがないし、それも「マヨヒガ」のことしか覚えていない。

おまけ:いしいひさいち現代思想遭難者たち

自分現代思想に出てくる名前がわからなすぎて最初に読んだ本の一つ。四コマ漫画だがかなり本質をとらえており、いしいひさいち本業は何だったのかよくわからなくなる。素直に笑っておきましょう。勉強ってのは楽しみながらするもんだ。

おまけ2:ローラン・ビネ「言語の第七の機能

上のリストでは省略した20世紀哲学者が実名で登場するミステリなんだけど、フーコーサウナ美青年イチャイチャしたり、七十年代音楽を聞きながら薬をキメたりしているので、現代思想だのポストモダンだのをかじったことがあるならおすすめ。著者がやりたかったのは、たぶん上の世代の脱神話化というか、強すぎる影響の破壊なんだろうけれども、ここも素直に笑っておくのがいい。


以上。

2020-06-09

anond:20200609094013

「何も根拠がない」を、証明されてない、という意味でつかうなら、一体何に根拠があるんだ?

 

ポパーでも読めよ

2019-11-05

生物学宇宙論分類学などの多くの科学分野では反証可能性がない

って言うと実験ができないか再現性がないだけで論としては反証可能性があるのだ、って反論が来るのがお決まりなんですけど、実際にはその分野の科学者反証を行ってはいないし、重視している訳でも無いわけですよ。

仮に反証したとしても、理論欠点があったのか前提条件が異なるのが問題なのか区別を付けるのは難しい。

反証という言葉では科学の営みをうまく説明できないにも拘わらずそれにこだわり続けるのは、ポパーの言うところの科学的な態度じゃないんじゃないですか。

反証可能性無益と言っているのではありませんよ。

2019-11-03

anond:20191103235034

自然科学系の人はポパー大好きだから大学ちょっと研究倫理とかのコマ作っても、大抵はそこだけしか教えないし学ばないんだよねー

2019-04-20

反証主義からいい加減離れろ

自然科学しか見てないというか、ポパーを盲進しすぎというか……。

科学全体において検証作業のウェイトはそんなに大きくない。自然科学においてさえ検証重要なのは一部に留まる。

科学共同体の中に色んな仮説が蓄積されていけば、積極的検証しなくても長い時間が経てば洗練されていくんだよ。

から科学者の第一仕事はより良い仮説を提唱することで、検証はそのための副次的ものに過ぎない。

医学など自然科学の一部は、未検証理論が応用されると周囲に重大な損害を及ぼすから検証重要だけどな。

2017-01-11

バンドリのCM気持ち悪すぎ日本死ね

https://www.youtube.com/watch?v=i0qI91knEtE&feature=youtu.be&t=36

この動画の40秒の辺りが本当に酷い

(^q^)ポ・ピ・パ

(^q^)ピ・ポ・パ

(^q^)ポピパピ ピポパーーーー

なにこの知的障害児……

日本オタク向け作品登場人物の知能が心配になる物が多かったけどここまで酷いのは今まで無かった

なんだこの低脳児の集会

2014-12-24

Qiitaのkenokabe氏の文章を真面目に考える

Qiitaで騒がせている彼の量子論文章を読んでの感想だが,まず彼の文章には,特徴がある.それは,彼が考えた独自の前提が,何も断りも無しに出てくるということだ.

例えば,まず一つに「数学事実」と「物質世界」という区分けなのだが,ここで「数学事実」とは何か,「物質世界」とは何か,というのが読んでいて全く要領が得ない.

この区分け自体は珍しいことではない(例としてポパー世界1,世界2,世界3という3論を参照せよ).

少なくとも理論構成されるような何かと,私たちが接している「花が咲いている」とか,あるいは「鳥が飛んでいる」という風に分かるということを区別する,という考え方は珍しくない.ただし,この二元論は,哲学的歴史からすると,余りにも「素朴」すぎる.少なくとも,この二つを構成する「意識」の問題というのは出てくるし,だからこそ「人工知能」を考えるときに,厄介な問題をはらんでいる.そして,この問題は決してプラトン自体は解決していない問題である

例えば,プラトンイデアを「実は数学事実のことです」と言っている.これはプラトン思想解釈の一つとして,このように仮説を唱えることは悪いことではない.しかし,現実問題として,例えば「1 + 1 = 2」ということ,つまり「1に対して1を足したら2になる」ということを「数学事実」と呼ぶ場合数学史的には体系的に矛盾が出るためにルールが調整されていっているわけだから,実際のところ「1 + 1」という式自体が,彼の言う所の「物質世界」の現れに過ぎない.

もちろん,これに対しても反論は出来る.「1 + 1はそれこそ数学事実物質世界に置き換えたに過ぎない.だから,『1 + 1』が表わそうとする数学事実を変換しているだけである」と.そうすると今度は実は彼が語っている「数学事実」というわけではなく,「物質世界」と「物質世界」の変換であるという風に考えることだって出来る.

あとから精神世界という問題が出てきていて,では上のような「何が・何を持ってして,数学事実物質世界に変換しているのか」という問題,これが上手く扱えないのは,このような曖昧さ故だと思う.彼は心脳モデルとして,精神世界イデアの影だとしている.この立場哲学的問題としてありうる.しかし,ポイントとしては,そのように退けた「精神世界」というもの100%イデアの影だとして,そうすればすべては「イデア」の現れにすぎない,と解決できたかもしれないが,そうすると,物質世界に住んでいる我々がなんで「イデア」のことがわかるのか,というよりそもそも数学イデアとして理解できるのか,という問題は出てくる.

ポイントとして,彼の文章問題世界がそのようになっているということと,世界をそのように理解できるのは何故なのかということをイコールにしているか,あるいは曖昧であるが故に,この種の混合がたびたび出てくる事だ.そして他のプログラミング記事に関しても,この種の混合が見受けられる.このような解決を行うためには,結果として形而上学的な理性というものを何処かで誤魔化して入れないといけない.

彼の文章を読むポイントとしては,恰も歴史的な経路を経て結論しているように見えて,細かく見れば全くそれらの歴史を参考にしていないため,凡ミス結構多発している,という一点だけを理解しておけばよい..

ちなみに哲学史的には,基本的にはこのような「意識」「精神世界」というものを,あたかも「物質世界」に担保させるような哲学的な営みは何度も繰り返されて,そのたびに失敗しているか(唐突に神を持ち出さないと始原がわからなくなる),あるいは「それはそれとして,それを説明したことにはならない」ということが繰り返されていて,どうも切り分けたほうが良さそうだということにはなっているようだ[独自研究].彼も同じ二の轍を踏んでいるので,頑張って下さい.

2014-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20140917022346

仮にダーウィン進化論すら非科学的ですねと退けたポパーの態度を用いると、科学的根拠に基づいた内部統制や、科学的根拠に基づいたジェンダー論なんてSTAP細胞と同様にない。

意味がわからない。コピペ改変してもいいがせめて文脈的意味が取れるようにしてくれないかな。検索置換で済ますのはやめてくれ。

STAP細胞否定することと、黙ること

STAP細胞について、やたら否定したがる人がいる。

彼らの主張はこうだ。

STAP細胞には、科学的根拠がない」

「若手の女性研究者という要素を強調するのは、いたずらに差別助長する危険性がある」

前者は科学的根拠がまだ見つかっていませんよという意味で、後者研究者倫理感の話だ。

もちろん研究者同士で研究対象を決める時にSTAP細胞の話が出たら、まず前述二項を盾にぞんぶんに議論したらいいと思う。議論にすらならないと思うけど。

しかし、割烹着の話が出るのは通常人事的な属性の話やら仕事観やらそういう人間関係の話であり、多くの場合研究室ではない。会議室とか居酒屋だ。

仮にダーウィン進化論すら非科学的ですねと退けたポパーの態度を用いると、科学的根拠に基づいた内部統制や、科学的根拠に基づいたジェンダー論なんてSTAP細胞と同様にない。

科学的根拠に基づいた人間関係に至っては、まだ、言葉意味すら分からない状態だ。

なので、「そう。だからこそ、俺は科学的に人事をやるんだ」とか、「見てろ。俺は科学的な結婚をする」とか言ってる熱い研究者なら分かるが、そういうやつは別にそうでもない。

普通にオカルトみたいな判断基準恋愛して、普通にオカルトしか言えない組管理をして、普通にオカルトみたいな男女共同参画をしている。

おれは、STAP細胞批判することはない。

前述同様、STAP細胞科学的根拠がないことはそもそも反論になっていない分野が議論対象であることと、差別助長を骨子に反論を組み立てた場合女性研究者実数を求められたら明らかに論難してしまうこと。また、そこで妥当数字を見せるように主張を組み立てることも難しいこと。あと、面倒であること。

から黙る。

世の中は、黙ることを余儀無くされることがいっぱいある。

http://anond.hatelabo.jp/20140916165131

2013-11-04

某「脳科学者」が科学者として崇拝されてる理由がわからない

ここ数年テレビに出たり本を書きまくったりしてる脳科学者の人なんだけど、あの人は本当に科学者なの?

科学哲学ではポパー反証可能性っていう考え方があって、「ある言論が実験などによって反証される可能性がある」事が科学であることの定義の一つなんだけど、あの人は「脳科学的には」とか言って素人目に見ても怪しいことを言っている気がする。

昔なんかのテレビ番組で、「坂本龍馬には〜という脳内物質が出ていた」とか言ってたけど、これデータあるんですかね?

昔「ノーベル賞に最も近いと言われる日本人」とか言われながらテレビに出てきた記憶があるけど、実際全然取りそうな気配ないしなんの成果があるのかもよくわからない。

というわけでGoogle ScholarKen Mogiでググってみた結果……

http://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0,5&q=ken+mogi

実験に参加してる論文でも最高の被引用数は57、しか20年近くも前の論文

主著論文にもなると最高で15。これもだいぶ昔。

(ちなみにiPS細胞山中教授は被引用数最高8649。サイヤ人か何かですか?)

最近論文がヒットしないんですが、今あの人は科学者としての活動してるんですか?

一般向けの本の執筆活動とかがメインなら、せめて科学者としての肩書を捨てるべきでは?あと科学中立的に使わないのも腹立つ。

あとちょっと前大ブームになったアハ体験も気になる。

アハ体験で使われてた画像ちょっとずつ変わる画像あったじゃないですか。寡聞にして最近知ったんですけど、あれってもともと脳神経科学研究では、変化盲っていう人間の知覚の危うさを検証する実験のものらしい。

で、またgoogle scholar教授に"aha experience"と聞いてみた。それらしき論文はいくつかヒットするけど、あの画像が使われている様子はない。あの画像アハ体験どっから出てきたのか。効果検証されているのか。

他にもアハ体験バリエーションあった気がするけど、殆どが脳神経科学の違う分野のものを援用しているらしい…

そういえば数年前の脱なんとか。でも科学者関係ないしどうでもいい。良くはないけど。

科学者として研究するのでもない、科学ジャーナリストとして情報中立的・正確に広めるのでもない…あの人は一体何者なの?

2010-09-25

ホメオパシーは確かに「正しい」

ホメオパシーだの代替医療だのといった、いわゆる疑似科学についてはあらかた意見が出されていて、もう議論の余地はないと思われるのだが、そうした問題について考えるとき、どうしてか疑似科学それ自体、もしくは推し進める当事者のことばかりクローズアップして、疑似科学を支持する利用者のことがあまり注目されないのはちょっと妙な話であり、この偏りはマズいのではないかと思う。

科学というのもつまるところ美術文学と同じであり、考案者と追実験者のコラボ、それを追いかけて信憑性や科学性を視認する研究者、そうして知識として蓄積された学問を後追いで学ぶ学生といった階層性が歴然として存在する。確からしさや権威は独創的な「表現者」が単独であれこれと試行錯誤するだけでは付随してこず、「鑑賞者」が群がってあれこれと議論することで科学体系は形成されるのだ。

とすると疑似科学もそれと同じことで、それが科学の衣をまとっていられるのは、「表現者」の誤謬だけではなく「鑑賞者」の支持も多大な要因としてあることが推測されるだろう。ところが件のホメオパシー議論では、「表現者」にばかり気を取られて「鑑賞者」側の心理を分析していくアプローチがあまり見られない。それどころか、医学と一対一対応させて医学に軍配を上げ、だからホメオパシーは誤りである、といったお決まりじみたストーリーで反駁する主張ばかりで、ホメオパシーという体系がなぜ批判されねばならないのか、という根源的な問題への解答を避けているものが少なからず多い。そうした偏向はつまるところ科学の絶対的真理性や反証可能性、さらにはアプリオリな真理の存在といった諸々の難解なテーマになんら疑問をもつことなく、権威の安楽さにフリーライドしていることの裏返しであり、彼らもまた科学という教条に絡め取られているのではないのかと危惧するに到る。

もはや焦点は「なぜそれが正しいのか」ではない。「なぜそれを信じるのか」である。「科学は正しいから美術文学とは違う」と言い張る人間がいる。そのくせ地球が丸いことを実地で確かめたこともないのだからおかしいものだ。正しさの担保が分からないなら、それは正しいのではなく信じているのである。ならば、「科学者ならそれ(=科学的知識)が正しいと言い張れるじゃないか」という反論は一見成立しそうだ。だが、それは同時に「疑似科学者ならそれ(疑似科学的知識)が正しいと言い張れるじゃないか」という主張となんら変わりないように思える。なぜなら、正しさの担保は今現在明確な形で示されていないからである。

ポパーにしろクワインにしろ、ある点で建設的な、もしくは過激な条件づけで科学の特徴を言語化しようとしたが、どれも一長一短で、条件づけした途端にそれまでれっきとした科学の一部であった知見が科学でなくなってしまう。幸い、ホメオパシーについては科学でないということはテストによって容易に示されるかもしれないが、知識の欠けた「鑑賞者」に関しては全く問題が別である。それがありがたい体系で身体の健康に役立つと感じられるなら、ホメオパシーもまた利用者にとって十分に医学でありうる。この認識論的な事情科学全般に延長できてしまうものなのだ。

今一度、問題点を問おう。科学というものは、証明能力を有する人間と利用する人間とで「正当」の意味内容が著しく異なり、しかも当の科学者であれ「正当」の普遍的な根拠が未決定の状態である。こう表現するとホメオパシー擁護論にも思われるかもしれないが、それは誤解だ。ここで言いたいことは、たとえホメオパシー支持者が科学的思考の持ち主でないとしても、ホメオパシーという体系それ自体が非科学的であることを決して意味しはしないこと、そして現代医学科学性がホメオパシー非科学性を意味しもしないことだ。後者の指摘については、免疫学が謎めいた「自然治癒能力」を反駁することが(今現在)できていないという一例でも分かるだろう。必ずしも、ある体系の正当性が別個の体系の正当性を否定するというわけではないのである。また、これが最も核心的なことだが、科学証明とは無縁のいずれの「鑑賞者」にとっても、信じることで一方を支持し、信じないことでもう一方を唾棄しているに過ぎないという深刻な背景を宿していること。

治療に関して、被治療者にはいかなる治療を受けるか選択できる権利がある。このことをしっかり認めた上で、ホメオパシーに傾倒する被治療者を理性的に説得することは、果たして可能なのだろうか。

2009-12-14

ふたば二次裏でまとめられていた、中高生のための100冊 その3

1.「限りなく透明に近いブルー」 村上龍

2.「パンツをはいたサル」 栗本慎一郎

3.「ガンダムUC」 福井晴敏

4.「さかしま」 J・K・ユイスマンス

5.「国のない男」 カート・ヴォネガット

6.「競売ナンバー49の叫び」 トマス・ピンチョン

7.「夢渓筆談」 沈活

8.「神は妄想である―宗教との決別」 リチャード・ドーキンス

9.「24人のビリー・ミリガン」 ダニエル・キイス

10.「人間失格」 太宰治

11.「冬の夜ひとりの旅人が」 イタロ・カルヴィーノ

12.「高い城の男」 フィリップ・K・ディック

13.「しあわせの理由」 グレッグ・イーガン

14.「新世界より」 貴志祐介

15.「葉隠入門」 三島由紀夫

16.「きつねものがたり」 ヨセフ・ラダ

17.「故郷」 チェーザレパヴェーゼ

18.「大空のサムライ」 坂井三郎

19.「ノヴァ」 サミュエル・R・ディレイニー

20.「フェルマータ」 ニコルソン・ベイカー

21.「四十七人目の男」 S・ハンター

22.「逆転世界」 クリストファー・プリースト

23.「ロッパの悲食記」 古川ロッパ

24.「謎の女」 福田恆存

25.「天体嗜好症」 稲垣足穂

26.「冷血」 カポーティ

27.「ダスト」 チャールズ・ペレグリー

28.「神秘の島~ミステリアスアイランド~」 J・ヴェルヌ

29.「連射王」 川上稔

30.「スレドニ・ヴァシュター」 サキ

31.「性に目覚める頃」 室生犀星

32.「トンデモ変態系」 ブレンダ・ラヴ

33.「侵略する少女と嘘の庭」 清水マリコ

34.「ほとんど無害」 ダグラス・アダムス

35.「黄落」 佐江 衆一

36.「地球の長い午後」 ブライアン・W・オールディス

37.「冷たい方程式」 トム・ゴドウィン

38.「リレイヤーⅢ」 鴻上 尚史

39.「糞尿大全」 柳内伸作

40.「十六の話」 司馬遼太郎

41.「シャングリ・ラ」 池上永一

42.「武士道シックスティーン」 誉田 哲也

43.「痴人の愛」 谷崎潤一郎

44.「白痴」 坂口安吾

45.「穴」 ルイス・サッカー

46.「宇宙の戦士」 ロバート・A・ハインライン

47.「ギャシュリークラムのちびっ子たち」 エドワード・ゴーリー

48.「23分間の奇跡」 ジェームズ・クラベル

49.「閉鎖のシステム」 秋田禎信

50.「伊平次とわらわ」 坂田靖子

51.「食肉の帝王―巨富をつかんだ男 浅田満」 溝口敦

52.「だれも知らない小さな国」 佐藤さとる

53.「へんないきもの」 早川いくを

54.「僕のボール君に届けば」 伊集院静

55.「楽園の知恵」 牧野修

56.「鳩どもの家」 中上健次

57.「古事記」 倉野憲司

58.「猫の地球儀・焔の章」 秋山瑞人

59.「東海道中膝栗毛」 土田よしこ

60.「魔獣戦士ルナ・ヴァルガー」 秋津透

61.「海と毒薬」 遠藤周作

62.「死の家の記録」 ドストエフスキー

63.「四畳半神話大系」 森見登美彦

64.「夜明け前」 島崎藤村

65.「陰日向に咲く」 劇団ひとり

66.「モルグ街の殺人」 エドガー・アラン・ポー

67.「世界の中心で、愛をさけぶ」 片山恭一

68.「外国語水曜日」 黒田龍之助

69.「百頭女」 M・エルンスト

70.「味覚極楽」 子母沢寛

71.「はてしない物語」 ミヒャエル・エンデ

72.「開かれた社会とその敵」 カールライムント・ポパー

73.「近代労働観」 今村仁司

74.「不可能性の時代」 大澤真幸

75.「死霊」 埴谷雄高

76.「アナロジーの罠」 ジャック・ブーヴレス

77.「中央線呪い」 三善里沙

78.「特別料理」 スタンリイ・エリン

79.「他人をほめる人、けなす人」 フランチェスコ・アルベローニ

80.「星虫」 岩本隆雄

81.「一休さん」(新・講談社絵本) 宮尾しげを

82.「第四間氷期」 安部公房

83.「おとなもブルブルようかい話」 木暮正夫

84.「ヨーロッパ文学講義」 ウラジミール・ナボコフ

85.「サマー/タイム/トラベラー」 新城カズマ

86.「責任 ラバウル将軍今村均」 角田房子

87.「死の蔵書」 ジョン・ダニング

88.「死のロングウォーク」 リチャード・バックマン

89.「ケルベロス第五の首」 ジーン・ウルフ

90.「馬鹿の鏡」 藤田浩子

91.「フロイト先生のウソ」 ロルフ・ゲーデン

92.「ライ麦畑でつかまえて」 J・D・サリンジャー/野崎孝

93.「宇宙創生」 サイモン・シン

94.「針の上で天使は何人踊れるか」 ダレン・オルドリッジ

95.「歴史」(上・中・下) ヘロドトス

96.「ナツメグの味」 ジョン・コリア

97.「愛はさだめ、さだめは死」 ジェイムズ・ディプトリー・ジュニア

98.「幾千の夜を越えて」 神月摩由璃

99.「夏の庭―The Friends」 湯本香樹実

100.「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キイス

2009-03-28

ポパー反証可能性って、ぶっちゃけどうよ?

>20世紀科学哲学者、カール・ポパーに従えば。

>彼は科学疑似科学の境界を「反証可能性」に求めた。

いつも思うんだが、ポパーって、そんなにありがたがるほどの奴か?

僕はヴィトゲンシュタイン言語ゲーム万世派の人間なせいか、

科学反証可能性」とかの発想は、すげえ薄っぺらくみえるんですけど

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