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2017-01-11

バンドリのCM気持ち悪すぎ日本死ね

https://www.youtube.com/watch?v=i0qI91knEtE&feature=youtu.be&t=36

この動画の40秒の辺りが本当に酷い

(^q^)ポ・ピ・パ

(^q^)ピ・ポ・パ

(^q^)ポピパピ ピポパーーーー

なにこの知的障害児……

日本オタク向け作品登場人物の知能が心配になる物が多かったけどここまで酷いのは今まで無かった

なんだこの低脳児の集会

2014-12-24

Qiitaのkenokabe氏の文章を真面目に考える

Qiitaで騒がせている彼の量子論文章を読んでの感想だが,まず彼の文章には,特徴がある.それは,彼が考えた独自の前提が,何も断りも無しに出てくるということだ.

例えば,まず一つに「数学事実」と「物質世界」という区分けなのだが,ここで「数学事実」とは何か,「物質世界」とは何か,というのが読んでいて全く要領が得ない.

この区分け自体は珍しいことではない(例としてポパー世界1,世界2,世界3という3論を参照せよ).

少なくとも理論構成されるような何かと,私たちが接している「花が咲いている」とか,あるいは「鳥が飛んでいる」という風に分かるということを区別する,という考え方は珍しくない.ただし,この二元論は,哲学的歴史からすると,余りにも「素朴」すぎる.少なくとも,この二つを構成する「意識」の問題というのは出てくるし,だからこそ「人工知能」を考えるときに,厄介な問題をはらんでいる.そして,この問題は決してプラトン自体は解決していない問題である

例えば,プラトンイデアを「実は数学事実のことです」と言っている.これはプラトン思想解釈の一つとして,このように仮説を唱えることは悪いことではない.しかし,現実問題として,例えば「1 + 1 = 2」ということ,つまり「1に対して1を足したら2になる」ということを「数学事実」と呼ぶ場合数学史的には体系的に矛盾が出るためにルールが調整されていっているわけだから,実際のところ「1 + 1」という式自体が,彼の言う所の「物質世界」の現れに過ぎない.

もちろん,これに対しても反論は出来る.「1 + 1はそれこそ数学事実物質世界に置き換えたに過ぎない.だから,『1 + 1』が表わそうとする数学事実を変換しているだけである」と.そうすると今度は実は彼が語っている「数学事実」というわけではなく,「物質世界」と「物質世界」の変換であるという風に考えることだって出来る.

あとから精神世界という問題が出てきていて,では上のような「何が・何を持ってして,数学事実物質世界に変換しているのか」という問題,これが上手く扱えないのは,このような曖昧さ故だと思う.彼は心脳モデルとして,精神世界イデアの影だとしている.この立場哲学的問題としてありうる.しかし,ポイントとしては,そのように退けた「精神世界」というもの100%イデアの影だとして,そうすればすべては「イデア」の現れにすぎない,と解決できたかもしれないが,そうすると,物質世界に住んでいる我々がなんで「イデア」のことがわかるのか,というよりそもそも数学イデアとして理解できるのか,という問題は出てくる.

ポイントとして,彼の文章問題世界がそのようになっているということと,世界をそのように理解できるのは何故なのかということをイコールにしているか,あるいは曖昧であるが故に,この種の混合がたびたび出てくる事だ.そして他のプログラミング記事に関しても,この種の混合が見受けられる.このような解決を行うためには,結果として形而上学的な理性というものを何処かで誤魔化して入れないといけない.

彼の文章を読むポイントとしては,恰も歴史的な経路を経て結論しているように見えて,細かく見れば全くそれらの歴史を参考にしていないため,凡ミス結構多発している,という一点だけを理解しておけばよい..

ちなみに哲学史的には,基本的にはこのような「意識」「精神世界」というものを,あたかも「物質世界」に担保させるような哲学的な営みは何度も繰り返されて,そのたびに失敗しているか(唐突に神を持ち出さないと始原がわからなくなる),あるいは「それはそれとして,それを説明したことにはならない」ということが繰り返されていて,どうも切り分けたほうが良さそうだということにはなっているようだ[独自研究].彼も同じ二の轍を踏んでいるので,頑張って下さい.

2014-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20140917022346

仮にダーウィン進化論すら非科学的ですねと退けたポパーの態度を用いると、科学的根拠に基づいた内部統制や、科学的根拠に基づいたジェンダー論なんてSTAP細胞と同様にない。

意味がわからない。コピペ改変してもいいがせめて文脈的意味が取れるようにしてくれないかな。検索置換で済ますのはやめてくれ。

STAP細胞否定することと、黙ること

STAP細胞について、やたら否定したがる人がいる。

彼らの主張はこうだ。

STAP細胞には、科学的根拠がない」

「若手の女性研究者という要素を強調するのは、いたずらに差別助長する危険性がある」

前者は科学的根拠がまだ見つかっていませんよという意味で、後者研究者倫理感の話だ。

もちろん研究者同士で研究対象を決める時にSTAP細胞の話が出たら、まず前述二項を盾にぞんぶんに議論したらいいと思う。議論にすらならないと思うけど。

しかし、割烹着の話が出るのは通常人事的な属性の話やら仕事観やらそういう人間関係の話であり、多くの場合研究室ではない。会議室とか居酒屋だ。

仮にダーウィン進化論すら非科学的ですねと退けたポパーの態度を用いると、科学的根拠に基づいた内部統制や、科学的根拠に基づいたジェンダー論なんてSTAP細胞と同様にない。

科学的根拠に基づいた人間関係に至っては、まだ、言葉意味すら分からない状態だ。

なので、「そう。だからこそ、俺は科学的に人事をやるんだ」とか、「見てろ。俺は科学的な結婚をする」とか言ってる熱い研究者なら分かるが、そういうやつは別にそうでもない。

普通にオカルトみたいな判断基準恋愛して、普通にオカルトしか言えない組管理をして、普通にオカルトみたいな男女共同参画をしている。

おれは、STAP細胞批判することはない。

前述同様、STAP細胞科学的根拠がないことはそもそも反論になっていない分野が議論対象であることと、差別助長を骨子に反論を組み立てた場合女性研究者実数を求められたら明らかに論難してしまうこと。また、そこで妥当数字を見せるように主張を組み立てることも難しいこと。あと、面倒であること。

から黙る。

世の中は、黙ることを余儀無くされることがいっぱいある。

http://anond.hatelabo.jp/20140916165131

2013-11-04

某「脳科学者」が科学者として崇拝されてる理由がわからない

ここ数年テレビに出たり本を書きまくったりしてる脳科学者の人なんだけど、あの人は本当に科学者なの?

科学哲学ではポパー反証可能性っていう考え方があって、「ある言論が実験などによって反証される可能性がある」事が科学であることの定義の一つなんだけど、あの人は「脳科学的には」とか言って素人目に見ても怪しいことを言っている気がする。

昔なんかのテレビ番組で、「坂本龍馬には〜という脳内物質が出ていた」とか言ってたけど、これデータあるんですかね?

昔「ノーベル賞に最も近いと言われる日本人」とか言われながらテレビに出てきた記憶があるけど、実際全然取りそうな気配ないしなんの成果があるのかもよくわからない。

というわけでGoogle ScholarKen Mogiでググってみた結果……

http://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&as_sdt=0,5&q=ken+mogi

実験に参加してる論文でも最高の被引用数は57、しか20年近くも前の論文

主著論文にもなると最高で15。これもだいぶ昔。

(ちなみにiPS細胞山中教授は被引用数最高8649。サイヤ人か何かですか?)

最近論文がヒットしないんですが、今あの人は科学者としての活動してるんですか?

一般向けの本の執筆活動とかがメインなら、せめて科学者としての肩書を捨てるべきでは?あと科学中立的に使わないのも腹立つ。

あとちょっと前大ブームになったアハ体験も気になる。

アハ体験で使われてた画像ちょっとずつ変わる画像あったじゃないですか。寡聞にして最近知ったんですけど、あれってもともと脳神経科学研究では、変化盲っていう人間の知覚の危うさを検証する実験のものらしい。

で、またgoogle scholar教授に"aha experience"と聞いてみた。それらしき論文はいくつかヒットするけど、あの画像が使われている様子はない。あの画像アハ体験どっから出てきたのか。効果検証されているのか。

他にもアハ体験バリエーションあった気がするけど、殆どが脳神経科学の違う分野のものを援用しているらしい…

そういえば数年前の脱なんとか。でも科学者関係ないしどうでもいい。良くはないけど。

科学者として研究するのでもない、科学ジャーナリストとして情報中立的・正確に広めるのでもない…あの人は一体何者なの?

2011-05-05

どの世界でもワナビー所詮ワナビー 信者所詮信者

そろそろ社会学オタクとか、哲学オタクとか、ここらのジャンルでも

オタク的にしか消費出来ない人は、アニオタレベル変わんないか

ある意味アニオタよりも痛いよ(かけたコストアニメより大きそうだから)って誰かが言ってあげたほうがいいと思う。

前置き抜きでも納得の良く話をされてから、実はこれってポパーって人が言ってたことなんですよって言われたらすごいなーって思う。

でも、納得の行かない話とか、関連がよくわからん話をされて

あげくこれはポパーって人が言ってるからしいんだよ、そんなこともわからないお前は無教養カスって言われてもなぁ。

なんだろうね。頼んでない理屈を良く解らん説明されて、理解できなかったらお前馬鹿ってこれも無敵理論か。

アニメなんて知りませんと言いながら、言ってる内容とか筋道が完全に「どこの谷口信者だよ」って感じだった。

えらい難しい本とか言葉とか勉強してたどり着いた先がそこ止まりってのは要するにそっち方面の才能がないんだろう。

かわいそうだと思うけど迷惑だから勘違いはやめてほしい

2011-04-10

わたしのなかのリベラルな人

リベラルな方は頭のいい人が多い。

プライドが高いので、小さなことに本気を出せない。

・巨悪や不正義みたいな事には目が行くが小さな問題には興味を惹かれない。興味をひかない意見については冷酷。

・(もし参加する場合は)たとえ小さな問題であってもいちいちオオゴトに捉える。専門用語や難しい言い回しを使って議論を独占しようとする。

自分言葉でしゃべらない。小さな問題でもポパーとかハーバーマスとか言い出す。

・勝ち負けにこだわるというか勝ちにこだわるゆえに相手を絶対悪みたいなものに仕立て上げる。

・絶対悪のようなものとしか戦わない。曖昧な物には手を出さない。常に正義でいたがる。

・問題を解決することに全く興味がない。正義が明らかにされれば自ずと問題自体が消えてなくなると信じている。

ぶっちゃけると奈須きのこ作品にある魔術師イメージに近い。

リベラルを自称する人で中ニ病でない人をみたことがない。

30歳まで童貞だと魔法使いになれる。リベラルな人は魔法使いになりたがっている。

あとは言わなくても分かりますね・・・


以上を一行で纏めると、友達とか恋人したくない。一言で纏めると、嫌いというかキモい

リベラルの思想は素晴らしいものも多いと思うけれど、それを使う人がねぇ・・・。フォースの暗黒面に支配される奴多過ぎ。

2010-09-25

ホメオパシーは確かに「正しい」

ホメオパシーだの代替医療だのといった、いわゆる疑似科学についてはあらかた意見が出されていて、もう議論の余地はないと思われるのだが、そうした問題について考えるとき、どうしてか疑似科学それ自体、もしくは推し進める当事者のことばかりクローズアップして、疑似科学を支持する利用者のことがあまり注目されないのはちょっと妙な話であり、この偏りはマズいのではないかと思う。

科学というのもつまるところ美術文学と同じであり、考案者と追実験者のコラボ、それを追いかけて信憑性や科学性を視認する研究者、そうして知識として蓄積された学問を後追いで学ぶ学生といった階層性が歴然として存在する。確からしさや権威は独創的な「表現者」が単独であれこれと試行錯誤するだけでは付随してこず、「鑑賞者」が群がってあれこれと議論することで科学体系は形成されるのだ。

とすると疑似科学もそれと同じことで、それが科学の衣をまとっていられるのは、「表現者」の誤謬だけではなく「鑑賞者」の支持も多大な要因としてあることが推測されるだろう。ところが件のホメオパシー議論では、「表現者」にばかり気を取られて「鑑賞者」側の心理を分析していくアプローチがあまり見られない。それどころか、医学と一対一対応させて医学に軍配を上げ、だからホメオパシーは誤りである、といったお決まりじみたストーリーで反駁する主張ばかりで、ホメオパシーという体系がなぜ批判されねばならないのか、という根源的な問題への解答を避けているものが少なからず多い。そうした偏向はつまるところ科学の絶対的真理性や反証可能性、さらにはアプリオリな真理の存在といった諸々の難解なテーマになんら疑問をもつことなく、権威の安楽さにフリーライドしていることの裏返しであり、彼らもまた科学という教条に絡め取られているのではないのかと危惧するに到る。

もはや焦点は「なぜそれが正しいのか」ではない。「なぜそれを信じるのか」である。「科学は正しいから美術文学とは違う」と言い張る人間がいる。そのくせ地球が丸いことを実地で確かめたこともないのだからおかしいものだ。正しさの担保が分からないなら、それは正しいのではなく信じているのである。ならば、「科学者ならそれ(=科学的知識)が正しいと言い張れるじゃないか」という反論は一見成立しそうだ。だが、それは同時に「疑似科学者ならそれ(疑似科学的知識)が正しいと言い張れるじゃないか」という主張となんら変わりないように思える。なぜなら、正しさの担保は今現在明確な形で示されていないからである。

ポパーにしろクワインにしろ、ある点で建設的な、もしくは過激な条件づけで科学の特徴を言語化しようとしたが、どれも一長一短で、条件づけした途端にそれまでれっきとした科学の一部であった知見が科学でなくなってしまう。幸い、ホメオパシーについては科学でないということはテストによって容易に示されるかもしれないが、知識の欠けた「鑑賞者」に関しては全く問題が別である。それがありがたい体系で身体の健康に役立つと感じられるなら、ホメオパシーもまた利用者にとって十分に医学でありうる。この認識論的な事情科学全般に延長できてしまうものなのだ。

今一度、問題点を問おう。科学というものは、証明能力を有する人間と利用する人間とで「正当」の意味内容が著しく異なり、しかも当の科学者であれ「正当」の普遍的な根拠が未決定の状態である。こう表現するとホメオパシー擁護論にも思われるかもしれないが、それは誤解だ。ここで言いたいことは、たとえホメオパシー支持者が科学的思考の持ち主でないとしても、ホメオパシーという体系それ自体が非科学的であることを決して意味しはしないこと、そして現代医学科学性がホメオパシー非科学性を意味しもしないことだ。後者の指摘については、免疫学が謎めいた「自然治癒能力」を反駁することが(今現在)できていないという一例でも分かるだろう。必ずしも、ある体系の正当性が別個の体系の正当性を否定するというわけではないのである。また、これが最も核心的なことだが、科学証明とは無縁のいずれの「鑑賞者」にとっても、信じることで一方を支持し、信じないことでもう一方を唾棄しているに過ぎないという深刻な背景を宿していること。

治療に関して、被治療者にはいかなる治療を受けるか選択できる権利がある。このことをしっかり認めた上で、ホメオパシーに傾倒する被治療者を理性的に説得することは、果たして可能なのだろうか。

2009-12-14

ふたば二次裏でまとめられていた、中高生のための100冊 その3

1.「限りなく透明に近いブルー」 村上龍

2.「パンツをはいたサル」 栗本慎一郎

3.「ガンダムUC」 福井晴敏

4.「さかしま」 J・K・ユイスマンス

5.「国のない男」 カート・ヴォネガット

6.「競売ナンバー49の叫び」 トマス・ピンチョン

7.「夢渓筆談」 沈活

8.「神は妄想である―宗教との決別」 リチャード・ドーキンス

9.「24人のビリー・ミリガン」 ダニエル・キイス

10.「人間失格」 太宰治

11.「冬の夜ひとりの旅人が」 イタロ・カルヴィーノ

12.「高い城の男」 フィリップ・K・ディック

13.「しあわせの理由」 グレッグ・イーガン

14.「新世界より」 貴志祐介

15.「葉隠入門」 三島由紀夫

16.「きつねものがたり」 ヨセフ・ラダ

17.「故郷」 チェーザレパヴェーゼ

18.「大空のサムライ」 坂井三郎

19.「ノヴァ」 サミュエル・R・ディレイニー

20.「フェルマータ」 ニコルソン・ベイカー

21.「四十七人目の男」 S・ハンター

22.「逆転世界」 クリストファー・プリースト

23.「ロッパの悲食記」 古川ロッパ

24.「謎の女」 福田恆存

25.「天体嗜好症」 稲垣足穂

26.「冷血」 カポーティ

27.「ダスト」 チャールズ・ペレグリー

28.「神秘の島~ミステリアスアイランド~」 J・ヴェルヌ

29.「連射王」 川上稔

30.「スレドニ・ヴァシュター」 サキ

31.「性に目覚める頃」 室生犀星

32.「トンデモ変態系」 ブレンダ・ラヴ

33.「侵略する少女と嘘の庭」 清水マリコ

34.「ほとんど無害」 ダグラス・アダムス

35.「黄落」 佐江 衆一

36.「地球の長い午後」 ブライアン・W・オールディス

37.「冷たい方程式」 トム・ゴドウィン

38.「リレイヤーⅢ」 鴻上 尚史

39.「糞尿大全」 柳内伸作

40.「十六の話」 司馬遼太郎

41.「シャングリ・ラ」 池上永一

42.「武士道シックスティーン」 誉田 哲也

43.「痴人の愛」 谷崎潤一郎

44.「白痴」 坂口安吾

45.「穴」 ルイス・サッカー

46.「宇宙の戦士」 ロバート・A・ハインライン

47.「ギャシュリークラムのちびっ子たち」 エドワード・ゴーリー

48.「23分間の奇跡」 ジェームズ・クラベル

49.「閉鎖のシステム」 秋田禎信

50.「伊平次とわらわ」 坂田靖子

51.「食肉の帝王―巨富をつかんだ男 浅田満」 溝口敦

52.「だれも知らない小さな国」 佐藤さとる

53.「へんないきもの」 早川いくを

54.「僕のボール君に届けば」 伊集院静

55.「楽園の知恵」 牧野修

56.「鳩どもの家」 中上健次

57.「古事記」 倉野憲司

58.「猫の地球儀・焔の章」 秋山瑞人

59.「東海道中膝栗毛」 土田よしこ

60.「魔獣戦士ルナ・ヴァルガー」 秋津透

61.「海と毒薬」 遠藤周作

62.「死の家の記録」 ドストエフスキー

63.「四畳半神話大系」 森見登美彦

64.「夜明け前」 島崎藤村

65.「陰日向に咲く」 劇団ひとり

66.「モルグ街の殺人」 エドガー・アラン・ポー

67.「世界の中心で、愛をさけぶ」 片山恭一

68.「外国語水曜日」 黒田龍之助

69.「百頭女」 M・エルンスト

70.「味覚極楽」 子母沢寛

71.「はてしない物語」 ミヒャエル・エンデ

72.「開かれた社会とその敵」 カールライムント・ポパー

73.「近代労働観」 今村仁司

74.「不可能性の時代」 大澤真幸

75.「死霊」 埴谷雄高

76.「アナロジーの罠」 ジャック・ブーヴレス

77.「中央線呪い」 三善里沙

78.「特別料理」 スタンリイ・エリン

79.「他人をほめる人、けなす人」 フランチェスコ・アルベローニ

80.「星虫」 岩本隆雄

81.「一休さん」(新・講談社絵本) 宮尾しげを

82.「第四間氷期」 安部公房

83.「おとなもブルブルようかい話」 木暮正夫

84.「ヨーロッパ文学講義」 ウラジミール・ナボコフ

85.「サマー/タイム/トラベラー」 新城カズマ

86.「責任 ラバウル将軍今村均」 角田房子

87.「死の蔵書」 ジョン・ダニング

88.「死のロングウォーク」 リチャード・バックマン

89.「ケルベロス第五の首」 ジーン・ウルフ

90.「馬鹿の鏡」 藤田浩子

91.「フロイト先生のウソ」 ロルフ・ゲーデン

92.「ライ麦畑でつかまえて」 J・D・サリンジャー/野崎孝

93.「宇宙創生」 サイモン・シン

94.「針の上で天使は何人踊れるか」 ダレン・オルドリッジ

95.「歴史」(上・中・下) ヘロドトス

96.「ナツメグの味」 ジョン・コリア

97.「愛はさだめ、さだめは死」 ジェイムズ・ディプトリー・ジュニア

98.「幾千の夜を越えて」 神月摩由璃

99.「夏の庭―The Friends」 湯本香樹実

100.「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キイス

2009-03-28

ポパー反証可能性って、ぶっちゃけどうよ?

>20世紀科学哲学者、カール・ポパーに従えば。

>彼は科学疑似科学の境界を「反証可能性」に求めた。

いつも思うんだが、ポパーって、そんなにありがたがるほどの奴か?

僕はヴィトゲンシュタイン言語ゲーム万世派の人間なせいか、

科学反証可能性」とかの発想は、すげえ薄っぺらくみえるんですけど

2009-03-27

気象理論疑似科学である

http://anond.hatelabo.jp/20090326205141

20世紀科学哲学者、カール・ポパーに従えば。

彼は科学疑似科学の境界を「反証可能性」に求めた。ある理論科学であると認められるためには、それが「反証可能」でなければならない、すなわち、

1:その理論に基づいてある予測をたてることができ、

2:かつそれを現実世界経験と照らし合わせて検証することができなければならない。

ポパー疑似科学の例としてフロイト精神分析論を好んで取り上げた。例えば、ある男が子供を川に殺意を持って突き落とそうとしており、もう一人の男はその身に代えても子供を助けようとしているとする。フロイト論者は、この二人の行動を、同じくらい簡単に説明することができる。一人は抑圧されており、もう一人は昇華を遂げたのだ、と。フロイト論者は、どんな行動に対しても、それに対する説明を編み出すことができるわけだ。ポパーはこれはおかしいのではないかと考えた。何でも説明できてしまう理論は、むしろ理論と呼ぶに値しないのではないかと。

気象理論もこれに似たところがある。どんな天気でも、その原因は気圧変動で説明できるとされる。昨日雨が降ったのは、日射により大気が膨張し、上昇気流が起きたからだ、という。気象理論はどんな天気に対しても、理由を探し出して気象理論的な説明を編み出すことができる。

フロイト理論と気象理論が違うのは、気象理論は理由を気象理論の外に求める点だ。気象理論自己完結した理論ではない。「日射により大気が膨張し、上昇気流が起きるから」であるという主張は、気象理論それ自体からは導き出せない。その主張を入れ替えれば、気象理論はどんな天気にも適用することができる(もちろん主張それ自体がある程度の説得力を持っている必要はあるだろうけれど)。

気象理論反証可能性を持つのだろうか?そもそも自己完結していない気象理論科学理論と呼んでよいのだろうか?それとも単に僕の中での言葉定義がおかしいのだろうか?


メカニズムについての理論と、個々の事象への対応を混乱するとこうなるのかな。天気予報が外れたからといって、気象理論モデルが否定されるわけではないというところを、もうちょっと考えてみたらいいかもね。

http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/index.html

Q.進化論は反証不可能なので科学ではないのでは?

A.例えば先カンブリア紀の地層から大量の石器が発見されれば進化論に対する強力な反証になります。進化論科学ではないと思いたいために「進化論は反証不可能である」と主張する創造論者もいますが、原理的に反証不可能であることと、反証の証拠が見つからないことを混同すべきではありません。進化論原理的に反証可能ですが、現在のところ反証されていません。[2000.4.11]

http://anond.hatelabo.jp/20090326205141

ポパー進化論もちゃんと勉強してから仮説を立てよう。

あるものを否定すれば何かを言った気になる病ですね。大2病認定。

2009-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20090326213239

元増田です。

キリンの首が長いのは、高い位置にある木の葉を食べるのに、首が長い方が有利だからだ

に加え、もともと首の短いキリンもいた→それらは高い位置にある木の葉を食べることができなかった→そのため飢えて絶滅した、という淘汰の過程がある。

実はそこは承知しているけれども、それは本論なのではないのであえて書かなかった、というかむしろそこを突っ込んで欲しかった。

例えば、首の短いキリン絶滅した時期に、ウシも住んでて、絶滅を免れた、とかが発見されたりすると、高い位置の葉っぱのために首が伸びた説は危うくなるんじゃないか。

この話は、あくまで進化論の枠内において、「キリンの首が長いのは高い位置にある木の葉を食べるのに首が長いほうが有利だからだ論」の反証にはなりうる。けれど、進化論そのものの反証にはならないわけで。

進化論それ自体を反証する方法は存在するのだろうか、というのが疑問。

そもそも進化論は何か生物がいた時にその形質を説明することはできるけれども、何かを厳密に予測することはできない。予測ができないならば反証もできないから、進化論ポパーの言う意味疑似科学になってしまうわけで。

予測と違っていても修正できる、という話がでるだろうけれど、それを言い出すと、進化論は先に書いたフロイト理論(anond:20090326205141)とどの点で違うと言えるんだろう?

進化論疑似科学である

20世紀科学哲学者、カール・ポパーに従えば。

彼は科学疑似科学の境界を「反証可能性」に求めた。ある理論科学であると認められるためには、それが「反証可能」でなければならない、すなわち、

1:その理論に基づいてある予測をたてることができ、

2:かつそれを現実世界経験と照らし合わせて検証することができなければならない。

ポパー疑似科学の例としてフロイト精神分析論を好んで取り上げた。例えば、ある男が子供を川に殺意を持って突き落とそうとしており、もう一人の男はその身に代えても子供を助けようとしているとする。フロイト論者は、この二人の行動を、同じくらい簡単に説明することができる。一人は抑圧されており、もう一人は昇華を遂げたのだ、と。フロイト論者は、どんな行動に対しても、それに対する説明を編み出すことができるわけだ。ポパーはこれはおかしいのではないかと考えた。何でも説明できてしまう理論は、むしろ理論と呼ぶに値しないのではないかと。

進化論もこれに似たところがある。どんな生物でも、その形質は進化論で説明できるとされる。キリンの首が長いのは、高い位置にある木の葉を食べるのに、首が長い方が有利だからだ、という。進化論者はどんな生物に対しても、理由を探し出して進化論的な説明を編み出すことができる。

フロイト理論進化論が違うのは、進化論は理由を進化論の外に求める点だ。進化論自己完結した理論ではない。「高い位置にある木の葉を食べるのに、首が長い方が有利」であるという主張は、進化論それ自体からは導き出せない。その主張を入れ替えれば、進化論はどんな生物にも適用することができる(もちろん主張それ自体がある程度の説得力を持っている必要はあるだろうけれど)。

進化論反証可能性を持つのだろうか?そもそも自己完結していない進化論科学理論と呼んでよいのだろうか?それとも単に僕の中での言葉定義がおかしいのだろうか?

2009-01-26

[][]疑似科学問題はベイズ主義に基づいて,線を引かずに線引き問題を解決すればいいんです

疑似科学科学哲学 (単行本)

伊勢田 哲治 (著

入門書としても読めると同時に専門書としても一定のレベルを保っています。今まで提案された科学哲学テーゼをとりあげ、これを実際に存在する疑似科学科学の判定に有効か否かということで検証する、といった議論の進め方で話が進んでいきます。著者が言うように、可能な限り専門知識なしに読めるように工夫されています。

 またこうした入門書としての気配りがあると同時に、専門書として一定のレベルを保っています。私はこの手の本を何冊か読んだのですが、ポパークーン関係が今ひとつすっきりと理解できませんでした。しかし、この本のおかげでこの2者の長所短所がずいぶんとすっきり理解できました。

筆者の本書における最終的な提案は,ベイズ主義に基づいて,線を引かずに線引き問題を解決するということなのだが,そこにいたる議論の過程こそ楽しむべし.エキサイティングです.

科学疑似科学の間が単純な基準では線引きできないとなると,疑似科学科学の間にグレーゾーンが残るわけだが,かといって,明確に科学的な分野や明確に非科学的な分野が存在する可能性は排除できず,様々な観点から見て,占星術超能力研究科学と呼ぶわけにはいかないことは,本書を読めば理解できると思います.科学する人も,占星術などの疑似科学科学であるとナイーブに信じちゃう人にも,お薦めの1冊です.

      _人人人人人人人人人人人人人人_

        >    な なんだってー!!    <

        ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^

2008-03-15

anond:20080315145308

本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。

グーグルキャッシュ初版なので違うところがあるかも。

プラトン国家』 

アリストテレス形而上学』 

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカル『パンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キルケゴール『不安の概念』 

スピノザエチカ』 

ルソー社会契約論』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教経験の諸相』 

ニーチェ権力への意志』 

フッサール論理学研究』 

ハイデガー存在と時間』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間と自由』

レヴィナス『全体性と無限』 

フロイト快感原則の彼岸』 

ラカン精神分析の四つの基本概念』 

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール『一般言語学講義』 

チョムスキー『文法理論の諸相』 

ヴェイユ重力と恩寵』 

アーレント精神の生活』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法』 

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』 

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義精神』 

デュルケム『自殺論』 

バタイユエロティシズム』 

モース『社会学人類学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

マクルーハンメディア論』 

ブローデル地中海』 

ウォーラステイン『近代世界システム』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法の原理序説』

ミル『自由論』 マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展の理論』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』

ボードリャール消費社会神話と構造』 

オルテガ『大衆の反逆』 

ミルズ『パワーエリート

リースマン『孤独な群衆』  

イリイチシャドウ・ワーク』 

ベル資本主義の文化的矛盾』 

ネグリ『構成的権力』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

アンダーソン『想像共同体』 

バレーラマトゥラーナ知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ロールズ正義論』 

ハイエク『法・立法・自由』 

ブルデュー資本主義ハビトゥス』 

オング『声の文化と文字の文化』  

M・ポランニー『暗黙知次元』 

クーン科学革命の構造』 

ポパー『推測と反駁』 

サイードオリエンタリズム』 

メルロ=ポンティ知覚現象学』 

フッサール論理学研究』 

ラッセル西洋哲学史』 

フロム『自由からの逃走』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』

デリダ『グラマトロジーについて』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

フレイザー金枝篇』 

シュミット政治神学』 

クラウゼヴィッツ戦争論』

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

リップマン『世論』 

マンハイムイデオロギーユートピア』 

ブルームアメリカンマインドの終焉』 

ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトライス』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

クーン科学革命の構造』 

ホワイトヘッド科学と近代世界』 

ソンタグ『反解釈』 

ドーキンス 『利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学的視覚論』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

ケストラー『機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

ホーキング『ホーキング宇宙を語る』 

イーザー『行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マン『ロマン主義レトリック』 

シオラン歴史ユートピア』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ『経験論と心の哲学』 

パーソンズ社会的行為の構造』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アガンベンホモ・サケル』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

マッキンタイア『美徳なき時代』

こういう時、トラバツリーが各所に残る今の仕様は便利だ。

ツリー内主要エントリ

2007-12-01

数学統計学科学か?

数学統計学科学なのだろうか?科学とは世間一般では実験によって検証可能なものだとされる。何が科学かと言うのはそれ自体が難しい話だ。一般的定義と異なり、ポパーなどは反証可能性があるものとして科学を定義していたりする。そうした話は面倒なので、ここでは一般的な定義を使うことにする。では一般的定義を前提とした場合、数学統計学科学なのだろうか?数学統計学実験によって検証可能ではない。例えば中間値の定理やワイエルシュトラスの定理は実験によって検証できない。その意味では単なる仮説、推論に過ぎない。従って科学ではないだろう、といったら数学科の人にフルブッコされそう(´・ω・`)

と書いていたら、ちょうどおもしろいものがあった。

http://anond.hatelabo.jp/20071201140219

そういうのもあるのか。

http://anond.hatelabo.jp/20071201111539

反証可能性、って概念はわかりやすいから使う人が多いんだけど、ポパー先生の主張の話はとりあえず脇に置いといて、議論って本当に「結論」が目的でやっているのか? というのは考えてみる価値があります。前提の違う人が予期しないいちゃもんをつけてきたときにそれに全力で「前提が違う」と噛み付くよりは、「ふーんそういう見方をする人もいるのね」と考えて前提の違いが生じる事情を考えたほうが、きっと賢くなれると思いますがどうでしょうか。

2007-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20071112153307

「こいつ、全然分かってへんわ」

ポパーおじさんが嘆いていました。

2007-10-16

http://anond.hatelabo.jp/20071016142219

世界1物理的事物、物理的状態の世界

世界2私たちの意識、心的状態の世界

世界3客観的思考、特に人間精神の知的・文化的産物の世界

ポパー哲学元ネタカント哲学なんで、『純粋理性批判』を読んでない身で釣られるのはまずいんだが

ざっくり言うと

世界1→世界2をするのが「感性

世界2→世界3をするのが「悟性」

という感じ。世界2は時系列生データ世界で、クロックもスケールもセンサーや測定装置(心)のスペック依存した形でしか意味を持たない(ただ適応制御するだけなら単位系は要らない)。世界3というのはSI単位系とかそういう数学的形式の世界なので普遍性客観性があるわけ。まあこれ以上言うと(いわゆる「心の哲学」)ぼろが出そうなんで『科学発見論理』まじめに読むことにしますよ(正直長くて厚いわりに文章が面白くなかったような印象がある)。

あとポパーがこういうことを言った背景ってのは、「論理分析でトンデモ科学を殲滅できる」という、世界3に寄りかかりすぎた新手の哲学が当時流行っていて、それに対する反論だったのです。彼ら「論理実証主義者」ってのは哲学的にはロジカルでポジティブな人たちだったので(だから logical positivism)、実験手順とかをきちんと論理的に記述すれば実験の再現ができるし、それでもって普遍性は確保できると思っていた。間違えちゃいけないのは彼らは(ポパーにしてみれば)世界3に寄りかかりすぎていたことに自覚がなくて、むしろ俺たちは直接世界1に触れているんだと考えていたので、「唯脳論」者とは対極にある人々だったことです。

Re: ポパー三世界論

世界3は世界1と世界2の双方から影響を受け影響を及ぼすことにより世界1と世界2をつなぐ架け橋となっている、と思った。

なので、世界3が自律していると言うのに違和感を覚える。

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