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はてなキーワード: ストーリーテラーとは

2019-11-26

毎日毎日Twitterで新キャラ発見されてはてブに上がってくるね

本当に人財の宝箱だ

得体の知れない気鋭の弁護士、珍しいフェミ狂気教授、怒れる大御所ストーリーテラー

2019-06-26

anond:20190626134756

そもそもとして、声優ってあくまでもキャラクターを作る一部分でしかなくてそのキャラメイクは別の人がやってるんだしな。

最近ドル声優インタビュー見てて、そのキャラ絶対しなさそうなことを平気で「させてみたい」とか言っててなんか幻滅した。

声優って表に出ているだけでストーリーテラーとしての才能があるわけじゃないってことに今更気が付いたよ。

2018-09-18

anond:20180918144120

MASTERキートンなんかも目的地は無いけど延々冒険続ける系やが、アレを(全部まとめて)ロードムービーと見ることも出来るし、単にストーリーテラー平賀キートン太一としたオムニバスと見ることも出来るように思うんやな。

かに境界線曖昧やな。

2018-05-04

良かれと思って

なされることは全部善みたいな、勘違いは。

本当の事をゆがめるだけだから

結果として迷惑しかないことのほうが多い。

お気持ちは汲みたいけれど、

ひとつひとつ地味な検証もしないで、

ロジカル頭脳もなしに

フィーリング勝手解釈して

良かれと思って、はあまりにもちゃらんぽらん無責任すぎる。

最悪なことしてるって気付けないのは

自分は良い人妄想きついから。

漫画ラノベ主人公が堂々とできるのは

ストーリーテラーたる神=漫画自身が描いているからであって

事象事実さえも虚か実かもわからぬ「善意にあふれた人」が

勝手解釈で、不思議好意事実をゆがめてしまう。

婉曲な隠蔽ともいえる。

酷い世の中です。

2018-01-16

物語を巡る状況はぜんぜん悪くなってない

anond:20180116071707

商業作家です。

物語をめぐる現代日本の状況に絶望なんて全くしていません。

そもそもストーリーを紡ぐことは個人可能なことであり、予算企業側の都合などなんの関係もなく実行可能です。ゲームメディアアニメディアでのシナリオライター企画会議に縛られるでしょうが、それは物語を作ることそのものとは関係ない、ただの商業要請であって、それが嫌なら単著を出せば良いのです。

単著であっても編集要請で好きなことが書けないという意見もありますが、それは、ただ単に編集要請自分の書きたいものを両立させるだけでの構築技術が不足しているということか、編集要請に隷属しないと出版物が出せないという売上力の問題でしょう。

増田は「小説家になろうから始まった作品作家陣を蔑視していますが、それは随分大きな見当違いではないでしょうか? 商業的制約や生活費要請などを無視して、ただひたすらに自分欲求だけで書き始めて無料でもいいから書き続けている時点で、彼らこそ物語構築者として純粋なのではありませんか? たしかに彼らの作品技術的な拙さや偏った傾向があるかもしれません。けれど、彼らは「編集許可されないので好きなものが書けない」などという泣き言は言わないじゃないですか

アニメゲームと言った企業営利創作のなかで「自由にかけない」「ストーリーは終わった」と嘆く人間よりも、「オレはこういうのが好き」「金とは無関係に書く」と活動できている彼らのほうが、よほど物語る事に対して建設的だと思いますよ。

しか現在特に商業的な創作物は過剰消費の傾向があって、それはキャラ消費やシチュエーション消費などの二次創作的な需要にも思えますしかし、二次創作的な需要の背景には、常にオリジナルな感動があるはずです。読者や視聴者が、記号的な美少女で喜んでいる現在があるとすれば、それは彼らが何処かでその記号学習たから、感動を学習する原点があったからです。

物語消費が多様化して、消費量が増えて、今までは参入しなかったような(同人的とも言える)ハイアマチュアセミプロ業界に参入して、市場混沌としています。そういう現況に、トラッド創作物愛する人々が落胆し嫌悪感を覚えるのもわかりますしかしそれはやはり、懐古なのだと思いますよ。

記号的なキャラクター記号的なシチュエーションに喜ぶ、増田から見て志が低いとされる読者視聴者であっても、彼らは彼らなりの人生物語体験を経て感情移入出来る何かを学習してきたのです。それが「現代の読者」なのですから、その彼らに敬意と感情移入を持って自分物語を書くのが、ストーリーテラーとして重要な事だと自分は考えます

まだまだ手を付けてない題材だって手法だってたくさんあります

物語物語を取り巻く現在環境は、絶望の入り込む余地が無いほど忙しなく輝いていますよ。

2017-12-11

月蝕歌劇団をまた観に行った記録

なんか、ひょんなことから月蝕歌劇団(という小劇団が都内にあると思ってほしい)の公演を見に行って、それ以来なんか芝居づいている。

これまで演劇なんてぜんぜん興味がなかったのに。

いくつか劇場に足を運んだところで、もう1回くらい観ればもっと色々と見えてくるものがあるかと思い、また月蝕歌劇団に足を運んでみた。

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演目は『ねじ式・紅い花』と『盲人書簡−上海篇』の2本立て連続公演

(前回の観劇の記録は

https://anond.hatelabo.jp/20170925212923 

 を参照のこと)

ということで、自分のログを兼ねて、また観劇記を残しておくことにする。

御用とお急ぎでない方は、しばしお付き合いを。

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ただし。

自分は舞台観劇についてはとことん素人なんで、これから書くのは、通りすがりの素人が見た印象批評くらいのつもりで、紹介文としての情報は期待しないでほしい。

(というか印象批評というワード小林秀雄みたいで偉そうだな。ほんとに感想文くらいの感じで、ひとつ

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■全体として

歴史の長い劇団というのは知っていたけれど、今回は公演100回記念とのこと。

で、旗揚げ時代からのライバル劇団その他のビッグネームが集結した大プレミアム公演だったらしい。

普段は若い女性主体の “少女歌劇団” っていう感じの劇団なんだけど、今回はキャストの年齢が大はばに高めだった。

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ちょっと変わった構成をしていて、1つのシーズンというか公演期間を前後に分けて、2種類の演目を上演する。

さらに各演目について前座というか露払いというか、出演キャストの歌唱ショー、寸劇、詩の朗読その他をまとめたパフォーマンスとして “詩劇ライブ” というのがある。

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なので、フルで鑑賞すると1シーズンで合計4演目。

これを多いと思うか、アリだと思うか。

いろんな作品世界が見られてオトクだとも言えるし。

リハーサルシナリオ練り込み等々のリソースは分散されるから内容的に落ちるものになるかもしれないし。

自分が見たところ、器用な高能力キャストと、まぁそうでもないキャストでうまく仕事を振り分けて、不満を感じさせない作りにしている感じだった。

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順番に見ていってみると。

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■前半の前座『詩劇ライブ メメクラゲ』(11月19日

先に不満点を言わせてもらうと。

演目『老人と子供のポルカ』の歌唱。

左卜前役のベテランキャストカンペ片手に左右のキャスト(岬花音菜、慶徳優菜)を振り回して大暴れ。

休みなく次の曲『本牧メルヘン』が始まり、そのまま岬花音菜がマイクを握るが、息の上がった彼女にはキーが低すぎた。

おかげで貴重な戦力(岬)を空費。

トリの白永歩美キッチリと『バフォメット(と、あとなにか悪魔がもう一柱)の歌』(詳細不明)で締めてくれたのが、せめてもの救い。

それにしても、あの大狼藉は、ハプニングプロットか。

ハプニングなら再発防止策を取ってほしいし、プロットなら、申し訳ない、あれに快哉を送るハイなセンスは自分は持ち合わせていない。

しかし。

詩劇ライブというのがファンミーティング同窓会だというのなら。

いとしの大スターがいつにないハジケっぷりを開陳したほうがファンサービスとしてのお値打ち感は高いのかもしれない。

と、思って周囲を見回してみると、自分と同じか、あるいはさらに年配の観客がホクホク顔で舞台を見守っている。

ハテ、招カレザル客ハ自分ノホウデアッタカ。

うん、わかった。

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■後半の前座『詩劇ライブ 暗黒少年探偵団』

詩劇三傑(←たったいま自分が決めた。はるのうらこ、岬花音菜、そして白永歩美の3人)のパフォーマンスたっぷり見られたので実に良し。

はるの嬢は前回と同じギター伴奏かと思ったら、ギターからキーだけもらって、ほぼ独唱。それでいてピッチは正確、ハイノートも申し分なく出ていたし、なんというか、 “このヒト、ひょっとして劇団の隠れた屋台骨なのではないか?” という予感がさらに強まる。

(↑それは本編でガツンと証明されるんだけど)

なぜ合唱のときは控え(それはもう、あからさまな控え)にまわるんだろう?

リハーサルの負荷をソロに集中させるためか。

岬花音菜はカッパの舞。そして小阪知子を舞台に引き出してカッパの相撲。

あいかわらず、この人は歌って動いてが実に良い。

そしてトリは白永歩美

朗読、歌唱と大活躍。

いつ見ても、この人は安定しているなぁ。

はかなげで、あやうげで、その状態のままガッチリ安定しているという不思議キャラクター

そういえば『Those ware the days』に日本語歌詞をつけたものを歌ってたんだけど、受付で立ち読みしたセットリストにそんなのなかったぞ、と思って調べてみたら、『悲しき天使』なんていう日本語版があったのね。

知らなかった。

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さて本編。

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■前半の本編『ねじ式・紅い花』

つげ義春の原作、『ねじ式』『紅い花』『女忍』『沼』『狂人屋敷の謎』をまとめて1つのストーリーにしてある。

実を言うと、前回の公演を見たあとに、某氏から、

「なに、月蝕歌劇団が面白かったって? それじゃアレだ。主催の高取英のアレ読んどけアレ」

といって勧められたのが、『聖ミカエラ学園漂流記』(小説版と戯曲版)。

前回の公演を観たときに、

「この人の持ち味は “奔放に見えて実は緻密な複数世界のマッシュアップ” だろうな」

と感じていたのが、この本で確信に変わったのだけど。

原作が2作品や3作品なら、例えば2つの世界の登場人物呉越同舟で共闘する、みたいな展開もあり得るけど、さすがに5作品同時となるとメドレー形式にならざるを得ない、という感じ。

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さて、もう1つ、高取氏の特長と思ったのが、ストーリーに必ずクライマックスを用意する、という点で。

(それが、エンターテイナーとしての氏の本性によるものか、それとも “客にはなんとしてもカタルシスを持ち帰ってもらわないと次につながらない” という興行師としての冷徹な計算によるものか、そこまではわからない)

それが、つげ義春の茫漠としたアンチクライマックスな世界とどう折り合いをつけるのか、そこに興味があったんだけど。

これが『紅い花』を中心に最小限の改変を加えただけで、見事に全ての原作が一斉に収束に向かうオチといえるオチになっているのは、さすが。

最後にはねじ式青年が『パーマー・エルドリッチの3つの聖痕』(P. K. ディック)みたいに無限増殖するあたりの幻想テイストが高取氏らしい。

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あと、前回公演みたいな「身捨つるほどの祖国はありや」的な大きな主題は今回は抑制されている。

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助成金云々の楽屋落ちは生臭いので忘れたことにする。

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そして、この劇団特有の時間がゆがむ感覚をまた味わう。

今回は、サヨコの祖父の楽屋オチ的な台詞。

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「最近、嵐山光三郎が書いたんですがね、松尾芭蕉は忍者だったんですよ」

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えーと、嵐山光三郎の “芭蕉忍者説” は2000年代なんですが。

高取氏の作品世界が戦前、戦後、昭和30年代、1960年代1980年代みたいに複数の時代を放浪するように、劇団自体も、60年代80年代、そして2000年代の全ての時代に存在しながら、どの時代にも存在しないような不思議立ち位置

それが、この劇団の持ち味でもあり。

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あ、あと、狐舞の意味がやっとわかった。

なんのことはない、 “ここから現実感見当識がゆるんで、心象風景と象徴劇が始まりますよ” という演出効果だ。

多色発光LEDを掲げた葬列も、夜光塗料の試験管をもった少女たちも、おそらく同じ。

少女漫画で「なんでクライマックスに花びらが飛び回ってるの?」とか訊かないでしょ? アレと同じだ。

そういえば、最近の子供は漫符(怒りの青筋とか緊張の汗とか)がわからないケースが多いらしい。

つまり自分は月蝕の鑑賞において子供だったわけだ。

というあたりで。

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そして、問題の↓

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■後半の本編『盲人書簡−上海篇−』

あー、うん。

むかし『草迷宮』(寺山修司)を観て途方に暮れたことを思い出した。

あるいは、さらにむかし『原始人』(チャーリー・ミンガス)を聴きながら、

「これは良い音楽なんだ、良い音楽なんだ、みんながそう言ってるから良い音楽なんだ」

と歯を食いしばっていたことを思い出した。

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はっきりしたこと。

自分に “前衛” を受け止める感受性はない。

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それでも、なんとか受容を試みてみる。

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(1)1930年代の第二次国共合作を背景にした不穏で混沌とした上海共同租界。

(2)明智小五郎小林少年という、戦前・戦後の言ってみれば “陽のヒーロー” をどす黒く改変したキャラクターと、堕落した母親としての小林少年の母。

(3)白痴の少年と娼窟の姉妹がからむ、不快にユーモラスな人物群。

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この3つの人物群を主なストーリーラインとして、失明した小林少年を中心に “目明きと盲(めしい)、世界が見えているのはどちらか” という問いを主題として話はすすむ(ように見える)んだけど。

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途中、影を喪失した少女、みたいな挿入話をはさみながら、ひたすらグロテスクストーリーとも言えないストーリーの断片が続く。

クライマックス小林少年と恋人(?)のマサ子の再開を中心にしながら、全てが虚構の中の虚構、悪夢の中の悪夢、という入れ子の構造をあからさまにするところで、唐突に終わる。

最後の最後には第四の壁も突破して現実のキャストの名前まで出てくる。

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うーむ、書いておいてなんだが、なんの説明にもなっていない。

ねぇ、寺山修司って、ホント70年代80年代青少年カリスマだったの?

(今度、『書を捨てよ云々』でも読んでみるか……)

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可能性としては、今どきの若者がP. K. ディックやら筒井康隆やら読み慣れてるせいで、 “崩壊する現実” やら “虚構の中の虚構” を普通においしく摂取しているのに対して、当時はその種の超現実的な幻想悪夢ワールドが知的にトガった青年だけの愉悦であったとか。

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ま、さておき。

これ以上はどうにも言いようがない。

自分にとって確かなことは。

高取氏オリジナルの作品、脚色作品のうほうがずっと面白い

ということ。

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さて。

キャスト、演出その他については、以下の通り。

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白永歩美

女忍コジカの息子、宗近と小林少年を好演。

このヒトが、登場するだけで舞台が猟奇的ビザールな空気になるような、言ってみれば “嶋田久作” 的な怪優でありながら、それでいて結構な美人サンである、というのは劇団にとって大きなアドバンテージなんじゃなかろうか。

劇団のカラーを一人で体現しているような。

ビジュアル、演技、歌唱、トップの名称は伊達じゃない、って感じ。

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というか。

実のところ、トップというネーミング自体はどうでもいい。

それがプリマドンナでもソリストでもエースでも四番でも同じことで。

その種の人に求められるのは才能でも鍛錬でも、ましてやプロデューサーディレクターの寵愛でもなく。

それは「いつ、いかなるときでも、自分が前に出ていってなんとかする」という思考形態だと思う。

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例えば才能、というか生まれつきの資質なら。

前回の公演には高畑亜美という彼女に負けず劣らずのビザール美人さんがいた。

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例えば技能なら。

前回の公演で、白川沙夜というキャストは、ストーリーテラーコメディリリーフ、仇役という3つの仕事を3本の腕で同時につかんでブンブン振り回して大暴れしていた。

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でも、彼女たちは今回はいない。事情は知らない。

いっぽうトップには「事情により今回は出演しません」という選択が無い。

脚光も浴びる、注目もされる、そのかわり劇団の出来が悪ければ矢オモテ、火ダルマ、槍ブスマと。

群像劇主体の劇団で、ある程度は負荷が分散するにせよ、あの細っそい体にかかっている重責を想像すると、なんというか、なんというか。

長くなった。

ともあれ、健康にお気をつけて。

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■川合瑞恵

前回までは “作りようによっては、いかめしく見える” ビジュアルを活かしたワンポイント役だったのが、今回は『女忍』パートのキーとなる女忍コジカに大抜擢。

これが大根だったら目もあてられないところを、実に器用に演じきってしまった。

本職はモデルさんだと思ってたんだけど。違うの?

芸能関係って器用な人が多いのよね。

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■岬花音菜

演技はさておき、まずは狐舞。

今見ているのがカラダのオモテなのかウラなのか、腕なのか脚なのか分からなくなってくる超絶変態空間機動がひっさびさに大炸裂!!

これだ! これが観たかった!

いや、じつは、このところモヤモヤしていた。

「いや、たしかに踊りも歌も演技も良いけど、ここまで追っかけるほどか?」

でも、たしかに思いちがいじゃなかった。

ほんのちょっと前のことなのに、忘れかけていた。

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そこには、たしかに岬花音菜がいた。

およそ2ヶ月前、片目の猫の舞で自分の脳味噌をブチ抜いた岬花音菜が。

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ちなみに。

あとから取材を試みたところ。

あの一連の動きは、ボランティアアルバイト?)のダンス教室で子供たちに最初のウケを取るために編み出した動物踊りがオリジナルだとのこと。

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するとなにか。

自分の鑑賞眼は子供レベルか。

まあいいけど。

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というか、彼女の狐舞に視線をもぎ取られ、ねじ式青年と女医のベッドシーンの大半を見逃していたことに、劇場を出てから気がついた。誠に申し訳ない。

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さて。

キャストとしては『紅い花』パートのシンデンのマサジ、『盲人書簡』で白痴の少年を担当。

この演技、周囲の評価はウナギ昇りだろう。

じっさいTwitterを中心にネットを見ると、彼女と慶徳優菜の評価はウナギ昇っている。

ただ。

自分としては評価は保留としたい。

なぜって?

あまりに、あまりにもハマり役すぎて、いま見ているのがキャラクターなのか、それともキャスト本人なのか、観劇素人の自分には判然としないから。

(これ、自分の中では笠智衆と同じ位置づけだ)

大竹しのぶアニーを演じたり、同じ劇団でいえば白永歩美ピーターパンを演るのとは、意味が違う。

『紅い花』ではプレ思春期の少年のいら立ちを、『盲人書簡』ではスケベなアホの子を、と、いろいろ打ち出しているのは分かる。

分かるけど、いずれも、まずは本人あっての効果であって。

このあと彼女は “月蝕きっての永遠の少年役” として存在感を増していくのだろうか。

それもアリだと思うけど。

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■慶徳優菜

『紅い花』キクチサヨコ役。

昭和の山村、思春期の少年の心に思い描くマドンナ

うん。もうずばり田舎のマドンナそのもの

だけど彼女の評価も保留。

理由は岬花音菜と同じで本人そのものだから。

その意味では、娼窟の妹と小林少年の想い人のほうが、本人のポテンシャルがよく分かる気がする。

そっちの方はというと、うん、悪くない。

ただ、これは自分の思い込みかもしれないけど。

なんというか彼女は “月蝕、次世代プリマドンナ育成枠” というのに完全に入っている気がする。

この直感が正しければ、それはおそらく本人の十分な資質と劇団の目算があってのことだろうけど。

なんかモヤっとする。ほかの新人も若手も、ひとしく頑張っている(ように見える)のに。

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はるのうらこ

なんというか、詩劇ライブのときは “ひかえめな、でもシャレのわかるおねーさん” というオモムキの彼女。

キーとなる配役のキャスティングが多いから、信頼の厚いキャストなんだろうな、という以上の認識はなかったんだけど。

(そしてそれは、ねじ式青年という大役を見ても動かなかったんだけど)

これが。

『盲人書簡』娼窟姉妹の姉役。実にすごい。

あのフワっとしたキャラが、女の嫌なところを全部集めて煮詰めたようなキャラクターに大変身。

慶徳優菜をサポートに娼窟パートカラーというか空気を完全に支配していた。

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あと、些細なことだけど。

キーアイテムとなるタバコチャイナドレスに入れ忘れたか、取り出せなくなったか。

取り出そうと悪戦苦闘して2秒。

見切りをつけてアタマの中でプロットを切り替えるのにコンマ2秒。

架空のタバコをふかして場面転換の決め台詞につなげるまでの時間の空費がわずか2.2秒。

はるの氏にとっては迷惑な賞賛かもしれないけど、ここの所作の切れ味に地味に鳥肌が立った。

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■宍倉暁子

彼女が登場すると、そこだけ別の照明があたってるようだった。

さらに今回の千本桜ホールより少し大きめの劇場向けにチューニングされた、よく通る発声。

今回集結した “夢のベテラン勢” の中では、彼女が出色だった。

彼女だけは気になって調べたら、舞台を中心にTV、映画と活躍の現役大ベテラン

たしかに分かる。

自分の外見と所作が人にどう見えるか、何十年にもわたって掘り下げていないと、ああは行かないと思う。

『紅い花』では漂泊の釣り人。すこし困り顔の茫漠とした旅客でありながら、マサジのカウンターパートとして要所を締める。

『盲人書簡』では軍人と密通する小林少年の母として、実に汚ならしい堕落した母親像を体現。

教科書的に言えば寺山修司の作品世界に通底するコンプレックスというかオブセッションというか、ともかく “その部分” を実に彼女一人で背負って担当していた。

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大久保千代太夫

今回最高の当たり役の一人。

犬丸は尾張織田と敵対している設定だけど、人物造形はおそらく美濃のマムシこと斎藤道三ベースだと思われ。

自分に襲いかかった刺客を手籠めにして側室にする一代の梟雄らしい悪太郎ぶりと、戦国武将の透徹した死生観が、もう全身からみなぎっていた。

『盲人書簡』の方は。

うーん、自分の中では “生ける舞台装置” としての黒い苦力(クーリー)の集団は、なんというか、全員が均質な筋肉質の没個性の集団だったんで、あの巨躯が逆にマイナスにはたらいた気がする。

こればっかりは、いたしかたなし。

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■小阪知子

影の殊勲者にして功労者

前説とカッパ相撲のときから(自分の見立てでは)この人は切れ者だろうな、と思ってたんだけど、今では確信に近い。

馬鹿をやる、それもビビッドに馬鹿をやれる人間は、なんというか、切れる。これは自分の持論。

自分が見るかぎりでは、月蝕歌劇団キャストベテラン高位職者(?)には2つのカテゴリがあって。

1つは白永歩美、岬花音菜のように “スタア” 役を仰せつかってスポットライトを浴びる職種。

もう1つは、前回公演の鈴乃月葉や今回の彼女のように “ひとり10役をこなしてストーリーラインを維持する” という重責の担当者

月蝕歌劇団は後者の高能力キャストがいないと成立しない。

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■若松真夢

薄い眉、暗く沈んだ眼。白永歩美が陽のビザールだとしたら、彼女は陰のビザール美人。

もっといろんなキャストで見てみたいと思った。できれば和装で。

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城之崎リアン

詩劇ライブのみに登場。OGか。

男装の貴公子然とした男装の貴公子。うん、貴公子

そりゃ、男女問わず固定ファンガッツリと付いたことは想像にかたくない。

問題は、貴公子以外にどんなキャストをやっていたのか、想像がしにくいことで。

もっと昔から見ていなかったことがくやまれる。

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■登利忌理生

前回の中村ナツ子に続き、今回の「なにものだ! このひと!」ワクに期待のダークホースが登場。

自分は茶髪に偏見があるようで、「えっとぉ、学校卒業の記念にぃ、オーディション受けちゃいましたー!」みたいなハスッパな外見と、そこから飛び出す恐ろしい長セリフと演技巧者ぶりのギャップに舌を巻いた。

本当に何者だ! と思って調べてみたけれど、月蝕以前の芸歴がまったく引っかからない。

あれか。学生演劇出身か。

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■音無ねむ

今は、まだ大部屋女優といった立ち位置

(たぶん。自分が調べた限りでは、まだ無名)

何者でもない。

何者にも、まだなっていない。

だけど、あの男に引けを取らない長身とキリっとしたマスクには、絶対に活きる使いみちがあるはず。

実際、『盲人書簡』の “新聞朗読笑い男” には何とも言えない味があった。

キャスティングの認識、間違ってないよね?)

陵南の田岡監督ふうにいえば、「体力や技術を身につけさせることはできる。だが、彼女をでかくすることはできない。立派な才能だ」ということ。

まずは、その長身を恥じるような猫背をやめて、胸郭を開いてまっすぐ立つところから、カンバレ!!

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J・A・シーザー(と音響)

ふむ。ふむふむ。

エンディング、こんな感じかにゃ? 間違ってるかもだけど。

(いま手元にGarage Bandしか無いんで大変)

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Bm....................BmM7(←Daugかも)

寺 の 坊 ん さ ん 根 性 が 悪 い

.

Bm.............Bm........F#m..GM7

守 り 子 い な し て 門 し め る

.

F#m.........Bm........F#m......Bm.E

ど し た い こ り ゃ き こ え た (か)

.

(間奏2+4小節)

E.................Bm.......Bm.......Bm.......Bm

+--------+--------+--------+--------+--------+--------+

.

Bm.......D/A...GM7..........Bm.D/A..E..

守 り が 憎 い と て 破 れ 傘 き せ て

.

Bm.......D.....GM7.......Fm#......GM7

か わ い が る 子 に 雨 や か か る

.

Fm#.........GM7.......Fm#......GM7

ど し た い こ り ゃ き こ え た か

.

(間奏4小節)(以下同じ)

.

※各コーラスの7、8小節目のメロディが元の民謡と違う。

 メジャーセブンに合わせて変えたか。

※地味に1コーラス目と2コーラス目以降でコード進行が違う。

 採譜するまで気が付かなった。

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えー、日本のニロ抜き音階(いわゆる田舎節)で作られた民謡/童謡に、7th、9thがタップリ乗ったモダンコードをあわせて。

さらに、それを流行りのリズムパターンに乗せると、こう、実にカッコいいニューエイジワールドミュージックになるのは皆さんご存知のとおり。

(今回はハードロックリズムビート

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こういう音楽はみんな大好き。ボクも大好き!

この種の音楽の嚆矢は自分が知る限りYMO(実質、坂本龍一)で、80年代ではあるけど、このスタイルが「教授(坂本)のパクリじゃ〜ん!」と言われなくなったのはEnigmaやDeep Forrestが日本でワサワサ紹介されて一般化した90年代のような感じがしていて。

(“姫神せんせいしょん” や喜多郎については、当時ノーマークだった自分に語る資格はない)

問題は、J・A・シーザー氏が、何故この時期にこの種のスタイルをぶつけてきたか、だ。

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  • ここで急遽訂正!!-------

本公演エンディングの『竹田の子守歌』はJ・A・シーザー氏の手になるものではないとの指摘がありました。

お詫びして、訂正します。

以下、上記の誤りを前提にした言及をカットします。

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でも、今回のエンディングが実にイイ感じだったことは確かで、これからもこの路線はアリなんじゃないか、と思った次第。

うん、自分に言えるのはそれだけ。

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最後に音響について。

なんか、今回の殺陣は斬撃の効果音タイミングがやたらと良かった。

何か条件が変わったんだろうか。

ただ、いつもながら思うのは、客席一番奥にコントロールブースを置かないで、それでもあのレベルの音響を維持できているのは、それ自体が奇跡に近いことだ。

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プロップ大道具の印象は前回と同じ。

ただ、生きている動物の仕込みはさぞかし苦労しただろうな、と。

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んー、今回の月蝕歌劇団はこんな感じでした。

全体としてどうなのかって?

うん、良いところもあれば、首をかしげるところもある。

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まずは。

自分はもともと聖子ちゃんキョンキョンのころから、それほどアイドルが好きではないので、フレッシュキャストライブ感、というのにはそれほど重きをおかない。

なので、(おそらくは)キャストのものに入れ込んでほしい、という劇団の方針には同意しかねる。

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しかしながら。

高取英氏の作品世界。これにはどーしても、どーしても不思議な引力を感じでしまう。

結果として、スケジュールが合って演目の印象が良ければ、これからも足を運ぶような、そんな感じがしている。

というあたりで。

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また機会があれば。

2017-10-29

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 73話

相変わらずシーンの切り取り方と繋げ方が無頓着なきらいもあるけれども、今回はアクション比較的分かりやすい。

やり取りも簡潔かつ明瞭で、例えば「俺はアグニじゃない」のくだりとか。

ここでいう「アグニ」っていうのは偶像として民衆の拠り所になっていた頃の彼のことではあるんだけれども、それを否定することと行動の結果(目的)が繋がっている。

まあ、戦闘シーンのくだり自体蛇足感が強くて、前回で消化しきってて欲しかたかなあと思わなくもないが。

漫殺-マンコロ- 9話

主人公自分の置かれた状況と照らし合わせて、デスゲームのものメタ的な視点から分析している場面が興味深い。

で、それを踏まえて「どこまでメタ的な視点から読み取ればいいのか」っていうのを、後半の展開で読者に提示しているのも良い。

とある劇中マンガ主人公たちはドン引きするんだけれども、視点を変えればあれは所謂シリアスな笑い」なわけで。

主人公の「どこに続くんだよ」っていうツッコミギャグ領域だ。

柱のコメント含めて、この作品をどの程度メタ視点で読み取ればいいかと混乱させている。

あと、「ヒロイン観察漫画」っていう俗称が作中で出てくるのも大概ネタだなあ(なにせジャンプの各WEBコミックサイトは、その系統作品を大量に世に出している)。

ヴォッチメン 3話

この時点で、良くも悪くも本作の流れや作風を完全にモノをしているという印象。

良い意味では作品の内容が安定したクオリティになる。

悪い意味では飽きやすくなる。

なにせキャラの設定とか話の流れそのものは、既存の学園コメディモノで有名なのがいくつかあるからね。

その状態構成まで似ていたら、細部では別の作品だとしてもほぼ同じ作品だという印象を持たれる。

当然、既存作品に慣れ親しんでいる読者は飽きやすくなる。

ちょくちょく挟まれ先生自分語りや、モブたちの独特な実況は良いアクセントになっているけれども、特筆して個性があるのはそこだけだから、その部分にうんざりされたら読み続けるモチベを保つフックがなくなるかもしれない。

ツギハギクエスト 1話

感想は書いていないけれども、色んなWEBコミックサイト巡回しているんだよね。

といっても網羅しているわけじゃなくて、基本は16ちょいのサイトを回って、気が向いたら別のサイトもって具合。

それでも週に100作は読んでいるわけで、そんなに頻繁に見ていると作品構造的に読んでしまうことが増えてくる。

まり「また“こんな感じ”のか」って気持ちになりやすい。

で今回も、RPGものや異世界ファンタジーものモチーフにしたコメディで、それはもう割と手垢まみれなんだよなあと改めて認識した。

勇者じゃなく敵側のモンスター役が主人公とか、クズと善良なキャラの掛け合いだとか、そのあたりがもはや紋切り型になってしま現代は、ある意味で本当恵まれているなあ、と。

仮にやる場合既存のものより洗練されているか目新しい何かがないと厳しいんだけれども、それが難しいかキャラ勝負するしかないんだろうね。

で、そのキャラはというと、個人的にはあまりさらなかったかなあ。

失礼かつ身も蓋もないこと言わせて貰うなら、主役のゾンビ勇者セクシー女の子にするか、マスコット調のファンシーキャラかにしたら一定ファンは獲得できると思うよ(冗談のつもりで言っているけれども、そういうのが効果であることは否定できないからなあ)。

まあ私は、もうそ系統食傷気味なので読みたいかといえば読みたくないけれども。

なんか我ながらすごく投げやりな感想だ。

十二大戦 第六話

今のところバトル部分が盛り上がりに欠けるというか、だまし討ちとか不意打ちとか瞬殺で終わりとかばかりで。

じゃあ、キャラクターたちの掛け合いとかバックボーンストーリーとかが重点かといえば、掘り下げも甘いまま死ぬから何の感慨もないしで。

今後も、能力後だしジャンケンとか、不意打ちだまし討ちばっかりで決着がつくようならうんざりするけれども、さすがにそんなことしてくるようなストーリーテラーなわけがないと思いたい。

二転三転して、恐らく十二支以外の第三勢力とか裏に隠された大きな陰謀が露にとか、それ以上の展開はしてくる、と思いたい。

というか作品に深みを持たせるための練り込みが甘いから、そういった展開部分で惹かせるしか期待しようがない。

ただ、まあ、そういう展開を六話の時点で予想&期待している時点で、私の中で本作の評価はかなり低い水準になってしまっているんだなあ、と。

2017-06-07

オレンジSNSの元社長アレルギーが治らないよ

もう辞めてだいぶ経つけど、本当にこの人がしたり顔で流れてくる投稿を見るたびに傷をエグる

記事に出てくるのは勘弁してほしい。

やっと忘れられたのに、五月蝿い蝿がまとわりつくように思い出す。

わりとまじで蕁麻疹がでてくる。

あいつのこととかも思い出してしまう。

http://logmi.jp/209938

あの会社が復活したのは本当にすごいと思う。

Kさんたち例のゲームの生みの親の方々の奇跡の力だ。

その会社に少しでも携われたことを

誇りにはしたい。

ただ、それを我が物顔で自分の手柄のように言い続ける、あの人はなんなのだろうか。

スマホへのシフトなど、この方がくる前から社内では考え続けてたことだし

それにあの人がゲームのことを話してたことなど当時一度も聞いたことがない。

ちゃんとあの人が話す内容を見返せばV字回復寄与したことはそんなにないと

気づくはずなのになあと毎回思うのに、美談がすきなスタートアップ村とかには受けが良いみたいですね。

他の話もそんなことあったっけと思う言葉ばかり話してるけど、あとづけだとこうも綺麗な話にできるのかと。

D社との提携とか結果焼け野原になってるのをうまいこと話をつなげるもんだと

話を作るストーリーテラーとしては立派ですね。

コンサルってそう言う仕事なのだと逆に尊敬するよ。

繰り返し自分の連れてきたコンサル分析から社員マインドが悪いとひたすら言い続けていた。

社歴が浅い自分にいわれてもピンとこなかったが、社員の総会で連れてきたコンサル社員全員にとったアンケート

分析結果をひたすら社員にぶつけてた。

うそう、そのコンサル

あなたたちの会社はソ○ーさんでもやったアンケートの同じ結果になりました。

人に問題をなすりつけてばかりですね!と

ソ○ーさんと同じ状況ですよ!

と叫んでいたが、ソ○ーさんに対する守秘義務大丈夫なんだろうか、

こんなコンサル連れてきて、まじで狂ってんなとガチで思った。

あの人が色々やり始め、すごい先輩方からどんどん辞めてくのを横で見ていたものとしては、

会社の生まれ変わりとしては成功してるのかなとは思う。

優れた人からドンドンいなくなってしまったけど、出て行った各会社で成果をあげているのをみれば

社会全体としては人材放出してくれてアザース!といったところだろうか。

自分もすぐに辞めてしまたかったけど、そんな実力はまだなく耐え忍ぶ毎日

そしてあの部屋とあいつを思い出してしまう。

美談を語るなら、あの部屋のこともきちんと話してほしい。

あいつがあんなことになったのに、のうのうと話をしないでほしい。

過去の栄光すり替えるより、一人の人の命が終わったことを思い出してほしい。

人の命を考えれない人だからこそ、作り話もどんどん浮かんでくるのかな。

これから梅雨時期、鬱陶しい季節もうしばらくは出てこないでいただけると

助かります

幸い、良い会社に恵まれ安心毎日を送る日々

湿気の多い季節にはこんな陰鬱気持ちしまっておきたいよ。

2017-02-11

江戸川乱歩 原作 舞台「孤島の鬼」をめぐる120時間

先週日曜、舞台を観てきた。江戸川乱歩原作の「孤島の鬼」。

感想増田投稿済みだし、最終考察投稿バリバリ編集なのだけど、

先ほど、ずっと一緒に推理に付き合ってくれていた友人が、《原作真相》に1つの答えを出してくれた。

「孤島の鬼」原作に対する現在の私の解釈について

※閲覧にはTwitter連携必要ですが、誰でも読めます

私はこの解釈を読んで、江戸川乱歩まじすげぇ人なんだな、と思ったし、

舞台感想を聞いて原作を読み返した」という超間接的な位置に居る友人にまで影響を与えたこの舞台まじやべぇな、と思った。

この話は、やれBLホモだと騒がれているが、こんなにも『人と人との愛の深い部分について書かれている』ことに萌えている感想は、まだ一度も見たことがない。

腐女子の皆さま、乱歩パイセンの名作は、想像を絶する至高のBL小説だったよ……(震え声)

次の新刊ネタにできるよ……

観劇してから120時間神経衰弱するほど友人と推理を重ねてきて、友人が辿り着いたこの結末に私は本当に感動したので、記念に最後にもう一度観劇しようと決めたのだけど、観劇前に今までのことを日記として残したいと思う。

(友人との推理使用した部分以外は原作未読をまだ貫いているし、私の主観での希望的観測は友人とは少し違うのだけど、それは最終考察とあわせて観劇後にまとめたい。)

どうせ同じ高いお金を支払って観劇するのなら、楽しめた方が絶対にいい。

私はもう「視点を変えれば、世界が変わる」=「つまんなかったものが最高に面白くなる」という瞬間を短くない観劇人生で知っていたので、本作初見では何か視点を歪められてるような印象にすごくもやもやした。

今思い返すと、色々なテクニック…いや、ヒントが散りばめられていた。

作中の探偵二人が言う「常識ではトリックを見落としてしまう、視点を変えるんだ」というようなセリフが印象に残っていたり(大事なことだから2回言いましたの法則。一度だけならスルーしていた)。

ストーリーテラーがやけに観客の目をガン見してくる→目を見るというのは語りかけてくるということで。しかしその眼差しに乗るメッセージは無く、視点誘導にも思えるのに最終的にストーリーテラー非難するような印象で終わる。この矛盾

原作では『簑浦』という名前主人公が『箕浦』であったり。同一人物に別の名前が与えられ『一人二役』であったり。

いかにも裏がある風で、どうしてもひっかけられてるような感覚があった。

「結局胸糞悪いだけだった」作品結構観てきたけど、それらは完全に私との解釈違い…美意識というよりもっと恣意的な『美学』の違いで、どうにも受け入れがたいという点からくる胸糞悪さだった。

でも本作では諸戸に感情移入できてしまったし、そもそも異形とは何かみたいな問題提起の要素もあり、そんな乱歩原作が『美学押し付け』には絶対にならないという妙な確信があって。私は謎解きに踏み出していた。

推理小説は読まないけど、リアル脱出ゲームとかは好きなんです。

(一晩明けて昨日、一緒に脱出できた経験のある頼れる別の友人が、私の沼りっぷりを気にかけて舞台を観に行ってくれた。そして私が完全に見落としていた最重要ヒントを見つけてきてくれた。優しすぎるし天才すぎる。)

(そう言えば原作解釈の友人も、私にとっては自明の理すぎて結構雑に扱っていたヒントが友人にとっては盲点で、そのヒントがあったからこの解釈に至ったと言ってくれた。嬉しかった。)

(そして、盲点とは必ず存在するし、それは本当に自分には見えないだけで、他人からたらこうも軽々と見えるものなのだなと、また一つ得難い経験をすることができた。人生って楽しい。)

終演後からすぐ調べ出して、最初のヒントには帰りの電車内でもう出会えていた。検索上位だった。有り難い。

からそのまま寝ずに感想を書き上げて翌昼増田投稿したのが初見感想

なんで増田に上げたかと言うと、これが《私》の感想であると、他の友人知人に知られるのが恥ずかしかたから。お陰で普段以上に壁打ち感ぱなくて孤独だった。それを全部友人との推理にぶつけていた。この五日間付き合ってくれて原作真相にまで辿り着いてくれた友人マジで有り難う。

自分感想の反応はサッパリだけど、各所に皆さまがどんどん感想を投下されるのでひたすら読み漁っていたのですが、どうにも自分の知りたい解がそこにはないように思えてきて。(感想拝読させていただいた皆さま、失礼な物言いになってしますみません。今回が異例だったのです。通常の演劇作品感想としてはとても楽しく面白拝読させていただきました。公開してくださったことを心から感謝しています。これからも是非よろしくお願いいたします。鍵、イクナイ。)

先述の私の盲点にあったヒントを見つけてきてくれた友人との会話でも判明したのですが、私が求めていたのはどうやら『感想』ではなく『印象』だったのです。

感想とは『事象対峙した発言者の想い』である。対して印象とは『事象対峙して発言者が捕捉できた部分』である

私は自分では見えなかった作品ありのままの姿を知りたかったみたいです。

その点では、原作を読んだけど舞台は見ていない友人と、舞台は観たけど原作を読んでいない私の探偵コンビはなかなか良いバランスだったのかも。

お互い違う表現を見ているか感想だけでは語れないけど、小説舞台作品本質が同じなら、印象と事実も一緒に突き合わせることで対話が成立する。

書いていた続きが寝落ちたら消えていたので、ちょいちょい追記していく。

2017-02-09

推理ノート舞台「孤島の鬼」(2017版:江戸川乱歩 原作

昭和文学を、『情愛推理ミステリーとして真相を探します。

推理小説におけるロマンス描写」を、絶対真実な添え物とスルーするのではなく、本当の謎解きは情愛部分にあったのだとみなします。

随時更新

はじめに

私の持論として。一番大事なことは『自分作品スッキリ楽しめたか』という部分であり、正解のない舞台作品考察というものは『よりスッキリした心で作品を愛する』ために行うべきである、と考えている。

作者の真意とかメッセージとかは観客に都合のいい時にだけ引っ張り出せばよい駒であり、エンタメ世界に『解き明かすべき絶対の謎』なんて無いのである

「楽しんだモン勝ちや!」である

その観点で言えば、初見の私の感想は、もうグッドエンドとして十分だった。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

作品構造を分解すると唸るほどしっかり構築されていることがわかり、「ただ自分が見たままを感じ、考察などせず楽しむべき」類いの舞台ということが浮き彫りになって仕方がない。

しかし私は、好奇心と言うか…感動を共有できない淋しさと言うか…出所のわからない衝動に駆られて、本作を『ミステリー』として推理することに踏み込んでしまった。

そしてこの目的で2回目観劇したことを多いに後悔していたのだけど、今わずかばかりの希望の光が見えてきた。

犯人トリック推理する殺人ミステリーではなく、二人の人間の有り様を推理する情愛ミステリー

簑浦も諸戸も幸せになれる最適解。

ですので、自分でも自分なりのトゥルーエンドを目指しますが、時間リミットがあるため、もし同じくこの迷宮にうっかり足を踏み入れてしまった探偵さんがいらっしゃれば、ご助言を賜れると幸いです。

目指すゴールは『スッキリ楽しめて、より作品を好きになる』こと。

謎:世界構造登場人物

本作は深い意味で「原作に忠実」だと感じるのだけど、原作をそのまま演じている訳ではない。

今のところ私にとっての最大の謎は、この世界階層構造登場人物である

私に見えたキーパーツを挙げていく。

世界構造

これらの関係性・正体がまだわからない…

また、注釈の挿入タイミングを正確に記憶していないので、区別が間違っているかもしれない。

登場人物

基本的に諸戸は今回の舞台上では同一存在だと考えていますが、そう見えるだけかもしれないため分けておきます

重要証拠

随時更新

謎:観客の主観による『明言されていない内容のミスリード検証

我々は『なぜ』錯覚していた?

推理中に変動するため随時更新

人物相関

人物像まとめ

前提として、本編はすべて「諸戸」と「簑浦」で代替できる隠喩要素のみで編纂されている。(秀ちゃんの手記、丈五郎過去、など)

また、一般的に「嫌悪感」を感じるもの排除し、極限まで美しく描いている。(ビジュアルはもちろん、諸戸の性的侵略も)

本編の《みのうら》
  • 『私』と『箕浦』が演じている
  • 本編の世界を生きているので未来を知らない
わたし
  • 本編の語り手
  • 原作では「主人公(或は副主人公)」
  • 諸戸と対、ないし鏡のような同等の関係。簑浦?
  • 『私』と『箕浦』が演じている
  • 本編世界の上位存在なので、(少なくとも諸戸が亡くなるまでの)未来を知っている
  • 《みのうら》として本編に介入できる
  • 《みのうら》を操ることができる?

→諸戸から握手を握り返さない『箕浦』に諸戸は驚き『私』を見詰める。すると『箕浦』は諸戸の手を握り返した

諸戸(《わたし》の世界
諸戸
  • 簑浦を同性愛として求めて止まない
  • 自身に対して非常に強い罪悪感や劣等感を抱えており、スーパーエゴとイドのちぐはぐさに苦しみ怖れ震えている
  • 「諸戸の葛藤自意識」と、「諸戸と簑浦」について、2017舞台版では秀ちゃんの手記で語られている。(正面を向いて語っている時の内容は隠喩パーツ)

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箕浦
  • 完全なるノンケ
  • しか同性愛嫌悪していない
  • 諸戸から性愛アピールをまったく感知できない。しかし諸戸が自分に恋していることを頭では理解している。しかしわかっていない。
  • 諸戸を親友と思ってとても信頼している
  • そのため「初代を殺したのが諸戸ではないか」と疑った時、井戸の中で諸戸が性愛の拒絶に唸り雄叫びを上げたのとよく似た体で、のたうち回りながら信頼の裏切りに悶え苦しんでいる
  • 学生時代のあの夜に諸戸が泣きながら請うた「わかってさえいてくれればいい」「どうか僕から逃げないで」「僕の友情だけでも受け入れて」「僕が一人で想っている自由だけでも許してくれないか」という願いを、字面通り叶えようと作り変わった簑浦
  • 諸戸からの接触に拒絶しない
  • 諸戸と共に友情のまま逝くことを井戸の中で受け容れている
  • しかし、井戸の中で諸戸が簑浦に「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と、矛盾する願いを請うてしまったため《みのうら》から追い出される
  • 《みのうら》と《わたし》を演じる
  • 『私』とは別人
  • 『私』とは並列の存在で強弱なし。お互い干渉できる。

-

『私』
  • 同性愛嫌悪している
  • しか学生時代再現を諸戸と行っていた際、あの夜の諸戸の嘆願を哀しそうな顔で聞いている。
  • あの夜のせいで学生時代で諸戸との関係は終わったと思っていた。実際に以後彼は井戸まで《みのうら》役を降りる。
  • 諸戸が『箕浦』演じる《みのうら》と接触した時、諸戸に向けて嫉妬するような軽蔑するような視線を向ける。それは秀ちゃんに恋した『私』が「軽蔑するかい?」と問いかけ「恥はないのか!?」と返した諸戸(《わたし》の世界の方)が向けた視線と似ている。
  • 『私』が諸戸に「嫉妬している?」と尋ねてしまったがために、諸戸が抑え込んでいた愛欲が暴走する

-

随時更新

世界構造考察

随時更新

情報求む

  • 冒頭の『妻の傷』は「右側」と言われたか位置を明言してない気がするが…)
  • 石田さん演じる箕浦は、『諸戸』と呼んでいたか
  • 諸戸は2回、自分嫉妬告白している。対初代と対秀ちゃん。その告白の様子と、それを聞いている『私』と『箕浦』それぞれの様子と反応はどうだったか
  • 手記の中での秀ちゃんと吉ちゃんの服に汚れはあるか
  • 島で会った秀ちゃんと吉ちゃんの装い
  • 発狂した丈五郎について「私はあの景色が忘れられそうにない」と語っていたのは誰か?(舞台版での役者と正確な言い回しだけでも大変助かる)
  • そもそも原作内での「書き物」(本編)が、簑浦と諸戸の共著である可能性が非常に高いのだけど、その辺りの原作考察情報

→本編は経験談の体なのに、諸戸のセリフにも括弧を入れて諸戸のモノローグが挿入されている。簑浦のモノローグはほぼ《私》であるのに、諸戸のモノローグはしっかり《僕》

根拠資料

観劇2回目の備忘録http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

(着眼項目リスト理由http://anond.hatelabo.jp/20170207171941

観劇2回目で受けた印象:http://anond.hatelabo.jp/20170209051208

初見感想を書いた後のメモhttp://anond.hatelabo.jp/20170207200710

2回目後の本記事に収まらないメモ:随時更新

参考資料

2017-01-17

会社には時間軸がある

これまでどういう経緯で

今どういう状態

今後どうしていきたいか、どうしていくか

そういう流れがある

 

その最初の方と最後の方では、似た会社でも大分やることや文化が違う

でもあまりそこら辺は重要視されない

 

現時点でのスペック重要視される

から入ったあとでミスマッチが起こる

初期フェーズなのに全てが用意されていることを期待したり

後期フェーズなのによりビジネスモデルの根幹の部分に携わりたいと願ったり

 

もちろん小さい会社ほどこういうのが顕著だけど

1020レベル会社ならまだまだ全然ストーリーの途中」という会社ばかりだ

 

しかしとても残念なことにこういう経緯は無視される

敬意を無視した人が参画し、その人がまた誰かを採用するケースも有る

採用者が「これまで」と「今」と「これから」を説明できない

そんな会社が多い

 

もっと時間軸を大事にしていきたい

経営者ストーリーテラーになり、従業員はよりよい聞き手となるべきだと思う

2017-01-09

君の名は。」へのネガティブコメントに対して、

老害」だの「時代に追いついていない」だのいうコメントを返してるやつらが不憫でならない。

俺がみる限り、そこそこ歳をとってる人であの映画ポジティブ意見を言う人はほとんどおらず、いたとしてもそれは若者の目を気にしたポジショントークかもしくは馬鹿のどちらかだ。

そりゃそうだ、あの映画を誉めてしまうとろくに文化教養が無いことがばれてしまうからだ。それすら分かっていない馬鹿しか誉めないだろう。

どうして年配者があの映画を腐すかというと、あの映画ストーリーテラーとして最も重要脚本演出が驚くほど低レベルでめちゃくちゃでデタラメでヘタクソで、“稚拙”だからだ。

現代ストーリーテリングは当たり前だが人類史と同じくらいの長い時間をかけて、数々の天才の気の遠くなるような切磋琢磨を経て磨き上げ熟成された“技術”の上に成り立っている。

もちろん下を見ればきりがないが、商業映画においても美しい完璧ストーリーテリング作品などざらにある。

あの映画はそこら変の技術的な巧みさが全くないし、どうにかしようとした痕跡も見当たらない。だから映画界の中で草野球試合のように見えてしまい、ベテランほど納得のいかない未熟な作品になっているため、賢明な識者はあの映画にできる限りコメントしない。それでも売れてしまったものに手を出すと火傷するのを知っているからだ。(そういう意味ではあの宇多丸評は、その勇気もさることながら物凄い“技術”が詰まっていた。本当に頭が良い人でないとああい批評はまずできない)

念のため言うが、“辻褄があっている”ということと、“男女の身体が入れ替わる” ということは同時に成り立つ。“男女の身体が入れ替わるわけがない”などという話ではない。“男女の身体が入れ替わる”という土台の上に可能な限り辻褄のあっているストーリーテリングを構築することは可能だ。

その部分の技術が、あの映画は圧倒的に稚拙だ。大人が恥ずかしくなるくらいに稚拙。だから多くの歴史的作品を見た経験の多い年長者はあの映画を腐す。

技術が足りてないということは、むしろあの映画こそが歴史の潮流に乗れず時代遅れの未熟な脚本演出のカタマリになっているということであり、あの映画を腐す老人が時代に追いつけないのではなく、あの映画のあの程度の技術で喜んでいるで若者こそ、時代に追いついていないのだ。今はもう2017年だ。その時代に見合ったストーリーテリング技術をあの映画は持ち合わせていない。言うなればhtmlだけで構築し、そこに綺麗な画像を貼っているだけのWEBサイトのようなものだ。

上手い演出というのは例えば、画面に携帯電話を出すなら、なぜ今そこで電話をかけてみないのかの説明をほんの僅かでもワンカットでも挟む。相手携帯(この映画場合自分携帯)がベットの下に転がって鳴っているのに誰も気づかなそうなワンカットとか、電話帳に無い番号の着信拒否を設定しているとか、理由はなんでもいい。それができないなら、いっそ携帯電話をは一切登場しない作品にしたっていい。「なんで今かけてみないの?」という疑問を放置したりしない。その理由がまったくアホらしくても、説明が全くないのと少しでもある事との間には雲泥の差がある。説明が全くないと制作者側がそこまで意識できていない可能性が否定できず、つまり稚拙な印象を観客に与えてしまう。そこまで気にして作るのがプロ仕事であるのは世の数々の商業作品海外映画などを観てもそれが制作者に共通認識である事は明らかである

または、数年前の彗星落下を忘れているもしくは知らないのは海外留学していたとか(それでも無茶すぎる脚本だが)、もっと被害が小さいけど大事な人が被害者になるようなものだったり、語り口などいくらでもある。

そこら変がグダグダからミュージックビデオ的でイメージビデオ的だと言われる。

気の毒なのは、世の中にはもっと感動的でかつ美しいストーリーテリング成功している作品など星の数ほどあるのに、あの映画の主な観客たちはそれを知らないことが明白であることだ。素晴らしい作品を知っていたら「は?」となって当然なのにそうなっていないのは、単に知らないかなのだろう。逆に若い人でも映画などが大好きで多く消化してる人はあの映画を見て「あ?」となっていた。当たり前だ。

いや、そんな事を求めていない、ただ映像が綺麗です薄っぺら恋愛のようなものを観て感動したいから素晴らしい作品だと言うのならば、まあそれも良いだろうがストーリーテラーとしてレベルが低すぎる事に変わりはないし、その評価が変わることはないのだから、低評価を下している人の感性が劣っているというのは間違いだ。セカチューと同じでなんだかよくわからない状況で恋人が死んで悲しいので満足するのは勝手だが、それでも作品評価は1ミリも上がらない。

ただ一方で、見方を変えると、あの映画に圧倒的な技術を持った脚本家が1人加わっただけで大化けする可能性があることも事実である

例えば分かりやすいところで虚淵玄辺りとタッグを組んだら、おれもヒャッハー言う可能性は否定できない。

脚本演出がどうにかなった時に、本当の大きな評価を手にするんだと思う。

一応、期待はしてる。 mn3

2016-06-10

悪役なしでお話作れる人って何でこんなに少ないんだろう

ドラマしろ小説しろどれも悪役に頼りきった作劇をしていてイマイチ乗れない。

映画ぐらいの長さなら良いんだけど、たとえば漫画10巻や20巻にも渡って悪役が裁かれずのらりくらり躱しながらそれをヒーロー達がゆるせねーぜと言ってるのを名シーンにして同じような場面を十回とか繰り返されるとどんだけーって思う。

まああの日本国民なら一度はお世話になるアンパンマンですらバイキンマンという悪役がいなけりゃ物語を組み立てられない所を見ると、どうも世の中のストーリーテラーは悪役に頼らない作品作りなんてのは諦めきってるんだろうね。

2015-08-02

はてな匿名において「当方、30歳男」みたいな自己紹介文章から始めるやつがいる。

増田ガチ勢である

そいつらはただ無作為に思いを垂れ流すのでなく、すでに頭の中で話を組み立てており、ストーリーテラーとして何を語るかだけでなくどう語るかまできちんと考えている。

から俺はそういった文頭を見るたび、「さぁ始まるぞ」と心構えをして読み始めるのだ。

2015-06-08

神をあがめるのは、ラノベの大量殺人鬼をあがめるのと一緒やな

http://anond.hatelabo.jp/20150608001846

聖書にみる神および悪魔サタン殺害人数の比較 - 雑記 http://yosh.exjw.org/blog/archives/000648.html

神と悪魔聖書内で殺した人間の数を比較 - GIGAZINE http://gigazine.net/news/20070405_god_satan_kill/

聖書悪魔による殺人10件、神による殺人は最低240万件」海外の反応暇は無味無臭の劇薬 http://blog.livedoor.jp/drazuli/archives/7170025.html

キリスト教神様って、気に食わないやつや、その一派はすーぐ殺しちゃう殺人鬼やん・・・・・おーこわこわ(白目)

人を活かす教えとは真逆存在ンゴねー・・・・・・神様かいう大量殺人鬼を崇拝しちゃって信じてるやつは、相当アタマがイカれてるニキねーwwwwwwwwwww

キリシタン日本の娘を50万人も海外奴隷として売った事 - 株式日記経済展望 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/5a197e856586baf726f6a0e68942b400

キリシタン迫害鎖国理由 日本を守った秀吉 宣教師人身売買ザビエル改宗ユダヤ人布教植民地政策。  - 遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは http://blog.goo.ne.jp/luca401/e/b5c1e381868cb33532abd216db54a1fb

神様がー神様がーとか言うから人類暴走するということは・・・・・・

政教分離の徹底が最強やな(確信)

2012-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20120506005922

スペックで良し悪しを判断するなんて婚活乞食女くらいなもんだぜ。

恋愛必要なのは当人のスペックじゃなくてストーリーだよ。

どんな高スペック男も名ストーリーテラーには敵わないのが現実

下らないプライド捨ててガンガンしまくる以外に道はないぞ。

2012-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20120301105117

そういうつもりはないんだけれど(´・ω・`)

職業柄、こころの不調の人達とよく話すのですが

増田のような人が、すごく危ないように見えるんだ。経験則ですけど。

 

長々書いても読まないだろうから、端的に記すね。

増田にとって就活は、現時点で「失敗の物語」だった。しかし、就活時、就職時と、現在全然違う。【過去恋人を忌むのと同じく、過去の事柄を必要以上に卑下している可能性がある】

・軽度のうつ病だった【あるいは、うつ病だったと自称している】

自分をうまく魅せる事に長けており、一般うけしやすい性格・トークスキルを持っている。【自分論理理論を自他に欺く術に長けている】

うつ病の後、教師を天職と強く判断している。【PC漬けから反動の可能性は?あるいは、うつ病の時に感覚が鋭敏になって、新職に強い刺激を感じるのでは?】

 

この文章は、すごくよく出来ています。見事なストーリーテラー。でもね、きれい過ぎるんですよ。それでいて粗がある。

貧しい北朝鮮が、見栄はって、背伸びして、人様向けにきれいなパレードをやっているのと、似たようなものです。

この文章の、隠れた部分、伏せた部分、見えない設定や人物がとても気になる。

増田のような性格の人は、ちゃちゃっと「それっぽい物語」を作るから、安易にうなずきたくなるものです。

でも、この人は最後まで緻密な論理を組み立てるのではなく、最後は「直感」で補うと言っている。これは非常にまずいぜ。

自分論理ストーリープロット破綻してるのに、「感情」をオチにしてしまう可能性がある。しかも「自分が思うから、正しい。」って事にすると、やり方しだいで、無敵論理になってしまう。しかも、話作りがうまいから、周囲も破綻気づきにくい。

これは、よくない。

 

この人は、「理論」を毛嫌いしてはいけない。安易に答えを出すべきではない。

考えて考えて、自分の「直観」と「直感」を散々疑ったうえで、答えを求めなくちゃいけないよ。

 

それにさ、教師が天職じゃない可能性も、あるのですから

2010-12-15

迷宮キングダム 二つ名表(リフォームの匠編)

【匠接頭辞表】【匠接尾語表】

接頭辞表(d666)

111:1/25の
11*:【小要素表】の
1**:【小要素表】と【小要素表】の
22*:【空間要素表】の
23*:【住要素表】の
244:【小要素表】の心の
245:コントラスト246:アップテンポの
255:断面構造の
256:バリアフリーの
266:吹き抜ける風の
333:京町家334:体感面積の
335:間仕切りの
336:多機能の
344:寛ぎの
345:機能美の
346:境界線の
355:潤いの
356:自然素材の
366:温もりの
444:廃材の/健康庭園の/花と木の
445:夢の館の
446:森の木の
455:【好きな形容詞】機能の
456:迷宮の
466:節約【初期獲得スキル】の
555:【1d6-1】次元の
556:【王国名の通称】建築に魅せられた
566:【王国の特産品(無ければ【相場表】)】使いの
666:【今現在現地時刻で午前0時台の好きな都市名/地域名】の

小要素表(d66)

11:狭小
12:和/和み
13:家
14:モダン/モダニズム
15:人
16:ゆとり
22:笑顔
23:心
24:時
25:風
26:影
33:水
34:光
35:暮らし
36:空
44:収納
45:動線
46:明かり
55:安心
56:迷宮
66:やすらぎ/安らぎ

空間要素表(d66)

11:ゆとり空間
12:機能空間
13:空間演出
14:狭小空間
15:居住空間
16:住空間
22:空間連鎖
23:空間構成
24:安住空間
25:立体空間
26:癒し空間
33:空間攻略
34:空間
35:時空間
36:空間方程式
44:四季彩空間
45:【好きな形容詞空間
46:【小要素表】空間
55:【現在/過去/未来空間
56:迷宮空間
66:【ランダムに選んだ王国内に設置済みの施設の名前/略称】空間

住要素表(d66)

11:ゆとり住宅
12:元気住宅
13:懐古住宅
14:健康住宅
15:古き良き住まい
16:感動住宅
22:個性派住宅
23:住機能
24:住構造
25:住環境
26:住空間
33:生かす住まい
34:住まい
35:住風景
36:【小要素表】と住まい
44:【小要素表】住宅
45:【温暖/寒冷】住宅
46:【プレイヤーの足下の素材】住宅
55:【好きな形容詞住まい
56:迷宮住宅
66:【感覚表】住宅

感覚表(1d6)

1:視覚
2:聴覚
3:触覚
4:味覚
5:嗅覚
6:五覚

匠接尾語表(d666再帰時の同じ目は振り直し)

111:親子/層造者
112:ストーリーテラー/語部
113:アルピニスト/フリークライマー
114:主治医/救命士/セラピスト
115:栄養士/整備士/療養士
116:若き志士/風雲児/野心家
122:未来予報士
123:アーティスト/芸術家
124:パティシエ/ソムリエ
125:奇才/天才
126:開拓者/開拓師
133:継承者
134:伝導師/説法師
135:時代考証人
136:造形師
144:融合者
145:仕事人
146:リベラリスト/自由主義者
155:保証人
156:伝承者
166:細工師
222:ヘルストレーナー
223:スペシャリスト
224:操縦士
225:発明家
226:旅人
233:詩人/俳人
234:魔術師/錬金術師
235:探求者/探検家/探訪者
236:印象派
244:ライフプランナー
245:エンターティナー/演出家
246:アテンダント/アナリスト/ナビゲーター
255:調律師/ハーモニスト
256:請負人/代弁者
266:調光師/調合師
333:赤ひげ先生
334:エコガイド/エコロジスト
335:アスリート
336:マエストロ
344:改革者/革命家
345:交渉人
346:仕掛け人
355:智将/戦略家
356:【(何も付けない)/動線/生活】【仕立屋/仕立人】
366:奏者
444:熱血講談師
445:粋人
446:解放者
455:渡し人
456:迷宮【匠接尾語表】
466:【好きなカタカナ語アーティスト
555:スタイリスト/療法士/ソムリエ
556:空間【匠接尾語表】
566:カリスマクラス名】【ジョブ名/ジョブ名の英語表記をカタカナ化】
666:ランドメイカー

2009-02-09

物語における神さま

http://anond.hatelabo.jp/20090209001638 を読んで連想したこと。あくまで連想なんで、元エントリとはあまり関係ない話。

最近物語には、オラクル不在どころか、神さまを殺す話が多いなぁ、と思う。神さまを殺す動機としては、自分たちの運命を操ってる存在なんていらない、とかいうもの。

でもそれってどうなのかな?「神さまがみてる」って感覚って大事だと思うし、そもそも神さまを敬わないってどうなの?人の運命自分には計り知れないもので、そこに畏れ多き神さまを感じたりしないのかな?いや、感じるから殺そうってストーリーテラーの人は思うのかもしれないけど、でも神さまを殺すって本当に恐ろしいことだとは思わないのかな?

だって自分たちを見守っていてくれた何かがいなくなっちゃうんだよ?自分はそれが怖いし、悲しいし、寂しいと思う。

本当に理不尽なことってあると思う。それを神さまが押し付けたものだと思って神さまを恨む気持ちはあるのかもしれない。でも、だからって恨む対象の神さままで殺してしまったその時、自分たちは何を恨めばいいのだろう?そして、何に祈ればいいのだろう?人を恨むのだろうか?人に祈るのだろうか?

全てはただの言葉遊び、そう言い切ることも出来るかもしれない。でも、神さまをなくした世界というのは人が人を恨み、争う世界だと思うのだ。祈りという救いすら与えられない世界だ。神さまは人の恨みも祈りも一身に引き受けて下さる、そんな尊い存在だと思うから。

だから、神さまを殺すのは物語の中だけにして、何教というわけではないけれど、今日も神さまがみているということを心において行動しようと思う。

2008-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20080220120149

台本にはただ、起こった行為の羅列しか書かれてないんです、それを私がさくっと解釈してわかりやすいように食卓に提供したわけですよ

物語、というか、ストーリーテラーっているね。自分はできないけど、大したもんだ。

2007-12-05

増田11人に勝手に名前をつけてみる

トニー・バイオレット自称知的なプログラマ。得意分野はプログラミング、議論、政治ライフハック
ワット・トマホーク感情が荒く、すぐにつっかかる。得意分野は煽り、叩き、誹謗中傷
ボルタ・サンダース冷酷で非情。冷静に相手を叩く。得意分野は煽り、叩き、誹謗中傷
サム・グリーンイエローセクシーボーイ。得意分野はセクシーな話題。
キャサリンドレイクセクシーガール。得意分野はセクシャルな話題。
増田 たろう くいしんぼ、詩人、あまえんぼ
増田 ますみ 仕事に疲れたサラリーマン
増川 じろう ストーリーテラー、近況報告
ぽち ひたすらに吼える
たま 増田メモ帳代わり。
名無し インベーダー
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