「赤瀬川原平」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 赤瀬川原平とは

2024-10-26

月刊漫画ガロ史上最も重要漫画10

anond:20241012181121

 ガロは書く人も居なさそうなので、元読者の義務感に駆られて書いてみた。リアタイで読んでいたのは80~90年代の一部なのでいろいろ偏っているとは思う。選択基準としては、漫画史的な重要性や、後世に与えた影響を優先した。バックナンバー単行本アンソロジー、関連書籍(が多いのもガロの特徴ではある)などの知識も動員したが、記憶に頼って書いているので誤謬などはご容赦。むしろ先達から突っ込みが欲しいです。なお、ガロ分裂後のアックス誌の作品にはここでは触れない。

カムイ伝白土三平

 まずはなにを差し置いてもこれ。そもそもガロという雑誌の創刊自体長井勝一による「カムイ伝」を掲載する媒体を作りたいという並外れた理由によるもので、「ガロ」という奇妙な誌名も作中人物の「大摩のガロから取ったものだった。どちらかと言えば現在では「読まれない」作品になりつつある印象なので当時の熱狂を図るのは難しいが、漫画史的には「どうやら漫画という媒体歴史的社会的な諸問題を描き得る(と読者に思わせた)」点がエポックだったのではないかと思う。今であればそんなもん当然だろうと思われるかもしれないが、所詮我々はこのような巨人の肩の上にいる。

ねじ式つげ義春

 つげ義春ガロ誌に発表した短編は悉くが傑作なのでとても一本に絞りきれるものではなく、作品の完成度からすればむしろゲンセンカン主人」や「赤い花」ではないかとも思うのだが、後世に与えた影響の大きさを考えればこれを選ばざるを得ない。「見た夢をそのまま描いた」という誤解を受けることも多い本作だが、実のところは多種多様コラージュや巧みな漫画技法に満ちていて、きちんとした作為の下に統制して作り上げられた「シュール」の傑作であることがわかる。

赤色エレジー林静一

 若い男女の同棲破綻物語と描けば無数の類例が思い浮かぶが、1970年の発表当時には極めて新しかったはずである。なにしろ婚前交渉などという言葉が現役だった時代だ。主人公職業アニメーターというのも新しく、しゃれていたのではあるまいか。この作品の画期は、漫画に「俺たちの等身大青春(あるいはそのように夢想したいもの)」を持ち込んだ点だったのではないかと思う。林静一洒脱な絵は上村一夫などによる後続作に比べても洗練されていて、今見ても色あせない。

ピクルス街異聞(佐々木マキ

 漫画(に限らず表現)とはなにものかを描かなければならないのだというドグマがまだ有効だった60年代漫画から意味というものを完全に取り去ってしまった佐々木マキの一連の作品センセーショナルであったらしい。画風はおそらく杉浦茂系譜にあるのだが、もはやナンセンスという言葉も不適当だと思われるぐらいに徹底して意味物語排除されている。その衝撃は若き日の村上春樹にもはっきりと影響を与えたらしく、のちに佐々木村上著作の挿画を担当することになる。

寺島町綺譚(滝田ゆう

 簡素な絵でナンセンス漫画を濫作していた滝田ゆうが、心機一転、自らが少年時代を過ごした戦前私娼街・玉ノ井の風景をおそろしく緻密な絵柄で描き出した。「三丁目の夕日」的なノスタルジアものの先駆ではあるが、最終回戦火は玉ノ井の街を焼き尽くして終わる。ここに描かれているものは、卓抜した記憶力と画力により再構築された、失われて二度とよみがえることのなかった風景なのである

マッチ一本の話(鈴木翁二

 ここまでは疑いなく殿堂入り作品が並ぶが、ここから判断に迷う。70年代ガロから永島慎二宮谷一彦を外してはいけないかもしれないのだが、活躍のメインはガロ誌ではなかった作家だし、やはり当時の熱狂現在から嗅ぎ取るのは少々難しい。安部慎一花輪和一古川益三(のちのまんだらけ社長)の諸作品も思い浮かぶけれど、ここでは作品の強度と詩情、卓抜した画力を取って敢えて鈴木翁二で。

ペンギンごはん湯村輝彦糸井重里

 これも当時の衝撃をいま追体験するのは難しいのかもしれないが、ヘタウマ不条理がどっさり詰め込まれた本作が半世紀近く前のものと考えるとやはり衝撃的だし、こういうギラついた脳天気さは、結局は80年代「軽チャー」の苗床になったのではないかと思わされる。

少女椿丸尾末広

 80年前後ガロにはニューウェーブカテゴライズされる作家も少なからずいて、例えば川崎ゆきお蛭子能収ひさうちみちお、奥平イラなどが挙げられるのだが、個々の作品への愛着はさておいて結局のところ今に至るまで強い影響を与え続けているのはむしろニューウェーブ埒外にいた丸尾末広ではないかと思う。圧倒的な画力漫画のみならず演劇音楽にも影響を与えたし、世代を超えたファンも多い。なお本作の初出はガロ誌ではないのだが、代表作として外せないのと単行本青林堂だったのでご容赦を。

タケオの世界根本敬

 80年代ガロではこの人の名前も外せない。「過激な」作風と言われ「特殊漫画」を自称他称もしている人ではあるけれど、実のところは非常に息の長い物語を紡ぎ出せるストーリーテラーでもあり、日本近代史や土俗性を容赦なくぶち込んでやるから覚悟しろよというぎらついた野心も垣間見える。その試みがもっとも巧くいった作品の一つが本作。水爆投下とともに発射された精子自我を持つ話です……と書くと面白そうでしょ?

道楽者の海(逆柱いみり

 ガロ最末期の90年代から一人と考えて、古屋兎丸山野一ねこぢるなども思い浮かんだけれど、漫画表現の圧倒的な強度に鑑みて本作を選んだ。この地上には存在しないはずなのによく知っている風景がどこまでもどこまでも展開される。いつかうなされながら見た夢が、ここに具現化されているという驚き。「ガロがなければ世に出ることのなかった」作品の一つの頂点であると思う。逆柱作品はどれをとっても傑作なのに単行本の多くは絶版で、とんでもないプレミアが付いてたりする……。

追記

個人的にはつげ忠男の大ファンで、実際「無頼の街」「河童の居る川」など傑作も数多いのだが、漫画史的重要性を優先して涙を呑んだ。

赤瀬川原平言及に迷ったけど、ガロ誌での漫画作品(『お座敷』など)よりも、その外での活躍が多かった人という印象なので選外に。ガロ系の作家ではこういう人も多いのですが。

・「ガロにおける有名作家」という問題もある。水木しげる矢口高雄池上遼一といったビッグネームもあれば、のちのどおくまんも一度作品掲載しており、末期ガロにも吉田戦車のような意外な面々が顔を覗かせる。珍しいところでは、SPA!誌で掲載を断られたゴーマニズム宣言の回を小林よしのりガロに持ち込んで掲載された例がある。

ガロ出身で他誌で活躍することになる人も多い。上記の他、新しい世代では花くまゆうさく福満しげゆき東陽片岡古泉智浩あたりか。

80年代ガロでかなり迷ったのは、トラバでも言及のある久住兄弟泉晴紀泉昌之渡辺和博などの面々。このあたりのナンセンス作品群はわりと影響も大きかったようなんだけど、作品単体でどうこう言えるものが思い当たらなかったので除外。

つりたくにこやまだ紫杉浦日向子近藤ようこといった女性作家たちの極めて良質な作品についても言及しておきたい。特に津野裕子は最末期のガロに、寡作ながら優れた作品を残した作家で、機会があればぜひ一読をお勧めします。

・その他、この10選に選ぶには及ばないけれど間違いなくその人にしか描き得ない作品を残し、ガロという媒体がなければ目にすることもなかったであろう作家たちについても、その名をリスペクトしておきたい。淀川さんぽ、とま雅和、谷弘兒、三橋乙耶、菅野修、等々……。

さら追記(含ブコメ反応)

 思いのほかガロ漫画への反応が良くて嬉しい!

90年代ガロ文章ページが(文章ページのほうが……)充実してた感があり、呉智英四方田犬彦など結構な面々が連載していた。

投稿ページの「4コマガロ」も相当(雑誌カラー的な意味で)レベルが高く、ここ出身の有名作家福満しげゆき

・同時期にやっていた「ガロ名作劇場」という好企画があって、90年代半時点では入手困難だった作家を含め、ガロ出身の名作家を回顧的に紹介してくれた。林静一「まっかっかロック」なんてものすごい衝撃受けたし、楠正平や勝又進なんてこんなことでもなければまず読むことができなかった作家だったと思う。

ねこぢるはやはり入れるべきだったかなーという迷いは今でもあり、代わりに削るとすればペンギンごはん鈴木翁二か。リアタイ勢だったんだけど初読の際の衝撃は今でも覚えていて、90年代サブカル的にはわりとよくあった「無邪気な残酷さ」が普遍性を持ち得た希有な例だったんじゃないかと思う。(その点では山田花子には自分は少々点が辛い)

・>ビレヴァンいけば売ってる? >なんか漫画系のサブスクはこういうのの乗っかってどんどんセット売りとかして欲しいよな。

 これは本当にそう思うところで、ガロの名作群はとにかく作品へのリーチが困難。古川益三作品なんてマジで読めないし古書には衝撃的な値が付いてたりする。電書にするにしたってタダじゃないのは分かってるけど、なんとかならんかな。

・>「ガロ」はフォロワー・影響度では計れない作家作品が多すぎて。簡単に真似されるような作品ガロ的ではないとも言えるし

 これも本当に同感で、孤立峰みたいな作家が多すぎるんだよなー。熱を込めて語られるけれど模倣はされない、って、表現としてはすごいことなんだけど。

・>ちびまる子ちゃんクラスメイト名前ガロ作家名前から取ってると聞いたときは「へー」となった

 これモデルになった某作家さんはスゲエ嫌がってるみたいですね(伝聞)

2021-06-08

インターネットはもう町田の超絶雑語りをやるのをやめろ

以下雑語りです

https://bunshun.jp/articles/-/45917

市民として悲憤慷慨を隠し得ない

駅周り30分ぐらい適当に歩いてあとはWikipediaの雑引用、かの文春の記者がやることですか?

だいたい駅の話から市の話に自動的にすり替わってるのおかしいだろ お前がやってること、山手線の内側を"ナゾ激坂地域"とか書いて結局目黒駅周辺の話しかしないのと一緒 わかる?

それに自由民権運動の話するならちゃん自由民権資料館に行って話聞いて来いよ

自由民権資料館 鶴川駅から徒歩25分。民権運動テーマにした資料館はここと高知県自由民権記念館だけ。和風な造りの本館は、民権志士が残した武芸道場保護改装したものだ。

文章を順を追って殴りますが、まずね、境川の話が「都県境」で終わるのがもったいなさすぎるんですが…

後々神奈川ネタ出すなら、かつて武蔵国相模国国境線境川だったってところまでやるべきやろ

あとは

・河口に日本一有名な陸繋島江の島がある

(・中世では現多摩市との境界が武相国境であるような認識があったが、太閤検地の際に完璧河川国境線になった)

(・検地以前は境でなかったので高座川と呼ばれていた)

までの情報があった方が良かった

ラブホ街があるのは昔赤線だったから(市民内では割と有名)

小田急線はもともと南町田長津田付近を通る予定だったが、地主がゴネて町田を通った

・「デッキを抜けたら地下」な小田急町田の独特の駅構造は周辺の地形に関係している 境川の流域が狭く、川に沿って坂線がある

・"ただ絹の道があったから"発展したと思うな あれは浜街道(八王子横浜をつなぐ道)沿道でありながら鎌倉街道沿道なので、東京湾に進む人の流れと相模湾埼玉から来た人の流れが激突することになり、一躍巨大市場になったんだ 相模湾で捕れた魚を乾かしながら町田まで歩いた商人もいて、駅前乾物屋が多いことのルーツはここにあるらしい(富沢商店ももともと乾物屋)

・絹の道の由来について語るなら、"ただの道を絹の道にした"鑓水商人の話も欲しいし、どうでもいいですが町田市には槍溝(やりみぞ)という希少苗字が残っています

あと民権運動や水源問題町田神奈川になった理由本質じゃないだろ

多摩郡であったことだろ!!!!!!!!!

町田市は他の多摩地域と決定的に違う地域的特徴があります

多摩川荒川流域じゃあないんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

町田市以北の多摩地域のほぼ全域は多摩川流域(八王子青梅三鷹等)か荒川流域(東村山清瀬武蔵野等)に属します ところが町田市が擁する水系境川鶴見川の2系で、多摩川水系河川ほとんど通っていません おかしいだろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!流域ごとに郡や地域を区切るなら町田横浜市や相模原市の一部になって然るべきだろ

多摩川欲しさに東京府三多摩合併したのは事実ですが、併合してもなんもいいことない現町田市の地域1町4村まで神奈川県を追い出されたのは"多摩郡に属していたから"ですよ

なんで多摩郡になった理由をつつかないんですか?カス

町田神奈川扱いされるようになったプロセス

①なんか現町田市のあたりが多摩郡になってしまった

武蔵国である横浜川崎両市がなんか都心と分離され、神奈川県の枢軸になってしまった

③なんか多摩郡東京都移管された

インターネットは③を一生擦ってるってことにはよ気付け

解説

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12203290882 ヤバイなこの回答者、郡史ガチ勢?これを見るに武蔵府中との結びつきって相当強かったんだな でも鶴川以東には国府権力が及ばなかったのもなんか不思議

https://togetter.com/li/1285652https://www.customs.go.jp/yokohama/history/hatten.pdf 神奈川県の成立理由マジでちゃごちゃしていて最悪だが、"なんかメッチャ白人(しろんちゅ)がいる嫌な場所"と"俺らの住まい"とをひっぺがしたかったという趣旨

町田揶揄される地位にあるのも一種奇跡だよ

中世のころ、武蔵府中から丘陵の壁を超えて「多摩」の使命を言いつけられたことに始まり→時は流れて近代、なんか横須賀にゲェジンが来たせいで江戸っぽくないところを別県にせざるを得なくなり→水源問題都心神奈川が大モメかまし挙句過激派活動家が大暴れして「多摩(笑)」一帯が神奈川県を追い出された

絶対必然なんかじゃない

もし武蔵国府が調布のあたりにできて鎌倉街道が東にずれていたら、もしペリー江の島に来航していたら、町田はこんな「仲間外れの市」にはならず、"茅崎県"県央の凡庸自治体になっていたかもしれないし、はたまた鶴見市や都筑市という巨大な自治体包摂されていたかもしれないのだ

そしてその世界線でも、ろくでもないライターが「"ナゾの途中駅"本町田駅」とか書いちゃうだろうが、 でもその記事はここの日本ほど多くのpvを稼がず、トレンドにも載らずひっそりと埋もれていくんじゃなかろうか

から答えるよ

「どうして町田東京都なのか」

未だに何もわからない

俺たちは雰囲気町田語りをやっている

市民は「町田神奈川ネタにマジになってるわけじゃないよ

飽きたんだよ

お前らが同じ話ばっかりして肝心な要点を見過ごしてるから不快なんだって

それにステレオタイプ地域を語るのは地域差別となんも変わらんだろ

(前に町田関連のネタツイを自称リベラル共感RTされたことがあったけどすごい嫌だった いかなる差別にも屈しないなら町田東京都って言えよ、民主政治が大好きなら民権運動によって東京都移管された街に最大限の敬意を払ってくれよと思った)

本当に町田が好きなんだったら、インターネット雑語りをやめて、今日から町田ちゃんと向き合え

ネタ町田神奈川扱いするならテコンダー朴みたいに歴史的経緯を全部踏まえてやれ 憶測物事を語るな

あと神奈川県に接する駅といえば町田駅だけじゃなくてつくし野駅鶴川駅もそうです

にしてもこのブロガァーみてぇーなライタァーは駅前で何を見たんだ?日本初の車いすバスを見たか町田街道の向こうに佇む広大な谷戸(注)を見たか谷底美術館収蔵品を調べたか?ジョルナエレベーターボタンを押したのか?何もしてない

これをポジティブにとらえると、読者にもっと町田の魅力を探させる余地を与えてくれたってことになる

からどうか、ここから先はスマホの前のみんなに、町田駅や"町田市"を回ってほしい

限界逆張り地理オタク御用達・源流と坂と県境テーマパークとして、町田市は今でも多くの廃人を寄せ付けている

町田市は本当にすごい 今や小平にも及ぶブルーベリーの産地だし、南町田にはケンタッキー食べ放題店舗があるし、堂之坂公苑は誰も来ないのに水琴窟があるし、玉学には赤瀬川原平の家も残ってるし、白洲次郎の別荘で食べるオムライスマジでうまいし、つくし野の急坂はどこまでも続くし、小野路宿里山交流館は江戸末期の旅館改装した建物から木造で落ち着くし、野津田の山はクソでかいし、相原にはおいしい卵屋(カトウファーム)とアイス屋(東京みるく工房ピュア)があるし、本町田には北条時行の戦った合戦場があるし、リス園の近くに井の頭公園みたいなでかい池があって夏になると隣のちっこい池でメッチャ蓮咲くし、多摩境には都内唯一のストーンサークルがあるし、大泉寺は谷戸の底にすっぽり収まった寺で春になると桜が参道に咲いてめちゃ綺麗だし、恩田川の桜はもっと綺麗で目黒川より混んでないからいい写真撮り放題だし、木曽町地名の由来は一般通過木曽義仲

とにかく春先にあの戸場谷戸尾根の上から見渡した時の、菜の花畑や一本立ちの桜や小さな白いトラック、別の尾根が続いている光景言葉を失うものがあったから、一緒に行こう。

お前は町田を待ってないかもしれないけど、町田はお前をいつまでも待ってるから







あとがき

https://twitter.com/pededeck/status/1246422466135617537 ←これはインターネットで見つけたわかり手

注:谷戸は谷の一種。底が平たい。上から見るとUの字になっている。海進によって土砂が堆積し、このような平底になったようだ。あきる野の横沢入や稲城上谷戸は有名。

追記 こんなにたくさんの人々のブクマと注目を集めることができて光栄です。卒論町田のことで書こうと思っていたので、励みになりました。町田地方研究会のおじちゃんたちに比べたら、自分町田について本当にニワカで、話せることも少ないけれど、精進しようと思います

2016-02-01

デリヘル問題のアレ

現代アート展示会場にデリヘル嬢を呼ぶ」というクソみたいなことをやろうとしていた界隈が本当にクソだった

http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20160131/1454226318

アートの公演にデリヘル嬢呼ぶな!

http://togetter.com/li/932391

これはアートじゃないボケコメントばかり目についたので雑感。

怒りのまとめを目にした時、ああ、ハプニングなんだねと思った。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0

1950年代から1970年代前半を中心に(略)

ギャラリー市街地で行われる非再現的で一回性の強いパフォーマンスアート

作品展示などを総称するのに用いられる美術用語

ハプニング創始者と言われているアラン・カプローによると

「きまった時間空間の中で演じられる点では演劇に関連をもった芸術形式」。



日本でも関西の具体美術を中心にハプニング制作・実行されており、

東京でも1960年に、アンドロイドCMで現役ばりばりにボクシングペイントをしていた

篠原有司男が「ネオダダイズム・オルガナイザーズ」が結成されている。

この界隈というか中心にいたのが、一昨年なくなった老人力の「赤瀬川原平」。

その赤瀬川原平が結成していたのが、ハイレッド・センター

ハイレッド・センターというか、赤瀬川原平は、1,000円札の模写で

1965年通貨証券模造取締法違反に問われ、起訴されることになる。

というわけで、いたって古典的ハプニングがいまだに行われていることに驚いたけど、

それはさておき、犯罪アートは同時に成立足りえるので、

そこのところは分かっていた方がいいんじゃないかな。

ではどこからアートで、どこからアートじゃないのか?

結論を言うと、市芸で実行されたらそれはアートになってしまうんだね。

それはなぜかというとまたの機会に。

2015-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20150517203857

「◯◯力」ってのがマスコミでさかんに使われるようになった切っ掛けは故・赤瀬川原平の「老人力」とは思うけれど、あれも思えば単純な誤用がまかり通って妙な気分になったものです。

女子力ってのも、元はと言えば女性地位向上や自立(ようするに闘い)よりも旧態依然玉の輿的な所を目指した戦略を取る女への揶揄として生まれ言葉のように認識しているけれど、あっというまにポジティブ意味流通し始めたのはむべなるかな。

旧態依然なんだから新しい名前を付けること事態無駄なんだが、新しい名前を付ければ新しいキャンペーンが打てる。それも色んな会社が。

どうしたって1行で表わせるほうがマスコミの受けは良い。あまつさえマーケティング的にも有効となればこれを止める力は何処からも働かない。

2011-06-19

カオスラウンジ界隈雑感

http://togetter.com/li/151267

Togetter - 「カオスラウンジ騒動に対する、東浩紀村上隆の対話。」

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/151267はてブ


この梅ラボ関連の話題は、東浩紀の言うように、かなりめんどくさい。でも、思ったことをまとめていこうと思う。

n次創作著作権

なんというか、周期関数かとツッコミを入れたくなるぐらい同じ話題が繰り返されているような気がしますが、こういう創作に関しては、原則として「やっていけないものはない」という前提があります

極端な例示をするなら、「無差別殺人をしてその血をテンペラ画のように塗りたくって、最後にその包丁を突きつけなければ作品が完成しない」として、じゃあ人を殺してはいけないかケチャップじゃいけませんか、というとそうじゃない。

人を殺した代償として裁かれるのであって、人を殺していけないわけではない。

まり量刑と藝術を天秤に掛けて、藝術の方に重きがあるなら殺しても仕方がないでしょう、殺された人には気の毒ですが。やっぱり刑は嫌だな、となれば別な作品を探すしかないでしょう。

まり、何次創作を作るにせよ、著作権なんて屁じゃねーよ!っていう無敵の人にとっては「著作権違反だ!」も「愛がない!」も説得力ゼロなわけです。まあ私自身も、ああいう手法を以て「誠意がない」とか言う批判は正直アホだと思ってます

繰り返しますが、著作権は明らかに違反していますよ。あとは訴えられるかどうかです。そして、その訴えられたかどうか、刑に処されたかどうかというのは、作品評価の是々非々とは一切無縁だということです

むしろこの騒動自体は、騒げば騒ぐだけ大成功ということになりますし、私はもう成功したとみなしていますふたばがどうだ4chがどうだというキメこな起源の文脈はあまり本質ではありません。


引き合いにだすなら

たとえば、まあこういうところで引き合いに出されるだろうものとしてマルセル・デュシャンの「泉」があるでしょう。男性用小便器に署名だけして出品したあれです

今同様のことをするなら、それに小水でも引っ掛けて署名の代わりとし出品するでしょうか、もうされたかな?

作品に関して端的な説明とデュシャンの人となりはここが短くて分かりやすいかと思いますのでどうぞ(http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/nakaoku(06-7-31))←括弧付き年月日までURL

そしてもう一人、アンディ・ウォーホルも取り上げるべきでしょう。Togetterまとめの中では、鶉アイコンが今作とウォーホルとを態度の違いで「同列には語れない」などとアホ臭いことを語っておりますが全身全霊をもってスルーしてあげてください。(ウォーホルの言う「表だけを見てください」というのは、裏がないことを意味しない。逆もしかり)


今回の騒動は明らかにこういった系譜の延長上にあります。ゆえに、「もう面白くない」というのはまっとうな言い分であると私も思いますデュシャン以降、何が独創性たりうるのかという問題を突きつけられた芸術家達は、常にデュシャン意識せざるをえないのです。あの藝大アカデミズムから反動ガチ保守村上隆さえも。

最近の騒動界隈に対する雑感

このキメこな騒動(そもそもキメこなが使われてるのは一部なんですが)以前にも、近い話題としてChim↑Pomのいわゆる岡本太郎絵画に添えつけた「原発アート」の話題がありました。

これも同じく私は成功したとしている(というか基本こういうやり方もある、という人が界隈では多いのですが、社会との関わりもあって留保的な回答にせざるを得ない)のですが、権威を借りただけだどうだといろいろな反響がありました。

しかしながら、こうもたてつづけに同じような反応を見ていると、何かを感ぜずにはいられません。

藝術と法律というのは別レイヤーで処理されるべきものであり、例えば貨幣偽造にしても千円札裁判のようなものは、法律で裁かれるのはともかく、「裁かれたのだからこれは藝術ではない」と看做している人が一定数存在するような気がしてならないのです(すなわち、同じレイヤーとして法律>藝術という階層がある)

そして著作権違反だという申告をする人々らは、おそらくその人が裁判にかけられるということそれよりも、「こんな表現が藝術として認められるわけがいから、法律で裁いて非芸術にしろ」という動きのようにも見えるのです

それ自体はひとつリアクションなので、どうということはないのですが、様式美にハマっているような気がしないでもないです

(まとめ中で村上隆が「赤瀬川原平との呼応矮小化だ」とこきおろしますが、彼は矮小化意味をわかっていないのではないでしょうか?あるいは、本質であるところを意図的にずらして矮小化捏造しているのだろうか?もっとも、彼の態度は藝術と非藝術は明確な区切りがあると考える立場だと察するので、何か藝術階層から退けられる言葉があれば何でも良かったのかもしれませんが)


まあ僕の意見としては、こうして日本にも藝術が浸透していくのは大変喜ばしいことであり、みなさんどんどん騒いでください、というぐらいの感想です

2010-01-28

[]最高に弱まった無職が薦める百冊より少なめの本

http://anond.hatelabo.jp/20100127001517

さらにヴァージョンアップさせるとこうなる。

差し替え
  1. 『私とハルマゲドン竹熊健太郎
  2. 『檻の中のダンス鶴見済
  3. 『翔太と猫のインサイト夏休み永井均
  4. 『アストモモンガ橋本治
  5. 因果鉄道の旅』根本敬
  6. 超芸術トマソン赤瀬川原平
  7. 自転車旅行主義』 香山リカ
  8. 天使王国浅羽通明
追加
  1. 『立志・苦学・出世受験生社会史』竹内洋
  2. 1968年スガ秀実
  3. 日本の思想』丸山眞男
  4. 現代詩の鑑賞101』大岡信
  5. 『「知」の欺瞞』アラン・ソーカル
  6. アナロジーの罠』ジャック・ブーヴレス
  7. 『「世間」とは何か』阿部 謹也
  8. 『一九七二』坪内祐三
  9. ストリートの思想』毛利嘉孝
  10. 数学ガール結城浩
  11. 虚数情緒吉田
  12. 『無産大衆神髄』矢部史郎山の手
  13. スカートの中の劇場上野千鶴子
  14. 日本文学史序説』加藤周一
  15. リベラリズムの存在証明稲葉振一郎
  16. 自我起源真木悠介
  17. 『知恵の樹』ウンベルト・マトゥラーナフランシスコバレーラ
  18. イスラーム思想史井筒俊彦
  19. トンデモ本世界と学会
  20. 自殺直前日記山田花子
  21. 東京いい店やれる店』ホイチョイ・プロダクションズ
  22. マクロ経済学スティグリッツ
  23. ミクロ経済学スティグリッツ
  24. 社会学』ギデンズ
  25. 文学とは何か』イーグルトン
  26. 日本史山川出版社
  27. 世界史山川出版社
  28. 『辞典・哲学の木』
  29. 岩波文庫解説総目録
  30. 社会学文献事典』
  31. 『BOOKMAPPLUS』
  32. 学問がわかる500冊』
  33. 『「テクノ歌謡ディスクガイド
  34. ミニコミ魂』串田努
  35. 山崎浩一世紀末ブックファイル山崎浩一
  36. 『いかにして問題を解くか』G. ポリア
  37. ゲーデルエッシャーバッハ - あるいは不思議の環』ダグラス・ホフスタッター
  38. 四次元冒険』ルディ・ラッカー
  39. 論理学をつくる』戸田山和久
  40. 倫理問題101問』マーティン コーエン
  41. 想像博物館荒俣宏
  42. 魔法使いの丘』ソーサリー
  43. 『変体少女文字の研究山根一眞
  44. 『グラモフォン フィルム タイプライター』キットラー
  45. フラジャイル松岡正剛
  46. アメリカン・コミックス大全』 小野耕世
  47. 東京大学ノイズ文化論」講義宮沢章夫
  48. 文学賞メッタ斬り!大森望豊崎由美
  49. ライトノベル「超」入門新城カズマ
  50. 現代思想1997年5月号『特集・ストリートカルチャー
  51. ユリイカ2007年6月号『特集・腐女子マンガ大系』
  52. モダンガール論』斎藤美奈子
  53. 『今月のフェミ的』あくまで実践 獣フェミニスト集団FROG
  54. 利己的な遺伝子リチャード・ドーキンス
  55. 『100台のコンピュータスタパ斉藤船田戦闘機
  56. 死刑全書』マルタン・モネスティエ
  57. エロスの涙』バタイユ
  58. 流行人類学クロニクル武田徹
  59. プログラムはなぜ動くのか』矢沢久雄
  60. エミュレータのしくみ』某吉
残しておく本
  1. ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀
  2. 『逃走論』 浅田彰
  3. 『寝ながら学べる構造主義内田樹
  4. ゼロ年代の想像力宇野常寛
  5. 『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫
  6. おたく精神史』 大塚英志
  7. 『よいこの君主論』 架神恭介
  8. 戦前少年犯罪管賀江留郎
  9. おまえが若者を語るな!』 後藤和智
  10. 『現代マンガの全体像』 呉智英
  11. カノッサの屈辱小山薫堂
  12. 『生き延びるためのラカン斎藤環
  13. ニッポンの思想』 佐々木敦
  14. 洗脳原論』 苫米地英人
  15. 『青いムーブメント外山恒一
  16. チベットモーツァルト中沢新一
  17. 自分探しが止まらない』 速水健朗
  18. 教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら
  19. 電波男本田透
  20. 貧乏人の逆襲!』 松本哉
  21. サブカルチャー神話解体宮台真司
  22. 趣都の誕生森川嘉一郎
  23. 『たかがバロウズ本。』 山形浩生
  24. 『超クソゲー箭本進一
  25. 日本映画史100年』 四方田犬彦
  26. 『シミュレーショニズム』 椹木野衣
  27. 恋愛小説ふいんき語り』 米光一成
  28. 戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博
  29. 日本の10大新宗教島田裕巳
  30. 『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林
  31. 映画の見方がわかる本』 町山智浩
  32. アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

2010-01-27

強くなりたい新大学生が本当に読むべき本100冊

この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。

あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。

ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。

こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。

原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。

歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。

難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。

そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。

これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。

この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。

飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、

黙考はずいぶんと深くなるし、ブログネタに応用すれば必ず一目置かれる。

選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。

この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。

ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!

新大学生が本当に読むべき100冊

存在論的、郵便的東浩紀

動物化するポストモダン東浩紀

ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀

アナーキズム浅羽通明

ナショナリズム浅羽通明

右翼左翼浅羽通明

構造と力浅田彰

『逃走論』 浅田彰

『反芸術アンパン赤瀬川原平

東京ミキサー計画』 赤瀬川原平

ギャルギャル男文化人類学荒井悠介

ディズニー魔法有馬哲夫

テヅカ・イズ・デッド伊藤剛

マンガは変わる伊藤剛

ヤンキー文化論序説』 五十嵐太郎

オカルト帝国1970年代日本を読む』 一柳廣孝

『寝ながら学べる構造主義内田樹

ゼロ年代の想像力宇野常寛

『二〇世紀の批評を読む』 大谷能生

『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫

オタクはすでに死んでいる岡田斗司夫

アメリカン・コミックス大全』 小野耕世

教養としての〈まんが・アニメ〉大塚英志

おたく精神史』 大塚英志

サンデーマガジン大野

キャラクターとは何か』 小田切博

『よいこの君主論』 架神恭介

『完全教マニュアル』 架神恭介

映画は撮ったことがない』 神山健治

『ポケットは80年代がいっぱい』 香山リカ

戦前少年犯罪管賀江留郎

スペイン宇宙食菊地成孔

東京大学のアルバート・テイラー』 菊地成孔

おまえが若者を語るな!』 後藤和智

封建主義者かく語りき』 呉智英

賢者の誘惑』 呉智英

『現代マンガの全体像』 呉智英

『定本日本の喜劇人小林信彦

カノッサの屈辱小山薫堂

お厚いのがお好き?小山薫堂

虚人のすすめ』 康芳夫

『生き延びるためのラカン斎藤環

ニッポンの思想』 佐々木敦

『シミュレーショニズム』 椹木野衣

ロックミュージック進化論渋谷陽一

日本の10大新宗教島田裕巳

ヒーロー正義白倉伸一郎

『箆棒な人々』 竹熊健太郎

『定本気分は歌謡曲近田春夫

完全自殺マニュアル鶴見済

洗脳原論』 苫米地英人

スピリチュアリズム苫米地英人

苫米地英人宇宙を語る』 苫米地英人

『青いムーブメント外山恒一

マンガ哲学する』 永井均

チベットモーツァルト中沢新一

ベストセラー構造中島梓

嫌オタク流中原昌也

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書西寺郷太

前衛の道』 根本敬

『花咲く乙女のキンピラゴボウ橋本治

アーキテクチャ生態系濱野智史

タイアップ歌謡史』 速水健朗

自分探しが止まらない』 速水健朗

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら

NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 ばるぼら

ロマンポルノと実録やくざ映画樋口尚文

70年代日本の超大作映画樋口尚文

アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

ワンダゾーン』 福本博文

『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林

ゲームホニャララブルボン小林

電波男本田透

喪男の哲学史本田透

世界電波男本田透

セカイ系とは何か』 前島賢

映画の見方がわかる本』 町山智浩

ブレードランナーの未来世紀町山智浩

『なぜ宇宙人地球に来ない?』 松尾貴史

貧乏人の逆襲!』 松本哉

サブカルチャー神話解体宮台真司

『14歳からの社会学宮台真司

『定本アニメーションギャグ世界森卓也

放送禁止歌森達也

職業欄はエスパー森達也

趣都の誕生森川嘉一郎

『興行師たちの映画史柳下毅一郎

殺人マニア宣言』 柳下毅一郎

『新教養主義宣言』 山形浩生

『たかがバロウズ本。』 山形浩生

訳者解説』 山形浩生

『超クソゲー箭本進一

戦後SFマンガ史』 米沢嘉博

戦後少女マンガ史』 米沢嘉博

戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博

漫画原論』 四方田犬彦

日本映画史100年』 四方田犬彦

日本文学ふいんき語り』 米光一成

恋愛小説ふいんき語り』 米光一成

2008-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20080313005459

90年代は概ねそんな感じだったと思うけど、それってやっぱり80年代の『写真時代』の流れを受け継いでるんだよね。

スーパー写真塾』なんて『写真時代』の一コーナーを独立させたものだったはず。みんな末井昭チルドレンだよ。

90年代だとリリー・フランキー根本敬浅草キッドあたりがコラム連載陣だったが、『写真時代』はアラーキー赤瀬川原平糸井重里という超強力なメンバーが連載を持っていた。アラーキー撮影のロリータヌードなんか掲載されてた。

盗撮も80年代からすでに始まっていた。本人の承諾なし+被写体未成年中心だから現代なら二重に犯罪だと思うが。

まあセクハラという概念もなかったし、11PMみたいな深夜放送だけじゃなく、ゴールデンタイムにも女の裸が出てきてほとんど問題にならなかった時代だから、日本全体でそういうモラル意識は低かったと思うね。

この時代の投稿雑誌に載ってた写真児ポ法の定義でいうと第二条第3項の三「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」に該当すると思う。

ブルセラブームやそれに便乗したU??15雑誌になると、第二条第3項の二「他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」に近いものが多くなった。でも、その手の雑誌はやっぱ当局の圧力があったのか、1年前後で消えた(『フィフティーン・クラブ』等)。第二条第3項の一「児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態」はさすがに一般書店で買える投稿雑誌ロリコン誌でもタブーで完全にアングラのものだった。裏ビデオ通販広告なんかにはタイトルが出てたけど。

増田児ポ法施行直前に見たのはその手のビデオだろう。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん