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はてなキーワード: 作為とは

2019-06-17

ラノベ作家志望者の言う「キャラ勝手に動く」の問題

クリエイター専門学校小説ライトノベル学科講師をしていた者です。その仕事をしていた時、小説の書き方を学ぶ若い生徒たちに「ある傾向」が見られたので、それについて少し書きます

生徒に向かって語った言葉を元にしているので、やや説教くさい言い方なのは見逃してください。



キャラクター勝手に動き出す」、という言い回しがありますね。作家自作について、キャラクターたちが自分の手を離れて半ば自動的物語を進行させているような感覚表現したもの、とされています

これをもう少し一般化すると、登場人物人格を含む初期条件さえ設定されれば物語の結末は自ずと決まる、という考え方になるでしょうか。

小説学科で教える中で、僕はこうした言葉を生徒から一度ならず聞きました。大抵は、どこか誇らしげな調子で。

いま流行りの「なろう系」はシミュレーション小説としての性質を持つものも多いので、作為が薄い方が作品として優れているのだと考える作家志望者もいるのかもしれません。架空世界人物純粋な観察者として文字に描き起こしているだけ――そういう境地こそが作家としての理想なのだと。

でも、もしもこの文章を読むあなた小説家(ラノベ作家)になりたいのなら、少なくともプロになるまではそんな言葉を使うのはやめた方がいいです。

しかプロではそういうことを言う人がいます。その内の十分の九ぐらいは一種リップサービスでしょうね。現代は〈大文字の「作者」〉が死んだ世界なので、作者が「出しゃばる」ことを嫌う読者も多いですから

残りの十分の一は天才です。天才は、セオリーを踏まえた上でそれを軽々と飛び越えられる人たちなので、もしかしたら本当にキャラ勝手に動く感覚体験しているのかもしれません。

ですが、あなたは恐らく天才ではありません。天才でないあなたの「キャラ勝手に動く感覚」はただの願望による錯覚です。

僕は授業で、物語の要素が書かれたカードランダムに並べて物語を作る手法を教えました。これは、大量のプロットを手早く作成するトレーニング第一目的でしたが、それとは別に生徒たちに、たとえ出発点は同じでも物語は(有限の組み合わせではあれ)多様な展開が成立し得るということを感じ取ってほしかったのです。

もちろん、その展開を自然に感じさせたり、人気が出たり売れたりさせるための難易度は各プロットによって差はあります。ですがそれでも、結局のところ物語というのは作者自身の手でどういう形にもなるものなのです。

登場人物勝手に動いた」

純粋リアリティを追求した結果」

物語の流れに従っただけ」

これらは、その一見謙虚な響きとは裏腹に、物語を作る者がその責任から逃れる卑怯言葉でもあります

物語作家としての責任を引き受けるというのは別に自分の書いた作品に影響されて読者が犯罪者になってしまったらどうするかなどという極端な仮定に限った話ではありません。ある作品について、他の形でもあり得たはずなのにそうはせずにこの形を、他でもない作者である自分自身自由意志で選び取った、という事実を認めること全般です。小説の作者は全ての登場人物について生殺与奪の権利を完全に独占しており、「キャラ勝手に動いた」などという欺瞞が入り込む余地はありません。

そうは言っても商業作家出版社プラットフォーム規定意向作品内容を制限されることがいくらでもあるだろう、と思ったでしょうか。ですが、完全に無断で作品に手を入れられるのでもない限り(そういうケースも実際に存在するのが困ったところですが)、制限をどのような形で作品に取り入れるかは作者が決められますし、最悪でも作品の発表そのものを取り下げることはできます。その意味で、やはり現代においても作品は作者のものなのです。

現実的には、主に経済上理由から作家が真に自由作品執筆することなどほぼ不可能でしょう。そのような状況で重荷ばかりを背負わされることを理不尽に感じるかもしれません。

それでも、(ラノベ作家という言葉社会に送り出す仕事を選ぶのであれば、この「創造主としての責任」の問題を投げ出すことは許されないのです。それでも、あなた作家を目指しますか?



何の話をしているのかよく分からなかった人も多いでしょうが作家志望の方たちはどうかこの話を頭の片隅にでも置いといてください。なろうで日刊ランキング入りするノウハウのような、今日明日で役に立つ話ではありませんが、お守りぐらいの意味はあるはずです。たぶん。

2019-04-26

池袋のアレ何でみんな事故と決めつけてるんだろう

事故である証拠って何?

何で作為がないと断言できるの?

2019-04-22

ちょっと昔のこと→白黒 って馬っっっ鹿かよ

けっこう前なんだけど

テレビチャンネル回してたらやってた時代劇(たぶんNHKのその時の新作ドラマ 再放送とかじゃない)、

ちょうど回想場面になったところだったんだけど、そしたらそれが白黒映像なのよ!

馬っっっっっっっ鹿じゃないの!って思ってけっこう怒ってチャンネルかえた

だって江戸時代なんだから「昔は白黒」なんて認識も何もない! ので

で、毎週楽しみに見てる「いだてん」なのだけど!

昨日放送のにそういうのがあったんだけど、気になりますいか

これもやっぱり明治大正なので、今も昔も同じく写真映像は白黒なんだから、「昔は白黒」なんて認識はない!

杉本哲太演じる生真面目なおじさんが昔はテニスボーイだったんだぞってことで流れたんで、

杉本哲太サラサラヘアのカツラかぶっただけで若者演じてるのおもしろかったし、

そうやってちょっとふざけてたので、場面として浮き立たせるために白黒になってたのは明らかに効果あった

けど、そんなんで良しとはならない、許さん

いや、冒頭からしてスヤさんとの思い出がフィルム調で映されてて、そこでもうちょっとがっかりきてた

これを人に言ってみたら全然気にならないって言うので、仲間が欲しい・・・




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追補

「分かりやすい」「よくある」「ありふれてる」のは分かり切ったことですけど、だからだっていうんだ!

持ち方とか変なファミコン写真ありましたね

あれセピア調で、80年代なのに変だぞって言ってる人もいたはずです

その人たち来て仲間になって

フィルム劣化ノイズを模したのあるじゃないですか

しみとか縦の線がちゃかちゃか入るやつ

本当だったらせいぜい60年代初頭あたりまでの映像しか無いと思われるんだけど、

80年代とか90年代映像にまでかぶされてるってことが、

テレビ見てるとあるんですよ

歴史修正的って言って大袈裟でもなくないですか!

ちょっともう冒頭のフィルム調のほうに的を絞るけど、

同じことですよ!

四三さんとスヤさんの思い出がああやってカラーフィルム映像で残ってるはずないわけでね

からあれは劇中の実際物でもなく登場人物思念でもなく、映像制作者が視聴者に向けた作為なわけでしょう

でも「カラーフィルムで撮られた思い出」ってものすごく時代性を帯びてて、

カラーフィルムが普及して廃れるまでの期間を回想するって場合しか使うべき表現じゃないと思うのね

スマホの縦型動画で撮られた思い出」と同じなのね

もうこれ誰も読まないでしょう


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いやさぁ、杉本哲太theテニスボーイはさぁ、その説明を聞いた、四三と可児くんだっけ、その脳裏に浮かんだイメージっていう扱いで出てきたのかもしれないじゃん。劇中の理として、って言ったらいいのか何ていうか

いや、ふたりが浮かべたイメージ映像制作者が混ぜ合わせたってことかもしれないし、まるっきり映像制作者の作為として視聴者提示されたものかもしれない。ていうかあやふやっていうかまぜこぜですね。

でもとにかく一要素として、劇中人物の脳裏に浮かんだ映像って感じがあるし、その感じが強い、とする!

で、あの時代に、「昔=白黒」っていう共通認識があるかよ!? ってんだよ!

若かりし杉本哲太theテニスボーイはあの時点から30年は前のことでしょう。1880年代とかですぜ。

写真館とかできっちり撮った写真ぐらいしかなくない? いや勉強不足で知らないんだけどね。

からあのドラマ時代に身近な人の昔の写真を見る機会とかある? あるかもしんないんだけどね。無いってことにする! 特に庶民は!

そしたら、あくまでそしたらだけど、四三さんたちが白黒で思い浮かべるのはおかしいじゃないですか!

でもちなみにだけどもしもあれモノクロでも白黒じゃなくてなんか赤とかと白のモノクロだったら映像の遊びとして受け入れてぜんぜん怒ってないんですよ!

これは意外な新事実ではないですか!?

みんな追記以下読んでます!?

仲間来て!!!


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スマホの縦型動画うんぬんにみんなもっと触れてほしかった

フィルム調も白黒も、スマホの縦型動画と同じぐらいに、特定時代らしさを帯びてしま表現と思ってた

でも白黒については、記憶とか回想に際して色を勘案しない人が若い人でもまあまあいるのかもってわかったので、ひとまずあきらめよう


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転校生」の男女入れ替わる前後の場面に白黒映像あるとのこと

たことないですけど、階段転げ落ちる場面かと思われる

命にかかわる危機とき、視界が白黒になったりスローモーションになったりするって聞きますから

おそらく、それなりに、そういう人間生理における実際に即してる、準じてる、って感じがするので、受け入れられる気がする

階段転げ落ちの危機だけじゃなく男女入れ替わりの衝撃を表現するのにまで白黒映像が用いられてるとしても、そりゃあ驚天動地の一大事からそうもなるだろう、って感じだ

納得だ

見たらわからないが

犬神家の一族」も白黒の回想場面あるとのことで、

これは最近見たのに、あったかどうか覚えてないぐらい気になってないですが、

殺人の場面かも、と思います

しか目撃者の回想じゃないか

だとしたらなんだけど、これも人の命の危機だし、下手すりゃ自分危機なので、白黒になるの納得いきます

なんか、現実に即してなければだめだ! って言ってるみたいですけど、ちがう!

でも現実に即してるっていうのは、腑に落ちやすくするためにかなりかなり有効手段なんだから、やるべきところでやればいいでしょ! やるべきところはここだ! 俺が掟だ! って話だ!

もう白黒についてはほとんどあきらめたんだけど、やっぱり「いだてん」冒頭のフィルム調だよ! 15話だよ

あれがスマホの縦型動画調だったら変でしょう!

本っっっっっっっっっっっっっっ当に同じことだと思うよ





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「仲間来てって何様なんだろう」っていうの、ほぼ意味からない

同じように思う人いたら味方して、というつもりで書きました

2019-04-03

アンチインスタ

インスタというか、昔からいた海外行って、写真撮ることに必死日本人から嫌いだったので、もちろんアンチインスタです。

とはいえ動物写真は見る。

動物には作為がないから。

飼い主の演出はあるけど、可愛いから許す。

写真撮られるの苦手だからか、オシャレな人達モデル気取りで写真撮ってるのみると、なんか恥ずかしい。

すごい真顔で連写しまくってて、舞台裏をのぞいた気まずさ。

でもまだきれいからマシ。

生憎と、きれいでない、一般女子必死自撮りしまくってるのみると、いたたまれない。

自意識過剰を笑うのは過去の話なのだろうか?

私もすごい自意識過剰完璧主義なオシャレ好きな不美人なので、それを悟られるくらいなら消えたいと思う。

オシャレを頑張ってると思わせたくないし、ウィンドウ自分ファッション確認してるのも気づかれたら恥ずかしい。

昭和生まれからかなあ。

ファッションブログ好きだけど、裏側は絶対見たくないな。

こっちが恥ずかしい。

2019-04-01

平成の書と令和の書

新元号の令和ですが、発表された字がお手本のような楷書でした。平成は書いた方の色がかなり出ているのに対して令和は出していません。

(少し前にはてぶでも話題になった顔真卿のような楷書ではありませんが)

万葉集から引っ張ってきたことを全面に押し出すなら少し崩してもいいのかもしれないと思いますが、作為を込めるようなものは避けたのでしょう。

作為を避けたお手本のような書を書いてくれる書家に来てもらって直前に書いてもらったのではないかと思います

ちなみに、書にも流派みたいなものがありますが、平成と令和では別かなぁという印象があります

2019-01-09

見知らぬ人に何百万もバラ撒いたりソシャゲに何千万円も課金している人は不作為殺人逮捕すべき

不作為犯が成立する条件

作為義務の発生

作為可能性及び容易性

作為義務違反

千万円も「無駄にできる金」を持った時点で①と②を成立させるべき

医療福祉機関寄付するだけだから容易だろう

2019-01-06

百田尚樹バカにするのはたやすい、しかし、

百田尚樹というブランド」を作り上げるのにかかった年月と、そのための努力、これは悔しいが素人では太刀打ちできないのだ、悔しいが

じつは俺は、歴史系の底辺ライターである

よく書店ではなくコンビニで売ってる、古代史や戦国時代に関する紙質の悪い雑学本の仕事をしている

その程度の本でも、Wikipedia最後の裏取り程度にしか使わず吉川弘文館だの中公公論社だの岩波書店だのから刊行されてる、それなりの実績がある大学教授が書いた専門書を参考に書いてる

だが、これは自己満足プライド問題しかない

実際、現代ではまともな歴史学者の資料に当たると「日本書紀のこの記述ウソ、当時の政治的作為がうんぬん」「平家物語のこの記述は~」「太平記のこの記述は~」という調子で、いわゆる面白そうな話はほとんど全否定になる

逆に、マニア的に「じつはそうだったのか!」的な面白さもあるのだが、これはある程度の前提を理解したマニアでないと通じにくい

通俗歴史本の執筆という点では、誇張抜きに、俺の方が百田尚樹より真面目に仕事してると本気で思ってる

しかし、それでは売れないのだ

あのくだらん日本国紀は、「百田尚樹というブランド」の勝利なのである

そして実際、無名歴史系の底辺ライターである俺は、『海賊と呼ばれた男』だの『永遠の0』ほどの小説は書けないし書いたこともない、負けなのは仕方ないと認める

が、たか書店ではなくよくコンビニで売ってる雑学本でも、俺はWikipediaに頼らず、一定の実績ある歴史学者が書いた文献を参考に書くことを辞める気はない

読者に正確な事実を伝えたいなんてご大層なことではない

単に職業人としてのプライド問題

2018-10-03

ウヨ歴史に興味がない

ここ10数年、右傾化ガーとか歴史修正主義ガーと言われて久しい。

ところがウヨが興味あるのは慰安婦とか南京とか戦前戦中の話だけで、それ以前はどうでも良いらしい。

過去10数年ぐらいに刊行されてる、吉川弘文館人物叢書だの、朝日選書だの講談社中央公論社だの各社の新書とかで、古代中世日本史の本を読むと、なぜウヨ激怒発狂しないのか謎でならない。

しろ古代史では『日本書紀』は大ウソだらけ、万世一系ではなく継体天皇の代からは新王朝可能性が濃厚、任那日本府は通説よりずっと規模が小さく「日本府」って名前も後世につくられた、「大化の改新」の中身はほとんど無し、厩戸王実在したけど聖徳太子の手柄の大部分は蘇我氏の業績、藤原氏中臣氏)を美化するための誇張が濃厚、壬申の乱記述天武天皇正当化する作為が濃厚――といった調子皇国史観絶対で「記紀の内容はすべて史実!」て言ってた戦前基準じゃ許されん話ではないか

神武天皇実在した」とかドヤ顔で語ってた自民党議員は怒らないのか?

中世史も、『平家物語』の名場面の大部分は創作源氏卑劣後醍醐天皇政治的無能だったか建武の新政は失敗、戦国時代には住民虐殺奴隷人身売買が通例……とかなんとか、そんな話がフツーに記されてる。

竹田恒泰とかの「日本伝統に詳しい人」と称する連中に言わせると、近代以前の日本には中国韓国のような野蛮で卑劣な話は一切なく、この世の悪はすべて戦後民主主義せいらしいが、全然そんなことはなかったと公然と書かれてる。

やれ「歴史戦」とか言う連中は、なんでこういうここ10数年の歴史学者の成果を「ブサヨ歴史捏造だ!」と言って怒らないのかw

ウヨ連中は本当に、明治期以降か下手すりゃ昭和戦前しか興味ねえんだろうな

専業主婦とか夫婦同姓が本気で日本伝統と思ってたり、小島毅が書いてたように「明治維新が起きたのは江戸時代儒教が広まったから」とか知らんで、本気で「中国韓国儒教国家だからシカラン」とかドヤ顔してる奴多いし

でもさ、ウヨって基本的に「昔は良かった史観」だろ? それがこんな近代以前にはまったく無知でいいのか

ま、あいつら「伝統興味ない」「天皇嫌い」が本音なんだろうけど

2018-09-15

ASIAN KUNG-FU GENERATION特にきじゃない曲

はてな匿名ダイアリーアジカンの話を持ちだすヤツというと昔聴いてたザコと政治のザコしかいないみたいな感じだと思うんですけど(探してないので知りません)、後藤正文に対する最近番頭にきたことが「アジカンからのお願いとだけ書いて子連れライブ参加云々の記事投稿すんな解散か休止かと思うじゃねーかこのアンポンタンメガネ野郎である頭お花畑ファンアジカン特に好きではない曲の話をします。悪口です。

他所アーティスト記事に感化されたの丸出しだけど、書く場所が無かったので。

・青の歌(崩壊アンプリファー

これ聴きたいとか言ってるヤツどう考えてもライブでやらない崩壊補正じゃねーの?って思うくらい興味ないし聴いてない。(楽器のことは全くわからないけど)キーボード?っていうかムーグ?みたいな音が入ってるのは現在への伏線っぽくもあるけど、特に曲として特徴があるかといえばそうでもない。

初期アジカンにおける「前のめりor哀愁漂うマイナーコード」のどっちでもないし、歌詞も含めて一辺倒な青春ソングの色合いが強いからかもしれない。あと「I still love you you love me now?」が初期であることを鑑みても結構キツい。Hold me tightは逆になんとも思わないんですけど。

・夜の向こう(ソルファ

特筆すべき事項が殆どない。ソルファ歌詞は「発し手=僕/受け手=君」の距離感キモであり、一番売れたこアルバムとそれらの対比が図らずしも美しくなっているんだけど、この曲は初期~中期アジカンアルバム一曲はある超無難歌詞みたいな印象が強い。それを考えると真夜中と真昼の夢とかはよくできているんだなと思う。この曲は再録でも全く印象がなかった。

サビの韻の踏み方は気持ちいい。

路地裏のうさぎファンクラブ)

アジカン史上最も完璧な流れを持つファンクラブというアルバムにおいて唯一飛ばす曲。後藤が「アジカンっぽい速くて声を張り上げる曲」を意識して作ろうとすると死に至るという定説があるのですが、これもそれに近い。

歌詞における色の使い方とかも作為がすぎる上に面白くもない。あとワールドアパートで意を決して「ビルに虚しさが刺さって」というセンシティヴな比喩を使ったその口で「心の奥で白いミサイルが弾けた」って言うのはどうかと思う。新世紀のラブソングに対するスヌーザー批判はこっちにこそ当てはまるのでは?

その辺、のちの後藤が夜を越えての「瓦礫」に躊躇する感性のほうが100倍は納得できる。

・嘘とワンダーランドフィードバックファイル

シングルc/wから許された曲。単純に歌がうまくないしそれを許容できるほど喜多個人が好きでもない。曲としては喜多の毛色が丸出しになっていて、ライブアレンジなんかはおっと思わされるんだけど、やっぱりボーカルの力は大きい。

近年の喜多ボーカルちょっとは上手くなったとは思うけど、それでもカラオケの上手いおっさんという感じ。コーラス最適化された声だと思う。

・トラベログワールド ワールド ワールド

何も思いつかない。

サイエンスフィクション(未だ見ぬ明日に)

先のツアーで大盛り上がりだったのを一人ポカーンと眺めてしまったのですが、これそんな人気ある曲なの?「取るに足りないゴミクズー!」で叫べるから?確かにゴミクズって叫んだら色々な意味気持ちよさそうな気はするが。

未だ見ぬ明日に収録作はサウンドしろ歌詞しろサーフ前の苦悩と試行錯誤がみてとれる気がするし、テーマ的にも「いつか死ぬ僕ら」の色が濃く統一されているんですけど、こいつだけなんか場違いなんですよね。融雪もちょっと違うけど、融雪は許す。

双子葉(マジックディスク

「種を蒔こう」「いつか芽を出そう」はマジックディスクにおける重要テーマの糸口ではあると思うんだけど、合わなかった。喜多クレジット個人的に合う曲と合わない曲の差が激しい気がする。

N2ランドマーク

アジカン政治的(社会的言及を孕む曲には常に思っていることなんですが。別にテーマとして社会批判なりそこに対する願望なりを盛り込むのはいいし、その内容が「核武装して東アジアをぶっ潰せ」だろうが「天皇制解体して共産主義革命起こせ」だろうがいいんだけど(もちろん後藤はそこまで極端には振れないし露骨ものは書かないという信頼はあり、外野勘違いをしてもらっては困る)、それをストレート表現したら作詞家として何の芸もない。やるなら今までの世界観の延長線上で、捻って気取った言い回しでチクリと風刺してくれ。

そういう意味で「夢のように『安全だ』ってコール」「資本主義火葬場」までくるとしんどいランドマーク自体震災の影響もあり社会的な毛色の強いアルバムなので、単に合わないと言われたらそれまでだけど(でもアネモネの咲く春にはアジカントップクラス名曲だし、それでは、また明日における皮肉とそこから帰結するテーマは非常に良かった)。

こっちは好きな曲だけど、1980の「出鱈目プライムミニスター」とかも芸がなさすぎるんだよな。

この手の話だと、現代語訳ともいえるLoserのあの当て歌詞は好きだけど、「海辺燃え続ける夢の切り札」をどういう意味か推測しながら聴いてくれみたいにドヤってたのはえぇ…と思った。流石にわかるだろ。

あとN2は単純にサウンドが好きじゃない。ランドマークって曲構成の面でも結構実験的なんですよね。アジカン後藤に求めてるのはやっぱり最終的にはポップネスなので。

ゆずRADのアレとこの曲を比較して「アジカンだって言ってんじゃねーか!」って言う輩見るけど、アジカンもボロクソ批判されてるというところには誰もが目をつぶるの面白いですね。結局右と左が争ってるだけ。そういう状況を是非風刺して欲しいけど、独り善がりになりがちな後藤には無理だろうなとも思う。

スローダウン(フィードバックファイル2)

印象が薄い。震災テーマっぽいのに。

オールドスクールフィードバックファイル2)

歌詞も曲もアジカンっぽい曲を作ろうとして死に至るパターン山田クレジットにしては本当に虚無。

パラレルワールド(Easter/復活祭

まさしくゴミの山であるソバアフィブログに「レイシストなんてろくでもないさ」という歌詞をボロクソ叩かれたことも記憶に新しいですが、でも確かにここ安直すぎ。

レイシストなんてろくでもないと思うのは結構なんだけど、それをストレートに言うならストレートでなくてはいけない意味を付加してほしいし、そうでないならストレートに言わないでほしい。「場当たりの歴史観論破して~」とかも皮肉としての鋭さが皆無。ツイッターツイートしたほうがたくさんRTしてもらえると思うので歌詞にしないでそうして欲しい。

タイムマシン比喩後藤にしては本当に安直すぎて涙が出てくる。もっとやればできるんだから頑張ってください。それほど言いたいことが大きかったのかもしれないが、アジカンは言いたいことが大きすぎると作詞によくないタイプバンドであることがよくわかる。

曲に関しては伊地知クレジットなだけあってこれまたストレート。印象に残らん。

・Prisoner in a Frame/額の中の囚人(Wonder Future)

Wonder Futureに関しては難産だったんだろうなとはわかるけど、本当に好きな曲と嫌いな曲の差が激しすぎる。印象が殆どない。あと批評へのアンチテーゼというテーマが掘り下げきれていない気がして、それも印象の薄さに拍車をかけている。それこそそこをストレート一言だけでぶった斬った新しい世界インパクトがあるので。

お祭りのあと(荒野を歩け)

これ以上カラオケおじさんの話をしなくてはいけないのか?



ここまで長ったらしく羅列してみて、好きではない曲、ひいては好きな曲の傾向が見えてきたので、意外と価値のある作業なんだなと思いました。

自分アジカンに求めているのは「歌詞の上手いこと言い」と「曲のポップネス」であり、さらに「ストレートアジカンらしいものを作らないで欲しい」なのかなと。

その点、新曲ボーイズガールズはとても良かった。今後ともクソバアフィブログのことは無視して頑張っていただきたいです。

2018-08-16

anond:20180816142103

適度にピュアさとエモさを散りばめているのもポイント

有名人叩きに見せながら、その周辺を叩いてるのも作為なのかな

2018-08-08

国立医学部の男女格差私大不正が可愛く見えるレベル

文科省調査より先の医学部男女比調査~不自然な男女比を関係者はどう弁明するのか?

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishiwatarireiji/20180808-00092347/

いまどき、受験生能力差に男女の別はないでしょう。であれば、入学データで男女比に極端な差がついていれば、これは何らかの作為があった可能性があります

まさにこの通り。

その上で記事に出てくる大学の例を見ると、もう東京医大不正が可愛く見えるレベル国立大の男女比が異常値をたたき出している。

代表的国立として、2017年の男女の割合のうち、旧帝大の中で表に載っているものを例に出すと

北大:男/女=78.4/21.6

東北大:男/女=83.1/16.9

東大:男/女=85.0/15.0

京大:男/女=84.7/15.3

阪大:男/女=78.8/21.2

いやいやいやいやおかしおかしい8割って何ですか何、なんで男性8割ってなるの。

こりゃ異常でしょ…監査入っていいレベルだよ。

東京医大に対しても手を緩めず、関連省庁には引き続き厳しく吊るし上げて欲しい。

しか私大だけじゃなく、今後は国公立がやってることもよーく監視すべきだよこれ。

2018-07-22

個人的には萩、唐津のさっぱりした作為のなさが好きですわ

あと名前失念しましたけど海外チョコレートたらたら垂らしたみたいなやつを普段使いしたいですの

2018-07-18

レンジャーピュアに「Twitterすごい!」なんて思ってるやつインターネット向いてない

レンジャーキャラ、特徴をつかんだキャラからイラスト化が数日でできるわけないやろ

そもそもイメージキャラなんて公開するのに上長許可なしにできるわけないだろうが

から印刷しても、次の29日に絶妙に間に合う日程

作為を感じない奴はネットむいてないぞ!

2018-07-06

たんしお(*^^)v

@ark_3031

 

 

なあ #nhk よ。お宅の番組で散々「地下神殿だ〜〜」って首都圏外郭放水路放送してた時になんで西日本の全ての町に必要だと放送しなかったんだ?作為でしょ? #nhk

2018-07-02

捕食者について

捕食者について、初めて読んだのはずいぶん前のことだ。十数年になるか。当時はへぇ面白いなとは思ったが、そのまま流した。まともに受け取らなかった。SFチックな話だといった程度の受け止め方だった。

そしてそれなりにいい歳となった今、改めてカスタネダ無限本質」を読み返してみると、今もなお私の心に響いてくる何かがある。突拍子もないフィクションだとは流せずにいる自分がいる。

  • 人の心には二種類がある。本当の心と捕食者の心。
  • 捕食者の心は苦悩と葛藤をもたらす。それが目的だ。苦悩と葛藤から人間は良質の感情エネルギーを生み出す。
  • 人を無意味行為に駆り立てる。およそ実現不可能な望みを人に抱かせ、それに向けて人は努力を重ねるがそれは結果に結びつかず、徒労となって終わる。人は絶望を感じて終わる。

今これを書いていて思ったのだが、成功者のいないマネーゲームシャインフェルド)を思い起こさせる。

ドン ミゲル ルイスロバート モンロー、EOも同様のことを書いているのだという。

ロバート モンローはヘミシンクを用いて「見た」のだろう。

捕食者という概念は多くあるものではない。

これを認識することが捕食者から脱するための大きな一歩だというのはたしかのその通りだ。

もしこれが本当のことなのだとしたら、私はすさまじいことを教わったことになる。たとえフィクションでも実際に私の人生に大きな影響を与えたことに変わりはないというReviewerがいたが、全くその通りだ。

2018-05-03

https://anond.hatelabo.jp/20180503003514

俺もアル中寸前の発達障害から、正直あの言い方にはムッとするところはある

でも、日本社会では大多数がうつアル中も甘え、低所得なのは努力が足りない、全部自己責任

という考え方の人が大半だから

ひょっとすると、ああいう言い方をすることで、グループとしてきっちりケジメをつけていますという姿勢を示して、

世間攻撃から守ってあげるために言ってあげてるのかもな。とも思う

甘さが見える対応をすると、周りが甘やかすから精神がたるむんだ。という意見を招く可能性もある

そうなるよりは世間向けの発表では厳しいことを言っておいて、

裏であれこれサポートしてあげるのが一番本人にも周りにも良いのかもしれない

まあ、そういう作為一切なしにキツいだけかもしれんが

2018-04-14

俺も数年前に何度か女性向けAV布教増田を書いたけど

女性向けAVの何がいいかって、プレーンなとこだと思う。

あいう風に落ち着いたトーンで普通にセックスしてるだけでいいんだよ。

しろ男性向けAVがノイズ多過ぎだと思う。

うるせーし、おちつかねーし、過剰にきたねーし、なんなの?

製作スタッフ無能さを強く感じる。

受けを狙うに当たって香辛料振りまくる(表層的な刺激を強くする)ことしか出来ないような感性貧困


「もうお前らの作為とかクリエティティかいらねーから

 及第点容姿出演者2人連れてきて普通にベッドでセックスさせて

 それを横から落ち着いたアングルで撮っててくれたらそれでいいから」

っていいたくなる。

男性向けAVにはなにも期待しなくなった。


ていうかAVなんてかなりの部分出演者能力に頼るのが正道だと思う。

男性向けAVは見えない製作スタッフがうるせーなーって前から感じてた。

同じ女優作品でもあまりにも評価が乱高下するのだって製作側の味付けがうるさ過ぎる証拠でしょ。

あと男優にまともに注意払わないのも不可解だし。

女性向けAVは女優男優とも同じぐらいに注意が払われてるとこがいい。

男性向けは女優だけのインタビューシーンだけど女性向けは男女そろって会話するシーンが入る。

そして女優女性からすれば同性)についても厳しい突っ込みが入る。

出演者は男女とも高い意識能力が求められてる。

汚いとかうるさいとかは論外で、もっと微妙で繊細なとこまで見られてる。


女性向けAVの良さに接するほど、

男性向けAV作ってる奴等の無能さと雑さと独り善がりさにむかついてくる。

ノイジーな企画邪魔臭いアングル、男女とも興ざめするうるさいあえぎ声、気持ち悪くて自己主張強い無能男優、それを気にしないスタッフ…。

あと全体的な感性に漂う加齢臭な。

ここから想像だけど、AV製作業界って風通し悪いんじゃないかな。

新陳代謝が活発で切磋琢磨がある業界ならこんなに淀んだ感じの加齢臭のキツいシーンになってないと思う。

女性向けAVってたぶん男性向けAVの積み重ねた文化からフリーな人(キャリア的にも感性的にも)が指揮取ったんだと思う。

それでこれだけ改善するんだからクリエティブな仕事を安泰の地位でやってるジジイが悪いんだよ結局。

anond:20180413075149

2018-04-13

anond:20180413111424

集団で幻を見ればそれが事実であるかのように語り継がれるように、あの時代日本では若貴兄弟対決あたりに壮大なドラマを感じて熱く盛り上がっていたんだよ。

一方で増田みたいなのもいたかもしれんけど、それ以上に日本中が盛り上がっていたんだ。

ハダカのデブくんずほぐれつするだけの数秒間の動画だってそんだけの魔力を込められるんだ。「作為」をすべて悪だと決めつけてはいけないよ。

anond:20180413105935

そういうのを作り出そうとする作為が一番臭くて嫌われるやつ

2018-04-11

anond:20180411182454

それ言うならからかってるのも作為だし。

フィクション現実区別をつけろで終わるな。

2018-03-23

anond:20180323091149

少し違うかなあと思う。

何がかというと、時短女性において生じていた負担を解消する作為義務元増田(ひいては会社)に課している点において。

うちが売り上げの中でけっこう大きい部分を占めていたのとか、まあ「うちは○○社さんの仕事もしてるんですよ」といえるというメリットとかそういうものがあったらしい

とある時点で、元増田のいる会社をつなぎとめておかなければならない理由はA社の側にあった。

一方で元増田会社としては

で、結局、取引先を変えた

黙って取引先を変えた

とあることからもわかるように、別にA社じゃなくてもいいんだよね。そうすると、力関係上A社は言い方は悪いけどゴキゲンを取らないといけない立場なんだよ。

それにもかかわらず時短女性による弊害放置していた時点でおかしい。

おそらく、A社側としては

前任者はどうしていたのかと思っていたが、そういうものだ、と諦めていたらしい

ということや元増田がなにも言っていないことをいいことに放置していたんだろう。

要はナメてたんだよね、元増田たちのことを。だってさ、切られなくても

どうにもA社の方では大口取引先を失い、それが時短勤務社員担当で、しかも時々電話かかってきては、不在が続いていたという状態から何らかの推測がされたらしい

なんてことは普通もっと早く気づくし、気づくべきだよ。気づいて放置しているなら意識的にナメてることになるし、気づかないなら気づかないでA社の中でのプライオリティが低いってことじゃん。

から、腹立ててたとすれば女性ではなくてA社に対してじゃないかなあ。

ここからは推測に推測を重ねる形だと思うけど、それは会社の他の人達もある程度感じ取っていたのではないか

からこそあっさり取引先も変更できた(元増田決裁権がどこまであるわからんが、単に元増田相手女性に腹を立てていたぐらいのことでは話が通らないだろうし、それこそ担当者変更などといったあなたが言っているようなことを伝えるように指導されるだろう)んじゃないかな。


こういった力関係とA社の態度を考えれば、とてもじゃないけど

元増田は今からでも菓子折もって「私の方がきちんと要求を伝えられず不満をため込み、結果契約を切ることになって申し訳なかった」とA社に詫びに行ってもいいくらいの案件

なんて必要はまったくなく、むしろ向こうからもし次があったら何卒よろしくともう一度来てもいいんじゃないか、というくらいのお話

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