「脳天気」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 脳天気とは

2021-09-24

anond:20210924222819

分かってくれるの嬉しい

そうなんだよね、検査薬とか体温測るのとか、全部女がやらなきゃいけないの。

あと生理が定期的にくるなら周期で排卵予測できるけど、生理が乱れてるといつが排卵かわかんないから、恐怖がはんぱない

一回慌てて病院に駆け込んでアフターピル貰ったこともある

もうこういう思いするの女だけ

セフレから今日うどん食べた、みたいな暢気なラインがくるとイライラする

道具なー

家族と同居だからバレたらやだな、ってのと道具って結局自分で動かすのが面倒で、とかあったけど、道具の方がやっぱり楽だよなー

そういう人体構造何だから仕方ない、って分かってるけど、セックスはとにかく女ばっかり気をつけることが多すぎて。

生でやりたがる男の脳天気ぶりとかほんま腹立つし

はーめんどくさ

2021-09-18

脳天気な奴らだな

投票率が上がれば野党が有利と考える奴ら。

2021-09-10

コロナで死にかけてる人の姿を毎日毎時テレビラジオ放送すべき

コロナで死にかけてる患者映像や音声をテレビラジオ公共広告として流すことを義務付けるべきだと思う。1番組に1回ぐらいのペースで。

患者「ゴホッゴホッ……息が、苦しいんですっ。入院させてください! ゲホッゲホッ……もう死にそうなんですっ……たすっ、たすけてっ……ヒュー……ヒュー……」

ナレーション「この保健所との電話の翌日に、患者20代飲食店アルバイト男性は自宅で亡くなっているのを友人によって発見されました。

若く基礎疾患が無かったこから優先度が低く判定され最後まで入院することな一人暮らしの自宅で療養を1週間続けた末の死でした。

皆様、新型コロナウィルス感染症を防ぐために、不要不急の外出を避け、外出時はマスクを着用し、帰宅したら手洗いうがいをして、何よりもできるだけ早くワクチンを打ちましょう。

本日都内で新型コロナによる死亡が確認されたのは以下の○○名です。20代1名自宅療養ワクチン摂取、30代2名いずれも自宅療養いずれもワクチン摂取40代4名うち3名は自宅療養1名は入院中いずれもワクチン摂取、80代2名いずれも介護施設……亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。以上、政府広報でした」

はぁちゅうが言うところの偏差値40未満の頭の悪い「普通の人」にも新型コロナ危険理解させるためにはこれくらいやらないとダメだと思う。

どんな脳天気バラエティ番組見てても運転中の気晴らしにラジオ流してても1時間に1回はコロナ患者断末魔本日コロナ死者情報が耳に入れば彼らも状況の深刻さを理解して自粛するようになるはず。

2021-07-29

どんな強権発動したって「五輪」というお祭りやってる限り無駄

お祭りに浮かれて遊び回る人間が減るわけ無い

そもそも政府や都のお偉いさんが脳天気な事やってんのに一般市民だけ緊張感を持て、なんて無理に決まってんだろ

2021-07-25

anond:20210725154022

増田はてブ民なんて基本批判屋なのにヤフコメまとめサイトのようなネトウヨ多めの場所より脳天気だと想定してたり

五輪がなんで批判されてるかも知らない振りして頑張ってる選手応援してるだけという体裁論点ずらししてるから

2021-07-20

マイナースポーツファンとしてオリンピックにずっとモヤモヤしている

モヤモヤしているので増田で書いておく。特にオチのある話ではなく、スカッと何かを断罪する感じの話でもない。

かれこれ10年ばかり、とあるマイナースポーツファンをやっている。「マイナー」とは言っても「日本においては相対的に」という話で、国や地域によっては大手新聞国営放送などでもそれなりの扱いを受ける程度には人気のあるスポーツで、結果としてオリンピックの種目にも選ばれているものだ。

オリンピック東京への招致が決まった時、正直なところ自分は嬉しかった。

もちろん招致が行われていた当時から会期中のイベント施設の扱いの問題をはじめ、会場不足や気温・環境など、問題は山程取り上げられていたから、「一般人としての自分」は五輪に対してあまり肯定的ではなかった。

しかし、「そのスポーツファン」としての自分は、「まさか自分が生きている間に日本であの競技トップ試合が見られるなんて……!」という肯定と喜びの中にあった。

大前提として、スポーツ趣味人目線から見ても、明白に政治的経済的面子的な理由ゴリ押されているようなオリンピックを、現状の感染拡大局面において肯定することは決して出来ない。

出来ないけれど、それはそれとして、自分個人趣味として、スポーツファンとしては、10年来の趣味ハイライトとして、今回大会を楽しみに思う気持ちが内心残っていることも否定できない。

この2つを天秤にかけた時は間違いなくオリンピック反対の方が重いのだけど、しか趣味思い入れにも10年の重みがある。この2つの感情の間で、ここ最近はずっと引き裂かれそうになっている。

その競技において世界活躍しているような日本出身選手は数えるほどしかおらず、国内においては大規模な大会が開かれているわけでもない。結果として地上波テレビなどで試合放送される機会もないので、普段生活の中でその競技を見られる機会は殆どないと言っていい。

そういうわけで、存在を知ることにまずハードルがあるのに加えて、国内から見ようと思うと有料放送への契約がほぼ必須になるから、そこでも更に厳しいハードルがある。

それを超えて見たとしても、競技としてはルールなどにややこしい部分が多く、映像的な派手さにも欠けるものであるため、門外漢の人が一見してすぐに「楽しそう!」と思えるかと言えば、それもNO。

このようにハードルが多いので、当然の結果として国内ではマイナースポーツの座に甘んじている。趣味の側としては「分かってくれば面白いんだ」とは主張したいところだけど。

こういう意味で、オリンピックパラリンピックは(勿論全体としては政治・経済的な色の濃いイベントではあるにせよ)この手のスポーツにとっての救済的なニュアンスを含んでいる部分がある。何しろ報道や中継が一般人の目に触れる確率が非常に高いのだ。

何と言っても今回は日本開催のオリンピックである。おそらく何らかの形での地上波放送はあるだろうし、いつもの有料放送に比べれば、目にする人の数はずっと大いに違いない。

加えて競技の内容としても、国際大会でも稀に見るようなメンツが集結しているので、そうそう見られないような緊迫した試合が展開されることも疑いない。

それを見る中で、一人でも多くこの競技存在を知り、魅力に気づいてくれたら嬉しい。長く楽しませてもらってきた趣味人として、できるならその手助けをしたい。当時自分はそう思ったし、今でも少なからずそう思っている。

競技面白みやルール、見どころに注目選手。そういう部分を語れと言われればいくらでも語れるし、そういうものをひっくるめた初見の人向けのプレゼンみたいな記事でも作るつもりだった。

さほどSNSフォロワーなどが多い方でもないけど、その中のせめて一人にでも届けば良いと思っていた。

しかし去年からのこの状況だ。ここでそんな記事を書いたり、感想などで盛り上がってみようものなら、「この競技ファンはこの状況下のオリンピック肯定する脳天気バカだ」と言われるのは目に見えている。自分自身、知らない競技で似たような事をしている人を見かけたら同じように思うかもしれない。

ただでさえ狭い界隈に、そんなダメージを与えかねない真似はできない。だからこの記事でも競技の詳細については書かないことにしているし、一部ボカすために表現を変えている部分もある。

第一、今となってはもうオリンピックに対して「勧められたから見てみようかな」なんて純朴な感覚の層は残っていないだろう。

繰り返しになるが、趣味人目線から見ても、この状況下でオリンピックを開催することを肯定することは出来ない。

一方で、選手たちがどれほどの思いでこのオリンピックに向けてトレーニングと調整を重ねてきたかもよく知っているし、開催が来年・再来年へと延期されれば、コンディションの周期や年齢などの問題でチャンスを失うような選手が居ることも分かる。

選手たちはそういう積み重ねの上でスポーツによって生計を立てている人々だし、事実として今年これまで欧州を始めとする海外において感染拡大下においても各種スポーツ大会は開催されていたから、実際にそれに出場してきた当事者である彼らが、このコロナ禍の中でのオリンピックの開催に対して能天気に映る態度を見せていることも理解はできる。

そして現実問題として、選手たちは既に日本入りを済ませてしまっている。長年テレビの向こうの存在だった選手たちが、今この国に滞在している。試合に向けて最後の調整を行っている。その事実のものが、自分にとってどうしても興奮を禁じえないものであることも確かだ。

何十年に一人と言われるような天才が、この先10年を背負うと言われている若手のホープが、怪我病気からリハビリを経て復帰した選手が、現役生活の後半を飾る実績を東京で残したいと語るベテランが、そして日本競技シーンを支えてきた僅かな、しかし逞しい日本選手が、今日本に集っていて、日本で戦う。

その興奮と喜びは、盛り上がりは、コロナ流行と、何よりも政府IOC/JOC稚拙な振る舞いによってすっかり毀損されてしまったけれど、それでも自分の中に少なからず熱を残している。いっそこれですっかり嫌になって見ずに済ませるぐらいの熱量であったなら諦めがついて良かったのに。

今となっては、とにかくせめて悪い注目の的にならないよう何もトラブルなく粛々と完了することを望んでいる。自分としては誰にも言わずどこにも書かず、自宅からそのスポーツ試合だけを静かに見届けたい。

anond:20210720032456

それは、スタンド・バイ・ミーメガネに向かっててめえの父親クズで母は売女だ、みたいな罵倒を浴びせた男がいて、それも後のセピア色の思い出に変わる、みたいなことなんだろうが、話の見せ方と分かっていても、許容できない層がどうしてもいるんだよ。この話は先日のルックバックの統失の話とも関係はあるけど、あっちは明示はされてない。明示された差別表現を美化して語るってことは難しい。とんねるずにいじられていた定岡正二が例えば裏では別に仲が悪くないとか、電気グルーブでいじられていたまりんと石野らの関係性が別にわだかまりがないとしても、なんとなく良い気分にならない。力関係が完全に見えてきて嫌な気分になる。

こういう関係は割とちょいワルな連中に結構多く、ボス気取りのやつに子分みたいな友達が群がるという構図が現実にもよく見られた。それはもうまったく友達という概念ではなく、友達だとうっすら思ってるのは脳天気ボスだけという構図だった。大体の配下は顔色を伺ってて、傍から見てもプレッシャーを感じる力関係がそこにあった。セピア色になるのは立場が上のやつだけで、虐げられたものの色合いがセピアになることはない。思い出す度に灰色になるだけだ。

2021-07-04

妹と己へ

おれには2歳年下の妹がいる。

親元を離れても同じ屋根の下に暮らし休みは一緒に過ごして、毎日のように2人で酒を飲んでた時期もあった。人生で最も酌み交わしたのはこいつだと思う。

妹が彼氏喧嘩して、2人で海に行こうとしたけどハイヒールを履いていたから速攻で辞めて、近くのショッピングモール爆買いした。深夜にどうしてもラーメンが食べたくなって、汚いスウェット姿のまま2人で電車に乗って特盛のラーメンを無理やり食べた。片方の帰りが遅くなると、駅前立ち飲み居酒屋で待ち合わせしておじさんにまみれながらホッピーを飲んで厚揚げを食べた。

住処を別にしても毎日連絡を取り合っているし、寂しい時は電話をする。2週間に1回くらい、面白そうな居酒屋を探しては2人で飲みに行く。妹の彼氏と3人で遊びに行くこともあれば、おれの同級生に混じって妹が酒を飲んでることもよくある。

1番心許せる同性は間違いなく妹だ。

おれは小さい頃は神童と呼ばれるタイプ人間だった。3歳で入会した塾では、退会するまで毎年全国的表彰を受けていたし、学校で行われる統一テストもいつだって全国トップだった。運動も人並み以上にはできたし、男女問わず友達も多く支持してくれる人もたくさんいた。いわゆるカースト上位だった。

反面、妹は臆病で脳天気人間だった。絵を描くことが好きで、宿題をするフリをしてはスケッチブックにずっと絵を描いていたのをおれは知っている。勉強は人並みかそれ以下の出来で、気の強い女友達香り付きのペンを盗まれて泣いていた。そんな子供だった。

親がよく、成績のことでおれと妹を比較していた。親だけじゃなく色んな人から妹がそういう扱いを受けていたこともなんとなく知っていた。姉であるおれはそれが当たり前ですと言わんばかりの態度をとりながらも褒められることに喜びを感じていたし、のほほんとした顔で受け流す妹を少しだけライバル視していた。

でもおれはまっすぐ人生を進めなかった。

親を何度も泣かせた。何度も怒鳴らせた。最終的には腫れ物のような扱いをさせてしまうまで落ちぶれた。

ちょうど反抗期だった妹は、そんな状態の親に迷惑をかけられないからと手のかからない子になった。おれが地元中学で失敗したから、と行きたくもない私立中学受験して、友達と離れて毎日往復3時間電車通学に耐えて通った。

姉みたいになりたくない、と強く思っていたんだろう。

この頃は妹と過ごした記憶ほとんどない。(というかおれの記憶ほとんどない。)

やっとおれが人生を取り戻した頃、少しずつ妹との関係も良くなっていった。妹も大学に進学した頃、今のような関係になった。

つのまにか妹は社交的で都会的な1人の女性になっていた。誰かが喜ぶことが嬉しくて、バイトをしたお金何の変哲もない日にプレゼントをしちゃうような心の優しさは昔から変わっていない。

おれの中にはいつまでも妹を守ってあげなければいけない存在だと思う節がある。

小さい頃に昼寝から目が覚めた時、妹が黒目がちな目をこちらに向けていたのをずっと覚えている。自分も幼いながら、この小さな生き物を守らなければいけないと思ったのを覚えている。

おばあちゃんの家に1人で行った時、ファインディングニモ映画を見に行った。後に妹がメモに「○○(おれ)、ニモ見てずるい🐟」と書いていて、なんてかわいそうなことをしたんだろう、今度おれがどこかへ連れていってあげようと思ったことも今も心の中にある。

妹はおれの中ではずっと妹で、バカでも、ちょっと食べすぎて太ってても、それが妹らしくて、「妹」という存在完璧にこなしている。

反対に今のおれはどうだ?

姉としての役目、妹から尊敬されるような生き方、真似したくなるようなお姉ちゃん、どれ1つとして達成できていない。今はもう彼女は1人の人間として女性としておれよりもはるかに自立していて、おれにできることは何も無いようにさえ見える。長く付き合っている彼氏もいるし友達も多く、おれが助ける隙は無いのではないか

別に慕って欲しいわけじゃない、姉としての認めて欲しいわけでもない。ただ、妹としての役目をしっかりと果たしている彼女に対して申し訳ないと思う気持ちでいっぱいなだけだ。

いつかまた姉としての役目をおれが達成できる日が来るといい、おれが妹を「妹」の役目を果たしている人間だと思うように、妹がおれのことを「姉」としての役目を果たしている人間だと思ってくれる日がくるといい。

妹と己へ

おれには2歳年下の妹がいる。

親元を離れても同じ屋根の下に暮らし休みは一緒に過ごして、毎日のように2人で酒を飲んでた時期もあった。人生で最も酌み交わしたのはこいつだと思う。

妹が彼氏喧嘩して、2人で海に行こうとしたけどハイヒールを履いていたから速攻で辞めて、近くのショッピングモール爆買いした。深夜にどうしてもラーメンが食べたくなって、汚いスウェット姿のまま2人で電車に乗って特盛のラーメンを無理やり食べた。片方の帰りが遅くなると、駅前立ち飲み居酒屋で待ち合わせしておじさんにまみれながらホッピーを飲んで厚揚げを食べた。

住処を別にしても毎日連絡を取り合っているし、寂しい時は電話をする。2週間に1回くらい、面白そうな居酒屋を探しては2人で飲みに行く。妹の彼氏と3人で遊びに行くこともあれば、おれの同級生に混じって妹が酒を飲んでることもよくある。

1番心許せる同性は間違いなく妹だ。

おれは小さい頃は神童と呼ばれるタイプ人間だった。3歳で入会した塾では、退会するまで毎年全国的表彰を受けていたし、学校で行われる統一テストもいつだって全国トップだった。運動も人並み以上にはできたし、男女問わず友達も多く支持してくれる人もたくさんいた。いわゆるカースト上位だった。

反面、妹は臆病で脳天気人間だった。絵を描くことが好きで、宿題をするフリをしてはスケッチブックにずっと絵を描いていたのをおれは知っている。勉強は人並みかそれ以下の出来で、気の強い女友達香り付きのペンを盗まれて泣いていた。そんな子供だった。

親がよく、成績のことでおれと妹を比較していた。親だけじゃなく色んな人から妹がそういう扱いを受けていたこともなんとなく知っていた。姉であるおれはそれが当たり前ですと言わんばかりの態度をとりながらも褒められることに喜びを感じていたし、のほほんとした顔で受け流す妹を少しだけライバル視していた。

でもおれはまっすぐ人生を進めなかった。

親を何度も泣かせた。何度も怒鳴らせた。最終的には腫れ物のような扱いをさせてしまうまで落ちぶれた。

ちょうど反抗期だった妹は、そんな状態の親に迷惑をかけられないからと手のかからない子になった。おれが地元中学で失敗したから、と行きたくもない私立中学受験して、友達と離れて毎日往復3時間電車通学に耐えて通った。

姉みたいになりたくない、と強く思っていたんだろう。

この頃は妹と過ごした記憶ほとんどない。(というかおれの記憶ほとんどない。)

やっとおれが人生を取り戻した頃、少しずつ妹との関係も良くなっていった。妹も大学に進学した頃、今のような関係になった。

つのまにか妹は社交的で都会的な1人の女性になっていた。誰かが喜ぶことが嬉しくて、バイトをしたお金何の変哲もない日にプレゼントをしちゃうような心の優しさは昔から変わっていない。

おれの中にはいつまでも妹を守ってあげなければいけない存在だと思う節がある。

小さい頃に昼寝から目が覚めた時、妹が黒目がちな目をこちらに向けていたのをずっと覚えている。自分も幼いながら、この小さな生き物を守らなければいけないと思ったのを覚えている。

おばあちゃんの家に1人で行った時、ファインディングニモ映画を見に行った。後に妹がメモに「○○(おれ)、ニモ見てずるい🐟」と書いていて、なんてかわいそうなことをしたんだろう、今度おれがどこかへ連れていってあげようと思ったことも今も心の中にある。

妹はおれの中ではずっと妹で、バカでも、ちょっと食べすぎて太ってても、それが妹らしくて、「妹」という存在完璧にこなしている。

反対に今のおれはどうだ?

姉としての役目、妹から尊敬されるような生き方、真似したくなるようなお姉ちゃん、どれ1つとして達成できていない。今はもう彼女は1人の人間として女性としておれよりもはるかに自立していて、おれにできることは何も無いようにさえ見える。長く付き合っている彼氏もいるし友達も多く、おれが助ける隙は無いのではないか

別に慕って欲しいわけじゃない、姉としての認めて欲しいわけでもない。ただ、妹としての役目をしっかりと果たしている彼女に対して申し訳ないと思う気持ちでいっぱいなだけだ。

いつかまた姉としての役目をおれが達成できる日が来るといい、おれが妹を「妹」の役目を果たしている人間だと思うように、妹がおれのことを「姉」としての役目を果たしている人間だと思ってくれる日がくるといい。

2021-06-11

うつ病って脳天気で贅沢な病気だよなーって

俺は長らくうつ病になっていた。

そんな時、友人に若くしてガンが発覚した。

俺はそん時思ったんよね。なんて俺は脳天気なんだと。やれ自己肯定感だの職場人間関係だの、ちっせー事で死ぬ死ぬいかレベルで悩んでる(笑)自分がアホの極みに思えたよね。もう恥ずかしいレベル精神が幼稚。

目が醒めた気分だった

彼氏欲しい」「結婚したい」はともかく「子供欲しい」はガチ

妊活不妊治療も、もうしてるかもしれない。あるいはできない理由があるのかもしれない。

「できるといいね〜」って脳天気に返すのもためらわれるんだよね。

どうしたもんか。

2021-04-25

尊属殺規定もなくなって久しいのに子供に刺される心配してないって脳天気だよなァ

2021-04-05

anond:20210405081048

要素のひとつが「守銭奴」だから

ちなみにサヨは「青天井(ガバガバ脳天気)」だからな!

2021-02-05

anond:20210205031050

かにまるで脳天気な奴がマジョリティだとは思う

面倒くさいか理解してやろうとする必要はないバカはどこまで行ってもバカ

とにかくお疲れ

あなたとご家族にできるだけ多くの幸せがありますように

2021-01-31

企業にお褒めの言葉を送る方って神かなんかなの?

自分はBtoCの仕事をしていて、接客にもそれなりに関わる職種なんだか、いわゆるお客様のご意見会社ホームページから送れるようになっている。

大抵の意見は難癖に片足を突っ込んだようなクレームが中心でまあ対応もそこそこに流したり注意するように周知程度で済ますんだが、たまにそのご意見フォームを使って接客が良かった等のお褒めの言葉を頂くことがある。

そうなると職場長がみんなの前で褒めてくれ、皆で拍手をして……という感じで結構な騒ぎになるしかなりモチベーションが上がる。

そんなだから自分もっといいご意見貰えたら良いのになーとか脳天気なこと考えていたんだけど、この間職場で「わざわざ会社のご意見欄で褒めてくれるなんて凄くいい人に間違いないよなー」って話になったのでふと自社のご意見フォーム確認したんだ。

「誠にありがとうございます!お問い合わせはこちら!よくある質問こちら!注意事項をよくお読みください!個人情報の取り扱いには同意いただけましたか?ならば下のボタンを押してね!じゃあ内容ですね!返答はいますか?姓は?読みは?名は?読みは?性別は?住所は?メアドは?ご年代は?我社の商品はどこで?どう使ってます?あっご意見の内容聞きますねー」


いやいやいやいや

わかる、わかるよ?

意見だもんな、クレームの方が多いって想定で注意事項とか色々堅苦しく書くのはわかる

書きすぎて本当は意見来ないでほしいオーラバリバリなんですけど!?

これを乗り越えてお褒めの言葉くれるお客さんまじでなんなの神様なの聖人なの!?

神様ありがとう!!! いつも元気を貰ってます!!!


みんなもっと軽率に褒めてね!むっちゃ嬉しいから!

しかクレームならこの注意事項と質問の嵐を軽々越えてくるのが笑えるというかないというか…

2021-01-11

anond:20210111200816

感染して発症してもなお「新コロはただの風邪」を貫くやつってどんだけいるんだろうね?

感染してないか感染しても無症状だから、そんな脳天気なこと言ってられるんだろ

anond:20210110161507

人を生んで育てるなんてとんでもなく大変なことなので、本来はこの嫁みたいになるのが普通というかまともというか理知的感覚だと思う。おめでとうありがとう!とか言って脳天気に楽しみにしてる方がおかしいし、身も蓋もなく言うと頭が悪いと思う。人間バカにならないと生きたり生んだりできないということかもしれない。

2020-09-24

anond:20200924124805

ちゃうねんちゃうねん、

ヒネクレ嫌味ババアにヒネクレ嫌味ジジイが絡んでギャンギャンやっとるのを、脳天気でヒマなオッサンオバハンが茶々いれて暇潰ししとるだけやで?

2020-08-17

anond:20200816105223

女性」という主語で語ることの傲慢さ、という感想しかない。「私は男の体になったら面白がって男湯に行くなあ」などという脳天気発言からは、自分性自認人生集団の中で禁忌とされ揺らされ続ける恐ろしさについての想像力が全く及んでいない。つまり増田が下敷きにする意見は「性自認が揺れたことのない人(強者女性)」の意見であって、それは原理的に「性自認の揺れを経験した人(たとえばトランスジェンダー)」と対立する意見だ。それを「全女性」の意見のごとく語るのは不遜であり、率直に「ヘテロセクシュアルで、生まれてこの方自己ジェンダーと性に引き裂かれる経験を全くしたことのないマジョリティ強者」の意見だな、という感想しかない。それが「傲慢だ」ということの意味だ。

そのような強者の振る舞いは、たとえ「女性歴史的にずっと被害者であった」というフェミニズム史観を背景にしたところで、というより、むしろそれを背景とするからこそ、決して許されるものではない。間違いなくトランスジェンダーの人々こそ、「歴史的にずっとマイノリティであり、未だにその存在すら認知されないほどに、被害者のものである」のだから

2020-07-18

自殺に関するお気持ちポエム

もしあなたの知っている誰かが亡くなって、その悲しみを周りと分かち合えないという状況だった時、これを読んで少しでも「同じ気持ちの人がいるんだな」と思ってもらえたらいいと思う。

知っている人の訃報を聞くと、ふつう悲しくなる。知らない人の訃報は、「へー」で終わってしまうこともある。

その人のことを知っていてもよく知らなくても、自殺の報は気分が沈む。それも普通とは少し違う風に。

有名人自殺を通して、私は過去の夏に自殺した友人を見ている。

いや、自殺かは分からない。かの有名人だって本当に自殺かは分からない。誰も死に目を見ていないのだからしかし、状況から見て自殺しか思えない。

そうなると、心は混乱する。重い悩みを抱えていたんだろう、どうして気づけなかったのか、と思う一方で、もしかしたら突然の心臓麻痺かもしれない、ひょっとすると自殺に見せかけた殺人かもしれない、などと突拍子もないことを思いついてしまう。そんなはずがなくても、その人が死を選ぶ程の悩みを抱えていたということや、自分や周りがそれに気づけなかったということを否定したくなる。

後を追うことは考えなかった。もし私が死んだら、私の友人は今の私と同じ気持ちになるのかと思うと、できなかった。

もし身近な人や好きな有名人が亡くなって、少しでも後追いを考えてしまっている人がいるなら、絶対にやめてほしい。

亡くなった人は、それを望んでいない。断言する。

訳あって、私は周囲の人間より少しだけ先に友人の死を知った。そして、そのことは発表されるまで誰にも言わないようにと言われた。

これがメチャクチャきつかった。周囲の人は、突然姿を表さなくなった友人について様々な噂話をする。死んだ?死んでない?何が原因?病気いじめ

半笑いでそんなことを話す奴はもちろん許せない、ぶっ飛ばしてやりたいが、真剣な顔で話している人もとにかく嫌だった。友人とろくに話したこともないくせに、何も知らないくせにと思っていた。でも、友人のことを何も分かっていなかったのは私も同じなのだ。だから友人は死んだ。誰にも言わずに一人で死んだ。私は不安気持ちが拭えず、様々な不確かな憶測をめぐらせた。そいつの悩みは私が思いつくそのどれでもないかもしれないのに。所詮噂話をする無関係の奴らと一緒だった。葬式にも行けなかった。

今ならこう思う。友人のことを知らない人は、知らないなりに不安だったのだ。そして私ももちろん不安だった。大切な人が亡くなったときの状況や、心情を知りたいと思うのは自然感情だ。だからそのことについて色々考えてしまうし、ネット自殺者の心情や方法なんかについて調べてしまう。だがそういう情報に触れすぎると心は疲弊する。一種自傷だ。だからそういうときは、テレビネットに触れず、美味しいご飯食べて、風呂入って、好きな音楽聴きながら寝よう。

あの人はあんなに苦しんだのにそんな脳天気生活してていいのか、とかそんなの考える必要は全くない。私のあの行動も自殺に追い込む一因になってしまったのではないか、とかも考えなくていい。メンタルが参っている時は、とにかく自分に優しくしろ。何も我慢するな。色々考えるのは落ち着いてからでいい。

自分がその人の死を止めれたんじゃないかとか、考えなくていい。あなたはその友人に冷たく接しただろうか?暴力をふるっただろうか?心無い言葉を浴びせただろうか?心当たりがないなら、それはあなたのせいじゃない。あなたの知らないところで、もしかしたらその人は苦しんでいたかもしれないが、それに気づけなかったのはただ運が悪かったのだ。だって気づいていたのならば、実際にはできなかったとしてもあなたはなにか行動しようとしていただろう。だからその人の死を悲しんでいるんだろう。

なんとも沈んだ気持ちとき、静かな自分の部屋に一人でいると、今なら死ねそう、と頭に浮かんでしまうのだ。

鬱だ、死にたい……ではなく、なんとなく軽い気持ちで、あ、今なんか苦しまずに死ねる気がする、と思ってしまう。

そういう思考に変な思い切りの良さが加わると、人は息をするのをやめてしまう。

個人的意見だが、人生ギャンブルのようなものだと思う。負けていてもずっと続けていればいつかは勝てるかもしれないし、今のツキが良いならその後の負けを恐れて降りたくなるかもしれない。この先アタリがくるかもわからない低迷の中にいて、私の友人は勝負を降りてしまった。

友人が亡くなった直後でも、1週間後でも、1ヶ月後でも、1年後でも、その後も、なんやかんやで世界は回るし、友人に影響を受けたはずの私も普通生活できてしまうのだ。大切な人が死んでも、意外と生きていける。その事がショックだ。

ただ、私は友人の年齢を追い越してしまったし、友人は今伝染病世界ものすごいことになっていることも、オリンピックが延期になったことも知らないんだなあと思う。

人が死ぬと、その人は異常に美化されるようになる。

しかに素晴らしい人だった、だったけど、より美化されるようになる。みんな、あんなにいい人だったのにと急に言い始める。それを見ていると、なんだか死んでからじゃないと周囲から褒めてもらえないんじゃないかという気になる。

あちこちとっちらかった文だけど、要するに私は誰にも死んでほしくない。自殺は何も解決しない。苦しみから解き放たれるかもしれないが、それは楽になるということじゃない。ただ遺された人が本物のその人を忘れ、過度に美化された幻影を崇拝し続けるだけだ。死んだ方も、死なれた方も、得はしないと思う。

幻影でもその人のことを思い起こすことが無意味であるとは言わない。ただ、できるならみんな、生きているその人を見ていたかっただろうと思う。

繰り返す。なにも、あなたのせいじゃない。

死にたいと思ってしまうことも、あの人が死んだことも。

2020-07-14

そうだな、どこから話そうか。

一つ一つのピースは、ごくごく小さな事だったんだ。

それ単体には、不幸も幸福ももたらす力なんてありはしない。

ありふれた人生の一部分ってやつさ。

ただそれぞれが複雑に絡み合い、事態は進展していく。

いや、正確には進展しない。届きさえしない。

絵に書いたようなハッピーエンドであれ、

救いのないバッドエンドであれ、

物語には山場があって、オチがある。

そう信じていただろう?

だが、ラストほんの3秒までなんの問題もなかったこストーリーは、

突然にその悲劇的な幕切れを俺に予感させた。

もう家にの中にいるか問題ないって?

そう思うのは脳天気アメリカ人か、でなければ育ちのいいお坊ちゃまだ。

しろ家の中に入った瞬間、始まったのさ。

3秒は3時間にも感じられ、わずか数メートルフルマラソン42.195kmのように感じられる。

時間は逆行し、空間は歪む。

そして物語は突然に終わりを告げる。

俺は自宅でうんこを漏らした。

2020-04-19

人生自己責任

コロナ解雇された? 自己責任です

コロナ差別された? 自己責任です

コロナ自殺したの? 自己責任です

コロナ感染した奴は逮捕して殺処分するべきだ

これ以上の感染拡大は死んでも防がなけれなならない

脳天気国民ゴールデンウィーク中に絶対に出かけるだろう

感染拡大は免れないので見せしめ渋谷のど真ん中にでも感染者を火炙りにでもしてやればいい

2020-04-10

西村康稔新型コロナ対策担当大臣赤坂自民

実際は兵庫県に限っても7日朝まで断続的に大雨となった。

自分赤坂自民亭や宴会ツイートのものよりも(*5)、5日23:45の「山を越えた」ツイート問題があると思う。これは大雨のタイミング宴会を開いてしまったための言い訳ツイートと思われるが、保身のために事実を捻じ曲げ(しか事実誤認については秘書責任転嫁しつつ)地元住民危険晒しかねない極めて悪質な言動だった。

1. https://www.jma.go.jp/jma/press/1807/05b/2018070514.html

2. https://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/nishy03/status/1014857016441954305

3. https://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/nishy03/status/1014883044308615169

4. https://www.mod.go.jp/j/press/news/2018/07/06d.html

5. 最大限擁護すると、5日22:02の時点であのように脳天気ツイートをしてしまったのは、出席してくださった安倍首相おべっかを使いたいため必要以上にのぼせ上がってしまったのだと思われる。実際一年後の2019年9月内閣改造において西村氏は見事経済再生担当大臣に抜擢されている。

(余談:西村氏はかつて「命を守る防災危機管理 その瞬間、生死を分けるもの」なる著書を出版している。)

https://presidentstore.jp/category/BOOKS/002116.html

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん