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はてなキーワード: ネグリとは

2019-06-14

ワンピース

まだこんだけあるんだよななぞが

Dの一族

黒ひげの異形

ワンピース

ラフテル

神の名を持つ兵器

空白の100年とポーネグリ

イム様

2019-04-23

ワンピース最終回はこれでいいよな

ワンピース最終回

空白の100年以前、世界平和だった。

その一躍を担っていたのがとある王国(Dの王国コブラが言っていた王国

しか

し、ある海賊組織がその王国に戦いを仕掛けた(または戦争が起こった) 。

この時、争いを好まないDの王国は島を守るため「プルトン(総称)」を作った。

これは兵器ではなく、「人工的に海流を生み出す機械」であり、「堀」の様な役割をした。

プルトン、ポセイドン、は単品ではなく、それぞれ合わせてはじめて効果が出るもの

ポセイドンは海底に、プルトンは海上に、といった具合で設置し海流を起こす)

これは地上から見ると浮き島の様に見える為「ラフテル(浮き木)」と呼ばれた

これによって、海賊相手国)は近づけなかったが、結局王国は敗北する。

そして、勝利した海賊相手国)は侵略事実を隠すため、

滅びた王国へ誰も近づけ無いようにラフテルを強力に設定した。

これによりラフテルを中心に強力な海流(グランドライン)が生まれ世界の海は4つに別れた。

同時に、海賊達(相手国)はそれを境に「世界政府」を名乗り、海賊達は「海軍」となった。

しかし、王国にも生き残りがいた。

彼らは世界に散り、残った知恵と、歴史事実世界分散させた。

これが各地に残るポーネグリフ(海賊の事や、プルトンについて書いてある。)である

侵略歴史の発覚を恐れた世界政府正義の名の下に、生き残りを根絶やしにするため

海軍」を全世界配備世界監視していた。

しかし、ある時G・Dロジャー(Dの子孫)がグランドラインの果てで失われた王国の残骸(もしくは動き続けるラフテル)を発見してしまう。

政府はG・Dロジャー処刑し、七武海を結成させ、以降海賊達をも監視することになる。

政府は、ラフテルを使い海流を元に戻すと全てが明るみになる事を恐れている。

そして、ロジャーの言っていた財宝「この世の全て」とはラフテルを止めて

グランドラインを無くし、世界の海をひとつに戻すこと。

これこそ「ONE-PIECEオールブルー)」世界の財宝だ。海はこの世の全てを生み出すから



昔に流行ったやつで、だれが書いたのかもしらないけども

これ以上の最終回というか落ちのつけかたある?

2017-05-05

[] ブリガデイロ

ブリガデイロ(ポルトガル語: Brigadeiro、ポルトガル語准将(但し、ブラジル空軍では少将)を意味する。

ブラジル南部の一部地域ではネグリーニョ - negrinhoとも呼ばれることがある)はブラジルボンボン・ショコラである

  

ブリガデイロは1940年代頃に創作された菓子であり、菓子名はエドゥアルドゴメス空軍少将の頭部の形がトリュフチョコレート

連想させたことにあやかって名付けられている。ブリガデイロはブラジルポルトガルでは非常に人気のある菓子であり、

通常誕生日パーティーで供されるほか、デザートとしても一般的に食されている。

  

ブリガデイロは甘いコンデンスミルクココアパウダーを混ぜ込んで作る。混ぜ込んだ後、滑らかでいて粘りのある食感になるまで、

コンロの上においた鍋で加熱する。

加熱した後少し冷まし、バターを塗った手で球状に丸め、上部からチョコスプレーをまぶして完成させる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%AD

2016-06-26

現代思想社会学って何の役に立つの

無理してネグリブルデューの本を読んでたあの日々は無駄だったの

2013-03-02

[] 工作員丸出しのブログ



211 ソーゾー君 [] 2013/01/06(日) 23:20:09 ID:whleZ7hA Be:


http://alisonn.blog106.fc2.com/blog-entry-378.html#comment_top

アメリカ中国ロシア韓国北朝鮮イラクとか、全部同じ勢力が仕切っているわけで、

ネグリが主張するとおり、支配は一元化されているのだと思いますよ。

↑このブログ主のあからさまなロックロス対立論ベースコメント質問もしたw

欧州はどの勢力が仕切ってるんですか?



ロシアは中銀と市銀と地下資源殆ど国有化国益派のプーチンが主導権を握ってますよ?

中国共産党国益派と香港華僑売国派が争っている状態で支配できてませんよ?

北朝鮮は昔は孤立していて利害関係の一致で手を結んでいましたがロシアプーチン派が

ロシアの主導権を握ってからコントロール不能ですよ?


イラクではなくイランですよね?アフマデネジャトはイスラエルと争わないように舵取りしてますよ?

イスラエルを敵視させようとイスラム教徒を煽っているのは最高指導者ハメネイ

穏健派のアフマデネジャトはハメネイに批判されていますよ?

↑こんな書き込みをしたら即削除・・陰謀論者は中身スカスカから困るよねーw




























中央銀行・発行権】黒幕銀行家2【信用創造

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/10043/1353851390/l50

2011-02-21

とあるゼミ論文注意:(再整理)

※あくまで「とあるゼミ」について。 他は存じあげません。 教えて下さい。 お願いします

とりあえず、伝えたいことを要点としてまとめる。

研究テーマを決めたあとで調査結果からテーマの全てを導こうとすると痛い目をみる ― 『疑問に思う→考察→調査→考察』 の流れについて
研究テーマに「娯楽コンテンツ」は意外と難易度が高い ― 考察のしがいがある

 ものすごく簡単に論文について

論文とは「問い」である。(率直な疑問をテーマにしてこそ良い論文になりやすい。)

論文には以下の構成がある。※この日記は序論の「問題」と「研究目的」に対する考察(PLAN)でしかない。

序論

問題と研究目的研究方法の提示、用語の定義を述べる必要がある。

本論

研究結果とその考察研究限界問題点を述べる必要がある。

参考文献

引用文献だけではなく、使えそうで読んだ(参考にした)本を述べる。

 研究テーマについて

※ここでは、自由に論文テーマを決められるとする。

近年、娯楽コンテンツテーマにする流れがとあるゼミ内であったようなので、注意点を述べる。

自分で決められるからといって「好きなのでテーマにしてみました。」程度では[ぬるい]。

これは、社会的背景に迫らなければ動機以上に有意義なテーマにならない、ということである

疑問に思う(QUESTION)→「考察(PLAN)」→調査(DO)→考察(CHECK)→発表(PRESENTATION)の流れでは「PLAN」に該当するプロセスで基本だが、大抵の大学生多忙を理由にして調査への過度な期待をして失敗を繰り返しているという意味で最重要プロセスでもあると考える。

失敗の例として具体的には「自分研究がなにをいいたいのかがわからなくなる。」といったものがある。

 そこで、対策として社会的背景へ迫るPLANの例として娯楽に対する考察を以下に提示する。

・娯楽コンテンツは虚構的である。つまり、それ自身に本質的価値はない。

そもそも、娯楽の意義を知らなければならない。無論、娯楽はストレス(抑圧)発散のためにある。

社会的ストレスとは労働といった規範に関連するもの。学生学業社会的ストレスになる。

池田信夫マルクス引用によると

知識の外部性最初に指摘したのはマルクスだった、といえば牽強付会に聞こえるかもしれないが、彼は労働についての断章と呼ばれる『資本論』の草稿(経済学批判要綱)で次のように書いている

自然機械をつくらない。それは人間頭脳や手の生み出した器官であり、知識の力が対象化されたものだ。固定資本の発展は、社会的知識がどれほど生産の直接的な手段になり、社会的な生活の条件がどれほど一般的知性によってコントロールされて生産適応しているかを示している。

これはネグリハートが『帝国』で、マルクスが「非物質労働」を視野に収めていたことを示す証拠として引用した文章だ。これに続く部分で、マルクス社会的知性が科学技術による生産の条件だとものべている。そしておもしろいことに、こうした社会的知性は生産だけではなく消費によっても生まれると説いている

池田信夫 blog : マルクスソーシャルメディア - ライブドアブログhttp://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51671941.html

知識の外部性社会的知性、一般的知性 というものがあることがわかる。

おそらく書籍を読解していく上で【知性やイデオロギー】等の違う言い回しで多くの似た概念に出くわすと思う。※注意は必要だが、以降は「規範」として解説する。

私たちは幼少より社会的規範市場的な規範を様々なものを通して学ぶ。

娯楽も例外ではない。例えば、女の子はおままごとを通して家庭の内部規範を、男の子ロボットヒーローおもちゃで外部規範を学んでいく。

娯楽コンテンツとは労働社会規範)によるストレスを消費(市場規範)で発散するモノであるといえる。また、娯楽をする条件が労働によるストレスならば、娯楽自体には焦点がなく、娯楽がストレス発散することにしか効用(と消費者の動機)を持たない虚構であることがわかる。

ここから、「娯楽コンテンツは虚構的である。つまり、それ自身に本質的価値はない。」ということがはっきりわかった。

また、労働に関連として以下を引用する

実をいうと、「エンプロイー(従業員)」という概念近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。強い意思を持つ人間従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業社会職場が求めるものを満たすために、人間の習慣や価値観を徹底的につくり変える必要があった。

  • 生産物はなくて時間を売ること-仕事のペースを時計に合わせること-定められた間隔で食事をし、睡眠をとること-同じ単純作業を一日中再現なく繰り返すこと

これらのどれ一つとして人間自然本能はなかった(もちろん、今でもそうではない)。したがって「従業員」という概念が—また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ—永遠真実という揺るぎないものに根ざしていると思いこむのは危険である

経営未来」に従業員の未来を見る - アンカテhttp://d.hatena.ne.jp/essa/20080310/p1

「従業員」という一見当たり前の概念についても長い歴史で観ればつい最近確立された規範であり、社会問題を伴う。

つまり、「娯楽という概念」にも労働を代表する外部の概念が抑圧・弊害や規範として間接的に関わってくるため、視野を広めて(ここでは労働キーワードに)考察をすることが重要ということである

(※今回は閲覧できるようにwebソースしましたが、実際はキーワードに関する書籍を読解し、参考・引用してください。)

娯楽コンテンツについて調査するならば、調査対象においての労働観(学業観)、社会観、消費観を知る必要があるだろう。

これは研究テーマの外部にある要素をキーワードにして迫る方がテーマ本質は見やすい、ということである

むしろ、引用するしないに関わらず参考文献範囲を研究テーマの外側まで広げていかなければ、根源的な問いに対する調査の切り口が見いだせない。

娯楽コンテンツ研究テーマした場合は袋小路に入ることになる。

しかし、研究テーマの外部の考察をすれば必ず研究に活きてくる。まず発表に際して学生間での質問に引けをとることはなくなる。

一見言わなくても分かると思われることも、しっかりと問題の本質、動機、仮定、構造の説明ができるかどうかは別問題ということである

なにより真剣研究することは学生として正しいし、好きなことを真剣に考えることは充足感を伴うので楽しい

2010-03-08

外国人地方選挙権について考えている

普通の人は「地方が集まって国家が出来る」と考えているのだろうが、私は逆で、「地方国家依存している」と考えている。(ウォーラーステインネグリハートにはまた異論があるのかも知れないが)

地方というのは地方独立している訳ではなくて、国家の一機関として中央との関係の中で初めて成り立つものだと考えている。国家が消滅したり、地方国家との関係を断ったりしたあかつきには、その地方地方ではなく、新しい国家になってしまう。

地方国家が完全に吸収するような中央集権と画一化は、国家だけを強化するかも知れないが、国家論理だけでは地方の問題にほとんど全く対処できなくなる。

国家地方が同時に存続するには、地方国家論理継承しつつ、地方独自の論理で動かねばならない。地方分権とはそういうことであって、国家への依存国家からの独立を常に併せ持つ概念である。独立しつつ依存もするというバランス地方存続のコツになるのだろう。(逆に国家地方論理継承しなければならないことはない。地方の独自性を国家に全部フィードバックして国家の同一性を保つことは普通は不可能だ)


法の世界では、地方国家依存していて、地方の条例は国家憲法法律・命令、あるいは国家間の条約から逸脱してはならない。


選挙はどうだろうか。国政においては国民以外の選挙権被選挙権を認めないことで、国家の人事(選挙国籍)の中で整合性を保っている。

地方は? さっき書いたように、地方であるということは国家であるということを不可避的に含むから、外国人地方選挙権を認めると、国家の人事と地方の人事の間の整合性はなくなる。それは合理的か?

合理性を追求すると、国籍を取得するか、あるいは特別永住権国籍と同等に扱うという規定が必要になるだろう。外国地方責任を負えないのだから、果たしてどのような理由で外国の人事(外国籍)が地方の人事(選挙権)を決定できるのか、という合理性を欠くのではないか。


強いて言えば、多民族国家のように、多国家地方という概念を導入するという手はある。条約によって地方両国の共同管理下に置くという手だ(アンドラ公国みたいに)。こうすれば複数の国家地方責任を負うので、複数の国家の人事が地方の人事を決定することはできなくはない。人事だけで言えば多国籍住民票は既に実現しているので、やってできないことはないはずだ。

ただ、国境問題でそうなっている地方ならともかく、そういう緊急性のない地方がそれをするためには、何か理論的なパラダイムシフトが必要になるだろう。そういう地方分権論を誰か作るとコクが出るのではないかと思うが、それはちょっと私の手に余る。他の人の意見を広く問いたい。

2009-08-06

書籍から見るゼロ年代

今年でゼロ年代が終わる.2000年が始まったときはミレニアム!と晴れ晴れしい気分であり,まさかゼロ年代なんてカタカナで時代が表されるだなんて思っても見なかった.そんなことを近頃思っていると「そういや,2000年とか2001年ってどんな本が平積みにされてたっけ?」と思ったので,簡単にまとめてみた.これは客観的な統計データのまとめではないし,選んだ本やその解説には恣意性だって含まれてると思うけど,はてブ等でフォローしてもらえたらと思う.

一般書では『だから,あなたも生き抜いて』がベストセラーであった.閉塞感のあった90年代において日本経済社会システムも崩壊が始まり,これまでのような一億層中流社会は望めなくなった.そんな時代に単なるサクセスストーリーとしてだけでなく,「生き抜く」ことを薦めるこの本がゼロ年代最初の年のベストセラーであったことは興味深い.

経済書では『経済ってそういうことだったのか会議』がよく書店平積みされていた.お金のことは銀行専門家にまかせておけばよい,といった価値観から自分の身は自分で守ろう,そのためには少しずつでも知識をつけようという価値観へ既に変化し始めているように思える.

また,9.11以前に文明の衝突論を展開していたという点でハンチントンが後にもてはやされた.『文明の衝突』は1998年

また,ソーカル事件を発端とする科学論者と科学者間の間の論争である『サイエンスウォーズ』『知の欺瞞』が出版された.一連の流れにより,科学は正しいものという固定観念が崩れ始めるが,その悪影響として疑似科学が隙間に入ってくることとなる.

2001年は一般書・自己啓発本として『チーズはどこへ消えた?』や『金持ち父さん貧乏父さん』がベストセラーとなった.これらは自分探しブームの終焉でもあり,ありのままの全肯定でもある.その他の一般書では『声に出して読みたい日本語』のような日本語ブームが始まる年である.

ゼロ年代を象徴する批評家東浩紀が『動物化するポストモダン』を出版し,アカデミズムからサブカルへの転向,遅れてやってきたエヴァ批評として有名となった.その後の現代思想批評界は東浩紀とそのフォロワーによって進められることとなる.

また,疑似科学論争の大きなきっかけとなる『水からの伝言』がブームとなり,教育界では道徳の授業で使われたり,科学者集団がその疑似科学性を啓蒙したりする騒ぎとなった.

2002年は一般書では『生きかた上手』や『声に出して読みたい日本語』,『常識として知っておきたい日本語』がベストセラーとなった.また,『本当の学力をつける本』で陰山メソッドが有名となり,公立校進学校化など各々が一律である必要がなく,教育にも個性や多様性を認めるような社会風潮となっている.とはいえ,これらの風潮は後の格差社会と繋がらないとは言い切れない.

格差社会といえば,玄田の『仕事のなかの曖昧な不安』は社会安定を失った日本の将来を予見する内容であり,当時の日本社会空気を表す本としてピックアップすることができる.

不況下における人々の意識を表すかのように森永の『年収300万円時代を生き抜く経済学』がベストセラーとなった.この年を前後してエコノミストと呼ばれる人々が盛んにマスメディアに出るようになり,銀行に預けるのではなく,個人が投資する時代になったと盛んに喧伝した.

9.11以降の社会を分析するかのように,ネグリハートの『<帝国>』やチョムスキーの『メディアコントロール』などが読まれた.特に『<帝国>』は左派に大きな影響を与えたといえる.

2004年は『バカの壁』が大いにベストセラーとなり,養老孟司ブームが到来する.その続編でもある『死の壁』も同様にベストセラーとなり,これらと時期を同じくして,新書ブームが到来.多くの出版社新書に力を入れ始める.

仕事のなかの曖昧な不安』を受ける形で『13歳のハローワーク』が出版され,自分探し(何がやりたい?)と自己肯定(何をやっても自分らしい)が同時に薦められるような時代となった.その一方で堀江貴文『稼ぐが勝ち』が売れ,Tシャツ姿で六本木ヒルズで新進気鋭の社長となっているホリエモンが多くの若者共感と多くの大人の反感を買った.この共感した若者は『希望格差社会』において希望が持てない若者たちであり,株取引による一発逆転という大平光代サクセスストーリーとは別の形の逆転劇を夢想させた.

新書ブームを背景に『頭がいい人、悪い人の話し方』,『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』がベストセラーとなった.特に『さおだけ屋~』はタイトル売りという技を駆使し,その後多くのフォロワーを生んだ.また,これまで『仕事のなかの曖昧な不安』『希望格差社会』といった「労働」というジャンルハードカバー本であった内容がついに『下流社会』と新書の形をすることで大衆化し,格差社会というゼロ年代キーワードを体現した.

また,東一辺倒であった批評界において,『嗤う日本ナショナリズム』によって社会学の北田が登場し,2ちゃんねる批評というものが生まれた.これはゼロ年代が徹底的にサブカル批評へ偏ることを決定づけた.

相変わらずの新書ブームで『国家の品格』『人は見た目が9割』等がベストセラーとなった.『国家の品格』は養老孟司から続く理系人ブームを引き継ぐとともに,後の品格ブームを起こした.『人は~』は『さおだけ~』のフォロワーであるタイトル売りであり,『なぜ、社長ベンツは4ドアなのか?』といったフォロワーも生まれた.

また現在まで続く重要な流れとして『ウェブ進化論』『Google』『「みんなの意見」は案外正しい』といったWeb論が生まれ,Web2.0玉石混淆,群衆の英知といった言葉がよく聞かれるようになった.これらの著書により,これまでYahooを使っていた人々がGoogleに移行したり,Wikipedia大衆化したりするようになった.これらのWeb論はあまりにオプティミスティックであると当初から批判されたが,アーリーアダプターにしか知られていなかったWebの様子を大衆化したその社会的影響は計り知れない.また,『フラット化する世界』がベストセラーとなり,インドの台頭が認知され始めた.

品格ブームを引きずって『女性品格』,○○力ブームを引きずって『鈍感力』などが一般書としてベストセラーとなった.また,理系人による本として『生物と無生物のあいだ』が読まれた.

データ重要となったことを示すような本として『その数字が戦略を決める』がよく書店平積みされていた.Web時代においてGoogleが大規模DBデータをため込むようになり,既存の専門家よりもデータが多くを語るような時代が幕開けしたことを告げた.

その一方で,「炎上」という言葉が一般用語化し,梅田オプティミストによるWeb論に対して,Webの負の面を大衆化させるような本として『ウェブ炎上』や『フラット革命』が登場した.

また,格差社会論は「ワーキング・プア」や「ロスト・ジェネレーション」といった言葉を生み出し,ワープア論壇やロスジェネ論壇と呼ばれるものが生み出され始めた.特に「『丸山眞男』をひっぱたきたい----31歳、フリーター希望は、戦争。」という赤木の論考は衝撃的であった.

どういう流れからか,『×型 自分説明書』という血液型本がバカ売れした.これも疑似科学ブームの一端なのだろうか.そして,はてなー大好きの勝間本『効率が10倍アップする新・知的生産術 自分グーグル化する方法』がついにベストセラー化した.いつの頃からかライフハックという言葉がよく聞かれるようになり,多くの自己啓発本書店平積みされていた.また,サブプライム問題までは外資系コンサルが重宝され『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』が売れた.

批評界では東にケンカを売る形で宇野ゼロ年代の想像力』が,東のフォロワーとして濱野『アーキテクチャ生態系』が現れたが,どちらも東の影響を多分に受けており,ゼロ年代批評が東一辺倒であることを決定的にした.

ロスジェネ論壇ではその名の通り『ロスジェネ』という雑誌が創刊し,蟹工船ブームが生まれた.また,秋葉原通り魔事件が起こったことにより,多くのメディアによって事件が消費され,それらは常にロスジェネ論壇,フリーター論壇とともに語られた.

##せっかくISBN記法したのに,増田だと使えないのね.

文字ばっかりでごめんなさい.

2008-04-09

中国報道の自由がないといっても

何も知らないってわけじゃないんだぜ。

なんせネグリが講演するような国だから。

2008-03-15

anond:20080315145308

本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。

グーグルキャッシュ初版なので違うところがあるかも。

プラトン国家』 

アリストテレス形而上学』 

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカル『パンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キルケゴール『不安の概念』 

スピノザエチカ』 

ルソー社会契約論』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教経験の諸相』 

ニーチェ権力への意志』 

フッサール論理学研究』 

ハイデガー存在と時間』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間と自由』

レヴィナス『全体性と無限』 

フロイト快感原則の彼岸』 

ラカン精神分析の四つの基本概念』 

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール『一般言語学講義』 

チョムスキー『文法理論の諸相』 

ヴェイユ重力と恩寵』 

アーレント精神の生活』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法』 

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』 

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義精神』 

デュルケム『自殺論』 

バタイユエロティシズム』 

モース『社会学人類学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

マクルーハンメディア論』 

ブローデル地中海』 

ウォーラステイン『近代世界システム』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法の原理序説』

ミル『自由論』 マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展の理論』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』

ボードリャール消費社会神話と構造』 

オルテガ『大衆の反逆』 

ミルズ『パワーエリート

リースマン『孤独な群衆』  

イリイチシャドウ・ワーク』 

ベル資本主義の文化的矛盾』 

ネグリ『構成的権力』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

アンダーソン『想像共同体』 

バレーラマトゥラーナ知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ロールズ正義論』 

ハイエク『法・立法・自由』 

ブルデュー資本主義ハビトゥス』 

オング『声の文化と文字の文化』  

M・ポランニー『暗黙知次元』 

クーン科学革命の構造』 

ポパー『推測と反駁』 

サイードオリエンタリズム』 

メルロ=ポンティ知覚現象学』 

フッサール論理学研究』 

ラッセル西洋哲学史』 

フロム『自由からの逃走』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』

デリダ『グラマトロジーについて』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

フレイザー金枝篇』 

シュミット政治神学』 

クラウゼヴィッツ戦争論』

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

リップマン『世論』 

マンハイムイデオロギーユートピア』 

ブルームアメリカンマインドの終焉』 

ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトライス』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

クーン科学革命の構造』 

ホワイトヘッド科学と近代世界』 

ソンタグ『反解釈』 

ドーキンス 『利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学的視覚論』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

ケストラー『機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

ホーキング『ホーキング宇宙を語る』 

イーザー『行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マン『ロマン主義レトリック』 

シオラン歴史ユートピア』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ『経験論と心の哲学』 

パーソンズ社会的行為の構造』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アガンベンホモ・サケル』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

マッキンタイア『美徳なき時代』

こういう時、トラバツリーが各所に残る今の仕様は便利だ。

ツリー内主要エントリ

2007-11-09

ウォール伝 2007-11-09 「キュッ」。 整形バージョン

俺さー芸人になったらさぁー相方見つけてさぁー「マルチチュード」っていうコンビ
名でデビューしたいんだよねぇー。「どうもー!マルチチュードでーす!」みたいな
感じで出てきて「ネグリ君一号でーす!ネグリ君二号でーす」とか、もしくは「どう
もーマルチチュードネグリでーす。ハートでーす」みたいな感じでさ、基本的にネタ
は左翼パロディネタばっかなの。

で、たまに真面目な政治批判を繰り広げつつもシリアスになり過ぎないっていう
ね。ってことで相方は相当教養のある人じゃないといけないわけだけど、悪くないと
思うんだよなぁー。あと妙にアカデミックなネタとかね。「ききききさまぁー!!さ
ては修正主義者だなぁ!!」とかさ、そんな感じ。

分からない人さっぱり分からないみたいな。で、この修正主義者ってのも実際はAVに
モザイクは必要か否かみたいな議論をペダンティックな語り口調で進めていくんだけ
ど、相方が「やっぱり倫理的にモザイクは必要である」なんてことを言ったときに、
さきほどのツッコミを俺が入れるわけ。

ただボケ突っ込みっていう役割は無しで、基本的に両方ボケて突っ込む感じね。別に
笑い飯パロディとかじゃなくて。悪くないと思うんだよなぁー。あとは相方だけな
んだよなぁー。あとハワードジンソーホーマルクスを下地にしたマルクスとバ
クーニンの言い争いをネタでやるとかさ、悪くないと思うんだよなぁー。アイデアは
いっぱいあるんだよねぇ。世界の左翼テロリスト集団カルトQとかね、片方が司会者で
片方が回答者で、プロジェクターかなんかに世界の左翼テロリスト集団のロゴを出し
て早押しとかさ、もう絶対テレビ放送無理みたいなネタばっかなのね。あと日本共産
党ネタとかもいいかもね。すげーシニカルに繰り広げていくわけ。

で、ネタを見ると日本共産党ナスティな歴史が分かっちゃうっていう、笑えて勉強
にもなるみたいなね。共産とか左翼っていいお笑いネタになると思うんだけど、誰も
やってないんだよね。せいぜい思いつところだと駕籠真太郎ぐらいかな。漫画家だけ
どね。拳を上に上げて「レボリュースィオン!」とかいうのを一発ギャグにしたり
ね、キャッチーでもあると思うんだよね。分かりやすいっていうか。

あと過去の独裁系共産主義者を連想したネタとかね。ようは毛沢東と側近とかを想像
で演じちゃうわけ。スターリンレーニンやりとりとか、ポルポトと側近のやりと
りとかね。あんまお笑いって放送できるできないでリミットがかかるべきじゃないん
だよね。だってお笑いって表現なわけだから、作る前にセンサーシップのことを考え
るなんてのは完全にリミテーションですよ。

そんな意味でも鳥居みゆきのことが心配でしょうがないわけですよ。テレビってーの
に巻き込まれるとダメになりそうで。ようは本人の意思に関わらず無理やりテレビで
放送できるような感じで編集されちゃったり、全然テイストが出せないような無駄な
企画やらされたりとかさ、そういうので才能を潰しちゃいけないのね。ただテレビっ
てどうしようもないからダメなんですよ。そういうのが。全然才能を生かせない。だ
から本当にやりたいことをやるならラーメンズみたいになるしかないわけ。セルフプ
ロデュースだよね。ようは。

で、テレビに出るのはCMとかちょっとしたインタビューとか、ようはお笑いの部分は
テレビではやらないわけ。あとやっぱ本人が繊細そうだからダークなテレビ業界のや
りとりに巻き込まれて精神的にダメになったりしないかな?って不安なのね。基本的
にフォークダンスの桶田がそんな感じだったらしいじゃん。精神を病んでたわけじゃ
ないけど、テレビ業界にうんざりしてお笑いに興味がなくなっちゃったっていう。

本質的な人こそああいう俗っぽいものを嫌うしアダプトできなかったりするからさ、
結果的にその才能をテレビ側が生かせないどころか殺しちゃって永久に失われちゃっ
たっていうようなさ、本当にフォークダンスは悲劇ですよ。もう残念でしょうがな
い。あんなことを二度と繰り返しちゃいけないから、だからっつって俺が何を出来る
わけでもないんだけど、基本的にお笑いファンも昔松っちゃんが書いてたお笑い指
数っつーかお笑いレベルじゃないけど、お笑いレベルが高くないと需要も低くなっ
ちゃうっつーか客が程度の低い笑いを要求するようだと本物たちがテレビでやりたい
ことができなくなっちゃうわけ。

ようはレベルの高いデマンドが必要ってことなのよ。だからホント、うちの妹とかも
口癖のように言ってたけどお笑いってのがブームになるとホント、質の低いつまらな
い芸人ですらテレビに出られるようになってさ、で、その業界に寄りかかろうとする
ダメ芸人が本当に増えるわけじゃない?で、結果的にそういう悪循環お笑いの全体
の質を下げちゃうっていうようなさ、それって最悪だよね。

だから常に鑑賞者側はお笑いに対してレベルが高くなきゃいけないし批判的じゃない
といけない。お笑い番組見ててクソつまらねー芸人ネタとかで笑ってる客とか見て
るとぶっ殺してやりたくなるんだよね。ホント、その存在自体が邪魔だから死んでほ
しいって切実に思うもん。

それっていつも書いてる音楽シーンとかに置き換えることが出来るんだけど、基本的
にやっぱね、レベルの高い鑑賞者っつーかデマンドが無いと、本物を発信してる側の
活動場所がなくなっちゃうんですよ。それが一番マズイのは、本物の活動場所が無く
なることで、才能が失われちゃうってことなわけ。ところでエレクトロニカとか前衛
系に言えることだけど、なんだかんだですげー排他的で若手育成みたいなのやらない
じゃない?

で、有名レーベルはいつまで経ってもベテラン勢の作品ばっかリリースし続けるって
いうさ、ああいうプログレッシブな音楽やってるように見えてレーベルの体質が保守
的だとね、それ自体がダメになるのよ。つまらなくなっちゃう。

ただ大半のレーベルはそういったことに意識的じゃないから勝手に腐っていくんだけ
ど、例えばさ、ELMAって昔、ちょっと関わりがあった鳥取でノイズやってる人なんだ
けど、未だにこの人以上のハーシュノイズって聞いたことないんだよね。はっきり
いってハーシュって意味だと今のメルツを平気で越えてるし、クオリティは世界レベ
ルなんだけど、なんで大手のレーベルから何かしらのコンタクトが無いわけ?マイス
ペースとかあるんだからさ、誰かは見てたり聞いてたりするわけじゃない?で、なん
でELMAの新作が割と有名な電子音楽系のレーベルから出ないわけ?ELMAが無理だっ
たらSMKなんて絶望的ですよ。はっきりいって。もう嫌なのね。ああいうの見てる
と。ELMAみたいなのが有名にならないこの現状。

なんなのよ?みんなの耳は節穴か?ちゃんとみんな音をちゃんと聞いてるんだろう
か?全くさぁーホント、ちゃんとした芸術家達が本当に食えない時代になってる
なぁーって思うよね。いつの時代もそうだったかもしれないけどさ。

俺に金があったらホント、最高のレーベル経営できると思うんだよね。経営っつーか
まぁ人材発掘ね。経営は他に任せたほうがいいや。経営っつーか運営っつーか。とこ
ろで岩村学って今、何してるのかな?全身にニートっつーかヒモみたいなオーラがあ
ふれ出てた人だったけど、ああいうヒモ系の作り手って嫌いじゃないんだよね。ミラ
ノ在住っつって何して食ってるの?っていうああいう雰囲気。

あのなんだっけツジコとかとやってる青木だかなんだかってやついるじゃん?あいつ
もすげースポイルチャイルド系の雰囲気出てていいんだよね。音楽的にはさっぱり好
きじゃないけど人間の雰囲気が好き。ああやって親とか愛人から金をもらってやって
ける連中はいいけど、そうじゃない人達も大勢いるわけだから、アートシーンっての
がそういう人達のケアをしてあげないとダメなのよ。それは国が保護しないとダメだ
と思うね。

ニューヨークってそういうシステムあるらしいじゃんね。まぁ相当限られてるとは思
うけど、でも無いよりはマシでしょ。基本的にでもそんなのね、文化の一つなんだか
らシリアスに保護しないとダメよ。保護っつーかサポートっつーかアーティスト達が
やっていけるようなシステムが必要なわけ。

ところで今朝、なんか妙に呼び鈴が鳴ってるような気がするなって思ったら案の定、
誰か来てたんだけど、ドアにチラシが挟まっててさ、それがエホバの証人だったの
ね。しかも日本語。ようは日本人向けの勧誘をニューヨークでもやってるってこと
だ。あー怖い。ニューヨーク統一教会の本場みたいな感じだけど、あんな暴力教
団、国が規制をかけないとダメでしょ。エホバはともかく統一教会なんてあんなもん
強制的な解体をさせないとダメよ。

何が言いたいのかっていうと、ラガ系の人がエホバって言うときは恐らく「ジェホ
バ」って感じなヤーマンな発音になるんだろうなってキットカット食いながら思った
んです。今朝。もう明らかにモト信者の証言から暴力とか洗脳があったってのが明ら
かな教団があるのに、なんで国はキチガイ教団扱いをしないんだろう?あんなもんの
存在を許してたらね、よりどころの無い人達がガンガン入信して不幸になっていくん
だからね、ダメですよ。禁止しないと。

こういうの禁止しないでガンジャ禁止してるんだから世の中ってのは狂ってるよ
なぁー。だったらガンジャ教みたいなの作ればいいのに。もちろん名前は「ジェホバ
の証人」ね。挨拶はみんな「ヤーマン」。持ってきた?っていうブリングとブリンブ
リンをかけて、教団内ではみんな「ブリンブリン」言いまくってるっていう、極めて
ラスタな環境にあるわけよ。とっととオランダみたいにさ、ガンジャなんて解禁す
りゃーいいんだよ。どんだけの泉じゃなくてどんだけの人が救われるか分かってんの
か?マジでガンジャがあるだけで凄まじい境遇の人もガンジャだけを心のよりどころにして生き
ていけるような人も出てくるのかもしれないのに。もちろん酒みたいに逃げになっ
ちゃいけないけど、でも救われる人は相当多いと思うんだよね。労働者が「この昼休
みの一服のために働いているようなもんなんです」ってタバコのことを言うけど、こ
れがガンジャでもいいわけじゃん?まぁ作業中はマズイから仕事終わりとかに「一杯
行く?」じゃなくて「一服する?」みたいなさ、酒みたいに中毒にはならないんだ
し、少量でブリンブリンになれるわけだから、あれほど機能的なものはないわけよ。
全くタバコとか酒とか許してるのに、なんでガンジャが禁止されてるんだか意味分か
らないよね。政府が国民に苦しめって言ってるようなもんでしょ。これは。

ところで練馬ザファッカーのさ、キラキラしているやつを総称で「ブリンブリン」っ
て言うって言ってたけど、あれをガンジャトリップのブリンブリンのメタファーって
のに気がついてる人少ないんだろうな。日本ってマジでドラッグについての教養が全
く無いからね。そういう意味だとアメリカは凄いよ。やっぱ歴史があるからみんな詳
しい。少なくともマリファナを鼻で吸うみたいに思ってる馬鹿はいない。ガスパンが
流行ってるとかいってさ、ああやってちゃんとドラッグに対する教育しないから馬鹿
なことするやつが増えるんだよね。ケミカル系の危険性も分かってないで乱用するや
つがいるってのは教育がなされてないってことでしょ。あえて選んでケミカルやって
るやつならしょうがないけど、基本的にトリップしたいんであればガンジャで十分な
わけよ。

で、コークとかLSDとかの副作用っつーかダークな面を知ってればさ、明らかにあの
取ったときの「スッコーン!」って感じよりディスアドバンテージのほうが多いっ
つってやらないやつが多いはずなのに、やるやつがいるってのは問題だよね。さっき
も書いたように、ちゃんと知識があってやってるなら選んでやってるからしょーがな
いやつになるわけだけど、分かってなくて興味本位でやってるのってマジでヤバイよ
ね。

学校で「ケミカルは中毒性があって脳がダメになるから絶対やらないこと。やるなら
ガンジャにしなさい」って教えれば相当ケミカルの乱用は減ると思うんだけどねー。
で、ガンジャを合法にしてタックスでも取ればさ、国益になるわけじゃない?なんて
幸せなタックスだろうね。ガンジャ税だなんて!

でも分かるよ。あんな閉塞した社会で薬も酒も無いんじゃやってられないよね。だか
らなんつーか若者がアノミー状態に陥っちゃってて、ドラッグに手を出すぐらいしか
脱出する方法が無いっていう、あの社会状況がマズイわけで、それはニートネット
カフェ難民も一緒でしょ。

全面的に彼らが悪いんじゃなくて、そういった人とか循環を生み出す社会構造に問題
があるわけでさ、その人達を批判するのはお門違いもいいところだよ。うちのオヤジ
がこういうお門違いな批判をしているんだけど、まぁオヤジみたいな世代の人はああ
いう観点でしか物事を考えられないんだろうなっていうのは凄く思うし、親父には悪
いけど、ああいう考え方をする上の世代の連中が多いから、いつまでたっても問題が
解決しないどころか、若者とおっさん世代のコンセンサスの乖離ってのがガンガン進
んでいくわけだよね。

基本的に社会を動かしてるのとか会社の上の連中とかって大体おっさん世代でしょ。
で、おっさん世代の考えが古いんで、前に書いたマテリアルカルチャーとノンマテリ
アルカルチャーカルチャーラグじゃないけど、基本的に社会を牛耳ってる連中たち
の考えが古いんで、社会構造が変わらなくて、マテリアルカルチャーとの差が出てき
ちゃう。だったらとっととおっさん世代は引退して次の世代に役割を任せなきゃいけ
ないっつーか、そのためにも若者の雇用と雇用後の社内での教育ってのが必要なの
に、人件費削減だとか馬鹿なことを抜かしてやがるから若い世代が育たないっつーか
アノミー状態になっちゃう。ね?

全然難しいことじゃないでしょ。いかに社会が若者達に対して理不尽に回っている
かっていうのがね、凄まじくクリアなのよ。だからニートだとか若い世代にワーキン
グプアなんてのが出てくるのはある意味で必然なわけで、全部を結びつけるわけじゃ
ないけど、アノミー状態というのは色々なネガティブなことを生み出す原動力になる
わけだから、っつーかさっき書いたドラッグ問題も含めてね、まぁあと犯罪とかの原
因の一因でもあるよねっつーか一刻も早く環境の改善が必要なのに、なんかシリアス
に取り組んでる感じがしないんだよな。

あとさっきも書いたようにおっさん世代と若者世代との意識の違いってのが凄いで
しょ。で、おっさん世代は若い世代を批判してばっかいるからさ、悪循環が終わらな
いのよね。すげーもったいない状況にあると思うんだよ。日本は。さっきのアートの
話も含めて基本的に社会が殺している才能とか人材ってのが凄まじく多いと思うの
ね。教育は馬鹿を増やして、社会は優れた人を育てないっていうような、お金でヘド
ロ買って家を埋めてるみたいな、そんな非建設的な状況がもうずーっと続いてるよ
ね。

だからね、若い世代が「もうくだらねぇ。こんなのやめだ」って思うのは当然なの
よ。まぁ全部の若い世代じゃないけど、でもそう思ってる人多いと思うんだよね。俺
はああいうアホな社会のおかげで批判的な目がより養われたというのもあるから、
まぁ日本社会ってのは究極的な反面教師だったし、今でもそうであるわけだけど、
まぁでも俺も逃げ切れたわけじゃないからいまだに怖いんだよね。

杉並区中野区を飲み込むかのごとく、日本が俺を侵略してきそうで怖いのね。だか
ら俺は逃げ切らなきゃいけない。うわー怖い。マジで。常に走ってるような気分だ。
そう思うとランナウェイ。ましてや日本って侵略が十八番だからね。そういえば社会
学の先生がまぁ話の文脈のディティール書くと面倒なんでやめるけど、人種のキャラ
クターっつーか歴史を語るときに「日本はまた特殊な国なのよね。しょっちゅう戦争
してた国だから、バトラーの血があるでしょ」みたいなことを言っててさ、これは別
に日本の侵略戦争のことじゃなくて、恐らく戦国時代のことを言ってたと思うんだけ
どでもあれだよね、日本人って平和を愛する民族だなんてあくまで戦後の話で、実際
は凄まじい血みどろの歴史がある国なんだよね。

日本って。だから全然なんつーか農耕民族でもなんでもなくて、みんなウォーバト
ラーだよね。みんなじゃないけど。そういう見方ってのを全然してなかったから、
ちょっとパラダイムが変わったね。俺の中で。ようは俺の中で日本人って民族的に野
蛮っていうイメージが無かったんだけど、でも野蛮っつっちゃー野蛮だよなって思っ
たわけよ。

まぁ武士とかサムライとかっていうとかっこいいかもしれないけど基本的に戦士じゃ
ない?戦士=野蛮ってわけじゃないけど、でもまぁ平和的ではないわな。ようは戦
士っぽい血を引いている部分も相当あるというのには全面的に先生に同意だなって
思ったんだけど、やっぱこれって教養のある西洋人からの観点じゃないとなかなか見
えてこないことなのかなとか思ったわけね。

そう思うと今後が楽しみでしょうがないな。どんだけパラダイムが広がっていくんだ
ろう?あー楽しみだぁー。まずその前に算数やらないといけないけどさ、でも楽しみ
だよねぇー。でもあれだよ、やっぱさ、客観性ってのが重要で、いくら自分が色々な
ことに懐疑的で批判的な人間であっても基本的に日本人について悪く考えたりしない
わけだけど、この社会学の先生の視点というのは、事実はさておき、ようは客観的な
視点でしょ?

ただ俺は日本人だからやっぱ当事者としてなんつーかあんま日本人ってことを否定し
たくないっつーか良く考えたいみたいに思うところがあるんだけど、これは物凄く危
険な視点なんだよね。ようは愛全般がそうよ。恋は盲目とかいうけどさ、基本的に恋
人とかに限らず、自分が好きなものに関しては入れ込んじゃってるから批判的になれ
ないし、客観的になれないんだよね。

ようは凄まじく主観的でガーッってそれに入っちゃってるっていう。それが趣味とか
ならまだしも、それが歴史とかになってくるとマズいんだよね。それこそ歴史修正主
義じゃないけどさ、日本の都合のいいように歴史を塗り替えちゃうっていうさ、まぁ
昨今の盲目的なバカバカしい愛国心の台頭にも言えることだけど、客観的ではない批
判的ではない見方なんてのは大概危険よ。

やっぱ。そんな意味だとっつっていつもアメリカとの対比になっちゃうけど、こっち
で勉強してて目立つのは、よく先生が特にリーディングとかの授業だと「批判的でい
ろ」って言うんだよね。ようは何かを読むときでも読むだけではなくて、書き手がど
ういう人間なのか?例えばアメリカの保険制度について書いてある記事でも書き手が
保守系のシンクタンクから来ている人間なら、それは保守側の意見で書くだろうしっ
つーかそういう記事が実際あったんだけど、ああいう教育を幼い頃から受けていれば
さ、全然違うよなって思ったわけ。

ましてや記事の書き方とかオーガナイズとかの仕方も批評するんだから。これはちゃ
んとまとまってるか?とか要点がクリアかそうでないか?とかさ、俺ってまぁ中学以
来学校行ってないけど、でも中学まででこういった読み方の教育を受けてきた記憶が
さっぱり無いんだよね。

勝手な思い込みだけど、一般的に日本ではこういったクリティカルリーディング的な
教育は広くは行われてないんだろうなって凄く思ったんだけど、ようは批判的である
とか懐疑的であるってことは別にそれが左翼的であるってことじゃなくて、常にモノ
を考えながら何かを捉えるっていう一連のプロセスの一つなわけで、そこに政治的な
イデオロギーなんてないわけ。俺が左翼臭いって言われるのは本当に分かるんだけ
ど、そんなこといったらニューヨークなんて基本的に左翼臭いんじゃないか?とかっ
て思っちゃうね。

特に社会学なんか凄いからね。アメリカ批判も平気でするし、アメリカ政府暴露話
とかも授業の脱線であったり、教科書にもアメリカ政府に対して相当痛烈なことが書
いてあったりするからね。それに比べて日本って何なんだ?って気が本当にしてくる
ね。教科書を日本の都合のいいように改ざんするなんて愚の骨頂だよね。少しはアメ
リカ見習えって思っちゃう。

ただ基本的に思うのがまともに俺の今受けてる社会学の授業ね、あれを受けてたらみ
んな左翼的になるよ。だって社会学教科書もそうだし、先生もグローバリゼーショ
ンには否定的だし、ましてやナイキとかギャップとかのさ、ようはDeindustrialization
とかさ、 downsizingみたいなことがガンガントピックで出てくるし、労働力の搾取な
んてのがあからさまに書いてあるわけだけど、別にこれはマルクス主義とか共産主義
みたいなドグマに立脚したようなものではなくて、あくまでグローバリゼーションの
弊害の一環として、社会分析として書かれているわけだけど、果たしてんじゃあこれ
が左翼的か?っていうとどうかなぁ?って感じするでしょ?左翼も何も当たり前の事
実っていうかさ、それを認識するだけのことなんだから。

ましてやアメリカパトリオットアクトについてのまぁ割とドライな分析と割と批判
的な分析なんかも教科書に載っててさ、アメリカ教科書ってこんなにレベル高いん
か?って関心しまくりだったわけよ。政府からクレームこないのか?ってぐらいなこ
とが書いてあるんだけど、そこはさすがになんつーかインディビジュアルアクトに対
する自由がやっぱりまだまだ保障されているアメリカならではなのかなって気がして
きて、このフリーダム具合と比べると、日本って独裁共産国みたいな感じだよなって
コントラストで凄く感じちゃったね。

で、日本の保守が共産主義に対して批判してるんだからお笑いだよね。実はてめーら
が一番封建的で右翼的な共産主義ドグマを信望してるんじゃねーかって思っちゃ
う。一部の保守が言ってることってツァーリズムとあんま変わらなかったりするから
ね。んだったらロシアにでも亡命すればって思っちゃうよ。日本の保守見てると。あ
んなの保守の風上にも置けない感じがして、ちゃんとした保守の人達が本当に迷惑し
てるんじゃないかなって思ったりちゃうよね。

だからいつも俺が金玉を酸っぱくして言ってるのが、馬鹿でもとりあえず保守的でい
るよりかは進歩的でいたほうがまだマシってことなわけ。馬鹿が石原をサポートする
より馬鹿がデモしてたほうがまだマシ。やヴぇーな、サービス精神旺盛になってき
ちゃってる。もうそろそろやめようかな。っつーかね、昔と違って書こうかなって
思ったこと全てを書けてるわけじゃないんだよね。一応、やらなきゃいけないことが
あったり、占領されてる時間があったりするからさ、そういうので中断されると思考
が止まっちゃうわけよ。

で、思い出せなかったり忘れちゃったり勢いがなくなっちゃったりして、そのトピッ
クについて書かなかったりするわけ。だからね、まぁ今日の分もだいぶ長いけど、で
も本当はこんなもんじゃないんだよね。特に最近はウォール伝的に色々失ってること
が多いわけよ。

書くべきだったのに書かなかったことってのが多いわけ。まぁいいや。でも十分だ
ね。そりゃ最速インターフェース研究会のmalaさんが「誰か要約してください」って
書くわけだよね。ホント、malaさんありがとうね。

なんでため口なんだか分からないけど。で、墨滴には全然これ長くないんだよね。長
いウォール伝ってもっと長いからっつーかいきなり思い出したんだけど、16ぐらいの
時に通ってたフリースクールの同級生っつーか会ったこと無い女の子メールのやり
とりをしていたんだけど、あるとき、この子から返事が来なくなって「なんで返事を
書いてくれないんだ?」ってメール書いたら「いつもそっちの書くことが長すぎて疲
れた」なんて言われて相当ショックだったんだけど、昔からだったんだよね。

長文癖というか書いたら止まらない癖。当時、ヒノッ君っていう名前でやりとりして
たんだけど「私、いつもヒノッ君とのメールやりとりで4時間も使っちゃってるん
だけど、もうアタシ疲れたの・・・」とか言われてさ、そりゃ今考えれば疲れるよ
なって思うんだけど、俺って別に長く書くのにそこまで時間がかからないから、相手
の気持ちが分からなかったんだよね。

ましてや4時間もかかってるなんて想像もできなかった・・・。ジーザス!なんて
こった!あと前にも書いたけどスカイプで両親と話すときもさ、ウォール伝みたいな
感じでさ、社会問題とか政治とかオヤジが割と喋れる人だから色々喋るんだけど、結
果的に一時間半ぐらい俺が喋りっぱなしで、残りの三十分を母と父が喋ってる感じな
んだけど、いつもスカイプの終わり際に母が「もうそろそろね・・・終わりにしよう
よ」なんて言うわけ。

そりゃあっちとしてもゲンナリだろうなぁーって思ったんだよね。1時間半も勝手に
喋られたんじゃーたまらないでしょう。だから俺からの提案で「毎週スカイプやるん
じゃ、そっちも忙しいだろうから、二週間おきぐらいにしようか?」って言ったら、
心なしか両親は快諾していたような気がしたね。

だから俺は思ったね。この長文とか長い喋りを極めまくって、それこそジジェクみた
いに、ゲンナリするぐらい喋りまくるおっさんになるしかないなって思ったわけ。ま
してやこんぐらいのことを英語で書けたり喋れるようになればね、なかなかの進歩で
しょ。やっぱ英語なんだよねー。問題は。まぁいいや。そんな感じで。誰か俺の話聞
いてくれる人いないかなぁー?大抵途中で嫌がられるんだよね。話が長いっつって。

だからやっぱウォール伝が一番の出力先なわけです。今日は革命的なオーラのまま
色々書けたんで、反革命的な投票してくださいっていうURLは載せないことにしま
す。それにしてもアクセス数が明らかに増えてて不気味だわ。ただ別に見られてると
かって思わないことにするわ。でもあれだもん、今日なんてのもさ、やっぱあれだ
ね、俺みたいなスケールの小さい人間の場合さ、学校行く前から「アルファブロ
ガー・アワードノミネートされた人がニューヨークコミュニティーカレッジに行
くんだ」って全てを「アルファブロガーアワードノミネートされた人が」っていう
風に考えてたからね。「アルファブロガーアワードノミネートされた人が水を飲
んでいる」とか、授業の合間とかも「アルファブロガーアワードノミネートされ
た人が嬉しさのあまり、ジェフミルズのChange of Lifeを鼻歌で歌っている」とかね、
思うにジュリアナ東京を肯定するためには、ジュリアナ系でかかってた曲の全ては
Change of Lifeだったって思えばいいんだなって思った。

あとDJ Camがハゲているのは、同じような曲作りをしすぎだからということも分かっ
たね。もうさ、あのなんかラップの一部分を「キュッ」って一回コスった後、リリー
スして丸々ぶち込むって手法やりすぎだよね。いい加減変えたらどうなんだろう?っ
て思っちゃう。

あれはやっぱあれだよ、DJのジレンマよ。ジャズが好きでも譜面書けないみたいな、
どっかから取ってくるしかないみたいな、ようはコスるしかないんだよなぁーってい
うDJのジレンマよ。あのさ、ブルーノートリミックスのやつさ、ジャザノヴァとか
ありえないぐらいいい仕事してるけど、DJ精液のはヒドいよね。すげーやる気ない。

っつーかレコードで持ってるんだけど、あれ聞いてるとき「あ、笑点だ。飛ばそ
う」っつって飛ばしてるのね。なんで笑点かっていうと、やる気なさげに鳴ってるワ
ウのかかったミュートトランペットの音が笑点のオープニングテーマみたいだから。
みたいだからって終わるの良くない?みたいだからなんだよね、じゃなくてみたいだ
から。なんか山ちゃんの嫁っぽい感じでいいよね。頭が良くない感じが。

まぁーね、実際はURLを載せないことにしますって書いたのが昨日で、それからを
今、書いてるんだけど、なんか疲れちゃってさ、恥知らずが腫れてるんだよね。基本
的に週末になってくるともう疲れちゃう。体力ないよなぁー。仕事してから学校来て
る人なんていっぱいいるのに俺は学校だけで疲れてる。しかもそんな別に一日何十時
間って占領されてるわけでもないのに疲れちゃう。

今日の出来事で書くこともいっぱいあるんだけど、明日だな。今日は寝かせてくれ。
あーちょっとサービス過剰過ぎるかしら。選挙期間中っていう意識がなかなか取れな
いなぁー。っつーか何気にアクセス数がすげー気になってるんだよねっつって見てみ
たら明らかに増えててさ、予想以上に増えてたからちょっと不気味なんだけど、増え
てるからこそあえて普段のウォール伝でいかないとなって思った。最近、ちょっと良
いこと言いすぎてるでしょ?なんか「おおー!良いこと言うなぁー」っていうような
感じのが多い。別に意識して書いてるわけじゃないんだけど、あんまらしくない
なぁーとか思ったね。

たまにはズリネタのことだけで一回分書くとかさ、そういうのも無いとダメだよね。
リーディングクラスで一人、可愛い子がいるんだけど、プエルトリコからの移民な
んで勝手に「プエルトリ子」ってあだ名つけてるんだけどね。頭の中で。「あ、プエ
ルトリ子来た」みたいな。俺って相当いろんな人のあだ名を頭の中だけで作ってる
よ。前にも書いたけど、こっちに来てからさ、特にロードアイランドからマンハッタ
ンの英語学校に至るまで、凄まじい数のお笑い芸人似のやつがいたからね。ゴリ・川
ちゃん・ますだおかだのますだ・おぎやはぎのおぎ・創価久本・あと芸人じゃないけ
どエロサイトバナーで見かける不細工な
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