「心機一転」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 心機一転とは

2019-06-07

先月、





高校時代から3年間付き合ってきた宮近くんと別れました。





理由はただ一つです。




宮近くんのお仕事が忙しくて、

会える時間がめっきり減ってしまたか申し訳ない、と振られました。






別れ際、彼はまだ私のことをすきと言ってくれたけれど、やさしい宮近くんの事だからきっと、私を傷付けないためについてくれた嘘なんだろうね。

ごめんね。







別れてからもう1ヵ月近く経つけれど、

私は宮近くんの事を全くと言っていいほど忘れられません。





特に街を歩いていると、ふいに宮近くんのことを思い出す事が多くて苦しいです。







エナメルバッグを持ってまっくろに焼けている高校生を見ると、二人で抜け出したあの日合宿を思い出します。







美容院に行って心機一転髪を切ろうとしても、宮近くんがタイプだと言ってくれたこの長さを切ることなんて出来なくて毛先を揃えるだけで終わったり。





宮近くんの好きなカフェチェーンの前を見ると、つい宮近くんを探してしまうし。






街には宮近くんとの思い出しかなくて、本当に苦しいです。





その中でも一番辛いのは、宮近くんと同じ匂いの人とすれ違うと、つい振り向いてしまう事。






昨日なんか特に酷くて、ついに宮近くん本人とすれ違ったのかと思わず声をかけそうになりました。





でも、やめました。







背丈も、私が宮近くんにあげたスニーカーも、その男性もこちらを振り返った事も、全部全部宮近くんにしか見えなかったけれど。
















その人が手を繋いでいたショートカット女性は、何から何まで私とは正反対だったから。



















宮近くん、元気にしていますか?

お仕事忙しいと思うけど、体調に気をつけながら頑張ってね。












.

#宮近海斗事実

2019-05-21

拝啓元カレ

以前、6~7年ほど交際したプログラマ男性がいた。

割と才能的には優秀だったのではないかと思う。

結構前だけれど、それなりの発明というかプロダクトも一度は作って世に名前も出た事もあった。

精神的な病を抱えていたものの、周囲の友人含め、私も手助けはできる限り行った。

本当に、多くの人から金銭的な援助を受けていたと思う。

私も実際、かなりの額を貸した。

でも、彼は駄目だった。

仕事的にも、ご両親にも、非常に多くの人に迷惑をかけたはずだけれど、

その恩に報いる機会はついになかった。

私はついに限界を迎え、彼の元を去った。

その後は、心の底から開放感に溢れ、

同時にもっと早くこうするべきだったと思った。

素敵な人も現れ、今は平和な日々を送っている。

いつしか、彼はそれまで実名でやっていたアカウント含め、SNSから消えた。

そして、色々あって先日、彼が別の名前SNSアカウントを立ち上げているのを見つけた。

これまでとは違う事を細々とやっているようだった。

顔は隠しているけれど、様々な物的証拠から

私にははっきりと彼だとわかった。

多分、実物を知っている人ならすぐにわかると思う。

今は違う人と交際しているようなので、

他人事ながら、その子の事も少し心配ではある。知らんけど。

あなたの隣にいる人は、非常に危険だよ、時が経っても、人格簡単には変わらないと

現在の周囲の人たちに伝えたい。

もう誰にも迷惑を掛けていないと良いけれど、

過去自分がされた事を思い出して、少しゾッとした。

もしこの記事が目に届いたら、いや多分届かないだろうけれど

あなたが借りたそのお金、きちんとお友達たちに返してあげて下さい。

心機一転、別の名前で、別の人間関係を構築しようとしても、

自分過去を捨てる前にやるべき事があったはず。大人なんだから

2019-05-16

お忙しいところ恐れ入ります

去年の夏に県立S高校夜間部中退した増田と申します。

S高校に在学中の出来事についてお知り頂きたいことがいくつかあるので、メールを送らせていただきました。

私のいた1年B組の担任数学教諭のK先生言動についてです。

入学して間もない頃の数学の授業中、K先生が「ノートを書くのが遅い子は数学ができない」という話をされたあと、「増田とか書くの遅そ~」とクラス全員の前で言われました。

学校に登校して教室に向かう廊下で、K先生に会ったので私が「こんにちは」と挨拶をしたら、「あれ?昨日いた?」と開口一番に笑いながら言われました。

数学の授業の休み時間教室で同じクラス友達が「疲れた」と言ったところ、それを聞いたK先生が「S高の授業で疲れたなんて言ってたら他の学校行ったらどうなっちゃうの?ずっと夜間にいるの?」と大きい声で言いました。

私は中学校で色々なことがあり不登校になって、高校では心機一転頑張ろうと無遅刻無欠席で高校に通う中

クラスのみんなの前で馬鹿にされたり

挨拶してすぐ「昨日いた?」と笑いながら言われたり

自分選択したS高校夜間部という道を他の高校と比べて否定されたことが、とても辛くて、今でも思い出すと涙が出ます

S高夜間部ホームページには

中学生ときに、色々な悩みや不安、手助けが必要だった生徒が自分の居場所を見つけられる学校

「欠席が多い生徒も活躍し、自分を変えられる場所」だと書いてあるのに、そんな風に言ってくれる先生は一人としていなくて、K先生には上記の無神経な言動をとられ

私のような生徒はどこに行っても馬鹿にされて、嫌がられるんだと悲しい気持ちでいっぱいです。

K先生が私を故意に傷つけるつもりはなかったとしても、学校先生特に夜間部先生は、生徒への発言を充分に考慮するべきではないのでしょうか。

現在はS高校通信制に通っていて、夜間部に戻るつもりはさらさらありませんが、今でも心に傷が残ったまま辛いので、このようなメールを送らせていただきました。

教育委員会の皆様はどのようにお考えですか?

ご返信いただけたら幸いです。



この文章教育委員会メールで送った結果

2日後に「該当の職員については校長を通じて厳重に注意したいと考えています」と返信が来たけど

多分そんなに怒られてないだろうなぁ

2019-05-07

以前行ってた美容室美容師紹介見てたらお喋りの楽しい古参の人が抜けてた

どこの支店にもいなかったから辞めたのだろう

ところで自分が長く担当してもらってた人は割と技術オタクというかいろんな薬品だったり新しい機器技術だったりに強い人だった

あちこち支店臨時スタッフとして忙しそうだった

今回辞めた人とは折り合いが悪そうだった

自分担当の方が技術教育としてハードスケジュール担当する一方で、営業メインのスタッフさんがお店の幹部職になってた

ほどなく技術肌だった担当美容師さんは辞めてしまった、引き抜きなのか心機一転なのか

お喋りの楽しい営業タイプスタッフさんはお店に残ってたけど、今回辞めてしまっていた

気づくと自分がはっきり覚えているスタッフさんが辞めてる

技術が優れていたり、喋りが面白くおしゃれだったり、優しく話しを聞くのがとてもうまかったり

今残ってるのは、失礼ながら正直なんでこの人が残ってるのか というタイプの方が多い

けど組織に残る人というのは 案外そういうタイプなのかもしれない

2019-04-18

教育委員会対応

お忙しいところ恐れ入ります

去年の夏に県立S高校夜間部中退した増田と申します。

S高校に在学中の出来事についてお知り頂きたいことがいくつかあるので、メールを送らせていただきました。

私のいた○年○組の担任数学教諭のK先生言動についてです。

入学して間もない頃の数学の授業中、神原先生が「ノートを書くのが遅い子は数学ができない」という話をされたあと、「増田とか書くの遅そ~」とクラス全員の前で言われました。

学校に登校して教室に向かう廊下で、K先生に会ったので私が「こんにちは」と挨拶をしたら、「あれ?昨日いた?」と開口一番に笑いながら言われました。

数学の授業の休み時間教室で同じクラス友達が「疲れた」と言ったところ、それを聞いたK先生が「S高の授業で疲れたなんて言ってたら他の学校行ったらどうなっちゃうの?ずっと夜間にいるの?」と大きい声で言いました。

私は中学校で色々なことがあり不登校になって、高校では心機一転頑張ろうと無遅刻無欠席で高校に通う中

クラスのみんなの前で馬鹿にされたり

挨拶してすぐ「昨日いた?」と笑いながら言われたり

自分選択したS高校夜間部という道を他の高校と比べて否定されたことが、とても辛くて、今でも思い出すと涙が出ます

S高夜間部ホームページには

中学生ときに、色々な悩みや不安、手助けが必要だった生徒が自分の居場所を見つけられる学校

「欠席が多い生徒も活躍し、自分を変えられる場所」だと書いてあるのに、そんな風に言ってくれる先生は一人としていなくて、K先生には上記の無神経な言動をとられ

私のような生徒はどこに行っても馬鹿にされて、嫌がられるんだと悲しい気持ちでいっぱいです。

K先生が私を故意に傷つけるつもりはなかったとしても、学校先生特に夜間部先生は、生徒への発言を充分に考慮するべきではないのでしょうか。

現在はS高校通信制に通っていて、夜間部に戻るつもりはさらさらありませんが、今でも心に傷が残ったまま辛いので、このようなメールを送らせていただきました。

教育委員会先生方はどのようにお考えですか?

ご返信いただけたら幸いです。

この文章を県の教育委員会メールしましたが2日経っても返信がありません。

2019-04-13

令和チャレンジ

新年に新しいことはじめようとして、くじけた私。元号くらい心機一転環境はないぞ!週3運動毎日瞑想20分・睡眠7時間半・野菜350gをこの元号中は絶対継続する!

はてなのみなさんも「令和になってから、ずっと○○してるはー」を一緒にがんばりましょう!

2019-04-04

けもフレ2監督 脚本家は変えずにこうすればよかったと思った2つのこと

1.タイトルから「2」を無くす

ナンバリングのついた続編を作らないで「新」や「魂」「GT」などをつけることで続いてはいるけど心機一転感がある。

「2」ってつくとやっぱ12.1話以降の続きが見たい…見たくない…?

2a.サーバル個体を変える

そもそもかばちゃんと旅をしたと思われるサーバルではなく別個体サーバルカラカルを出せばよかったと思った。

前期でも映像とはいえ野中藍声のサーバルアプリ版)が出たんだから別のサーバルだって出していいじゃん…

というか最後の絵に描かれてるサーバルはそっちなのでは…?

ゲーム版をやっていないので、もしかして1作にはフレンズが1体しか出れないみたいなのがあったらごめんなさい

2b主人公サーバルを使わない

ポケモンゲーム御三家を選ぶのとは違いアニメでは相棒ピカチュウにしたように案だけフレンズがいるんだから主人公フレンズを前作と同じ

サーバルにする必要はあまり感じなかった

しろここで新しいフレンズ主人公にすることで人気出て前作と差別化できたかもしれないし、カラカルとキュルルでサーバルを探すみたいな感じで話作れてたかもしれない…

ZからZZに乗り換えたし、ガルダフェニックスマッハジャスティスになったし、メタビ―からアークビートルみたいなのがあると思うんだ

最後ちょっと違うんだけども

今作の監督脚本家が合わないと思った方は他の作品を見て評価を考え直してみるのもどうでしょうか?

ちょうど来週4/11(木)から今作の監督木村隆一監督を務めるアイカツ!再放送MXで始まります

https://twitter.com/TOKYOMX/status/1113750055494856705

そして来週来週4/12(金)から今作の脚本家ますもとたくやも脚本を書いているゾンビランドサガが、早いところでは今日から再放送が始まります

<script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

多くアニメを見ていると好きではない作品も中にはあると思います

だけど、それを作った人に親を殺されたかのように憎む前にまず同じ人が作った別の作品を見てはどうでしょうか?

そしてそもそも前作が人気になった経緯やその時の様子、この作品を作ることになった原因やそれを取り巻く環境を改めて考え、そこから自分の伝えたいことは何なのか考えてみてほしいです。

以上、アニメ見るのが大好きな無職チラシの裏にでも書くようなことでした。

2019-01-23

本日解雇通知を受け取った【元ネタ(登山記事)追記有】

登山家ドクターストップくらった記事を元に適当でっち上げた。注目エントリーに入るくらいブクマがつくってこと♡


次は同手法人気エントリーを♡目♡指♡す♡

 元ネタこち

ドクターは「よくここまでこの肉体と年齢で頑張ったと思います。ただこの標高はもう生物学的に86歳の限界です。

生きて帰る為に今日下りる、この判断をいたしました。

ここまでよく本当にがんばられたと思います。それだけでも素晴らしい記録だと思います

と登頂はできなかったが、6000メートルまで登った三浦さんの行動をたたえた。

 改変後は ↓

本日勤めていた会社から解雇通知を受け取った。要領よく書くようにするから付き合ってくれ。そしてブクマしてくれ。

解雇通知書には次のようなことが書いてあったんだ。要するには「よくここまでこの地頭で頑張った!!!! ただこの職務はもうお前には無理なの。今日解雇する、この判断をいたしました。」

何といったらよいのか?どうせ俺は大した偏差値の高くない大学をヒーヒーいわしながら出た輩だけど、この地頭で頑張ったとか( ^ω^)・・・ないわー

また解雇通知書には次のようなことも。「ここまでせいぜいがんばったと思います。」

せいぜいって何よ!!!!!解雇するにしてもこれはないわー

心機一転就活しよう

2019-01-15

「もうこいつ死んだ方が幸せだろ」ってのあるよな

単純に難病で苦しんで快復の可能性がないとか、お前の命いま1ペリカ状態とか。それでも生きてきたきゃ無理に死なせんでも良いとは思うが、もうこいつむりやろって場面あるよな。

自分うんこ製造機であることに感謝しつつ生きるって、難易度の高さ異常だろ。仏も拝みだす精神力

そんな宣告したくない気持ちもわかる。こんなん言ってる俺だって実際問題、まじめにコツコツできない奴に、逆転なんてないから諦めろ」って伝えた相手失踪なんてしたら後味悪すぎる。

ももう頑張った分だけ幸せになる、って嘘ついて尻たたくのは残酷だよな。手の届かないものに期待させるわけじゃん。

そら頑張ったら何とかできる奴もいるけど、たまたまそこに落ちぶれたんじゃなきゃもっと前に解決してる。

どうしようもないとこに落ちるべくして落ちた奴って、もれなくクズじゃん。

三十四十のおっさん心機一転ゼロから始めたとして、人生かけるにゃ遅い。そこまででまともな経験がありゃ別だが。例えばヒッキーおっちゃんに、どんな経験を活かすよう伝えたら良いんだよ。

もう大人しく死ぬよう薦めるのも優しさじゃないか他人よりできないことを、他人よりハンデ抱えてやらせんだろ、むりやん。

誰でも何かしらできるはずって幻想幻想

まともに暮らしてると視界に入らんだろうけど、無駄に足掻いて死んだポンコツ達っているよ。

教養もなくて知能もなくて性格もクソで経験もなくて若くも健康でもないおっさんって生きてく方法ないよな。なおせりゃキッズの時点でなおるしな。

俺はその道をじっくり辿ってるから、たどり着いたら「ほうか、死ねや」言うてくれ💩

2019-01-11

お絵描きコンプレックス

匿名ダイアリー初心者なので、不備があったらごめんなさいと初めに言っておきます

私は小さなからお絵描きが大好きだった。筋金入りのオタクであり、家庭もオタクとして受け入れてくれたので、好き放題お絵描きしていた。私は発達障害なんだけど、星のカービィが大好きで、ずっとカービィカービィに出てくるアドレーヌリボンちゃんチュチュを描いてた。後に知ったが発達障害あるあるとのことでビックリした。

幼稚園小学校低学年あたり。私は誰かと遊ぶよりお絵描きを選んでいた。同じようにお絵描きを一緒にするクラスメイトがいたので、その子達と教室でひっそり、時には熱の篭った語り合いをしたりと、オタクながらそういう楽しみがあった。まぁオタクだとバカにされいじめられてたけど、それでも漫画が大好きで、お絵描きが好きだった。それだけで生きてた。ゲームして、お絵描きして、本読んで、漫画読んで、おやつ食って、寝てた。我ながら、マイペース過ぎると思うが、幼い頃の私にとってそれが当たり前だった。

お絵描きをしていて、20数年間、一度も褒められたことはない。これは誇張でも何でもなく、本当に誰からも褒められたこと、上手だね、と言われたことが、これっぽっちもない。親からも「あんたは絵の才能ないよ」と言われるほど、絵の才能というものは無かった。

褒められないのに描き続けるって、すごいと思う。幼い頃の私は自我が余り芽生えていなかったせいか他人賞賛に気を取られることがそこまで無かった。ていうか、褒められたことがなかったので、そういうもんだと思ってた。その頃の私は、とにかく、絵を描くことが大好きだった。お話を考えるのが好きだったので、将来は漫画家になるんだと勝手に決めていた。

私の同じクラスに、とても絵が上手い子がいた。

イラストオタク的なことを踏まえても、クラスから「上手いね」とワラワラ集まってくるほど、上手だった。その子と私はそんなに仲良くなかったけど、親同士が仲がよかったため自然距離が縮まっていった。そうなると、自然な流れでお絵描き仲間になる。

私はその子が好きだった。イラストも上手だし、性格大人びていて、何事もスマートに済ませるタイプだった。ドン臭くてオタクいじめられがちな私とは全く違う子だった。

大好きだった。けれど、ドン臭い私だけど、直接面と向かって比較されるのは、流石に堪えるものがあった。

悔しくて夜は泣いてた。私は私の絵が好きだったから。絵を描くのが好きだったから。好きでやってんのに、勝手にその世界に踏み込んできて「あなたの絵はあの子に比べてあんまり上手くないね」と値踏みしてくる。その無神経さに、私はだんだんコンプレックスというものを覚えるようになった。

傷付くだけでは癪なので、バカの一つ覚えみたいに描いていたスタイルを変えた。絵柄を研究したのだ。当時大流行りだったありなっちには絶大な影響を受けたし、他にも「こういう目の描き方はどうだろう」とか「もっと手や足のバランスを考えなくちゃ」とか、おバカなりにも頑張ったのだ。もがいたのだ。私の世界を踏みにじられないように。

私の努力は余り実らなかった。まず第一声が「絵柄が変わりすぎて、変だ」と言われたこと。その時は、その言葉が重すぎて、自分の絵柄ってなんだろう、ていうか褒めたこひとつもないくせに絵柄がどうとか今更なんなんだ、と思った。

一番心に残っていることは、まだ幼稚園とか保育園あがりの下級生に言われたこと。

の子供たちは件の絵の上手い子のイラストを見て「この人!すごい!じょうず!きれい!」とはしゃいでいた。その次に、私の絵を見て「この人の絵は好きじゃない」と、ハッキリと、何の悪意もなく、見ず知らずの私の絵に向かって、そう言ったのだ。私はそれをドアの向こうで聞いてしまったのだ。

あ、私、絵が下手なんだ。

ハッキリと理解出来たのは、多分、その時が初めてだったと思う。

同時に、やんわりとだけど「絵が下手ということは、他人不快感を与える」ということが心にずっしりのしかかってきた。

の子に対するコンプレックスは、結局消えることがなかった。拗らせまくった私はその子イラストをパクっちゃうようになった。上記バックボーンを読み解けばお分かり頂けるだろうと信じる。ただ教師からすれば、私は他人の絵やアイディアを盗む問題児だった。何度も注意された。他のクラスメイトたちの前で注意されたので、ビックリするくらいの速さで「記事主(私です)は絵が下手だからパクってる最低のやつだ」と情報が出回った。つまり子供ながらに、こいつはコンプレックスに溺れてる奴なんだ、ということが知れ渡ってしまったのだ。その通りなんだから、私は何も言わなかった。口数は減り、絵を描くことへのコンプレックスや、その子に対するコンプレックスはどんどん膨らんでいった。

話はトンと変わる。

私はそんな小学校生活が嫌すぎて、私立中学へ進学した。心機一転し、お絵描き仲間もいたので、アホみたいにずっとオタク話をしつつ絵を描いて手紙交換してた。相変わらず褒められることは特になかったけど、絵を描く楽しさは少し取り戻せた。

進路を決めるとき、なぜだか分からないけど、当たり前のように美大進学をする流れになった。オタクだし、いつも落書きしてるし、じゃあ美大でしょ?みたいなノリでみんな美大進学を決めていた。

私は、その"ノリ"に、ある種の嫌悪感を覚えた。

だって、誰からも褒められたことの無い人が、なんでその手の専門分野にノコノコと踏み込めるの?コンプレックスが心の底で燻っていたんだと思う。私は絵が下手だ。好きだけど、下手なんだ。いくら勉強しても、努力しても、ダメなもんは、ダメなんだ……。

「いつも絵かいてるなら任せてもいいよね?」と勝手に頼まれ文化祭の表紙絵。部活のチラシ。頑張って描いた。オタクっぽさを抑えたつもりで、なおかつ、見栄えするように色んなイラスト雑誌を参考にして、描いた。「オタクっぽくないやつってお願いしたんですけどね」「え?マジでこれ、人前に出すの?」どれもこれも、散々言われて、却下された。ねぇそれ、寝ないで描いたんだけど。下手なのは分かってる。でも、そんな一蹴されてもね、私は、どうしたらいいんだろうね。そんな言葉を言うくらいなら頼まないでよ。好きで下手なんじゃないんだよ。好きで描いてんの。何時間も構図考えて装飾も書き込んで細いペンガリガリ描いたの。わかんないよね、だってあなた達はジャッジする側の人だから。絵が下手だと、気持ち悪いと、判断を下すのは、至って簡単ことなんだ。

学生なんだから仕方ないよ、と、思った方もいるでしょう。子供だし言葉選びが出来ない面もあったと思うし、私自身好かれてるわけじゃなかったのかもしれない。

3年ほど前だろうか、私はあるジャンルにおいてとても活発に活動していた。

学生の頃の対人関係は断ち切って、趣味に打ち込んでいた。その一環で、少しだけだがイラストを描いていた。ほんの少しだし、やっぱり評価はなかった。でもそのジャンルで、初めて、褒められることがあった。初めてだった。そのおかげで私は一次創作が大好きになったし、今でも感謝している。だからイラストよりも他のことで満たされていた。とても幸せな日々だった。充実していたし、ここにいていいんだ、と思えた。

そのジャンルで、とても過激な人がいた。ビックリするほど過激だった。言いたい放題言いまくり形容し難いがともかく人格に異常があるんじゃないか?ということが多々あり、私は彼女と険悪であった。というか私が一方的に嫌っていた。その人は要するに絵描きで他のジャンルでも活躍している方だった。

私がその方を嫌っているということが知れ渡った途端、数人が「ブログ主は、絵が描けないからね」「絵が描けないからって、嫉妬丸出しで恥ずかしい」と言っている、ということを、人づてに耳にした。その悪口を言っている人達は、普段、私と懇意にしている人達だった。

サーっと血の気が引いて、ガラガラと積み重なっていたものが崩れていった。どうやって辿り着いたかからないが、病院に行き、過呼吸を起こし泣き崩れた。あまり覚えてないが、安定剤を投与され、しばらく横になっていたのはうっすら覚えている。

まだ言われるんだ。

いつまでもイラストが下手だって、描けない人間なんだってカテゴライズされるんだ。

気持ち悪いとか不快とか怒ったとか、そういうのは、あまりなかった。

カテゴライズされることは、子供からとかそういうわけじゃなくて、大人になっても、こびりついてくるものなんだ。イラストを描ける、描けない。上手い、下手。こんなことで、人間仕分けるんだ。ニコニコ笑って遊んでても、心のどこかで「こいつは絵が下手だから」こうやって思ってんだ。

ぶん殴られた気分だった。ゴルフクラブフルスイングされたくらい、衝撃だった。結論から言うと、絵が描けなくなった。絵だけじゃない。創作物全般が、だめになった。絵描きさんが、怖くなった。

たまに見かける、絵師絵師だけでしか交流しないという愚痴。私は愚痴すら出てこない。そういうもんだろ?ってもう決めつけてるから技術を持った者同士が仲良くなるのは当然のことだし。ただ上記のことで分かったのは絵師同士でも裏側ではバチバチ険悪な場合があるってこと。あと、私の子供の頃みたいにコンプリスペクトが混ざりあってごちゃごちゃになって結果絵柄やストーリーはてには日常生活までパクっちゃう人もいること。悪意があるにしろないにしろ、そういう人々も、結構いた。

なんで私が突然こんな自分語りを始めたかというと、おそらく5年振りくらいにペンタブに触ったからなんです。結論から言うと、楽しかった。ここ数ヶ月スケッチブックに絵を描いてたんだけど、やはりコンプレックスが強すぎて画像載せても消してしまってた。界隈にはイラスト激ウマ人間ゴロゴロいるし、比較されたくない一心だった。

余りデジタルは触ったことなく、ペンタブもホコリ被ってたけど、手探りでペンタブを弄ってたら、楽しかった。語彙力皆無で申し訳ないんだけど、楽しかったの。お腹も空かなかったくらい、熱中した。もちろん下手くそなので評価とかはない。でも楽しい自分なりに上手く出来たんじゃな〜い?みたいな自己肯定感が生まれた。

お絵描きへのコンプレックスは消えることないと思う。でも、やっぱり私はお絵描きが好きなんだ。誰から評価されないけど、私は私の絵が好きだ。下手だなって思うけど、自分なりに上手く描けたなってとき、それは宝物になるよ。ぜったいに。

2019-01-01

新年から心機一転がんばる

とか思うけどできるならもうやってんだよなあ

アプリとかでのおみくじ大吉3連続出たんだけど今年の運使っちゃった感じある

2018-12-03

平成最後だしポンコツSE転職事情さら

平成最後だし、なんかい不況が来るかもわからない状況な気もするし、

今のうちに年収上げておきたいなんて考えている人もいるのかなと思い、

本当に普通な感じで埋もれているエンジニア転職した時の話をしようと思う。

現在私は同業界大手企業で働いている。転職結果としては年収も大きく上がったし、

職場環境も申し分ないので成功したと思っている。

 

スペック転職時)

 年齢:39歳

 

 <前職>

 中堅の独立系SI企業WEBSierもやってるような感じ)社員600名程度

 に所属していた。勤続は7年目

 

 <技術力>

 技術力はほんとに並の下程度。

 JavaとかPHPとかやっていて、PHPがメインだったかな。主にWEBサービスを作ったり、社内WEBシステム作ったりしてた。

 プログラミングの基礎はあるし、SQLやその他DB知識もそれなりにある。サーバー知識あんまりないし、

 Linuxコマンドは正直ちょっと苦手だし、AWSとか触ってないし、なんならApacheだってそんなに詳しくない。

 ググっていつも解決する。フルスタックエンジニア?なんだそれ?こちサーバーサイドエンジニアだ、文句あんのか?

 

 新しい技術言語は基礎があるので飲み込みは早い方だと思う。なので対応力はある方だ。Rubyでもpythonでもコード見れば読めるし、

 大抵のことは理解できると思う。でも業務では使ってない。JQureyもまぁ普通に使えるけどJSコードとかたぶん汚いと思う。

 

 色々と新しい技術をググって記事見たりして「わかった気になるタイプ」だと思う。36歳くらいでやっと「デザインパターン

 知らないとやばいんだ。勉強しないと!と焦って本だけ一応読んで「わかった気」になった。

 

 ここまで読めばわかると思うけどエンジニアとしてはだいぶ「ポンコツ」だ。

 でも仕事のためにやってるエンジニアとか結構こういう人が大半な気もするんだよね。

 立ち位置は開発リードとか設計とか上流も少しやってた。年齢のせいもあると思うけど、

 まぁうまく立ち回って仕事してた感じだと思う。コミュ力はそれなりにある方だと思う。

 もうエンジニアとかお前が名乗るなよとか言われそうだな。。。すまん。

  

転職活動の経緯

転職理由

 このまま、今のポジション仕事を続けてたら永遠に新しいこととか他の言語を使って業務をすることができそうになかったから。

 嘘だ、人間関係だ。ほとほと同僚、後輩、パートナーに愛想が尽きたからだ。それと上司やその上の部長にもだ。

 客先で顧客と一緒に仕事をしてたが顧客側の人はほんとにまともで良い人ばっかりだった。転職する時にそれだけ、ちょっと寂しくなったな。

 ポンコツながらプロジェクトでは納期を守り何とかやり抜いてきたが、全く評価されない現実もあり、それも嫌だった。あと、給料安い。

 表向きはいろんな理由があるだろうけど、転職する人の理由はきっとこれが現実だと思う。

 

概要

 転職を決意

 ↓

 とりあえずビズリーチよさそうねとか何も吟味せず登録

 ↓

 エン転職にも登録(以前使ったから)

 ↓

 DODAリクルート系は良い思い出が一切ないので登録してない。

 ↓

 ギークリーというところからビズリーチ経由で勧誘

 ↓

 一応そこの担当面談してギークリー利用

 ↓

 ビズリーチギークリーとエン転職転職活動

 ↓

 ビズリーチ経由でA社で外資強めの転職エージェントに会う。

 ↓

 ビズリーチ経由でB社で金融ITに強めの転職エージェントに会う

 ↓

 最終的にA社で3社応募して、2社内定をもらい転職した。

<詳細と雑感>

 転職しよう!と思ってからとりあず動けーーー!って感じで動いた感じです。

 総応募数は覚えてないけど30~50社くらいだったと思う。書類で超落ちる。年齢のせいも大きい。

 エン転職スカウト全然ダメだった。めぼしい企業がなかったし、年齢のせいか知らんけど、

 タクシーちゃんとかトラック運転とかそういうのも来てた。

 ギークリーから応募したのが一番多いと思うけど、とにかく手あたり次第に紹介してくる。

 よさそうな企業もあったけど、面接まで行ったのは4社程度ですべてお祈りだった。

 2次や最終までは行くが、いまいち紹介された企業自分志望動機を合わせる作業がどうにも苦手でうまく行かなかった。

 ギークリーはほんとに求人が多いから、たくさん見て選びたい人には向いてると思うけど、自分には向いてなかったな。

 他にもビズリーチ経由で4社くらい直接カジュアル面談があったけど、有名なY社とか、運輸系のY社のシステム会社とか、

 印刷系のD社の子会社とか、どれも最初カジュアル面談で、それ以後連絡なかったなぁ。

 カジュアルと言いながらガチ面接なこともあったな。

 

 そんな感じで行き詰って2か月。心機一転また別のところ!というのと、

 自分でもう一度ポンコツなりに職務経歴書を頑張ってブラッシュアップし、面接対策もして、改めてA社とB社とつながった。

 B社からの紹介はとても面白い会社だったし、一次面接もかなり好感触だったのだが、なぜかその後に論文筆記があり、

 書いて出したら、落ちた。どうやら思想が合わなかったらしい。

 A社から紹介されたのが、医療系のWEBサービスの会社と誰もが知ってる大手企業

 どうやら大手企業とは結構つながりのあるエージェント会社だったみたい。

 自分大手に行けるか半信半疑だったが、面接対策結構しっかりしてくれて助かった。

 同じ質問面接でされたので、うまく答えることができたと思うし、職務経歴書も一緒に見てくれた。

 そして、2か月でこの医療系の会社大手から内定を頂いた。転職活動は実質4か月くらい。

 どちらも良い会社だったので、本当に迷ったが、大手の方にした。

 断るのもエージェントがやってくれるのでこれも結構気持ちが楽だった。

 

<振り返って思うこと>

 ポンコツなりにアピールできるポイントがあれば、それをしっかりアピールするような職務経歴書を作ったり、

 私の場合は3回目の転職だったので、今までの経歴をきちんとよどみなくアピールできるような練習有効だった。

 転職活動初期は全然対策してないこともあって、やっぱり落ちたのかなと思う。

 だんだんエンジンがかかって、面接にも慣れていき、最終的に大物ゲットできた感じだ。

 そして、面接ではやっぱり自分はできる奴だ!ということをちゃんアピールした方がいいと思った。

 謙遜かいらないし、こういう職務なんですができますか?と言われても、普通に全然問題ないです。くらいに言ってもいいと思う。

 

 ハイスペックエンジニアかいやいや十分すごいですわ的なエンジニアは、自分活動して、普通に交渉もして、

 自分がより有利な環境を手に入れることができると思うけど、私のようなポンコツ普通にエージェント使って、

 普通に応募して、面接対策しっかりして、志望動機ちゃんと頑張ってたくさん考えて、ちゃんと喋る練習して、それで行けば結構いけると思う。

 落ちるのはやっぱり職務経歴書がまだちゃんと練れてないのと、面接練習や、志望動機が甘いんだと思う。そこを頑張れば良い環境転職できると思う。

 

 おススメのエージェントとかは特にいかな。自分に合ったもの自分転職活動しながら、見つけるのが良いと思う。

 1つ言うならエージェントを1つに絞らないことかな。忙しくなるけど、いろんな所と付き合って、自分に合うところを見つければいいと思う。

 そういう意味ではビズリーチは大小さまざまなエージェント会社があり、そこから連絡がバシバシ来るので登録しておくとよいかもしれないです。

 

<まとめ>

こんな感じだ。読み返すとあんまり参考にならないかもしれない。。。

私は前の会社全然評価されなかったが、今の大手に移ったら、普通に評価が上がって、給料もしっかり上がった。

環境次第で人の評価って全然変わるし、所詮評価する側のフィルターをかけた評価なんてやっぱり気にしなくていいんだと思った。

実際前職の部長退職の旨と転職先の話をした時に「子会社ですか?」とか言われたし、「いえ、本体です。」と答えたら「マジで?」という顔をしてた。

部長フィルターでは自分評価はそんな感じだったんだなと実感した。

ももちろん良いフィルターをかけて評価してもらっていると思うけど、自分にとってどっちが良いかは明白だし

その良いフィルターが本当になるようにもっと努力したいと思う。

 

今の市況ならほんとに転職すれば年収上がるくらいの状況だし、勤続3~5年以上で、

自分の現状に不満があるなら、いっちょやってみるのも良いかもしれません。

誰かの参考になれば幸いです。

2018-11-27

鬱積した気持ちがある日突然晴れた話

嬉しすぎて酒を飲んで、支離滅裂文章となっているため、真意が伝わるかは不明だが、今思っていることを書き留める。

去年の今頃だろうか、環境に対する不満や人間関係自分の周りの環境の変化などが相まって、気分が塞ぎ込んだ。

まさか自分鬱病になるなんてない、と思っていたが、どうやらその症状は、かねてから聞いていた鬱病という症状に近いような気がした。

そんなこんなで心療内科複数回通院し、カウンセリングを受けたところ、案の定鬱病に近い症状が出ていることが発覚した。

医師は直接鬱病という診断は起こさなかったものの、医師に「私は鬱病なのではないか」と問いかけをしたところ、「正直、それに近い症状は出ている」と言われた。

そこから学校を休んで、今年の4月に、とりあえず学校に行く気持ちになったので、年度初めに大学院には復帰した。

しかしどうもやる気が出ない。

昔取り組んでいた研究テーマについても、まったくもって継続して取り組もうという気持ちがもてず、丁度修士論文執筆しなければならない年であったこともあり、研究テーマを変える決断をした。

そんなわけで研究テーマを変えて、指導教官も変えて、心機一転やってやるぞ、という気持ちを抱いていたのだが、どうも進まなかった。

そのまま修士論文執筆時期を迎え、流石にそろそろ進捗やべえなあと思いながらも、依然としてやる気が出ない。自分が休んでいる間に成果を出していた同期が自分より上のステージに進んでいたし、周りも成果が出始めている時期だった。

かくいう自分は休んでいる間に進捗が生まれるわけでもなく、成果も生まれていない。

指導教官からは、「気にせず、一からやっていこう」と優しい助言をもらったが、自分の中では同じスタートラインに立っていた仲間がすでに別のステージに居ることが耐えきれず、「自分だってそうなれたかもしれない」という思いを抱いていると、どうも何かに取り組むという気持ちを抱くことが出来なかった。

そんなこんなで、表向きには復帰をしたものの、鬱々とした気持ちを抱いたまま過ごしていたのだが、今日ある日、ひょんな契機をきっかけにやる気が湧いた。

それが直接的に何だったのかを言及することは控えるが、その姿を見て、自分もやってやろうと思えるようになった。

そのとき、何が悪かった、何が自分の心に影響していたのかということも、若干ながら気づくことが出来た気がする。

具体的には「同じトピックについて議論できる仲間が(教員を含め)存在すること」が欠けていた。

それは自分説明能力の低さだったり、キャンパス研究室の環境といったところにも由来するかもしれないが、自分の中で、自分のことを理解してくれる人などいないという思いが鬱積して、たまりにたまりこんでしまった結果だったのかもしれない。

そういう意味では研究室を変えたことや、研究室を変えても人とのつながりを維持していたことはプラスに働いたのかもしれない。

とかく、この経験から私が言えることは

の2つは大事ことなのかなと。

2018-11-01

スマッシュブラザーズ、新キャラPVの「参戦!」英語まとめ

スマッシュブラザーズ新規キャラクター参戦が発表されるたびにYoutubeリアクション動画投稿されて話題になっていますね!

自分もそのての動画を見て楽しんでいたのですが、リドリー参戦を見た時に気になったことがありました。

Ridley Hits the Big Time!

あれ?日本語ではすべて「リドリー参戦!」といった具合に「~参戦!」で統一されているけど、英語版はそれぞれ違っていてバリエーションがあるのかな?  …と

調べてもこれをまとめたのが見つからなかったので、まとめてみました。

キャラクター名(日本語キャラクター名(英語参戦!の英語表記語句語句意味意味言葉遊び?要素(推測)
むらびとVillagerVillager Comes to Town!---
ロックマンMega ManMega Man Joins the Battle!---
Wii Fit トレーナWii Fit TrainerWii Fit Trainer Weighs In!weigh in計量する、割って入る、仲裁に入る計量する→体重測定?
ロゼッタチコRosalina & LumaRosalina & Luma launch into battle!launch into始める、門出するLaunch:(ロケットなどを)打ち上げる→ほうき星天文台
リトルマックLittle MacLittle Mac Punches In!punch in打ち込むボクサー
リザードンCharizardCharizard Fires it Up!fire up火をつける、始動させる、駆り立てるほのおタイプポケモン
ゲッコウガGreninjaGreninja Makes A Splash!make a splash音を立てる、あっと言わせる、水しぶきを上げるみずタイプポケモン
パルテナPalutenaPalutena Alights!alight降りる(天から)降りる?
パックマンPac-ManPac-Man Hungers for Battle!hunger for切望するHunger←ゲーム性から
ルキナLucinaLucina Wakes Her Blade?!--ファイアーエンブレム 覚醒(Awakening)とかけてる?
ルフレRobinRobin Brings the Thunder!--サンダーソードという武器を使う
シュルクShulkShulk Foresees a Fight!foresee見越す、予見する未来視という能力がある
クッパJr.Bowser Jr.Bowser Jr. Clowns the Competition!clownふざけるいたずら
ダックハントDuck HuntDuck Hunt Takes Aim!take aim狙いを定めるカモを狙い撃つゲーム性から
ミュウツーMewtwoMewtwo Strikes Back!strike back殴り返す、反撃するミュウツーの逆襲
リュカLucasLucas Comes Out of Nowhere!come out of nowhere突然やってくるリュカはノーウェア(Nowhere)島に住んでいる
ロイRoyRoy Seals the Deal!seal the deal契約を結ぶ、取引を固めるロイ封印(seal)の剣の主人公
リュウRyuHere Comes A New Challenger! Ryu--ストリートファイター乱入時のメッセージ
クラウドCloudCloud Storms into Battle!storm into押し入る、突入するStorm Clouds(凶兆、悪いことが起こる前兆
カムイCorrinCorrin Chooses to Smash!choose to do決めるファイアーエンブレムifの「運命分岐点」で選択肢を選ぶから
ベヨネッタBayonettaBayonetta Gets Wicked!---
リドリーRidleyRidley Hits the Big Time!hit the big time成功する、一流になる、大当たりするRidley is too big.というネットミーム
シモンSimonSimon Lashes Out!lash out暴力攻撃する、食って掛かるLash(ムチ)→メインウェポンがムチ
リヒターRichterRichter Crosses Over!cross overクロスオーバーする、枠を超えるCross→横必殺技クロス十字架ブーメラン
クロムChromChrom Joins the Battle!---
ダークサムスDark SamusDark Samus Joins the Battle!---
キングクルールKing K. RoolKing K. Rool Comes Aboard!come aboard(船に)乗り込む、参加する船に乗り込む→キャプテン
しずえIsabelleIsabelle Turns Over A New Leaf!turn over a new leaf改心する、心機一転するとびだせ どうぶつの森」の英語タイトルが「Animal Crossing: New Leaf
ケンKenKen Turns Up the Heat!turn up the heat温度をあげる、強火にする、勢いを増すケンリュウと違い、昇龍拳で火を噴く
ガオガエンIncineroarIncineroar Enters the Ring!enter the ringリングに入るプロレス技を使うキャラクターなので
パックンフラワーPiranha PlantPiranha Plant Pipes Up!pipe upしゃべり(歌い)始める、甲高い声で話す、汲み上げる土管
バンジョーカズーBanjo-KazooieBanjo-Kazooie are Raring to Go!raring to go今か今かと待ち切れない、~したくてしかたがない開発元がRare社
勇者HeroThe Hero Draws Near!draw nearそこに向かって動く

備考)ベヨネッタの「Get Wicked」は調べてもヒットせず、いまいちわかりませんでした。Wickedは「邪悪な、いたずらな」という意味

こうしてみるとキャラの特徴をとらえた言葉選びがあって面白いですね!

調べてたら発見した関連ページ

http://smashbrossp.net/archives/8777

https://smashbrosmatome.work/2018/09/17/post-3706/

http://smashwiki.info/%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%96%E3%83%A9SP%E3%81%AE%E5%8F%82%E6%88%A6%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%88%E9%9B%86

追記

遊んだことな元ネタゲームが多く言葉遊び要素が分からなくて探すのに苦労しました。コメントでご指摘いただいた部分は修正してます

あと自分はどっかまとまった情報が見たかっただけなので、誰かこの情報をどこかのサイトにまとめ直してくれてもいいです。

2018-10-21

ウミウ「生きるのに疲れたう」

ウミウウミウだう」

ウミウ「まず初めに、おことわりしておくう

ウミウ「この日記は、その辺にいる適当大学生が『けものフレンズ』に出てくるウミウの口調を借りて愚痴日記だう」

ウミウ「一応、ウミウデザイナーかい職業副業でやってるう」

ウミウ「てことで、まあその辺のことを踏まえながら読んで欲しいう」

ウミウ「で、ウミウは何を言いたかったんだう」

ウミウ「……」

ウミウ「…………」

ウミウ「……そうだう、生きるのがつらいってことう」

ウミウウミウ最近、生きるのがつらいう」

ウミウ大事なことだから二回言ったう」

ウミウウミウがこうなったのは、たぶん高校卒業間際の冬のことだったと思うう」

ウミウ「その頃、ウミウの家庭事情ボロボロだったう」

ウミウ「母はアルコールニコチンに溺れ、父は神経過敏で物音一つにも激怒し、モノに八つ当たりしてたう」

ウミウ「それを力で押さえつけてしまってはご飯も食べさせてもらえなくなるう。住む場所もなくなるう」

ウミウウミウは無力だったう」

ウミウ「そんな中、ウミウの唯一の救いだった高校というモノが卒業を間近にしたのだう」

ウミウウミウ高校は良かったう。絵を描ける人がいたう。文章を書ける人がいたう。音楽を作れる人がいたう。いろんな学問で全国トップレベルの人がいたう。いろんな趣味を極めてる人がいたう」

ウミウ「彼らはみんな、ウミウにいろんな刺激を与えてくれたう」

ウミウウミウは、そんな日常が大好きだったう。そんな日常があったから、人生に生きる意味があると思っていたう」

ウミウ「でも、高校3年生も終わりに差し掛かりつつあった頃、だんだんと授業も減り、周囲はみんな受験モードへと切り替わっていって」

ウミウウミウは、行き場をなくしたう」

ウミウ「つらかったう。ハッキリ言って、地獄だったう」

ウミウ「一番落ち着けるはずの我が家が一番落ち着けない、というのは案外つらいものう」

ウミウ「その頃、ウミウ毎日首を吊ることだけを考えてたう」

ウミウ「毎晩、家のベランダから空を見上げて、コーヒーを飲みながら死後の世界について考えていたう」

ウミウ宗教科学ウミウを救ってくれるのか、考えたこともあったう」

ウミウウミウ浅薄知識片手に、ウミウはいろんな文献を漁って、いろんな人に話を聞いたう」

ウミウ「でも、ウミウは救われなかったう」

ウミウ「どうしてこの世界は生まれたのか? どうしてウミウは生まれたのか? どうしてウミウはこんな境遇にあるのか?」

ウミウ「その答えを出してくれるものは何一つなかったう」

ウミウ「当然受験には失敗したう。だって勉強なんて全くしてなかったう」

ウミウ「そうやって悶々としてるときウミウは『けものフレンズ』というアニメ出会ったう」

ウミウウミウは感動したう」

ウミウ「こんなクソッタレ世界のどこかにも、ジャパリパークみたいな世界がある」

ウミウウミウはそう思えたんだう」

ウミウ「それが、ウミウの唯一の希望だったんだう」

ウミウそれからウミウはいろいろと頑張ったう。この世界には何か答えがあるはずだ、そう思って」

ウミウ「生の意味を知るために生物系の大学を目指したう。将来どうやって生きるか考えて、一番自分に合ってると思ったデザイナーのまねごとを始めたう」

ウミウ「あと、少しだけけものフレンズ二次創作をやったりもしたうね」

ウミウ勉強仕事の両立は、案外大変だったう。けど、つらくはなかったう」

ウミウ「何かに打ち込める、何かを目標にできる、人から必要とされる」

ウミウ「それがとっても嬉しかったんだう」

ウミウ「そうこうして、ウミウ大学浪人生活は終わったう」

ウミウ「どうにか第一志望の大学には受かって、ウミウは期待に胸を膨らませたう」

ウミウ大学ではどんなすごい人がいるんだろう? どんな風に自分は成長できるんだろう? どんなことが学べるんだろう?」

ウミウ「そう思っていたう」

ウミウ「だけど、大学に入って、1ヶ月が経ち、2ヶ月が経ち」

ウミウウミウは、ある種の絶望感を味わったう」

ウミウ「誰一人、『ついていきたい』と思える人がいなかったんだう」

ウミウ「もちろん、人間として素晴らしい人はたくさんいるう。とっても精力的に活動している同級生研究サークル活動に没頭して成果を出している先輩たち、世界的に有名な教授陣」

ウミウ「彼らは、ウミウとは大違いですごい人種だう」

ウミウ「だけど、ウミウが求めていたのはそういう人たちじゃなかったんだう」

ウミウウミウは、圧倒的な実力で凡人を殴るような天才世界生命意識や……そういうふわっとしたものたちを大真面目に考えて頭を狂わせるような奇才」

ウミウ「そういう人を、求めていたんだう」

ウミウ「でも、そういう人種はいなかったう」

ウミウ大学というのは日本における最高学府だう。そんな素晴らしい機関の中にだったら、きっとそういう人もいるんだ、答えを貰えるんだ、いや貰えなくても論じ合えるんだ……と思っていたのに」

ウミウウミウは悲しかったう」

ウミウ「せっかく浪人間中頑張って勉強して入った大学がこんなんだったんだと」

ウミウ「だからウミウは思ったう」

ウミウ自分が全力で頑張っていれば、きっといつか答えは見つかるって」

ウミウ「そう思ったんだう」

ウミウ「頑張っていれば、いつか何かが起こるだろうって」

ウミウ「そう思って、ウミウはがんばったう」

ウミウウミウは今までの仕事のほかに、いくつかバイトをかけもちしたう。サークルは4つ入って、ほぼ毎日大学に寝泊まりするような状態になったう。同人活動ももっと本格的に始めていって、夏コミにも出たう。講義も真面目に受けて、まあまあいい感じの成績を取ることも出来たう」

ウミウ「そしたらある日、ウミウは手のしびれを感じたう」

ウミウ最初は血の流れが悪いだけかな?と思ったう。だけど痺れはなかなか取れなくて、ウミウ病院に行ったう」

ウミウウミウは、神経系病気頸椎ヘルニアを患っていたんだう」

ウミウ「このまま頑張ってたら、いつか半身不随になるぞって、お医者さんに言われたう」

ウミウウミウは怖くなったう」

ウミウ「結局、バイトほとんど全部やめたし、サークルは1つを残して全部やめたう。しかも、ちょうどその頃は大学夏休み間中で、講義もなかったう」

ウミウ「てことで、ウミウはヒマになったう。そしたら、そこに生まれたのはただの虚無だったう」

ウミウ「また、何も拠り所がなくなった……そう思ったう」

ウミウ「だけど、ウミウにはまだ希望があったんだう」

ウミウウミウは、けものフレンズ同人活動をやっていて、その中で1つ出来た、少し大きめのグループがあって」

ウミウ「そこはすごいんだう。たくさんのクリエイターがいて、たくさんの賢い人がいて」

ウミウウミウ心機一転、そこで頑張ろうって思ったう。もちろんもうムチャは出来ないから、出来る範囲で、だう」

ウミウウミウは……まあがんばった、んだと思うう。一応、なんとなーくリーダーっぽい感じのポジションに収まったりもしたう」

ウミウ「そしてある日、ウミウはそこのみんなに聞いたんだう」

ウミウ「『フレンズにはどんな死生観があると思う?』って。『何か、そういうものを訴えかけた創作物が作れないかな?』って」

ウミウ「さあ、どんな答えが返ってくるんだろう、どんな議論が出来るんだろう……ウミウは楽しみに思ったう」

ウミウ「だけど、返ってきた答えはみんな、『けものフレンズはそういうのじゃない』『求められているものは違う』『グロとか暗い展開とか無理』みたいな答えばっかりだったう」

ウミウウミウがっかりしたう」

ウミウウミウは……ウミウは、いったいどうすればいいんだう」

ウミウウミウは、どうすれば答えを得られるんだう?」

ウミウ「『けものフレンズはそうじゃない』? けものフレンズはそんな浅薄コンテンツじゃないと思うう。少なくとも、そこを議論しなきゃ深みのあるモノなんて出来ないと思うう」

ウミウ「『求められているものは違う』? ユーザーニーズ分析なんて仕事で腐るほどやってるう。二次創作って、そういうニッチなところを攻められるものなんじゃないんだう?」

ウミウ「『グロとか暗い展開とか無理』……。まあ、死生観を語らせる上で、フレンズの1人や2人死ぬのは仕方ないだろうし、暗い展開になるのは致し方ないう」

ウミウ「だけど、そこから目を逸らして何が生まれるんだう?」

ウミウ普段お前たちが食べている食べ物動物死体だう。お前たちが着ている服も動物死体だう。お前たちが生きている環境には、動物の死がごまんとあるう」

ウミウ「けど、動物は何も語らないう。ただ静かにまれ、静かに死んでいくのみだう」

ウミウ「それが、言葉を発し、意識を持って動き回るようになった。それがあの世界の意味であり、意義であって」

ウミウ「当然、フレンズたちもそこは疑問に思ってしかるべきだと思うんだう」

ウミウ「なのに、そこからみんな目を逸らす。なんでだう?」

ウミウ「……ウミウは、どこに行けばいいんだう。ウミウは、どこを拠り所にすればいいんだう?」

ウミウウミウは、今月か来月くらいでそのグループを抜けることにしたう。ウミウがそこにいることへ、意義を見出せなくなったんだう」

ウミウウミウはお道化を演じることに疲れたんだう」

ウミウウミウは本格的にひとりぼっちだう。何もすがるものはなく、何も生きる意味はなく」

ウミウ「ただ、そこにウミウがいるだけだう」

ウミウウミウはもう、疲れたう」

ウミウ「たぶん、少し前だったら『ジャパリパークに行きたい』って切に願いながら、きっとどこかにある桃源郷を夢見て首を吊っていたんだと思うう」

ウミウ「だけど、それすら出来ないほどウミウ世界絶望したんだう」

ウミウ最近ウミウは、ジャパリパーク動物から人間に対する壮大な仕返しにしか思えなくなってきたんだう」

ウミウ「ヒトの汚さ、狡さ、私利私欲

ウミウ動物は、きっとジャパリパークを通して、そういったものを際立たせて。人を絶望させているんだう」

ウミウ「もちろん、それは正当なことだう。人は今まで、どれだけの動物を苦しめてきたんだう?」

ウミウウミウは、希望を失ったんだう」

ウミウウミウには、もう何もない……いや、少なくとも心はからっぽだう」

ウミウ「きっと、ウミウは恵まれてるんだう。こうやって、生きる意味について考えられるほどには」

ウミウ「だけど、心はからっぽになってしまったう」

ウミウウミウはどうやって生きればいいんだう?」

ウミウウミウは……もう、疲れたう」

ウミウ「ふと空を見上げたら、お月様がこっちを見て嗤ってるう」

ウミウ「悔しいほどに、綺麗だう」

2018-09-30

[] 第31話「1stシーズンファイナル

そろそろ心機一転方向性を変えていこう。

まず昨日書いたエントリー数や日付の表記を消す。

レビューコーナーを常設するのも辞める。

じゃあ何を書くのかが思いつかない。

そもそも毎日何かしら増田は書いてるんだからわざわざ日記という形を取る必要がなかったというわけだ。

じゃあもういいじゃんってことでこの日記は一度閉じます

日記は、自分けが読める場所に、人に見せられないことを書くようにします。

2018-09-01

anond:20180827133730

早く辞めろ。くだらない奴に付き合っているほど人生は長くない。

俺は最近やめたけど(年功序列実力主義残業あり→裁量労働、役あり→役なし)すげえ幸せだわ。

新しいところで心機一転しろ

2018-08-09

どこにも投稿できなかった退職ポスト

違和感が大きくなりすぎて大企業をやめます

大手メーカー新卒入社して2年。

馴染んできたつもりだったけど、やっぱり違う!!!!!と気づいたので辞めることにしました

何が私と合わなかったのか

業界の閉塞感

・興味と会社専門性のアンマッチ

生活の中で誰もが使うツールを作る会社。でもツールについて一生考え続けるのはちょっとな…。私はこのジャンルを究極に好きになりきれないと思った、ツールよりその先のほうが気になる性格なんだった。

業界自体の飽和 狭い業界骨肉の争いをしてるの、競争原理が働いて健全経済なのかもしれないけど、人類全体で見たら無駄エネルギーじゃね?

会社カルチャー

・若手の弱さ 会社ルールがたくさんあり、システムが古く、それらを習得するのに時間がかかる。習得しないうちは子供扱いされる。しかマニュアルが無くて知識が属人化している。

忖度ゲーム 社長に直接会えることは少なく、周囲のおじさん達の忖度で謎の指示が飛んでくる。社長(若い)にダイレクトに聞くと「え?そんなことないけど?」みたいなことたくさんある。伝言ゲームならぬ忖度ゲームです。

会社WHYがわからない 俺たちは何のために金を稼いでいるんだ?

昭和人間 たくさんいる。会社収益を上げる場所なんだという価値観。そうか!? 収益以上の目的はいらないのか!? ただ売ればいいってのは思考停止じゃないか? …という疑問を上司にぶつけたところ「それは社長レイヤーが考えることだから」と言われた衝撃。

腑抜けになっていくことへの恐怖 優しい人たくさんいる。1年で私もだいぶ顔が変わった。よく言えば優しくなった、悪く言えば攻撃力がだだ下がりした。生きていくことが簡単すぎると人は輝きを失う。ああ認知度90%越えの定番商品を売る老舗企業よ。黙っていても給料入る。なんとなくで仕事が進む。WHY理想についての議論は無いか、避けられる。

ぶっちゃけ

それでも、いい出会いがたくさんあった。ものづくり探究し続ける、好奇心理想をしっかり持っている、尊敬できる技術職の人はたくさんいた。良いメーカーなんだよ。

私がもし技術職やデザイナーだったらこ会社で続いたかもしれない。追いたい背中が見つかったかもしれない。

でも私は総合職なのだ

やめる直接の原因は、上司たちとうまくやれなかったからです。表面上はうまくいっていたけれども、私の中には「もう無理」が蓄積していってある日溢れてしまった。上司たちはびっくりしただろうし、普通に振舞ってたのになぜ?と思われたことでしょう。彼らの普通に適応すること自体が私にとってはストレスになってしまった。ザ☆適応障害。しかしこんなことに適応するために私の人生をくれてやるなんて惜しすぎるだろう。従順子供のような新卒ちゃん、をやるのは1年が限界だった。(どこが従順やと言われそうだけど、これでも頑張ってたもーん。)

本当に嫌だったことはここに書いてません。限界を感じた部分だけ書きました。限界を感じてても嫌じゃなかったら続いてただろう。

部署異動して心機一転したら…という話もあったけれども、会社に対する気持ちはもう修復不可能なところまでびりびりになっちゃってて。この気持ちで他部署に行ってまたゼロから子供いから…というのに私は耐えられない。私は尊重されるべき一個人であり、好きなチームのためならば情熱を存分に発揮できる。このカロリーもっと活かせそうな場所を見つけたので転職する。

ベンチャーに行きます

私が生きる理由、働く理由、私のWHYが活きる環境を求めて。

上司もチームも自分で選ぶ。

9月から始まる仮面ライダージオウって

もろディケイドじゃねえか。

でもメイン購買層の未就学児童は3年周期ぐらいで入れ替わってるはずだし、

5〜10スパンぐらいで同じネタ題材にしても別に全然問題ないんだよね。

大友は「これ前にやったよ!●●じゃん!」とか言いつつも結局のところ見るし買う。

もうクウガ〜剣ぐらいまでの「販促縛りの中でもちゃんとした物語を!」という気骨は残って無いしこれで良いんだろう。

てかさ、大体の特撮っていつもこのパターンで周ってるんだよね。

真面目に作った素晴らしい作品が大当たり、それに味を占めて続編を乱発するもネタ切れして客演などの使い回しが横行。

徐々に子供けが子供騙しにすり変わって終焉する。で、十数年ほど経って心機一転で真面目に作った復活作がヒット、てな感じ。

現時点でも新作が出続けてるウルトラマン仮面ライダーゴジラ、全部そうやって周ってる。直近だとシンゴジラが良い例だ。

数少ない例外戦隊シリーズで、最初から子供騙しと割り切ってる。平気で同じ題材使い回すしプロットも毎回陳腐だ。

車や恐竜忍者なんて何回モチーフになったかからないだろう。だからこそゴレンジャーからシリーズが途切れていない。

その代わり物語評価されることは殆どない。水戸黄門暴れん坊将軍みたいなもんだ。同じ時代劇でも黒澤映画等とはまるで違う。

この先、全部戦隊化してくのだろうな。なんか悲しくなってくるが、これも時代のなり行きなのだろう。

2018-06-26

昼顔』怖かった

不倫したこともされたこともないけど、浮気はされたことあります

私が浮気相手だったかもしれないけど。。

その時はもう諦めて、何年か恨んだけど、心機一転転職をして忙しく過ごしていたらそんなことはどうでもよくなり、

恨む気持ちも忘れていったので、妻の執着は恐ろしかった。

個人差あるんでしょうね。

2018-06-18

anond:20180618144114

まず、はてなIDを消す。

はてブロしてたら心機一転して新しく立ち上げるから「諸事情で」といって引っ越す。

いまのところ、俺はそれで何回も増田やめれてる。

2018-05-09

anond:20180505091801

ありとあらゆるものがあるよ

未練があって頑張って帰れるやつ

未練があって頑張って帰れないやつ

未練がなくて帰らず、心機一転がんばるやつ

未練がないのに、叩き返されてしまうやつ

2018-04-10

唐突自分語り

帰ってきた。すごく嬉しい。

 

2002年の話。

ワールドカップ日本であって、地元の会場で日本代表試合があった。

兄貴の伝手で会場でバイトすることになった。

会場の外にいたか試合は見てないんだけど、入場してくる有名人を見てウキウキしたり、お客さんの歓声や悲鳴を聞いてた。

試合が終わるころ、先輩が「もう一生見れないんだぞ」的なことを言ってくれて、ホントダメだけど試合を覗かせてもらった。

おお、中田浩二ってロングパスうまいんだなとか思ってたら、敗戦ホイッスルが鳴って、持ち場に戻った。

日当10000くらい?もっと少なかったかも。これがサッカーとの出会い

同じころ、友人関係でいろいろあって、自己嫌悪と罪悪感に押しつぶされながら将来への不安がはっきりと見えてきてた。

 

2006年くらいから、あとの話。

1年か2年くらいヒキニート的な生活をしたり、社会にご迷惑をお掛けする形ではありながらも、

バイトやなんかでそれなりに社会復帰を果たした。社員になろうかとも思った。

それでも大人になり切れなかったので、モラトリアムかいう知ったばっかりの概念を求めて海外へ飛んだ。

周りにはかっこいいこと嘯いても、逃げだというのは周知の事実だったと思う。歳も歳だし。

あっちに行ったら行ったでちっちゃい日本コミュニティの中で自己顕示欲をまき散らしてて、

将来がぽっかりなんにもないことをひた隠すように、社会の細々したこと権威を持ち出して知った風なこと言って過ごした。

たくさんのかっこいい人に出会った。その中でも、一人、仏像のような人に出会った。

言葉に惚れて、逸話に惚れて、仕事ぶりに惚れた。親や先生学校バイトでは教わらなかった行動規範を見つけたような気がした。

地元を離れての初めての一人暮らし。と言ってもルームメイトは常にいたけど。友達はすぐにできるけど、

それでも心細さはあった。お酒セックスに逃げた。あと、地元とあるプロスポーツチームにはまった。

 

地元にいる間は、できてすぐ名前が変わったり、区が違ったり、やってたスポーツも違うから親近感もそれほどなかった。

それが、貪るように情報をあさるようになった。

海外からネット地元スポーツニュースハイライトを見た。2ちゃんスレに入り浸った。

時間が合えばストリーミング試合を見た。チームの一人一人の顔やプレイぶりや練習風景が分かるようになると、

愛着がわくようになった。スタに足を運べるサポに比べたら、頭でっかちのふぁん(藁)だというのは理解してるんだけど、

それでも自分にとっては心細さを埋めてくれる存在になっていた。

チームの監督コロコロ変わって、ブラジル人頼みのクソサッカー笑のあと日本監督になった。

将来ある若手が移籍していく中、生え抜き選手元日本代表ベテラン活躍して、昇格争いをするようになった。

生え抜きの中に、やんちゃなやつがいた。スーパーサブ的に使われた後、チームの軸になった。

高校時代クズエピソードデマも、ああこいつならやりそうって思えるところが、なんとなく自分に重なって、

特に感情移入してたと思う。

 

いろいろあって心機一転帰国する年に、チームは一部への昇格を決めた。

チームの挑戦と自分の挑戦が重なって、涙が出るほどうれしかったし、心強かった。

 

1シーズン目、ワールドカップイヤー。うちの10番が代表に選ばれた。試合には出なかったけど。

ワールドカップのあと、新生日本代表あいつが選ばれて、試合に出た。出ただけだったが。

 

新社会人1年目の終わり、1部での2シーズン目が始まったころ、震災が起こった。

帰国したとはい地元から遠方にいたので、何もできなかった。

地元ではみんながあんな思いをしているのに、自分には募金することしかできない。

地元ニュースでは、チームの選手たちが自身被災しながらもボランティア活動をしていることを伝えていた。

あのやんちゃあいつも、いろいろとやっていたようで、心の底からうれしかった。

自分にできないことを、やってくれている。それも自分にはできないくらい大きな影響力で、

たくさんの人の支えになってくれていた。おこがましいけど、誇りに思った。

時間が流れ、なんとかシーズンが再開して、チームは好成績を残した。震災の笛wとか書かれても気にならなかった。

 

次のシーズンはずっと首位を走り、終盤まで優勝争いをした。その年の終わり、あいつは移籍していった。

さみしさと呆れと、ステップアップだったからうれしさもあった。

その後、チームは何とか残留し続け数年が経った。

 

自分にとってのチームは、2部時代海外の、1部での躍進期は歯がゆさの、外部記憶装置みたいなもんだ。

特に2部時代選手たちは、当時の心細さと相関して愛着が強い。妻と出会ったのもそのころだった。

当時のチームの中心にいたのが、あいつだ。

あいつは初めての移籍の後、さら移籍したり2部でプレーしたりしつつ、昨年末戦力外になっていた。

それが、今日、うちに帰ってくることが決まった。

海外に逃げていた自分を励ましてくれた、震災後の地元を支えてくれた、あいつが帰ってきた。

うちのバンディエラ笑顔で映ったツイッター写真を見て、涙がこらえきれなかった。

 

勝手自分を重ねて、勝手応援してるだけなんだけど、

おかえり関口、全力で応援するよ。

2018-04-03

やべえよやべえよ

今日も一日はてブだけで終わっちゃったよ。

年度改めて心機一転しようと思ってたのによ。これじゃなにも変わってない。

とりあえず、スマホはてなブックマークは消した。

これでネット中毒からオサラバだぜ!!!

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん